エリアフ・インバル 東京都交響楽団  マーラー交響曲第9番

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7月の
エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団
マーラー:交響詩《葬礼》
マーラー:大地の歌
というコンサートのチケットを取りました。2日連続で。
先行販売というのでも狙った席は埋まっていて取れませんでした。まぁいいかそんなの・・
楽しみです。

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彼らのマーラー交響曲第9番と交響曲第10番を聴きに行きましたが、特に9番は忘れられません。

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フィナーレのクライマックス・・何も知らずに聴いてもものすごい場面ですが、
やっぱり生きたいんだ!と叫ぶホルンの強引なニ長調主和音をヴァイオリンのHが切り裂く・・・
(Cesと書くの?・・なんでチェロはHで書いてあるの?)。
このバイオリンがやっているのは1楽章の節目で鳴っていたあの

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死の宣告のテーマです。

最後の力を振り絞って生きようとしているところへ無慈悲に突き付けられる死の宣告・・
ここは誰が聴いても強烈なメッセージを感じる場面ではありますが、気づいていないと第1楽章のあのリズムだという事がわかりにくい面もあると思います。
マーラーがもし生きて自分でこの曲を振っていたら、聴き手にそのことを印象付けるべく何かもう一工夫したんじゃないかと思うことがあります。
何もしなかったかもしれないけど・・

この部分、ヴァイオリンにviel Bogenと指示があり弓を何度も返す記号もあります。
が、この時のインバル-都響は全員の弓がそろって動くのではなく、各奏者が全くばらばらのタイミングで一心不乱に弓を返す・・という光景を見せていました。
普段は見ることのない、何本もの弓がバラバラに激しく動いているその光景は異様で、変な言い方ですが虫がうごめいているようにも見えた。死を運んでくる虫・・その時はそこまで思わなかったけど・・
それはとても長い時間に感じられ、この部分が他とは全く違う特別な時間なのだという事をいやというほど強烈に印象付けてくれました。
マーラーがそうしたかはわかりませんが、ものすごい説得力を持っており強烈な印象で忘れられない。

先日その時の録音をCDで聴きました・・時間がなかったので第4楽章だけ。
冒頭の弦楽器の音色から尋常でない感が伝わってくる・・
死の宣告の部分、異様な力を持った音・・たくさんの弓がバラバラに返されているのもわかります。
本当に一心不乱に弾いているので、楽譜の音以外のノイズみたいな音が出てしまっているのが捕えられているんです。
それを聴いてあの光景が再び頭によぎり、また感動させられました・・

マーラーの交響曲の中でこの9番に特別なものを感じている方も多いのではないかと思います。
この曲は昔ポケットスコアを見ながら何度も何度も聴きました・・
好きすぎて4楽章はいくつもの声部が絡み合いカオスになっている部分を分解して聴いてみたくなりmidiで打ち込みしました・・・いいかそんな話は・・

生きることを願い、進んでいこうとするのに何度も死を突きつけられ、最後は死んでいく・・
という内容で交響曲6番と共通していますねこの曲。
同じことを外から見ているのが6番、本人の内面から見ているのが9番という感じもします。
そんなに単純じゃないかもと思ったり・・

自分もいつか死ぬわけで・・あぁいいやそんな話は。

何度も書いてしつこいですが、これまで信じられてきたマーラーは自分の死におびえてこの曲を書いたという伝説は間違いみたいですよ。
死の宣告のリズムは不整脈を表している・・なんて聞くとものすごい説得力で感動しますが、そもそも心臓病を患っていたというあたりから誤認なようです。
この音楽は無駄な伝説がなくても十分に深い感動を持って聞ける音楽です。

この曲はもう一度スコアを見直してその意味を考え直していこうと思っています。

硬いハープ ラヴェル ピアノ協奏曲ト長調

ハープについて先日書いたわけですが・・

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もう結構前になりますが、
チョン・ミュンフン指揮 東京フィルハーモニー だったと思う。ラヴェルのピアノ協奏曲(両手)をコンサートで聴きました。
ピアノはエレーヌ・グリモーだったと思います。
当時はやたらに前のほうの席で聴きたがる盛りだったので、ハープがよく見えていたような・・

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第1楽章で Quasi cadenzaとか書いてあってここだけハープ協奏曲みたいですよね・・
楽譜の絵的にはシンプルにも見えますが、2台のハープがやっているような幻想的な世界を一人でやっています。
ハープわからないですが、これ難しいんでしょうか・・難しいんですよねきっと・・
ついでにこのピアノが単音だけ伸ばしているのもちゃんと聴き取りたいですよね・・
ピアノコンチェルトなのにこんなのが突然出てくる・・・しかも違和感なく収まって・・ラヴェルだなぁーという感じですよね。
ここからピアノのカデンツァまで、管楽器のフラッター、弦のユニゾンで上下するグリッサンド、ホルンのハイトーンソロ、オーボエのあれ・・と短い間ですがいかにもラヴェルという面白い音楽となっています。

マニュエル・ロザンタールの本にこんなことが書いてあった気がします。
ラヴェルはこの曲を自分で弾いて初演しようと急にエチュードを勉強し始めた。
皆で何とかしてやめさせようとした・・

この曲は、ピアニストが技巧を披露するための曲として書かれたんじゃなくて、ラヴェルがラヴェルを披露する音楽なんですね。
そんなの当たり前か・・

で、言いたいのは第3楽章で
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後半の山場に向かって登っていくところ、ピッコロ+ハープがでてきてみたいな部分なんですがスタカートのピッコロにハープの硬い金属的な音が合わさって、プラチナみたいに光って硬い何かが踊っているような印象を感じたんですよ。
あ!こここういう音楽なのかぁ!ととても驚き感動した覚えがあります。
記憶違いかもしれませんが、ハープの奏者の指がそういう音を出そうという形に見えたような・・・ちがったかな・

愛聴CDではここ、そんな風に聞こえません。
リオン国立管弦楽団だっけ?でもこの曲を聴きましたが、あの感じには聞こえなかった・・・場所のせいもあるかもしれない・・・
そもそも金属感を狙ってはいなかったのかも・・・

もし今後この曲を聴く機会があったらここはハープに目も耳も集中させると思います。

オーディオは本当にホールの音を伝えているのか?

※正確な知識のないものが適当なことを言ってしまっている可能性を持っていると思います。
 適当に読んでください。

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コンサートではないですがある公演に席による見え方の違いも楽しみつつ3日連続で行くような友人がいます。
その人が
「コンサートホールも席によって聞こえ方が違ったりするんでしょう?」
「違いますねかなり・・」
「席の好みもあるだろうし、曲や演奏者によってこの席でっていうのもあるんでしょう・・」
「そうですね。」
「オーディオでも調整でどの席で聴いている音・・というところまで再現できるんでしょう?」
「うーん」
この問題はいろんな要素を含んでいて大変面白いと自分は思っています。

うちのオーディオでオーケストラ音楽を聴くと目の前にステージがあり、どの位置にどの楽器がいるか・・調子が良ければ壁の位置や天井の高さみたいなものも感じられたりします。
それを高いところから見下ろして・・・
でもみんなこの位置から見下ろすように聴いてるわけではないですね・・

そもそもCD(古い?)などに入っている音源(今、話上オーケストラについて)はどんな席というか位置で聴いていることを想定しているのでしょうか・・・
多分、席の想定なんかないんですよね?

バイノーラル録音でしたっけマネキンの耳の部分にマイクを仕込んで・・・それを任意の客席に設置して録音すれば・・・そしてそれを聴き手もヘッドホンで聴けば・・ホールのその席で聴いた音がうちでもリアルに再現されるのかもしれない・・
でも、場所的なリアルさは音楽鑑賞に必要な情報の一部でなく、もっと優先されるべき事柄そんなことしたってしょうがないのかな・・
場所感だけがリアルでも細かい音が聞こえないとか低い音が聞こえないとかじゃ音楽鑑賞になりませんし・・
人間は聴き取るべき音を無意識にに調性して聞くという自動補正機能を持っていますが、マイクにはないですもんね。
それに、散々書いてきましたが(あっ読まないですよねそんなの)、オーケストラ音楽をステレオ再生する際に求められているのは実は現場と同じように聞こえることではない・・・というのがありますので・・

実際は多数のマイクを任意の箇所に立てて音を拾い、よりいろんな楽器の音が聞こえやすく聞こえ、音楽の全てを聴きとれるように・・みたいなところに主眼が置かれて録音編集音作りが行われていると思います。・・
録音だとステージじゃなくて体育館の床みたいなところで録っている写真もよく見ます・・取り合えずその場には客席-ステージという関係は存在しないわけですよね・・?
ワンポイント録音というのもあります・・よくわかっていませんが、創作の入らない自然な空間特性がみたいなものが得られる・・ただどこから聴いているか情報が固定されるとかじゃないですよね。客席にマイクを置くわけじゃなくて天上から吊ってあるあれで録るんでしょう?

スピーカーで再生させて聞く場合、音像の定位感その他からくるどこからステージを見ているかという感覚はスピーカーとリスナーの位置関係で決まってくると思う・・というか少なくてもうちはそうです。
聴き手側で脚色が可能なわけで・・というか再生系以降に任されているというか・・
そこに面白さがあるわけで、全然文句はないですよ・・

演奏者と聴き手の位置関係が変われば音も変わって聞こえます。
聴き手の位置というのは非常に重要な要素なはずですが、実際ホールでの大ケーストラ録音などは聴き手の位置というのを明確に固定しようとはしていないんだと思います。

それが悪いと言いたいのではありませんよ・・逆に録音側で席を固定されちゃたら困るというか嫌かもな・・
装置再生で音楽をよりよく楽しむために追及されてきた方法というか流れなのであって文句ではなくて感嘆というか感謝というかそういう気持ちです。

ただ、よく原音再生!なんていってオーディオマニアの格言みたいになってますが、そもそも原音再生なんてないんじゃないかとは思うんですよね。位置問題だけではなくて、遠くから聴いているのに木管のキーの音が聞こえまくりとか・・でもそれでいいんです。

私は椅子の高さを調整したりして高い位置からステージを俯瞰するような感じで聴いていますが、実際よくある2階席の位置ではなくもう少し前方、1階席の上空みたいなありえない位置で聴いている感じになっています。



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エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団のマーラー交響曲第9番
この演奏会は実際行って聴きました。その時のライブ録音CDです。
このCD、通常盤のほかにワンポイント録音盤というのが少し高い値段で出ていていました。
自分は調子に乗って後者を買って聴いているんです・・でも通常盤も買って聞き比てはいません。
実際会場が3か所あったけどどこのなんだよとか言うことは今置いておくとして、聴いてみると上記のような1階席上空からステージを見下ろすイメージで聞こえます・・
私が聴いてた1階席のあの場所じゃない・・当たり前なんだけど・・

最初の会話に戻ると、
それをセッティングであの場所にできるかというですよね・・部屋が十分広いとして椅子の高さやスピーカーからの位置、角度などを調整するとあのときのあの位置のように聞けるんだろうか・・定位感なんかはいけるかもな・・でも楽器の聞こえる聴こえないはまた別要素だよな・・部屋の中の定在波みたいなのの影響とかも聴いてくるだろう・・

なんか書こうと思って聴いてみたんですけどいろいろ思い出しながら音楽に感動しちゃって・・
通常盤も買って聞き比べようかな・・

あっやっぱり少し書こう、このCD、3か所のホールで録った録音を編集してできているようです。聴いていて違和感もないし文句もありません。
でも、ホールの音を再現・・とかいうけど本当にホールの音が全部盛り込まれていて・・・原音・・みたいな・・それだと3か所の音を使って一つのCDというのは意味がよくわからなくなってくるんだけどなぁ・・
実際聴いているのはどのホールの音なんでしょうか・・


結局言いたいことがまとまっていませんが・・・オーディオによる音楽鑑賞って、奥が深いなぁーと・・


昔、学生のころにシステムを組んでいた時は低い椅子に座りステージを若干見上げるような感じで聴いていた。
1階席の何列目か・・的な・・
懐かしいな、あのシステムと同じような音を出そうと思ったら当時の5倍・・もっとかもな・・の予算が必要だと思う・・
今から考える機器のコストパフォーマンスがものすごくよかった。
オーディオの最後の花みたいな時代だったと思う。
今残っているのはGTラックとオヤイデの「音が良くなる電源ケーブル」(こたつ線みたいなのに防水プラグをつけたやつで当時はまだそんな感じの名前で売られていた・・そんな時代だった)だけ・・
ともにつかわれずに眠っている・・思い出もあるので捨てることはできない。

マーラー交響曲第6番 改訂による打楽器の削除

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マーラー交響曲第6番ネタ、もういいよという方もいらっしゃるかもしれませんが・・
第4楽章の初稿を見ていると聴いて知っている第2稿にはない極端に分厚い打楽器に驚かされます・・
特に後半ですね、思い切ってばっさりカットしています。

マーラーの交響曲でティンパニが一番やりたい放題やっているのは2番かなという気がしています。
以降、ティンパニやりたい放題はやめて深くなっていくような印象があるんですけど、初稿を聴いたらまた印象が変わるかな・・
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再現部の第1主題に入ってすぐですが、2稿にはないティンパニがあります。
あるだけじゃありません、二人の奏者が重音をやっていてこれかなりくどいでしょう?
2番でこんな感じよく出てきていましたけど・・


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ここも二人だったんですね・・今は一人に・・


思ったんですけど、単にこれらこの場所を薄くしたというだけでなくこのことによって、二人が重ねて叩く運命の主題・・
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がより一層特別な印象を聴き手に与えるようになるんじゃないでしょうか・・・
第2ティンパニ、ああいうとこしかやんないよな・・・なんて思ってましたけど、まさにそれが狙いだったんじゃないかと・・・



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ここもすごい。勝利をつかみ取りに走り出すような場面。
今はティンパニはなくて倍の長さに伸ばされた低音の運命主題が最初に聞こえ、トランペットが答え、、その中で弦楽器が歌い・・

この弦楽器の主題は第1主題部の後半で出てきますが、上下正反対になった反行形が組み合わさったりしてますね。
これ夫婦に見えますよね・・交響曲第10番の第1楽章で第1主題でまた聴くことになるあれと関係あるかなと思ったり・・

で初稿はティンパニが派手にたたいてます。
面白いですけど、音楽をティンパニが主導するような感じになって印象がだいぶ違うでしょうね・・低音の主題もマスキングされちゃうのかな・・
マーラーの改訂は楽器配置が変わっても音楽は変わらないという印象があるのですが、ここはこのリズム自体がなくなって、音楽も変わっているような気がします。
なんというか楽器の配置も声部の多さもやればやるほどいいのではなくて、ある域を超えると逆効果・・というところまでついに到達してしまった・・ということなんでしょうか・・

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勝利をつかみ取って多数のシンバル・・の場面、ティンパニとトライアングルも鳴っていました・・
これはこれでありな気もするけど、今のを知ってると今のがいいか・・

まだ見ぬマーラー交響曲第6番(2010年出版新校訂版)?

先日の上岡 敏之指揮 新日本フィルハーモニーのマーラー交響曲第6番の演奏会で見たことのない最新版のスコアの存在を感じているわけですが、続きです。

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検索すると 国際グスタフ・マーラー協会版  交響曲第6番(2010年出版新校訂版)  
というのが出てくるのでこれを買えばみられるんでしょうか・・
高いなぁ・・

国際グスタフ・マーラー協会版 Totenfeier (交響詩《葬礼》) なんて買えるんだな・・見てみたいなぁ‥
急に聴きたくなってパーヴォ・ヤルヴィ指揮の葬礼のCDを買おうと思ったらもう売ってないんですね・・
迷ったら買っとかないとダメなんだな・・

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第4楽章再現部、勝利をつかんで複数のシンバルが鳴り、喜びの歌が歌われる部分。
このバスドラがかなり効果的に響くと思ってきたのですが、この日の演奏会ではバスドラが聞こえないのではなくてこのトレモロをやっていないことをはっきり目で確認しました。

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で今日、ダニエル・ハーディング&バイエルン放送交響楽団 マーラー交響曲第6番のCDを聴いていたらバスドラが聞こえませんね。スコア見てみたいなー

YouTubeのラトルLSOはやってないようでかすかに聞こえるようでもあるような・・
それよりあの多数のシンバルを映さないで指揮者なんか映しているのははがゆいな・・
私の好みに合わせてくれるものじゃないのは解るけど・・
でもあそこはあの視覚的インパクトも音楽表現の大事な要素だと思うんだよなぁ・・
この曲の一つの要みたいな瞬間なのに・・・
指揮者なんて見てる場合じゃないと思うんだけど・・あんまりマーラー好きじゃないのかな・・編集した人・・

思い出すと中学生のころから教育テレビでオーケストラ演奏を見てきました。主にN響アワーと芸術劇場か・・NHKのカメラワークばかり見ていたからあれが標準になってしまっているような気はします。
結構スコアを読み込んで大事なところを映すような感じだったと思うけど・・
時折入る字幕の解説もわかりやすくてよかったような・・最近見ないな・・
変に芸術的な絵に仕上がっちゃってるものよりスコアが見えるような映像のがいいな・・
もう2回最前列中央くらいからの定点撮影でもいいな・・

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最後、ハーディング盤でトランペットの余韻を聴く前にバスドラがつぶしていることに文句を言ってしまいましたが、上岡も間をおかずにピッチカートを打っているように見えました・・打てというより全部を止める・・みたいな仕草だったと思う・・楽譜のルフトパウゼみたいなのがなくなってたら衝撃的だけどなー
ラトルの指揮は間を取っているように見えます。
なんで色々あるんだろう?

目立つとこだけ騒いでますけど、もっといろいろあるんでしょうね・・

ハーディング盤は何度か聴いてるうちに気に入ってきて瞬く聴きそうな感じです。
新しい演奏を色々聴きたいな・・

スコアは高くて買えないですが、先日書きました柴田南雄の 
グスタフ・マーラー 現代音楽への道 (岩波現代文庫) 
をどうしてもまた読みたくなってきたので注文しました。

マーラー関係のコンサートのチケットもとりました。
それに付随して色々考えたい書きたいことが出てきて頭が沸いています。
楽しくていいや。

椅子とオーディオとコンサートと花と

先日ホールで裏方みたいなのをやってきました。大したことはしないんだけど。
舞台裏もちょろちょろしたります。
憧れの舞台裏バンダがいる場所ですよ・・・あの幻想的な・・実際は何にもないとこですけど・・

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終演後に客席で思ったんですけどこういう椅子って個人でも買えるんでしょうか?

ネット見てると宣伝で「自宅がコンサート会場に」っていうのがよく出てくるんですけど、ヘッドホンしてリクライニングしてくつろいでるんですよね。感じかたは人それぞれだと思うんですけどその姿勢はホールで聞いてる姿勢じゃないんじゃないか・・と思うんですよ私。・・あっ大きなお世話ですね。ごめんなさい。
鉄道マニアの度が過ぎる人の家には廃車になった電車の椅子が置いてあったりするんですよねきっと。イベントで椅子売ってるの見たことがあるから・・
でっかいオーディオルームを建てちゃうような人の写真を見てすごいなとか思ってますけど、ホールの椅子みたいなのを設置までやってる人は見たことがありません・・あたりまえ?

もし奇跡的に私がお金持ちになってでっかいオーディオルームが持てるのなら階段状に3段くらいこの椅子を並べてみたい・・
そんな状況はありえないでしょうし、あほなことばっかり言ってるとあれですが。
ルームチューニングとか言って音響パネルとか木片組み合わせたような物体を置くよりこんな椅子並べたほうが効果的な整音効果が出たりして。

昔、あるオーディオ評論家が「オーディオ、音楽を真剣に聴こうと思ったらふわふわの椅子でくつろいだ格好をしてるなんておかしいだろ」みたいなことを書いていました。なんとなくその話は共感できて、今でも忘れられません。
大きなお世話だという人もいるでしょう。
ホールの椅子は持っていないですが、ホールと同じようにステージを凝視しながら聴きたいのでとりあえずリクライニングなんかしないような椅子に座って聴いています。
楽しみ方は人それぞれなのでリクライニング椅子に文句を言おうという気は全くありません。。

ただホールへ来て、自宅と同じようにしたいのか靴下を脱ぎだしたかと思うと、足を前に投げ出し音楽に合わせて体をくねくねよじっていた人を見たことがあります。気にしないようにしても視界に入ってしょうがないんですよね・・あれは・・外へ出たら人それぞれじゃすまないと思うんだけど・・

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庭でいろんな花が咲いてる。太陽の光も気持ちがいいです。
自分も明るくいきたいなぁ。
メールで絶対行きたいコンサートの情報が入りました・・
あーこれ買っちゃおう・・・行けるかどうかなんて考えたってしょうがない、関係ないんだから・・
発売開始時間になりすぐにスマホで席を取ろうとする・・
裏方やってる最中で責任者に文句言われながらも・・・
いきなりいいとこ埋まってる・・・操作いまいちわからなくて進まない・・あせるあせる・・焦りながら何とかとったその席がいいかどうかはわからない・・
一期一会を楽しみにしましょう・・

あっ2日取っちゃうか・・


東京芸術劇場ランチタイム・パイプオルガンコンサートに行った2

東京芸術劇場ランチタイム・パイプオルガンコンサートに行ったの続きです
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オルガン回転して
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近現代のオルガン・・なんかこう大船観音みたいだなとか思いながら・・・

カーク=エラート/『大聖堂のステンドグラス Op.106』より
という曲、解説だとレーガーの後任で・・でもレーガーと違い作曲家として人気が出ないためイギリスへ・・だったか・・

そもそもレーガー自体が名前や写真や対位法が複雑すぎらしいことや5分で終わっちゃう自作曲を1時間くらいかかると勘違いしていたらしいというエピソード・・くらいしか知らず、実際の作品を聴いたことがない・・
中学生のころに雑誌で「自分の音楽は自分の死のちに時間がたってから理解されるだろう」といったこの人の音楽は実際人気が出ないだろう・・みたいな話を読んでしまい、逆にそういう固定観念があって聴かなくなってしまったのかもしれない・・
同じように、雑誌などで先に変な知識が入ってしまい、聞けなくなってしまった曲がいくつかあります・・
その一つがショパンのピアノ協奏曲・・・何度も聴こうとしましたが‥ダメ・・ショパンは好きなんだけど・・・

でこの曲も聴いたことがないですが、気楽に楽しみましょう・・
ちゃんと調性があって聴きやすい曲・・・
いろんなストップを組み合わせて聴かせてくれるんですが、その切り替え時にガチャン!とものすごい音がするのがこのオルガンの特徴でしょうか・・
スウェルでしたっけ、ペダルで音量を変化させているのはわかるんですが、いまいちその効果が小さいような・・
オルガンの場合はそういうのは楽器の性能で決まっちゃうらしいですね・・
この曲もペダルで結構低い音を鳴らしますが、音楽とバランスする音でそんな大騒ぎ低音じゃありません。
オルガンの録音を聴いていると鳴っているパイプが音ともに移動していくのが解ったりしますが・・実際聴いててそんなの全然わかんないですよね・・
どこかにあんな風に聴こえるオルガンもあるのかな。

この回転式オルガンができたのをTVニュースで見た記憶があります。バブル崩壊後だったと思う。
でもバブルのさなかに構想が始まっていたんでしょうか。
この回転オルガンについて批判的な話もあるようですね・・でも一般人にはそんなのわかんないけどね・・

個人的にはこのオルガンの芳香剤のいれものみたいな意匠はあんまり好きになれません・・
でも何度か見てたら見慣れてきたかな。
このオルガンを生かすべく、一生懸命企画とか宣伝とかやっている感も伝わってきました。
あんまりいけないけど、機会があればまた・・

【出演】
オルガン:野田 美香

【曲目】
コレア・デ・アラウホ/第2旋法のティエントとディスクルソ
シャイデマン/コラール「天にましますわれらの父よ」
ムファット/トッカータ 第11番
カーク=エラート/『大聖堂のステンドグラス Op.106』より

東京芸術劇場ランチタイム・パイプオルガンコンサートに行った1

先日、場所と時間の都合がついたため
東京芸術劇場ランチタイム・パイプオルガンコンサートというのに行ってきました。
平日のお昼休みに30分間(実際もう少し長かったと思う)のコンサート。
芸術劇場はいつも駅から地下層直結で入るのですが、たまにはと地上から入ってみようかと・・・
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オルガンを持ったホールのランチタイムコンサートというのは色々なところでやられてますね。
サントリーホールとかオペラシティなんかは無料です。。助成金とかが出るのかなぁ・・余計なことか。
ここは500円です。余計なことだけどやっぱり無料と500円じゃ違う気がする、係員さんの数がものすごい・・クロークだっけちゃんと空いていてしっかりとしたコンサートの形だ・・当たり前か・・
プログラムもちゃんとしてる・・

ホールへ入り、全席自由なので席を探す・・・オルガンに一番近そうなここにしよう・・
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有名すぎかもしれませんが、ここのオルガンは前後2面の違う顔(ルネサンス、バロックと近現代の3組の楽器)を持ち回転して入れ替わることができます。
全部を一度に回転じゃものすごいことになるのか3つに分けられた部分それぞれが独立しています。この位置から見ると裏側が見えていたりして結構あれ・・面白いです。
後で回転するときにわかるんだけど、意外に薄いのね・・横からオルガンを見るなんてないし・・
この席でサンサーンスの交響曲第3番を聴いたことがあります。近現代のオルガンで。
32フィートパイプが鳴るとオケでは出ないような低音に絞れましたが、オケに対してあまりにも音が低すぎ、オケの音が浮いているように聞こえたところもあった気が・・

このバロック面で
コレア・デ・アラウホ/第2旋法のティエントとディスクルソ
シャイデマン/コラール「天にましますわれらの父よ」
ムファット/トッカータ 第11番
の3曲が演奏されます。シャイデマンの名前を聴いたことがあるくらいで曲を全然知らないのでオルガンの音色を楽しむ・・みたいな聴き方になってしまいました。

音楽に目覚めた中学生の頃は初めての曲でももうちょっと聞けてた気がするんだけど・・録音して繰り返し聞いから分かっただけか・・
年齢とともに新しいものを受け入れる力がなくなってきてるのは感じます。まずいかな。
音楽に目覚めた30年前、パイプオルガンに興味をもちました。
NHKFMで「オルガンの調べ」という番組を日曜の朝早くにやっていることに気付き、毎週聴いていました。
NHKホールのオルガンをいろんな人が弾いて聞かせてくれるというもの。
偶然なのかはじめて聞いた回がマニアックな曲はいっさいなく解りやすい名曲が並んでいたのもよかったかもしれない。
バッハのトッカータとフーガニ短調BWV565、小フーガト短調BWV578、コラール前奏曲装えおお愛する魂よBWV654みたいな。
スウェーリンクの「わが青春はすでに過ぎたり」による変奏曲・・
あの頃はまだ青春は先にあると思っていました・・今、わが青春もすでに過ぎ去ってしまい・・・
あとバロックの明るく解りやすい曲が3連続で・・テープに録音して繰り返し聞いたのて作曲家、曲名を伝えるナレーションが今でも頭に焼き付いています。
なのにこの作曲家名だけは不明確で検索しても見つけられません。
30年前のあの演奏が今でも頭の中にあり、それを聴いています。
そのとき弾いていたオルガニストのコンサートへ行った時サインをもらった。
そこで「あのときのあの曲なんですか?」と聞きたかったけど・・出来なかった。
でも声を振り絞って「あなたにオルガンの楽しみを教えてもらったんです」みたいなことを言ってみましたけど伝わったかは・・

オルガンの調べはその後しばらくバッハを中心にクレープス、ブクステフーデ、あとよくわかんないけど聴きやすい曲・・メンデルスゾーン、シューマン、リスト、ブラームスなんかもあったな・・・フランクのコラール第2番くらいまでは何とか聞けた・・その後ヴィエルヌとかヴィドールだったんだろうか?オルガン交響曲全曲とかやりだしたころからついていけなくなり聴かなくなってしまった・


最初の曲はルネサンスオルガンで、次からバロック・・調律も違うらしいですが・・残念ながら私は調律を聞き分けられる耳をもってはいませんので特になにかも書けません。。
(多分)ペダルなしの曲で始まって次の曲でペダルが出てくるとはやりおぉと思います。とはいえキチンと音楽とバランスのとれた上品な低音です。一部マニアが喜ぶようなドドド低音みたいなイメージじゃないですよ・・ヴィエルヌとかじゃないし・・

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ちゃんと写ってないですが、この星みたいなの、最後の曲の最終場面で回転しだす・・すごい速さで・・同時にオルガンケースの中でたくさんの鈴が鳴っているのが聞こえた・・
前に来た時にも見たし、これ何か宗教的な意味か何かがあるんだろう・・

ここでオルガンを回転。
コンサート中なので写真を撮るなというナレーションが・・
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終焉後、また回転させていた・・撮るなといわないので撮っていいのかと思い・・

大した内容もないですが、残りは次で・・


溶け込むハープ トリスタンとイゾルデ他

プロオケでヴァイオリンを弾いているような人はみんな2歳か3歳くらいから習い始めるんでしょう?
ピアノもそうですかね?
管楽器は意外と中学の吹奏楽部から・・なんていう人もいるんでしょうか・・
で、ハープは?
ハープってその辺で教えてたりするんでしょうか?

ハープというと人魚が月明かりの下で弾いてそうな綺麗なイメージがあります。
でも昔行ったいくつかの実演で聞いたピッコロとユニゾンでつくる固く輝く貴金属みたいな音とか、低域で打ち込む鐘のような固くて深みのある音が忘れられません。
最近聞かない気がするのは楽器のすぐ近くの席で聴かないからかな?

開演前だったか弾きながらペダルをどんどん動かしているようすも興味深かった。一度そんな席からきいてみたい。

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ハープの使い方にも作曲者の個性が出ますよね。
当たり前か・・・
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トリスタンとイゾルデの愛の死で・・
ここいいですよね。。ハープ結構やってるんですけど、実際には弦のトレモロが金色の草原みたいあたりを覆いつくしててハープはなんとなくやってるな・・程度しか聞こえないですよね。
昔ハープだけ打ち込みして聞いてみたことがあるんですけど。結構いい感じなことやってるんですよね。
前のほうの席で聴けば聴こえるのかな?


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ラインの黄金の最後の部分、6台のハープがスコアに入りきれないので、おしまいに付録みたいに記されてますよね・・・
聴いたことがない頃、間抜けな私はスコアの最後だけ立読みしてこの曲はハープだけで終わる音楽なんだと思ってた。
バカですねー

ここ、舞台裏にもラインの乙女を伴奏するハープがいて、7台でしょ・・そんなにハープっていっぱいいるんですか?

ここもオーケストラが堂々たる音楽をやってるのでハープそんなにクリアに全部聴こえないですよね。。それで正解なんだろうけど、一度このハープ思いっきり聞いてみたい。

マラ6 グリッサンド

グリッサンドっていうのは鍵盤楽器で、弦楽器管楽器はポルタメントじゃないの?と知ったようなことを言ってみたくなりますが、楽譜にgliss.と書いてありますね。指を滑らせてるからいいのか・・
そういえば遥か昔に見たラプソディインブルーの冒頭のクラリネットにもgliss.て書いてあったような記憶が・・
じゃあグリッサンドで・・・・

ガーシュイン、どこで見たっけ・・と考えると中学生用の音楽資料集みたいなのじゃなかったかなぁ・・30年前かぁ・・
あれにグリーグのピアノ協奏曲のオケパートをピアノにしたやつ(提示部だけ・・)とバッハの小フーガト短調BWV572全曲の楽譜が載っていたんだよな・・
前者で楽譜を見ながら音楽を聴く喜びを、後者で弾けるわけないのに弾いてみようとする喜びを知った気がする。

上岡敏之指揮のマーラー6番で、変なグリッサンドが面白かった。
あれが正しいとは全然思わないけど、また聞かせてもらいに行きたい気がする。
指揮者も大変ですよね。みんなスター指揮者ばっかり聴きに行こうとするし、録音とかYouTubeとか散々聴いて知った気になってるから普通にいい演奏しても目立てないし・・
受け狙いで変なグリッサンドしてるなんて言う気はないし、仮に受け狙いだったとして私受けちゃったから聴きに行くけど・・

第4楽章展開部で暗い序奏部が終わって光が差してくるところ
の初稿
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2稿は第2バイオリンのグリッサンドが一番高い音のみに改められていますが、もとはこうでした。
同じ音をフルートとクラリネットも伸ばしているので、第1バイオリンの動きと関係なく小節の後ろの方で次に向けて落ちる・・ようにもみえますし、
トレモロの第1ヴァイオリンと普通にグリッサンドの第2バイオリンは同じ音が同じように動くということのようにも見えます・・
そう思うとこのグリッサンドはこういう真ん中あたりまで直線的に伸びてそこから落ちる形を考えていたということですか?。逆にみるとこの八分音符も杓子定規な八分音符じゃなくてだんだん加速していくようなイメージなんでしょうか・・

これを見てマーラーが長いグリッサンドをどう考えていたのかわかるかなとも思ったんですが、そんなの場所によって変わりますもんね・・

あれそうじゃなくてこれ第2主題なのかな・・上がってく16分音符は第1主題から来たやつですよね・・自分?・・
屁理屈言い過ぎ?

最後の小節、次に備えてトレモロが第2ヴァイオリンに入れ替わっていますが、2稿は3連符は倍の長さ、となり第2バイオリンもやるように、トレモロの入れ替えなしなっています。
凝りすぎた結果大事なところがはっきり聴こえないので・・ということでしょうか・・