場所にこだわりすぎな件

コンサートに行けばステージ上のどこで何が行われているかが目から入ってきます。
どんな作曲家も少なからずそうでしょうが、マーラーのもののように視覚的効果を積極的に取り入れて作曲された作品があります。それらは作品を構成する重要な要素なので、無視すれば作品の一部を聴いていないことになると思います。
2chオーディオには映像情報がありません。その代り、条件がそろえば音源の位置情報が目に見えるかのように把握できるという特徴があります。
よく、「実演ではそんな音像定位なんかしないんだから、オーディオでそんなものを求めているのは間違い・・」という論法を目にします。
その人にはそうでしょう、人それぞれですし・・で私は、視覚情報を目から得られない分、音から得ることで音楽を聴くというこのことがとても重要なのです。ただ実演と同じ音が鳴っているだけでは足りないのです。
いろいろ萌えるのですが、、2つのヴァイオリンパートについて妙なこだわりがあります。
各パートの掛け合いはオーケストラ音楽の基本ですが、実演だと音だけでなく弓の動きで目から掛け合いの状況が入ってきます。楽しいですよね。
最近復活の動きもありますが、20世紀の初めくらいまでは(客席から見て)舞台の左手に第1ヴァイオリン、右手に第2ヴァイオリンが配置され、2つのパートが明確に分離されていました。
が、現代の標準的なオーケストラの配置では左手に2列に並んだ第1ヴァイオリンパートの後方から舞台中央にかけて第2ヴァイオリンが並んでいることが多いです。
当然録音もこのような配置でとられているものが多い。
チープなオーディオではなんとなく右半分くらいでヴァイオリンが鳴っているな程度に聞こえてしまいますが、装置のクオリティーを上げると手前に第1ヴァイオリンが横一列にその奥にややさばけた感じで第2ヴァイオリンがならんでいることをはっきりと聞き取ことができます。
さらに極めていくとなんとなく塊に聞こえていただけのヴァイオリンパートが、何人かの奏者がならんでいる様子まで見えてきます。
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マーラーの交響曲第9番第4楽章の最終部分
死を受け入れ、永遠に続く死後の世界へ入っていく場面。実演でオケと客席とみんなであの世に行っちゃいそうな状況に遭遇したことがあります。
2つのヴァイオリンパートが対話しながら消えていきます。
とても深い意味がありそうですが、少なくともあえて2つのパートに振り分けられた音が同じ場所から同じように聞こえてきたのではまったく意味がありません。楽譜の意味が死んでしまいます。
これも実演では目の前で弓が見えるのでよくわかります。
自宅でも体感できると感動します。


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リヒャルト・シュトラウス 交響詩 英雄の生涯 
英雄が鬱になっている場面なので普段は日陰役(怒られる?)の第2ヴァイオリンとヴィオラが憂鬱な心を歌っています。
日向の第1ヴァイオリンは同じ音で時々加勢する。
これも単純だけどとても効果的で面白い。
絶対に聞き取りたい。
自宅オーディオでもステージ奥のほうで隠れるように歌う第2を手前の第1が加勢している様子が聞きとれなければ意味がない。
なんとなく同じような場所から聞こえるなんて言うのでは悲しい。
初演時は対向配置だろうし奥に隠れるとかいうんじゃなかったかもしれないけど、今それはおいといて。

オーディオと音楽

わたしはクラシック音楽が大好きです。音楽に目覚めたのは13歳ごろ。
ほぼ同時に目覚めてしまったのがオーディオ。音楽について知るために買った雑誌にオーディオの記事が・・
家にオーディオなんて呼べるものはありませんでしたが、ラジカセの前に顔を置いたとき、左からヴァイオリン、右にチェロ、コントラバスが聞こえてきたとき、叫びそうになるくらい感動しました。
その後、2chステレオによる3次元的空間表現と、オーケストラ音楽の感動はたがいに結びついて一つのことのように自分の興味の中心となってきました。

機器自慢みたいのを自分が書いたってしょうがないので、コンサートも含め、音楽の変にこだわって聞きたい個所を書いていこうかなと。実演の体験も含めて・・

2chステレオはch間の位相差、音量差、その他の理由で人間に錯覚を起こさせ三次元的位置情報を認知させる技術です。
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極小変形部屋を音楽室としているため、目の前にこのような状況があります。
左右のスピーカー間に三次元的な音空間を出現させるため、スピーカーの間はもちろん周囲に物を置くことはできません。
後方右手の壁がせり出していますが、システムのクオリティーが整うと壁の向こうから音が聞こえるようになり、問題ではなくなります。 
ただ視覚的に壁を意識するとしらけるので音楽再生時はコンサートと同程度に部屋を暗くします。こういうのもはたから見れば変態でしょう。
約10年間の調整の末今現在、音楽を再生すると↓のような感じで
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左右のスピーカー間にステージが出現し、奥行き、高さ間などを持った楽器の位置情報、空間感などをはっきり聞き取ることができます。この時、音が見えると感じます。
経験したことのない人のなかにこれをバカげていると感じる人もいるようです。
自称オーディオマニアの中にもそういう人がいるみたいですね。いろいろな考えがあっていいと思います。
このときスピーカからは全く音が出ていないように感じられます。少しでもスピーカーから音が聞こえ、スピーカーを意識してしまったのならそれは再生に失敗している状況です。かなりがっかりします。
チープなオーディオでもある程度はあの楽器はあそこ、この楽器かはこのあたりから聞こえる・・程度にはなります。でもそれじゃつまらないんです。
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これは春の祭典の後半、バスクラリネットですが、3小節目、2本がリレーしています。
音楽的な区切りというよりは演奏のしやすさを考慮したものかもしれません。
奏者は一本が吹いているように演奏しますし、実演では豊かな反射音に包まれ一つの連続した旋律がステージ上から聞こえてきます。
こんなところにこだわるのは音楽的に筋違いかもしれません。
でも、あえて作曲家がこう書いた楽譜を見てしまった以上、これを確認、体感したい。
実演では2人の奏者を見ていればあぁやってるな・・と分かります。
で、視覚的情報をまったく持たない自宅オーディオではどうなのか・・
チープなオーディオでは一つの連続した旋律を聞き取り、ここリレーしてるんだよなと想像するしかありません。
しかしよく調整されたオーディオとそれを考慮したような録音の組み合わせでは、バスクラの音像が隣の席へ移動するのを聞き取ることができます。
ここで、痺れます。
これだとただのバカ見たいですので音楽的に意味のある話を・・

始める。

やりたいことが2つやります。
え?3つ?・・

一つ目は作曲していることについてへらへらと・・

昔、作曲をしていました。自分で弾けるピアノソロ的な・・楽譜も作ったりして・・
1999年くらいからだったか。
当時のインターネットは極端に言うと大手検索エンジン以外は素人の個人サイトしかなく、
ネット上にいるのもちょっと面白い人たち・・だったような・・
だからこんな私でも曲を作るとあったこともない人たちに聴いてもらえ、感想をもらえ・・
弾いたよと言ってもらったり、外国の人からなんか言ってもらってうれしかったり。。
何だか夢の世界があったという気が・・

その後、ブログとか、動画とか聞こえ始めていたころから作曲もネット上に存在することもやめてしまい、現在に至ります。
最近とあるきっかけからまた急に作曲意欲が湧いてきました。
正確に言うと自分の曲を聴いてなんか言ってもらいたい欲が。
曲もできました。
ところが、ネットも昔とはすっかり変わってしまいました。
自作をyoutubeに上げただけでは見つけてさえもらえないことが判明・・・
どうすればいいの?
くらいから始めてみるブログ。