誰に刺されたのか マーラー交響曲第6番

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マーラー交響曲第6番 終楽章のハンマーですが、体にも心にも深く突き刺されるこの衝撃を与えたのは誰なんでしょうか?

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一回目のハンマー、続く弦楽器はこの

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運命の姿そのものですね。
ハーディング盤みたいな速いテンポで聴くとここはハンマーが肉体と心に突き刺さったのを見て運命たち(たくさんいる気がする)が喜びの雄たけびを上げて飛び跳ねているように聞こえます・・
非常にグロテスクで怖いです。
操っているのは運命でしょう。。


ここから先は個人的な妄想でネタなので適当に読んでください。
柴田南雄の本に似ているものを引用だと騒ぐのは馬鹿だ・・みたいなことが書いてありました。
私もそう思います。思うのに、
調子に乗ってそんな馬鹿なことを

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ハンマーがー刺さった後トランペットの2,3,4番が悲鳴のような叫びをあげます。
1番は次に備えて休んでいますね。
手前は5,6番が担当していた。
事前に提示されていたコラールによるものですが、

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交響曲第3番の第5楽章、このチェロに似ていると思うことがあります・・
ここ、イエスが聖ペテロに「お前はなぜここにいるのだ?」とかいう場面ですか・・

ハンマーの衝撃は”裏切り”によるものだったのではないかと・・・

考えすぎでしょうね。
いい加減にしろよみたいな・・・

こういうメロディーはいくらでもあって・・似ている物を探せばいくらでも出てくる・・
歌詞や曲名がちょうど都合のいいようにつながって、引用ではないか?・・
みたいなのはいくらでもいえるんですよね・・

この時点ではマーラーは幸せまっしぐらですから、この曲みんなフィクションです。
別にマーラーの人生と重ねて考える気もありません。

似てるもんで騒ぐなと言っていた柴田南雄もマーラーの第3交響曲冒頭のホルンがブラ1のフィナーレに聞こえて仕方がない・・・と書いていたと思います。
あれは意味があってそうなっているんでしょうか?
ただ似ただけでしょうか?
私は似ているとは思いますが、ブラームスは浮かびません頭には・・・
あれフィナーレの主題から来てるんじゃないかなぁ・・

ごめんなさい。
全部個人的な楽しみのための妄想です。

こんな場面だし、何かあるんじゃなんて考えたくなってしまうんですよね。

マーラー交響曲第6番 終楽章のに凱旋行進がある件

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マーラーの交響曲第6番 第4楽章
まだ、続きます。

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襲い来る運命的な困難との闘いぬいて、再現部の最後は勝利をつかみ凱旋行進をしています。
高らかに歌うホルンとチェロは第2主題ですし、歓声を上げているようなヴァイオリンの下降音型も第2主題で非常にポジティブです。
素晴らしい場面ですね!・・
・・・でもみんなが乗っかっているこの低音は実はあの運命主題なんですよね・・
ここまで来ておきながら、この後運命によって葬り去られていくわけです・・すべては運命が支配している。


初稿を見たら
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歌うのはホルンとチェロでなくトロンボーンでした。
ティンパニは5度を二人で、小太鼓、シンバル、トライアングル派手になっています。
今聴いている物よりももっと軍楽調だった・・
これ、闘う男の姿だった第1楽章を強烈に思い起こさせ、統一感みたいなものもでるのかな・・
でもやめていますね。
ここだけ見ると、初稿のほうが面白い気もします。
でもここで派手な印象を聴き手に与えてしまうと、この後にくる本当の悲劇の印象が薄れてしまうのではないでしょうか?

ただ単に鳴りや部分的な効果だけを考えているのではなく、全体のドラマの流れみたいなものを考慮しつつ改訂が行われているのではないかと思います。

これでこのまま終われれば”英雄の完成”だったのにね・・
この先あんなことに・・3回目のハンマー跡地付近、もう衝撃!わー!なんてやらなくても力なく倒れていっちゃうんですね・・


このティンパニの運命のリズム主題、何度も何度も出てきますが、前打音みたいな音にいろいろ種類があります・・

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テンポとか前後の状況とか、単にそう感じたから・・こうなっているんでしょうか。
これも意味があったりするのかな・・



マーラー交響曲第6番 改訂による打楽器の削除

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マーラー交響曲第6番ネタ、もういいよという方もいらっしゃるかもしれませんが・・
第4楽章の初稿を見ていると聴いて知っている第2稿にはない極端に分厚い打楽器に驚かされます・・
特に後半ですね、思い切ってばっさりカットしています。

マーラーの交響曲でティンパニが一番やりたい放題やっているのは2番かなという気がしています。
以降、ティンパニやりたい放題はやめて深くなっていくような印象があるんですけど、初稿を聴いたらまた印象が変わるかな・・
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再現部の第1主題に入ってすぐですが、2稿にはないティンパニがあります。
あるだけじゃありません、二人の奏者が重音をやっていてこれかなりくどいでしょう?
2番でこんな感じよく出てきていましたけど・・


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ここも二人だったんですね・・今は一人に・・


思ったんですけど、単にこれらこの場所を薄くしたというだけでなくこのことによって、二人が重ねて叩く運命の主題・・
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がより一層特別な印象を聴き手に与えるようになるんじゃないでしょうか・・・
第2ティンパニ、ああいうとこしかやんないよな・・・なんて思ってましたけど、まさにそれが狙いだったんじゃないかと・・・



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ここもすごい。勝利をつかみ取りに走り出すような場面。
今はティンパニはなくて倍の長さに伸ばされた低音の運命主題が最初に聞こえ、トランペットが答え、、その中で弦楽器が歌い・・

この弦楽器の主題は第1主題部の後半で出てきますが、上下正反対になった反行形が組み合わさったりしてますね。
これ夫婦に見えますよね・・交響曲第10番の第1楽章で第1主題でまた聴くことになるあれと関係あるかなと思ったり・・

で初稿はティンパニが派手にたたいてます。
面白いですけど、音楽をティンパニが主導するような感じになって印象がだいぶ違うでしょうね・・低音の主題もマスキングされちゃうのかな・・
マーラーの改訂は楽器配置が変わっても音楽は変わらないという印象があるのですが、ここはこのリズム自体がなくなって、音楽も変わっているような気がします。
なんというか楽器の配置も声部の多さもやればやるほどいいのではなくて、ある域を超えると逆効果・・というところまでついに到達してしまった・・ということなんでしょうか・・

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勝利をつかみ取って多数のシンバル・・の場面、ティンパニとトライアングルも鳴っていました・・
これはこれでありな気もするけど、今のを知ってると今のがいいか・・

まだ見ぬマーラー交響曲第6番(2010年出版新校訂版)?

先日の上岡 敏之指揮 新日本フィルハーモニーのマーラー交響曲第6番の演奏会で見たことのない最新版のスコアの存在を感じているわけですが、続きです。

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検索すると 国際グスタフ・マーラー協会版  交響曲第6番(2010年出版新校訂版)  
というのが出てくるのでこれを買えばみられるんでしょうか・・
高いなぁ・・

国際グスタフ・マーラー協会版 Totenfeier (交響詩《葬礼》) なんて買えるんだな・・見てみたいなぁ‥
急に聴きたくなってパーヴォ・ヤルヴィ指揮の葬礼のCDを買おうと思ったらもう売ってないんですね・・
迷ったら買っとかないとダメなんだな・・

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第4楽章再現部、勝利をつかんで複数のシンバルが鳴り、喜びの歌が歌われる部分。
このバスドラがかなり効果的に響くと思ってきたのですが、この日の演奏会ではバスドラが聞こえないのではなくてこのトレモロをやっていないことをはっきり目で確認しました。

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で今日、ダニエル・ハーディング&バイエルン放送交響楽団 マーラー交響曲第6番のCDを聴いていたらバスドラが聞こえませんね。スコア見てみたいなー

YouTubeのラトルLSOはやってないようでかすかに聞こえるようでもあるような・・
それよりあの多数のシンバルを映さないで指揮者なんか映しているのははがゆいな・・
私の好みに合わせてくれるものじゃないのは解るけど・・
でもあそこはあの視覚的インパクトも音楽表現の大事な要素だと思うんだよなぁ・・
この曲の一つの要みたいな瞬間なのに・・・
指揮者なんて見てる場合じゃないと思うんだけど・・あんまりマーラー好きじゃないのかな・・編集した人・・

思い出すと中学生のころから教育テレビでオーケストラ演奏を見てきました。主にN響アワーと芸術劇場か・・NHKのカメラワークばかり見ていたからあれが標準になってしまっているような気はします。
結構スコアを読み込んで大事なところを映すような感じだったと思うけど・・
時折入る字幕の解説もわかりやすくてよかったような・・最近見ないな・・
変に芸術的な絵に仕上がっちゃってるものよりスコアが見えるような映像のがいいな・・
もう2回最前列中央くらいからの定点撮影でもいいな・・

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最後、ハーディング盤でトランペットの余韻を聴く前にバスドラがつぶしていることに文句を言ってしまいましたが、上岡も間をおかずにピッチカートを打っているように見えました・・打てというより全部を止める・・みたいな仕草だったと思う・・楽譜のルフトパウゼみたいなのがなくなってたら衝撃的だけどなー
ラトルの指揮は間を取っているように見えます。
なんで色々あるんだろう?

目立つとこだけ騒いでますけど、もっといろいろあるんでしょうね・・

ハーディング盤は何度か聴いてるうちに気に入ってきて瞬く聴きそうな感じです。
新しい演奏を色々聴きたいな・・

スコアは高くて買えないですが、先日書きました柴田南雄の 
グスタフ・マーラー 現代音楽への道 (岩波現代文庫) 
をどうしてもまた読みたくなってきたので注文しました。

マーラー関係のコンサートのチケットもとりました。
それに付随して色々考えたい書きたいことが出てきて頭が沸いています。
楽しくていいや。

マラ6 グリッサンド

グリッサンドっていうのは鍵盤楽器で、弦楽器管楽器はポルタメントじゃないの?と知ったようなことを言ってみたくなりますが、楽譜にgliss.と書いてありますね。指を滑らせてるからいいのか・・
そういえば遥か昔に見たラプソディインブルーの冒頭のクラリネットにもgliss.て書いてあったような記憶が・・
じゃあグリッサンドで・・・・

ガーシュイン、どこで見たっけ・・と考えると中学生用の音楽資料集みたいなのじゃなかったかなぁ・・30年前かぁ・・
あれにグリーグのピアノ協奏曲のオケパートをピアノにしたやつ(提示部だけ・・)とバッハの小フーガト短調BWV572全曲の楽譜が載っていたんだよな・・
前者で楽譜を見ながら音楽を聴く喜びを、後者で弾けるわけないのに弾いてみようとする喜びを知った気がする。

上岡敏之指揮のマーラー6番で、変なグリッサンドが面白かった。
あれが正しいとは全然思わないけど、また聞かせてもらいに行きたい気がする。
指揮者も大変ですよね。みんなスター指揮者ばっかり聴きに行こうとするし、録音とかYouTubeとか散々聴いて知った気になってるから普通にいい演奏しても目立てないし・・
受け狙いで変なグリッサンドしてるなんて言う気はないし、仮に受け狙いだったとして私受けちゃったから聴きに行くけど・・

第4楽章展開部で暗い序奏部が終わって光が差してくるところ
の初稿
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2稿は第2バイオリンのグリッサンドが一番高い音のみに改められていますが、もとはこうでした。
同じ音をフルートとクラリネットも伸ばしているので、第1バイオリンの動きと関係なく小節の後ろの方で次に向けて落ちる・・ようにもみえますし、
トレモロの第1ヴァイオリンと普通にグリッサンドの第2バイオリンは同じ音が同じように動くということのようにも見えます・・
そう思うとこのグリッサンドはこういう真ん中あたりまで直線的に伸びてそこから落ちる形を考えていたということですか?。逆にみるとこの八分音符も杓子定規な八分音符じゃなくてだんだん加速していくようなイメージなんでしょうか・・

これを見てマーラーが長いグリッサンドをどう考えていたのかわかるかなとも思ったんですが、そんなの場所によって変わりますもんね・・

あれそうじゃなくてこれ第2主題なのかな・・上がってく16分音符は第1主題から来たやつですよね・・自分?・・
屁理屈言い過ぎ?

最後の小節、次に備えてトレモロが第2ヴァイオリンに入れ替わっていますが、2稿は3連符は倍の長さ、となり第2バイオリンもやるように、トレモロの入れ替えなしなっています。
凝りすぎた結果大事なところがはっきり聴こえないので・・ということでしょうか・・

カウベルはどこ?

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今日は内容に私個人の思い込みの可能性があり怪しいです。適当に読んでください。
あっいつもか・・
先日の上岡・新日のマラ6は面白かった。
適当なことを言ってますが、見たことのない最新の楽譜があるとして、その内容はどうなってるんだろう?
見たいなー。

・・・でも調べても何も引っかからないし、そんなもんないのかなという気もしてきた・・
ただ再現部のティンパニとヴァイオリンソロがよくわからない・・

とりあえずハーディング・バイエルン放送SOのCDをまた聴いてみた。時間がないのでアンダンテまで・・

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ここ、やっぱりトランペットのff>はf>に書き換わってるんじゃないかなぁ?位の印象・・
ティンパニも抑えてる感じがするなぁ・・

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再現部のここ。
新日で聴いたの同じ、知ってる楽譜と違う。
最初の2小節を二人同時にffででたたいて提示部と明確な差・・・
続く2小節はdim.する。多分見たのと同じ第2ティンパニはで重音をたたいていると思う・・はっきりわからないけど・・

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続く第2主題の最後、
この2小節はソロになって・・・・はいませんでした・・・あれ、なんでちがうんだろう?

知っている楽譜だと”遠くで”みたいな指示のあるカウベル、上岡・新日はオルガン横のバルコニー、よく見える位置でやっていました。指揮者の解釈なのか、新たな指示があるのか不明・・・そんな指示ないような気もしてきた・・

ネット上にあったハーディングBRSOのこの演奏会かなと思う写真・・カウベルは見当たらない・・
聞いた印象だと、
第1楽章のカウベルはやけにクリアで舞台裏じゃなくて左奥のステージ上で鳴っているようにも聞こえる・・
先日のは固定されたものを撥でたたく式だったけど、バイエルンのは鈴のでかいのというか喫茶店というかリアルカウベルな感じの音・・
沢山はいなくて少数な感じ・・一人でやってる?

アンダンテのカウベルは1楽章とは違い右側で鳴っている・・舞台裏じゃなく、ステージ上で1楽章よりはたくさんの数のように聞こえる・・

CDのブックレットに演奏風景の写真があるかと思って見てみたけどなかった。
でもハンマー振り下ろす瞬間のアップみたいな写真があって笑った。
ドイツ人にとってもハンマーが面白い交響曲なのね・・・

なんだかわからなくて悔しいのでYouTubeを見てみるとラトル・LSOというのが新しそうなので見てみた。
最初のTimpとTpは知ってる楽譜の印象。
1楽章中間部のカウベルは舞台裏
再現部のTimpは2人でたたいていそうにも聞こえるけど映らないのでわからない・・映してほしかった・
その後の第2主題の2小節はソロだった・・
ということで、結局よくわかりません。。

なんだか知らないけど面白くなってきちゃったな・・
ただ、私が勝手に思い違いをして騒いでいるだけで、そんな楽譜なんていうものはないのかもしれない・・
えーじゃあのソロは何なの?・・


昔作曲家の柴田南雄が自著のグスタフ・マーラーという本の中でこんなことを書いていたのを思い出した。。
巨人くらいしか知らなかった私にマーラーの世界を教えてくれた本です。
読んだのが30年近く前なので記憶もあれですが、、
カラヤンがベルリンフィルと来日たとき、マーラーの6番を演奏した。
カウベルがどのように聴こえるのかと期待して聴いていたところ・・
天井スピーカーから平面的なテープ録音のカウベルが・・・
がっかりした・・・いや何かもっと文句めいたことを言ってたようなイメージもある。

そりゃそうだ、なぜそれがそこで鳴るのか・・に重要な意味があるのに・
そんなこと何も知らなくたって・・・シラケるだろうなそんなの・・

まだ日本人がマーラーなんて聞きなれない時代・・えっもうみんな聞いてた?・・関係ないよねそんなこと・・
海外遠征で余計なものはもってこれない?現地調達もできない?そうかなぁ?
さすがに楽器庫に”カウベル”なんてなかっただろうけど、「こういうの」っていうと面白がっていろいろ代品持ってくるような人がいるんでしょ?
なんて考えていると、結局なめられてたのかな日本人は・・・なんて思ったりして。
(そんなことはないかもしれません)

私のくだらない興味はそのテープのスタートボタンを誰が押したのか・・・
団員?ホールの音響係みたいな人?
後者だったら笑うよね・・・

あの本、今思い出すとそれは違うのではと思う内容もあったと思う・・
でもそれは散々いろんな知識が入った30年後からみた後出しみたいなもので、そこを批判するのは違うと思う。。
あの人がマーラーの音楽が大好きなことは強く伝わってきた。
いろんな曲を聴く前にあの本を散々読んで知った気になっていたので、初めて聴いたときの衝撃・・というのがなくなってしまった・・・
6番の最初の明→暗を知らずに聴いてびっくりしたかった・・なんて思った思い出。

マーラーの自作間での相互引用の重要性を指摘したうえで、しかしたまたま似ているだけのものまで持ち出して引用だと騒ぐのはバカだろみたいなことを言っていたのは今でも頭に残っている。
このブログでいろいろ書いているとき、私の中で言われるの・・それはあなたの都合のいいようにこじつけているだけじゃないですか・・・と。
はい、そうですとか言ってそのまま書いちゃうけど。

あの本でマーラーを知った人も多いんじゃないでしょうか・・
売ってるみたいだし買ってまた読んでみようかな・・

悲劇的交響曲は本当に悲劇的なのか

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マーラーの交響曲第6番は「悲劇的」の愛称で呼ばれています。
如何にもという愛称で文句もないのですが、作曲者本人がそう呼んだわけではないようですね。
考えてみると彼の11曲の交響曲の中で明確に短調のまま終わるのはこの曲だけです。

第4楽章は運命の打撃を受けながら、立ち向かい切り開いていこうという姿が見えるわけですが、再現部は結構健闘していると思うんです。

再現部は第2主題部が先にくるんですよね・・
提示部と展開部の第2主題とそれにまつわる音楽は生きる喜び、この世の美しさ、太陽の光、愛・・みたいなものが絡んで渦巻いて・・という音楽だと思います・・9番で再現されますよね・・いつか書こ・・
オーボエの飄々とした感じで再現部の第2主題部始まりますが、やるぞ-!みたいな明るい雄叫びを挙げて突っ走ってそのまま第1主題部=運命と自分の闘い・・その間第2主題が何度も出てきて加勢してます・・結構ポジティブにやってるんですよね・・

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その後のここ、いろいろ戦ってきたんだけど何か突破して勝利をつかんだー!みたいなところだと思います。
あちこちでたくさん鳴っている下降音型はあのポジティブな第2主題の一部ですよね。
そう思うとこれ、みんなちゃんと聞こえないといけないんですよね。なんか目立つもんだけが目立ってあとあんまり聞こえない演奏がありますよね。

やった!という瞬間のシンバルには複数でみたいな指示があります。
実演だと3人とか4人の打楽器奏者がみんなでシンバルをたたくというか広げるというか・・は視覚的インパクトがものすごく大きいです。
うちのオーディオで聴いてても、音の広がり、音色、大きさなどで普通と違う感は十分伝わりますが、あの視覚的衝撃は・・・
初稿ではここでティンパニやトライアングルも派手に鳴っていました。
トランペットなんかをマスキングしちゃうから外したのかな・・

4小節目のトランペットの3・4番がB管で吹く第2主題音型、バーンスタイン・VPO(88)のは8分音符がバッサリカットされていて聴こえません・・
なんでだろう?



でその後豊かな気持ちと凱旋の行進をへて、
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やっと本当の光が見えてくるわけですよね・・
低音の大きく構えているのは第1主題の一部で、つまり自分ですよね。
平和な日々を手に入れられる・・・・・・・
と思ったら結局死んじゃって悲劇的・・・みたいな内容で、作曲者もそんなことを考えているんだと思いますし「悲劇的」の愛称で何の問題もないんだと思います。普通に考えると。

弦楽器のこういうアルペジオはよく見ますが、沢山の弦楽器の弓の動きがまた視覚から入ってきて何か伝わってくるんですよね。
オーディオじゃ見えません。
これがよく聞こえる録音と、よくわかんない録音があります。なんとなく聞こえたほうが嬉しいけどなー

嫁さんがこの曲が現実になると困るといって泣いたみたいな伝説が大嫌いなのですが・・

マーラーは指揮者、歌劇場の監督みたいなのが本業で、夏休みに作曲みたいな形で生きてきましたが、いよいよ職業演奏家を引退して、作曲業に専念することを考えていたようです。
そのための住居を購入する契約くらいまでしてたんだっけ・・
しかし突然の死によってその道は閉ざされる・・
結局、この曲マーラーそのものなんですね・・・

この曲にマーラーを当てはめると、突然の死によってあるはずだった作品を聴くことができなくなってしまったのは我々にとっても悲劇のように思います。
でも多分、神様は寿命に応じて才能やチャンスを割り振ってると思うんです。
あと10年生きたとしても、最終作品の完成があと10年遅れていただけ・・生涯に作曲される作品の数は同じ・・だと思う・
全然話が脱線してるけど・・

最近自分は、マーラーはこれに限らず結構冷静に客観的な立場で曲を書いていて、言われているほど自分を重ねてはいないんじゃないのか・なんて考えてみたりしているんです。

でもこの曲結果的にマーラーそのものみたになっちゃっいましたね・・

この曲のこの人、悲劇的なんでしょうか・・
普通に考えると一生懸命やってんのに何度も災難に襲われ、やっとというところで命を絶たれてしまうんだからとてもかわいそう・・
悲劇的ということで文句ありません・・
でもね、アンダンテを聴くと幸せな家庭があり、理解、支持してくれる仲間がいます。非常に幸せそうです。
第1楽章の第2主題が妻だとするとものすごく美人で活発で頭がよくて・・そんな人が妻ですよ・・
第1楽章行進曲調の音楽を運命の行進ととらえると怖いですが、困難と闘いバリバリ前進してゆく人の姿だと思うとかなりポジティブですよこの音楽。第2主題部の中に取り込まれてますよね行進曲が・・あれ旦那である本人なんでしょう・・
終楽章では度重なる衝撃をを受けつつも意外にポジティブに進みつつ大きな功績をあげています。
一回目のハンマーなんて悲鳴のような叫びをあげはしますが、すぐ後に花園みたいな音楽が来たり・・意外についてる面や助けてくれる仲間?も持ってたりして・・
最後死んじゃいますが、もともと人間はいつか死ぬんだと思います。
そう考えると、この主人公はかなり充実した人生を送ることができた勝ち組なんじゃないでしょうか?

マーラーのこと悲劇的な運命をたどった人と思わないし。

こんなこと書いてるとおまえ馬鹿かって言われそうですけどね。
いろんな見方があってもいいでしょう?


波形で見るマーラー交響曲第6番第4楽章

スコアじゃないですけど・・
これは波形編集ソフトにマーラーの交響曲第6番第4楽章の演奏(3種類)を読み込んで表示させたところです。
何か見えてくるかのと思って・・

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2つづつありますが、左右2chを表示しています。
一番上の2つはハーディング・バイエルン放送響、
次はブーレーズ・ウイーンフィル、
一番下はバーンスタイン・ウイーンフィル(88)

横軸が時間です。横に長いほど演奏時間も長いという事になります・・
縦軸は振幅ですから音量・ダイナミクス・・
旋律とか音色をここから読み取ることはできませんが、
曲の構造、(比べることで)演奏のテンポ、ダイナミクスの変化などを視覚的捕えることができます。

それぞれの部に序奏をもったソナタ形式なのがはっきり見て取れますね・・・
長い序奏の後に始まる提示部が結構あっさりしていることとか・・
バーンスタインの圧倒的に重い演奏も形になってわかるわけですが、意外にも3つの演奏の提示部が終わる時間的位置は同じようなところなんですね・・

バーンスタインのは最後の中低音金管アンサンブルみたいなのが異常に遅く、宇宙が語るみたいになっちゃってますが、それも見えます・・この人の演奏だと3回目のハンマーで自分が死んじゃって、あそこはレクイエムなんでしょう・・これはこれでものすごい説得力があるよな・・・

そもそもあそこは・・何を意味しているんでしょうか・・

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このテューバで提示される付点のモチーフ、運命そのものが姿を見せているんじゃないのかな・・・
序奏やいろいろなところでちらっと姿を見せていましたが、

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(これもそうでしょう?・・・いっぱい出てきて盛り上がると戦いの場面に突入・・・)



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最後のこの場面・・位置的にもテューバで始まることからも同じ運命の姿でしょう・・とよく見ると倒れる前に歌っていた勝利の喜びの歌と同じ旋律なんですよね・・というか曲の一番最初に出てくる明暗不確定のモチーフだったり、苦しいところも出てきてたり・・結局みんな運命だったってこと?・・ここ、もう他には誰もいない・・これがすべてを支配している・・

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この最後のコントラバスとチェロも運命の姿そのものです。
静かに腕を振り上げ・・(pp)

止めを刺す(ff)・・

でTpが消えて( ’ )死を見届ける。

都合のいいようにこじつけただけだろとか言われそうですね。
マーラーの音楽はこんな事をごちゃごちゃと考えだしたらどこまでも何時まででも付き合ってくれそうなんですよね。。
作曲者は音楽にいろんな意味を埋め込んでいるはず。
でもきっと説明を求めても教えてくれなでしょう。
はじめのうちは自作のト書きみたいなのを書いたりしてたみたいだけど、途中でやめてますよね。
自分がこうだと言うとみんなが単純にその通りに聴こうとしてしまうのを嫌ったと思う。
聴き手が自分で感じて謎を解いていくことがマーラーの曲を聴くということなんじゃないでしょうか・・
いや知らないけど・・

マーラーの伝説で自作が理解されず酷評され・・みたいなのがあります。
でも実際は生きている時から他所から演奏したいみたいな話とか相談を受けたりということがあったようです。
もし自作の演奏を自分と全然違う解釈で聴いたときマーラーはなんて言ったかな・・
きっといいと思えば褒めただろうな。
逆に馬鹿正直にやろうとした指揮者にうんざりしたみたいな話はありますね・・

トスカニーニが指揮するボレロを聴いたラヴェルは怒ったんだっけ?・・
テンポが倍速いみたいな作曲者の文句を聞いたトスカニーニはそんな葬式みたいな音楽はおかしいだろみたいなことを言ったんだっけ・・

必ずしも作曲家の考えがBestというわけじゃないとは思うんですよね。
だからといってやりたい放題やっていいというのも違うと思う。
これが決定版、後はダメみたいな考えは一番よくないと思います。
CDのレビュー欄にもいますよね。超一流リスナー自認な人。オーディオ界にも・・
いたっていいのか・・

波形の話で終わるつもりが話がよそへいってしまいました。楽しいねー
いろんな曲や演奏の波形を眺めてると何か色々発見できるんじゃないかと思ったりして・・

これのどこが面白いの?という人もいるでしょう・・
くだらないとか言って怒る人もいるのかな?いそうですね。
こういうのを見て何か読み取れるんじゃないかとくぎ付けになったり、もう何か気づいちゃったようなあなたはマーラーみたいな音楽が大好きでしょう?

実演、録音、リッピング、ミキシング、マーラー交響曲第6番、ハーディング、その他ごちゃまぜで

最近、マラ6のこと、録音と実演、ミキシング、リッピング、コンサートのお客とか色々書いてますけど今日は全部ごちゃまぜでダラダラと・・文句ばっかり書いてごめんなさい。

マーラーの6番について書いたりしていてふと聴いてないCDがあることを思い出しました・・

昨年ダニエル・ハーディング指揮、新日フィル他のマーラーの交響曲第8番を聴き行きました。記念碑的なあの曲ですもん、何かあっても後悔しないよう2日連続で・・・
初日、隣に小さな子供連れが・・多分制限いっぱいの6歳くらいかな・・案の定開始30秒で暴れる叫ぶ・・
子供はみんなあんなもんだよね。6歳にマーラーが理解できるわけもないし・・
お母さんは時折なんとなく止めるようなそぶりを見せるものの・・・
子育てって大変なんでしょ・・・たまの楽しみなのかなお母さん今日は素晴らしい音楽を楽しんでね・・
といい人ぶってみる。
コンサートって博打だよね・・
明日もあるからなーなんて思うとでっかい気持ちになれたことも確か・・
2日目は周囲におかしな客がいなかったため音楽を全部聴くことができた。とっておいてよかった・・
演奏も2日目のがよかった気がする。細かいことは忘れちゃったけど、どっかにそんな感想を投稿した覚えが・・・
今度これは!っていうのがあった時は3日押さえてやろうかな・・仕事どうすんだ・・・

バンダ後ろから聴こえてほしかったな・・とか思いながら帰ろうとすると、指揮者のサイン会があるという。
そういうの苦手なので駅に向かって歩き出したんですが、何か後悔しそうな気がして・・
CDを買うとその権利があるようなことを言っていたので買って待つ・・
見てるとみんなCDなんか買わずに適当な紙を出してサインしてもらってた・・・そうなのか・・・
なんか、いつも俺って間抜けなのね・・まあいいかCD聴くし・・
ハーディング氏はあんな大曲を振ってクタクタなはずなのに笑顔でThank You!とか言ってた・・
たいへんだなぁ・・いい人なのかなぁ・・・たしか俺より若いんだよな・・

その時に買ったのがハーディング、バイエルン放送交響楽団のマーラー交響曲第6番のCDでした・・
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聴くためにはリッピング゙をしなければなりません・・したのはしてあったんです。
リッピングもソフトで音が違うとか・・その手の人間以外が聞いたら嘲笑な世界があるわけですが・・
自分もほどほどに嘲笑世界に踏み込んではいます。なんとなくでも理屈が納得できそうなところだけ・・・

うちはNASと音楽部屋はLANケーブルでつながっているのですが、リッピングPCだけは別部屋にあって普段は無線でLANにつながっているんですね。
NASにデータを送る際、無線じゃ時間がかかって仕方がないのでその時だけ廊下にケーブルを這わせて有線接続します。
たったそれだけですが、億劫になりそのままになって半年以上という体たらく・・・・
音源をデータ化して唯一のデメリットが、新しい音源をすぐに聴けない、めんどくさい・・・という事でしょうか・・

で、思い出してあぁそうだあれ聴こうなんて思ってケーブルつないでファイルを移し、聴けるようにしました。

今聴き終わったので・・
何から書こうかな・・

いきなり終わり付近の話から、3回目のハンマー跡地は金管がさっと引いて弦楽器主体の音楽・・あー楽譜のイメージだーいいなーと・・・そして終結部。
この録音、バスドラがやけに大きくはっきり録られているんですけど、トランペットの余韻を聴き、死を感じ・・って、トランペットの余韻の前にバスドラがドン!とか言って終わっちゃったんですよ・・
えー!?・・・
あれ、積極的な解釈なのかなぁ?でも楽譜にルフトパウゼみたいなのが書いてあるんだからさー
バスドラ、そっと鳴らされるピッチカートに深み、凄みをつけるためPで鳴るんだと思ってるんだけど、ドン!ってつぶしちゃってたよ・・・



演奏は、、、多分これ現場で聴いてたら私大喜びで盛大な拍手しただろうなーと思います。
ただ録音で聴いちゃうと、今まで聴いてきた巨匠の凄演がよぎっちゃって・・・いいんだけど、これっ!ていうすごい何かもないなーという感じ・・・
・・・ここで、実演と録音問題が発生してると思うんですよね、、素晴らしい実演なのに、録音に固定化されるとこんなんなって偉そうに評論するようなことを言っちゃってるんですよね私くんだりが・・・
何様だって話でしょう・・・
録音で固定したものが存在するといつまでも過去のものにしがみついているという状況が発生してしまっていて・・・
これどうなんだろう・・・でもやめられないし・・

対向配置なのはとてもよかった。。
トランペットがとくに後半、おとなしいように感じたんですけど、現場だと違った印象で聴けたのかな・・・
私この曲のチェレスタが楽譜にあるけど聴こえない・・みたいに思ってたけどこの録音やけに聴こえるんですよね・・
そこだけ嬉しがって聞いちゃったけど、実際あんなに聞こえるもんなのかな?録音マジックかな・・
録音マジックだったとしたら・・・聴き取れなくたって、リアルなほうがいいと思ったり、たまにはいじってあってでもはっきり聞こえるものを聴いてみたいと思ったり・・・
舞台裏のカウベルもやけにはっきり聞こえたかな・・・

2回のハンマーはびっくりするようなものすごい音でドン!とかいってます。。すごいんですが、精神と肉体に突き刺さる・・というよりは人間を丸ごとつぶしちゃうような音ですよ・・すごいのは面白いけどこれ作曲者の望んだ音なのかなぁ・・・

あそうだ、今までスケルツォ→アンダンテという曲順のものばかり聞いてきたので、このアンダンテ→スケルツォは新鮮でした。
どっちも説得力あるんだよな・・・こっちが正解という事になったんでしょう?

何度か見たハーディングのブレスしながらグワッ!っみたいな指揮・・そのブレスみたいなのが聞こえて指揮姿が見えるような気がした・・・

なんか文句めいたことばっかり偉そうに書いちゃって・・ごめんなさい。

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何度か聴いてみたいなと思ったりしています。今後もっと全然違う印象を持ったりするかもしれません。
適当に読み流してください。


伝説より楽譜 マーラー交響曲第6番

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マーラー交響曲第6番 第4楽章。

ハンマーを2回たたく版と3回たたく版がある・・みたいなのを読むことがありますが・・・
みんな使っている楽譜は2回しか書いてないものでしょう。
3回書いてある第1稿で演奏するわけじゃないですね。
推測に基づいて3回目を強引にプラスする演奏があるだけじゃない?・・
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第1稿(最初に書いたもの 3回目のハンマーつき、他の管楽器、打楽器もど派手で楽章内の類似個所と同じコンセプト)

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第2稿(ハンマー削除だけでなく、他の楽器も薄く弱くなっていて、他の類似個所とは違う)

マーラーが実際に演奏してみて得られた考えを反映した第2稿。
ハンマーをやめただけでなく、楽器配置をうすくして、ダイナミックスも大幅に下げる方向に変更しています。
重要だと思うのは、ティンパニです。
第1稿は2人が同時にffでたたくことによって逃れられない運命の宣告を強調していました・・音量音色だけではなく、視覚効果を狙ってますよねティンパニ2人が同時に動くとものすごく目立つから・・・
それをやめて一人がfでたたくだけに改訂・・・

音量を落としただけでなく、この場所の意味をそのもの変えていると思うんです。
明→暗はそのままというかチェレスタ追加とハープの改良でむしろ強調されましたが、でっかい音でズドン、ワー!っという大騒ぎは避けてるんですよ。
このことによって曲の最後で止めを刺され息絶えるさまが大きく強調されることになったのだと私は感じます。
この稿を使いながら、ここで面白がってハンマー鳴らしちゃうのは・・・

また別途書こうと思ってるんですが、この楽章、再現部は運命との戦いですが結構勝利傾向で、派手な凱旋のあとやっと明るい光のさす未来が手に入る!!というところで暗転、やっぱり死んでいく・・みたいなことになっています。
素晴らしいんですが、その暗転箇所がこの3回目のハンマーだったところなんでしょう。
でも構造的にその前に10小節の緩衝地帯というか、明とも暗とも確定しない部分が置かれています。
明るい光が奪われてから衝撃まで10小節もたつくんですよね・・・
(バーンスタイン、ウィーンのDVDじゃなく88年くらいのCDの方は1稿とも違うこの10小節前にハンマーがあるように聞こえるんだけどこれどうなんですか?・・・)
私のような虫みたいなのがマーラーの曲に文句を言おうというのではないですが・・
ここで刺すより、曲尾にみんなもってっちゃったほうがいいけどな・・
いいけどなじゃなくて、作者はそうしてるんですよね。

3回目のハンマーをたたくのなら、前後のオーケストレーションを第1稿に戻して曲後半のコンセプトごと変えてしまわないと中途半端なんじゃないかなぁ・・

9番もそうですけど、この曲、関係者の証言に基づく伝説にまみれた解釈をされてきたというところがありますよね。
一番近くにいた関係者のいう事だからみんな大事にしちゃってきたけど・・・
伝説は置いておいて、事実を整理していくと・・
心臓病で死の恐怖におびえていたというのも、団員ともめてウィーンを追われたというのも
事実と全然違う間違いみたいですよ・・
例のあの人の語るマーラーがこう言った・・っていうのは・・・怪しいよね・・・
その後のえらい指揮者が3度目のハンマーはこういう意味だといった・・とかいうのもよく目にしますが・・
偉大な演奏家たちが一つに時代を築いてきたんだと思います。でもそれはそれ。

古参のファンは怒るかもしれませんねこんなこと言われると。

実演にいったとき、ここでもハンマーたたいてました・・
ハンマーっていうけどあれ掛合ですよね。。

3回目、いらん感じがしたけど正直に言うと
「あっまた見れんの?お得じゃん」みたいな低次元な考えが浮かんでいたりして・・

指揮者は
「お客さん、せっかく来たんだ、珍しいもんだからもう一回見てきな・・サービスでやってあげるから」
みたいな次元でやってるわけじゃ・・・ないだろうそりゃ・・


私はこれまで3回目のハンマー付きな演奏を愛聴盤として喜んで聞いてきたんです・・
でも初稿みてこんなこと考えてたら逆に今まで敬遠してきた演奏が急にしっくりくるようになったりして・・