あの丘で

今日、ここ本当に何度も何度も書き直した。
いろいろうまくいかないけど、
いかにも俺って感じだよな。
どうしようもないと思う大っ嫌いな心だけど、大事な俺の心だよこれ。
まぁ、しょうがない。



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グスタフ・マーラーという作曲家が最後に完成させた交響曲第9番。
この曲のとらえ方として、作者は悲劇的な人生を嘆きつつ、持病による自分の死の恐怖に震えながら作曲した。その思いや嘆きが色濃く反映されているのだという考え方が根強くよくあると思うんです。
自分もそう思っていました。
どこかのレビュー欄なんかをみるとそれを感じて涙できないものは愚か者だ見たいなことを叫んでいるおやじがいたりして・・

高度に複雑で、深く、尋常でない音楽だという考えは今も変わりません。
でも最近私は、この時彼の心は絶好調で、こんな素晴らしい曲を短期間で生み出し、そのことに彼は感動し、興奮し、ワクワクし、笑いが止まらないような絶頂にあった可能性があると考えています。
こんなことを書けば馬鹿だと笑われるかもしれません。
それでいいです。


彼のように神に選ばれたような芸術家とその作品は、具体的な事実が仮に作曲のきっかけになったとしてもそんなものは超越したところにあるんだと私は思うんです。

高校生のころ、授業中に柴田南雄の「グスタフ・マーラー」という本を読んでいました。
交響曲第9番の章で柴田が4楽章に亡き子をしのぶ歌の第4曲が引用されていると指摘していた。
歌詞のドイツ語を理解できる必要はあるだろうか?と書いてあるのを見た記憶があります。
この曲を聴いている自分を全否定されるのかと思った。
そのわりには結局どんな結論だったかは忘れてしまいました。

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歌曲「亡き子をしのぶ歌」第4曲の終わりのところ・・
死んでしまったわが子を思う親、
「あの子はあの丘へ散歩へ行っただけだ!
私たちが追い付けばいいんだ!」
でしたっけ?

この時代はみんな経験したこでもあると思うのですが、マーラーも実際わが子をなくしています。
そのことが作曲に少なからず影響を与えていると考えるのは自然なことでしょう。

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交響曲第9番の最後のページ
この音楽は間違いなく人が死んでいく場面です。
このバイオリンの旋律がその引用だとすれば、
上記の歌詞を思い出してみれば・・・
衝撃的ですよね。
死を悟った者・・・もうすぐ・・・やっとあの子に会える・・・

しかし、だからと言って一本調子にこの箇所をマーラー個人の人生体験とその告白みたいな解釈で聴くのは私は違うと思う。

この旋律、下降する途中でふっと休符になります・・すべての音が消え・・
この休符は大変印象的です。
この休符の後、何かが変わる。

私も人が死んでいくところを見たことがありますが、私たちには見えない何かを目を見開いてみていましたよ・・
光か何かが迎えに来るんでしょうかね・・

ここはなにか、普通と違う光に満たされている気がします。

柴田はこの旋律が楽章中に3回現れると言っていたと思う。
譜例はなかったと思う。
最初は第2ヴァイオリンに隠すように・・というのが印象に残っています。

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ここかな・・
対向配置じゃ隠れないし、
隠すようにって思い切りffじゃんか・・なんていったらいけないんでしょうね。

また脱線すると90年代になんでか忘れたけどマーラーについて書いた本が乱発されていたことがあります。
そのうちの一冊を読んでいると9番の解説で柴田の言葉が丸パクリされていた・・
しかもこの著者それがどこだかわかってないなという感じだった。
この曲を聴くわけでもなく、原稿依頼されて適当に資料を読んで適当なことを書く・・程度だったんでしょう。
あれは読んだ時に情けない気分になった。

私的にはこっちも気になります。
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伴奏音型?転回形?・・
これが、

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第3楽章の中間部や

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4楽章にも出てくる。
どちらかというと私はこちらの方が耳に残ります。
なにかを訴えていると思う。

なんかまとまってないですね。
このあたりは、気持ちが曲に向いたときにもう一度考えて何か書いてみたいなと思います。

カオス

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多重テンポが楽譜上に現れる場合、そのことが言葉によって指示されている場合と、音符そのもので見かけ上の多重テンポを固定している場合があるんだと思います。
単純な多重テンポとはちがうのかもしれませんが、マーラーの9番にも上記の後者の様な感じで昔から気になっている部分があります。


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第4楽章は冒頭に叫ばれる旋律の中にあるターンがしつこいくらい繰り返されます。
別な曲から引用されているターンに似た音型も何度か繰り返されてとても重要なのですが、それの話はまた別にするとして・・

なんとなく音楽でターンが出てくるときは愛を示していることが多いような気がします。

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もともとはワーグナーのイゾルデの愛の死からきてるのかなと思ったりしますよね・・

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これが第3楽章のトリオで予告されるのは有名な話ですが、

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トリオに入る直前、せわしない音楽の中でさりげなく顔を出しているのが面白いですね・・


第1楽章で
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愛を叫ぶ重要場面の直前に出てくるこの5連符、第1ヴァイオリン、その前の小節で力をためていますが・・・



第4楽章、東洋風の中間部の後クライマックスに向けて音楽はもり上がっていきます。何段階かに分けてのぼて行くんですが、各パートが一見バラバラに動ぎだしてカオスのようになっていく部分があります。

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その中にターンのような音型があります。
ここではこのターンが短い時間にいろいろな速さで奏されていてあたかも多重テンポのように聞こえると思うんです。
実際にはここはホルンなんかも別なことを叫んですごいことになっていますので細かいものをそれぞれ聞き分けようと思ってもなかなか聞き取れません・・
それでいいんだと思います。
ぐしゃぐしゃの中からなんとなくいろいろ重なって聞こえてくるターン。
いろんな別口それぞれが愛を叫んでいるんだ・・
みたいなのがすごいというか大事というか・・
最後に第1ヴァイオリンが力をためて5連符を叫ぶところは第1楽章のあそこと同じですね。

この修羅場の後に 愛も、生、願いも、すべての叫びが運命によって引き裂かれるのを目撃することになります。

秋 勝手に感じるマラ9 6

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勝手に感じるマラ9の続きを勝手に続けさせてください。
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基本的にわかりやすいソナタ形式で書かれていますので再現部でああここで第2主題が再現されるんだなていうのもわかりやすいわけですが、

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ここ、あー第2主題がまた出てきたなー、なんかまたネガティブがすごい勢で押し寄せてくるなーと思わせておいて

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突然さっと引いて、少数のアンサンブルみたいな世界に転じるわけですよね。
ここもマーラーによくある急激な場面転換です。
鳥が鳴いたりもしてる・・
寂しいようで騒めいているようで・・
そんなに悲劇に苦悩して押しつぶされたり、闘おうと強い意思を見せたりとかもうそういう感じじゃないんですよね。
そしてこのアンサンブル地帯ですけれど、音楽自体はちゃんと第2主題でできています。分解されあちこちにちりばめられ・・
ありそうでなかったユニークな展開ですが、第2主題は心そのものだと思っているのでここは・・

なんとなく秋を感じるんですよね・・風景的な秋というより・・人生の秋というか
実りの秋というより木の葉も落ちてしまい・・みたいな・・
彼がこれを書いたのは40代も終わる頃でしょうか?
先輩がたの前で40代前半の私が言うのもアレですが・・
バリバリ生きてきて、これからも生きていく。
でもふと立ち止まって、この先終焉までどんな人生を描くのかなんてことがふとよぎる頃でしょうか・・

ここは、そんなことを考えている場面のようにも思えるんです。


途中からはフルート、ホルン、低弦の三重奏ですね・・
曲の冒頭からそうなんですが、絡んでいるようで突き放しているようで気にしているようでお互い勝手を言っているような・・
突然叫んだりする低弦なんか、f うーん!だけど!! ppぶつぶつぶつぶつぶつ(小言)見たいですよね・・

この後変に明るく叫んだあと、悟りを開いたようなコーダへと続いていく・・

私自身ももう十年くらい歳をとるとここがまた違って聞こえたりするんでしょうかね・・

すみません、書いたには書いてみたんですが今気持ちがこの曲とずれしまっていてチューニングがあってないみたいな感じなんですよね。
こう、いつでもどんな曲でも聴きたいというわけじゃなくて曲と自分の心の相性というか心の色というか・・・変動しますよね・・
そうでないときに無理に聴いても全然入ってこなかったり、その曲について考えてみても何も思わなくなってしまったり・・
でもまたいつか戻ってきたりもしますからほっとけばいいんです。
またじわっと来たら書きます。

ワルターのリハーサルとミス未修正の謎

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マーラーとワルターでしょう?これからどこ行くのかな?

高校生のころワルターがニューヨークフィルとCBSに録音した録音がまとまって再発売されました。90年くらいだっけ・・
有名なモツレク他を買ったんですが、帯にリハーサル風景CDのプレゼント応募券みたいなのがついていました。
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年賀はがきの余りに応募券を貼って出したところで応募したところ、送られてきたのがこのCDです。

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この非売品みたいな表記に萌えてなんかやたらにうれしかった覚えがあります・・
今思うと・・そんなに応募数もなくてみんな当たってたのかもしれないな・・


モーツァルトの交響曲を作っていく過程が収録されていて興味深いです。

ワルターの声を初めて聴いたときびっくりした。
やっぱり Sing!ですよね。
ここ解放弦でやる?みたいな問いかけに ダメダメ!みたいな・・
そういえば芥川が昔本に書いてたのこれかな?
NYP、バーンスタインが積極的に解放弦で弾かせてたからなんとか・・

ちゃんと休符を感じろみたいな意外に普通の指示も・・
指揮者の仕事の大半はリハーサルだとよく言いますが、歴史的大指揮者のリハーサルなんてものすごく興味があるじゃないですか・・
禁断の扉を開けて覗いてしまった・・・・でもやっていることは意外に普通・・・・あたりまえなのか・・
色々印象に残っているんですが最近これは聞いていないので、

これと別なコロンビア響とのステレオ録音時の練習風景の話から・・
ワルターのリハーサル風景はいろいろあるみたいですが、あるボックスの中にジークフリート牧歌とマーラーの9番のリハーサルシーンが入っています。
どうしても聞いてみたくて、分売でほとんど持っている内容のボックスセットを買ってしまいました。。

ジークフリート牧歌のリハーサルはモノラルだったと思いますが、熱い思いが音楽を作っていくのを聴いた後、ステレオの本番を聴くとワルターが何をどう表現したかったのが伝わってきてとても感動します。

マラ9、この曲大好きなのでリハーサルが聴けるなんて・・・短い時間ですけどね・
こちらはステレオなんですが、本番とは違うマイクというか編集というかで聞こえ方がちがう・・
これもいいと言えばいいんだよね・・
ワルターがなんか喋りながら左の方から歩いてくる様子がやけにリアルだったりして・・

第1楽章の展開部のこのあたり・・
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トロンボーンに歌いかたというか叫び方を指示・・何度もやり直して・・・
なかなか伝わんないんですよね・・

というのと第2楽章の頭かな・・
多分みんなこの曲初めてなんだろう・・入りが1小節ずれてる人がいたり・・・
ここから、あの演奏作ってるんだな・・

で、その時のワルター・コロンビア響のマーラー交響曲第9番の録音なんですが、

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第2楽章のTempoIIに入ったところ、ティンパニが数を数え間違ってトロンボーンより1小節早く終わってしまっています。
こういう版なのか・・さすがにそれはないでしょう。
明らかな間違いなのですが、音楽に深く精通したプロデューサーと、作曲者の弟子であり親友でありこの曲の初演者である指揮者がチェックしたはずなのに・・
なんでこれそのままなんでしょうか?・・

そんなにこのテイクがよかったとかなんでしょうか・・

この盤、宇野功芳が自分の期待と違うから駄目だみたいに言っていました。
いつまでたっても何十年も前に自分が感動した盤を進め続けてるのを見てこの仕事でそれでいいのか?なんて思ったりしましたが
最近の自分も十代のころに感激した盤から離れられてませんね・・
私はこの盤好きです。
もっとがんがんアッチェルランドしてほしいところでいまいち乗ってこないとかありますが、今でも聞きます。
もちろんほかの演奏も聴きます。

YouTubeでワルターのリハーサルがいろいろ聴けるんですよね。
やっぱり指揮者だから動く映像がある方が圧倒的に興味深い。

https://www.youtube.com/watch?v=aztB7E1Wjbs
ブラ2
面白いんだけど別サイトに貼ってはいけません・・だそうだ。
ずっとsing!って言ってる・・
指揮しながら腕時計をちらっと見るところがリアルにリハーサルだな・・と思った。
体育館のパイプ椅子みたいなのってこのころからあるんだな・・


マラ4

ワルターはマーラーの弟子で親友だけど、演奏はワルター=マーラーではないと思う。
マーラーのリハーサルが見たいなー。
マーラーの伝記で練習が厳しすぎて団員の反感をくらい・・というのがやたらにあるけれど・・
そんなの普通じゃないのかな?
ある団員に「真剣さが足りない」みたいなことを言ったら次の日その団員は葬式の格好できてずっと深刻な顔をしてた・・とかなかったっけ・・

運命主題  自分で感じるマラ9 5

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マラ9の序章・・
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6小節ですが、いくつかの需要な要素が提示されます・・
ハープのResonanztischは響かせる・・
ヴィオラの6連符・・この後ハープの音型が弦楽器の6連符によって絶えず奏されていきますが・・
笹の葉が揺れるようにサラサラサラ・・という乾いた感じの演奏と、液状の何かが揺れているような濡れたような演奏があると思います。
自分の好みは圧倒的に後者。
何かこう、神秘的な液体が支えてくれているような気がしてるんですよね・・
第1主題は第2ヴァイオリンから歌いだすのですが、冒頭のホルンも1,3番じゃなくて2,4番なんですよね。

ここは穏やかですね・・

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展開部に入ると序奏が再現されますが、暗転しています。
2重線のところから序奏のテンポに落ちそうなイメージですが、テンポ指示があるのはその2小節後ですね・・・
手前のAllegroが生きていて、あの象徴的なリズム主題が鳴ると急に序奏の世界に・・みたいな感じなんですよねこれ・・・
2重線で序奏のテンポになってる演奏もあったような・・・

同時にテューバをはじめ低音楽器とバスドラの伸ばしが不気味な何かを予告しますが・・・これ
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交響曲第1番第1楽章の提示部冒頭で再び序奏・・そこに現れるこのテューバとバスドラを思い起こさせます。
似てるものを見つけて喜んでいる・・という話じゃないと思うんですよね・・
1番のここは生き生きと気持ちよく元気に生きていた青年にこれから起こる不穏な何かを予告していたわけですね・・・

9番のここも同じじゃないでしょうか・・このあと鬱みたいになったりしていきます・・



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再現部冒頭のここ、展開部の最後は生きる喜びや愛などがピークにまで高まっていました・・それを打ち砕くかのようにここ・・
トロンボーンとテューバの(mit höchster Gewalt)はこれ以上ない程、威圧的に・・・
マーラーでタムタムが出てくるときは死を表現している・・・死に限定しなくいい気もしてきたけど・・
まぁいいかとにかく死んじゃうようなとんでもない衝撃を食らい、直前の幸せは打ち砕かれる・・

ここでホルンがベルアップして(ファゴットも加勢して)第1主題を叫びます。
後で書こうと思っていたんですけど第1主題は本人の姿だと感じているんですよね・・・
幸せを奪われ、死んじゃいそうな衝撃を食らっても・・
俺は死なないぞ!!・・・・・書いてあるGehaltenは落ち着いてという意味だそうです。
衝撃食らってもうろたえない・・・

実演ではここで感動しました。
ベルアップの強烈な視覚的効果が本当に強く強くホルンのメッセージを伝えてきたんです。
第1主題は告別の歌なんかではないと思うんですよ。

この後また立ち上がって歩き始めます。
そこにはWie ein schwerer Kondukt(葬列のように重々しく)・・
その指示を読んで曲全体が葬式みたいに考えるんでしょう?・・
一人くらいそう思わない人間がいてもいいですよね・・この間からアホみたいにずっとこんなこと言っててすみません・・・
葬式派の解釈だとここから再びなり始める軍隊ラッパは葬送のラッパなんでしょうね。
自分には再び立ち上がってすすめ!と励ますラッパに聞こえます・・

ここを死の最終宣告みたいに考える演奏も多いでしょう・・指揮者は目を剥いてみたいな・・
それでいいと思いますが、注目したいのは
2回鳴らされるリズム主題の2回目はダイナミクスが一段落ちています・・
全体的にdim.傾向なんですね・・
この通りやっていない演奏も多いと思う・・・ずっと最後の審判みたいな音を強奏し続ける・・
気持ちは痛いほどわかりますが、楽譜的には間違いといってもいいのではないでしょうか・・・
こういうこと言うとすかさず「楽譜通りが正しいとは限らない!!」みたいなのがでてくるんでしょ・・

ブーレーズ、クリーブランド管弦楽団の録音はここでそのことを強調しています。
強調しすぎで2回目がf一つみたいになっちゃっていますが、わざとでしょ。
こうなってるじゃんかよく見てみなよ!て事なんでしょあれ・・


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冒頭のこのリズム主題は終楽章の山場で強い叫びを断ち切るかのように出てきます。
本人の願いを断ち切るように人生へ影響を及ぼしてくる・・こういうのを運命とか宿命とかいうんでしょうか・・
このリズム主題はそういうものですよね。

このリズム主題を不整脈といったのはバーンスタインなんですか?もっと前の人?
今はそう思いませんが、その話を聞いたときには感動しました。

みんな知ってるようなことばかりじゃないかぁ・・と言われそうですが
でも書いてみたいじゃないですか・・

病は気から 自分で感じるマラ9 4

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マラ9についての続きです。

強い意思をもって突き進んできた2Aでしたが、突然ゆっくり・という指示の後
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ここで2Bを叫びながらまた停滞します・・
頑張ってみても思い道理にはならないのか・・
2Aによるガスみたいなものが相変わらず立ち上って暗黒空間ですね・・
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この暗黒粘着空間みたいな中でミュートをつけたトロンボーンとテューバ・・かなり印象的な響きで2Bを鳴らします。
死の国からやってきた何かみたいです・・
応答するホルンの第1主題も凍り付いていく・・
ノーマルのホルンとゲシュトプのホルンがリレーしていて・・
暖かいものが奪われてなくなってしまった・・

その後再び葬送行進曲みたいな鬱状態へ入ってゆきます・・
今この場の2Bはとてつもなくネガティブなのは誰の耳にも明らかです。

しかし、この曲内での2Bを死を起因とするネガティブの象徴・と決めつけてしまうのは安易すぎですよね・・・
この際2Bがどういうところでに鳴っているかを見てみましょうか・・この曲の結論みたいなコーダはとりあえずおいておいて・

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展開部に入ると再び序奏が・・でも暗転しており、辺りはネガティブ一色の暗黒空間です。
バスクラが暗黒の粘体みたいなのをやっていますね・・
ホルンがゲシュトップフトでなんか言ってるのは2Bです。
なんかはっきり言わずにうだうだ・・・という感じですね・・
ここもネガティブです・・その後鬱になっちゃうんだから。

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鬱を経てよみがえり、生きる喜びいっぱい!みたいなところ・・
同じくホルンが叫んでいるのも2Bです。
その手前から低弦も2Bを叫んでる。
こういうところも死の恐怖が乱舞しているなんて感じる人もいるんでしょうね。
私にはその対極に感じられ、この2Bはポジティブな叫びに聞こえます。

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展開部のおしまいにも生の喜び、人の愛、この世の美しさ、太陽の光!・・みたいな部分があります。
それが極みみたいに達して愛を叫んだ直後にハンマー級の衝撃が襲うわけですね。。

この部分、6番フィナーレの
展開部に入って暗黒地帯を抜け出し・・生の喜び、人の愛、この世の美しさ、太陽の光!・・1回目のハンマー
の部分を思い起こさせます・・

異様なほど明るいこの部分でも2Bが叫ばれています。
愛を叫ぶでもいいし・・歓喜の歌でもいいし・・なんだろ・・いいねーここ・・
この叫びは極めてポジティブです・・


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そもそも2Bが紹介される提示部第2主題の最後・・力を増してゆき・・・圧倒的な力をもって第1主題の再提示に突入していきますが
この部分も極めてポジティブですよね・・・

よくみるといつも上昇音型みたいなのが周りにいますね・・これも第2主題2Aです・・

同じ要素が死を呼んできそうな氷の悪魔みたいになったり、人生の絶頂で暖かい愛を叫んでいたり・・
これは何なんでしょうか?
思うんですが2Bは・・いえ2Aも含めて第2主題は主人公の心そのもの・・なのではないかと思うんです。

死にはしないまでも思わず「死にたい」と口に出してしまったことのある人もいるでしょう。
その1次的な原因は外部にあるはずですが、その後ネガティブな何かを変形増大させていたのは自分自身の心だった・・ということに気付いたことのある方もいるのではないでしょうか・・

喜ぶのも、自分を殺してしまうのも・・自分の心なんです・・
暗黒空間みたいなところでずっと草が茂るように第2主題の冒頭から派生したようなものが生えていたのも納得できます・・闇も自分の心の中にあるものなので・・
この曲は喜びも、苦しみも、困難も抱えながら進んで行く人生を描いている音楽だと思うんです・・・
伝説を聞きかじってすぐにに死が・・死が・・・とかいってこの曲を分かったようなことを言っちゃいがちですが、そんなのにマスキングされてちゃんと感じられていない部分が多くあると思うんです(私がですよ)・・

終曲の曲尾に死ぬように・・という指示があるのは間違いありません・・
あそこ、人が死んでいくのは明らかです・・
でも曲の冒頭から告別だ(解説に必ず書いてあるベートーベンの告別の引用だというあれ・・)
もう死ぬんだ・・みたいなのはちょっと違うんじゃないかと思うんですよね私は・・・
もちろん、そういう感じ方があったっていいのは当然なんですけど・・

なんか結論めいていますが、まだ全然終わりません。
いろんなところに注目したいと思います。

前向きに頑張っているでしょう・・自分で感じるマーラー交響曲第9番 3

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マラ9が好きすぎて
第2主題は何を言おうとしてるのかな・・
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赤線、展開部に入って鬱状態からよみがえり、愛を手にして躍動する(1→2B)その頂点で愛を叫ぶんですが、ハンマーが下りたよう衝撃が・・

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その直前にトランペットと第2ヴァイオリンが悲鳴のように叫んでいるのは第2主題(2A)の一部ですね。直後に落ちる・・・
これだけ見ると第2主題が何かネガティブなもののようにも見えてしまいますが・・
第1ティンパニの衝撃はずっと引きずったまま、第2ティンパニが再び歩みだそうとする・・
でもそこへチェロが何だか・・何だか煙みたいなものがふわっと上がっていくような・・

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次のページ・・なんか上がってる・ファゴット、クラリネット、コントラバスななんかも・・・でてきて
ティンパニの歩みも止まってしまい・・・停滞して何かが充満してくる・・
何度か出てくるこういうシーンですが、このガスが上がっていくみたいな・・暗黒空間化しているみたいですが・・
この立ち上っていく気体か粘体みたいなものもよく見ると第2主題の変形ですよね・・
提示部に入ったところにもありました・・この先にも出てきます・・この暗黒空間・・・いいですね。喜んでるような場面じゃありませんが・・・
人生経験も人それぞれですが、長く生きていると死ぬとか何とかではなくこんな暗黒世界にいるたような経験のあるかたもいらっしゃるんじゃないでしょうか?

死の恐怖、避けられない死への無念・・とかなんとか言っとけばそうも聞こえるような場面でもありけど・・死だけじゃないからこんな風になるのは・・

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そして突然音楽は猛然と意志をもって進み始めます。この弦楽合奏を中心とした音楽は2Aによるものです。
Leidenschaftlich(情熱的に)と指示があって・・
ここはとても大事だと思うんですよ。

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細かいところでマーラーらしさも
分奏している第1バイオリンに真逆のボーイングが指示されている・・
同じ音をタイミングをずらして重ねる・・・
この辺り、実演に行ったらヴァイオリン付近ガン見ですね・・


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提示部でもそうでしたが、第1主題の下降音を内包しています。
これも意味があると思うんです。
またいろいろ材料を提示できましたら考えを言わせてください。

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Plötzlich langsamer 突然ゆっくりと

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その後はまた停滞し2Bが鳴り響く・・
またガスが上ってる・・
第2主題から生まれているはずのガス、悪いものの象徴みたいですが、ポジティブの極み見ないなところにも出てきます・・


ここで熱く歌われた2A・・はネガティブの象徴・・ではないですよね。
私には懸命に何かに立ち向かって進んでいく・・仕事なのか病と闘うのか何かわかりませんが・・・そういう姿だと思います。
自分の意志で力強く突き進んでいく・・

死の恐怖にうなされてるとか
死が襲ってくるとか・・・
そういうのじゃないです。
間違っても葬送の音楽なんかじゃないです。

第2主題は何を表しているのか・・・
少なくともこの部分にあるのは、前へ進もうとする力強い意志、闘う姿・・みたいなものだと思うんです。
伝説に影響され信じ切っていると、もう何が出てきても死にまつわる不気味な何か・・にしか聞こえないのかもしれないですね・・
自分がそうでした。
雑誌しか情報がない時代に君臨していた昔のレコード評論家?の影響もあるんじゃないかと思います。
聴き手だけじゃない、伝説の超一流演奏家・・もそんなこと言ってやってきたんでしょう?
でもだから正しい・・という考えはおかしいと思うんです。

まぁいいかそんなの
ここも大事なんですが、まだ続きがあります。
次のも重要です。
この曲は何なのかにもつながって行くと思います。





自分で感じる マーラー交響曲第9番 2 構造も見てみようよ

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こんなもん書いてなにやってんだという感じですが、マラ9の第1楽章がどうなっているのかを考えるときに曲の構造を引いてみるとわかりやすいので・・
横方向が時間軸・・各ブロックの幅は小節数を示します。
0は序奏、1が第1主題、2が第2主題・・

この楽章、ものすごく複雑な内容を持っていますが、かなりきっちりとしたソナタ形式になっていることも強く感じます。
各部の頭に象徴的なリズム主題が出てきて・・・6番の終楽章を思い起こさせますよね。
まだ自筆譜を見たことがないのですが、提示部の終わりにリピートをつけようとしてやめた形跡があると何かで読んだことがあります。作者はソナタ形式的を強く意識していたんですよね・・
その提示部は2つの主題を一度提示するだけでは終わらず、それぞれについて再提示があります。再提示ではすでに展開も始まっていてその内容がさらに以降で展開されてゆくという・・大変複雑な内容となっています。

第1主題再提示部は第2バイオリンに
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こんな旋律が登場してこれもこの後何度も出てきますね。

第2主題は
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最初のこれ(2A)と


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最後のこれ(2B)それぞれが重要な意味を持ってその後展開しますが、
再提示部は2Aが始まったと見せかけて2Bをベースにした新しい展開みたいなものが覆いかぶさるように押し寄せるという・・・そのうねりの中からこの


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第1交響曲からの愛の叫び!みたいなものが生まれています。これは重要というかこの曲の一つの要になっていきます・・
この流れそのものみたいなものも要素となって展開されていくという・・

まだ提示部なのに普通の曲の展開部くらいまでやっちゃっるんですよね。
これをリピートしようとしてたのか・・・
リピートするということは聴き手に対して
「ここにあるものは重要だからよく聞いて覚えてください。その後はこれを踏まえて進みます・・」
ということでしょう・・
大事なんだよここにあるすべてが・・


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この楽章、人生を狂わすような負の衝撃が何度か襲っていると思います。
6番のハンマー級のすごいのが2回(赤い線のところ)
ハンマーは落ちないけど、明らかにネガティブな何かが登場しているところ(ピンクの線)があります。
場所は違うにしろ6番のフィナーレといろいろ似ていると思うんですよね。。
ポジティブなものが盛り上がって爆発しそうになると負の杭が撃ち込まれる・・

ずっと順風満帆で行ける人もいるのかもしれませんが、これは誰でも経験する人生そのものみたいですよね・・・

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最初の衝撃・・不安な予感が2小節あって3小節目の頭・・
ここはみんな大事だと思っていてティンパニの低いDが衝撃的に響く演奏が多いですね。
同時に第2主題が始まります。
これだけを見ると第2主題は負の何かを表現しているようにも見えますが・・・

続きはまた・・・


自分自身で感じなおしたいマーラー交響曲第9番

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1910年なんじゃないかと思いますが、なんかいい写真ですよね・・幸せそう・・

マラ9にはこんな伝説というか固定観念というか・・ありますよね・・
マーラーは心臓病による自身の死におびえながら作曲した。
そして実際死んでしまった。
終楽章には練習記号さえ記されていない・・残された時間が足りなかったのだ・・
作曲者の悲痛な思いが曲の中に結晶化している。

自分もいろいろ読んだ本などからそんなイメージを持ち、この曲はこう聞かなくてはならないのだと何か支配されたような感じで聴いてきました・・それで満足をしていて・・
でも最近何か違うんじゃないかと思うんですよね。

何度も書いていてしつこいですが、
皆が信じて涙してきたマーラーは心臓病で死におびえ・・・という話はのちの人々の誤解であって事実とは違うみたいです。
誤解の原因の多くは妻の回想録ではないかと思いますが、内容的に非常に問題があるようです。

作曲時マーラーは自分が死ぬなどとは考えてはいなかったんじゃないかと思うんです。
次の交響曲第10番を作曲している時も同じです。
ウィーンで団員ともめて失意のうちに・・とかいうのもいろいろおかしいみたいですよ・・・
その方が劇的で話的には面白いですが・・

1910年・・非常に綿密で精力的な準備の末、交響曲第8番を初演し輝かしい成功を収めています。
演奏家・作曲家人生の絶頂といえる時を迎えているわけですよね。
その時のマーラーが死におびえた弱々しい悲劇的な人間だったと想像する人はいるんでしょうか?
この時交響曲第9番はもうすでに完成していたんですよね。
人生最後の曲と考え死におびえながら残されたギリギリの時間でボロボロになって作曲した・・え?・・

ウィキペディアをみると昔からの伝説みたいな内容が普通に書かれています。
知らないけど最近の演奏会のプログラムにも過去から言われてきたような定型文みたいな解説が載ったりするんでしょう・・
ここにこんな事を書いても変なのが変なことを言ってるくらいにしか思われないのかもしれません。
人によってはもうこの時点でとんでもない思い違いをしているけしからん奴だと思われるかもしれません。
HMVのレビュー欄で喧嘩売ってるような人とか・・
ひとそれぞれですし、それでいいと思うんです。

事実が何であれこの曲が大変複雑で革新的で深く素晴らしい内容を持った音楽なのは間違いありません。
この曲が強く生きようとする強い思いとそれを妨げようとする負の力のせめぎあいの末、死を受け入れ静かに旅立っていく音楽・・という認識は今でも変わりません。
だったらなおのこと、大好きなこの曲を無駄に入り込んだ予備知識から解放して純粋に自分だけで感じてみたいと思うんです。
過去の大指揮者の伝説の凄演も忘れて‥
別な側面が見えてくる可能性があるんじゃないかと・・


こんな偉そうに言ってるなら曲の最初から見ていけばいいのに思い付きで気になったところからちょっと見てみるという・・

第1楽章の展開部、序章の運命を示すようなリズム主題とともに音楽は停滞して沈み込みます。
ここも鍵がたくさんある気がするのでまた書きたいと思うんですが・・

おもむろにチェロが歌いだし、葬送行進曲の様な音楽へと導きます・・この導くところ、最近の演奏は
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1.sp.(spielen.一人で演奏の略?)とあってソロがppppで橋渡しをするのですが、

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改訂前は2つに分かれたチェロの第1グループ全員がppppでつないでいました。
古い録音を聴くとここはソロではありません・・でももうそんな細かいことは大した問題じゃない気もしてきました。

その先の重く引きずるような音楽、葬送行進曲なんて書いてしまいましたが、これまでは安直に死の淵をさまよっている・・なんて考えていました。曲の伝説に乗っかって・・わかったような気でいたんです。
でも手前のチェロの歌う旋律・・・提示部の第1主題再提示の合間で明るく歌われていたものが暗転している・・は死の危機に瀕している歌じゃないですよね。
素直に感じてみると思いだされるのはこれです・・
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第1交響曲の第3楽章・・・あれもものすごいことになっていますよね・・
この絵は狩人の葬送ですが、死んだわけじゃないですよね。心が死にそうなだけで・・
思い出にふけった後、あれだけ暴れて・・死ぬのは最後でしょう・・
順風満帆な若者をあんな世界に陥れたのはぶっちゃけ失恋・・

9番のここが失恋によるものかはわかりませんが、ものすごいうつ状態になっていることは確かです。
そして

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回復の兆しを見せるここは2つのヴァイオリンパートがやさしく掛け合いをしています。
恋人同士?母と子?なんであれ、ここにいるのは一人ではありません。
お互いの息づかいが聞こえる距離でお互いを感じあいながら・・
Wikiにシュトラウスのワルツが引用されて・・とか書いてありますがこの辺のことでしょうか?・・ちょっと今はそれは考えなくていいです自分は・・

ひとりではない、大切な人そばにいるという事をきっかけに音楽はまた暖かく進み始めます・・
ハープに乗って、オーボエとホルンが対話を始めるとその裏で2人の対話がまた聞こえていたりします・・
そこに現れるのは

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第1交響曲で鳴り響いていたあの軍隊ラッパ・・
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第1番の第1楽章・・
突然現れた重くネガティブなものに打ち勝ちまた走り出していく・・みたいな場面
この手前から、主人公を後押しするようにこのラッパが鳴っていました。

そのラッパが今また鳴っているんですね・・・
盛り上がった挙句ティンパニがファンファーレを奏しだすという暴挙に・・
この後、愛、生きる喜び、この世のすばらしさ・・・が爆発しながら音楽は進んでいきます。
第2主題部の後半の要素が鳴っていてそれは何なのか・・というのもまた考えたいんですが、

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結論的に叫ばれるこの旋律は

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第1交響曲の第4楽章で熱く熱く歌われたあの愛の歌なわけです・・・


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直後、強い衝撃によって倒され、沈み込んでゆく・・・
6番だったらハンマーが下りているところですね・・
この先、再び立ち上がり、猛然と突き進んでいくんですが・・
とりあえずここまでという事にして・・

標題音楽ではないはずですが、明らかに強いメッセージが感じられますよね。
ここで見たこれは、ある若者・・中年でもいいですが、ある人物の懸命に生きる姿そのものです・・
両端は、人生に深刻なダメージを与えるネガティブな何かですが、傷つき深く沈んだ心が、愛を手に入れたことによって躍動していくという・・・

この曲の解説を読むと、死の予感、別れの気持ち・・が充満しているようなことがやたらに書かれています。
大地の歌と明らかにつながっている・・みたいなのもわかるんですが・・

マーラーの完成させた最後の曲であること・・・
それまで当然のように行われて来た自身による初演がその死によってできなかったこと・・・
を意識しすぎた外面的な後付けの解釈を押し付けすぎ・・・なのではないかと最近感じるのです・・・
曲の中で何度も息の根を止めようとするかのよう負のエネルギーが何度も襲い掛かるのは間違いありません。
でも少なくともここには別れの気持ちなんて一切ありません。
懸命に生きようとしています・・大きな力と喜びをもって・・・

ここはそういう音楽なんですね・・第1主題と第2主題の後半は何を意味しているのか・・が見えてきそうですが、それはもっといろんなところを見てから・・
最終的にはこの楽章が何を表現しているのかが見えてくるはず・・・
あてがわれた定型のイメージとは無関係に・・・

しかし、短い間にもいろんな要素が絡み合っててすごいですね。
それぞれの意味を考えたりしているとこの曲のこの楽章だけでもずっとブログを書いていられそうです・・
とにかくわくわくしますよね・・・

トライアングルで笑ったけど マーラー交響曲第9番

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マーラーは交響曲第8番までは自分で指揮することができました。
優れた演奏家でもあった彼は実際に演奏してみた結果から作品をさらに最適化させていった。
ちゃんと調べてないのであれですが、少なくとも6番までは作者自身の改訂に起因する複数の出版譜を見ることができます。
よく知りませんが、いろいろなところに残された資料の研究が今も行われ、つい最近も新版が出たりしているようです。

ある本によると大地の歌と交響曲第9番もスコアの校正刷りにマーラーが手をいれる段階までは進んでいたようです。
しかし、予期しない死によって自分で演奏してみることができませんでした。
この曲も演奏の結果で改訂するつもりがあったのかもしれない・・
過去の出来事を知っている我々は、さらに改良された違う稿の存在を想像し続けることになった・・えっしない?・・

そういう感じですが、この曲にも旧版と新版みたいなのがあります。
私は多分古い稿を使っていたと考えられるブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団(1961)でこの曲を覚えました。
いつ頃切り替わったかは知りませんが、録音を聴いていると明らかにワルター盤と違うとわかる箇所が何か所かあります。

詳しいことは知りませんが2つの楽譜が見られるので、何度かに分けて・・


思い切り音程が変わっていてびっくりする箇所です。
第1楽章展開部でポジティブに盛り上がっているここの第2トランペット

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旧版でフラットがついているこの音

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新版はフラットがありません。

聴いて自然なのは旧版の方。
勝手な想像ですが、写譜屋さんが明らかに不自然な不協和音を誤記と判断してフラットを追記したんでしょうか・・
ロマン派の作曲家ならそれで正解なのかもしれません。でもマーラーでこの曲なので、明らかに不自然なそれこそが狙いである可能性があります・・ということで書いてあるとおりにしたのではないかと・・・
ここ何しろ目立つんですよね・・


その少し先にあるここ、聴いてるだけじゃわからないんですが、楽譜の絵的に自分には面白い。

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このトライアングル、連続していますが最初の小節がトレモロ、次の小節はトリルで書いてあります。
えー!これたたきわけるの?どうやるの?なんだこれ!
と一人で盛り上がってしまいました。
が、


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改訂で普通になっていました・・・
なんでああなってたんだろう?

ハープも旧版にあったzu2の表示がありません。
旧版はここは2台、ここは1台で・・という指示がありましたが改定でハープは1パートにしたみたいです。
どうしてそうなっていたのをなんでそうしたのかな?
1台とか2台とかだれがいつ判断したんだろう?
作曲者はどう書いて残しているんだろう?

実筆譜のファクシミリ売ってるんだよな・・・
この曲大好きだし買ってみようかなぁ・・・