天国の音楽

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マーラーの交響曲第4番、その終楽章は天国の様子を歌って聞かせてくれる歌です。
その後半にこんな場面があります。

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”私たちの音楽に比べられるものが
この地上にあるでしょうか。
チェチーリアとその一族は、
とても素晴らしい宮廷楽師”

歌い終わる最後の旋律をヴィオラが模倣し、ハープが答える・・・
ここで聞こえてくる音楽は天国の楽師たちが奏でる音楽に違いありません。
私たちにも天国の音楽が聴こえるのです。


この音楽でソプラノにハイパワーなオペラみたいな声で歌われると萎える。
そういう音楽じゃないと思う。

マーラーは天国へ行ったでしょう。
そこには聴いたこともないような美しい音楽が・・・
マーラーは駆け寄り、指揮をはじめます。
「だめだ、アーティキュレーションがそろっていない・・」
「そこは2本でなく1本で・・」
めんどくさい練習が始まってしまい、天使たちは困惑する・・・

こんなのが見られるなら、天国へ行ってみてもいいかもしれない。
でもきっと天国でもそういうのは有力者が席を買い占めていて・・
年中やってるから待ってれば聴けるのかもな。
でもまだ当分行きたくない。

天国とか地獄とか言うけれど、死んだらどうなるんだろう。
死んだら終わりだ。何もない。
そういうに人は本当に何もないんだと思う。
私は何もないなんて嫌だから何かがあると信じたい。
真面目と間抜けを勘違いして生きた挙句に行きつく先も地獄だったらいやだな。
プロジェクターみたいなので今までの行いを見せられて論理的におまえがダメだろろう?とか思い知らされたりして。
あんな雲の上に蓮の花が咲いているような世界はないと思う。
あの世でも人付き合いは苦手なままだろう。
墓を作ったところで誰も来ることはない。
今横でグーッ!とか言って寝てるこの犬が迎えに来てくれると信じている。

臨死体験

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ブルックナーの最後の交響曲、9番。
その第3楽章は冒頭から尋常でない雰囲気につつまれています・・
ベートーベンの音楽に感動し、オーストリアの自然や信仰を音楽化した作曲家という枠を遙かに越えたところへこの人はいってしまったんだという気がします・・



新しい表現をねらってとかじゃなくて・・
この人自体がいっちゃったんだどっかそういうところへ・・


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始まってすぐに音楽は盛り上がっていくと弦のトレモロに乗ってトランペットとホルンが叫ぶ部分がやってきます。

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異様な光に包まれているこの場所はもう地上の光ではなくて神々の世界の光を見ているんじゃないかと思う。
臨死体験みたいだ。

時間は結構残されていたらしいのに、その死によって完成されることがなかったフィナーレ。
残された資料から補筆演奏される試みが行われています。
私は、
ブルックナーは本当のあるべき4楽章の霊感を受けるまで待っていたのだ・・
書いていたものは4楽章となるべきものではなく、元々破棄される運命にあった時間つぶしののようなものなのだ・・
という誰かの唱えていた説が感動的で大好きです。

3楽章で臨死体験が来ちゃってるんだとしたらフィナーレは天国の音楽以外にないんじゃないか・・・
でもまだ天国にいってみたことのないブルックナーにはそれがかけなかったのではないか・・・
やっとその天国へいくことができて・・・

あの世ではもう満足して続きを書いたりはしていないでしょう。
ベートーベンが交響曲第279番を作曲していたり、バッハの最新作がBWV32768だったり・・
めんどくさい世界があるんだろうか?

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この絵時々見ますよね。

作者のブルックナーへの愛情が感じられますが、
個性と主張の強い作曲家たちがこんなに一堂に会しちゃったら、喧嘩になるんじゃないだろうか?

人が死ぬときに迎えが来ると言いますよね。
私の近親者も何かやってましたよ空中と・・

マーラーの最後の言葉がモーツアルトル!だったというのは有名な話ですね。
普通に考えると大好きな作曲家の名前を叫んだだけ・・ということでしょうけど、
迎えに来たんじゃないかな?

恐山

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結構前になると思うんですが青森の恐山に行きました。
夏休みだったと思う。
恐山というと薄暗いウズリ湖のほとりで風車がカラカラ回っているような・・霊界との境みたいなイメージだったんですが・・
実際は真夏の猛烈な暑さでそんなイメージとはほど遠かった・・ただただ暑かった・・
あの雰囲気をみたかったら雪の降る直前くらいにいった方がいいのかもしれない。

ブルックナーの交響曲第9番を聴いていると第3主題が終わったところに不思議な場面があります。
第3主題は、すべての人々が悲しみ、苦しみを抱えながらも前に向かって歩んでいる姿・・だと思っているんですが、その音楽の結論としていったん明るく柔らかい日差しのある平穏の場にでる・・

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へ長調この場でフルートとピッチカートの第2バイオリンが何かいっている・・
鳥?・・その音がHなのだ・・へ長調とぶつかって尋常でない雰囲気となっている。でも攻撃してくるような何かいやなものではない・・
暖かいといえば暖かい・・
でも人知を越えた何かのような感じもする。
人間のか弱さを示しているような気もする。
元々この曲は人間が神へ向けて捧げている音楽だと思うんです。だから、ここは人間界だと思うんですが、オーストリアののどかな田園風景とかそういうのではなく・・・
なにかこう恐山的な・・あの世との境みたいなそんな場にまで行ってしまっているような印象を受けるんです。



音量小さいと聴こえないかも・・
この演奏は、とても感動的だ。
ブルックナーの権威みたいな人なのに暗譜じゃなくてちゃんとスコアめくっていくでしょ。
これはこの音楽に対する一つの態度表明みたいなものだよね。


優良クラシックファンはワルター・コロンビア響のブル9なんて言うと「あんなのアンサンブルも稚拙でダメだ」とか言って笑うんでしょう?
でも私は大好きです。
誰が何言ってようが関係ないです。
ワルターはブルックナーが理解できるようになったのは40歳過ぎてからだった・・みたいなことを言ってたと思う。
この人の愛と歌にあふれた演奏はブルックナー演奏の本筋からは少し外れるのかもしれないけど、私にブルックナーを教えてくれたのはこの人でした。

恐山といえばイタコ。
ブルックナーやマーラーを呼んであの曲の続きはどうするつもりだったんですか?
ここは?
シンバルは入れるの?
とか聞いてみたい。

でもきっとイタコの呼んでくれたマーラーは
「皆と仲良くしろ」
「秋ごろに腰を悪くするから気をつけろ」
とかしか言ってくれないと思う。

ご先祖様?

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昔、よその土地の一部を借りて自分の車を置いていました。
田舎のさらに端なため、そこから出た道路にはめったに車は通らない。
通る通らないは関係ないのだけど、そのことに慣れて甘えた感覚でいたと思う。

いつも通り車に乗り、そこから出ようとバックギアに入れる。
?あれ???全然うごかないじゃんか?
アクセルを踏んでも空ぶかし状態になるだけ・・
え?Rに入った警告音がはっきり聞こえる・・オートマでギアが抜ける?

その時、バックミラーにお年寄りを満載し老人ホームへ向かうワゴン車が通り過ぎるのが映った・・・

あのタイミングで、いつも通りバックしていればワゴン車は止まり切れずに飛び出す私の車に突っ込んだはず。
窓からいくつもの顔が見えたのを覚えている。何人もの人を私は殺したかもしれない・・・

その時私は、誰かが助けてくれたのだと感じました。
具体的に誰かはわからない。
でも、何か温かいものを感じた。

それから時々自分が世の中から見捨てられた失敗作だと感じることがあると、この時のことを思い出します。
見守ってくれていたということは、お前はもう少し生きろということじゃないのか。

守られているなんて思って調子に乗ればあっという間に突き落とされてしまうかもしれない。
ブログなんかに書いていいか迷った。
ブログは調子に乗って始めたものですが、私にとって大事なものになってきたので大事なことを書いてもいいでしょう?


これを初めて聴いたのは中学生の頃でしたが意味も解らないまま一発で魅了されました。
今だって意味なんかわかりませんが魅了されっぱなしです。
もうしばらくこの音楽の意味なんか分からないままのがいい気がします。

音楽を聴くという楽しみは中学の生頃に出会ったわけですが、ほぼ同時期に誰かがテープを持ってきたとか、録音してたらたまたま入ってたとか、どこかから聞こえてきたとか複数のルートから勝手にやってきたという記憶があります。
何か、誰かはわからないけど私にそれを進めてくれたのか?思う事があります。
自分から何かを探すことは知らなかった。
あんまりこんなことばかり書いてるとアホみたいですね。

でもお盆だし。
お盆の時期って地区によっていろいろですよね。
この近隣でもいろいろ、狭い範囲の地域ごとにそれぞれ異なります。
シフト表みたいに近くは重ならないように配慮されているような気がする。
昔から理由があってそうしていたんでしょう?
農業関係的な理由?
霊界の混雑緩和をねらっているのか?

今日も気温が低かったため音楽を聴くことができました。
感動もできた。
いつもは聞かない、CDの余白をうめていた曲もそのまま聞いてみた。
25年ぶりとかだと思う。
もしかすると次に聞くのも25年後かもしれない。
25年前は25年後なんてあって当たり前だと思ってた。
死んだらどこ行くのかなぁ?
サントリーホールの地下に納骨堂を作ってほしいと思ったこともあったけど、好きな曲ばかりやってる訳じゃないんだよな・・




サラウンド

オーケストラ音楽でステージとは全然違う場所からも楽器の音が聞こえてくるというのがあります。
舞台裏というのが多いですが、客席後方とか客席の中というのも面白いですね。
そういうの聴けるのかな?と期待をもってホールに行ってみるとステージ後方のバルコニーの上くらいに譜面台が・・・
なんだあそこか・・なんてがっかりしたりして・・・
ああいうのは指揮者が指定するのかな。
曲の内容と後方からの特別な音みたいなものがうまくあってくるとものすごい感動が襲って来たりするんじゃないかと思うんだけどなぁ・・
いろいろ考えや事情もあるんでしょう。

うちで聴くオーディオの場合、理論的には前方2本のスピーカーだけでも自分の後ろから音が聞こえたりするはずなんです・・
残響や拍手なんかで周りを音で包まれる・・というのは体感できることがある。
でも普通の2チャンネルオーディオで楽器がはっきりと後方に定位するというようなことはかなり難しいのではないか・・
よくある後ろの壁からの射音を誤認して喜ぶというのじゃいやです。
人工的なエフェクトでそう聞かせる・・みたいなのなら聞えなくてもいい。
SACDでスピーカーをたくさん並べたサラウンドみたいなのには全く興味がない。
長岡鉄男を読んでると時々出てくるスピーカーマトリクスには少しだけ興味があるけど、あれで後方バンダが再生できるかは不明だ。
基本的には2チャンネルオーディオでステージを立体的に聴くというのを死ぬまでやっていたい。
マーラーの8番の曲尾のバンダが後ろから聴こえたりしたら泣いちゃうと思うけどな。
ベルリオーズのレクイエムなんかもものすごいけどどうもあの曲苦手で・・・


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ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」はもともとバンダも伴った4管編成のオーケストラによる音楽ですが、いくつかのいい曲を抜粋した2管編成の組曲版というのが有名みたいです。
ローカルオケでも演奏できるよう小規模な2管編成でかいてあり、チェレスタもなければなくていいよ、その分ピアノがなんかやるよみたい工夫がされています。
だからスコアかってねみたいな。
でも4管編成の長大な原典版にはまっちゃうと組曲版では物足りなくなっちゃうけど・・
ただ単位縮小してあるだけじゃなくていろんな楽器がはったりをかますとか版の違いを楽しめるようにしてあるところが商売上手というか・・本当にどうやったら楽譜が売れるか考え抜かれているところがあの人ですよね。

火の鳥も超絶オーケストレーション音楽の代表というか、全曲ネタだらけで沢山記事が書けそうです。
でもホルン4、ティンパニ1とか馬鹿みたいな巨大編成というわけでもないんですよね。
聴きに行くとハープが3つ並んで音をリレーしたりしているのはやっぱりインパクトが大きいです。
コントラファゴットも2本立ってると見慣れない景色になって印象に残ります。
ロシア民謡とかの影響を受けてるのかもしれない素朴で印象的な旋律にあふれているところも魅力ですよね。

バンダも出てくる原典版のここ、火の鳥が飛んでくるシーンで3本のトランペットが場所とタイミングをずらして吹きます。そして本設のトランペットに受け継がれる・・


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音が空間的に移動するんですよ。
実演にいったときは客席にスパイラル状に3人が配置されて、音がステージに向かって回転しながら降りていった・・
残念ながら一番後ろの方で聴いていていて楽器のベルも向こう向きだったからサラウンド感みたいなのはあんまり感じられなかったんだけど・・
あのスパイラルの内側にいて音が後ろから回りながら降りていくのが聴こえたら萌えるだろうな・・

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またバンダになって遠ざかっていく・・





これどこで吹いてんのかな?
指揮者なんかいいから変わったことをやってる楽器があったらそっちが解るような絵をながしてほしいなぁ・・
この曲が好きなら、こんな編集しないと思うんだけど。
文句ばっかりごめんなさい・・

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すぐ先、ステージ外のどこかで鳴らされる鐘の連打・・
吠えてるのはバンダの3本のトランペット

この曲で面白いと思うのはこの3人のトランペット、アルプス交響曲みたいにこれで終わりじゃなくて全曲の最後でかなりかっこいい役目をもらっているんですよね。
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これ聞こえない演奏も多い。
デュトワMSOのはものすごくよく聞こえるというよりこれが主役になってます。

実際聴きに行ったとき、この3人のトランペットがずっと同じ位置にいたか、途中で移動したか・・わすれちゃった・・
鐘の人は譜面台のライトを消してどっかいっちゃったような気がする。

ロシアには5拍子とか7拍子の音楽文化みたいなものがあるんでしょうか?よく出てきますよね。
このページの左の四分音符も7拍子の音楽です。

この曲、ワーグナーチューバが舞台外で・・というのもあったと思います。
だけど聴きにに行ったとき、そこはいまいち何だかわからなかった。

また機会があれば生で聴いたみたい。
もちろん組曲じゃなくて原典版で。


遠くに

夏ですね。
皆登山に行ったりするんですか?
あれは秋か・・
暑いですよね。
仕事でシャープペンの芯がなくなったんで芯の入ってるケースのふたを開けようとしたんですが開かない・・
スライドするんだと思たら開かないから回転させても開かない・・なんだこれ・・
よく見たらUSBメモリーだった。


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リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲は一日で登山してくる音楽なんですが聴いていると・・
遠くにアルプスの山々が見えてきた!という場面がでてきます。


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大編成管弦楽につきもののステージではなく舞台裏にいる楽器が・・みたいなのが最も効果的に響く場面でしょう。
これ結構すごくて舞台裏待機していたにホルン12本とトロンボーントランペット2本ずつがやります。
ギャラと人数集めが大変じゃないのみたいな・・
実際ホルンなんて4人でやっちゃったりするんじゃないのかな?



こういう映像見てていつも思うけど、ただ指揮者なんか映したってしょうがないんじゃんないか・・
引きでステージ上のホルンは楽器おろしてるのにホルンが聞こえるねみたいな映像を流してほしいけどなぁ・・
これじゃ知らない人は舞台上のホルンが吹いてんじゃないかと思うんじゃないのかなぁ?
映像作る人間はもうちょっと曲を表現してほしいけど・・これやっつけ仕事なんでしょ?
なんて書いてると文句ばっか言ってふざけた野郎みたいですね。
ごめんなさい。
ただ見できてありがたいです。

これはそうでもないけど、舞台裏のバンダはモニターの指揮をみてるから指揮者がどこかにあるカメラに向かってタイミング出す時があるんだよね。
いつも思うけど昔はどうしてたのかね・・知らないけどぴったり合わせる技があったんだろうね。



あれですねこういう舞台裏のバンダみたいなのも録音だと神秘的に聞こえて萌えますが、実演にいってみるとけっこう薄っぺらい板一枚のむこうでやってまーすみたいなチープな感じで聞こえたりするんですよね。
でもあれが本当なのかもしれない。
録音しか知らないと虚像を真実だと誤解しちゃうかも・・・
歌劇場の指揮者だったリヒャルト・シュトラウス的な発想でしょうか・・実際人集められる自身があるから書くんでしょう?

バンダ、ここが終わるともう2度と出番ないんですよね。
こそーっとでてって曲が終わる前に着替えて帰っちゃったりとかするもんなのかな?
飲みいく?、みたいな・・
オペラだともう出番がないならピットから出て帰っちゃうんだって昔何かで読んだような・・

なみの作曲家だったらこの先もう一回くらい何かをやらせたり、クライマックスは一緒に歌えとかやりそうだけどね・・オペラ的発想なのかな・・

変化

こんなブログに来ていただいてありがとうございます。
いろんな方に見てもらえるのが楽しみというか励みみたいになってきました。

その日に書くこともありますが、書きたい欲求が来たときに適当に書きなぐったものを貯めといたりもしています。
そうすると古いものはもうけっこう前に書いたのものだったりするんですね。
書いてることは嘘じゃないのでずっと置いといたって変わらないですけど、文体とか細かな感じ方に違和感を感じることがあります。
違和感というか何だか恥ずかしくなっていやになってくるというか・・
書いたときの自分と今日の自分は同じじゃないんだな・・
そんな大したもんじゃないですけど。

そんなのと一緒にしちゃいけませんけど、音楽でも曲をを書いてるうちに自分が変化しちゃって最初と最後で別な音楽になっちゃってるのがあります。
シェーンベルクの「グレの歌」という長大な音楽がありますが、曲の最初と終わりごろで全然作風が変わっちゃって。ロマン派から始まって最後はなんだか知らない新しい世界へ・・そこも面白いんだろうけど。

マーラーも交響曲第2番なんか全体を統一して仕上げてありますが、1楽章と5楽章で若干作風が変わってるなと感じたことがあります。



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プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番初演したスコアとパート譜が火事かなんかで燃えちゃったんでしたっけ?
残ったのは作曲者の頭の中にある記憶だけ・・
でまた書いたという事になっています。
巨大音楽でも暗譜しちゃう人たちだし、何より自分の曲なんだからそんなに困難なことじゃないんだろうけど、
復元というより再作曲みたいな感じなのかなぁ・・再び会書いたものは当初のきょゆ防錆がだいぶ落ち着いたんじゃないかなんて言う話がある。
その落ち着いたというこの曲は不思議で魅力的な変な曲です。
この曲は超越技巧系をガンガンやりたくてしょうがない的なピアニストが合うと思う。
すっげーな!とか言いながら聴きたい。
第1楽章は異常に好きです。
全体の印象としてピアノの比重が大きすぎて、オーケストラ付きの大ピアノソナタみたいな印象があります。
とてもいい感じで始まりますが、ピアノに絡んでくる弦楽器がいきなりへんてこりんで、ただの奇麗な音楽なんか聞かせないぞと・・
基本的にピアノ主体な提示部らしきものが終わるとさっさとピアノがカデンツァに入ります。ここがすごすぎるんですがそれが終わると楽章も終わっちゃうという・・
第2主題らしきものは一度も再現されない・・
結局、カデンツァ・・これがやりたかったんでしょう?・・


YouTubeを探すとユジャ・ワンの演奏がいろいろ出てきます。
この曲が好きで得意なんでしょう。
歳を重ねるごとにどんどん進化しているようにも聞こえる。
古いものはこんなに若いのにこんなすごい曲弾いちゃうんですよ的に(比べればですが)聞こえなくもない。


これは結構いいと思う。
デュトワの髪型がかなり気になる・・この人好きで昔から見てるけどこの髪型おかしいような・・・
後ろのオケ団員があくびしてるように見えるのを発見し・・
まじめに音楽聴いてないみたいですねこれじゃ・・


これはさらに進化して、余裕がすごみや深さを作っていると思う。
カデンツァの
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このあたりの怪しく盛り上がっていく感じ、ダイナミックレンジがすごい。


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こんな音楽なのに深く歌ってる・・

この人のファンというわけではないけど一度聞きに行きたいと思っています。
露出狂みたいな衣装はいらないし、あの巨大PDAみたいなの出されたらいやだけど。

楽器演奏は芸術とかいう以前にスポーツ的な要素を強く持っていると思う。
ピアニストにもやっぱり肉体的なピークっていうのが来るんでしょう?
そのあとは芸術性で勝負みたいな・・・

刺身も歯ごたえは新しいうちのが圧倒的に上だけど、味に深みが出るのは歯ごたえなんかだいぶ落ちちゃった頃だよね。


変化といえば記事にYouTube貼ったりしてるけど、しょせん他人の物を勝手に使ってるだけなので時間がたったら削除されたり違うものに変わっちゃってたりするんですよね。
それが嫌で最初は自分で音源を用意したりしていたんですが面倒で・・
あぁそういうこと言っちゃいけないのか・・

どうもありがとうございました。

猪突猛進


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ショスタコの4番は重く暴力的で謎めいていて・・
深刻な顔して「若い芸術家の複雑な心が・・・」とか言わなきゃけなそうですが・・
でも、やってるねー!とかいって笑いながら聴いときゃいいんじゃないかと思うんですよねこの曲は。
大好きですよもちろん。




第1楽章の途中で何を思ったのか突然ものすごい速さで走り出す場面があるんですよね。
全然疲れないでずっと走ってくの・・そうすると周りのいろんなものもついてきちゃってものすごい集団となって走り続ける・・
ついには全部の楽器が出てきちゃって山全体が暴走しているかのような暴力的巨大暴走音楽となります・・
春祭とかああいうのに刺激を受けちゃって自分もやりたい若い作曲家的なところがそのままでててちょっと微笑ましいんですが・・
だけどこんなになっちまってもう止まれねーぞ!この先どうすんだよ!!
と思っているその先がこちら・・

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どっか突っ込んじゃってぶっ飛んでるの・・
しょうかねーな・・

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このfffp<fff、最初のpをまじめに解釈するととんでもない表現ですよ。
ちゃんとやるとコントみたいになっちゃうんじゃないか・・
そんなに色々聴いてないけども持ってるものは適当にそれなりの表現で・・という妥協的演奏だ・・
これもこれからまじめにやったような演奏がどんどん出てくるんでしょうかね・・・

こんなことになっちゃって・・・

マーラーだったらこの後にボロボロになって打ちひしがれてます・・もう動けません見たいな場面が来ると思うんだけど・・・
この人、この後すぐ何事もなかったように立ち上がってすたすた歩き始めるんですよ・・
阿部公房の小説みたいだな。

大騒ぎの展開部に疲れて、再現部の序奏を呼び出そうというところ・・・

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第2ティンパニのppに始まって、音を出すごとにクレッシェンドしていく・・

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最後はfffffまで・・

どっかの練習風景みたいですよね。
fffffなんていいだしたのはチャイコフスキーじゃないかと思いますが、こういうのは止むにやまれない特別な場面で使うもんでしょう・・
この人これ書いてみたかった感が出ちゃってて微笑ましいですよね・・

またここ・・ここに限らずこの曲はやたらに変な不協和音を鳴らすんだけど、その不協和音がマーラーのねじれた心とも違うし、ストラヴィンスキーやプロコフィエフのあの攻撃的でかっこいいあれとも違う・・
なんというか豚の鼻というか堆肥発酵中のにおいというかふざけた嫌な感じの和音なんですよね・・

だけど、うわっ!という拒否感は来なくて聴いてみようと思わせる魅力を持っているところがさすが、やっぱり天才なのか・・

マーレリアン

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マーラーにはまっちゃってる人のことをマーレリアンというみたいですが、ショスタコーヴィッチもそうでしょう。

ソ連共産党のもとでものすごく苦労したみたいですね。
あんな体制下ではマーラーの生演奏なんて聞けなかったんじゃないのかなぁ?・・
ワルターが交響曲第1番を聴いて彼の才能を絶賛し・・とかなんとかありましたよね。若いころはどこかで聴くチャンスがあったのかな。
彼らはスコアを入手できればスコアを読んで実演を聴くよりも細かく深い演奏を頭の中で鳴らせたりするんでしょうね。

ショスタコーヴィッチは自作のほか、他人の曲を自分の曲の中に取り込んで何かをほのめかしたりする作曲家です。
交響曲第4番は若い作曲家の芸術的欲求みたいなのが暴走して押さえきれなかった!みたいな曲なんですが、ある時は露骨に、ある時はひそかにマーラーの音楽がちらつきます。
そこで何か深いことを言おうというより単純に好きすぎてそうなっちゃったぁというかんじかなぁ。
内容がやばすぎるとか言ってしばらくお蔵入りだったこの曲ですが、第1楽章にマーラーの交響曲第1番の郭公が引用されていることがまず有名ですね。

でも私が大好きなのは2楽章に突然マーラーの「復活」が露骨に出てきちゃうところ・・

マーラー 交響曲第2番の第3楽章冒頭

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前の楽章がちょうちょがいっぱい飛んでいそうな花園になっているところを
ティンパニが切り裂きます。


ちょっとオリエンタルな感じで怪しく魅力的な踊りが始まるんですが、このクラリネットがなんか印象的でいいですよね・・
衝撃的で、曲の顔みたいな部分です。



タコ4の2楽章の途中で・・
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これを初めて聴いたのもラジオでしたが、ものすごくびっくりした。
椅子から落ちはしなかったけどそれくらいに。
あぁ、この人マーラーが大好きだって言ってんだなと思った。


国のために頑張ります見たいな曲を書けという共産党政権下でこんな曲初演したら確かにシベリア行きだよな・・
他のところは適当に「これは闘争なのだ」とか訳の分かんないこと言っとけば何とかなったりして。


有名なマラ1のかっこう
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最初にEsクラに出てきたところ・・ずいぶん甲高い声のかっこうです。
またハープがすごく低い音域でこれに答えるのがちょっと面白くて笑いそうになる。

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このかっこう、ただの飾りでは終わらずにこの後巨大化して吠えたり暴れたりしだします。




フィナーレの後半、バカ騒ぎの手前で出てくるこれ、
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手前の旋律から導き出されたようにみえる低弦の動き・・これも

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マーラーの巨人のスケルツォのこれのパロディーでしょう?

直接の引用以外にもマーラー風味みたいな部分もたくさんあると思う。第3楽章の冒頭付近とか・・
へんてこりんな曲ですけど面白い曲ですよね。


なかがいいね

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ぼんたんの葉にセミの抜け殻が
仲が良いのー

セミがあんなに鳴いてるのは嫁さん探しのアピールなんでしょう?
一世一代の熱唱なんだろうな。

より美しく鳴いた方が・・とかじゃなくて音量勝負らしい。でかい声で鳴いて目立ったもん勝ち。
うるせーと思うけど、勝負かかってんだね。
ツクツクボウシなんか、あんなテンポ変化や変拍子みたいなのを含む音楽を歌ってるんだから演奏で評価してもらえたりしないのかな?

フルトベングラーみたいな劇的な加速を見せるセミ。
トスカニーニみたいなザッハリヒなセミ。
マーラーみたいに勝手に編曲しだすセミ・・

うるせーけど、みんながんばれ

セミは土の中に7年でしたっけ・・
昔は振り返ると遠かった7年って。
今は7年前なんて振り返っても昨日か一昨日みたいだ。

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鶴のダンス。
標茶かな・・帰りの空港にむかって走っていた時。
道端でやってた。
一緒に踊っているんだからもういい仲なんでしょう?
彼らはどちらかが死ぬまでずっと一緒にいるんだよね。

たぬきもそうらしいと知って先日感動した。
たぬきも嫁さん探しで歌うとか踊るとかするのか?
もう一度会いたいなたぬき。



メンデルスゾーンの無言歌に”デュエット”という名の曲があって
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聴くと本当に男女が出てきてテュエットしています。
ずっと掛け合いするんだけど最後は二人一緒に・・
これ弾けたらいいだろうなぁ・・


細かい音の伴奏に乗って二人分歌うんだけど、ベースが結構動いてるのがずっと聞えてるところが何だか好き。

超セレブなメンデルスゾーンは絵にかいたようなセレブ結婚みたいな感じだったんじゃないかと勝手に想像してる。
でも彼にも歌手かなんかとの浮気疑惑みたいなのがあるみたいだな。

この曲中学生の夏休みにラジオで覚えてずっと聴いたので、私にとっては夏の思い出。
弾けるわけじゃないから思いでってのもおかしいか。
聴いてたのはバレンボイムのこの演奏だった。

夜になったら鈴虫が鳴き始めた。
もう秋が見えてるんですね。