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マーラーの交響曲10番は大まかに言って
孤高の自分
妻への愛
妻との愛
悪女としての妻
腐りそうな?自分
(すべてを受け入れたうえでの)妻への永遠の愛の告白。
みたいな内容なんだと思います。
リヒャルトシュトラウスの英雄の生涯や家庭交響曲のように実在した人物をリアルに意識して聴くこともできるでしょうけど・・
作者が最後に目指しただろう所は具体的な人名なんかいらない、もっと普遍的な感じで聴ける曲だと思うんだよなぁ・・・
フィナーレ第5楽章
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ミュートした大太鼓の衝撃に続いて、地の底から這い出るような旋律・・
大太鼓は13回鳴るんでしたっけ?
これが何を意味するのか知っているのはお前だけだ・・とかって書き込みがあるんでしたっけ?
ニューヨークで殉職した消防士の葬儀を見て・・とかいうエピソードもあるんですが・・
ぶっちゃけ、お前が浮気なんかするから俺は肉体にも心にも突き刺さるショックで死んじまいそうだよみたいな話でしょう?・・
えっ?ちがう?

実際、この後作者は死んでしまいます。でも感染症が原因なんであって精神的な苦悩が肉体を滅ぼしたとかじゃないんですよ・・
偉大な芸術家伝説としては前者にしといたほうがよさそうですけど・・
よく言われる伝説の心臓病でもないらしいですよ・・

作者の死後、この残された楽譜を持っていたのはその妻なんですが・・・
世界で最も立場が悪いはずのその人から調査補筆のために資料をもらって、演奏か出版の許可をもらうまで・・
ものすごい苦労・・・おだててご機嫌を取って・・よいしょの究極みたいなのでしょ・・があったんじゃないかと想像します。。
どっか不自然に切り取った形跡があったりするらしいですね・・
見られちゃまずい何かだろうと言われていますが、これだけさらけ出しておいてさらに都合が悪いって何なんでしょうね?

このどろっとした這い上がってくるものは楽器指定まで書かれていないのでクック版ではテューバで演奏されます。
6番見たいですかね・・他の楽器の可能性もあったんでしょう・・

無人の・・誰もいない荒野のような場所でホルンが同じ言葉を何度も繰り返していると・・フルートが同じ言葉で歌いだす・・
ここ、ぞくっとするんですよね演奏にもよりますけど・・・すごい場面だ・・・
このフルートソロは大注目の妻のアルマを歌っていると言われています。
妻を描いているんじゃなくて、妻を語っているかのような・・
ここまで悪女としての妻を告発することもずっとやってきているんですが、このフルートはおっさんの純粋な告白でしょう。
ホルンからフルートへの流れは鉛のようになってしまった心の中から柔らかくて濡れている純粋な愛の本音が見えた瞬間みたいじゃないですか?
いや・・もっというとそんなアルマだとかいうのを超えて・・これはすべての音楽の中で一番美しい音楽なんじゃないかくらいまで気持ちが行っちゃいますけどね聴いてる間は・・


オーケストレーションに手を付けてないのに何でフルートソロとか言ってんだという話ですが、
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簡易稿にHrとかFlと記述があります。鳥居みたいに見えるのFlでしょ?
ここは楽器のイメージと一体で作曲されているんですね。
この部分には特別な思いがあるわけですね。

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クックは弦の静かな伸ばしでフルートを支えます。
途中ハープがアルペジオいれたりします。マーラーはこんな感じで略記・・・ハープで間違いないと思いますし、聴いていてあの単音のアルペジオで間違いないような気もするんですが・・・
この書き方を見てると重音を考えていた可能性はないのかなぁなんて・・

その先の付点のリズムで下降する音型はアルマを示していると言われています。
昔本になっていたのでパクリみたいですが、曲の最終部分はこの音型を叫ぶようにして終わっていきます。

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そこにアルムシ!(アルマたん)と悲痛な感じで書き込みがあるんですね。
妻の名を強く叫んで静かに終わっていくんです。
これがただの思い付きや一時的な感情の高まりによる走り書きではない証拠として・・

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クック版に採用されることのなかった終結部の別プラン
調性が違いますが音楽は同じみたいですね。
ここにでも同じようにアルムシ!
思い付きの走り書きではなく、故意に記述していることは明らかです。
妻へ向けたメッセージなんでしょう。
お前のために生き!ってのもあるんでしたっけ・・

とはいえ、もしマーラーが急死せず、次の年の夏休みにこの仕事にとりかかたとき、清書スコアにはこれは書きこまなかったでしょう・・
この段階に書いてあるドロドロを、完成し独り歩きし始めた作品にまでに塗りたくる必要がるかどうか・・は、聴く人の勝手かぁ・・
この音楽のすごいところは、そういう具体的な何かを考えなくても十分感動できるものをこの段階で既に持っていることだと思いますね。
何度も言って大変申し訳ありませんが、創作の最初のきっかけとモチベーションは完成された作品と切り離しうる可能性も考えたい。
ちょっと何言ってるかわかんないっぽいけどこの曲、浮気騒動そのものである反面、そんなちんけな話じゃない人間と愛と何かそういう巨大テーマを表現する人類の記念碑的作品になりうる可能性を感じますでしょう?
えっ?
なんだかまた適当に書きなぐったみたいな話になってしまいましたが、このフルートソロが感動的過ぎて大好きですというお話でした。

別に期限も何もないので続けられる限り細かいところに注目して何か感じたら書いてみたいと思います。

叫び?

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トーンクラスターといえば・・
マーラーの交響曲第10番の修羅場で・・
説明端折りすぎなのもあれですが、この曲、妻の浮気が作曲のきっかけだと言われています。
実際には浮気がばれる前から作曲し始めていたらしいですが、
別な音楽をあるテーマにいかにもそれらしく充てらるなんて言うことはよくあることです。
なんでお前が分かったようなこと言ってんだと言われちゃいますが・・

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第1楽章

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第5楽章

複雑で悲痛な不協和音の叫び・・・・その中からトランペットのAだけが突進する。
Aは妻のAlmaを指しているというのは誰も異論はないでしょう。
名場面なんていう言葉を当てていいかわからないですね。

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書いてみるとこんな感じでしょうか・・・ちょっとちがったりして・・
前衛でよく見る上から下まで真っ黒というのとは違うんですよね。
12音中何音だこれ・・なんだかすごい不協和音ではあるんですが、広い音域の中で
隣り合う音域では派手にぶつからないようになっているのかな・・
プロコフィエフなんかに出てくるあの攻撃的な不協和音とも違うんですよね。

この前の9番の第4楽章のクライマックスでもいくつかの和音が複合されて強烈な不協和音となっていました。
オーケストラで演奏されると暖かい協和音と激しい不協和音とその両方がこえるという・・・
すごいことになっていた・・
あれもそこをCesが切り裂いていた。

10番のこれも唐突にすごいものが出てきたのではなくてこれまでやってきたことのその先にあるという感じがしますよね。

しかしこの場面すごいですよね‥音楽としては・・
第1楽章では直後にヴァイオリンが叫びますが、もはや奇声ですよね・・

悲痛な思いが爆発している・・または
いやというほどいる多くの人間の中からお前だけを!・・みたいにも取れますが、
そんな単純なもんじゃないかな・・

これを境に音楽は柔らかく温かいものへ変化していくことも重要だと思います。
重要な覚悟も込められている的な・・

食い入るように聴いて、もう全身で聴いて感じて圧倒されて・・
で、なんですけど・・もう100年もたってるんだから・・・妙に具体的なアルマとグロウ何とかが浮気してたとかそれはこの曲を理解するうえで大変大事ではありますが、いつまでもそれ並べて分かったような顔してなくていいんじゃないかと思うんですよね。
それが事実で起源だったとしても、この音楽もそんなもん超越したところに行っちゃってると思うんですよね。

昔、若いころに女の子を取られちゃったかなんかで「俺は泣きながら畳をかきむしったことがある」とか嬉しそうに話しているおっさんがいましたが・・・
かなり年下の最愛の妻の不貞を知って・・これもそういう・・いやもっとギリシャ神話的にすごいことにでもしとけばいいんでしょうか?
でもさー、
こんなことを言ったらほんとにあほ見たいですが、
マーラーくらいの人だもん、
実は自分も各所にいい人いたとかだったら笑いますよね。
それとこれとは別だっていうんでしょ?
・・・まぁいいか、そういう話は別として、

この曲や前作では作者はものすごい悲劇の渦中にある人みたいになちゃってるけど・・
フロイトの診断を受けたとかもあるけど・・・
こんなすごい曲が出来ちゃってるけど・・・
自筆譜には悲痛な走り書きがされているとか・・
顔面蒼白で涙を流しながら差曲したようなイメージもあるんでしょうけど、
このアイディアを思いついたとき・・うれしくて笑いが止まらなかったはずだと私は思いますね。
素晴らしい作品を生み出すことができる・・

強い感情の動きが創作の原動力となり・・みたいな話は感動的なんですが、
一方でそれを題材としてそれとは独立した冷静な芸術家が新たな作品をものにしていくみたいな側面もあると思うんですよ。
そこを置いといて目先の知ってるネタばっかりを気にして聴くのはどうかと最近(私個人は)思うんですよね。


にわとりのスケルツォ

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未完に終わってしまった交響曲第10番。その第2楽章はスケルツォですが、小節毎に拍子が変わるような結構複雑な音楽なんですね。
春祭も聞いたことあったんだっけ・・1913年だから間に合わなかたのか・・
こっちのが先ですね。
ドビュッシーの映像とかは指揮してたんですよね。
もう少しだけ生きられたら「春の祭典」指揮したかなぁ‥したんじゃないかなぁ・・・

複雑な変拍子で不安感をあおるとかなんとかって感じはしないかな・・
マーラーは交響曲第2番くらいから結構な変拍子を取り入れていますけど、彼の変拍子は聴いていてかえって心地よさにつながっていたりするみたいな印象があります。
変拍子って聞いてる分にはそういうものなんでしょうかね。演奏する方があれなだけで。
春祭も慣れてくると気持ちいいもんね。

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拍子、冒頭で指定できる音楽じゃありませんということで  /4とか書いてあって・・
上の方にあるのは3/4は3つに振って4/4は二つ振りみたいなことだそうで・・

冒頭のホルンに始まるこの主部の主要主題ですけど頭で鳴らすと鶏がモチーフなんじゃないかと思ったり。
そんなわけないんでしょうけどどね。
またあの装飾音符が鶏に聞こえてしょうがないんだよな・・

コケェーー!コッコッコッコッ コケェ!コッコッ コケー!コッコッコ・・・・

鳥とか虫とか、すごい音楽を歌ってることがありますよね・・
ツクツクボウシなんて・・序章というかアイドリングみたいなのから始まって・・主部。
ゆっくり初めてアッチェルランドしていく・・・ピークに達すると転換点みたいな動機を1回挟んで
その動機を頭に持った旋律を4回繰り返して伸ばし・・・・いい曲だよね?あれ誰が作曲したんだ?
うちの近所にいるやつは代々あの転換点の動機みたいなのを省略して歌うんだよね・・
持ってる楽譜の版が違うのね。

話は終結部分に飛んで・・・

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トランペットが繰り返す主要主題にホルンがトリオの旋律をのっけてきて・・・
トランペットがさっと消えると残ったホルンが・・・みたいな
うまいなぁ・・マーラーだな・・みたいな部分ですね。
略記でほとんど何も書いてない用にも見えますが、ちゃんと骨は書いてあるんでしょう・・
トロンボーンのやってるあれは書いてないのか・・

話題になるのは最後の締めの前、ホルンの伸ばしの上でシンバルが鳴るかならないか問題ですよね。
楽譜には書いてない。
でも、普通に考えてマーラーがここで何もしないとは思えない。
でも意表をついて、シンプルな音楽を模索していた可能性を否定しちゃいけないだろ
いやそんなわけないだろ
なんでそんなわけないと言えるんだ・・
答えなんかねーよまだ考えてないんだから・・
それじゃ話進まないだろ・・
なんで進めちゃうんだよ・・
知りたいんだよ・・
答えなんかねーよまだ考えてないんだから・・

スケッチがあったので該当箇所を探した
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ここそうかな・・
トロンボーンの旋律も、打楽器も・・書いてないな・・
三つの旋律が重なって・・みたいなコンセプトだけ確定していたんだな・・
終わった後にごちゃごちゃ何か書いてあるんだけど何だろう・・

クック版も最初は採用していなかったシンバルを第3稿で採用したんでしたっけ?
採用したというか判断は演奏者に任せてあって、可能性を提案してるということですよね・・
録音だとシンバルのあるもの、ないものがあります。
ないと物足りないですが、ないからけしからんという感じでもない。
むしろシンバルが鳴ると・・それはいいんだけどマーラーだったらもう少し何かしたんじゃない感が出てきますね私なんか・・・

昔のインバルの盤だったか伸ばしてるホルンがそこでアクセントをつけるというのがあった・・
あれはあんまりいいと思わない。

1番のスケルツォや5番のスケルツォの終わりが頭に浮かんだりもします。
でも絶えず変化進化していた作曲家の過去の作品をどうこう言うのも違う気がする・・
結局、永久にあれやこれや想像する楽しみを残してもらえた・・ということでしょうか。

あほなことを書きますが・・恐山に行ったことがあります。
恐山といえばイタコ・・・身内を呼んでもらいました。
いろいろ話してくれたけど、おばあちゃんの方言がきつすぎてほとんどなにを言っているのか理解できませんでした・・
わかったか?みたいに聞いてくるので適当に「あっはい」とかいっちゃって・・
「再来月、胃の調子が悪くなるから気を付けろ」みたいなことは言ってたような気がする。
マーラーを呼んで、あそこどうしあげたらいいでしょうか?と聴いても多分「風邪ひかないように、みんなと仲良くしなさい」とかしか言わないんだろうな。

あの世でマーラーは、創作途中のこの曲が演奏されていることをどう思っているんだろうか?
喜びも、やめてくれと怒ったりもしないで、ただ眼を閉じて聴いている気がする。


ラトルの演奏がありました。
第1スケルツォは25分ごろからです。
マーラーはYouTubeに入りきる音楽じゃない気もしますが、あるんだから聴いときましょうか。
昔はラジカセにイヤホンで聞いてたんだからなぁ・・

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2楽章のスケッチを見ていたらこんなのが出てきました。
焼けちゃってる・・何か焼けた金属製のものを乗せた?・・上の方の2本線みたいに焼けてるのはその物体の形状を写し取ってるんでしょう?
ポット?ランプ?
誰も知らないわけですが、100年前どこかでリアルな生活というか人の営みが確実にあったんですよね。
どんな生活してたのかな・・
明治40年くらいかな・・日本の田舎の明治40年を想像したってしょうがないんでしょうね・・

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同じページ、上から紙をあてがって復旧してありました。
右上のほうの ’ とか 文字の書き方とか、何気なく走り書きに見えるのも同じように書き直してるのを見ると、結構固まってるんだなと(当たり前か)思ったり・・
焼けた辺りは2回目のトリオ・・手前の音楽は今聴いてるのと違う・・


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スコアは鶏が鳴いてる向こうでホルン音型が(トランペットで)鳴って・・・トリオ突入・・

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あったあった対応するスケッチ・・
これに変わってるんだ‥

永久に手に入らないもの マーラー交響曲第10番

作曲者の突然の死によって完成されることのなかったマーラーの交響曲第10番
この曲もいろんな伝説がまとわりついてしまっていて、マーラーはあえて作曲を中断したのだ・・みたいなのをどこかで読んだ気もしまします。曲の内容的にそんな話になるのもわかる気もしますが・・
休み中にある程度書いて本業・・続きはまた来年というのはいつもの典型的なパターンだったんでしょう?
いつも通りの毎日と、自分のやりたい未来がこの先も普通にあるものだと信じていた・・・
連鎖球菌による亜急性細菌性心内膜炎・・だそうです。今だったら抗生物質の点滴で簡単に治る病気らしいけど・・病気にかからなければ9番や大地の歌をやって、その後ステージにこの曲ものっていたんじゃないのかな・・
何度か演奏されて・・改訂稿ができて・・・そのころにはもう第12番の清書も終わって・・

完成をさせることはできませんでしたが、
演出や言い回しの詳細が一部不確定でありながらも全体の筋書きと進行みたいなものが解る程度のスケッチが残されました。
一部は不完全ながらスコア化も始められていた。
それをもとに復元ではなくステージへ乗せるための最低限の補強を行った演奏会用バージョンというものがつくられています。

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よくあるような死んだ作曲者の作風に似せて勝手に作っちゃった・・・みたいなものとは根本的にちがいます。
そんな説明を私がしなくたってみんな知っているわけですが・・

補筆の目的が作品の完成ではなくて、残されたものを音で提示するみたいな内容であり第三者による創作を可能な限り避けたため、不完全な部分も多くあります。
マーラーが好きな人であれば・・別に好きじゃなくても・・マーラーならこれで完成とするなんてことはないという事がよくわかっています・・
そこに違和感や反発を感じを批判的にとらえる人も多いでしょう。
一方で、この作曲家の最高傑作となりうるような可能性を秘めた何かを感じさせてくれる部分が多くあるのも事実です。
このバージョンをあえて聴こうという人たちはいろんなことを百も承知の上でそれでもこの曲を知りたい感じたいという人間なんだと思います。
そういう人たちには前途の批判は(笑)程度でしかないしょう。

私はこの曲も大好きです。それだけに前途の不完全さは気になるとういうか残念という思いもあります。
でも聞きたくてしょうがない・・常にここはこうあるべき・・こうするつもりだったんじゃないか・・などと想像し続けるわけですが、それは自分の勝手な創作なのであって実際にあるはずだった姿を聴くことはできない・・でも聴きたい・・・あー聴きたい・・
絶対に結ばれない相手に恋をしているみたいですね・・全然違うか・・

一般的な理解でこの曲は第1楽章のみ作者によって完成されている・・というのがあると思うんです.
それを作者による正式な作品として演奏や録音をする指揮者も多い・・・
私みたいなのが偉そうに言うのもおかしいですが、それは間違いですよね?
マーラー協会だっけ全集版とか言って出版されているあの楽譜はまだ完成に至っていないがとりあえず演奏はできるという段階のスコアによるものです。
これから埋められるはずだったのに手つかずのままの空欄部分(なければないで全休符を書くとか何かあるわけだから・・)も多い。
全集版の10番アダージョにはテューバがありません。それを完成形で作者の考えだと思っている人もいるのかもしれません。
クック版がテューバを追記していることに対する批判的な意見も見ましたが・・

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自筆スコアの冒頭を見ると楽器指定としてTubaと記されていました。
時間があれば、埋めるつもりだったのでは思います。
本当にTubaを埋めたかどうかは誰にもわかりませんが、Tubaを使わない事にしたかどうかも誰にもわかりません。
どこかで見たマーラーはTubaを使っていないのに・・みたいな主張はちょっとちがうのかなぁと・・
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ヴィオラによる無調的な孤高の序章を経て、第1主題部。
冒頭から今までのとはちがうな感があふれていますが、4小節目の第1ヴァイオリンは上の方に別案みたいなのが書いてあります。
耳にするのはこちらの方ですよね。
こういう、あの大作曲家も旋律を微修正しながら詰めていったんだな・・ていうのに私は萌えるんですよね・・
ここ、目を閉じ静かに語り始める・・・急に立ち上がり眼を大きく見開いて・・みたいな「えっ!?これただ事じゃないでしょ」感を見せつけられるというか・・・この曲尋常じゃないなと印象付けられる。すばらしいですよね・・

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同じ部分の前段階、ショートスコアがあったので見てみますとまた違うことが書いてあります。
これ、実は今も生きていてこの先で再び第1主題が出てくるところで歌われる旋律じゃないですかね。。
冒頭からちょっといっちゃってたような人が今度は冷静に話し始める・・みたいな・・すばらしいよね・・・
最初はこの旋律が頭にあったんですね、その先のを見ていくと

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今度は今の冒頭のように高い音域にメロディーが上がっていて・・
つまり最初の構想はその後のスコアと順番が逆だったんですね。
はじめ冷静に話していた人がだんだん興奮していく・・的な感じだった・・
それもいいですが、逆転させたことで衝撃的な開始ができた・・
ここに書いてある※Iとか※IIみたいなのが入れ替えるみたいなメモ書きなのかな?

第3楽章の中盤以降はこういうショートスコア、もしくはさらに前段階のものが残されているだけなので・・
完成した本当の曲の姿を知るためには「こうしたかもしれないな」という創作力が必要・・でもそれじゃ自分の勝手な創作じゃないか・・
みたいなジレンマがあるわけで・・

今できることは作曲中の過程を聴くしかないわけです・・作曲者はあの世でどう思っているんだろうか?
破棄してくれと言った・・とどこかで読んだ気もしますが、言ってるのは妻のアルマさんでしょ?あの人の証言はみんな怪しいので参考にするのは危険。そもそもこの曲は妻の不貞を告発するところから始まる音楽なんだから・・
完璧主義者の芸術家ですから、創造の途中段階であり、クオリティーの低いものを人前にさらしたくはなかったかもしれない。
半面この生まれかけの子供はかわいくて仕方がなかったはず・・日の目を見せてあげられないのは無念だっただろうなー

作者はやめてほしいと願ったかもしれない、いけないことと知りつつも、こんな曲見たり聞いたりしないわけにいかないですよね・・
もう100年たってるんだし。。リアルな臭いもしそうな人間ドラマ・・というよりもう神話でも読むみたいな気持ちで・・