オリジナルのが良かった

自分はクラシック音楽が好きなのかもしれないと思ったのは中学生の頃でしたが、きっかけは同時多発的に複数箇所から来ました。どれかを落としても他が生きるシステムだったんじゃないかと思う。
初めて聴いたのはまだクラシックなんて知らない頃にラジオで偶然聴いたべートーべンの月光ソナタでした。
コンクールとか何とか言っていたと思う。同じ物が何度か流れたという記憶があるから課題曲だったのか・・興味がなければ何度も流れたのを覚えてはいないと思うので、自分がクラシック音楽を聴いた記憶の最初は多分それ。
当時第3楽章を理解できたとは思えないけど1楽章だけ流れてたのかな・・それじゃ発表会みたいだよな・・・


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初めて自分から能動的に聴いてみようと思った時もラジオでした。音楽番組ならFMという事すら知らず、AMの番組表を探してしまった。そしてまたなぜかAMでクラシックが流れていたのだった。
それがラヴェル編曲の「展覧会の絵」でした。
おっさんが何か解説していていたような記憶がかすかにあるけど聞いて理解できるはずもなかったと思う。
テープに録音しようとしたんだけど何も知らない私には曲が長すぎ、5曲目くらいで止めてしまった。
指揮者やオケがどこだったかなんて気にするどころかそんな要素があることも知らなかったと思う。
ノイズリダクションなんてあるわけのない玩具みたいなラジカセでAMだったために音質は戦前のSPかというようなものだったと思う。
何も知らな過ぎてクラリネットの旋律をフルートだと思い、フルートの音をピッコロだと思っていたのをあとで知った。
そんな程度だったけど何度か聞いた気もする。
「卵の殻を付けたひなの踊り」・・の名前を思い出すのは気に入って曲名を調べたりしたからだと思う。

だいぶたってCDを買えるようになったとき、2度目に買ったのがこの曲だったかもしれない・・
という事はこの曲が好きだったんだな・・・なんで忘れたようなことを言ってんだというとこですが・・

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メータ・ロスフィルのラヴェルにアシュケナージのピアノでムスログスキーのピアノ版がカップリングされた盤でした。
この盤で原曲の存在を知った。
有名な話ですが、ラヴェルが編曲に使ったのはムスログスキーの原典版ではなく、リムスキーコルサコフの手が入ったリムスキーコルサコフ版みたいなピアノ譜だったため音楽的にラヴェル版=原曲ではありません。
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第4曲ビドロ
子牛が荷馬車で売られていく・・みたいな絵なんだと思うんですが
ラヴェル版はppで始まってfとなり再びppで終わります・・
遠くから荷馬車が近づいていてきて目の前を通りすぎ、去ってゆく・・・

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リムスキーコルサコフの手が入ったピアノ譜もそうなっている・・

でも原曲は、
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いきなりffで開始。
その絵が目に入ってきたときの衝撃が爆発的に表現されている。
手前でかわいらしい絵を見てニコニコしてたのに突然・・
この音楽の言わんとするのはまさにこういうとこなわけでしょう!
絵の描写じゃなくて見た人間の心だから描かれてるのは・・
これ弱まっちゃったら全然・・・
次のプロムナードが打ちひしがれちゃったみたいになってるのもつながってるよね・・

リムスキーコルサコフを批判してもしょうがないと思う。
彼ほどの人間なら原曲のすごさと魅力はよくわかっていたはず。
同時に当時の一般聴衆には衝撃的過ぎて受け入れがたいこともよくわかっていたはず。
まず楽譜を売ろうと思ったらそこを曲げてでも受け入れやすい内容にしてやる必要があると考えたんでしょう。知らないけど。
そのおかげで、その後があるんだから・・

その後、ピアノ版ばかり聞くようになっていきました。
さらにラヴェルのほかの作品を知るようになるとこの編曲に対して魅力を感じなくなってしまった。
ラヴェルの魔法がない、いつものラヴェルじゃない。
マニュエルロザンタールの本に同じ思いが書いてあって・・喜ぶ内容じゃないけど・・
去年訳があってアマオケで聴いたけどそれまでほんとに二十数年くらい聞いてなかった。

この編曲を否定しようというんじゃありません。これが大好きという人も多いし、私をクラシック音楽の世界に案内してくれた中にこの編曲があったことは間違いないんだし。

YouTubeでたまたまあったピアノを聴いていたらビドロをppで始めているピアニストがいた。
原典版じゃないの演奏なのかな?何であれ私的には悲しい。そこで聴くのをやめた。


これはff
これでしょ。