変化

こんなブログに来ていただいてありがとうございます。
いろんな方に見てもらえるのが楽しみというか励みみたいになってきました。

その日に書くこともありますが、書きたい欲求が来たときに適当に書きなぐったものを貯めといたりもしています。
そうすると古いものはもうけっこう前に書いたのものだったりするんですね。
書いてることは嘘じゃないのでずっと置いといたって変わらないですけど、文体とか細かな感じ方に違和感を感じることがあります。
違和感というか何だか恥ずかしくなっていやになってくるというか・・
書いたときの自分と今日の自分は同じじゃないんだな・・
そんな大したもんじゃないですけど。

そんなのと一緒にしちゃいけませんけど、音楽でも曲をを書いてるうちに自分が変化しちゃって最初と最後で別な音楽になっちゃってるのがあります。
シェーンベルクの「グレの歌」という長大な音楽がありますが、曲の最初と終わりごろで全然作風が変わっちゃって。ロマン派から始まって最後はなんだか知らない新しい世界へ・・そこも面白いんだろうけど。

マーラーも交響曲第2番なんか全体を統一して仕上げてありますが、1楽章と5楽章で若干作風が変わってるなと感じたことがあります。



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プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番初演したスコアとパート譜が火事かなんかで燃えちゃったんでしたっけ?
残ったのは作曲者の頭の中にある記憶だけ・・
でまた書いたという事になっています。
巨大音楽でも暗譜しちゃう人たちだし、何より自分の曲なんだからそんなに困難なことじゃないんだろうけど、
復元というより再作曲みたいな感じなのかなぁ・・再び会書いたものは当初のきょゆ防錆がだいぶ落ち着いたんじゃないかなんて言う話がある。
その落ち着いたというこの曲は不思議で魅力的な変な曲です。
この曲は超越技巧系をガンガンやりたくてしょうがない的なピアニストが合うと思う。
すっげーな!とか言いながら聴きたい。
第1楽章は異常に好きです。
全体の印象としてピアノの比重が大きすぎて、オーケストラ付きの大ピアノソナタみたいな印象があります。
とてもいい感じで始まりますが、ピアノに絡んでくる弦楽器がいきなりへんてこりんで、ただの奇麗な音楽なんか聞かせないぞと・・
基本的にピアノ主体な提示部らしきものが終わるとさっさとピアノがカデンツァに入ります。ここがすごすぎるんですがそれが終わると楽章も終わっちゃうという・・
第2主題らしきものは一度も再現されない・・
結局、カデンツァ・・これがやりたかったんでしょう?・・


YouTubeを探すとユジャ・ワンの演奏がいろいろ出てきます。
この曲が好きで得意なんでしょう。
歳を重ねるごとにどんどん進化しているようにも聞こえる。
古いものはこんなに若いのにこんなすごい曲弾いちゃうんですよ的に(比べればですが)聞こえなくもない。


これは結構いいと思う。
デュトワの髪型がかなり気になる・・この人好きで昔から見てるけどこの髪型おかしいような・・・
後ろのオケ団員があくびしてるように見えるのを発見し・・
まじめに音楽聴いてないみたいですねこれじゃ・・


これはさらに進化して、余裕がすごみや深さを作っていると思う。
カデンツァの
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このあたりの怪しく盛り上がっていく感じ、ダイナミックレンジがすごい。


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こんな音楽なのに深く歌ってる・・

この人のファンというわけではないけど一度聞きに行きたいと思っています。
露出狂みたいな衣装はいらないし、あの巨大PDAみたいなの出されたらいやだけど。

楽器演奏は芸術とかいう以前にスポーツ的な要素を強く持っていると思う。
ピアニストにもやっぱり肉体的なピークっていうのが来るんでしょう?
そのあとは芸術性で勝負みたいな・・・

刺身も歯ごたえは新しいうちのが圧倒的に上だけど、味に深みが出るのは歯ごたえなんかだいぶ落ちちゃった頃だよね。


変化といえば記事にYouTube貼ったりしてるけど、しょせん他人の物を勝手に使ってるだけなので時間がたったら削除されたり違うものに変わっちゃってたりするんですよね。
それが嫌で最初は自分で音源を用意したりしていたんですが面倒で・・
あぁそういうこと言っちゃいけないのか・・

どうもありがとうございました。

 いかのしおから

桃屋のイカの塩辛というのがあります。
昔、TVでCMが流れていました。
小学生くらいか、まだ音楽なんて知らない頃。
イカ釣り漁船の船上でイカが上がってくるシーンのバックになんだかすごい音楽が流れていた。
音楽が原始の野蛮な戦いみたいな何かとんでもないことが起こるのを予告させる・・・

神がつくった巨魁みたいな
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こんなのが海から上がってきそうな旋律が押し寄せてきて後にトロンボーンが叫ぶ・・
みたいな
このトロンボーンの叫びの無茶苦茶感みたいなので笑っていたような記憶が・・
画面上はイカがたくさん上がってきていたような・・
YouTubeを見てみたけど、いろんなバージョンがあったみたいでこれは見つけられなかった。

音楽なんて興味はなかったけど、この音楽すごいインパクトがあって大好きだった。
いかにも日本的‥みたいな事を漠然と感じて、このCM専用に作曲された音楽だとずっと思っていました。

中学に入りクラシック音楽に興味を持つと、ラジオを聴くようになった。
ぼーっと聴いているとプロコフィエフのスキタイ組曲「アラとロリー」というのが流れ出した・・その時の1曲目について何も覚えていないのは全然理解できなかったからだろう・・・2曲目、
イカの塩辛が流れ出してぶっ飛んだ・・・
ここにいたのかこの音楽は・・

第2曲の曲名は「邪神チュジボーグと魔界の悪鬼の踊り」。
名前からしてものすごい・・
この曲、若いプロコフィエフのやりたい放題やってやる的な感じがあふれていていいですよね。


Scythian Suite, Op.20
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冒頭、5小節目から出てくる弦とホルンがやっているのはイカのテーマだ。
トロンボーンの上昇音型が畳みかけるのが面白い。




そういえば・・
昔々、遠い親戚が漁師をしていました。
お前も一緒に来いと言われて日の出前から小さな漁船で海に出た。
漁を見るも何も港の外に出た瞬間から船酔いで撃沈しそうに・・
迫りくる波を見て船の動きを予想できれば酔わないことに気付き、必死で前方の波を見ていた・・
内蔵ごと口から吐き出す恐れがあったが何とか無事に陸に戻ってくることができた。
でも結局何をやっていたかはなんてほとんど見られないまま終わってしまった・・・

朝とってきた魚を11時ごろにもういい頃だろとかいって刺身にして食べさせてくれる・・あれはうまかった。
それもうまかったがけど、別な日に鰤の刺身の残ったものが一晩冷蔵庫の中で眠っていた。
次の日の朝、残り物だけどという謙遜的なコメントに支えられて出てきたそれは、
確かに歯ごたえは落ちていた・・でも味には奥行き、深みが出て・・
開いた口が塞がらない・・というのはこのことかと思った。
呆れるくらい旨かった。
人に自慢できるようなことは何一つない私の人生の中で唯一の・・とか言いたいくらいに・・


一度覚えたおいしいものは忘れられない。
若いころに少しだけ務めた会社はわけがあって部長という人が直接の上司であった。
もともと別な企業でトップを約束されたルートに乗っており、かなりの高収入もあった。しかし派閥間抗争みたいなのに巻き込まれ、上が失脚したため不本意ながらここにいるのだ・・というようなことを言って威張っていた。
自称美食家で、「あなたなんか食べたことがないと思うど・・」で始まる話もよくしていた。
私も若かったのでなんでも真に受けてすごい人なんだな、なんて思っていた。

一度その上司に高級か何かしらないけど「お前はこんな所これねーだろ」みたいなお店に連れていかれた。
「うまいだろ・・お前はこんなうまい魚、食ったことも見たこともないだろ!」・・
そもそも割り勘で何を威張ってるんだろうという気もしながら・・
一応「こんなおいしい魚は初めてです!」なんて言っておくと満足そうだった。
大してうまくもないそれを食べながら、あぁ世の中ってこんなもんなのかと思った。
それが原因ではないけど、この人とやっていも人生の時間を無駄にすると思うようになり、その会社はやめてしまいました。

お前も刺身くらいで何語ってんだと言われちゃうと思いますけど、他人の一流自慢なんて私にとっては何の意味もないものなんじゃないのかな・・

コンサートは海外の一流オケしか行かない!なんていうひともいますが、本当に肥えた一流の耳を持っていて他は受け付けないのかもしれませんね。
私も海外のそんな超メジャーというわけでもないオケを聴きにいきましたところその底力に圧倒されたこともあります。またあの体験ができたらいいなとも思います。
でも私の耳はそんな一流なんかじゃないから国内オケでも感動して帰ってこられるし、
見た目も収入も頭の中もずっと三流でしかないことが明らかなので、手の届く範囲でおいしいものを楽しめばいいと思ってます。
おいしいものは意外にもその辺に転がってる事があるかもしれないし。


実はイカの塩辛は苦手です。
桃屋の瓶詰だと穂先メンマというのが好きだった。
最近はあんなものがあると食べ過ぎちゃいそうなのであえて買ってこないようにしてる。

箱根宮ノ下

来週、出張が決まった。
元々旅行好きだったのだけど、事情を抱えてもう何年か家を開けたことがない。
いつまでも無理とは言えないし、心配しても解決しない、なんとかなるだろう。
仕事としてはきちっとものにしたいと思うけど、最近気分が低迷気味だったので会社には申し訳ないけど気分転換のつもりで行ってやろうと思う。
偉い人同行でなければ終わった後とんでもない方まで足を延ばして、全然外れたルートのローカル列車を乗り継いで帰ってきたいところだけど・・

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何年か前、あじさい電車とか言って見に行ったら紫陽花まだ咲いてなかった・・

箱根宮ノ下。富士屋ホテルとかジョンレノンの写真が飾ってある写真館とか・・
この辺りに住んでいるわけではありませんが、この前を通ることがよくあります。
最近はいかないけどふらっといって時期がよければぶらぶら歩いてみてもいい感じのところですね。
人の沢山いるところより、裏の方の蚊がいっぱいいるようなルートが気持ちいいです。
元鉄道マニアなので登山鉄道の80 ‰を見て喜ぶとかいうのも・・

で、プロコフィエフがロシアからどこかへ亡命する際日本を経由したんですが、船便がないとか何とかで半年くらい足止めを食らったらしいんですよね。1918年、大正7年だそうです。
その時の日記が何故かネット上で読めて箱根宮ノ下に来たようなことがありました。
とても美しいところだと言っていたと思う。
ここで誰か作曲の注文をくれた主をフォローしたかったようなことも書いてあった・・会えなかったんだっけ?
ここをプロコフィエフが歩いたのかもなとか思いながら自分も歩いてみたり・・・別に何にも出てきませんが・・
あの日記は面白いです。
日本人のことをまじめで礼儀正しいとほめた後、本音を腹の中に隠してずるがしこいみたいなことも言ってた。
コンサートの報酬が安すぎるとか作曲の報酬をふっかけてやったみたいなこととか・・
日本の聴衆は不協和音に驚かない・それは・もともと(忘れちゃたけど自然のありのままをとらえる日本人的感覚を指していたと思う)そういうものを聴いてきたからだろう・・というのもあった。
これは興味深い。
どこかで接待を受けて両側に芸者がついた。とても楽しかった。
みたいなのもあった。

ピアノ協奏曲第3番は1921年の完成だそうですので日本に滞在した後のものですね。
昔は3楽章に越後獅子というのが使われていると解説に書いてあったのですが、最近はそんなの間違いだろということになっているようです。実際聴いていてもそんなところはありません。

で第1楽章を聴いていて
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このあたりに日本の音楽というか光景というか・・感じるんですよね。



あっという間に終わっちゃいますけどね。
赤い鳥居?お祭り?歌舞伎?芸者?何だろうこれ・聴いたことあるでしょう?この感じ・・
私たちは、賛美歌を歌って育ったヨーロッパ人の不協和音への驚き体感することはできないのかもしれません。
でもこの音楽の中に隠されている日本を感じることができるのは私たちだけの特権だったりしないのかな?

ほんの一部すぎ

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これほたるです。
たくさん光って飛んでいたので写真をなんて思いスマホを取って戻ってきたら、みんな光るのをやめてしまった。
次の日に見に行ったら一つの光も見えなかった・・
あ・・・・
次の日・・また無邪気に光って飛んで見せてくれた。


私クラシック音楽が好きで30年くらい聴いてきましたが、聴いている曲の大半は10代のころに覚えたものなんですよね。
どの曲について書こうとしても「この曲を初めて聴いたのは中学生の・・・」。
いろんな曲を聴いて知って色々聴きつくしてやるんだ・・みたいなイメージが何となくあったんですが、実際は結構有名な曲も未聴なまま・
中高生の俺は訳もわからないのに貪欲にいろんな音楽を知りたがったんだな・・その後の俺は何やってんだ。

ブログを見に行かせていただくと聴いたとないけど聴いてみたいと思うような曲のYouTubeを貼ってくださっている方がいてしばし聞き込んだりしています。
知らない曲を聴いてみようと思う力がかなり弱っているので思いがけず出会う音楽はありがたいし楽しみです。
コメントでいろいろ教えていただけるのも楽しいです。
一回きりの人生、知って面白いとか楽しいとか思ったことの積み重ねですので豊かになると思います。


中高生のころにビデオに録って何回も聴いた曲が何曲かあります。
あまりにも聞きすぎてそれが頭の中に固着してしまい・・どの部分で何が写っていて奏者がどんな表情をしていたのか、弓がどう動いていたか・・鍵盤のどの位置に手があったか・・みたいなのが今でも出てくる。
CDを買っても頭にあるそれとの違いが気になってしまい、同じような演奏を探してしまう。
同じ演奏者のCDを見つけてもあの時と違う・・
というのに苦しんだこともありました。
色々な演奏を受け入れて聴けるようになったのは本当いつい最近。


そんな1曲のなかにプロコフィエフのバイオリン協奏曲第2番ト短調があります。
よくまとまった2番よりも1番のが好きだ・・とか言って通ぶりたいところですが2番のが好きです。
みたのはN響アワーで独奏はチョー・リャンリン、指揮はデイヴィッド・アサートン。
これが特別な名演だったとかいうんじゃなくて何もないところに刷り込まれて固着してしまったんだと思う・・いや、名演だったかも。
この曲のあらゆるところが好きですが、例えば二楽章の後半
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このあたりを聴きながら萌えていた覚えが・・
悪魔の歌のように始まりグロテスクな部分も多いこの曲の中で、汚れを知らない子供の心のような音楽・・これまで変奏されてきた要素が皆出てきてコラージュみたいに重ねられている・・そこに独奏ヴァイオリンが(書いてあるけど)即興的に絡んで歌う・・・

ヴィオラのピッチカートとクラリネットが重なる伴奏音型にはちみつとレモンみたいなイメージがあります。

独奏ヴァイオリンはすごく高い音域でやさしく小さく歌い始めるんですが、熱く叫んだり、色々やりながらG線にまで降りてきて深く太く歌いこんだり・・
見ると特に表情の指示は書いてないんですね。
独奏者、あなたの心で歌ってくれ・・みたいな。
書いてなのに勝手に歌わないで!・・みたいなのありますよね・・・ここでそんな解釈したらダメだけど
ここでグッとくる演奏をしてほしいな・・心は人それぞれだもんね、自分の心と合わないとあれーなんて思っちゃうんだよな・・

聴いているとこの音楽はクラシック以外のジャンルの影響を受けているような印象を受けます・・他のジャンルを聴かないのでなんかいいようもないんだけど・・
ロシアの作曲家たちが革命後欧米に亡命して映画音楽文化みたいなのを作ったとどっかで読んだこともあるし、順番が逆かもしれない・・



昨日は別な曲を聴いていたんですが、プロコフィエフという作曲家も面白いですよね・・多作家みたいだけど、なにやってんだこれ?みたいな中に泣きたくなるような音楽がぽっと出てきたりして・・
日本に来たこともあるらしい・・どこかで読んだ日記が本音だらけで面白かったような・・
まだ聞けてない曲がたくさんあるんだよな・・聴けるかな。

ついでに
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プロコフィエフのスコアは、移調楽器がすべて in Cで書いてあるんですよね。
楽器の配置も音高順なのでトランペットがホルンの上に書いてある。
かえって見にくいような・・・
in Cは私のような素人が面白半分で眺めるのにはいいですが・・・
伝統や他人の都合より書いていく自分の都合優先で押し通そうとしたみたいですが、
普及しなかったんでしょう?
普通の作曲家がやったら馬鹿にされそうだもんね。
これを堂々とやれるところもこの人のすごいところなんじゃないでしょうか・・