DEQ2496

連休ですね。
新緑と青い空がきれいで笑っちゃいます。
今は余り遠出ができないんですが、またいつか行けるようになるといいなぁ。
私は、ここを読みに来てくださる方のおかげで毎日楽しい気分でいさせていただいております。
どうもありがとうございます。

突然オーディオ系の話でも・・

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DEQ2496
これ数年くらい前、いろんなオーディオブログに出ていませんでしたっけ・・
ピンクノイズ(だっけ)をマイクで拾って分析し、部屋の影響によってゆがめられた周波数特性を把握、それを埋めるようなイコライジングを行うことで部屋の悪影響をなキャンセルしようという。
処理はデジタルで行うため音質の劣化が起こりにくい。
なによりオーディオ機器ではなく楽器界の製品であり、2万円台くらいで買える・・
有名オーディオメーカーが出していた同様の機器は100万円クラスだった・・・
いろんなブログが使った結果大絶賛・・
音像定位感が抜群に良くなる。とかこれを使わないなんて馬鹿だ位の話を見てちょっと萌えた。

ものすごく興味があったのですが当時CDPとアンプを直結という構成だったため、これを生かすにはよいDACを入手しなければならないなぁ・・・物をいっぱい置いてというのは嫌だなぁ・・などと考えていました。
Lightmpdとかやりだして間にこれを挟むこともできる構成にはなったのですが・・・
出てくる音に感嘆していて、DEQ2496で補正とかいうことはしばらく頭に浮かびませんでした。

落ち着いたころ、気が付くとどの人もDEQ2496をはずしていました・・・
みんなあんな大絶賛だったのに、なくてもいけるみたいなことを言い残して・・・
人がどうだろうとやりたければやってみればいいのですが・・・
とりあえず現状で満足してしまっているうえに、なぜか今物を買いたくない気持ちでいっぱいです。
たぶん試してみたりもしないと思います・・
倹約といえばそうかもしれないですが、向上心が全くないともいえる・・・まぁ今年はそういう年なんでしょう。
これじゃ全然記事として成立していませんね・・・

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庭に朝顔が芽を出していました。
頑張れ朝顔。どこに向かってのびてもいいんだよやりたい放題だ。先陣を切って後からくる者のために道を作っていくれ。
気にしてほめてやったりしたら11月に入るまで意地になって花を見せてくれたことがあった・・
今年は声掛けしてやろう・・


急にlightmpdが動かなくなり音楽が聴けなくなった件

出かける前に音楽を・・なんて思ったらエラーが・・あっこれ長引く予感・・
音楽を聴くための要であるlightmpdが急に起動しなくなり、音楽を聴けなくなってしまいました。
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ケーブルが抜けてないか確認したり、スイッチングハブを別のに変えてみたり・・してもだめ。
あーもうとかいいながら、プログラムの入っているSDカードを古いバージョンの入った別なのに変えてみると起動した。
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良かったと思いながら再起動させると・・・あれ起動しない・・・何度もやっているとたまに起動する。
最初のSDカードを刺してみるとリーダーのランプもつかなくなって・・
あれこれカードリーダーがいかれているのかなぁ・・・

帰りに買ってきてみるか・・カードも買ってくるか・・焼き方もう忘れちゃったけど・・

こういう困った事態も楽しみのうちでしょうけど・・いろいろあって気持ちがわさわさしてるときに限ってこうなるんだよな・・
まぁいいかなんでも楽しめば。

なにくだらないこと書いてるんだって感じですが、ブログ書いてるとこういう時いいですね。
家族にこんな話したって通じないですが、もうこれも書いちゃおうと思いながらやってると誰かと話しているような気になって・・

※カードリーダーを新調したらちゃんと起動してくれました。
 よかった。

Wi-Fiでオーディオをコントロールすると・・

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音楽を聴くときはipodをリモコンにして操作しています。
色々電源を入れて椅子に座り、さぁ聴くか・・・
あれ?
なんだこれ真っ暗じゃんか・・電池ないのかぁ・・・みたいなことがたまにあります。
聴く気満々なのにこの状況は結構つらい・・目の前にごちそうがあるのに食べるなといわれた気分です。
電池たくさん残っていたつもりでも、何か動いているらしくて電池なくなっちゃうんですね・・・
1度干上がっちゃうと充電ケーブルを刺しても10分くらいは動いてくれない・・その10分が長い長い・・



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音楽のいいところで飛行機なんかがゴー!とかいってやってくると台無しなのでいったん止めます。
そこから再開だと音楽を聞き逃した気がするので少し戻ったところから再生しようとします。
本当はそういう聴き方もおかしいんだと思いますけどね。
このインジケーターみたいなのの〇を少し戻せばいいんですが、どうもこれの動きが安定せず、最初に戻っちゃうんですよ。
曲頭がffで始まるような曲だとびっくりするし音楽の途中だった気分がめちゃくちゃに・・・


急に音楽を今すぐ止めたいとき、
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こんなのが出てきていちいちスライド・・・焦るともどっちゃったりして・・
これ出ないようにできるみたいだけど脱獄だか何だか・・
若いころならうれしがってやったかも・・今はもう・・まぁいいやが先に来ちゃって・・



今まさにそうなっているのですが、たまに通信不能だか何だかわからないけれどコントロール不能になることがあります。
曲を呼び出そうにも、データが空になっており

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こんな画面から読み込ませようとする。

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この画面でtime:のあとに70sとか時間が表示されれば生きていて大丈夫。
何も出ないときは何かがエラー。
apuを再起動すれば治ることもありますが、いまはNASから再起動してるのに治らない・・
こうなると時間だけが過ぎていってどうしようもない。
出かける用事があり、わずかな時間で音楽を・・
という時に限って・・

PCからも接続できない・・lightmpdが起動してないのかな?
何も変えてないのになんだこれ?
さて、どうしよう・・


しょうもないことを書いてごめんなさい。

理由はともかく、オーディオ的には空間の再現性、音の潤い、音楽へのめりこめる感・・等、寒い時期のほうが有利だと感じています。そのオーディオ的に素晴らしい時期ももうすぐ終わり。
田んぼに水が入ると蛙の超巨大合唱によって音楽どころでは・・・
と思っていたんですが、一昨年ある作曲家の音楽は蛙轟音に全く影響されないことを発見しました。
そのころにそんなこと書けるかな・・

音楽があるおかげで毎日楽しいです。
自分に充電してくれる。
真っ暗になって止まっちゃわないでいられる。
音楽万歳!

昔使っていたCDPの思い出とその音質を楽譜から思い出してみる。

造詣というか、他人から見るとなにが面白いのかわからないような物に目を輝かせたりということが誰にでもあります・・よね・・

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これは学生のころに手に入れたCDプレーヤー(と同型機の写真)です。
SONYのCDP-555ESA
1992年に買いましたのでもう25年前・・
この見た目に惚れていました・・
この写真じゃわかんないけどRのついたサイドウッドとシャンパンゴールドの滑らかな筐体・・・美しいよねぇ。
このゴールドとサイドウッドの濃いブラウンの対比がまたいいよねぇ・・
惚れていたので25年たってもまだ見てドキドキしますね・・
忘れられない人みたいじゃないか・・
全然古く見えないですよ・・
この前の型くらいからこの色出たんだっけ、それ以前のオーディオ機器は黒一色が流行していて真っ黒だったような気がします。
この写真にはないけどディスプレイの右肩にはNEWとかいた緑色のシールが、ヘッドホン端子の左には
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こんなシールが・・それらも含めて一つの景色となっておりました。
開発期間はまだバブルのさなかだったと思う。定価が90,000円てやっすかったんだなぁ・・今これと同内容の製品を作ろうとすると5倍くらいの価格のものになると・・販売数量なんかをリアルに考えるともっとか?・・と思うんですけど・・・
現行所有機の価格がそんな感じですが・・聴こえてくるものから得られる喜びも5倍かというと・・
CD黎明期の初期デザインをしっかり受け継ぎながら、新しい豊かな世界へ・・みたいな

性能もそうでしょうが、機能的にもバブルでした。
CDを個別に認識して打ち込んだ文字情報をディスプレイに表示させるみたいな機能があった・・
ネットから拾ってくるなんてあるわけがなくて自分で入力するという・・
バーンスタインのマーラー6番でなんか入力した気がします。
でも入力自体が面倒くさいのと・・そもそもそんなもの見ようと思ってもいないので結局使わなかった・・

ヘッドホン端子のところのボリュームつまみはモーター駆動でリモコンで動かせました。
ただつまみが回転するだけでなく、つまみの赤いランプが点滅しながら回る・・みたいな・・
で当時おきまりの動作時以外は回路の電源を切るため音質への悪影響はありません・・みたいな説明書き・・
早送り、巻き戻しみたいなボタンは低速用と高速用の2種類のボタンがあった・・
マーラーみたいな1トラック30分みたいな楽章の途中だけ聴きたいときには便利だったかな・・そんな聴き方もしなかったけど。

ディスプレイは消灯だけじゃなくて明るさも3段階くらいで設定できました。音質的には消灯したほうがよさそうだけどなんとなく寂しいので一番暗い状態で表示していました。
この曲は全曲〇分で〇分くらいで提示部が終わる・・・〇分のところで爆発する・・みたいなこと意識しながら聴いていた記憶が・・

音質について・・・あの頃いろんな機種を聴き比べた経験もなかったので正直客観的な評価なんてできないんですが、
当時聴きこんでいたワルターのマラ9で3楽章トリオのハープ、持っている楽譜には
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こう書いてあるけど、いつも聞いてるのと違うよな?と思っていた記憶があります。
どこかで古い版と思われるDoverのスコアを見て

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あーこれだ!なんて思った記憶があります。
実際書き方は違うけどやっていることはそんなに違わないんですが、言いたいのはそこじゃなくて
当時から2台のハープが別なことをやっているのをはっきり聞き分けていた・・・並んだ2台のハープがはっきり認識できるような音像定位感で聴いていたんだなという・・

で、今はどうなの?と現行システムで聴いてみる・・
意識して聴いているのでわかるにはわかるけど・・注目しなければ聞き流してしまうかも・・
CDPの性能だけではなくてほかの機器も影響するし、何より部屋の条件、セッティングなんかが今は圧倒的に不利なのであれですが、いい悪いは別として25年前のシステムのほうが定位感は優れていたという事なのかなぁ・・・

奥行き感、空間感、音の潤い感・・みたいなものは当時の記憶にないものが聞こえているので・・全然進化していないという事はないんですよ。今日もちょっと聴きのつもりが、ずっと聴いてしまった。
30年近く聴き続けている録音の中にまだ初めて聴くような発見があるんですよ!
あの頃はあの頃でなかなかやってはいたんじゃないかなぁ・・

あの頃も何だか知らないけどアンチSONYみたいなやつがいて・・SONYになんかされたのかな・・
あいつ元気かな。

13~4年位か、愛機として働いてくれました。
断捨離みたいな気持ちで処分してしまったけど、置いといてもよかったかな・・・
買い替え検討時、真っ先にSONYのWEBサイトを見てみたけど、もうCDPにはそんなに力を入れてません感が伝わってきちゃってびっくりした・・あんなけん引役だったのに?・・・

その後視聴もしないで買ったプレーヤーはこれじゃない感が大きすぎて2週間くらいで買い替え・・次のは8年くらい使ったのかな・・で今のLuxmanのD-06。プレーヤーとして使ったのは半年くらいでDACとして使用になってしまいました。
中学生のころ、雑誌で見たAccuphaseにあこがれたりしました・・でもきっと死ぬまで縁がないだろうな・・

これのさらに前に使っていたCDPはまだ手元にあります。
写真を撮って記事にしたいんですが収納場所の手前を本棚がふさいじゃってて・・

検電ドライバーとオーディオの思い出

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この中で何か光っている物体は検電ドライバーというもので、マイナスドライバーの形をしていますが、時々このようにコンセントに突っ込んで先端を指で触ってみたりします。
日本の単相100Vは片側が接地されているので、その反対側にこれを突っ込んで、自分が指で触れると、自分の体と大地を通る回路ができて電流が流れ、中のネオン管が光ります。
(接地・・アースされている・・地面につながっている・・・という事です。
そんなことしていいのか?と思う人もいるでしょうか?
漏電ブレーカーが確実に働くとか、安全上の目的があってこうなっています。
実際は電柱にある変圧器で単相三線200Vの中線が接地されているはず・・)
どうでもいいですが、大地を「たいち」と読む人は電気屋です。
CDをコストダウンと読んじゃう人は・・お疲れ様です。

電極と自分の足の間に約100Vの電圧がかかりますがドライバーの中のネオン管と高い抵抗値の抵抗に分圧されるので自分には大した電圧はかからない・・自分の体の中を微弱な電流が流れているのは間違いないですよね・・面白いよね・・
でも興味ないとどうでもいいですよねこんなの。

そんな人いないとは思いますが、これを読んで勘違いをして変なことしないでくださいね。
感電の自慢とかする人がいますよね。
100Vだって状況次第では死ぬかもしれませんよ。
100Vで感電している人を見たことがありますが断末魔でした。
あんなことは絶対に起きてはいけない。

これを買ったのももう25年前です。秋葉原のオヤイデ電気でした・・なんかものすごい人だかりができていて、「おにいちゃんは?なに買うの!?」みたいな・・八百屋のたたき売りみたいな状況だった記憶が・・
あそこに限らずどのお店もそんな活気があったよなぁあの頃・・

なんでこんなもんがいるのかという事ですが、当時学生アパートで組んでいたオーディオ装置の電源コードには極性に表示があったんですね。
接地の表示を接地の側に接続してください見たいな・・
通常コンセントの形でそれを判断するんですが、まれに決まりと反対側に接続されていること(うちがそうでした)もあるので実際確認しようと思ったわけです。
なんで極性を合わせるのか・・とかはもういいか・・

今は高級電源ケーブルを使わなきゃオーディオマニアじゃないなんていう事になっちゃっていますが、あのころはみんな電源ケーブルなんて機器直出しでしたよね?
93年ごろなのでもうバブルははじけていましたが、まだバブルの延長みたいにオーディオ機器は毎年モデルチェンジをし、雑誌には毎月レビュー記事があふれていたと思う・・・
いよいよ不景気になり、オーディオ機器なんてみんな買わなくなると、おっさんの小遣いで買えそうなケーブルだコンセントだとか言い出したような・・・えっちがう?
ラインケーブルとかスピーカーケーブルなんかはもっと前からやってたか・・よく宣伝で純度99.999999%だっけ・・・
自分も今思うとバブルな設計だったんだなと思う制作工数のかかりそうなケーブルを持ってた・・剥くのすごく大変なの・・硬くて曲がんないし・・・でも学生に買える値段だったような・・今みたいになんでもトンデモ値段じゃなかった・・作れば売れたんだろうなぁ・・

ちょっと文句めいて書いてますが、自分も電線病にかかったことがあります。
この写真のコンセントボックスはもう高級品とかいうのに冷めていたころにオヤイデで買った部品で組んだもの。
APUとかDDCとかの電源を刺しています。
ここのコンセントは変なオーディオ用じゃなくてパナソニックの医療用。締め付け力みたいなのが通常より強く設定されているのかな?
職業柄・・・医療用コンセントをホスピタルグレードと呼ぶのはわかりますが、オーディオグレードなんてものがその上にあるかのような言いようはちょっと・・
買っちゃったこともあるけどさ・・・

FIDELIXのアダプターは「そんなとこ太くしたって意味ないだろ」とかいってチープな見た目のコード直出しなところが潔くていいですね。
インレットにして重いケースに入れてぼったくり値段にしたほうが売れるのに・・
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本人が楽しきゃいいんだよねこんなの・・
ただ、電気関係は最悪人の命を奪うような事故につながる可能性を持っています。
趣味だとか個人の問題だとかそんな話ではないと思います。

オーディオは本当にホールの音を伝えているのか?

※正確な知識のないものが適当なことを言ってしまっている可能性を持っていると思います。
 適当に読んでください。

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コンサートではないですがある公演に席による見え方の違いも楽しみつつ3日連続で行くような友人がいます。
その人が
「コンサートホールも席によって聞こえ方が違ったりするんでしょう?」
「違いますねかなり・・」
「席の好みもあるだろうし、曲や演奏者によってこの席でっていうのもあるんでしょう・・」
「そうですね。」
「オーディオでも調整でどの席で聴いている音・・というところまで再現できるんでしょう?」
「うーん」
この問題はいろんな要素を含んでいて大変面白いと自分は思っています。

うちのオーディオでオーケストラ音楽を聴くと目の前にステージがあり、どの位置にどの楽器がいるか・・調子が良ければ壁の位置や天井の高さみたいなものも感じられたりします。
それを高いところから見下ろして・・・
でもみんなこの位置から見下ろすように聴いてるわけではないですね・・

そもそもCD(古い?)などに入っている音源(今、話上オーケストラについて)はどんな席というか位置で聴いていることを想定しているのでしょうか・・・
多分、席の想定なんかないんですよね?

バイノーラル録音でしたっけマネキンの耳の部分にマイクを仕込んで・・・それを任意の客席に設置して録音すれば・・・そしてそれを聴き手もヘッドホンで聴けば・・ホールのその席で聴いた音がうちでもリアルに再現されるのかもしれない・・
でも、場所的なリアルさは音楽鑑賞に必要な情報の一部でなく、もっと優先されるべき事柄そんなことしたってしょうがないのかな・・
場所感だけがリアルでも細かい音が聞こえないとか低い音が聞こえないとかじゃ音楽鑑賞になりませんし・・
人間は聴き取るべき音を無意識にに調性して聞くという自動補正機能を持っていますが、マイクにはないですもんね。
それに、散々書いてきましたが(あっ読まないですよねそんなの)、オーケストラ音楽をステレオ再生する際に求められているのは実は現場と同じように聞こえることではない・・・というのがありますので・・

実際は多数のマイクを任意の箇所に立てて音を拾い、よりいろんな楽器の音が聞こえやすく聞こえ、音楽の全てを聴きとれるように・・みたいなところに主眼が置かれて録音編集音作りが行われていると思います。・・
録音だとステージじゃなくて体育館の床みたいなところで録っている写真もよく見ます・・取り合えずその場には客席-ステージという関係は存在しないわけですよね・・?
ワンポイント録音というのもあります・・よくわかっていませんが、創作の入らない自然な空間特性がみたいなものが得られる・・ただどこから聴いているか情報が固定されるとかじゃないですよね。客席にマイクを置くわけじゃなくて天上から吊ってあるあれで録るんでしょう?

スピーカーで再生させて聞く場合、音像の定位感その他からくるどこからステージを見ているかという感覚はスピーカーとリスナーの位置関係で決まってくると思う・・というか少なくてもうちはそうです。
聴き手側で脚色が可能なわけで・・というか再生系以降に任されているというか・・
そこに面白さがあるわけで、全然文句はないですよ・・

演奏者と聴き手の位置関係が変われば音も変わって聞こえます。
聴き手の位置というのは非常に重要な要素なはずですが、実際ホールでの大ケーストラ録音などは聴き手の位置というのを明確に固定しようとはしていないんだと思います。

それが悪いと言いたいのではありませんよ・・逆に録音側で席を固定されちゃたら困るというか嫌かもな・・
装置再生で音楽をよりよく楽しむために追及されてきた方法というか流れなのであって文句ではなくて感嘆というか感謝というかそういう気持ちです。

ただ、よく原音再生!なんていってオーディオマニアの格言みたいになってますが、そもそも原音再生なんてないんじゃないかとは思うんですよね。位置問題だけではなくて、遠くから聴いているのに木管のキーの音が聞こえまくりとか・・でもそれでいいんです。

私は椅子の高さを調整したりして高い位置からステージを俯瞰するような感じで聴いていますが、実際よくある2階席の位置ではなくもう少し前方、1階席の上空みたいなありえない位置で聴いている感じになっています。



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エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団のマーラー交響曲第9番
この演奏会は実際行って聴きました。その時のライブ録音CDです。
このCD、通常盤のほかにワンポイント録音盤というのが少し高い値段で出ていていました。
自分は調子に乗って後者を買って聴いているんです・・でも通常盤も買って聞き比てはいません。
実際会場が3か所あったけどどこのなんだよとか言うことは今置いておくとして、聴いてみると上記のような1階席上空からステージを見下ろすイメージで聞こえます・・
私が聴いてた1階席のあの場所じゃない・・当たり前なんだけど・・

最初の会話に戻ると、
それをセッティングであの場所にできるかというですよね・・部屋が十分広いとして椅子の高さやスピーカーからの位置、角度などを調整するとあのときのあの位置のように聞けるんだろうか・・定位感なんかはいけるかもな・・でも楽器の聞こえる聴こえないはまた別要素だよな・・部屋の中の定在波みたいなのの影響とかも聴いてくるだろう・・

なんか書こうと思って聴いてみたんですけどいろいろ思い出しながら音楽に感動しちゃって・・
通常盤も買って聞き比べようかな・・

あっやっぱり少し書こう、このCD、3か所のホールで録った録音を編集してできているようです。聴いていて違和感もないし文句もありません。
でも、ホールの音を再現・・とかいうけど本当にホールの音が全部盛り込まれていて・・・原音・・みたいな・・それだと3か所の音を使って一つのCDというのは意味がよくわからなくなってくるんだけどなぁ・・
実際聴いているのはどのホールの音なんでしょうか・・


結局言いたいことがまとまっていませんが・・・オーディオによる音楽鑑賞って、奥が深いなぁーと・・


昔、学生のころにシステムを組んでいた時は低い椅子に座りステージを若干見上げるような感じで聴いていた。
1階席の何列目か・・的な・・
懐かしいな、あのシステムと同じような音を出そうと思ったら当時の5倍・・もっとかもな・・の予算が必要だと思う・・
今から考える機器のコストパフォーマンスがものすごくよかった。
オーディオの最後の花みたいな時代だったと思う。
今残っているのはGTラックとオヤイデの「音が良くなる電源ケーブル」(こたつ線みたいなのに防水プラグをつけたやつで当時はまだそんな感じの名前で売られていた・・そんな時代だった)だけ・・
ともにつかわれずに眠っている・・思い出もあるので捨てることはできない。

回転式音楽再生をやめて何が変わったか5

音楽聴いててあっこれ書こうと思って・・
音楽部屋は隣の部屋の押入れが食い込んだような変形部屋です。
場所フェチ、奥行きフェチなのでスピーカー間の空間を奥行き方向にいっぱいに取りたいんですが、右半分は壁が手前に迫っています。

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ある曲を聴いていて、フルートがあの位置(水色のFl.というとこ)で鳴っています。そこから察して、オーボエはその隣、壁の中の点線で示す位置から聞こえてくるはずなんです。
これが以前は壁の前(実線で示した位置)に定位してしまい、シラケてました。

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今は、意識しなくても壁の向こう、あるべき位置で鳴っているのが聴こえます。
変な言い方をすると隣の押入れの中で小さい人が楽器を吹いてるような感じ・・
このほかにも4本のホルンも押入れの中にいたり・・

ただ、まだ完全に良くなったわけではなくて別な盤でいちばん奥にいるべき合唱が壁に張り付いて聴こえたりして悲しくなったりすることも実はあります。
音場の奥行き用空間を取りたかったらスピーカーを手前に下げればいいんでしょうが、定在波の影響で低音が極端に下がって笑います。
自分の位置を下げようにももう後ろは壁。
部屋というよりリスニングブースみたいな感じ・・
そんなのオーディオじゃないよってみんな半笑いでしょ。
それでも自分はリビングオーディオは嫌です。
理由は今までゴニョゴニョ書いてる感じで・・
半笑い環境に立ち向かっていくってテーマでやろうかな。

CDをやめてデータ再生にして音楽の聴き方がどうかわったか

タイトル大袈裟ですが昨日聴いた曲

ニールセン 交響曲第4番「不滅」全曲
メンデルスゾーン 交響曲第5番「宗教改革」の第1楽章
チャイコフスキー 交響曲第1番「冬の日の幻想」のフィナーレ
イベール バッカナール
シューマン ペダルピアノのためのスケッチ Op.58: Allegrettoをオルガンで
バッハ パストラーレ ヘ長調 BWV 590

CDだとディスク架け替えで結構しらけるので絶対にこんな曲順で聴きません。
1枚の盤から短い1曲だけ聞いて盤取り換え・・なんてしない。

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データ化すると、指先で選ぶだけだから思いつた物を聴いてみたり・・・
いままでなら聴かなかったような曲まで聴くようになりました。

宗教改革を全部聴くつもりだったのですが、これじゃない感が出てきてしまい・・・
冬の日の幻想は全曲聴く時間がないのでフィナーレだけ・・

イベールのバッカナールは吹奏楽団がコンサートでやりそうな曲で、私はこういうの苦手なはず。
でもなんとなく主部のハチャメチャな感じの曲想が結構おもしろいとは思う。
CDだったら出して聴いてみようなんて思わないと思う。

中学生のころはこずかいを貯めてやっとの思いで買うCDだったので、手に入れたら絞るように聴きまくった。
その後CDの価格破壊でいろいろ買えるようになるととりあえず買っとくか、みたいな買ったはいいが聴かない曲というのがあります。
こんな感じで死ぬまでに1曲でも多く聴いてみる機会ができるとすればそれは良かったんだと思う。

シューマンのペダルピアノのためのスケッチはいい曲ですが短い曲でこの1曲だけを聴くためにCDを出し入れというのはしないです。
Peter Hurfordの演奏、デッカの録音ですが、鳴っているパイプの位置が左右だけでなく奥行きまで見えるような録音。でも実際、客席で聴いたら絶対にこうは聞こえないですよね。
演奏台の近くというかファザードの前に立って格子窓みたいなところから中をのぞくとパイプが並んでいるのが見えたことがあります。あそこから3mくらい後ろへ下がった空中で聴いているみたいかな?
文句めいてるけど結構面白いと思ってもいる。
録音エンジニア?プロデューサー?が、「実際の現場と同じに聞こえること=良い録音ということではない」と考えているのが強く伝わってくるようで考えさせられる。
普通はそんなこと考えずにただ楽しめばいいんでしょうけど。

最後のバッハは30年くらい愛聴してきた盤です。上記のものよりはずっと自然。部屋の中が天井の高い協会になります。
これもよく考えると、空間的な響きはものすごくリアルですが、鳴っているパイプの位置の移動がこんなによくわかることは実際ないような・・・と思わないでもない。
といっても、実際と同じようにファザードの向こうでなんか鳴ってますね・・みたいなのが目の前に現れるだけだとつまらないかもしれない。
本当のリアルな録音と実演と同じくらい楽しめる録音は違うんだろうな・・
といって過度な演出を感じちゃったらシラケるだろう・・
そういうところにレコード製作者の芸術性みたいなものがあるんだろうな。

都内のオルガンを持ったホールがランチタイムコンサートとかいって、平日の昼間に無料とか500円くらいでオルガンを聴かせてくれます。一時期、訳があってよく通った。
久しくいけてないな。
ヨーロッパの教会でも聴いてみたいなぁ。

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聴き終えて、スマホを見るとパート練習をやるからおまえも来いみたいなメールが着ていた。
もっと早く言ってくれれば・・・
音楽聴く余裕があっていうのもあれだけど、いろいろあってこの時間から急に出かけるわけにいかない。
行きたかったけどなぁ。

楽器もオーディオも自分がしっかりしないと

むかしちょっとやって辞めちゃった楽器をまたやっているわけです。
演奏以前にあるべき音が出るのをめざすわけですが、簡単な一点のはずなのにできない。
できなければできるまで目指さなくちゃいけないのにあわあわして自分流の間違ったことをやりだしたり、俺にはできないんだろう、俺はこんなもんなんだろうなんて考えが出てきたり・・・
心が弱いと何をやっても駄目ですね。

オーディオも
先日素晴らしい体験をした盤があったのでそのことをここに書くために、再確認のつもりで同じものを聴いてみたら全然だめだった。。チェロがいつもと違う位置で鳴ってる・・ダメな時の場所だ・・そう認識した瞬間からもうダメ・・・

こういう時、すぐにあわあわして電源の質か?とかスピーカーの角度か?とかやりだす。
(実際もういまはやんないけど)
でもそれ、変な練習というか練習だと思っているのは本人だけで無駄に時間が過ぎている・・というのと似ているかも。

一つ具体的な要素として音量があったかもしれない。盤ごとに適正音量が違うから、前にレベルの低いものを聴くとアンプのボリュームが上がっている。
音量が上がると音が濃く聞こえたりしていいようだけど、異常に狭いうちの場合は、無駄な反射音や直接音が聞こえすぎて定位を乱す可能性がある・・・でもそんなに音量出てなかったよな・・

20年くらい前にステレオグラムというのが流行った。。一見意味不明な絵でしかないそれ、コツを覚えると奥行きを持った立体に見える。。一度見えてしまえば自分と絵の距離や角度を変えても立体は崩れず、動きに合わせて絵も動いて見えたりする。。
その代わり気が散って見えなくなると・・もう平面にしか見えない。。

オーディオって機器だ部屋だとやっているけど、聴き手の聞き方とか精神状態も大きな要素として存在してるんじゃないだろうか?

本当に良いオーディオというのは、2本のスピーカーのセンターにいなくても、寝そべってても、そっぽ向いてても、ボーっとしてても疲れててもハッとするような音場とか定位感とか音色が展開するもんなんだろうとも思う。
でも、残念ですが、そんなものは手に入れられていない。
たぶん一生無理・・・
↑こういうネガティブなことをすぐいう人は多分楽器もうまくなれません。
もっとがんばろう。

ここまで書いて、
もう一度その盤、その曲を聴いてみた。
昨日よりはだいぶ良い・・・いや、かつては聞こえなかった細かい音も出てるな・・
でも、あのびっくりした状況とはちがうなぁ・・
などという感じ。
30分ほどの曲なので一通り聞き終えてもう一度聞いてみる。
気になる場所、先ほどに比べると合唱がずっと後ろに下がった位置から聴こえており、30分の間に何かが変化している・・
機器の温度上昇?電源状況の変化?
そんなのより自分の側の何かじゃないかと思うんだよな・・・・
でも、まだあのびっくりするような光景は見えてこない・・

こういうのを、勘違いだだ思い込みだと嘲笑する人も多い。
体験したことのない人にはバカのポエムに見えると思う。

いいのそれで、いろんなことをすべて分かり合うなんて言うのは無理なんだから。

 






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※この絵はステレオグラムじゃないです。

回転式音楽再生をやめて何が変わったか2

CDをやめてデータ再生にしたところ、定位感のほかに音色、響き・・そのほかも大きく変化したりして、あっ!っというのがたくさんあったんですけど、とりあえず先日感じたことなど

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ブラームスのヴァイオリン協奏曲を聴いていて・・この盤もう30年聴いているんです・・・
提示部の終わりのほう、2つのヴァイオリンパートがオクターブで下降音型を奏する場面・・

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いままで、こんなイメージで聞こえてたんだと思うんですが、全然違う響きが聞こえて はっ!としました。


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絵じゃ伝わらないですよね・・・このオクターブ感が、定位感の正確さだけでなく、音色表現と、空間に響いている感の表現と・・そういうものが一体となって・・・

この手前まで、メランコリックな旋律・・木の葉が舞い落ちる秋のような情景・・を歌ってきてるんですけど、ここはもうすべての葉も落ち切った冬の景色になってるんですよね。動かない冷たい空気というか・・
その冬感が目の前に展開してるんですよ。横方向だけじゃなくて奥行き方向にも音に寒色系の色がついて見えるというか。その周りの空気みたいなものも感じるんですよ。 
よく言う、目の前で演奏しているその場に立ち会っているかのような・・というやつか・・・
いやそれより、音楽の持っているすごさみたいなのが自分に殴り込んできた感じ。。

こんな素晴らしいものがこの録音の中に入っていたのに、いままでそれを感じられていなかった・・

本人は感動して喜んでいますが、端から見ると「こいつ何言ってんの?」て感じでしょうか?
でもあーそういう感じね・・とわかる人もいますでしょ?いるといいなぁ。

以下、何回もおんなじことを書いて年寄りだなという感じですけど・・
定位定位って・・実際のコンサートではこんなにはっきり音が分かれて2つのパートの奏者の位置に定位するなんてことはありません。
実演はあたりまえですが演奏者の様子が目から入ってきます。
視覚から感じられることって大きいんですよね。音楽は目でも聴くもんだよなと私は感じています。
視覚情報がないオーディオ聴き状況では、それに相当する情報がないと等価の情報を得たことにならないと自分は感じています。
コンサートと同じ音が目の前で鳴っているというだけじゃ足りないんですね。

こういう話は何言ってんだこいつは馬鹿か?という人も多いでしょう・・
どんな音楽をどんなふうに聴くのが好によってオーディオに求めるものも違ってくるんでしょう。