大晦日

昨日オーディオ系ブログを流し読みしていたらどこでか忘れましたがアンプのメーターの写真が印象的でした。
昔、オーディオの象徴でしたよね。
興味を持った中学生のころ、オーディオなんて買えるわけもないので雑誌を眺めて喜んでいました。
なんとなくメーター=高級品という印象があり、自分もいつかは・・と思いながら。
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今うちにあるのにもメーターついてます。
写真を撮るためにバックライトを点けてみましたが、普段はランプも針の動きも止めています。
音楽に集中しなきゃならないときに横でなんか光ってたら、気が散ってしょうがないんですよ。
導入したときはワクワクしましたが、メーター稼働したの1日くらいかな。。
私にとってオーディオは目的ではなくて、音楽を聴くための大切な手段。


今年、正確には昨年末からですが、楽器をやるそれも一人でではなくて団体に所属する。。というのが私の一大テーマです。
思うんですけど楽器というか音楽をやろうと思ったら、人懐っこさと俺を聞けー!みたいな自己顕示欲が必要だと思うんですよね。
私、幼い時から一人鎖国みたいな感じで生きてきちゃっててそのあたりが全く足りないんですけど、来年・・死ぬまでにでもいいけどなんとかできるでしょうか・・・でしょうかじゃなくてがんばれってことですね。

昔、指揮者の岩城の本に「楽隊なんてみんなスケベだ」なんて書いてあったけど、えっとまぁいいか。

楽器は上達どころか、ピンチ状態に陥っていて・・まぁそれもいいか。がんばろ。
こんな人間を相手にしてくれる方に出会えたのが今年の何よりのできごとで、もう感謝してもしきれません。

訳があってもう何年も行けていないのですが、長期休暇には旅行をするのが楽しみでした。
人がたくさんいるようなところは苦手。だーれもいないようなところに行ってボーっとした時間を過ごしたい。
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いいでしょこの駅、待合室がヨド物置。
JR北海道もピンチ見たいだけど・・

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もっとずーっと行った先にあるこの場所。ここをなぜか気に入ってしまい、何度も行きました。
死んだらここに散骨してもらおうかと思っていたこともあったけど、寂しいかなー
真冬のここが見てみたかった。地吹雪なんかにあうと地元の人でも命の危険にさらされるらしいですが。

散骨してもらうならサントリーホールの2階席がいいかな。
ずっと音楽が聴けるかな?掃除機で吸われちゃうか。

来年はもう少し前向きに生きられたらいいなと思う。






著作権でびびる

最近、楽譜だけでなく音もあったほうがいいかと思って手持ちの音源を動画にしてYOUTUBE→ブログに表示とやってみているんですが、著作権のあるものだしまずいかなと思ったりしていました。
思ってんならやるなという話でどうもすみません。
でアップロードするとこういうのが出てくる。
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本当にすぐ出てくるので逆に感動してしまった。音情報がデータベース化されていて一致するものがないか超高速で検索するということ?
すげーな。
で、怒られるのかと思うと”これらの条件に同意する場合は、何もする必要はありません。”
なんかいいらしいのでそのままやらせてください。

ちなみにこの音源はワルター指揮コロンビア響1960年のものです。
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何度か再発されてますがこれは1988年ごろに発売されたもの。
録音時のプロデュサー、ジョン・マックルーア自身がトラックダウンしたのでマックルーア盤とその筋では(どの筋だって話ですがワルターファンでしょうか)呼ばれています。

この盤、第1楽章のコーダ付近に編集ミスがあり、第2ヴァイオリンがヴィオラの位置で歌っていたりします。
場所フェチなので困りものですが、その後の盤(修正されている)より自然で生き生きとした音のこの盤を愛聴しています。

もっと言うとこの盤、何十年も前にある評論家が言ったらしい、録音用の臨時オケだから駄目だとか、減の数が少なすぎてだめだ的苦言が必ず出てきます。
でも私はこれ好きです。






ブラームス交響曲第3番への誤解

ブラームの交響曲第3番について、聞き比べネタを書こうと思ったのですが、この曲についての考え自体が変わってしまったのでそれを書かせてください。
大変有名な曲でこの曲を愛する人もたくさんいるでしょう。私のような虫みたいなのが、なんか書いているのを見て不愉快かもしれません。虫の言う事と思って無視してください。

ブラームスの英雄交響曲と呼ばれることのあるこの曲、表題のない絶対音楽でありながら全曲を通して大きな何かが描かれていることは間違いありません。
マーラーが演奏会で指揮した曲のリストを見たことがありますが、その回数から彼もこの曲を気に入っていたんだと思います。ちなみに、4番は内容がないと嫌い、一度も指揮しなかったみたいです。(もちろん内容がないわけないですが)
私はこの曲を高校生くらいで初めて聞き、以来好んで聴いてきました。
本当につい最近、昨日まで、この音楽はある人間が闇との戦いに打ち勝ち、平穏な心境で終わっていくという曲だと思っていました。
でも今、そうではないと思うのです。
この英雄は若く、勢いのある・・という人物ではありません。人生の真昼を過ぎ、自分の死までが視野に入った・・厄年を超えたような。。。
ブラームスは生涯一人でした。でも彼だって、家庭を望んだし、当然自分にもそれができると思っていたと思うんです。ある時までは。

曲知らない人のためにざっと・・説明のために細かいストーリのようなものを書いていますが、本来あまり細かく描写的にとらえて聴く曲ではありません。念のため
第1楽章はこの人間(英雄という言葉はちがうと思う)の姿。強い意志を持ち、ダンディで・・

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第1楽章冒頭
ここ知らないと後半の話が分からなくなるので音もつけましょう。

最初の3つの音はモットーとか言われていて、自由にしかし豊かに・・だったっけ・・何度も出てくる重要なものです。
続くヴァイオリンの力強い主題がこの人間の意志というかこの人自身。


極めて重要な第2楽章。68.png
ブラームスらしい木管中心の音楽で始まります。休息の時というか・・すばらしい・・そこへ

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練習記号Cから・・なぞのネガティブな音楽が・・・漠然とした不安・・しかしその正体はみえない・・
(本当はわかってるんじゃないのか・・)
3部形式なのでまた冒頭の音楽が変奏され曲を閉じますが、終わりにまた一瞬不安がよぎります。。



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寂しさが花になって咲いたような第3楽章を経て


第4楽章、71.png
暗く怪しい世界。また不安主題が現れ、その後の緊張が何に対してであるかを暗示します。・・厳しい態度で突き進む・・素晴らしい音楽。

そして、、
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クライマックス。第2楽章でほのめかされた漠然とした不安がついに実体化し、この人間はそれと向かい合います。
トランペット他の3連符+2分音符は不安主題の変形であると同時に間違いなく(ベートーベン交響曲第5番の)運命主題でなのあり、漠然とした不安とは避けられない運命(私の今の考えでは一生孤独だということ)であったことがはっきりと示される。

ここで、私は思い違いをしていました。この戦いの場面で英雄は運命に打ち勝つのだと思っていたのです。
でも違うと思う。この場を押し切るように突き進みますが、すぐ突入する再現部ではさらに厳しい戦いの音楽が続く。
勝利の叫びや安堵の表情は一切聞こえ無いんです。

コーダに入ると急に力を落とし弦楽器のさざ波のような音型にのって一見平穏な音楽となる。
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ここで運命主題が鳴っている・・これを私は、回想というか粉砕された不安主題の残像だと思っていました。
でも、残像にしてはしっかりはっきりと存在している。よく見ると光も当たっている気がする。夕日のような・・
温度もある気がする・・・・

思うのです。運命に打ち勝ったのではなく、
受け入れたのだと・・

運命を自分のものとして自分の中に取り入れた。

そして、62.png
第一楽章第1主題が回想されますが、あの力強さはなく、しかも花びらが散るようにその姿は消えていきます。
戦おうとする自分はもういないのです。。これでいいんだ・・・

と、一人でナルシスト的に盛り上がっていますが、私自身が厄年をを超え、この心境がわかる気がするのです。(私は結婚できましたが)
かつてどこかで読んだ、ブラームスのシンフォニーは40歳を超えないと本当のことがわからない・・
みたいなこと・・なんだよそれなんて思っていましたが、いま、そうだなーと。
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で、最後の第1主題が回想される部分、弦楽器で演奏されますが、ピアノ音楽的な分散和音でできています。
もうその姿ははっきりしていないんです。
すばらしい・・・ただ、ここ、そういいながらも聴き手に主題をはっきりと認知させることが難しいらしく、昔から弦の何本かが主題をそのまま弾くみたいなカンニング的工夫がされてきたそうです。
ということで手持ちの音源から・・
あえて演奏者は伏せます。

Aは多分楽譜通り。いいですね。泣きそうです。
Bは多くのヴァイオリンが旋律をそのまま弾いておりわかりやすいですが、作曲者の考えたコンセプトは台無しです。
屁理屈言ったって聞こえなきゃしょうがないだろ的な現場主義でしょうか。
この盤、ファンも多そうで文句言うと怒られるかな。
その後のティンパニをどうたたくかってのもあるんですが、これはトレモロでなく楽譜の通り数刻んでますね。。
Cは昔から一部で不評らしいですが、私は好きです。。フルートが加勢してますね。全然違う楽器なので弦のやってることはよく聞こえます。ただ、演奏の工夫を超えて勝手な編曲だと批判されても仕方ないのかもしれません。
ティンパニはトレモロだ。。

マーラーはここ、どう演奏したんだろう・・意外にも楽譜通りだったりして・・

今もうひとつ気になっているのは
運命を受け入れたところでずっと鳴っている弦のさざ波は2楽章の安らぎの音楽を支えていた
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この波(メロディから派生したもの)と関係あるのかということ。
そんなマーラーみたいに屁理屈いって聴くのはまちがいだ!といわれるかもしれません。
虫の言うことだと思って・・


この後に書かれた交響曲第4番は色気もなくなり、枯れたような悟ったような出家したような音楽ですね。
もうすぐ、4番の心境がよく解ると思う日も来るんでしょう。

楽器洗った!

幼いころ見たテレビ番組の記憶。司会の一人が黒柳徹子だったのは間違いない。もう一人は多分芥川也寸志だったんじゃないかと思う。
ラッパのでっかいのが出てきたと思ったら水を入れてみましょうとか言いだして、バケツ2杯くらいの水をベルへ流し込んでいた。
で、どうするの?!どうなるの?!とかたずをのんで見守っていると、これはこれで終わりです。
はっ?
みたいな・・・・

で約35年後自分も同じことをしました。
これは私所有の楽器です。水洗い後。
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B管のテューバです。かっこつけてコントラバステューバくらい言っちゃいましょうか。
洗い方は師匠から教えてもらいました。
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抜き差し管は全部抜いて・・・
本当は洗剤入りの水にしばらくつけこんどくと良いようですが、楽器が大きすぎ、うちの浴槽には入りませんでした。
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湯気でなんだかわかりませんが、管の中に水を入れた後、ワイヤーの先にブラシがついたこれで洗います。
見ての通り長い管をらせん状に巻いた構造なので水を入れようと思うと楽器をぐるぐる回転させる必要があります。
普段から重たい楽器ですが、水にぬれて滑るし水の重さも加わって・・・
すすいで、水を抜くときも大変。回す方向を間違えると、いつまでも抜けない。
私は頭が人一倍悪いのでどっち向きだかわからず、適当に回してみたり・・
よく話題になる謎の緑色物体は出てきませんでした。
師匠曰く、オイルやグリスの溶けたものが管内に付着しているので定期的に落としたほうが良いとのこと。

私、まだへたくそ過ぎて楽器ブログみたいなのはできません。
来年は頑張りたいな。
素晴らしい人たちと知り合えたのでいつかこのブログ上でご紹介したいなと思っています。
えっテューバってこんな楽器だったの?みたいな・・

それ以前にそもそもみんなテューバってどんな楽器だか知っていますでしょうか?
まぁいいかいまはそれは。

自分がテューバをやりだしたら、今までさんざん聴いてきた曲も演奏も、テューバをちゃんと聞いていなかったことに気付いたんですよ。
結構やってんだから。。俺がじゃないけど。。

ドビュッシー 夜想曲の謎の版

ドビュッシーの夜想曲、月明かりの下、シレーヌが歌う3曲目。
前半はちょっとくだらないです。
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ソプラノが2グループに分かれてリレー。息継ぎなしのエンドレスな歌が続きます。
せっかくそう作ってあるんだからそのように聴けばいいんでしょうが、つないでいるところわかるかな?
音像が移動するかな?
みたいなことを考えながら聴いてします。
ちょっと馬鹿かなと自分でも思う。
でも、オーディオなんていってる人はそれくらいしますよね?

次はだいぶ先
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シレーヌたちが歌っています。
厳密にはこの楽譜も通常演奏されるのとは違うVer.なんだけど、今はそれは置いておいて。

デュトワmsoの該当箇所です。


シレーヌは歌っていなくて、オーボエとイングリッシュホルンがハモってますよね。
これ何なの?というはなし。。指揮者が勝手に変えた・・みたいな単純なものじゃないでしょう。

思い出したのは昔読んだ本で、エルネスト・アンセルメへのインタビュー。
アンセルメが、ドビュッシー宅を訪ねたると彼が夜想曲のスコアを持ち出してきた。
みると赤鉛筆、緑鉛筆などで様々な修正がされている。
A:「それで、どれが正しいんですか?」
D:「それが自分でもわからないんだ。このスコアを貸すから、いいと思うものを選んでくれないか?」
その時自分が作ったスコアでアンセルメはこの曲を録音をしたという。。
それはオリジナルではないアンセルメ編曲版といえるものかもしれない。
でも素材はドビュッシーが書いたものだし、選んでくれって言ったのが本当ならそのスコアは単純に批判されるべきものでもないだろう。
で、今思っているのはデュトワが使ったのはアンセルメ版じゃないかということ。
そんなの、アンセルメのCDを聴けばすぐわかることだけど・・それを言ったらおしまい言うことで。
レコード会社が同じデッカでデュトワはアンセルメ後継という位置づけだったんでしょ?
会社がプロデューサに珍しい版のが話題となり売れるからこれを使わせろ・・とかいったりするものなの?
おわり

よく、オーケストレーションの話で楽譜をそのまま演奏すれば作品になる作曲家と楽譜を音にするだけでは作品にならない作曲家がいる。という話があります。
どちらが優れているとかじゃなくて。
ラヴェルが前者でドビュッシーは後者みたいな・・演奏者がドビュッシーの音楽を作っていかなければならない。
このスコアを見ているとものすごく細かく書き込まれていて聴き手もただ何となく聞いているだけではダメなのではないかと思う。
ボーっと聴いても心地よいBGMにはなる。でももっとすごいものをもった音楽なのではないか?

サンサーンス交響曲第3番で

前項でオルガンについて書いて、次にこの曲だとベタ過ぎて負けたみたいですけどね。書きたくなっちゃった。
サンサーンス交響曲第3番ハ短調作品78・・
音楽なんて聴かないようなオーディオマニアも聞くらしいオーディオ名曲。
そんなこと言ってないでまじめに聴いてもいい曲ですよ。
色々ありますがとりあえず最大の見せ場、第2楽章第2部冒頭。
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澄み切ったト長調和音の余韻が消えると、問答無用のハ長調主和音でオルガンが登場ーーー。
マエストーソ=荘厳にってここで覚えた。
楽譜をよく見ると一回目のオルガン、てっぺんの音がGなんですよね!
ここ、その上のCも鳴ってると思って聞いている人いるんじゃないでしょうか?
オルガンて、こういうとき楽譜の音のオクターブ上とか下の音も同時に鳴らすから、そう聴こえちゃうんですよね。
えっ?わたしだけ?
ちょっと聞いてみますか?
初めて聞いたのがデュトワN響だったので。デュトワMSOが愛聴盤です。
でも細かいところ、N響のがよかった気が。。30年たってもまだ耳に残ってます。、このCDの演奏は細かいところ、荒いと思う。
もう一つは最近気に入っている巨大戦艦みたいなスヴェトラーノフ スウェーデン放送交響楽団 ライブ

後者はGな感じ少ししますね。でもどうしてもCが勝って聴こえちゃう。

ずっと先、中間の山場。
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こういうの良くありますが、トランペットの1番、高い音は出ないでしょうからと、途中からオクターブ下に降りる。
こういうとこ、音楽的にほしいからと上の音を書いちゃうと、楽器の扱いを知らないみたいな烙印を押されちゃうんでしょ作曲家は。
このサンサーンスっていうおじさん自身が他人に向かてそういうことばっか言ってそうなイメージがありますね。
当時からすごい奏者は吹けたんだろうし、今の人にとってはわけなかったりするので上でやっちゃう演奏があります。
近年、そういうのは楽譜道理やりましょう・・ていうのがはやりですが、、

われらがデュトワMSOはスカッと上行ってますね。。
いいな!と思う反面、この曲にふさわしい楽音の域を超えてる気がしないでもない。
スベトラさんのほうは・・楽譜道理ですかね・
この演奏の場合、もうそんなことはどうでもよくなっちゃっててこの巨大戦艦的なテンポがいいですね。
作曲者が想定したテンポとはたぶん全然違うけど、異様な説得力があります。
パターンやってるヴァイオリンが一瞬オクターブ上がるとことか、ティンパニーがパターン叩くとことか、あっこういう曲だったの!?みたいな。ティンパニのffなんかテンポが速すぎると生きないもんね。。
よくある、ものすごく遅い演奏、ていうのはイヤーなイメージがあるんですが、これはいいな。
昔聴きすぎてあきちゃた(どんなに聴いても飽きない曲もある)この曲をもう一度楽しませてくれます。
この曲も色々聴きどころがあるのでまたいつか・・

ブラームスとスーパーウーハー

マラ4ネタを続けて書きたくてしょうがないですが、マーラーばっかりでもつまらないと思うので。
住宅事情的にスーパーウーハーなんて置けないと以前書きまして、じゃあもう書かなきゃいいじゃんという話ですが。
スーパーウーハーなんて言うとリヒャルト・シュトラウスとかいうイメージでブラームスなんか一番遠い感じですかね。。
もう一昨年になっちゃいましたか東京芸術劇場にドイツ・レクエムを聴きに行ったんですが、あそこだからオプションのオルガンも鳴らしてくれた。
たぶん32フィート管も鳴らしてた。
でいきなりですけど全曲中の山場といえる6曲目の嵐が終わってハ長調のフーガに入ったところ。
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主題が出そろってこの間奏みたいなところへ入った時、オルガンのペダルによるCが、ホール全体、地の底がなっているように響き渡った。全地上、全世界という感じで。その上にオケと合唱が作る神の巨大な神殿が出現するのを見た!・・気がした。
感動は後からついてきて、その時は驚いて釘付けになっていたと思う。
こんな人間でも、あんな体験ができて幸せです。
あの世界は、自宅では再現できません。
でも、これはもうしょうがない。

バッハでよく数字の話が出てきて3は神、4が人間をあらわす・・みたいなのありますよね。
ここもスコアを見てみると一番下のコントラバスが4(8)=人は地上に、その上、チェロとヴァイオリンが3連符=天空に神というように見えるけどこれそうなのかな?
ここの素晴らしいところは、そんなことを知らなくても、歌詞の内容を理解できなくても、この3連符は神の光に見える(聴こえる)こと。
この曲を初めて聞いたのは中学生のころ。
サヴァリッシュ、N響、フィッシャーディースカウとユリア・ヴァラディ-・・でした。
訳が分からないなりに光をみました。
ティンパニのロールもなんか空からふってくるみたいな・・
すげーって・・
家族から「おめーなんか第九でもきいてろ!」なんて馬鹿にされながら・・・
これ第九じゃねーよとか思いながら・・・

この曲を聴くと、本当に頑張って生きようと思いますよね。
フォーレのレクエムは逆に死んでもいいかもなと思っちゃいますけど。。

音源貼ろうと思ったけど、あの感動が伝わらなそうなので断念。

マーラー交響曲第4番の出だし

ある方から音でも確認できると良いよ。といっていただいたのでやって見る第1弾。
クリスマス音楽なんて鈴鳴らしときゃいんだろみたいなネタを書こうかと思っていたのですが
クリスマス終わっちゃいましたので、全然関係ないけど鈴で始まるマーラーの交響曲第4番。
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鈴が印象的な序奏の後、ヴァイオリンが歌いだし4小節目からが本編。
昔から音楽的に自然な流れで3小節目で思い切りテンポを落とし、ゆっくりヴァイオリンが歌い始める・・
的な演奏がされてきました。でも実は楽譜上のどこにもそんなテンポ指定はない。よくみるとクラリネットにだけpoco ritの指示。ほかのパートには何もない。
普通の作曲家の作品なら、書いてなくても全体のテンポを落として・・ってな演奏でよいはず。
でもマーラーだから、そんな単純な話じゃないんじゃない?
クラだけ落ち着いてあとはテンポ変えないえないんじゃない?
というのが最近はやりの解釈。数が決まっている鈴とフルートは先に終わっちゃう。
2重テンポが同時進行とかいかにも面白いけど、完璧主義者のマーラーがこれを効果として狙うんならほかのパートにnicht ritくらい書いたと思う。ただritじゃなくpoco ritなのもポイントだと思います。
派手にやったら間違いでしょう。
でとりあえず4つくらい音源を用意しましたので聞いてください。
前半の二人は昔の全部ritする派、後半の二人は最近派。

どっちもいいですよね。
ブーレーズのこんなとこいちいち歌わないよ的にさっさと行っちゃう感が笑えますね。
でもね、一番楽譜の景色が音になってるのはブーレーズだと思うんですよね。
好きかどうかは別として、あっそうか!って教えてくれることが多いですよこの人のマーラー。
何だこれと思って楽譜見るとあーっ!書いてあるー!みたいな・・・

ワルターなんてマーラー本人とこの曲について何度も語ったことがあるんじゃないかと思う。
といって、ワルターが正解というわけでもないだろう。彼らは不慣れな聴衆やオケにマーラーを紹介するため、その前衛性をあえて隠した演奏をしていた可能性があると思う。
もし、マーラー自身の演奏が録音で残っていたとしてもそれが正解かわからないと思う。
「何が正しいかって?そんなことを決めるのは馬鹿げてる。生きた音楽はその時々に生まれるなのものだ」
とか言いそうじゃないあの人?
細かいところ、毎回変えたと思う。
非常に理知的な反面、とても感覚的な人だったんじゃないか?
こういうの、どれが好きか?はいいですが、どれが正しいかなんて誰にも決められないですよね。
色々楽しめばいいんだし。
あー楽し。

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音楽とトイレ

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今日はクリスマスイブですね。
じゃ不謹慎な話でも。
冬になって気温も湿度も下がってくるとオーディオ的に音が良くなった気がしてきます。
雨上がりに遠くの方までやけに澄んで見える景色、あの感じ。
先ほども古い録音のマーラーを聴きましたがよかった。。
でも寒いとトイレが近くなるんですよね。交響曲1曲を聴ききることができない。
せめて楽章間で。。なんて思うのだけど、我慢できなくなって一時停止をしてトイレに行ったりして。。。
音楽や演奏に対する冒涜かもしれません。
ある方から加齢が原因ですよと教えてもらいましたが、正直に言いましょう。若いころからです。
今はダメ。と思うと行きたくなる。何か病気なのかもしれない。
うちはまぁどうでもいいとして、緊張が走るのがコンサート。
マーラーなんかどの曲も演奏時間80分とか、、3番なんて100分超えか。。
頼むから持ってくれ・・と思いながら開演前に何度もトイレに行っているのは私です。
サントリーホールなんかドリンクコーナーもさすがって感じでお酒かコーヒーか知らないですが優雅で美しい時間を楽しんでる人たちがいますね。
その横をあんなもん飲んだらアウトだとか思いながらトイレへ向かう私。
ダメだねーわたし。生まれてくる場所も生きてる場所も違うんですよね・・
サントリーホールといえばトイレ行列ですよね。トイレ小さすぎ・・
マーちゃんでしたっけ有名なもとステージマネージャーの本にも「いろいろ考慮された素晴らしいホールだが、トイレが少ないのだけは失敗」とあったような。

大曲の第1楽章展開部くらいでトイレな予感が来たときは絶望的な気持ちになりますが、幸いまだ事故っていません。
一度だけピンチになったことがあります。曲はリストのピアノ協奏曲だった・・
あーもうすぐおわるー!

こんなこと書いててろくでなしですね。

LANアイソレーター

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いれたのは2年前くらいの話になってしまいますが・・
apuの手前にある小さな黒い四角いものはLANアイソレーターACOUSTIC REVIVE RLI-1というもの。
名前から察して、高周波で使える絶縁トランスでしょう。別に魔法の箱ではないですね。
トランスで絶縁すればコモンモードノイズは遮断される。絶縁トランスの1次ー2次間のCによって・・とかは当然考慮、対策された設計なはず。
周波数にもよるかもしれないがノーマルモードノイズは通ってしまうと思います。トランスってそういうものだから、そこは最初から無理。
信号の周波数が高いのでコアはフェライトかファインメットでしょうか。
この辺はオーディオと関係なく電気的に説明できる話でオカルトでも何でもない。
この手前、階下にあるHABからここまでLANケーブル長は7m。LANケーブルとしては少しも長くないし何の問題もない。
LANの信号云々とは関係なく、このケーブルが外界からの誘導をうけて電圧を発生させるアンテナとして働いてしまう可能性はあります。
その手前の機器からコモンモードノイズが伝わってくる可能性もある。
LANの信号が汚染とかいうことではなくて、ケーブルが接続されたAPUのなかにコモンモードノイズが入る可能性があり、それをこのトランスで遮断できるということは説明がつきます。
これを入れれば音が良くなるというような単純でハッピーな話ではなく、何かしらの電気的な変化の可能性があると言うこと。
APUに入ったノイズが信号に対してどう影響するかはまた別問題、そのしくみは詳しくわからないが影響があると推測すると上記の理由から、このアイソレータはAPUに対して最も下流側となるAPUの入り口に接続するのが効果的であると思う。
よそで理屈的に上流側につけるべき・・とあったが・・納得できる理屈は書いてなかった。・・考え方はひとそれぞれか。
計測などはしていませんが、聞いてみてこれのありなしで音は変化はわかります。
あれば音が落ち着くというか。。その気で聴けば変化を感じられる。これら機器関係の電源をスイッチングからトランスー整流化したときとにている。
最終的には入れて落ち着いた音の方がよいと思うのたが、はじめはそうでない音をくっきりしていてよいなんて思ったりもしてしまう。
よく書いてあるような激変!大当たり!なんていうほどのことはない。
上流、下流の機器比べも当然やりましたが下流側に入れたほうがいいと感じました。
でも例えば突然誰かが設置場所を入れ替えたりしたら・・多分気づかないだろう。。
抜いちゃっても気づかないかも。
でも、あるとちがう。

わずかな変化を積み重ねていく。。このころはこんなことしてた。