回転式音楽再生をやめて何が変わったか

CDPやめて音源をデータ化したら音質も飛躍的に向上しました。
具体的に何がよくなったんだよ・・・と誰も気にしてもいないと思いますが・・
その要素がいくつかあるんですけど、思い付きでひとつづつ・・・
場所フェチなのでその件から

極小部屋でスピーカーと部屋側壁との間に距離がとれなくて苦悩していました。
でも大方の録音は何とかなってたんですよ。
いきなり暴論ですが80年代以降の録音なんかだと、スピーカーの配置が多少適当だってきちっと定位しちゃうんですよ。
困っていたのはステレオ黎明期1957年~1963年くらいのもの。。当時の録音技術のせいなのか、当時の再生装置の特性ですステレオを聴きなれない一般聴衆にアピールするための音作りだったのかわからないんですが、弦セクションがスピーカーに引っ張られるんですよね。


例えば第1ヴァイオリンとチェロが
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こんな位置にあるべきだったとしますよね。(この絵実際見てるのと少しイメージ違いますが・・)
それが、

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こうなっちゃうんです。ちょっと極端に書いてるけど。
こんなステージの端に固まって演奏とかあるわけないですよね・・
でもね、学生時代に組んでたシステムでは同じ音源できちっと上の図のような配置に定位していたのを記憶しているから、古い録音だからダメということじゃないのは解ってた。
この辺の古い録音に気に入ってて一生聴いていきたいような盤がいくつかあるから困る。。
大好きな演奏なのに、ステージの端のほうでやってるみたいな状況が目の前に現れるとがっかりしちゃうんですよね。
壁の反射が大きく影響していることはわかっていたので一生懸命スピーカーの位置や角度を変えたりするんですけど、あっちを立てればこっちが立たず・・・
何せ狭いので距離の取りようがない、部屋を横長に使うと自分とスピーカーの距離が取れない・・
壁に吸音材なんて貼ったって全然効かない・・・流行りの音響パネルなんて置くスペースもない・・
これでいいかと思った配置も時間がたてば不満が出てくる・・・変えてみるとよくなったようだけどでもやっぱり・・・
しまいには壁ぶっ壊しちゃうか・・自分でできるかなくらいまで行ったりして・・

音源をデータ化して、電源とかクロックとかいろいろやった末の現在、あれほど外側にこびりつくようだった古い録音であっても、上の図のように正しい位置に定位しています。
それだけじゃなく、何人かの奏者が並んでる感みたいなのが見えるんですよね・・・
もともといい感じな定位感が得られていた録音さらにえっ!みたいな空間的実在感・・うまく言えてないですけど・・が得られるようになりました。

広い部屋で空間とって聴けてる人からするとプッって感じでしょうか・・

いろんなオーディオブログを見ていて思うんですけど、こういうことに興味というかこだわりのある方にはきっとピンとくるんだと思うんですけど、別な側面に焦点を当てている方からすると、それがどうした的な話かもしれませんね。。
どれが正しいんじゃなくて、ひとそれぞれ・・

50年くらい前の録音なのに目の前で演奏してくれてる・・

メロディーのひそかな受け渡し ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番

ピアノ協奏曲の総本山みたいなラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番


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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 第2楽章

ピアノがすごすぎ、オーケストラは伴奏役専門みたいになりがちなこの曲ですが、
第2楽章のオケ部は泣ける音楽じゃないですか。
ここ、第1ヴァイオリンが旋律を歌っているんですが、3章小節めの後半からその歌は第2ヴァイオリンにひそかに受け渡され終わっていくんですよね。
その時第1ヴァイオリンは相槌みたいな感じからさりげなく次を歌いだしているんですけど、この部分が大好きです。
なんとなく聴いてても音楽は流れていくんですけど。。。

食っていくためにピアニストでもあったにラフマニノフはこの曲を用意してアメリカで演奏旅行を行った。
その際なんとマーラーの指揮でこの曲をやったことがあったという。
ラフマニノフ曰く、練習時、予定時間終わっちゃってるのにマーラーが「もう一度最初から通す」みたいなことを言った。
大騒ぎになると思ったが、誰一人文句を言うものはいなかった・・だそうです。

聴きなれない曲にざわつく団員に対して、「諸君、静かにしたまえ。これは傑作だ」みたいなことも言ったらしい。。

なんて感動的で興奮させられるエピソードなんでしょうか。。
聴いてみたかったなぁ。

ブラームス交響曲第1番で

ドイツ音楽の総本山みたいなブラームスの交響曲第1番ハ短調。
中学生のころから30年くらい聴き続けてきました。
この曲を好きだといえないとダメ聴衆みたいな気がして無理やり聴いていましたが、正直のちの3曲とは違う何かを感じ、特に1楽章があまり好きではなかった。
この曲に開眼したのはつい最近、40歳を過ぎてから・・あるドイツの指揮者とオケの実演を聴いたとき。
ティンパニが歌ってたのが忘れられない。この音楽の現場の人たちというか、自分たちの音楽を、この曲こういう音楽だよ!と教えてくれた気がする。

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第1楽章提示部 第1主題部の後半

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再現部の同じ箇所。
まずペザンテなんて書いてあるところがまだあの髭じゃない若いブラームスだなと感じます。
再現部では提示部とほぼ同じ内容が再現されていますが、最初の高い音で吠えるチェロとコントラバス、提示部ではffだったのに再現部ではfひとつなんですね。(その分、提示部では黙っていたホルンとコントラファゴットが加勢してきます)
同じじゃないんだという事でしょう?
これみんなちゃんと聞きわけてました?
私はずっとボーっと聞き流してました。
というか演奏者もちゃんと弾きわけてるかな?これから聞く楽しみが増えたかも。

答える第1ヴァイオリンも音は同じことをやってますが、再現部では、A線のほかに隣のEの解放弦も鳴らせという指示が追加になってますね。提示部とおんなじだと思って聴いてたら間違いだということですよね。
ボーっと聞き流さないで、意識して聴けばちゃんと解放弦の音聴こえます。ああ楽し。

その下の低弦が半音階で下がっていくところ、ベートーベンの延長なんかじゃないブラームスの世界ですよね・・この半音階感もしっかり感じ取りたい。。

おっさんになって、もう面白いこともないかと思いましたが、まだまだ・・
音楽細かく聴いてやる。。


心にノイズ

イライラ、不安に効くという内服液のCMをみた。
みんな言わないだけで結構大変なんだろうね。

ほっとけばいいのに出てきてしまうあれ・・・忘れたらいいのに、そのまま居座りあたりを染めていく・・

なんか曲をと思って ショパンのこのノクターン
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強く主張するでもなく優しくきれいな歌を歌っていたのに、急に現れた不安の先から強いのが出てきて
「ちがう、お前はこうだ。わかってるだろ?」といって勝手に終わらせてしまいます。

ショパンはそんな事は考えてないでしょう。
自分の曲を深読みするシューマンのことを変なドイツ人とかいって笑ってる手紙を読んだこともあります。
この人の曲はそういうことを考えて聴くものじゃないかもしれません。

気持ち爽やかに過ごしたいですよねぇ。

CDの寿命と黒田恭一氏と私の・・・

また30年前の思い出話からですが、オーディオ雑誌で音楽評論家とそのオーディオ部屋で対談みたいな企画があった。
レイオーディオのでっかいスピーカと壁一面に並んだ大量のCD、まだ髪も黒く若かった評論家の姿が記憶に残っている。
対談の内容は忘れてしまいました(バカだったので理解できなかったのかも)が、評論家が大量のCDを指して「もう一生かかっても全部を聴くことはできない」と言っていたのは覚えている。中学生だった私が人間に与えられた時間が有限だということを初めて意識したのはその時だったからかもしれない。
それから20年くらい経った日曜日の朝、聴くでもなく車のFMをつけるとちょうど番組が終わりかけるところだった。
司会者の「今日も一日お気持ち爽やかにお過ごしください。」
という声を聴いた。ああの人だ・・・残りの人生でCD聴ききれない人・・・
黒田恭一氏のその優しい声と言葉は変な音楽作品よりも人の心に残るんじゃないかと思った。
その黒田さんが一生を終えられてからもう何年もたつ。
今は自分が人生の残り時間を意識するようになった。

かなり前になりますが、CDの寿命が30年程度だという話になってちょっと騒ぎになったことがあります。
普通の人は30年も持てば困らないでしょう。でも一生大事にしたいと考えているような人間にとっては無視できない話で・・・でもやりようがないので無視してきたわけですが、、
私も初めてCDを買ったのが30年前なので、説が正しければそろそろ寿命を迎えるころです。
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初めて買ったCD・・・30年前も今もそんなに何かが違うわけじゃないです。でも昔はやたらに
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このマークが表示されてましたね。
CVDだったっけ?なんか5分くらい映像が乗ったような半端な規格がでたりいろいろしているうちにこのマーク見なくなっちゃいましたね。

宝のように扱ったので20年くらいはガラス戸で密閉できるケースの中に保管していました。はじめのうちは枚数が増えてケースを増設していくのがうれしかったりして・・
10年前から普通の木製棚を自作してそこに置いています。高温多湿、なわけでアレですかね・・

2年くらい前に所有CDのほとんどをリッピングしました。同じ内容でマスタリングが違うみたいなのはほとんど初期盤をリッピングしたので少なくとも2年前には読み取り不可能なCDはありませんでした。
恥ずかしいですが、1枚だけカビの生えているものがありました・・

もしかするともうプレーヤーにかける機会もないのかもしれません。でもできれば自分の生きている間はずっと健全でいてほしい。
あと何年あるんだろう?

この際だから書いておきたい。あっては困るがもし近々に万が一のことがあったら楽器は所属する団体に寄付したいと思う。
CDは今更もらってもみんな迷惑だろう。・・
といって産廃ゆきというのも悲しいな。。

寒 ショスタコーヴィチ 交響曲第11番

寒いのでこれ書いてたら風が吹いてあったかくなってんの。

寒い音楽といえば
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ショスタコーヴィチ 交響曲第11番ト短調 1905年
その冒頭。

厳寒のロシア、うっすらと日は差しているのですが、空気も凍り付いて動かない・・何も動かないし、音も聞こえない・・・
弱音器を付け、ビブラートなしの弦のユニゾン、持続音、ふっと訪れる無音・・・調号はト短調だけど音楽はEとBに♮がついて怪しく光る。
登りきったところで持続音と半音でぶつかるところがショスタコだなって感じ。。
この後に起こること・・・このト短調ではなく怪しく長調的に響く音がかえって・・・うまくいえねーや寒いし。
これを初めて聴いたのは高校生のころ、FMでだった。
圧倒的な印象にやられて、ずっと耳に焼き付いたそれを自分で弾いてみていたのを思い出します。
その時の盤は ロジェストヴェンスキー指揮ソ連文化省交響楽団。そのCDを買い求めずっと聴いています。
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あとから聞いたいくつかの演奏が標準なのかもしれない。
この時代にはなかった重戦車が出てきちゃってるようなロジェストヴィンスキー盤、 最初に聞いたのがこれなので、これが刷り込まれてしまった。
一緒に買った交響曲第10番は聞くのが嫌になるほど音が悪いですがこちらは良くはないけど結構聴けます。
この人、来日した時アカデミアで楽譜あさってたってどこかで読んだけど本当?

ここ、弦はppだけどハープはp。ハープは結構聞こえなくちゃいけないと思う。
さっき聞いた別な盤はハープが弦に隠れすぎで、怪しい寒さが出てなかった。



秋葉原も行かなくなった

以前は出張の帰り、秋葉原で降りて石丸電気3号館でCDをあさり、木村無線でおっあれかーとか言ってなんか眺めて、よくわかんないけど何件か回って、とんかつでも食って帰るのが楽しみでした。
昨日、久しぶりの出張でしたが寄り道もせずまっすぐ帰った。
ヨドバシは何度も行ったけど何かこうワクワクしない。
まぁ、自分が干からびてきただけですけどね。
あんなにいっぱいあったオーディオ店もいまみんななくなっちゃったような。
そもそもオーディオ自体がなくなっちゃってるような。。。

渋谷のタワレコもクラシックフロアが上の階かなんかに移動してから怪しく斜陽感がでてきたような気が・・
そもそもCD見ようという気もなくなっちゃた。

がんばろう。

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流氷が見たくて、通った年には全然来なかった。
いきたいな。

レア楽譜? ワーグナー トリスタンの冒頭

先日、出かける前に少し時間があったので短いけどちょっとくどい曲を聴きたいと思い、トリスタンとイゾルデの前奏曲と愛の死、チャイ5の2楽章を聴いて出かけました。チョコレートケーキとモンブラン食ったみたいだななんて思いながら。
そしたら出かけた先でモンブランをいただけておいしかった。
それじゃただの日記じゃないかということで
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トリスタン前奏曲のスコアをボーっと見てたんですけどチェロが歌いだしたところでやたらに分奏しているように見えてえぇっ!?
よく見るとチェロとコントラバスの間にホルン、ファゴット、バスクラリネットが挟まってるんですよね・・・何でしょうかこれ?
誤記ですよね。。
なんでこうなってんだろ?

お札の印刷ミスが見つかると価値が上がるとか言って騒ぐみたいですけど、楽譜はどうなんですかね?
見ると幸せになれたりするんでしょうか?

このあたりの音楽、チェロの下から絡むように相槌をうつ第2ヴァイオリン・・チェロの歌を引き継いで半音階的にうねーっと歌いだす第1ヴァイオリン・・と思ったら私が歌うの!と歌を取り返していくチェロ・・
ここのこのうねうね絡み感がいいですよね。

CDクリーニングムースと私

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これは30年前に買ったCD用のクリーニングムースというものです。
中身もたっぷり残ってなぜかいまだに手元にあります。
30年もたつと缶表面錆びてきちゃうんですね・・・スプレー缶にSONYの文字・・
これをかっこいいなんて思った思い出・・
あのころ、CDも出始めで盛り上がってたし景気も良かったからかいろんな便乗商売的グッズがあった。
レーベル面に貼る保護フイルムとか、レーザーの拡散を抑えるとかいう緑色のペン(CDのエッジに塗る)とか。
これもその一つでしょうか。
どっかしまっちゃってるけど専用のクリーニングパッドみたいなのもまだあるはず。

買ったはいいものの、CDを国宝のように扱っていたため、こんなものを使いかえって盤面を痛める危険性を感じて結局使わなかった。
いや、一回試したんだ。洗浄液の残りが表面に跡になって残てしまいどうしてくれる的な記憶が。。
そもそもなんでムースなんだろ?液だれしないから・・?・・なんかムースってのが流行ってたっけ・・?
うれしがって買っちゃったんだよな。

変態なので盤面に指紋がついたりすると気になって仕方がない。
中性洗剤と水道水で洗うのですが、最後に水滴の後を残さずに仕上げる技術を追及しました。
やたらに拭き取れば傷がつく、ティッシュ系は埃の発生源で使えない。
キムワイプとかはまだ知らなかった。
蛇口からの細い水流を使い、水滴を一つに集め、盤の最外周まで移動させて布の端ですっと吸い取る・・みたいな

指紋を絶対つけないように持ち運ぶ技能みたいなのも追求し始める。
ケースへの食い込みが緩く床へ落してしまったときは悲しくなった。
変なところから個人輸入したりすると指紋のべったりついたものが送られて来たりして夢に出てきそうになった。

そういえば昔、CD専用超音波洗浄機みたいなものも売られていて、雑誌のレポートではCD盤面の電子顕微鏡写真を載せて新品だってこんなに横れている、洗浄するとまさにベールをはがしたような音に!!
とかいうのもあった。
本当にそうだったのかもしれないですが、新品にもあるような汚れでそんなに音質が劣化していたのだとすると、
そんな品質のCDを販売するメーカーもおかしいし、
ミクロンレベルの汚れで信号が劣化してしまうようなCDプレーヤーを製品化しているメーカーもおかしい
と思うんだけど・・

オーディオ系はこういう話がやたらにあると思う・・・
なに言ってるんだそこにこだわるのがマニアだろ!ってことでしょうね。
・・・ちょっと検索してみたら、やってる人いますね・・・

昔感心したのは洗浄機とペアで使う回転式脱水機が存在していたこと。
そっちのほうがほしかった。

CDを腫れ物に触るように扱う癖はその後20数年たっても止まず、CD交換のたびに疲れてしまうようになり、CDをデータ化したいと思う動機の一つとなった。。

書いてみて、俺あほだな。


管楽器の本数が変わっていく

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マーラー交響曲第8番 第1部の後半 
ツァラのヴァイオリンが減ってく景色を見てるとこれを思い出しました。
8本のホルンが減っていき、最後はソロに・・ベルアップが書いてあって
この場所の主役ですねこの軍団。。
音量だけでなく音色も変わってゆく。
実演で見てたら終わった人がニコニコしてたのが何故か印象に残ってます・・・

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マーラー交響曲第6番 第1楽章後半
トランペットが吠えるんですけど、その本数が減って減衰していきます。
ネットで初稿も見られるんですが、改定で楽器を減らす段階を増やしてさらに滑らかな減衰を追及したみたいです。
作曲者がこここだわったんだなと思うと聴くときに気になってしょうがないですね。

こういうのは書いてなくても現場で打ち合わせてやったりすることもあるんですよね?
現場の人間の指示がスコア化されているということでしょうか・・・


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たまたま思いついたペトルーシュカの終わりのほうのトランペット。。
同じ音に楽器が集まってきてすごいクレッシェンド。



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これはリヒャルト・シュトラウスのツァラトゥストラはかく語りの冒頭です。有名すぎで笑っちゃいますね。
でももう若い人は2001年宇宙の旅 なんて知らないんじゃなのかな?
4本のトランペット、最初から4本なんですよね。

マーラーだったら絶対最初は1本ずつにするんじゃないかなーと見るたび思ってます。

そんなもん奏者がそう聞こえるようにやりゃーいいんだよ!
という考え方なんでしょうねこの人は。
同時代に活躍した指揮者同士だけど、考え方ちがいますよね。

4本がpでっていう音色も面白いのかな?

ここのティンパニ、なんとなく音が2つづつのイメージある人もいるんじゃないでしょうか?
3連符なの見て意外に感じる人いないですか?