気の持ちようで景色も変わる

気の持ちようで赤いものも青く見える・・・・・・・・
暗い気持ちが長く続いているとき、別な側面に気づくことができると意外にも今幸せなんじゃないかと思えたり・・
なかなかそんなふうにうまくやれないけど・・・・

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この若いブラームスのピアノ協奏曲第1番ニ短調、
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1楽章のオーケストラによる提示の締めというかピアノが出てくる直前に盛り上がっている部分
この直前までニ短調の厳しい音楽が続いていましたが楽譜を見ているとこの部分はニ長調で明るく響くはずなんです。
でもなぜか昔から自分にはこの部分も引き続きニ短調の暗い音楽に聞こえてしまっています。
多分、ティンパニを休みにしてみるとニ長調に聞こえるんじゃないかと思ったりしています・・
これ、私だけなのかな・・間違った聴き方になっちゃってんのかな?
大変厳しい音楽ですが、ここが明るく響くと何だかさらに深い感じになっていいかな・・と思うのに・・・なんで・・

この曲、冒頭から最高ですよね。
ニ短調とか言ってベースとティンパニがDを伸ばしてますが、すごい勢いの第1主題は変ロ長調主和音でできてますよね・・・
再現部なんかDの伸ばしの上でホ長調主和音ですよ・・・ものすごく厳しいのに笑ってぶつかってんですよ・・
なんだよこれ・・

なんだか重くてとんでもないことになっちゃってそうな交響曲が始まったような・・
シューマンとかメンデルスゾーンとは全然違う、のちのネオ古典派みたいなブラームスとも全然違うロマン派の爆発系作曲家ですよね。
この路線のままずっと行ってたらどうなってたのかな・・3管編成でティンパニも2対出てくるようなブラームスとか・・

自分が信じる方向に進んで結果的にあの素晴らしいブラームスになっていったんでしょうけど、
周りが爆発系ロマン派やって盛り上がっちゃってたから、あえて俺はとか言ってネオ古典派でつらぬこうとしたのかななんて思ってみたりもして。そんなわけないか。

本当はマーラーみたいなのも書けたりして・・いややりたかったりして・・
本当はブルックナーの音楽も好きだったんでしょう?立場的に騒ぎになっちゃうから公言しないだけで。

どこか50年後に発見されるような引き出しにそっと内緒の作品を隠しておいてほしかった・・

妄想入りすぎですね。

ずっとよくわからないままだった・・・復活5楽章冒頭のティンパニ

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復活の第3楽章後半と5楽章の頭にはこんな嵐のような部分があります。
あの世の入り口ってこんな騒々しいんでしょうか・・・初めて聴いたのが中学生の時でしたからそれは絵に描いたように魅了されちゃいましたよ・・
ここで2台のティンパニはなんか変則的なリズムをたたいています。
みんな、ここ大好きでしょう?ティンパニがなんか叩いてるなーというのは聴いてる思います。
でこのリズムちゃんと全部歌えますか?歌えるのかもな・・
恥ずかしいですが私、5楽章のここ途中からちゃんとわかってません。30年近く聴いてるのに・・
楽譜も同じくらい見てるのに・・

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頭の悪さが出てしまっていますかね・・
演奏するならちゃんと読まなくてはなりませんが、聴き手としては解らないものをほっといても怒られるわけでも演奏が止まるわけでもないですよね。でもそれじゃちゃんと聴いたことにならないかな。
ここはなんとなくごちゃごちゃ聴こえてればいいんだみたいな感じなのかな。
このリズム、どこかからきていたりするのかな?

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これかと思ったけど違うか。

ここ、いろんな楽器が伸ばしやってますが、例によってダイナミクスとその変化開始位置がそれぞれ違いますよね。
録音によって何がどう聞こえてくるかとか結構違います。
どの盤がどうとか今言えないけど、ここはさらっと突進しちゃわないで細かいことろを色々じっくり大げさに聴かせてほしいな・・個人的には・・

そういえばどこかに書いてあったけど、マーラー自身が「すべての音符が聞きとれるなら正しいテンポだ」とか言ったんでしょ・・・・
木管の2拍子のとこなんか何だかわかんないのが多いけどあれでいいのかなぁ?

最後トランペットとトロンボーンにだけacceler.と書いてありますよね。おもしろいけどそれじゃその後ティンパニとかとずれちゃうんじゃ・・・若干遅れて入って、加速して追いつくということ?

お前バカかとか言われちゃうのかな?

音楽の力と友人

いい加減な写真でなんだかわかりにくいですが、近所の河津桜が花をつけていました。
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ここではないのですが、幼いころ、住む家のすぐそばに河津桜があり、この時期に花を咲かせていました。
40年近くたった今でも自分の桜のイメージはこの色です。
子供のころに刷り込まれたイメージはなかなか書き換えられませんね。


育ちが悪かったのか昔は音楽で涙なんか出ないだろう・・・などと思っていました・・・
40歳を過ぎて自分にもその時はやってきました、それもえっ?いま?みたいな感じで。

マーラーの交響曲第6番を聴きに行ったとき、第3楽章のコーダの手前、全オーケストラが悲痛な叫びをあげたかと思うと何かを決心したかのように前へ前へ力強く進んでゆく・・・という場面があります。ここで作曲者はカウベル(スイスの牛に首についている・・、昔の喫茶店のドアにもついていた)を鳴らすよう指示しています。
第1楽章では舞台裏で遠くから響くようにならされていましたが、ここではオーケストラの中でガンガン鳴らす事になっています。
コンサートでは3人くらいの打楽器奏者が両手にたくさんのカウベルを下げてガラガラ鳴らしていました・・・
ものすごく悪く言うとちょっと見世物小屋的でもあります・・私もあーやってるーなんて馬鹿みたいな次元でそれを見ていたりしたんですが、そこへオーケストラの音楽が・・・信念をもって力強く登っていく・・・なんだかわからないけど涙が勝手に出てしまいました・・・
馬鹿が馬鹿みたいに聴いていても関係なく心へ入ってきてしまう音楽・・・
今この部分は、信頼できる仲間がそばにいる(カウベルがそれを象徴している)そのことで、前向きに力強く生きる勇気をもって進んでいく人の姿というか心というか、そういう音楽だと思っています。
登りきったところには愛する家族がいて大きな自然をバックに幸せな歌が歌われてこの楽章は終わっていきます・・


先日、友人に他人に話さないような話をしているときこの音楽を思った。
あんまり書くと気持ち悪がられそうなのでやめる。

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Herdenglockenがカウベル。
後半、旋律的にはただ伸ばしていてもいいはずのヴァイオリンが、何度も何度も自分に念押しするように叫んでいる。。
ハンマーとかカウベルとか見世物小屋というかチンドン屋的な話題になりがちなこの曲ですが、この音楽はそんなものではないと思っています。

CDにはお世話になりました。できれば長生きしてください。

少し前にカナダのHMVが全店閉店みたいな記事を見ました。
この田舎も、もうCD屋さんというのがなくなって久しいです。

中高生のころはこんな田舎でも、小さな駅ビル、小さなデパート、アーケードなんかに小さなレコード屋があって、どんな店でも入ってみると奥の方にはクラシックの売り場がそこそこあったものでした。
末期によくあったようなクラシックベスト100みたいなのを形だけ置いているのではなくて、ちゃんと新譜なんかも色々置いてあった様な記憶があります。ADからの買い替えも含め、そこそこ需要はあったんでしょう。

自分はクラシックしか聴かないので・・・90年代に入ると、田舎の店舗のに並ぶようなメジャー盤(の中で聴きたいもの)はみんな揃えてしまい、もっと他のものを聴きたくなった。
機会があるごとに大都市のタワレコのような巨大店舗でその欲求を満たしていました。またそれが楽しみだった。
それも飽きてきたころ、ネットでの選択購入が可能となり、いろんな物が手に入る・・
気が付けばお店はあってもなくてもよい存在に・・

いまは皆媒体なしのデータで買うんでしょう?ジョン・カルショーが予言した未来の世界にいるのかもしれません・・・配信は当たってるけど、ちょっと違うな・・
よく知りませんが音楽はスマホとイヤフォンで聴くのが当たり前の形になっちゃってるんだから、CDも販売店舗もなくなるのは仕方ないんでしょう。
さらにそうでなかったとしても、同じ内容のデジタルデータを記録、伝達する手段として光学式ディスクというのは技術的に時代遅れで、デメリットも多い。
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一般的な音楽CDは、遠からずなくなってしまうんでしょうか。
でも、意外と小ロット生産とか、拠点から直送とかに向いていそうなのでクラシックとか、ジャズとか後なんかわからないけど、マニアみたいな人に向けて細々と残っていくのかなという気がしなくもない・・・

ブログなんかを見ていると毎日のように違う盤の批評を書いている人がいる・・内容を読んでいると説得力があって、本当に聴くことを楽しんでいるなと思う人がいる。。また誰も知らないような曲とか盤を紹介してくれる人もいる・・・
ああいう人たち向けに・・・

関係ないけど昔新聞でのCD批評記事でリピートの有無を考慮せずに演奏時間だけを見てテンポが速いだか遅いだかと書いた人がいて聴かずに書いているのがばれていた・・・
ばらして文句を言っていたのは宇野さんだったっけ?

どこかで読みましたが世界で消費されるクラシックCDのうち何割かは日本人が買っているんだそうです。
どのくらいの人がいるんだろう?
その中には若い人もいるんだろうか?
クラシックも聞きますみたいな人の半数位はYouTubeでいいやみたいな人じゃないのかなぁ・・

ADの時はこれでなくちゃ聴けない!といっていた人たちがいて、今でもいる。
CDでなくちゃ!・・っという人もいるんだろうか?

そういう自分は萎えてきたのか数年前からCDを買わなくなった。
買ったけど聴いてないようなCDがたくさんある・・買った覚えのないようなCDもいっぱいあるんですよね。
でそれを聴けばいいのに、またいつものあの盤を聴こうとしてしまう・・・
最近、あるブログを読んだのがきっかけで今まで全然聴かなかったハイドンの交響曲をYouTubeで聴いてみた。
・・・自分でも驚いたけどクラシックを30年聴いてきてハイドンのCD1枚しか持ってなかった・・
意外といいんだよな・・なんで聴いてこなかったんだろ・・
歳くってきたら苦手だったお浸しがおいしくなってきたのと似てるのかな・・

先週、訳があって普段は聞けないFM番組を聴く時間が取れた。
シュポーアという作曲家のクラリネット協奏曲が流れていて、なんとなく聴いてたらいい曲だった。
コープランドのもいい曲だったな・・・

昔だったらCD買ってみよ!となったんだろうけど・・・

いい音楽がたくさんあるかもしれないのに知らずに終わるのもなぁ・・
せっかく生きている間にもう少し何か聞いてみようかな・・・

最近は
新しい音源がしっかりしたクオリティーのデータで得られるんならそれでもいい気がしてきた・・

データのみで物体的な要素がなくなると、いままで経営的に成り立たなかったものも何とかなったりするのかな・・
数人でも世界に向けたレコード会社の経営が成り立つとか・・録音時の人がいるときだけアシスタントを雇えば一人でだって・・

媒体なんかなんでもいいから若い演奏家と若い聴衆が豊かにしあわせになれる仕組みが発展するといいですよね。

CD、あとどのくらい生き残るのかな。

昔、ネットもないころにCDの通信販売でベルトランというのがあった。
CDの新譜情報他を扱うCDジャーナルという雑誌にはがきがついていてカタログ番号を書いて送るとCDを送ってくれる。
会員番号を今でも覚えてます。後払いだったよな・・
懐かしくなって調べてみたけど、Amazonみたいな巨大組織の前では成り立たなかったんだろう、もう何も引っかからなかった。
田舎の高校生にいろんな音楽を聴くチャンスをくれたベルトランの関係者には感謝しています。
こんなとこ見ないでしょうけど。

マーラー交響曲第2番「復活」3楽章のティンパニ 版のちがい

復活の版の違い問題、きっと細かいところでいろいろあるんだと思います。
伸ばし版とか言ってたのを仮に旧版と呼ぶとして今ネット上で旧版は見られません。なんとなくDoverのやつを買うと旧版なんじゃないかなと思ってみたり・・

昔、音楽之友社のポケットスコアを見ながらワルターNYPの演奏を散々聴きました。であれっ?とか思っていた箇所です。
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第3楽章、トリオが終わてスケルツォがもどってすぐのあたり、、全集版だとティンパニはホルンと同じく休符を挟んでタッタッタッタッタッタッ。
でもワルターのは弦と同じようにタタタタタタと連続して叩いているんですよね。

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自筆譜はタタタタタタ・・・
地味な場所ですが、気にしだすときになりますね。ラトルやクレンペラーもタタタタタタです。
自筆譜のこの箇所ややこしくて、ホルンを後から追加して最下段に書いてあります。続くファゴットは五線がもともとあったので音符だけ同じ時に追記されてます。

タタタタタタのが原始の踊りぽくていいけどなー

ついでにここのヴィオラ、ffがついていて不自然なくらい前に出てくるいかにもマーラーな音楽。
自筆譜ではmfになってます。
でも聴いてると、旧版の楽譜上もここはffと書いてあるのではないかなーと想像・・
必ずしも自筆譜=旧版ではないんだろうということで・・

もう一つついでに、スケルツォの再現が終わるとトリオを暗転した音楽が始まって第2トリオかと思いきや音楽が暴れだして第5楽章を予告する嵐となるわけです・・
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自筆譜のティンパニは印刷譜にない音符が書かれています。
ここだけ見ていると、ティンパニあったほうが面白そうですが、ここをカットしたことでこの後にくる嵐の衝撃がかなり大きく感じられるのかな・・・・えっちがう?

音楽之友社のポケットスコアは、マーラーの書いた注意書きをところどころ日本語に訳してくれてあります。
とても面白く読んだもんですが、全部じゃないんですよね。
そこら中にごちゃごちゃ書いてある文字というかもう文章になっちゃってるようなのがマーラーの楽譜の面白いところだと思います。
なのでみんな訳してほしかったなー・・・
今はネットで楽譜も出てくるしドイツ語の翻訳も出来たりして便利ですね・・





ネガティブな心を音楽は救うか

5年くらい前だったかハンス・ロットという忘れられた作曲家(の卵)が話題になった。
やっと認められた・・・というより飽和状態で売れるもんが無くなっちゃったレコード会社が仕掛けたネタなんじゃないの・・なんてすぐに思ってしまうところが・・
もともと音楽ってそういうものだし、それでいいのか。。

ブルックナーにかわいがれたし、大きな才能を予感させる若者であったらしい。
ブラームスに作品を見せたところ「音楽はあきらめろ」と言われその後発狂してみじめに死んだ。みたいな説明が必ず出てくる。
歴史に残るような作曲家は・・いや自分で何かしようと思えばみな通る道で、登ろうと思ったら強いというか図々しいくらいの自己肯定力をもった人間でなければダメなんだろう。
当然それにつりあうだけの強い自己批判力もないと悲惨な事になりますが・・・・・
ロットのルームメイトだったらしいマーラーも指揮者としてはブラームスから絶賛されたけれど、作曲家としては音楽に未来はないだかなんだか酷評されていた気がする。
でもそんなことでは止まらなかった・・・
そういう図太い信念、自信を持っていることを含めて才能があると世の中は言うのだろう。

この人はたぶん生い立ち等に問題があり、自己肯定力が異常に足りない人だったに違いない。
そういう意味ではとても悲しいが才能がたりなかったということになってしまうのかもしれない。

厳しいようにみえるブラームスの態度はそのことを教えてくれているのかもしれない・・ちがうか・・
ある若者から差し出された楽譜を見て「君はこの綺麗な五線紙をどこで手に入れたんだね?」というのが有名ですね。
ただ良いと思ったものはちゃんと誉めたりしてたみたいだ。

ロットのことはよく知らないけれど、ブラームスの件がなくてもいずれは発狂していただろうと思う。
音楽は彼を救ってはくれなかった。
救ったとすれば、彼の残したわずかな作品やその断片が100年後の遠い国の人間に彼の存在や心を教えてくれていることかもしれない。
もっと自分を消して死人のように生き、なにも痕跡を残せなかった人もたくさんいるんだろう。
そう思うとやっぱり音楽にはすごい力がある気もする。
いちど交響曲がタワーレコードの店内で流れているのを聴いただけだけど、今度聴いてみようかな・・


でブラームスのヴァイオリン協奏曲
ニ長調の曲ですが、短調的印象が大きくあり、深い内容の音楽を聴いた気にさせてくれる。
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第1楽章再現部

ソロヴァイオリンの向こうで第2ヴァイオリンとチェロがさみしい歌を歌いだすが声が小さくなって・・と思うと気持ちを抑えられないかのように第1ヴァイオリンが覆いかぶさって歌いだす・・・

若いころからいい音楽だな感じていましたが、この歳になるとしみるよね・・(ノ_<)

マーラー交響曲第2番「復活」3楽章冒頭のティンパニ 

マーラー交響曲第2番「復活」の第3楽章スケルツォの冒頭・・
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花の香りで満たされていそうな第2楽章・・その空気を突然打ち破るティンパニ・・・ちょっと怪しい感じでいろいろ集まってきて始まっていく音楽・・
ここも初めて聴いたときから虜になりました。
象徴的な冒頭2回のG-Cは第1ティンパニが、音楽の伴奏としてのG-Cは第2ティンパニが受け持ちます。
同じ音なので一人がやったっていいし、音楽的にたたき分けるっていうのもできるんでしょ・・

作曲者が2台に振り分けた方が面白いと思ったからこうなっているわけで、ここはティンパニをガン見して面白がらないと・・

全休符の小節に注記のマークがありますね。欄外のKurze Halte! は、短い休み?

ラトルのだっけ、ティンパニ止めようと押さえたのか音程変わっちゃってゴォゥーンとか変なことになっちゃってんの・・

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自筆譜を見ると、この衝撃のティンパニ開始、小節ごと削除された部分があって、もっと違う始まり方を考えていたようです。
私こういうリズムを読むのが苦手なんですが・・・これ、なんかへんてこりんだよね・・


ショスタコーヴィッチはこの部分が大好きだったと思います。
自身の問題作交響曲第4番第2楽章の中ほどに・・・
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ティンパニだけなら気付かないかも・・というより引用だと思わないでしょうが、このクラリネットそのまますぎでしょ。
それもこんなトゥッティがさっと切れて ! ってとこで・・・
この後もう一回 Pでティンパニでます・・ 冒頭だけじゃなくて後半の再現のとこも意識してるかな・・
ここ初めて聴いたとき本当にびっくりした。引用というより、好きすぎて出てきちゃったみたいな・・・
ショスタコの4番の解説を読むとマーラー「巨人」のカッコウが・・というのは必ず書いてあります。
でもこっちのがすごくない?


マーラーに戻って楽章の終盤、

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第5楽章を予告する嵐の後、冒頭のG-Cが再現されますが(ここ最高ですよね!)今度は第2奏者がやります・・・両方主役になれていいね・・・ちがうか。
冒頭の音符は32分音符ですが、再現の頭は16分音符です・・・
再現も32分音符になっちゃっている録音があります。
ティンパニがメロディ-歌いかけちゃうところもいいなとか思ってると、そのエコーみたいな感じでベースが歌いだす・・・


ここで面白いのは始めチェロとコントラバスで2グループに分かれています・・・が・・
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音符は同じですが、第1グループにはSpringbogenの指示があってff、第2グループは特に指示がなくてmfです。
Springbogen、弓を撥ねさせるみたいな感じのでしょ・・・これ、楽譜見ないでただ録音だけ聴いてたらわかんないですよね・・
わかんなくていいのかもな、やった結果マーラーの思ったような音楽が耳に届けば・・
マーラーって面白いよね・・

その後2つの分奏は8分音符をPPで、16分音符をPPPで交互に引き分けます。
この曲、この2つのグループが交代でというのをいろんな箇所で見ますが、でっかいコントラバス軍団がこれをやっているのは見た目的にとても面白いです。。録音でも定位感とか音色で分かれて交代・・は再現できるでしょうけど、、視覚的効果が大きい場面です。

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自筆譜は分奏してますけど第2グループがmfでSpringbogenでやるのみでした。
やってみたらインパクトなかったから補強入れてワッと出るようにしたということ?
分かれて交代・・は最初からやってたみたい。
もとはティンパニソロのダイナミクスが一段低かったところにも注目したいですね・・・

マーラーの音楽の特徴の一つに極端なダイナミクス、唐突に出てきたり消えたり・・というのがあってこの2番もにもたくさんありますが、その感覚、演奏経験を繰り返しながらエスカレートさせていったんですね。

マーラー交響曲第2番「復活」 のオルガン

マーラーは子供のころからピアノがうまくてステージに乗ったりしてたんでしたっけ・・
歌劇場の指揮者だからピアノを弾いて歌手に稽古をつけたりもしてたはず・・
大指揮者になってからもコンサートの前半ピアニストとしてステージに乗ってますよね・・忘れちゃたけど演目の中にショパンのスケルツォ第2番があったような・・あとなんだけ・・・
以前読んだ本だとリスト直系の・・なんだっけ・・とにかくピアニストとしても一級だったんでしょう。

幻のドビュッシーのピアノ協奏曲も聴いてみたかったけど、マーラーのピアノ協奏曲的作品も聴いてみたかったな・・まぁ残り時間があったとしてもそういうのは書かなかったかな。

でオルガンは弾けたりしたのかな?
ロマン派の交響曲作曲家でオルガン作品というとメンデルスゾーンのが有名ですが、ブラームスも晩年にコラール前奏曲を書いていてオルガン聴く人には有名ですよね。
ブルックナーとかサンサーンスはもともとその筋の人だから・・
ドボルザークとか、エルガーとか、シベリウスとか、結構オルガンの曲を書いてるひとがいるんですよね。

なんでもできそうなマーラーですが、オルガン弾いた的な話は見たことないですね。
交響曲第8番ではオルガンが三段譜でかいてあって、結構なペダルソロみたいなのもあったような・・

で、交響曲第2番の最後でオルガンが出てきます。
ハンス・フォン・ビューローの葬儀でオルガンと合唱の復活を聴いて・・という話が有名ですが、ここに結晶化しているわけですね。

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オルガンがffで弦のトレモロはfffなのはオルガンのがでかい音が出るから・・・なのか、オルガンより弦のトレモロが優先して聴こえるべきだから・・なのか・・
どうも後者っぽいよね・・・

私個人はオルガンが大好きなのでオルガンが目立ってほしいんですけど・・
実演でも録音でもオルガンは聴こえるんですが、fffの弦のトレモロが前に出て次にオルガン・・みたいになっちゃって、いまいち宗教的神々しさみたいなのが出てきてないと思うんですよね。。
おいしくないというか・・・
8番なんかスコアを見ていると、オルガンがジャーっと伸ばすところではヴァイオリンパートは黙るか、動きのある旋律みたいなのをやっていて伸ばし音がオルガンに被らないように配慮されているような気がします。
でもマーラーはこれでいいと思っているんでしょう・・・
私が勝手に澄んだオルガンと合唱が聴きたいとか思ってるだけで。

上の音がはっきりしなくてもペダルの太くて低い音が鳴ったりすればものすごい効果があります・・オルガンの存在意義は大きいんですね・・・

仮に全く聞こえなくても、ステージの奥のオルガンに照明が当たって、普段は暗いコンソール付近に明かりがともってるとそれだけで盛り上がりますしね・・
指揮者見る用のモニターが光ってたりすると、お!なんだあれ!とか・・ちょっとちがうか・・

どうでもいいけどオルガンへのペダルの指示もピアノのペダルのマークみたいなのを書くんですね・・

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で、オルガン入って2小節目、合唱は2分音符伸ばすんですが、オルガンは八分休符1個分先に切り上げます。
自筆譜を見ると、はじめは合唱と同じ2分音符を書いていたのに鉛筆で早く切り上げるように追記してるんですね。(鉛筆で付点をつけて白玉を塗りつぶしてる)
これなんでだろ?
その方がいいからそうしたわけで、聴く方も一度くらいあぁそうなってんなとか思って聞いた方がいいのかな。

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合唱終わって突進中。Volles werk(全部のパイプを鳴らせってことでしょう?)で始まってdim.してhalbes werk(半数が鳴る?)へ・・・クレッシェンドペダルでしたっけ、踏み込むと鳴るパイプが増えてくやつ・・あれを引いてくのかな・・
電子オルガンみたいに音量がリニアに減衰するんじゃなくて階段状にガクガクっとパイプが減って音色が変わっていくイメージでしょう・・
でその先はスウェル・ペダル?シャッターしまっていくやつ・・・ここは音量が減衰していくんでしょう?・・えっちがう?
適当に書いてるけど全然違ってたらごめんなさい。
ここ聴きたいんだけど弦のトレモロがすごいから・・・
ラトルのやつは一番うるさいパイプがパッと消えるところが聴こえますね・・あれ?ちがったっけ?

関係ないですけど第1ハープ、16音符の三連がいきなり8部音符の6連符になるように書いてたのを、間にふつうの16分音符が2小節入るように直してますね・・・おもしろいね・・・ここハープ聴こえないけどね・・・
よくみるとハープには > とかdim.とか一切書いてないですね・・他の作曲家なら書いて無くたってdim.でしょうということですが、マーラーなので・・
音数は減っていくけどずっとffでいいんでしょう?・・実際なかなか聴こえないけど。

部屋と暖房と音楽

マーラーのネタもまだあるわけですが、今日は息抜きというか適当なことを・・・
楽譜そのほかのいろんなこと、書きたい事がたくさんありますのでまたよろしく願いします・・

最近暖かくなる兆候を見せてもいますが、冬は寒いですね。あたりまえか・・
音楽部屋も寒いんですが、そこにはエアコンがありません。
音楽的にシーンとしていなければならないとこで風の音がコーとか聞こえたら台無しなので。
ファンヒーターも同じ理由で使えません。
ハロゲンヒーターは反射板をもっていて音をバンバン反射しそうなので近くに置くのは嫌です。なんか光るし・・光んないんだっけ?
昔は気合で何もなしで聴いたもんですが寒すぎると音楽どころじゃなくなってしまいます。

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こんな汚い写真を載せていいのかと思いますが、基本的に暖房器具は毛布。ニトリで買ったただの毛布。
私しかいないので私があったかければそれでよく、部屋の温度は上がらなくてもかまわないです。
勘違いかもしれませんが、むしろ寒いほうが音の調子ががいいように感じます。湿度じゃないかと思うけど温度も関係あるのかな?
結構吸音しているかもしれない・・けど悪影響は感じません。
足元が寒いので電気座布団・・・・
最近は歳をとって甘えているので800円くらいだった電気あんかを抱いてます。
これらには出力調整機能がありますが、チープなスイッチングなんかを使っていると電源にノイズが出ている可能性があります・・・ありますが聴いていてこれらを入れて音質が悪化したという事はありません。寒いのでいいですこれで・・

窓を一か所2重窓にしましたが、これ室温低下防止になってるのかな・・結露しなくはなったなー。

今、このブログを書いているのは別な部屋でこたつに入っています・・
音楽用機器もパソコンもネットワークは共用なので(それじゃダメだろとかありますが・・解決策の提案もあるみたいで・・)このパソコンからもNASに入った音楽データを聴くことができます。
音質はパソコンのそれですが・・
オケものなんかは、ちゃんと音楽部屋のオーディオでスピーカー間をにらみつけながら聴かないと聞いた気がしませんが、ピアノの小品なんかは腕組みしてしかめっ面で聴くよりここでぼけーと聴いてるくらいのほうが楽しめるのかなーと最近思ったりもします。
ただ問題は、ここには家族もいることで、私にとって心地いい音楽が私以外にもそうであるとは限らない・・多くの場合そうではない・・ということで聴くのに気が引けてしまう・・・

リビングオーディオな人はそのあたりどう解決されているんでしょうか?
大きなお世話か。

今、ここに私しかいないのでドビュッシーが他の作曲家の作品を2台のピアノ用に編曲した曲集というのを聴いてます・・
精神的にかったるいときはこういうのがいいね・・
またがんばりましょう。

マーラー交響曲第2番「復活」5楽章のティンパニリレー

マーラーの「復活」ですが
合唱も歌いきってEndに向かって突っ走っていくと、締めの一言というか、宇宙に刻まれた真実がみえたみたいな・・ちょっと言いすぎか・・低音楽器が復活の主題を歌う場面があります。
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先に自筆譜見ちゃいますと、一番下に手書きで五線書いてあるのがオルガンのペダル、その上は多分Clavierとあってピアノですよね・・
ここオルガンは後から追加したようにも見えるけど、・・・ピアノの段の全休符のインクが他と違っていて、オルガン用の追加五線と同じなように見えます。でも小節線とか音符のインクは他と一緒で・・・・最初からこの位置に書いたのかなぁ?
でピアノ・・・えっピアノ?・・・ここは明らかに普通のオーケストラの低音とは違う音が鳴り響くことを強く望んでいたんだと思います。
ハープもよく見ると隣り合う弦を半音上げる、下げるで同じ音として2本同時に鳴らす・・というのをやってますね。。これがどう聴こえるかというより、ここは特別なんだよ!ということですよね。
ハープのすぐそばに座ってみたことがありますが、あの楽器の低音て意外とインパクトがあるんですよね・・
でも離れちゃうとほかの音に埋もれてよくわからない・・オケ全体が見えるところから聴くのが好きなので・・
ここでとにかく面白いのは2対のティンパニが音階を奏することだと思います。。思いますが他がfなのにティンパニはmfなんですよね・・・特にこれが主役というイメージじゃないんだ作者は・・・

ついでに、トランペット修正してますね。最初は小節の後半(低音の最後の音に乗って)で入るつもりだったのを手前からに伸ばしたみたい。
絶対今のがいいよね・・

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出版譜・・・さすがにピアノはいらないと思ったのかな。
チェロとコントラバスはピッチカートだけだったのが半分は弓で弾くようになっています。
ピッチカートはfでarcoはffとか細かいですね。
ハープも自筆譜では2台ともfffだったのに、ここでは下のパートがffに抑えられています。なんかわかんないけど細かいねー実際演奏もそうするのかな・・かまわずffffくらいで頑張ってもらっていい気もするけど・・
ティンパニは相変わらずmfです、いろんな録音でティンパニがはっきり聞こえると「いいね!」と思い、オルガンとかに塗りつぶされてよく聞こえないと「なにやってんだよ!」なんて思ったりしますが、後者のほうが実は正解なのかな・・・

ここもすごく大事なところだと思いますが、フライングブラボーな人なんかはこの辺もう興奮しちゃって聴いてなかったりするんでしょうか・・
自分もやられたことがあります。
反対に指揮者が棒おろしてもずっとシーンとしていたこともあった。
なんかこう、あれれ?誰も拍手しないの?この曲だからもういいんじゃないの?みたいな空気が漂ったのを感じた。。
演奏はよかったんですよすごく。