ニールセン 不滅のティンパニ

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ニールセンの交響曲第4番「不滅」
戦争、侵略の予感、愛する祖国の自然と自分たちのアイゼンティティ・・みたいな感じ?
初めて聴いたのは中学生のとき、N響アワーで指揮はヘルベルト・ブロムシュテットでした。
視界の芥川が「この作曲家についてはほとんど知らないんです・・」と言ってたのを覚えています。
30年前ですが、そんなにマイナーだったんですか?
聴いてみて、意味なんて解らないけど何かが伝わってきて感動して聴き終えた覚えがあります。
第4楽章相当の第4部分で2組のティンパニが荒れ狂い協奏曲みたいになっていたりして、それが目玉といえば目玉でしょうか・・

曲の冒頭からティンパニがものを言ってる感じで始まりますが、

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第3部、ティンパニが半音階的に動いて弦楽を支えるんですね。
ティンパニーが旋律的に動いているのが異常に好きなんですけど、半音階で動いたりしていると変態的に興奮します。
実演を聴きに行った際は当然ティンパニーをずっと見ているわけですが、見た目同じ楽器を連続して叩いているのに、ペダルで音が変わる・・・ペダル操作は見えないので・・普通のことなのかもしれませんが、自分には衝撃的で面白い光景でした。
ここは弦楽器が旋律以外ピッチカートで、ティンパニーがとてもよくクリアに聞こえます。
ティンパニーの名所だと思います。

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第4部、この2組のティンパニの激しい掛け合い・・
ではどうぞーって感じではなくて、荒れ狂う音楽に突然乱入な感じがいいですよね・・
ここは有名すぎるのでおいておいて

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途中の静かなところで2台のティンパニが交互にロールをして音楽を支えてるんですけど、他の低音楽器は黙っています。ティンパニが私らだけでどんな音でも出せますよー的に進んでく・・
ここ地味だけど結構インパクトあると思う。

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またティンパニの激しい掛け合いが出てくるところですが、弦と木管同じようだけどdimと書いてある位置が若干違うし、その後の>の大きさも違う。
弦のほうが若干早めに減衰するカーブを描き、重なって聞こえる音色も変化していくということ・・・調子に乗って考えすぎ?



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掛け合い最後のグリッサンド。
ティンパニのグリッサンドはバルトークの曲でもういいよってくらい出てきますが、
ここは2台がハモりながらなので何とかその様子を聞き取りたい・・
でもなんかゴォーーワ!みたいに聞こえちゃって音程感まで聞き取れないんですよね・・・
いろんな盤を聴いてみようかな。


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曲の最後で不滅のテーマみたいなものが高らかに歌われるわけですが・・・そのあと終結部
第2ティンパニが最後の言葉を語って終わります。
2回目、ちょっと引くところが泣かせる。強く、優しく、大きく、「大丈夫・・・」といっているように感じます。
ティンパニが語る曲はいっぱいありますが、ここは本当に感動的な名場面でしょう。
1番じゃなくて2番奏者にその役が割り当てられているのがなんか気になりますね。


マーラー交響曲第6番 終楽章のに凱旋行進がある件

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マーラーの交響曲第6番 第4楽章
まだ、続きます。

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襲い来る運命的な困難との闘いぬいて、再現部の最後は勝利をつかみ凱旋行進をしています。
高らかに歌うホルンとチェロは第2主題ですし、歓声を上げているようなヴァイオリンの下降音型も第2主題で非常にポジティブです。
素晴らしい場面ですね!・・
・・・でもみんなが乗っかっているこの低音は実はあの運命主題なんですよね・・
ここまで来ておきながら、この後運命によって葬り去られていくわけです・・すべては運命が支配している。


初稿を見たら
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歌うのはホルンとチェロでなくトロンボーンでした。
ティンパニは5度を二人で、小太鼓、シンバル、トライアングル派手になっています。
今聴いている物よりももっと軍楽調だった・・
これ、闘う男の姿だった第1楽章を強烈に思い起こさせ、統一感みたいなものもでるのかな・・
でもやめていますね。
ここだけ見ると、初稿のほうが面白い気もします。
でもここで派手な印象を聴き手に与えてしまうと、この後にくる本当の悲劇の印象が薄れてしまうのではないでしょうか?

ただ単に鳴りや部分的な効果だけを考えているのではなく、全体のドラマの流れみたいなものを考慮しつつ改訂が行われているのではないかと思います。

これでこのまま終われれば”英雄の完成”だったのにね・・
この先あんなことに・・3回目のハンマー跡地付近、もう衝撃!わー!なんてやらなくても力なく倒れていっちゃうんですね・・


このティンパニの運命のリズム主題、何度も何度も出てきますが、前打音みたいな音にいろいろ種類があります・・

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テンポとか前後の状況とか、単にそう感じたから・・こうなっているんでしょうか。
これも意味があったりするのかな・・



日本コロムビア 上場廃止へ・・違うコロムビアだった。

日本コロムビア 上場廃止へ
というニュースが出ていました。

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そのコロンビアじゃねーよ・・的な。

日本コロムビアって演歌の人がいるところでしたっけ?
私はあまり縁がないですが、なんとなく目に留まって読んじゃいますよね。
なんかこう、時代の区切りみたいなものを感じる人も多いんじゃないでしょうか。
よく知らないですが、演歌なんか聞く人も配信で聴いてるんですか?
たまに知らない街に行くと寂れた商店街に昔ながらのレコード屋みたいなのが意地になって頑張ってるのを見ることがありますよね・・オール演歌みたいな・・カセットテープとかも大量に売ってそうな・・
頑張ってほしいなああいうの。買って応援もできないけど。
音楽の聴き方も変わったんだよな・・あぁそういうことごちゃごや言っちゃいけないんだよな。
若い人たちが新しい時代をつくって楽しんで行くんでしょう・・まだ俺もそんなに歳とってないけど。

オーディオ機器メーカーのDENONはここの関係でしたっけ?昔はデンオンだったのに、いつの間にかデノンになってたのを見たときはなんだこれと思ったなーもう離れちゃって全然別なのか・・

また昔話を書いちゃいますけど、
音楽に目覚めた30年前、レコード屋に行くと各レベールが出しているクラシックベスト100みたいな企画物のカタログが置いてありました。
CDなんてそうそう買えないのでそれを持って帰って眺めて喜んでいました。聴いてみたいなーとか思いながら・・
CBSソニーが出していたカタログにワルター指揮コロンビア交響楽団と書いてあった。
私はコロンビア交響楽団とあるのを見て南米のコロンビアの楽団か演歌の伴奏をしている楽団みたいなイメージを持ってしまい、えー?みたいに思っていたという・・・
バカだったと言いたいんじゃなくて、それくらい何もわからなかったと・・
いやバカだったのか・・

そのワルター・コロンビア響でブラームスの交響曲を覚えました。
ネット上でワルター・コロンビア響というと必ず
レベルの低い楽団を母体とする録音用臨時オケでアンサンブルがダメ
臨時オケで弦楽器の数が少なすぎてダメ
という批判的な話が出てくるんですよね。
きっとそれが正しいんでしょうし、そう思うものもありますが私は好きですよ・・
フォローしようというわけじゃないですが、昔オーディオ評論家・の・本業はレコーディングのプロデューサーみたいな人ですか?・・若林駿介氏がこの録音に立ち会ったときのことを書いていました。
団員の中には「ワルターと音楽がしたい」とか言ってヨーロッパから飛んできた人もいたみたいなことを書いてなかったっけ・・
ついでに使われていたマイクロフォンが日本のソニー製だったということも強調してたような記憶が・・1958年位でしょう・・感動しちゃうなぁ・・

誰が団員だったかとかは、どうでもいいです。
私が聴いて気に入ればそれでいいんだから。
これを嫌いな人が文句言ってるのもそれでいいと思います。

あのころCBSソニー・ファミリークラブというのがあってよく日曜の新聞に公告が出ていました。
クラシックの名曲系CDを数十枚セットにしたようなのがあった。内容は小売りのベスト100と被ってたんじゃないかな。
専用のラックに沢山のCDが並んでいる光景にあこがれたなぁ・・
私のうちにはそんなもんある訳がありませんでしたが、友人のところにはそれがあり何枚か貸してもらえました。
あれ、それ自体を売るだけでなく戦略的にその家庭の子供を洗脳して将来自社レーベルのクラシックCDを買うように仕立て上げるみたいなことまで考えていたかな?考えてないかな?

その友人は(多分買った両親も)クラシックなんか聴くようにはなりませんでしたが、わたしが洗脳されて自分でそのCDを何枚か買いましたので、営業的には小さく成功ですね。

グールドのゴールドベルク変奏曲
ホロヴィッツの月光ソナタ
マゼールの序曲1812年
メータ、ギリレスのチャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番
バッハのオルガンも借りたけど・・わすれちゃった・・
ギリレスのやつなんか、爆走的な終楽章と暴走拍手とかいいですよね・・

ということで全然日本コロムビアの話じゃありませんでした。
コロンビアという名の企業はいろいろあって関係なかったりするようですけど、コロンビアってそんなに名乗りたい感じの言葉なの?
コロムビア・トップとかさー

昔MIDIというものがあった。マーラー交響曲第9番をやった件。

今日のは一部の興味のある人にしか面白くないかもしれません。
あーいつもか・・

最初に就職した会社が今でいうブラック企業で・・おかしくなって逃げたことがあるんですけどね。
逃げたら正気になって落ち着いたのが1999年ごろでした。
監禁生活のあいだ興味があったけどできなかったインターネットというのが見てみたくなり早速ノートパソコンを買いました。回線もないのでPHSカードみたいなのを突っ込んでたなそういえば・・

まだ今みたいに企業が商業的な枠をつくって・・というのはほとんどなかったと思う。
何もなかったけど何かやってみようというモチベーションのある人がいっぱいいました。
みんなすごいもの、面白いものを自分で勝手に作ってた。
素人の一芸披露の場みたいなものが全世界に向けて広がっていたような感じで・・・
今とは違う魅力的で変な世界がありました・・

あっ俺もなんかやりたい・・ということでMIDIを作って自分のWEBサイトで公開・・
「ホームページとはTOPページのことでサイトを指すのは誤用です!」とかありましたよね。
あの頃はそんなんでいろんな人に聴いてもらえたんですよね・・
外国の人からメールが来たりするとインターネットだなーと思った。
オルガン音楽を、ただ打ち込むのもつまらないので音一音ごとにPANを設定してパイプの位置を表現する・・みたいなのをやっていると、中東方面(だった気がする)のソフトメーカーからMIDIシーケーンサーソフトのサンプルにしたいから許可がほしい、製品ただであげるから・・みたいなメールが来たことがあった。
どう返事するかわからずそのままに・・なにもいらないから勝手にばらまいてとか言えばよかったな・・

それより自作の曲を聴いてもらえたのがうれしかったんだよなぁ・・
衝撃的な指摘をくれたエストニアの人とか・・
楽譜も出しておいたら「イベントで君の曲を弾いたよ」みたいなオーストラリアの学生とか・・
日本の人にもたくさん感想をもらえました。皆さん元気かな・・
誰か一人でも、ここで再会できたらうれしいと思っているんですけど・・どうすればいいのか思案中。
昔の名前で出ています・・
今同じことしたくてもなぜか全然できない感じになっちゃってるんですね・・
何だか知らないけどあのころ楽しかった・・

その後、ブログという言葉を聞き始めたころに別件に興味が行ってしまい離れてしまいました。
ブログでも書いてみようかと思うのに15年もかかってしまい、そのブログというものがもう斜陽らしかったという・・
まぁいいかなんか楽しいし・・

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で性懲りもなく昔作ったものを出そうというのか?ということなんですが・・
先にご説明させていただきますとMIDIというのは音声信号とは違い、シンセサイザー(以下音源モジュールと書きます)に対してタイミングでこの音を鳴らせ、止めろ・・みたいな演奏の指示だけをする・・・電子楽器相手の楽譜みたいなものなんです。
なので鳴らす音源モジュールによって音が決まります。
おなじMIDIデータでも音源が変わると全く違う音楽が聞こえてしまったりします。音楽にならない場合も・・
・・なつかしいな・・昔こんなこと散々書いてたな・・
音声データに比べると圧倒的に容量が小さいため、今から考えると桁違いに通信速度の遅かった当時のネット環境に適していたわけですよね。

当時、同じ世界に興味を持った人たちがたくさんいて共通の音源を持っていました。作り手はこのデータは○○用ですと宣言。それを持っている聴き手が聴くという・・
想定していた音源モジュールはローランドのSC-88Proという機種(上の写真左)で、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったんですよこれが・・

一方インターネット上にはそんなもん持ってないし興味もないのにMIDIを聴いてくれる人たちもいました。
そういう人たちには音源による損失の少ないピアノソロ曲を作って・・
こっちの話は今は関係ないですが・・

で、当時作ったマーラーのMIDIは思い出として今もNASの中に大切に保存されていたりするんですが、もう再生機材も何もなくなってしまって・・
とりあえずパソコンのMIDI音源で鳴らしてみると・・
案の定チープでぐちゃぐちゃ・・・こんなはずじゃないんだけど・・・くやしいのー

今、かつての音源モジュールをシュミレートしたアプリというのがあるようですが・・
(写真右・・写真勝手に持ってきちゃったけど怒られるのかな)
一瞬盛り上がったけど・・iOSとかいって私のとこじゃ動かないし・・
本当はこういうので再生して、その音声を公開すればいいんでしょうけど・・
公開たって、今頃何の意味があるんだという話でこういうネタとして読んでください。


マーラーの交響曲第9番は各声部がかなり複雑な動きをしながら絡み合いカオスになるというのが多々あります。
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第4楽章のこことか、頭の中でそれぞれのパートを鳴らしてみるんだけどよくわからない・・
それぞれが何をやっているのかと、それがどう重なっていくのかを聴いてみたくてmidiで打ち込むことにしました。

本当は第1楽章のほうがやりたかったんだけど、言ってもMIDIはMIDIだから・・大好きな音楽をチープな音で聴くのは嫌で・・
SC-88-Proのstrings2という音色がとても綺麗だったんですよね(リストがあったから見てみたけどみつからないなぁ・)・・弦楽主体の4楽章ならいけるかと思って・・
せっかくやるのならきちんとした演奏に仕立てよう・・と第4楽章全部を作りました。
それがこれ
ms9-4.mid
なんですが、上記の通り、想定した音源で鳴らさないとめちゃくちゃに聴こえてしまうので観賞用にならないと思います。
これを聴いていただきたいということではなくて一つのネタということで・・


あーあとか言いながら懐かしいので聴いていると超チープな音でもというかっそれだからこそ、実際のオーケストラ演奏では絶対に聞こえない音が聞こえたりして面白いには面白いですね。

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クライマックスでホルンがニ長調主和音を叫ぶところ、ほかのパートは全然違う調でやっているので全体的にはものずごい不協和音になっていることがよくわかります・・
7番のフィナーレで2つの和音を強引に重ねるという暴挙に出ていますが、ここでこのようなすごいものになり、10番に出てくるあれにつながっているのかな・・とか・・

つい最近のようで、もう18年前なのか・・
打ち込むとき、調号を変ニ長調に設定して楽譜を書くように入力していくのですが、ほとんどすべての小節に臨時記号があるのに疲れたのをはっきり覚えています。
この音楽、変ニ長調を装っていますが変ニ長調ではないですね・・新しい世界へ踏み出していたんですねマーラーも。
そのことを体感できてしまいました。
一方で弦楽器が音楽のベースを作り、盛り上がるにつれて木管が重なり・・金管が重なり・・という古典的な手法でこの音楽はできているんだという事も実感しました。
Etwas drängendなんてこの時調べて覚えたんだよなぁ・・

オタク話みたいになっちゃてますけど・・そんな自分なりに音楽が好きで音楽してましたというお話でした。

18年かぁ・・・はやいなぁ・・
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当時打ち込みをしていたノートパソコンが会社のロッカーで眠っている。まだうごくのかな?
お前捨てないから定年までそこで眠っててくれ・・最後の日に家へ帰ろう。

エリアフ・インバル 東京都交響楽団  マーラー交響曲第9番 のつづき1

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エリアフ・インバル 東京都交響楽団  マーラー交響曲第9番 のつづき1です。
時間が取れたので全楽章聴きました。

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音像定位感とか、音色音量、聞こえ方が自然で、トゥッティになると聴き取りにくいパートがあったりもする・・・これがワンポイント録音というところなんでしょうか・・

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第1楽章の再現部で低音の鐘が出てきます。かなり低い音です。
これ特にどんな楽器という事は決まっていなくてそれぞれのオーケストラが用意するんだと思いますが、つるされた大きな金属をたたくので倍音が鳴って調子の狂ったような かなり高い音が聞こえてきます。
楽譜を見ていると低い基音を意識できるのですが、しらないと高い倍音だけを聴いてそういう音楽だと思い込んでしまう危険があると思います。
ここを、チューブラーベルが高い音をたたく音楽だと誤認している人もいると思う。
そんなことを書いている人を見たことがありますし、自分も初めて聴いたときそう思いました。
他の楽器の音がかぶったりして、オーディオ的にも再生の難所なんじゃないかと思ったりしています。

インバル都響を聴きに行ったとき、この鐘はどんなものを使うんだろう?とワクワクしていた。
勝手にH鋼の古くていい感じになったような外観を想像していたのですが、
見たのは鉄工所で切り出してきたばっかりのミガキ鋼板みたいなものが吊るしてあるという・・工業的な・・全然オーケストラじゃない風景だった。
音楽とのギャップがあって忘れられない。
CDを聴くチューブラーベルとは思わないけれど高い倍音のほうが強く聞こえる。
最後の方で周りの楽器が薄くなった瞬間に基音とこれをたたいた時の金属的な感触みたいなものを感じ取ることができました。
あの光景を思い出しながら・・

検電ドライバーとオーディオの思い出

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この中で何か光っている物体は検電ドライバーというもので、マイナスドライバーの形をしていますが、時々このようにコンセントに突っ込んで先端を指で触ってみたりします。
日本の単相100Vは片側が接地されているので、その反対側にこれを突っ込んで、自分が指で触れると、自分の体と大地を通る回路ができて電流が流れ、中のネオン管が光ります。
(接地・・アースされている・・地面につながっている・・・という事です。
そんなことしていいのか?と思う人もいるでしょうか?
漏電ブレーカーが確実に働くとか、安全上の目的があってこうなっています。
実際は電柱にある変圧器で単相三線200Vの中線が接地されているはず・・)
どうでもいいですが、大地を「たいち」と読む人は電気屋です。
CDをコストダウンと読んじゃう人は・・お疲れ様です。

電極と自分の足の間に約100Vの電圧がかかりますがドライバーの中のネオン管と高い抵抗値の抵抗に分圧されるので自分には大した電圧はかからない・・自分の体の中を微弱な電流が流れているのは間違いないですよね・・面白いよね・・
でも興味ないとどうでもいいですよねこんなの。

そんな人いないとは思いますが、これを読んで勘違いをして変なことしないでくださいね。
感電の自慢とかする人がいますよね。
100Vだって状況次第では死ぬかもしれませんよ。
100Vで感電している人を見たことがありますが断末魔でした。
あんなことは絶対に起きてはいけない。

これを買ったのももう25年前です。秋葉原のオヤイデ電気でした・・なんかものすごい人だかりができていて、「おにいちゃんは?なに買うの!?」みたいな・・八百屋のたたき売りみたいな状況だった記憶が・・
あそこに限らずどのお店もそんな活気があったよなぁあの頃・・

なんでこんなもんがいるのかという事ですが、当時学生アパートで組んでいたオーディオ装置の電源コードには極性に表示があったんですね。
接地の表示を接地の側に接続してください見たいな・・
通常コンセントの形でそれを判断するんですが、まれに決まりと反対側に接続されていること(うちがそうでした)もあるので実際確認しようと思ったわけです。
なんで極性を合わせるのか・・とかはもういいか・・

今は高級電源ケーブルを使わなきゃオーディオマニアじゃないなんていう事になっちゃっていますが、あのころはみんな電源ケーブルなんて機器直出しでしたよね?
93年ごろなのでもうバブルははじけていましたが、まだバブルの延長みたいにオーディオ機器は毎年モデルチェンジをし、雑誌には毎月レビュー記事があふれていたと思う・・・
いよいよ不景気になり、オーディオ機器なんてみんな買わなくなると、おっさんの小遣いで買えそうなケーブルだコンセントだとか言い出したような・・・えっちがう?
ラインケーブルとかスピーカーケーブルなんかはもっと前からやってたか・・よく宣伝で純度99.999999%だっけ・・・
自分も今思うとバブルな設計だったんだなと思う制作工数のかかりそうなケーブルを持ってた・・剥くのすごく大変なの・・硬くて曲がんないし・・・でも学生に買える値段だったような・・今みたいになんでもトンデモ値段じゃなかった・・作れば売れたんだろうなぁ・・

ちょっと文句めいて書いてますが、自分も電線病にかかったことがあります。
この写真のコンセントボックスはもう高級品とかいうのに冷めていたころにオヤイデで買った部品で組んだもの。
APUとかDDCとかの電源を刺しています。
ここのコンセントは変なオーディオ用じゃなくてパナソニックの医療用。締め付け力みたいなのが通常より強く設定されているのかな?
職業柄・・・医療用コンセントをホスピタルグレードと呼ぶのはわかりますが、オーディオグレードなんてものがその上にあるかのような言いようはちょっと・・
買っちゃったこともあるけどさ・・・

FIDELIXのアダプターは「そんなとこ太くしたって意味ないだろ」とかいってチープな見た目のコード直出しなところが潔くていいですね。
インレットにして重いケースに入れてぼったくり値段にしたほうが売れるのに・・
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本人が楽しきゃいいんだよねこんなの・・
ただ、電気関係は最悪人の命を奪うような事故につながる可能性を持っています。
趣味だとか個人の問題だとかそんな話ではないと思います。

急にご挨拶

こんにちは、なんだか寒いですね。
来週なんとなくバタバタしていて、今日も昼から出かけるし・・と何日か先の分までブログ記事を下書きしていたのですが、書きかけの物を誤って一瞬公開してしまいました。
あっやべなんて思っているうちに拍手をいただけてしまい・・
本当にありがとうございます。
気分が落ち込み気味な時に拍手をいただけてるのを見たりするとそれだけで一日いい気分で乗り切れたりするんですよね。
コメントをいただけたりすると涙ものです。
拍手いただけなくても時々見に来てくださる方、本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。

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今年の流氷はどうだったのかな・・
いきたいなぁ・・

エリアフ・インバル 東京都交響楽団  マーラー交響曲第9番

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7月の
エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団
マーラー:交響詩《葬礼》
マーラー:大地の歌
というコンサートのチケットを取りました。2日連続で。
先行販売というのでも狙った席は埋まっていて取れませんでした。まぁいいかそんなの・・
楽しみです。

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彼らのマーラー交響曲第9番と交響曲第10番を聴きに行きましたが、特に9番は忘れられません。

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フィナーレのクライマックス・・何も知らずに聴いてもものすごい場面ですが、
やっぱり生きたいんだ!と叫ぶホルンの強引なニ長調主和音をヴァイオリンのHが切り裂く・・・
(Cesと書くの?・・なんでチェロはHで書いてあるの?)。
このバイオリンがやっているのは1楽章の節目で鳴っていたあの

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死の宣告のテーマです。

最後の力を振り絞って生きようとしているところへ無慈悲に突き付けられる死の宣告・・
ここは誰が聴いても強烈なメッセージを感じる場面ではありますが、気づいていないと第1楽章のあのリズムだという事がわかりにくい面もあると思います。
マーラーがもし生きて自分でこの曲を振っていたら、聴き手にそのことを印象付けるべく何かもう一工夫したんじゃないかと思うことがあります。
何もしなかったかもしれないけど・・

この部分、ヴァイオリンにviel Bogenと指示があり弓を何度も返す記号もあります。
が、この時のインバル-都響は全員の弓がそろって動くのではなく、各奏者が全くばらばらのタイミングで一心不乱に弓を返す・・という光景を見せていました。
普段は見ることのない、何本もの弓がバラバラに激しく動いているその光景は異様で、変な言い方ですが虫がうごめいているようにも見えた。死を運んでくる虫・・その時はそこまで思わなかったけど・・
それはとても長い時間に感じられ、この部分が他とは全く違う特別な時間なのだという事をいやというほど強烈に印象付けてくれました。
マーラーがそうしたかはわかりませんが、ものすごい説得力を持っており強烈な印象で忘れられない。

先日その時の録音をCDで聴きました・・時間がなかったので第4楽章だけ。
冒頭の弦楽器の音色から尋常でない感が伝わってくる・・
死の宣告の部分、異様な力を持った音・・たくさんの弓がバラバラに返されているのもわかります。
本当に一心不乱に弾いているので、楽譜の音以外のノイズみたいな音が出てしまっているのが捕えられているんです。
それを聴いてあの光景が再び頭によぎり、また感動させられました・・

マーラーの交響曲の中でこの9番に特別なものを感じている方も多いのではないかと思います。
この曲は昔ポケットスコアを見ながら何度も何度も聴きました・・
好きすぎて4楽章はいくつもの声部が絡み合いカオスになっている部分を分解して聴いてみたくなりmidiで打ち込みしました・・・いいかそんな話は・・

生きることを願い、進んでいこうとするのに何度も死を突きつけられ、最後は死んでいく・・
という内容で交響曲6番と共通していますねこの曲。
同じことを外から見ているのが6番、本人の内面から見ているのが9番という感じもします。
そんなに単純じゃないかもと思ったり・・

自分もいつか死ぬわけで・・あぁいいやそんな話は。

何度も書いてしつこいですが、これまで信じられてきたマーラーは自分の死におびえてこの曲を書いたという伝説は間違いみたいですよ。
死の宣告のリズムは不整脈を表している・・なんて聞くとものすごい説得力で感動しますが、そもそも心臓病を患っていたというあたりから誤認なようです。
この音楽は無駄な伝説がなくても十分に深い感動を持って聞ける音楽です。

この曲はもう一度スコアを見直してその意味を考え直していこうと思っています。

硬いハープ ラヴェル ピアノ協奏曲ト長調

ハープについて先日書いたわけですが・・

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もう結構前になりますが、
チョン・ミュンフン指揮 東京フィルハーモニー だったと思う。ラヴェルのピアノ協奏曲(両手)をコンサートで聴きました。
ピアノはエレーヌ・グリモーだったと思います。
当時はやたらに前のほうの席で聴きたがる盛りだったので、ハープがよく見えていたような・・

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第1楽章で Quasi cadenzaとか書いてあってここだけハープ協奏曲みたいですよね・・
楽譜の絵的にはシンプルにも見えますが、2台のハープがやっているような幻想的な世界を一人でやっています。
ハープわからないですが、これ難しいんでしょうか・・難しいんですよねきっと・・
ついでにこのピアノが単音だけ伸ばしているのもちゃんと聴き取りたいですよね・・
ピアノコンチェルトなのにこんなのが突然出てくる・・・しかも違和感なく収まって・・ラヴェルだなぁーという感じですよね。
ここからピアノのカデンツァまで、管楽器のフラッター、弦のユニゾンで上下するグリッサンド、ホルンのハイトーンソロ、オーボエのあれ・・と短い間ですがいかにもラヴェルという面白い音楽となっています。

マニュエル・ロザンタールの本にこんなことが書いてあった気がします。
ラヴェルはこの曲を自分で弾いて初演しようと急にエチュードを勉強し始めた。
皆で何とかしてやめさせようとした・・

この曲は、ピアニストが技巧を披露するための曲として書かれたんじゃなくて、ラヴェルがラヴェルを披露する音楽なんですね。
そんなの当たり前か・・

で、言いたいのは第3楽章で
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後半の山場に向かって登っていくところ、ピッコロ+ハープがでてきてみたいな部分なんですがスタカートのピッコロにハープの硬い金属的な音が合わさって、プラチナみたいに光って硬い何かが踊っているような印象を感じたんですよ。
あ!こここういう音楽なのかぁ!ととても驚き感動した覚えがあります。
記憶違いかもしれませんが、ハープの奏者の指がそういう音を出そうという形に見えたような・・・ちがったかな・

愛聴CDではここ、そんな風に聞こえません。
リオン国立管弦楽団だっけ?でもこの曲を聴きましたが、あの感じには聞こえなかった・・・場所のせいもあるかもしれない・・・
そもそも金属感を狙ってはいなかったのかも・・・

もし今後この曲を聴く機会があったらここはハープに目も耳も集中させると思います。

オーディオは本当にホールの音を伝えているのか?

※正確な知識のないものが適当なことを言ってしまっている可能性を持っていると思います。
 適当に読んでください。

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コンサートではないですがある公演に席による見え方の違いも楽しみつつ3日連続で行くような友人がいます。
その人が
「コンサートホールも席によって聞こえ方が違ったりするんでしょう?」
「違いますねかなり・・」
「席の好みもあるだろうし、曲や演奏者によってこの席でっていうのもあるんでしょう・・」
「そうですね。」
「オーディオでも調整でどの席で聴いている音・・というところまで再現できるんでしょう?」
「うーん」
この問題はいろんな要素を含んでいて大変面白いと自分は思っています。

うちのオーディオでオーケストラ音楽を聴くと目の前にステージがあり、どの位置にどの楽器がいるか・・調子が良ければ壁の位置や天井の高さみたいなものも感じられたりします。
それを高いところから見下ろして・・・
でもみんなこの位置から見下ろすように聴いてるわけではないですね・・

そもそもCD(古い?)などに入っている音源(今、話上オーケストラについて)はどんな席というか位置で聴いていることを想定しているのでしょうか・・・
多分、席の想定なんかないんですよね?

バイノーラル録音でしたっけマネキンの耳の部分にマイクを仕込んで・・・それを任意の客席に設置して録音すれば・・・そしてそれを聴き手もヘッドホンで聴けば・・ホールのその席で聴いた音がうちでもリアルに再現されるのかもしれない・・
でも、場所的なリアルさは音楽鑑賞に必要な情報の一部でなく、もっと優先されるべき事柄そんなことしたってしょうがないのかな・・
場所感だけがリアルでも細かい音が聞こえないとか低い音が聞こえないとかじゃ音楽鑑賞になりませんし・・
人間は聴き取るべき音を無意識にに調性して聞くという自動補正機能を持っていますが、マイクにはないですもんね。
それに、散々書いてきましたが(あっ読まないですよねそんなの)、オーケストラ音楽をステレオ再生する際に求められているのは実は現場と同じように聞こえることではない・・・というのがありますので・・

実際は多数のマイクを任意の箇所に立てて音を拾い、よりいろんな楽器の音が聞こえやすく聞こえ、音楽の全てを聴きとれるように・・みたいなところに主眼が置かれて録音編集音作りが行われていると思います。・・
録音だとステージじゃなくて体育館の床みたいなところで録っている写真もよく見ます・・取り合えずその場には客席-ステージという関係は存在しないわけですよね・・?
ワンポイント録音というのもあります・・よくわかっていませんが、創作の入らない自然な空間特性がみたいなものが得られる・・ただどこから聴いているか情報が固定されるとかじゃないですよね。客席にマイクを置くわけじゃなくて天上から吊ってあるあれで録るんでしょう?

スピーカーで再生させて聞く場合、音像の定位感その他からくるどこからステージを見ているかという感覚はスピーカーとリスナーの位置関係で決まってくると思う・・というか少なくてもうちはそうです。
聴き手側で脚色が可能なわけで・・というか再生系以降に任されているというか・・
そこに面白さがあるわけで、全然文句はないですよ・・

演奏者と聴き手の位置関係が変われば音も変わって聞こえます。
聴き手の位置というのは非常に重要な要素なはずですが、実際ホールでの大ケーストラ録音などは聴き手の位置というのを明確に固定しようとはしていないんだと思います。

それが悪いと言いたいのではありませんよ・・逆に録音側で席を固定されちゃたら困るというか嫌かもな・・
装置再生で音楽をよりよく楽しむために追及されてきた方法というか流れなのであって文句ではなくて感嘆というか感謝というかそういう気持ちです。

ただ、よく原音再生!なんていってオーディオマニアの格言みたいになってますが、そもそも原音再生なんてないんじゃないかとは思うんですよね。位置問題だけではなくて、遠くから聴いているのに木管のキーの音が聞こえまくりとか・・でもそれでいいんです。

私は椅子の高さを調整したりして高い位置からステージを俯瞰するような感じで聴いていますが、実際よくある2階席の位置ではなくもう少し前方、1階席の上空みたいなありえない位置で聴いている感じになっています。



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エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団のマーラー交響曲第9番
この演奏会は実際行って聴きました。その時のライブ録音CDです。
このCD、通常盤のほかにワンポイント録音盤というのが少し高い値段で出ていていました。
自分は調子に乗って後者を買って聴いているんです・・でも通常盤も買って聞き比てはいません。
実際会場が3か所あったけどどこのなんだよとか言うことは今置いておくとして、聴いてみると上記のような1階席上空からステージを見下ろすイメージで聞こえます・・
私が聴いてた1階席のあの場所じゃない・・当たり前なんだけど・・

最初の会話に戻ると、
それをセッティングであの場所にできるかというですよね・・部屋が十分広いとして椅子の高さやスピーカーからの位置、角度などを調整するとあのときのあの位置のように聞けるんだろうか・・定位感なんかはいけるかもな・・でも楽器の聞こえる聴こえないはまた別要素だよな・・部屋の中の定在波みたいなのの影響とかも聴いてくるだろう・・

なんか書こうと思って聴いてみたんですけどいろいろ思い出しながら音楽に感動しちゃって・・
通常盤も買って聞き比べようかな・・

あっやっぱり少し書こう、このCD、3か所のホールで録った録音を編集してできているようです。聴いていて違和感もないし文句もありません。
でも、ホールの音を再現・・とかいうけど本当にホールの音が全部盛り込まれていて・・・原音・・みたいな・・それだと3か所の音を使って一つのCDというのは意味がよくわからなくなってくるんだけどなぁ・・
実際聴いているのはどのホールの音なんでしょうか・・


結局言いたいことがまとまっていませんが・・・オーディオによる音楽鑑賞って、奥が深いなぁーと・・


昔、学生のころにシステムを組んでいた時は低い椅子に座りステージを若干見上げるような感じで聴いていた。
1階席の何列目か・・的な・・
懐かしいな、あのシステムと同じような音を出そうと思ったら当時の5倍・・もっとかもな・・の予算が必要だと思う・・
今から考える機器のコストパフォーマンスがものすごくよかった。
オーディオの最後の花みたいな時代だったと思う。
今残っているのはGTラックとオヤイデの「音が良くなる電源ケーブル」(こたつ線みたいなのに防水プラグをつけたやつで当時はまだそんな感じの名前で売られていた・・そんな時代だった)だけ・・
ともにつかわれずに眠っている・・思い出もあるので捨てることはできない。