立場

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超絶技巧系ピアニストだったラフマニノフの書いた曲は弾けるもんなら弾いてみたいなところのある曲みたいですが、、彼のもう一つの魅力はメロディーメーカーなところですよね。

ピアノ協奏曲第3番もピアノがオクターブで歌う最初の旋律なんて雨の妖精みたいなのが歌ってるみたいですよね。
背がすごく高かったらしくて写真を見ると寡黙で冗談も言わなそうな人に見えますが、実際どんな人だったんだろう?

その3番協奏曲のフィナーレのコーダ、2番もそうでしたが明らかにチャイコフスキーの影響と思われるオケとピアノがそろって第2主題を歌いあげるみたいな部分があります。
CMで流れていたり・・
ピアノに重ねて熱く歌う弦楽器はしかしピアノを邪魔しないように気を使っているんだと思う。
この協奏曲はピアノの超絶技巧ひけらかし音楽などではなくてそれなりの内容を持って聞かせる音楽ではあります。とはいえあくまでピアノが主役ということでここまでやってきた・・
このコーダも・・
でも聴いていると旋律が盛り上がってきたその先でオケがピアノを差し置いて熱く熱く歌い上げる部分があるんですね。

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(この2、3小節目)

ピアノは弾くのをやめはしないけど旋律からはずれる・・
ここがなんだか感動的だ・・

オケ・・本当は私らだって歌ってんだよ・・
ピアノ・・あっ もちろん・・・
でもすぐに、ピアノに歌を返してあげる。


指揮者が歌え!もっと!ってやってんのがいいよね・・
ここだけはピアニストがどんな世界的ピアニストだろうが・・人気者だろうが関係なくオケはピアノを差し置いて絶唱してほしい・・

これはもっとオケに歌ってほしいなぁ。
私の好みなんか関係ないんだろうけど、やってほしいなぁ・・
でもまだちゃんと全部聴いてないけどこのピアニストはなんかパワフルで面白いな・・

切ないメロディーとか七色のハーモニーとかそういうのもいいけど・・名曲の条件はこういうところに密かに隠されてもいるんじゃないかと思うんです・・
ちょっとしたことが深みにつながっているというか・・

毎回言って一つ覚えみたいですけど、作者のピアノ、マーラーの指揮でこの曲・・という演奏会があったということなんです。
ここどんな演奏だったんだろう・・思い切り粘って、低音はグワー!とかまして・・みたいな想像をしてるけど・・
意外とそっけなくやってたりして・・
聴いてみたかったねー

この先いったん下がってまたあがると絵に書いたよなクライマックス・・
カレーのCM。

ラフマニノフのピアノ協奏曲はこの次に4番というのもあります。
でも2番、3番にくらべれば圧倒的に演奏回数は少ないんじゃないでしょうか・・
私が勝手にあんまり好きじゃないだけかな?
30年くらい前に何度も聴いた記憶があるけど、もうどんな曲だったか細かいことは思い出せない。
都会に出て来ました・・みたいな曲だったような・・


エコー

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ブルックナーって
いがぐり頭で全然おしゃれじゃない服装でやってきて、田舎の方言丸出しで、いつもへりくだった態度で・・・みたいなイメージがあって・・
カリカチュアだっけ?ああいうのも実際より背を低く腰を丸くしてそこを誇張したような感じに描いているでしょう?
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素朴な人だったとは思いますが、ウィーン国立音楽院の教授になるようなひとなんだから・・
ワルキューレを見て「あの女はなぜ焼かれたのだ?」といったとかいう話が有名ですが本当かなぁ?

ブルックナーの交響曲第2番、第3番をワーグナーに見せたところ好感を持ってもらえた。
ワーグナーは特に3番の主題をトランペットがpで歌いだす個所を気に入った・・みたいな話が有名です。
だけどオーケストラに演奏不能とか言われて・・やっと初演したらお客みんな帰っちゃってて・・・残ったわずかな支持者の中にマーラーがいたとか・・だっけ?
その後何度も改訂して・・
普通に聴くのは第3稿と言われるやつですか・・
フィナーレをカットしすぎで軽くなりすぎじゃねーのとかスケルツォの終わりは違う稿のやつも面白いぞとか思ったりもしますが、この曲も結構好きです。
・・この稿書いた後に聴いてみたけどやっぱりかなり好きです。
フィナーレはソナタ形式だけど再演部が展開部を内包してる・・みたいなかたちなんですよね。
9番の1楽章もこの形ですが序奏の再現+展開みたいなのが長く来くあってから第1主題が出てくるので曲の重心もいいところにきて安定しているように聞こえるんだよな・・
これはボーっと聞いてると第1主題が省略された再現部に聴こえちゃう・・

怪鳥に王子が乗って飛んできそうな第1主題と、村の祭りの踊りみたいな素敵な第2主題が・・・いいですね・・
の後に突然出てくる第3主題・・

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木管と弦楽器のユニゾンをタイミングを遅らせた金管が追いかける・・
エコーなんだろうけど、旋律が動いていくといろいろ重なってぐしゃぐしゃになって聞こえるんですよね・・
今は慣れてしまったけど、初めて聴いたころは驚いた・・
なんだこれ!?
こういうので演奏不能とか言われちゃうんじゃないかと思うけど、反面新しすぎ、面白すぎ、個性的過ぎ・・

昔、朝比奈隆と金子 建志の本の中で彼らが、これは大聖堂でオルガンを弾いているときに聞こえるエコーをオーケストレーションしたものじゃないかと指摘していた。あれちがたっけ?

オルガンって、あんな建物みたいな楽器だから、自分と発音原に距離があるため自分の弾いた感覚よりずっと遅れて音が聞こえる、音を聴きながら弾くことはできない・・というのを読んだことがあります。
これはそれとまた違いますが、石造りの大聖堂だと先の音が向こうの壁に当たって大音量なまま帰ってきたりするんでしょうかね・・
普通の人はそれを音楽とは分けてとらえ、もっと言えば邪魔のものとして切り離して考えるんでしょうけど、ブルックナーはそれらが合わさった独特の音のカオスみたいなものを音楽としてとらえていたのかもしれません。
それをそのまま作品化しようとするところでちょっと凡人とは違うわけですようね。

こんなのマーラーにもストラヴィンスキーにもないような・・
調べりゃいっぱい出てきたりするのかもしれないけど・・


この曲、周りが文句ばかり言うから何度も改訂してそのたびにカットをして・・
ちょっとバランスが・・とか思っちゃいますけどね。でも、最後に怪鳥のテーマの上でワーグナーがほめてくれた第1楽章の第1主題が高らかに歌われるのを聴くと、全世界を抑えて勝利したなーって気持ちになりますよね。
私が勝利したわけじゃないけど・・教授!やりましたね!とか言ってあげたいあの人に。



終わりが大事

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マーラーの交響曲第2番は何でしたっけ自筆スコアがオークションで6億円でしたっけ・・
でもネット上でただで見られますね。見られれば満足できる私としては笑いが止まりません。
みると印刷譜を意識したようなレイアウトで丁寧に清書されていて、指揮者としては結果も出していたでしょうが、作曲者としてはまだ書けば出版してもらえるというわけではなかった?彼の曲への愛や、その後への野心みたいなものを感じます。
実際自分が指揮をするために使えるように作ったのかな

見てて面白いのは曲尾に
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こんなのが書いてあるんですよね。
これエコーかな?
曲への愛みたいなのを感じるでしょう?
こういうの書くもんなんでしょうかね?

ここ弦のピッチカートがppで鳴らされて終わっていくわけで・・ホールに残るエコーっていうのはあんまりないですよね。
実際の音じゃなくて精神的な余韻みたいなものかなぁ・・

下の方にごちゃごちゃ書いてあるのは有名なここで5分間の休憩を置け・・というやつですね。
気持ちはわかるような気がしますが・・・
今はやらないですよね?
ほんとにやったらお客さんの集中力は切れちゃいそうだし・・トイレなんか行きだしたら5分じゃ収集つかなくなりそうだし。

バッハの・・バッハも目を通したんだっけ?フーガの技法の初版の中にも
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こういうのありますよね・・


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3楽章へアタッカで続く2楽章の最後にはありません。
間は置かず、前の花園のピッチカートをかき消すくらいのタイミングでティンパニが入ってくるんだよということですかね・・


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4楽章へアタッカで続く3楽章の最後には書いてあるんです。
アルトが歌いだす前にちょっと間があって余韻を聴くということ?・・

そんなんじゃなくてただ書きたくて書いてるだけだったりして・・

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全曲の最終部分はこんなに立派なことに・・・
なんとなく書いているんじゃなくて定規みたいなので丁寧に・・

マーラーの時代もフライングブラボーとかあったのかなぁ・・
オペラで内容に関係なくスター歌手を絶賛するようなお客を締め出したりしたんでしょ?
コンサートに対してはどうだったのかな?‥
私もこの曲でフラボーやられたことがあります。

いつごろだったかにTVでオネゲルかなんかの曲をやってるのを見ました。
とても感動的な曲でTV越しの初見だったのに感動した・・
その曲の最後・・静寂の中に音楽は消えてゆ・・・・・
あーあ、独りよがりなフライング拍手が静寂を破壊していく・・
俺この曲知ってるんだよー!みたいな・・
その時指揮のデュトワが苦虫をかみつぶしたような・・いや、もっとひどい表情をしていたと思う・・というのがしっかり映っしていた(と記憶している)。
あれ編集者のメッセージじゃないのかなぁ・・

アンコールなんかで最終音が鳴るかならないかでワーっと拍手っていうのが楽しい場面もありますけど、最終和音のエコーが空気に溶け込んで行くのを聴いて涙が出るってのもあると思うんだよね。
曲や演奏によっては余韻にかぶる大拍手・・ていうのもありだよね。
しばしの無音の向こうで音楽が続いているのを感じる・・みたいなのもある。

何度か行って感じるんだけどコンサートって、お客も場を作ってる一員なんだと思うんですよね。


フーガの技法はまたなんかすごいんですよね。曲が終わると
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花が咲いている。

これ、ただ余白を埋めているんじゃないんだとか言って深読みできるみたいですね。
昔用んだ本に書いてあった説では・・なんだっけ聖書かなんかそういうのの内容と対応させられるんだっけ・・
バッハってすごいな。

堂々と


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いろんなブログを見てると時々なんかものすごく落ち込んでいて、あーこの人大丈夫かな・・というのに出くわします・・
でもしばらくすると通常運転に戻ってるんですよね。
みんな頑張って生きてるんでしょうね・・あたりまえか。

いま何だか知らないけど気分が安定しているというより変に上がっちゃったので勢いでこれを書いています。
私の問題点はこのあがってるのが持続しないというか忘れちゃうんですよね。
下がったときになんで下がってるのかを分析しても何もない・・
その時これ読んでみよう自分で・・・余計下がったりして・・


ずっと無駄に卑屈になって小さく陰に隠れて生きてきた私へ送るこの曲



べたですけどこの曲
ワーグナーのニュルンベルクのマイスタージンガー前奏曲。
ワーグナーの伝記みたいなのを読むとこんな人大嫌いだと思うけれど、彼の音楽は好き。
有名曲だからYouTubeにもいろいろあった。
これはマゼール・ベルリンフィルらしいけど結構好き・・・
終わり近くでやりすぎなくらいにテンポを落としてるのはマゼールらしさなのかな。
こういうはったりをやっても納得させるところが才能なんだろうねぇ・・

オペラの筋はなんとなく知ってるけど全然興味がわかない。
でもこの前奏曲は大好きだ。
本当はオペラの内容が結晶化している曲なのでその内容を無視して勝手に喜ぶのは筋違いかもしれない。
でも私は私なので、どこかの正しい誰かとは別な人間なんだから。

ちょっと話がずれるけれど・・
最近思うけど、本やネットに書いてある楽曲解説みたいなものは参考にはなるけど絶対的な答えなんかではないと思う。
仮に高名な研究者や評論家が言ったものだとしても・・

この際誤解を恐れずに言ってみますと、
作曲家本人が言ったことであっても、うのみにしないほうがいいと思う。
彼らは自分の大事な心情告白であるそれを馬鹿正直に言葉でしゃべったりなんかしないと思う。
それを伝えるのが音楽なんだから・・
音楽を通してわかる人間にだけ解ればいいと思っていたはず。
自分で感じていかないと。


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堂々の真正面馬鹿正直的なハ長調。
でっかいもんが堂々と進むと恥ずかしさも通り過ぎて立派に見えるんだよきっと。

一言Maestosoなんて書いてあるんじゃないかと思ったらなんかドイツ語で
sehr mäßig bewegt
きわめて適度に活発に?
なんだよそれ・・
きわめて適度にってまたずいぶん限定的な言い方で、こまけー話じゃないか。
聴いてる印象と違うなぁ‥
直訳したってしょうがないんだろうけど、面白いね。

聴いてて思ったけどここ馬鹿みたいに金管が押すんじゃなくって、木管がいい感じに見え隠れすると真珠の貝殻みたいに少し七色に輝く光が見えるんだよね。
こういうのを引き出せるかどうかが指揮者の腕なんじゃないかなぁ‥

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このあたりから始まる雄大で力強く、でも優雅な音楽も大好き。
こんな風に生きたいね。
人が私をどう思うかなんてもう犬の糞みたいなもんなんだよ。
自分がこんな気持ちで生きられたらそれでいいんだよ・・
こんなふうに生きられたらいいのになぁ・・

スコア上でホルンは木管と金管の間のどっちとも組めるよーみたいな位置にあるもんだと思うんだけど、
よく見るとこのスコア、ホルンがファゴットの上に書いてありますね・・
こういうのもあるのか・・
ここの低音の動きも大好きなんだよなぁ・・俺に任せろ。みんな乗って来いよ!・・みたいな

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ずっと押すばかりじゃただのバカみたいだけど・・
内向きな一面も見せてくれる・・
ここ自問自答みたいな掛け合いなんだね。

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ここは低音楽器をやってたら憧れるでしょ・・じゃない、私は憧れるんです。

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朗々と歌われる主題もいいけど、それが終わってからもずっと登り続けていくここからに萌える。

中学生の頃、朝この曲を聴いてから学校に行くといいことがある・・みたいなアホみたいなおまじないがありました。
で本当に良いこともあったんだよ。
そう、人生の中でいい時もあったんだよちゃんと。
その後の嫌な時代の印象が強すぎてその陰に隠れちゃってるんだけなんだよ。
私もこの曲みたいな人間だと思って生きられたらいいよなぁ・・
勘違いでいいんだよ。

私の人生が何だろうが、関係なくこの曲は存在してこれからも演奏されていく。そんなの当たり前だけど。
いい曲だねぇ・・涙が出そうだよ。
作曲者の人間は嫌いだけど・・

夏祭り

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またいつかここ行きたい。

昨日は所属団体のイベント参加というかどこかの自治会の夏祭り参加みたいなのへ行きました。

幼いころ、近所の夏祭りに行きたいという私に両親は
「何んでそんなものにいくんだ。くだらない!」と、この世で最も愚かなことのように吐き捨た。
その後同じことが続いたため自分は無理なのだと悟り、お祭りなど楽しそうなことは耳をふさいで聞こえないようにして過ごした。
「そんなものにはいきません」というと親の機嫌が良いことを覚えて何度か言ってみた記憶がある。
中学生くらいになれば勝手に行動できたはずだけど、その記憶もない。
洗脳されちまってたんだろうな。

いってきましたよ。
いつも通り人見知りの病的疎外感を感じながらもいい人がいて少し話ができたし、
何より楽器を吹いてる間は楽しかったよ。
クラシックなわけがなくて流行歌と演歌。
流行歌はかなり有名な曲で日本中知ってるらしいけど私は知らない。
知らなくても生きていけるし、知りたくない。
演奏して楽しい曲=聴くのが大好きな曲じゃないくていいらしい。
聴くのが苦痛な曲=演奏して楽しい曲でもいいらしい。
人付き合いが広がったらな・・なんて甘えた妄想もしてたけどそっちは多分この先もダメだ。
まぁいいよ、知らねーよ人なんか。
音楽も一時は挫折しかかったけど、でもいいよこれでこのままいけば。
音楽が好きだだけでいいじゃんか。
人の言ったことに引っ張られるのを何とかしないとね。
命令系で言われると従うよう仕上がっちゃってるから。
大抵良い結果に結びつかない。
趣味も私生活も仕事も。
誰かの正解は私の正解じゃないもんね。

夏祭りといえば花火。

ストラヴィンスキーの花火という曲。
Op.4ということで、習作みたいな感じ?



これ、自作自演みたいだ。
ちょっとくっきりはっきり過ぎてもうちょっと幻想的な感じがほしいような気が・・
とても短い曲で特に魅力的な旋律があるというわけでもないけど、スコアは

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ずっとこんな感じで・・見ていても聴いていても火の鳥を予感させる。
というかもう火の鳥の一部みたいに聴こえる部分も多い。

花火も見るなら人のいない遠くから見るのが好きだ。
今年はあえて人ごみの中に行ってやろうかな。
むりかな。

音楽部屋には2階にあってエアコンがないため、日が差せば蒸し風呂です。
音を出すので窓を開けるわけにもいきません。
近所迷惑を考慮してということが第一ですが、クラシックを聴いてるところにセミのハイパワーな鳴き声がダイレクトに入ってきたら興醒めだろうな。
セミの出力って何Wくらいあるんだろう?

何か測定して分析できたわけでもないですが、
聴いていると湿度が音質というか定位感、音場感に影響しているような気がするんですよね。
冬の乾燥しているときのほうがいい気がしてる。
他にも午後より午前のがいいとかいろいろある。
すぐに電源の影響だ!とか言ってしまうけど、実際何も変わっていないのに聴き手本人の体調や精神的状態が聴感にかなり大きく影響している可能性もあると思う。

オーディオって一言でまとめちゃってますけど、どんな音、音楽をどう聞きたいかは本当に人それぞれです。
音楽なんか聞かないオーディオというのもありますもんね。
例えばクラシック音楽のそれもオーケストラものに限定してしまってもいろいろです。
画像検索で、オーディオ、部屋とかやるといろいろ出てきますが、音を聞かなくてもスピーカーの置き方を見るだけで、大事に考えているものが人それぞれなのはわかります。
過去少しだけ経験しましたが、人それぞれなのが解らないままその種の人どうしが接触すると不毛な馬鹿にしあいみたいなことになるので怖いです。
我の強い人たちが多そうですもんね。
そういうところも簡単にうまくやれちゃう人がいますが、私はその能力が不足していると思います。

小さくてもスピーカーの周囲に大きく空間を撮り、無駄な反射音を排し、スピーカー間に空間を開け、さらに後方の壁とも距離を大きく取っている人・・・をみると!!となります私は。

偉そうに言ってますけどうちの音楽部屋は驚きの狭さで笑います。
その写真なんかみっともなくて出す気がしない。
だからブログのカテゴリもオーディオじゃなくてオーディオ?

で、画像検索をボーっと見ていると屋根裏部屋をオーディオルームにしている人がいました。
家に屋根裏部屋はないんですが、
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昔の流行りか片勾配の屋根を持っているため、屋根裏部屋を作れそうな空間は持ってるんですよね・・
ここにオーディオルームを作っちゃえないかな・・この変な形がかえって定在波を防いでくれたりして・・みたいな妄想が始まる・・
いや、あんなところにお金かけるんなら、今の部屋の変形構造を補正する方がはるかに現実的か・・少し広くなるな・・

今までだったら、ちょっと妄想して終わりだったんだけど、昨年会った同級生が立派に工務店経営者になってたことを思い出す・・・
「ちいさな依頼でもやってくれるの?」
「そりゃあ、もちろんだよ」みたいな会話したよな・・・
見積もり・・

実際、今くらいの時期にLANケーブルを引き回すために天井裏へ入ったら灼熱地獄みたいだった・・
あんなとこに部屋なんか作って使えるんだろうか?・・・
その前にまずお金なんかどこにもないじゃんか・・・
お金はためるとして一番の障害は・・・
とクールダウンしていく・・

まぁでも、夢を持たないと・・夢くらいいいじゃんか・・
こんなインドアな夢じゃだめなんだよな・・
でも何もないよりいいじゃんか・・


夢違いだけど・・



とどかない


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新宿湘南ラインに乗ってボーっと外を眺める。
新宿を出てちょっとすると西武新宿駅が見える。
皆が入ってる新宿駅には入れず、仲間外れになったようになところに・・
もともとレールはさらに前進して新宿駅に到達するはずだった。
それまでの仮駅のはずであったが、新宿駅へ入ることをあきらめ本設としたらしいことを何かで読んだ。
駅が入る予定のビルの構造的問題とかなんとか書いてあったけど、そんなことより政治的陰謀みたいなものがあったんじゃないだろうか?


重い交響曲よりも重いんじゃないかと思えるブラームスのピアノ協奏曲第1番ニ短調。
知らないけどピアニストにとっては内容的にも体力的にも重く大きな曲なんじゃないだろうか?
そんな曲なのに、曲の終結部は最終和音を目前にして

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ピアノは終わってしまいます。

西武新宿線である。

ベートーベンの皇帝とかピアノは手前で弾ききってオーケストラが締める曲は他にもありますね。
でもこの大曲を弾いてきたら最終和音を豪快に鳴らしたいんじゃないかなぁ・・なんて
昔、N響アワーでアルフレッド・ブレンデルがこの曲を弾いていたのを見ました。彼はピアノで最終和音を弾いてた。

ピアノのおしまいの部分、オーケストラと対等にその歌を歌い継ぐという豪快な場面でもあるんですが、聞きようによっては主役が大見得を切って終わるというより、コーラスみたいなのが
きょーうもいい天気(^o^)
とか歌ってるみたいにも聞こえて・・・妙に軽いようにも・・
若者の、どこへぶつけていいかわからない巨大なエネルギーが炸裂している音楽・・
第1楽章の冒頭なんかマーラーもびっくりの重戦車爆走的音楽(演奏にもよるけど)なのに・・
でも、それこそがまさに狙いだったりするのかな・・

この直前でピアノがカデンツァを弾き、トリルで締める部分がある。
あそこが高田馬場だろう。
バカなことばっかり書いてごめんなさい。


この曲を書いていたころのブラームスは
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こんなブラームスなんじゃないか。
こんなのが超絶才能をちらつかせて登場したわけである。
クララ・シューマンだってそりゃ特別目をかけてやりたくなるだろう。
こんなに好条件がそろっているのにこの男はそっち方面は煮え切らない感じで終わってしまった。
ワーグナーみたいに人の嫁さんでも何でもバンバン手をだして・・とはやらなかった・・
みたいな話になっているわけですが・・
実際はどうだたんですかね。
歴史的にはなかったことになっているけど、実は・・とかないのかな。

技術的にはさらに難しいらしいピアノ協奏曲第2番の最後はピアノが華麗に上昇した後分厚い和音をたたいて終わる。
あの曲は技術的難易度もラフマニノフみたいなすごいところにあるらしいのですが、リストみたいに技巧をひけらかす系の曲ではなく、むしろ隠すような曲だ。
妥協のない、これ以上ないというものを用意はするが、解るものにだけ解ればいい。みたいな。
聴き手はある程度能動的に探るように聴きに行かなくてはならない。
女性にも、能動的に来てくれる事を求めちゃったタイプじゃないかなぁ。

西武新宿線には用もないのでほとんど乗ったことがない。
所沢のホールにオルガンを聴きに行くときに乗った。
航空公園という駅だったと思う。
いいホールで選曲も演奏もよくてあの時は楽しめた・・
だから西武新宿線には少しいい印象がある。
あの時は新宿からじゃなくて中央線のどこかから支線を乗り継いて行った。
いろんな私鉄を買収していった結果からか、あの辺りは路線が綾取りみたいに絡まっていて面白いといえば面白い。


ちょっとだけ調べると、西武の新宿駅乗り入れ計画についてはいろんな説や噂があって、想像の域を出ていないもの、検証すればすぐに違うとわかるものなども含みどれが真実というわけでもないらしい。
書籍やネットに真顔で言うような書き方で書いてあるとすぐになんでも真実だと思ってしまう。
でも、みんなあやしいのか。
クラシック音楽の伝説的解釈みたいだな。
オーディオマニアの格言とか・・

なかった

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先日池袋へ行くのに湘南新宿ラインを使った。
新幹線を使うのが定石みたいなところに住んでいますが、車で山越えをして・・
グリーン車の車端のすごく狭い部屋で静かに過ごす1時間半くらいが好き。
新幹線に乗ると仕事みたいな気分になっちゃっていやだ。
池袋だったらこっちのが楽だし小さく旅気分だ。

考えてみるとこれに乗るのは久しぶりだ。鶴見を過ぎると品鶴線に入り東海道線と離れてゆく・・
もと鉄道少年としては新鶴見操車場の跡地をなんとなく見て、広大な跡地に貨車や入替機がひしめいていた光景に思いをはせる・・
小さなころに本で見たハンプとかカリーターダというのが稼働しているのを見てみたかった。
ボーっとみているとあったはずのパイオニアがない・・富士通があったけどあれになっちゃったんだろうか?

30年くらい前、こんな将来を妄想した記憶が・・
窓の外は木があって木陰を作っておりその向こうには田園があってさらにその奥にはアルプス・・
安曇野なんて知らなかったはずだけどあんなようなところに家を建てて住んでいる設定だった。
1階の12畳くらいの部屋にはオーディオがあってスピーカーは
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こんなのだった。
あのころパイオニアは一世を風靡している感じだった。
トールボーイでバーチカルツインみたいなスピーカーがあって、雑誌で定位が良いみたいな話を読んだんだろうと思う。
何にも持ってないし聞いたことがなかったころから定位萌えだったんだ・・

あの妄想した自分を年齢的にすでに超えた気がする。
窓の外にアルプスなんか見えないし、あの頃と何も変わらないアホみたいな私がいて、驚きの極小部屋で小型の2ウェイスピーカーをきいてる。
でもまあいいよそれで・・いろいろあったけど、生きてるよ無事に‥ありがとう。

でパイオニアはどうなったんだろう?
そもそもオーディオはどうなっちゃったんだろう?
若い人の思うオーディオはちっちゃいやつとイヤホンなんでしょう?
一言ありそうな若い人と少し話すと「楽器の位置がわかるなんておかしいでしょ?製作者が入れるんですか??」的なことをいっていて・・
それでいいんだよ。他に楽しいことがたくさんあるんだろうし、そんなもん知る必要もない。
私は他にやることもないのでそういうのを知ることができて本当に良かった。

旧世代な私は電車に乗りながらスマホで何か打とうとすると全然打てない・・電車って意外と揺れるんだね・・画面小さいし・・
みんなこういうので長文書いたりできるんでしょ?
すごいな、ほんとにすごい。

自分は無理なので今更な感じですがポメラというのを買いました。
使ってみると調子いい・・
IMEがパソコンのと違って軽いやつだからかピアノコンチェルトなんていうのが一発で出なかったりする。
プーランク・・なんて出ないだろうな。

電車のジョイント音を聞きながら・・適当に文書をうっていく・・
ロングレールでジョイント音もあんまりしないか・・

ガーシュインは列車に乗りジョイント音を聞きながらラプソディー・イン・ブルーを着想したんだっけ。
ラプソディー・イン・ブルーを初めて聴いたときはなんて面白い曲なんだ!と思った。
最近は全然聞かないけど・・

こっちの三つの前奏曲でも・・


こんなのが弾けたらかっこいいよなぁ・・・

最近ピアノも弾いてない・・
このあいだ電源が入りっぱなしになっていたから、妻が時々は弾いてるんだろう。
良かったねピアノ・・



こっちのが生きがいいかな。
これたぶんアンコールでしょう。この場にいたらきっとこんな拍手したくなるんだろうな・・

「葬礼」を適当に面白がる

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コンサートへ行ってきて刺激されたので調子に乗って適当に・・
マーラーの交響詩「葬礼」。
ずっとなかったことになっていたわけですよね・・
交響曲第2番、第1楽章の前身みたいな曲です。
野際陽子がNHKのアナウンサーだったみたいな話ですか。違いますか。

交響曲第1番はある若者の歌ですが曲の最後で彼は死にます。
この曲はあの彼のフォローですよね。
交響曲第2番になると葬式だけじゃなくてあの世を経て復活するのだ!まで行くんでしょう・

ハンス・フォン・ビューローにピアノで弾いて聞かせて「これに比べればトリスタンとイゾルデはハイドンの交響曲のようなものだ」とか言わせたのはこの稿なんですかね。
出版したかったけど失敗に終わり、さらに改訂をして交響曲第2番につなげていきます。
そういう解説はよそにもいっぱいあるからいいですよね。

楽譜を並べてここがこう違う!とかうだうだ言うのが好きなんですが、葬礼の楽譜が手に入らないので・・

2番のスコアを見ながらインバル指揮の葬礼を聴いて喜ぼうという感じで・・

楽器編成がまず違いますよね。ティンパニがまず一人だ・・ハープも・・
ホルンも4人・・なんというか、普通の編成ですよね。
開始は意外と違和感なく始まります。最初にあれっと思うのはここ

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木管の歌がバイオリンに引き継がれるここ・・
バイオリンが木管と重なって出る・・

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このティンパニもなくてあれ?となる・・
こういう細かい差異はほんとにたくさんあってその後の曲でも改訂前後でこんなさがよくあります。
これらをみんな拾ってると進まないので適当に面白いところだけ・・

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第2主題再提示のあたりでクラリネットの旋律が若干今と違います。

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その後また暗転したところ、今はないヴィオラの対旋律が聞こえる。
悪くないですよどね・・

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このあたり今はないヴァイオリンが網をかけたような細かい動き・・・ちょっと行けばその続きが残っていますよね。

このあたりから面白いですよ。

音源も出し直しましょう。

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展開部の終わりあたりでヴァイオリンソロが旋律をフルートに渡してまた帰ってくるのが・・
トゥッティじゃんか・・・と驚いていると聞いたことのない音楽が始まる・・

私、ブル8はノヴァーク版で覚えたのでハース版を聴いたときは色々たまげました・・なんだこの寄り道・・みたいな
あれを思い出しますが・・
もたもたしてたところを思い切りカットしちゃってますね。

さぁ、そしてその先、ここが山場じゃないかと思うんです。

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現行展開部の頭。大きなショックを受けながら主題が叫ばれ、ティンパニが主題を叫ぶのを聴きながら奈落の底へ崩れ落ちていく・・・
すごい名場面ですよね。

葬礼稿は調性も違うし、主題の後のショックがなく無音・・・
すかさずホルンが怪しく出てきて何か歌う。
これ、昔読んだ本でバッハの小フーガト短調BWV578に似てる書いてあった。今回のプログラムにも。
私知りたいのはマーラーはBWV578を聴いていたのかな?
ものすごく有名なのに復活してよく演奏されるようになったのは実は結構最近という曲がありますよね?

まぁいいかそんなの・・
奈落の底に沈んでまた低弦が這い上がるように登ってくる・・というコンセプトは同じなんだけど・・
現行版は人知を超えた強い力で引きずりおろされていく・・みたいな感じなんだけど
こちらは何かこう、怪しいけど素朴な土臭い音楽が続くんだよね・・自分で歩いていくんだけど力尽きて倒れちゃうみたいな・・・
とても面白いともうのはティンパニが主題を歌う・・はここでもやってるんですよねpで・・
これまた7番でも象徴的に出てくるんですよね。

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奈落の底から登ってきてまた活気づき始めたあたり、現行にはないティンパニがとても目立ちます。

復活の主題が出てくるここで
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このティンパニがないんですよね。
この一撃で空気が一気に変わるのが面白いいと昔から思ってきたので、ないのは衝撃的・・
その先のモルトリタルダンドやルフトパウゼは全然やっていないのでまだ書いてないんだな・・

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2台のティンパニが面白すぎるこの部分はそもそもティンパニは休み。
ユニゾンで下降する動きが2小節くらいあったのをもたつくからかカットしているんですね。
これも聞くと結構びっくりする。
その先は二人のティンパニがいない分、シンバルがバシバシ言ってる。

再現部に入って・・
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このあたり、鳥がいっぱい鳴いているの・・・
この世の鳥じゃなくて三途の河みたいなところにいる鳥かなぁ・・


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この、ティンパニがホルン、ハープと一緒に歌うところが面白いと思うんだけどまだない。

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このあたり、現状テューバは低いCの伸ばしだけど、葬礼はトロンボーンの4番みたいなところをやってるんじゃないかなぁ・・

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最後のこの下降でティンパニがトレモロを盛大にやってる・・・
これも衝撃的だ。
この下降をどんなテンポでやるべきか問題みたいなのもあると思うんだけど、これがヒントになるかな?
ならないか・・

昔本で読んでその存在を知り、興味はあるが聴きもしなかったこの曲。
やっと出会えました。
音だけじゃなく目の前でやっているのを見てなんぼのマーラーだから、その違いを演奏会で体験できて幸せでした。
作者はこれが演奏されることをどう思っているかな?

ハンス・フォン・ビューローはワーグナーに傾倒していたのに自分の嫁さんをワーグナーに取られちゃったんでしょ。
それから反ワーグナー的な位置づけのブラームスのほうへよっていったんだっけ?
マーラーのこの曲を聴いて「この曲が音楽なら、私は音楽が解らない」と言ったとか何とかいう話があった。
本当はビューローほどこの音楽を理解できる人はいないくらいないんじゃないかと思う。
写真を見るとなにか意地になってるようにみえたりして。
大きなお世話か。


座禅しようかな インバル都響の葬礼と大地の歌

芸劇のエントランスホールみたいなところはガラス張りの巨大空間で、あれを空調で完全に冷やすのはもったいないと判断しているのか結構暑かった・・でもそれで全然問題ないと思いますよ。あの長いスカレーターに乗ってる間だけの辛抱だし。
最近テレビも見ないけどむかし、人のうちをリフォームする様子を見せる番組があった。
最初はああいいななんて思っていたけど、そのうちネタ化が始まって壁一面でっかいガラスとか、天上がガラス張りとかやりだしてた。
あんなの暑くて住めないだろと思うけど実際どうなんだろう?

マーラー:交響詩《葬礼》
マーラー:大地の歌 *
指揮/エリアフ・インバル
コントラルト/アンナ・ラーション *
テノール/ダニエル・キルヒ *
東京芸術劇場コンサートホール
2日目


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今日の席は昨日よりさらにステージに近いこんな席。
あれ写真だと同じに見えちゃうのね・・全然違うんだよ近さ感が・・
楽器間での音の位置的移動が視覚的にだけでなく、実際の音でも感じられるというとてもすてきな席だった。
それだけじゃない、音のブレンド感、裸の楽器音の音色・・絶対に昨日よりもこの場所方が音楽的に好ましく聞こえる。
席で全然違うんだね聞こえる音って・・
いろんな席のいろんな音があるはずで・・オーディオの言う原音なんてもんはないんじゃないかと思うんですよね。
どうでもいいかそんな話は。

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たとえば、この大地の歌第1楽章の終結音。
昨日はホルンとかトロンボーンが別々に雑な音でブォ!とかいってる感じだった。
えー?みたいな。
今日はちゃんとブレンドされた音楽としてのひとかたまりを聴かせてくれた。
場所だけでなく、演奏自体も昨日よりよくなってると思う。

コントラファゴットの低いゴー!と言う音も昨日は唐突なノイズみたいだったけど、今日は音楽の中の必要な音として聞こえてきた。
マンドリンも昨日は浮いて聞こえたのに今日は溶け込んで聞こえたなぁ・・
マンドリンの人は新日の8番で見た人と同じ人かなぁ・・あの世界で有名な人だったりするのかなぁ・・
今日はちょっとい顔してたよなぁ・・

マラ2は二人のティンパニ奏者が派手に暴れているのをみて笑う・・笑うじゃなかった楽しむ曲ですが、葬礼はティンパニ一人なんですよね。ハープもか。
歌劇場指揮者をやって2対のティンパニを使いまくれることを知る前のマーラーが書いたということなのかな。
ティンパニ、マラ2で鳴るところで鳴らなかったり、鳴らないところで鳴ったりという驚きはありましたが、不思議と一人じゃ物足りない感は感じないんですよね。
演奏がいいからだよいうのももちろんあるんでしょう。
やっぱりマラ2の1楽章で二人いるのは音よりも視覚効果が大きいんじゃないかなぁ・・・

関係ないけどティンパニっていろんな鉢をたたくために事務所の課長の椅子みたいなのに座ってぐるぐる回ってるんですよね。
あれって楽器メーカー製なのかな?コクヨの事務機器だったりするのかな?
ぐるぐる回る性能が特別に強化されたすごい椅子なのかな?

テューバはほとんどC管(多分)で吹いていましたが、コーダの最後の方だけF管で吹いていました。かなり高い音域だった。
現行のマラ2ではその部分テューバは削除されていると思う・・

1日目は最も面白いと思われる展開部の頭で第1主題が出てくるところ・・
いつもは音があるのに音がない!・・・という驚きの場所で狙ったようにくしゃみ・・
まぁ、ああいうのはしょうがないけど。
2日目はよかった・・・1日目の人はかわいそう・・

展開部の衝撃的なルフトパウゼはやってなかったからまだ書いてないんだろうな・・

交響詩として書かれた葬礼からマラ2への改訂は楽器の扱いのほかに、音楽が停滞してしまう部分をカット、変更し、全体を一定の推進力が貫いている交響曲の第1楽章・・へと変えていってんじゃないかなぁ。と感じた。

現行版のが圧倒的にいいと思う反面、カットされちゃった中にもアイディアとして面白い部分があるんだよね。
これからも交響詩「葬礼」はたまに演奏されるんじゃないかな。

インバルの演奏は昔よくやってたゲテモノ感を強調して・・みたいな演奏ではなくて、交響曲との相違部分に驚き楽しみながらも違和感なく聞かせてくれるいい演奏だったと思う。

交響詩「葬礼」は出版されたのが結構最近なんだっけ?だからネット上に見放題の楽譜なんて存在しないみたいだ・・
でもYoutubeに音源はあるからそれでここ面白すぎ・・とかまた書いてみたいです。えっ?いらない?



大地の歌・・1曲目の印象はやっぱり重心高め、あっさり進んでいく、ばさっというアーティキレーション・・と言う感じ。
テノールはやっぱり声でていない。
テノールがもっと声でればオケも重く歌わせたのかなぁ?
指揮もオケもその辺はもう何も言わなくても自動的に合わせちゃうくらいの訓練というか技術というか仕事というか・・を持ってるんでしょう?

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この第2バイオリンの上昇するグリッサンドを長くしつこく歌わせてたのが面白かった。


この曲、弦楽器と木管がいかに自然を美しく紡ぎだしてくれるかみたいなところがあると思うんだけど、よかったですよーよかった。
いろんなところがいろいろ美しかった。
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2楽章、ファゴットもよかった他のもよかった・・
終結のホルンは2日目のがよかったなぁ・・


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6楽章・・これもよかったよね・・
歌が終わるとカデンツァみたいになってて指揮者はフルートにどうぞって渡して自分は腕を下ろして待つんだよね・・

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もちろんこれも・・




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終曲で長い間奏の後、後半への幕開けを告げるこのアタックみたいなの・・ルフトパウゼを生かしていた。
最初に聴いた時はハッとしました。


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ここ、私ここ大好きなんですよね。
木管が明るく歌った言葉の最後が・・いろんな楽器に受け継がれこのEの伸ばしが明るい別世界を呼ぶ・・・
弦楽器がただくクレッシェンドするんじゃなくて分奏してかなり凝ったことをやっています。
ここは実際どう聞こえるの?・・・!!
見てて弓の動きは面白かったけど音はよくわかんなかった・・
一回の一番前で聴けば何か感じるのかな?


私はこの曲、古いタイプの重い演奏を愛聴盤として聴きまくっているので、この演奏は若干あっさり進んでいくように感じる部分があった。でもこれが今のマーラーで、こういうのもこれから聞いていけたらまたいろんな発見があって面白いんだろうなと思わせてくれました。

演奏はやっぱり昨日よりよかったと思う。
客の反応も違うし、拍手の中の指揮者を見てて、自分でそう思ってる気がする。
前にだれだっけ・・アラン・ギルバートだっけ・・との5番を聴いたときにも思ったけど、ポルタメントをかけながらうなったりよじれたりさらっとだったりマーラー節で歌って踊れる都響はマーラーオケなんだろうなと思いました。
今日はよじれずにさらっと行く対応だったけどね。
あーいいな今の弦楽器の歌・・ていうのが何度もあった。

アルトの人も一生懸命何か伝えようとしてくれてたと思う。

昨日よりも若い人がたくさんいた気もする。
みんな二日目をねらうんだろうか?






いやな目にあったりすると、同種のことに過剰に反応してかんしゃくを起こしたりするようになる人がいますよね。
今もしかして自分もそうなっちゃってるのかなぁ?

今日は両脇にお客さんが・・
でも変なことも起きずに音楽に没頭できたので大満足で終われそう・・・
大地の歌の「告別」に入ると、隣の真面目そうな若い人が飽きちゃったのかプログラムを無駄にがさがさやりだし・・ある程度がんがん行く曲なら気にならないんでしょうけどね・・
あの曲想で・・月の下に静かに輝く世界を見ている横で・・・ガサ・・・ガサガサ・・
初めて聴く人もいるだろうし、歌詞や解説を読むことおかしいことではないと思うんですけど・・・ページをめくるでもないのに音を立て続けるのは別問題だよな・・・・
ごめんなさい。文句言ってる私が病的な神経質になってしまっていて異常かも知れないですね。
精神が弱すぎか、禅寺でも行けばいいんでしょうか・・行きませんけどねそんなの。

まぁ、こうやってちょっと引いてみせたりするとそこに待ってましたとばかりに多数で攻撃してくるのも今の世の中ですよね。



思うんだけど、プログラムもチラシも鞄も持ち物いっさい持ち込み禁止、包み紙に包まれた飴も持ち込み禁止・・
みたいな演奏会を設定してください。
価格250%くらいまでなら私行きます・・
同一公演の初日じゃなくて2日目か3か目で設定して・・・

あのビニールにビラがいっぱい入ったやつ、自分もアマチュア団体に所属しているので誰かにとって大事なものなのはわかります。
でも公演中に落としたりガサガサやったりするから終演時に渡すにはならないのかな・・・ならないか・・