鉄道マニアと音楽

先日すみだトリフォニーホールへコンサートに行った訳なんですけど、
とっとと新幹線で帰ればいいのになぜか在来線のグリーン席で帰ったりするわけです・・
大した距離じゃないところ、時間がかかっちゃってしょうがないんですが妙に落ち着いたりして・・
スマホで感想のブログでも書くかなんてやってみるんですが目が疲れちゃて全然・・スマホでどんどん打っちゃう人がいますが・・みんなそうなのかもしれませんがすごいですね・・・
LINEだっけ、楽器の半分プロみたいな人に今日の**は**だったと思う!とか言ったらそんなわけないでしょとか言われちゃったりしながら・・

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子供のころ、音楽に目覚めるまでは鉄道オタクでした。オタクという言葉もなかったよね・・
そのことは今工学系の仕事(全然大したことないです)をしていることに少なからず繋がっていると思います。
今は興味のないふりをしていますが、まだその血が生きているんでしょう・・


クラシック音楽って、例えば景色を眺めて感覚的に綺麗だなーみたいな楽しみ方もできると思うんですが、
一方で設計図面とか回路図なんかを読み込んで内容を探っていくような聴き方もできると思うんです。
後者は鉄道にかぎらず、建築系でも土木でも何でもいいんですけど工学的な規則性、法則性を持ったなにかに惹かれることに共通した要素だと思うんですよね。

言いたいことはクラシック音楽(他のは違うと言いたいんじゃないですよ)は工学的な要素も強く持っていて欲すればどこまでも答えてくれると思うんです。
たとえば構造上の形式というものがルールとしていくつかあって聴き手はそこを意識しながら聴いていく。
ルールに準拠している物だけでなく、そこに収まり切れない作曲家がルールをどう崩して行っているのかや、新しいルールを創造しているさまを発見していく・・みたいな
ハーモニーが美しいとかメロディーが切ないとかだけじゃなくて構造そのものに何かを感じたりするわけでしょう・・

旋律でも綺麗なメロディーだなーってもちろんそういう感じ方もしますが、
そのメロディーは実はいくつかの細かな音型の集合で成り立っていることに気づく。
それはいくつかの部品に分解でき、あるパターンで並んでいたりする・・・わざとパターンを崩していたりすることが何かを生んでたりして・・
またその部品に注目すると、これはこれの上下がひっくり返ったやつ・・・これはこれが倍の長さに・・とか
視点をひいて大きくみるとさらにそのメロディーの他いろんな細かい音型などが並んで積み重なって・・曲を作っている・・
それらはただ気分や外観の良さに合わせて並んでいるのではなくて、理由があってそうなっている・・
細かいそれぞれのパーツには意味があったりもする・・その意味が組み合わさったり、ぶつかったりすると別な意味が生まれる・・
みたいなところを発見しながら聴いてくことに喜びを感じるというか・・・

それがどうした音楽の基本だろという人もいるでしょう。
自分はそこになんかこう理系的なものを強く感じるんですよ。というお話。
私はそこが大好きですということが言いたくて。。

最近音楽の話をしてくれる友人がいて嬉しいんですが、音楽が大好きなそのひとは理屈的に音楽を聴くことにはあまり関心がないみたいです・・
でも音そのものを感じ取って言葉で表現する力みたいなのがすごくて、感心というより感動します。
私が感じられない何かをものすごい勢いで感じているらしいことが伝わってきます。
ああいう人は楽器もうまくなるでしょうね・・

思うのは音楽一つでも感じ方って千差万別なんですよね。
同じ曲、演奏を聴いて「感動した!」と言っていても全然違う側面を見ているのかもしれない。

最後は本人が楽しめてればなんだっていいんですよね

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