改訂が面白い。

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マーラーの交響曲第5番
外面的にはベートーベンの5番みたいな苦悩から勝利へという形になっています。
よくそんな解説を読みます。妻のアルマさんの話もやたらに出てきます。
そういう方向で聴いてもどこまでも掘り下げられるんだと思うんですが、自分はこの曲そういうものの露骨なパロディーじゃないかと思ったりするんですよね。
その設定を利用しつつ「卓越した作曲技法による超絶技巧オーケストラ音楽を高機能オーケストラとすごい指揮者の演奏でお楽しみください。」
みたいな側面を強く持った曲だと感じています。
これをさらに進めてユニークで実験的な作曲を推し進めてるのが7番だと思うんですよね。
あれも変に苦悩や涙論で聴こうとするから訳が分からなく聴こえて駄作だとか言っちゃう人がいたということじゃないのかなぁ・・
もう100年たってるんだし・・まぁいいか・・


この曲は楽譜に新旧版があって・というのが比較的認知されているみたいでよく書いてありますね。
この盤は旧版、この盤は新版みたいなのとか・・
ネットに量版ともあったから思いつくところで1楽章のなんか衝撃的に騒ぎだしたあたりをとりあえず・・

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旧版


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新版 追加の注意書きはヴァイオリンにできる限り厳しく・・

マーラーの改訂の特徴は音楽というか言いたい伝えたいこと自体は変わっていなくて、それが聴き手にはっきりと伝わるかというところに主眼が置かれていというる事だと思うんですよね。
作曲自体には迷いがない。
これも演奏してみた結果のフォローでしょう?
厚すぎる中低音を減らして、刺さるようなフレーズを強化・・より劇的に・・
細かいダイナミクスの指示変更なんかは練習中に指揮者がいうことみたいじゃないですか?
こうやって音楽つくて行くんでしょう・・
プロだともう指揮者の手とか顔の表情なんかで一発で変わっていったりするんでしょう?
しらないけど。

こういうのがいろんなページに沢山あるんでしょうね。
昔本の中で朝比奈隆がこういうのは演奏家側に任せてくれりゃいいのに・・みたいな事をいってた。
演奏家的にはあんまりごちゃごちゃ指定されると自分たちが信用されていないのかと思うんだそうで・・

でも全部指定して細かいところまで自分の思いどおりにしたかったのかというとそうでもない、テンポかなんか細かく書いたらその通りにしようとした指揮者がいてうざりしてたってのもありますよね。

誰が言ったんだっけ、マーラーを慕う若手指揮者たちが自演の練習を聴きに来ていた。
「そこは2本で・・そこは○○を重ねて・・」とやっていたマーラーが振り返って「もし私の曲を演奏して少しでも響かないところがあったら、同じように手を入れてくれ。君たちにはその権利があるだけではなく、義務がある」と言ったそうです。
伝承はみんな話半分で読んどかないと怪しいと思いますがこの話はマーラーの考え方がよくわかってとても面白いと思います。



この悲痛な悲鳴のような騒ぎが終わったところ・・・
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昨年、アラン・ギルバート指揮、都響のこの曲を聴きに行ったのですが、
全楽器の音が消えるこの休符をかなり強調、というか長めにとっていました。
打ちのめされてもうボロボロに壊れちゃった・・バラバラに砕けちゃってます・・・みたいな
聴きながらへー面白いななんて思った・面白がる音楽じゃないんですが・・
実演っていいですよね目の前で何が出てくるかわからないという・・

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