時代の変化と石頭

先日出張中に上司から「unagiさん高速バスでシートベルトする?」と聞かれました。
しないですよね・・と答えたところ、
※しなきゃいけません。
「意外だな・・真っ先にしなきゃ気が済まなそうだけどな・・」
・・。
悪い意味でのくそ真面目だと思われているかもしれない。
かつて、そんな父親が大嫌いだった。

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高校生の頃にビデオに録画して散々見て聴いたラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲ニ長調
N響アワーで指揮はデュトワ、ピアノはジャン・フィリップ・コラールでした。
ピアニストが映画俳優みたいにかっこよかった。
検索すると歳相応の彼に会えた。
30年だもんな。

戦争で右手を失ったピアニストの依頼で・・みたいな話はそこら中に書いてあるので飛ばすとして、
左手のみという制約が作曲家を刺激して逆に面白いアイディアが止まらないみたいない音楽になっていますね。
コントラバスのグロテスクな開始もそれでしょう・・
グロテスク自体が一つの主題になってるともう。
そこへジャズも出てきちゃうし、左手のみ・・みたいな話題はどうでもいいんじゃ中というくらいの充実した音楽・・

俺が左手様だ!みたいな音楽が一段落すると
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ピアノが心情告白みたいな歌を・・ラベルだなーという感じですが下の段、
ペダルを踏んで駆け巡った音が和音になって響いているところFisを残してペダルを外す指示があります。
突然Fisだけが残るんです。ですぐにぽろっとなんか言う・・
このふっと一音だけ残る瞬間に痺れました・・
その瞬間、はっ!っと突然心の中にどこかの景色が浮かぶんですよ・・
具体的に何なのかはわからない・・神社?赤い実?湖?
何かがふっと落ちていく・・
すぐまた現実に引き戻され・・

こういうのはピアノ音楽には散々あるようなことなのかもしれないですね。
でも、あれからいろいろ聴いてるんだけどあの衝撃を味合わせてくれる演奏に出会えたことが一度もありません。
Youtubeもいくつか流し聞きした。
そういうことを意識して弾いてくれてる人はいたけど、あの魔法はなかった。
弾き飛ばしてる人もいっぱいいる。

色々すごい音楽が出てきて圧倒されるこの曲ですが、私にとってはここが一番印象的で聴きたいところなんです・・


ラヴェルにこの曲を依頼したパウル・ヴィトゲンシュタインのピアノとブルーノワルター指揮のコンセルトヘボウ管弦楽団というものすごい組み合わせ。昔からCDがあるのは知っていましたが・・
聴いてみると・・・・・・・・正直・・・私にはあんまり・・・
Bruno Walter conducts the Concertgebouw Orchestra. Paul Wittgenstein, who commissioned this work, is the soloist. Year of recording: 1937.
考えてみると当時彼らにとってこの曲は現代音楽だもんね。
クラシックの名曲としてとらえる我々とは違う、リアルタイムな人から見た何かを感じるような気もする・・




ユジャ・ワン
先日は褒めましたが、これはあんまり好みじゃないです・・
のせたのはでっかいPDAみたいなのを置いて電子楽譜をめくりながら弾いているのが衝撃的だったから・・・
今時、練習場だったらこういうのよく見る光景なのかもしれない・・
でもステージでって・・・斬新というか、時代のながれというか・・
あえて暗譜しない主義というのもあるけどこれは違うでしょう。
たぶん余裕で暗譜できてるんだろうし、批判的な反応が来ることも承知であえてやっているパフォーマンスなんでしょう。
こういうのが大好きな人もいると思う。

私は・・・私はまず音楽が聴きたいので・・あまり好みの演奏じゃないなと思っているところに・・
しょっちゅう手を伸ばして画面触ってるのを見てると「おい、真面目に弾けよ」なんて言いたくなってしまう。
「嫌ならこなきゃいいでしょ」ってなもんでしょうねこの人。
あぁ行かねーよこんなもん。
石頭だと、こうやってあったはずの楽しみを失っていくわけだ・・

極端な衣装も・・・・
ネットかなんかだと批判的な人は古いダメな人、受け入れられる私は正しい人・・みたいなありそうな構図ができてたりするんでしょう?
どうせならスクール水着とかで・・・
とかいえばいいのかな?
俺そんな趣味ないけど。

私はマンガというものをほとんど読まないのですが、昔床屋か何かでたまたま開いてみやマンガに左手のための協奏曲を右手でねーとかいって客が感心してるようなシーンがあったのを覚えています。
この作者音楽の意味が解っていないだろう・なんて屁理屈が出てきてしまい読むのをやめた。
これもおなじ、そんなもん適当に読んどきゃいいだけなんだよね・・


ひとから、頭の固い馬鹿だと思われるのはもう仕方がないんだけれど(そりゃ気づけば腹が立つか傷つきますよ)、楽しめる部分を楽しまないようにしようとしてしまうらしい習性を修正した方が得だろうとは思います。
私の父親は楽しむことは間違いだと教える様な人間でした。
その死後色々な人から自分は色々楽しんで生きていたらしいことを聞いた。

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