たぬき

うちは田舎ですぐそばに大きな山があります。
山の上へ向かって林道がいくつも伸びていて
良い季節には小一時間ほど歩ける農道を犬と散歩することがあります。
誰も来ない道なのでリードをはずしてて適当にへらへら歩く。

ふと前を見ると真っ黒くて毛むくじゃらななにかが道の真ん中にいる・・
立ち止まって、なんだあれなんて見ているとクシャン! なんてくしゃみしたりして余裕だ・・

あーったぬきだ!
逃げるでもなくこちらを凝視するでもなく・・

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こんなに絵に描いたようなたぬきじゃなかった。

もっとモップを泥の中に入れたらドロドロになっちゃった・・みたいなやつだった。

近寄ってみようとゆっくり歩きだすと、狸も歩きだす・・
その辺のにおいをかいだり余裕な感じで・・

私たちが止まるとたぬきも止まる・・
動くと動く・・
つかず離れず一定の距離を取りながら・・
間抜けそうな人間と犬を見物して楽しんでいるんだろう。。

しばらくの間一緒に散歩してくれた。
脇にそれていったのでこれで終わりか…
綺麗な人が小判を持って立ってたりしたらどうしよう。

そこへ行くとたぬきは手の届かないすこし奥まったような場所に寝そべって待っていてくれた。
しばらく見合った後、おもむろに立ち上がりこちらへ向かって近づいてくる。
手を伸ばせば届きそうなところまできて顔をじっくり見せてくれた後、どこか奥の方へ行ってしまった。

彼か彼女かわからないけど、楽しいひと時をありがとう。
どちらのほうが上という事もなく、何かが通じたような気がする。
好奇心が旺盛なだけでなくて、やさしい心を持った奴だったんじゃなんじゃないかと勝手に思ってる。
また会いたいけどあれから会えてない。

そういう音楽・・

わたしはそんなにコアなストラヴィンスキー聞きじゃないので超絶管弦楽曲の金字塔 春の祭典、火の鳥、ペトルーシュカ・・みたいなのばかり頭に浮かびますが、いろんな作風でいろんな曲を書いていたみたいだ。

ストラヴィンスキーはロシアで法律家になるべく勉強していたんだった・・マニュエル・ロザンタールによると完璧なフランス語を読み書きし、詳細な言い回しの意味まですべて熟知していた・・それはドイツ語でも英語でも同じだった・・
実業家としての才能も見せ、誰も反論できないような理論を常にもっていて・・
要するにものすごく聡明な天才だ!みたいな話だったと思う。
著作権料を得るために自作を何度も改訂していろんなバージョンを作った話が有名で批判的にもとらえらていたりもするようですが、
超天才法学家的な側面もそれを後押ししていたのかなと思う。

一般的に、芸術家は変人だというイメージがあると思う。その変人の中にはちょっとバカだ見たいなイメージも含まれている気がする。
過去に岡本太郎がテレビで見せた仕草や発言などがそれを後押ししている気もする。
でも彼も聡明な天才だったんじゃなかったっけ?
確かに芸術家は一般人から見ると変わった特徴を示していた人が多い。そのことは芸術的才能の反動だったんだろうとも思う。
そういう点をやたらに強調し、馬鹿にしたような論調で何かを言っているのをよく見かけます。
ブルックナーなんか相当ひどい。
あれは、死ねば忘れ去られていく凡人たちの僻みなのかも。
恥ずかしながら自分もストラヴィンスキーは変人だったというような印象を持っていたことがあります。
春祭や火の鳥のスコアを見ているとあんなの理知的な人間じゃないと書けないんじゃないか・・と思う。
変態と紙一重の天才が白目をむいて一心不乱に・・・という印象はマンガの読みすぎ的な誤解なんじゃないかという気がする。

そういえば昔話にたぬきがよく出てくるけどなぜか悪役のイメージが多くないですか?
でもちょっと調べてきたらタヌキ何にも悪いことしないじゃないか・・
みんなタヌキがうらやましくてひがんでたのか?

ストラヴィンスキーのPastoraleという曲がのどかでいいと思う。
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もとはピアノ伴奏のヴォカリーズだそうだ。



これもいろんなヴァージョンがあるらしくて手元にあったのはヴァイオリンとオーボエ、コーラングレー、クラリネット、バスーンのための版だと思う。


ヴォカリーズのもいいと思う。
いくつか聴いてみたけど、
こういう曲想なのに「さぁ私の歌を聴いて!」という感じで入ってこられると萎える・・
アンサンブルのも。個人の技術なんか感じさせないでほしい。
聴きたいのはこの音楽だから。

たぬきも夫婦仲が良くてどちらかが死ぬまで一緒にいるんだって。
たぬき好きだ。

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