だめじゃないよね。

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本棚にこんな本があります。
「誰がクラシックをだめにしたか」
10年かもっと前か流行ったような。
買っては来ましたが1行も読まないまま本棚にしまいっぱなし・・・
まず私がだめだった。

何をだめと言っているかは知らないのですが、なんとなく自分の感じる危機的状況はクラシック音楽愛好家の年齢分布が年長者寄りに偏っている気がすることですね。
歳をとってから急に聴くようになるという人はあまりいないと思う。
つまり、時間とともにクラシックの聴き手は減少の一途をたどっていつか絶滅するということでしょう?
勝手にそう感じているだけだから事実とは違うかもしれません。
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愛好家は一時はそこそこいた訳なんだからクラシック音楽自体に問題があるわけじゃないですね。
受け手となるべき若い人が興味を持てば聴き手になるし、そうじゃなきゃ誰もいなくなる・・



話が飛んじゃうけど昔、例えばマーラー位の頃・・ベートーベンの頃でも当時CDなんかないんだから、みんな演奏会に行って初めて聴く曲ばかりだったんですよね・・
それでちゃんと曲を理解して感動したりしてたんでしょう・・
本当にそんなことできてたのかな?できてたんだろうな・・昔の人ってすごいな・・
マーラーで6番だったか事前にスコアが出回っていて勉強してから聴けたというのをどこかで読んだような・・
ベートーベンの頃なんかでも一般愛好家はピアノ編曲版や室内楽版がで作品を事前に知るとかできたのかな・
でも初演時は何もないよね。

ベートーベンの第9の初演は大成功で拍手の嵐だった・・・
マーラーの交響曲第8盤の初演は嵐のような拍手が30分続いた・・だっけ?
私は両曲とも初めて聞いたときには内容が理解できず、退屈な音楽だと思ってしまいました。
初演立ち合い者失格です。
私の場合、つまんないのを我慢して何度も何度も無理やり聴いているうちに何か糸口みたいなものが見えてきて・・そこを引っ張ってみたら急に景色が開けて見えるように何か見えてきて・・・という感じで好きになっていった・・
昔だったら一生のうちのその曲を聴けるチャンスは1回か2回でしょう・・
昔の人ってすごいな。
俺が鈍いだけか・・


その後「誰がクラシックを救うのか」という本は見ない。
私に何かできるとも思えない。
実は何もだめになんかなっていなくてこの先も今まで通り、演奏され聞かれていくんでしょうかね。
きっとそうですよね。

何がだめかといえば極端に閉鎖的に生きている私かもしれないですね。
狭い範囲だけしか見えていないので。
これからどれだけ改善できるでしょうか。

中学生の頃、音楽の先生が私を指して嬉しそうに「私が彼に音楽の良さを教えたんだ」なんて言っていたのを覚えています。
先生違います、自分で勝手に覚えました・・と思っていたけど
嘘でも先生ありがとう位言ってあげればよかったなぁと思う・・・
先生の気持ちが今よくわかるんだよなぁ・・

超絶技巧もいろいろだ

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普段は音楽部屋でスピーカー間に浮かび上がるオーケストラをを凝視しながら音楽を聴いています。
ヴィルトゥオーソ系ピアノ協奏曲なんかは映像で弾いてるのを見てるのも楽しいですよね。
実演だと意外に見えないし・・見た目だけならこっちのがおもしろかったりして・・
ユジャ・ワンが弾くバルトークのピアノ協奏曲第2番・・自分で譜めくりしながらガンガン叩いてくのが面白くて・・
楽譜、見てどうにかなる情報量じゃないと思うんだけど・・どんなふうに見えていて何見てるんだろう?
一瞬空いた片手で楽譜めくってくのが面白い・・そんなのおもしろがる所じゃないでしょうけど。

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ピアノが黄色い声を出すと管楽器が答えるみたいな場面で
みてたらトランペットがミュートを片手に吹いてるのが写っていて、ミュートつけたり離したり・・
ポップスとかジャズみたいなのだとこんなの日常茶飯事なんでしょう?
クラシックだとどうなんですか?
自分は面白いと思っちゃって・・

この曲もいいですよね。
バルトークも作曲家であると同時に優れたピアニストでした。
バックハウスにコンクールで負けたんだっけ・・
この曲は自分のために書いたんですよね。
最初とっつきにくい感じがしていたんだけど、ラフマニノフみたいな可憐でわかりやすいものすごさとは違う方向にすごい曲で病みつきになる。
この人も人生暗いイメージがありますけど・・音楽家にはならなかった息子が書いた本を読んでいるといいお父さんだったみたいですね・・

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第1楽章第2主題
下降アルペジオなんて昔からありそうだけどあんまり見ないですよね?
そういえばなんで無いんだろう?

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ここみたいなピアノは打楽器だ!っていうのとこが好き。

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ピアノが主題の反行形を弾き始めて・・管楽器がなんだかすごいカノンになっていて・・
楽譜の風景が面白いところですよね。
ハ長調っぽい楽譜だけどこんな中身詰まったのをパワフルに高速で弾いてすごいことなんでしょ?


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第2楽章
ティンパニのグリッサンドもバルトークの音楽の特徴ですがやってますね・・
もっとやってる印象があるんですが楽譜を見ると意外にもここだけ・・


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2楽章
これ黒鍵と白鍵と掌でたたくみたいな・・・

所有しているアシュケナージ ショルティ指揮 ロンドン・フィルハーモニーのCDはなんでか知りませんが、第2楽章のトリオに入るところでトラック3に入ります。
第2楽章が終わって第3楽章に入るところには何もなし・・
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なんでだろう?
ミスですよね?深い理由があったり・・はしないよね。
このCDでこの曲を初めて聴いたので最初混乱しました・・
3楽章で2楽章が回想されるのかな?とか訳のわかんないことを考えたりして・・
ショルティーはもともとピアニストで、バルトークのレッスンを受けたこともあるんだって・・

この曲なんなのか・・・ただ大好きな曲でいいんじゃないか・・

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マーラーの交響曲「大地の歌」について書かせてください。
先に言っちゃうと私はこの曲も大好きです。
第9のジンクスの話は本人と離れたところで勝手におもしろがってるだけのような気がするんですよね・・
この曲、仮に9番目じゃなくて7番目くらいにできてたとして番号ふったかな?

交響曲第8番で「交響曲ではなくカンタータである」と言わなければ気が済まない人がいるのと同様にこの曲も「交響曲ではなく連作歌曲である」とか書かなきゃ気が済まない人がいるんじゃないでしょうか・・えっいない?
じゃ私も・・

もう30年くらい前になるのかマーラーの手によるこの曲のピアノ伴奏版が発見されたとかでその世界初演が何故か日本で行われました。サヴァリッシュのピアノと・・なんだっけ・・
高校生くらいだったかなその初演をNHK教育テレビの芸術劇場でやるというから見ましたよ・・ものすごく楽しみにしていて・・
でもその時はオケの印象が強すぎるところによくわからないままのピアノだったので感動とかいうよりは、思ってたのと違うなぁ・・みたいな感想だったような。
なんでそんな大事なものの世界初演が日本で行われたんでしょうか?
そういえばあの頃はバブルだったんだよな・・雑誌でCDの新譜情報を見てるとマーラーだらけだったような・・マーラーをやる演奏会もそこらじゅうでやってたんでしょう?
いいなぁ・・・でなんでだろ・・

たしかピアノ版とオケ版はわずかながら音楽的に異なる部分があったんだったと思います。
単純に同じ音楽の管弦楽版=ピアノ版ということではなくてピアノ版にはピアノ版の、オケ版にはオケ版のあるべき世界があって同じじゃないんじゃないかと思うんですよね。
作者は両方の世界を意識しそれぞれの可能性を追求しようとした・・んじゃないのかな。
「ピアノ版が存在することから(オケ版まで)連作歌曲であるといえる」という話じゃないよな・・
大オーケストラと声楽による単なる歌曲以上の何かを表現しようとしていた・・みたいな
といって、これは交響曲だ!なんて叫ぶ気もありません・・やっぱり若干叫びたいかな・・
全曲を見通す構成、配置、そのことによる一つの大きな表現には交響曲という言葉をあてがっていいのではないかと思ったりもします。
声が大オーケストラに抱かれ絡み合ったり、オケの1パートとして動いているような部分にはオーケストラ伴奏歌曲以上のものを感じる。
半面、歌曲という印象を強く感じることもある。
交響曲と歌曲、両方の要素を合わせ持った音楽・・でいいんじゃないかと・・

実際そんなもの何が正解かなんて皆それぞれがで好き勝手に感じてればいいんですよね・・
作者本人はなんていうのかな・・それで君はどう感じたんだね?君の感じたそれが正解だよ・・・   
ちがうかな?こいつバカだなとか思われちゃうのかな・・

ピアノ版の楽譜が見たいけど新しすぎてPublic Domainになってないんでしょうかね。
オケ版との相違点に注目するといろいろ見えてきたりすんのかな・・
自筆譜も見てみたいなぁ・・・売ってんのかなぁ・・

この曲のオーケストレーションも細かくてハッとさせられるところもたくさんあっていいですよねー
単なる伴奏ってなもんじゃないよね・・

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こんな弦楽器パートが交錯するみたいなのもたくさんあるんですよね。

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なぜか私こういうのが大好きなんです・・

ピッコロ4本

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マーラーの交響曲第3番ですが、はじめのうち「夏の交響曲」みたいな副題がちらついてたんでしたっけ・・
行ったことがないけど日本の夏を想像してもしょうがないんですよね?
どんな感じなのかな?6月ごろにサロベツにいった時は感激したなぁ・・あんな感じかなぁ・・
また行きたいなぁ・・と思って何度も言ったのに毎回雨だったんだよな・・

マーラーの交響曲第3番でさわやかな初夏の世界・・から夏の行進・・みたいなのへ場面転換していくところ・・
トロンボーンと、低弦が掛け合いみたいなのをやっているんですが、

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トロンボーンが本数は減らしながらダイナミクスは上がるという・・
だから何だってなもんでしょうか・・

その行進的場面で
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ピッコロが4本・・
4番のフルート4本ユニゾンというのが天使の笛みたいで有名ですが、ここはピッコロ。
オーボエが4本ユニゾン(結構ある気もする)でも別に驚かないんですが、ここはピッコロ。
ピッコロって1本でもホール中に突き刺すような音を充満させられるスーパー楽器だと思っているんですが(えっちがう?)それが4本。
なんというかここは音色がほしいとかそういう事じゃなくて、これ自体がもうネタなんじゃないかと思うんですよね・・・
指をさしてあっ!ピッコロが4本もいるー!って叫ぶ(もちろん心の中で)場所なんじゃないでしょうか・・
実演を聴きに行った時もすごいことになっていました。
今度聴きに行ったら(心の中で)やってるやってるとか言って笑いましょうね。
よく見るとオーボエとクラリネットがたがいに出たり入ったりしてるんですね・・なんか技術上の理由があるのかな?音色変化を楽しめばいいのかな・・あんまり気付いてなかった・・

フルートって柔らかくて上品なイメージもありますが、こんないつもてっぺんで目立ちまくている楽器をやろうという人はやっぱり私が!!っていうような人なんでしょ?
楽器をやろうという人はみんなそうなんでしょうけど。

人生の後半で

先日急に腹痛が始まって寝られないほどになてしまった・・
この歳になるとついに癌か?なんて本気で思うもんですね・・
そういえばあの人も急に痛がってそれで・・なんて。
連休中で・・夜中にも対応してくれる病院を調べると遠い・・・救急車を呼ぶほどじゃない・・
起き上がると少し楽になるので・・ブログ記事なんか書いてたら朝になってしまい・・・なにやってんだ
あれほど朝になったら病院へ行こうと思っていたのに何だか収まってきたらめんどくさくなって結局行かない・・
なにやってんだ・・
こんど医者へ行ったときちゃんと相談します。ごめんなさい。

眼鏡について考えてたときだったかな・・急にスメタナを思い出して・・
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ネットにあったスメタナの人生みたいなのを読んでみると・・・暗い・・何だか暗い・・・
人生の最後も何だか悲劇的だ・・・

この人の弦楽四重奏曲第1番は「わが生涯より」という名前をもっています。
この曲は本当に彼の人生体験によるものらしいです。
聴いてみると厳しい側面もありながら楽しいことや幸せな時期もあったんだなーよかったよねと思える。
途中までは・・
明るく快活な終楽章、突然の中断・・不穏な空気とともに切り裂く耳鳴り音・・

聴力生涯に苦しみ精神も病んで亡くなていったスメタナ・・
きっと本当にこんな耳鳴りが鳴りっぱなしになるところからそれは始まったのかな・・
この曲を書いたとき、もう治る見込みも人生に明るい時代が訪れることはないと思いながら過去をまとめたのかなぁ・・・
泣けてくるなぁ・・

作曲家、演奏家が聴力を奪われるというのはもう死ぬより辛かったりするんじゃないかなぁ・・・
私は音楽を聴いて喜ぶしかできないけど、耳が聞こえなくなってしまったらつらいだろうなぁ・・

正直スメタナなんてそんなによく知らない。本当は結構い人生だったのかもしれません。
後の人間は、歴史上の人物を悲劇と苦悩にまみれたイメージで書き残そうとする傾向がある気がするので。

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超素人的に・・この耳鳴り音はフラジオレットで奏されるように聞こえるんだけど楽譜にその指定は見つけられなかった。
なんでだろう?
何言ってんだという話なのかもしれません。

普段室内楽はあまり聴かないんですが。
いつか聴くようになるものだと思っていたんだけど、でもこの曲は例外的に好き。

耳鳴りあと、いろいろ回想されて静かに終わっていく・・
今までぼーっと聞き流してきたけでど、ここ何を言おうとしているのかな・・

雷発生装置

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リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲で雷の続きです。

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半音階的に下降する雷・・え?
この半音下がる感じを聴き取りたいんですけど、なかなかそう聞こえないんですよね・・音低いから?

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嵐の中を走って、滝を過ぎたあたり・・危険な瞬間・・というとこ
ここで2本のバステューバがハモリながら下降しています。
それがどうしたといわれそうですが、なかなか見ないでしょ?こういう楽譜・・
吹奏楽ならいくらでもあるんでしょうけど・・

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でクライマックス・・頭上で雷が炸裂するところ・・
ここ、変ロ短調主和音が炸裂して・・とよく見るとベースはFなんですね・・へー・・・
雷は勝手にクライマックスを迎えているけど、この人はまだ走っている最中だもんね・・
ベースのFで最中感が出てるなー

楽器指定にDonnermaschineというのがあります・・雷装置ですよ・・・
雷装置なんていうと大学の電気工学科にあるような高電圧放電試験設備

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かと思っちゃいますよね・・おもいませんか・・・

実際どんなものかというとこちら・・



これ、はまれば大変効果的だと思うんですが、一歩間違えると・・・

このアルプス交響曲は全体的にはアルプス見物をリアルに音で描きましたみたいな標題音楽なんだけど、
奏者も聴き手も音楽を真剣に掘り下げるような重い聴き方にこたえられる芸術作品でもある思うんですよね。
ウインドマシンとかドンナーマシンとかは一歩間違えると見せ物ショーになってしまう諸刃の剣だと思うんです。

チャイコフスキーの序曲1812年なんかスコアにCannonと書いてあって、大砲のおもちゃみたいなのを鳴らしたりすることがあるみたいですね。
あれだと演奏会というよりもうイベントという印象・・・
そういうのもあっていいと思うんですよ。初演もそんなだったらしいし。

マラ6のハンマーもこれに近い要素を持っていると思うんですけど、あれは見物音楽化したらいけない曲だと思うなぁ・・
なにつまんないこと言ってるんだという話ですね。


今日もとあるコンサートで隣の客がいつまでもでっかい声でしゃべっているので文句を言ってしまった。
クラシックじゃないんだからあれでいいのかな・・いいのかなぁ?
明日からまた頑張ろう。

偽物だと知っても好きなら本物。

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バッハの・・クラシック音楽の中でもっとも有名な1曲かもしれないトッカータとフーガニ短調BWV565

これなんですが、冒頭部分ならほとんど誰でも聴いたことがあるんじゃないかと思うんですよね。
皆がバッハの代表作だと思っていて、
バッハのオルガン曲集みたいなCDを買えば必ず入っている、それもトラック1に・・
インパクトのある冒頭に聴き映えのする音楽が続く・・私も嫌いじゃないですよ・・

この曲、バッハオルガン名曲集の頭に必ず入っていたりするのでマヒしがちなんですが・・・
実は全然バッハらしくないと思うんです。
バッハのオルガン音楽が好きで自由曲を色々聴いたことがある人なら誰でも一度は考えることだと思うんですけどどうですか?
ものすごく乱暴で単純な言い方をすると、バッハにしてはあまりにも単純すぎな上に外面的な効果を狙いすぎ・・
もとはヴァイオリン独奏曲だったんじゃないのかという説もあるそうですが、バッハの全ての曲にあるいくつもの声部が複雑に絡んでいる感が感が・・全然ない・・
いつもなら各声部がそれぞれ自由に動いた結果としてその瞬間瞬間にいろんな和音が生まれる・・実際はここでこういう和音みたいなのも狙って高度に計算してるんでしょう・・なのにこの曲単純に最初から和音狙いな箇所がいっぱい・・
構成的にもフーガとそうじゃない部分が混在している感じでメリハリがない・・
というより厳格なフーガが全く書けていなくて、効果を狙ったようなもので何とかしてあるような・・・
もう一つ、ニ短調のまま終わるというのもかなりイレギュラーな感じがする。
短調の曲のほとんどが同主調の長調和音で救われるように終わるというのがバッハのオルガン音楽の特徴だと思うんだけど・・

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オクターブユニゾン・・・ずっと・・・バッハこんなのやるかな?

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フーガが始まる。
主題を歌った声部が全然違う形の対旋律となって歯車みたいに別声部の主題に嚙み合わさる・・
という面白さを高度な技巧で徹底的に追及するのがJ.S.バッハなのに、この曲対旋律が主題とおんなじ動きでハモっちゃってるんですよ・・
いくつかの声部が動いていそうで、動きとしては一本しかないじゃんという場面がかなり多くあるんですよね・・・
作曲の勉強で若手がこんなの書いたら田舎へ帰れくらい言って怒られるんじゃないの?
あのバッハがこれでよしとしたかなぁ?

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このページなんか見てるともとは独奏ヴァイオリン曲だろ説もうなずけるような・・・
私はバッハよりも後の時代の別人の作品なんじゃないかと思ってみたりしています。
でも、この曲が嫌いかというそんなこともない・・これはこういう良い曲。

仮にこの曲が別人の手によるものだという決定的な証拠が発見されたらどうなるでしょうか・・
バッハの作品集からは除外されるでしょうが、「以前はバッハの作といわれていた」みたいな説明付きで演奏され続けるだろうし、オルガン名曲集のトラック1に収まり続けるんじゃないかなぁ・・・
聴き映えがしていい曲だし、聴かれ続けると思うんですよ。
そうでもないかなぁ・・・



自分もそうなったかもしれないので偉そうには言えないのですが・・・・
数年前、一部で大絶賛されたらしいオーケストラ音楽が別人の作だという事がばれたという事がありました。
よく知りませんが、その後曲は演奏されないし、それを望む声があるともきかない。
論理的には本当にその曲を聴いていいと思ったのなら、作者が誰であろうと、目が見えようが見えまいが、芝居だろうが嘘だろうがそれとは関係なくいい曲だから好きだと主張し続けてもいいはずなんでしょう?
実際できないでしょうけどね話が陳腐すぎて・・
この件一般人はテヘヘとか言ってればすむ話で何の問題もない訳ですが、絶賛した中に音楽評論家がいたらしいですね。
こういうピンチな状況で人を唸らせるようなことを言えれば逆に株を上げるチャンスでもあるけど・・どうだったのかな・・・



バッハのトッカータとフーガニ短調はもう1曲あります。
ドリア調と呼ばれたりするBWV538です。
こちらはバッハだなーと感じる。
文句なしに大好きな曲です。
この曲の楽譜は作曲者による鍵盤の指定があります。
あぁ、こんな風に弾いてたのかぁ・・と思いますね・・書いてないことのが多いので・・
いつもは指定がないのは多分そんなもん毎回その場で変えていく、そこも含めて職人芸・・だったからかな?
なんでこの曲は書いたんだろう?
宝永10年とかですよ書いた年・・
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フーガの後半、ペダルに長いトリルが出てくるんだけど8分音符でその序奏みたいなのが書いてあるんです。
バッハがどんな演奏していたかを聴いた気がするんですよねここ。

奇跡が起こってバッハの時代に行けたら・・
思うんですけどちがう世界でちがうものを見て感じて食べて育ち生きている私たちにも、彼らが良いと感じるテンポや演奏のスタイルを同じように良いと感じられるんだろうか?
意外と同じなのかな?感覚・・

雷と嵐

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先日雷雨になったので・・
雷が出てくる音楽はほんとにたくさんありますが、思いついたのはリヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲。
アルプスへの登山をリアルに描写した音楽ですが、岩山をよじ登るような本格的な登山じゃなくて
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こんな弁当持って日帰りのハイキングみたいなのですよね・・道に迷ったり危険な瞬間とかありますけど・・
このおじさんはマーラーさんです・・結構歳行ってからでしょう?不整脈を持っていてで死におびえてた人がこんなことするかな?今関係ないけど・・

後半の嵐の予感の中、音はせず稲光だけが・・・からだんだん雷雲が近づいてきて雨が降り出すまで・・とかおしまいのドンナーマシーンとか、凝りに凝ったこの曲は雷だけで記事がいくつも書けそうです。
今日は嵐本体に入ったところ・・


個人的にはウインドマシーンは控えめなくらいがいいなぁ・・あんまり聞こえると学芸会みたいで・・

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この曲コントラバステューバ2本使用なんですよね・・春祭にショスタコ4番に・・・結構すくないよね?
で弦の下降するトレモロは豪雨ですよね・・
フルートがフラッターで降りてきてるのも大変面白いと思うんですけど、これ実際聴こえるのかな?
これらと裏で流しているオルガンが4小節目の頭、雷が光った瞬間に消えるんです・・
稲光すごすぎてあたり一面真っ白になっちゃってる状況でしょ・・次の瞬間雨は見えるようになりますが、雷音はさらに遅れて届く・・・こういうところ巧いよねー。
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半音でぶつかりながらうなる2台のティンパニとバスドラ・・・
凝った雷表現もいろいろありますが、シンプルなこれが一番でしょう・・悔しいけど好きですよこれ・・

このあたり、絃楽器各パートがトタイミングをずらして落ちてきます。・
聴いていてなんとなくワルキューレ冒頭のパロディーなのかなと思ったりして・・全然関係ないのかもしれないけど。

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ワルキューレの頭、ここも嵐です。
雷を落とすべく雲の上でどドンナーが騒ぎ出すところ・・
ここもかっこいいよね・・すごくかっこいいのにあっという間に終わっちゃうんだよね・・

湧水と音楽

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私の住んでいるこのあたり、宅地化してしまいましたが元々よくあるような水田地帯なので農業用水路が張り巡らされています。
最近、散歩をしていて気づくのですが古い家の前や庭の中には用水路の水辺まで降りられるような階段がつけられていて今も残っています。
35年位前になりますか学校の帰り道、おばあさんがうちの前を流れる用水路で食器を洗っているのを見たことを思い出しました。
そのころ生活排水によるドブ川化は今よりひどいイメージで、子供心におばあちゃんなにやってんの!と思った記憶が・・
昔・・合成洗剤なんてないころにはみんな川で洗い物をしていたんでしょうかね。
その洗い場の写真を撮ろうかと思ったけど人の家にカメラを向けると通報されそうなので・・・

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これはうちの隣の田んぼ、一昨年から休耕田です。その向こうは住宅地さらに奥は団地・・・さらに奥には山の斜面を分譲した住宅地・・
今では想像できないのですが、昭和30年くらいの航空写真を見るとここから山手方向へは一軒の家もなかったことがわかります。
近所の年長者の話ではいたる所から大量の湧水がある湿地帯で川にはシジミやウナギがいたそうです・・
この写真の奥には小さな用水路が流れているのですが、蛍がいます。
いるわけないような光景なのでずっと気づかなかった・・まさか自分のうちの裏に蛍がいるなんて・・

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月並みですが、スメタナの交響詩モルダウ冒頭・・・

作曲者的にはモルダウじゃなくてVltavaなんでしょう?
教科書でモルダウなんて教えられて・・と文句めいたことを書こうかと思ったんですが、
最近の教科書はブルタヴァになってるんですか・・・

私が音楽に目覚めたのは中2の5月。それまでは音楽の授業は退屈でしかなかった・・
クラシック音楽なんて訳の分からない騒音の連続だと思っていました・・
自分の大好きな音楽もきっと興味のない人にはああいう風に聴こえているんだろうなと思っています。
意外とそういうことがわからないものですよね・・みんな自分と同じかと思っちゃったりして・・
この曲を授業で聴いたときはもう目覚めてたのかな・・
先生が言った一言にそれは違うと思います。なんて思った記憶が・・

滴り落ちる水滴が一本の流れになり・・・それらが集まって・・みたいなの、これもいいですよね。
誰でも思いつきそうで、誰にも作れなかった音楽。

チェコにも蛍がいるのかな?、この場面みたいなところに・・
いるならちょっと水量のある・・ちょうどクラリネットが出てきたあたりかなぁ・・・

湖とオーディオとブラームス

陽気も良くて気持ちがいいし、近場でいいからどこかへ出かけようか・・
と思っているのにうちのオーディオがいまだかつてない良い音で鳴り始めて・・
空間感、定位感だけじゃなくて聴いたこともなかったような細かい音が温かみ、柔らかさ、その他いろんなニュアンスとともにそこで鳴っている・・
なんだこれ出かけられないじゃないか・・・
30年前の中学生のころになめるように聞いた盤なんかを聴いてみるともう溶けそうです。
想像するしかなかったあの場所に今降り立ち、演奏者たちと同じ時間にいる・・・みたいな
ちょっと大げさか。
何も変えてないので・・体調のせいかな?体調良くないはずなのにね。
経験的にこれずっとは続かないんですよねきっと。
のめりこんで聴いていたらひどかった肩こりが少し楽になってきました・・
音楽って素晴らしい。

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ブラームスの交響曲第2番

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第1楽章のコーダに長めのホルンソロがあります。
ブラームスはホルンが好きだったんでしょう・・いろんな曲においしいソロがあります。
ホルンが嫌いな作曲家っていうのもいないか・・
誰かがここを夕日のようだと評したそうですが、確かにそんな感じですよね。
このソロは美しい景色を前に何か強い考えが浮かんで心の中で叫んでいるようなイメージを私は感じます。

言いたいのはそれを支えている弦楽合奏で・・
基本的には伸ばしをやっているわけですが2つのバイオリンとヴィオラパートがちょっとした動きをリレーしていきます。
これ実演を2階席から聴いていた時、弓の動きがパート間で移動していくんですが波が動いていくように見えたんですよね。
ブラームスはこの曲を湖のほとりで作曲してるんですよね。
湖の向こうの山へ沈む夕日・・
そんなに思い切り風景を描写しようとしたわけではないと思いますが・・なんかこういいですよねぇここも。
家で聴いていても音が移動していくのを聴きとることができます。
作曲時は対向配置だからちょっと違う感じだったのか・・

これ、同じ音の繰り返しでもあるので再生系がチープだとただ同じ音型が3度繰り返されるだけに聞こえてしまうかも・・・
それでは悲しい・・
音楽って、音が聞こえるだけじゃないとおもうんですよね。
私がオーディオに求めたいのはなんかそういうの・・