これから

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最近、いくつかの理由でふと音楽と音楽を聴いている自分というのを嫌いになってしまいそうになる瞬間があったりする。
それは私にとって何より嫌なことです。
原因を遠ざけ、忘れようとおもう。


これじゃ記事にならないので・・
私、こんなグラシック聞いていますみたいなブログをやっていて、それは全く嘘じゃないんですが、一般のクラシックファンの方に比べると聞いているというか知っている音楽の範囲が圧倒的に狭いような気がします。
その多くは20歳以前に知った曲です。
昔はCD買いまくりなんてできないから、気に入るとしゃぶるようにいつまででも聴き続けた。
その後も覚えて気に入った曲を繰り返し繰り返し馬鹿の一つ覚え的に聴いて喜んできました。
20歳を過ぎたころから、新しい曲を受け入れる能力というか許容力というか、
知らない曲を聴いてみたいという気持ちが著しく低下してしまったんですね。
何なんでしょうかねこれ。

つい昨日かおとといまで、それを恥ずかしいことだと考えていました。
でも、そもそも恥ずかしいってなんなんだろう?
なんでいつも誰かに対して卑屈なんだろう?
誰も気にもしていないんだからもういいよねぇ?
折角ですので死ぬまでに1曲でも好きな曲を増やせるといいかなぁ。




この曲も中学生の時に知りました。
とても気に入った曲です。

高校に入り、ある理由で苦しい状況のなかこの音楽がずっと頭の中で鳴っていました。
シューマンが足鍵盤付きのピアノのために作曲したものでドビュッシーが2台のピアノ用に編曲したりしていますが、これを一人で弾けるように編曲するという妄想だった。
昨日のことのようでもある。
その苦しいことは時間が解決して・・・・・はくれませんでした。
今、気づいたら28年前と全く同じことを繰り返してんの。
でもいろいろなことが分かっていろいろ勉強にはなりました。
これからは、
自分を理解し何ができてどうすべきかを整理して残り時間を有効に生かしたいと考えています。

音楽はそういう人間の心にもこたえてくれるんですよ求めればね。

月がきれいでした。

コメントうれしいな。
がんばるぞ私。

三猿の魅力

唐突ですが、ブログっていいですね。
コメントいただけたり、コメントさせていただいたりしていると・・
楽しいね以上の何かをいただけたきがします。
ありがとうございます。

最近ある面で急に行き詰まりまして、
急でもないのか、
ブログ記事なんか書いてみてもそれが載ったようなネガティブ系文書がたくさんできてしまったりして。
別に仕事辞めるとか離婚するとかそんなのじゃないんですけどね。
そこで今私の内部にこれが登場。

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これの本当の意味は私が思うのよりずっと高尚な事だったりするのかもしれないですね。
それは置いといて、
今はとりあえず、もう全部気にしない。何もないことにする。
これはいいですよ。常用すると世捨て人ですが、短期的には力になってくれます。
そんな考えは情けない・・いいんだよその情けないというのも見なきゃいいんだから。
その間に、一度リセットして今後どうするのかゆっくり考えていきましょう。

そう思ったら、急に仕事もやる気が出てきちゃて・・今日はずっと停滞していたものを動かせた。
明るいほうだけ見ていきましょう。

訳のわかんないようなことを書かせていただきますと・・
最近思うんですけどね、短期的にはうまくいかなかったり嫌な思いをしたことも、引いて大きな視点で見ると生きていく上で必要なことなのかもしれません。いやな思いをさせているようで、何か必要なことを教えてくれているんだと思うんですよね。
全体的に私は私にとっていい方向に導かれているような気がするんです。
ただ実際のかじ取りや推進力を得ることは自分で自分がやるんだよと、教えられている気もするんです。
そこでまた重要なのは私にとっていい方向は、世間一般と同じになること・・ではないということですね。
人と同じにとか思うあたりからおかしいのでしょう。
最近行き詰まりまして・・みたいなのも、「もう潮時だよ。さて、ここからお前はどうするの?」
と聞かれてるんだと思うんだよね。

これ他人から見ると何言ってんだという感じでしょうか・・
すみません、今日のは自分に向けて書いています。

音楽の話でも。
何か言うのが音楽だから・・・言わざるって・・
動画あるかなと思ったらありました。


ジョン・ケージ作曲4'33"
超有名な曲なのでごちゃごちゃ書くのもあれですね。
一応3楽章構成なんだっけ・・楽譜には全曲休みをしめすTACETと記されています。
音楽を聴いていると、すべての楽器が停止する無音状態が音のある時よりもはるかに重要に聴こえることがあります。そういうのを極限的に表現しているのかなと思えば思うけれど・・
引いた見方をすれば・・茶番にもみえたりして・・
知名度ではブラームスの交響曲とかを上回っているかもしれないですね。
ちゃんと楽譜も売られていて・・・結構売れたりするのかもしれないですね。
精神論的にはこれも重要な音楽作品なんだというのはわかるけど、聴いて楽しめなければ私にとっては何も存在しないのと同じかなぁ。


今、頭の中でずっとリヒャルト・シュトラウスの歌曲「夕映えの中で」が流れています。
死にたいからじゃないですよ。
とてもいい曲だから。
ばけぺんさんもご指摘のこの

アンドレ・プレヴィン指揮、ウィーンフィルのやつが好き・・
歌手がビブラートかけまくりなの苦手なんです・・

発見

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たまたま仕事で住んでいた事のあるここのこれが思いついたので・・
これは名鉄西尾駅付近を上空からみています。
あっ!と思う人はそれ系人間でしょう?
建物が特徴的な曲線を描いて見えるところがありますよね。

これは、かなり昔に廃止された平坂支線という鉄道路線の名残だと思うんです。西尾線から分岐してすぐに県道に飲み込まれていますが この県道は平坂線の跡なんですね。

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昭和33年
昔は一面の田んぼで、西尾駅を出発してすぐに西へ向かう線路があったことがわかります。
ボーっと地図を眺めていて気付く、すぐにいろんな考察が始まり関連する何かを見つけようとし始める・・

それがどうしたの!?
という人の方が多いと思いますが、こういうのに萌える人種が少ないながらもいると思うんです。
そんなことを書くんだから自分もそうです。
音楽も、ただ聴いていると聞き逃してしまうような部分にはめ込まれた旋律を発見するとか、隠された意味に気付くとか・・
そういう聞き方に萌える人間がいると思うんですが、ちょっと共通しているかなぁ・・と思って。

この町で産まれ育ったという先輩に、ここに電車が走っていたんですよね?といったらおまえはなにを言ってるんだん馬鹿にしてるのか!?みたいな反応でした。
あんなにでかくて目立ちそうなものでも、皆が興味がないものは数十年で忘れ去られ、嘘になってしまう・・

こう言うの日本中にたくさんあるんですがどんどん消えて言ってます。
このすぐ近く、JRの岡崎駅から名鉄西尾駅方面に伸びていた軽便鉄道の跡もボーっと移動中に発見しました。

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熊本にいたことがあるんですが、ぼーっとふらついていてこの光景にはっ!としました。

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2本の道がこんなすぐ近くで平行しているのは不自然です。
すぐにこの細くてまっすぐな道路は鉄道の痕跡だろ!とすぐ直感したりして。
これは戦時中三菱の戦闘機工場への物資輸送の為の引き込み線跡です。

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昭和31年 レールははがされているけど鉄道的曲線が工場跡の中にも残っていますね。
今ここは自衛隊の基地でしたっけ?

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水前寺駅の先から分岐するところ。
25年くらい前にここへ行ったときには三菱が設置したんだろう、引き込み線へ入るところにあったと思われる門柱が残っていました。見つけた時に感動した記憶が。
当時はインターネットなんかないから、自分で歩いて見つけて・・
見つけたところで誰に言うわけでもなくひとりで喜んでるみたいな・・
暗い話だな。
今はネットでいろんな情報が見られるし、全然違う場所の机上からグーグルMAPとかストリートビューで現地調査みたいなものができるんですね。笑っちゃった。

こういうものを探す癖のある人はクラシック音楽にものめり込みやすいのかなと思っています。
屁理屈にどこまでもつきあってくれますからね。
何度かの改訂を経て現在の姿がある曲なんかについて、その遍歴を探っていきなぜ今の姿がそうであるのかを知る・・みたいなの実萌える。
人によっては無駄なことにしか見えないでしょう。

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これはまたちょっと話が違うかもしれませんが、
このチェレスタ変な書き方になっていて、あとから書き足したことがわかります・・そんなの流して読んどきゃいいのに、こういうの発見するとしばらくみてしまう・・



ここもしかし、超巨大編成オーケストラが巨大音量で吠えているなかで・・チェレスタが一人だけで・・
ってかなり異常な内容ですよね。
実際聴こえないだろうな・・聴きに行ったけどどうだったっけ?

こんな廃線の痕跡を・・みたいな話は人前では絶対にしません。
ブログならいいかなと思って書いてみました。
そのあたりもグラシック音楽と共通・・
もうこの先は何を書いても愚痴みたいになっちゃいそうなので省略。

まぁいいや楽しくいきましょう。

妄想と夢

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先日仕事で行ったそこそこ大きな試験室。
天上が高くだだっ広い空間に大したものも置いていない・・ここでオーディオをやったら・・みたいな妄想がすぐに始まる。
スピーカーはあの辺りにあの向きで・・
でもこんな厚いコンクリートの壁が並行面だらけで・・・これじゃ定常波がすごくてまともに聴ける場所も点みたいなとこだったりしそうだな・・
それ以前に普通の会話でこんなにエコーがかかってるんだから音楽を大音量で聴いたら厳しいかな・・

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先日行った古民家蕎麦屋・・
二間合わせて16畳かぁ・・スピーカーはあの辺・・畳は生かしたいけどスピーカーの下は厚い板でも敷くのかなぁ・・
低音が抜けちゃってあれかなぁ・・

どれだけ考えても実現はしない。
でも妄想するのはタダだし、そのひと時は何だか楽しい。
昔は生活に支障をきたすくらいの妄想癖があったけど最近はそういえばそうでもないなぁ。
歳をとったから?満たされているから?音楽があるから?

妄想ついでに
調布から多摩ニュータウンを経て橋本まで行く京王相模原線という路線があるのですが、かつて高規格の高速鉄道を山中湖まで(と思っていたけど河口湖でした)延長し観光特急を走らせる・・という構想があったらしいんです。
構想は計画と違いそう思ってるだけーという感じでしょうか。
多摩ニュータウンのあたりは160km運転が可能な曲線で設計されていたりいたりするという話を読みました。
それも実際は、そういう架空の構想を口実に良い条件を引き出そうとしたという話なのかもしれない。
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小田急の箱根、東武の日光、近鉄の伊勢志摩・・・みたいなのにのしたかったのかな・・
きっと、モータリゼーションとか、旅行は海外でしょみたいな波が来る前の話なんでしょうね・・それならそんなにバカげてない気もしますよね。
結果的に構想が破棄されたのは妥当だったと思うけれど、そのまま現実化して強行されていたらどうなっていたのか妄想が止まらない。
「完成を目前に打ち捨てられた悲運の未成線・・」というのが日本中にあるけどああなっちゃってたかな・・
開通して10年で廃止みたいな赤字ローカル線もあったんじゃなかったかと思うけどあんな感じとか・・
でも鬼怒川温泉の先の野岩鉄道とか西武秩父線なんかを思い出すと、道志村の何にもない谷間を単線のコンクリート橋とトンネルで進んでゆく京王ロマンスカーみたいな光景もイメージできなくもない。
津久井のあたりなんかまでは通勤路線として実際に延長しようたみたいだけど用地買収が困難を極めて破棄したみたいだ。
逆に早くから手を付けてうまくいっていればバブル期に結構奥地までニュータウンが出来ていたり・・はしないか・・
山中湖ももっと観光開発されて・・今頃ホテルがたくさん廃墟になってたかもなぁ・・
京王レジャーランド跡地がアウトレットになるとか・・

ネガティブな想像ばかりだけど、実はうまくいったってのだって・・
本栖湖にモッシーが出るとかいうのが昔あったけどあれがほんとに出れば成功したかなぁ。

西武秩父線の軽井沢延長構想ってのもありえなそうだけど話としては面白いですよね。地図を見てると東武が日光に到達しているののミラーコピーみたいだもんね。

ブラームスとかマーラーとか、湖のほとりの避暑地で作曲した・・みたいな話をよく読むけれど、どうやってそこまで行ってたのかな?
マーラーは列車があったと思う。
ブラームスはどうだったのかな?と思ってなんとなく調べたらやっぱり列車で往復したみたいだ。
驚いたのはかなり前に亡くなっている気がするショパンも1848年に列車に乗ってたんですよね。
嘉永元年・・江戸時代だよなぁ・・
この音楽は170年前に作曲され・・・と思うとき、日本人的な170年前を想像しても全然違う感覚なんですよね。

ショパンのノクターンでも。



Op.9-2というやつは恥ずかしくて聞く気もしませんが、9-1と9-3は結構いい曲ですよ。

どっかいった

いろんな警報が出ていますね。
警報って聞きたくないですよね。
嬉しい警報ってのはないですもんね。

昔旅行で、十勝だったと思います。
豚丼食った人間向けかコンビニでやけにたくさん売ってたサラダを食べ・・関係ないか・・
ホテルで寝入りばなに火災警報が鳴りました・・
が、私はどうせ何かの間違いだろうと高をくくり余裕でいた・・廊下からも誰か出て来るような音は聞こえてこない。
しばらくすると誤報を詫びる放送が入った。
でもこれ自分で言うのも恥ずかしいですが、全くおかしいですよね。
勝手に誤報と判断したけどどこにも根拠はない・・もし本当の火事ならそんなことやってる間に煙は広がり避難路を絶たれて私は死んだ可能性があると思う。
いらんことにばかり不安を感じて肝心なところで全く危機感がまったくない。
逆転させられれば効率よく生きられそうだけど、どうやるのかな。
この時の旅行も一人で、無人地帯ばかり選んですごしたけどしたけれど、よかった・・
また行きたいけれどしばらくは無理だろう。

気分転換をどうしてもしたくて、どこかいきたかった。
いつもと全然違う時間がすごせればそれで気が済むんだろうと・・
車で自分には全然縁のないベットタウンみたいなところまで行き
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一生のる必要もない路線に乗る・・

渋谷についても街自体には興味がない。興味を持ったのは
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こんなの。
クラム。
すごい深さから土をつかんでくるんだけどこういうの見てて飽きない・・
見えないところをつかむのにカメラとか付いてんのかなぁ・・
怒りもしないで笑ってみてる嫁さんには感謝の気持ちしかない。

帰りも、自分には全く縁のないような駅で降りて
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プラプラする。
鉄道マニアだった子供の頃、駅名がプラーザってなんだよと思っていたその駅へ35年後くらいに降りてみる。
街歩きでもしようかと思ったけど、駅自体がショッピングモール化していたのでその辺をふらつく。
普段なら絶対近寄らないアロマなんとかみたいなお店に入って店員さんにつかまる・・いつもならすぐ逃げるけど・・・ずっといろいろ話して教えてもらった。なんか買わなきゃまずいのかなと思ったけど、どっかいっちゃったので何も買わずに出てきた。
嫁さんの気が済むまでいろんな店を見て、地元にないような店で晩飯を食って・・

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駅を通る沢山の人とか、遠くの家だか団地の明かりを見ていると・・
いろんな人がいろんな人生実行中なんだなぁ‥と思う。
昔、親父は私の顔を見る度「お前は出来損ないで人より劣っている」と罵った。
他人を見ると自分より幸せで優れている、自分は恥ずかしいと感じる癖を抜きたい。
現在矯正中です。
すぐ戻りそうになります。
整体みたいです。
「長年ほっといたからね~」みたいな・・


michaelさんがリピート書いてないんだよと教えてくださった、
モーツアルトのハフナー交響曲でも聴きましょう。
この曲も「君の人生に乾杯」みたいだなと思って・・
私の人生に乾杯。

名曲喫茶ライオン

一般人が簡単にオーディオセットなんて持てない時代、クラシックのレコードがかかっているのを聴きに行く名曲喫茶というものがあったそうですね。
今でもあるのは知っていたけど、自分は行っても楽しめない気がしていったこともなかった。

でもどこか出かけたいが行き先も思いつかないので、死ぬまでにに一度くらい言ってみようと渋谷の名曲喫茶ライオンというところに行ってみました。

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そこはスマホが案内してくれるからたどり着けたけど・・・みたいなとこでした。
入り口のドアに「店内撮影禁止」とあったので店内写真はありません。
撮ってるお客さんもいたけどね。

入ってみると薄暗い店内には白いカバーのかかった椅子が見える・・勝手に座れ的な雰囲気を感じ、二人で向かい合って座ろうかと思うとテーブルの向こうに椅子がない。え?
ステージというかオーディオに向け方向性をもった配置となっているらしいことはすぐに理解できた。あせって部屋のすみの対面で椅子のある席にとりあえず座ってしまう。

お、音楽は‥あぁかかってる。
ソプラノが歌い・・男声合唱が答える・・知らない曲だなぁ・・歌唱法?が古い気がする・・誰の曲かわからないぁ・・
モノラル・・・
ここでのオーディオ、音楽は2chステレオではないらしい・・
水とメニューのほかにプログラムというの二人分持ってきてくれた。
当たり前なんだろうけどケーキとかパフェなんかあるわけがない。
整体師に「冷たいものは飲むな」といわれたばかりなのにアイスコーヒーを注文。
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プログラム。
昔使ってた版で刷ったような・・
立体再生装置とか立体名曲というのが誇らしげに書かれているけど、2chステレオのことではない。
巨大なモノラルスピーカーが2回の神殿みたいなところに作り付けてある。
ごちゃごちゃ書いてある小さな文字は、昔風の文体で

 アメリカの雑誌オーディオに当店の演奏装置が写真入りで掲載になりましたので渋谷のライオンは世界的のライオンになりましたことを光栄に存じております。-昭和三十四年-

とある。
この文体・・もう80になるのかなというかつての上司も、何か書くとこういう感じの文章を書いた。
技術文書なので恥ずかしいと思っていたけど、そういう時代もあったのかなぁ・・
この鞄は入社した昭和33年に買ったものだとか言ってたな・・


1959年といえばステレオ黎明期の名録音が次々録られていたころだ・・とはいえ一般でステレオはまだ次世代のものだったはず・・
このお店はそれ以前のモノラル絶頂時代のポリシーがそのまま固定されて今まで来ているんだなと思った。
毎日3時と7時からはコンサートとして店の設定したプログラムを聴かせてもらえることになっている。
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むかしはこれを目当てにみんな聞きに来たんでしょう・・あぁ今でもそういう人もいるのか・・
今日はシューベルトの4番とシューマンの4番ヨッフム指揮のコンセルトヘボウ・・だけどうんと若いころの昔のヨッフムなんだろうな・・
こちら側にも
真のHIFI 立体音響
全館ステレオ音響完備 (帝都随一を誇る)
とある・・

しつこいけどここでいうステレオはいわゆる2chステレオのことじゃない。
部屋中に広がる音・・みたいな意味だと思う。
1950年代なんて誰もが家でオーディオを持ったりできる時代じゃなかったんだろう・・
きっとその頃にこれは驚きの超絶音響空間だったんだろうなぁ・・

しかし帝都って・・
今東京メトロだっけ、私が鉄道少年だった子供の頃は「帝都高速度交通営団」だった。

出てきたアイスコーヒーをちょっと飲んで落ち着くと店内の状況も見えてくる・・
座ったここは音的にあんまりよくないかもしれない・・後で席変わってみよう。
隣の人は、ここが何か知らずに待ち合わせに使ったみたいで「ここ喋っちゃいけないんだって」・・は?みたいなことを言っていました。
ネットで見るとみんなここの私語はご遠慮ねがいますみたいなのを「特殊な」特徴として上げている。
そんなの言われなくたって当たり前でしょう?とかいうと変態扱いなんだろうな。
クラシックを聴かない人と話すとき気を付けていないと認識のずれで嫌な思いをする。
私が変態なだけなのかもしれない。どちらにしろ嫌な思いをしたくないので人音楽の話はしないようにして生きてきました。
最近油断して失敗した。


巨大スピーカーの前にはベートーベンの胸像・・
再生装置は多分オーディオマニア的な超絶高価なもの・・ではないな・・
音質・・をどうこう言う場じゃないんだよな。

バイトかなとも思う若い店員さんがマイクで「モンテベルディーの・・・でした」
えっあれモンテベルディだったの・・時代だな・・全然そういう風に聴こえなかったけど・・
これからコンサートだと言ってシューベルトの4番がかかる。
シューベルトの4番は今では有名曲なのかもしれないけど実は全然聞いたこともなかった。
ベートーベンの先にシューベルトがいるんだなぁ‥なんかいい曲じゃないかなぁ・・
知らないいい曲を教えてもらえたという・・俺も名曲喫茶の客になれたのかなぁ・・
楽章が終わると何人かのお客さんがお金を払って出て行った・・
「ありがとうございます」なんていわない。
移動は楽章間とかちゃんとしてる気もする。
多分楽章じゃなくて曲が終わったと思ってんだろう・・
あさってみたいなところから人が出てたので、2階席があることに気付く・・
この際だから行ってみるとスピーカーの前の部分は吹き抜けになっていて、2階最前列はスピーカーの真正面だ・・

音質とかについては・・
オーディオマニアみたいな人向けにはやってませんと言うことなんでしょう。

周りを見ると・・白いカバーがついた椅子が並んでいる様子は昔本で見た客車時代の特急「燕」の一等車みたいだ・・・二等車かな・・
昔はきっとすごい空間だったんでしょうねこれ・・完全冷房完備・・・
そこに座ってるあの人は・・寝てら・・
指でリズムとってるあの人は聴いてるんだろうな・・
ノートパソコンなあの人はどうなのかな・・
腕置くんで目を閉じてるこのひとは・・
一番ちゃんと聞いてないのは俺だな。
ドアを開けて入ってはきたものの・・えっ何ここ?・・という感じで出て行った人もいた。

シューマンの交響曲第4番・・
そう、この曲が似合うよなぁここは・・・
この曲、カビの生えそうな陰気さと明るく開放的な躍動感が同居しているいい曲なんだけど、その開放感がばぁーっと炸裂するような演奏が好き・・ちょっとそういうのここには合わないかなぁとも思ったりして・・

嫁さんが退屈だろうし店を出ることにしました。

今聴きたいだけならスマホとイヤホンでどこででも聞ける。
貴重な歴史的録音もYoutubeに転がってたりする。
でもそういうんじゃない人が来るんでしょう。
ネットで検索するといっぱい出てくる記事はみな、ちょっと変わった珍しいものがあるから見てきた・・みたいなスタンスだ。多分普段クラシックもオーディオも興味ない人たちじゃないかなぁ・・
そういう人もいっぱいくるんでしょう。

私は田舎からへらへら出てきたからあれだけど、都会でわさわさ生活してるとたまにこんなところに来てみると心が満たされるのかもなぁ。
俺は恵まれていて家で好きなように音楽を聞かせてもらえるけど、マンションで子供優先、仕事も忙しい・・嫁もなぜかずっと怒ってる・・とかだったらここに入り浸るかもなぁ・・
人と話すと嫌な思いに至るような私は、人と話しちゃいけないのが基本のこういうところが・・そういうのじゃないか・・
今はそういう気分じゃないけど一人ここで1日沈みたい日も来るかもしれない。誰にも邪魔されず音楽だけがある・・

いろんな人がいていろんな考えがあるんだろうけど、私が何をどう感じようと関係なくこのお店は今後も存在し続けるんでしょうね。

音に感動しましたとか、本物を知りましたとか思ってないことを言うのは逆に失礼だと思う。
とはいえ、誇りをもって続けられている何かみたいなものを感じてそこには感動しました。
一度行ってみることができてよかったなと思います。


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手前の駐車場に車を止めてタワレコによくいった。
駐車場解体してた。タワレコに行く気も全然なくなった。
もともと都会の刺激とか時代の最先端とかいうのとは縁のないところで生きているけど・・
なんというか・・もう渋谷に行くこともないのかもなぁ・・

おとぎの国

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今日は休みだ。
朝起きてみると涼しく気持ちがいい・・
車が雨でぬれているのでそのまま適当に洗車をして・・
音楽聴くか!・・と思っていると隣へ軽トラが・・・
草刈りやんのか・・
畔というか道路に面したところの草が道へはみ出しているのには一切手を付けないで、誰にも影響のないようなところを延々刈り続けるというのが現代風だと思う。

興味のない人から見るとあほ見たいかもしれませんが、
小さな専用の部屋にこもり、
目の前に視覚的に浮かんだオーケストラを見ながら、作曲家の作った世界へ入り込む・・みたいな変態的な趣味なので、草刈り機のエンジン音が聞こえるうちは音楽は聴けないんです。

グダグダ言ってないで、どっかでかけろよというとこか・・

先日、YouTubeでシャルル・デュトワ指揮、モントリオール響の実演みたいなものがあったので聴いてみると・・あれ・・・?
中学生のころからこのコンビのCDをいろいろ買って愛聴してきました。
洗練された完全無欠なあの魔法みたいな世界にずっと浸ってきた。
当たり前だけど、毎回CDみたいな超絶名演をしていたわけではないのはわかります。・・いやそういう超絶オケもあるんだろうけど・・
デュトワがN響を振っているのをTVで何度も聴いたけど、わすれられない素晴らしい演奏の時もあればヘロヘロダメダメなのがそのまま流れちゃってることもあった。

演奏会を記録したLIVE録音ではなくて、録音するつもりで録ったレコードには、
できるだけ自然な形で演奏を記録しようとたものと
演奏、音響あらゆる面で細部まで理想的な姿になることを目指し、徹底的に作りこんだもの
があると思う。
デュトワ・MSOのは後者だと思う。
だからと言ってそれがインチキな虚像だという事ではないです。
演奏会とは違う、録音というステージ上だからできる究極的な作品完成の場というのがあるんだと思う。

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聖ユスターシュ教会でデュトワMSOでしょう?
ハープとかチェレスタはこんなあさってみたいなところに隔離して録るんだ・・

聴くと弦の後ろにハープがいるように聴こえるけど、実際こうなのね・・
実演でオケが強奏している時ハープやチェレスタの細かい音を全部聴きたいと思ったら近くに座るしかないと思う。
だけど録音はどこに置いてあろうとスコア上の大事な場面で大事な楽器がちゃんと聞こえるように調整してくれてある・・
たまにやりすぎで不自然な印象になってるのもあるけれど・・・
音のバランスなんかはマイクほかこういう配置とかコンソールのスライダーで自由に作られちゃうわけなんでしょうね。
元々実演だって、同じホールでも座る席によって聞えるバランスなんてまちまちで、これが標準のただしい音というのはだれにも決められない。
リアリティを求めるとこのやり方には不満もあるけれど、スコアを全部聴き取りたいと思うとこのやり方に感謝したい・・

デュトワ、MSOの盤はラヴェルとか初期の録音はハープが右側にいます。
ハープが左にいるようになると演奏にも深みが出るなんて勝手に感じています。

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昔のデュトワって刑事コロンボに似てましたよね・・
左の人はプロデュサーかな。

何が言いたいのか自分でもわからないけど、世の中いろいろだってことでしょう。
何が正しいなんて言うこともない。
ただいろいろあることと、それらはどんなものなのかを知っていないと見当違いな受け取り方をして損だという気はする。

それはレコードだけじゃないのかも。


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ちょっと出かけました。
直行で2時間くらいのところか。
この見えてる緑が、全部桃の花で桃色に染まったのを見たことがあります。
近場にもいいところいっぱいあるんだよな・・
同じ景色も気の持ちようでつまらなく見えたり絶景にみえたり・・

まだやってる

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日本中どこでもそうかと思いますが、うちの近所の山も山頂付近まで人の手が入って杉か檜が植林されています。
でもずっと手入れもされていないので中は結構悲惨?
はずれの日の当たるところにある木はかなりの太さになっているのに、中は私が子供だった35年前から変わっていないようにも見えます。
色々あって仕方ないんだろうなぁ・・

昨日、音楽を聴く部屋をヒノキの香りで満たしたいなんて書きまして・・・
私はアロマ何とかみたいなおしゃれ世界からは最も遠いところで生きています。
ですが、性懲りもなく精油とかいうものについて調べてみたりして・・
あんな加湿器みたいなのは嫌だと思っていたら
その精油というのだけ噴霧するような機械が売られているんですね。
静音と言いながら若干音がするとか、案外すぐ瓶の中身がなくなっちゃいそうだとか、掃除しないとつまるとか読んでいたらちょっと冷めちゃった・・
芳香剤みたいなただ置いとけばいいやつがいいなー
この製油っていうのを鼻の下につけといたらどうなんだろう?
そういう馬鹿なことを言っちゃいけないのか・・

そんな機械を見ていたらSONYの製品が出てきた。
久しぶりだなSONY。
かつてオーディオだけじゃなくていろんな分野をけん引して輝いていたSONY・・
周りに合わせた汎用規格なんて絶対に採用せず、意地になって独自の規格を打ち立てて走ろうとしていたSONY・・
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この機械の説明を読んでみたら笑った。
※本製品のご使用には、別売の香りカートリッジ「AROMASTICカートリッジ」が必要です。
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またやってるその路線・・
汎用のオイルを使えるようにすりゃいいのに、においの元みたいなものまで規格を作ってそこで儲けようみたいな手法でやってた・・
なんか貫いてるなぁ・・
使い手は毎回変に高いカードカートリッジを買うんでしょう?
自分の好きな香りってのは問答無用的に使えないんでしょう?
変な枠つくちゃってるせいで使いにくくて売れないと思うんだけどなぁ・・

初めて買ったCDプレーヤーはSONYのものでした・・2代目も・・3代目も・・
CDのフォーマットを決めたのはSONYとPhilipsですもんね。
すごい会社なんですよね。
SACDもリッピングできないとか変な制約をつけなければもう少し展開したかもしれないんじゃないのかなぁ?
Philipsももうオーディオなんか全面撤退で医療機器しか作らないんでしたっけ・・
先日、シャープペンの芯のケースにSONYって書いてあって、最近はこんなもん作ってんのかぁ・・と思ったらそれUSBメモリだった・・

合成のインチキ香りでもいいからスーパーで売ってるトイレの芳香剤みたいなのでひのきの香りというのは・・
あるかと思って探したら全然ないんですね。
ひのきの端材はすぐに乾いちゃって匂いがしなくなるのを経験済みなので・・
まぁ結局なんにもかわないなこりゃ・・
いつ頃からか我慢ばかりする癖がついて何かを手に入れて心が潤う・・みたいなところが干されちゃってるんだよね。
車買っても盛り上がらないんだもん。ちょっとまずいかな。

香りと言えばスクリャービン。
優れたピアニストでもあったこの作曲家、はじめは技巧的でロマンティックな作品を書いていたのに途中から神秘主義だか何だか言い出して変態化していきました。
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なんかやばそうですよね?
変態化してしまってからの交響曲第5番では鍵盤を押すと音に応じた光を放つとかいうピアノを使うことを指定しています。
当時の技術じゃ故障だらけで実際使えなかったらしいですが・・
音楽に視覚的要素を取り入れようとした。

そういうことが簡単にいくらでもできる現在、それをやったらかなりチープな結果になると思う。
この変態作曲家の頭の中で炸裂してたのはそんな物じゃないんじゃないかなぁ・・

その交響曲第5番をブーレーズが指揮したCDを先ほどを聴いてみましたが、今のところ私には全然理解できません。

この作曲家はさらにその先、お香かなんかで嗅覚にも訴える作品を考えていたみたいです。

昔、クラシックのコンサートも照明やドライアイスを使って積極的に演出すべき!
と力説している人がいました。
いろんな考えがあって、実際行われてもいいんだと思います。
でも俺はそんなことやりやがったら二度と行かねーぞそんなもん。

このエチュードは大好きです。
神様が出てきて、「一曲だけ弾けるようにしてやる。どれがいいか?」
と言われたらこの曲でお願いしたい。
ホロヴィッツの演奏がまた・・・
第2主題のこのきざな歌いようはなんだ・・

青い

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私も行きましたよ青い池。
真冬にもいった。
今は観光地として整備されてるんでしょう?
まだそうなる前、何もないんだけどネットで有名になって夏は人がたくさん来ていたと思う。
写真てあれですよね。
こんな写真を見ると、360度幻想的な世界に包まれているんだろうなと思ってしまいますが、実際行ってみると

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こうだったりしますよね。
全然文句ありません。その切り取る感覚も表現そのものなわけですよね。
もちろん見渡す限りどこを切り取っても詩のような風景・・という場所が沢山あるのも知ってますよ。

これ自然の池じゃなくて砂防工事の過程でたまたまできたとかそういうのなのかな・・
それが観光地になっちゃうんだから・・面白いですよね。

人と知り合ったとき
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この人こういう人だな、なんて思ったりしますが、

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こっちは知らないほうがいいかもしれない。
あまり深くその人を知ろうとしない位が良かったりして・・
実際人と知り合うこともありませんし、なんだかわかりません。
ちょっとこういうの言ってみたかっただけです。


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冬の池は凍ったうえに雪が積もってただの枯れた森にしか見えなかった。
当たり前か。
そこを若い女の子が1人でずっと眺めていたました。
いくら待っても何かが起こることもなさそうなのに。
あれ思い出に支配されてる人か何かかな?
こういう想像を勝手にして盛り上がるんだけど、真相は全然違ったりするんだろう。


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川は凍らないから・・
冬にここへ行った写真を見ると誰もいない雪の上で嫁さんと馬鹿みたいにふざけてる写真がいっぱいあった。楽しい思い出もあるよ。
(もちろん、入っちゃいけないとことか、人の絵を壊すような場所場面じゃないですよ)

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宝石みたいな川だよね。

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なんで真夏に雪の写真なんか出してんだ。
でも奇麗でしょう?
雪印のマークみたいなのがそのまま降ってくるのをみて感激したなそういや。


美瑛には何度か行ったけどいつも天気に恵まれました。
でも大好きな稚内とか道東は行くたびに雨かくもり・・
いった年には全然来なくて見れなかった流氷がいけなくなってから怒涛のように押し寄せたらしい。

きっといいもの見ると満足しちゃうから、お預けになってるんだろう。
いつかきっと見たかった景色を見に行けるんだと信じたい。


全然話がつながらないけど、
中学生の頃日曜の朝ラジオで聴いた曲。
録音していたのでしばらく聴いた。
あの頃覚えた曲は何年たっても頭の中に焼き付いて消えません。

BWV678
この曲、コラール旋律みたいなのが2声あってカノンになってるんですよね。
私の好みではトン・コープマンの即興装飾音は旋律のいいところを壊していたりしてちょっとどうかと思うことがある。
でも全体的にはいいなと思ったりすることもあるからめんどくさい。

うけいれる

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とある理由で精神的に拘束されており自由が利かないため、長い休みがあると精神的に下降していきます。
そんなのみんなそうだよ、甘えんな・・ですね。
数年前の夏休みは何も考えたくないので毎日ひたすらCDをリッピングしていました。
リッピングもソフトによって音が変わる!とかいったら普通の人はどう思うんでしょうか・・
でもそういう世界。
休み中に全部は終わらなかったけどそれでも700枚くらいできたのかな・・普通だったら文句を言うところだろうけど笑顔でほっといてくれた嫁さんありがとう。
飯でも食わせに行こうか・混んでるけどなぁ・・

音楽でも聴くかと思ったところで隣の休耕田で草刈りを始めた。
エンジン音で音楽は聴けないけど、一生懸命働いてる人に文句を言ったらいけないですね。
広い田んぼを毎日少しずつ刈っていくので全部終わったころには最初の地点が刈り頃に。
平日毎日来れるのは定年になったからか、健康維持のためとかでやりたくてやってるのかもね・・
そう、隣なのに一度も話したことがない。
大規模に田んぼをやりたい人はいるみたいだから貸すか何かすれば・・と思うけど大きなお世話ですね。
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その田んぼにはこんなイチゴがいるんだよ。これが野イチゴ?

久しぶりにピアノでも弾こうか。
既存の曲なんか弾けない。自分で作った曲。
自分が弾けるように作ったから絶対に弾けるという・・

あっ草刈り止まった?・・音楽聴くか・・
今シューマンのライン交響曲が聴きたいんだよな。
マーラーの編曲をかなり生かしているらしい盤・・
止まってなかった。


この時期、なぜかは知らないけど家の中にコオロギがうろうろしていることがよくあります。

子供の頃、一匹のコオロギを飼ったことがありました。
小さな虫かごの中でそこにメスが現れることは絶対ないのに、とてつもなく美しい声で毎晩鳴いた。
死んでかたくなってしまったそのコオロギを埋めるとき、子供心にも悪いことをしたと思った・・
という事を思い出すまでもなく、嫁さんが大騒ぎをして何とか捕まえて外に出してやろうとする。
無事、それが終わるとあぁ良かったなと思う。

一方似たような褐色の虫がこの時期よく家の中をうろうろしていることもある。
しかしこちらは助けるどころか問答無用で成敗しようとする。
新聞紙を丸め、日ごろの鬱憤、生い立ち上の恨みなどをそこにぶつけるため、遺骸は無残な姿となることが多い。
そこに悪いことをした・・みたいな気持ちは一切ない。
笑ったりするかもしれない。
同じ虫であるのに・・
もし、この虫も美しい声で鳴いたりしたらどうなるんだろうか?・・・
家の中で鳴き声が・・・
キャーないてる!
えっ!殺虫剤どこだ!・・
多分余計ひどいことになると思う。
そもそも筋違いなのである。

自分は何なのかを認めて、そこからどうするかしかない。

昔、自分が二人いたことがあったんですよ。あいつならどう思うかとかあいつが好きそうだから買っとこうとか、今のこの受け入れられない自分とは別に汚れていないあるはずの自分がいた。
遠からず出会えると思っていて、それが希望だった。
15年ほど前のあるきっかけで今の自分を認めることができたようで、気が付けば2重状況は解消されていました。

この2年ほど気分が晴れずにいるんですが、また出てきているんだろうか?
今の自分を受け入れろとか言われてもっともだとも思う半面、
悲しい気もする。


ラシーヌ賛歌でも聴きましょうか。



この手の曲はボーイソプラノが最高!みたいな話になるけれど、いろいろ聞いてみてやっぱり大人の巧い合唱団の深みのある演奏のほうが圧倒的に好きです。
確かフォーレが学生の頃に書いたんでしたっけ。
この人浮気ばっかしてたんでしょ?関係ないけど。
どんな歌詞で何を言ってるかは知りませんが、いいですねこれも。