歌とISO

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製造業な会社員をやっていますが、ISO9001の維持審査というのがまじかにに迫っています。
製品を開発して販売するにあたり、その品質を確保維持するために必要なことをすべて明確にし、決めたことを決まったように実行する。それらは記録として残され、いつ、どんな人間が見ても何がどのように行われたのかを確認することができる・・
非常に正しいというか当たり前のことなのでありますが・・・
これを正しくやっているという事を認証機関が認めるとそのお墨付きを看板に出せるようになるんですね。
出せば終わりじゃなくて定期的な審査があり、不備があれば指摘を受ける・・最悪は資格はく奪みたいな・・
ちゃんとやっていれば監査だろうが何だろうがいつ来たってかまわないはず・・・

審査員という人も色々ですが、前職で得たのか高いプライドをそのまま持ってきちゃってちょっと楽しいことになっている人が結構います。
この人これが生きがいなんだろうなぁという人も。
「先生!」なんていわれて・・
あまり書くとやばそうなのでやめましょう。



マーラーの交響曲第8番 
第2部に入るとしばらくはオケによる音楽が続き、神秘の合唱となります。
暗く重く抑えつけられていたような世界に急にに強い光が射したかと思うと・・
あたりは青い空、緑の大地、さわやかな風・・・その中で
法悦の教父が歌い始める・・・



とても感動的で大好きな部分です。
弦楽器が歌を縁取りするんですが、聴いていると歌は伴奏の弦から微妙に遅れて動いたりします。
よく素人のカラオケみたいなので自称すごくうまいみたいな人がリズムを崩して歌いたがりますよね・・
やりすぎて変になっちゃってるのも・・・
でこれ歌手が勝手に楽譜からずれて歌っているのかというとそうではなくて

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楽譜自体がそうなっているんですね。
マーラーは歌劇場の指揮者としていろんな国のいろんなオペラを振ってきてます。
そこで得たいろんな経験を自作にも投入してるんでしょうね。
なんであれ、歌手は決められたとおりにやってるんです。
ISO的にも問題ないですね?

規定に対して正しく歌われたことが確認できる記録はありますか?なんて言いそうですね・・審査員のひと。
記録には正しく歌われたとありますがその判定基準は?
判定者は誰によってどのようにきめられていますか?
判定者としての能力の有効性は評価されていますか?評価判定基準は?その記録は?
歌が正しく歌われたことの判定を行うか行わないかの判断は誰がするのですか?
その判断基準は?
記録は?
正しく歌われなかった場合の処置についての規定はありますか?その事例も含めて提示してください・・
こんなことを書いていると怒られますかね。

まだまだ至らないところがあるにしろ、それでもだんだん進歩をしてきました。
時代も変わって、審査員、審査機関も訳のわかんないことを言って威張っているようなところは淘汰されるようになってきた。

ISOに限らず安全規格なんかでも、規格に対して解釈なんてものが発生するところがまた問題を生むんだよね。
文句を言おうと思えば延々言ってられるもんね。

音楽なんかは解釈というものがあるから面白いわけですよね。
永遠に飽きない。





音楽と工学

もう一月くらいたつけど車を買う契約をしました。まだ納車の日程が未定でまだあと2か月くらいかかるんじゃないかということで・・
営業がすみませんすみませんと言ってくるんだけど・・減るわけでもないし別に気にならない。歳くったのかなぁ・・

また連絡があって、つける予定のオプションがMCでつかなくなっちゃったことが判明しました的な話だった。
担当の勘違いじゃなくて、メーカーでそれが判明したらしい・・
上位のオプションは問題なくつくのでそれに変更してもらった。
当然差額が上乗せになるんだけど、そこはあれで・・
ありがとう。

あんな会社でもこんなことがあるんだな・・
MCだとテストとかやらないのかな?
文句を言おうとも思わない。
人のことで鬼の首をを取ったようなことを言ってると、すぐに自分の担当したもので不具合が発生したという話を聞くことになる・・
本当にそうなんですよ・・実績でだいたいいつも4時間以内ですね・・
こわいよー。

部品メーカーの開発担当は今頃大変だろう。
知らないけど実は大変じゃなくて普通に対応していてたりするのかもしれない。

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向こうの島はあんなに遠くにあって・・・こんなとこに橋を架けようと思うんだもんな・・



急激な場面転換でふっという空白を入れて効果を倍増させるマーラーの指揮者的演出・・
マーラーの交響曲第8番にもあります。


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第1部
Mit plötzlichem aufschwungとかいてあって突然に躍進するですか?
場面転換的な間奏の後ここから再現部の頭までかなり長い間走ります。
それは突然始まるんですが、一瞬の間をおいて爆発したように突き進む・・
声楽は歌詞があるのでアッとか言って止まるところがいいですよね・・

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第一部の最後。
これはブレスですが、ここはっきり切ってもらいたいですね。
すごく効果的。

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終楽章の最終場面は巨大建築みたいですよね。
ここでパッと間をあけるとすごいことになります。
シャイーのCDだったか音を切った瞬間余韻がゴー!とか言ってるの
次の瞬間にどらやシンバルを含む巨大和音が打ち鳴らされる衝撃はすごすぎます。

この曲、大変感動的ですが、構造的に最も効果的な内容を検討して設計されているということを強く感じます。
建築工学的なというか・・・

瀬戸大橋って大きいだけじゃなくて見た目も芸術的に美しいですよね。
でもあれはただ美しさだけを考えて作られているんじゃなくて、いろんな工学的な要素を検討検証された結果生まれた形なんだと思うんです。

ただアウトラインとか色とかがあるんじゃなくて
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いろんな理由から生まれる細かいものが組み合わさってでっかいものとなり、最終的に美しさをもって・・

こんなでっかいけど、小さなボルトの一本まで何故そこに使われるか、なぜそれでいいのかの根拠があるはずでその積み重ねで全体があるはず・・

音楽って工学だろと前から思っているんですが、マーラーはとくに近代的な巨大構造物を設計しているという感じがとてもするんです。
マラ8の最後の部分はあの橋のでっかいアンカーのあたりみたいな感じもしたりして・・
バンダの出てくるタイミングとか・・・抒情的な感性でとかいうのもあるけど、聴き手に感動させようと思ったらどうするのが最も効果的かという計算があると思うんです。
ムラヴィンスキーだったか、そういうところが嫌だと告白している人もいました。
でも私は何かそこにまんまと萌えちゃうんですよね。

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橋の中身・・
周期的な変化を伴うパータンの連続・・って音楽そのものじゃない?
レールのジョイント音も音楽だ・・
音楽と工学は私の中でものすごく親和性があって・・

天上から聴こえる歌 マーラー交響曲第8番

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多分作曲者自身による交響曲第8番リハーサル中の写真

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マーラー交響曲第8番 第2部 栄光の聖母の部分
天国から「おいで!」と歌うわけなので第3ソプラノがステージとは違う高いところから歌います。
楽譜のどこかに指示があったはず。
音楽的にも流れを変える場面転換的なところで、イレギュラーな場所から歌が聞こえてくるのはものすごく効果的ですよね。
作曲者指揮の初演時はどこで歌ったんだろう?
この写真ではわからないですね。
天上から聴こえるんならほんとに天井の足場見たいなところで歌うといいかと思いますが、そういうんじゃ無いんでしょうねこれは。怒られちゃうか・・
ダニエル・ハーディング指揮の新日本フィルの演奏ではオルガンのバルコニーで歌っているのを聴きました。
バンダはどこでやったのかな?・・写ってるのかな?・・なんだかわからないな・・明治43年の写真だもんなぁ・・
オケの両サイドにも合唱がいるんですね・・
ハープは4台くらいいるのかな?その後ろにアップライトピアノみたいなのがいるように見えるけど・・これがピアノ?
ソリストはオケの後ろ?
いきたいなぁ・・・ここに・・

この建物自体は今もあって交通博物館か何かになってるみたいですね。
もと鉄道マニアなんだけど写真見ても萌えなかった。。
日本の交通博物館も萌えない・・生きてる現場に萌える・・関係ないか・・

このあたり、チェレスタがトレモロやっていてきれいですね・・
正直マーラーだったらもう一工夫しそうな気がしないですか?でも単純に裸のトレモロ・・・
6番でもチェレスタのトレモロがありましたが・・じゃいいのか・・
文句を言いたいんじゃなくてなんとなくこういう場面が多いのが、この第2部の一つの特徴のような・・

高いところの話ですが、愛聴盤のこの部分も他のソリストたちとは明らかに違う後方のすこし高い位置で歌っているのを聞き取ることができます・・・
最近変に冷静になってきてて・・他のソリストはオケの前、栄光の聖母はオケの後ろ・・これははっきりしていて間違いない・・
高さ的にはちょうどオルガンのバルコニーみたいなイメージで聴こえる・・でもね、
オーディオの音像定位感、特に高さ方向なんて言うのはかなり危うくて、こうと思い込めばそう聞こえてしまうというところがあると思います・・・
よくある「激変!!よくなった!!」ていうのも半分くらいそういうのでしょう?
しばらくたつとやっぱり無くてもよかった・・みたいなことを言ってたりして。
いえ、そういうことも含めて楽しんでいく趣味でしょうからそれでいいんだと思いますよ。
思い込みや勘違いも含めてゆっくり検証しようかな・・
この録音時のの写真が見られるといいんだけどな-
調べてみようかな-
幸せな勘違いなのでそのままでもいいかなぁ・・

千人に対して偉そうに言ってみる。 マーラー 交響曲第8番

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8人のソリストと2つの合唱団と少年合唱とオルガン、バンダ付きの大オーケストラにはピアノにハルモニウムにマンドリンに・・この巨大編成は結果であって目的じゃないと思うんです。
私はこの曲も大好きです。
この曲、なんとなくいつものマーラーの交響曲にある何かがない気がします・・
その分、この曲にしかない何かもあるような・・・
これじゃ何言ってんだって言われちゃうか。
いつかそこをちゃんと書ければと思います。

「千人の交響曲」と呼ばれるのを作曲者は嫌がったそうですがわかる気がします。
生まれ出てくるものに自分でも驚きながら作曲を進めたというようなことを言っていますが、内容以前の「千人の!」なんていうところで喜ばれちゃったんじゃ・・
ベルリオーズなんかは喜びそうかな?
今でもこの曲についてまず人数から語ってる人も多いですね。

作曲者がメンゲルベルクへの手紙で「宇宙が鳴動する」みたいなことを書いているというのが有名ですよね。
でもそれはでっかいぞーみたいな意味じゃないと思うんです。
別な話だけど先日第1交響曲の「巨人」を大男のことだと思っているような解説をネットで見かけました。その先を読んでないから私の誤解かもしれないけど、素人じゃなくてちゃんとした営業用の解説らしかった・・
Mahler 8で検索すると客席をつぶして異常なまでに合唱を詰め込んだような演奏会の写真がいっぱい出てきますよね。
作曲者による初演は博覧会?の会場でそれ自体が出しものみたいな巨大空間だったからああしたけど、会場と釣り合わない人数にまで膨らませた巨大合唱は必ずしも必須じゃないんじゃないでしょうか?
超巨大合唱の祝典的演奏会もやってもらえるなら行きたいですが、、ふつうのステージに収まる人数の合唱がきちっと合わせて頑張っているような演奏もやってほしいような・・やってんのかもな・・いくから・・
皆が正解だと信じてきたものが唯一の正解ではないでしょう?

もうひとつ「交響曲を名乗るが実際はカンタータである」みたいな事がよく書いてありますよね。
カンタータみたいなもの・・はいいとして交響曲ではない・・は余計かなと思ったり・・
私はこういう交響曲だと思うけどなー
その理由をいつかまとめられないかなぁ・・

訳も分からないのに偉そうなことを書いてごめんなさい。


千人の・・なんていうから超巨大編成がいつも吠えているようなイメージもありますが、弱音勝負みたいな場所がたくさんありますよね・・


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第2部の終盤

一通り終わって、エンディング祭りへ向けて浄化というかリセットしていこうというとこ。
ヴァイオリンの旋律がとぎれとぎれに第1→第2→ソロのフラジオレットと変化していきます。
ここ、聞き所ですよねー。
どうしてもチェレスタとピアノに耳が行っちゃうし、実演だと聴いてて疲れちゃって最後の盛り上がりの前にボーとしがちな場所ですが。

オルガンのペダルにmorendoとありますね。オルガンてどこまで弱音にできるのかな?
スゥエルとかいってシャッター閉めていくんでしょう?
締め切った時のその音量が最低でもうそれ以上は小さくできない。
風量で音量コントロールしそうなイメージがあるけど一定の風量がないとちゃんと鳴らないんでしょうね。

あっ、楽器でいつも言われてることだ・・

この曲、オルガンの扱い方もうまいですよね・・ここぞというところで鳴って・・
この人の2番もそうですが、オルガンは飾りで音楽的にはなしでも行けちゃうようなオケ曲も多いです。
もしかするとオルガンの有無で演奏機会が限定されてしまわないようにという配慮なのかもしれません。
この曲には多分そんな配慮なんか一切なくてのオルガンもなくてはならない存在です。
そのへんもまたなんか書こ・・

ベルアップ!

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マーラー交響曲第8 番第1 部開始付近
ドイツ語解らないけどベルアップしろって言ってるんでしょこれ。木簡やホルンにそこらじゅうで見かけます。
これは実演だとほんとに効果的。
視覚的に、「今色々やってますがここで聴いてほしいのはこの楽器ですよー!!」ってマーラーが言ってるのが見える。
音量も音色も変化ししなくても目立ち感が10 倍くらいになります。
でもこれだけは録音だとわからないですよね。。
この部分、実演で聴いたとき木管が「これからこの曲、このメンツでやってくからよろしく!」と言っているような気がした。
そんなこと言ってないんだろうけど。