アリナミンと平和

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おみくじ引きに行ったりして・・

何か明るく元気なネタでも書いてみたいと思ったんですよ。
そしたら浮かんだのは栄養ドリンクで・・
30年弱くらい前でしたっけ、アリナミンVドリンクの宣伝でこれ流れましたよね。

曲はショスタコーヴィッチの交響曲第7番「レニングラード」で、非常に重く暗い内容も含んでいるはずなんです・・
でも流れてたものはふざけたような合唱が入ってて、またそれがうまくマッチングしてもともとそういう曲みたいでしたよね。
・・と思って探したらあった・・・ちょっと思い出補正かかりすぎだったかなぁ・・



ここだけ聞くと能天気で馬鹿みたいな音楽に聞こえなくもないですが、小太鼓のリズムに乗って延々繰り返される同じ主題は、ドイツに包囲されながらもけなげに耐えるレニングラード市民の姿なんじゃないかと思うんです。
この先暗転して厳しい音楽になりますが、ここまでずっと長調で来ているところが実は悲しいというか大変というか・・・
始めはのどかな感じで始まりますが、次第に暗い影が見え、後半になると砲撃を受けてもなお前向きに進み続ける・・みたいな。
非常に悲惨で悲しい音楽なんじゃないかと思うんですよね。
あんな宣伝に使っていいのかという気もしますが、世の中やったもん勝ちなんでしょう。

美しい田園風景のような音楽が消えると
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素朴な行進曲が始まり、繰り返される・・

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素朴な歌は続くが、暗い影がかぶってくる。

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このグランカッサは砲撃されて着弾したところでしょう?
弦やホルンは砲弾のカザキリ音のようにも聞こえる。
それでも人々はひるむことなく進み続ける
ここ、とても暗く悲しい場面だと思う。
次の変奏では着弾の頻度は上がり、塗りつぶすように上下する小野の塊は一面の穂脳のように見えなくもない。


ここ、ラヴェルのボレロのパクリだろと批判されたようですね。
バルトークがオーケストラのための協奏曲という曲の中でこれを批判していることが有名です。
変奏曲みたいだけどテーマ自体はずっと同じものが繰り返されていて変奏曲でもないですよね。
何されてもめげずに延々繰り返す・・というのが味噌なわけでそこに文句言ってちゃいけない気も・・
偉大な市民をたたえているんだろう。

あのCMの頃ってバブル真っただ中だったんじゃなかったっけ?
みんな無茶しても楽しかったん頃なんでしょう?
なんか適当で浮かれてる感じがするもんな。

いい時期の後には悪い時期が来る。
人間、不満、不安がたまって不安定になると、他人を攻撃して自分を安定させようとしだしますね。
個人レベルだと私も人のことを言えない。
周囲にもいっぱいいる。
注目すべき点はみな自分は正しく、主張すれば受け入れてもらえるのが当然だと思っている・・もしくは思わずにいられない点だろう。
世界的にも国ごとそんなこと言いだしそうな雰囲気もある。
とても危険だと思います。
私にはそんなでっかい話はどうにもできないのでせめて自分の心を平和にしたい。

引用

カテゴリをショスタコにするかラフマニノフにするかわからない・・両方てないんですね。

ラフマニノフの晩年の作品でシンフォニックダンスという曲があります。
オーバーチェアなんて言ってると序曲でいいだろと思うけど、交響的舞踊・・・じゃさすがに動きも止まっちゃいそうだ。
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これラフマニノフと、指揮者のユージン・オーマンディでしょう?多分初演のための練習中じゃないかな?
歴史的な瞬間を目撃した・・みたいなのでしょ。
この曲を知ったのはもうおっさんになってからでした。
私にこの曲を教えてくれたのは学生のオーケストラで何の期待もなくたまたま行ってみたコンサートでした。
厳しいことをいえば演奏を人に聞かせるというよりは自分たちの思いでのため・・と言う内容だったと思うけど、曲の印象を強く私に残してくれたんだからい彼らには感謝したいありがとう・・

元々寡黙だったらしいラフマニノフは祖国のロシアに帰れなくなりアメリカに住んでからは心を閉ざしてしまった・・
作曲もあまりしなくなったみたいだ。
そのラフマニノフの人生の最後くらいに突然湧いたものがこの曲なんでしょう。
作曲者とホロヴィッツで弾いたらしい2台のピアノ版も聞いたけど、この曲に関してはオケ版の方が圧倒的に好きです。

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始まってってすぐのティンパニ・・・


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2台のピアノ版で
これは・・・
ピアノで作曲していた段階からティンパニのイメージがあったんだと思う。
音拾ってるだけでしょう・・
オケ曲をピアノで表現するときするとき、同じにやったらダメなんだよ世界みたいなのもあるんですよね。
ラフマニノフだったらもっと違う形でやれたと思うのに・・

偉そうでごめんなさい。




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弱音で予告のように始まるこの曲・・微かな心音というか・・・生きてるよ・・みたいな、
突然軍隊的というか衝撃的にffで強奏されるこの部分、またしても最初の休符を感じないまま聴いてしまい1拍ずれて覚えてしまった・・未だにここはああなってるんだから・・とかいって意識しながら聴いてます。


この部分がそっくりそのまま
ショスタコーヴィッチの交響曲第15番の第4楽章に引用されています。
作曲者がこの曲も好きだったんだよってなことを言っているのかな?
いやもっと、音楽家としての自分の人生はラフマニノフに大きく影響を受けたんだ・・くらいの大きなことを言ってるのかもしれない。
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ショスタコーヴィッチがまたこの曲の中にある引用について謎めいた証言を残していったらしく、その後のコアな聴き手や研究者を振り回し続けているみたいですね。
もうそういうところが彼の作風そのものですよね。
このシンフォニックダンス冒頭の引用も、偶然似てるだけという考えの人もいると思う。
一方、たまたま似ているだけのものまで引用だと言っちゃって・・というのもずっ続いていくんだと思う。
もし、作曲者が全部の引用をすべて詳細に解説したとしたら、そんなのはもう作曲家じゃないと思う。
言葉じゃ言えない音楽を通して伝わる何か・・を残そうとするのが作曲家なんだから。



そういえば大っ嫌いだから引用するというのもありますね。
バルトークがショスタコの7番を聴いて激怒し、自作のオケコンに引用した挙句笑い飛ばしているのが有名です。
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バルトーク、オーケストラのための協奏曲  いっぱい出てきて馬鹿にした笑い・・


また7番のその主題が15番のこの楽章で展開部のパッサカリア主題として引用されている・・
と話がどんどんつながっていっちゃって終わりませんね。

あれショスタコの話になっちゃった。

その7番もそうだけど思うのは、世界が戦争状態になっているようなときでも重要な曲ができると敵国間でも演奏されてお互い聴いてたみたいなんですよね。
なんかそれスゲーなというかそこ感動するとこなのかな・・




最初に戻ってラフマニノフ自身も、自分の最後の大作となるこの曲の中に若いころからの自作の引用を沢山ちりばめているらしいです。

作曲家は作品の中に秘密の暗号を隠していつか誰かに気づかれることを楽しみにしていたと思う。
聞き手はいつも探りながら聴いていていいと思うし、探してあげなくちゃ・・

ジャズ?

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ショスタコーヴィッチという人には彼の音楽の印象から勝手に絶対に笑わない人みたいな暗いイメージを持ってしまっていました。
鉛色の無人の荒野みたいな心・・・とか

この写真の無邪気な男は間違いなくショスタコーヴィッチですね。
若いなー
温かい心を持った人間が一人いたはず・・
共産圏の変なイメージ・・親が本音を話したら子供が密告してみたいな・・のが強すぎてあれですが、
ちゃんと暖かい楽しい生活があったのか。
サッカーが大好きだったんでしたっけ・・
子豚ちゃんがかわいいよなー

彼の最後の交響曲、第15番には過去の様々な曲があるときは露骨に、またある時は密かに、織り込まれています。
彼自身が大好きだったんだと告白しているんだと思います。
この世へのお別れに曲の中へ自分を残そうとしているんだと思うんです。
よくわかりませんが、どうも音楽が無調でなんか言ってるときは自分について語っているんじゃないかなぁ・・

重苦しい第2楽章の後半に無調地帯が出てきますが、
ビブラフォンが歌うシーンがあります。


この楽器は誕生がとても新しいので、基本的にクラシックにはあんまり出てこないというイメージですね・・
ヴォーン・ウィリアムズの南極交響曲に出てきた気がする・・もう25年くらい前に聞いたきりけど・・
1970年のソ連にも普通にあったんだ・・

学校の音楽室にありました・・触ると先生が狂ったように怒ってんの・・
だったらそんなとこに出しとくなよ見たいな・・
選ばれた一部の優れた生徒にだけさわらせるから、馬鹿はあっち行ってろ・・
とは思ってなかったんでしょうが、
小学生のころからそんなことを感じていたらしい思い出・・


ジャズではよく使うんでしょう?
アニメのルパン三世のオープニングテーマはヴァージョンが何種類がありましたが、一番かっこいいと思うのはビブラフォンが歌ったりするJAZZバージョンみたいなのです。

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チェレスタが何か言ってるなと思っているとどんどん下がっていってビヴラフォンにつながる・・
チェロがフラジオで重なってきて・・コントラバスがソロでからんでくる・・
不思議で印象深い場面です。
別な楽譜では注記があって、「電気的な効果なしで」とあった思う。
あの回転してビブラートをかける(周波数じゃなくて音量変化ならトレモロじゃないの?)のはいらないと・・
そりゃそうですねこんな場面で・・


ショスタコが何か自分語りをしているんでしょう・・
そういえばこの人はJAZZが大好きだったらしいですね。
JAZZもいろいろですが、ビブラフォンが出てくるようなのも聴けたのかな?

ここでこの楽器が出てくる意味がその辺りにあったりしたら面白いけどな・・

ジャズとひとくくりにするけど、いろいろなんですよね?
オーディオ店に行くと良くかかっているのはモダンジャズ?
ショスタコのジャズ組曲のジャズはああいうのじゃないですね。
ラヴェルやストラヴィンスキーに出てくるジャズも・・


いつ頃だったか、クラシック音楽しか聴けない自分はおかしいなんて考えてむりやりジャズを聴こうとしたことがありました。でも結局よくわからなかった。
先日テレビに斉藤由貴が映ってるのを見て思い出したけど、思春期に入ってクラシックを知るまでの短い間は流行りの歌が聴こうとしてたよな。
ラジオで何とかベスト10みたいな番組を録音していた記憶があります。
おニャン子クラブとか言ってよろこんでた記憶もあります。
別にああいうのもそのまま聞いとけばよかったのに、あれどこいっちゃたんだろう?


いまも、初対面的なとっかかりの会話で「どんな音楽を聴きますか?」と聞かれる事があります。
クラシックなんて答えると話が途切れちゃってめんどくさい空気になる。
これからは斉藤由貴ですとか答えてみようかな。
ひまわりという曲があったのだけ覚えてる。

生きた証を

ショスタコービッチの息子が親父について書いた本を以前買ったんですが、ちょっと読みかけてそれきりになっちゃって・・
この人幸せだったかな?
この人の場合は社会主義国家から抑圧されて生きたわけですよね。
自分の芸実的信念なんか打ち題してたらシベリア送りんなって命もなくなっちゃうわけでしょう?
芸術家にとって表現を制限されるとか書きたくもない茶番みたいなものを要求され称賛されるというのはものすごく辛く苦しいことなんじゃないかなぁ・・
とはいえ、そこに命を懸けて挑むみたいな方向にはいかず、狭く厳しい枠の中でもうまくやって人生を燃やしきったという印象もありますねこの人。
枠の中で永遠にに咲き続ける花を咲かせた。
大っぴらに口に出すわけにいかないいろんなことを沢山の暗号として作品の中に封じ込めて・・

第9のジンクスなんて言うお話もあるわけですが、ショスタコーヴィチの交響曲は第15番にまで到達しました。
第14番はマーラーの「大地の歌」の影響を強く受けているみたいですが、無調で難解。まだ私はちゃんと聴けていません。
でも次の第15番は無調的なものを含み暗い世界を見せながらも、ちゃんと調性があって解りやすい旋律も聞き取れるし、はっとする場も多く用意されています。
高校生のころ、訳の分かんないような私の耳にも引っかかってくれました。

この曲の完成後、作者の死まではまだ時間があたんだっけ?
周りの人は第16番、第17番も当然あると考えていたのかもしれませんが、作者はどう考えていたんでしょうか。
この曲は交響曲としては最後のものだと思っていたんじゃないかなぁ・・
自分の作品を聴いてくれるこれから先に生きる人たちへ向けたお別れのメッセージなんじゃないかと思ってみたり。

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ショスタコーヴィッチの交響曲第15番のテーマは自分じゃないかと思います。
もともと作曲家の作品というのは全部自分表現なんですけどね。
自分の姿を残そうとしたというか・・
自作多作いろんな音楽が引用されていることが有名です。

色々あるらしいですが、ものすごくわかりやすいところで・・

第1楽章はおもちゃ屋だっけ・・作者の子供時代を回想しているんでしょう。
でしょうじゃなくて作者がそう言ったんでしたっけ?
そこに
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ウイリアムテル序曲が露骨に出てきます。

子供の頃、これで音楽に目覚めたのかなぁ・・
心に焼き付いているものだったんでしょう。

初めて聞いたときはびっくりしました。
長々続くんじゃなくて、すぐに元の音楽がかぶってくるんですよね。



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第4楽章の冒頭

ワーグナーの神々の黄昏から「運命の動機」が引用されて・・・


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「神々の黄昏」でジークフリートが死ぬところ・・・


ずっと、死を予告するような場面で鳴っていたこの動機・・
ここで作者の死を予言してるんでしょうか?
でもなんかそれだとあまりに単純ですかね。
ワーグナーが好きだったのは好きだったんでしょう。

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始まってからの弦楽器の歌にも織り込まれています。


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2楽章冒頭のコラールもこれを予告していたわけですよね?




芸術家みたいにその作品によって自分を永遠に残せる人はすごいですね。
私も設計をやっていますので自分の考えたものが世の中に存在したりはしますが、そんなもん別に私じゃなくてもいいんだろうし、時期が来たら廃棄されちゃったりして・・

普通の人が自分の生きた証をこの世に残すというとやっぱり子供ということですか・・
そこ勘違いしすぎると昨日のフランクの親父みたいになっちゃうんでしょうかね・・

大げさみたいですけど、ブログって一般人にもそのあたりを少しかなえさせてくれるものじゃないかと思うんですよね。
永久に残るなんて言うのはないけれど、少人数でもどこかの誰かに自分の考えたことを読んでもらえたと思うと、なんだかうれしいですよね?
私はうれしいんだよなー

猪突猛進


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ショスタコの4番は重く暴力的で謎めいていて・・
深刻な顔して「若い芸術家の複雑な心が・・・」とか言わなきゃけなそうですが・・
でも、やってるねー!とかいって笑いながら聴いときゃいいんじゃないかと思うんですよねこの曲は。
大好きですよもちろん。




第1楽章の途中で何を思ったのか突然ものすごい速さで走り出す場面があるんですよね。
全然疲れないでずっと走ってくの・・そうすると周りのいろんなものもついてきちゃってものすごい集団となって走り続ける・・
ついには全部の楽器が出てきちゃって山全体が暴走しているかのような暴力的巨大暴走音楽となります・・
春祭とかああいうのに刺激を受けちゃって自分もやりたい若い作曲家的なところがそのままでててちょっと微笑ましいんですが・・
だけどこんなになっちまってもう止まれねーぞ!この先どうすんだよ!!
と思っているその先がこちら・・

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どっか突っ込んじゃってぶっ飛んでるの・・
しょうかねーな・・

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このfffp<fff、最初のpをまじめに解釈するととんでもない表現ですよ。
ちゃんとやるとコントみたいになっちゃうんじゃないか・・
そんなに色々聴いてないけども持ってるものは適当にそれなりの表現で・・という妥協的演奏だ・・
これもこれからまじめにやったような演奏がどんどん出てくるんでしょうかね・・・

こんなことになっちゃって・・・

マーラーだったらこの後にボロボロになって打ちひしがれてます・・もう動けません見たいな場面が来ると思うんだけど・・・
この人、この後すぐ何事もなかったように立ち上がってすたすた歩き始めるんですよ・・
阿部公房の小説みたいだな。

大騒ぎの展開部に疲れて、再現部の序奏を呼び出そうというところ・・・

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第2ティンパニのppに始まって、音を出すごとにクレッシェンドしていく・・

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最後はfffffまで・・

どっかの練習風景みたいですよね。
fffffなんていいだしたのはチャイコフスキーじゃないかと思いますが、こういうのは止むにやまれない特別な場面で使うもんでしょう・・
この人これ書いてみたかった感が出ちゃってて微笑ましいですよね・・

またここ・・ここに限らずこの曲はやたらに変な不協和音を鳴らすんだけど、その不協和音がマーラーのねじれた心とも違うし、ストラヴィンスキーやプロコフィエフのあの攻撃的でかっこいいあれとも違う・・
なんというか豚の鼻というか堆肥発酵中のにおいというかふざけた嫌な感じの和音なんですよね・・

だけど、うわっ!という拒否感は来なくて聴いてみようと思わせる魅力を持っているところがさすが、やっぱり天才なのか・・

マーレリアン

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マーラーにはまっちゃってる人のことをマーレリアンというみたいですが、ショスタコーヴィッチもそうでしょう。

ソ連共産党のもとでものすごく苦労したみたいですね。
あんな体制下ではマーラーの生演奏なんて聞けなかったんじゃないのかなぁ?・・
ワルターが交響曲第1番を聴いて彼の才能を絶賛し・・とかなんとかありましたよね。若いころはどこかで聴くチャンスがあったのかな。
彼らはスコアを入手できればスコアを読んで実演を聴くよりも細かく深い演奏を頭の中で鳴らせたりするんでしょうね。

ショスタコーヴィッチは自作のほか、他人の曲を自分の曲の中に取り込んで何かをほのめかしたりする作曲家です。
交響曲第4番は若い作曲家の芸術的欲求みたいなのが暴走して押さえきれなかった!みたいな曲なんですが、ある時は露骨に、ある時はひそかにマーラーの音楽がちらつきます。
そこで何か深いことを言おうというより単純に好きすぎてそうなっちゃったぁというかんじかなぁ。
内容がやばすぎるとか言ってしばらくお蔵入りだったこの曲ですが、第1楽章にマーラーの交響曲第1番の郭公が引用されていることがまず有名ですね。

でも私が大好きなのは2楽章に突然マーラーの「復活」が露骨に出てきちゃうところ・・

マーラー 交響曲第2番の第3楽章冒頭

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前の楽章がちょうちょがいっぱい飛んでいそうな花園になっているところを
ティンパニが切り裂きます。


ちょっとオリエンタルな感じで怪しく魅力的な踊りが始まるんですが、このクラリネットがなんか印象的でいいですよね・・
衝撃的で、曲の顔みたいな部分です。



タコ4の2楽章の途中で・・
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これを初めて聴いたのもラジオでしたが、ものすごくびっくりした。
椅子から落ちはしなかったけどそれくらいに。
あぁ、この人マーラーが大好きだって言ってんだなと思った。


国のために頑張ります見たいな曲を書けという共産党政権下でこんな曲初演したら確かにシベリア行きだよな・・
他のところは適当に「これは闘争なのだ」とか訳の分かんないこと言っとけば何とかなったりして。


有名なマラ1のかっこう
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最初にEsクラに出てきたところ・・ずいぶん甲高い声のかっこうです。
またハープがすごく低い音域でこれに答えるのがちょっと面白くて笑いそうになる。

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このかっこう、ただの飾りでは終わらずにこの後巨大化して吠えたり暴れたりしだします。




フィナーレの後半、バカ騒ぎの手前で出てくるこれ、
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手前の旋律から導き出されたようにみえる低弦の動き・・これも

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マーラーの巨人のスケルツォのこれのパロディーでしょう?

直接の引用以外にもマーラー風味みたいな部分もたくさんあると思う。第3楽章の冒頭付近とか・・
へんてこりんな曲ですけど面白い曲ですよね。


謎のまま

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問題作 ショスタコーヴィッチの交響曲第4番。
作者自身が「若書きでまとまりがない、何度も手を入れたがどうにもダメだ。でもこの曲が大好きなのだ」みたいなことを言っていたような気がします。
若い作曲家のアイディアと意欲といろんなものが暴発的に吹き出してしまっている・・すごく悪い言い方をすると創作アイディア集みたいにも見える・・それだけにネタだらけですよねこの曲。
時世的にこれの初演を行うと自分の命が危ない(反体制だとか言ってシベリア送りとかもっと極端なこととか・・)と悟って初演を撤回したという話が有名です。
彼の総括みたいな最後の交響曲第15番の最終部分、あの印象的で感動的なお別れの場面は、この交響曲第4番のある部分をもとに書かれています。
彼の中で忘れられない大事な作品だったのではないかと思います。

その交響曲第4番の最後の部分
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突然暴発したように出てくるファンファーレ音楽みたいなのが静まると、弦楽器のハ短調の伸ばしに低音がワルツのリズム・・

これだけなら
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チャイコフスキーの悲愴の最後みたいなんですが、

チェレスタが4拍子的に乗っかってくるわけですよね・・・マーラーを感じないでもない・大地の歌とか・・・
13番かなんかでもこんなのあるんでしたっけ?・・
何度も繰り返されたその最後、チェレスタはハ短調の弦の上にDの音を置いて謎を解決させないまま永遠のかなたに消えていく・・
みたいな絵にかいたような作品なわけです。

昔、阿部公房の小説を読みました。私自身はあほなのでほとんど小説なんて読みません。
同級生のアパートを訪ねたら本棚にこれがあった。
何かこう、自分は置いていかれてるような気がしたんだよなぁ・・
同じ本を読んで自分も面白いと思えるか試したかったのかなぁ・・
中身のない人間だったんだよなぁ・・今もかわらないなぁ・・
この歳になって振り返ると私の精神年齢は普通の人に比べて10年くらい遅れている気がする。
人と話が合うわけもない。
あれからもう20年か・・彼の子供が高校生だっていうもんな・・

小説自体は読むには読んだが前衛ぽくって特に引き込まれるとかいうこともなかった。
終盤、ものすごい速さで大騒ぎ的に展開していたかと思うと急にこちらを置き去りにしたまま永遠の彼方へ行っちゃっうかのようにおわっちゃった・・
読んでいるとき何か音楽が聞こえるような気がしていたんだけど・・・
あの馬鹿騒ぎから深淵の闇へみたいな世界が、この曲の最後にとても似ている気がする。

ものすごく深い哲学的な何かが隠されているようで・・それを一生懸命考えなければいけないような気もするんだけど・・・
実は形から入ってて裏なんか何もないんじゃないのかと思ったり・・・

相変わらずあほですね私は・・
人間的には成長していませんが、歳をとって図々しくなってきたおかけでもうこれでいいんじゃないかと思うようにはなったかなぁ・・


その後、文学にはまったりはしなかった。
音楽だけ、気に入ったものをずっと聞き続けてきた。
もう本当にそれだけ。
でも音楽があったからよかった。

多重テンポ 

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ショスタコーヴィッチの最後の交響曲となった交響曲第15番
この曲も好きです。
書かれたのは1971年らしいので世間はもう無調とか訳の分かんない前衛にももう飽きてきちゃってたような頃でしょうか・・
このひとつ前の第14番は無調音楽っぽいんでしたっけ?
この15番は再びにちゃんとイ長調という調性があって素人にもわかるようなメロディーと構成・・
ウイリアムテル序曲やワーグナーの指輪からの引用が耳に残ります。自作をはじめ他にもいろんな引用が隠されているらしいですね。
曲の最後の部分も大変印象的でこの曲が好きな人はみんなあそこが好きでしょう?
作者自身がこの世にお別れを告げているようにも聞こえるし、ハイドンから伝わってきた交響曲というジャンルがここで終わるんだよと言っているようにも(私が勝手にそう思うだけですが)聞こえます。
よく聞けばそんな中で無調他いろいろやっています。
西洋音楽の大原則としてすべてのパートが時間的には同期しているというかテンポは共通の一つしかない。
というタブーを破る・・この曲の第1楽章にもそれががあります。

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第1バイオリンが主要主題によるこの旋律をを8分音符で奏します。


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フーガのように遅れて入ってくる第2バイオリンとヴィオラ、このように6連符で同じ旋律を・・
実際のテンポは第1ヴァイオリンと同じなのですが見かけ上、第1ヴァイオリンに対して6/8のテンポで聞こえるという事になります。


さらに遅れて入ってくるチェロとコントラバスは
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このような5連符なので見かけ上のテンポは第1バイオリンの5/8、ヴィオラの5/6ので聞こえるはずです。


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それらの同時進行

前衛音楽みたいに聴いてもうんざりという感じではなくて、かなりわかりやすく面白い。

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後半、倍の速さで木管楽器もやります。



この楽章は作者の子供のころをを・・みたいな話でしたっけ・・・
この曲全体が作者自身の回想とこの世へのお別れのような何かを言っているなという感じが伝わってきます。

寒 ショスタコーヴィチ 交響曲第11番

寒いのでこれ書いてたら風が吹いてあったかくなってんの。

寒い音楽といえば
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ショスタコーヴィチ 交響曲第11番ト短調 1905年
その冒頭。

厳寒のロシア、うっすらと日は差しているのですが、空気も凍り付いて動かない・・何も動かないし、音も聞こえない・・・
弱音器を付け、ビブラートなしの弦のユニゾン、持続音、ふっと訪れる無音・・・調号はト短調だけど音楽はEとBに♮がついて怪しく光る。
登りきったところで持続音と半音でぶつかるところがショスタコだなって感じ。。
この後に起こること・・・このト短調ではなく怪しく長調的に響く音がかえって・・・うまくいえねーや寒いし。
これを初めて聴いたのは高校生のころ、FMでだった。
圧倒的な印象にやられて、ずっと耳に焼き付いたそれを自分で弾いてみていたのを思い出します。
その時の盤は ロジェストヴェンスキー指揮ソ連文化省交響楽団。そのCDを買い求めずっと聴いています。
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あとから聞いたいくつかの演奏が標準なのかもしれない。
この時代にはなかった重戦車が出てきちゃってるようなロジェストヴィンスキー盤、 最初に聞いたのがこれなので、これが刷り込まれてしまった。
一緒に買った交響曲第10番は聞くのが嫌になるほど音が悪いですがこちらは良くはないけど結構聴けます。
この人、来日した時アカデミアで楽譜あさってたってどこかで読んだけど本当?

ここ、弦はppだけどハープはp。ハープは結構聞こえなくちゃいけないと思う。
さっき聞いた別な盤はハープが弦に隠れすぎで、怪しい寒さが出てなかった。