雨だれ


3400.png
雨が続いていますね。寒いです。
この雨に打たれて何かをするのはつらいですが、雨音を聞きながら部屋の中で好きに過ごす時間というのは逆に幸せというか・・
外がすごくいい天気なのに部屋にこもって音楽を聴いていたりするとそれはそれでふとブラックな気持ちになったり・・
雨音もあんまりでかすぎると音楽をかき消すし、鉄板を貼ったひさしの上に雨だれが落ちるとお経みたいな感じになって・・
今日の雨はちょうど音楽を邪魔せず、家にこもってなんかしろよと言ってくれているみたいでした。


3397.png

このショパンの「雨だれの前奏曲」というのが有名ですね。クラシックを聴かない方でも聴いたことがあるんじゃないでしょうか・・
私は変ニ長調という調にパステルカラーとかメルヘンとか天国とかそんなイメージがあります。
曲も・・冒頭はイチゴとチョコ・・・みたいなイメージが・・・ずっと雨だれが聞こえるでしょう・・同じ雨だれを聴きながら中間部は不安の闇に押しつぶされそうになったりしています・・
高校生の頃これを一人で弾いて喜んでいました。
例によってそんなの他人が聴けばそれは弾いたといわない・・でももうほっといて・・弾いたと思わせといて。

この曲をホロヴィッツが演奏したというのがYoutubeにありました。

もっとすごいことになってるのかと思ったら、意外に普通というか・・・でも流れる装飾音みたいなところを丁寧に弾いてるところであっっと思い、ちょっとした謡回しとかペダルなしで始まる中間部なんかに・・やっぱり個性的な演奏なのかと思ったり。



同じ24の前奏曲の第6番ロ短調
3398.png

こっちも雨だれの前奏曲と言われているんですよね。
上の奴がイチゴにチョコレートだとすると、こちらは魚介にオリーブオイル・・ちょっと何言ってるんだかわからないけど・・

ホロヴィッツの演奏。
左手が・・ものすごくきざな誰かがいる・・
この曲を初めて聴いたのがこの演奏で・・いまだにこの演奏から離れられなくなってしまいました・・
暗い、夜の雨でしょう・・3段目の後ろで光が差すんですよね。
でも明るい日の光じゃない・・・すぐに消えていってしまうし・・



同じ24の前奏曲の第4番。
ショパンの葬儀で演奏されたそうですが・・
3399.png
私にはこの曲も雨だれに聞こえます。
雨の中、一人でいるんでしょう・・何か言っていますが途中で熱く叫んでいますよね・・

Youtube色々聞いたけど意外にも自分はポリーニのが一番好きだった。
ポリーニもいまではおじいさんですが、私の中ではいつまでもこんな若い容姿のままで固定です。

ピアノの音色は雨の音と相性がいいんでしょうね。
オーケストラ音楽で雨が蕭蕭とというのが・・あるんでしょうけど今思いつかなかった。
嵐!みたいなのはやたらにあるけれど・・

これから寒くなると、音楽を聴くのにいい季節です。
ブログ、読んでいただけたり拍手をいただけるととてもうれしいです。
いくつかのブログ記事を適当に書き始めて見たら、そのうちの一つで深みにはまって楽しくなってきた。
この曲のここはこういう事を言ってると思う・・みたいなことを書いたり楽譜を調べたりしていると、今まで漠然と聞き流していたところに隠された何かに気づいたりしてっ自分自身が楽しくて仕方がないんです。
音楽があってよかった。

胃の痛み

3394.png
何だか胃が締め付けられるように痛くって・・
ストレスから?・・そんなに真面目に生きていないはずなのだけど。
いろいろ気にしたってしょうがないと表層では思っているけど。
まんまとやられているのか・・

胃が痛いといえばこの曲


アルゲリッチ・・太田胃散の宣伝のイメージからするとこれは結構軽やかな踊るような演奏ですね。
胃腸の薬だからイ長調の曲・・という事だとどこかで聞きました。
CMだと最後のための部分がアルペジオになっていて、そこできめのセリフみたいな感じじゃなかったっけ・・
よくできてた思うなぁ・・
でもうちにあったのはパンシロンだった。
胃薬飲む感じでもないなぁ・・

3395.png
新緑が風に揺れる庭で・・・みたいな感じですか・・風景描写じゃなくてそこにいる人が今何か考えたこと・・みたいな感じも。
こんな気分でいられたらいいですね。

この曲の山場というか見せ場というか3段目の意表を突いた転調をするところ・・
フェルマータでも書いてあるのかと思ったらないんですね。いったん立ち止まるんじゃないんだ・・
こういうのよくあるといえばあるけれど、ここがあるからこの曲こんなに素朴で小さいのに単独で聴いても満足できるくらいの存在感を持ってるんでしょうね。
ここが普通にすんじゃったら、曲というより素材というか断片みたいな印象になっちゃうだろうなぁ・・
ずっと同じパターンを繰り返しているように聞こえるけど、ペダルの指示は何だか同じ繰り返しじゃないのかな?
最近こういうこと考えると、「弾けもしないやつは黙ってろ」みたいな声が聞こえるようになちゃて・・そんなのうるせーと思っとけばいいんだけど・・だから胃が痛いのかな・・


ルービンシュタインのも
Youtubeにはほかにも色々あったので聴いてると、もっとゆっくりしっとりした演奏もあった。
色々あって面白いね。

寿司とか会席料理みたいなので、前に食べたものの余韻と今口に入れたものが重なるように、全体的な流れも考えた順番で・・・みたいな話があるんですか?
このショパンの24の前奏曲も魅力的な曲が並んでいて単独で聞いてもいいんだけど、全曲を通しで聴くことで一つの世界が見える・・みたいな曲集でもありますよね。
この手前のロ短調の曲も次に続くラフマニノフみたいな曲も・・・どちらも単独で存在してお互い関係ないようで、次に来るべきところにぴったりはまっているようにも感じる。
書いたはいいけれどそんな高尚なすし屋に入ったことも行くこともないです。

普段は連続で聴くけれど今日は胃痛に絡めてこの曲だけ聴いた後、ドビュッシーの沈める寺を聴いて、またショパンのスケルツォの2番を聴いて・・別なピアニストで前奏曲を何曲か・・
たまには思いつくいろんな小曲を聴くというのもいいですよね。
ディスク再生だと56秒だけ聞いて盤を入れ替え・・なんてやってられないので結局その盤にあるほかの曲を聴いてしまい、こういう聞き方はできなかった。
音源をNASにいれて手元で呼び出せるようになって・・・


今日、同じ会社ながら別な場所の勤務で長年余り相性の良くない人と話をしました。
今までは話せば険悪な雰囲気に・・・
それがなんとなく話しているとお互い同じ趣味嗜好(音楽じゃなく・・卑猥な話でもないですよ)を持っていることが判明。
専門的な言葉で適当に話を合わせているだけでないことはすぐわかる。
人にはこんなこと言わないけどね・・みたいな。
ちょっと和んだ。
生きていれば小さく癒しもあるわ。

こんな胃痛を治すのはやっぱり、しょうもないことは全部忘れて晴れ晴れした気分になることですよね。
どっかいきたいなぁ・・

繰り返し

ドライブが好きで昔は一日1000kmくらい走ったりもしました。
車が好きだとかなんとかじゃなくてとにかく遠くに行き見慣れない景色を見てみたかった。
人と交流なんかしたくない。誰か話しかけてきたら笑顔で逃げる。
最近は日帰りでなければならないので近場でどこか行った感を得ようとするわけですが・・

3323.png

早川とか大井川なんか結構おくまで分け行っていくことができてなかなかいいんだけど、途中で一般車は通行止めなんですね。
峠を越えて全然違う遠くの方へぬけられたら壮大なドライブになるんだけど。
この手の林道は今みんな入ることができませんね。
まぁしょうがない。
貧乏性いうか余裕がないというか、せっかくなら少しでも多く違う景色を見たい感じたいので、結構な距離を走ってきてまた同じ道を戻り、さっきみた景色をまた見るというのは・・損したとまでは言わないけれど・・

ヨーロッパのお城の庭なんか・・行ったことないけど・・写真を見ると前後左右が対称になったような絨毯の模様みたいに作り込んでありますよね。
建物なんかも左右対称の安定感というか面白さ・・・
音楽にもそういう感覚があって、クラシック音楽、変奏曲(A・A'・A''・A'''・・・)みたいなのもありますが、基本的には(A・B・A)みたいな3部形式でできているものが多いですね。CとかDを入れてABADAとかだんだん複雑になっていきますが、基本は前に聞いたものをまた聴いてという反復構成が基本・・
ショパンのノクターンもみんなABAとかABABという反復構成でかかれています。
ロマン派の人なので2度目に出てくるAはAそのままではなくてかなり変容したA’やaになっていて、新しい感覚や謎や不安や・・いろいろと感じさせて楽しませてくれます。
最初に出てきたものをもう一度聞くことで、安定感を感じて終わっていける。


ところがこのOp. 15, No. 3 だけはAB・・という反復なしの行きっぱなし音楽なんですね。
Bが如何にもAの続きという感じでABというのはありますが、これはまた全然違うところにいちゃってそのまま終わっちゃう感じ・・
まぁいいこともあるさ・・・
えっ?おわっちゃった?みたいな・・
日記というかスケッチというか・・・
いらん暗いことはもう考えないよってなもんか。
それもいいなぁ。
ほかでやらないのにこの一曲だけそうやっていると、何か特別なことでもあったのかな?なんて思ってしまう。

きっとショパンという人はそんなことを言っても馬鹿にしたような顔をしそうだ。
ショパンは私のことが嫌いだと思う。
かまわねーよ会にもいかないし。


人生は一方通行の一筆書き・・
でも最近私の人生は本当に同じパターンを繰り返す単純反復であったことに気付きました。
のっかってるものは違うけど根底に流れてるものはいつも同じでそれが全部を決めていくの。
かなり出来の悪い変奏曲だ。
最近ショパンのこの曲みたいに、ガラッと変えて明るいBに突入しよう!なんて思ってやっていました。
でも気づいたらA’’’’をまた書いちゃってた。
でも、Bなんてないんだとわかったんだから、画期的な前進。
出来の悪いAで何とかうまくやってやる。

間違ってて


3265.png
私も行きましたよタウシュベツ川橋梁。もと鉄道マニアですし。
もうすぐ崩壊してしまいそうなんでしたっけ?
1人でくればヒグマに襲われる危険もあるようなところだけど周りにはグループみたいなのがいて結構にぎやかだった記憶が。
私は一人。
グループで旅行なんて死ぬまでできないないでしょう。。
人として間違ってるのかもしれませんがもう治りません。

この後、別な場所でヒグマに遭遇しました。
こちらからその姿が見えなかったけど、多分相手には見えていたと思う。
本当にすぐそこ、茂みの中から威嚇の声が聞こえる。
犬のそれと同じフラッターみたいなグルルルル・・
でも声の低さ、太さ、大きさから発音源が犬とは比較にならない大きさ、重さだというのは伝わる・・
そういう時は背中を見せずにゆっくり後ずさり・・なんて関係なく走って車まで逃げてしまった。
死なずに済んだと思った。生きていたいみたいだ。

本屋の奥の方の棚にはうまくやれなくて心がめげてる人向けの本が並んでいるコーナーがあります。
いろいろ読んで自分を発見したような気になったりするんだけど、どの本もそれでこれからどうするのかという段になると
「そういう人は人と付き合わないほうがいいでしょう・・・そういう職業、例えば・・」
という結論が書いてあって笑う。
そこが一番の問題だと悩んでいるのに、無理だからやめましょう見たいな・・
そんなもん、その手の人はみんな思春期くらいから自分で気づいてとっくにそうしてるんじゃないのかな?


高校生の頃・・と書き出したら堰を切ったように出てきたものは公開できないような内容になってしまったので削除して・・
基本的に、通学の道路、電車内、学校の廊下、教室・・あらゆる場所で何も見ないために下を向き、何も聞こえないように耳をふさいで過ごしました。
学校が終わると直帰し音楽を聴くか、おもちゃみたいなキーボードを弾くかどちらかしかなかった。
ショパンのノクターンもよく聞きました。アルトゥール・ルービンシュタインの録音で・・

この曲、当時はあんまりパッとしない曲だななんて思っていました。

3263.png

三部構成の中間部が終わって、再現部をトリルで歌いだすこの部分には魅了されていました・・
よくわからないけれど、前打音とかトリルの始め方とか、ショパンの考えを正解とするとルービンシュタインの奏法は間違いなのだそうだ・・・
でもこればっかりものすごい回数聴いちゃったのでこれが刷り込まれてしまい、頭の中で鳴るのはこの演奏です。
間違いでもいいよ。

40過ぎたおっさんになってこの曲が今いいんだよね・・
ショパンのノクターンは夜想曲という枠を超えちゃって何か強く表現しているような曲も多いけれど、この曲は夜想曲という感じがするな・・でも決して夜の情景を描いた・・じゃないよね。
いつも人がいて、人の心を通してみた何か・・と感じる。
ショパンは40になる前に死んじゃったんじゃなかったっけ?
40を超えたショパンの音楽・・はないんだな・・


話が飛ぶけれどブラームスの4番は中年男の音楽だみたいな話しがあって、その4番が大好きだった中学生の私は40歳を過ぎた時、この曲がどう聴こえるんだろうか?と思ったのをおぼえています。
いま、その答えを知ったわけですが、70才になったときにどう感じられるのか、今わからない何かを感じられるかもしれない期待があるのでまだ死にたくない。

気の持ちようか

先週から庭の木に大量に集っていたアシナガバチ、始めは恐怖の対象だった蜂の軍団も慣れてくると情が移ってきたりしていた・・
業者さんが来て、巣とともにビニール袋の中で動かなくなって・・。
巣は空だったんだそうです。
おそらく、スズメバチに巣を襲われ、巣を放棄して庭の木に避難していたのでは・・
という事でした。
それを聞いたら何だか蜂たちがかわいそうになってきた・・
とはいえ、うちの中の一匹に殺虫剤をかけた時は向かってきた。腕にぶつかったところで薬が効いて落ちたけど、しくじれば刺されたのかなぁ・・

出かけてたおかげで助かった一匹が戻ってきてうろたえてる。
仲間がいたあたりを何度も見て回って・・

3224.png
数日前から右ひざの下あたりが痛い・・・
ある年齢の方はみんなそんなことを言っているのだけど、もう俺もそんな年なの?
嫁さんが何かぐにゃぐにゃっているのでよく聞いたところ足が痛いという・・
よくよく聞いてみると私と同じころから同じところが同じように痛いらしい・・
風邪みたいなものならわかるけど、こういう外科的なものはうつるってないだろう?
何かを知らせてくれてるのかな?


新車を買ったのにドライブに行きたくないのは、行くと事故にあうのを教えてい・・

こういうのは、捕え方を間違えると何もしない言わないほうがいい・・になってしまうのできをつけないと。

両親は私に
石橋も危ない、叩けば周りの迷惑になる。
だから渡らないように家からでるな。
人と話せば渡ろうと誘われる。
だから人に近づくな。
と教えこんだ。

あほか。
近くでいいからドライブいこ。


ショパンのこのノクターン

夜想曲・・なので夜なんだろうけど、私の勝手に感じるところではこの音楽の鳴っているところは雨だと思うんです。
冷たい雨・・
何か言ってる・・
中間部は何かを夢見て熱く語っている・・
3216.png
再びの雨の中、曲の終わりでオクターブで歌われるこの旋律は何か強い決心をしたところみたいだ。

楽譜の三段目の2小節目、左手のベースが流れからオクターブ低い音域へ行ってゴーンと深くて重い響きを鳴らす・・・
マーラーのオーケストレーションだったらppでドラでも鳴らす場面でしょう・・
ここを境に何かが変わってゆく・・


この曲をどうしても弾けるようになりたくて、昔練習しました。
曲の半分くらいを弾けるようになった・・
でもそういうのは弾けるとは言わないんだと思う。
不愉快に思う人もいるだろう。
だけど考えてみれば大きなお世話だ。
昔から、何をするにも後ろめたいよなう気持ちでずっといる。
何か間違ってる気がする。
死ぬまでに、それをとりたい。

この中間部の暖かく夢を見ているような部分が、当時は何を言っているのかわからず嫌いでした。
今、いいなと思えるんだから少しは進歩したでしょう?

男がいる

908.png
いろいろありますが、
またいつかいい時も来るだろう。
北海道行きたいなぁ、今くらいから一番いいころじゃないかなぁ・・一人で道北をうろうろしたいなぁ・・

ここに来てくださったり、拍手ボタンを押してくださる方々、本当にありがとうございます。
救われています。


ショパンのこのノクターンも好きです。
この曲、聴いていて二人の人物を感じるんですよね。
1人は右手の主旋律。心に悲しみを持っているが希望もある。美しい女性でしょう。

もう一人いる思う。
907.png
このあたりから、左手は何かを語っていると感じます。
強く主張するでもなく控えめにしているけどとても強く大きな心を持った・・男・・
女性を支え、守ろうとしている。でも決して話しかけたり触れたりすることはない。
ホ長調の安定した場を作ってやさしく差出す・・そのうえで美しく歌いはじめる女性・・

もちろん、ショパンはそんなこと考えてこの曲を書いてはいないでしょう。
書いたの17歳だそうです。希望に満ちてた頃だろう。

いい年をしたおっさんが何を書いてるんだという話ですが、どう感じるかは私の勝手なので許してください。
ブログっていいですよねこんなこと書けて。
やったことがないですがSNSとかいうのでこんなこと書いたら気持ちの悪いと思われるんじゃないのか。


906.png
ピアノやってる人には当たり前なのかもしれませんが・・
ルービンシュタインもそうですが、例えばこの歌いだし、左手のEの上に乗るのは前打音ではなく次のGですね。
YouTubeでいくつか聞いたものはみんなそう弾いてます。
でもそれは間違えで前打音がベースのEと同時に鳴るのが正しいとどこかで読んだ気がします。
正しいというのはショパンがそう考えていたという事かな・・
そっちのが演歌っぽくていいかもな・・


それっぽい?

同じような救いの旋律が始めはロ長調で最後はホ長調で2度歌われますが、
913.png
1度目

914.png
2度目
前打音の置いてある位置が違うんですよね。
ボーっと聴いてて何も意識したことがなかった。

聴いていて思ったけど
915.png
旋律が半音上がっていく版と、同じ音を繰り返す版があるんですね。
前者のが好きだけど、どっちが本当なんだろう?
ペダルも違うんですね。

部屋とオーディオと犬と鈴

467.png
顔出しNGみたいな・・


オーディオ装置があって音楽を聴いている部屋はオーディオマニアが半笑いで馬鹿にするような変形極小部屋で、脱衣場か物置だろみたいな広さなわけです。
でもホールでステージを見下ろして聴くような世界は得られてるんですよ・・これでいいやなんて自分に言い聞かせて・・
スピーカーとリスナーの位置関係が・・なんて偉そうに書いたりしましてますが、この狭い部屋じゃこれ以外にあり得ないというくらいに位置も限定されてしまい、いろいろ試してみることもできません。
実際の2階席みたいにもうちょっと遠い感じで聴いてみたいなーと思ってもできない。
広い部屋で聴きたいなーなんて実は思うことも・・・

客先の会議室、飲食店の個室、勤務先の試験室・・・など、ちょっとした大きさの部屋に入ると、うちより少し広いな・・ここでオーディオしたいなースピーカーをあそこに置いて・・・この辺で聴くか・・とかなんとか考えたりして・・

階下に使える部屋があるんですよね。現状の倍以上の広さで・・
電子ピアノがあったりでっかい楽器が置いてあったり悪く言うと物置みたいになっていますが、音楽室だといえば言えないことも・・
そっちに行こうかと思うことも・・ただここで聴くと隣家に文句言われそうだなーとか
まぁそこは時間決めればいけるかな・・
静寂性の確保・・・気にしなけりゃ・・
家族が文句言うかな・・ごちそう連れてけば・・

普段はこの部屋で飼い犬が暴れたり日向ぼっこしているんですよね。
訳があって一緒に暮らし題した犬ですが、同じ屋根の下で暮らせば大切な家族なんです。
今日からこの部屋に入らないでね・・なんていえないなぁ
でも自由にしとくと爆走してスピーカー倒しそうだよなぁ・・・

暴れる犬といえばショパンの子犬のワルツ・・
465.png

中間部のこの前打音は鳴き声ですよね・・と思っていたんですけど
Wikipedia をみたら鈴の音だといわれている・・・えっ鈴?・・
私には犬の鳴き声に聞こえるけどなぁ・・
いろんな感じ方があっていいんじゃないかと思うんですよこういうの。
鈴だと思う日も来るかもしれない。
でも今は・・遠くで遊ぶ犬の鳴き声・・楽しそうだよね・・ちっちゃい犬なんでしょう・・

この曲を選んで聞いたりはしませんが、テレビかなんかでよく聞こえてきますよね。
ここを犬が鳴いているように聴かせてくれる演奏と、そんなもん関係ない感じでどんどん進んでいっちゃう演奏がある気がします。
自分の好みは圧倒的に前者・・
弾き飛ばしてく感じの人は鈴だと感じてる人なのかな。いろんな演奏があっていいのか・・

今自分のやりたいことが別にあるため、オーディオ的暴走に歯止めがかかっています。
でもやらずに人生終わっちゃうってのもなぁ・・
いろんな部屋で聴く・・まではいかなくていいかな・・

心にノイズ

イライラ、不安に効くという内服液のCMをみた。
みんな言わないだけで結構大変なんだろうね。

ほっとけばいいのに出てきてしまうあれ・・・忘れたらいいのに、そのまま居座りあたりを染めていく・・

なんか曲をと思って ショパンのこのノクターン
191.png

強く主張するでもなく優しくきれいな歌を歌っていたのに、急に現れた不安の先から強いのが出てきて
「ちがう、お前はこうだ。わかってるだろ?」といって勝手に終わらせてしまいます。

ショパンはそんな事は考えてないでしょう。
自分の曲を深読みするシューマンのことを変なドイツ人とかいって笑ってる手紙を読んだこともあります。
この人の曲はそういうことを考えて聴くものじゃないかもしれません。

気持ち爽やかに過ごしたいですよねぇ。