沈める家

近所でお茶の花が咲いていました。
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主がいなくなってしまったので葛をはじめ雑草が伸び放題。
お茶の木はほとんど覆われてしまっている。来年また花を見られるんだろうか・・・
思うに、特に草刈りなどをしなくても、主がいてその辺を歩いたり、ここは俺のものだと強く思うだけで野生の草木は多少遠慮してたりするものなんじゃないか・・だから主がいなくなるとやりたい放題感がすごい。
逆にかわいがられていた樹木は、力を落としているように見える。

マーラーの「大地の歌」という曲の最後に自分が死んでも(とは言わないがそういう事だ)、春が来れば花は咲き、緑はあたりを覆いつくすだろう永遠に・・
みたいな詩があるんです・・
何という救いの・・・なんて思っていたけど、花でさえも強く図々しいほうが勝って、弱いものは死に絶えていくんだよね。

すぐそばにある主の家は、数年前から手入れもしないので周囲の樹木が伸び放題となりジャングル化していました。数か月前から人の出入りがなくなったので通路などは草に埋め尽くされインカ帝国の遺跡みたいになってきた。
「沈める家」である。

ドビュッシーの「沈める寺」手持ちの盤を久しぶりにちゃんと音楽部屋で聴いてみました。
パスカル・ロジェのものとミケランジェリのもの。
アニメーション的というか、映像が浮かんでくるような演奏という事ではロジェのほうがいいなと思った。
海水を滝のように落としながらあらわになってくる大聖堂の巨大さ・・・とか
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この霧の中再び消えていく大聖堂・・・のあたりは引き込まれる。
ただ、ちょっといらん知識も入ってしまいこの人のは録音で成形されてるという思いがよぎる・・

ミケランジェリのはもっと劇的な感じがする。
最初の方で、あっ!これは大聖堂から聴こえる鐘の音なのか!なんて感動するところがあるんだけど、その鐘の音は多分耳から聴こえるんじゃなくて心の中に入ってきて鳴っちゃうようなスピリチャルな鐘の音だと思う。
視覚的、絵画的に景色を眺め感じるんじゃなくて、心で音楽を聞けよ!みたいな感じ・・

他の変態的な曲を圧倒的に生き生きと変態感を感じさせてくれるのはミケランジェリだ。
ドビュッシーが前奏曲の中に花開かせたこの辺体感が始めは全く受け入れられなかった。
その時聞きやすい弾き方でとりあえず耳になじませてくれたのがロジェだった。。
変態的な魅力に気付き始めると、ロジェでは物足りないと思うようにもなった・・
いろんなタイプの演奏があってくれてありがたい。
もっといろいろ聞くと楽しいんだろうな。

Youtubeにアルトゥール・ルービンシュタインの演奏もあった。

このひと、ショパンのイメージがあるけど、全然そんなことなくていろいろ弾いて聴かせてくれる人だったみたいだ。
この演奏もいいね。

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大聖堂があらわになると、超巨大オルガンと修道士の合唱が燦然と鳴り響きます。
ここは荘厳なオルガンを表現するためにffで突き進所だと思っていたのですが、
ルービンシュタインはここにニュアンスを作て優しく歌っていた・・驚いた。
こういうこの曲もあるんだなぁ。

この部分に現れる低いCはオルガンのペダル・・・・ふつうはオクターブで書きそうなものをあえて低い音一つで書いてあるのが味噌なんじゃないだろうか。
ピアノの教を聴いていると時々左手が楽譜にないオクターブ下の音を弾いてるのが聞こえることがあったりします・・
ここで楽譜にないオクターブ上も弾いたりする人はいるかな?

休み中に本を読もうなんて思っているのにちっとも進まない。
何をしていたのかも思い出せない。
少しだけ音楽は聞いた。
何だか調子が悪い。
休んでゆっくり考えよう。
何を考えるのかから考えよう。


浮いてくる


今沈み気味。
長い人生ですもんね、短期的にはそういうのもあるよ。

沈むといえば野付半島。
昔ドライブが好きで青森の一番先、大間とか竜飛岬まで行きました。
海峡の向こうに北海道を見たら今度は北海道にあこがれてしまって、何度も行きました。
とにかく遠くへ行きたいので宗谷岬や納沙布岬にもいきましたが、意外と最果て感がないんですよね。
北海道の道東、標津の近くにある野付半島なんて冬に一人で行くと最果てな感じがしますよ。
向こうに見える島はロシア領。
なにより、半島自体が海に沈んでいってるんですよね。

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一般人の行ける限界のところ
かつてこの先に商人宿が賑わうような街があったそうです。
今は海に沈んでしまった・・
日本にもこんなところがあるんですよね。

という事でドビュッシーの『前奏曲集第1巻』から「沈める寺」。

ドビュッシーの前奏曲集は一見変態的な曲もありますが、この曲はわかりやすく大変有名です。
霧の中、海中に沈む寺院が姿を現し、そしてまた沈んでゆく・・
みたいな曲です。
寺が丸見えになると荘厳なオルガンの讃美歌が聴こえます。
いつもここでオルガンを感じながら聴くんですが、


オルガンで弾いたというのがあった。
賛美歌の部分はまぁこういう話だろうと思う反面、当たり前すぎてそんなに面白くない。
でもなんかいろんな鍵盤を弾いたり、ストップを追う側でいじったり、鐘や鈴が乱打するような場面があったり・・
面白いといえば面白いかなぁ・・

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3月頃だったか行ったとき、半島が囲った海が凍り付いていたのでその上を歩いたりしました。
本当に誰もいないので、落ちても誰にも気づかれないだろうと思いながら。
ここじゃないけど何度か立ち寄った食堂で「あんた、こんなとこに一人でなにしにくんの?」と怪訝そうな顔で言われました。
一人旅みたいな人は別に俺だけじゃないと思うんだけど、そんなに俺おかしいのか?とあの時はちょっと落ち込んだ。
何でくるのって楽しいからに決まってるじゃんか。
今思えば、落ち込むとこじゃなくて楽しそうにペラペラ語りだす場面だったのかもな・・・
そういうの言われてから気付くのに8年とかかかるんだよ私。

今抱えて嫌になっちゃってる事象もそれは何だったのか、どうすべきだったのかがわかるのは10年後くらいだろう。
そんなころにわかったって仕方がないんだけど、まぁお楽しみに。

花火


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今日は隣町の祭りで花火。
ここ数年、車で山の上から遠くの花火を眺める形でごまかしてきた。
それじゃだめだ、今年は祭りの雑踏に突入してやる。と意気込んだものの・・
雨降ってる?・・雷雨の予想?・・どうしよう・・
去年か一昨年買った線香花火もどっかにあるんじゃないか・・湿気ちゃったかな・・あれもこんどやろう・・

ドビュッシーの花火でも・・

印象派としてくくられることの多いドビュッシーとラヴェルですが、実は全然違う方向を向いた作曲家だよということがよく言われます。
私の感じるところでは
ラヴェルはどの曲もこちらがシャッターをあけて待っていれば音楽の方から語りかけてきて楽しませてくれる。
ドビュッシーにも牧神の午後への前奏曲とか海とかみたいな語りかけてくれる曲もある。
でも彼の神髄みたいな曲は、待っているだけでは音楽は語りかけてこないんじゃないかなぁ。
確かにそこに存在して鳴っているんだけど、あくまでそこにいるだけ。
聞き手の方から入り口と鍵を探して入っていかなければならない音楽・・みたいな気がする。
最初からドビュッシーの搬送波周波数と共振しちゃってるような人もいると思うけれど、私は少しずれているらしく、彼の音楽は自分から探りに行く気にならないと聴こえてこないらしい。
その辺の感じ方は人それぞれなんでしょうね。

彼の2巻の前奏曲集、何となく聴いてみると面白いとは思うし、その後の作曲家たちに大きな影響を与えていることを強く感じて驚かされたりはする。
でも、沈める寺とか亜麻色の~みたいな有名で分かりやすい曲以外はあまり聴いてこなかった・・


で、第2巻の最後の曲が「花火」
この曲、ピアノの弾き手にとっては一言いいたいような曲みたいだ・・難しいんでしょ・・
でも、一般人に聞かせてスゲーといわせるには微妙な曲じゃない?
解る人にはわかる的な・・
タイトルも知らないままぼーっと聴いてしまうと気のふれた前衛みたいに聞こえなくもない。
私は全然聞く気もないけど前衛ってのはドビュッシーが切り開いたこの世界の先でにあるんでしょ。

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最後のここだけは分かりやすくでっかい花火が見えるけれど・・・
よく見るとこの両手の下降グリッサンドは黒鍵と白鍵を半音違いで初めて同時に降りるみたいな・・結構すごいでしょうこれ・・・

それよりそのあとにくる、モヨモニョッみたいなのはなんだ?
あーよかったね・・終わったね・・おわっ・・
みたいなのかな・・

その気になって聴いてみるといろいろ見え始める・・・
ケーブルテレビに加入するとなぜか地元のイベントみたいなのを移して流す超ローカル番組が流れていたりしますが・・あれを思い出した・・
いろんな場面がただ淡々と流れる・・何か筋書きとかドラマとかいうんじゃない・・場面A、場面B・・みたいな・・旨くつないでいくきっかけとか何か説明するナレーションとかもない。

この花火を楽譜を見ながら聴いているとあれみたいだ。

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最初のこれは線香花火にみたいなのだろうか・・バチっとかいってなんか飛んでる・・
急にワーッと勢いが増したかと思うと
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落っこちて終わり・・・
美しい余韻とかじゃなくてポテ・・・みたいなもう日も消えたカスが落っこちるみたいなのまでそののま写術的に音楽化されている・・


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突然別な画像に切り替わって、なんかの導火線に火がついている・・火が伝わって・・
なんか七色の火花を出しながら回転しだした?
この曲の旋律らしきものがやっと出てくる。
みたいな・・・
正直この先なんだかイメージできていない部分もまだある・・今まで聴いてこなかったけど・・この辺の曲もこれから聴いてみようかと思う。

最後にフランス国歌がちょっと聞こえてみたいなのが大事らしいんですが・・
正直何か聞こえるけど、ピンとこない。
1812年とかビートルズとかで聴こえるあの辺りなら知ってるけどラ・マルセイエーズなんて普段聞かないし・・

それよりこの曲を貫いている主題旋律らしきものがまた聞こえるのがいい・・
主人公のこころなんだろこれ・・
途中で興奮してたし・・

これを書こうと思って何度も聴いてたらなんだかこの曲が好きになってきた・・
曲との出会いって結構こういうもんだよね。
何だこれ?という曲も無理やりなんども聴いてると何か見えてきて大好きになったりする。

本当はほかのいろんなことや人間関係なんかもそうなんだろうな・・
同級生に孫がいるような歳になって気づいてもなぁ・・


木管のひそかな重なり ドビュッシー

ブルーノ・ワルターがステレオ黎明期に間に合っていくつかの録音を残してくれましたが、その録音予定リストの中にブル8とドビュッシーの海があったらしいです。
聴きたかったなー
ドイツレクイエムもステレオでとってほしかったなー
ワルターなんていつまで言ってんだよと言われちゃいますかね。

マーラーがドビュッシーの映像を振ったこともあったらしいですけど、どんなだったんでしょうかね。
聴いてみたかったなー全然ドビュッシーじゃない感じになっちゃってたのかな・・
すごく行けてたのかな?

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ドビュッシー 交響詩 海   風と海の対話
ヴァイオリンのハーモニクスがいいですねここ。
日の光と照らされる穏やかな波・・・少し風も吹いてる・・
オーボエとフルートがユニゾンで主題をうたっていますが、より柔らかいフルートの連続音はつながっていてオーボエだけがリズムを刻んでいます。
ピアノのペダルを踏んだ時のような効果でしょうか。そのことによって作られるこの滑らかで柔らかいメロディーをただ聞けばいいんでしょうが、フルートのつながった音を聞き取ってやろう・・なんてしてしまう。。