古城

地元のある古城になんとなく行ってきました。
もともと街道沿いにあった城で、現代でもそれがそのまま国道になっているためすぐわきを何度となく通ります。
昔からよく知っていて何度か行ったこともあるつもりでいた。
でも今日行ってみて分かったけど俺ここきたの初めてじゃんか・・
写真で見た記憶が行った記憶にすり替わっちゃってたのか・・
城といっても姫路城みたいな見せる城じゃなくて、本当に軍事拠点的な要塞みたいなのですね。
きちんと整備保存されていて30年前に見た写真そのままだった。

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すごいでしょう空堀・・

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思ったより規模も大きく複雑だった・・

こんなにすごい難攻不落的な要塞なのに
豊臣秀吉に落とされちゃったんですよね。
Wikipediaには半日と書いてあったけど、昔読んだ本だともっとあっという間のようなことが書いてあった気が・・
折角の城なのだけど人を後退させてしまい、場を生かせるだけの人数を配置していなかったようだ。
圧倒的な大群の前でどうにもならなかったんだろう。
それでも最後まで逃げずに戦おうという昔の武将の覚悟みたいなものには頭が下がるというか・・

そこら中に設置されている説明書きには陥落時のことは一切記されてなかった。
そうだよな、余計なことなんか言わなくていいんだよね。

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海まで見渡せる。
敵の大軍が迫るのも見えたんだろうな・・

古城ということで・・

スメタナの交響詩ヴィシェフラド

モルダウというのは学校の授業で聴かせるし、変に有名ですね。
あれだけ聴いてもいいんですが、実際は強く結びついた6曲からなる連作交響詩の第2曲目なんですねあれは。
連作交響詩「わが祖国」という自国への強い愛情と誇りと・・みたいな音楽なんですが、その冒頭1曲目がヴィシェフラドです。
2台のハープで始まるこの曲はブルタバ(モルダウ)の淵の高い岸上にある古城です。
モルダウの終わりの方にもちょっと出てきますね。
さらに6曲目のブラニークの最後結論に当たる部分で、国を守るために命を懸けて戦った・・みたいな戦いの象徴のコラールが強奏されるとその上にこのヴィシェフラドが現れるんですよ。
彼らの誇りなんでしょうね。
ここは本当に感動的です。まいっちゃいますよ。

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まいっちゃうところ。



これ全曲聴けます。
ノンビブラートっぽくてこういう古楽っぽくやるのが最新の演奏なんですか?
ちょっと聞いたけどなかなかいいですよね。

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2台のハープ、最初は2人のソロがリレーするように書いてあります。
でもこの動画は最初から2人でやってますね・・あれ?4人・・

発見

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たまたま仕事で住んでいた事のあるここのこれが思いついたので・・
これは名鉄西尾駅付近を上空からみています。
あっ!と思う人はそれ系人間でしょう?
建物が特徴的な曲線を描いて見えるところがありますよね。

これは、かなり昔に廃止された平坂支線という鉄道路線の名残だと思うんです。西尾線から分岐してすぐに県道に飲み込まれていますが この県道は平坂線の跡なんですね。

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昭和33年
昔は一面の田んぼで、西尾駅を出発してすぐに西へ向かう線路があったことがわかります。
ボーっと地図を眺めていて気付く、すぐにいろんな考察が始まり関連する何かを見つけようとし始める・・

それがどうしたの!?
という人の方が多いと思いますが、こういうのに萌える人種が少ないながらもいると思うんです。
そんなことを書くんだから自分もそうです。
音楽も、ただ聴いていると聞き逃してしまうような部分にはめ込まれた旋律を発見するとか、隠された意味に気付くとか・・
そういう聞き方に萌える人間がいると思うんですが、ちょっと共通しているかなぁ・・と思って。

この町で産まれ育ったという先輩に、ここに電車が走っていたんですよね?といったらおまえはなにを言ってるんだん馬鹿にしてるのか!?みたいな反応でした。
あんなにでかくて目立ちそうなものでも、皆が興味がないものは数十年で忘れ去られ、嘘になってしまう・・

こう言うの日本中にたくさんあるんですがどんどん消えて言ってます。
このすぐ近く、JRの岡崎駅から名鉄西尾駅方面に伸びていた軽便鉄道の跡もボーっと移動中に発見しました。

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熊本にいたことがあるんですが、ぼーっとふらついていてこの光景にはっ!としました。

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2本の道がこんなすぐ近くで平行しているのは不自然です。
すぐにこの細くてまっすぐな道路は鉄道の痕跡だろ!とすぐ直感したりして。
これは戦時中三菱の戦闘機工場への物資輸送の為の引き込み線跡です。

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昭和31年 レールははがされているけど鉄道的曲線が工場跡の中にも残っていますね。
今ここは自衛隊の基地でしたっけ?

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水前寺駅の先から分岐するところ。
25年くらい前にここへ行ったときには三菱が設置したんだろう、引き込み線へ入るところにあったと思われる門柱が残っていました。見つけた時に感動した記憶が。
当時はインターネットなんかないから、自分で歩いて見つけて・・
見つけたところで誰に言うわけでもなくひとりで喜んでるみたいな・・
暗い話だな。
今はネットでいろんな情報が見られるし、全然違う場所の机上からグーグルMAPとかストリートビューで現地調査みたいなものができるんですね。笑っちゃった。

こういうものを探す癖のある人はクラシック音楽にものめり込みやすいのかなと思っています。
屁理屈にどこまでもつきあってくれますからね。
何度かの改訂を経て現在の姿がある曲なんかについて、その遍歴を探っていきなぜ今の姿がそうであるのかを知る・・みたいなの実萌える。
人によっては無駄なことにしか見えないでしょう。

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これはまたちょっと話が違うかもしれませんが、
このチェレスタ変な書き方になっていて、あとから書き足したことがわかります・・そんなの流して読んどきゃいいのに、こういうの発見するとしばらくみてしまう・・



ここもしかし、超巨大編成オーケストラが巨大音量で吠えているなかで・・チェレスタが一人だけで・・
ってかなり異常な内容ですよね。
実際聴こえないだろうな・・聴きに行ったけどどうだったっけ?

こんな廃線の痕跡を・・みたいな話は人前では絶対にしません。
ブログならいいかなと思って書いてみました。
そのあたりもグラシック音楽と共通・・
もうこの先は何を書いても愚痴みたいになっちゃいそうなので省略。

まぁいいや楽しくいきましょう。

洗脳の森

先に・・いま私は大丈夫です。

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ラヴェルの”鏡”という組曲の中に”悲しい鳥”という曲があります。
深く暗い森の中、出口を見失いさまよう鳥。
不安で泣いている。
不安はやがて恐怖に変わっていく・・



逃れられない何かにとらわれ自由を奪われる。
外の世界から「そこから逃げなよ」という声が聞こえる。
どこで呼んでいるの?
あの声はなぜ自由なんだろう?

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何を見たのか・・悲鳴を上げて逃げ惑う・・・

助ける声は、森の中で恐ろしい刺に変わる。
出口を見失った世界をさまよい、傷つき、疲弊し・・
出口なんてないんだ・・

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最後まで明かりは見えてこない。
悲しい鳴き声も小さくなっていく・・

この曲、そういうのじゃないとは思います・・


作者の自演もあった。

何度も書いているのであれですが昔、会社に洗脳され休日もなく寝ている以外は出社して何かしていないと罪悪感を感じるようになってしまいました。
始めはやりがいを感じたりしているわけですが、3年もたつと心身に限界が来る。

あの時、
「そんな生活はおかしいよ」
「しっかり普通に休みなさい」
「お前それじゃ自分の人生がないじゃないか」
という声をかけてもらいました。
私を心配して言ってくれているということは理解できた。
でもそれは遠い世界のありがたいお経みたいでもあり、お礼を言って聞き流すもべきものだと思っていた。
今の自分の状況が間違っていると感じでもそれを変えられず苦しいと思っているところへ
「お前は間違っている」と高圧的に言い放たれた時はつらかった・・
正しいことを言ってやったという顔をされるのもとても嫌だった。
というのを思い出しました。

通常の常識で考えれば、お前それは筋違いだろ。何甘えてんだ。
と問答無用・・でしょう。それで正しいんでしょう。

これで被害者ぶろうとか言うんじゃなくて、ちょっと書いてみたかった。
それだけ。
誰にも文句はないです。
誰かの参考になるとも思いません。

会社を辞めるという非常に単純な発想は最もしてはいけないことだと思い込んでたためできなかった。
疾走する人がいますが、私も会社の寮から夜逃げした。
逃げたきっかけは会社への不満や疑問でなく、社内のある人の理不尽な言動に耐えられなくなったことででした。それがなければつぶれるまでそこにいようとしたかもしれない。
逃げた後もまだ名前を変えてひそかに生きていこう・・なんてやっていたのでしばらくは洗脳もとけていなかったと思います。
逃げると決めた昼頃から夜までの数時間、何だかわからないけれど笑いが止まらくなってしまいずっと変に笑ってた。
周りの人もなんだお前!?とか言ってつられて笑いながら仕事をしてたのを覚えています。
よく、何かあると「あの人が?そんなはずはない・・」なんて聞くけれど、直近の印象なんて何の参考にもならないんじゃないかと思う。




この曲の解説みたいなのを読むと、悲しい鳥たち・・なんですね。
一人きりじゃないらしい。
そこがなんとなく自分にはしっくりこない。
世の中で一番怖いのは孤独の森だと思うし、ずっと一人でおびえて泣いているんだと思っていました。
きっとこの先もそう聞こえてしまうと思います。


インベーダーゲームとYMOとプロコフィエフ

沢田研二の今、みたいな写真を見ました。
皆歳をとってくのは同じで当たり前なんだし、元気に生きていられるなんて何より。
この人は私の幼いころ、まだ超絶スターだった気がする。今いる誰の比でもないようなすごさがあったと記憶しています。
本人がそのせいで困ってるようなことを後に言ってたような・・
TOKIOって歌ってませんでしたっけ?
YMOのテクノポリスにもでてきてボコーダーでTOKIOって・・

93年ごろにYMOが10年ぶりに復活とか言ったことがありました。
幼いころ、どこかで聴いたライディーンが耳に焼き付いていて、懐かしさで時にCDを買って聴きいた。復活後の曲みたいなのには全然興味を持てなかった。
10年かぁ・・遠いなぁなんて思ったのを覚えています。
それからもう25年たってることに笑った。
いまじゃ10年なんか昨日みたいだ。

クラシック以外のCDを買うことはほとんどないし買っても適当に扱ってどこかへいっちゃったりするんだけど、あの時買ったYMOのボックスみたいなのは捨てずにとっておいてあります。
もう聴かないかもしれないけど。
覚えもないんですがYMOが解散したのが83年とかでしょう。ちょうどファミコンが出てきた頃じゃないでしょうか。              
年齢的にはファミコン全盛期世代ですが、親の呪縛もありほとんどやりませんでした。
ある時かかってきた叔父から電話にたまたま自分が出た。
いとこのお古のインベーダゲーム専用機みたいなものを指して「やるか?」という。
親に電話を代わると「いらない、やめてくれ」と答えてしまうので、やると答え叔父が電話を切った後もずっと受話器をもってねばった・・親が気付いたとき、せっかちな叔父はもう出発した後。
叔父が取り付けてくれたそのゲーム機でしばらく遊んだ。

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こんなのだったと思う。
これでいいたいことは・・
電源スイッチを高速でON→OFF→ONと動かすとエラーというかノイズまみれな画面が出る・・
それを何度もくりかえしているとそのいかれた画面中を無音でUFOが横切ることがある・・
その時にスタートボタンを押すと、インベーダが何も打ってこなくなる・・
というのことに偶然気づいていたこと
何も攻撃してこないのでいつまでたってもやり放題で終わらない。
面白いわけでもないけれど・・・

プロコフィエフのピアノ協奏曲、2番は俺の音楽を分からないやつは来るなと言っていそうな音楽でしたが、第3番は魅力的な旋律や楽想が連続して誰にでも好かれそうな曲です。
4番5番もまたちょっととっつきにくい。

その第3楽章に

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こういうのが出てきます。
隣り合う2つの白鍵を一つの指で同時に叩きながら高速で上がったり下がったり・・
ちょっと違うけどバルトークのコンチェルトにもこんなのが出てくる。こういうの時代の流行りだったのかな?
これもトーンクラスターの一種とか言っちゃっていいんでしょうか?
指番号の指定も作者が書いたものでしょう?



これ大好きなんですよ。
もっとジョワジョワ言わせてほしい・・



なんとなくこれ、昔聞いたインベーダーゲームでUFOが出てきたときみたい・・かな?
1979年ごろでしたっけ?私は5歳くらいか・・やったこともないし、見る機会もなかったはずなのになぜか強力に頭の中に焼き付いています。喫茶店の情景とか・・そういえば、あの頃そこらに沢山喫茶店があったような・・

最後に出てくるここも大好き。
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星が降るなんて言うけど、ほんとに降ってきちゃってなんだこれ!?みたいな・・・
硬い音で狂ったように弾いてほしい・・

プロコフィエフは1918年ごろ、来たがったというわけでもないんだろうけどロシアから渡米する途中で日本に滞在しました。
1921年初演のこの曲に、ところどころ日本的な何かをふっと感じることがある。
よく書いてあった越後何とかが使われている・・というのは間違いみたいだ。
この曲のとっかかりになったかもしれないある部分を日本で構想したなんてことを読みました。
でもこの後半の音楽はその後に行ったらしいニューヨークなんかの
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こんな感じの光景を見て、空気を吸って・・それが音楽にも反映されていたりして・・と思ってみたりします。
なんか知らないけど、ピカピカ点滅したりする電工看板みたいなのもきっとすごかったんでしょう?
別にそれをそのまま音楽にしようとしたわけではないだろうけど。

私は妄想癖もあったけれどなんの音楽もなくてもずっと指でリズムをとる癖があった。
いっつもやっているのでちょっと頭のおかしい変態みたいだっと思う。
実際そんなことも言われた。
頭の中で妄想ドラムみたいなのが鳴っていたんだけどそれは子供のころに近所の2階から聞こえてくる高校生のドラムの影響だと思う。
でっかい音で流れているその音楽が何なのかその時はわからなかったけど、復活したときにあれがYMOだったんだとわかった。
音楽を好きになる準備段階を作ってくれのたがYMOだったかもしれない。
CDを処分できないのは多分そんな思いがあるから。
その高校生2階の部屋でたばこか何かをやり、親父に怒鳴られて窓から逃げたりしていたのが忘れられない。
その人は数年前とても若いのに亡くなってしまった。
如何にも裏世界の・・という近寄りがたい風貌だったけど、聞いたところではとてもやさしい鉄道マニアだったそうだ。




土台

私の家のある辺りは川が山間の谷を抜けちょっと広くなった場所へ出てきたというところです。
昔は船で田植えをしたとか、ちょっと話をしていて振り向いたら耕運機が沈んで無くなっていたとか・・そういう超絶湿地帯だったようです。
昔を知る人は「もし大地震が来ればこの辺りの建物は液状化で壊滅だろう」と言います。
災害時の避難場所だと思っていた近所の小学校は、その場所自体危険であるということで避難所の指定を解かれていた。

国土地理院のサイトで古い航空写真を見ることができます。
今は直線化されている河川が昔はぐにゃぐにゃに蛇行していたことが解って面白い。
多分大雨のたびに流れを変えていて、辺り一帯は全部川の跡だと言ってもいいんだと思う。
私のうちは、背後は超絶湿地帯、前は山を崩して作った場・・
何人かの人に「お前のところは元々山だから大丈夫だよ」と聞いたけれど・・
昭和30年ごろの写真だと田んぼになっているのは間違いない。
ここが湿地帯を埋めた田んぼなのか、山を切り崩して作った田んぼなのかはわからない。
昭和20年代の写真は解像度が低くそのどちらなのか判別しがたい・・どちらかというと湿地帯にかかっているようにもみえる。

昨年、うちの前の道路から急に滾々と湧水がでたので「なんだこれ地滑りの前兆か!?」と思った・・
けど水道管が漏水してただけだった。


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またこの写真なわけですけれども・・
スピーカーが写っていないのはわざとでネットトラウマでによりますが、そのうち出せるようになると思います。

うちは築34年で音楽部屋の床はフローリングじゃありません。こういうのなんて言うんだろ?弱い床です。
絨毯のあるなしで音楽を聞いたときの音の印象は結構変わります。無しのがいいかなと思っています。
スピーカー直置きでは床が鳴って仕方がないので床下の梁に乗るように集成材(板)を敷いて。
こんなのただの板にニスを重ね塗りしただけのものですが効果は抜群。

廊下なんかは歩くとぐにゃと沈む箇所があります。根太というのが腐ってんのかな。
何度かの地震の後ひどくなったような気が・・
まあ、板でも敷いとけばいいか。


何事も土台が大事みたいな話しはよくありますが、ブラームスのピアノ協奏曲第1番。
交響曲を書いていた中年のブラームスとは別人の、若く美しい、ロマン派の心そのものなブラームスの作品です。
しかしすでにある面でのブラームスは完成していて、ピアノ協奏曲でありながら、重厚な交響曲のような深く重い内容を持った音楽となっています。
冒頭なんかマーラー見たいですよね。若く持って行き場の分からないエネルギーが爆発中・・ピアノ協奏曲の前奏なんかじゃないよね・・
その第2楽章のテーマは「祈り」だと思います。
3部構成の後半、ピアノがコラールを歌いだすと

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ホルンと低弦が深く豊かなDの伸ばしで延々支える部分に到達します。
ここは感動的で圧倒的です。
この低音はでっかい協会のオルガンのペダルなんだと思うんですよね・・・
石造りの暗い協会・・でもここはすごくすごく明るい日が差していると思う。
神が作ったこの世の大きさ、深さ暖かさ・・・みたいな。
宗教ちがうけど孫悟空がどんなに飛んだってお釈迦様の腕の中だったみたいな・・
ちゃんとチェロとホルンが高い音から下へ降りて行きながら聴き手に向かって「このDの伸ばしを聴いて感じてください!」と案内しています。だから聴いて感じなくてはなりません。
この音楽、後のドイツレクイエムの中でさらにすごいことになって帰ってきます。
どちらも二長調で・・このDには意味があるんですね・・




そういえば昔、フランツ・モアというピアノの調律師の巨匠みたいな人の書いた本を読みました。
エミール・ギレリスはソ連の人だから聖書というものを読んだことがなかった・・
聖書をプレゼントすると彼は大変喜び、そして感動していた・・みたいな話があったと思う。
この録音はその後だろうか?

この曲を初めて聴いたのはまだ13歳くらい・・
N響の演奏でピアノは多分ルプーだったと思うんですが、ピアニストが誰かなんてまだわからなかった。
ブラームスといえばハンガリー舞曲かと思っていた私を冒頭からぶっ飛ばしてくれた。
ブラームスのすごさと音楽のすばらしさを教えてもらいました。
その後電車に乗ってこの曲のCDを買いに行きました。・・誰のどれを買えばいいかなんてわからない・・ジャケットで適当に選んできたのがベームとポリーニのやつでした。
頭に焼き付いていたN響の演奏と違う・・演奏に解釈とかなんとか色々あることを知ったのもこの時だっけかな?
そのCDの解説に載っていたポリーニの写真は若かったので、ずっとポリーニは若いピアニストだと思い込んでいました。
当たり前なんだけど、気が付くとお爺さんになっていてびっくり。

これを書くにあたって曲を聴いていたら、あの日の電車の座席に当たっていた日の光を思い出しました。
中学生の頃にもこの曲が大好きだった。
もう30年だな。
あの頃にはわからなかったけど、今この曲を思うと・・・若いっていいなぁ・・と思う。

妄想と夢

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先日仕事で行ったそこそこ大きな試験室。
天上が高くだだっ広い空間に大したものも置いていない・・ここでオーディオをやったら・・みたいな妄想がすぐに始まる。
スピーカーはあの辺りにあの向きで・・
でもこんな厚いコンクリートの壁が並行面だらけで・・・これじゃ定常波がすごくてまともに聴ける場所も点みたいなとこだったりしそうだな・・
それ以前に普通の会話でこんなにエコーがかかってるんだから音楽を大音量で聴いたら厳しいかな・・

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先日行った古民家蕎麦屋・・
二間合わせて16畳かぁ・・スピーカーはあの辺・・畳は生かしたいけどスピーカーの下は厚い板でも敷くのかなぁ・・
低音が抜けちゃってあれかなぁ・・

どれだけ考えても実現はしない。
でも妄想するのはタダだし、そのひと時は何だか楽しい。
昔は生活に支障をきたすくらいの妄想癖があったけど最近はそういえばそうでもないなぁ。
歳をとったから?満たされているから?音楽があるから?

妄想ついでに
調布から多摩ニュータウンを経て橋本まで行く京王相模原線という路線があるのですが、かつて高規格の高速鉄道を山中湖まで(と思っていたけど河口湖でした)延長し観光特急を走らせる・・という構想があったらしいんです。
構想は計画と違いそう思ってるだけーという感じでしょうか。
多摩ニュータウンのあたりは160km運転が可能な曲線で設計されていたりいたりするという話を読みました。
それも実際は、そういう架空の構想を口実に良い条件を引き出そうとしたという話なのかもしれない。
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小田急の箱根、東武の日光、近鉄の伊勢志摩・・・みたいなのにのしたかったのかな・・
きっと、モータリゼーションとか、旅行は海外でしょみたいな波が来る前の話なんでしょうね・・それならそんなにバカげてない気もしますよね。
結果的に構想が破棄されたのは妥当だったと思うけれど、そのまま現実化して強行されていたらどうなっていたのか妄想が止まらない。
「完成を目前に打ち捨てられた悲運の未成線・・」というのが日本中にあるけどああなっちゃってたかな・・
開通して10年で廃止みたいな赤字ローカル線もあったんじゃなかったかと思うけどあんな感じとか・・
でも鬼怒川温泉の先の野岩鉄道とか西武秩父線なんかを思い出すと、道志村の何にもない谷間を単線のコンクリート橋とトンネルで進んでゆく京王ロマンスカーみたいな光景もイメージできなくもない。
津久井のあたりなんかまでは通勤路線として実際に延長しようたみたいだけど用地買収が困難を極めて破棄したみたいだ。
逆に早くから手を付けてうまくいっていればバブル期に結構奥地までニュータウンが出来ていたり・・はしないか・・
山中湖ももっと観光開発されて・・今頃ホテルがたくさん廃墟になってたかもなぁ・・
京王レジャーランド跡地がアウトレットになるとか・・

ネガティブな想像ばかりだけど、実はうまくいったってのだって・・
本栖湖にモッシーが出るとかいうのが昔あったけどあれがほんとに出れば成功したかなぁ。

西武秩父線の軽井沢延長構想ってのもありえなそうだけど話としては面白いですよね。地図を見てると東武が日光に到達しているののミラーコピーみたいだもんね。

ブラームスとかマーラーとか、湖のほとりの避暑地で作曲した・・みたいな話をよく読むけれど、どうやってそこまで行ってたのかな?
マーラーは列車があったと思う。
ブラームスはどうだったのかな?と思ってなんとなく調べたらやっぱり列車で往復したみたいだ。
驚いたのはかなり前に亡くなっている気がするショパンも1848年に列車に乗ってたんですよね。
嘉永元年・・江戸時代だよなぁ・・
この音楽は170年前に作曲され・・・と思うとき、日本人的な170年前を想像しても全然違う感覚なんですよね。

ショパンのノクターンでも。



Op.9-2というやつは恥ずかしくて聞く気もしませんが、9-1と9-3は結構いい曲ですよ。

1889年

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地元のローカル線が用水路をまたいでいるんですが、その橋台。
レンガ詰みなんです。
上の方は目地もきれいで補修してあるのかなとも思うけれど、これは開通時からあるものなんじゃないかと思うんですよね。
開通は明治22年・・1889年なので130年くらい前。
ここで誰かがこれを積んだんだよな。
そしてその仕事は130年たってもなお生きて使われているんだと思うとちょっと感動した。

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反対側・・もともと複線だったんですが、第2次大戦中にレールをはがされました。
鉄道マニアはこれだけでどの路線かわかるでしょう?

最近周囲は宅地化しているけど、子供のころ一面の田んぼだった記憶があります。
このあたりが一面の桑畑だったらしい古い写真も見たことがあります。
多分、明治22年もそんな感じだったと思う。

1989年といえばパリにエッフェル塔が建った年ですね。
ブラームスがエジソンの蝋管式蓄音機に録音をしたのはこの年です。交響曲第4番はすでに数年前に完成していた。
マーラーの交響曲第1番が完成したのもこのころ。
リムスキーコルサコフのシェラザードも完成。
チャイコフスキーの交響曲5番はできたけどまだ悲愴は生まれていない。
ラヴェルは14歳でまだ歴史上にデビューしてない。
プロコフィエフなんてまだ生まれてない。プロコフィエフは1918年に来日した際列車でこの上を通過しているはす。
ショパンは生きてれば80歳くらいだけど、40年も前に亡くなっていた。

結構最近まで生きていたような気もするピアニストのアルトゥール・ルービンシュタインはこのとき2歳。
姉がピアノを練習するのを見ていた2歳の彼は、いきなり同じ曲を上手に弾いちゃったんだそうです・・天才が現れた年。

日本だと前年にYAMAHAの創業者がオルガンの製造に成功していた。

なんとなくもう少し時間的に離れているんだろうと思うようなことが同時に起こってるんですよね。


人間なんてどんなに威張ったって数十年で消えちまうのにこの煉瓦は130年たっても現役で役に立ってるんだから・・
明治22年だもん20年前までは江戸時代だったわけでしょう。
当時の最先端技術だよね。
直してるのかもしれないけど水平とかなんとかいまだに狂わずにいるんでしょう・・
こういうものは日本中にあるんだろうけど、地元の、誰も見もしないようなところにひっそりと佇んでいたのがなんだか心に残った。
これを積んだのはどんな人なのかなぁ?その人にも嫁や子がいて・・5代目くらいが今現役なのか?
子孫だってその人のことをもう知らなかったりするんだろうね。
人間なんてはかないな。
私は何かを残すような人間じゃないので自分が楽しむ事だけ考えたい。




ルービンシュタインは、ヨーゼフ・ヨアヒムにその才能を認められたらしい。
ヨアヒムといえば若いころからブラームスの親友で互いに影響しあってきたヴァイオリニストだ。
ブラームスのソナタも二人で演奏しただろう。

そのヨアヒムに発見されたピアニストのピアノでこの曲を聴きましょう。
同じ録音をCD持っていて愛聴しているけど、あれ?これなんかピッチに違和感を感じるけど・・
まあいいか。

ハイエンド・・

家からそう遠くない、木々に囲まれた古民家改装の蕎麦屋で
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そばを食べて、
その先の峠を超えたところにあるカフェで
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ボーっとして帰ってきました。
有名らしいその蕎麦屋は昔からあるのは知っていたけど敷居が高く感じられていままで行こうと思わなかった。
行ってみればそんな高尚な何かなんてなくて、窓の外で小鳥が遊んだりしてとても雰囲気は良かった。もっと秋の終わりころに行くといいのかなぁ?
カフェの方は最近できて、駐車場に高級車が止まったりしてるのを見て気に入らねーなんて思っていた。
いや、そうじゃなくて自分も行けばいいんだとやっと気づいた。
雰囲気もお店の人の感じも味もすごくよかった。
なんかこう、ちょっとした旅館か美術館か何だかわかんないけどそんな感じになっていて
生け花なんて見てもよくわからないんだけど、初めて圧倒された。
もう一度行こうと思えるところが一つ見つけられてうれしい。
払ったお金はちょっと高かったけどもったいないとは感じなかった。


オーディオマニアの世界に
ハイエンドオーディオという言葉があります。
本当は価格も性能も使いこなしも最上級ということなんだろうけど、なんかこう言葉が独り歩きして言ったもん勝ちみたいになってる気も・でもそれでいいんでしょう。
箱一つが何百万円もするハイエンド機器をいろいろ買い集め、つないで鳴らせばハイエンドサウンドが鳴るかというとそんなことはあるわけなく、きちっとした使いこなしが・・・とか、
それだけの機器を鳴らすとなるとその部屋もそれなりのものを持たないとという話もあるわけです。
そりゃそうですね。
想像を超えたお金の話があったりするでしょう・・
どちらかというとハイエンドオーディオ機器よりも、優れた防音と音響特性を持つハイエンド部屋にあこがれます。


ふと、まず何より大事なものがあるんじゃないかと思った。
オーディオにどれだけお金や時間をかけたところで同居する家族から嫌な顔をされたりすれば音楽を聴くどころではないと思う。
音楽を聴くことに理解を示し、一定時間内なら等条件付でも認めてくれる・・
ハイエンド家族である。
人に対してそんな言い方は失礼なのでもやめるとして、
文句を言わずに音楽を聞かせてくれる家族に恵まれて本当にありがたいと思ってる。
それが当然なんて思って調子に乗っているとまずい気もするので夜は7時半まで・・1日3時間程度まで・・みたいな自己ルールを設定運用中。

外部騒音完全遮断の防音室があればいいけど、ない場合は
ハイエンド周囲環境というのもあると思う。
永遠の無へつながっていく音楽・・・とか魂のpppとかいうのに心を打たれるためには無音環境が必要なんです。
外で草刈り機がブンブン言ってたらダメなんです・・
うちは田舎ではあるけれど、近所の農家が何かしらエンジン系農機具を回していたりする。
設備屋さんの土場があって重機がずっと音を立てていることもある。
自衛隊のヘリが飛んでくる。
日が暮れると、今の時期は鈴虫が、6月頃は蛙が圧倒的大音量で鳴くのでクラシックを聴くのには苦しい・・
みんな仕事でやってるので文句を言うのは筋違いだろう。
暴走族の兄弟みたいなのもいたけど、成長したのか逮捕されたのか最近は聞かなくなった・・
色々あるけれど、ありがたいことに皆静まってくれて音楽が聴ける時間もある。
ハイエンド周囲とまでは言えないけれど、そこそこの環境なのかもしれない。

もう一ついちばん大事なのが、
ハイエンド自分の心。

アホみたいですが、心配ごと、気になること、頭にきていること、嫌なこと・・等。。心が乱れているときはどんな音楽を聴いても余計なことを考えてしまい入ってこない。
あーちゃんと聴けないままいいとこすぎちゃったーなんてくだらないざわめきが2重3重に重なったりして・・
音楽を聴いて心を落ち着かせると言いますが、私は先に心を落ち着けたい。
音楽を聴いて今日はよかったなぁーと思える日は、心も安定している日だと思う。

ハイエンドソースってのもあるか・・



この曲、この演奏を中学生のころから聴き続けているのでもう30年以上になります。
いまでも大好きです。
全く同じ曲、演奏なのに中学生の頃とは違う何かを感じることに気付いてまた虜になっています。
こういうのは心と体で聴く音楽だと思う。

古い録音だけどオーディオ的にもかなりの内容を持った名録音だと勝手に思って萌えています。
一瞬、Youtubeやイヤホンじゃ聴けない・・なんて書きそうになった。
でも、中学生の頃、近所の雑貨屋で買ったおもちゃみたいなイヤホンでこれにはまってたんだろ俺。

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うちのハイエンド犬
心の友。

だれ?

ここへ来てくださる方の中に、オーディオに興味のある方はあまり多くないのかなと思いますが、たまには・・

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多分昔のDeccaのオーケストラ録音シーンだと思うんです。
こんな写真を見るとワクワクしますね。
ハープやっぱりあんなとこに置くんですね。
ショルティのマラ7のハープが変だと思ってたけど、あれでいいのか・・

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プロデューサーはこんなのの前に座ってあの奥のスピーカーからの音を聞いて何か判断して指示を出すんですよね?

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こんな感じで。

一度、あそこに座ってその音を聴いてみたいなぁ。
そこには何があるんだろう?
なんとなく想像ですが、そこにあるのは私が喜んで楽しめるような音じゃないのかもなと思ってみたりします。
プロはそれを聞いて、一般人が楽しめる音を作っていくのかなと。
お客と同じに楽しんじゃったらダメなんでしょう?
ちょっと何だかよくわかんないけど。

そんな話にこれつなげるのもどうかと思いますが、自分がいつも聴いている席。
こんなに明るいと興醒めなので実際は部屋を薄暗くナツメ球みたいな明るさで聴きます。

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興味ないと何言ってんだという話かと思うんですが、オーディオも精度が出てくると音の奥行き方向を表現できるようになります。
この写真に写った空間にオーケストラが奥行きを持って浮かび上がります。
上の写真はそうなるように録音しようとしてると思うんです。

オーケストラの一番奥にいる楽器・・トランペットなんかはあのドアの手間くらいから聞こえてきたりします。
上の写真だとさらに奥に合唱がいるのかな?
そのときヴァイオリンはもっとずっと前、スピーカーの間の少し後ろくらいにいます。
ちゃんと第2ヴァイオリンは第1ヴァイオリンの奥から聞こえる。

で、奥の右半分に隣室の押入れがはみ出てきちゃってるんですね。
オーディオの精度がまだまだだと右奥にいるはずの楽器がこの精出した壁に張り付いて聴こえちゃうんですね。
実際いただろう場所より手前に固まってるみたいに・・
それは結構悲しく、この壁壊せないかなぁなんてずっと妄想したりして・・
壁とか、視覚情報が音像定位感に影響するのなら、いっそ真っ暗にしてみては・・・
とやってみましたが、あまりいい結果になりません。
なんとなく空間を視覚からも把握したいみたいだ。

いまは、この押し入れの壁が消え・・はしないけれど半透明になるというか、壁を無視してあのドアの当たりませ奥行きのあるステージが目の前に展開してくれます。

かなり極端というかむしろちょっとおかしな例かもしれないけれど、
若いロリン・マゼールがウイーンフィルを振ったチャイコフスキーの交響曲第1番

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古いDeccaの録音で、定位感を極端に強調しているようにも思われ、いいほうに行けばいいですが、悪いほうに転ぶと不自然にも聞こえたりという・・

2楽章にホルンがでかい音で朗々と歌う場面、この2本の(4本?)のホルンが押入れの中で歌ってるのが聴こえます。
今ここには出てこないけどオーボエなんかも押入れの中にいる。

実際ホールでは豊かな間接音がブレンドされた音があいまいな定位感で聴こえます。
こんな風には絶対聴こえない。
でも、これこそ失われてしまう大事な視覚情報を音に乗せて伝えようという芸術的手段だ・・とか思っているのでそこは喜んで受け取とりたい。

部屋が極小なため、再生音量も音像定位感に強く影響します。
音量が小さすぎるのはそもそもショボくなっちゃってダメなんですが、でかすぎても駄目。
正確な定位感を表現するための、部屋間接音と直接音のバランスか何かにベストな音量があるみたいだ。

再生装置の能力だけじゃなくて自分の側の訓練みたいなのもちょっとあります。
目を交差させてみると立体に見える絵がありますが、あれも最初から見える訳じゃなくて、練習というかこうやるのかとわかれば見えるようになりますでしょう?
あんな感じ。
一度聞き取ってしまえば次からは・・



これ書くと認めたことになっちゃってまずいかなと思ったりもしたんですけど。
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昼間、部屋を薄暗くして音楽を聴いているとドアの明かり窓に向こうの光が透けています。
ここを時々・・人影が横切るんですよね。
嫁さんが出かけて誰もいないときにも横切っちゃうから・・
多分勘違いです。
音像定位感も勘違いだろとか言われちゃうかな。

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出勤するために着る服を2階の廊下に置いてあるんですが、今朝それを着ようと思うと・・
その上にバッタが載ってる・・それも雌が雄を背中にのっけて・・
逃げるそぶりも見せない。
バッタは交尾のときそんなかっこをして、それはどこでも見られる光景なんだそうです。
だけどそこは家の2階の廊下で、窓はどこも開いていなかった。
何かのメッセージをもらったんだと思ってその意味をずっと考えてます。
交尾してたはいいけど、ちょうど雌のお尻のあたりに雲子が落ちてた・・
なにやってんだ。


嫁さんによると、近所のリフォーム中の家にソーラーパネルの取付工事をするからと業者があいさつに来たという。
この際お宅もどうですかみたいな話だったというんですが・・
おかしい。あの家は場所・構造的にソーラーパネルなんかつけるとは考えにくい。
〇〇さんのお宅と言ったらしいけど、その人はもう家を手放してるんだから施主じゃないはず。
ゼンリンかなんかをもって回り、足場のかかった家でも見つけると周囲に営業をかけるのかなと思った。
近所がやってるなら・・と安心して話に乗るみたいなのを狙っているんだろうか。
リフォームは終わったけど、屋根にはなにものっていない。
いずれ必ずばれる嘘を平気でつくんだから相当たちが悪く、見積もりでも取ったら最後弁護士でも雇わないと逃れられない・・みたいなのだったりして・・

今私は工業製品の製造会社勤務なので一寸の嘘もない正攻法で仕事をしていることになっています。ことにじゃないか・・
学校を出て最初に入社したところは「馬鹿正直にやってどこにもうけが出ると思ってるんだ・・!(暴力)・・」みたいなところだった。
?と思いながらもそのまま洗脳されてしまい、詐欺まがいというか、今思い出せば詐欺でしかないようなことを指示通り一生懸命やりました。
そのうちのいくつかはとんでもないふざけたものだと思うけれど、またいくつかはある程度理解できる気もする。
でもそれをいまの職場で口にすれば、大変なことになるかもしれない。
場面が変われば、嘘も本当になるし、正しいことも嘘になるのか。
最初の会社、その仕込まれた嘘が絶対に相手にわからないこと・・という前提はあったと思う。


詐欺でも何でも、最初はいいんだけどあれっ?となる瞬間がやってくる・・
実は気づいているんだけど認めるのが怖いので気づかないふりをしばらくたりして・・
相手を信頼していればいるほどその衝撃は大きいだろう・・だまされたのだと認めた瞬間に足元から崩れていくあの・・・

その一瞬で事態が暗転し崩れ落ちていく・・というとこに注目して巨大な交響曲を作り上げた作曲家がいて
マーラーの交響曲第6番というのがあります。
第4楽章ではその実際が描かれるのですが、最初の楽章から人生の暗転の象徴として


こういうイ長調和音→イ短調和音みたいなものが何度も鳴らされます。
3つの音でできた和音のうちのたった一音が半音下がるだけで世界がひっくり返るという面白さがあるわけですね。
ものすごく単純な手法で聴き手に超絶インパクトを・・

私の失敗は、この曲を聴くより前に本でその秘密をを読んじゃった事です。
ネタばれですね。
柴田南雄という作曲家なんですが、その衝撃に心臓をえぐられるような‥だったかは忘れたけどそれくらいのことを書いていました。
先にそれを読んじゃったので期待が膨らみすぎてしまい初めて聴いたとき、
え?
みたいな。

最初のイ長調和音まで暗く響いて聞こえちゃうんですよね。
それは今でも続いています。
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この手前のティンパニもなんだか処刑の象徴みたいな音で最初から暗く響いちゃうのもいけないんだと思う。
この曲の違う演奏を聞くたびに、今度こそここで明→暗を実感させてもらえるのでは・・と期待するんだけど、いまだにかなわず。

この人死にたくないのに死んでた・・みたいなネタが好きでそういう作品をたくさん書いたんです。
そしたら自分もバリバリのさあこれからというところで感染症にかかってぽっくり行っちゃった。
この人は演奏家として、歌劇場監督として政治的な敵や陰謀を根回しで踏み倒してとかやりながらどんどん上を目指し突き進んでいったツワモノなんです。引きずり降ろそうという勢力も蹴散らしてたんだろう。
いつも死におびえて生きていたみたいな弱々しいく悲しい伝説があるんだけどなんでそうなっちゃってんのか・・
作者の死後、嫁さん他一部の近親者が都合のいい妄想を言っちゃってみんな一番近い人のいう事だからと信じちゃったからというのも大きくあると思うんです。
でもそう思って聴けば作品もそう聞こえてくる。
そう信じて彼の曲を愛した演奏家や聴衆がいるわけです。
解ってきた新事実に興味津々!という人もいると思いますが、
あなたの信じてたものなんか間違いなんですよなんて言ったら烈火のごとく怒る人もいるでしょうね・・
ずっと大事にしてきた、自分の一部が崩れてなくなっちゃうようで・・
知らないほうがいいこと、言っちゃいけないこともあるんだと思う。
真実は最大の暴力だったみたいなの・・

バッタを2階の窓から投げ出そうとしたら、嫁さんが服ごと1階にもっていって優しく外へ案内してた。
その間、バッタは逃げるでもあばれるでもなかった。
優しい嫁さんでよかったなぁ。
今、心に引っかかることがあるんだけど、バッタの糞みたいなものだ。捨てちまえってことかもなぁ。