浮いてくる


今沈み気味。
長い人生ですもんね、短期的にはそういうのもあるよ。

沈むといえば野付半島。
昔ドライブが好きで青森の一番先、大間とか竜飛岬まで行きました。
海峡の向こうに北海道を見たら今度は北海道にあこがれてしまって、何度も行きました。
とにかく遠くへ行きたいので宗谷岬や納沙布岬にもいきましたが、意外と最果て感がないんですよね。
北海道の道東、標津の近くにある野付半島なんて冬に一人で行くと最果てな感じがしますよ。
向こうに見える島はロシア領。
なにより、半島自体が海に沈んでいってるんですよね。

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一般人の行ける限界のところ
かつてこの先に商人宿が賑わうような街があったそうです。
今は海に沈んでしまった・・
日本にもこんなところがあるんですよね。

という事でドビュッシーの『前奏曲集第1巻』から「沈める寺」。

ドビュッシーの前奏曲集は一見変態的な曲もありますが、この曲はわかりやすく大変有名です。
霧の中、海中に沈む寺院が姿を現し、そしてまた沈んでゆく・・
みたいな曲です。
寺が丸見えになると荘厳なオルガンの讃美歌が聴こえます。
いつもここでオルガンを感じながら聴くんですが、


オルガンで弾いたというのがあった。
賛美歌の部分はまぁこういう話だろうと思う反面、当たり前すぎてそんなに面白くない。
でもなんかいろんな鍵盤を弾いたり、ストップを追う側でいじったり、鐘や鈴が乱打するような場面があったり・・
面白いといえば面白いかなぁ・・

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3月頃だったか行ったとき、半島が囲った海が凍り付いていたのでその上を歩いたりしました。
本当に誰もいないので、落ちても誰にも気づかれないだろうと思いながら。
ここじゃないけど何度か立ち寄った食堂で「あんた、こんなとこに一人でなにしにくんの?」と怪訝そうな顔で言われました。
一人旅みたいな人は別に俺だけじゃないと思うんだけど、そんなに俺おかしいのか?とあの時はちょっと落ち込んだ。
何でくるのって楽しいからに決まってるじゃんか。
今思えば、落ち込むとこじゃなくて楽しそうにペラペラ語りだす場面だったのかもな・・・
そういうの言われてから気付くのに8年とかかかるんだよ私。

今抱えて嫌になっちゃってる事象もそれは何だったのか、どうすべきだったのかがわかるのは10年後くらいだろう。
そんなころにわかったって仕方がないんだけど、まぁお楽しみに。

繰り返し

ドライブが好きで昔は一日1000kmくらい走ったりもしました。
車が好きだとかなんとかじゃなくてとにかく遠くに行き見慣れない景色を見てみたかった。
人と交流なんかしたくない。誰か話しかけてきたら笑顔で逃げる。
最近は日帰りでなければならないので近場でどこか行った感を得ようとするわけですが・・

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早川とか大井川なんか結構おくまで分け行っていくことができてなかなかいいんだけど、途中で一般車は通行止めなんですね。
峠を越えて全然違う遠くの方へぬけられたら壮大なドライブになるんだけど。
この手の林道は今みんな入ることができませんね。
まぁしょうがない。
貧乏性いうか余裕がないというか、せっかくなら少しでも多く違う景色を見たい感じたいので、結構な距離を走ってきてまた同じ道を戻り、さっきみた景色をまた見るというのは・・損したとまでは言わないけれど・・

ヨーロッパのお城の庭なんか・・行ったことないけど・・写真を見ると前後左右が対称になったような絨毯の模様みたいに作り込んでありますよね。
建物なんかも左右対称の安定感というか面白さ・・・
音楽にもそういう感覚があって、クラシック音楽、変奏曲(A・A'・A''・A'''・・・)みたいなのもありますが、基本的には(A・B・A)みたいな3部形式でできているものが多いですね。CとかDを入れてABADAとかだんだん複雑になっていきますが、基本は前に聞いたものをまた聴いてという反復構成が基本・・
ショパンのノクターンもみんなABAとかABABという反復構成でかかれています。
ロマン派の人なので2度目に出てくるAはAそのままではなくてかなり変容したA’やaになっていて、新しい感覚や謎や不安や・・いろいろと感じさせて楽しませてくれます。
最初に出てきたものをもう一度聞くことで、安定感を感じて終わっていける。


ところがこのOp. 15, No. 3 だけはAB・・という反復なしの行きっぱなし音楽なんですね。
Bが如何にもAの続きという感じでABというのはありますが、これはまた全然違うところにいちゃってそのまま終わっちゃう感じ・・
まぁいいこともあるさ・・・
えっ?おわっちゃった?みたいな・・
日記というかスケッチというか・・・
いらん暗いことはもう考えないよってなもんか。
それもいいなぁ。
ほかでやらないのにこの一曲だけそうやっていると、何か特別なことでもあったのかな?なんて思ってしまう。

きっとショパンという人はそんなことを言っても馬鹿にしたような顔をしそうだ。
ショパンは私のことが嫌いだと思う。
かまわねーよ会にもいかないし。


人生は一方通行の一筆書き・・
でも最近私の人生は本当に同じパターンを繰り返す単純反復であったことに気付きました。
のっかってるものは違うけど根底に流れてるものはいつも同じでそれが全部を決めていくの。
かなり出来の悪い変奏曲だ。
最近ショパンのこの曲みたいに、ガラッと変えて明るいBに突入しよう!なんて思ってやっていました。
でも気づいたらA’’’’をまた書いちゃってた。
でも、Bなんてないんだとわかったんだから、画期的な前進。
出来の悪いAで何とかうまくやってやる。

これから

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最近、いくつかの理由でふと音楽と音楽を聴いている自分というのを嫌いになってしまいそうになる瞬間があったりする。
それは私にとって何より嫌なことです。
原因を遠ざけ、忘れようとおもう。


これじゃ記事にならないので・・
私、こんなグラシック聞いていますみたいなブログをやっていて、それは全く嘘じゃないんですが、一般のクラシックファンの方に比べると聞いているというか知っている音楽の範囲が圧倒的に狭いような気がします。
その多くは20歳以前に知った曲です。
昔はCD買いまくりなんてできないから、気に入るとしゃぶるようにいつまででも聴き続けた。
その後も覚えて気に入った曲を繰り返し繰り返し馬鹿の一つ覚え的に聴いて喜んできました。
20歳を過ぎたころから、新しい曲を受け入れる能力というか許容力というか、
知らない曲を聴いてみたいという気持ちが著しく低下してしまったんですね。
何なんでしょうかねこれ。

つい昨日かおとといまで、それを恥ずかしいことだと考えていました。
でも、そもそも恥ずかしいってなんなんだろう?
なんでいつも誰かに対して卑屈なんだろう?
誰も気にもしていないんだからもういいよねぇ?
折角ですので死ぬまでに1曲でも好きな曲を増やせるといいかなぁ。




この曲も中学生の時に知りました。
とても気に入った曲です。

高校に入り、ある理由で苦しい状況のなかこの音楽がずっと頭の中で鳴っていました。
シューマンが足鍵盤付きのピアノのために作曲したものでドビュッシーが2台のピアノ用に編曲したりしていますが、これを一人で弾けるように編曲するという妄想だった。
昨日のことのようでもある。
その苦しいことは時間が解決して・・・・・はくれませんでした。
今、気づいたら28年前と全く同じことを繰り返してんの。
でもいろいろなことが分かっていろいろ勉強にはなりました。
これからは、
自分を理解し何ができてどうすべきかを整理して残り時間を有効に生かしたいと考えています。

音楽はそういう人間の心にもこたえてくれるんですよ求めればね。

月がきれいでした。

コメントうれしいな。
がんばるぞ私。

三猿の魅力

唐突ですが、ブログっていいですね。
コメントいただけたり、コメントさせていただいたりしていると・・
楽しいね以上の何かをいただけたきがします。
ありがとうございます。

最近ある面で急に行き詰まりまして、
急でもないのか、
ブログ記事なんか書いてみてもそれが載ったようなネガティブ系文書がたくさんできてしまったりして。
別に仕事辞めるとか離婚するとかそんなのじゃないんですけどね。
そこで今私の内部にこれが登場。

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これの本当の意味は私が思うのよりずっと高尚な事だったりするのかもしれないですね。
それは置いといて、
今はとりあえず、もう全部気にしない。何もないことにする。
これはいいですよ。常用すると世捨て人ですが、短期的には力になってくれます。
そんな考えは情けない・・いいんだよその情けないというのも見なきゃいいんだから。
その間に、一度リセットして今後どうするのかゆっくり考えていきましょう。

そう思ったら、急に仕事もやる気が出てきちゃて・・今日はずっと停滞していたものを動かせた。
明るいほうだけ見ていきましょう。

訳のわかんないようなことを書かせていただきますと・・
最近思うんですけどね、短期的にはうまくいかなかったり嫌な思いをしたことも、引いて大きな視点で見ると生きていく上で必要なことなのかもしれません。いやな思いをさせているようで、何か必要なことを教えてくれているんだと思うんですよね。
全体的に私は私にとっていい方向に導かれているような気がするんです。
ただ実際のかじ取りや推進力を得ることは自分で自分がやるんだよと、教えられている気もするんです。
そこでまた重要なのは私にとっていい方向は、世間一般と同じになること・・ではないということですね。
人と同じにとか思うあたりからおかしいのでしょう。
最近行き詰まりまして・・みたいなのも、「もう潮時だよ。さて、ここからお前はどうするの?」
と聞かれてるんだと思うんだよね。

これ他人から見ると何言ってんだという感じでしょうか・・
すみません、今日のは自分に向けて書いています。

音楽の話でも。
何か言うのが音楽だから・・・言わざるって・・
動画あるかなと思ったらありました。


ジョン・ケージ作曲4'33"
超有名な曲なのでごちゃごちゃ書くのもあれですね。
一応3楽章構成なんだっけ・・楽譜には全曲休みをしめすTACETと記されています。
音楽を聴いていると、すべての楽器が停止する無音状態が音のある時よりもはるかに重要に聴こえることがあります。そういうのを極限的に表現しているのかなと思えば思うけれど・・
引いた見方をすれば・・茶番にもみえたりして・・
知名度ではブラームスの交響曲とかを上回っているかもしれないですね。
ちゃんと楽譜も売られていて・・・結構売れたりするのかもしれないですね。
精神論的にはこれも重要な音楽作品なんだというのはわかるけど、聴いて楽しめなければ私にとっては何も存在しないのと同じかなぁ。


今、頭の中でずっとリヒャルト・シュトラウスの歌曲「夕映えの中で」が流れています。
死にたいからじゃないですよ。
とてもいい曲だから。
ばけぺんさんもご指摘のこの

アンドレ・プレヴィン指揮、ウィーンフィルのやつが好き・・
歌手がビブラートかけまくりなの苦手なんです・・

ねてる

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犬も夢を見るみたいで、寝言を言ったり走ったりしっぽを振ったりします。
ものすごくしっぽを振ってる時がある。
なんの夢見てるんだろう?
そこに俺いるのかな?


田舎だからか地元で開かれるクラシックのコンサートに行くとお客さんの中にお姫様みたいな恰好の人がときどきいます。
自分がステージで発表会すんの?みたいな・・・たまのコンサートで張りきっちゃうのかな?
私はおしゃれと無縁なおっさんなのであの感じがよくわかりません。
私にわからないだけで誰がどんな格好をしようが、周りの迷惑にさえならなかったらなんでもいいんでしょう。
ある時、舞踏会の主役みたいな格好の女性が隣の席に座りました。
奇麗な人だった気もするけれど、曲が終わってふと見ると口を開けて寝てた・・
つまんないと寝ちゃうよね。
衣装とのギャップが衝撃的でまだ忘れない。
寝ててもいびきをかいて周りの邪魔しなければいいんだと思ますよ。

別な日、
レスピーギのローマの噴水という曲で、繊細なガラス細工みたいな音楽が静かに消えていくという場面に差し掛かりました。
そこで ・・・・・ンゴー!!っていうのがあった。
ああいうときって、不思議と客席に走るクスッみたいなのが伝わってくる。
指揮者を横から見るようなかなり前の席だったので指揮者も気づいているのがわかった。
でも、そんなもんでぶち壊しになることもなかったんだから、いいコンサートだったのかもな・・
雪で電車が壊滅的に止まってる日だった。
たまの休みなのに家族に付き合って退屈なとこへ来てるお父さんも大変だと思う。
そういう人たちが切符を買ってくれるからコンサートは維持されているわけでもあると思う。
ありがとうございます。お疲れ様です。
つぎはもっとうまく寝られるといいですね。

で、ステージ上にいびきが登場する音楽があります。


スメタナの「わが祖国」の第3曲目は「シャールカ」という曲。
すごい女性が、敵に酒をふるまい酔っぱらったところに仲間を呼んで打つみたいな曲です。

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宴会の果て、みんな寝ちゃって・・
ファゴットのゴーというのがいびき・・

この後合図のホルンが鳴って
寝てるとこやられちゃう音楽が続く・・


この曲、宴会に入る前の恋の場面も素晴らしいんですよ。・・この作曲家のいろんな面が見られる曲だと思う。
泣いてる乙女を助けて、恋に落ちた・・と思ったら全部嘘で殺されちゃうんだ・・
世の中、こわいね。

油断して寝るとさー殺されちゃうんだよ。
気を付けないと。

ひばり

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10月に入ってからも咲いて見せてくれた朝顔。
日が出てしばらくたっても咲いていてくれて、お別れを言っているみたいだった。
そういわずにもっとずっと・・

わたしだって長生きしたい。
作曲家で長生きといえばリヒャルト・シュトラウスが85歳くらいですか、後期ロマン派の大作曲家なのに第2次大戦後の1949年まで生きていた。
晩年自分でも「歴史上の作曲家としては私はもう過去の人間だ」みたいなことを言ったらしい。
第2次大戦中の行動によってこの人もだいぶ苦しい思いをしたのかもしれないがよく知らない。
その偶然生きていた最晩年に「4つの最後の歌」という作品もあります。
時代は無調前衛みたいになっていたと思うけれど、安定感のある暖かい19世紀から続くロマン派の音楽だと思う。
どれも深くて素晴らしい曲ですが、最後の「夕映えの中で」という曲に特別なものを感じます。

夕日のさす中人が死んでいく曲ですが、ちょうど今頃の季節の夕日の少し前くらいから始まるイメージがあります。

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2羽のひばりが高い高いところを鳴きながら旋回して・・
ドイツではひばりは死を象徴する的なはなしでもあるんだろうか?コウノトリが連れてきて、ひばりが連れていくみたいな・・何も知らないけど。


これが気に入ったというわけじゃないけど、こんな曲だよなというイメージ・・
広い広い空
少し赤みを帯びてきた西日
遠くには岩山がみえる
風はない


ショルティーさん。
やってるねー、死ぬまでせっかちにしゃべってバタバタ動いてる人いますよね。
そういう人の最後だよねこれは。
でもそれはまさにその人の人生そのものだし、
この演奏も、ショルティーの演奏そのもの。これが大好きな人がいて少しもおかしくない・・
私はもうちょっとゆっくりしてもらいたいけど・・

最後、不思議な転調を繰り返す臨死体験的な音楽の上で
「これが、死というものか?・・・」と言い残し旅立っていきます。

残された音楽は夕刻の空を描く。
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大変感動的な最後のページ。
シンプルで小さな歌曲なのにこんなに分厚いんだよ・・
練習記号Iに入る前のFes(F♭)・・書いてないけどみんなここでふっと間を開けます。でもセルはあんまり開けてないですかね・・
ショルティはFesが短いような・・ただの私の好みですけど・・

このFesのゴーッ という伸ばしはなにかこう・・永遠とか・・でっかい自然とか・・
人が死んでもこの世は永遠に何も変わらず続いていくんだよ・・みたいなことを言ってると思うんですよね。
その上空でひばりの声・・・

私もこんな風にいけたら・・
まだ当分先でいいです。

朝顔、今朝も咲いてくれた。
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もう終わったと思ってた弦も花をつけてた。
なんだみんながんばれ。

非日常

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調子に乗ってこんな湖のほとりの・・みたいなところへ・・
いかにも非日常という感じで・・

でも向こうに見えるあの山を超えてそのまま下っていくと私の家があります。
その間に家はなく、延々杉の植林地帯。杉花粉が噴煙みたいに渦巻いてるのを見たことがあります。
ここへ来るには車で結構大回りしながら山を登ってくるのでかなり遠い別世界の観光地的印象もあります。
でも、近所の生きていれば100歳をずっと越えるだろうというおばあちゃんに聞いた昔ばなしで、
旦那さんは午前3時に起きると「馬をつれて山へ柴刈りに出かけたんだよ。」
「峠を超えて湖までいってたんだよ。」
と聞いた。それはまさに見えている対岸のあのあたりだろう。
私にとっては非日常なこの光景が、昭和初期くらいまでの家の近所じゃ日常見る景色だったわけだ・・
今はもうその道はだれも通らないので途中で途絶えていると思う。
山の中腹程度まで、馬はいないので犬を連れて自分も登ったことがあります。
あの倍以上をしょっちゅう往復して・・それからまた別な仕事もしてたんだから・・
昔の人はすごいな・・

ホテル経営のここは、何を頼もうにもかなり値段高め・・と思ったけど
ポットに入って出てきた紅茶はものすごい量があっていくら飲んでも終わらない。
混んでるわけでもないのでゆっくり気が済むまで飲み続けてたら
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日が暮れちゃった。
私は紅茶なんて全然よくわからないけど、なんだかおいしかったよ。
20代の頃にここへきて、店の外のメニューと価格を見て逃げたっけな・・・
いい時間を過ごしたと思えば高くもない・・またこよう。

非日常というか、異常な音というか・・・

サンサーンスのピアノ協奏曲第5番は「エジプト風」という名前がついていて、実際エジプト旅行の印象をもって書かれているらしいです。
第2楽章は仕掛けだらけでちょっと狙いすぎじゃない?というくらいエジプトになっています。
色々ありますが目立つこれ・・

変な音がして面白いでしょう?

仕掛けの種明かしはこれで
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左手がコアで、右手で怪しい倍音みたいなのをまとわりつかせるんですか・・
こういうの昔からわかる人はわかって遊びでやってたんでしょうね。
でも芸術作品に堂々と取り入れちゃうっていうのはあんまりないんじゃ?

サンサーンスって、ものすごいインテリで低俗と見るや嫌味ばっかり言いそうなイメージがあるけど、自分もこんなもん作るんですね。

そういう人いますよね。
笑顔で「さすがですね!」とか言っとけばOK。

古城

地元のある古城になんとなく行ってきました。
もともと街道沿いにあった城で、現代でもそれがそのまま国道になっているためすぐわきを何度となく通ります。
昔からよく知っていて何度か行ったこともあるつもりでいた。
でも今日行ってみて分かったけど俺ここきたの初めてじゃんか・・
写真で見た記憶が行った記憶にすり替わっちゃってたのか・・
城といっても姫路城みたいな見せる城じゃなくて、本当に軍事拠点的な要塞みたいなのですね。
きちんと整備保存されていて30年前に見た写真そのままだった。

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すごいでしょう空堀・・

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思ったより規模も大きく複雑だった・・

こんなにすごい難攻不落的な要塞なのに
豊臣秀吉に落とされちゃったんですよね。
Wikipediaには半日と書いてあったけど、昔読んだ本だともっとあっという間のようなことが書いてあった気が・・
折角の城なのだけど人を後退させてしまい、場を生かせるだけの人数を配置していなかったようだ。
圧倒的な大群の前でどうにもならなかったんだろう。
それでも最後まで逃げずに戦おうという昔の武将の覚悟みたいなものには頭が下がるというか・・

そこら中に設置されている説明書きには陥落時のことは一切記されてなかった。
そうだよな、余計なことなんか言わなくていいんだよね。

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海まで見渡せる。
敵の大軍が迫るのも見えたんだろうな・・

古城ということで・・

スメタナの交響詩ヴィシェフラド

モルダウというのは学校の授業で聴かせるし、変に有名ですね。
あれだけ聴いてもいいんですが、実際は強く結びついた6曲からなる連作交響詩の第2曲目なんですねあれは。
連作交響詩「わが祖国」という自国への強い愛情と誇りと・・みたいな音楽なんですが、その冒頭1曲目がヴィシェフラドです。
2台のハープで始まるこの曲はブルタバ(モルダウ)の淵の高い岸上にある古城です。
モルダウの終わりの方にもちょっと出てきますね。
さらに6曲目のブラニークの最後結論に当たる部分で、国を守るために命を懸けて戦った・・みたいな戦いの象徴のコラールが強奏されるとその上にこのヴィシェフラドが現れるんですよ。
彼らの誇りなんでしょうね。
ここは本当に感動的です。まいっちゃいますよ。

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まいっちゃうところ。



これ全曲聴けます。
ノンビブラートっぽくてこういう古楽っぽくやるのが最新の演奏なんですか?
ちょっと聞いたけどなかなかいいですよね。

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2台のハープ、最初は2人のソロがリレーするように書いてあります。
でもこの動画は最初から2人でやってますね・・あれ?4人・・

発見

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たまたま仕事で住んでいた事のあるここのこれが思いついたので・・
これは名鉄西尾駅付近を上空からみています。
あっ!と思う人はそれ系人間でしょう?
建物が特徴的な曲線を描いて見えるところがありますよね。

これは、かなり昔に廃止された平坂支線という鉄道路線の名残だと思うんです。西尾線から分岐してすぐに県道に飲み込まれていますが この県道は平坂線の跡なんですね。

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昭和33年
昔は一面の田んぼで、西尾駅を出発してすぐに西へ向かう線路があったことがわかります。
ボーっと地図を眺めていて気付く、すぐにいろんな考察が始まり関連する何かを見つけようとし始める・・

それがどうしたの!?
という人の方が多いと思いますが、こういうのに萌える人種が少ないながらもいると思うんです。
そんなことを書くんだから自分もそうです。
音楽も、ただ聴いていると聞き逃してしまうような部分にはめ込まれた旋律を発見するとか、隠された意味に気付くとか・・
そういう聞き方に萌える人間がいると思うんですが、ちょっと共通しているかなぁ・・と思って。

この町で産まれ育ったという先輩に、ここに電車が走っていたんですよね?といったらおまえはなにを言ってるんだん馬鹿にしてるのか!?みたいな反応でした。
あんなにでかくて目立ちそうなものでも、皆が興味がないものは数十年で忘れ去られ、嘘になってしまう・・

こう言うの日本中にたくさんあるんですがどんどん消えて言ってます。
このすぐ近く、JRの岡崎駅から名鉄西尾駅方面に伸びていた軽便鉄道の跡もボーっと移動中に発見しました。

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熊本にいたことがあるんですが、ぼーっとふらついていてこの光景にはっ!としました。

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2本の道がこんなすぐ近くで平行しているのは不自然です。
すぐにこの細くてまっすぐな道路は鉄道の痕跡だろ!とすぐ直感したりして。
これは戦時中三菱の戦闘機工場への物資輸送の為の引き込み線跡です。

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昭和31年 レールははがされているけど鉄道的曲線が工場跡の中にも残っていますね。
今ここは自衛隊の基地でしたっけ?

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水前寺駅の先から分岐するところ。
25年くらい前にここへ行ったときには三菱が設置したんだろう、引き込み線へ入るところにあったと思われる門柱が残っていました。見つけた時に感動した記憶が。
当時はインターネットなんかないから、自分で歩いて見つけて・・
見つけたところで誰に言うわけでもなくひとりで喜んでるみたいな・・
暗い話だな。
今はネットでいろんな情報が見られるし、全然違う場所の机上からグーグルMAPとかストリートビューで現地調査みたいなものができるんですね。笑っちゃった。

こういうものを探す癖のある人はクラシック音楽にものめり込みやすいのかなと思っています。
屁理屈にどこまでもつきあってくれますからね。
何度かの改訂を経て現在の姿がある曲なんかについて、その遍歴を探っていきなぜ今の姿がそうであるのかを知る・・みたいなの実萌える。
人によっては無駄なことにしか見えないでしょう。

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これはまたちょっと話が違うかもしれませんが、
このチェレスタ変な書き方になっていて、あとから書き足したことがわかります・・そんなの流して読んどきゃいいのに、こういうの発見するとしばらくみてしまう・・



ここもしかし、超巨大編成オーケストラが巨大音量で吠えているなかで・・チェレスタが一人だけで・・
ってかなり異常な内容ですよね。
実際聴こえないだろうな・・聴きに行ったけどどうだったっけ?

こんな廃線の痕跡を・・みたいな話は人前では絶対にしません。
ブログならいいかなと思って書いてみました。
そのあたりもグラシック音楽と共通・・
もうこの先は何を書いても愚痴みたいになっちゃいそうなので省略。

まぁいいや楽しくいきましょう。

洗脳の森

先に・・いま私は大丈夫です。

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ラヴェルの”鏡”という組曲の中に”悲しい鳥”という曲があります。
深く暗い森の中、出口を見失いさまよう鳥。
不安で泣いている。
不安はやがて恐怖に変わっていく・・



逃れられない何かにとらわれ自由を奪われる。
外の世界から「そこから逃げなよ」という声が聞こえる。
どこで呼んでいるの?
あの声はなぜ自由なんだろう?

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何を見たのか・・悲鳴を上げて逃げ惑う・・・

助ける声は、森の中で恐ろしい刺に変わる。
出口を見失った世界をさまよい、傷つき、疲弊し・・
出口なんてないんだ・・

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最後まで明かりは見えてこない。
悲しい鳴き声も小さくなっていく・・

この曲、そういうのじゃないとは思います・・


作者の自演もあった。

何度も書いているのであれですが昔、会社に洗脳され休日もなく寝ている以外は出社して何かしていないと罪悪感を感じるようになってしまいました。
始めはやりがいを感じたりしているわけですが、3年もたつと心身に限界が来る。

あの時、
「そんな生活はおかしいよ」
「しっかり普通に休みなさい」
「お前それじゃ自分の人生がないじゃないか」
という声をかけてもらいました。
私を心配して言ってくれているということは理解できた。
でもそれは遠い世界のありがたいお経みたいでもあり、お礼を言って聞き流すもべきものだと思っていた。
今の自分の状況が間違っていると感じでもそれを変えられず苦しいと思っているところへ
「お前は間違っている」と高圧的に言い放たれた時はつらかった・・
正しいことを言ってやったという顔をされるのもとても嫌だった。
というのを思い出しました。

通常の常識で考えれば、お前それは筋違いだろ。何甘えてんだ。
と問答無用・・でしょう。それで正しいんでしょう。

これで被害者ぶろうとか言うんじゃなくて、ちょっと書いてみたかった。
それだけ。
誰にも文句はないです。
誰かの参考になるとも思いません。

会社を辞めるという非常に単純な発想は最もしてはいけないことだと思い込んでたためできなかった。
疾走する人がいますが、私も会社の寮から夜逃げした。
逃げたきっかけは会社への不満や疑問でなく、社内のある人の理不尽な言動に耐えられなくなったことででした。それがなければつぶれるまでそこにいようとしたかもしれない。
逃げた後もまだ名前を変えてひそかに生きていこう・・なんてやっていたのでしばらくは洗脳もとけていなかったと思います。
逃げると決めた昼頃から夜までの数時間、何だかわからないけれど笑いが止まらくなってしまいずっと変に笑ってた。
周りの人もなんだお前!?とか言ってつられて笑いながら仕事をしてたのを覚えています。
よく、何かあると「あの人が?そんなはずはない・・」なんて聞くけれど、直近の印象なんて何の参考にもならないんじゃないかと思う。




この曲の解説みたいなのを読むと、悲しい鳥たち・・なんですね。
一人きりじゃないらしい。
そこがなんとなく自分にはしっくりこない。
世の中で一番怖いのは孤独の森だと思うし、ずっと一人でおびえて泣いているんだと思っていました。
きっとこの先もそう聞こえてしまうと思います。