あけましたら割れてました

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

私はブログが唯一の話し相手となっておりここに依存しています。
読んでくださる方々のおかげで生きていられるのかもしれません。
どうもありがとうございます。
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昨年最後のレッスンで先生から
あなたは楽譜も読めるし指も動くし音楽的感性もある
あなたの課題は楽器の音を正常に出せるようになることです。
2年か3年通った人間への話ですからね、笑い話の落ちみたいですけど私という人間を一文で表すとそれかなとも思う。
自分の中で何をどれだけ感じ考え思ったところで、結局何もできない人。
自分は触っちゃいけないんだと思って30年くらい遠ざけてきた世界だけど、やっぱり私だって音楽がしたい。
私はまだ一度も自分で音楽したことがないのね。
死ぬまでに何とかかなえたい。
大晦日も元旦も練習。
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練習中となりにはこんな景色が見えていて・・あの毛むくじゃらはずっとあそこにはいなくてあっち行ったりこっち行ったり落ち着かず
こらぁ!こっちもかまえや!とか騒いでいたりする。
大晦日は午前中ちょっとやっていける気がしたから夕方の練習は30分くらいで切り上げ・・るつもりがまたできたことが出来ないのでムキになって・・
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寒波入ってすごく寒いですね。
元旦も練習しようと思って楽器をケースから出す。
実はもうすぐレッスンなんだよなとか頭にありつつ楽器を組み立てていると・・えっ!・・
こういうとき気のせいであってほしいという願いはたいてい空しく打ち砕かれるものだ。
楽器にクラックが入ってる。
やっちゃったのか
冷えた楽器に暖かい息を入れると割れると何度もきつく言われてきた。
気を付けていたつもりだったけれど・・
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あのファンヒーターは最初に就職したブラック企業な頃に買ったものでもう25年くらいの付き合いじゃないか。
このあと犬が押し倒してた。
私は何かうまくいかないとパニック的に没頭してしまうところがあって、そのとき当然抑えるべき事柄が目の前から消えてしまっていることがよくあると思う。
犬が時々吠えて私の練習を止めてたのは、そんな風になっていることを教えてくれていたのかなと思わないでもない。

気をつけたとどれだけ言ったところで起こっている事実がすべてなのであってそれだけだ。
急に温めるなという事は吹き終えてから急に冷えた部屋置くなという事でもあるだろう。
湿った息を入れた状態から乾燥した部屋へというのもあるだろう。
何をいくら考えてももう戻らない。
貫通してないのでだましだましやろうかなんて思ったけど見ているとジョイント部に見えるクラックの深さが最初に見たのよりどんどん深くなっていっているような気もする。
おわったな・・
先生に新年のあいさつとともに楽器にクラックがなんてメールを送ってしまったけれど失礼だったかななんて後から考えたり。
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なんか富士山も急に寒そうな顔になった。
犬の散歩時にこの写真撮ってたらよくすれ違うおじさんはまっくろい富士山で年賀状出しちゃったよ・・と言ってた。
そうですよね。
年賀状か、いいもんですよね。私は思春期くらいに・・
おじさんと話したのは30秒くらいだったかもしれないけれど、人と話すことがあまりにないので小さく衝撃を受ける。

https://www.youtube.com/watch?v=10E_f1k-F94
音を出せる時間は練習をしてるので音楽をちゃんと聴く機会は激減してしまってる。
でもいいの、死ぬときに振り返って音楽を聴いてたしかないのは絶対に嫌だ。
なんであれ、練習は中止。
元旦から楽器割れてとかいかにも俺らしいなと思うけれど何かを暗示してるかこれもお告げみたいなものなのかなと考えたりする。
いいとししてなにやってんだ。
落ち着きましょう。
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しかしあれですよね、こんなことを言ってられるのは小言も言わずに笑っててくれる嫁さんのおかげ。
犬と嫁さんのおかげ。
仕事のことはここへ書いたらいけないと思っているけれど、今年はうまくやらないと大変な事になるかもしれないと感じてる。
楽器が割れて今考えることは練習じゃないなと思ったら急にものすごく寒くなってきた。
私はいろんなことグダグダにしたまま生きてます。
お前落ち着いてよく考えてみろちゃんとしないことあるだろとどこかから言われてるのかもな。
新年の一番最初の話がこの内容とはなんなのか、なにがかわからないけど良かったのかもしれないと思う。

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それで結局どうだったのか。

今年のおみくじには急に開けて飛躍するというようなことが書かれてあった。
そこにいつまでたっても病的に進歩しない楽器のことを重ね、今年こそは・・
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もう今が2年か3年目かもわからないけれど、昨日今日あたりは音が出ないとこまでもどっちゃったりして飛躍どころか一歩も進んで・・とか書こうとしていた。
いままた全然できなくなっちゃってたエチュードを何とかやれたので少し気分が軽い。でもそれもまた崩れるのかも。
今手元にある確実なものは来年もやろうという気持ちだけ。
他人からこれがどう見えるかを過去の経験も併せて察しつつ、それに対して何を感じどう考えているのかをここに書きたくてしょうがない気持ちを押さえつつ、またがんばります。
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つい先ほど全然できなかったものが急にすっとできるようになったのは何を変えたのかというと・・はいいとして、なんかこうそういう気付きをいちいち幼少期から今までの自分の人生上の汚点と重ねて感じ考えちゃうのね。
ああ、そうだったのか・・あの時・・
よくないのは楽器でどうにもならなくなると私の意識は私の全人格が無駄で意味がないというようなことを言い出してしまうところで、ブログの過去記事をタイトルだけ見てもダメ人間とか言う言葉がいっぱい並んじゃってるのね。
逆にそこがいつか好転して自信につながると人間として再生していくという計画は遠い夢みたいになってきた
それより具体的にまずいのは
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ぐしゃぐしゃになってるとき自分の意志とは関係なく家族にそれが伝わっちゃってプレッシャーをかけてしまうこと。
嫁さんの一言を聞き犬の顔を見てこんなんだったらやらない方がましだ・・じゃなくて、落ち着きましょう。
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この写真は・・と、幼少期から始まっていろんな背景や思うことを書こうと思ってたけれどやめる。
この記事も最初はとてもひどいことを書き殴ってた。
文字づらだけを何度書き直してもダメで、練習してまた少しでも持ち直せばみっともないことを書いちゃいけないとかなんとかいう気持ちが出てくるのね。

マラ8の自筆譜をみてたら驚きの発見があったりして一年の終わりにかけて超絶巨大な肯定感をもった終結部付近のことを書こうと思ってた。
ところが楽器壊滅状態になってそんなめでたい音楽なんか貼れるかといったん思い、やっぱり貼ろうと思って今。

https://www.youtube.com/watch?v=NSYEOLwVfU8&t=4593s
これはこの前の音楽をずーっと聴いてきたから生きてくるんであってここだけ聞いても・・だけどいいか。
ムラヴィンスキーが聴衆が感動するように設計配置された構造が見え見えのマーラーの8番が嫌いだとかどっかで言ってたと思う。
私はまさにその考え抜かれた設計が大好きでまんまと感動しています。
何回聴いても最後にバンダが出てくるあたりで泣いてしまう。
例えじゃなくほんとに先日目頭が熱くなったりしてて俺も歳食ったななんて思った。
それはいいけど自筆譜見てたら驚きの事実が判明して
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バンダの叫けびがいたん終わるとオケがもう一山作ることでまた出てくることで最後のバンダがさっきとは違うさらに高く遠い宇宙からの肯定的承認宣言みたいに響く・・のところ、
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出版屋に持ってける体で書いてあるこの自筆譜ではそのオケの一山がなく、シンプルな和音進行の上におまけみたいなトランぺとトロンボーンのシンプルな下降音階的旋律・・これしかなければそういうもんだと思って聞いたんだろうけど決定稿を知ってる耳には若干甘くおめでたい合いの手みたいに聞こえる。
マーラーが印刷譜が出来てからもリハーサルで鳴る音を聞きつつどんどん楽譜に手を入れていったのは有名でこの楽譜も他にもいろいろあるけれど、オーケストレーションじゃなく曲そのものを変更していることが大変興味深い。
編成や音響だけでなく音楽的にあの巨大で肯定的なエンディングは考え抜かれて作られていったことを知りまた感動する。

音楽があってくれてよかった。
正直に言うと演奏者が映る動画は頭が拒絶してしまうので見れないとか訳の分かんないことになってるんですけどね。
音楽を嫌いにならずにいてくれる頭に感謝したい。
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またセロリもらった。

こんなブログなのに読んでくださる方々どうもありがとうございます。
どうか、来年が皆様にとって良い年となりますように。

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あけましておめでとうございます。

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明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
今年が皆様にとって良い年になりますように。

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昨年の元旦の記事を見ると、新しい道を見つけ階段を一歩づつ登ってゆくとかいうことが書いてあった。
結果的には登るつもりが転げ落ち思い知らされるという一年であったけれど、でもそこは大丈夫。
超絶大丈夫。
年頭だけど今年はいきなりいつも通り数日前の話から。
まだ混まないだろうと気に入った店に行ってみた。
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年末だというのに日の光がパワフルすぎて暑いくらい。
予想に反し道は異常に混んでいるうえに県外ナンバーをたくさん見かけ気分が下降する。毎度のことだけどそんな自分にまた気分も下がる。
お店に入るとかなり遅い時間なのに結構混んでた。
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相変わらず多彩な内容が素晴らしいですね。
里芋饅頭の吉野がけとか、ちっちゃいけれど高尚なおいしいものがたくさん。
カキもうまかったなぁ・・

隣には若い家族、仕事が終わりきらないのかお父さんはノートパソコンを広げ電話でもするのか一時退席したりして。
戻ってきてからの夫婦の何気ない会話がおしゃれというか、まだであって間もなくのお互い気を使っている段階みたいだ。
小さな女の子二人は幼い子らしく無邪気にはしゃぐんだけど一定の節度を持って枠を超えないあたりにいろんなものが見えてくる。
なんとなく若いお父さんお母さんのそのまたご両親のことが頭に浮かび、きっとしっかりした人でその望んだ通りの結果がここに出力されてるんだろうなぁ・・とか考えてた。
いや、そこにあるものを通して自分の・・とか書きだしたりしない。
ふと前を見ると
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魚の下に敷かれてあった木の葉を振り回している人・・
ああ、俺はこれでいいや。
私は傍から見れば色々あれでしょうが、結構幸せですよ。
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隣はどっかいかなくちゃいけないところがあるらしく急いで食べてサッと帰っていった。
ほんとに小さな子なのに状況を察して場に合わせ、親が何にも言わなくてもお店の人へごちそうさまでした!
いいねえ、こっちは・・はもういいか。

その前日、仕事納めは半日で終了。
嫁さんが嫌がって普段いけない店に行くチャンスだと思い
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トラック野郎な店に。
最近道路改良によるルート付け替えでお店は見えないところに隠したような位置になってしまった。
でもちゃんとやってたし、これからもその筋の人にはなくてはならない店であり続けると思う。
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前回やくざ映画が流れていたテレビは・・外人?あ高倉健。
ブラック・レインも考えてみればもう30年。ものすごく若かった気のする松田優作も生きてれば70か。
松田優作ファンの先輩が学校をさぼって見に行くと言ってたあの頃、私は突然始まった異変に潰され紅白も正月も年賀状も拒絶して生きてきた。
でも、それはそれとして幸せとここに書けるようになったよ。
あの時15で、その後仮の自分のつもりでその倍生きたのか。

刺身系から始まってものすごい数のメニューを扱っていることもすごいと思う。
と厚焼肉定食って何ですかと聞いたらとんかつ用ロース肉を焼いたものというので
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美味しいのと量がちょうどおっさんのツボなのと・・このあたりにはこういうのありそうで全然ないから。
おしゃれカフェもいいけど、わたしにとってのいい店ってのはこういうのだろ。
後から隣に来た二人は関西弁で積み荷とか道の話をしてる。
話しかけて色々聞いてみたいけどそんな勇気はなく・・
ほんとはちょっと場違いかなと思う気持ちを押して無理やり座ってる感もあるけど多分そう思ってるのは自分だけ。
この世は素晴らしい世界なのかもしれないけれど、ここは自分の居場所ではないと感じることも多い。
でもここはそういうことを考えなくていいと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=Mhi5uWbRBuI
この日なぜかマーラーの3番が聴きたくなり、帰って1楽章だけ聴いた。
バーンスタインのは昔散々聴いたし途中までは今でもいいと思うのだけれど、晩年の彼に多く見られる自己陶酔的なAdagioはちょっと付き合いきれないという感じ・・
偶然、去年の正月にもマラ3のことを書いていた。この曲に季節というものがあるとすれば1楽章は夏なんだけど、音楽を聴くという事自体に適した季節があるとすればそれは冬なんですね。
聴かないといられないから真夏でも聴くけれど。
100分越えの巨大なこの曲は、この素晴らしい世界を全部見て回ろうという音楽だ。
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この一年、ほとんど毎日欠かさず楽器を吹いていた。
と書くといっぱしの人間みたいだけど実際は進歩どころかやればやるほど開始時より退化していくという怪事に練習を全くしないでレッスンにくる変なのという事になっちゃってるけどね。
楽しむなんて言うのは遥か先の夢。
それはいいとして、音の出せる時間はほとんど楽器だったので音楽部屋で真剣に音楽を聴くことが実はかなり少なかった。
久しぶりに火を入れるオーディオは鳴りが悪いし自分の耳もなまってるのを感じる。
まあ、聴くのなんて歳食ってからでもできるんだから。
後で悔やまないように、
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今年もやれるようにいきます。

Tag:はじめに  Trackback:0 comment:16 

場所にこだわりすぎな件

※ブログの趣旨というか方向性が当初とは大きく異なってしまいましたので、”はじめに”という内容ではなくなってしまいました。
当初こんなことを考えていたということで。
2018.12.12


コンサートに行けばステージ上のどこで何が行われているかが目から入ってきます。
どんな作曲家も少なからずそうでしょうが、マーラーのもののように視覚的効果を積極的に取り入れて作曲された作品があります。それらは作品を構成する重要な要素なので、無視すれば作品の一部を聴いていないことになると思います。
2chオーディオには映像情報がありません。その代り、条件がそろえば音源の位置情報が目に見えるかのように把握できるという特徴があります。
よく、「実演ではそんな音像定位なんかしないんだから、オーディオでそんなものを求めているのは間違い・・」という論法を目にします。
その人にはそうでしょう、人それぞれですし・・で私は、視覚情報を目から得られない分、音から得ることで音楽を聴くというこのことがとても重要なのです。ただ実演と同じ音が鳴っているだけでは足りないのです。
いろいろ萌えるのですが、、2つのヴァイオリンパートについて妙なこだわりがあります。
各パートの掛け合いはオーケストラ音楽の基本ですが、実演だと音だけでなく弓の動きで目から掛け合いの状況が入ってきます。楽しいですよね。
最近復活の動きもありますが、20世紀の初めくらいまでは(客席から見て)舞台の左手に第1ヴァイオリン、右手に第2ヴァイオリンが配置され、2つのパートが明確に分離されていました。
が、現代の標準的なオーケストラの配置では左手に2列に並んだ第1ヴァイオリンパートの後方から舞台中央にかけて第2ヴァイオリンが並んでいることが多いです。
当然録音もこのような配置でとられているものが多い。
チープなオーディオではなんとなく右半分くらいでヴァイオリンが鳴っているな程度に聞こえてしまいますが、装置のクオリティーを上げると手前に第1ヴァイオリンが横一列にその奥にややさばけた感じで第2ヴァイオリンがならんでいることをはっきりと聞き取ことができます。
さらに極めていくとなんとなく塊に聞こえていただけのヴァイオリンパートが、何人かの奏者がならんでいる様子まで見えてきます。
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マーラーの交響曲第9番第4楽章の最終部分
死を受け入れ、永遠に続く死後の世界へ入っていく場面。実演でオケと客席とみんなであの世に行っちゃいそうな状況に遭遇したことがあります。
2つのヴァイオリンパートが対話しながら消えていきます。
とても深い意味がありそうですが、少なくともあえて2つのパートに振り分けられた音が同じ場所から同じように聞こえてきたのではまったく意味がありません。楽譜の意味が死んでしまいます。
これも実演では目の前で弓が見えるのでよくわかります。
自宅でも体感できると感動します。


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リヒャルト・シュトラウス 交響詩 英雄の生涯 
英雄が鬱になっている場面なので普段は日陰役(怒られる?)の第2ヴァイオリンとヴィオラが憂鬱な心を歌っています。
日向の第1ヴァイオリンは同じ音で時々加勢する。
これも単純だけどとても効果的で面白い。
絶対に聞き取りたい。
自宅オーディオでもステージ奥のほうで隠れるように歌う第2を手前の第1が加勢している様子が聞きとれなければ意味がない。
なんとなく同じような場所から聞こえるなんて言うのでは悲しい。
初演時は対向配置だろうし奥に隠れるとかいうんじゃなかったかもしれないけど、今それはおいといて。

Tag:はじめに  comment:0 

オーディオと音楽

わたしはクラシック音楽が大好きです。音楽に目覚めたのは13歳ごろ。
ほぼ同時に目覚めてしまったのがオーディオ。音楽について知るために買った雑誌にオーディオの記事が・・
家にオーディオなんて呼べるものはありませんでしたが、ラジカセの前に顔を置いたとき、左からヴァイオリン、右にチェロ、コントラバスが聞こえてきたとき、叫びそうになるくらい感動しました。
その後、2chステレオによる3次元的空間表現と、オーケストラ音楽の感動はたがいに結びついて一つのことのように自分の興味の中心となってきました。

機器自慢みたいのを自分が書いたってしょうがないので、コンサートも含め、音楽の変にこだわって聞きたい個所を書いていこうかなと。実演の体験も含めて・・

2chステレオはch間の位相差、音量差、その他の理由で人間に錯覚を起こさせ三次元的位置情報を認知させる技術です。
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極小変形部屋を音楽室としているため、目の前にこのような状況があります。
左右のスピーカー間に三次元的な音空間を出現させるため、スピーカーの間はもちろん周囲に物を置くことはできません。
後方右手の壁がせり出していますが、システムのクオリティーが整うと壁の向こうから音が聞こえるようになり、問題ではなくなります。 
ただ視覚的に壁を意識するとしらけるので音楽再生時はコンサートと同程度に部屋を暗くします。こういうのもはたから見れば変態でしょう。
約10年間の調整の末今現在、音楽を再生すると↓のような感じで
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左右のスピーカー間にステージが出現し、奥行き、高さ間などを持った楽器の位置情報、空間感などをはっきり聞き取ることができます。この時、音が見えると感じます。
経験したことのない人のなかにこれをバカげていると感じる人もいるようです。
自称オーディオマニアの中にもそういう人がいるみたいですね。いろいろな考えがあっていいと思います。
このときスピーカからは全く音が出ていないように感じられます。少しでもスピーカーから音が聞こえ、スピーカーを意識してしまったのならそれは再生に失敗している状況です。かなりがっかりします。
チープなオーディオでもある程度はあの楽器はあそこ、この楽器かはこのあたりから聞こえる・・程度にはなります。でもそれじゃつまらないんです。
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これは春の祭典の後半、バスクラリネットですが、3小節目、2本がリレーしています。
音楽的な区切りというよりは演奏のしやすさを考慮したものかもしれません。
奏者は一本が吹いているように演奏しますし、実演では豊かな反射音に包まれ一つの連続した旋律がステージ上から聞こえてきます。
こんなところにこだわるのは音楽的に筋違いかもしれません。
でも、あえて作曲家がこう書いた楽譜を見てしまった以上、これを確認、体感したい。
実演では2人の奏者を見ていればあぁやってるな・・と分かります。
で、視覚的情報をまったく持たない自宅オーディオではどうなのか・・
チープなオーディオでは一つの連続した旋律を聞き取り、ここリレーしてるんだよなと想像するしかありません。
しかしよく調整されたオーディオとそれを考慮したような録音の組み合わせでは、バスクラの音像が隣の席へ移動するのを聞き取ることができます。
ここで、痺れます。
これだとただのバカ見たいですので音楽的に意味のある話を・・

Tag:はじめに  comment:3 

始める。

やりたいことが2つやります。
え?3つ?

一つ目は作曲していることについてへらへらと・・

昔、作曲をしていました。自分で弾けるピアノソロ的な・・楽譜も作ったりして
1999年くらいからだったか。
当時のインターネットは極端に言うと大手検索エンジン以外は素人の個人サイトしかなく、
ネット上にいるのもちょっと面白い人たちだったような。
だからこんな私でも曲を作るとあったこともない人たちに聴いてもらえ、感想をもらえ・・
弾いたよと言ってもらったり、外国の人からなんか言ってもらってうれしかったり。
何だか夢の世界があったという気が

その後、ブログとか、動画とか聞こえ始めていたころから作曲もネット上に存在することもやめてしまい現在に至ります。
最近とあるきっかけからまた急に作曲意欲が湧いてきました。
正確に言うと自分の曲を聴いてなんか言ってもらいたい欲が。
曲もできました。
ところが、ネットも昔とはすっかり変わってしまいました。
自作をyoutubeに上げただけでは見つけてさえもらえないことが判明・・・
どうすればいいの?
くらいから始めてみるブログ。
テーマ : 音楽
ジャンル : 音楽

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