古い寺と嫁さん

朝一の新幹線だと結構早くつけるのね、天気・・悪くない。
休みの前日のなんとなく調べる奈良。
だけど正倉院展に紅葉に修学旅行、混んでるよな・・やめとこうか。
そうだ鎌倉なら近いししくじったってダメージもないかな。
あそこだって観光客と学校行事みたいなのでうまってるか。
北鎌倉ならどうか・・
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鎌倉の中心地は迂回するつもりだったのに、飯屋を探すうちに結局あのあたりへ迷い込んでしまった。
人の群れを見ると下降するような私は今の時期の奈良に行ったりしなくてよかったと思った。

線路わきを歩き、古いお寺・・・
5秒間くらいの映像が頭に焼き付いて残っている。
会話から察するに中学の行事みたいなのでこの辺りを歩いたんだろう。でもなぜかその前後の記憶が全くない。
なんでだろう?
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紅葉の時期はもっと先でしょうか、でもここだけちょっときれい。
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拝観料を払いチケットみたいなのをもらい・・
背の高い外人さんたちは実はあんまり興味がなさそうだ。
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何故だかこんなのをまたいだ記憶だけは残っていた。
やっぱりここ来たんじゃないかなぁ。
本堂が鉄筋コンクリートというのを最近何か所も見てきた気がする。
味気ない気がしてあんまり好きじゃないけど
火災を嫌ってだろうか?
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テレビとかでだろうか、ものすごくよく見たことのある気がする天井画。
ここにあったのか。
こういうのの竜とか虎とかちょっとかわいい感じなのをよく見ますよね。これも。
仏さまはずっとこちらを見ていてくださっているような気がした・・
嫁さんは、外で待ってる。
じっくりゆっくり見たければひとりでこないとな。

ちょっと歩くと奥の方に
←国宝
みたいな案内を見つけ行ってみると
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あの奥の建物がそうらしいけれど門から中へ入ることができず遠くて何だかよくわからない。
時々特別に公開されるようだ。
向こうになんか置いてあるのが見え
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お抹茶と・・
行きたいと思ったのだけど嫁さんの表情を見て行かず。
嫁さんは神社仏閣みたいなのが嫌いと言うか時々病的に嫌がることがある。
なんかあるんだろう。
知っているならここに来ちゃいけないのかもしれないけれど、じゃあ来なければよかったのかというとそれもまた違うと思う。
次の日だったか、もし嫁さんがいなくなったら・・と考えさせられる出来事があった。
もめたとかそんなんじゃなくて。
この先も当たり前にあるだろうなんて思っている何でもないことは、突然遥か彼方に消えたりする。
大事にできる時、大事なことを大事にしておかないと後でどれだけ後悔しても取り返しがつかないかもしれない。


https://www.youtube.com/watch?v=AVyZ5unKQbs
マーラーの5番は編成や時間、内容からとっつきやすく昔から人気商品だったみたいだ。
とはいえ演奏家として頂点に登り詰め作曲家としても脂がのり技術的にもさえわたりアイディアも湧き出てしょうがない人間のかなり実験的的な内容を含む挑戦的試作品のようなとがった面も持っている曲だと思う。
フィナーレは複雑に何重もの要素が絡み合いながら並走することのすごさがあまりに流ちょうに処理されていて、巧すぎるとかえってすごさがかすんでしまうという問題点を作者自身に見せつけている気もする。
で、このフィナーレはすごく年下の超絶美人を嫁にもらって笑いが止まらない感じがそのまま投影されているとも思う。
多彩で大規模なロンドに2重フーガを織り込み最後にはコラールが・・と言う点でブルックナーの5番のパロディでもあるかもしれない。
自身も作曲を勉強し、年齢的に一つ先の時代の感覚を持っていたかもしれない若い嫁さんが最後のコラールを古臭いと批判すると、マーラーの答えは
「ブルックナーだってやってるじゃないか」だったというエピソードが超絶有名でどこにでも書いてある。
これも例によって偉大な芸術家の妻としてちやほやされたお婆さんの妄想的虚言が伝説化してしまってるだけじゃないかじゃないかと思うなぁ・・今も当たり前に語られる彼の伝説は8割くらいが間違いや極端に捻じ曲げられたものだと思うけど。
マーラーは年の離れた嫁さんとのことで悩んだ挙句不安定化し、フロイトの診察を受けたというのも有名。
こちらは医者の診断記録みたいな客観的資料からも読み取れることなのであるから、嫁さん命だったのは嫁さんの虚言じゃなく間違いのない事実なんだろう。

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国宝もいいけどこんな絵のがいいよね。
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希望の世界に向かって・・みたいな。
このあと写真映えしそうなカフェというか喫茶店に入ったけれど嫁さんが嫌だと言うのでごめんなさいと言って出てきた。
駅前のありふれた喫茶店に入ると向こうの男女の会話が耳に入ってくる。
息子が独立しているらしい女性は旦那と長時間一緒にいるなんて絶対に嫌だという・・まあそういうもんだろう。働いて稼いでてくれてりゃいいみたいなことも言ってた。
どこにでもある話だろうと思うし人それぞれ・・
友人とかやりたいこととか、次に続く子孫とかいればあれでいいんでしょうね。
そういうの何にもないとそれじゃ困るというか・・
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遠くに富士山が見えた。
よく知らないけれど、鎌倉に家を建てて住むとかステータスだったりするんでしょう?
ステータスのスの字も知らずに生きてます。
思春期の頃につぶれてしまい、都会にあこがれるみたいなのもなかった。
そんなことより残りの時間を前に自分の大切にすべきものをちゃんと見極めて意識しとかないと
後で後悔するかもなと思った。

Tag:マーラー交響曲第5番  Trackback:0 comment:2 

虹とパフェ

温泉街のはずれか中心かもわからないけどそういうところにある昭和な喫茶店にいった。
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ひとりいた先客はちょうど帰るところ。
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灰皿・・あそうか・・
大丈夫、もう誰も来ないだろう。
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お店の名前を持ったパフェ。
いいねこれ。
80年代的というか、
子供のころにこんな青いソーダにあこがれたような・・
あ、
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虹だ。
虹に祝福されて虹のパフェを食べる。
どういう仕組みか、あの青いソーダの上に盛られたクリームやアイスが下へ降りてきて青を濁らせないような仕掛けがあるようだった。
嫁さんのは食べ進むとその仕掛けが破れて一気に白濁してた。
青いソーダは何味というのかわからない・・懐かしく非現実的な味がしておいしかった。

音楽で虹と言えばラインの黄金のヴァルハラ城への神々の入城とか・・
だけど今ワーグナーなんか聞く気分じゃないな。


https://www.youtube.com/watch?v=-Flxoq67BsE

と言って真顔でこんなのだせば馬鹿にして笑われるのかもしれない。
音楽に興味のない人からも、音楽をやっている人からも音楽が好きな人からも。
だけど人に感心されたくて音楽を聴いているわけじゃないんだから構わないか。
ここだけ抜き出すと安っぽい濡れ場のBGMみたいにも聞こえるかもしれないこの楽章は、次の楽章への前奏曲のような役目も持っており、この先でこの同じ音楽がどんな風に扱われるかを・・
この日はそこまで盛り上がりませんでした。

実際かかっていたBGMはピアノソロでジャズみたいなの。
店の人はラグビーの中継を見てた。
いい時間だったけれど支払い時のやり取りでもうこの店に来ることはないと思った。
そうやってまた一つ、行き場所をつぶす。
もともと狭くなっちゃってもうどうにもならない行き先を、毎日潰し狭めて生きてゆく。
狭めれば先行きの長さも短くなる。
長く生きたいなんて思っているけれど、
ふと考えるとその理由も見つけられない。
大丈夫、生きてればまたなんか見つかるかもしれないし
すぐそこにあるのに気づいてないだけかもしれない。
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11月に入ってもなお咲いて見せてくれる朝顔。
がんばってるなぁ・・
いいね。

Tag:マーラー交響曲第5番  Trackback:0 comment:4 

記念日と

雨の中プラプラ出かけて。
出かけた先で晩飯にちょっと気取ったような店を探す。
ちょっと高そうだけどここいい感じかなというお店に向かってみる。
この日は結婚記念日であったのだ。
カーナビの言う通り角を曲がって・・・
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暗いのと大雨でよくわからなかったけれど、多分大きな民家の敷地の奥に建っているんじゃないかなこれは。
入り口付近の黒板にコースの値段があり
あっ・・・
とかやっているとすかさず「なかへどうぞー!」の声で引き込まれてしまう。
そりゃそうだよね。商売だもんどんどん引き込んじまわないと帰っちゃうからな。
さほど広くないけれどいい感じの店内、奥へどうぞと言われ・・席に着く。
ハーフコースよりもさらに安価なディナーセットというのが設定されていた。
これも基本とオプションを別々に提示することで金額が小さく見えるというなかなかうまいやりかた・・
もういいかそんなことは。
この際普段食わない様なのにしようか・と思いつつ何故か安定のハンバーグを選んでしまう。
すごく丁寧な感じで飲み物は?と複数回いわれたけど俺は飲まないの。
常識ないように見えるかな?ごめんね。
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自家製スモークサーモンの・・
美味しいよ。

ほかにお客さんは女性二人組。
なんとなく私と同い年くらいだろう。
よくある感じ、プライドの高そうな一人が一方的に自分語りを爆走させもう一人がいい感じに相槌を入れる。
部屋が狭いので会話が丸聞こえなんだけれどまだこのあたりではそんなに気にならなかった。

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ジャガイモのポタージュ。
牛乳感が強いのがちょっと意外だとかなんとか思った記憶が・・美味しかったよ。

BGMはボサノバかな?音量控えめなのは好ましい。
本当ならね‥
自分語りに音量的に負けてしまいうるさいのをカバーしてはくれず・・・

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主役登場。
先ほどのサラダでナイフを使ったらそのままお皿と一緒にもってかれてしまった。
また出てくんのかと思ったけど出てこない。
あれー?とか笑いながらナイフ無しで食い続ける夫婦。
あっちのプライド高い人はこういう人間が馬鹿にみえて大嫌いなんじゃないかと思う。
でもよかった。こんな夫婦で。
そしてハンバーグもおいしかった。

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デザートはミルクプリン。
スプーンがなかったら笑うなとか思ったけどちゃんとついてきた。
当たり前か。

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コーヒーはパプアニューギニア産豆100%だっけ。
俺はコーヒーの味を評すなんて100年早い感じだけど、
酸味と・・・なんだろう・・何だかわかんないけど何か感じました。
普段クラシックは聴かないんだけど・・という人が一生懸命感想を書いて送ってくれると
本当にうれしいかったりするんですよね。
ちょうどこのコーヒーみたいな感じかな。


この曲、サロンミュージックみたいにも聞こえ、よくBGMでかかっていたこともありましたけれど結構エロ音楽ですよね。
演奏にもよるか。
この曲は作者が若い嫁さんをもらって幸せの絶頂みたいな頃に書かれているんですね。
この楽章は嫁へのラブレターだというような話があって・・まぁそれは素直にそう思っていいと思う。
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曲の最後永遠に続くかのように長く伸ばされ消えていくAの音はAlmaという嫁さんの名であったりするわけですよ・・
別な曲で明らかに故意にやっているAの伸ばしがあったりもするからこういうことを言ってみるわけ・・
こういうのをみつけるも楽しみだから。
しかし、作者がこれをラブレターみたいなもんだといった的な証言しているのは嫁本人しかいないという話もあったりする。
この人は旦那の死ぬ前からよその若いのと良くなっちゃったりしていたわけだけど旦那の死後かなり長く生き、偉大な芸術家の妻としての自分を美化する方向に虚像を作ってあることない事話したらしい。
まあ、よくあるような話でしょう。
多分商売も絡んで、インタビューアーみたいなのや研究者はそれを偉大な芸術家の最も近くにいた人間の貴重な証言として無批判に受け入れてしまった。
そしてそれが伝説となり、この作曲家の音楽を解釈するうえでの欠かせない話だと信じられてきた。
それは今でもそう。
ネット上では伝統的な解釈を強く信じてこの曲は・・・と熱く語る人をよく見かける。
そういう人のが多い・・・ほとんどそういう人しかいない・・・
現在最前線で活躍中の有名音楽家の中にもそういう人がまだ多いかもしれない。
いいかそんな話は。

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自分語りなおばさんは聞き役に回ることもなく一方的に話し続けて加速し、このころにはもう絶好調。
内容は一貫していて私は変わっているけど優れているというようなこと。
しかしあの聞き役の人はえらいなぁ・・
ああいうのよく見るけれど思うに主張もせず合わせて聞いてあげている側の方が器も大きくすぐれた人なんじゃないかと思う。
いろんな人がいるのが世の中だし、まあ会話なんてあんなもんだろう。
しかしあんまりうるさいのでデザートのころには内容、声の色、喋り方、どれも気に障って早くここから出たいと思っていた。
でもせっかくの記念日だしくだらないことを言ってぶち壊しにするのもと思い冷静なふりをする。
お店を出た後、そのことを話すと嫁もせっかくの場なんだからと気にならないふりをしていたという。


人間というのはいろんな考えや感じ方や表現方法や能力や体力や容姿や・・色々いるのが当たり前だ。
音楽で不協和音というのがあるけれど、あれはうまく使うと魅力的に響いたりする。
そういうのじゃなくて微分音みたいなどこまで行っても絶対に協和し得ない音というのがあると思う。
俺が楽器から音を出すとそういう音程が出ててめーでてけみたいになるんだけど、
今はそういう話じゃなくて・・
俺の人生はほとんどなにをやってもダメっぽいけれど、嫁さんと知り合ったことだけはよかった。
のろけを書きたいんじゃなくて。
どうもありがとう。
よかった。
ほんとによかった。

Tag:マーラー交響曲第5番  Trackback:0 comment:6 

蔵と人生

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蔵を改装したカフェはに行きました。
入ってみるとよくある雑誌に出そうな変に艶のあるおしゃれな感じ・・・じゃないのがいい。
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一部2階をぶち抜いて天上の高い空間に・・薪じゃないけどチップみたいなのを燃やすストーブが。
でもその近くの席には先客が。あそこに座りたかったなーとか考えながら・・
店主は背が高い白髪に髭ジーパン・・なんかかっこいいおっさんだ。
年配の先客に嬉しそうに話しかけてた。
帰り際の先客になおも新しい話題をふる店主と一刻も早く逃げ出したいおっさんの対比に笑った。
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素朴なのがいいな。

調子が良かったので自分も話しかけてみる。
この蔵は明治のころに建ったもので海鮮問屋がつかったものだ
近くで切り出した石を詰んだつくり。柱も何もなくて合わせ面に凹凸を入れて容易にずれないようにみたいな工夫があったりするという。関東大震災も持ちこたえたってことだもんね。
手に入れた時に柱や梁の一本一本を店主が水拭きで磨き上げたそうだ。
定年後好きなことをやりだしたという感じかな?
ここをとても大事に思っているみたいだ。
いい人生だなと思った。

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目に付くCDのラック、単なる店内BGM用かと思ったらCD屋さんもやってるんだそうだ。
同級生から譲り受けたという古いスピーカーはタンノイで、50年ものだそうだ。
中学に入って買ってもらったから・・・とか言ってたのが忘れられない。
あんなもん買ってもらえるって・・・
私もひねくれオーディオマニアですから簡単にいい音なんていわないけど、健気に鳴ってましたよ。
驚いたのはカセットテープ。
軽トラに乗って演歌を聴くようなお爺さんたちはCDなんか使えるわけないから今でも新譜をカセットテープで買っていくんだって。
もう20年くらい前には消えてたと思ってたカセットテープ。

演歌といえばマーラーで演歌を感じるところがあります。


交響曲第5番は1、2楽章が組になっていて1楽章で散々ネチネチグダグダになってあるので2楽章は大暴れしたり俯いたりもするんだけど意外にサバっとしてもいる・・みたいな。
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ソナタ形式の第2楽章で再現部に入って第1主題が載ってくるはずの伴奏がすごい推進力に押されて盛り上る・・さあ!っというところで乗ってくるのは第2主題!?という遊びというか実験をやっています。
ショスタコの4番にもこんなのありますね。
2組ユニゾンのヴァイオリンが低い音で朗々を歌うこれは演歌だと思うんですよね。
リヒャルト・シュトラウスのスコアを見ていると2つのヴァイオリンパートが同じものを弾くというのを結構見かけます。
でもマーラーの場合はありそうであまりないというか、あったらあっこれ特別歌いこみたい場面だなという特別感を感じます。
マーラーオケを自負しているようなとこのコンサートに行ったらここはオケ全体が演歌歌手みたいにうねって歌ってた。
チェロとコントラバスは最初の音が譜店のリズムになっててうねるようにやれと書いてある。演歌ですよね。
重ねるファゴットは普通に書いてあるのが面白い。
実際には第1主題も絡んでいてこの場面はどちらでもあると言える。
執拗に鳴り続ける運命主題と、人魂みたいな第1主題の導入というか破片。
困難な運命の中で浪花節的に頑張る人間の姿・・と言うところでしょう。
芝居がかってはいれるけれど引き込まれ自分も身をよじりながら聴きたくなるような場面。


お店のBGMはよくわかんないけど70年代の洋楽みたいなのがかかっていたと思う。
ギターとかもって歌いそうな店主はこういうのが好きなんだろう。。
子供の頃、人は若いころロックを聞いて歳をとると演歌かクラシックを聞き時代劇を見るように変わって行くんだと思っていた。
けど、違いますよね。
クラシックも演歌もこの先どうなってしまうんだろう?
それより私はこの先どうなってしまうんだろう?
マーラーがこの交響曲第5番を完成させたのが42歳で今の私と同じくらい・・・えらい違いだな。
彼は若い嫁さんをもらって仕事も私生活も絶好調だった。
この時自分の残り時間について考えたりしただろうか?
その後演奏家としてのキャリアを引退し残りの人生を全面的に作曲家活動につぎ込もうと計画した矢先、感染症によって突然命を奪われてしまいました。
無念であったろう。

私はまだ死にたくはない。
妻が睡眠時無呼吸症候群の疑いを指摘するので今日病院へ行って簡易測定器を借りてきました。
医者によると、もしその病気だった場合の対策はまず痩せることだそうだ。
それ以外のいろんな問題もみんな痩せれば解決するらしい・・
痩せろというから自転車通勤をしたりしているんだけど、かえって飯がうまくなっちゃって
こんな毎週ケーキ食ってるとか怒られるだろうなぁ・・・

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恥ずかしい話とハーモニクス

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マーラーという作曲家の交響曲を初めて聴いたのは中学の頃で第1番ニ長調だった。
冒頭の音が出た瞬間、弦楽器の音が霧となって立ち込めているのにやられた。
一目ぼれみたいなものでしょう。それがフラジオレットという特殊奏法であることを知ったのは多分もう少し後だったはず。
知ってからしばらくはフジオットだと思っていた。
ギターやハープにもあるらしいし、原理は違うんだろうけどオーケストラのスコアをみているとフルートなんかにもフラジオレットの指示を見ることがありますが、なにしろ私は弦楽器にこの奏法が出てくると萌える。
異様に澄んでいて直線的な音・・・子供のころ折り紙というのがあった気がするけど、何枚もの色紙に対して1枚か2枚くらいきらきら光る紙が入っていたと思う。・・・オケの数ある音色の中であれみたいな・・・ちょっと違うか。

最初の交響曲の最初の音からその奏法で登場したマーラーはの作品はいろんなところにいい感じでフラジオレットがでてきます。
でもその指示はみんな〇を書いてFlag.みたいな表記。
ラヴェルなんかだと◇を書くような解放弦じゃない場所でも基本的にみんなそんな書き方だと思う。
私はヴァイオリン弾けませんし、奏法も理論も何にもわからないので余計なことを書くと恥ずかしいことになると思う。
でもブログなんてそんなものだから続けると、マーラーの全交響曲中◇を使った人工ハーモニクスみたいな指示が楽譜の景色になっている箇所はこの一か所だけじゃないかな

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交響曲第5番の第2楽章のコーダにあります。
なんでここだけこう書いてあるのか、なんでここしかこう書いてないのかは私にはわかりません。
勝手な予想は弦や指の押さえ方を指定せずにフラジオレットを指定すると、その解決法が一つではなく複数存在する場合があり、奏者の解釈によって出る音が異なる場合があるから・・
じゃないかと思うけど違うかもしれない。
昨年、プーランクの曲で逆に演奏によって音高が異なるのはなぜだろう?
と思ったんだけど、これ同じ内容なのかな?


こんなことを書いたらいけないけれどこの部分、すごい部分がひしめいているマーラーの曲の中にあって・・そんなに何ということもない・・
ただ頭の中にこの景色が焼き付いているので、ああ今あの場だなと思いながら聴きます。


中学のころプロコフィエフのコンチェルトやバッハのソナタを聴いてヴァイオリンに萌え、何を勘違いしたのか自分も弾きたいなんて思った。
習うなんてことはあるわけがなかったけれど、新聞の広告でヴァイオリンをみつけた。教則本と解説のカセットテープ付き、あなたでも弾けます!みたいなの。二光通販てまだあるのかな?
小遣いとお年玉をためたお金で、買いました。
買ったはいいが何もわからない。
まず、松脂を弓に塗るところからわからない。
弾いてみようにもかさかさと馬の毛が滑る音しか出ない。
その後は、典型的な展開で書くのも恥ずかしい。
昨年、ずっと封印されていたその楽器を引っ張り出してきて30年ぶりにケースを開けてみました。
弓の毛が切れたりはしていたけれど、時間を止めたかのようにあの時のあの景色がそのままそこにあった。
音大を出たという人が松脂を塗って簡単に音を出しているのを見て、終了。
ちょっとだけ開いた自分の心のふたもすぐ閉めた。

失敗でも、みっともなくても恥ずかしくても、すべての出来事は私が生きた証。
都合のいい内容に書き換わることもない。
あえてここに書いといてみる・・







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人生劇場

こたつは偉大です。しもやけがよくなってきた気がします。
半面これがあるとアンカー打ったみたいここに係留されてしまうという・・
ピアノ曲なんかだとこたつでのんびり聞くのも悪くないですね・・

それとは別に薄暗くした専用の(実際はたまたま使える狭くて変形した)部屋とそれなりの装置を使って、音楽をしゃぶりつくすように聴き取ってやる!
実際の演奏会場では絶対に聞こえないような音までを含めスコア上に存在し、作曲家の頭の中で一度は鳴ったであろうその音楽のすべてを聞き取るのだ!!
みたいな変態的音楽体感・鑑賞が大好きなんですね。

マーラーという作曲家の交響曲はまさにそういう人間に向けて書かれているんじゃないか(そんなわけない)と思うような音楽なんです。
どんな音楽を聴きたいかという気分というか好みは大きな波で変化しているみたいで最近はしばらくマーラーから離れ気味・・
でも何か書きましょうということで・・

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マーラーの交響曲第5番は、リストが自作のピアノ曲で自分のずば抜けたテクニックを披露したように自分の特異で優れた作曲技術、指揮技術、優れたオケの演奏能力を披露する超絶技巧管弦楽曲・・みたいな顔も持っていると思うんですよね。
そちらに注目すると、悲劇的内容は業務用設定場面というかいい意味での茶番みたいな面もあると(私は)感じる。
少なくともよく解説に書いてあるベートーベン的な苦悩から歓喜へみたいな解釈にまともに乗っかて聴くのはちょっと違うと思う。
ボコボコだった人間が苦労して戦ってたら超絶美人嫁と出会っちゃって幸せ全開・・みたいにな内容であるといえばまあそうだ。
この曲を作曲中若くて美人で頭のいい嫁を貰って笑いが止まらなかったのは事実みたいだ。
なんであれ、その場その場でそこにあるものに身をゆだね自分もうねりながら聴くんだけど。

この曲は第1楽章の葬送行進曲と荒れ狂うソナタ形式の第2楽章が一組になっていて、最初の葬送行進曲を聴いて誰に何が起こっているのかをを知っている聴衆に向けて第2楽章は演奏されます。
その葬送行進曲はマーラーの典型的な人をいたぶり突き落とす音楽ですが、ここで葬送されているのは死んだ人ではなくまだ生きている人間だ。
運命に翻弄されてつぶされ、何とか立ち上がろうとする人にまた塩をかけるみたいな・・
冒頭からずっと運命主題だらけ・・ちょっとやりすぎなくらいに運命主題を辺り一面に置いているところが、パロディー臭いくて微笑ましいところ・・
なにかものすごい勢いで振り回されてヘロヘロになって倒れちゃったあった後・・
よろよろと立ち上がりトボトボと歩き出すんですが、



ここでトランペットとヴィオラがユニゾンで歌うこの歌はが印象的なんですが、
これもっと時代が下っていたらサックスにやらせたんじゃないかと思うような音楽なんですよね。
それもオーケストラにいるちゃんとしたサックスじゃなくて、チンドン屋のサックス・・道化のサックス・・だと思う。
さらし者のようになってしまった惨めな気持ち・・・

サックスもクラシック音楽に出てはきますが、オーケストラ音楽に正式に参加するのはマーラーの一つ後の世代暗いからですね。
もっと長生きしたら交響曲第12番くらいで使っただろうか・・

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よく見ると2つの楽器に充てられたダイナミクスの指示は異なっていて、組み合わせ感は刻々と変化するようになってる。
こうやっていつの間にか歌ってる楽器が入れ替わっていく・・のはこの人昔からやってたけど、この曲徹底的に底追及してるんですね・・
惨めなこの人のうたはそのまま
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変ニ長調の心の歌へすべりこんでいく・・
暖かい救いの様な・・心の中のわずかな希望みたいなものでしょう・・
その最後は歌曲集「亡き子をしのぶ歌」の第1曲目のあるフレーズで終わる。
何度か出てくるのでそこにつけられている歌詞はいろいろだけど

「昨夜の不幸など何もなかったかのように。」
「太陽はあまねく照らし出す」
「この世の喜びの光に幸あれ!」

こんな感じだと思う・・・
でもそのすぐ後ろでまた運命の太鼓が鳴ってるんだよ・・・
明るいままにはさせてくれない気だ・・


今、オーディオ的には最高の季節。原理的な説明はできませんが気温と湿度が低いこの時期は装置のどこもいじらないのに細かい音、距離感、質感などがよく聞き取れるようになる(気がする)。
去年も書いた気がするんですが雨上がりのある日、高台から見る遠くの景色がいつもよりもやけに鮮明に細かいところまではっきり鮮やかに見える・・なにこれ!?みたいなのありますでしょう?
音があのイメージで感じられるというか。体験しないとなかなかわかりずらいと思いますが、音を視覚的にとらえて聴くんですね。
プラシーボでも構わないの。プラシーボだってうまく利用しちゃえばいいんだから。

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不安定

日本の山ってあれですよね杉やヒノキをたくさん植林したので、意外と紅葉しないですよね・・
とはいえある所にはあって家から30分くらいの山の上には赤や黄色の美しい一帯があった。

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別荘が建ってたりしてるんだけど、窓からあんな景色を眺めてお茶飲んでボーっと出来たらいいかなぁ・・いい時はいいけど、暗い気分の時はまずいことになりそうだな。
打ち捨てられて朽ちゃってる別荘もたくさん見かける。
失われた20年で失われちゃった人のものかな?

この後、この数年心のよりどころとなっているある場所へいった。
別に変な宗教や、いかがわしいところではありませんよ。

いま支配的なこの気分はいくつかの要素が重なった結果です。
でも変に目立つというか気にしたい一つに引っ張られて偏向してもいます。
きちっと関係する要素を一つ一つはがして、並べて、何がどうなっているのかを眺めることができれば、全く違う考えに至るはず。
受け入れて進むにしろ、なかったことにして逃げるにしろ、それをやらないといずれまた苦しい思いをしなければならなくなると思う。

マーラーの交響曲第5番は
ベートーベンの交響曲第5番やブラームスの交響曲第1番と同じ世界・・と見せかけて実はその露骨なパロディなんだと思っています。
そういう音楽を演ずるという設定の裏でいろいろ高度な技術を披露するという音楽。
この苦悩にうちかち勝利へみたいな流れを真に受けて聴くのはちょっとちがうと思う。
ちがうか人それぞれか・・
どっちでもいいかそんなことは
第2楽章の展開部でこんな楽譜の風景があります。

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闘うんだと強い意志で猛烈に突進してゆく・・その動きが一瞬で心の子守歌みたいなものにすり替わる・・
音楽自体は連続して流れているんだけど、この2重線のところでぱっと世界が切り替わる。
全然真逆な世界がつながってるという・・
多面的な感情が混乱して瞬時に入れ替わっちゃうみたいな・・
ちょっといかれてる感じがいいでしょう・・
これは音楽的に面白いというだけじゃなくて、
指揮者もオケもこんな急激な変化もうまいことやってみせちゃうよ!っていうのを見せる見せ場なんですよね・・
それを感じさせてくれる演奏に出会えるといいけどなぁ・・


昔から大人気らしいこの曲を好きになったのはマーラーの10曲の中で7番目くらいだったか・・遅かった。

30年くらい前は評論なんかで「マーラーの音楽の分裂症的な・・」みたいな表現をよく見かけた。
今はそんなことを書くと問題になるんだろうな・・
マーラー音楽の受け取られ方も変化してきているのかも。
自分も正反対の要素が同時進行したりするのを病的だなんて思わない。
むしろ自然で面白い。

ブログはありがたいです。
いろんな人が辛くなって思わずこぼしている・・・あれはどこかで誰かを助けてると思うよ。
自分もなんかごちゃごちゃ書いたのを誰かに読んでいただけてると思うだけで何か救われる気がします。
皆さんありがとうございます。

Tag:マーラー交響曲第5番  Trackback:0 comment:6 

遠い自演に思いをはせる

マーラー同時代の良きライバルだったリヒャルトシュトラウスは長生きできたからか沢山の録音を残してくれたみたいですね。
いくつかCDをかって聴いてみましたが、意外と普通というか、今風のどこにも違和感のない演奏だったような印象があります。
ブラームスや、いろんな人間にすごい指揮者がいるといわせたマーラーの演奏を聴いてみたかったと誰もが思うでしょう。
でもないんだから仕方がないですね。
ピアノロールを残したというのは有名ですが、これもいろいろ考えさせられます。


5番の1楽章・・
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いろいろ調べてみると、まずピアノロールというものが
そもそもどれだけ正確に記録できたのか?
どれだけの再現性があるのか?
という問題があるみたいですが、それどころか
ロールの穴を加工、編集して、実際以上に音数を増やしたり、間違いを修正したり、実際引いたテンポよりずっと早く再生されるように加工して販売する・・という事が普通に行われていたんだそうです。
今から見ると不正、インチキという考え方をしてしまいそうですが、時代や状況が変わるとそういうもののとらえ方も変わりますので批判しても仕方がないでしょう。
マーラー自身はなんだっけリスト直系の・・ヴィルトーゾ系ピアニストでもあったらしいですね。
それを前面に打ち出したような曲を残していないところがかえって面白いですか・・
指揮活動を縮小して作曲に専念しようと考えていたらしいですが・・・実現していれば何か聴けたのかな・・不毛だけど
結構有名になってからのコンサートで何曲かピアノを弾いてた記録も見たような・・
ショパンのスケルツォ第2番があったと思う。
言いたいことは、テクニックごまかさなきゃならなかった系の話はここに持ってこなくてもいいんだと思います。
ただ再現性がパーフェクトだって、誰も保証できないんですよね?

仮に、マーラーのこれらにはそういった問題が全くなかったとして・・・
そもそも同じ曲、音楽であったとしても大オーケーストラが大ホールで演奏するのと、ピアノを小部屋で演奏するのではベストなテンポ、その他が待ったく違うと思うんです。(もちろん一致することもあるでしょう)
マーラーはピアノで演奏せる際はピアノで聴いてよく聞こえるように弾いたはずです。
なにでこれを聴いてマーラーの指揮のテンポを論ずるのは危険というか的外れになってしまう可能性もあると思います・・

これじゃ文句ばっかりでじゃあ聞くなよみたいですね。
そりゃぁ、聴くにきまってるじゃないですかこんな面白いもの。

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1楽章の中間で大荒れになる部分がありますが、一本のトランペットのファンファーレをかき消すように始まります。
これ聴いてると左手で低いDesも弾いてるんですよね。
これ面白いですよね・・

オケ曲をピアノで弾くとき、オケの音楽をそのままピアノで鳴らそうというのと、ピアノで聴いていい音楽に聞こえるように弾こうという2種類のやり方があると思う・・
マーラーはどちらでしょうか・・・
トレモロ多用は前者の典型ですが、後者的な感覚もあると思う・・
あそこで低いDesを鳴らしているからといって、オケでも鳴らすかというとそんなことなないんでしょう。
今弾いてるここで鳴った方がいいから・・・

自分の曲だし、オペラの監督だからオケ音楽をピアノで弾くのは日常茶飯事なんでしょう・・
これやるために楽譜作ったりしたのかなぁ・・
その楽譜みられるのかなぁ・・
オケのスコアが頭に入ってるとピアノで弾けたりするのかなぁ・・
1905年だから最新作かな・・
元々ピアノで弾いて作曲したんだもんなぁ・・


その先の・・
964.png
木管とヴィオラなんかが歌う旋律はもう捨てていて、荒れ狂うヴァイオリンをやりだすんですが、ここ2つのヴァイオリンパートは同じ音なんですね。ピアノオクターブですごいスピードで暴れだしています・・
ここだけテンポアップしているんだけど、これ生のテンポなのかな・・
これ何気なく聞いちゃうけど結構すごいんじゃないのかなぁ・・

963.png
違う人の2手編曲・・はもっとシンプル。
この編曲者はピアノロール聴いたのかな?マーラーはこの楽譜よりもっと音を拾って弾いているようにも聞こえます。

話が中途半端で終わっちゃいそうですが、いろいろ興味深いですね・・
後半の木管が歌いだすところでハッとさせられるんですが、それが実際の演奏によるものなのか、ピアノロールというものの特性でそう聞こえてしまってるだけなのか・・

マーラー以外の曲でもいいのでもう少し何か残してほしかった気もします。
これを録ったのが1905年なら時間は何年かあったはず。
面白いと思たらもう少し何か残そうとしてくれたのでは・・

ただ、これを作ったその場にはマーラーがいてピアノを弾いたことは嘘じゃないんだから・・ちょっとだけマーラーに会えたような気がして感慨深いです。


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改訂が面白い。

760.png
マーラーの交響曲第5番
外面的にはベートーベンの5番みたいな苦悩から勝利へという形になっています。
よくそんな解説を読みます。妻のアルマさんの話もやたらに出てきます。
そういう方向で聴いてもどこまでも掘り下げられるんだと思うんですが、自分はこの曲そういうものの露骨なパロディーじゃないかと思ったりするんですよね。
その設定を利用しつつ「卓越した作曲技法による超絶技巧オーケストラ音楽を高機能オーケストラとすごい指揮者の演奏でお楽しみください。」
みたいな側面を強く持った曲だと感じています。
これをさらに進めてユニークで実験的な作曲を推し進めてるのが7番だと思うんですよね。
あれも変に苦悩や涙論で聴こうとするから訳が分からなく聴こえて駄作だとか言っちゃう人がいたということじゃないのかなぁ・・
もう100年たってるんだし・・まぁいいか・・


この曲は楽譜に新旧版があって・というのが比較的認知されているみたいでよく書いてありますね。
この盤は旧版、この盤は新版みたいなのとか・・
ネットに量版ともあったから思いつくところで1楽章のなんか衝撃的に騒ぎだしたあたりをとりあえず・・

758.png
旧版


826.png
新版 追加の注意書きはヴァイオリンにできる限り厳しく・・

マーラーの改訂の特徴は音楽というか言いたい伝えたいこと自体は変わっていなくて、それが聴き手にはっきりと伝わるかというところに主眼が置かれていというる事だと思うんですよね。
作曲自体には迷いがない。
これも演奏してみた結果のフォローでしょう?
厚すぎる中低音を減らして、刺さるようなフレーズを強化・・より劇的に・・
細かいダイナミクスの指示変更なんかは練習中に指揮者がいうことみたいじゃないですか?
こうやって音楽つくて行くんでしょう・・
プロだともう指揮者の手とか顔の表情なんかで一発で変わっていったりするんでしょう?
しらないけど。

こういうのがいろんなページに沢山あるんでしょうね。
昔本の中で朝比奈隆がこういうのは演奏家側に任せてくれりゃいいのに・・みたいな事をいってた。
演奏家的にはあんまりごちゃごちゃ指定されると自分たちが信用されていないのかと思うんだそうで・・

でも全部指定して細かいところまで自分の思いどおりにしたかったのかというとそうでもない、テンポかなんか細かく書いたらその通りにしようとした指揮者がいてうざりしてたってのもありますよね。

誰が言ったんだっけ、マーラーを慕う若手指揮者たちが自演の練習を聴きに来ていた。
「そこは2本で・・そこは○○を重ねて・・」とやっていたマーラーが振り返って「もし私の曲を演奏して少しでも響かないところがあったら、同じように手を入れてくれ。君たちにはその権利があるだけではなく、義務がある」と言ったそうです。
伝承はみんな話半分で読んどかないと怪しいと思いますがこの話はマーラーの考え方がよくわかってとても面白いと思います。



この悲痛な悲鳴のような騒ぎが終わったところ・・・
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昨年、アラン・ギルバート指揮、都響のこの曲を聴きに行ったのですが、
全楽器の音が消えるこの休符をかなり強調、というか長めにとっていました。
打ちのめされてもうボロボロに壊れちゃった・・バラバラに砕けちゃってます・・・みたいな
聴きながらへー面白いななんて思った・面白がる音楽じゃないんですが・・
実演っていいですよね目の前で何が出てくるかわからないという・・

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生まれてゆく・・・・マラ5 アダージェット

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マラ5のAdagiettoの自筆譜があったので・・

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最初の歌いだしと・・

684.png
後半第2ヴァイオリンで再現される部分

二言目の旋律が今と逆ですよね・・・
2回目は念を押すように上から・・という事だったのか・・
これ今のほうが圧倒的に良いですよね・・・
マーラーもこうやって音楽を作っていったんだなぁ・・と思うと感動します。



映画に使われたりして大変有名ですが不思議な魅力をもった曲ですね。
マーラーでも出来たときに自分で感動してしまったりするのかな?
いける!なんて思ったりとか・・
妻を描いたと言われたりしますがそこあんまりとらわれなくていい気がするんですよね。
マーラーが指揮者としてロシアに遠征したとき自作の5番交響曲を振ったらしいです。
それをラフマニノフが聴いていて感銘御受けた・・みたいなのを読んだことがあった気がします。
マーラーはどんな演奏をしたんでしょうか。
聴いてみたかった。

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