勘違い

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ねじりまんぽという技法で積まれた石橋をくぐって・・
向こう側から見た方が絵になるかな。
ここで電車が来るのを待っててもなぁ・・・
石橋かと思っていたけれどどこかで解説を読むとこれはコンクリート橋らしかった。
ぼーっとのんびりすればいいんだけれど、根拠もなく無駄に焦る気持ちがなんとなく流れていて・・
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あった合った眼鏡橋。
これも有名な古い橋だけど、石橋じゃなく無筋コンクリート橋だそうだ。
橋があってのなくてもいいとこだなぁここは。

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なんかこの素朴な世界もいいよね。
子供のころどこかで見たような・・・
いいところだねえ。
折角来たんだから眼鏡橋の上を電車が走るところをみていこうかと思う。
きもちいいなぁ・・かなんか言いながらしばし待って
駅でちらっと見た時刻表と先ほど降りた駅の発車時刻を考えるともう列車が来るだろう時刻・・・・
あれ・・・・こないな。
調べると30分ヘッドだと思っていたダイヤ、この時間は1時間に一本なのだった。
という事でスマホ片手にここに一時間くらい突っ立ってた。
この適当さが私。
カメラとか三脚とかがあればそれなりな感じに見えるんだろうけど変なっさんが一人ぼーっと手ぶらで立ってるんだもん。
おかしいかもね。
いいよいいところだし。
はらへったなぁ・・
スマホで調べると行こうかと思っていたラーメン屋はもうすぐ閉店時間なことが判明。
やっていそうな別な店は駅に戻って去らぬ向こうへ歩いて・・食ったその後がつながらない・・
どうするか・・
でっかいカメラを持ったそれ系の人が一人、もう一人ちょっと挙動不審な人がやってきて・・・
その人が絵に描いたように写真にかぶってくるところを想像しながらぼーっと風に吹かれて。
あーきた。
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しかしこの電車はすごくのんびり走っていていいんですよ。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=5230&v=HHNXjE-L7BU

またブル7の2楽章ですが麦畑が見えると言った第2主題について
非情にはづかしい話ですが書きましょう。
初めて聴いたのは高校生の時。
今でこそネットでスコアが見放題ですが当時はそんなもんなかった。
ブルックナーだったら楽器屋にポケットスコアがあったかもしれないけれどそんなものを手に入れる余裕もなかった。
という事で耳でだけ聞いていたこの曲(普通か)
私はこの第2主題を4分の4拍子として認識しました。
そしてそれは今でもそうです。

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でも楽譜は4分の3拍子で書いてあるんですよね・・
なんだよこれ、私にとっては驚きの世界。
私が馬鹿で間抜けなだけなのかもしれないけれど、いまだに楽譜を見ていても3拍子の音楽に聞こえない。

スマホで近くの飯屋を検索すると一番近いのはマック・・えマック?・・ここまで来てマック・・
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振り向くとイオンの看板。
あああそこにあんのか・・
そのまた向こうには同じフリー切符で乗れる別な路線の駅があるにはある。
一時間突っ立って疲れたのと腹も減ったのでまあいやとマックに向かう事にする。

私がこの場を離れるそぶりをすると変な行動を繰り返していた人はすかさず車に戻った。
これみよがしな動きは私に対してその場所開けろというアピールだったのかな?
それも勘違いか。

私は生きてて色々と勘違いしていることがあると思うんですよね。
とっとと気付いて是正すべきものもあれば、知らずに行った方がいいものもあるだろう。
うすうす感ずいているけど考えたくないものもある。
勘違いされているけれど黙っていようということもある。
全部どうでもいいか、今がよければ。

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ちょっと歩けば神社本体が見えてくた。
なんか立派な神社だな、
幟のあがったお祭りの日に見に来たいなぁ・・

マック・・どこへ行ってもマックはマック・・
胃にもたれなそうなやつはどれだ?なんて考えてるところが俺も変わった。
食ってみるとなんだいつもと同じ味じゃんか・・当たり前か。
またプラプラ歩き出し、江戸時代からあるよような集落のグネグネ迷路みたいな路地を歩く。
日差しが強くて暑いんだけど、
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観光地でも何でもない知らない遠くの街をほっつき歩くのは結構楽しい。
珍しいものなんか何にもないんだけど微妙に違うよね地元とは。何がっていうんじゃなくて。
歩いていると道がひそかにカーブしていき思っているのと違う方向を向いていたりする。
スマホがなかったら迷うかどっか明後日のほうまで歩いていちゃっていたかも
しばらく歩いて
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駅に到達。
社会科見学かな?子供がわらわら出てくる・・
え?出てくる?・・・
時刻表を見るとそう、一時間に一本しか来ない電車は私の到着1分前に発車したところなのであった。
事前に調べる気もいっさいない無計画とこのタイミングの悪さ。
まさにこれは私。

めんこ

ブログ記事、大した内容もありませんがなんとなく何日かかけて書いたりするものもあります。
その内容にはその時の自分の気分や考えが反映するものですが、それが短時間で大きく変動していることに気付いたりして。
ある程度重いものを積んで走ったほうがかえって安定して走れる・・みたいな何かがあると思う。
私は今何もなくてペラペラなんだと思う。風や小さな石で簡単に傾いたりして・・
仕事を一生懸命やってる自分なんて言うのを設定したこともあったけどそんなのいい訳みたいなもんでしかなかった。
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いいでしょうこの景色。
黄金色に輝き波打つ麦畑、神社の鳥居、小さな電車。
また出かけてきちゃったんですけどね、
2週連続で平日にどっか行ったりしたら遊び人みたいですけどちゃんと会社員やっています。
ただ休めるチャンスが来たとき周りの顔色をみて俺出ますから・・みたいなのをやめてみた。
多分報復的なへんなのが襲って来るだろう。
・・いやでもそれ違うよ。
昔からの暗示に縛られてるだけ。
そんなだから周りは見透かしていいように扱おうとするだけ。

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玩具みたいな電車でしょう・・その下には橋。
長くなるので別にまた書きたいと思うんですが、ここはとある人たちにはかなり有名な場所。
休日にはでっかいカメラを持った人がいっぱいだったりするんじゃないかな?
平日で誰もいないな・・なんて思っていたら後からその手の人が来た。
1人はちゃんと挨拶してくれ・・・でもカメラなんて何も持ってなくてスマホをいじってる私を見て「あれ?」って顔してた。
ちょっと変な感じの人を含めあそこに3人いたんだけれどで一番変なのは私だったのかも。
子供のころから鉄道マニアでオタク的傾向があり、こんなところに来てしまう私は一眼レフのカメラやレンズというのをたくさん持って写真をブログにアップし・・とやっていそうだしやっていないほうがおかしいと自分でも思う。
でも一つも持っていないし、この先も買わないだろう。
幼いころ埋め込まれ、ある時期からは自分で自分にかけてきた暗示がある。
おまえにはできないし、やってはいけない。
なに甘えてんだ馬鹿か!という話ですが、医者へ行けば治るんだろうか?
治るわけないよもとからたたなきゃ。
もうどうにかするにも手遅れだと思いつつ、いつだったら間に合ったんだろうかと考えると出てくるのはこことあの記憶。

物心つくかつかないかという頃に住んだ家の跡・・の前。
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あのころ、右側の側溝には蓋がなかった。
嵌って泣いていた思い出もあるけれどどうしても忘れられない思い出が一つある。
近所のお兄ちゃん・・おうわからないけれどガキ大将的な子だったんだろう・・が小さな箱に薄っぺらいものをたくさん入れて持ってきた。
私は初めて見るそれが遊び道具らしいことは理解できたけれど、どうやって遊ぶのかがわからない・・・
そこへ、背後から自分を呼ぶ何かを感じる。
そこでその記憶は終わる。
この記憶は子供のころに夢で何度も見た。

それがメンコというものらしいことは後に知ったけれど、あれで何をどうするのかがわからなかった。
はっきりとした記憶はその後転居をした先で始まるのだけど、公園にみんなが集まってボールが出てくると自分は逃げて一人で遊んでいたような記憶がある。
もうその時点で今へ続く私が確定していた。

自分はメンコで遊ばなかった。
めんこが何かわからない。
きっとあの時めんこでみんなと遊んでいれば、みんなと同じことが同じようにできるようになったはずなのに・・・
多分6歳とかそのくらいからこんな事を考えていた。

こういうのを書くと鍵コメントで短絡的に食って掛かってくる人がいる。
私の方が苦労していてかわいそうです。あなたは私よりましです。わかりましたか?
みたいなの。
あちゃーという感じだけど、私のこのブログもそう見えるんですよねきっと。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=5230&v=HHNXjE-L7BU

ブルックナー交響曲第7番
の第2楽章。
厳粛な感じで始まるこの音楽は、敬愛するワーグナーの死を悼んで書かれた。
夢の中で作曲したんだっけ?
というのと、楽譜に爆発部分で打楽器を使う版と使わない版があり、本意じゃないのに弟子がうるさいからそうしたんだとか、いや本人が書いてんだからそれが正しいだろとかそんなネタが必話題になるんですね。
とっても素朴でいい人だったらしいブルックナーという人の人柄がここで問題になっているような気もするわけですが、
両方聞いて両方楽しめばいいだけなんですよ。
むしろ色々楽しめてありがたいくらいだ。
まあいいかそんなの。
なんというかワーグナーを描いたとか悲しみに暮れて苦悩するとかそんなことじゃなくて、これは祈りの音楽ですね。
私はキリスト教徒じゃないし何だかわからないけれど、こういうとにかく神に向かって報告するみたいな感じはカトリック的なのかな?

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この第2主題、私はヴァイオリンがオクターブで歌うと黄金の麦に光が当たって輝いているのを見る気がするんですよね。
この音楽は黄金色に輝く麦畑と明るい日の光、気持ちの良い風・・
そんな光景が思い浮かぶ。
一個人が死のうが苦悩でのたうち回ろうがそんなこととは関係なく、畑に麦は実り、明るい日差しが差してさわやかな風が包む。
それが世の中で、そういうもんなんだろう。

幼い頃から「せめて人並みになれ」という言葉をなげつけられてた。
大袈裟に嘆いて見せ、罵倒する。
時代的にそんなもんなんだろう。
私の頭の中で保護装置が働きそれらの言葉は獣や虫の鳴き声みたいなものとして処理されていた・・
はずだったけど、気が付けば私の中にしみこんでいる。
子供の私はそれをまともに受け取ってしまい、自分には致命的で救いようのない欠陥があり親を落胆させているのだと解釈した。もう一つ刷り込まれたお前は出来損ないだ・・をまともに受け入れてしまっていた。
学校に行けば周りの子と自分を嫌でも比較するから、たしかに何をやってもまともにできないんだなと思った。
昔は先生も「おまえだけだろ!」なんて平気で言ったもんだ。しかしそれはそれでいいと思う。
刷り込まれたものはいまも解けず、私は羞恥心と劣等感の中で生きている。
実際に身体的能力で異常におとった部分を持っているためそれと重なって何もすることができない。
幸い、車の運転はできた。
楽器は・・だめだった。
私は歌も歌えない。
中学の時だったか、自分の体はアルコールを全く受け付けないことを知った。
弱いとは違うんだけどまあいいやそんな話も。
それで実際困ったのはもっと後の話
まだあるけど書いても仕方ないか。
本当に何をやっても人並みにできない自分で笑う。
済んだことを言っても意味がないか。

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ボンタンの花
花開いた次の日にはもうおしべとかめしべとかも落として、私受粉してますのよ!みたいな恰好になってる。
はやいな。

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こっちはまだアピール中。

私も人間なので結婚すれば子供が生まれて育てて・・という人生が当然あるものだと思っていました。
子供のことは夫婦の問題だから書いちゃいけないとも思う。
本当なら子育てに追われる10年くらいを経て今は経済的に困窮しながら必死で・・と言う頃なのかな。
その本当なってのがいけないんだよ。
今朝も起きたら虚しい気持ちみたいなのが充満してはいますが、生きている以上は生きていきますよ。
私幸せなんでしょう。
わかってますよ。

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奇麗でしょこの景色も。




雨上がり

雨上がりの朝、犬と散歩
どんよりと雲が覆っていた空が晴れてゆく・・
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田植えかぁ・・
奇麗だなぁ。
どうも最近このあたりの田んぼ元々の持ち主ではなくて同じ人が大規模にやっているようだ。
私には関係ないしよくわかんないけれど、田んぼも時代が変わっていくんでしょうね。

日が出てくると結構暑い。
いつもだったらもう帰る!と言いだすはずの犬だけど今日はなんかもう少し歩きたいらしい。
犬も気持ちいいんだな。
いつも見ているどうでもいいはずの景色も
やけに鮮やかで美しく見える。
人生得した気分だ。
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なに訳の分かんないこと言ってんの?

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この時期そこら中に鴨のカップルがいます。
これは先日道端をペタペタ歩いてた鴨の夫婦だと思う。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=7033&v=HHNXjE-L7BU

ブルックナーの交響曲第7番には牧歌的、草原的なイメージがあります。
初めて聴いたのは高校生の頃。
音楽っていいなぁ・・クラシック音楽を聴いていてよかったなぁ‥みたいな事を感じた記憶があります。
あの頃私は人生のどん底だった。どん底なりに何とか生きてたよ。
高校生くらいでどん底とはなんだ・・とかたいしたことないんだろ言われそうですが大きなお世話です。
他人のことを分かったように言うやつは・・・言えばいいし、関係もないし知りません。

第4楽章の第2主題で
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このターンが出てくるあたり(下の段7小節目)の和声にひかれたというかやられた。
麻薬的というか魔法にかかったような不思議な気持ちにいつもなった。
前世で聴いていた記憶というか・・とにかく不思議な感覚。
どうしてそう感じるのかよくわからなかったけれどを分析しないでそのままにしてあった。

それがさ、最近感じなくなっちゃったんだよあの不思議な感覚を・・
ただ普通に聴けちゃうの・・
ヒノキの木を切ると不思議な香りを出してくれるけど、
しばらくたつと香りはなくなり乾いた木のにおいしかしなくなる。
それとは全然関係ないな・・ないけど私の中の何かが枯れちまったんだろうな。
もう死ぬまで戻らないんだろう。

夕方。
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夕日がいい感じだ。
涼しくて気持ちいいね。

ちょっとまえから川なんか眺めていると鴨のカップルが楽しそうに流れてきて・・と思っていると後ろから少し遅れてついていく独り者をよく見かけていました。
ついこないだまではみんなで群れてたのに・・みたいな。
相手にされず、追い払われてる感じ・・
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君はいつもみるあいつなのか?
最近じゃずっと一人でいるの?
君は俺か?

大丈夫。
遅れてもいつか幸せになれるはず。
皆とシンクロしなくてもいいんだよ。
でもじっとしてるとダメかもね。
どっか全然ちがうところへいってみるとか・・
・・こうやって他人は無責任にアドバイスめいたことを言うよね。
そんなの関係ないしほっときゃいいんだよ。
自分で考えないとね。
猫とかに食われちゃったらおしまいだから気を付けて。
慣れたここにずっといてもいいし。
なんだっていいんだよ生きてりゃ。
え?うるせえ?

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いいでしょ?夕日。

裏方

昨年末にSL列車に乗りに行った。
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C10という蒸気機関車が発車前に蒸気を貯めてみたいなところですが、車体中央はボイラーが占領してしまっているのでその側面にいろんな機器が取り付けられています。
運転席のすぐ前で蒸気を上げているのはタービンで回す発電機だと思う。すごい音がする。
今は保安装置だとか無線なんかの電気的な設備を積まないと走れないけれど、基本的にSLというのは前照灯と他のランプ以外は電源不要で動作するような設計になってるんだと昔何かの本で読みました。
なんでも電子制御の現在からすると驚きの機械というか。

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発車10分前くらいになると機関士の一人がここへきて小箱みたいなもののふたを開ける。
開けると回転するレバーがあってぐるぐるぐるぐる回していました。
これにどんな役目があるのかは知りません。
例えば各動作部分へ自動的に注油するためのポンプみたいなもの?
とにかくぐるぐる回してた。

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これ、蒸気の力でも回るようになっているらしく、みている機関車の排気に合わせて時計の秒針みたいに少しづつ動いているのがわかる。
それがどうしたという話かもしれないけど、これが面白いと思ったわけなんですね。
みんなこんなのどうでもいいでしょう?
でもみんなにとってどうでもいいものが不要なものかというとそんな訳わなくてこれは多分とても重要な役目を持っていたりするわけですよね。
なんかこれが面白すぎというか・・


ブルックナーの交響曲第8番ハ短調の第1楽章。
展開部が終わって第1主題の再現っぽいけど第1主題は単純に出てこなくてここもまだその展開みたいな感じでもあり・・
ほっといても大変面白いこの部分、
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第1主題が振り回されてる。
弦楽器のユニゾンを管楽器が縁取りして・・ffで七転八倒しているみたいです。
さらに超絶面白いのがトランペット

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周りが全部ffで叫び転げまわっている中、トランペットによるこの運命そのものと言える第1主題のリズム音型には
Sehr leise 非常に静かな・・・その先に immer leice常に静かな・・・という指示があります。

マーラーくらいになるとfffppが同居していてもありそうな話で不思議ではないですが、
ブルックナーだとまだびっくり指示ですよね。
作者も特別な指示だと考えているんでしょう。あえてppと書かずに言葉で指示しています。

ここ、トランペットは大音響の他の楽器にかき消されてしまいいながらも音の合間から微かに聞こえてくる。
七転八倒している子の人間を支配している運命が遠くに見える・・・みたいですごくいいんですよね。
オーケストレーションはどのパートもはっきり聞き取れるよう効率よく楽器を配置するみたいなのが基本だから、これは明らかに異常な指示、異常な光景。
でもそれを交響曲のでやっているというすごい場面なんだと思うんですよね。
昔読んだ本でどうせ聴こえないんなら吹くのやめちゃおうかと実験してみたみたいな話を読んだことがあります。
やめてみると何か足りないからやった的な普通のオチだったけれど、目立たないから不要かというとそんなことは全くなく、目立たないこれこそがなによりも重要だったりしているんですね。
マーラーとかじゃなくてブルックナーがやってるところが面白いんですよねこれは。

この曲の第1主題には厳しい運命みたいなものを感じますが、ベートーベンとかブラームスに出てくるような個人に降りかかる困難とかいうような運命ではなくて、すべては神が作ったもので人間なんかに動かせるもんじゃないんだよという厳しさ荘厳さみたいなものを言ってるような気がします。

鉄道写真を撮ってる人のブログを見ると今でも電気機関車なんかのことをカマと呼んでいますよね。
お湯を沸かして走る蒸気機関車は走るお釜なんですね。
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この時運転席に座らせてもらいましたが目の前はボイラー。
暖かいんですよ。
生きてるという感じがする。
実際、同じ型式でも能力に差があり、癖みたいなものもあって人間みたいだったみたいですよ。
どこの機関区の何号機は名機・・みたいな話でしょう。
蒸気の排気音、煙の臭い・・・写真じゃわからない生きた世界がありました。
今電車の運転席もグラスコックピットみたいだもんね。
例えば副都心線なんかATOとか言って実際自動運転だもんね。
運転士さんは非常時にブレーキを引く構えはしているけど直接の運転操作はしない・・
お客さんは全員スマホを見てる・・時代が変わりましたね。


地上絵

近所の田んぼ
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航空写真を見ていると田んぼに
>-<
みたいな模様がたくさん見えます。
なんだこれ祈りをささげる地上絵か?
ここ犬と散歩でよく通るんですが地上から見ていると気付きません。
でもそういうつもりでよーく見ると何か見えてくる気もする。
航空写真を見ると日本中のいろんな田んぼにこんな模様があるのを見つけた。
どうもトラクターが畔に合わせてぐるぐる回るとこういう形状の跡がつくらしいんですよね。

この地上絵から連想したのがブルックナーの交響曲第5番のAdagio。
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3連符のピッチカートが音楽を主導する。
その上に乗るのは普通の4拍子の旋律。
私はミミズの賛歌みたいない音楽が大好きなんです。
楽譜的には1小節を2つに振るみたいな指示が書いてあるんだと思う。
ただ実際二つ振りじゃ間が持たないのでかなりテンポの速い軽い感じの音楽になってしまうんだろう。
この曲の性質から指揮者は3連符をふり、一小節に拍が6つある6拍子の音楽に木管が4の音楽をはめ込む・・・
みたいな演奏が多いと思う。


このヨッフムSKDは6つに振っていると思う。

ラジオなんかこの曲を聴いているとあっこれ2つで振ってるな・・と感じたことが何度かあります。
同じ楽譜を演奏していて、数学的というか論理的には同じ音楽が聞こえるはずなのに、やっぱり違うんですよね。


この人4つで振ってる。
でもこの4を見ながら3連符を聞いてると何だか茶番みたいな気がしてくる。
俺がどう思うかは関係ないんだろうけど。
木管の歌も後半で八分音符や16分音符みたいな細かなかな音が出てくるところがみんな違って聴こえる。
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ブルックナー特有の複数のパートが絡み合って別な何かが聞こえる・・みたいなのが出てくるともう大変。ただでさえ6拍子と4拍子が緊張を作っているところにその4拍子内でまた複雑な世界ができちゃって・・・
ちょっとしたカオスになって聞こえる。
ここも怪しい演奏だとえ?みたいな
それはそれでいいんだと思う。
春の祭典じゃないんだから、この曲に求められるのはそこじゃないはず。
でもそんなことばっかり追及するのが音楽だっていう人もいたりして・・いいけど。


誰だか知らないけどこれは2つで振ってるような気が・・・何だこのオーケストレーション
これは悪名高きシャルクの改訂版というやつですね。
管楽器は4/4、弦楽器には4/6拍子が振られたハイブリットスコアだ。
テンポすごく速くなっちゃててもはやAdagioじゃなくなっちゃってるんだけど、でもオリジナルの楽譜が言ってるのは実はこういう事ですよね?

何が言いたいかというと別に何にも言いたくなくて、どれが正しいなんて言わずに色々聴いてると楽しいなというのといくら書いたところで死ぬまで演奏者側には回れないアホの僻みですよ。
つまんねえな。
しかしこの音楽は面白いしいいですね。
田舎の素朴音楽の代表者みたいな顔してこんなのをふっとやっちゃうんだから。

この曲、

面白いのは2楽章であんなに面白かった3連符のピッチカートのがスケルツォで

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ほとんどそのままものすごい速さで出てくるところですよね。
こっちは思い切り3拍子。

Adagioとテンポが違いすぎてこの同じ素材が全然違う側面を見せてるぜ的な面白さに、下手をすると気づかないままの人もいると思う。
そう思うとあの2つ振りの速いテンポの演奏が案外ベストに近かったりするんじゃないかと思ったりして。

田んぼもあれですよね、子供の頃は稲刈りが終わると竹で組んだ物干しみたいなのに稲わらを干してた。
農家の綾にはそのための竹を収納する部分があった。
今はコンバインだからやらないんでしたっけ?
稲わらを干してるのも、農家の納屋も見なくなった。

がんばる

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最近また袋小路的な思考でネガティブになっていたのがある出来事で止まった。実際は何も変わっていないのですが、考え方ひとつで周りは変わって見えます。
何があったかを書いてみても他人から見れば何でもない普通の出来事でしょう。
でも導かれたと思ったの。
こんなことを書くといよいよ頭がおかしくなったみたいですね。
そんなことを感じながらたまたま聴いた音楽がまたお告げみたいに響いちゃって・・
Youtubeじゃ伝わらないかもしれませんが、こんな感じ。



ブルックナーの交響曲第6番の第2楽章。
春を待つような音楽だと先日書いたばかりですが、3つの主題が出そろうと小さいけれどとても美しいブリッジを挟んでもう一度3つの主題が再現されます。
その再現される第1主題がピークに達する
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このあたり・・・ヴァイオリンの6連符が下降するのが聞こえるとき神の光を見たと思った。
この光のせいかは知らないけれど、影を歌った第3主題はこのあと深く歌わずすぐに暖かい安定のなかに終止する。

ブルックナーを聴いてると3本のトランペットのうち3番だけが違う事をやってしかも重要・・と言うのが結構出てくるんだけどここも・・
自筆譜、心なしかそのTp3番の音符が力強く書かれているような気が・・・
作者の頭の中で鳴っていた音楽が見えたような気がしてちょっと感動しますね。

ベートーベンの意をくんでというか交響曲というものを特別な音楽と考え自分の表現の中心に据えたドイツ・オーストリアの作曲家にブラームス、ブルックナー、マーラーがいます。
マーラーはブルックナーの講義を受け信頼関係を築いた話も有名ですが音楽的に二人は大きく違うと思う。
ブラームスとマーラー、ベートーベンも・・彼らの音楽はあくまで自分の魂が主役。
自分が感じ、嘆き、苦しみ、闘い、訴える。
でもブルックナーにとっては自分も含めためた人間も神が作った自然の中の一つ。
美しさ、喜び、悲しみ、苦しみ・・すべてを受け入れそのあり様をただ、神に向かって報告する。

今日はブルックナーのそんな音楽が身に染みるというか包み込まれるというか・・
こんなことを他人が言っていたらうざいかもしれませんが自分がそう思うのはいいの。


あんまり関係ないけど。
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睡眠時無呼吸症候群かどうかを調べる記録計。
病院で貸してくれます。
小さな本体みたいなのを腕に固定し、透明なチューブは鼻に、青いのは指先に取り付けて
呼吸と心拍か何かを一晩記録してくれます。
コンパクトなので何とか気にせず眠ることが・・実際はテープで止めたチューブやケーブルに引っ張られる感じがして始めは気になる。
よーしなんて言って記録開始ボタンを押さないまま寝そうになってんの・・気づいてよかった。
解析に時間がかかるとのことなので結果を聞けるのはまだ先。
私自身は何の自覚もなく危機感も全くないのですが、こういう展開になったのも導かれているんだと思う最近。

導かれるというのは牽引されるとか後押ししてもらえるのとは全然違う。
あくまで考えて進むのは自分。
ただ時々、かすかな光をくれる。
気づくのも自分。
問題はその後、自分が動けるか。






春は必ず来るらしい

ここはほとんど雪も降らないし、学生時代や仕事の関係で住んだところもたまたま雪に縁のないところでした。
私は雪国の本当の大変さを知らないんだと思います。
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これを見たのは山形の新庄駅だったと思います。
このランプは長時間停車する電車の集電装置に対する融雪と凍結防止を目的とするものだろうと勝手に思っています。
昔スキーに行ったけれど、死にかけたことがあった。生きていられたのはタイミング的に偶然だと思う。
冬の北海道に行こうと思い色々調べていると本州での雪道経験くらいで調子に乗ると命がないという事を教えてもらった。
でもそんな話じゃない大変さが毎日ずっと続くんでしょう。
今またいろいろな方のブログを読ませていただいて雪国の本気で命がけな苦労を知り、頭の下がる思いです。
北陸の方は今本当に大変なんだと思います。さらにその報道に隠れてしまっているけれど同じように大変な事になっている方たちがたくさんいるかもしれないと思う。
この近所で災害があったときはそうだった。報道は全部を報じるんじゃなくて絵になるもので時間や紙面が埋められると後はほっとくようなところがあるんじゃないか?
ちょっといいすぎか。

犬と散歩に出かけると、途中河津桜と梅に花の芽がついている。梅の方は爆発寸前という感じだった。
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いつものお堂。
階段を駆け上がったり駆け降りると私が喜ぶと思って・・

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また会ったね。先週だっけ・・
カワセミもいた・・みんないた・・日の光の下みんな気持ちよさそうだ。
犬と二人でへらへら歩く。
全然進まない・・
いいの、私らこれが幸せな時間だから。
そんなことやりながら1時間以上歩いて戻ってくると、
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梅の花が開きかけていた・・
あー寒いとか言っても時間はどんどん前に進んで春へ向かっているんだね。
誰がどんなになっていようと関係なく、春は来ると決めたらくるんだよ。


この曲はブルックナーの交響曲第6番イ長調 の第2楽章。
暗く寒い冬から春を待つような音楽です。

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日の光が差してきたのを感じるあたり・・
・・すばらしいよね・・
その後の第2主題は日の光の下静かな幸せに包まれています。
その先でまたいったん日陰るんだけど・・
今暗かったり、辛かったり、冷たかったりする人にもいつか光が当たりますように。

こまかいこと

先日行ったスパゲッティ屋さんの窓辺に電車が・
懐かしいなダイカストのこういうの、誰に買ってもらったのかわからないけど俺も持ってたよ。
左側のは傷だらけで、だいぶ遊んでもらったみたいだ。
老朽廃車となりここで余生を送ってるのか・・よかったね。

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ほとんどの人にとってなに訳の分かんないことを言ってるんだいう話ですが、
手前の湘南色のは屋根上のクーラーや窓、ドア配置を見るとどう見ても急行型の165系とかでしょう。
でも正面のグリーンの帯が斜めにカットされる塗り分けは近郊型の113系のものですよね。
これ、わかる人にはわかるけど間違いなんです。
楽譜で言うとヴァイオリンと指定されているパートがヘ音記号で書いてあるみたいな・・
逆にそこが面白いと言える子供がいたらすごいな。
いい歳したおっさんが玩具相手にそんなことを言ってたらアホだと思われるんでしょうね。
でもどうでもいいようなことが面白かったりしてもいいでしょう。

ブルックナーの交響曲第5番はでも巨大な2重フーガ+αな終楽章だけでなく、各楽章個性的過ぎて笑っちゃうような名曲です。
3番、4番はのちの時代に大改訂をしたのですがこの曲はそういうことをしなかったので古いオリジナルなブルックナーの感覚を聴くことができます。そこが面白いおわかれば面白いのですが、解らないととっつきにくい。
始めはなんだかわかりませんでしたが、一度その魅力に気づくとこれも死ぬまで大事に聴きたい一曲となりました。
その第1楽章の終結部分で、金管楽器がファンファーレみたいなものを吹くんですが、

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伸ばしの後に細かい音2回・・同じようなことを繰り返しているように見えますが、始めの長い音の後にあるのは16分音符、次の小節の短い伸ばしの後は32分音符。
細かい音の長さが倍違うんですね。
ここ、聴くとわかりますが雰囲気的にみんな同じでやっちゃいそうだし聴いちゃいそうですよね。
でも楽譜はかき分けてあります。
たくさん書いてある%みたいなのは前の小節と同じという意味。


ブルックナー協会の会長も務めたんでしたっけ・・どっかYoutubeの交響曲第9番なんか感動的で泣きそうでしたが、EMIに録音したブルックナーの全集はめちゃくちゃやっている印象もあります。
金管の音が汚いなーなんて前から思ってそれでも聴くんだけれど・・
意外にもここはその差をちゃんと聞かせようとしてくれてますよね・・
ちょっと感動。



縦線を合わせるとかの鬼みたいな印象のショルティーCSO。
ここ強調するかと思ったらそうでもなのね・・
一応吹き分けてるようにも聞こえる・・



なんか神格化されてるんですかチェリビダッケのブルックナー
単純に音価の差にだけ注目するとあんまりわからないというか・・

むしろ、ここは同じように聴かせる方が正しい的な考えもあるかもしれない。
色々あっていいし、いろいろ聴きたい。
狭い考えでこうだと決めつけそれ以外は全部間違いみたいに思って・・・もいいと思う。


こういうおもちゃも今じゃアジア系海外で作っていたりするんでしょうか?
精密な模型のようにとはいかないまでも子供だまし的なデフォルメをしないで一応作りこもうとしているように見えるところが感動的じゃないか。
大人になると忘れちゃうけど、まだ世の中の意味も何もわからない様な幼い子供も興味のあることに対しては恐るべき洞察力を持っていたりすると思う。着眼力、観察力はその辺の大人を超えていたりもすると思う。
この金型を作った人の心意気が、きっとどこかの子供に伝わったと思うなぁ。

落ち葉

お堂の銀杏の木がお気に入りになってきました。
今まさに、これから葉を落としますよーというところ。
次の日に行ったらもう葉も減って違う景色になっていました。

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風が吹くとカサカサと音を立てて雪に様に葉が降っていた・・
写真には写らないのね・・・


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犬も上がってきた・・気持ちいいね。
この時も葉が雪のように降り注いでるんだけど・・
写ってないな・・

ブルックナーの交響曲第3番の冒頭
この曲、ベートーベンの交響曲第9番が手本というか下敷きになっているんだけど、
そう思って聴いてみるとこの部分影響されてるというかもう同じなんじゃないかというくらい似てることに気付いたりして・・
でも2番煎じとは全然違うブルックナーの音楽ですよね。

チェリビダッケはやっぱり苦手です・・

2つの弦楽器パートが交差しながら落ちてきています。
雪のようだとも思うけど、落ち葉みたいでもあるよなぁ・・

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弦楽器が何かパターンをやっているうえで金管が旋律的に・・ってワーグナーのつくったフォーマットですよねこれ・・
でもワーグナーにはない世界のような気もする・・

ブルックナーからがスコアを見せられたワーグナーが
この冒頭のてpで歌うトランペットを特に気に入ったという話が有名です。
そのワーグナーが見ただろう初稿の演奏があった。


初稿なんて変態趣味みたいなイメージもあったけど近頃はこんな大御所指揮者もやったりするんですか・・
冒頭、トランペットのお相手するフルートがいきなり倍の音価で出てくるところで
えぇぇぇ・・・みたいな・・
その先のホルンもまた止まちゃって・・
第3稿を聴きなれた耳にはその後もいろいろ衝撃的というか・・
もごもご言ってって何が言いたいのかわかりません!
いいから要点だけ話してもらえませんか!みたいな・・
でも何度も聴いてるとこれはこれでなじんでくるもんだな。
この先にも色々面白いところがあるらしいけどまだちゃんと聞いていません。
これからの楽しみに・・

その第1稿の自筆譜があった。
作曲用のものじゃなくて演奏してもらうべくどこかへ提出する楽譜でしょう・・
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冒頭から地震の大事な作品を何とか演奏してもらいたい心が景色となって表れているようで感動する・・
まじめで頭ののいいひとだったんじゃないかなぁ・・と思ったりもする。

この稿の初演は音楽史上最大の・・くらいの失敗例としてよく話に出てきますが、それはその後の大成功があるからなわけで実は輝かしいエピソードの一部なわけだ。
昔から、クラシック音楽の世界ではブルックナーという人物にちょっとたりない人・・みたいなイメージ被せて見ているところがあるんですよね。
誤解を受けるような恰好や言動が目立ってあったんだろうと思うけれどあんまりじゃないのかな?
この楽譜を見てそんなわけないだろと思うし、演奏拒否されたにしろウィーンフィルに楽譜を届けられる位置にいた人でしょう?
細かいことは知らないけれどまだ2番も3番も世に出していない頃からワーグナーがさしで飲みに来るような立場と人物だったわけでしょう・・

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今日も行った。
風が吹くとばらばらと落ちてくる銀杏の葉・・
後ろの石碑に刻まれた名前はよく見ると何とか在衛門じゃなかった。
与吉二門、平吉二門・・寄進した額か。
皆名字があって、今でもこのあたりに残る家の名です。
裏側には文化四年八月吉日とあります。1808年。まだブルックナーなんか生まれていません。
ベートーベンが交響曲第5番、第6番を初演した年です。
こちらも曲が盛りだくさん過ぎる上に練習不足で失敗だったとよく書いてありますね。
写真だとわからないけれどこの銀杏の木はかなり太くて樹齢200年じゃきかないと思う。
200年前もこうしてあたり一面黄色の世界だったのかな・・

さんぽ

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犬とお散歩!
空は快晴、日の光も暖かくて気持ちいい・・
最高です。
右下の青い葉っぱはブロッコリー。
そんな絵になるような景色はないけれど、うちの近所を犬と散歩してると癒されます。

これ犬が小した後なんですけどね、
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誰も教えてないのに後ろ足で砂をかけるような動作はするんです。
本能なんでしょうね。
でも正しく教わっていないからかちゃんとしてなくて向きも勢いもめちゃくちゃ・・
ただ暴れてるだけじゃんか・・
趣旨もわからずにやってるんだろうなぁ・・

昨日は東京に出て渋谷をふらふら歩いてみた・・・んだけどもう何もときめかなくなっちゃった・・
何も感じないだけじゃなくて目に入るもの、耳から入ってくる会話がいちいち刺さって神経を逆なでする・・
気分転換のつもりが気分停滞・・
行くんなら池上線沿線とかにすればよかったかなぁ・・
翌朝犬と近所を歩いたら気分爽快・・・・
もう俺は田舎で静かにしているのがいいわ

ブロッコリー、まだ葉っぱばかりで知らないと謎の植物でしかない。
もうすぐあブロッコリーだ見たいなのが見えてくるんだっけ・・
毎年毎年、同じ光景を繰り返し見て・・年月を重ねて・・私は少しも成長しないけど・・

ブロッコリーってブルックナーと似てるから・・

ブルックナーの交響曲第7番は第2楽章がワーグナーの追悼だとかなんとか言ってますが、
ブルックナーの田園交響曲というイメージがあります。
第2楽章に打楽器が入る版と入らない版があるんですが・・どちらが正しいかなんて言ってないで両方聴いときゃいいんでしょう。
ないほうがちょっと好きだけど。



スケルツォのトリオがいい感じでしょう・・

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ティンパニーの優しい響きから始まりますがこれ、

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さっきまでせわしなく動きまわってた主部の動機でもあるんですよね。
田舎の景色を眺めて休みましょう・・みたいな。

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聴き慣れすぎてなんとも思わなくなっちゃってるけどこんな柔和な弦楽合奏の上に裸のトランペットが合の手というのは結構ブルックナーらしい感じかなぁ・・
ワルターコロンビアを聴いていると2度目のトランペット、1回目と同じパターンの楽譜にない音が聞こえる。
そういう版があるのかと思ったけど自筆譜を含め根拠は見つけられなかった。
気持ちはわかるけど・・

ブルーノ・ワルターは、まだ世間がブラームスvsブルックナー論争みたいなので二分されている頃を生で知っている人で自伝にそう書いていた。ワーグナーだったかもしれないけどどっちでもいいや。
「この難題は私には簡単に解決できた。両方好きになればよいのだから」・・・だったかな
そうなんだよね、いろんなものをみんな受け入れられたら幸せ感も倍増するのに。
あれから150年くらいたってるのにいまだ人間は、敵を仕立てて攻撃することで自分のバランスを取ろうとする・・
そんな人たちばかりだ。
そういう自分も今まさにこれがそうか・・・
牧歌的な風景の中で牧歌的な気分でいたい・・