怪しいものでごめんなさい

嫁さんが買い物している間、付近を適当にほっつき歩く。
特に行くようなところも思いつかない。
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いいね果てしない直線。
ずっと遠くにいる列車の前照灯が見える。
奥に白く見えるのは多分次の駅のすぐ手前にある建物なんだけどあんな遠くのもんが見えるはずないだろという意識が来る。
わけないったって事実として見えてるんだからしょうがないじゃない。
考えてみるとこのレールは遠く稚内とか根室までつながってると言えばつながってるわけですね。
新幹線を挟んでなら札幌まで、別な機会も合わせれば稚内まで鉄道を乗り通したことはあるけどスーッとすっ飛ぶ新幹線や特急列車じゃあんまり実感がないな。
鈍行を乗り継いで稚内まで行ってみたいけどなぁ18きっぷとかじゃない頃に。
鈍行でだと
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花輪線までか。
静かでいい旅だった気もするけれど車内で乗り越し分の切符を買おうと女性の車掌さんに呼びかけると私を見てものすごく嫌そうな顔を・・
そんなことは思い出さなくていいんだけど。
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電車の車庫みたいなところ。
子供の頃電車の窓越しに古い客車を改造したお座敷列車が休んでるのが見えた。
慰安旅行、並んだビール瓶と立ち込める煙草の煙、部長が歌ってら拍手しなくちゃとかそういうのですかね。
この先色々書いてみたけどみんな自虐になっちゃうから終了。
その後の高効率化追求な時代も30年を超え今はユニットバスみたいな顔の電車が並ぶ。
フェンス越しにこの写真を撮りふり返るとちょうど角を曲がってきた帰宅中の小学生が私を見て逃げようとしているところだった。
あ・・・怪しいものでごめんね。
昔、こんな場面でいちいち傷ついたりしてた。
思春期の初めごろにそれは実は勘違いで誰も自分を悪く見てなんかいないんだと気づきかけた。
さあいよいよこれから俺だって・・という矢先につぶれた。
今も周囲の人間に対して過剰に神経をとがらせ無駄に・・
だから飯を食っているときに周囲の会話が必要以上に聞こえてきたり、誰もいないお店が素敵なんておかしなことを言っているんだろう。

この日昼は店名の頭にとんかつとオムライスの文字が来るお店で
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日替わり魚ランチ。
昼間っから刺身付き、ごはん一回お替り可。
イワシの刺身にシラスに鰤の塩焼きにフライはメダイだっけ。
刺身や焼き魚はもちろん美味いんだけど最後になっちゃって若干冷めかけてもいたフライが一口たべて白身のふわっとした美味さにびっくりした。
いくつかのランチの中で飛びぬけて安価なこれだけどでも一番手がかかっているようにも見えて、店主の主張がここにきているんじゃないかなと勝手に思った。
ベートーヴェンは交響曲という形態を他とは違う特別なものと考え9つの作品を残し、それはその後に続く者が大きな花を咲かせる原動力にもなった・・この魚ランチはきっと店主の交響曲で・・
こんなこと書くの好きだけどやっぱり読んでる人は馬鹿だと思うんでしょう?
とてもおいしかった。
お店の人にも笑顔で親切に接してもらえて・・そういうのが一番うれしいのね私は。
ありがとう。
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人の目を見据えながらこっちに来るから
遊んでくれるのかなと思ったら
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いっちゃった。
でも露骨に嫌な顔見せたりなんてしないのね。
ありがと。
何度も振り返りながら、
あんた・・
もってないんだろ?
なんか、
くいもんとか・・

歩いている間、

https://www.youtube.com/watch?v=OaO2qYsBS8M
頭の中でブルックナーの4番のフィナーレの一部分が繰り返し流れてた。
この曲思ったまま書いた最初のヴァージョンはあまりに前衛的過ぎ誰にも理解されなかったし今聴いてもすごい。
そんな誰も追いつけない未来みたいなところを行くこの人は同時に子供のころから慣れ親しんだんだろうかなり古い音楽に見られる手法を好んで使い倒すので同時にすごく古めかしくもあるところも面白いと思う。
旋律の音の上下を逆さに入れ替える反行形の多用もその一つで、
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頭で鳴ってたのはこの辺り。
木管がやってるのは第1主題の反行形で、オリジナルの第1主題がでっかく荘厳なものが天から地まで突きさし神が作った絶対的不変なものという感じなのに対しひっくり返ったこれは逆に地上の人間がなにかを望むというか目指すというか考えるというか・・でもふっと立ち止まってみるみたいな・・
で、
ながら聞きみたいのじゃなく聴き入るという意味での音楽を聴こうという気持ちがじばらくというかずーっと枯渇していた。
でも、また湧いてきた。
よかった。
いきててよかった。

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歪んだ認識と恥さらし

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楽器の練習はずっと譜面台の上に鏡を置いて・・
だけだったのだけれどまた曲の楽譜が乗ることになった。
やっと。とはいえまだまだ全然調子にのっ・・
こういうのずっと書いてるけど自分で自分の恥をさらしてるということでもあるんでしょうね。
でしょうねじゃなくてそう思ってるのに何で書くんだろうか?
私は子供のころから体の知覚と制御が異常なほどうまくできないらしく、周りが当たり前にできることができないことを自覚し周囲に晒され辱めを受けることを恐れ自分を人から隠すように生きてきた。それは今でも続いている。
そうじゃないと思うよう努めたけれどいつからか自分で自分は恥さらしでみっともない存在だというような固定観念が生まれ固着していると思う。
隠したためどこにも存在しない自分というものを私が誰かを知らない人しか見ないことが前提になるブログという場所に吐き出そうとしているのかなと・・

ちがうよ、いつか必ずできるようになると思ってるからだよ。

こんなのも誰かには失笑の対象なんだろうけど。
先日流氷を見れてない全然だめだ・・と書いたけれど
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写真を見ると次の年は結構な流氷が写ってるのね。
ダメじゃないじゃない。
なんでダメなことになっちゃってんのかな?
なんでも悪く考え記憶するようねじ曲がってるのかな。
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喜べばいいのに多分見てるそばからいいはずがないダメだと受けた印象をネガティブな方向に捻じ曲げるロジックみたいなのが動いていたと思う。
基本的に何に対してもそう感じ考えるようになってしまい、俺がいいはずがないできるはずがないと思い込んでいるから実際できなくなったりもする。
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こんな人間になった理由としてもう一つ考えていることについてここに書きたくてしょうがない気持ちもあったのだけど、その行為自体が恥さらしだと思うに至ったのでやめ。
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ブログを始めるとき、まずタイトルを考えてみると
ダメ人間の恥さらしとか馬鹿の糞・・みたいなのばかりがどんどんでてきて止まらないことに自分で気づきちょっとまずいなと思った。
せめてタイトルくらい肯定しようと思ったのがこれ。
まいいやそんなこと。
やりたいことがあるという事は幸せ。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=1470&v=ZVn5dshbpH0
ブルックナーの交響曲第7番の第2楽章は敬愛するワーグナーの死を・・とかは今いいとして
また物の捉え方がおかしいことを書いて恥を晒してみると、
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こういう3拍子で書かれている美しい第2主題。
私はそれを
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こういう4拍子の旋律として感じてしまい、今も頭で鳴らすとこうならんでしまう。
たまに小節線が思ってるのと違うところにあったりすることはあるけれど4拍子のつもりが3拍子だったなんてのは他にないから自分で驚いた。
3拍子の音楽を4拍子と誤認してる言えば
鯵はヒラメやカレイみたいな平べったい形の魚ですよ、海で泳いでいるところを見ました。
と真顔で言う人くらいな感じでしょう。
君、悪いことは言わないから音楽なんて言わずにただ黙っていなさい・・

こんなことをいえば鬼の首を取ったように馬鹿にして笑う人や高いところから正しい私が教えてあげましょうみたいな人がわらわら湧いてくるのも知ってる。
そう思うならこれも書かなけれないいのになんで書くのか。
は内緒。

ほんとはね、楽器やってて最近気づいた自分の身体的認知能力の異常みたいなのを具体的に書こうかと思ってたのね。
なんでもおかしくとらえる人・・みたいなの。
でもいいやそんなのどうでも。
やりたいことはそんなとこじゃないし。
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誰もいない世界でわずかに見えた明かりを見失いたくない。
おいかけますから消えないで。

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丁寧じゃないらしい暮らし

昔いかれてしまった頭がテレビの娯楽番組や最近だとSNSみたいなものを拒絶してしまうため誰でも知っているのかもしれない流行りものに知らないことが多い。
丁寧な暮らしというのはいい時間を大事に過ごすという事かと思ってた。
ふと検索してみたらどうもそうじゃなく一般的認識は雑誌かなんかが仕掛けインスタ映えと結びいてみたいな生活スタイルのことを指してたのね・・
それで何ということもないけれど。
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お正月三が日、どこ行っても混んでるだろうしそうでないところは開いてないだろう。
犬とゆっくり散歩がいいね。
しかし今年は霜が降りないな。
あ、農家の直売が正月早々開いてなんか売ってる。
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え、レモン?
丁寧な暮らしというのはこういうの見たら手作り何とかとか作っちゃうんでしょうか。
私にそんなのがあるわけはなく、なんだこれ?酸っぱそうだなとか思って終わっちゃった。
上の段にはイチゴもあったようだけど売り切れてた。
ここはイチゴを栽培農家だからきっとイチゴはとてもおいしいんでしょうね。
しかしレモンは何だろう庭に植えてあるとかかな?

嫁さんがマックに行きたいというので行ってみる。
丁寧な人はマックなんて間違えても言っちゃいけないんでしょうね。
予想に反して空いている席があるし注文待ちの列もなく、騒がしいような人もいなかった。
レシートを見るとビックマックのセットを頼んだつもりがチキンフィレオと印刷されている。
あれ、まちがってんのかな?
嫁さんもビックマックと言ってるのを聞いたというのでこれ違うよと言いに行くとさっきの人はオーダーを受けているところ。別な人に声をかけると間髪入れずに他にも間違いはないかということだけ聞いたうえですみません変更しますと対応してくれた。
差額の30円を出そうかと思うより前に此方の間違えですからいりませんという説明を聞き、マニュアルとか教育という言葉が頭に浮かぶ。
多数の客が押し寄せることからゴネ対応で時間を無駄にするリスクよりさっと終わらせる方がベストだということなのかな。
なんでもマニュアル化でいいのか?なんて思うこともあるけれど、ふて腐ってみせたり帰るまで私は悪くないなんて吐いてるような店員に遭遇したことを思い出すとマニュアル化も悪くないのか。
ちがうか、そんなんじゃなくて判断力とかのあるいい人に当たっただけなのかもしれない。
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まあ、確かに体に悪そうかな?特にポテトとか・・でもたまにならおいしいよね。
30円得したなんて言うとせこいみたいだけれど、昔一円玉を粗末に扱ってすぐにバチがあったったと感じたことがある。
そしてその後悔は今でも続いている。
お金を粗末にすると恐ろしいことになると思ってる。

勝手に外国へ逃げちゃった人は始めコントラバスのケースに入ってとかいう情報が流れてたのでハンバーガーを食べながら練習すればテューバのケースにも入れるかとかくだらないことを書こうと思ってた。
けどどうもコントラバスから違うみたいですね。
誰かがでかい楽器ケース=コントラバスと短絡的に発想して書いちゃっただけ?
あんまり丁寧じゃないですね。

https://www.youtube.com/watch?v=ZVn5dshbpH0
テューバといえば、なにそれ?あのブラバンでブーブー言ってるやつ?みたいな問いに笑顔でそうそうと言いながらなんとなく悲しかった思い出。
それはいいとして必要としている人にとって豊かに歌いながら支えるてコントラバスとチューバがどんなに愛おしく重要かみたいなことを書こうと思ってたけどめんどくさくなっちゃった。
全然丁寧じゃないですね。
この曲もそういう曲で、休み中に聴いた。
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休み最後の日、混んでいるところは嫌だという思いが先に立ってまたここに行ってしまった。
安定の誰もいない感。
でも明るくていい感じ。
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富士山も綺麗。
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クリスマスツリーはでっかい鏡餅に代わってた。
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静かなお店で心地よい時間。
これでいいよ。
お金を払おうとするとお年賀ですとタオルをもらった。
ありがとうございますの前に小さく毎度がついた。
ちょっと丁寧ですね。
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ずっと同じ所でおんなじおみくじを引いているけれど、10年以上ぶりに出た大吉。
ずーっと塞いでる感があるのでうれしかった。
今まで袋を開けるとおみくじとお守りが出てきていたのだけど、今年のはおみくじを書いたものがお守りの包み紙を兼ねるように変更されており原価低減的な・・神様を前にしていちいちそんなことを感じちゃいけません。
その後誰かのブログにレイアウトから文面から一字一句違わないおみくじの写真を見て神の言葉も所詮販売された印刷物なのかと冷めかけ・・ダメですそんなことじゃ。
最初に感じたよし、頑張ろうみたいな気持ちを大事にしないと。
お前今年は踏ん張ってみろと言われたんだから。
おみくじが結果じゃなくて、それを踏まえてこの1年どう生きるかでしょうね。
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誰も気に留めないような景色をゆーっくり愛でるとかは丁寧な暮らしじゃないの?
違いますとか言われそうですね。
いろんな人にいろんな考えがあると思うし、自分の考えに縛られすぎて他を一切受け入れられないとしたら全然豊かじゃないなとも思う。
だけど他人の言うこれが正しいんですよみたいなのとか流行りものに従う気はさらさらない暮らし。

Tag:ブルックナー  Trackback:0 comment:4 

ステーキと国宝

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特に行きたい店も行き先も思いつかないまま車で走っていて、たまたまあったお店に入った。
どちらかと言えば居酒屋で昼は定食という感じでしょうか?
でもメニューを見てるとちゃんと内容を持ったものを安価で出して喜ばせたい的な気概が伝わってくる。
カウンターだから作ってるところを見られるのがちょっと面白い・・と言えるほどは見えなかった。
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ご飯の量はと聞かれて大盛じゃなく普通といえた。
サーロインステーキなんて久しぶりだ。
今ファミレスだってすごく高いもんね。
おいしかったし、若い夫婦だろうか?お店の人の対応も気持ちよかった。
末永く繁盛しますように。

お店を出ると目の前の道路にあるお寺を示す標識が目に入った。
その大きさなどから並のお寺じゃないのは伝わってくる。
調べるとすぐ裏手にある小さなお寺にはなぜか国宝に指定された運慶作の仏像があるという。
そういえば最近テレビで全国にある運慶の作品の位置が地図に示されるとそのうちの一点がどう考えてもこの近くを示していて、はぁ?なんて驚いたんだった。
あれここなのか?奇遇ですな。みにいこう。
国宝とか運慶とかワードにつられてというのはちょっとあれかも知れないけどまあいいじゃない。

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ほんのちょっと歩くと山門が見えてきた。
カラー舗装になってたりしてただならぬ感じも。
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門をくぐると・・・予想したいきなり拝観料徴収な受付は見当たらない。
こんな所にそんなすごいものがあるわけな・・
見物風情な人が出てきたのを見て、ああやっぱり嘘ではないんだなと思う。
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あ、やっぱりお金払うのね。
ただいま10分待ちとか書いてあるのは御朱印だった。
1人・・なんて言ってみると俳優みたいなイケメンの外人が余裕の日本語で対応してくれた。
あなた誰なんですかなにやってるんですか?とか聞いてみたかったけれどできず。
戸を開け中へはいると・・
お堂の鉄筋コンクリート作りに若干の違和感を感じつつ一目でひきつけられる阿弥陀様。
目力というか、その表情にくぎ付けになりそうな毘沙門天と不動明王。
私にも普通じゃない何かを感じさせてくれる・・それ予備知識が入ってるからそうみえるだけじゃないの?・・とか誰も言ってないのにいちいち気にしちゃう辺りが今の自分の自信のなさみたいなのを表してる気もするか・・
ボランティアのガイドの方が先客へ熱心に説明中・・便乗して聴く。
運慶の若く脂ののったころ売れすぎて人をいっぱい使うようになる前のオリジナルな運慶作と言える仏さまが5体も・・
先客がどこかへ行くとガイドの人が今度は私に・・
折角だからいろいろ聴いてみる。
なんでこんなとこに?
は色々聞いてよくわかった。
本当は近くに住んでるんだからとっくにわかってなくちゃいけなかったのかも。
仏さまを見ると、その奥に宗教的、神秘的なものを感じ・・なんだけれど、教えてもらったいろんな背景からはそれとは全然別個にリアル人間の政治的背景とか職人とか、商品、商売みたいな要素も浮き彫りになってくるのね。
私は子供のころから1人妄想世界に閉じこもっていたせいか、音楽も人知を超えた神秘世界に存在するような変なとらえ方をしているところがあると思う。
音楽なんて言うのは人間の娯楽だったり曲芸みたいなもんであったり・・なのかもしれません。
ずれてたっていいんだけど、人からあなたおかしいですよなんて言われるとちょっといい気がしない。
そう思うと人と音楽について話さない方がいいということになり・・・あれ、なんでいつもこうなっちゃうんだろう?

撮影禁止なのは神聖な場所であるし当然だとなと思いながら、日本最古といいつつ写真撮り放題だった飛鳥寺の大仏様はものすごく太っ腹というかみんなのために的思想に支えられてるんだろうなとかなんとか思ってみたり。

https://www.youtube.com/watch?v=txQewxJBGg0
ブルックナーの5番は古風な巨大建築みたいでもあるけれど、
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第1楽章の第2主題部を聴いてると、
なんかこう枯山水的な趣を感じたり・・

ちょうど奈良のすごく古い寺院とかに行ってみたいという気持ちが妙に盛り上がってた。
興味を持ったからというのもあるけれど現実逃避したいみたいなのもあると思う。
逃げたってまたその日のうちに帰ってくるんだから・・
今傍目には非常にばかげた理由で自暴自棄になったりやっぱり頑張ろうと思ったり一人で馬鹿みたいに変動している。
今上がったところなので書いておくと、そんなに自分はダメで全部自分のせいだと思わなくていいと思う。周囲の反応を過剰に絶対的なものとして受け止めすぎ・・
しかし運慶作の仏像がこんな近所みたいなところに突然あったのは驚いた。
ステーキを目印に?急にそこへ行けたりすると誰かに導かれたのかなと思ったりもする。
誰かに導かれているのだとすると、生きている理由もあるのかもしれない。
誰にかわからないけどありがとう。

Tag:ブルックナー  Trackback:0 comment:2 

気にしすぎと犬と笛の音と神様

モーツァルトのピアノ協奏曲に戴冠式という愛称で呼ばれるものがあります。
今日はそういう・・でもモーツァルトは全然聴かないんだった。
天皇陛下は昔からヴィオラをやってて時々OBオケに入ったりしてましたね。
一度学生オケのコンサートに行ったことがあった。
演目的に無謀な挑戦で聴かせる音楽としては完成していなかったけれど、一生懸命な彼らがうらやましくなんにもできない自分が寂しかった。
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雨の間にちょっとだけ晴れ間。
どんな気分でも、青い空に白い雲っていいですよね。
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犬は加齢のためか遠くまで歩けなくなっちゃった。
あんなに当たり前のように来ていたここも久しぶり。
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台風で相当水位が上がったらしい川も今は元通り。
山が崩れていないから何年か前のように岩で埋め尽くされたりもしてない。
遠くからは御神輿の太鼓と笛の音・・
昔は国境だったこの川を挟みすぐそこに見える向こう側とは行き来もなくはよく知らない。
鳴らしているのは子供だな・・子供がいるのか・・
私のところは子供会は解散、御神輿もなくなってしまった。
他人事みたいだけど子供がいないのはうちだった。
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楽器の練習というか音を出していると犬がすっ飛んでくる。
一緒に吹いたりはしないけれどずっとそばにいて。
最近は練習行こうか?というと張り切ってその部屋へ突進する。
休憩しようと部屋から出ると吠えて呼び戻そうとする。
あんた何やってんのちゃんとやりなさいよ・・
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こういうことを書けば馬鹿だと思う人もいるでしょう。
真顔で犬がそんなことするわけないだろなんて説明し始める人もいる。
調子が良ければ気にならないそんなことで嫌な思いをしないよう書くのをやめようとか考えてしまうのはやっぱり気持ちが負けてるんでしょうね。
もう一つ書こうと思ったことはやめてしまった。
これが強くなってくると楽器もブログもやらない方のがいいという事になり、病的に進むと生きているのもやめた方がいいことになっていくと思う。
そうなんないように自分を肯定したくて楽器に挑戦をやってますとか書いても誰にも・・・
ああいいから音楽でも聴きましょう。

聴きごたえのある大規模な2重フーガをソナタ形式の中に埋め込み管弦楽化したブルックナーの交響曲第5番のフィナーレは音楽史上の記念碑みたいな音楽だと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=txQewxJBGg0

重厚なフーガと第2主題の再現を聞き終えて満足しかけたところに第1楽章の主題が返ってくるところの感動は・・とか言ってるといろんな要素が立体的な対位法で絡み合い始め・・
それは装飾的な構造が立体的に組み合わさって巨大な神殿を作っていくようなイメージがあって、最近は日本人だからか
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こんなイメージもあるのだけれど、
最終のコラールが登場する瞬間は完成した超巨大神殿の中が神の光で満たされるような感動があり、何度聞いてもそれを押さえることができない・・
でも、私自身がそうだったけれどこの音楽を把握理解していなければ古臭く訳の分かんない物置小屋みたいにしか聞こえないかもしれません。
そういうものだし、それでもいいの。
この西洋音楽の最高地点みたいな瞬間、
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いっしょにコラールをやってるのかと思いがちな笛は第1主題を刻む低弦に一拍遅れるエコーみたいなのをやっている。
ただ実際ここは金管にかき消されてほとんど聴こえて来ない。
これを最初の休符を含め単独で頭の中で鳴らしてみると
・・ピッピ・・ピッピピッピ・・ピッピピッピ・・とかいってなぜか日本の農村のお祭りみたい・・それがこの何日か頭の中でずっとなっちゃってて・・
ブルックナーのスコアにはこういう聞こえないけどなんかやってるというのが時々あると思う。
それを見て非効率なオーケストレーションとか言わなくていいと思う。
この人は神に向けて書いているから。
神様にはちゃんと全部聞こえているはず。

子供の頃、周囲でお祭りがあると行きたいと思った。
口に出すと何をバカげたことを言ってるんだと罵られながら殴られるという家だった。
何十年もたった今でも祭りという場に行くと精神が不安定化するこんな人間にもまだできることがあるはず。
うまくいかないと、救世主みたいなのが現れてくれるのを願ったりする。
けどそんなものあるわけがない。
嫁さんが現れたのがそれかもしれないけどな。
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あなたもですよ。


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神様とリードと発達性協調運動障害

暗い海を眺めていると急に
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あそこに神様がいるんじゃないか。
その光はだんだん此方へ広がってきて
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私に触れてくれ・・・
昔、目の前に現れた小さな光を見ながら子供じゃないんだいつまでもそんなこと考えてるのはおかしいと自分に言い聞かせた。
あったはずの光は消えどこを探しても見つからない。そしてその直後から数年間私の頭はいかれた。
不思議ちゃんアピールじゃなくて悔やんでも悔やみきれない恐ろしい記憶。
その後も引きずられ、引きずり続けている。でも今言いたいのはそれじゃなくて。
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リード育てまくり。
全然ダメな私でもリード個体によって吹き心地が全く異なることはわかるので。
いちいち全然ダメって書かずにいられないのはそうなりたくてなったのではないし、長年にわたって染みついたものでそうそう変えられるものではない。
簡単にそういうところがイラつくなんて言われた日は・・

水に数秒つけて丸一日乾かし・・みたいなのをくり返していく。
ちょっと試し吹きしてみるともうものすごくよく鳴るものがいると思えばちょっとこれはつかえないかな?みたいなのも。お前は俺か。
他より遅くても少しづつ育ってよいものを見せてくれるかもしれないから、ここですぐにお前はいらないから消えろなんて言わない。
ここでなんでお前はそうなんだ!っとやられることを繰り返すと、そうなる前に自分から消えようとしたり、何も起こらないよう何もないところへ逃避していようとするようになる。そして自分はいないほうがいいという結論に至る。
まだ自分が子供の時点で俺は子供を作ったらいけないんだと考えていたことを時々思い出す。

自分に子育てというのはないと悟った数年前この人生に何の意味があるのか?という気持ちが抑えられなくなり家を飛び出した。
あてもなく列車に乗って放浪している間、昔自分には無理でやってはいけないのだと諦めた逃げた夢の続きが頭に浮かんでいた。
突然、ごちゃごちゃ言ってないでお前やれよと自分の口が勝手に動いた。
誰かが私に強く伝えてきたんだと感じた。
誰かというのを明確にする必要はないけれど文書の都合上仮に神様と書こうと思う。私が勝手に感じることで特定の宗教上の神を差すものではなくて。
その神様は時々メッセージをくれて私を導いてくれている。
でも、決して手助けはしてくれない。
Dcdだから助けてくださいなんて言っても不思議な力でできないものをできるようにしてなんかくれない。
当たり前だけど。
ダメな自分が練習して、ダメならダメ、やめなければ続く・・ただそれだけ。
詳細までは教えてくれないので飛び込む先を間違えたり、勢い余ってとんでもない金額の楽器を買って無駄にしてしまったりとか間違えもあったけれどそれすらも通るべき筋書きだったのかもなと思う。

それで今回のレッスンは、
ずっと練習してて調子が良かったのでいけるかななんて思ったりもした。
当日午後の勤務中から緊張しているのか胃のあたりが重くなり、帰宅してちょっと吹いてみるとあれ?・・
でレッスンはまたガタガタで先生も怒り切れない。
楽器を片付けながら・・
あなたは曲は吹けていて、どんどん吹けるようになっていくタイプの人だと思うんです。なのに音が出せるようにならないというとても珍しい人です。
そういう人はほかにいませんか?
そんな人見たことないし理解もできないから教えることもできないし、正直困ったなと思ってます・・・

匙を投げたともとれる発言なのにショックより我が意を得たり!なんて思ってる俺もどうかと思うけど、私は私なのでみんなに首をかしげられるみたことのない人間を40年以上も見続けてきた。
そして最近Dcd発達性協調運動障害というのがそこを客観的に説明してくれることを知り、革命的に自分理解が進んだ。
楽器に限らず動作を伴うあらゆることがそんなだから、物心ついたあたりから 出来損ないだのおかしいだの死ねだの言われながら生きる過程で自尊心は低下し自己否定と自己嫌悪を強く抱えた人間となったことを自覚している。
10代後半で街中が自分を知っていて嗚咽や唾をかけてくるようになり、私自身は二人いて今のこの自我は汚れ役の方だと本気で思っていた・・のは血筋からくる統合失調症かとも考えたけれど、なぜああなったのかの説明もできる気がしてきた。

この人生を私は失敗としてとらえているけれど、このまま終わるのは悲しいとも思う。
自分の大好きな音楽、楽器を通してその歪みを取り返してから死にたいと思う。
誰にどう思われようと何を言われようと、どれだけ時間がかかろうと
神様がお前それやってみろと言ってるんだから。

そういえば先生も、
あなたは今吹けないからと言って悲観しないでください
と言ってた気がする。
2重奏の楽譜を用意してもってきますからと言っていてくれたのは肯定的な話で見捨てられたのはないといちいち考えて頭に教え込まなくちゃならないところがあれだけど。
もうずっと昔から物事を悲観的にしかとらえられない思考から逃れられないけれど、今回こそはめげないし投げだしませんよ。
先生にDCDなんて言ったって仕方がない。ただ、がんばります!と言って帰ってくるだけ。
そして実際頑張るから。

ブルックナーという作曲家が歴史に残るような大失敗や無視、誹謗中傷にめげず作曲を続けられたのは、凡人の感覚や理解を超越した究極的な聴衆としての神を意識していたからだと思う。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=1678&v=TB1kDa8owYE

交響曲第8番のAdagio
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作曲家が変ニ長調で曲を書いているときはそこに天国的な美しさがあり自然の美しさとは違うものを感じている事が多いと思う。この後さらに結構不思議な転調を繰り返してしていて・・
冒頭から続くわざと不明確に聞こえるようぼかされたような弦楽器の波は、リアル海というより・・あの人カトリックだけど・・仏教でいうと蓮の花の浮かぶ池みたいな・・これもよく見れば彼が好んで使ったブルックナーリズムというものの変形なのであって、宗教画の中に画家が自画像を忍ばせているのに似てる気もする。
でも9番のAdagioみたいに自分が臨死体験的な世界まで行っちゃっているんじゃなく地上から神のいる世界を見ているような気がする。
その後チェロとビオラが歌う歌は地上の人間のリアル苦悩みたいなものを感じたりして・・
大きなクライマックスを経て終結へむかうコーダは不思議なことにもう天国ではなく丘の上に立ち雨上がりの夕日を見ているようなオレンジ色のイメージを私は感じる。
この曲は現世で一生延命いきてる人の音楽なんだ。

話的には関係ないけれどこの盤、録音された年代や状況から考えると非常識なほど音質が悪いことでも有名。とは言えそれでも聴きたいと思わせる演奏が録音されたためいまでも廃盤にならずにいる。Youtubeで聴いてる分にはわからないかもしれない。
コントラバスは実音よりオクターブ高く記譜するのだけど、そういう話じゃなくてこの盤や同じ指揮者の別な演奏を聞いてもコントラバスを楽譜よりオクターブ下げて弾かせているように聴こえる。楽譜と違う事をやることには批判もあるだろう、でもやりたいことというか言いたいことはわかる気がする。

ブログに私はDCDですなんて書いても馬鹿にされるか笑われるだけかもしれません。そもそも誰も読んでないかもしれない。
でもいいのこの記事を書く理由を私も持っているから。
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夜中に窓の外を見たら星が光ってんのね。
嫁さんが買ってきた百均の星に癒される。
雨が止んだら練習場いこう。
また練習しよ。

Tag:ブルックナー  Trackback:0 comment:4 

ラーメンと花と電車と人生

この日、いい歳して気分はしょげ気味。
若干投げやりな頭の中にある中華料理屋が浮かんだ。
ちょっと遠くわざわざ行くのはどうかというくらいの距離。
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でもこの現場事務所みたいなプレハブの外観が面白いと思って。
駐車場には結構な車。美味しいってことでしょうか?
同じ駐車場には仮設トイレみたいなものが常設化されていてまたちょっとそれっぽい。
そういえば子供のころバスの廃車体を使ったバスラーメンというのがあって何だか知らないけどすごく行ってみたかったのを思い出した。行こうと思ったって無くなっちゃえばいけないよな。
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入るとたくさんいたお客さんはちょうど終わって出ていくようなところ。
内装はきれいに仕上げてあって仮設な感じじゃない。お店の人も普通にいい感じ。
2920.png
おいしそうじゃない。
半チャーハンにしないと多すぎるかな?と思ったけどちょうどいいくらい。
単品だとちょっと足りないかな。
変わったことなんか何にもしてないおいしいラーメンとチャーハン。
でもこれがいいよ。
流行りの新興勢力的なラーメン屋にもいろいろいってみたけど何時頃からかギトギト油とか強い味でみたいなのは味以前に体が逃げるようになっちゃった。あと15年早く出てきてくれれば楽しかったんだろうと思うけどなぁ。
今はこんな素朴なラーメンのがいいよ。
これも美味しいけどスープ濃いなもう少し薄味でもいいけどとか思っちゃう俺は歳食ったというか高血圧。
ラーメンなんかでも食いたいと思ったらその時食っとかないとだめなのね。
やりたいことが今あるのなら、けなされようが邪魔されようがやっとかないともうその人生にそれはないのかも。
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さほど遠くないところには私鉄の無人駅
あんなのいなかったよな新しい車両入れたのか。
2924.png
終着駅ですね。
あの家の人怖くないのかな?そういうこと言っちゃいけないのか。
あの先へ延伸する計画もあったけれど資金難でとん挫したらしい。
計画というかうわさ通り沼津まで到達していたらどうなっていたかなぁ・・と思うけれど資金難というのは客観的にみて投資しても絶対うまくいかないよそんなのということなんでしょう?
でもその架空の展開を想像し始めると面白くて止まらなくなる。
鉄道の開通でで沿線は急速に宅地化し通学需要で・・とか。
クラシック音楽にも素晴らしい作品なのに未完のままになってしまった曲があって、ああでもないこうでもないと補完していくことはとても楽しく、でもはがゆく、時にむなしく寂しい、でもやめられなくなったり。

経営的にはかなり厳しいようだけれど本数はそこそこあって、ボーっとしてる間にも何本かの電車がやってくる。
18切符のシーズンなのかそれ系な人が降りてきてでっかいカメラで駅の写真を撮って戻ってゆく。
のんびり走ってゆく電車。
時折、
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新幹線が轟音を立てて、でも滑らかにスーっと通り過ぎてゆく。
同じ鉄道なのに規模もスピードも何もかも全然違うのね。
違っていいしみんな同じだったらかえっておかしいですよね。

蔑むような顔でこれ見よがしに
同じ歳なのになんでこうもちがうのか?
そう言われて悔しさから奮起し登ってゆくみたいなのが正しいストーリーなんだろうけど。
嫌な人だなくらいにしか思えなかったのでこんなになちゃった。

この日、久しぶりになんで自分だけできないの?とか言っちゃってたりして。
で、なんとなく頭の中にはブルックナーの8番。
苦難を暗示するような暗い開始から、長い時間を経てこの
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輝かしい終結へ・・

ブルックナーの音楽というのはベートーヴェンやブラームス、マーラーみたいに人間個人の強い意志によって苦難を乗り越え苦悩を打ち破り・・という音楽ではないと思う。
この世の自然も、人間も、人の歩みや死、いいことも悪いこともみんなそのまま受け止め描き出し、自分の感じるこの世のありようを神に報告する。
そういう音楽だと思う。
とはいえ、全楽章のテーマが集まりこの世の全てが神の光に照らされたようなあの奇跡のコーダを聴くと、俺だってまだまだ頑張って生きてやるとかなんとか思いますよ。
ブルックナーは度重なる演奏拒否や音楽史残る初演の大失敗なども結構有名。
大失敗な頃もう結構な年齢だったりして、でもめげずに奮起し続けそこから不動の高みみたいなところまで登っていった。
その印象とこの曲も重なって見えたのかなぁこの時は。

この次の9番というのも深く重い内容を持った他の誰にも書けないような音楽なのであるけれど、それだけに作者は書きかけたフィナーレに満足できず足踏みをしており、完成を見る前に亡くなってしまった。
だから8番は最終結論を聴くことのできる彼の最後の交響曲。
8番はというか8番も、初演を託そうとした指揮者に酷評されて精神的にかなりめげてしまった話が有名。そういうのを読んでると何だかその酷評した人がとても悪い奴のように読めることがあるけどそれは間違いだと思う。
それでよしとされてたら数度演奏されてそれっきりお蔵入りだったかもしれない。

今じゃブルックナーはオタクみたいなファンがたくさんいて版の問題や演奏論なんか始まれば止まらない状況だけど、いろんな本を読んでるとどうも50年くらい前までは日本じゃマイナーな作曲家だったみたいだ。
現在普通に演奏される改訂された稿はまた異なる版が両方生きていたりという問題があるのもこの人らしいのか。大改訂によって、開始から終結へ向けた大きな流れを妨げるような動きを排除し、ストーリー的なものを聴き手にわかりやすく感じさせるような配慮がなされいる。そう考えると個人的にハース版は作者の意図を帳消しにしている部分がある気もする。でもノヴァーク版でもどっちでもいいよ。両方聴きゃいいんだよ。
ダメだよと言われた初稿は流れよりも形式、構造を優先していたり、オルガン的な極端な場面転換などの神への奉納音楽みたいな要素を強く持ったいつものブルックナーの音楽だった。改訂稿では暗く沈んでゆくことになった第1楽章のおしまいにとってつけたような輝かしいコーダがあることなんかは有名でしょう。今じゃいろんな音源が聴けるんだろうし、ネット上に楽譜もあった。

初稿を問題視した人の指摘には構造的な問題もあっただろうけど、管弦楽法の扱いに対してこんなの弾けるわけねーだろみたいなのもあったと思う。
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初稿のスコアを見てて笑うのがこのコントラバス。
ストラヴィンスキーのスコアにこういうのがあっても驚かないというかやっぱり驚きそうだけど、ブルックナーのこの音楽はこんなのが出てくるような世界じゃないと思う。
いつも現場の最前線にいたマーラーのスコアは全員ソリストみたいだけどこんなのは絶対に出てこない。
あえて狙った3番の絞るような高い音とか、4番でハ音記号というのはあるけれど。


https://www.youtube.com/watch?v=ufqC1LCpHV4
昔、ブーレーズのブル8が出るとか聞いたときはネタかと思いました。
でも買って聞いてみたら意外に普通というかちゃんとした演奏で驚いた。作曲家だからハース版は拒絶するのかと思ったのにハース版で驚いた。
先程久しぶりに聴いてみると・・これ見よがしにさらっと終わっちゃうんだろうと思った終結で思い切りテンポを落としてるのでまた驚いた・・確かに楽譜にもリタルダンドって書いてあるけどそれ以上ですよね。
ああ、この人この音楽が好きなんだなぁ・・

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いいね!お花。
花の名前もわかんないけど・・

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心がしょげちゃってるようなときはほんとに・・
人の笑顔に縁もないけど、
花の笑顔がしみるね。

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貨物で食ってたこの鉄道は貨物取扱全面廃止でかなり厳しく、補助金打ち切られたら終わりという話のようだ。
でも、中古の中古とは言え新車も入ったんたんだし、
花壇に綺麗なお花を世話してくれる人たちがいるみたい。
こういう花って人が手間や熱意や愛情を入れてることの証だもんね。
できるだけ長くこの鉄道ががんばれますように。

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新しいテプラみたいなので4ノッチ投入厳禁
電流食いすぎて変電所で遮断機が落ちちゃうからとか?

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のどかな時間。
聞こえてくる踏切の警報音は電子音とかじゃなくて回転するハンマーがゴングをたたくようなチンチンチンという音。
私のレールが奇跡のコーダへつながっているとは思えないけれど、
レールがあるんなら、ゆっくりでも走ればいいでしょ。
レールもないかもしれないけど自転車と同じで進んでれば倒れないだろう。
小さな花くらい見ることができるかもしれないじゃない。
細々過ぎて厳しい状況かもしれないけどまだ廃止しないでください。


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見たもの聞いたもの

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今年はよい紅葉は見れないのかもなと思っていたけれど

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某所で見ることができました。
理由は書けないけれどこの時少し緊張している。
自由にニコニコな状況ではなかったけどでも写真撮っちゃった。

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自然の山じゃなくて、多分人の手がかなり入っている恵まれた木々。
恵まれてるとか大きなお世話か。

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口笛の音みたいな雲だよね。
なんか名前があるんだろう。
昔図鑑か何かでみたような。

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天気がいいから外でパン食ったりして
予想より寒くてめげかける。


https://www.youtube.com/watch?v=OaO2qYsBS8M&t=1130s

森を散歩しているようなとか言われる音楽けど、
主役で歌うチェロやビオラの歌声がお爺さんの一人語りみたいに聴こえなくもない。
この曲、何度かの改訂を経て最初に完成した姿からは別な曲みたいになっちゃっていることがよく知られています。
100年以上たってやっと一部の人が面白がり始めた初稿はとてつもない前衛と豚小屋の前に咲く小さな白い花みたいな超絶素朴田舎音楽が同居していて・・そりゃ受け入れられなくて当然だろう。
その一番初めの楽譜を見ると・・おじいさんの語りはもうそこにあった。


あるところで人の会話が聞こえてきた。
仲間の癌が発覚したという。
実は前々から色々な自覚症状が出ており、周囲は癌の可能性を考えしかるべき病院へ行くように促していたようだ。
ただ当人は個人的に知り合いだという町医者を強く信頼しておりその病院にだけかかっていた。
さらによく聞くとかかっていたのは信頼している医者の息子さんの方みたいだ。
自覚症状を訴えているのに特に何の進展もないその状況に周囲がいい加減にしろと強く忠告し、別な病院へ行ったところすぐに癌だとわかったみたいな話しである。
当然その医師はひどい批判の対象となっていた訳だけれど、その人は私が毎月診てもらっている先生でもあるわけだ。
私もその病院、今の先生の親父に命を助けてもらったという思いがあるからそこに通っているわけだけど、あの先生にかかていれば大丈夫みたいな考えは何の根拠もない夢みたいなもんなんだろうな。
降圧剤をもらいに私がそこへ行くので嫁さんも同じ先生にかかりに行くのだけれど、何を言っても様子を見ましょうとしか言わず根本的な解決につながらないというような不満を漏らしていた。
そうだな、他へ行けって言った方がいいかもな。


回覧板を次の家へもっていったところ玄関先に幼児が乗る玩具が置いてあった。孫が来るのが楽しみなんだね。
ギターが聞こえてきてあの赤ん坊がもうそんな歳になったのかと驚いたのが昨日みたいだけどな。
立派になったらしい親父がまだヨチヨチ歩きだったのを眺めながら中学へ通ったのを思い出す。
あの頃もうクラシックを聴いていたけれど、バッハから始まってベートーベンとかブラームスくらいまでか。
マーラーなんてまだ知らなかったし、聴いてもわからなかったと思う。
レコード屋がくれたカタログにいろんなCDがジャケット写真付きで乗っていたのを毎日眺めて・・いがぐり頭のブルックナーという作曲家がいるらしいことは知ってた。同じような禿げ頭のシベリウスとちょっと混同してもいた。
「ロマンティック」なんていう愛称がついた交響曲を聴いてみたのはでもずっと後のこと。
バラの香りがするような曲だろうと思っていたけれど初めて聴いての感想は、家の近所みたいな牛舎や豚舎の匂いがする田舎の風景だと思った。

順風満帆に見える他人の人生なんて気にしても何も得られないのはわかっていますが、でも気にしてしまうのも人間でしょう。
なんとなく知っているある人がなくなったことを知るがその年齢まで私もうもう15年もないことに気付く。
もう若くない体はもういいやなんて思えば癌を呼んで自滅すると思う。
それじゃいけないと思う。

ブルックナーは72で亡くなったようだ。
100年前の人としてはかなり長生きなのかな。
彼は結婚しなかったし子もいない。
でも人間よりはるかに長生きするいくつもの作品を生み出し、さらに生み出そうという意欲があった。
人間には生きる理由が必要だと思う。


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今回犬は結構歩こうとしてくれた。
でもやっぱり様子がおかしい。
急に体にガタが来てるのかな?
ちょっと寂しいけれど

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何があろうと俺の大切な家族だから。

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この赤は花じゃなくて実が入ってた入れ物
鳥にアピールしてるんでしょう?
ばんばん食っちゃってーって。

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夕日もきれい。
小さないい世界。

Tag:ブルックナー  Trackback:0 comment:4 

素敵なお店と他人の会話から


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富士山って、実はどんどん崩壊しているんですよね。
それもよくある何万年とかいうスケールじゃなくて100年とか200年で山の形が崩れちゃうような超絶スピードなんじゃなかったか。
全部きれいに見えている姿よりもこんな一瞬だけちらっと見えたほうがインパクトあるよね。

このあたりの地図上に発見した別荘地の中にあるカフェにいってみたら予約でいっぱいなんだよと門前払い。
ああまあそうでしょうね。
いいよじゃまたあそこいこ。

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牛さんでも眺めて。
あの餌ラップサイレージとか言って発酵させてあるんですよね。
がっついてるところを見るとおいしいのかな?結構くっせー。

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夏の手前に来ていい感じだったこのお店にまた来てみた。
人間嫌いだから車があんまりいっぱい停まってるようだったらやめようと思ったけど、まあいいかないうくらい。
ランチと言いかけるとあー今日はもうおわっちゃって・・
そ、そうですか。よくあるパターンに乗ってんな今日も・・
あ、でも二人分くらいなら何とかなるよ・・ポークソテーでいい?
あ、はい!
とメニューと違う内容でランチを作ってもらえることになった。
何だかうれしいねそういうの。

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今日はテラス席にしてみる。
テラスだけど農業用ビニールみたいなのが貼ってあって、日が差せば温室みたいな素敵な空間だ。

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なんかこう、ドイツとかデンマークみたいじゃない?
行ったことないしどんなかも知らないけど。

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あれ薪ストーブかな。
いるだけでうれしくなるような素敵な空間だ。

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すごくおいしいランチをニコニコで食う。
・・・と向こうの席のおっさんのでっかい声が耳に入り始める。

とても優秀な人間が集まっているんです。僕全員知ってます・・
・・なんだまた私はすごい系か・・

今日は2時に起きて仕事をして・・
僕はアメリカで開業して人を何人も使ってるんだけど・・・
もうアメリカに帰るんだけど・・・

話し相手は50代くらいの女性。
聞いてると旧知の仲じゃなく今日知り合ったばかりみたいだ。
アメリカで開業して成功したようなのが何でこんな田舎で飯食ってんだ・・
どうもなんか同じセミナーかなんかに今日行ったらしい。そういうのの会場が田舎のホテルか研修所というのはありそうだもんね。

娘は大学で心理学をやっているのでとても話が合うんです・・
俺は心理学にもたけて専門家並みだとか言いたいんでしょ?

晩御飯も食べに行っちゃう?
なんだナンパかよ。

多分女性もそこそこの稼ぎがある気がする。
そんなエリートならこんなとこじゃなくて別荘地の予約でいっぱいみたいなとこに行けばいいんじゃないの?
しかしほんとにそんなに優秀ならあんなに一言一言僕はすごいですよ!みたいな口きくかなぁ・・

私の頭にあることが浮かんだ。
髪の毛もびしっと決めたあのおっさん、持ってそうな中年女性を狙った詐欺とかじゃないのか?
最初のアプローチだろこれ・・

そんなわけないんだろうけど。
異性とか初対面の人の前で自分をよく見せようと思うのは当たり前なのかもしれない。
受け手にとってもそれは自分への好意の裏返しであるから傍から見るほど嫌なものじゃないのかもしれない。
幼いころそれは人として恥ずかしくまちがったことだと教えられた。
でも、そんな考えも間違っているような気もする。
あれでいいんだろう。

あの騙されているように見える女性の方も実はグルで騙されているのは俺だったりして。
何言ってんだ怒られちゃうな。
せっかくのランチをおっさんの僕すごいよアピールに邪魔されても・・・そんなもの一切を包み込む秋の優しく温かい日差しとブラームスのヴァイオリン協奏曲みたいな外の景色。
いいねー。

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デザートもついてくるんだよね。
今日はシフォンケーキだった。
ここいいところだなぁ・・


https://www.youtube.com/watch?time_continue=1215&v=OcjCLs2BEpA

ドイツ・オーストリアとかいってみたいけどなぁ・・
とりあえずここでいいや。
またこよう。

ブルックナーの交響曲第3番はワーグナーという愛称で呼ばれることがなくもない。
これと2番のスコアを見てもらい、ワーグナーが特に気に入った3番を献呈したからだ。
これに限らずブルックナーの各種エピソードを読むとどれも彼について不当に低くというか下手をすればちょっと頭のたりない人位のイメージで描かれている。カリカチュアなんかを見ても当時からそのようなとらえ方があったのがわかる。
何が事実か知らないしそう取られるようなものを持っている人ではあったんだろうけど、ほんとにそんなならワーグナーがスコアに目を通してくれるわけがないし、彼自身もウィーンの音楽大学で教授になったりするわけないだろう。
どうもクラシック音楽のまことしやかに語られる伝説は面白半分の誇張が過ぎる気がする。
そしてまた人って、集団で誰かを陥れ馬鹿にするのが大好きだもんね。



6869.png
このお店は多分建物も手作りだ。
建て増ししている部分は夏前に来た時より若干進展していた。
もう冬の日差しみたいだなぁ・・

またきましょう。


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生きる

数日前からつくつくぼうしが盛大に鳴くようになりました。
いつもより少し早いかなという印象。
もう夏も後半ですね。

去年も書いた気がしますが私の父方の祖父は硫黄島で亡くなりました。
戦死という言葉は他人事みたいで身内に使っていいかわからない。
曾祖母と祖母が守る家に南の方角から突進してきた光の玉が障子を突き抜け音を立てて仏壇へ飛び込むのをみたと祖母から聞きました。
亡くなるとすぐ家へ帰ってきたというだけでなく、戻ってきたと知らせたんだろうと思っている。
優しい人だったらしいから。
祖父は30歳だったと思う。
私の父は2歳くらいか、当然その後を見届けられなかったし私のことも知らない。
私にとっても祖父は遠い存在であり、この時期にふと思い出す程度かもしれません。
今の私の行いや考えをどこかで見ているだろうか?
どう思っているだろうか?
怒っているかもしれない。

私は人を何人も殺すような事故を起こしかけたとき、奇跡のようなことが起こってそれを免れた。
本当ならそこで私の人生は破滅していたはずだと思う。
状況を理解した瞬間、先祖の誰かが助けてくれたと感じた。
誰だったかはわからないけれど、もう誰だったかは問題でない気もする。

世の中全体が私をさげすみ罵っていると思ったこともあるし、私が死んでも誰も困らないと思う事もあるけれど
あの事を思い出すたびに私は生きていていいし、生きなければならないと思う。
生きられることがどんなに幸せな事かは、もう生きることができないと悟ったときに嫌と言うほどわからされるだろう。
それをいろんな形で私にも教えようとしてくれている。
子がない人間はで弱気になるとすぐ病気になりし死は意外に近いところでまっているのではないかと感ずる。
弱気な事ばっかり書いているけれど、それではいけないと思う。
これから少しでも立て直したい。
死ぬまでに何か一つでもこれをやったと思えるようにしたい。

しかし私は死んだらどこへ帰ればいいんだろう?
サントリーホールの客席にと思ったけれど、毎回好きな曲やってくれるわけじゃないしな。

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犬が、迎えに来てくれると信じている。
嫁とも落ち合えたら3人で花の咲いてるようなところをプラプラ歩いていられればいいなと思う・

でもそんな話はずっと先のこととしたい。
あんまり書いちゃいけないと思うけれど私は個人的に知り合いだった生命保険の担当者と絶交状態になってしまったので何かあっても連絡しづらい。
これはきっとそんなもん使わないようにしろというどこかからのメッセージなんだと考えれば勇気もわくし楽になる。
俺は死なないし病気もしねーぞ。

全然関係ないけれど昔知り合いよくしてくれた人が突然教えてくれた。
その人は危険な出産で昏睡状態となり臨死体験をしたという。
嘘を言って気を引くような人ではなかったのと偶然では済まないいくつかの要素が絡んでいたその話が忘れられない。
人様のことなので詳細は書かないけれど、

この曲を聴くと思いだす。

未完に終わった後続楽章を残された素材から補筆し演奏するという事も行われている。
それについて何か書くと食って掛かったようなコメントが来そうで嫌だけれど、
あれは違うと思っている。

本当の4楽章はあの世で初めて着想し完成されたと思う。

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プロフィール

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Author:unagi
結構さみしいけど結構楽しいよ。
クラシック音楽が好きです。

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