静かなところでいらんこと言わずに

連休であるけれどどこかへ行こうとも思えず近くの定食屋へ。
お歳を召した方が集まりでっかい声で盛り上がる内容は体の不調と医者の悪口・・だけど毒がないのね。ちゃんとフォローがあったり。
聴いててああ嫌だなここにいたくないなとか思わない。
むしろつられて笑いそうになる。
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この前回と違い二人ともてんこ盛りのご飯が来て、嫁さんが食いきれない分をこっちへ分けてくるから・・
さすがに多いよこれ。
まーきれいに食べてくれてありがとうという声を後ろに聞きつつ、どこいこうか?
買い物に行く気もしない。
ドライブったって・・あそうだ
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子供のころには牛や豚を飼ってる農家が近くにもあったよな。
まだこんなのが残っていた山の中へきたのは農家のカフェへ行ってみたかったから。
いつ頃からだったかグーグルマップ上からその存在が消えてた。
感染症問題か別な理由かでもうやめてしまったんだろうか・・
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と思ったけど看板も出てるし
明かりが灯って旗も立って
よかった、やってるじゃない。
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はいそうですね。
さっき大量に食ったばっかりだからそんなになんか食えるわけじゃないけど
何かちょっと飲ませてもらおうか。
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お客さん誰もいないのは時間のせいかな。
マップから表示消えたことと関係あるだろうか?
連休なのに静かで私にとっては最高だけど。
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冷たいお茶がきれい。
BGMでクラシック音楽が・・
クラシック音楽も色々で真っ暗で重い曲を聴くのが好きだけどだけどそんなのがBGMで流れてたらお店はつぶれちゃうだろう。流れてるのは親子で親しむクラシック名曲コンサートみたいなのでやりそうなのが並んだあの感じ。
でも喫茶店なんかでよく聞く安っぽいアレンジの入ったあの感じじゃなく演奏自体はかなりちゃんとしており聴いてていい感じ。
なんとなく雰囲気がそうなってればいいという理由で流れているのか、オーナーがこういうのが好きだから流しているのか・・
嫁さんは後者じゃないかという。
そういえば以前来たときは吹奏楽のなんかがずっと流れてたよな。
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冷房が効いて涼しいけれど窓は開けてあり換気されてる。
梅雨が明けるとまたお店はいろいろ大変かもな。

涼しくて静かでとてもいい気分で音楽を聴いてるとあろうことか大序曲1812年が流れ出した。
確かにファミリーコンサートなんかでやりそうな音楽だけど、曲のおしまいにある祝砲や街中で鳴り響く鐘の音という場面でほんとに大砲を鳴らしてバカ騒ぎ的に喜んだりすることのある曲だ。そこを批判的にとらえて大駄作と見下す人も多い。
でも、それはそういう側面にばっかり目が行ってる結果であって落ち着いた眼で見ると主部なんかよくかけてていい曲だとも思うけどなぁ。
チャイコフスキー自身もこれはくだらない作品だとか言ってたらしいけど、これに限らず作曲家が自作について語った言葉を真に受けてはいけないと思う。
そんなことよりこの静かなお店があの音楽で満たされるのかと思うと・・
チャイコフスキーの音楽の特色はいくつもあるけどその一つの大きな要素として、リズムパターンをちょっとずらすことにより緊張と面白さを生じさせたリズムアタックみたいな場面があると思う。
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楽譜上楽器としてCanonって書いちゃってあるのが笑うでしょう?
この曲大砲はリズムアタック的に歌っているだけでなくシンバルとの掛け合いみたいなものが生じて非常に面白いことになってる。
大砲なんて持ってこないで普通に大太鼓をたたかせても十分聞けるまさに天才作曲家の・・
で流れてくる音楽が最初の大砲炸裂な場面に差し掛かると、
はぁ?
大砲をリアルにやるはいいけど楽譜のリズムを無視し安っぽい演劇の効果音みたいにランダムな大砲の音がミキシングされて・・
台無しじゃない・・
なんていわない。書いてるけど。
私はそう思ったけどそうは思わずそれが好きな人もいるでしょう。
自分の好みと合わないものを聴くと、逆に自分は何がどうして好きなのかに気付かされたりするのね。

https://www.youtube.com/watch?v=8B5PSAD0QyY
この曲もクラシックに目覚めてすぐの夏休みにラジオで知り、同級生の親が買って聞かないままの全集からロリン・マゼールがウィーンフィルを振ったやつをテープにダビングしてもらった。
大砲は実砲じゃなくてシンセサイザーによるというのが1980年録音という感じですね。
たまたま持ってるいくつかの盤もそれ系であのころ流行ったんでしょうね。CDが出る直前、針を飛ばさずに再生できるか?みたいな頃、・・シンセサイザーってのもなんだかものすごいものみたいな頃。
いまクラシック音楽の録音にシンセサイザーな音がミキシングされてたりしたらかなり安っぽい印象になっちゃうだろうけど今とは違う背景の上に作られたものに文句を感じることもない。
鐘もどっかのリアル録音をミキシングしてるけど今聞くとちょっとわざとらしく聞こえないでもない。
でも駄目だとまでは思わないか。
合唱が出てくるのはいい感じ・・
と文句っぽく書いたけど昔散々聞いて刷り込まれてた盤なので愛着があったりして。

昔アマオケのコンサートでこの曲を聴いたときには2台の大太鼓が素晴らしい効果を上げていてリアル大砲とか変な効果音なんか全然いらないことを証明して聴かせてくれた。
その時チューブラーベルを狂ったように連打しているのも2台の大太鼓を爆打しているのも学ランとセーラー服を着た中学生の吹奏楽部員であった。
行きたくないけど付き合いで嫌々行った市民音楽祭みたいなのであったのだけど、
そんなコーダにうっかり感動した思い出。

実際、そんな大音量じゃないので何事もなかったかのように次の曲が流れ出す。
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コーヒーフロートでもいただきましょう。
何年ぶりだろう?
黒蜜ゼリーだったかお菓子もくれた。
その後は月の光とか亡き王女のための・・とかしばらく静かでいい曲が続いてた。
お店の人に話しかけようかなとちょっと思ったけどやめた。
ドアのガラス前は透明じゃなかったっけ?とかなんでマップから消えたの?とか・・いらんことは言わなくていいんだと思う。
マップから消えたけど実はやってた店がもう一軒あるんだけど、もし近場の常連以外は来なくていいからみたいな話だったら自分の立場なくなっちゃうかな。
だけどここではそういうことも感じることがなく・・
非常に居心地がよかった。
音楽が好きなんですか?
は、なんでか知らないけどもっと聞けないな。
まあいいや。
またきましょう。
炭酸は糖分がなんて思って敬遠しちゃったけどメロンソーダフロートってのがあったと思う。クリームソーダだよね。
次は絶対それにする。

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不要不急なひと

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森のようなところ、未舗装の道を進んでゆく。
あれか・・
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轍がついてどう見ても車通りまくりなのに通行止めの表示な踏切。
なんかいい景色でしょう?
よくないか。
私には名画なんかよりずっといいの。
たしか、JRにはもうこういう警報機のない踏切は一か所もないことになっていなかったっけ?
書類上は閉鎖によりないことになっているけれど実際黙認みたいな話なのかもしれないな。
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興味がない人にはボロ小屋でしかないでしょうけれどこれは駅の待合室。
なんかいいでしょう?
最末端部が一日一往復で有名だったらしいこの路線だけど写真の時刻表だとここは一日数本程度の列車が往来してはいたようだ。
実際、ここは都市部からも近く知る人が時々来るみたいで人の出入りの気配はあった。
というか私たち直前にもマニア風情がいるのが遠目に見えてた。
列車の客というのはもしかするともう何年もいなかったのかもしれないけど。
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傷んでもいるけど新しい時代に後付けされた駅らしく意外に近代的なたたずまい。

もともと秘境駅という言葉は小和田とか尾盛駅みたいな列車以外では絶対にいけない駅になんとか歩いていこうとする変態がネット上で使ってた言葉だったと思う。車で楽に行けるようなのは秘境とは言えないと思・・・とかこういう余計なことをいちいち言わずにいられないのは、何か満たされないという思いの代償かもしれないけど傍目には一言ダメ人間でしょうね。
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この先、どこへつながっているんだろう?
すかさず〇〇だよって答えちゃう人が必ずいますよね。
わかっ・・きいてるんじゃなくて・・とかめんどくさいから最初から黙ってようかなとかやってるとダメ人間化が進行してゆく。
子供のころ読み入り込んだ絵本の世界みたいなこの路線は先日運行を停止したことがニュースになってた。
感染症問題がある中マニアが集まっちゃうのを警戒してゲリラ的に運行停止が前倒しされ、だれも何もできなかったようだ。
残念だけど仕方がないというところだろう。
この路線、昔はもっと遠くまで延びていたけれど戦時中にか不要不急路線として廃止された区間があるらしい。
私の近所にある路線も戦時中複線だったレールや橋が不要不急としてはがされ別路線へ転用された経緯がある。
それを幼いころ本で読んだので不要不急という言葉には子供のころからなじんでいた。
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仕事から帰って夕方。
お茶が夕日で輝いてた。
いつも長期休み時には連休鬱的な症状が出るのだけど今年はそれはないのではないかと思っていた。
けど、ちゃんと出てくるのね。
お前は生きていてもしょうがないだろうというやつ。
自分自身が不要不急。
うるせーばーか。

ネットやテレビで、人とコミュニケーションが疎になると精神だけでなく身体的にもダメージをくらうから電話やSNSで積極的に友人家族と話をしましょうと啓蒙しているのが目に入る。
そのまま放置すると病気になったり早期に認知症になったりしますよか・・

これはちょっと前に書いたけどの記事にも載せられずおいてあったもの。

https://www.youtube.com/watch?v=3k9HuMPpg1M
暗く重い雪の道を進んで行くみたいなチャイコフスキーの交響曲第5番はこの人らしさがあふれバランスも良く・・若干、今で言うとインスタ映えみたいな要素がないでもなくそこを嫌う人もいたみたいだけれどでも彼の持っているもの、それまでやってきたものを出し切った一つの頂点みたいな曲だろう。
SNSはやらないしリアル知り合いもいないし、インスタ映えもなんのことだかほんとはわからない。
ほんとはそんなのが楽しい人になりたかったのかもしれない。
いや、なろうとしてみたのもつい最近だ。
でもいままた、自分は殻に閉じこもろうとし始めていると思う。
・・とか書いてあった。
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自虐を並べてみたところで何かが変わるという事はない。
また玉砕覚悟で事を起こしてみるか、気持ちを切り替えるか・・

いつもと違うのは楽器吹いて俺はダメだとか言ってないところでしょうかね。
だけど調子がいいなんて調子にのると次の日もう変になちゃってもどらなかったりするのね、取り戻そうといつまでも練習しようとする。それがダメなのかも。そういうときは止めて忘れてみりゃあいい・・
ちがうよ、だらだらやってんなってことでしょ?
いままたどこかからメッセージみたいなのが来てる気がするのね。
ブログが楽しいはいいけどこれが唯一の話し相手でこんなもんの依存症みたいになっちゃて・・辞めなくてもいいけどそこにすがってりゃお前それで終わっちゃうよ?
ってなことじゃないかなぁ・・
でどうすればいいですか?と問えばいつも
それは自分で考えろ。

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またお会いしたく

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先生から楽器店の全レッスン休講延長という連絡が来た。
それは当然そうなるだろうし、いまそんな趣味の話なんか言ってる場合じゃないだろうというところでしょう。
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休講の延長は長く続くことになるだろう。
やっとレッスン受けたい!と思うようになったところで・・なんて言わない。
永久にやれないと確定したわけじゃないし。
家で練習することまで禁じられてるわけじゃないんだから
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いくつも支店をもって大規模にやってる楽器屋だから経営的に大丈夫なんだろうかなんて思うけれど私がどうこう言うのも筋違いか。
たくさんいる先生の立場は色々なんだろうけど雇われてるわけじゃないフリーみたいな人は・・とかもいいか。
ほかならぬ自分は大丈夫なのか?はおいといて
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気に入りまた行きたいなと思う店がいくつかあるわけなんだけど、
若い人がやっているところはSNSで情報を発信していて、もともとあったテイクアウトを拡大すると反応もあるらしく頑張てるんだなというような話が読めたりする。
私は好きなお店はそういうSNSみたいなのとは無縁な感じのところも多い。
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自分の土地や建物でというところが結構多く、そのうちのいくつかは事が落ち着けばまたお会いできそうな気がする。
でも年齢的に結構行っていて長く続いてほしいなぁなんて思っていたところのなかには・・とかそういうことを関係ない人間が先に言ってはいけないけどね。
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山の中の農家なこのお店、理由はわからないけれど最近Googleマップから消えていた。
何度か行った印象から経営的に厳しくてとかではないと思う。
どういう理由か同じように表示の消えた店に行ってみたらやってたことがあった。
もしかするとマップを見て遠くからくるような客はもう嫌だとか思ってんななんて妄想がでてきてみたり。
ちょっとケチャップ強めで酸っぱいくらいなナポリタンはでも美味しかった。
野菜サラダがザクザクでさすが農家というここ、また行ってみたかったんだけど・・


https://www.youtube.com/watch?v=DIguhYgarLg
ロミオとジュリエットもペストかなんか伝染病が手紙を託された使者が・・とか話の筋に絡んでなかったっけ?
チャイコフスキーのこの曲も後の時代から決定稿を聴いてるとああチャイコフスキーらしいアイディアにあふれてるなぁ・・なんて思うけれど、この曲かなり苦労して完成させたらしく長い月日をかけ何度か書き直しをしている。
やりたいことと言いたいことは一貫してるんだけど外面的には全然違う曲に書きなおした位なことになって置いて、最初の稿なんか聞いてみると田舎の曲家の・・
ベートーベンのレオノーレ序曲とか、こういうほんとは破棄されるべき初稿や途中段階も作品として演奏され聴けるチャンスがあるものは、作者が作品をどうやって推敲し高めていったかがよくわかるという点でも非常に面白い。
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聴いててここ良いなぁなんて思うちょっとした部分が、別な曲くらいになってく過程で密かにずっと残っているのを見ると作者本人もこのアイディアが好きだったんだなぁと思うと感動したり。
作曲家は神じゃなく人間なのであって、奇跡のような作品も口から光りながら出てきたんじゃなく苦労して積み重ね推敲し出来上がって・・
私は中学生の頃に感動して感じた芸術作品は人間から独立した神の領域にあるみたいな妄想世界から抜け出ていないところがあって、否定的な目には馬鹿の妄想みたいにみえるかもしれません。
外へ出ればいろんな人間がいろんなことを考え、自分がと違うものは間違ってると考える人もたくさんいるのはわかる。そこを分かってうまくやってくのが適応能力みたいな話か。
それとは全然別次元というか切り離したところで、
ゼロから始まる楽器を練習し続けどこまでやれるかずっと頑張ってみたいと思っている。
我流でなくて、先生について客観的に見てもらいながら。
子もいないし何もない私はもうそこが生きてることというか・・
なんでも大げさに言う馬鹿にみえるでしょう?
とりあえずまず、大前提として生きてかなくちゃしょうがないね。
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またくればいいんだからもう帰ろうよ。
ここがとても気に入ったらしく、帰ろうって言ってんのに帰らないの図。

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渡らない橋と咲き続ける花

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特に手をかけたりもしないけれど庭に毎年チューリップの花が咲く。
いつもはもう少し咲いて見せてくれるけれど今年は2つ。
別なところにも小さくかわいい花を咲かせて見せてくれるチューリップがいたんだけど隣の樹が駆逐してきて昨年は花をつけなかった。今年も・・
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昔の写真を眺めていたら出てきたこれは15年前。
同じ色で今と同じご本人ですよね。
花がかわいいんで思わず写真に撮ったという記憶がかすかに残ってる。だけじゃなくて俺こういうの興味がなかったはずなのにその後何年もこの時期チューリップの写真を撮ってんのね。
この時すでにこれを植えた人はこの世にいなかった。
長生きしたリヒャルト・シュトラウスが晩年、私が死んでもこの花は咲き続けるさと言ったという話が頭に浮かぶ。
マーラーの大地の歌の最終結論でもそんなようなことが語られている。
もうとっくに主はないんだから、一度に庭をリセットして今住んでる人間が好きなものを植えればいいかというかなんで遠慮して生きてかなちゃなんないんだろう?と思わないでもない。
だけど、長年一緒に生きてきて今も生きてる樹を目の前にすると、
切って捨てちゃうなんかできないよなぁ。
その次のかちょっと遠出したらしく
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これは渡らずの橋と呼ばれて一部の人には有名な場所。
川を渡りかけた橋がまた元に戻っちゃうのね。
このあたりは超絶地殻変動地帯で隣の山はトンネルを掘ったそばからつぶれてしまうため代わりに山を外から迂回する橋が架けられた。
掘って掘れないこともなかったのかもしれないけれど、ここはダムに沈むルートの迂回路として建設されたため、ここで時間をとって国力増強のための急がれる水力発電所の稼働を遅らせるわけにはいかないとかいろんな理由や判断があったんだろう。
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父親が死んだとき、誰にだったか
お前の親父は石橋を全部たたいた挙句渡らないような人だった。
と言われた。
私にとっては
石橋をたたけば周りに迷惑になるとかお前に橋をたたけるわけがないみっともないからやめろ
とそんなことばかりをいう人だった。
だったら奮起して見返してやればいいじゃないかという話は今おいといて
死の数日前に家族が集まりこれが最後になるとみな感じていた穏やかな午後、
親父が
面倒から逃げていただけなんだよな
といったように聴こえた。
耳を疑ったけれど長年のわだかまりが崩れるような気がし・・
そこからいくらの時間もなく逝ってしまったのでその後というものもない。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=1984&v=DX3Yaf5a480
最近悲愴をいくつか聴いて。
地獄のふちに光が差したかのような終楽章の第2主題は
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具体的に語る言葉というよりは、なにか漠然としたイメージを積み重ねてゆく夢のようなもののように聴こえる。
頂点に達した直後に圧し折られて絶望の主題をを呼び戻すのも、最後に絶望の闇の向こうへ引きずりおろしてゆくのもこの同じ主題であることを考えるとこれは自分自身の魂なのかもしれないと思ったりもする。
人生の間奏曲みたいな2楽章の5拍子のワルツで、もの悲しい中間部がこの主題を予告しているような気がするのは偶然じゃないんじゃないかと思ったり。
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人間、終われば終わり。
私は、何もできず何もしてはいけないと思い込み何もしてこなかった。
テレビの今でしょってあれもあの人も大嫌いだけど、
でも確かに大事なのは唯一今でしょと思う。

これじゃ、いい年して親への恨み言を並べてるだけみたいというか実際そんな感じかもしれないけど
今複数の具体的な問題や不安を抱えていて、そのはけ口を探しちゃうんでしょうね。
あの15年前の写真、他人にはわからない情報がいろいろ写っていて時のたつことの速さと重要性と取り返しのつかなさを教えてくる。
大切なのは今で今しかないと思うんだけど、じゃあどうすべきかはいまいち見えなんだよね。
チューリップがさ、何か教えてくれてるような気もするんだけど。

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鳥と悲愴

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この日、寒かった。
昔遠くにみえるあの山には昔登ってみた思い出。
20年、もっと前か。
最近昔を思い出してばかりいるけど大丈夫かな。
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窓の外に小鳥がいっぱい。
お店の人がいくつか名前を教えてくれた。
あれは、いかる?
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なんだっけ・・
可愛いよね鳥。
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ちょっと軽めだけどおいしかった。
しばらくぶりに来たけど、またしばらく来れないな。
私は我慢してればいいだけだけどこの先お店は・・

この日だったか、しばらくぶりにゆっくり音楽を聴いた。

https://www.youtube.com/watch?v=pSbhnbzy5Mg
チャイコフスキーの交響曲第6番と言えば「悲愴」という名前でクラシック音楽入門書みたいなのの3ページ目くらいに出てきそうな・・駅で言ったら東京や上野じゃないにしろ渋谷駅みたいな曲だと思う。乗り降りしたことがあるかとか好きか嫌いかは別として知らねーとは言わせねーぞみたいな。
でも最初に買って聴いた盤が変態的に癖のある演奏で耳に残ってしまい、腐るほどあるのかもしれない名盤をいくつか聴いてもしっくりこない為ずっといい曲だと思いつつ聴いてなかった。
これに限らず嫌いな曲、訳の分からない曲は「下らねーこと言ってねーでシャキッと座って黙って聞いてろ!」みたいなショルティーの盤を聴くとなぜかすんなり入れるということに自分のなかでなっている。
それじゃショルティーの演奏が好きでベストと思うのかというとそれはまた違うというね・・
これもショルティーのを聞いてからまた聴くようになった。
いろんな曲を知っちゃえばよく書かれてあるpppppからffみたいなので喜んだりもしなくなり‥

音楽に興味のない人もチャイコフスキーと聞くと知ってる顔で同性愛でとか語りだしたりする。人生の色々が作品に直結し無視できない場合もあるけどさぁ・・
彼の死はそれを問題視した当局から自殺を強要されたのだという説がもっともらしく語られていたことがあり、ちょうど思春期というかなんでも覚えたがるような年齢だった私はどこかで読んだそれを真に受けたりもした。
死の直前に初演されたこの曲、絶頂期のような明るく爆発する音楽の直後におかれた終楽章は突然何かが奪われたような心が壊れてしまったような冒頭に始まり
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絶望的な闇の中に消えて行く・・
いかにも自身の絶望的な運命を前に口できない叫びをここに置いて行ったのだというようにも聴こえる。
よくみかける他人のことをいかにも分かったような顔でわかったように言い・・が、本当に事実を言い当てているのかというとそれはまた全然別問題であると思う。
言われた側は何も言わないけれど大きく傷つけられたり愚弄されたと感じていることもあるだろう。
しかしそれが世の中で人間というもので、それでいいんだろう。
初演時作者は肉体的にも精神的にも健全健康で、強いオリジナリティーを持ったこの曲を誇りに思ってみたいな感じだった・・んだったっけ。
なんであれ、芸術家としての絶頂期にその命も未来も突然奪われてしまった。
まるでこの曲のように。
コレラによる急死が定説で人ってそんなにすぐ亡くなるもんなのか?なんて思ったこともあったけれど、
まさに今、それを思い知らされる。
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ホットレモンはレモンの砂糖漬けみたいなのが入って控えめだけどホッとする味。
そんなのあたりまえなのかもしれないけどへーとか思いながら・・

昔、トスカニーニが作曲家としてのマーラーをチャイコフスキーの二番煎じだと切り捨てていたというのをどこかで読んだ。
私はマーラーの作品も好きでその全部に賛同はできないけれど、
言いたいことはわからないでもないというかでも実はあなたよく聞いて知ってるじゃないですか本当は好きでしょう?なんて思わないでもない。
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でっかいヒヨドリが来るとみんな逃げちゃうのね。
でも周りでみんなで見てて、またそれーって飛んできたり楽しいね。

今、ここを書いているのは朝。
雨は上がって日が差してきた。
外では複数の鳥が歌っている。
勝手に鳴いているようでよく聞くと何羽かが互いに応答しあっていて、マーラーの9番か7番のあの辺りみたいだ。チャイコフスキーには絶対出てこない、彼独自の・・
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メジロってちっちゃいのね。

このお店、前に一度来たときも霧に包まれたような天気だった。
いつかまた、青空と取りを見ながら・・今度はデザートまで食べに来られる日が来ますように・・

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頭のおかしい人とスガキヤ、メンチャイ

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夏の間自転車通勤は控えていた。もうそろそろと思いつつまだ車。
会社へ着いて車をとめると上には桜の木。もう冬に向けて葉を落とし始めてる。
毎年思うけれど桜が一生懸命営業するのは一年の半分くらいであとはじっと寝てるようにも見える。
セミリタイヤみたい・・あれはまたちがうのか。
ブログのランキングみたいなのを見たら上位は小さく暮らすとセミリタイヤだらけだった。
いい悪いは別としてこの国の今を象徴している気がする。

今ならフードコート、昔はデパートの最上階とかにあったスガキヤが大量閉店というニュースが流れた。
昔いった店は入っていたデパートごと無くなってしまったけれど、行ける範囲にある他の店は閉店リストに入っていないようだ。
でもなんとなく行ってみた。
スガキヤといえばかつおだしの利いた豚骨スープのラーメンと
スプーンとフォークが融合した物体・・
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昔はこんなこじゃれたデザインじゃなかったと思う。
何でも昔が良かったと言い張るのはもう終わった老人ぽいけど
これなんかしっくりこないなぁ・・
お店に近づいただけであ、あの香り・・みたいなこのスープのは昔のままでおいしい。
320円くらいで幸せを呼んでくるこの味が変わったらもう行かないと思う。
このスプーンじゃセットのカレーが食えないと思って小さいのをもらいに行ったら
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ちっちゃいのもこの形状・・
なんか、ちょっと食いにくい。
カレーの味が昔のボンカレーそのものなのもまたいいですね。
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誰もいないのを見てやっぱり不振なのか寂しいななんて思ったけれどすぐ後から人がたくさん来て結構盛況だった。
幼いころに見たスガキヤはこんなだだっ広くなく、昔地方のどの駅前によく合った5階建てのデパートの最上階に小さく狭くあった。あの狭さが雰囲気を出していたともいえると思う。
エスカレーターで上がるといきなりにぎやかなおもちゃ売り場、買ってもらえず泣いている子供。
隣にあった喫茶店みたいなスペースは怖い大人の世界で近づいてはいけないと思っていた。
出てこなくていいのに同じビルでたくさんの人が見てる前で怒鳴られ殴り飛ばされたみたいな記憶もでてくる。
子供を殴ることを全否定するのは違う気もするけれど、全く別次元ないら立ちをぶつけられたとか子供なりに把握理解していて忘れないもんなのね。
どこでも同じと思うけれどそのデパートはだいぶ前にでっかいマンションに変わった。
続いていた商店街も死んだような状況だけど初めてCDというものを買った楽器屋はまだ生きており、間違えて吹奏楽団に入ろうとしたとき譜面台を用意してくださいと言われまず向かったのは思い出のその店だった。
でもやり取りに気に入らないところがあってその後行ってないまま。
しばらく投げ捨ててあった譜面台は最近家での練習用に復活した。

初めて買ったCDではないけれど似たようなもので

https://www.youtube.com/watch?v=6fDhoxLtMQM
中学生の頃やたらに聴きまくった覚えがあるのはこの曲が好きだからというより数枚しかないものを毎日とっかえひっかえしていたから。
聴きまくったはいいけれど何にも知らず解らず聴き刷り込まれたので、いろいろ誤解して覚えこんでいるところがあるみたいだ。
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ハーモニクスなんてまだ知らなかったからただのすごく高い音くらいに思ってた。
これは別な駅前のちょっと高級系なデパートで買った。
テナントじゃなくてデパート自体が当時最新のアイテムを扱ってます的な場で、CDはガラスケースに入れられて鍵がかかっていた。まだそんな時代。
それが一年くらいでどこにでもあってりみんな持っているありふれたものになっていた。
あの時速かったよね。
ガラスケースを開けてくれるお姉さんがなんでか不機嫌に見えたことが強く記憶されちゃってるのはHSPて感じか。
むかしからメンチャイと言ってメンデルスゾーンとチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をセットにした一枚はフードコートのラーメンとカレーのセットみたいな定番商品でどのレコード会社にも必ずあった。
もう今はCDというかパッケージメディアという概念が崩壊してしまったからメンチャイである必要がないな。
今の若い人はクラシック音楽にどうやって接するんだろう?
大きなお世話だな。
音大に通う学生でクラシック音楽が本当に好きな人間は1%くらいじゃないかと思う。いないのかもしれない。
そんなの当たり前なんだろうけど、ステージの上に並んでいる人間もその延長なんだと思った瞬間からコンサートに行ってない。
あほかという話で頭がおかしいのは俺の方なのはわかるよ。
もう仕方がない。
そんな人間にも安価でおいしいラーメンを食わせてくれてありがとう。
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バイトかパートなんでしょうけれど店員さんが明るいのがよかった。
隣の本屋の入り口にはいつも見かける細木数子の本。
あれなんか違う。若返った?
こういうのも世襲なのか。
時代は変わりながら連続していくのね。
デパートのお姉さんも今頃は孫が大きくなっちゃって寄り付かないとか言ってたりするのかな。
まだそんなじゃないか。

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頭のおかしい人が落ち着ける場所へ

仕事中に謎の不安と焦りみたいなもので頭が満たされ思考を邪魔していることに気付く。
落ち着いてみると、すぐ先に控えた嫌なことへの小さな不安が心の奥に閉じ込めている全く関係のないいくつかの大きな不安を呼び起こして活性化させていることが分かった。
同じ日、楽器の練習場で支払時オーナーが何か言いかけ結局やめたように見えた。
私の頭は練習場に入るときにあったいつもと違うちょっとした出来事とそれを結びつけ、オーナーは私に対してもう来ないでくださいと言おうとしたんだという被害妄想へすり替えていくことが自分でわかった。
笑顔で飄々としたオーナーを見たはずなのに、困ったような表情でそっけなくお釣りを渡してきた・・と映像付きで記憶が勝手に書き換えられていくことにも自分で気づいた。
この流れはよく知っている。まずいなと自分で思ったが止められない。HSPとかそんなのじゃないなと思った。
不安を感じるとスイッチが入ったように常軌を逸した言動を見せ始める人を良く知っているのだけれど、何よりの問題は本人にその自覚が全くないことで・・・・この先書いたことは人前に出したら人でなしだと思うのでやめます。
今の私は大丈夫。
消しちゃったけれど書いた内容を自分で読んで、紙一重のあっち側じゃないと思えた。

全然別な休日。
地図上にみつけた隠れ家みたいなカフェは行ってみるとほんとに隠したようなところに隠れていた。
車から降りる前からインスタ映えな景色。
2台分しかない駐車場は塞がってる。
えーと・・なんて思ってたら後ろから外車がやってきて遮るように停める。
やったもん勝ちとボケっとした間抜けというところでしょう。
すぐそばにコーヒー専門店というのも見つけたのでそちらへいってみることにする。
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行ってみると新しい建物は別にインスタ映えじゃない。
そこそこの飾りつけもあるけれど最近見慣れたおしゃれカフェみたいなのからすればごくごく普通。
入り口には張り紙があり、
「ここはコーヒー専門店です。
ランチや子供向けのメニューはありません。」
最近入り口に張り紙というのをよく見かけるような気もする。
自分の思ったのと違うと喚くような人がいっぱいいるのかな。

入るとどこでもいいですよーといわれ、
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広く空いている席に座ってゆっくりする。
周りにお客さんはいないので静かだしなんか気にする必要もない。

コーヒー専門店だから本当は砂糖も入れずに珈琲の豆とか炒り具合の違いとかを楽しむんでしょうね。
なのにチョコレートと生クリームがたっぷり浮かんでんのを頼んじゃった。
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モカジャバとチョコレートケーキ。
ケーキは手作りと書いてあったけどほんとにそれっぽい。
もちろんおいしかった。

BGMはよくあるようにジャズだったけれど途中で出てきた一曲は
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チャイコフスキーのこれを使ってた。


https://www.youtube.com/watch?v=udDSfSI8I-k
シロップとブランデーにつけ込んだような第1主題の後に出てくる第2主題はまた濃厚なバターの上に砂糖をまぶしてみたいな・・
チャイコフスキーの音楽ってはちみつにチョコレートに生クリームに粉砂糖に・・ってのがこれでもかってくらい押し寄せてくると思うことがあります。
けど、甘さだけに頼ってるわけじゃなく絶対にもういらないとか飽きたとは言わせないというところが沢山いたんだろう他の忘れられちゃった人との違うところなんでしょうね。

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椅子にふかく腰掛けて、あーっ とか言ってゆっくりする。
別にインスタ映えじゃないけれど、おいしく寛げた。
豆を買いに来る人が沢山いるみたいで何人も来ていた。
注文聞いてから挽くのね・・ってよくわかんないけど。
その方が香りとかがいいんでしょう?
別なところで教えてもらったけれど同じ豆でもフィルタの材質とか温度とかいろんな要素でいろんなことがどんどん変わっていくんでしょう?
奥が深く楽しそうですね。
オーディオにもそんな要素があって似ていると思った。
オーディオなんて一言でくくってもそこへ何を求めるか、どう感じるかどう考えるかは人により千差万別で全然違う方向を向いたりしている。なのに自分の考えが唯一無二の正解だと勝手に信じ合わせられないやつは馬鹿だみたいな人が何故か多い。
人それぞれだからと適当に笑顔で合わせていると馬鹿にしだして自分に服従するように求めたりし始める。
自分もその一人だったかもしれません。
オーディオに限らず音楽でもなんでもそうですね。
みんなそこをうまくやっているんだろうけど、私は自分の好きな物を好きそうな人や集団を見つけたら近寄るより逃げる。
ダメ人間である。
お店の壁にはでっかくのばした写真が額に入れられて飾られて・・オーナーかお客さんか写真好きな人がいるんでしょうね。
写真やカメラは素晴らしい趣味だと思うけれど、過去の経験から私個人としてはでっかいカメラの自慢話を始める人がいたら警戒に入り・・
こんなのダメ人間なんでしょうね。
いろんなお店に行ってここよかったなぁと思ったときに共通しているのはいつも周りに人がいなかったということ。
それじゃいけないんだとは思うけれど。
どうしてこうなってしまったかを記憶の最初まで戻って考えてみると・・もういか。

天気の悪い日だったのに
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ふと窓の外を見るとまさかの青空。
とても落ち着いたよい時間を過ごせたと思う。

ここに人に言えないようなことをわーっと書いては消しを繰り替えし他人の前に出してはいけないと思って結局削除するというのが結構あります。
公開しなくても文字化しながらああでもこうでもないとやると考えが整理されて心おちついたりする。
多分最初から非公開なつもりで書くとかじゃダメで、実際誰かに読んでもらうつもりでというのがポイントなんじゃないかと思う。
本当は今、人前に出せば人でなしといわれかねないあることをここに吐き出したくて仕方がない。
でもそんなことをしたその先に何があるわけでもないことはわかる。
自分の一番の願いは一度でもいいから誰かにわかるよといってほしいことだという事もわかる。
ブログが話し相手とか相談相手みたいになっちゃっててそれはそれでまずいのかもしれないけれど、ありがとうブログ。
そしてそれは読んでくれる人がいると思うから成り立つ話なので、読んでくださる方ほんとうにありがとうございます。

Tag:チャイコフスキー  Trackback:0 comment:5 

暖炉

かなり前に行ってみたら閉まってたカフェにまた行ってみた。
知る人ぞ知るみたいな場所にあるけれどいまスマホでみんなバレちゃうからそんなの関係ないですよね。
そういう自分もそうやって見つけてきたわけだ。
どんよりした曇り。
自分も若干体調が悪く曇り気味。
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営業中の札を見てちょっとほっとする。
車が停まったりはしてなくて・・
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でも入って見るとお客さんが一組。
暖炉・・じゃないか、リアル薪ストーブがあってすごく温かい。
その前に置かれた席に・・と思ったけど
嫁さんは嫌みたいだ。
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いいね。
リアル焔。

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座敷じゃなくて板張りに座布団みたいなところの向こうには巨大なガラス窓がまるで絵画のように据えてあり、晴れていればでっかい富士山が中央に鎮座するんだろうことはすぐに分かった。
でも今日はどんより景色。
いいよそんなに毎回見えてくれなくても。

2524.png
真空管アンプと小さなスピーカーからは流行歌のモダンジャズアレンジみたいなの。
珍しく、嫁さんが興味を示す。
あれなに?
真空管。
真空?何で真空なの?宇宙なの?
あなたの発言自体が宇宙みたいです。
あれなにやってるの?どういう原理で・・
とやけに食いついてた。
と言ってまじめに説明したら聞いてくれるんだろうか?
その前に自分もちゃんと理論説明できるかなぁ?

かなり限られたメニュ-にはケーキなんかないみたいだ。
お汁粉というのもあったけど
2525.png
コーヒーゼリー
あんこがのっているのでお汁粉食ったような気分もちょっと味わえて得した気分になる。
これだけでいいですか?お飲み物は?なんて言われてカフェオレなんて答えてしまう。

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小さな抹茶のチーズケーキもついてきた。
なんだこっちだけでもよかったか・・

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食いすぎだなこりゃ。
おいしかったよ。

薪ストーブと・・
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見上げれば巨大な梁・・
なんかこう、非日常感がいいねぇ・・
なんだかいい気分になってきた。今日はここで落ちつこう。
これで体調も良くなっちゃうんじゃないかな?
なんて固かったいろんなものががほぐれてきそうになったところへ

地元のおばあさんがコーヒーを飲みに来たみたいだ。
そこへお店の人?か知らないけれど乳児を抱いて登場・・
あら・・・男の子ぉ?よかったじゃない!
すぐ後ろででっかい声で展開されるその会話は素晴らしいものなんでしょうね。

嫁さんの表情を気にしながら・・
そこに被せる何か楽しい会話というものも思いつかず・・・


https://www.youtube.com/watch?time_continue=675&v=iCxQf1FlFxQ
これはチャイコフスキーの交響曲第1番の2楽章。
彼の交響曲4,5,6番は世界に通用する国際基準を満たした超絶名曲という事になっていていますが、この1番はまだロシアの作曲家のロシアな作品。
でもみんな好きみたい。

この2楽章には陰気な土地というすごい副題がついている。
ロシア民謡みたいな歌がホルンの重奏にまで発展したところでは、極寒の土地での人々の苦労みたいなものを感じたりして・・
でも、
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最初と最後のこの音楽には暖かい部屋の中・・暖炉の前にいて、窓の外に厳寒の大地を見る。みたいなイメージを勝手に感じている。
作者はそんなこと考えてないのかもしれないけれどいいの。
私がどう感じるかだから。

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オーディオと言ってもそれに対して求めるもの感じるものは人それぞれ。
そういったこととは別に、この明かりはいいなと思いますよ。

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気の強そうなおばあちゃんは帰っちゃって・・

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ちょっと日が差したりして。
富士山見えなくてもいい景色ですよ。
あのでっかい高架は新東名。
よく作るよねあんなとこにあんなもん。
すごいな。

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また、調子のいい時にゆっくりきてみよう。

Tag:チャイコフスキー  Trackback:0 comment:9 

うちのボンタンの樹、風の当たるあたりを中心に葉を落としてしまい一見瀕死の状態です。
でも知ってる、春になればまた力強く若葉や花の芽を出してくれるはず・・
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あっ・・毎年これを見つけるとすごくうれしくなります。
頑張って生きてんだなぁ・・と思って。
これは葉の芽かな?どこかに花の芽も出ているはず。
頑張れがんばれ俺も頑張るから・・何を頑張るのかわからないんだけど。

天気がいいのでスーパーでパンを買って嫁さんと犬と丘に登って
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こんなところで食ったりして。
下手なカフェなんかよりよっぽど豊かな時間。
なんだけど嫁さんは花粉症でぐしゃぐしゃに・・
あまり長居しないで帰る。
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桜じゃないです。
名前もわからないけれど奇麗な花。一生懸命咲いてるんだから見てやんなくちゃ。
今年の冬は寒かったけれど、富士山に雪がアイスクリームみたいにべたーっと乗る日はほとんどなかった。
今やっとそんな感じ。
でももう気温が上がってくっきりはっきりとは見えないんですね。

春ですね。
ヨーロッパは地中海性気候でしたっけ?クラシック音楽には春を歌った曲がたくさんあって日本とは違う形でしょうが四季があり春を待ち望み喜んでいる姿が感じ取れます。
でもここでベートーベンのスプリングソナタとかメンデルスゾーンの春の歌とかに言及したら負けだと思った。
負けってなんだよ。

チャイコフスキーの弦楽セレナーデの3楽章の冒頭が目ざめの時みたいだなと思って・・
この楽章主部、悲愴交響曲のワルツと似ていますよね。あちらは5拍子だけど。
たまたま似ただけかな?何か意味があって引用してるのかな?

ブログを見ていたら春が嫌いと公言している方がいて印象に残りました。
人それぞれ色々ですよね。みんなが春が好きなわけじゃなくていいと思う。
メンデルスゾーンの春の歌みたいな楽し気な春は私に関係ない気がする。
これから新しいことが始まりそうでワクワクします・・なんてない。
でも、褐色の景色に色がついてきたり小さな花が一生懸命咲いていたりするのを見ると嬉しくなりますよ。
 
4329.png
家のすぐ前には蛙のおっさん。
おねえさんだったらどうしよう。
まだ土がついているような感じで冬の長い眠りから出てきたばかりというところ。
何だか寝ぼけたような顔で逃げるでもなく。
頑張れがんばれ・・これから何するのか知らないけど・・

かなり忙しかった時期もあるんだけれど最近しばらく仕事で妙に余裕があったんですね。
今日、久しぶりに複数の要素が重なって大変なんだけど充実してもいました。
ずっと続いている訳の分からない憂鬱感がすっと消えるのね。
それは忙しさでまぎれるとか忘れるとかいうのとは違う。
逆に言うと俺は自分の存在に意味がない気がして憂鬱なんだろうね。
仕事に自分を求めるとか違うと思うから、どこか出てってなんかすればいいんだろうけど。
出てってみたらこけちゃってもういい加減リセットしたはずなのに次へ行く気もしなくて。
これじゃ悩める若い子のポエムみたいだな。
春ですからね。

ボンタンとかかぼすとか、この時期に産声って感じで新芽が出てきて感動するんですよね。
でもその後すごい勢いで枝葉を延ばすんだよね。この世に出てきた以上やってやるわぁ・・みたいな。
ボンタンが若葉でワシワシ輝きだす頃、私は今と違う私になっていられるかな?
かな?じゃないよね
絶対なってやる!とかじゃなくちゃないんでしょ。
大丈夫。

Tag:チャイコフスキー  Trackback:0 comment:2 

レモン


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ファミレスとかの変にこってりしたような食べ物が好き。
正直最近歳くったからかあっさりしたい日も多いけれど。
若いうちなら、こってりとした物をたらふく食べてもへっちゃらというか出てくれば来るだけ食べて幸せな気分になれたと思う。
今は多分途中で胃がもたれてきて悲鳴を上げるかもしれない。

チャイコフスキーの曲というのはファミレスみたいなところがあると思う。
質が低いとか安っぽいとかいう事じゃなくておいしさが絵に描いたようにわかりやすい。
味も色も濃いソースをこってりかけておいしいに決まってるでしょこれ?みたいな感じ。
もちろんそれだけじゃなくて見えてくればわびサビもあるんだろうけど、そんなの別にいいよという人へもわかりやすくアピールするというか・・文句じゃないんですよ。それはそれでいいと思う。
ただたまにやりすぎと思うこともある・・
弦楽セレナーデというとても有名な曲、4楽章構成です。
4品もあったら普通はひと皿がサラダかマリネみたいなものになりそうなんだけど
これは牛ステーキの後にグラタンが出てきてサラダかと思ったらポテトでつないで最後はチキンソテーがみたいな感じ
※ほんとは甘いケーキとパフェ4連続のイメージなんだけど写真の都合で肉。
昔は胃にもたれる気がして少し苦手だったけれど今は結構好き。
でもやっぱりオケみたいな大編成弦楽合奏の重厚な演奏は苦手。
指揮者なしでくらいの少人数でキリっとやってくれる演奏が好き。


そんなこってり料理みたいいな曲でいま言いたいことは第4楽章。
朝焼けの霧のような序奏・・
霧が晴れると主部に入ります。
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第1主題はハ長調で進行します。
チャイコフスキー特有のおいしい音楽。
そこへチェロで入ってくる第2主題は何の前触れもなくいきなり変ホ長調で突っ込んでくる・・
これはすごいぞ!
脂っこい口の中にいきなりレモンのきいたマリネが入ってきたみたいなさわやかさだ・・
なんだこれ・・
いろんな曲を聴いているけどこんなにさわやかな転調はなかなかないと思ってる。
ここが大好き。

上の動画は一部軽すぎるかなとも思うけどノリノリでやってていい感じ。

安くたらふく食いたかったのでサラダバーみたいなのがあるところへよく行きました。
平日に休みが取れるとバイキングが安いぞ!とか・・
でもあれそんなに食えないしよく考えると別に安くもなかったりで最近どうかと思うようになってきた。
とはいえ高いお店なんか行けない。
安くて居心地のいい店を探すたびに出たい。


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