日の出

腐ったような文体の記事だったんですが、急にピンチ的ストレスがかかったらそんな自分がみっともないと感じ恥ずかしくなったので大幅に書き換えたりして・・
つぶれちゃいけないと何とかホルモンみたいなのが自動的に出てくるのかな?ずっとそのまま行ければきっと楽だし人生も変わりそうだけど。
思うのは、同じ景色も気の持ちようで違って見えるんでしょうね。
なんとか、変えてみたい。

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暑くなる前に犬の散歩に行きましょうという事で嫁と3人で。
今日は富士山は休み。
土曜日なのに・・土曜日だからか小学校は運動会。
小さな子供を見たくないんだろうと思っていた嫁さんが見に行きたいと言ったのには驚いた。
逆に平気なつもりの私はいやだと感じいけなかった。みっともないから端折るけれどよせばいいのにいろいろさかのぼって腐ってた。

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犬は、久しぶりの太陽のもとで3人の散歩にご機嫌・・

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一度つかんだ客は離さない商売的執念みたいなのに負けて毎月一度整体に通っている。
先日また矯正の段で無意識に力が入った・・あ・・
力が入っていると矯正できない・・時間制限があるのに。
力抜いてといわれ、先生の焦りを感じると余計に力が入り・・・
まあいいやと飛ばして次の工程へ飛ばれると不適合の烙印を受けたような印象を受けさらに・・
一種のパニック状態だ。
これこれ、幼いころからから何を教えられてもこうなるの。目の前で「こうやって持ってみな」といわれたそれが理解できず真似をしてみることができない・・なんでできないの?・・周りの視線、早くしろよという声なき声・・パニックとなり・・・
発達障害?なんて思ったこともあるけれど、私の頃にはそんな概念はなかったし問答無用で殴られたり罵声を浴びてきた私はいまさらそんな言葉を自分にあてがってみても反吐が出るだけだ。
とやけくそみたいな私だったけれどふとあることが頭をよぎる・・

地元の楽器屋で大人の音楽教室みたいなのがあったよなぁ・・
やってみようかなぁ・・
長年、そんな発想は自分の中に沸くわけもないし考えたらおかしいことになっていたのに。
長く雨や曇りが続いていたのに、急に太陽に当たったからだろうか?

何言ってんのお前、またみっともなくパニックになって辞めてくんじゃないの?
でも法律を犯してるわけじゃないし、嫌ならやめてもいいだろう。
何にもやら無かったと思い腐って死ぬより、いろいろやったけど一個もできなかったと腐って・・のがいいかなぁ・・
でも気を付けないとね・・笑ってすませばいいそれに自己否定を載せて死にたくなっちゃったりもするあほなんだから・・
こんなことを考えたら、少し心が明るくなってきた。
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しかし、またわらっちゃう。こうやって何かをやってみようと思うと絵にかいたようなタイミングでそれを阻止する出来事がやってくる。
子作りに対してもあった。
またいまも・・
それが世の中だしみんなそれを乗り越えて・・はいまいいから。

俺はつぶされないよ。
なんかやってやる。

https://www.youtube.com/watch?v=nGfFNVLral8
だからってこんなに超絶再始動しなくてもいいですけどね・・

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冒頭、オルガンの地の底から響くようなCが鳴っているんだけどテレビなんかだと聞こえないから多くの人の中でないことになっちゃってるんじゃないでしょうか・・・そもそも冒頭のこの日の出の場面だけがこの曲だと思ってる人も多いでしょう。
オルガンもすごいんだけど弱音のバストラもホールだとものすごい低音を響かせてくれるんだよね。
超絶有名な冒頭トランペットは最初から4本で始まるんですよね。
それがどうしたという話ですがことをれ聴くようになる前マーラーの譜面ばっかり見てたので1本から始まってだんだん増えていくんじゃないんだな・・と逆にリヒャルト・シュトラウスという人の考え方を知るというか。
次のティンパニも超絶有名でみんな一度は口で歌ってみたことがあるでしょう?
3連符なの意外だったりしない?
リタルダンド的な指示も実は全くない・・みんな歌真似するときここでテンポ落としてためるでしょう?
そういう演奏も多いだろうけどインテンポで推し進めるべきだという演奏もある。作者の自演もYoutubeで聴ける。
どちらが正しいとかじゃなくて両方楽しめばいいんだと思うし、片方しか受け入れられない人もいていい。
そんなことが見えなくなっちゃてコメントみたいなので俺が正しくてお前は間違ってるとかいってあばれてる人がいるのもそれでいいんでしょう。
私はそういうのいやだけどまあ自分も結構やってきた。




ちょっと時間がたつと
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また元の気持ちに戻ってたりするんですよね。
でも一度思いついたことを忘れてはいないし、何かやってみようかな・・
邪魔が入りそうな件は・・おびえたところでなくなってくれないし、
なるようになるだけ。
今日はまた会社帰り楽器吹いてきた。
進歩も何もないし、楽しくもなんともないし、多分いくらやっても形にならに気もするけれどこれはこれで。


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この花、雨に押し倒されたり、間違って踏みつけられちゃったりしても
しっかり起き上がって花をつけてくれる。
俺もいつまでもくだらないものを引きづってないでダメな自分を直視しても先に進めるようになりたい。
なりたいじゃなくてちょっとでも進みたい。
死ぬのは意外に近いかもしれないんだし。




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雨の日に

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雨の朝顔。
うちの朝顔は朝日に当たるとすぐにしゅんとしぼんでしまう。夏の間に咲いた花はみんな超絶短命だった。
何故か普通より成長の時期が遅く夏も終わるころから咲き始める弦がいて朝日攻撃も多少弱まった今、花は比較的長く咲いていられるようだ。
もしかすると普通より弱い点を自覚した花なりの生き抜くための戦略なのかな。

静かな雨の休みは、音楽をゆっくり聴くチャンスでもある。
ブラームスのピアノ協奏曲第2番とリヒャルトシュトラウスのアルプス交響曲。
アルプス交響曲は心のひだに触れて涙が・・とかいうより音楽で映像や空気、気持ち・・リアル世界をここまで表現できるのか!みたいなところに萌える音楽だ。
なんかもう25年とかもっとか聞き続けているのに、なんとなくみすごしていた部分の大きな意味にいまさら気付いてその素晴らしいアイディアに盛り上がる。
30年とかかけて聴いていく・・それはお前の耳がにぶいからだろ・・・うるせーよ。
まだこれからも発見があるかもしれない。楽しみは少しづつ。

昼食はどこかへ出かけようと決めていた。
嫁さんにどこに行きたい?
朝からこんな会話をするときはあれだ・・お互いどっか行きたいんだけれどなかなか行きたいところが思いつかないとき。
またフリーペーパーが出てくる・・一応ちゃんと聞いて・・でも・・と言うと今度はネット情報が・・
なんかはずれの予感がするよとか言って・・じゃあという自分のプランも思いつかない・・
とりあえず車に乗って走りだして以降もあそこは?ここは?とつづける・・
だいたい決まっている行先のすぐそばまでこの近くにほかの店はないのか・・とかやりながら・・
結局、行ったことがあって間違いのないお店にいった。
もう2時過ぎてるのに今出て待たされる。
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個室とは言わないないまでも各席に仕切りがあるこんなお店で、ゆっくりできると思ったから・・
でも、座ってみると隣から甲高い声が・・
ああ若い女性の会かぁ・・きにしなければいいんだけれど、苦手なものほど聞こえてしまう病で。
まあいいや
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サラダ・・ちっちゃいけどいろんな味と歯ごたえが来るようにしてあっておいしかった。

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生ハムとマスカルポーネだっけ・ピザ。
ちょっと食いすぎか。
おいしかったけどトマトソースと生ハムとチーズがそれぞれ完全に独立して存在してた感じ・・
そういうものなのか。
混ざっておいしいのかと思ったんだけど。

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チキンと・・なんだっけ?パスタ。
これもなんかハーブが意表を突いた角度から効いてる感じでおいしかった。
ちょっと食いすぎ・・・私にとってはちょっと高めなか価格設定。
でも酒もたばこも博打もやらないんだからいいでしょ?
ちょっと特別な食事にしたかった・・
しかし隣の声が・・・
始めは旦那の悪口みたいなのが聞こえて・・
ああ、若い奥さんなのね。
でも実際は仲が良かったりするんでしょう。
本音や愚痴が言える友達がいていいよね。
気っと長い付き合いになるんだろう。
私は誰もいないからうらやましい。
そのうち子育ての苦悩について・・・
若い子だとか思ったけれどお母さん頑張ってるんだね。
失礼しました。
こっちは何にもやってません。

週末になると鬱っぽい思考に支配される。
現在一生件頑張っている人にはこんなことを言ったら本当に怒られると思うけれど、多分暇な時間ができるといけないと思う。
ただの更年期じゃないかという説もある。

まあいいか、おいしかったし。
そのまま帰るんじゃあんまりだから
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近くの山に登ってみた。
登ると言っても車でだから何にもしてないのと同じだけど。
いいじゃない。

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雨だし人はいない・・かと思ったけど散歩が日課なんだろう多分近所のおじさんがいた。

これはもともと別な記事のために抜き出して貼ってあったもの。
前出の発見した点というのはまた別なところ。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=2430&v=Kl9kfs_4K7Q
リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲という曲の後半、日暮れという部分が終わりかけるあたりから・・
一日でアルプスを登っておりてくるからハイキングみたいなのかなとも思うけど、氷河が出てきたりかなり高いところを歩いていたりもする。
動画を止めているこのあたりは
雨が上がるとやけにまぶしい西日が・・すばらしい・・ありがとう!・・みたいなのが落ち着いた当たり。
この後、麓の別荘なのか明かりのある暖かい部屋で一日を回想する。色々あったけど素晴らしい一日だったことと達成感満足感みたいなものが感じられ、素晴らしい世界だ。
毎日、こんな風に一日を追われたら幸せですよね。
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そこそこ長い曲の後半のみ、山頂での感動も落ち着いたあたりからオルガンが出てくるのは、神・・というより自然・・人間には動かしがたい巨大な存在、不変、不同なもの・・を暗示しているんだと私は勝手に思っている。
こういう巨大オーケストラにオルガンが出てくるような曲が好きで何度か実演に行きました。
ホールや演奏者の解釈にもよるんでしょうけれどオルガンを思い切り感じ震えられるような公演と、あんまりな公演があります。前者に当たれば忘れられない思い出になります。
あれだけは現場じゃないとね。またコンサート行かなくちゃ人生損ですね。
またそのうち行けるようになる気がする。

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この中に写るある建物を見てまたいろいろ考え始める。
思い出し、考えれば鬱思考を加速させるだけ。
忘れましょう。

これから気温が下がり世間が落ち着くとまた音楽を聴くのにいい時期になる。
何にもできなくても、何んにもなくても俺は音楽を聞ければその間は幸せだから。
またいい日もあるかもしれないし。





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声色

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ボンタンの実はまた大きくなった。
飯でも食ってどこかに行こうかと峠道の途中にあるのカフェに行った。
車を止めるとシェフが出てきて
「すみあせん!・・・今日はお休みいただいちゃってて・・・申し訳ございません」
申し訳ない感が声や表情に乗って伝わってきてこちらの方が申し訳なくなる。
いいよまた来ますから。
芝居でもいいの。しばいでいいの、そういうことをするのが気持ちを伝えるという事だと思うから。
なに来てんだよこの馬鹿・・みたいなのがそのまま透けて見えちゃうような人が今本当に多い。
ご案内しましたけど!なんて食って掛かるようなのとか。
まあ、若いとそうなっちゃうのかもな。
自分も仕事でよく失敗した。
いい歳したのがそんなだったりすると・・
まいいか。

しかしシェフ、以前小さな厨房内で奥さんをものすごい声で叱りつけているのも聞いた。
結構怖い人なんだろうと思ってる。
まああれは非公式なものが聞こえちゃったのであってこちらがなかったことにすればいい話だと思う。
そのまま峠を越えて、どっかその辺の・・なんて走ってもなかなかいい店が見つからず。
このれはどこまでもずるずる行っちゃパターンだ‥
まあいいやと看板が見えたジョリーパスタに入っちゃう。

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サラダと
スープバーだといわれるとつい2杯飲んじゃって・・
こういうので塩分取っちゃうのがまずいんだろうなと思いながら。

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そしてまたこんな典型的なのを頼んじゃって・・
でもいつも自動的に言っちゃう大盛にはしなかったよ。


最近お店で周りのおばさんがうるさかったみたいな話をいくつか書いているので、ここでまた書くといよいよ神経質な変態だ。
実際そうなんだろうけど言いたいのはそこじゃなくて・・
端折ると女性二人が隣の席にいたんだけれど一人が猛烈に怒ってた。
職場に気に入らない人間がいるらしく、その言動を色々例に挙げ断罪している。
またそれが聞こえちゃって飯がまずくなるとか思っていたんだけれど、
後半、ほとんど声の聞こえない聞き役が喋り手に回り、怒り叔母さんは聴き手に回った。
内容はわからないけれど穏やかで楽しそうな感じ・・怒り叔母さんの声は聞こえては来るんだけど気にはならない。

人間って言葉を持つようになっても犬とか猫みたいに声の色にメッセージを載せて送受信する能力をまだ強く持っているんですよね。
誰かを攻撃したり、自分の方が上に立っていることを誇示しようとしたり・・・そういう内容をしゃべると声に文字とは違う何かがのると思う。
そして私は遠くから発せられるそれを受信する。
楽しい信号は気にする必要がないけれど、攻撃信号や支配信号はよけるのか迎撃するのか・・
私はよわいからね、自分を守ろうと敵かもしれない何かを発見すると身構え避けようとしちゃうんだろうね。

リヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」

そのなかの
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英雄の妻という部分・・始まって結構たったころ。
さあおいでとか言って腕を差し出す旦那の前で嫁はわがまま放題大騒ぎ・・
分かりにくいけれどこの楽譜の最初のコントラバスとチェロとホルンは
そろそろいいかげんにしないか!と怒る旦那の声。
続くヴァイオリンソロは嫁なんだけれど、
キー!とかってヒステリックに叫んでる。
その後一人で弾丸みたいにしゃべった後、
だんだん追ちついて・・照れながら・・
嫁っていうのは実在する作者の嫁をまたリアルに表しているらしいです。
嫁さんもソプラノ歌手だっけか・・作品全体では英雄を支える素晴らしい妻として描かれていますが
ここでこんなこと書かれちゃってもいちいち文句言わないようなでっかい嫁さんだったのかもなぁ・・

そしてここはヴァイオリンソロの見せ場。
芝居も観ないけれど、同じ人物でも役者によって全然違うイメージになるのと同じく、同じ楽譜を演奏しているはずなのに演奏によって嫁さん像が結構違って聴こえます。
その違いを楽しむのもクラシック音楽なんだけれど、録音をにしばられてこの演奏がベスト!なんて思っちゃうと他がおかしく聞こえたりもする。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=555&v=ItepGSxpg3M
名指揮者でもあった作者の自作自演。
自演はあっさりしちゃうもんだしそうすべきだみたいなことを言ってたのはこの人だっけ?
ラフマニノフか。
自演=最良というわけではないけれどとても興味深い。
ブラームスにも絶賛される名指揮者だったマーラーの自演を聴いてみたかったけれど、知らないほうがいいことというのもあると思う。
特に強い好意やあこがれを持っていることほど。

この曲、実演も聴きに行きましたがいろんなお楽しみ企画が満載で楽しいですよ。
泣こうと思えば泣けたりもする。

大盛頼んでないとか言ってるけど本当は
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ちっちゃいピザを頼んじゃって嫁さんと・・

その後別なところでも
「ご飯無料で大盛になりますが」
「大盛で」
あっ・・

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英雄の完成

自治会の行事というか、夏祭りを前にお堂の草取りみたいなのに行けば60代70代の人たちがすごい数で・・若いのしかない世帯もあるはずだけどいないのは行かなくていいだろてな事なんだろう。
自分もいかなくてもバレないだろうけれど、お堂の仏様とでっかい銀杏の樹が見てるだろうと自分に言い聞かせ・・相変わらず誰とも話もしない苦痛な時間を耐え。
今年は自治会の役に当たっているんだけど、何人かいるはずの同じ役の人間は理由をつけて皆消えてゆき・・よくある感じだ。まあいいさ死ぬわけじゃないしこなしてれば終わるだろこんなの。
子供の頃、行くのは義務だと叱られ自治会主催の子供の行事に行ってみると同い年の子はみんなさぼって誰の姿もなく、お前何か芸をしろと言われて1人歌を歌わされたのを思い出した。
あの頃からHSPであったのでトラウマみたいに。
まあいいや、このお堂と銀杏の樹にはなぜか好意的な何かを感じる。
まあ仏様や樹木にも嫌われていると感じるようになったらもうおしまいだけど。
これ、いつ頃からあるんだろう?


川に沿って行き止まり的な谷を結構さかのぼったところ。
数件の集落の中に結構新しくてそこそこの郵便局があった…ようだけど廃止されてその建物は売りに出ていた。
古い建物ならカフェにとか流行りだしありそうだけど近代的な元郵便局じゃね・・
民営化されればこんな非効率なものは維持できないのは仕方のないところだろう。
そんな話じゃなく。
そこからちょっとした道を登っていくと・・ガラスサッシがなく縁側に木の雨戸と障子だけという昔話みたいな家に人が住んでる・・
それもいいとしてさらにその裏を登っていくと
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えー行けないじゃんと思ったら
このテープは鹿よけだから外して入ってくれとの立札・・
ありがとうございます。
ではそうさせていただくと

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棚田と古い石塔・・
棚田はよく町おこしや観光用とは違うリアル棚田のように見える。
ちょっと天気は悪いけれどいいよね。
ぼーっとGoogleマップを見ていたら平維盛の墓なんていうのが出てきたので見に来たのである。
平ってあの平?
そんな人のお墓がなんでこんなところにあるんだ?
そもそも私はそのあたりに疎く、平維盛と聴いてもピンとこない。
しらべると・・
たくさんの水鳥が一斉に飛び立ち、その羽音を敵の襲来と勘違いして総崩れとなり散り尻に敗走・・な話は聞いたことがある。
あの時の大将なのか・・
地理的にこのあたりを収めたこともあり無縁ではないらしい。
絵にも書けない美しさ・・とか、歴史というかその後の語り部たちははこの人に好意的なようですね。
でも何やってんだてめー帰ってくんな!と言われたりなかなかうまくいかず苦労し最後は入水自殺みたいな悲劇の苦労人でもあった。
絵にも書けない様な美男子だったからだろうか、よくあるように逃げて生き延びた伝説が複数あり、お墓とされるものが各地にあったりもするようだ。
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この場所のこの石塔もその何百年か後に再建されたと書いてある資料があった。
再建というんだからそういう伝承があったのかもしれない。
面白いのは観光案内みたいなサイトにはそのことは一切書いてなくてあくまで平維盛の墓だと言い切っちゃってるところだろう。
よけいなことは言わなくていいんだよね。
で仮にお墓がずっと昔からあったとして、本当に平維盛の墓なんだろうか?
本当だとしたらすごいけれど、違うのにそういうことになっっちゃった経緯にも興味がある。
全然関係ないのに成りすましで色々やった偽物がいたとかだったら面白いけれど。

しかし、人物の説明を読んでると死者の首をはねたとかでてきて。
はねられた方もそういう覚悟なのかもしれないけれど、
首をはねられたらそこで人間は死ぬんだから・・
自分の落ち度ならともかく、いけっていうからそれも仕事と覆っていけば首はね・・
いま、うだうだいってるのもどうかと思うよな。
だからといって何か解決するわけでもないけれど。

R.シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」
英雄というのは作者本人のことだと言われています。
言われているも何も聞けば本人だと誰にでもわかるように書いてあります。
日本人的にな感覚ではよく恥ずかしくもなくやれるなというところ・・
でもこの人日本人じゃないのと芸術家っていうのはみんな自分表現かまってちゃんだから。

最終場面は嫁さん(ヴァイオリンソロ)に見守られながら穏やかに(英雄本人を演じるホルンが)息を引き取り「英雄の完成」となります。
現行版は
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そのあと軍楽隊の追悼ラッパみたいなのが輝かしく鳴り響いて偉大な英雄を称え・・いや違うな
ここに描かれるのはその後人々に記憶されるべき完成した英雄の姿・・じゃないかなぁ・・
そしてまたそれが優しく静かに消えていくという感動的な終結を迎えます。
場合によっては本当に涙が出そうになったりする。

https://www.youtube.com/results?search_query=ein+heldenleben
Youtube興味のある方はこのあたりでいろいろ聴いてみてください。
最後だけ聞いても感動とかないかもしれないけど・・

この感動的な終結、作曲当初はなくて静かに息を引き取ったところでそのまま終わりという内容でした。
たまたま持っているポケットスコアには付録としてその版も収録されていてみることができます。
サヴァリッシュがN響とやってるのをTVで聴いた。
そこだけ見ればそれもありかなと思うんだけれど、この曲構成的に重心が前によっている印象がありなにかこう決め手のないまま終わってしまうような不満が残る。
そのままだったらここまでの名曲として認知されただろうか・・
初演後何年かたって、誰だか忘れたけど助言をした人がいたのを受けて現在の形へ改訂されたという。
最近は初稿の演奏もあるみたいだけど私は現行のが圧倒的に好き。

作者がこれを書いたのはまだ30代だったと思う。
この人は90歳くらいまで生きたけれど第二次大戦に絡みいろいろあったみたいだ。
でも最後は自らの予言通り幸せに逝けたんじゃないかと思う。知らないけど。

白糸の滝で、近くにあると価値や魅力に気付けないもんですよというお話をいただいたり・・
本当にそうですね。
他人と比較して自分を幸せだと思うのはどうかと思うけれど、全然違うところでのある出来事で私は幸せなんだなと思った。
人間生きていたらいろいろあるからその一点だけで私の人生は幸せですなんて安直な結論には至らないけれどそれはそれ、いいこともある。私の人生にもいいことはある。
昔からポジティブのかけらでも持つとつぶすように仕込まれちゃっているのが抜けないので・・
楽しかった思い出もあれは社交辞令であったということになってきた。
誰もそう思っていないよ?と言ってもらったのもその人が気付いていなかっただけだろうということになて行く・・
こういうのを、死ぬまでに少しでもなおせるように。
素直に私は幸せだったと思いながら死ねたらそれが私の完成。


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最後の歌

大井川の河口で鶏や猫たちの穏やかな世界を見たあと、大井川の堤防にのった道路を地図上に見つけて走っていく。
途中で長い橋を渡って台地の上に上がると一面の茶畑・・霜よけの扇風機・・・向こうに見えるのは空港の管制塔だろう・・
なんとなく心を惹かれ写真を撮ろうという場面もなく・・一度着て見覚えのある地帯へ。
覚えた路地に入って奥へ進んで・・
大代側線。
こういうものに興味のある人ならここがどこだか知っているだろうし知らない人はもともと興味もないはず。
そんな場所だから詳細は省略。

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あっ、いた。

夕日に輝くボイラー。あれは蒸気機関車。
公園で眠る機関車とは違う、現役営業線へつながるレールの上に乗った・・生きた・・はずの・・
今乗っているのは自分のボイラーじゃない。
ボイラーの他使える部品を稼働中の別機へ差し出し、ここで静かに休んでいる。
前回来たときは明確な立ち入り禁止の表示時事もなかったのですぐそばで隅々まで観察させてもらった。
外した部品の代わりか添木を番線で固定し・・・戦場で骨折した人が木の枝を括り付けて応急処置したような・・・何とかここまで運ばれてきたという瀕死の様相には泣けた。
しかし、どれだけ雨ざらしになっていても腐るでもなくしっかりと形を維持した削りだしの部品みたいなものに感動したりもした。
この先、何をどう間違っても奇跡の復活というのはありえないんだろう。

数か月前に来た時にはここで2両の電車も静かに最後の時を待っていたんだけど・・



https://www.youtube.com/watch?time_continue=500&v=E4jZ21bLB_c
リヒャルトシュトラウス、4つの最後の歌から。
私はこの曲集がとても好きなのであるけれどその中でこの曲も忘れられません。
最後の眠りにつこうとする人の歌。

私はドイツ語をリアルタイムに理解することはできないのでどうしても歌詞は補助的なものというか言葉も音色の一つとして受け止めてます。
言葉がわからなければ意味不明となってしまうような音楽もある代わりに、言葉がなくても大きなものが伝わってくる音楽というのもあります。
この曲を初めて聴いたのは二十歳くらい。学生の頃。
終曲で夕景と死にゆく人が重なる世界に大きな衝撃を受けたけれど、この曲についてはあまり深いことは考えずただ聴くいていただだった気もする。
まだ死というものは遥か遠くにあってリアリティーはなかった。

どこまで書いていいものか・・
その時、誰もいない可能性の高い私はこの曲のように穏やかな気持ちでいけるんだろうか。
いつかその為に具体的な策を講しなければならないだろう。
いつかじゃなくてもう今なのかもしれない。
最後まで手も打てないかもしれない。

SLもすごいけれど隣の貨車もすごい・・ねじ式連結器のバッファの跡がある・・大正時代から走ってた証なわけで、そんなものは図鑑か博物館にしかないはずだろう・・
あっ!?
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向こうに屋根付き建屋が立っている。
架線を受け止めるように見える金具・・なんだあれ!?
近づくと

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先日解体待ちの車両が眠っていた辺りは綺麗に片付けられてこんなものが・・
複線のピット完備・・レールはまだ仮置き・・
これなんだろう?
あの朽ちていくSLと古典貨車を救ってくれる?
ネットで検索してもほとんど情報がなく、正式なアナウンスみたいなものはないんだと思う。
一瞬観光展示用施設か!?とも思ったけれどそれなら千頭の駅構内に作ったほうが人目につくしうまくやれば集客に一役買ってくれるかもしれない。
じゃちがう?


検車区みたいなところの裏へいってみる。
17時を過ぎて誰もいない。
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2両で解体待ちをしていた京阪テレビカーは1両だけあそこにいる・・やっぱり保存?命拾いできるのかな?

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あれはあれでしょ、トーマスってやつだ。
子供に大人気で予約はいっぱいだと聞いた。
稼ぎ頭なんだね。
草むらの中で眠るC11のボイラーやいろんな部品は今あそこにあるあれらしい。

生きていれば楽しいこともあるし、楽しいことがあるのは生きていられる間なはずだよね。
思春期に、あっ俺あの子が好きなのかな?
というのががあった・・書いたはいいけど本当はもう忘れてしまった。
クラシック音楽に対しては間違いなくそんな感じだった。
あっ?俺もしかしてクラシックが好きなんじゃないのか?
なんて目の前の世界の色が変わった瞬間があった。
聴くしかできないんだから片思いみたいなもんなのかもな。
30年もやってるとストーカーみたいか。
その時同時に幼いころから続いてきた鉄道趣味はここで終了するのだと思ったのも覚えている。
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なんでこんなとこ来てんだろ?

今日はカフェはいけないね・・
嫁さんがコンビニで菓子でも買って食べられればそれでいいという。
近くのコンビニによってまたあの場所に戻り、チーかまを食いながら夕焼けに沈んでいくC11を眺めたりして。

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帰ろう。
また来よう。

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サンチョ・パンサ

本文ほとんどを削除したのでほとんど意味不明なまま公開。
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セルバンテスのドン・キホーテという小説が超絶有名ですよね。

リヒャルト・シュトラウスがこれを音楽化した交響詩「ドン・キホーテ」という曲があります。
光景が目のまえに見えるようなびっくりオーケストレーションが目白押し・・
ものすごく写実的な交響詩でありながらチェロ協奏曲としての要素も持っている。
しかも全体を変奏曲に仕立てやがった・・
聴いてもそうですがスコアなんか眺めているとものすごい書き込みようで天才作曲家の絶好調感も伝わってくる作品です。
初めて聞いたときは面白い曲だなぁ!と盛り上がりました。

でも今何故かこの曲あんまり好きになれないんですね。
凝りすぎてて流れないからかなぁ・・

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この曲、小説と同じく独奏チェロのドン・キホーテが主役でヴィオラソロのサンチョ・パンサを従えています。

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サンチョ・パンサ、あなたこそが真の偉大な英雄です。
その点でこの曲は私にとって間違ったものだ。
サンチョ・パンサ、お疲れさまでした。


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忘れられないことと狂気

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死なないよ俺は。誰よりも長く生きてやる。

車にね、謎の付着物があって取れないんですよ。
前輪が踏んではねた何かなんだけど・・
泥ではない・・木の葉の粉砕されたものかと思ったけど違うみたいだ・・・みな同じ色をした粉末状の物体。
爪ではがすと動くんだけど吸い付くように車体に張り付いてる。
いったんはがしたものも吸い寄せられるようにまたくっつく。
なんだお前ら磁性体か?静電気?
これついてすぐ気づいたんだよな。
あの日のうちに取り去っとけば簡単にとれたのかなぁ?
消し去りたいなら早いほうがいい。
時間がたつと取れなくなる。



いい歳したおっさんの書くことじゃないけれど、
今、あることを忘れたい。
なかったことにしたい。
嫌だ思い出したくないと思っているけれど、そんなふうに考えることがこれを忘れずに定着させる糊かニスみたいな役目をしてると思う。
いったん素直に消えていったのに、ちゃんとしないからぶり返して定着してしまった。


ワーグナーの楽劇「神々の黄昏」のなかに主役のジークフリートというのが陰謀により”忘れ薬”というのを飲まされるというシーンがあります。
嫁のことを忘れちゃう・・そしてそこにいた女性に一目ぼれし・・・みたいなはなしでしょう?

忘れ薬を飲むというシーンの音楽・・・
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あれ・・なんかつまんないな・・・
怒られちゃうか。

この後色々いいように操られた揚句に思い出す薬というのを飲まされることになっていてこの人やられ放題で災難ですね。
思い出したところで殺されちゃうし。
思い出す薬でまた出てくるんだから記憶は完全に消去されていないんだな。
なんか昔のパソコンのファイル復活みたいですね。
フォーマットするか別なファイルで上書きするまで消えないんだよ。
頭の中もそうでしょ?
久しぶりに探し当てたと思った上書きネタはまたいつもの”不正な処理が行われました”・・みたいなのだった。
標準からはずれ、足りず、欠陥だらけの俺OSですが消されると悲しいです。
初期化はやめてください。





これじゃ記事になっていないので忘れ薬のところのトリルで思い出したサロメのおしまいの狂気のトリル・・
こちらもオペラに興味がないので全曲をちゃんと聞いたことがありません。
でもこの最後のシーンは衝撃的で忘れられません。



生首をもって
私はお前に口づけをしましたよ・・
とかいってるんでしょう?
血塗られたこのシーンでの音楽・・単なるBGMで終わっていなかった・・

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初めて聞いたときはこの怪しいトリルの遠く向こうからサロメの動機が聞えてくるのに心を奪われた。
チェレスタってこんなとこにも出てくるんだな。
トロンボーンとかの怪しい和音は安っぽいホラー映画とかの音楽みたいでもある・・
逆にあの手の音楽はこれのパクリなのかもね。

しかしこの音楽のすごさはそういうところじゃなかった・・
狂気と愛と喜びと美しさが混然となり最高潮となったとき、

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美しさの向こうに呪われたトリルがずっと聴こえてるんだよ・・・
狂気と美しさは表裏一体なんだ。やばいね。
ここは話の面白さとかすごさとか怖さとかそういうものを音楽が超えてしまっている部分だと私は勝手に思います。

リヒャルトシュトラウスはほんの一部の曲をのぞいて正直苦手。
でもこの部分にはとても惹かれる。
これを凝縮させ、音楽だけで表現する交響詩みたいなものに仕立ててくれたら愛聴したのに・・

昔聞いたときはホラー的要素のばかり注目してすげーなんて思っていました。
でも今はこの狂気の喜びに惹かれる・・・



車のあの物体除去にはガムテープが有効なことが分かった。
しかし数が多すぎ勝利は遠い。
頭の中の嫌なこともガムテープでつまみ出せないのか・・

出せるわけないよね。
グダグダ言ってますけど誰も助けてなんかくれないんだし、自分で何とか突き進むしかない。
端から見れば情けないバカに見えるんだろうけれど笑わせておけばいいわそんなの。
どうしても出てきてしまう嫌な記憶や嫌な妄想も出てくるなら出て来いよかまわねーよ。
ブログのネタにしてやる。

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ひばり

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10月に入ってからも咲いて見せてくれた朝顔。
日が出てしばらくたっても咲いていてくれて、お別れを言っているみたいだった。
そういわずにもっとずっと・・

わたしだって長生きしたい。
作曲家で長生きといえばリヒャルト・シュトラウスが85歳くらいですか、後期ロマン派の大作曲家なのに第2次大戦後の1949年まで生きていた。
晩年自分でも「歴史上の作曲家としては私はもう過去の人間だ」みたいなことを言ったらしい。
第2次大戦中の行動によってこの人もだいぶ苦しい思いをしたのかもしれないがよく知らない。
その偶然生きていた最晩年に「4つの最後の歌」という作品もあります。
時代は無調前衛みたいになっていたと思うけれど、安定感のある暖かい19世紀から続くロマン派の音楽だと思う。
どれも深くて素晴らしい曲ですが、最後の「夕映えの中で」という曲に特別なものを感じます。

夕日のさす中人が死んでいく曲ですが、ちょうど今頃の季節の夕日の少し前くらいから始まるイメージがあります。

3362.png
2羽のひばりが高い高いところを鳴きながら旋回して・・
ドイツではひばりは死を象徴する的なはなしでもあるんだろうか?コウノトリが連れてきて、ひばりが連れていくみたいな・・何も知らないけど。


これが気に入ったというわけじゃないけど、こんな曲だよなというイメージ・・
広い広い空
少し赤みを帯びてきた西日
遠くには岩山がみえる
風はない


ショルティーさん。
やってるねー、死ぬまでせっかちにしゃべってバタバタ動いてる人いますよね。
そういう人の最後だよねこれは。
でもそれはまさにその人の人生そのものだし、
この演奏も、ショルティーの演奏そのもの。これが大好きな人がいて少しもおかしくない・・
私はもうちょっとゆっくりしてもらいたいけど・・

最後、不思議な転調を繰り返す臨死体験的な音楽の上で
「これが、死というものか?・・・」と言い残し旅立っていきます。

残された音楽は夕刻の空を描く。
3361.png
大変感動的な最後のページ。
シンプルで小さな歌曲なのにこんなに分厚いんだよ・・
練習記号Iに入る前のFes(F♭)・・書いてないけどみんなここでふっと間を開けます。でもセルはあんまり開けてないですかね・・
ショルティはFesが短いような・・ただの私の好みですけど・・

このFesのゴーッ という伸ばしはなにかこう・・永遠とか・・でっかい自然とか・・
人が死んでもこの世は永遠に何も変わらず続いていくんだよ・・みたいなことを言ってると思うんですよね。
その上空でひばりの声・・・

私もこんな風にいけたら・・
まだ当分先でいいです。

朝顔、今朝も咲いてくれた。
3365.png
もう終わったと思ってた弦も花をつけてた。
なんだみんながんばれ。

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遠くに

夏ですね。
皆登山に行ったりするんですか?
あれは秋か・・
暑いですよね。
仕事でシャープペンの芯がなくなったんで芯の入ってるケースのふたを開けようとしたんですが開かない・・
スライドするんだと思たら開かないから回転させても開かない・・なんだこれ・・
よく見たらUSBメモリーだった。


1159.png
リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲は一日で登山してくる音楽なんですが聴いていると・・
遠くにアルプスの山々が見えてきた!という場面がでてきます。


1156.png
大編成管弦楽につきもののステージではなく舞台裏にいる楽器が・・みたいなのが最も効果的に響く場面でしょう。
これ結構すごくて舞台裏待機していたにホルン12本とトロンボーントランペット2本ずつがやります。
ギャラと人数集めが大変じゃないのみたいな・・
実際ホルンなんて4人でやっちゃったりするんじゃないのかな?



こういう映像見てていつも思うけど、ただ指揮者なんか映したってしょうがないんじゃんないか・・
引きでステージ上のホルンは楽器おろしてるのにホルンが聞こえるねみたいな映像を流してほしいけどなぁ・・
これじゃ知らない人は舞台上のホルンが吹いてんじゃないかと思うんじゃないのかなぁ?
映像作る人間はもうちょっと曲を表現してほしいけど・・これやっつけ仕事なんでしょ?
なんて書いてると文句ばっか言ってふざけた野郎みたいですね。
ごめんなさい。
ただ見できてありがたいです。

これはそうでもないけど、舞台裏のバンダはモニターの指揮をみてるから指揮者がどこかにあるカメラに向かってタイミング出す時があるんだよね。
いつも思うけど昔はどうしてたのかね・・知らないけどぴったり合わせる技があったんだろうね。



あれですねこういう舞台裏のバンダみたいなのも録音だと神秘的に聞こえて萌えますが、実演にいってみるとけっこう薄っぺらい板一枚のむこうでやってまーすみたいなチープな感じで聞こえたりするんですよね。
でもあれが本当なのかもしれない。
録音しか知らないと虚像を真実だと誤解しちゃうかも・・・
歌劇場の指揮者だったリヒャルト・シュトラウス的な発想でしょうか・・実際人集められる自身があるから書くんでしょう?

バンダ、ここが終わるともう2度と出番ないんですよね。
こそーっとでてって曲が終わる前に着替えて帰っちゃったりとかするもんなのかな?
飲みいく?、みたいな・・
オペラだともう出番がないならピットから出て帰っちゃうんだって昔何かで読んだような・・

なみの作曲家だったらこの先もう一回くらい何かをやらせたり、クライマックスは一緒に歌えとかやりそうだけどね・・オペラ的発想なのかな・・

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これはうちの近所にある滝で・・ドーっとか言っていてなかなかです。
写真だと結構いい感じに写っていますが、実際は噴霧された家庭排水的なにおいが辺りに立ち込めているような状況です。
この上流、自治体の公共下水道事業は川の片側までで反対側に計画はなかった気が・・この先もずっとこんな感じなんでしょうか・・
昔はうなぎがいたと聞いたような・・

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アルプス交響曲に滝が出て来るのが有名ですが・・


ドーっていう滝じゃないですね。シャバシャバシャバ!みたいな・・

1007.png
こんな感じ?・・
もっと水量は少なくて勢いがある感じかな・・

半日くらいでそこそこのところまで登って降りてくるわけですよね。。頂上であんな達成感得て大騒ぎなんだし、
上り始めてしばらくたってんのにでっかい滝があるようじゃ全然登り切れないわけで・・・
並走する川も水源に近くて細いんだよと・・

順番が逆転してますが、この手前でずっと小川に沿って歩いていました。
この滝の下流なんでしょう。

1008.png
このいっぱい流れて見えるのは小川のせせらぎでしょう・・
楽譜の見た目的にも小川っぽいところが笑いますね。

低音がやっているのは山登りの動機というやつで・・・綺麗なせせらぎに対してちょっと不自然な感じで入ってくるんですよね・・
なんか頑張っちゃてんの・・ちょっと疲れ気味というか・・・
で、この先のさわやかな滝で癒されるんでしょう・・

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