自宅でやっている人と言葉

ピアノに限らず楽器の先生が自宅で教室をというのをよく見かけそういうものなのかも知らないけれど、私が向かうのも住宅地の中にある一見普通の家。入ってみても普通の家だった。あたりまえか。
でもグランドピアノが2台並んだ部屋があって
その写真を撮るわけにはいかないから代わりに
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ここは普通の民家の一室がカフェになっている家というか店。

それで初めてのレッスンに行った。
指を痛めた原因もどうするべきかも自分でわかっているけどでも痛いという話を最初にして、まず爪を切った方がいいといわれああそういえば子供の頃にピアノ弾くなら爪がみたいな話を聞いたなとかルーヴィンシュタインの演奏を聴いてると時々爪の音が聞こえるなとか
こうですよね?と鍵盤に手を置いてみてわかってるんならということで
椅子の位置を変えてもいいですか?と言ったらえ?という反応のあとにああ前の子が替えたから変えてもいいですよ
そこで自分が思っているよりかなり後ろに座るんだという事を48にして初めて知る。
それからたくさん弾いたけどあとで気が付けば指の痛みは全くなかった。
帰って弾くと痛いので姿勢のせいかグランドピアノの鍵盤のおかげなのか
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ちょっとでも位置がずれるとコップ倒れる問題に怯える。

全部書いてると長くなるので箇条書き的に
言われた以外の曲もできる限り練習していったのでそのすべてをみてもらった。
まず練習をかなりやってきたということを認めてもらう。そんなのあたりまえなんだけど、今までのことがあるので。33年くらい前から始まった何かにひびを入れるというか。
バイエルすぐ終わりますよは正直聴きたかった言葉だけど聴けて良かった。
いいですね、いいですよという肯定的な声をかけてもらえるのも同じ衝撃を受ける。
表現ができてるのもいいですねというようなことを言われてうれしかった。
時折不具合を指摘してもらうのだけど、休符を生かすことを見落としているとかフレーズのここがとか当たり前だけど音楽の話だ。今まで音楽してる人にずっとなりたくてなれなかったので
ある曲を先生と2台のピアノで合わせた。
音楽の大きな喜びの一つに人と合わせるという事があるわけで、自分には縁がないのかと思ったそれがそこにあって
重音の練習曲で音色も出来てますねみたいなことを言われて衝撃を受ける。音色作ろうなんて思った覚えはなくて上の音を強くくらいなことは考えてたけど、今のどういうことですか?と聴ける余裕はなくて。
ルーヴィンシュタインの重音でコーラスというか柔らかい人の声が聞こえるような気がすることを一瞬思いだしたり
練習した曲が終わって次に進むとめちゃくちゃになり体中に力が入っているとき、前の曲で力抜くので来てました。力の抜きかたがわかっていらっしゃるんだから・・
そういう肯定的な言い方も魔法なのかも。その言葉はずっと残って助けてくれると思う。
家だとできるのにレッスンに来ると全くできないというのは無駄に緊張するからだけど、ほんとにリラックスすると家で間違える部分も間違えない。なんか、そんな感じがあった。
力を抜くというのは力を抜こうと思ってできることではなくてできると思うと自然にそうなるとかなんかそういうのだと思うし
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イチゴのシフォンケーキクリスマス風とおっさんなのにイチゴミルク。昔牛乳の中でイチゴをつぶして食べたあの味そのままで美味しかった。

体験レッスン時に口が滑って作曲をしたことがあると言ってしまい練習もしてないからめちゃうちゃくちゃながらちょっとだけ弾いた。その時ありがちなスルーやいかにもなお世辞という感でもなく興味を持ったような話をしてもらって。
でもそれはそれと切り離していたんだけど今回また時間終わったところでじゃあ作曲した曲どれでもいいから何か弾いてみて・・
え?
練習もしてないので弾けるものもないんだけどちょっとだけ・・また関心があるようなことを言ってくれるので、だけど今やってることがある程度できるまではこういうのは置いとかないとと思ってと言ったらいやそれも練習した方がいいですよみたいな話をしてもらう。
まだバイエルなのにペダルを踏んで自分の曲というのも変な感じだけど、そこでまたしてこの歳になって初めてペダルを踏んでいる間の左足の位置を教えてもらった。
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とても小さなお店だけどかなり強気な価格設定で初めて来たときは驚いた。確かスイーツだけならいいかなと思った記憶もあってまた来てみたりして。

浮かれたようなことを言ってるけどでもまだ始まったところだから。
前の楽器の時は2回目のレッスン冒頭で・・
その後かなり長い時間いろんな話をしてもらったけど先生も昭和の人でピアノに関しても暴力暴言当たり前の時代を耐えて育ってという人だからほんとはかなり厳しい考えを持っている人だと思う。
けど、とにかく否定的な話には細心の注意を払って肯定的なことをたくさん言ってくれるから
口を開けばネガティブが出てきてしまう私も先生の前でネガティブな話は一切しないことにしようと思う。
前の楽器の話もしない。
先生は自分が音楽とどうであってここまで来てという話をしてくれて、何も習ったことのないはずの私がどうして楽譜を読み作曲をしたりしたのかというところに興味を持っていろいろ聞いてくれる。
ほんとに音楽が好きなんですねと言ってもらえたのが一番うれしかった
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時間かなりオーバーしてからも音楽のいろんな話をしてもらって最後は地域ネタの世間話で終わった。

https://www.youtube.com/watch?v=kHVHVw_Uebo&t=3605s
夕映えの中で
30年以上前この曲を初めて聴いたときはテレビで歌詞の字幕を見ながらだったから最後の
これが死というものだろうか?
とそれを取り巻き続いてゆく音楽に衝撃を受けた。
それは今も変わらないけど、この数日その直前にくる
もうさすらうことにつかれた
の部分にある
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sfzが心に刺さってて。
ひとつ前で書いたけど不吉かと思ってこれ外した。
でも今は肯定感があるので大丈夫だろう。

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恨みによる犯行かとか思ったりしたけど

嫁さんと犬と、嫁さんの車で出かけて帰ってきた。
荷物をもって犬を玄関へ・・
嫁さんが何か言ってるので駐車場の自分の車を見ると
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あるわけない景色が目に入るととりあえずショックを受けますね。
すぐに車上荒らしという言葉が浮かんだけど発見時ガラスは崩れず一応みんなつながった状態だったので物取りではない?
じゃあなんだいたずらか?恨み?
人に恨まれる覚えはないと言いたいところだけれど恨まれるってのはそういうもんかもしれない。
近くの交番からすぐに駆けつけてくれた警察官はパトカーから降りる前から周囲の農作業的飛び石に言及する。
あー、石・・
問題はどこから飛んできたのかという話で確かに周囲は連日トラクターや草刈り機が動いたりもしているけどこの日それはなかった気が・・いや出かけてる間はわからないと言えばわからない。
警察官が何度も念押しするように被害届を出しますか?と聞くので調べて回ることになるんですかと聞けばそう聴取をとったり・・
周りともめるか気まずくなるのも承知の上で進めますか?というような話であるんだろう。
その時は保険で直るんだろうしそこはまあいいかなんて思ってた。
その後窓の下塗装面に見慣れない一直線の傷が出来ておりその軌跡を延長すると窓に描かれたひび割れ波紋の発生源みたいなところへ到達する事に気付いた。
路面に反射した石が下から車体をこすりつつ窓ガラスにあたったのかな。
だけどこの日は走ってないし前日異音を聞いた覚えもないなぁ・・以前フロントガラスに飛び石を食らったことがあり、一見大丈夫なようでも長い時間ののち温度変化などでガラス全体が大破することがあると聞いたことを思い出したり。
保険屋とディーラーに連絡するとみんな迅速に対応してくれて待ち時間があるとはいえ私はただ電話をかけているだけで車は積車でディーラーへ運ばれレンタカーが家まで届けられた。
夕方から雨の予報だったけど考えてみれば晴れてるうちに事が済んだのはありがたい。

気持ちがふさぎ込んでるときにこれが来ていたらどうなっていただろうか?
どうもならないだろうけど実は色々あった多方とのやり取りでとがったような口を聞いてたかもしれない。
妙に落ち着いてまあいいやなんて思ってられたのはたまたま気持ちが安定してる時だったからだろうな。
やっぱり普段からある程度安定して遠くや周りを見回せるでっかい気持ちを持ってられた方がいいんだろう。
落ち着いたころ車の状態を見て電話をくれたディーラの営業と話していて保険を使って等級が上がることを考えると自腹の方がいい可能性もという話になりようやく保険があってもなくてもあるはずのなかった多額の出費が確定しているのだと気づく。
そんなことを考えてるところへ広報無線が感染症発症者が急に増えだしたことを告げていた。

帰ってきた時間も早かったし本当なら何かそこそこ重い音楽を聴くところだったかも。
気持ちが明るく調子がよかったし、音楽聴こうか感が復活しかけてたから。
みんなぶっ飛んじゃったけど夜にちょっとだけ聞いた。
そういえばリヒャルトシュトラウスは車が好きでスピード狂だったんじゃなかったっけか。

https://www.youtube.com/watch?v=lEfqIz4HPHM
リヒャルトシュトラウスはかなり長生きしたので自作自演が古いモノラルとはいえそこそこの音質で聴ける。
自作自演といういのはあえてあまり感情を入れずにさらっと流すもんだと自分で言ったのはラフマニノフだっけか、リヒャルトシュトラウスは時代最高の歌劇場指揮者の地位を確保し維持していたような人だからどんな演奏なのか強い興味をもって聴くわけだけど。
一聴するとラフマニノフのあえてさらっと発言が一瞬浮かんだけどでもこれはそういうのじゃなくてもともとこの人の演奏感じゃないのかな。
それより聴いてるとすぐ引き込まれ自演かどうかはどうでもよく普通にというか非常に楽しめるし複雑ないろんなパートはかなりうまくてどれもよく聞こえる。
昔誰だか知らないけど古参のもとウィーンフィル奏者だった人がりしゃるとシュトラウスの指揮ぶりを評して、自作についてはさすがに作者だけあって細部まで知り尽くしていた・・と言っていてのが印象に残ってる。
自作なんだからそりゃ知り尽くしていて当たり前だろうみたいな話じゃないんだろう。
書かれたものをステージ上で実体化するために今度は指揮者に要求される具体的解決法について隅々まで完璧だったみたいな意味なのかな・・
とかこういうの誰が読むのかと思いつつ、関係ないことを考えていられる余裕があってありがたい。

考えてみると割れたのがどっか遠出した先でではなくて家の駐車場だったことは不幸中の幸いというやつなのかもしれないな。
もっと言えばほんとはもらい事故で死んでたところ神様がガラス破損でいいにしてくれたのかもしれない。
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いつもは自分の車で出かけるのにこの日に限って嫁さんの車で牧歌的に弁当食いに行ったりして。
なんでもない偶然は意外に導かれてそうなってるんじゃないかと思ってみたり。
一度飛び石がガラスを割るような音を聞きぞっとして確認したけど何ともないということがあったのを思い出すけどあれ結構前なんだよな。塗装の剥がれ痕は結構新しく見えるしあれなのかどうか・・
週が明けて保険屋さんから連絡があり、この件で発生する自分の出費を具体的に把握する。
0ではないのでよくはないけれど保険があってよかった。
特約とかなんだこれなんて思ってたけど実際お世話になるとあってよかったと思うのね。
貧乏なのと先行きの不確定感からお金を失うことは痛い。
とはいえお金を払えば元に戻るものなんてちょろいというか・・金じゃ戻らないものがあるもんね。
どうか命と家族と音楽を失わないで済むよう導き見守ってください。

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俺まだ生きてたよ!

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せせらぎにはいって
いいよ
え?いいの?
いつも必ずダメ!っと否定形な中で生きている私のなかに波紋が広がる。
ちょうどこの時精神状態が悪くまたこれに引っ掛けて私は幼いころから自分に対してもすべて否定系で・・みたいなことを書こうとしてた。
だけどこの日この後びっくり展開がきて気分も驚きの明るい方へひっくり返っちまった。
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なんかここいいね。
山奥の農家な店で飯を食った後普段は軽トラしか走んないような道に突っ込んでいったら偶然みつけ・・
写真だと寒々しい荒れ地にしか見えないかもしれないけれど非常に牧歌的な世界があって、家からそう遠くもないけれどにこんなところがあるなんて全然知らなかった。
役所が噛んでるみたいだけど重機を入れて作った公園じゃなく、放棄された谷間の農地にたくさん人が地道に手を入れて・・子供の文字が多くみられるから学校か何かも噛んでるのかもな。
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この日この後楽器のレッスンだった。
恥ずかしい話だけど、人格を直接否定するような言葉を浴びつつ自分でもどうしてこんなことが出来ないのかがわからないという状況に接し、5歳から10代半ばくらいまでに経験して今も自分の根底を形成しているお前はだめだ、お前だけが駄目だという言葉が自分を締め付けるようになってしまっていた。
楽器と関係ない夜中に目が覚めてああ俺はだめだと思ったり何も関係ないはずの日中もずっとおびえて自分を断罪してるよう気分になっちゃって。
また人でなしなのはわかってるけどそこを耐え抜いて次につなげてやるとかなんとか思って行ったレッスンは、
素晴らしい、大変いい状態ですとか言われて非常に簡単な曲ながらアンサンブル的な体験をして音楽を楽しんでる私という人が発生、明るい気持ちで帰ってくるというまさかの展開となった。

こういうの今まで何度も書いたことがあるので読んでる人はまたかってなものでしょう‥と言うこの一文自体を最近書いた記憶がるけど。
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ダメもあるのね。
いいよがあるとダメも素直に従いたくなるか。
私のやってる楽器は右手で押し上げながら前歯2本で押さえつけて吹くんだけど私は歯並びも歯の高さも長さも形も異常なので前歯2本は絶対に当てられない。
そういう人は多分ほかにもたくさんいてじゃあどうするのかというところなんだと思うけれど、ずっと絶対に安定するわけのない場所で何とかし・まあいいや。
使う歯を2年間なんとかしようとしてきたのと全然違うところに変えたの。
以前も試してみたんだけどその時はだめだったからずっとそれじゃダメだと思い込んでたところへ。
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棚田があったり。
その向こうは崖の途中から湧水が湧き出して白糸の滝みたいになってたり・・なかなか素晴らしいというより変な観光地よりよっぽど素敵な景色だけど日が陰っちゃって写真的には絵にならなかった。
あれね、自然系はやっぱり午前中だよね。
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なんであれ、死にに行ったつもりが生きて帰ってきたような。
急にほかのいろんなことまで考えられるようになったり。
帰り道、頭の中で音楽が鳴る。

https://www.youtube.com/watch?v=MuDxmACh-us
交響詩「英雄の生涯」には敵というのが出てきて英雄をうつ病に追い込んだりしているんだけど、英雄とは作曲者本人だから敵と言えば何かするたびに批判を繰り返す評論家や聴きもしないで貶してばかりな批判的聴衆のことであろう。
あろうって聴けば解説なんて読まなくてもそう聴こえるような音楽が書いてあってこの人そういうとこほんとに天才的なんだけど
その敵と壮絶な戦いを繰り広げ一応の勝利を見るというような場面が作ってあって、
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同時進行していた嫁と親父の主題が一つになってよかったねと言った瞬間さっそうと現れる英雄の姿・・
この場面、水戸黄門で印籠が出てくるとか当山の金さんの桜吹雪とか、料理で言ったらたっぷりにバターにはちみつと生クリームとか・・あまりにべたすぎてここで感動しますなんて言うとちょっと恥ずかしいしいくらいの・・
だけどそんな邪念を排除してほんとに音楽を欲した時にむこうからくるものと歯車がぴったり合ったりすると
泣けるんだよ・・
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このところずっと、音楽をまじめに聴いてなかった。
楽器不調が原因でもしかして音楽まで嫌いになっちゃった?
でもこの日、まだ不調前回な気持ちの中何故か嫁さんのおかげとか書きながら頭に浮かんだ交響詩英雄の生涯を聴こうと思った。
途中の何でもないような目立たない部分に差し掛かった時ふとああ音楽っていいなぁかなんか・・
よかった。音楽嫌いになってなかった。


と書いてから一日くらいの間に2度ほど練習をしていると気持ちが落ち着いて来るも通り越して喜んだり安心したりしている場合では全然なくまたいつ落ちてもおかしくないという危機感を感じたり。
と書いたそばからまた練習して訳の分からないことにはなっていないと自分に言い聞かせる。
絶対に先へ進んでやる。

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一日遅れたけど

月曜の朝、あー会社自転車で行きたいなーなんて思った。
冬の間ずっと車だったから。
そうだな今気持ちも腐りかけてたりそういうのにも効くしなあれ
だけど駄目今日は会社終わったら寄るところがあるから。
退社後、
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普段私にはあまり縁もないおしゃれ店屋。
そこへそれじゃまずいだろうというような汚い恰好で入る。
昨日ホワイトデーだったのに、家に帰ってから思い出しちゃって・・
ダメじゃんか。
だけど飯食いに行ってドライブしてとかそこそこやってたから・・
いやだめじゃんか
すいません。
入れば絵にかいたようなおしゃれ人がいたりする。
あたりまえなんだろうけど別に誰も私のことなんか気にしてないし、変な視線が飛んでくることもなかった。
あたりまえ・・
昔、街を歩けばそんな視線とかこれ見よがしな咳払いとかそういう中に日々置かれたことがあった。
勘違いとか統合失調症的な被害妄想とかじゃなく・・いいけど2年ちょっとで終わった後も私は20年以上残像みたいな中にあって、今でも変わらないのかもしれない。
そんな人間がここまで時に楽しく生きてこれたのは、
嫁さんのおかげ。
のろけじゃないの。
死活問題的に嫁さんのおかげ。
だったら昨日忘れるなよ。
ごめんなさい。
なんかああこれいいなってのがまだ売られてたから買って帰った。

https://www.youtube.com/watch?v=MuDxmACh-us
交響詩「英雄の生涯」という曲があって英雄というのが露骨に作者本人なところもすごいけど、ある芸術家が苦悩したり戦ったりしながら完成されてゆく過程において一つすごく大きなことを言っている。
それは
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嫁さんのおかげ。
個性的なキャラクターがかなり具体的に描かれているその嫁さんもこの人のことでしょという実在する人物がいて顔写真を見ることが出来たりもする。
本人を知っている人たちはいい意味でかなり笑ったかもしれない。
でももうこの曲も書かれて100年以上たってるのか、そんな具体的な話から離れたところに到達してるとは思う。
戦いの場面というのがあって嫁さんの存在そのものが加勢してたりする。
今また全然違うところのトリガが封印した変な心の戸を開きかけているけどこんなもん何とか踏み倒してやる。
そう思えるのも嫁さんのおかげ。
今日言いたいのはそれだけ

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灯台の光

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空がきれいだった。
仕事で監査というか審査を受けるという日、不具合は絶対に許されないうえにいつもと異なる条件で極度の緊張を強いられる場面・・でも実はこの緊張夜に控える楽器のレッスンからきてて・・とふざけた話ごめんなさい。
子供のころから身体的なところに起因する劣等感と自己批判感に支配されながら感じ考え行動してきたし今もそれは続いてる。
大変ありがたいことに仕事だけはそこに縛られることなく色々な人のおかげで積み重ねた成功体験に支えられ訳の分かんないダメ人間ではない自分というもので臨んでこれた。
そこに生じる自分像にすがって生きるみたいになってないのもありがたい。
この変態が普通でいられる複数の条件が偶然そろっていることを感じ、導かれたのだという事と他というものはないというようなことをよく感じる。
最近それがいつまでも安定して続く保証はないのだという事をよく感じるけれど、いいかそんなことは。
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行く前にガンガン吹いてバテるのを今度こそやめようと思い、音階を二つだけにして・・
変な意識が走るとまた力が入ってなんて書いた覚えがあるけれど、結論的にはその通りになる。
噛みすぎるからとんでもない音が鳴るし息も続かない。それに焦るから余計噛んでそのうち指も回らなくなりそれにあおられてテンポも何も・・
おかしい、こんなはずじゃ・・普段はちゃんと・・色々出ては来るがここへ来るとこうなっちゃうこれが事実で現状、問答無用というところであろう。
なぜそうなるかとどうすればそうならないかを考え探って知って、練習していくだけ。
だけどこのまま終わるのも・・
いつも終わり掛けに先生が何か質問はありますか?と聞かれるので
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先生ちょっとだけいいですか?
はいどうぞ。
この曲の・・
ああいいですね
この部分なんですけれど吹き方これで正しいかどうか・・
いいですねやってみてください。
前回めちゃくちゃだと怒られたそれがなぜそうなってしまい何故ちゃんとできないかをいろいろ探っていたら拭き方そのものから全然違うのではないかという事に気づいた。
だけどいいと思ってやったことが
それは全然違います。全く駄目です!
みたいなことが何度もあったからよくわからないままだましだまし行くんじゃなくそこをはっきり確認しようと。
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かってに手前のいつも練習している部分から吹き始める。
さっきまでめちゃくちゃだったからどうか・・あ・・いつも通り行けてる・・
該当部分を通過したとき横目に先生が指揮というかリズムをとって次へ進むことを促しているのが・思ってたのよりもうちょっと先まで行って、
うん、
いいですよ。
え?ほんとですか?
いいです。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=498&v=E4jZ21bLB_c
あたりまえだけどこの曲じゃなくて
この写真を撮ってた時に頭の中で流れてたというか・・
死を暗示する曲だけどとても美しく
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明るい気持ちで楽器を片付けていると先生から思いがけず
ちょっとなんて言って悪いけど、
ちょっとづつよくなってます。
あなたの練習法は間違っていません。
・・・・あなたの練習法は間違っていません・・(エコー)
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マーラーの2番のここみたいでしょ。
遥か遠くから聞こえるこの声に導かれてこの先三途の川前後みたいなところを歩いてゆく・・
ある時は船となりある時は行く先を示す灯となり・・日本のどっかの経典でも聴きますよね
全然だめだ練習してないからだ!ではどうすればいいかがわからず途方に暮れているうちに砂の中に見込まれ・・昔から何度も何度も繰り返されてきたそれなわけだけど、今の練習法でいいと言われたら後は頑張ればいいわけなので。
一般的には大した話じゃないのかもしれないけれど私にとってはこれほど力強い言葉はない。
これでまた次のレッスンまで2週間、私は自分を人間だと思って練習できると思う。
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こういうの、書いてる時はいいけどちょっと時間がたてば
だけどそんなもんふつうは子供でさえ・・とか
お前初めて何年たってんの・・
誰も何にも言ってこないけど読んだ人間はどう思ってるか・・
みたいなのが矢のように飛んでくる。
もう何十年も、そういうに対し聞こえないふりをするだけでなく気づかないよう何も見ない聴かない近づかないようにして生きてきた結果何も知らずわからないし見みると変な精神的発作みたいなのが来る変人になっちゃったのは今置いとくとして、それじゃ進まないから無理にみようとするとあぶないのよそういう人だから。
Youtubeをみてると若い人たちが作った練習のコツ教えマスみたいなのが腐るほどあって、一つ見ちゃうとどんどん勝手に出てくるんだけど危ない。
あれ見て理解できうまくいくんなら中学生くらいから下手でもおかしくてもなんかやってられただろう。
だけどやりたきゃ参考になるものは何でも拾わないと・・頭を攻撃してくるのは多分その内容本体じゃないところで。
やることは正いことを正しく積んでかないといつまでたったって出来るように派ならないと思う。
でも一般人的時間感覚を適用しないで。
外とは完全に遮断したシールドみたいな中でゆっくりでも馬鹿みたいでも一人確実にできるように積んでくだけ。
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この写真の時は嫁さんをでっかい病院に連れて行った帰り。
検査の結果を聞きに。
何言ってんだか分らなかったってなんだよそれと思うけれど急を要する大事になってはいないらしいことは分かった。
じゃいいか。

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やりたいこととできること

もう20年近く散々走って見飽きたような道路から、路地へほんのちょっと入れば未知の場所だったりする。
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地図を見てるとそんなとこにある店があるらしいので行ってみたら確かにあった。
当たり前か。
木に囲まれたような・・
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若干古くなってきてるけどお金かかってるんじゃないかとか・・
木と言えば、今うちの周囲で木がやたらに枯れてる。
遠くの山までかなり広範囲で大規模に枯れ木の茶色いまだら模様が・・。
今年暑かったからかななんて思っていたけど、広報無線を聴いていたらあれはどうも病害虫によるものらしい。
木も受難の時なのか。
マスクもできないし自分で逃げたりできずなすすべのない木は気の毒というか。
樹もあの場所で何十年踏ん張って生きてきたわけで、動けないのをいいことに虫なんかにやられ枯れていくとき
ちくしょう!なんて叫んでるんじゃないかと思ったり。
山の木あんなに枯れちゃって大丈夫なのかな。
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パイ料理専門店ということで、冬に来ればいいんだろうけど。
こういうの食ったことあるようで初めてかな。
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部分的に開削すると開口部からビーフシチュー的な世界が
しかしここ車の通りも少ないし周りは工場住宅学校みたいなとこでお店のありそうなところじゃないよな。
スマホで簡単に探せる今は訳のわかんない山のなかとか住宅地の中の民家がお店だった的なものは商売上不利どころかかえって面白くプラスになると思う。
そんなものはなかったころからこんな裏の裏みたいなとこでやってきたこのお店はみんなに愛されるいいお店なんでしょうね。
以前よく知る人が定年と同時にだした店は一月後にはなくなっていた。
ある種の店でお客として別格的スターだったらしいけど自分がやるというのは話が別だよというのが皆の総意、あれじゃあねえ・・。
好きとやれるは違うところが世の中の酷なところというか・・違うかただのあたりまえか。
もう3年くらいになるのか間違えて入っちゃった吹奏楽団の練習中だめだ・・やめよう・
絶対あきらめないぞと自分に言い聞かせて家を出たその日、糸が切れたようとか言うけどほんとにそんな感じで。
一人で好きにやるのじゃなく他人と関わりながらな話だと、勝手に意気込むのとは別にリアルに持ってなくちゃならない基本的条件というものがどうしてもあるわけで。
楽器を車に積み運転席に付きながら唯一の楽しみで一番好きなことによって自分が駄目なことを具体的に明らかにされるとは神様は酷ですねなんて思ってた。
思ったけど神様はじゃなくてそんなのあたりまえのことをようやく知ったというところであろう。
でも諦められないのでまたやってるし、あれがあったからの今だからそれはいいの。
昔アマチュアオケでやってる人のブログを読んでたら私の大好きでかなり有名な曲を練習中なことが書かれてあった。読み始めると曲のことなんか全然知らないし愛着もないし興味もないんだというとこに・・その時自分はやらずに聴くだけの妄想的リスナーだったから驚き批判的な気持ちを持ったりした。けどそれは筋違いだろう。
私の話を書いたってしょうがないけど団にいる時自分もその曲が好きだからやろうとしたわけじゃなかった。
誰かが演目を決め楽譜が配られる・・に始まって読みながらやりながらその曲を知り感じ・・・という言う話を書く資格がある私じゃないからやめよか。
プロのオケ奏者の日記を読んでてもかなり有名な曲についてこの曲は初めて知ったなんて書いてて驚くことがある。
でもそれも当たり前なんだろう。
もちろん内容を無視して機械的に技術力だけでやってるとかそういうことを言ってるんじゃなくて。

やりたいとやれるは別だという事は子供のころからいろんなことをやってみることで自然に覚えてくるものなんだろうけど、先にできるわけないだろに染まって何もせずに来ちゃったから中年になってその基本を思い知ったりしてるのね。
そしてやろうと思えば何でもすっと出来ちゃう人というのもいて、そういう人にはそんなのやる気がないだけか馬鹿にみえるん・・なんか書いててくだらねーなーと思ってるけど他の話も別に思いつかなかったの。
なんでもいいけどできない私は聞き専のまま死にたくないの。
絶対嫌だ。
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本格的な採掘に着手。
煮込みハンバーグは2個入ってた。
皿の淵に引っかかってるパイも手ではがして食っちゃった。
おいしかったよ。

https://www.youtube.com/watch?v=Kl9kfs_4K7Q
アルプス交響曲は嵐の中急いで下山すると神様でも出てきそうな西日を見て、夕日の沈んで行くのを感じながら家で今日一日を思い出す。
曲のおしまいにある変ホ長調の回想的音楽を聴いているとログハウスみたいな木の内装のと暖炉の火みたいな中に自分もいるような気がする。
変ホ長調というのはベートーベンがそれで英雄交響曲を書いたりして英雄的な調なんて意味を持たされることがある・・俺はやったぞという達成感をそこに表してんのかなと思ったりしなくもないけど違うかもしれない。
正しいかどうかは問題でなくそんなことを考えることが音楽を聴くという事でもあ・・
音楽をやる側から好きな人にこういう話をすると嫌な顔をしたり馬鹿にしたり・・されると思ってんのは私の中にある記憶からくる勝手な被害妄想で、言っちゃいけないことか。
絶対音感なんかかけらもないから初聴きでEs durだなんて思ったりしない。以前楽譜を見て知った知識みたいなのがいろいろ言ってるだけでオタク的な役に立たない・・いや、そんなに悪くいう事もないだろう。
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ランチについてくるアイスティーは結構な量で・・
全体的に女性向でちょっと少なめかななんて思ってたけど
これ飲んでしばらくしたら腹がいっぱいになった。

プロオケ団員の日記は20年分くらいあったけど多分みんな読み終わった。
現在進行形だから今日の分も読むわけだけれど、ところどころ音楽という場はお前の来るようなところじゃないわきまえろと言われてるような気がすることがある。
もちろん書いている人はそんなつもりで書いてない。
音楽と関係ない話においては思ったことをそのまま書いちゃう人で会社員だったら色々あったんじゃないかなんて思わないでもない。同じ音楽のプロやそこを目指す音楽家にはとても厳しいことをいうけれど、関係のないアマチュア、聴き手、客に対しては俺のが偉いみたいなそぶりを絶対に見せないよう気を遣っているように感じられる。
そうでなきゃあそこまでいけないし、あそこにいられないしあそこまでいける人にはその余裕があるのかもしれない。
読んでてどうこう思うネガティブはすべて私の中に蓄積されたものから発せられているのであり、悪臭を放つそれをみんな掻き出し吐き出し雑巾がけをしてきれいになったのを見届けて死にたいと思う。
だからまだ全然死ねない。

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いってきた

昔、近所の畑のふちかなんかに腰かけ大おばあちゃんから昔の話を聞いたことがわすれられない。
今は地区を指す地名を何とか村と呼んでいたから昭和初期とか大正時代くらいの世界感だ。そのなかには恋愛関係のもつれで殺人事件に発展、あたりは血の海・・というのもあった。
私を見つけると手招きして色々話してくれたのだけど、その時失業中の身で職安へ通う道中であり自分をはずかしい人間だと感じていた私は何でもすぐにうわさとなて広がるこの田舎にあってできれば隠れていたかった。
一度おばあちゃんを発見したのに気付かないふりをして速足で通り過ぎたことがあって、私のその様に気付いただろうか?と後ろめたいというか何か引きずられるような思いがあったの覚えている。
それで、それが最後になってしまった。
もっと何か聞かせてもらいたかった。
90を超えても竹で編んだでっかい籠を背負って満面の笑みで歩いていた姿が思い浮かぶ。
柴刈りに行くから朝の3時に起こしてくれと頼んだ旦那さんは山を越えたあんな遠くまで行って仕事をしたのに11頃には戻ってきて馬を洗っていたと聞いた気がする。すごいな。
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馬を洗ったのはここだと思う。
上流には家なんか一軒もなくそのまま飲めるような川だたそうでシジミがいたとも聞いた。
とそんなことをここに書いていたら我慢できなくなったのでまた山へ通じていた道を歩いてみることにした。
私は馬を持っていないので自転車を連れて。
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自転車に乗って登れたのは最初の30秒くらいであとは息を切らして歩いてきたのではあるけれど、このあたりまでは今も犬とふらふらこれるお散歩地帯。
神秘地帯はあの先から。
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いきなりうっそうとするけれど始めのうちは割とまっとうな道が分水嶺の上を行く。
南斜面はもともと畑だったと思うけれど痕跡も何もない。
ここではないけれど白菜やサツマイモが植えられたそんなところを子供の頃よく見たし植林するためのヒノキの苗を育てる畑もよく見かけたのを覚えてる。
30年前にはなかったコンクリート舗装は結構新しく、この道はまだ誰かにとって投資する価値があるということを示していると思う。
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この日にわか雨が降ったばかりなので一面濡れてた。
また雨が降りそうな予報でこんなところに来ていい天気じゃなかったんだけど。
荒れているけれど路面は舗装されているからそんなにくにもならない。
そして現れる
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南無百姓佛
と彫られた石碑。お墓であろうか?
ここでなくなった人がいるという事?
年号を見つけることはできなかったけれど近所の石碑等と同じく江戸時代の・・いつだっけ、ブラームスが若く駆け出しだったくらいのころに建てられたものだろうか?
初めて来たときここは道というより泥の川底みたいだったのを思い出す。
今までしたことがなかったけれど手を合わせた。
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昭和37年。
石碑があるのはV字の根本みたいなカーブのところで上空から道がはっきり見え周りは畑だったようだ。
今とは全然違う明るい道だったんじゃないだろうか?
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カニがいっぱいいた。
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塗れた落ち葉を踏んで歩く自分の足音の後ろから少し遅れた足音が聞こえる気がしてたのはもっと先だったっけ?
振り向こうとしてやめる。
いるはずのない人も怖いけれど猪に遭遇みたいなことを想像するとそれもちょっと怖い。
だれもいないのに大声を出すのが恥ずかしいのはなんでだろう。
でっかく咳払いをしてみる。
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本線は左へ曲がるけれど直進する道が分岐していくようにも見える。
もう人は入ってないのかな。
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多分ここで、昔は開けた畑地帯だった。
むかしある人から聴いた山の上の畑に麦踏に行くのは子供の仕事だったけれど寒くてつらいので大嫌いだった。
畑へは馬が道を覚えて自分で勝手に登っていくので馬車に乗っていればいいだけで・・・
な話を思い出す。
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ちょっと開け日の光が入っているのを見るとほっとする。
ここは何年か前に来たときは業者が入って森の間引き伐採みたいなのをやっていて光を入れることで下草などをはやして森を再生みたいなのに国か県の補助金が出てというやつでしょう。小さな看板には、
伐採した木材は市場で販売し
利益は所有者に還元されました。
さらに別な人から聞いた結婚を前に自分の子が家を建てるころにはと考え苗木を買って植えたと言う話と
もっと別な人から聞いた木を売るったって道をつけ機械を入れトラックを使っただけでいくらかかるか・・いま木の売値なんか・・
な話を思い出す。
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木々の間から海が見える。
反対側に富士山が見える場所は一か所のみであとは本当に真っ暗い森があるだけ。
昔通った中学校も同じような山の上にあり南に海、北には富士山が見えてしょうがなかったけれどいまは植えられた杉の林に阻まれて何も見えない。
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右へ分岐すると谷底へ降りてゆく。
昔犬と嫁さんとで降りてみたことがある。
沢を渡ったり人だけしか入れないような道だったと思う。
ここまで林の樹にはペンキやひもが巻き付けてあり所有者が権利を主張しているように見えるところがたくさんあった。
その下には同じ色の食いで財産区の名前みたいなの・・
財産区というのでもめてる話も聞いたことがある。
ここで途切れるコンクリート舗装にどこからお金が出たのかとか考えるのは大きなお世話であろう。
昔はここまで来るだけで泥だらけだった。
誰だか知らないけどありがとう。
そしてすぐに雰囲気は一変する。
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ここからがこの道のハイライトというか・・
もう車が通った形跡はない。
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この坂・・
家のすぐそばこの道の入り口に昔山林関係者みたいなお爺さん軍団が軽トラでやってきて据えてた道しるべみたいなものが残っていて、行き先のほか経由地として動物にちなんだ坂の名が書かれている。
多分この坂は昔から名前がついているような坂なんじゃないだろうか。
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雨が降ったばかりなのでつるつる。
轍があっていかにもオフロード車な人間が突っ込んで遊びやがったという感じだけど、前後に車の走った形跡はない。
これは古い轍が河になって固定されてんのかな?
しかし足元にはつい最近つけられたような足跡もあった。
バイク?
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道には見えないけど。
5年くらい前に来たときも30年前に来たときもこんなだった。
自転車を引っ張りながらなので結構あれ・・
でも嫌でもわずかでも進んでいれば登っていく。
あの先を曲がるれば・・
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終らない。
でもっちょっと楽しかった。
ここさえ乗り切れば・・
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昔の写真ではまたしてもこの道は明るく開けていた。
周りを囲んでいた畑はいま竹藪になっているみたいだ。
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ありがちですね。
5年前にはなかったと思う。
上から入ってきたのね。この先、車が走れるような状況が確保されてることを教えてくれてもいる訳だ。
一応左によけて道をできるだけ開けようという配慮が感じられないでもない。
捨てる目的だろうけどこの先がどうなっているかを知っている人じゃないかと思う。
定型的にガラスが破られて・・だけど捨てるにしては内部の遺留品がさっきまで乗ってました的なのが気にはなった。
深く考えるのも気持ち悪いからあまりのぞき込まずに終了。
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また見覚えのあるところが登場。
何だか神秘的ね。
奇麗な女の人が立って待ってたりしたらこわいなとか考えながら・
こちらですよ・・とか。
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分岐地点でここにもその行先札。
あれを立てた人たちはもう90歳とかになってるんじゃないのか?
空いたところはとにかく木を植えて野郎的な森の中に突然ぽっと開けちょっと神秘的なこの場所にもその理由があるんだろうけど
よくわからない。
8995.jpg
あちらへも行ったことがある。
その時も嫁さんと犬とだったけれど考えてみると嫁さんはあのぐちゃぐちゃ坂に付き合ってくれたのか・・
分岐した先は下りでしばらく行くとコンクリ舗装が現れちょうど孫を連れてタケノコ掘りに来た軽トラが返る所なのを目撃した。
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雨粒を感じて見上げると晴れてはいる。
予報ではこの後雷雨になる可能性もあった。
判ってんのに来ちゃうあほは自分だからいいけれど。
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この先、コンクリ舗装復活。
やった・・よかった。
以前来たときはまだまだ未舗装が続いていたから。
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でもあれ放題だけどね。
昔舗装工事のため通行止めのお知らせというのが回覧板が回ってきて、読んでみるとここのことだった。
殆どの家には無関係で意味不明なそれも昔からの農家にとって知る必要のある話なのかもしれず、且つこの道はやっぱり私のいるあたりの人のための大事な道だという事なんでしょう。
8999.jpg
あ、ちょっと日が差してきた。
明るい日が当たるととてもきれい。
後ろに感じた人の気配も消える。
山の神様はやっぱりいまもいて、どこかから見ているんだと思ったりする。
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暖かく明るい日差しがとても印象深く奇麗だった。
山の神様ありがとうございます。
ここは
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このあたり左上の直角に曲がっているところだと思う。
ここらは昔から森か。
次の直角に見えるところが
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この分岐。
この段差、以前は水の浸食で滝壺を持った滝のようになってしまっていてもう一つのハイライトだった。
舗装してもらうとこんなにきれいになるのね。
さあそして、
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昔の写真で高い尾根の上に並木みたいなものが見える素敵場場所を発見し
どうしても行ってみたいと思った場所・・・
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多分ここ。
いまはもう並木はなく単一のヒノキの林。
植林するときに切られちゃったのかな?
ここにいる時あの場所だとは気づいていなかった。
でも振り向くと穏やかな表情を見せる道が印象的なので写真を撮った。
左側は斜面が落ちていて
昔はここに何かの樹が並び、遠くに海を見ていたと思う。
緩やかなカーブが上の写真と対応している。
ずっと自転車に乗れるような状況じゃなかったけどここだけ乗れたんだったかな。
ここがあの生きたかった並木道の・・と気付けばもう少しいろんな写真を撮ったんだけど。
スマホの位置情報みたいなのは山に入ってからずーっと狂ってとんでもないところを差してた。
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いつまで続くんだという話だけど、
この先で小屋のようなものが言えてきて再び人の気配を感じるようになる。
初めて来たときは犬が繋がれワンワン吠えてたけど・・・
再び見た小屋の一つは完全に倒壊してしまったようだ。
まだある建物には人気がなく、
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なんで生首?
ゴミを捨てるなはわかるけどなんで生・・
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何で首が転がってるの?
すぐそばには幹線系の送電線鉄塔が立っており、この先道の状態がいいのはその工事のために道が使われたからかもしれない。
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しばらく行くと舗装道路にぶつかりこれが基幹林道。
開通した時期やルートが東電の送電線路と被ってる。
その基幹林道は私の歩いて来た道をそのまま拡幅して利用していることがこの写真からもよくわかる。
なのに私はこれと直行し山へ向かうあるはずの道の跡が見つけられないと思い込みずっと探していた。
楽器もさぁ、おかしくなちゃたなんでだろう?とパニック的に探すのやめてちょっと引いてみれば・・毎回書いてるけど。
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さらにその先で・・
翌日も含めまだ続きもあるのだけどもう長いからやめます。
この先は舗装路を自転車で下っていくだけ。
登って降りて2時間半程度だったろうか。
まだ、山頂までのうち半分くらいしか来ていないと思う。
芦ノ湖まで行っただけじゃなくなんか仕事をして昼前の11時には帰ってきてたってどういうこと?
すごいね馬と昔の人。


https://www.youtube.com/watch?v=Kl9kfs_4K7Q
リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲は日の出とともに出発し森や牧草地を抜けアルプスの山頂に到達する。
だけど同じその日の夕刻には自分の家に戻っていやーよかったねなんて言っててアルプスってそんなにちっちゃいのか、いやこれは近場ハイキングみたいな・・とずっと思っていた。
だけど途中氷河を眺めるシーンがあったりかなり危ないところを渡ったりするんだから結構なところまで行ってるんだろう。
ある人の旅行記を見ていて思ったけれどあちらは結構とんでもないところまで登山鉄道が伸びていたりするらしい。
そういうのを使えば別荘から日帰りでとんでもないところまで日帰りというのもリアルにあり得るかな。
作者がどう考えてたかは別として、そこんなことを考えてみる。
作者10代の頃だったか習作には登山電車に絡むメロディーがおりこまれていることがちょっとしられていたりして・・
まあいいか。

こんな、私以外の人には何の意味もないかもしれない話をここまで興味を持って読んでくださった方がいらっしゃいましたら
とてもうれしいです。
どうもありがとうございました。



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日の光と季節を感じないとダメだった

出かけた先で昭和なレストランをみつけた。
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すぐ隣は桃畑だけれどもう実は収穫されてのこってなかった。
そりゃそうか。なんにでも時期ってもんがあるもんね。
だけど青々とした葉はまだ勢いがあってやってやるわ!みたいだ。

ランチ終了2分前に駆け込んだのにお店の人は笑顔で迎えてくれた。
暖かく丁寧な対応はどんな料理よりも得難く忘れがたい。
かぼちゃのポタージュに始まって・・
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食べている途中で先程の店員さんが窓に外から簾をかけてくれる。
いい感じのサラダにメインに・・
おいしいし、ゆったりとした気持ちのいい時間。
しかしなんだか暑くなってきた。
明るい方がいいかな思って座ったけど西日が、
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デザートの頃にはここまで・・
巨砲のババロア。
ババロアって久しぶりに聴いたな。
おいしかったよこれ。
リンゴに見えるものは桃。
山梨って感じですね。
食い終わった後に嫁さんに桃だといわれるまでかわったリンゴだと思ってた。
いい時間を過ごさせてもらえました。ありがとう。

この辺り一帯は桃とブドウの畑でいっぱいだ。
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これシャインマスカットでしょう?
まだ食ったことないよ高くて。
ただの畑も普段見ない景色だから見てて楽しい。
シャインマスカットが畑から盗まれるというニュースを見た。
このあたりだったと思う。
あんまり見てると通報されちゃったりして。
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いいねぇぶどうの丘。
ちょっとヨーロッパみたいじゃない。
みたいって行ったこともないけれど。
ぶどうって日当たりが良くないといけないんでしょう?

私は昼間から雨戸や遮光カーテンを閉め切った真っ暗な家で育った。
書きだすと自制が効かなくなりそうなので詳細は省略。
子供心に異常なことと認識し反発したけれど、いつしか自分も厚いカーテンを閉めるようになっていた。
学生の時、朝私の部屋のカーテンを全開にした人がいて
なにしてんだ!?と驚いた次の瞬間明るい部屋を見てああこれが普通なのかと思った。
そこだけ見るといい思い出みたいだけれど全体像としてはお互い黒歴史。その後また長く暗いところにこもった。
あの人ちゃんと元気でいるかな?
今は嫁さんがブラインドや障子をあけて家じゅう明るい。
人間には日の光が必要だと心底思う。
成長期に日の光に当たらないと季節もわからずどっか腐って実もならない。
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これは何だろう巨砲?
ぶどう狩りみたいなのじゃなくてちょっとだけ食ってみたいというのはどうすればいいのかな?
横で嫁さんが、スーパー行けってことじゃないの?
あそうですか。
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あの白い紙を被せていないのはお酒用のブドウなのかな?
俺は食える実のがいいな。
近くの畑で何かを燃やした煙で辺り一面慰撫されてるみたいで・・俺は虫か。
さっきまで指すようだった強い日差しが少し傾いて夕日の予感。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=212&v=E4jZ21bLB_c
最後の4つの歌という曲集から九月という曲ですが、
詩の和訳を読むと夏が自身の最後を悟り静かに目を閉じようとしているようだ。
その夏というのは単に自然の季節を指しているだけではないだろう。
私は、
自分に夏が来ると思っていなかったので夏に気付かなかったし、夏を感じなかったので秋も来ない。
でも何かが終わりの方角に向かっているのは感じるようになった。
まだそんなすぐに終わるとも思わない。午後4時半の日差しみたいな。

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桃が少しだけ残っていた。

実はつけられなくても枯れるまでは生きてるんだから
今からでも葉っぱの一枚でも茂らせられるように・・

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高野山へ行って自分の抱える最大の問題を思う。

初めての高野山、適当に調べてとりあえず奥の院に行った方がいいような気がしていた。
途中の中の橋だっけ?からじゃなく
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ちゃんと全部見るというか体験したいと一の橋から入るべく奥の院口というバス停で降りる。
言ってもお墓地帯ですよね。弘法大師の足元に眠れば極楽住生できるという信仰によるもの・・だそうだ。
各地の有名な武将のお墓が並ぶ。
確かに各地の知ってる大名家のお墓がいろいろあって・・
一時は命を取り合ったはずなのに、みんなここへきて仲良く一緒に眠ってるのね。
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すごくでかい。
まぁ、そりゃそうなるんだろうなぁ。
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秀吉みたいな超絶有名な墓とか、七不思議とか・・いろいろあったはずなのに見落としたのは
やっぱり気が焦ってたからかな?
時間ないとか思って。

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人の苦しみを背負ってくださっているという汗かき地蔵と
のぞいて自分の姿が映らなければ三年以内に死ぬという井戸。
なんか映ったのでまだ3年は行けそうですか。

延々たくさん並んだお墓。
武将だけじゃなくて会社を興して成功した人とか、会社が墓地をつくってみたいなのも目立つ。
でっかい看板を立てて。
この人はこんな事をした人ですみたいな説明書き入りで。
最初はほーなんて思っていたけれど、そのうちなんだか気分がささくれてくる。

むかしマーラーという作曲家は
自分の墓には名前以外何も刻まなくていい。私が誰だったかを知っている人間だけが来てくれればいいと言った。
芸術家だからね。
自分の残したものが誰かの心の中に生き続けるとわかれば、墓だっていらねーんだろうと思う。
なんてことを考えたりしながら・・
一方そんなの何にもないうえに子供がいない私は墓というか自分の死後に対して考えるのは今はタブー。
3年といわずもう少し時間をください。
とりあえず今は今生きてくことを考えないとね。死に際にみじめに後悔しないように。

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ここは・・なんていうんだっけ、参拝者にお茶を振舞ったりしてくれるらしい休憩所。
行ってみたかったけれど時間がないという頭があって入れなかった。
そして、
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あの御廟橋から先は聖域。
弘法大師は今も禅定・・ぜんじょう・・こんな言葉今まで意識したことなかった・・を続けているという。
そしてあの橋まで迎えに来てくれるのだそうだ。
写真撮影も禁止。そりゃそうだ。
そんなもの意に介さない白人の学生集団みたいなのがワーワー騒いで通り過ぎて行った。
日本人だっていろんな国の聖地で馬鹿騒ぎしてるんでしょうしまあいいのか。
お香の香り、沢山の灯篭・・お経を聴きながら、ずっとここにいたいというような気持になった。
また不思議な・・

今思うと私も気持ちが浮ついていて、その大事な場にいられるところまで心が落ち着いていなかったかもしれない。
いろいろ悔やまれる。
でも考えてみるともう一度来なさいよと言ってもらっているみたいだ。

宗教的なこととは別に私はどうもこういうの好きみたいだ。
出てくるときには自分の心がなんか少し変わったような気もした。

橋を渡り終え手から見た案内板に弘法大師がここまでついてきてくれますみたいな説明があるのを見てああそうかと思い、
慌てて橋の向こうに手を合わせてお礼を言う。
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もう一度来るときは、ちゃんと落ち着いて
そのつもりで・・
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お墓もいいけど、杉の巨木の森がいいよね。

帰りはまた墓街道・・
こんなことを言ったら怒られるかあほかと思われるだろうけど、
死んでなお立派に見られたいというような欲を持った墓をたくさん見て気分が良くなかった。
もしかすると、僻みかもしれない。

最終的に、どんな有名な人の墓よりも
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これのほうが印象的だった。
日本中で駆除された白アリは高野山で安らかに眠っているらしいです。
よかったね。
うちもこの半年で床がふにゃふにゃになっちゃったけどこれ白アリじゃないのか?
これを見て刺が出ていた気分が治った。

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これはリヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯の」最後の部分。
見えにくいけれど左の方ホルンは英雄で、ソロヴァイオリンはその妻。
妻に看取られ英雄が静かに息を引き取ると、軍楽隊のファンファーレみたいなのが英雄を称えここに英雄の完成をみる・・
誰でも思いつきそうなアイディアだけどでもとても感動的・・場合によっては涙くらいでるかもしれない。
それで今一般的に演奏されるこの改訂稿は誰かの助言によって生まれたもので、当初は嫁もこんなに美しく輝いてないで静かに寄り添い、スーッと沈むように息を引き取るとそのまま静かに終わるという内容だったと思う。
以前はどう考えても改訂稿のほうが感動的で、初稿はバランスも悪くダメだなんて思っていた。
でも、最近それもありかなと思う。
作者の頭にまず浮かんだのは、家族に見守られて静かに行けたらいいなぁということだったんでしょう?
最近、孤独死とか悪臭で発見とかよく聞くけど、他人事じゃないから結構あれですよ。
私の最大の関心事はそことその後だ。
自業自得だけどな。

奥の院に入った話と音楽の話を絡めて書いちゃいけないような気もするけど。

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道路があればそりゃ信号もあるんだろうけど。
飯を食おうかと思ったけれど周囲に意図する飯屋が見つけられなかった。
金剛峯寺いこうか・・
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ちょうどバスの来る時間。

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時間があれば、あるいたっていけない距離じゃないと思う。
途中にも小さないろんなものがそこら中にあるんでしょう?
バスの運転手さんのすていしょんなんばあしっくすです。
みたいな案内もいいよね。
飯屋のいっぱいありそうなバス停で降りて
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ここで
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精進料理を食べた。
観光客相手の店は・・という心配は無用だった。
忘れちゃったけれどなにか特別な塩で食べるてんぷら、わさび醤油のゴマ豆腐、名前もわかんないクニャクニャとか・・みんなおいしかった。
お店の人に、これは何ですか?なんて聞けば旅っぽいよななんて思いながらもそんなこともできず。
こんなとこまで来てるんだから値段のことは考えなくていいと思いながら。

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ちょっと歩けば
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金剛峯寺。
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吉野山で見た金峯山寺みたいなものを想像していたけれど全然違った。
そもそも字が何となく似てるというだけで同じようなものだと思う私があほである。
奉行所みたいだよね。
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なんだあれ?
火事を遠ざけるまじないみたいなものかな?
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またこの時気持ちが浮ついていた。
奥の院でもっと時間をかけてもよかったんじゃないかとか・・
今もうここにいるんだからこっちに切り替えなくちゃいけないんだけど。
廊下を進むと
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こんなところで

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お茶を出してくれる。
横着してお盆持ってこなかったのがバレるじゃんか。
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お庭。
神秘的な宗教施設というより、実務的な役所みたいだな何だか。
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雪が少しだけ残っていた。

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天皇が来た時にという部屋にちょっと萌える。
天皇右側の小さなふすまは
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奥に侍が詰めるみたいな場所だそうだ。
なんかあったらその瞬間にみたいなのでしょう。
みんな常に命がけだったのね。

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二条城じゃないけど鴬張りみたいな音がしてた。

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そして台所に萌える。

2843.png
きれいに掃除されて。

2844.png
梁がすごいのね。

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すげーなー。

まだ時間が少しあるで、世界遺産切符に割引券のあった霊宝館にいってみる。
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よくわからないまま入ったここもすごかった。
目の前にある平安時代とか鎌倉時代の仏像の圧倒的本物間にやられる。
時間をかけてゆっくり見ていたら新館だけでほとんどの時間を使い果たし本館を見る時間が無くなってしまった。
弘法大師直筆・・は写真に撮った複製だけど、文字のかすれとか筆の運びなんかを見ていると
そこに1200年前の人間やその意志、空気みたいなものを感じて心動かされますよね。

音楽聴く人間にとっては作曲家の自筆譜というのも特別に萌える世界です。
書いたものを修正してあったりするとそこに人間の意志や迷いや・なぜそこはそうなっているのか・・いろんなものを感じることができる。
自筆譜を写真に撮って印刷したものをファクシミリと言い、けっこうな値段で売っていたりもする。
そういうののコレクターになりそうだったけれどネットでただ見が結構できるのでそっちへは行かなくなってしまった。
そういうじゃなくて本物を目の前にしたらやっぱり感動するのかな・・特に大好きな曲なんかは・・
ここもまた来たいなぁ・・

さあ時間だ帰ろうか。
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知らないけど自分の見た印象ではここが高野山の中心地的交差点。
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そのそばのバス停に腰を下ろす。
俺一人かなんて思ったけどほどなく人が何人か集まってくる。

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この駅舎も有形文化財に指定されているそうで見どころなのかも。

自分としてはやっぱり奥の院が別格的に印象深かった。
もう一度行きたいというよりもう一度来てちゃんとしなくちゃいけないような気がする。
まだまだ見ていないものだらけだし、またきたいなぁ。
来たいところがあれば生きてる理由になる。
生きている理由をまたもらった。
来てよかった。

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夕映えに向かっている

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近所の梅。
主がいなくてもけなげに咲いている。
主なき家には先日業者が入ってた。
解体するんですか?
ちがう、片付けだけ。
借家にするのかな?
おかしな人が来たらいやだな。あそこみたいに。

ふと気が付くと、ずっと続いてきたのどの異常と咳が回復方向に向かっているのでは?という気がした。
まだ少し怪しいけれどこの週末で何とかなるだろうか?
始まってちょうどひと月。
毎回思うけれど何でもないときには当たり前だと思っている健康は当たり前じゃない尊いものですよね。

治るといえば制御基板ごと死んでいるように見えた1階トイレのウォシュレットが復活した。
しかし動いてくれるのは夕方から夜にかけてだけで朝はちゃんと動かない。
もう少し働こうとは思うけれどフルタイムは勘弁してほしいみたいな。
働き方改革である。
電気製品が異常な挙動を見せたら安全性に問題がある状態であるのかも知れず、こんなふざけたことを言っていてはいけないと思います。


犬と散歩。
犬は子供の頃に褒められたことをずっと覚えている。
階段を駆け上がるとすごいね!はやいね!と褒められるのが嬉しいらしく
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私が登り終えるまで待っていて、
一気に駆け上が・・
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あれ?・・
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驚きのゆっくり感で・・
歳取ったね。
犬は最近、急に一気に老け込んだ。
散歩に行けばどこまででも行っちゃうよ・・もっと歩るこーよーなんて笑っていたり、四六時中ねーねーあそぼーよーなんて言ってくれたあの日はもう来ないのか。
当たり前にあると思っていた世界は当たり前じゃないし、いつまでもあるものじゃないんだね。

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お堂の裏の梅の花が咲いてた。
空にはトンビかなにかわからないけれど2羽、風に乗って円を描いている。
いつも何喰ってんだろう?あんなところから獲物を見つけるんだから。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=502&v=E4jZ21bLB_c
リヒャルトシュトラウスの最後の4つの歌という曲集の最後、
夕映えの中で。

これが死というものか?・・
という最後の言葉の後、もう太陽はなく残った赤と夜の闇が混じり始めた高い空に2羽の鳥が鳴きながら円を描くのを見ながら終わっていく。
ひばりがのぼってゆくという歌詞があり死者の魂が天にのぼっていくことを重ねて感じたりもするのだけれど、でも聞こえてくるあの鳴き声は私の知ってるあのピーピーうるさいひばりとは全然違う気がする。
なんかこう、鷹とかみたいな猛禽類じゃないのか?
何でもいいけど自分の最後の時もこんな風だったらいいのになとは思う。

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鴨軍団が一斉に押し寄せてくる。
昔から一人二人、鴨に餌をやっている人がいた。
最近は皆が食パンをやるので人を見ると寄ってくるようになった。
自然界にはない食パンをばらまくことには問題もあるんだと思うけれど、今この場はそういう話をしようというんじゃなくて。

2564.png
なんかうれしそうだね。
今だって散歩に行けば楽しそうなそぶりを見せてくれる。
散歩させられてるのはこっちのほう。
今は隣で、こたつで転寝する嫁さんに吠えたり頭突きをして起きなさいよ~とか言ってる。

2590.png
元タバコ屋さん。
子供の頃、あそこは窓口みたいになって奥の和室とつながっており、日向ぼっこを兼ねて座布団の上に座ったおばあちゃんが笑っていたのを見たような記憶がかすかに残っている。
農家のようなので今は採れた野菜やイチゴなんかが並んでいたりする。
嫁さんがこういうのが好きみたいでほうれん草を買ってた。
子供の頃にはこういう小さな万屋みたいなのがそこら中にあった。
いま、そのほとんどすべてがたたんでしまったけれど、まだその名残を残す建物が各地に残っていたりするのを時々見ては昔を思いだす。
自分にとっての昔というのもどんどん遠くなってきた。


この日この後出かけた。
日が暮れて海沿いを走ると
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こんな光景を見ることができた。
でもすごく寒い。
夕映えはもう終わって。

2569.png
自魚料理みたいな店に入ってみたいけれど嫁さんが生大嫌いなのでかなわない。
まいいけど。
何でもないような休日。

こういう平和な時間があるのが当たり前だと思えるのは幸せなことだ。
そうじゃないときもあったし、またすぐそうなるかもしれないのも知ってる。
今まで、気が付けば驚くほどあっという間にその時だったというのが何度もあった。
この先時間はさらに加速していくと思う。
どうか、こんな日が長く続きますように。

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桔梗湯

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正月休みの終わりに風邪をひいて、あれからのどの痛みと咳がずっと取れない。
中国から帰るとまた医者へ行きそのことを訴えると桔梗湯という漢方薬をくれた。
この手のものはしばらく飲まないと効果が出ないし、だいたいしばらくたてばほっといたって治るもんで・・
先程調べてみるとこの薬はのどにあてるようにゆっくり飲んだ方がいいなんて書いてあった。
えそうなの?知らずにガーっと飲んじゃってたよ。
今まで飲んだもんは皆意味なかったのか?
この桔梗湯、口に入れると甘くておいしい・・食いもんじゃないけど。
その後のどに充てるように流し込んでみるとその時だけはすごく楽になったような気がしないでもない。
とげが刺さるようにのどが痛い・・治るどころかむしろ悪化中。

出張から帰ってきた次の日、嫁さんと飯でも。
どうもおかしい。
風邪もあるけれど、いろんな予感を自分が察知しているからだろう。
そしてそういうのは当たる。
詳細は書けないけれどこの1週間気持ちの上でピンチだったしいろいろつらいところもあった。
そして何とか乗り切ったそれはまだ予断を許さない。

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地元の野菜が食べ放題。
かぶがおいしかったけどすぐ無くなっちゃった。

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バーニャカウダはおいしかったけれど何か魚の油?若干の癖を感じた。
そんなこと書かなくていいんだろうけど。

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なんとか肉のパスタ。その何とかのあたりはあんまり感じられず。
でもおいしかったよ。

狭いけれど、そこそこきれいにまとまったこのお店は・・
と思うけれど後ろで小さな子供を抱えた若い家族が2組くらいか‥元々仲のいい友達かなんかなんだろう。
子供が大騒ぎするのはいいとして、でっかい体の親も一緒に大騒ぎをしている。
それでいいんだろうし、普通の人ならほほえましく思って「あらいくつなの?」とか笑顔でやる所だろう。
色々あっても一生懸命子育てをしているんだろう彼らに対しこちらは子なし。
うるせーななんて思っていること自体がダメっぽのか。



https://www.youtube.com/watch?time_continue=225&v=ItepGSxpg3M

リヒャルトシュトラウスの交響詩「英雄の生涯」という曲は聴きこめば露骨に自分自身を描いていることよくわかる。
颯爽と華麗に登場する英雄はエレガントで力強く明るい・・順風満帆、豪放磊落でも繊細みたいな音楽が突然中断すると
2519.png
英雄の敵
というのが出てくる。
この英雄は作曲家だから、このとげとげイガイガしているのは作品をねちねちと批判する評論家の苦言を表しているといわれている。
このあとあんなに生き生きとしていたおっさんが鬱病みたいになってうだうだ言うシーンが出てくるわけだけど。

人間だれしも、世間に出れば敵がいる。
敵といわずともいろんなとげが刺さってくる。
そういうもんで、みんな闘っているんだろう。
めげたらだめだ。負けたら終わりだ。

この曲の英雄はその後敵と戦い打ち勝っていくわけだけど、その原動力は自分の信念と嫁さん。

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楽器のレッスンに行った。
いきなり厳しい指摘を受けることになりつつも、
建設的な言葉をいただけたりして・・
わー頑張ろう。なんて思って帰ってきた。
別に仕事じゃなくても子育てじゃなくてもいいんだと思う。
心にちっちゃな明かりが灯ってりゃそれで生きてけるんだよ。
子供のころからどこを探しても見つからなかった小さな火が消えてしまわないように・・
こんな人間にも五分の魂。
ささやかながら私の生涯を力行中。

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日の出

腐ったような文体の記事だったんですが、急にピンチ的ストレスがかかったらそんな自分がみっともないと感じ恥ずかしくなったので大幅に書き換えたりして・・
つぶれちゃいけないと何とかホルモンみたいなのが自動的に出てくるのかな?ずっとそのまま行ければきっと楽だし人生も変わりそうだけど。
思うのは、同じ景色も気の持ちようで違って見えるんでしょうね。
なんとか、変えてみたい。

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暑くなる前に犬の散歩に行きましょうという事で嫁と3人で。
今日は富士山は休み。
土曜日なのに・・土曜日だからか小学校は運動会。
小さな子供を見たくないんだろうと思っていた嫁さんが見に行きたいと言ったのには驚いた。
逆に平気なつもりの私はいやだと感じいけなかった。みっともないから端折るけれどよせばいいのにいろいろさかのぼって腐ってた。

6509.png
犬は、久しぶりの太陽のもとで3人の散歩にご機嫌・・

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一度つかんだ客は離さない商売的執念みたいなのに負けて毎月一度整体に通っている。
先日また矯正の段で無意識に力が入った・・あ・・
力が入っていると矯正できない・・時間制限があるのに。
力抜いてといわれ、先生の焦りを感じると余計に力が入り・・・
まあいいやと飛ばして次の工程へ飛ばれると不適合の烙印を受けたような印象を受けさらに・・
一種のパニック状態だ。
これこれ、幼いころからから何を教えられてもこうなるの。目の前で「こうやって持ってみな」といわれたそれが理解できず真似をしてみることができない・・なんでできないの?・・周りの視線、早くしろよという声なき声・・パニックとなり・・・
発達障害?なんて思ったこともあるけれど、私の頃にはそんな概念はなかったし問答無用で殴られたり罵声を浴びてきた私はいまさらそんな言葉を自分にあてがってみても反吐が出るだけだ。
とやけくそみたいな私だったけれどふとあることが頭をよぎる・・

地元の楽器屋で大人の音楽教室みたいなのがあったよなぁ・・
やってみようかなぁ・・
長年、そんな発想は自分の中に沸くわけもないし考えたらおかしいことになっていたのに。
長く雨や曇りが続いていたのに、急に太陽に当たったからだろうか?

何言ってんのお前、またみっともなくパニックになって辞めてくんじゃないの?
でも法律を犯してるわけじゃないし、嫌ならやめてもいいだろう。
何にもやら無かったと思い腐って死ぬより、いろいろやったけど一個もできなかったと腐って・・のがいいかなぁ・・
でも気を付けないとね・・笑ってすませばいいそれに自己否定を載せて死にたくなっちゃったりもするあほなんだから・・
こんなことを考えたら、少し心が明るくなってきた。
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しかし、またわらっちゃう。こうやって何かをやってみようと思うと絵にかいたようなタイミングでそれを阻止する出来事がやってくる。
子作りに対してもあった。
またいまも・・
それが世の中だしみんなそれを乗り越えて・・はいまいいから。

俺はつぶされないよ。
なんかやってやる。

https://www.youtube.com/watch?v=nGfFNVLral8
だからってこんなに超絶再始動しなくてもいいですけどね・・

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冒頭、オルガンの地の底から響くようなCが鳴っているんだけどテレビなんかだと聞こえないから多くの人の中でないことになっちゃってるんじゃないでしょうか・・・そもそも冒頭のこの日の出の場面だけがこの曲だと思ってる人も多いでしょう。
オルガンもすごいんだけど弱音のバストラもホールだとものすごい低音を響かせてくれるんだよね。
超絶有名な冒頭トランペットは最初から4本で始まるんですよね。
それがどうしたという話ですがことをれ聴くようになる前マーラーの譜面ばっかり見てたので1本から始まってだんだん増えていくんじゃないんだな・・と逆にリヒャルト・シュトラウスという人の考え方を知るというか。
次のティンパニも超絶有名でみんな一度は口で歌ってみたことがあるでしょう?
3連符なの意外だったりしない?
リタルダンド的な指示も実は全くない・・みんな歌真似するときここでテンポ落としてためるでしょう?
そういう演奏も多いだろうけどインテンポで推し進めるべきだという演奏もある。作者の自演もYoutubeで聴ける。
どちらが正しいとかじゃなくて両方楽しめばいいんだと思うし、片方しか受け入れられない人もいていい。
そんなことが見えなくなっちゃてコメントみたいなので俺が正しくてお前は間違ってるとかいってあばれてる人がいるのもそれでいいんでしょう。
私はそういうのいやだけどまあ自分も結構やってきた。




ちょっと時間がたつと
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また元の気持ちに戻ってたりするんですよね。
でも一度思いついたことを忘れてはいないし、何かやってみようかな・・
邪魔が入りそうな件は・・おびえたところでなくなってくれないし、
なるようになるだけ。
今日はまた会社帰り楽器吹いてきた。
進歩も何もないし、楽しくもなんともないし、多分いくらやっても形にならに気もするけれどこれはこれで。


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この花、雨に押し倒されたり、間違って踏みつけられちゃったりしても
しっかり起き上がって花をつけてくれる。
俺もいつまでもくだらないものを引きづってないでダメな自分を直視しても先に進めるようになりたい。
なりたいじゃなくてちょっとでも進みたい。
死ぬのは意外に近いかもしれないんだし。




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雨の日に

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雨の朝顔。
うちの朝顔は朝日に当たるとすぐにしゅんとしぼんでしまう。夏の間に咲いた花はみんな超絶短命だった。
何故か普通より成長の時期が遅く夏も終わるころから咲き始める弦がいて朝日攻撃も多少弱まった今、花は比較的長く咲いていられるようだ。
もしかすると普通より弱い点を自覚した花なりの生き抜くための戦略なのかな。

静かな雨の休みは、音楽をゆっくり聴くチャンスでもある。
ブラームスのピアノ協奏曲第2番とリヒャルトシュトラウスのアルプス交響曲。
アルプス交響曲は心のひだに触れて涙が・・とかいうより音楽で映像や空気、気持ち・・リアル世界をここまで表現できるのか!みたいなところに萌える音楽だ。
なんかもう25年とかもっとか聞き続けているのに、なんとなくみすごしていた部分の大きな意味にいまさら気付いてその素晴らしいアイディアに盛り上がる。
30年とかかけて聴いていく・・それはお前の耳がにぶいからだろ・・・うるせーよ。
まだこれからも発見があるかもしれない。楽しみは少しづつ。

昼食はどこかへ出かけようと決めていた。
嫁さんにどこに行きたい?
朝からこんな会話をするときはあれだ・・お互いどっか行きたいんだけれどなかなか行きたいところが思いつかないとき。
またフリーペーパーが出てくる・・一応ちゃんと聞いて・・でも・・と言うと今度はネット情報が・・
なんかはずれの予感がするよとか言って・・じゃあという自分のプランも思いつかない・・
とりあえず車に乗って走りだして以降もあそこは?ここは?とつづける・・
だいたい決まっている行先のすぐそばまでこの近くにほかの店はないのか・・とかやりながら・・
結局、行ったことがあって間違いのないお店にいった。
もう2時過ぎてるのに今出て待たされる。
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個室とは言わないないまでも各席に仕切りがあるこんなお店で、ゆっくりできると思ったから・・
でも、座ってみると隣から甲高い声が・・
ああ若い女性の会かぁ・・きにしなければいいんだけれど、苦手なものほど聞こえてしまう病で。
まあいいや
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サラダ・・ちっちゃいけどいろんな味と歯ごたえが来るようにしてあっておいしかった。

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生ハムとマスカルポーネだっけ・ピザ。
ちょっと食いすぎか。
おいしかったけどトマトソースと生ハムとチーズがそれぞれ完全に独立して存在してた感じ・・
そういうものなのか。
混ざっておいしいのかと思ったんだけど。

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チキンと・・なんだっけ?パスタ。
これもなんかハーブが意表を突いた角度から効いてる感じでおいしかった。
ちょっと食いすぎ・・・私にとってはちょっと高めなか価格設定。
でも酒もたばこも博打もやらないんだからいいでしょ?
ちょっと特別な食事にしたかった・・
しかし隣の声が・・・
始めは旦那の悪口みたいなのが聞こえて・・
ああ、若い奥さんなのね。
でも実際は仲が良かったりするんでしょう。
本音や愚痴が言える友達がいていいよね。
気っと長い付き合いになるんだろう。
私は誰もいないからうらやましい。
そのうち子育ての苦悩について・・・
若い子だとか思ったけれどお母さん頑張ってるんだね。
失礼しました。
こっちは何にもやってません。

週末になると鬱っぽい思考に支配される。
現在一生件頑張っている人にはこんなことを言ったら本当に怒られると思うけれど、多分暇な時間ができるといけないと思う。
ただの更年期じゃないかという説もある。

まあいいか、おいしかったし。
そのまま帰るんじゃあんまりだから
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近くの山に登ってみた。
登ると言っても車でだから何にもしてないのと同じだけど。
いいじゃない。

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雨だし人はいない・・かと思ったけど散歩が日課なんだろう多分近所のおじさんがいた。

これはもともと別な記事のために抜き出して貼ってあったもの。
前出の発見した点というのはまた別なところ。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=2430&v=Kl9kfs_4K7Q
リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲という曲の後半、日暮れという部分が終わりかけるあたりから・・
一日でアルプスを登っておりてくるからハイキングみたいなのかなとも思うけど、氷河が出てきたりかなり高いところを歩いていたりもする。
動画を止めているこのあたりは
雨が上がるとやけにまぶしい西日が・・すばらしい・・ありがとう!・・みたいなのが落ち着いた当たり。
この後、麓の別荘なのか明かりのある暖かい部屋で一日を回想する。色々あったけど素晴らしい一日だったことと達成感満足感みたいなものが感じられ、素晴らしい世界だ。
毎日、こんな風に一日を追われたら幸せですよね。
6481.png

そこそこ長い曲の後半のみ、山頂での感動も落ち着いたあたりからオルガンが出てくるのは、神・・というより自然・・人間には動かしがたい巨大な存在、不変、不同なもの・・を暗示しているんだと私は勝手に思っている。
こういう巨大オーケストラにオルガンが出てくるような曲が好きで何度か実演に行きました。
ホールや演奏者の解釈にもよるんでしょうけれどオルガンを思い切り感じ震えられるような公演と、あんまりな公演があります。前者に当たれば忘れられない思い出になります。
あれだけは現場じゃないとね。またコンサート行かなくちゃ人生損ですね。
またそのうち行けるようになる気がする。

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この中に写るある建物を見てまたいろいろ考え始める。
思い出し、考えれば鬱思考を加速させるだけ。
忘れましょう。

これから気温が下がり世間が落ち着くとまた音楽を聴くのにいい時期になる。
何にもできなくても、何んにもなくても俺は音楽を聞ければその間は幸せだから。
またいい日もあるかもしれないし。





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声色

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ボンタンの実はまた大きくなった。
飯でも食ってどこかに行こうかと峠道の途中にあるのカフェに行った。
車を止めるとシェフが出てきて
「すみあせん!・・・今日はお休みいただいちゃってて・・・申し訳ございません」
申し訳ない感が声や表情に乗って伝わってきてこちらの方が申し訳なくなる。
いいよまた来ますから。
芝居でもいいの。しばいでいいの、そういうことをするのが気持ちを伝えるという事だと思うから。
なに来てんだよこの馬鹿・・みたいなのがそのまま透けて見えちゃうような人が今本当に多い。
ご案内しましたけど!なんて食って掛かるようなのとか。
まあ、若いとそうなっちゃうのかもな。
自分も仕事でよく失敗した。
いい歳したのがそんなだったりすると・・
まいいか。

しかしシェフ、以前小さな厨房内で奥さんをものすごい声で叱りつけているのも聞いた。
結構怖い人なんだろうと思ってる。
まああれは非公式なものが聞こえちゃったのであってこちらがなかったことにすればいい話だと思う。
そのまま峠を越えて、どっかその辺の・・なんて走ってもなかなかいい店が見つからず。
このれはどこまでもずるずる行っちゃパターンだ‥
まあいいやと看板が見えたジョリーパスタに入っちゃう。

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サラダと
スープバーだといわれるとつい2杯飲んじゃって・・
こういうので塩分取っちゃうのがまずいんだろうなと思いながら。

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そしてまたこんな典型的なのを頼んじゃって・・
でもいつも自動的に言っちゃう大盛にはしなかったよ。


最近お店で周りのおばさんがうるさかったみたいな話をいくつか書いているので、ここでまた書くといよいよ神経質な変態だ。
実際そうなんだろうけど言いたいのはそこじゃなくて・・
端折ると女性二人が隣の席にいたんだけれど一人が猛烈に怒ってた。
職場に気に入らない人間がいるらしく、その言動を色々例に挙げ断罪している。
またそれが聞こえちゃって飯がまずくなるとか思っていたんだけれど、
後半、ほとんど声の聞こえない聞き役が喋り手に回り、怒り叔母さんは聴き手に回った。
内容はわからないけれど穏やかで楽しそうな感じ・・怒り叔母さんの声は聞こえては来るんだけど気にはならない。

人間って言葉を持つようになっても犬とか猫みたいに声の色にメッセージを載せて送受信する能力をまだ強く持っているんですよね。
誰かを攻撃したり、自分の方が上に立っていることを誇示しようとしたり・・・そういう内容をしゃべると声に文字とは違う何かがのると思う。
そして私は遠くから発せられるそれを受信する。
楽しい信号は気にする必要がないけれど、攻撃信号や支配信号はよけるのか迎撃するのか・・
私はよわいからね、自分を守ろうと敵かもしれない何かを発見すると身構え避けようとしちゃうんだろうね。

リヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」

そのなかの
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英雄の妻という部分・・始まって結構たったころ。
さあおいでとか言って腕を差し出す旦那の前で嫁はわがまま放題大騒ぎ・・
分かりにくいけれどこの楽譜の最初のコントラバスとチェロとホルンは
そろそろいいかげんにしないか!と怒る旦那の声。
続くヴァイオリンソロは嫁なんだけれど、
キー!とかってヒステリックに叫んでる。
その後一人で弾丸みたいにしゃべった後、
だんだん追ちついて・・照れながら・・
嫁っていうのは実在する作者の嫁をまたリアルに表しているらしいです。
嫁さんもソプラノ歌手だっけか・・作品全体では英雄を支える素晴らしい妻として描かれていますが
ここでこんなこと書かれちゃってもいちいち文句言わないようなでっかい嫁さんだったのかもなぁ・・

そしてここはヴァイオリンソロの見せ場。
芝居も観ないけれど、同じ人物でも役者によって全然違うイメージになるのと同じく、同じ楽譜を演奏しているはずなのに演奏によって嫁さん像が結構違って聴こえます。
その違いを楽しむのもクラシック音楽なんだけれど、録音をにしばられてこの演奏がベスト!なんて思っちゃうと他がおかしく聞こえたりもする。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=555&v=ItepGSxpg3M
名指揮者でもあった作者の自作自演。
自演はあっさりしちゃうもんだしそうすべきだみたいなことを言ってたのはこの人だっけ?
ラフマニノフか。
自演=最良というわけではないけれどとても興味深い。
ブラームスにも絶賛される名指揮者だったマーラーの自演を聴いてみたかったけれど、知らないほうがいいことというのもあると思う。
特に強い好意やあこがれを持っていることほど。

この曲、実演も聴きに行きましたがいろんなお楽しみ企画が満載で楽しいですよ。
泣こうと思えば泣けたりもする。

大盛頼んでないとか言ってるけど本当は
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ちっちゃいピザを頼んじゃって嫁さんと・・

その後別なところでも
「ご飯無料で大盛になりますが」
「大盛で」
あっ・・

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英雄の完成

自治会の行事というか、夏祭りを前にお堂の草取りみたいなのに行けば60代70代の人たちがすごい数で・・若いのしかない世帯もあるはずだけどいないのは行かなくていいだろてな事なんだろう。
自分もいかなくてもバレないだろうけれど、お堂の仏様とでっかい銀杏の樹が見てるだろうと自分に言い聞かせ・・相変わらず誰とも話もしない苦痛な時間を耐え。
今年は自治会の役に当たっているんだけど、何人かいるはずの同じ役の人間は理由をつけて皆消えてゆき・・よくある感じだ。まあいいさ死ぬわけじゃないしこなしてれば終わるだろこんなの。
子供の頃、行くのは義務だと叱られ自治会主催の子供の行事に行ってみると同い年の子はみんなさぼって誰の姿もなく、お前何か芸をしろと言われて1人歌を歌わされたのを思い出した。
あの頃からHSPであったのでトラウマみたいに。
まあいいや、このお堂と銀杏の樹にはなぜか好意的な何かを感じる。
まあ仏様や樹木にも嫌われていると感じるようになったらもうおしまいだけど。
これ、いつ頃からあるんだろう?


川に沿って行き止まり的な谷を結構さかのぼったところ。
数件の集落の中に結構新しくてそこそこの郵便局があった…ようだけど廃止されてその建物は売りに出ていた。
古い建物ならカフェにとか流行りだしありそうだけど近代的な元郵便局じゃね・・
民営化されればこんな非効率なものは維持できないのは仕方のないところだろう。
そんな話じゃなく。
そこからちょっとした道を登っていくと・・ガラスサッシがなく縁側に木の雨戸と障子だけという昔話みたいな家に人が住んでる・・
それもいいとしてさらにその裏を登っていくと
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えー行けないじゃんと思ったら
このテープは鹿よけだから外して入ってくれとの立札・・
ありがとうございます。
ではそうさせていただくと

6135.png
棚田と古い石塔・・
棚田はよく町おこしや観光用とは違うリアル棚田のように見える。
ちょっと天気は悪いけれどいいよね。
ぼーっとGoogleマップを見ていたら平維盛の墓なんていうのが出てきたので見に来たのである。
平ってあの平?
そんな人のお墓がなんでこんなところにあるんだ?
そもそも私はそのあたりに疎く、平維盛と聴いてもピンとこない。
しらべると・・
たくさんの水鳥が一斉に飛び立ち、その羽音を敵の襲来と勘違いして総崩れとなり散り尻に敗走・・な話は聞いたことがある。
あの時の大将なのか・・
地理的にこのあたりを収めたこともあり無縁ではないらしい。
絵にも書けない美しさ・・とか、歴史というかその後の語り部たちははこの人に好意的なようですね。
でも何やってんだてめー帰ってくんな!と言われたりなかなかうまくいかず苦労し最後は入水自殺みたいな悲劇の苦労人でもあった。
絵にも書けない様な美男子だったからだろうか、よくあるように逃げて生き延びた伝説が複数あり、お墓とされるものが各地にあったりもするようだ。
6136.png
この場所のこの石塔もその何百年か後に再建されたと書いてある資料があった。
再建というんだからそういう伝承があったのかもしれない。
面白いのは観光案内みたいなサイトにはそのことは一切書いてなくてあくまで平維盛の墓だと言い切っちゃってるところだろう。
よけいなことは言わなくていいんだよね。
で仮にお墓がずっと昔からあったとして、本当に平維盛の墓なんだろうか?
本当だとしたらすごいけれど、違うのにそういうことになっっちゃった経緯にも興味がある。
全然関係ないのに成りすましで色々やった偽物がいたとかだったら面白いけれど。

しかし、人物の説明を読んでると死者の首をはねたとかでてきて。
はねられた方もそういう覚悟なのかもしれないけれど、
首をはねられたらそこで人間は死ぬんだから・・
自分の落ち度ならともかく、いけっていうからそれも仕事と覆っていけば首はね・・
いま、うだうだいってるのもどうかと思うよな。
だからといって何か解決するわけでもないけれど。

R.シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」
英雄というのは作者本人のことだと言われています。
言われているも何も聞けば本人だと誰にでもわかるように書いてあります。
日本人的にな感覚ではよく恥ずかしくもなくやれるなというところ・・
でもこの人日本人じゃないのと芸術家っていうのはみんな自分表現かまってちゃんだから。

最終場面は嫁さん(ヴァイオリンソロ)に見守られながら穏やかに(英雄本人を演じるホルンが)息を引き取り「英雄の完成」となります。
現行版は
6156.png
そのあと軍楽隊の追悼ラッパみたいなのが輝かしく鳴り響いて偉大な英雄を称え・・いや違うな
ここに描かれるのはその後人々に記憶されるべき完成した英雄の姿・・じゃないかなぁ・・
そしてまたそれが優しく静かに消えていくという感動的な終結を迎えます。
場合によっては本当に涙が出そうになったりする。

https://www.youtube.com/results?search_query=ein+heldenleben
Youtube興味のある方はこのあたりでいろいろ聴いてみてください。
最後だけ聞いても感動とかないかもしれないけど・・

この感動的な終結、作曲当初はなくて静かに息を引き取ったところでそのまま終わりという内容でした。
たまたま持っているポケットスコアには付録としてその版も収録されていてみることができます。
サヴァリッシュがN響とやってるのをTVで聴いた。
そこだけ見ればそれもありかなと思うんだけれど、この曲構成的に重心が前によっている印象がありなにかこう決め手のないまま終わってしまうような不満が残る。
そのままだったらここまでの名曲として認知されただろうか・・
初演後何年かたって、誰だか忘れたけど助言をした人がいたのを受けて現在の形へ改訂されたという。
最近は初稿の演奏もあるみたいだけど私は現行のが圧倒的に好き。

作者がこれを書いたのはまだ30代だったと思う。
この人は90歳くらいまで生きたけれど第二次大戦に絡みいろいろあったみたいだ。
でも最後は自らの予言通り幸せに逝けたんじゃないかと思う。知らないけど。

白糸の滝で、近くにあると価値や魅力に気付けないもんですよというお話をいただいたり・・
本当にそうですね。
他人と比較して自分を幸せだと思うのはどうかと思うけれど、全然違うところでのある出来事で私は幸せなんだなと思った。
人間生きていたらいろいろあるからその一点だけで私の人生は幸せですなんて安直な結論には至らないけれどそれはそれ、いいこともある。私の人生にもいいことはある。
昔からポジティブのかけらでも持つとつぶすように仕込まれちゃっているのが抜けないので・・
楽しかった思い出もあれは社交辞令であったということになってきた。
誰もそう思っていないよ?と言ってもらったのもその人が気付いていなかっただけだろうということになて行く・・
こういうのを、死ぬまでに少しでもなおせるように。
素直に私は幸せだったと思いながら死ねたらそれが私の完成。


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