サンチョ・パンサ

本文ほとんどを削除したのでほとんど意味不明なまま公開。
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セルバンテスのドン・キホーテという小説が超絶有名ですよね。

リヒャルト・シュトラウスがこれを音楽化した交響詩「ドン・キホーテ」という曲があります。
光景が目のまえに見えるようなびっくりオーケストレーションが目白押し・・
ものすごく写実的な交響詩でありながらチェロ協奏曲としての要素も持っている。
しかも全体を変奏曲に仕立てやがった・・
聴いてもそうですがスコアなんか眺めているとものすごい書き込みようで天才作曲家の絶好調感も伝わってくる作品です。
初めて聞いたときは面白い曲だなぁ!と盛り上がりました。

でも今何故かこの曲あんまり好きになれないんですね。
凝りすぎてて流れないからかなぁ・・

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この曲、小説と同じく独奏チェロのドン・キホーテが主役でヴィオラソロのサンチョ・パンサを従えています。

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サンチョ・パンサ、あなたこそが真の偉大な英雄です。
その点でこの曲は私にとって間違ったものだ。
サンチョ・パンサ、お疲れさまでした。


忘れられないことと狂気

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死なないよ俺は。誰よりも長く生きてやる。

車にね、謎の付着物があって取れないんですよ。
前輪が踏んではねた何かなんだけど・・
泥ではない・・木の葉の粉砕されたものかと思ったけど違うみたいだ・・・みな同じ色をした粉末状の物体。
爪ではがすと動くんだけど吸い付くように車体に張り付いてる。
いったんはがしたものも吸い寄せられるようにまたくっつく。
なんだお前ら磁性体か?静電気?
これついてすぐ気づいたんだよな。
あの日のうちに取り去っとけば簡単にとれたのかなぁ?
消し去りたいなら早いほうがいい。
時間がたつと取れなくなる。



いい歳したおっさんの書くことじゃないけれど、
今、あることを忘れたい。
なかったことにしたい。
嫌だ思い出したくないと思っているけれど、そんなふうに考えることがこれを忘れずに定着させる糊かニスみたいな役目をしてると思う。
いったん素直に消えていったのに、ちゃんとしないからぶり返して定着してしまった。


ワーグナーの楽劇「神々の黄昏」のなかに主役のジークフリートというのが陰謀により”忘れ薬”というのを飲まされるというシーンがあります。
嫁のことを忘れちゃう・・そしてそこにいた女性に一目ぼれし・・・みたいなはなしでしょう?

忘れ薬を飲むというシーンの音楽・・・
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あれ・・なんかつまんないな・・・
怒られちゃうか。

この後色々いいように操られた揚句に思い出す薬というのを飲まされることになっていてこの人やられ放題で災難ですね。
思い出したところで殺されちゃうし。
思い出す薬でまた出てくるんだから記憶は完全に消去されていないんだな。
なんか昔のパソコンのファイル復活みたいですね。
フォーマットするか別なファイルで上書きするまで消えないんだよ。
頭の中もそうでしょ?
久しぶりに探し当てたと思った上書きネタはまたいつもの”不正な処理が行われました”・・みたいなのだった。
標準からはずれ、足りず、欠陥だらけの俺OSですが消されると悲しいです。
初期化はやめてください。





これじゃ記事になっていないので忘れ薬のところのトリルで思い出したサロメのおしまいの狂気のトリル・・
こちらもオペラに興味がないので全曲をちゃんと聞いたことがありません。
でもこの最後のシーンは衝撃的で忘れられません。



生首をもって
私はお前に口づけをしましたよ・・
とかいってるんでしょう?
血塗られたこのシーンでの音楽・・単なるBGMで終わっていなかった・・

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初めて聞いたときはこの怪しいトリルの遠く向こうからサロメの動機が聞えてくるのに心を奪われた。
チェレスタってこんなとこにも出てくるんだな。
トロンボーンとかの怪しい和音は安っぽいホラー映画とかの音楽みたいでもある・・
逆にあの手の音楽はこれのパクリなのかもね。

しかしこの音楽のすごさはそういうところじゃなかった・・
狂気と愛と喜びと美しさが混然となり最高潮となったとき、

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美しさの向こうに呪われたトリルがずっと聴こえてるんだよ・・・
狂気と美しさは表裏一体なんだ。やばいね。
ここは話の面白さとかすごさとか怖さとかそういうものを音楽が超えてしまっている部分だと私は勝手に思います。

リヒャルトシュトラウスはほんの一部の曲をのぞいて正直苦手。
でもこの部分にはとても惹かれる。
これを凝縮させ、音楽だけで表現する交響詩みたいなものに仕立ててくれたら愛聴したのに・・

昔聞いたときはホラー的要素のばかり注目してすげーなんて思っていました。
でも今はこの狂気の喜びに惹かれる・・・



車のあの物体除去にはガムテープが有効なことが分かった。
しかし数が多すぎ勝利は遠い。
頭の中の嫌なこともガムテープでつまみ出せないのか・・

出せるわけないよね。
グダグダ言ってますけど誰も助けてなんかくれないんだし、自分で何とか突き進むしかない。
端から見れば情けないバカに見えるんだろうけれど笑わせておけばいいわそんなの。
どうしても出てきてしまう嫌な記憶や嫌な妄想も出てくるなら出て来いよかまわねーよ。
ブログのネタにしてやる。

ひばり

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10月に入ってからも咲いて見せてくれた朝顔。
日が出てしばらくたっても咲いていてくれて、お別れを言っているみたいだった。
そういわずにもっとずっと・・

わたしだって長生きしたい。
作曲家で長生きといえばリヒャルト・シュトラウスが85歳くらいですか、後期ロマン派の大作曲家なのに第2次大戦後の1949年まで生きていた。
晩年自分でも「歴史上の作曲家としては私はもう過去の人間だ」みたいなことを言ったらしい。
第2次大戦中の行動によってこの人もだいぶ苦しい思いをしたのかもしれないがよく知らない。
その偶然生きていた最晩年に「4つの最後の歌」という作品もあります。
時代は無調前衛みたいになっていたと思うけれど、安定感のある暖かい19世紀から続くロマン派の音楽だと思う。
どれも深くて素晴らしい曲ですが、最後の「夕映えの中で」という曲に特別なものを感じます。

夕日のさす中人が死んでいく曲ですが、ちょうど今頃の季節の夕日の少し前くらいから始まるイメージがあります。

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2羽のひばりが高い高いところを鳴きながら旋回して・・
ドイツではひばりは死を象徴する的なはなしでもあるんだろうか?コウノトリが連れてきて、ひばりが連れていくみたいな・・何も知らないけど。


これが気に入ったというわけじゃないけど、こんな曲だよなというイメージ・・
広い広い空
少し赤みを帯びてきた西日
遠くには岩山がみえる
風はない


ショルティーさん。
やってるねー、死ぬまでせっかちにしゃべってバタバタ動いてる人いますよね。
そういう人の最後だよねこれは。
でもそれはまさにその人の人生そのものだし、
この演奏も、ショルティーの演奏そのもの。これが大好きな人がいて少しもおかしくない・・
私はもうちょっとゆっくりしてもらいたいけど・・

最後、不思議な転調を繰り返す臨死体験的な音楽の上で
「これが、死というものか?・・・」と言い残し旅立っていきます。

残された音楽は夕刻の空を描く。
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大変感動的な最後のページ。
シンプルで小さな歌曲なのにこんなに分厚いんだよ・・
練習記号Iに入る前のFes(F♭)・・書いてないけどみんなここでふっと間を開けます。でもセルはあんまり開けてないですかね・・
ショルティはFesが短いような・・ただの私の好みですけど・・

このFesのゴーッ という伸ばしはなにかこう・・永遠とか・・でっかい自然とか・・
人が死んでもこの世は永遠に何も変わらず続いていくんだよ・・みたいなことを言ってると思うんですよね。
その上空でひばりの声・・・

私もこんな風にいけたら・・
まだ当分先でいいです。

朝顔、今朝も咲いてくれた。
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もう終わったと思ってた弦も花をつけてた。
なんだみんながんばれ。

遠くに

夏ですね。
皆登山に行ったりするんですか?
あれは秋か・・
暑いですよね。
仕事でシャープペンの芯がなくなったんで芯の入ってるケースのふたを開けようとしたんですが開かない・・
スライドするんだと思たら開かないから回転させても開かない・・なんだこれ・・
よく見たらUSBメモリーだった。


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リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲は一日で登山してくる音楽なんですが聴いていると・・
遠くにアルプスの山々が見えてきた!という場面がでてきます。


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大編成管弦楽につきもののステージではなく舞台裏にいる楽器が・・みたいなのが最も効果的に響く場面でしょう。
これ結構すごくて舞台裏待機していたにホルン12本とトロンボーントランペット2本ずつがやります。
ギャラと人数集めが大変じゃないのみたいな・・
実際ホルンなんて4人でやっちゃったりするんじゃないのかな?



こういう映像見てていつも思うけど、ただ指揮者なんか映したってしょうがないんじゃんないか・・
引きでステージ上のホルンは楽器おろしてるのにホルンが聞こえるねみたいな映像を流してほしいけどなぁ・・
これじゃ知らない人は舞台上のホルンが吹いてんじゃないかと思うんじゃないのかなぁ?
映像作る人間はもうちょっと曲を表現してほしいけど・・これやっつけ仕事なんでしょ?
なんて書いてると文句ばっか言ってふざけた野郎みたいですね。
ごめんなさい。
ただ見できてありがたいです。

これはそうでもないけど、舞台裏のバンダはモニターの指揮をみてるから指揮者がどこかにあるカメラに向かってタイミング出す時があるんだよね。
いつも思うけど昔はどうしてたのかね・・知らないけどぴったり合わせる技があったんだろうね。



あれですねこういう舞台裏のバンダみたいなのも録音だと神秘的に聞こえて萌えますが、実演にいってみるとけっこう薄っぺらい板一枚のむこうでやってまーすみたいなチープな感じで聞こえたりするんですよね。
でもあれが本当なのかもしれない。
録音しか知らないと虚像を真実だと誤解しちゃうかも・・・
歌劇場の指揮者だったリヒャルト・シュトラウス的な発想でしょうか・・実際人集められる自身があるから書くんでしょう?

バンダ、ここが終わるともう2度と出番ないんですよね。
こそーっとでてって曲が終わる前に着替えて帰っちゃったりとかするもんなのかな?
飲みいく?、みたいな・・
オペラだともう出番がないならピットから出て帰っちゃうんだって昔何かで読んだような・・

なみの作曲家だったらこの先もう一回くらい何かをやらせたり、クライマックスは一緒に歌えとかやりそうだけどね・・オペラ的発想なのかな・・

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これはうちの近所にある滝で・・ドーっとか言っていてなかなかです。
写真だと結構いい感じに写っていますが、実際は噴霧された家庭排水的なにおいが辺りに立ち込めているような状況です。
この上流、自治体の公共下水道事業は川の片側までで反対側に計画はなかった気が・・この先もずっとこんな感じなんでしょうか・・
昔はうなぎがいたと聞いたような・・

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アルプス交響曲に滝が出て来るのが有名ですが・・


ドーっていう滝じゃないですね。シャバシャバシャバ!みたいな・・

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こんな感じ?・・
もっと水量は少なくて勢いがある感じかな・・

半日くらいでそこそこのところまで登って降りてくるわけですよね。。頂上であんな達成感得て大騒ぎなんだし、
上り始めてしばらくたってんのにでっかい滝があるようじゃ全然登り切れないわけで・・・
並走する川も水源に近くて細いんだよと・・

順番が逆転してますが、この手前でずっと小川に沿って歩いていました。
この滝の下流なんでしょう。

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このいっぱい流れて見えるのは小川のせせらぎでしょう・・
楽譜の見た目的にも小川っぽいところが笑いますね。

低音がやっているのは山登りの動機というやつで・・・綺麗なせせらぎに対してちょっと不自然な感じで入ってくるんですよね・・
なんか頑張っちゃてんの・・ちょっと疲れ気味というか・・・
で、この先のさわやかな滝で癒されるんでしょう・・

夜のとばり

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リヒャルトシュトラウスのアルプス交響曲

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夜のとばりが降りて・・・暗闇に浮かぶアルプスの山影・・
冒頭から最高ですよねこれ。
変ロ短調の音階が下降していくわけですが、そのまま全部の音伸ばしっぱなしというか・・
全部の音で埋め尽くす・・
これトーンクラスターですよね。

トーンクラスターと言うと壊滅的な何かみたいな衝撃的な表現になりがちですがこれはいい感じです。
静かな夜、外に出てみるとゴーとかいう訳の分かんない暗騒音を聴いて空気というか大地の存在を感じる・・みたいなのがありますがあれですよね。
この降りてく感じがまさに夜のとばりが下りる・・ですよね。
ものすごく単純なアイディアのようですが誰にもできなかった禁則でしょう・・
しかしこの遠くに見えるアルプスの主題もかっこいいなー
こういう視覚的な何かを音化させるとこの人ほんとに天才ですよね。

その後夜明けに向かっていくところはラインの黄金の冒頭のまるパクリのような気がするんですけど、この人位になるともう誰も文句言わないんですね。


夜じゃないけど嵐の前・・
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雲が出てきて不穏な空気になってるなか・・遠くで光っていると思った雷が意外に近くで鳴って・・なんて思っていたら一気にあたりが暗くなっていく・・・
この一気にって感じが出てるのもいいよねぇ・・ここもったいぶっったような演奏じゃいけないですよね・・

こういうの思いついたとき思わずニヤッとしたりするのかな・・

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また夜のとばりが下りて暗闇に浮かぶアルプス・・で終わっていくわけです。

最後にヴァイオリンが歌うのは山登りの動機と言われている物でしょう。
山登りの姿を描いたんじゃなくて主人公の姿か気持ちか心の動機なんですよねこれ。
今日一日を思い出しつつ疲れちゃってて・・・最後の大きな下降グリッサンドは眠りに落ちる瞬間でしょう?
そのバックには何があろうとびくともしない安定の山影・・
コントラファゴットがゴーとか言ってるのが少し聴こえるとこれがかっこいいんだなぁ・・・
テューバも2本だし、オルガンも鳴ってるし分厚い和音で・・でっかいなーかっこいいなーアルプスって・・

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後ろに隠れて

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人と接する必要のある仕事をしていますが困ることもなくやってます。大変ありがたいことです。
ですがそれ以外は全くダメ。
幼いころからとにかく後ろへ隠れていたい。
私に注目しないで、私に気付かないで、私はここにいないです、この状況早く終わってくれ・・
じゃあ引き籠っていたいかというとそうではない。ブログをやりたいと思うんだから人にかまってはほしい訳だ。
SNSとかいうのはよく知らないけど隠れてたい人間には不要というか無理な気がする。
40歳を過ぎたとき急にこれではだめだと思いあえて人のいる外界へ打って出ることにしました。
出てみたからと言って長くこびりついていた物が急に明転することはない・・
でも想像もしなかったいいことがあったりもしました。
なんだこれ、何書いてんだ。

リヒャルトシュトラウスの交響詩ドン・キホーテ のスコアをぼーっと見ていて・・
本を読んでドルネシア姫を妄想しているところ・・・

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オーボエが姫なんでしょうけど、伴奏のバイオリンに第7、第8Pult.という指定があります。
前のほうの、第1、第2プルトだけが弾いてるっていうのはよくありますが、後ろの方でひそかにやれって・・・
これはもう視覚的効果を狙ったネタですよね。
取り合えず面白がっとくところでしょう。
オーディオ的にもちゃんとそれとわかる位置から音が聞こえないとこのスコアを聴いたことになりません。
書いといてあれですが今のところこの曲あんまり入れ込んで聞いてないんです。なんで隠れたヴァイオリンなのかな・・
このドルネシア姫は妄想上の存在なわけですが、空虚感?チープ感?・・

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その先、
よくわかっていませんが、普通は弦楽器パートが2つに分かれてたらプルトとの二人で分担して半分づつに分かれるんですか?
内容によっては事前に片側を少なく・・とか決めてたりするんですかね・・

ここはスコア上でどのプルトがやるか指示して、バランスの設定までしています。
この人もマーラーと同じ、歌劇場指揮者で作曲家ですもんね。
なんかこの人、弦楽器の分割に異常な執念を燃やしてるんじゃないかと思うようなスコアを書きますよね。
そんなに聞き取れないでしょ的な・・
これなんかはまだ全然おとなしいほうですかね。
よく見ると第1ヴァイオリンンの4,5,6,7,8Pultと第2ヴァイオリンの6,7,8Pultが同じことをやっているというところで・・
対応配置だとステージの両端から聞こえてくるんですか・・


正直に告白すると、この曲はあまり好きになれずにいます。
でも、そう思っていて突然自分の中に曲が入り込んできて大好きになった曲もありますから・・
この曲と自分に期待しましょう・・

作曲家というのは考えてみると究極のかまってちゃんじゃないのか・・
死んで何百年もたっても遠い国のいろんな人が自分の作品を通して自分の心をあれこれ探ってきたりするんだろう・・
すごいよなぁ・・・いいよねぇ・・

雷発生装置

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リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲で雷の続きです。

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半音階的に下降する雷・・え?
この半音下がる感じを聴き取りたいんですけど、なかなかそう聞こえないんですよね・・音低いから?

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嵐の中を走って、滝を過ぎたあたり・・危険な瞬間・・というとこ
ここで2本のバステューバがハモリながら下降しています。
それがどうしたといわれそうですが、なかなか見ないでしょ?こういう楽譜・・
吹奏楽ならいくらでもあるんでしょうけど・・

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でクライマックス・・頭上で雷が炸裂するところ・・
ここ、変ロ短調主和音が炸裂して・・とよく見るとベースはFなんですね・・へー・・・
雷は勝手にクライマックスを迎えているけど、この人はまだ走っている最中だもんね・・
ベースのFで最中感が出てるなー

楽器指定にDonnermaschineというのがあります・・雷装置ですよ・・・
雷装置なんていうと大学の電気工学科にあるような高電圧放電試験設備

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かと思っちゃいますよね・・おもいませんか・・・

実際どんなものかというとこちら・・



これ、はまれば大変効果的だと思うんですが、一歩間違えると・・・

このアルプス交響曲は全体的にはアルプス見物をリアルに音で描きましたみたいな標題音楽なんだけど、
奏者も聴き手も音楽を真剣に掘り下げるような重い聴き方にこたえられる芸術作品でもある思うんですよね。
ウインドマシンとかドンナーマシンとかは一歩間違えると見せ物ショーになってしまう諸刃の剣だと思うんです。

チャイコフスキーの序曲1812年なんかスコアにCannonと書いてあって、大砲のおもちゃみたいなのを鳴らしたりすることがあるみたいですね。
あれだと演奏会というよりもうイベントという印象・・・
そういうのもあっていいと思うんですよ。初演もそんなだったらしいし。

マラ6のハンマーもこれに近い要素を持っていると思うんですけど、あれは見物音楽化したらいけない曲だと思うなぁ・・
なにつまんないこと言ってるんだという話ですね。


今日もとあるコンサートで隣の客がいつまでもでっかい声でしゃべっているので文句を言ってしまった。
クラシックじゃないんだからあれでいいのかな・・いいのかなぁ?
明日からまた頑張ろう。

雷と嵐

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先日雷雨になったので・・
雷が出てくる音楽はほんとにたくさんありますが、思いついたのはリヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲。
アルプスへの登山をリアルに描写した音楽ですが、岩山をよじ登るような本格的な登山じゃなくて
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こんな弁当持って日帰りのハイキングみたいなのですよね・・道に迷ったり危険な瞬間とかありますけど・・
このおじさんはマーラーさんです・・結構歳行ってからでしょう?不整脈を持っていてで死におびえてた人がこんなことするかな?今関係ないけど・・

後半の嵐の予感の中、音はせず稲光だけが・・・からだんだん雷雲が近づいてきて雨が降り出すまで・・とかおしまいのドンナーマシーンとか、凝りに凝ったこの曲は雷だけで記事がいくつも書けそうです。
今日は嵐本体に入ったところ・・


個人的にはウインドマシーンは控えめなくらいがいいなぁ・・あんまり聞こえると学芸会みたいで・・

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この曲コントラバステューバ2本使用なんですよね・・春祭にショスタコ4番に・・・結構すくないよね?
で弦の下降するトレモロは豪雨ですよね・・
フルートがフラッターで降りてきてるのも大変面白いと思うんですけど、これ実際聴こえるのかな?
これらと裏で流しているオルガンが4小節目の頭、雷が光った瞬間に消えるんです・・
稲光すごすぎてあたり一面真っ白になっちゃってる状況でしょ・・次の瞬間雨は見えるようになりますが、雷音はさらに遅れて届く・・・こういうところ巧いよねー。
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半音でぶつかりながらうなる2台のティンパニとバスドラ・・・
凝った雷表現もいろいろありますが、シンプルなこれが一番でしょう・・悔しいけど好きですよこれ・・

このあたり、絃楽器各パートがトタイミングをずらして落ちてきます。・
聴いていてなんとなくワルキューレ冒頭のパロディーなのかなと思ったりして・・全然関係ないのかもしれないけど。

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ワルキューレの頭、ここも嵐です。
雷を落とすべく雲の上でどドンナーが騒ぎ出すところ・・
ここもかっこいいよね・・すごくかっこいいのにあっという間に終わっちゃうんだよね・・

羊が私に語ること

猫とか犬とか書いてきたので、次は羊と牛・・
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この写真を撮った後、羊丼というのを食べたような記憶が。
味は・・・

リヒャルト・シュトラウスの交響詩ドン・キホーテに羊の群れがでてきます。

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いろんな楽器がフラッターをやってますが、フラッターじゃないのもいて、重なったりちょっとずれたり・・
遠近感というかいろんなところにいっぱいいる感が・・・よくこんなの考えるよねぇ。
一歩間違えば冗談音楽みたいになってしまいいそうですが、踏みとどまっているところがさすが。
ちょっと抜けてるような羊のテーマとともに群れがどんどん近づいてきて囲まれる・・・
こういうの書かせるとこの人天才ですよね。
この譜面自体が羊がバラバラに散らばっている絵のようにも見えてきます・・


同じリヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲、登山の途中で牧場を通ります。


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放牧されている牛が・・・
鳥がたくさん鳴いています・・
カウベル・・・
マーラーの6番をやったオケにはカウベルがあるから・・・関係ないのか・・
絃のトリルは心地よい風と草が風に揺れるかなんかかな・・・

ネットを見てみると「牛の声が聞こえます」と書いている人が何人かいらっしゃいました。
私聴こえないんですよね・・牛の鳴き声・・
16分音符のあれがそうなのかな?
私にはここの牛はいまそんなに鳴かずに落ち着いてるように感じられてます。
木管のフラッターは鳥の鳴き声に聞こえるんですが、別なことを書いている方もいらっしゃいました・・
感じ方って人それぞれなんですね・・
当たり前か・・感じるように感じればいいんですよね。
特にこの曲なんかは聞いた自分がいかに楽しめるかが勝負だから・・勝手にいろいろ想像しちゃっていいんですよ・・
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こういう牛じゃないんでしょうけどね。
北海道の空港のすぐ隣にこんな光景があった。