静かにちょっと幸せとかでいいか

この日昼飯を食いに行こうと嫁さんにどこの店に行こうか?と聞くと
好きなとこでいいよ・・
あ・・なんかまずかったか。
聞くと、いろいろなお店の名前を出してるのに空返事ばかりで少しも楽しそうじゃないじゃない・・だそうだ。
そうか、自分の心配事ばかり考えてるところに気乗りしない店の名を聞いてちゃんと答えていなかったかも。

こういう自分しか見えなくなってみたいなのをそのままにしておくとあとで取り返しがつかなくなったりしそうだ。
この日別なことも考えていて、意見が対立というか一致しなかったとき自分が折れた側なんて思ったとしたらそれは傲慢な大間違い。相手はその3倍くらい折れたつもりでいる。
と思った。
じゃあどうするかってのが本当の問題だし、そんなにうまくやれないだろうけど。

結局自分が地図上に見つけていいなと思っていた店。
だめじゃんか。
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発見してもしばらく来なかったのはレビューにあった近所のマダム、土日は予約必須の文字を見て何となく敬遠していたから。
子育てそのほか色々すごく大変だし孤独だったりとかするんでしょうね。こういうところでの息抜きは大切だよね。大騒ぎの女子会もママ友会も少しも文句はないしやるべきだと思う。
それとはまったく別に、私個人が飯を食ってるそばでギャーギャー叫ばれるのが変態的に苦手。
かつて飯を食いながら何があったかを思い出してみると・・・とかはいいから。
もう一つ、どうしても聞こえてしまう小さな子供についての話題や小さな子供の声や姿が・・もいいから。
地元の畑で撮れた野菜にこだわったみたいなお店はよくあるけれどコンセプト頼りで味も接客も・・・
こういう文句ばっかり言って何にもしないのはいかにもダメな時間と人生を無駄にしている人間みたいか。
客観的に一言でいえば、いじけた馬鹿というところでしょう。
ご飯屋さんくらい素直に行けるようになりましょうとそこへ行ってみた。

駐車場はいっぱいだけれど、女子会は一人一台で集まってくるので入ってみると思ったより席が埋まっていないことが多い・・とか思いつつ入るとちょうど何人もが出ていくところ。
それどころかすごくすいてる・・よかった遅い時間に来てみて。
素朴だけど丁寧にメニューの説明なんかをしてもらって気持ちもほぐれる。
メインが肉、鳥、魚と4種から選べる定食とあと一品何か限定のセットがあった。
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昔はとにかく肉くってりゃいいやだった私は最近美味しい魚というのを食ってみたいと思うようになってきた。
でヒラメのソテー。
カレイじゃなくてヒラメかぁみたいな。
ベターっと塗りつぶしちゃわないしょうゆベースの味付けがとてもおいしいかった。
ちょっと足りないかな?の寸前くらいなのがいいんでしょうね・・
丁寧に説明してくれたいろんな野菜もおいしいし、雑穀米もおいしい。
予想通り回ってきた嫁さんのトウモロコシご飯と豚の焼いたのもおいしい。
料理おいしい。
お客さんは背後に二人、あっちに4人。
結構な音量で話しているのに全然気にならないのは、自慢や人を攻撃する内容じゃないからか・・・なぜか自分もそういうのに過剰に反応する神経が停止していたかもしれない。
いろいろ心配したことはみんなはずれ・・
とてもいい時間で来てよかった。
こんなこともあるのね。


https://www.youtube.com/watch?v=QhvMzXRLgGY
この日は頭の中でトリスタンとイゾルデがループしていた。

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G線で絞るような声のヴァイオリンが高い音で叫ぶヴィオラの下へ入り、はいつくばって絞り出す声のような・・
マーラーが自分のスコアによく取り入れているけれど元ネタはこういうとこなのね。
この暗く苦しい叫びの直後に歌いだす木管には明るい日の光が当たる。
神が降臨するようすごい光じゃなくて、庭先に一時的に差した日の光みたいな・・洗濯物でもいいし・・でも長く続かない。
人生ってこういう感じですよね。
暗闇を這うような苦しい毎日でもわずかな光を頼りに生きてゆく・・
ずっと電球みたいに自分が発光してるような人もいるけど。
外れに当たると、人生ずっと外れなような気になるけどそんなことないのね。
時々いいこともあるんだから。
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ちょっとだけ青空。
窓の外はマンションが建っていたりしてよく見るような・・勤務先の周囲にそっくりな景色で・・
あんまり見ちゃうと心が休まらないというか・・
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嫁さんの機嫌も素直によかったと思う。
よかった。
ありがとう。
ごちそうさまでした。

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記念日と神様

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この日、記念日だった。
ドイツ・オーストリア系の音楽が好きだからそんなレストランに行ってみたいけど近くにはみつけられない。
ビールに絡めてドイツみたいなのには行けないし。
なんでどこもイタリアンばっかりなんだろう?
文句言ってないで見つけたイタリアンな店に行ってみた。
遅い時間に行ったからか駐車場には一台の車もなく、入ってみるとお店の人すらいなくてわらった。
呼び鈴みたいなのを押すと出てきてくれて丁寧に案内してくれた。
ミニじゃないちゃんとしたサラダの後、
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ハイジがタンスに隠してたパンこんなのだったよな・・
かぼちゃのスープ。
なんか牛乳感が強いななんて思った。
嫁さんは「粉のやつとは違うね・・」
そんな夫婦。
他に誰もいないのでとても静かでいい時間。
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選べるパスタは見たことないような・・のはなくてペスカトーレ。
おいしかった。
これムール貝?海の味がしたような気がした。
いつもあさりだから・・
デザートもついてゆっくりできた。
いいお店、また機会があれば来ようと思う。

記念日なのにこのままスーパー行って帰るってのもどうなのか・・
だけど外は分厚い雲に覆われた曇天。
特に思いつくものもないまま車で走っていると一瞬青空が見えた。
青空のある方へ走っていくと
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いつもの海辺の公園。
開いていた青空はすぐに閉じてしまった。
芝生の上には小さな子供の笑顔と歓声。
嫁さんと二人、何も言わないけれどにぎやかではない方へ歩いてゆく。
静かな浜辺というのはなくて巨大テトラポットが乱立している。
ふと目が留まったこれ
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新しくてつるつるな感じのテトラポットの中に
なぜか一つだけただれて折れて瀕死のようなものがいた。
なんだどうしたの?なにがあったの?
同じような人間がいっぱいいるのに、自分だけがひどい目にあっていると感じることがある。甘えからくる被害妄想でしかないこともあるだろうし、実際そうなっていることもあるだろう。
誰にでもあることなのかもしれないけれど、誰にも助けを求められないなかここに文字にはできないことを本気で考えたことが私にもある。
いよいよもうだめだというところでそうならなかったから今ブログを書いたりしているし
神様はいると感じていたりする。
そして、またあの状況に戻ってしまう事への恐怖心から、神様の存在を感じずにはいられないのかもしれない。
宗教とかそういう話じゃなくて。


https://www.youtube.com/watch?v=QhvMzXRLgGY
この音楽は神とかでは全然なくて人間のグダグダなんだと思うけど。
前奏曲と愛の死しか聴かないので楽劇の内容はよく知らない。
途切れることのない重くうねるような旋律には恋、愛、欲望、苦悩・・いろんなものが感じられ

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登り詰めた先に現れ絡み合うこの旋律には汚れのない純粋な愛を感じ・・・
私がこんなことを口に出せばみんな半笑いで馬鹿にすると思う。
ブログも同じかもしれないけどいいの。


この日は結婚記念日でした。
嫁さんのネックレスは普段しないもので、昔プレゼントしたものだと思う。
私のような人間に結婚記念日があるという事は奇跡のような状況なのであって、
神様の介在なしには実現しえなかったと思う。

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都合のいい話はない。

何があるわけでもけど来てみた。
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青空がちょっとだけ漏れ出ているようなのを見ると、あの向こうに神々の国というのがありそうな気もする。
私も神様を感じ導いてもらえたとか見守ってもらえていると思うことがあります。
でも調子に乗って都合のいいお願いをしたところでそんなものには一切答えてくれない。
当たり前か。
神様もう少し助けてくださいなんて思うこともあるけれど、それは甘えというものだろう。
神様じゃなくてリアルにいる人間に素直に助けを求めに行けばいいのかもしれない。
でも昔からそういうのがよくわからなかった。
そういえば今とおんなじ気持ちにあの時なっていた・・
バタバタ暴れていてもここから出られるわけじゃない。
覚悟を決めて、受け入れて、でも諦めないでめげないで
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謎の漂着船みたいだな。
開発されたほかの湖と違い護岸も建物も何にもないからちょっと神秘的だ。
人がいないことが何よりかも。
それはお前が人とうまくやれないだけだろう。
あそうですか。
人とうまくやれないのは自分が自分を人として認められないからだと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=_Vv-s0LR6zg
パルジファルをちゃんと見たことはないので細かい筋は知らない。
けれど冒頭から後光がさしたような世界で、神様のいる世界が遠くに見えるような気はする。
ワーグナーは間違いなく優れた芸術家であったわけだけど、いろいろ読んでると単純にそんな枠に収まっている人ではなかった。
彼に限ったことではないんだろうけれど、反ユダヤ主義みたいなのを掲げて講演をしたり論文を書いたりしたという。
そしてなんとなく忘れられないのはどこで読んだか、あれほど蔑み愚弄したユダヤの血が自分にも流れている可能性にワーグナー自身が気付いていたという話だ。

そんな話には全く関係なく流れてくれるこの音楽が私は好き。
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静かだなぁ・・
なんて思ってたら人の声がする。
ボートの乗り方を教えるおっさんと習う女性。
あれも習い事かぁ・・
俺はあれをやってみても
なんでそうなんですか!
とかなっちゃうんだろうなぁ。
なんでここまで来てそんなこと考えてんだ。

ある所で人だかりができていた。
誰もいなくなってから行ってみると壁の裏というか中で鳥が大騒ぎしている声が聞こえる。
どうも幼鳥がはまってしまったが誰も助けてやれないような位置だあるようだ。
その鳥のその後を確認したわけではないけれど想像通りではないかと思う。
鳥だって未来に希望を持ったりするんだろう。
空にはばたく前に絶えてしまう命もある。
俺はこの世に何しに出てきたんだろう?なんて思ったこともあるけれど、
理由なんかなくたって生きてられればそれで儲けものだ。
嫌な事や虚しいことがあるのも生きているからだろう。
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この時すごく暑かった。
暑くてべたべたでちょっと不快なくらいだった。
ここはまだリアル地上だ。
私はまだ地上で生きてていいみたいだ。
青空みたいな気持ちになる日は遠い気もする。
都合のいい奇跡なんかあるわけない。
めげずに諦めずに。

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おまけと虚しさと人生

20年くらい前、ネット上でいろんな人と交流しているうちに誰とも話さず劣等感の塊みたいな現実の自分よりネット上にいるunagiさんの存在感が勝ってしまったことがあった。自分本体がそれに嫉妬したりして、まあ一種の病気だろう。
気が付けば今またそうなっちゃってるのか拍手の数がガクッと下がったりすると自分の人格をが世の中から否定されたような気分になっ・・ちょっと異常でまずいな。話し相手が自分のブログとか依存しすぎ。
おまえそれ違うだろ・・と、また誰かが教えてくれてる気がする。
そんなこと考えながらどっかほっつき歩いてたら
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生まれてこの方そういうのみじんもない人間でごめんなさい。
刺さるこれ・・こういうのが目に入るの偶然じゃない気もする。

今どうすればいいかはわからない・・楽器?・・は今地道にやってるからいいじゃない。
どっか人のいる場に出ればいいんでしょうけど楽器は順番間違えて失敗したのを忘れちゃいけないだろう。
他に、呼んでくれる人はいっぱいいたけど・・酒の場と人間が嫌で逃げたでしょ。無理していけばまた始まるでしょ病気が。
じゃ何か他の・・DCD・・はいはい分かった。
楽器は頑張るとして、もう一つ何かを見つけて取り組まなくちゃいけないのかなぁ・・
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大草原と小さな犬。
老化と暑さで散歩に出かけてもまともに歩こうとしないから普段行かないやぶの中を歩いてみるとはりきっちゃって・・
そういえば悩み事真剣に話したの犬と猫だけだ。
驚くほど真剣に答えてくれたりして。
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この時うちのボンタンも咲きそうだった。
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この後パスタ屋に行った。
かなり前に一度来たことがある。
その時は食えればいいやくらいであんまり覚えもない。
ブログのいいところはただ食えればいいだけだった飯屋が鑑賞の対象みたいになることで、いいこともあるよね。
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ランチは+150円くらいでサラダとスープと飲み物が。
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お客さんでいっぱい。
ここも仲のいい女友達が集まって・・みたいになってた。
10年くらい前に屋台で始めた店が今ここまで来ました的な写真と説明が貼ってあった。
いいね・・人生頑張って生きてるなぁ・・・
私は惰性でここまで来ちまったけど。
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若鳥のジェノベーゼだったっけ。
バジルと聞いてパクチーを思い出したりめちゃくちゃだ。

このお店に最初にきたのは勤務先の取引銀行がくれるカードを提示すると特典がありますみたいな企画の加盟店だったからだ。
カード見せてもはぁ?とか固まった後ああそれは夜しか‥なんて言われることもある。
そもそもめんどくさいので私は嫌い。
どこでも聴かれるTSUTAYAのカードというのも持ってない。
30年前のレコード屋のポイントカードから始まってポイントがたまって何かもらったってのはほんとに数えるほどしかないなぁ・・
何時もたまる前に無効になっちゃったりどっか行っちゃったり・・電子マネーなんかのほっといてもたまるものがたまるくらい。
秋葉原にあった石丸電気3号館は毎回ポイントじゃなくて無期限の割引券をくれるのでお得感が高かった。

嫁さんはこういうのがあるとわかれば使いたいんでしょうね。
ここは前来たときはバニラアイスを笑顔でだしてもらった覚えがあった。
でこの日は
バニラアイス1でよろしいでしょうか?
よろしくないです2ですとかいえるんだろうか?
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二人でも1なんでしょうまあそりゃそうだ。
でもよく見れば2玉入っていて、嫁さんは取り出して自分の飲み物の上に浮かべてた。
逆にほのぼのする。
美味しかったし、ありがとう。

ワーグナーの楽劇は、魅力的な音楽が切り取られ単独でコンサートのステージに乗ることがよくあります。
当時からそういうものだったらしく、例えば全く未解決な不協和音で劇へ入ってゆくパルジファル前奏曲はそのままでは上演できないのでワーグナー自身が安定した形で終止する演奏会用エンディングというのを作曲している。
ニュルンベルクのマイスタージンガー前奏曲というのがあって昔よく聴きましたがこれも楽劇ではこれも明確な終止を取らず第一幕へそのまま雪崩こんでいく。
この曲にも単独演奏用の独立したスコアがあるのでそのおしまいを見ると
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最後の2小節は単独演奏用に用意されたもので楽劇ではもう第1幕の最初の場面へ突入している。
これもワーグナーの手による編曲だと思うのだけど、書く前に読んどこうと思った裏付け的な記述がどこにも見つけられなかった。
コンサートでこの曲を演奏するならこの楽譜の通り演奏されればいいのだろうけどそれじゃ終われない人もいるみたいで、
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オペラのエンディングでは前奏曲のコーダがそのまま再現され強い整合性をとっているのだけど、その最後には3小節の堂々たる終止が置かれている。
これを取ってこのまま演奏する人もいるようだ。
同じなようでも前奏曲にはない合唱がいるし、派手なトランペットが鳴っている。なにより音楽のみを10分程度聴いてきたのと、巨大なオペラを体感してきたこの場面では聴き手の心理的状況は大きく異なるはずだ。
前奏曲の終結がオペラの最後に比べ一小節少なく若干遠慮したような形になっていることには大きな説得力があると思う。
でもそこに納得いかない人もいるんでしょうね。
どちらが正しいかではなく両方楽しめばいいと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=8lklpz-ipBE
私が初めて聴いて刷り込まれたのは単独演奏版、+2小節のほう。

おまけに絡めて書いたはいいけど、有名な曲なので聴く人はこんなことは知っているだろうし聴かない人はそもそも・・
こんなもん書いてて何が楽しいの?という声がずっと聞こえ放棄しかけたこの記事。
他人に見せられないような話につながっちゃって延々書いていたのを削除して公開。
この曲とても肯定的で強い推進力みたいなものを持ってるのね。
こんな人にはなれないけどこんな気分を持てるようになりたい。
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窓の外には氷・・・
もうそんな時期か。

子供の頃車にひかれかけたことやその後自分が車で人を巻き込む事故を起こしそこなったこと思い出すと、そこで終わっていたはずの私の今はおまけみたいなもんだといえなくもない・・のか。
本気でおまけだと思えたらなんでも楽しいしありがたく思えるかもしれない。
そんなの無理だけど。

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これは今日。
ボンタンの花が開こうというところ。
同じ樹の中にももう咲き終わっちゃって実の赤ちゃんを持っているグループや、まだ全然咲かずこれから魅せるよという感じの集団など色々いる。
私もまだこれから何かできるかなぁ?
何かしてから死にたいなぁ・・
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これジャガイモの花かな?
きれいですね。
庭の樹撤去して自分の好きなものを育てるか・・は今いる木が不憫でできないなぁ。
ぶどうの苗買ってくるは嫁さんも一致して盛り上がってるけどまだ着手してません。
とりあえず草をいくつか抜いてきた。
楽器の練習もいってきた。
ダメ元で削ってみたリードが鳴るようになってて驚いた。
ちょっといいこともあるから。

Tag:ワーグナー  Trackback:0 comment:7 

ほんとうは

これを書いたときは心がしっけてましてこんな内容になっちゃいました。ごめんなさい。
書き終えてから出かけ日に当たり景色を見たりしたらよくなりました。でもそのまま公開。
日に当たって青い空と緑を眺めるとか大事なんですね・・・


なんでも、どう感じるかは自分の心次第だと思う。
満たされた心でニコニコしていればどこへ行っても楽しいし、何を食ってもうまいし、まずいものを食ったって笑っていられるし、愛想が悪い人に腹を立てるどころか逆に笑わせることもできると思う。そう思うのは、短い間だけど自分もそれを体験したから。
でもそうじゃないところへ自分が落ちたのを感じてからそこへは戻れていないまま。
この数日また心が無駄に下降。2つ思いあたる原因は私に落ち度があるものじゃないし、片方は普通喜ぶような話なのかもしれない。そういうせっかくのお話でみたいなので逆方向へ振れてしまうのも私の大きな欠陥だと思う。
出来事の位置づけと意味をしっかり整理把握して受け入れればどうってことないどころかチャンスなのかもしれないのに、見るのも触るのも怖がってそのまま心に入れちゃうから謎の不気味さと変なにおいを放つ闇鍋みたいな心になっちゃっているとも思う。
よく考えると数日前からじゃなくていつも週末にはこんなになってる気もする。実は原因なんて関係ないんじゃね?
写真を見ると、いろいろと無駄につまんない気持ちになってたのがわかる。そんな没になった写真の集。


達磨山からの眺めは素晴らしい・・冬なんかとくに。
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この時はさあこれから夜景・・
三脚にでっかいカメラな軍団が待機していた。
という時間。見ている目の前で街の明かりが少しづつ燈ってい行き・・・もう少し待てばすごい夜景になったりするんだろう。
けれど、いいや帰ろう。
スマホじゃ写んないだろうし・・意地でもカメラなんか買わないというこだわりも私の病的なひずみ。
何時まで縛られてんだ。


平地へ降りてショッピングモールみたいなところへ入る。
嫁さんがなんか買い物している間はボーっとして。
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ここはフードコートにスガキヤがあるんだよな久しぶりに・・と思ったらラーメン終了の札。
こんな写真撮ってたら店員がなにあのへんなの?みたいな顔でこっちを見てた。
まぁ、そりゃそうだね。
この時は別に大丈夫だったけれど、
昔、ニコニコしてあっちを見てもこっちを見ても明るく楽しく見えた私は突然そこから落ちた。
知らない人たちからのさげすむ視線、あちこちからこれ見よがしな咳払いが聞こえる。
強迫性障害を発症して毎日何回も髪の毛を洗ったりしてた。実際私は相当変な格好で歩いていたと思う。それを自分で把握、修正する能力が欠如していた・・自分でも気づいていたけれどどうすればいいか・・あもういか。
あれから四半世紀、今でも他人の視線や咳払いなどを感じると恐怖感と憎悪が走る。
治すには、もう一度あのニコニコ世界にも出ればいいんだと思う。
それには人のいるところへ出ていくことだと思っている。でも出ていくとダメになって戻ってくる。


この後昔通ったラーメン屋へ久しぶりに。
元何かのシェフだとかいう人がやっていてちょっと気取った店内とかなり高めな価格設定・・いわゆるラーメン屋というのとはちょっと違うよというコンセプトがあったと思う。
ポイントカードがいっぱいになる手前くらいで飽きてしまいしばらく行かなかった。

久しぶりに戸を開けると店主がどうぞと言っときながらごにょごにょっいっていく手を阻む。
え?
うち食券なんでぇ・・
あそう食券になったのね。券売機なラーメン屋なんかどこにもあるし、高級志向でやりながら券売機というお店もあるからそれ自体は別にいいんだろうと思う。
しかしシェフだった的な人の高校生みたいな口のききようが耳に残る。
ごちゃごちゃ貼り紙があるけれど正直何だかよくわからず、まあいいやみたいな気になる。
昔はすごいとか思って食ったそれも、覚めてしまえばただのしょっぱいラーメン。
ラーメン自体は変わってないんでしょう。
食い物の味や印象ってそれ単体じゃないんでしょうね。
ここまで書いちゃうと写真は載せたらいけないでしょう。よく見ると写真もなんかさえない感じなんだよだなぁ・・
つまんない気持ちでいたけれど帰り際くだんのシェフがちょっとした笑顔でこちらに目線を・・
指揮者のカーテンコールみたいなのかな?ブラーボーとかいう場面なのか?
でも、無視されたわけじゃないと思うだけで少し気が楽になる。
私はなんすかね、寂しいのかな?
寂しいんですよ30年間分くらい・・。



https://www.youtube.com/watch?v=uaXGJBjJS_Q
ワーグナーのタンホイザー序曲・・これは通常版のように見えを切って終わらないパリ版というやつだ。中学生の頃このCDを買いよく聴いていました。
そのころ、自分の稚拙さ異常さからある出来事をおこし、その動揺を抑えきれないままたまたまプレーヤーに入っていたこれを聴いてしまった。そのためこの曲が思い出してはいけない記憶を引き出すししおりのようになってしまい、20年間くらい聞くことができなかった。
聞けないことと音楽の内容は全く何なの関係もなくただ私の側に問題があっただけ・・
今はさすがにその記憶も干からびて毒も油も抜けきって、曲を聴いてもいちいちいらんことも思い出さなくなった。
辛い時、悲しい時、許せない時、絶対に音楽を聴いてはいけないと思う。(私はですよ)



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何度となく前を通りながら入ったことの無かったインドカレー屋さん。
いま、大規模な組織が取り仕切る赤い看板の中華料理屋みたいなのをたくさんみますが、このインドカレーもその形式じゃないかな?同じようなのがうちのすぐそばにもあるし、とんでもなく遠いところにお住まいの方のブログでもそっくりなものを見かけた。
そしてこのお店・・
空いてる席がいくつもあるのにいきなり狭くて居心地の悪い席を指定され気分が下がる。
混むから整理しているとかでなんでしょうしいろんな事情があるのかもしれない。
悪気はないんだろうけどこの日本人の女性店員は愛想が悪くて来るたびに気分が下がっていく。
きっと自分の気分が上がっていればこれでいいんだろうけどこうなるとこのお皿もあんまりな気分だ。別に悪くなもない料理の味まで・・
そのうち隣で楽しく話し込んでるお客さんに向かってインド系店員がなんかごにょごにょ言うと・・お客さんは「はい」とか言って帰っていった。
え追い出したの!?
まぁ商売だから数稼がなきゃなんないだろうし、大きなお世話か。
混んでいるんだから、悪いお店じゃないんでしょう。
たまたま文句ばかり言う変な客が来て、それが私。
どこでも同じようなのが食べられるなら、私はわざわざここじゃなくても。


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ちかくに昔からあるとんかつ屋さん。
もう記憶にないくらい昔、うまい!と感動した思い出に支えられ時々行った。
駐車場が止めにくいとか嫁さんがいい顔をしないとかあって本当にたまに。
最初の好印象に支えられぞっといい気分でここまで来たんだけれど、この日は・・いやこの日もおいしかったけれど・・
多分、お店は少しも悪くないし味が落ちたわけでもない。自分の体が歳をとって油ものに耐えにくくなったことと・・・好みも変わってきちゃったのかなぁ・・
ここでも思うけれど、食べ物の感想って自分の気分だけじゃない体調みたいな環境に大きく依存するんですよね。
当たり前か・・・食い物だけじゃなくいろんなものもきっとそうですよね。


私が昔感じた地獄みたいなのも実際の状況だけじゃなく自分の精神状態が大きく影響し形成されたものなのかも・・でも、今頃何を探ったって何にも変わらない。あるのはこれから先未来だけ。

全然関係なく
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楽器の音出しで借りる場所にあるモニタースピーカーみたいなの。
もとPA室なんだって。
顔に見えるでしょ?
楽器またやろうかと思うといろいろ始まって今までたくさん有り余っていたはずの時間が埋まる・・・いや、体のいい言い訳だな。
会社の帰りに1時間くらいやってくことにしようかな。一人部活。
自転車通勤は?
交互にすればいいでしょう?
あそこの面倒みにいくのは?
今のところ毎日じゃないんだから何とかなるはずでしょう。
楽器、全然できないのを思い知って関係ない自己批判まで活性化させるんでしょ?
いいじゃんネタにすれば。

いずれにしろ、私は一人。
嫁さんと犬がいてくれるからいいけれど。
急にニコニコというのはない。そう思うとちょっと
だからそれ考えなくて済むほど打ち込むことを見つけなさいって
でも1人でで作曲なんてやっても廃人化が進行しただけだった・・

もういいか。
また今週も頑張ります。


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楽器

タイトルは楽器ですが音楽をやってますみたいな話では全然なくて、人前に公開していいんだかわかりません。
恥さらしみたいでしかないものをなんで人前に出そうとするのか、そのあたりが自分でもよくわかっていませんが考えがまとまるまで待っていると気が変わって全部なかったことになっちゃいそうなので強引に公開。
好意的な目を向けてくれる人ばかりではないし、こういうのを攻撃したくて仕方ない人がいるのもわかるけど公開。
考えも何も全然まとまっていないけれど公開。
誰も読まなくても公開。
後悔しても公開もういいか。
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幼稚園というものに2年ほど通いましたがその記憶でこんなのがあります。
お茶の缶に奇麗な布を張り付けて奇麗な置物を作りましょう。
普通は表に柄があって裏は真っ白なその布の、白い裏面に糊を塗る。当たり前だ。
しかし私は柄の上に糊を塗ってしまうため、白い裏地がみえた訳の分からないものが出来上がる。
怒りに満ちた大きな声で何度も何度も「なんでおまえだけできないの!みんなできてるじゃないか!」
幼いながらに「なんでおまえだけ」という部分が強調されてると感じたのを覚えている。先生は説明を聴かず暴走したのがいたという程度の認識だったかもしれない。
しかし私は自分に何が起こったのかと何故そうなったのかが理解できず、なんでだろうと考えたような記憶がある。
教室の後ろに全員が書いた習字が貼り出されたことがあって、幼稚園とはいえみんな見本を真似てひらがな・・”あ”だった気がする・・を書いていた。
その中に一枚だけ他と明らかに違うぐじゃぐじゃに塗りつぶされた意味不明な一枚があった。
私は、それが自分のものだという事をいやというほどよくわかっていた。それが何を意味しているのかも分かったが、なぜ自分だけそうなってしまうのかがどうしてもわからなかった。
全体の中での自分の位置づけをあれほど分かりやすく明確に表現されたことは・・・その後も何度もあったのだが、40年前のあの光景は今でも鮮やかに思い出される。
しかしそのまま文字を認識できなかったのかというとそういうわけでもなく、普通に学校を卒業し、いろいろありはしたものの定職につき役職も得た。役職とか言って様になる会社じゃないけどクビにおびえるような状況じゃないですよというような意味で。

前置き長すぎですが、
私は普通の子供が見よう見まねであっという間に覚える動作を理解するのに、多分人の数倍から数百倍の時間を要すると思う。しかしなんでも一生できるようにならないわけでもないと思う。
ただその過程で教える人の不満や苛立ちを読み取るとそこで覚えることを断念して逃げようとする。
その結果、子供でもできて当たり前なのにできないままにしてしまっていることがいくつもある。
具体例を書きたいけれどちょっと抵抗が大きくてできません。
遊びから社会生活に支障をきたす事柄まで色々。
今まで気づいていなかったけれどそのコンプレックスはできないこと・・だけじゃなく、
私はできるようにならない・・と言う内容で強くしみ込んでいるようだ。40過ぎてもなお。
それと、それを人前で明らかにされることへの過度な恐怖感というものもあると思う。普通はそこを乗り越えてその先があるもんなんだろう。

いい年して何書いてんだという話ですがこれ書かないとこの先が意味不明だと思うので。
いや、何書いても意味不明かもしれないけれど自分が気が済まないので。


そして楽器の話。
私の場合、演奏が下手とか音程が甘いとかそんなことじゃなくてそもそも発音自体ができない状況に陥っちゃっています。
バイクのツーリングのサークルみたいなのに入ったはいいけど実は自転車にも乗れませんみたいな救いようのない状況。
教えてくれる人も首をかしげて匙を投げる状況。
それでもやろうと思ったのはかつてこの楽器で演奏していた記憶があるからなのだけど、
あれは幻だったんだろうか?
実は今と同じことを高校生の時にも経験している。
中学の時と楽器を変えたところ新しいものができるようにならず同じように投げ出した。
同じころ私の頭は別件でもおかしくなり始めていた・・関係があったんだろうか?
中学の時にはできていたあの楽器なら・・というところにかすかな希望を抱いてまたやってみようと思ったのだった。
しかし現実はそんな夢のような話を簡単に許してはくれなかった。

よせばいいのに入ってみたアマチュア吹奏楽団で、
始めはなんとなく音も出て自分ではやれているような気もしたため、他の巧い人に隠れできるとこだけやり後はやるふりだけしてだましだまし・・なんて考えていた。
しかし、そんなに甘い世界じゃない事はすぐわかり、私は何かを直そうとした。
そのある日以降ぱたっと音そのものがならなくなってしまった。
多分無意識のどこかで音が出ない方向に体を締め付けているんだと思う。
最近HSPなんて言ったりするようだけど、生い立ち等に問題があり悪い意味で自意識過剰な人間がいる。
毎回の練習の場で私は針の筵だった。
周りの人はみな、自分をここにいる資格のない人間とみなし、なぜやめて出ていかないのかと思っている・・
と感じていた。
思い過ごしの部分もあったにしろ、全部が思い過ごしではなかったことは間違いない。
自分がHSPで過去様々な失敗を繰り返してきたことも踏まえ、それを取り返す意味でも周りにどう思われようがずうずうしくしがみついてやるんだ!
その日もそう思って家を出たのだけれど、偶然重なったいくつかのストレスで簡単に折れてそのままやめたような格好になってしまった。
かけないことがいろいろありはするんだけれど考えてみれば人間なんて嫌なら無視してでも進めばよかったはずで、何が問題かってそれは肝心の楽器ができなかったことだろう。
それから一年、

それでもいいからもう一度楽器に触ってみようかという気になった。

辞めと思った瞬間にはすぐにでも処分しようと思った楽器はしかしまだ手元にある。
価格は人に言えない。
楽器をやらなくなり、もう団体の練習にも行かないことが確定したころ
ある楽器屋から「使わない楽器引き取ります」というダイレクトメールが来た。
その後そんなものは来ないし偶然だったのだろうけれど、いろんなことを考えたりもした。

こういう管楽器は育つというかうまい人が使えばいい音がするようになる。
という事は逆もあるわけだ。
私になんかに買われてしまい、楽器界随一の不幸者かもしれないこの楽器。
申し訳ないけれど俺に付き合ってください。

近くにバンドの練習やライブもできるようなスタジオがあるのだけれど、個人で楽器や歌の練習のできそうな小さな部屋を安価で貸してくれる。
そこへ行って以前のように・・
音はなるけれど楽器の音ではない。
ひたすら音を出してみるが自分の体は間違ったっ状態なのはわかる。
がどうすればいいかはわからない。
音大を出たという人に散々教えてもらったが結局何もわからなかった。
首傾げんのやめろと思いながら・・
たぶん誰にどう教わっても同じであろう。
でもそこ通過しないと先はないでしょうね。

そんな状況なので一人音を出してみたところでおよそこれは練習と呼べる状況ではないと思う。
これを何年続けても何もならないと思う。
長く触ることのなかったロータリーは大変な事になっており・・
いろんなところにオイルを刺して・・一日目は終了。

きっかけをつかむなんてこともあるわけはなく、予想通りの展開であるけれど
また合奏に・・みたいな半端な希望みたいなものは粉砕されてぶっ飛んだのがかえってさっぱりしてよかったかもしれない。
自分でも驚いたのは次の日もやってみようと思ったことだ。
内容的には何も変わらないけれど、こんなことを続けて
奇跡的にいくらかの前進があったとして、音階練習をするのが10年後。
うまくいって教則本を開いてみようと思うのが30年後
多分このまま私は一人で変な音を出して喜んでいた馬鹿で終わる気もする。
いいよ。
それでも。
このブログを始めた時、「楽器をやっていること」というカテゴリがあった。
といって復活させる気になるのは私の中にある「音楽をやっている人」の存在が無効化してからだろう。
あまた変なこと書いちゃった。

ほとんどの人にとってこれは
くだらないか意味不明か腹立たしいものでしかないと思うのだけど、
私にとっては少しだけポジティブな話なのである。


https://www.youtube.com/watch?v=8lklpz-ipBE

こんな内容だから曲もいらないかと思ったけれど。
中学生のころこの曲が好きで・・
私のやりたかった楽器は、吹奏楽部に何もわからなく気弱なのが入ってくるとちょうどよかった君これやりなさいと押し付けられる楽器・・
いや、そうじゃなくてスポットを浴びるようなソロというのはめったにというかよほど特殊な場面でしかないような楽器なのだけれど、
この曲は中学生くんだりにも非常にわかりやすくこの楽器の見せ場があるのである。
いまは見せ場ってのは目立つという事じゃないんだよとか知ったかぶるわけだけどまだそんなこと言う前。
いや違うな楽器なんかには無関係にこれが好きだった。
ただ単純に音楽が好きだったし、訳の分かんない劣等感に押しつぶされることもなく、みんなと笑顔で話をした思いでもある。


2日目、時間が来たのでうちへ帰ると
6321.png
百合の花が咲いていた。
鼻を近づけるといいにおいがした。
よくある積極的にアピールする感じのにおいじゃなくてなんだかちょっと奥ゆかしいの・・
いいねぇ・・
楽器を車から降ろして家へ入れようとしていると
近所のおばさんが出てきて1時間くらいの立ち話となる。
人のいるところへ出て行ったら人と知り合えるだろうか?
なんて夢を見たはいいけど挫折していい年をしてトラウマみたいなのが残った。
近所のおばさんとは言え人と話していることは心への薬になるよなぁ・・なんて思いながら。
そこに鹿がいたよなんて言ってみたところ
鹿どころか猪が庭へ入ったりしているらしい。
そんなかよ。

6322.png
雨上がりな夕日。
なにやっても明るい未来も見えないけれど、あんなもん見ると
ちょっと心に残る。

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雲の中から

でかけていて家へ帰ろう。普通に考えれば峠を上る国道を通って・・・
でももうあそこ何度も通って飽きた。
じゃあ林道で峠を超えてみようか。
だいぶ登ってから通行止めとかだったらいやだけど。

6137.png
ひなびた温泉街の最寄り駅。
特急停車駅ではあるけれど無人駅だった。
のんびりした感じで、なんかいいよね。
人気が全くなく、寂れてるなぁ・・なんて思ったり。

6138.png
しかし電車の時間が近づけばどこからともなく人が現れる。
そして下車する人もいたようだ。
特急を名乗ってるけど見てると急行みたいな感じですね。
山間の駅で列車を降り、古い温泉旅館で・・
どうしても日帰り温泉とビジネスホテルになっちゃうけど俺は。

こんなところによさそうなカフェを発見。
でもコンビニでアイス買って食っちまったよ。
行ってみたかったな。
またいつかこよう。

車で温泉街への道を登っていくと・・
打ち捨てられたゴーストタウンみたいな景色が見えたりするかと思えば
まだ頑張ってる感じのホテルも見かけたり。
今は外人の観光客をバスでみたいな昔とは違う生き残り方もあるんでしょう?

6139.png
さらに登っていくとえ?こんな山奥にというところに集落があったりして・・・
あのうちは重要文化財なんだそうだ。
案内板が出ていたけれど、今も人が住んでいる民家でしょう?
じろじろ見に行っていいのかな?

このあたりから山肌に張り付いた長い林道をくねくねと登っていく。
結構山深いけ上に新しい落石が多い。
沢には勝ち割ってバラバラになったような小さくとがった石が大量に堆積している。
山全体がもろく、どんどん風化して崩れていっているんだと思う。
そしてハイライト的の意登場したこの場所、
6140.png
無残にちぎれたガードレール。
この沢、砂防ダムを乗り越え橋や道も覆いつくような土石流が走ったようだ。
奇麗に片づけた跡があったけれど、この敗れたガードレールはそのまま残され再び任に当たっていた。
改修されないのは多分また同じようなのが来る可能性が非常に高いからかもしれない。
こんなきつい仕事があるのかと思うけれど、あなたのおかげです。

峠のトンネル付近で不思議な光景を見た後
霧に沈む森の中を下ってゆけば

6141.png
富士山がちょっとだけ赤く焼けてた。
あっという間に終わっちゃうんですよねこれ。
麓の集落へ降り、振り返ると

6143.png
山火事みたいだけどあれは夕焼けでしょう。
山頂にかかった雲。
あの雲の中から降りてきた。
聖なるなんだかが空から降りてくるとか、桃色の雲がとか、
ローエングリンの前奏曲みたいだな。


https://www.youtube.com/watch?v=lqk4bcnBqls

くだらないことを書いてよければこの冒頭のソロ4本と分割された弦楽器の対比はオーディオ的に極めて面白いところ・・

6157.png
オーディオ趣味もあれなんですよね、人によって求めるもの感じるものはそれぞれ違うし正反対だったりする。
ひとくくりにオーディオなんて言うけれどそのあたりを分からないまま話をしてけなしあいになってるようなのをよく見た。
でもまあそれが世の中というものなんでしょう。


6191.png
だんだん盛り上がって行くと金管が出てきて絵にかいたような爆発・・
正直この辺りはあんまりこない。
そのすぐ裏で
6192.png

弦楽器がターンを歌ってる辺りで何か心にくるものがある。
作曲者は全然そんなつもりで書いてないだろうけど、なんかこう世の中捨てたもんじゃないし、お前も捨てたもんじゃないよみたいな・・
音楽は人間が作り人間が演奏することが素晴らしいわけだろうけど、
この曲で人間が音程やタイミングを合わせてみたいな事は一切意識したくない。
そんなこと感じたくない。
誰かが行ったみたいにこの音楽は空から降ってきたものだと思いたい。
傍から見ればあほみたいでしょうけど。

最近温泉にも入ってないなぁ・・
最近無駄に心が不安や焦りみたいなのを抱えちゃって仕方がない。
もしかして更年期というやつかな?
ちがうか。
温泉入ったら治ったりしないかな。
まぁまた、いつか収まるでしょう。

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パルジファルみたいな店

晴れているから出かけようと車を走らせれば一気に分厚い雲が空を覆う。
とりあえず離れた街までいってみたけどだめだ・・
まあそんなもんでしょう。適当に飯食って帰ろう。
その辺にあった昔の喫茶店みたいな外観のお店に入ってみると今風の奇麗な感じにまとまってた。
いい意味でニトリっぽいというか・・こういうのも嫌いじゃないです。
メニューを見ると特にどの国というわけじゃないけどエスニック的な料理が売りみたい。
メインと飲み物がをこの中から選んでください的なセットを頼んで・・
エスニックをアピールしながら醤油ドレッシングで和風じゃね?みたいなサラダの後、
5004.png
牛筋とか蒸し鶏とかもあったけど海鮮フォー。
昔は肉一択だったけど海鮮。
お好みでライムとパクチーを・・
あーそれ風ですね。
パクチーはどこかで食べて懲りた。先日別なお店で飲んだドクダミ茶にもめげた。
ライムはいいかな。
フォーってもっと白いもんかと思っていたけど、なんだか透き通った麺。
おいしく食べました。
5005.png
ドリンク付きというといつも適当にアイスコーヒーなんて言っちゃうけど今日はパインジュース・・南国っぽいかと思って。
どこもそうだけどこういうのは女性基準なのか腹八文目くらい。
どっかカフェ行こう・・

これは!というところは行ってみたら休みだったので2件目・・駐車場に車線というか並びを無視して停めた車があり、本当はあと一台はいるはずなのに停められない・・
なんだこれ・・なんて思っていたら店主らしき人が出てきて店の車か何かをどけるからそこへどうぞと案内してくれた。
築60年くらいの古民家改装系。古民家カフェって今そこら中にあるのね。
入るといきなりいい感じの空間・・こっそりスマホで写真を・・
とやっていたらさっきの優しい店主がいら立った感じですみませんうち写真駄目なんです!
確かに玄関開けていきなり写真とか非常識だ。ちょっと恥ずかしい。
でっかい声であっごめんなさーい!恥ずかしさをごまかすために・・

座って落ち着いてみればやっぱりなかなかいい感じの世界が出来上がっている。
古い和室に変な飾りつけをしちゃって浮いちゃってるお店もけっこうありますよね・・あそこは好みの問題か・・
ここは落ち着けるいい世界だ。
小さいけど写真禁止みたいな表示があるのを嫁さんが発見。
この空間そのものが創作というか作品というかとても大事なものなんでしょうね。
これをちゃんと感じて楽しんでくれる人だけが来ればいい・・みたいな。
表面だけなぞったようなのが安易にSNSにとかも嫌なのかな・・
分かるような気もする。
私はここ初めてだし店主と話したこともないんだから本当はどう思っているのかなんて知らない。
ちょっとこれ思い出したりして。


https://www.youtube.com/watch?v=_Vv-s0LR6zg
ワーグナーの最後の作品
舞台神聖祝典劇 パルジファル
一部の音楽を聴くだけで楽劇自体はちゃんと見ていない為いい加減なのですが、宗教作品でもあると思う。
作者はむやみに上演するなくらいのことを言ったんじゃなかったっけ・・
ワーグナーは自分の作品を理想的に上演できる専用の歌劇場を建設しました。
そしてこの作品はそのバイロイト祝祭劇場以外での上演を禁じた・・・
作家も人間なので作品ができた以上できるだけ多くの人に知ってもらい、できれば称賛してもらいたいと思うのが普通でしょう。
歴史上の芸術家で生前誰にも理解されず・・というのがありますがあれだっていつの日か現れるであろう自分の理解者に向けてやってたわけで誰にも知られなくていいと思ってたのとは違うもんね。
半面、作品が自分の手を離れれば自分の意図と全く別な解釈をされ扱われる可能性があるということもよく知っている。
それは芸術作品の宿命でもあるんだけれど、特別目をかけた大切なわが子だけは・・みたいな
自分の意図を理解し共感してもらえるという前提でそういう人とだけやりたい・・

若い駆け出しの作曲家がその手の主張をすればあっという間に抹殺されてその世界にはいられなくなる。
指揮者の岩城の本にそんな人がいたことが書かれてあって笑った。
それはいつの時代でもそうでしょう。
世の中厳しいのね。

著作権が切れるとその指示はすぐに破られた・・
みんな上演したくて仕方ないし聴きたくて仕方ないような作品をかける人はそんなこと言っても許されるんでしょうね。

後光が差すような前奏曲。
5007.png
後半にターンが出てくるところがあるんだけれどここが私にはとても印象的です。
ターンが出てくると愛とか祈りとか強い人間の意志を感じる。

こちらもこの曲には変な思い込みがあって、心の浮ついているときには聴かない。
冬の静かな日、心が音楽を欲したときに心で聴くみたいな・・

5006.png
写真撮るなっていうんだからこれもまずいよね本当は。
Googleマップのレビューを見たら写真載せまくり・・
店主の態度が悪いなんて書いてもあった。まあそういうのはどんな店にも書いてあるもんだけど。
いろんな人が来て色々あるんだろうね。

自分がとてもとても大事にして触れることもためらうような・・・を、
他人は気付かず土足で踏んづけていく・・
笑いながら砂をかけられることもある。
世間に向け戸を開ければいろんな人が入ってくる。
そこをうまくやったり力でねじ伏せながら進んでいくのが人間社会と人生なんでしょう。
戸を開けなければ大切なものは守られる代わりに風も通らずカビが生えて腐ってゆく・・
この店もそこがんばってるんでしょ?
私も閉め切っちゃって腐ってるタイプかと思いますが、まぁまた頑張りますよ。

私はいいと思いますよこのお店。
ゆったりとした大切な時間とか、大事な人とステキな時間を過ごしたとか思ったらここは良いんじゃないかな。
隣に川が流れているからか開けられた窓から入ってくる風は涼しいを通り越して少し寒いくらいだった。
あれなんですよね、私はもともとインスタ映え?馬鹿か!みたいなオッサンだったんですが自分がブログに写真載せるのが楽しくなっちゃって何やってんだという話で。
いまスマホでみんな見られるため山奥の絶対誰も気づかなそうなお店が大人気で満員だったりする。
商売をやる方にはいい時代かもしれません。
宣伝費ってバカにならないんでしょう。
気に入ってもらえるお店ができたらいまはお客が勝手に広めてくれるんだから。
ワーグナーの楽劇みたいに。
反面、知る人ぞ知る・・みたいなお店は存在し得なくなっていくんでしょう。
絶対にSNSに投稿禁止!一人でもやったら閉店します・・みたいなすごい店がどこかにあったりするかな・・

コテンパンにけなす内容のレビューが一番上に来ちゃってずっとそのままのお店がある。
あれ店主は気づいてないんだろうけどだいぶ損してるよな。
反対にこれさくらくせーなってのもあった。
時代が変わりましたね。

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小さな店とジークフリート

地図上に気になるカフェを発見していってみたら崖っぷちみたいなところだった。
4221.png
絵にかいたような小さなお店。
お店の人と差しでの会話タイムになること間違いなし。
昔だったら逃げたけどいってみようかなぁ・・なんてやってるといきなりドアが開いて。
あっ・・こんにちは。
外観から想像するよりさらに小さな部屋。
面と向かいすぎちゃってて写真どこじゃない・・あっテラス席だ・・
寒いのはわかっているけど車に上着を取りにもどり、テラス席をお願いする。
4224.png
最近人間力みたいなのが下がっていて他人と会話を楽しめる自信がなかった。
どうぞと言われたひざ掛けがあったかいね。
コーヒーとすごくシンプルなカップケーキ。
最近食いすぎだからちょうどいいよこれくらいが。
ちょっと寒いけれど眺めは最高。
この下で伸びていた木々は切ったんだろうな。
普通じゃ使い物にならないような山の斜面を買ってこれを建て、定年後に夢を夫婦でかなえたみたいな感じかな?
4222.png
上を見ればこんな感じ。
ああいいねぇ・・
今は寒いから何にも聞こえないけれどもう少しすれば鳥の声が聞こえるようになるんだろう。
夏は蝉の声か、涼しくてよさそうだ。


ワーグナーのジークフリート牧歌という曲があります。
妻にプレゼントするために書かれた曲で、ひそかに練習をしたオケ団員が朝の寝室前で演奏した。
何も知らされていなかった妻は大変感激した・・
みたいな話が超絶有名。

4253.png
そういう用途で作曲されたからがさばるティンパニなんかは出てこない。
初演と同じく各パート一人みたいにこじんまりやってもいいし、大オーケストラでやっても十分耐えられる内容を持っていると思います。曲中絶えず鳥が鳴いているんだけれど、二人にしかわからない意味があるんだそうだ。
何だか知らないけどいいねえ。

楽劇ニーベルンゲンリングの3日目は「ジークフリート」。
楽劇用の素材で書いた曲かと思っていたけど、ジークフリート牧歌のほうが先なんだそうだ。
最後の方にこの音楽がちょっと出てきます。
眠らされていたブリュンヒルデを目覚めさせたのはジークフリート。

4252.png
牧歌とほとんど同じだけど聴いても気づかない違いが6小節目に。
まともに見たの1回だけだけれど多分戸惑うブリュンヒルデが心を開いてゆく場面。

そしてワーグナーと妻でリストの娘なコジマの間にできた男の子の名前はジークフリート。
超絶天才の孫で息子だもん周囲がその才能に期待するのは当然か・・
いろんなレッスンも受けたみたいだけど彼の作品を聴くことはない。
周りの笑顔がだんだん雲っていくつらさ・・を感じたかは知らない。
指揮者としてはいけたんだそうだ。
人柄もよく人に好かれたという。
そうか・・
良い人生だったんじゃないかなぁ。
よかった。

またいいとこ来れたな会話は無かったけどまあいいかと思いながらお店を出ると外で木を切ってたご主人が気さくに話しかけてくる。
ロフトもあるんだよ見た?みてってよ
外の声が聞こえるのかドアが開いて奥さんがどうぞみたいな感じで・・
という事で再び上がって写真を撮ったりして
お店の人もなんか楽しそうだった。
人と触れ合うというか人に喜んでもらうことが何よりの楽しみなんだろうなぁ・・
本気でそう思ってる人に触れると私みたいなのでも暖かい気持ちをもらえる。
4227.png
こういう素敵な部屋を見ると自分もこんな部屋をオーディオルームにして・・とよく夢見た。
最近そんなものを手に入れても耐え難い虚しさに襲われるだろうと感じる。
こういうの建てる人は皆あれでしょ人と触れ合いたいとか、夜は親しい仲間を呼んでとか・・

わざと雨の日に来てここでゆっくりしてみたい。
またいつか。

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火の神

4231.png
犬と散歩をしていたら富士山が煙に覆われているのが見えました。
麓の大野原で野焼きが行われているところでしょう。
毎年やらないと森になっていっちゃっうんだそうだ。
うさぎかなんかが火に追われて出てくると昔きいたけど、毎年出てくるということは何とか逃げることができてるのかな。

4日間かかって上演されるワーグナーのニーベルンゲンリング、壮大な話の中に炎が重要な役割を持って出てくる場面があります。
炎の正体はローゲという火の神。
初日はヴォータンという神様の親玉みたいなののブレーンとして重要な役割を果たします。
それ以降も要所で登場、もう歌手ではなくて音楽のみでその個性的かつ圧倒的な存在感が描かれる。

第1夜ワルキューレの最終場面。
ヴォータンは神として裏切ったものを許すわけにはいかない、半面親父としての娘への深い想い・・
その葛藤が素晴らしく重く感動的な場面。
ヴォータンはブリュンヒルデから神性を奪い眠らせ、目覚めさせた人間のものとすると宣言する。
怒りに震えるヴォータンではあったが娘の強い気持ちに心が揺らぎその懇願を聞き入れ炎の壁で囲い無数の男から守る事とする。
「この花嫁を手にいれるものは、神である私よりもっと自由でなければならない!」
と語るその言葉はジークフリートの動機(テーマ)の上に乗っかっており、音楽がこの炎を超え娘を手に入れるものが誰なのかを予言する。
その後、愛する娘はもう自分のものではないと悟った親父の切ない別れの言葉は泣ける。
あんなにすごくて怖かった神も、親父だった。



意を決したヴォータンが炎を起こすべく槍で岩山を三回突くと

4232.png
ローゲ登場。
この半音階で駆けのぼり高い音でワシャワシャ言ってるのがヴァイオリンじゃなくいてヴィオラとチェロなのがポイントでしょう。
ちっちゃいのがすごい速さで跳ね回っているんだけど、ちょっとちりちりの白髪頭って感じがする。

その後の炎が広がっていく音楽が
なんかかわいいのだ。
こんなすごい場面なのに、

4246.png
可愛い。

4247.png
その後木管に出てくるこれはいろんなずっとブリュンヒルデを表してきましたが、ここでは炎の向こうで眠るブリュンヒルデを指しています。

炎の奥で眠る娘を前にして、ヴォータンは一人
「我が槍を恐れるものよ、この炎を超えるでないぞ!」とか叫んでいるわけなんだけど、
その言葉は先ほどよりのさらにはっきりとジークフリートのテーマそのもので歌われる。
これはもう予言ではなく強い願いのようにも感じられる・・それはい色々矛盾をはらんでいるのだけど。

金管のユニゾンがジークフリートのテーマを復唱したあとチェロとヴィオラが歌っているのは親父の苦悩と切なさ。
別れのシーンでヴォータンがこの旋律にのせた言葉は「最後のお別れの口付け」。
でも今はもっと広い意味を持っていると思う。
これは泣ける。
しかしここはぶっちゃけ親子以上のものを感じていいんでしょ?
そのほかよく考えるといろんな矛盾が同時進行してもいると思う。
オペラ苦手な私だけどこの30分間弱くらいはいいですね。



昔、祖父が関東大震災のに遭遇した時の話をしてくれたのを思い出しました。
身一つで逃げればいいのに、みんな大きな荷物を持ったためにそこへ火が燃え移り・・
祖父には燃え移らなかったから私が今いるんでしょう。
私がすぐ逃げたくなるのはそのせいか・・全然違うか。
炎は神秘的だけど怖い。
人の手の中でコントロールされている振りをしてくれているうちはいいけれど、
一度暴れだしたらこんなに恐ろしいものはないと思う。
心の中にも小さな灯みたいなものが燈っていて、これが消えたらおしまいだなとかいうな気がします。
その手の話をきくとどこかしらけていたもんだけど、今やけにリアル。
まだ消させないよ頑張ろう。

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