うまくやれない人に甘いもんと音楽

この日は時間の都合で近くのファミレス。
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超絶オリジナリティなんて物はない代わりに無理のない価格で間違いないものが出てくるところがいいですよね。
時間的に空いていて静かなのもよかった。
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客席間には手製の隔離ボードがはまってた。
でっかい工場のラインにみかける改善活動みたいなのを思い出すけど、今みんな何とかしようとがんばってんだろうなと思うとちょっと泣けて来る。
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この店パートさんみたいな店員さんの接客姿勢が極めて上質なのが本当に気持ちいいのね。
極めて上質って、実際普通に常識的なだけだけどそうじゃないとこも多いので。

次の日出かけた隣町で用事が終わり、どっかカフェでも・・
だけどこのあたりは観光地化して首都圏からくる人も多く、すぐそばにあるのはそういう人やちょっと違うのよ系がいくんだろう森の中のウッドデッキで鳥のさえずりを的な偽軽井沢カフェみたいなの。
普段はそんなとこ行けば絶対嫌な思いするから行かねーなんて思ってる。
けど時間的にそこしかない感じなのと嫁さんが行きたそうなのと魔が差し行ってみ・・予感通りというか予感を超えて店ヘ入る前から信じられない人とその行動に遭遇する。
怒りを煮詰めた煮凝りみたいな文章をここに書いてもみっともない馬鹿見えるのは自分の方だろう。
非常に不愉快な一日になりかけるけど、これもきっと何か新しい考えを得るためのきっかけをどっかから誰かがくれたんだろうなんてことを考えながら・・しばらく走って
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時間とかどうでもいい最近できたチェーン店みたいなカフェに入る。
混んでてがやがやうるさいけどほんとに新築で新しいのと親切で丁寧な接客がなんだか気持ちがいい。
なんだここでいいじゃない。
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仮設の仕切り版がここにも・・
すぐ目の前でパフェができてく。
ほかにもいろんなもん作ってんのを眺めながら・・
いいねえパフェ。
誰が食うのかって
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いい加減な歳のおっさんなのに俺。
抱えた嫌な気分がこんなので浄化されてゆく。
馬鹿にした顔が浮かぶとかもういちいち書かなくていいか。

雨で涼しいため帰ってからまた音楽を聴くことができた。
いくつか聞いた中にこれがあって

https://www.youtube.com/watch?v=8lklpz-ipBE
ハ長調の超絶全肯定的に始まるニュルンベルクのマイスタージンガー前奏曲、
楽譜の冒頭にはMaestoso・・と思いこみで見てみれば
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ああちがうか、もうこの人どんどんドイツ語で具体的に書いちゃうんだった。
その勘違いが生まれたのは高校の吹奏楽部のあの日のあそこでだったけど・・今思うよくあそこに座ってられたな。お前の居場所じゃないといわれた音楽にやっぱりどうしても触りたいと思うまであそこから30年かかったけどまあいいか。
こういうのを初見で理解できるようになりたくて昔ドイツ語をとったけど何にもわかるようになれなかった。
使うこともないけどいまスマホのカメラをかざすだけで自動で翻訳が出てくる時代になって便利と言えば便利ね。
この曲も中学生のころから聴いてて、
なんか朝学校に行く前にこれをちょっと聴いていくとその日一日嫌な目に合わないというか、いいことがあると思ってた記憶が出てきた。
何度もやってた記憶があるのは実際そうなったような気がしたからかもしれない。あほかってなもんだろうけど。
中学校でも吹奏楽部だった。
これを言うと怒る人も多いと思うけれど・・私がやってたのは誰もやりたがらないので主張しなそうなのが来るとやらされる楽器であった。
いろんな曲を知った今はあれが主役を張ってる場面が意外にたくさんあることも知ってる。
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だけどあのころそれが主役を張って歌いトリルでしめるとかいうこの場面は卑屈の中に生きる自分を救う奇跡の場面・・は言い過ぎだけど耳は当然その楽器にくぎ付けになった。
あれから35年、あれほど何度も何度も聴いてきて知っててしょうがないような曲。なのに今別な楽器をやるようになったらなんか上の方でやってるなくらいに思ってた対旋律に耳が行きあこんなメロディだったのか・・なんて。
興味のない人にはちょっと通じないだろうけどその驚き感と今更感は、
35年間親しく文通を続けてきた同い年の男、確かめる気もなかったけど聞いてみたら実は女性だったくらいの驚き感で。
最低な気分になりかけた一日だったけど一人勝手に何だか楽しく終わった。

お前の思ったり言ったりしてるそんなのは音楽なんかじゃないよというのもあるだろう。
面と向かってそんな言葉を吐かれたこともあるけれど大きなお世話である。
私が生きてこれた理由の一つに、音楽があったからというのがあると思っている。

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頭のおかしい人と蛍の光

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湧水が流れとなって・・
蛍を守るため場を荒らさないで!みたいな看板があるとこ。
ああここならいるかもね。
だけどこんなところに夜来たら犯罪に巻き込まれそうだな。
あでもそういうときは人がいっぱいで祭り状態なのか。
なおさら来れないな。
そんなこと考えながら
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カニさん登場。
逃げずにこっちをずーっと見つめてたりして。
幼い頃、近所の夏祭りの明かりや音に誘われ行きたいと訴えると両親はそろって
そんなものに行きたいというお前の頭はおかしいと激しった。
無言でいきなり殴られることもあったりして子供心にその背景を察しつつ私の親は頭がおかしいのだろうと思った。
それはいいとして気が付けばなりたくなかったあんな人に、
自分もなっちまったのかな。

通りすぎると後ろでなんか騒いでる声がする。
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カニと・・
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遊ぶ人。
この人海でもやってたカニと。
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Dances with カニ
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ただ威嚇してるだけだろとか言っちゃえばそれまでね。
少し遊んでくれたように私には見えるけど、そんなことを言ってる人間は馬鹿にしか見えない人もたくさんいるでしょう。
昔、カニをとったりザリガニとかクワガタ捕りというのもしない自分を自分で頭がおかしいのではないかと思ったけれど唯一学校の先生がくれた熱帯魚を飼うことは熱中した。
ある日帰宅すると平日なのに親父がいて水槽は空になり片付けられていた。
父親は私が何か楽しみを見つけると徹底的に奪いやめさせようとしたけれど、どこにでもあるような話で戦後の食うものもないような時代に父親なしで育った結果がそこにあったかもしれない。
さすがに生きた魚を捨てはしないとは思うから何かで魚が死んだ瞬間をとらえてだったか・・詳細はもう覚えていない。
何も考えないようにしたことを覚えてる。
私がこんなになっちゃったのと今だにいろいろとおかしいところから脱せない原因は私の体の内部にあると思っており、親へ恨み節をここにぶつけようとかじゃなくて。
話の流れ上そんなことがあったというだけ。
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家のすぐ裏に蛍がいると気づいたのは深夜道を歩いていたら一匹の蛍がふらふらっと飛んできたからだった。
その蛍に、お前こっち来てみてみろよと誘われて・・
仕事のストレスをぶつけてしまうと自分で言ったこともあったが、私を見るたびにお前はみっともない失敗だというようなことを吐き捨てる父親に対しいつしか私も同じ考えをもっていたと思う。
もちろん親から育てられた恩は表面にある些細な事とは別次元にあり忘れるものではないけど。
何年も親子というより人間としてのやり取りも成立しない間柄となっていた父親はその時絶望的な病床にあった。
蛍がいると言ってみると何だ知らなかったのかと言いつつ、もう一度見たかったというようなことを言った。
みればいいじゃないかと返せば、そうだなというようなことも言ったがもう力はなかった。
自分はいくらでも何度でも見ることができると思っていた蛍の数はその後減ってしまい、昨年は一度も一匹も見られなかった。
もう自分も蛍を見ることはできないのかと・・


https://www.youtube.com/watch?v=23mLlK_aK6k
こんなに暗くならなくてもいいんだろうけど、最近聴いて心に残ったから。
いろんな作曲家が効果的に使っているけれどヴァイオリンの解放のGがユニゾンでヌォーンっと鳴ると人の心が凍り付いてるみたいで聴いてる此方の心も引っ張られますね。
これを聴いた日、なぜかお前どうするの?お前もうだめだよどうするの?といわれているような気分だった。
ほんとは何故かじゃなくて原因ははっきりわかっているけど今書くことじゃないと思うので。それより、
夜、犬と外に出たら
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いたんだよ。
蛍が。
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それもいつもの川を離れ家の敷地の中に入ってきて物置やフェンスにとまってずっと光って見せてくれた。
誰かが何かを伝えようとしてるのかなんてまた考えても見たけれど、なにという事も思い浮かばなかった。
いいよそんなの。
蛍いてくれたから。
これを自分の家で、嫁さんと二人で眺めたというところに
自分を糞みたいに思う癖のある私にとっての意味があると思う。
何言ってんだこの馬鹿と思ってるでしょ?
いいのよそれで。
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嫁さんが差したこの光る星に、
近所の猫がおしっこをひっかけたらしく嫁さんがすごく怒ってた。
梅雨の時期だったか家の庭にはカニもよく歩いているんだよね。
カニもずっとそんなもんいるわけがないと思ってた。
いると思えば見えてくるのね。

こんな内容書くと反感を食らうなと思いながら・・
それより、書いてみると当時わからなかった色んな事が見えても来た。
すべては蛍を見たから発想した話で蛍のおかげ。
蛍がお前よく考えろと言ってる気がする。
何をかはまだよくわからない。
もし私に子がいたら、どう接しただろうか?

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森とサーモン

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またすき家。
日曜日だし森林公園みたいなところなので人間に遭遇する可能性があるけれど、いつも行くところは木陰がなくもう暑くて飯どころじゃないから。
藤棚の下にテーブル2組というのもあったけど先客が盛り上がってたのでやめ。
椅子しかないけどいいよここで。
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オニオンサーモン丼だったっけ?
なんか自分でのせるのね。
生ものだからあったかいご飯の載せてだと法令上まずいとかあるのかな?
違うか味や歯ごたえがまずくなっちゃうのか。
手順書がついてたりして・・特盛はサーモン2人前だから大しょうゆも2つついてきたけど一個で十分。いや半分くらいでもいいかも。
もう一つなんか濃厚なソースもついてきた。
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森とサーモン。
回転寿司でみるヘロヘロサーモンを覚悟していたけれど、一口目からおいしくて意表を突かれる。
余計なことを書くもんじゃないけど、味を占めて後日同じものを家で食ったときには全く違う感想を得た。
ロットがちがうから?
買ってから食うまでの時間?
2度目で慣れちゃったから?
体調の問題?
きっとこの周りを囲むケヤキの緑と空気が作用したんだろう・・
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食ってる最中目の前はこんな感じ。
直下に遊歩道があり幸せ家族みたいなのが通り過ぎてゆく。
子供と親と・・
15年じゃきかないくらい前になるか会社の人間でこのあたりに来てバーベキューをしたことがあり、小さな女の子を肩車してこの遊歩道を登ってきた事を思い出した。
心身ともに不健全に生きてきた私は子供をかわいいと思うような回路は破損しており、子供にもわかるような拒否臭が出ていたんじゃないかと思う。でもそんなもん少しも意に介さない明るく元気な子だった。
おとうさんみたーいという声を耳元で聴きちいさな衝撃を受けたのはちょうど目の前のここだったよな。
いつか自分も自分の子と・・その時思ったかはもう思い出せない。
あの子とあの人、どうしているかな。
私の記憶にバーベキュー的なものはその後一度もないけれどそんな話は今ここに書きたくない。

食ってるうちにやたらに暑くなってきた。
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日が少しづつ動いておりあの微妙な日陰を作る模様からずれてっちゃうのね。
我慢して食おうかと思ったけど暑いと味もへったくれもなくなっちゃうから
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味噌汁置くとこがないけどあちらの切り株的な椅子へ移動すれば
目の前の景色は
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こんな感じ。
かわんない?

ワーグナーの楽劇ジークフリートというのに森のささやきと呼ばれる音楽があって単独で演奏されたりもするんだけどそんなに好きでもなくて。
同じジークフリートと共通の素材で書かれたジークフリート牧歌という曲が超絶有名。
上演に4日かかる作品の3日目の終わりでやっと主役の男女が出会いいい感じになる辺り・・だっけ?観ることはほとんどないので・・

https://www.youtube.com/watch?v=mZmOCh-7cKk
そしてこの曲は作曲者の妻の誕生日へのプレゼントとして内緒で準備されその朝寝室の前で披露されたことが超絶有名。
数人の楽員が配置されたのは寝室前の階段、曲がり階段で指揮者から見えない団員が・・映画や舞台でよく見るお城みたいなとこに住んでたのね。
嫁さんが大変喜んだという話も有名だけど、
ぼさぼさの髪と化粧してないしかめっ面で
こっちは寝てんのに朝からるせーんだよ!
バタン!!
・・・・・
になっちゃう可能性というのはなかったんだろうか?
育ちの根本から違・・ほんとはそうだったんじゃないの?
非常にくだらないけど言いたいことはそれだけ。
この歴史的美談に出ててくるコジマという電気屋みたいな名前の嫁さんはあのリストの娘だ。
もともと弟子の嫁さんだったのに・・はいいとして
ワーグナーとの間に最初に生まれた女の子はイゾルデで、多分待望の息子ジークフリートは音楽家として期待され特別な教育も受けたようだけど才能は別な方向に現れたようだ。
2代将軍みたいなもんで本人は色々大変だったんじゃないか。
ワーグナーが自身の特別な作品を理想的に上演すべく作った専用の劇場はコジマ以来芸術監督が世襲で引き継がれ今曾孫の・・
要するに世の中うまく行っていようが破滅していようが男がいて女がいて親がいて子がいてそれがすべてなんだろう結局。

今、ながら聞きとかではなく音楽しかない部屋で音楽にだけ気持ちを向けてこの曲を聴いてきた。
澄んだ空気と光、懐かしいような気がするのは昔何度も聴いたからというだけではないと思う。
こんな私にも素晴らしい時間をくれてありがとう。

いつもなら食い終わったら少し歩いていたりするんだけど、
下の方からの聞こえる多数の歓声に、今日はやめておこうと思った。
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同じ緑でも、杉やヒノキの林を見てもあんまり来ないというか。
いいよねこういう緑。
ちょっと腐り気味の心も浄化してくれたような気がした。

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たねと顕微鏡

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愛すべきこの田舎は田植えの準備が始まるところ。
犬が暑がって散歩に行かないので自分ひとりでふらふら来た。
天気は急速に下り坂。
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川の浚渫が始まってた。
浚渫やったばかりだけれど台風でまた埋まっちゃったところに災害普及の予算が付いたとかでしょう。
連休前から重機が運び込まれたりしていてその予感はあった。
今全然関係ない仕事をしているし乗る機会は全くないけれど、なぜかブルドーザーとかバックホーに乗れる車両系という免許を持ってます。
免許取るときに一度乗ったことがあるだけだけど。
ああいうのにも天才的に巧い人ってういうのがいるんですよね。
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連休中に見た重機の前のこのたんぽぽも
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どこからかタネが飛んできたのか流れ着いたのか河原の菜の花も
みんな刈られ踏みつぶされる前にタネを飛ばしきって次につなげたかな?
あの菜の花は風に揺られて楽しく歌い踊ってるみたいだった。
場所や条件は自分で選べない運命みたいなものがあるかもしれないけど、とにかく世の中やったもん勝ち生き延びたもん勝ちだよね。

昔、病院で自分の種の検査をしてもらった。
先生が顕微鏡を覗いて、まあ・・
そんなことここへ書いてちゃいけないか。
それよりこんなこと書いてたら、どうも犬がそわそわして様子がおかしい。
と思っていたら翌朝いつもしないところにおしっこが
あ、血?
心配しつつ出社し仕事を終えるころどうも良くならないようだと嫁さんからのLINEをみる。
会社から病院へ電話をし、診てもらえるというので急いで帰る。
大雨の中犬を車に乗せ頭をなでながら病院へ急ぐ最中、
昔祖母から聞いた祖父が具合の悪くなった幼い父を抱いて列車で遠い町の医者へ連れて行き・・という話を思い出した。
赤紙がきて硫黄島で亡くなった祖父が我が子といられた時間はわずかしかなかったと思う。
病院でおしっことれますか?と言われ外へ出てみると、もう解放されたのかと思ってわー!とかはしゃぎだす犬。
かわいいあなた、どうか無事で。
割りと素直にやってくれたそれには確かに血が混ざっていた。
先生がそれを顕微鏡で覗いているのが見える。
もう一つスペクトルかなんかで分析する装置は調子が悪かったみたいだけど、細菌は見当たらないし膿とかよくない炎症を示すものは何もないとのことだった。
あー、
よかった。

https://www.youtube.com/watch?v=VwrpNE1K6zM
久しぶりにちゃんと聴いたこれ。
いろんな面で人に衝撃を与えたことで有名なこの曲、旋律が明確な終止形をとらず次へ次へ引き継がれていく様について無限旋律と呼ばれることがある。
命というのもいくつもの体を乗り継ぎ長く引き継がれてゆく一本の旋律みたいなもんだ。
長く続く者もあるだろうけど、枝分かれした先で止まってしまうものも少なくない。
俺も犬も次はなく自分で終結。
おれたちトニカだな。
鳴っていられる間が花だから。
今日も嫌なことがあり、出来るだけ考えないように努めたけれどこれを書いている今まだ引きずって気分が悪い。
でもいいよ犬が元気でいてくれれば。
途中から書いてる内容が変わっちゃったけどいいよ。
犬が元気でいてくれれば。

翌朝、犬はワーワー言いながら飯を食ってた。
大丈夫そうね。
良かった犬が元気で。

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静かにちょっと幸せとかでいいか

この日昼飯を食いに行こうと嫁さんにどこの店に行こうか?と聞くと
好きなとこでいいよ・・
あ・・なんかまずかったか。
聞くと、いろいろなお店の名前を出してるのに空返事ばかりで少しも楽しそうじゃないじゃない・・だそうだ。
そうか、自分の心配事ばかり考えてるところに気乗りしない店の名を聞いてちゃんと答えていなかったかも。

こういう自分しか見えなくなってみたいなのをそのままにしておくとあとで取り返しがつかなくなったりしそうだ。
この日別なことも考えていて、意見が対立というか一致しなかったとき自分が折れた側なんて思ったとしたらそれは傲慢な大間違い。相手はその3倍くらい折れたつもりでいる。
と思った。
じゃあどうするかってのが本当の問題だし、そんなにうまくやれないだろうけど。

結局自分が地図上に見つけていいなと思っていた店。
だめじゃんか。
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発見してもしばらく来なかったのはレビューにあった近所のマダム、土日は予約必須の文字を見て何となく敬遠していたから。
子育てそのほか色々すごく大変だし孤独だったりとかするんでしょうね。こういうところでの息抜きは大切だよね。大騒ぎの女子会もママ友会も少しも文句はないしやるべきだと思う。
それとはまったく別に、私個人が飯を食ってるそばでギャーギャー叫ばれるのが変態的に苦手。
かつて飯を食いながら何があったかを思い出してみると・・・とかはいいから。
もう一つ、どうしても聞こえてしまう小さな子供についての話題や小さな子供の声や姿が・・もいいから。
地元の畑で撮れた野菜にこだわったみたいなお店はよくあるけれどコンセプト頼りで味も接客も・・・
こういう文句ばっかり言って何にもしないのはいかにもダメな時間と人生を無駄にしている人間みたいか。
客観的に一言でいえば、いじけた馬鹿というところでしょう。
ご飯屋さんくらい素直に行けるようになりましょうとそこへ行ってみた。

駐車場はいっぱいだけれど、女子会は一人一台で集まってくるので入ってみると思ったより席が埋まっていないことが多い・・とか思いつつ入るとちょうど何人もが出ていくところ。
それどころかすごくすいてる・・よかった遅い時間に来てみて。
素朴だけど丁寧にメニューの説明なんかをしてもらって気持ちもほぐれる。
メインが肉、鳥、魚と4種から選べる定食とあと一品何か限定のセットがあった。
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昔はとにかく肉くってりゃいいやだった私は最近美味しい魚というのを食ってみたいと思うようになってきた。
でヒラメのソテー。
カレイじゃなくてヒラメかぁみたいな。
ベターっと塗りつぶしちゃわないしょうゆベースの味付けがとてもおいしいかった。
ちょっと足りないかな?の寸前くらいなのがいいんでしょうね・・
丁寧に説明してくれたいろんな野菜もおいしいし、雑穀米もおいしい。
予想通り回ってきた嫁さんのトウモロコシご飯と豚の焼いたのもおいしい。
料理おいしい。
お客さんは背後に二人、あっちに4人。
結構な音量で話しているのに全然気にならないのは、自慢や人を攻撃する内容じゃないからか・・・なぜか自分もそういうのに過剰に反応する神経が停止していたかもしれない。
いろいろ心配したことはみんなはずれ・・
とてもいい時間で来てよかった。
こんなこともあるのね。


https://www.youtube.com/watch?v=QhvMzXRLgGY
この日は頭の中でトリスタンとイゾルデがループしていた。

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G線で絞るような声のヴァイオリンが高い音で叫ぶヴィオラの下へ入り、はいつくばって絞り出す声のような・・
マーラーが自分のスコアによく取り入れているけれど元ネタはこういうとこなのね。
この暗く苦しい叫びの直後に歌いだす木管には明るい日の光が当たる。
神が降臨するようすごい光じゃなくて、庭先に一時的に差した日の光みたいな・・洗濯物でもいいし・・でも長く続かない。
人生ってこういう感じですよね。
暗闇を這うような苦しい毎日でもわずかな光を頼りに生きてゆく・・
ずっと電球みたいに自分が発光してるような人もいるけど。
外れに当たると、人生ずっと外れなような気になるけどそんなことないのね。
時々いいこともあるんだから。
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ちょっとだけ青空。
窓の外はマンションが建っていたりしてよく見るような・・勤務先の周囲にそっくりな景色で・・
あんまり見ちゃうと心が休まらないというか・・
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嫁さんの機嫌も素直によかったと思う。
よかった。
ありがとう。
ごちそうさまでした。

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記念日と神様

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この日、記念日だった。
ドイツ・オーストリア系の音楽が好きだからそんなレストランに行ってみたいけど近くにはみつけられない。
ビールに絡めてドイツみたいなのには行けないし。
なんでどこもイタリアンばっかりなんだろう?
文句言ってないで見つけたイタリアンな店に行ってみた。
遅い時間に行ったからか駐車場には一台の車もなく、入ってみるとお店の人すらいなくてわらった。
呼び鈴みたいなのを押すと出てきてくれて丁寧に案内してくれた。
ミニじゃないちゃんとしたサラダの後、
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ハイジがタンスに隠してたパンこんなのだったよな・・
かぼちゃのスープ。
なんか牛乳感が強いななんて思った。
嫁さんは「粉のやつとは違うね・・」
そんな夫婦。
他に誰もいないのでとても静かでいい時間。
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選べるパスタは見たことないような・・のはなくてペスカトーレ。
おいしかった。
これムール貝?海の味がしたような気がした。
いつもあさりだから・・
デザートもついてゆっくりできた。
いいお店、また機会があれば来ようと思う。

記念日なのにこのままスーパー行って帰るってのもどうなのか・・
だけど外は分厚い雲に覆われた曇天。
特に思いつくものもないまま車で走っていると一瞬青空が見えた。
青空のある方へ走っていくと
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いつもの海辺の公園。
開いていた青空はすぐに閉じてしまった。
芝生の上には小さな子供の笑顔と歓声。
嫁さんと二人、何も言わないけれどにぎやかではない方へ歩いてゆく。
静かな浜辺というのはなくて巨大テトラポットが乱立している。
ふと目が留まったこれ
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新しくてつるつるな感じのテトラポットの中に
なぜか一つだけただれて折れて瀕死のようなものがいた。
なんだどうしたの?なにがあったの?
同じような人間がいっぱいいるのに、自分だけがひどい目にあっていると感じることがある。甘えからくる被害妄想でしかないこともあるだろうし、実際そうなっていることもあるだろう。
誰にでもあることなのかもしれないけれど、誰にも助けを求められないなかここに文字にはできないことを本気で考えたことが私にもある。
いよいよもうだめだというところでそうならなかったから今ブログを書いたりしているし
神様はいると感じていたりする。
そして、またあの状況に戻ってしまう事への恐怖心から、神様の存在を感じずにはいられないのかもしれない。
宗教とかそういう話じゃなくて。


https://www.youtube.com/watch?v=QhvMzXRLgGY
この音楽は神とかでは全然なくて人間のグダグダなんだと思うけど。
前奏曲と愛の死しか聴かないので楽劇の内容はよく知らない。
途切れることのない重くうねるような旋律には恋、愛、欲望、苦悩・・いろんなものが感じられ

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登り詰めた先に現れ絡み合うこの旋律には汚れのない純粋な愛を感じ・・・
私がこんなことを口に出せばみんな半笑いで馬鹿にすると思う。
ブログも同じかもしれないけどいいの。


この日は結婚記念日でした。
嫁さんのネックレスは普段しないもので、昔プレゼントしたものだと思う。
私のような人間に結婚記念日があるという事は奇跡のような状況なのであって、
神様の介在なしには実現しえなかったと思う。

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都合のいい話はない。

何があるわけでもけど来てみた。
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青空がちょっとだけ漏れ出ているようなのを見ると、あの向こうに神々の国というのがありそうな気もする。
私も神様を感じ導いてもらえたとか見守ってもらえていると思うことがあります。
でも調子に乗って都合のいいお願いをしたところでそんなものには一切答えてくれない。
当たり前か。
神様もう少し助けてくださいなんて思うこともあるけれど、それは甘えというものだろう。
神様じゃなくてリアルにいる人間に素直に助けを求めに行けばいいのかもしれない。
でも昔からそういうのがよくわからなかった。
そういえば今とおんなじ気持ちにあの時なっていた・・
バタバタ暴れていてもここから出られるわけじゃない。
覚悟を決めて、受け入れて、でも諦めないでめげないで
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謎の漂着船みたいだな。
開発されたほかの湖と違い護岸も建物も何にもないからちょっと神秘的だ。
人がいないことが何よりかも。
それはお前が人とうまくやれないだけだろう。
あそうですか。
人とうまくやれないのは自分が自分を人として認められないからだと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=_Vv-s0LR6zg
パルジファルをちゃんと見たことはないので細かい筋は知らない。
けれど冒頭から後光がさしたような世界で、神様のいる世界が遠くに見えるような気はする。
ワーグナーは間違いなく優れた芸術家であったわけだけど、いろいろ読んでると単純にそんな枠に収まっている人ではなかった。
彼に限ったことではないんだろうけれど、反ユダヤ主義みたいなのを掲げて講演をしたり論文を書いたりしたという。
そしてなんとなく忘れられないのはどこで読んだか、あれほど蔑み愚弄したユダヤの血が自分にも流れている可能性にワーグナー自身が気付いていたという話だ。

そんな話には全く関係なく流れてくれるこの音楽が私は好き。
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静かだなぁ・・
なんて思ってたら人の声がする。
ボートの乗り方を教えるおっさんと習う女性。
あれも習い事かぁ・・
俺はあれをやってみても
なんでそうなんですか!
とかなっちゃうんだろうなぁ。
なんでここまで来てそんなこと考えてんだ。

ある所で人だかりができていた。
誰もいなくなってから行ってみると壁の裏というか中で鳥が大騒ぎしている声が聞こえる。
どうも幼鳥がはまってしまったが誰も助けてやれないような位置だあるようだ。
その鳥のその後を確認したわけではないけれど想像通りではないかと思う。
鳥だって未来に希望を持ったりするんだろう。
空にはばたく前に絶えてしまう命もある。
俺はこの世に何しに出てきたんだろう?なんて思ったこともあるけれど、
理由なんかなくたって生きてられればそれで儲けものだ。
嫌な事や虚しいことがあるのも生きているからだろう。
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この時すごく暑かった。
暑くてべたべたでちょっと不快なくらいだった。
ここはまだリアル地上だ。
私はまだ地上で生きてていいみたいだ。
青空みたいな気持ちになる日は遠い気もする。
都合のいい奇跡なんかあるわけない。
めげずに諦めずに。

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おまけと虚しさと人生

20年くらい前、ネット上でいろんな人と交流しているうちに誰とも話さず劣等感の塊みたいな現実の自分よりネット上にいるunagiさんの存在感が勝ってしまったことがあった。自分本体がそれに嫉妬したりして、まあ一種の病気だろう。
気が付けば今またそうなっちゃってるのか拍手の数がガクッと下がったりすると自分の人格をが世の中から否定されたような気分になっ・・ちょっと異常でまずいな。話し相手が自分のブログとか依存しすぎ。
おまえそれ違うだろ・・と、また誰かが教えてくれてる気がする。
そんなこと考えながらどっかほっつき歩いてたら
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生まれてこの方そういうのみじんもない人間でごめんなさい。
刺さるこれ・・こういうのが目に入るの偶然じゃない気もする。

今どうすればいいかはわからない・・楽器?・・は今地道にやってるからいいじゃない。
どっか人のいる場に出ればいいんでしょうけど楽器は順番間違えて失敗したのを忘れちゃいけないだろう。
他に、呼んでくれる人はいっぱいいたけど・・酒の場と人間が嫌で逃げたでしょ。無理していけばまた始まるでしょ病気が。
じゃ何か他の・・DCD・・はいはい分かった。
楽器は頑張るとして、もう一つ何かを見つけて取り組まなくちゃいけないのかなぁ・・
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大草原と小さな犬。
老化と暑さで散歩に出かけてもまともに歩こうとしないから普段行かないやぶの中を歩いてみるとはりきっちゃって・・
そういえば悩み事真剣に話したの犬と猫だけだ。
驚くほど真剣に答えてくれたりして。
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この時うちのボンタンも咲きそうだった。
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この後パスタ屋に行った。
かなり前に一度来たことがある。
その時は食えればいいやくらいであんまり覚えもない。
ブログのいいところはただ食えればいいだけだった飯屋が鑑賞の対象みたいになることで、いいこともあるよね。
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ランチは+150円くらいでサラダとスープと飲み物が。
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お客さんでいっぱい。
ここも仲のいい女友達が集まって・・みたいになってた。
10年くらい前に屋台で始めた店が今ここまで来ました的な写真と説明が貼ってあった。
いいね・・人生頑張って生きてるなぁ・・・
私は惰性でここまで来ちまったけど。
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若鳥のジェノベーゼだったっけ。
バジルと聞いてパクチーを思い出したりめちゃくちゃだ。

このお店に最初にきたのは勤務先の取引銀行がくれるカードを提示すると特典がありますみたいな企画の加盟店だったからだ。
カード見せてもはぁ?とか固まった後ああそれは夜しか‥なんて言われることもある。
そもそもめんどくさいので私は嫌い。
どこでも聴かれるTSUTAYAのカードというのも持ってない。
30年前のレコード屋のポイントカードから始まってポイントがたまって何かもらったってのはほんとに数えるほどしかないなぁ・・
何時もたまる前に無効になっちゃったりどっか行っちゃったり・・電子マネーなんかのほっといてもたまるものがたまるくらい。
秋葉原にあった石丸電気3号館は毎回ポイントじゃなくて無期限の割引券をくれるのでお得感が高かった。

嫁さんはこういうのがあるとわかれば使いたいんでしょうね。
ここは前来たときはバニラアイスを笑顔でだしてもらった覚えがあった。
でこの日は
バニラアイス1でよろしいでしょうか?
よろしくないです2ですとかいえるんだろうか?
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二人でも1なんでしょうまあそりゃそうだ。
でもよく見れば2玉入っていて、嫁さんは取り出して自分の飲み物の上に浮かべてた。
逆にほのぼのする。
美味しかったし、ありがとう。

ワーグナーの楽劇は、魅力的な音楽が切り取られ単独でコンサートのステージに乗ることがよくあります。
当時からそういうものだったらしく、例えば全く未解決な不協和音で劇へ入ってゆくパルジファル前奏曲はそのままでは上演できないのでワーグナー自身が安定した形で終止する演奏会用エンディングというのを作曲している。
ニュルンベルクのマイスタージンガー前奏曲というのがあって昔よく聴きましたがこれも楽劇ではこれも明確な終止を取らず第一幕へそのまま雪崩こんでいく。
この曲にも単独演奏用の独立したスコアがあるのでそのおしまいを見ると
1247.png
最後の2小節は単独演奏用に用意されたもので楽劇ではもう第1幕の最初の場面へ突入している。
これもワーグナーの手による編曲だと思うのだけど、書く前に読んどこうと思った裏付け的な記述がどこにも見つけられなかった。
コンサートでこの曲を演奏するならこの楽譜の通り演奏されればいいのだろうけどそれじゃ終われない人もいるみたいで、
1248.png
オペラのエンディングでは前奏曲のコーダがそのまま再現され強い整合性をとっているのだけど、その最後には3小節の堂々たる終止が置かれている。
これを取ってこのまま演奏する人もいるようだ。
同じなようでも前奏曲にはない合唱がいるし、派手なトランペットが鳴っている。なにより音楽のみを10分程度聴いてきたのと、巨大なオペラを体感してきたこの場面では聴き手の心理的状況は大きく異なるはずだ。
前奏曲の終結がオペラの最後に比べ一小節少なく若干遠慮したような形になっていることには大きな説得力があると思う。
でもそこに納得いかない人もいるんでしょうね。
どちらが正しいかではなく両方楽しめばいいと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=8lklpz-ipBE
私が初めて聴いて刷り込まれたのは単独演奏版、+2小節のほう。

おまけに絡めて書いたはいいけど、有名な曲なので聴く人はこんなことは知っているだろうし聴かない人はそもそも・・
こんなもん書いてて何が楽しいの?という声がずっと聞こえ放棄しかけたこの記事。
他人に見せられないような話につながっちゃって延々書いていたのを削除して公開。
この曲とても肯定的で強い推進力みたいなものを持ってるのね。
こんな人にはなれないけどこんな気分を持てるようになりたい。
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窓の外には氷・・・
もうそんな時期か。

子供の頃車にひかれかけたことやその後自分が車で人を巻き込む事故を起こしそこなったこと思い出すと、そこで終わっていたはずの私の今はおまけみたいなもんだといえなくもない・・のか。
本気でおまけだと思えたらなんでも楽しいしありがたく思えるかもしれない。
そんなの無理だけど。

7076.png
これは今日。
ボンタンの花が開こうというところ。
同じ樹の中にももう咲き終わっちゃって実の赤ちゃんを持っているグループや、まだ全然咲かずこれから魅せるよという感じの集団など色々いる。
私もまだこれから何かできるかなぁ?
何かしてから死にたいなぁ・・
7040.png
これジャガイモの花かな?
きれいですね。
庭の樹撤去して自分の好きなものを育てるか・・は今いる木が不憫でできないなぁ。
ぶどうの苗買ってくるは嫁さんも一致して盛り上がってるけどまだ着手してません。
とりあえず草をいくつか抜いてきた。
楽器の練習もいってきた。
ダメ元で削ってみたリードが鳴るようになってて驚いた。
ちょっといいこともあるから。

Tag:ワーグナー  Trackback:0 comment:7 

ほんとうは

これを書いたときは心がしっけてましてこんな内容になっちゃいました。ごめんなさい。
書き終えてから出かけ日に当たり景色を見たりしたらよくなりました。でもそのまま公開。
日に当たって青い空と緑を眺めるとか大事なんですね・・・


なんでも、どう感じるかは自分の心次第だと思う。
満たされた心でニコニコしていればどこへ行っても楽しいし、何を食ってもうまいし、まずいものを食ったって笑っていられるし、愛想が悪い人に腹を立てるどころか逆に笑わせることもできると思う。そう思うのは、短い間だけど自分もそれを体験したから。
でもそうじゃないところへ自分が落ちたのを感じてからそこへは戻れていないまま。
この数日また心が無駄に下降。2つ思いあたる原因は私に落ち度があるものじゃないし、片方は普通喜ぶような話なのかもしれない。そういうせっかくのお話でみたいなので逆方向へ振れてしまうのも私の大きな欠陥だと思う。
出来事の位置づけと意味をしっかり整理把握して受け入れればどうってことないどころかチャンスなのかもしれないのに、見るのも触るのも怖がってそのまま心に入れちゃうから謎の不気味さと変なにおいを放つ闇鍋みたいな心になっちゃっているとも思う。
よく考えると数日前からじゃなくていつも週末にはこんなになってる気もする。実は原因なんて関係ないんじゃね?
写真を見ると、いろいろと無駄につまんない気持ちになってたのがわかる。そんな没になった写真の集。


達磨山からの眺めは素晴らしい・・冬なんかとくに。
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この時はさあこれから夜景・・
三脚にでっかいカメラな軍団が待機していた。
という時間。見ている目の前で街の明かりが少しづつ燈ってい行き・・・もう少し待てばすごい夜景になったりするんだろう。
けれど、いいや帰ろう。
スマホじゃ写んないだろうし・・意地でもカメラなんか買わないというこだわりも私の病的なひずみ。
何時まで縛られてんだ。


平地へ降りてショッピングモールみたいなところへ入る。
嫁さんがなんか買い物している間はボーっとして。
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ここはフードコートにスガキヤがあるんだよな久しぶりに・・と思ったらラーメン終了の札。
こんな写真撮ってたら店員がなにあのへんなの?みたいな顔でこっちを見てた。
まぁ、そりゃそうだね。
この時は別に大丈夫だったけれど、
昔、ニコニコしてあっちを見てもこっちを見ても明るく楽しく見えた私は突然そこから落ちた。
知らない人たちからのさげすむ視線、あちこちからこれ見よがしな咳払いが聞こえる。
強迫性障害を発症して毎日何回も髪の毛を洗ったりしてた。実際私は相当変な格好で歩いていたと思う。それを自分で把握、修正する能力が欠如していた・・自分でも気づいていたけれどどうすればいいか・・あもういか。
あれから四半世紀、今でも他人の視線や咳払いなどを感じると恐怖感と憎悪が走る。
治すには、もう一度あのニコニコ世界にも出ればいいんだと思う。
それには人のいるところへ出ていくことだと思っている。でも出ていくとダメになって戻ってくる。


この後昔通ったラーメン屋へ久しぶりに。
元何かのシェフだとかいう人がやっていてちょっと気取った店内とかなり高めな価格設定・・いわゆるラーメン屋というのとはちょっと違うよというコンセプトがあったと思う。
ポイントカードがいっぱいになる手前くらいで飽きてしまいしばらく行かなかった。

久しぶりに戸を開けると店主がどうぞと言っときながらごにょごにょっいっていく手を阻む。
え?
うち食券なんでぇ・・
あそう食券になったのね。券売機なラーメン屋なんかどこにもあるし、高級志向でやりながら券売機というお店もあるからそれ自体は別にいいんだろうと思う。
しかしシェフだった的な人の高校生みたいな口のききようが耳に残る。
ごちゃごちゃ貼り紙があるけれど正直何だかよくわからず、まあいいやみたいな気になる。
昔はすごいとか思って食ったそれも、覚めてしまえばただのしょっぱいラーメン。
ラーメン自体は変わってないんでしょう。
食い物の味や印象ってそれ単体じゃないんでしょうね。
ここまで書いちゃうと写真は載せたらいけないでしょう。よく見ると写真もなんかさえない感じなんだよだなぁ・・
つまんない気持ちでいたけれど帰り際くだんのシェフがちょっとした笑顔でこちらに目線を・・
指揮者のカーテンコールみたいなのかな?ブラーボーとかいう場面なのか?
でも、無視されたわけじゃないと思うだけで少し気が楽になる。
私はなんすかね、寂しいのかな?
寂しいんですよ30年間分くらい・・。



https://www.youtube.com/watch?v=uaXGJBjJS_Q
ワーグナーのタンホイザー序曲・・これは通常版のように見えを切って終わらないパリ版というやつだ。中学生の頃このCDを買いよく聴いていました。
そのころ、自分の稚拙さ異常さからある出来事をおこし、その動揺を抑えきれないままたまたまプレーヤーに入っていたこれを聴いてしまった。そのためこの曲が思い出してはいけない記憶を引き出すししおりのようになってしまい、20年間くらい聞くことができなかった。
聞けないことと音楽の内容は全く何なの関係もなくただ私の側に問題があっただけ・・
今はさすがにその記憶も干からびて毒も油も抜けきって、曲を聴いてもいちいちいらんことも思い出さなくなった。
辛い時、悲しい時、許せない時、絶対に音楽を聴いてはいけないと思う。(私はですよ)



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何度となく前を通りながら入ったことの無かったインドカレー屋さん。
いま、大規模な組織が取り仕切る赤い看板の中華料理屋みたいなのをたくさんみますが、このインドカレーもその形式じゃないかな?同じようなのがうちのすぐそばにもあるし、とんでもなく遠いところにお住まいの方のブログでもそっくりなものを見かけた。
そしてこのお店・・
空いてる席がいくつもあるのにいきなり狭くて居心地の悪い席を指定され気分が下がる。
混むから整理しているとかでなんでしょうしいろんな事情があるのかもしれない。
悪気はないんだろうけどこの日本人の女性店員は愛想が悪くて来るたびに気分が下がっていく。
きっと自分の気分が上がっていればこれでいいんだろうけどこうなるとこのお皿もあんまりな気分だ。別に悪くなもない料理の味まで・・
そのうち隣で楽しく話し込んでるお客さんに向かってインド系店員がなんかごにょごにょ言うと・・お客さんは「はい」とか言って帰っていった。
え追い出したの!?
まぁ商売だから数稼がなきゃなんないだろうし、大きなお世話か。
混んでいるんだから、悪いお店じゃないんでしょう。
たまたま文句ばかり言う変な客が来て、それが私。
どこでも同じようなのが食べられるなら、私はわざわざここじゃなくても。


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ちかくに昔からあるとんかつ屋さん。
もう記憶にないくらい昔、うまい!と感動した思い出に支えられ時々行った。
駐車場が止めにくいとか嫁さんがいい顔をしないとかあって本当にたまに。
最初の好印象に支えられぞっといい気分でここまで来たんだけれど、この日は・・いやこの日もおいしかったけれど・・
多分、お店は少しも悪くないし味が落ちたわけでもない。自分の体が歳をとって油ものに耐えにくくなったことと・・・好みも変わってきちゃったのかなぁ・・
ここでも思うけれど、食べ物の感想って自分の気分だけじゃない体調みたいな環境に大きく依存するんですよね。
当たり前か・・・食い物だけじゃなくいろんなものもきっとそうですよね。


私が昔感じた地獄みたいなのも実際の状況だけじゃなく自分の精神状態が大きく影響し形成されたものなのかも・・でも、今頃何を探ったって何にも変わらない。あるのはこれから先未来だけ。

全然関係なく
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楽器の音出しで借りる場所にあるモニタースピーカーみたいなの。
もとPA室なんだって。
顔に見えるでしょ?
楽器またやろうかと思うといろいろ始まって今までたくさん有り余っていたはずの時間が埋まる・・・いや、体のいい言い訳だな。
会社の帰りに1時間くらいやってくことにしようかな。一人部活。
自転車通勤は?
交互にすればいいでしょう?
あそこの面倒みにいくのは?
今のところ毎日じゃないんだから何とかなるはずでしょう。
楽器、全然できないのを思い知って関係ない自己批判まで活性化させるんでしょ?
いいじゃんネタにすれば。

いずれにしろ、私は一人。
嫁さんと犬がいてくれるからいいけれど。
急にニコニコというのはない。そう思うとちょっと
だからそれ考えなくて済むほど打ち込むことを見つけなさいって
でも1人でで作曲なんてやっても廃人化が進行しただけだった・・

もういいか。
また今週も頑張ります。


Tag:ワーグナー  Trackback:0 comment:6 

楽器

タイトルは楽器ですが音楽をやってますみたいな話では全然なくて、人前に公開していいんだかわかりません。
恥さらしみたいでしかないものをなんで人前に出そうとするのか、そのあたりが自分でもよくわかっていませんが考えがまとまるまで待っていると気が変わって全部なかったことになっちゃいそうなので強引に公開。
好意的な目を向けてくれる人ばかりではないし、こういうのを攻撃したくて仕方ない人がいるのもわかるけど公開。
考えも何も全然まとまっていないけれど公開。
誰も読まなくても公開。
後悔しても公開もういいか。
6320.png

幼稚園というものに2年ほど通いましたがその記憶でこんなのがあります。
お茶の缶に奇麗な布を張り付けて奇麗な置物を作りましょう。
普通は表に柄があって裏は真っ白なその布の、白い裏面に糊を塗る。当たり前だ。
しかし私は柄の上に糊を塗ってしまうため、白い裏地がみえた訳の分からないものが出来上がる。
怒りに満ちた大きな声で何度も何度も「なんでおまえだけできないの!みんなできてるじゃないか!」
幼いながらに「なんでおまえだけ」という部分が強調されてると感じたのを覚えている。先生は説明を聴かず暴走したのがいたという程度の認識だったかもしれない。
しかし私は自分に何が起こったのかと何故そうなったのかが理解できず、なんでだろうと考えたような記憶がある。
教室の後ろに全員が書いた習字が貼り出されたことがあって、幼稚園とはいえみんな見本を真似てひらがな・・”あ”だった気がする・・を書いていた。
その中に一枚だけ他と明らかに違うぐじゃぐじゃに塗りつぶされた意味不明な一枚があった。
私は、それが自分のものだという事をいやというほどよくわかっていた。それが何を意味しているのかも分かったが、なぜ自分だけそうなってしまうのかがどうしてもわからなかった。
全体の中での自分の位置づけをあれほど分かりやすく明確に表現されたことは・・・その後も何度もあったのだが、40年前のあの光景は今でも鮮やかに思い出される。
しかしそのまま文字を認識できなかったのかというとそういうわけでもなく、普通に学校を卒業し、いろいろありはしたものの定職につき役職も得た。役職とか言って様になる会社じゃないけどクビにおびえるような状況じゃないですよというような意味で。

前置き長すぎですが、
私は普通の子供が見よう見まねであっという間に覚える動作を理解するのに、多分人の数倍から数百倍の時間を要すると思う。しかしなんでも一生できるようにならないわけでもないと思う。
ただその過程で教える人の不満や苛立ちを読み取るとそこで覚えることを断念して逃げようとする。
その結果、子供でもできて当たり前なのにできないままにしてしまっていることがいくつもある。
具体例を書きたいけれどちょっと抵抗が大きくてできません。
遊びから社会生活に支障をきたす事柄まで色々。
今まで気づいていなかったけれどそのコンプレックスはできないこと・・だけじゃなく、
私はできるようにならない・・と言う内容で強くしみ込んでいるようだ。40過ぎてもなお。
それと、それを人前で明らかにされることへの過度な恐怖感というものもあると思う。普通はそこを乗り越えてその先があるもんなんだろう。

いい年して何書いてんだという話ですがこれ書かないとこの先が意味不明だと思うので。
いや、何書いても意味不明かもしれないけれど自分が気が済まないので。


そして楽器の話。
私の場合、演奏が下手とか音程が甘いとかそんなことじゃなくてそもそも発音自体ができない状況に陥っちゃっています。
バイクのツーリングのサークルみたいなのに入ったはいいけど実は自転車にも乗れませんみたいな救いようのない状況。
教えてくれる人も首をかしげて匙を投げる状況。
それでもやろうと思ったのはかつてこの楽器で演奏していた記憶があるからなのだけど、
あれは幻だったんだろうか?
実は今と同じことを高校生の時にも経験している。
中学の時と楽器を変えたところ新しいものができるようにならず同じように投げ出した。
同じころ私の頭は別件でもおかしくなり始めていた・・関係があったんだろうか?
中学の時にはできていたあの楽器なら・・というところにかすかな希望を抱いてまたやってみようと思ったのだった。
しかし現実はそんな夢のような話を簡単に許してはくれなかった。

よせばいいのに入ってみたアマチュア吹奏楽団で、
始めはなんとなく音も出て自分ではやれているような気もしたため、他の巧い人に隠れできるとこだけやり後はやるふりだけしてだましだまし・・なんて考えていた。
しかし、そんなに甘い世界じゃない事はすぐわかり、私は何かを直そうとした。
そのある日以降ぱたっと音そのものがならなくなってしまった。
多分無意識のどこかで音が出ない方向に体を締め付けているんだと思う。
最近HSPなんて言ったりするようだけど、生い立ち等に問題があり悪い意味で自意識過剰な人間がいる。
毎回の練習の場で私は針の筵だった。
周りの人はみな、自分をここにいる資格のない人間とみなし、なぜやめて出ていかないのかと思っている・・
と感じていた。
思い過ごしの部分もあったにしろ、全部が思い過ごしではなかったことは間違いない。
自分がHSPで過去様々な失敗を繰り返してきたことも踏まえ、それを取り返す意味でも周りにどう思われようがずうずうしくしがみついてやるんだ!
その日もそう思って家を出たのだけれど、偶然重なったいくつかのストレスで簡単に折れてそのままやめたような格好になってしまった。
かけないことがいろいろありはするんだけれど考えてみれば人間なんて嫌なら無視してでも進めばよかったはずで、何が問題かってそれは肝心の楽器ができなかったことだろう。
それから一年、

それでもいいからもう一度楽器に触ってみようかという気になった。

辞めと思った瞬間にはすぐにでも処分しようと思った楽器はしかしまだ手元にある。
価格は人に言えない。
楽器をやらなくなり、もう団体の練習にも行かないことが確定したころ
ある楽器屋から「使わない楽器引き取ります」というダイレクトメールが来た。
その後そんなものは来ないし偶然だったのだろうけれど、いろんなことを考えたりもした。

こういう管楽器は育つというかうまい人が使えばいい音がするようになる。
という事は逆もあるわけだ。
私になんかに買われてしまい、楽器界随一の不幸者かもしれないこの楽器。
申し訳ないけれど俺に付き合ってください。

近くにバンドの練習やライブもできるようなスタジオがあるのだけれど、個人で楽器や歌の練習のできそうな小さな部屋を安価で貸してくれる。
そこへ行って以前のように・・
音はなるけれど楽器の音ではない。
ひたすら音を出してみるが自分の体は間違ったっ状態なのはわかる。
がどうすればいいかはわからない。
音大を出たという人に散々教えてもらったが結局何もわからなかった。
首傾げんのやめろと思いながら・・
たぶん誰にどう教わっても同じであろう。
でもそこ通過しないと先はないでしょうね。

そんな状況なので一人音を出してみたところでおよそこれは練習と呼べる状況ではないと思う。
これを何年続けても何もならないと思う。
長く触ることのなかったロータリーは大変な事になっており・・
いろんなところにオイルを刺して・・一日目は終了。

きっかけをつかむなんてこともあるわけはなく、予想通りの展開であるけれど
また合奏に・・みたいな半端な希望みたいなものは粉砕されてぶっ飛んだのがかえってさっぱりしてよかったかもしれない。
自分でも驚いたのは次の日もやってみようと思ったことだ。
内容的には何も変わらないけれど、こんなことを続けて
奇跡的にいくらかの前進があったとして、音階練習をするのが10年後。
うまくいって教則本を開いてみようと思うのが30年後
多分このまま私は一人で変な音を出して喜んでいた馬鹿で終わる気もする。
いいよ。
それでも。
このブログを始めた時、「楽器をやっていること」というカテゴリがあった。
といって復活させる気になるのは私の中にある「音楽をやっている人」の存在が無効化してからだろう。
あまた変なこと書いちゃった。

ほとんどの人にとってこれは
くだらないか意味不明か腹立たしいものでしかないと思うのだけど、
私にとっては少しだけポジティブな話なのである。


https://www.youtube.com/watch?v=8lklpz-ipBE

こんな内容だから曲もいらないかと思ったけれど。
中学生のころこの曲が好きで・・
私のやりたかった楽器は、吹奏楽部に何もわからなく気弱なのが入ってくるとちょうどよかった君これやりなさいと押し付けられる楽器・・
いや、そうじゃなくてスポットを浴びるようなソロというのはめったにというかよほど特殊な場面でしかないような楽器なのだけれど、
この曲は中学生くんだりにも非常にわかりやすくこの楽器の見せ場があるのである。
いまは見せ場ってのは目立つという事じゃないんだよとか知ったかぶるわけだけどまだそんなこと言う前。
いや違うな楽器なんかには無関係にこれが好きだった。
ただ単純に音楽が好きだったし、訳の分かんない劣等感に押しつぶされることもなく、みんなと笑顔で話をした思いでもある。


2日目、時間が来たのでうちへ帰ると
6321.png
百合の花が咲いていた。
鼻を近づけるといいにおいがした。
よくある積極的にアピールする感じのにおいじゃなくてなんだかちょっと奥ゆかしいの・・
いいねぇ・・
楽器を車から降ろして家へ入れようとしていると
近所のおばさんが出てきて1時間くらいの立ち話となる。
人のいるところへ出て行ったら人と知り合えるだろうか?
なんて夢を見たはいいけど挫折していい年をしてトラウマみたいなのが残った。
近所のおばさんとは言え人と話していることは心への薬になるよなぁ・・なんて思いながら。
そこに鹿がいたよなんて言ってみたところ
鹿どころか猪が庭へ入ったりしているらしい。
そんなかよ。

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雨上がりな夕日。
なにやっても明るい未来も見えないけれど、あんなもん見ると
ちょっと心に残る。

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プロフィール

unagi

Author:unagi
結構さみしいけど結構楽しいよ。
クラシック音楽が好きです。

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