海原の小舟


この日は港にいってみた。
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観光船みたいなのと釣り船が出たり入ったりしていました。
鷹かなんかがいっぱいいてパンなんか食ってるともってかれちゃうんですよね。
すーって降りてきてなんか持ってないか見に来る・・
結構でっかくて猫みたいなのがこっちを見ながら飛んでる感じ。
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綺麗でした。

ラヴェルの「鏡」という組曲に海原の小舟という曲があります。
すげー曲だから聞いてみて。

光が・・波が・・
こんなのちゃんと弾けたら楽しいだろうなぁ・・

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こんなピアノのアルペジオの塊みたいな音楽をオーケストレーションなんかしても詰まんないだろうな・・と思ってしまいそうなのに
なんと作者はこの曲のオーケストレーションに挑戦していた。




本人はかなりいいと思ったらしいんだけど評判が悪くて封印してしまったんだそうだ。
みんなピアノ版を知っていてそれが頭にあったんじゃないかな。


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こんなことを言ったらいけないけど、ピアノ版のが圧倒的に好きだなぁ・・
というかピアノ版オケ版というより全く別な曲ととらえた方がわかりやすいかなぁ・・
誰か指揮者が、ラヴェルの曲は誰が演奏しても曲になるように書いてあると評していたけれど、この曲に関してはある程度表現を作りこんで行かないと何やってんだかわからないような演奏になっちゃうんじゃないかなぁ・・

これを聴いているとしかし、ピアノの曲もラベルの頭の中にあったのはただキラキラしてるような世界じゃなかったんだなと思ったりして。

構成

ラヴェルの夜のガスパール、第3曲はスカルボという曲です。
Scarboで画像検索すると何だかかわいいようで怖いようで憎たらしいようなのが出てきます。
あれは元ネタの詩を書いたベルトランによるもの?

これは先日行った山の中のカフェのさらに先にあった砂防ダム。
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これスカルボみたいでしょ?



この曲みんな大好きみたいで検索をすると
超絶難曲として知られている、スカルボは飛び回っていたずらをする悪魔・・・みたいな話が沢山出てきます。

夜のガスパールをソナタ形式-緩徐楽章- ロンド形式で構成されていると書いている人がいました。
いたっていいんですよね。
そしてそれを引用したブログもいくつか・・
ソナタ形式-緩徐楽章- ロンド形式で書かれた昔のソナタを意識している・・とか、古典的なソナタを思わせる・・
というならわかるんですけど・・私はこれを聴いてロンド楽章だとは感じないです。
ついでにオンディーヌがソナタ形式だと書いてあるのも読んだけれど、私はあれを聴いていてソナタ形式を感じたりもしないです。
私は時々Wikipediaと意見が合わない。
合わなくてもいいのか。
お前は馬鹿だからそんな風にしか感じないんだろうと思う人もいるんだろうけど、そりゃそれで仕方ない。

厳密には違うのかもしれないけれど、私にはこのスカルボはとても分かりやすい序奏付きのソナタ形式のように感じられます。
各主題の調整関係が・・とか、そんなのいいや。

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ここは序奏。典型的な・・

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これは第1主題じゃなくて導入主題的な・・スカルボ登場!みたいな・・
序奏冒頭に怪しく登場してるのもこれの断片ですよね。

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このひょうひょうとした・・スカルボの姿ですよねこれを第1主題ととらえると

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この飛び跳ねるような動きを持った和音的なテーマは第2主題。

第2主題が終わると展開部は第1主題で始まります。すぐに砕けていろんなことしだすのがいかにも展開部でしょう・・・
そこへだんだん第2主題が絡んできます。

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このあたりは導入主題も出てきて3つの主題が絡み合ってものすごいことになっています。
音楽的にも技術的にも山場ですよね?
素晴らしい・・・これソナタ形式の展開部そのものでしょう?
第2主題で盛り上がり導入主題みたいなのが出たところで展開部が終了。
再び序奏が現れます・・

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序奏の後、再現される第1主題は音価が倍に膨れ上がっている・・・
スカルボは膨れて巨大化し・・・と詩の中にあるのと対応してる。
その後何かさらに巨大化していくようなシーンの後突然第2主題の再現になだれ込むところも面白い。
最後は3つの主題が遠くに見えるように回想され、すっと消える。

序奏付きのソナタ形式なんてラヴェルから一番遠いところにありそうな気がするし、実際これはそんなものじゃないのかもしれない。
でもそれがここにあるような気がするのが私の中で面白い。


こういう曲ですからスポーツ観戦というかすごく難しそうなのをガンガン弾いているところを見て聴いて喜ぶというか・・悪く言えばサーカス的な聴き方もします。

難しいものを難しそうに弾いて見せてくれるのもいいけれど、手が鍵盤に吸い付くような・・とかなんかものすごく簡単なものを簡単に弾いてるように見えるのも萌えます。この動画がそうだとか言う事じゃなくて。
とはいえテクニックばっかりに注目したような聴き方だけで終わるような曲じゃないと思う。
ラヴェルをベートーベンみたいに聴いたらおかしいとは思う。
でも絶対音楽的に聴いても楽しめる内容を持ってるとも思うんです。

ラヴェルもピアノを弾いたみたいでピアノロールだったか録音だったか残っていたりするけれど、リストやブラームスみたいに自身が超絶技巧ピアニストなわけじゃなかったみたいだ。
ピアノコンチェルトを自分で初演すると言い出した時にはみんながなんとか辞めさせたいと考えたという。
作曲家が技術的限界にせまって作曲するときって何をどう考えて進めんのかな?
ストラヴィンスキーがペトルーシュカから三章を書いたときは、書いたそばからアルトゥール・ルービンシュタインが弾いてみたとかいうのを読んだことがあります。
きっと誰か心を許したすごい弾き手とやり取しながら書いたんだろななんて想像したりして。




これも例の人がオルガンで弾いていました。
面白さというかあぁいいなーという感じではオンディーヌのほうがよかったような。



首がこわい

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何週間かおきに整体へ通っています。
慢性的な首凝りを持っていて矯正すると良くなる気もしていたけれど、気のせいかもしれない。
いわゆるゴキッ!みたいなのをやっていくわけだけどあれ、体に力が入ってるとゴキッっとならないんですよね。
はい力抜いてー
そういわれて抜いたつもりでも・・あっ・・あれ・・
何回やっても駄目・・特に首が怖い。
しくじれば半身不随・・みたいな。
整体師イラついてる?・・
こういう場面で私が悪くてあの人の機嫌を損ねてしまった・・とかいってアワアワするのがHSP。
最近は整体くらいだと金払ってんのはこっちだとか考えてみたりして。
わたし、異常な怖がりなんですね。
自分の意識で力を抜いてるつもりなんだけど、意識よりもっと下の方で自分を守ろうと力が入っちゃうんだと思う。
整体だけじゃなくていろんな場面でこんなことになってる気がする。
どんなものでもみんな無駄な力を抜くこと・・が必須ですよね。
人としての機能訓練みたいなのが足りないのかもしれない。
体だけじゃなくて、普段の意識もそうかもしれない。
外から入ってくるものに対して受け止める部分が硬くなっちゃっていて・・
相手は、はぁ?とかなってんだろうな。


ラヴェルの夜のガスパール、第二楽章は「絞首台」です。


Le gibetで画像検索するといろいろ出てきます。
ちょっと嫌な感じですね。
ああいうのを見たとき、みんなどんなイメージが頭に浮かぶんだろう?
つるす側というか刑を執行する立場の自分をイメージする人もいるんでしょう。
私は何にも悪いことをした覚えがないのになぜかつるされる側・・
自分はそこにそうされるべき立場ではないのにどうして!みたいな絶望感を感じながら。
みんな見てるんだよね。
笑ってるやつが見えたりもするんだろう。
!・・・最後まで信じていたあのひとが・・どうして・・・
自分が死んでいくことよりも悔しく悲しいだろうな・・・

あっ・・そうじゃなくて、
この曲が言ってるのはみんな終わちゃって誰もいない夜の絞首台の景色ですよね。
風がある。
月明り・・かと思っていたら詩の最後に夕日が赤く染める・・なんて書いてあった・・

ショパンの雨だれとか・・・曲の最初から最後まで執拗に同音が連打される音楽というのがありますがこれもそれ系・・
ビジュアル的には絞首台のそばにある鐘が風に吹かれて不規則に鳴っている・・と言うところでしょう。
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ここだけ鐘の音が16分音符一つ分ずれるんですよね。
両手が大きく離れてどうしても定型の位置をたたけないから・・なんだろうけど、でもそのおかげで
ここで突然少し風が強くなり意表を突いたタイミングで鐘が鳴ってしまったようにも聞こえる。
・・死者の魂が何か表現しようと風を吹かせたんだろうか・・・
この上下から挟んでくる異様な音もそれに連動しているんだろう



ものすごくグロテスクな場面のはずなのに、なんだかちょっとおしゃれな響きを感じてしまうのがラヴェルって感じでしょうか。
発想の根源となった詩には滴り落ちる血に群がる虫だかなんだかということまで書いてあるらしいんですが、そんなものも含めて一つの風景としてとらえ、美しさまで見てしまうような・・

なんか普段からそれくらいでっかく物事をとらえられる人になりたいけどなぁ・・

誰も何にもしていないのに突然戸がギーなんて閉まったりするとぞっとすることがあります。
誰かがなにかをしらせてんのかな?
家の隣は山で、少し登るとお墓があります。
夏なんかよせばいいのに夜中に登っていくのがいる。
悲鳴が上がるのを何度か聞いているけど、やっぱりなんかそういうことになっているのかな?


刺身とラヴェルとオルガン

正直、魚の名前もよく知りません。
先月なんとなくGoogleマップを見ていたら車で山越えをして1時間くらいの漁港のちかく、住宅地の中にあるようなお店の刺身が最高・・なんて書いてあるので行ってみた。
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とりあえず刺身と天ぷらが食えるみたいな定食を頼んでみたところ刺身が歯ごたえも味も予想を超えてうまかった。
今写真で見ると奥のはブリっぽいけど手前のは地魚だと思う。
天ぷらは・・・・・
両方食えてサラダ付きみたいなセットなので刺身が2切づつ3品しかない。
あー失敗した刺身御前にすればよかった・・

先日、また行ってきた。
よし今日は刺身御前だなんて張り切って。
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あっ・・・・この間のはすぐそこの港に上がったやつかな?みたいな話だったけど
今日のこれはマグロにブリにホタテにエビに・・皆この辺の海には絶対いないようなのだ。
食べてみるとうーん・・・
生シラスがちょっとついててこれはうまかった。
失敗した・・・
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こっちにすりゃよかった・・・
あでも切り方みたいなのからもてなしの心みたいなのはすごく伝わってきましたよ。
歳食ったせいか最近脂でドロっみたいな中トロなんかは苦手になってきた・・
いいかそんな話は。
生もの苦手な嫁さんは揚げ物を食っていたけどなぜかまた行くとか言ってるので次こそは・・
また次の楽しみができたと思えばいいじゃない。

魚・・人魚・・・ドビュッシーのシレーヌが浮かんだけど、あれちょっと刺身のイメージから遠すぎだな。
すごく美しいけど悪い奴らしいし。
オンディーヌ・・・は人魚じゃなくて水の精霊か・・海じゃなくて湖だな。

まぁいいや。ラヴェルのピアノ独奏曲「夜のガスパール」の第1曲目は人間に振られてしまう水の精霊の悲しい歌。

この曲も超絶技巧系で楽譜を見ながら・・それより鍵盤上の手の動きを見て聴いたほうが面白い曲だと思う。
自分で弾ければ一番いいけれど、今回の人生はそういうのじゃなかった。

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嬰ハ長調・・変ニ長調と全く同じなんだと思うけれど「いやちがう」なんて怒る人がいるんだよね。
ショパンの舟歌もこれで書いてあったと思う。
真っ黒な調号が急に真っ白に転調して半音さがる?みたいな景色も面白い。
でも聴いててそんな不思議な転調を感じたりもしない。
ここはハ長調でもイ短調でもない感じ?
実際弾く訳でも何でもないからどうでもいいし私が何か言ったって何の意味もないけど、こういうの見て面白がる趣味があったっていいでしょう。

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戻ったところ、黒鍵のグリッサンド。
弾けない素人はこういうのが面白いんですよ。

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散々キラキラ言ってものすごかったのが単音の旋律になってしまうところ、
水の精霊オンディーヌが人間に男に求婚したが断られ、沈み込んで静かに泣いている・・
あぁ、魂食っちまおうとかじゃなくて本気で惚れたんだね・・
オンディーヌかわいそう・・・
誇り高き水の精霊はこのあと高笑いをみせ、泡となって消えていきます・・


この人はこの時点でもう結構な御年ですが・・
ラヴェルに師事して作者本人から彼の作品についての細かい注意や助言をもらっているんだそうです。
年齢的なものもかなりあるのかもしれないけれけど、超絶爆走系とは違う演奏は見ていて楽しい。

youtubeを見てたらオンディーヌをオルガンで弾いたというのがあった。

オルガンで弾いた的なのは変なのも多いけれどこれか結構いいと思うよ。
自分でストップバンバン変えながら・・
なんかテクニックもすごそう・・
変なオルガンのオリジナルよりいいかも。

音大でピアノ科に入るとオルガンもやったりするんですか?
ドビュッシーはオルガン科に入ってオルガンにうんざりしたらしい。
ラヴェルはどうなんだろう?オルガン作品はないですね。
宗教作品もない。
この人も結婚しませんでしたね。
求婚はしたみたいだ。
弟子に言わせると、癇癪を起すこともあったけどとてもやさしい心を持っていたんだって。


今年もよろしくお願いします。

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あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

この写真の場所、家の窓から見える高い山の上にあります。
観光用有料道路の展望台みたいなところ。
左の方を見ればこのうちのあるところが見える。遠すぎて肉眼じゃ家までは見えないけど。
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でも夕暮れ時なんかにふもとから目を凝らしてみているとここでカメラのフラッシュを光らせてるのが見えたりするんですよね。
あんなにちっちゃな光源が光ってるだけなのに、こんなとんでもない距離を超えて光は届く・・

ここ、どれだったか大きな石の裏に恋人なんだろう二人の名前と日付が刻んであるんですよ。若気の至り的な・・
そのふたりがその後どうなったのかが知りたい。
70年代後半だったと思う、もう40年弱前でしょ。孫がいてお爺ちゃんだったりするんでしょう・・
結ばれたにしろそうでなかったにしろその二人がここへきてその彫られた名前を再び見るところを想像してる。。

ここへ来ていただけて嬉しいです。ありがとうございます。
昨日は大晦日だったわけですが、いろんな方からいろんな形でメッセージをいただけて泣きそうでした。
ブログって結局猫がしっぽ立ててニャーニャー言ってるのと同じですよね・・かまってほしいというか、私を知って・・私を残して・・みたいな。
作曲家が曲を書いたりするのも同じだと思うんですよね。
若いのが調子に乗って石に名前掘っちゃうのも同じでしょう・・
人は皆かまってちゃんで残したいちゃんなんだと思うんです。
私なんか特にリアルでは人とうまくやれずに孤立状態だから・・暖かい反応をいただけると嬉しくて泣きそうです。


大晦日ですが掃除もしないで音楽を聴いていました。
最近気分低迷気味だったのと寒いのでオーディオがある部屋へ入りもしないでいたんですが、デジタル系のコアになる部分をちょっといじりましたら音が変わって・・・
音楽聴くのがまた楽しくなっちゃった。
大好きな曲、泣きそうな曲、これから聞いてみたい曲・・・いっぱいです。
いろいろうまくいかなくてめげそうでもありますが音楽は死ぬまで相手をしてくれると思います。
ブログも楽しいし、依存症みたいになっちゃっていますのでずっと続けたいと思います。
それは、ここに来てくださるあなたのおかげです。
大袈裟みたいですけど、いろいろ問題を抱えてふさぎ込んでるときに拍手の数字がj入ってたり、コメントいただけると生き返るんですよ。私を生かしてくれてるのはそういう方々です。
ありがとうございます。
よろしくお願いします。


2018年開始のファンファーレ

ちょっとふざけてるっぽいでしょ・・
でも変にかっこいいのよりこれくらいがいいなぁ・・

後ろを見ると

なんか最近変な事ばかり書いてていけませんね・・
後ろを向いて済んだ過去のことばかり考える昔からの悪い癖。
いらんことを考えられる変な余裕があるといけない気もする。

結構前に大井川鉄道沿線に行った時のこと、別にSLを見に行ったわけじゃないので時刻も何も調べてませんでした。
景色も日当たりもすごく良くて気持ちのいいところで線路を眺めて「さあ行こう」と車を走らせ振り向いたらSL列車が通過しやがった・・
あー!なんだあれ!
悔しいから車で追いかけてたりして・・

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日陰っちゃってるし、そもそもカメラなんかないのでスマホで・・・

でも今日言いたいのはこれじゃなくて・・
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こっち・・
なんだこれ?
でしょう?普通の人は。
長く編成された客車の最後尾に電気機関車がついて密かに押しているんですね。
あくまで主役は先頭のSLだからこちらは気配を消して黒子に徹している。
でも、もと鉄道マニアとしてはこちらも気になっちゃう・・
これだって相当古い車両じゃないのか・・・
味のあるいい顔してるよね。
機関車の尾燈が光っているのも私には結構イレギュラーな景色なので目に焼き付く。
でっかい吊りかけモーターが車体も共振させてオー!っとか言ってうなっているのは結構感動的だ・・・

後ろといえば昔・・かなり昔何かの集まりでみんなが車の名前の話をしていた。
Preludeってどんな意味だっけ?
前奏曲だよ・・と得意げに答えたやつがいた。
よせばいいのに
Concertoは後奏曲!
※違います。
そこで自分が何を言ったかは覚えがないけどうまくやれず場をシラケさせた可能性が高い。
だんだん、でれにも何も話さなくなって・・もういいかそれは。

礼拝の後に演奏される・・とか実用音楽としてはあるんだろうけど、
ステージに乗るような音楽で後奏曲というのはあまりきかない。

でも、
ラベルの「高貴で感傷的なワルツ」の最後の曲
エピローグはそれに相当するかな・・

いくつかの素敵なワルツが演奏された後、それらが静かに回想されます。
終曲、というのは全然違うと思う。
祭りの後の寂しさ・・・
ありそうでないと思うこういうの。
この曲こそがラベルの真骨頂じゃないかなぁ・・
私はいつも祭りの後じゃなくて祭りの前から最中も寂しかった・・

おしまい付近で物悲しい第2ワルツがちょっと聞こえて消えていくところが・・
なんだか泣けるというか・・

楽しい時も悲しい時も、もう戻らないんだね。


俺の小径

そういえば日本にもブラームスの小径というのがどこかにあったなと思って調べてみました。
でもちょっと違うなと思ってしまった。
考えてみれば日本にブラームスの小径があるわけないか。

ブラームスとかブルックナーとか、彼らが毎日散歩をした森の中の小径が今も観光地みたいになっているんでしょう・・
家の裏山というか隣の山には尾根沿いに登っていく林道があります。犬と散歩してみれば俺の小径だ。
昔は峠を越えて湖まで続いていたという・・いまは山の途中で三つは途絶えてしまっているようにみえる。
初めてその途絶えたところまで歩いてみたのは18歳くらいの時だったか・・
そこまでいかないちょっと上ったあたりまでは子供の頃に何度も登りました。

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子供の頃はまだ木も小さくてこのあたりは開けた場所だった・・
久しぶりのにここへ来たとき、あまりの変化に驚いた。
当たり前だけど森って成長するんだな。
もう30年以上だもんな・・

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ここは昔から雑木林だったけれど、木が道に対してもっと遠慮していたと思う。
誰も通らなくなってしまったからか。
いまはこんな・・タイムトンネル見たいでしょ・・

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山の上の開けた場所。ここは土の採取場だった。
あの丘はもともとあった丘が土をとるために削られて、お皿の上のケーキみたいだった。
頂上には祠があるらしくその傍らに1本の樹が、ケーキのイチゴみたいな感じで立っていた。
そこにどうしても行きたかったのに、ふさふさに見えた草が子供には太刀打ちできないくらいかたく鋭くたって進めなかった・・
1本に見えたその木は数本の塊だった・・みたいな記憶があるからたどり着きはしたんだな・・
そんな思い出を思い出して・・
なんにもないんだけど。
ちがうな・・子供のころ見た風景が亡くなっちゃったことに気付いて年月の大きさと・・なんで寂しくなるんだ?
これが更年期なのかな・・

ラベルの「クープランの墓」からメヌエット

ラヴェルというと都会にずっといて森とは縁がなさそうな印象があります。
でもこの曲が浮かんだので。
クープランの墓という邦題はちょっとおかしくて「クープランをたたえて」みたいなかんじなんでしょう?
この曲何だか好きなんですよ。
純粋な子供の心見たいかな・・
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中間部、暗いところに入ってみると何だか不安のすごい奴みたいなのが通り過ぎていく・・・
でも大丈夫通り過ぎて言っちゃうから・・
最初の主題が返ってくるとき、不安のテーマが明るくなって一緒に歌われるところも好き。

この曲も書かれてから100年くらいになるんですよね。
そんなの昔の音楽のようには感じられない。
子供の頃は100年というととんでもない時間のような気がした。
年を取ってきたら100年なんてあっという間なんだろうなと感じるようになった。
自分は100年も生きられないんだろうけど。

洗脳の森

先に・・いま私は大丈夫です。

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ラヴェルの”鏡”という組曲の中に”悲しい鳥”という曲があります。
深く暗い森の中、出口を見失いさまよう鳥。
不安で泣いている。
不安はやがて恐怖に変わっていく・・



逃れられない何かにとらわれ自由を奪われる。
外の世界から「そこから逃げなよ」という声が聞こえる。
どこで呼んでいるの?
あの声はなぜ自由なんだろう?

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何を見たのか・・悲鳴を上げて逃げ惑う・・・

助ける声は、森の中で恐ろしい刺に変わる。
出口を見失った世界をさまよい、傷つき、疲弊し・・
出口なんてないんだ・・

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最後まで明かりは見えてこない。
悲しい鳴き声も小さくなっていく・・

この曲、そういうのじゃないとは思います・・


作者の自演もあった。

何度も書いているのであれですが昔、会社に洗脳され休日もなく寝ている以外は出社して何かしていないと罪悪感を感じるようになってしまいました。
始めはやりがいを感じたりしているわけですが、3年もたつと心身に限界が来る。

あの時、
「そんな生活はおかしいよ」
「しっかり普通に休みなさい」
「お前それじゃ自分の人生がないじゃないか」
という声をかけてもらいました。
私を心配して言ってくれているということは理解できた。
でもそれは遠い世界のありがたいお経みたいでもあり、お礼を言って聞き流すもべきものだと思っていた。
今の自分の状況が間違っていると感じでもそれを変えられず苦しいと思っているところへ
「お前は間違っている」と高圧的に言い放たれた時はつらかった・・
正しいことを言ってやったという顔をされるのもとても嫌だった。
というのを思い出しました。

通常の常識で考えれば、お前それは筋違いだろ。何甘えてんだ。
と問答無用・・でしょう。それで正しいんでしょう。

これで被害者ぶろうとか言うんじゃなくて、ちょっと書いてみたかった。
それだけ。
誰にも文句はないです。
誰かの参考になるとも思いません。

会社を辞めるという非常に単純な発想は最もしてはいけないことだと思い込んでたためできなかった。
疾走する人がいますが、私も会社の寮から夜逃げした。
逃げたきっかけは会社への不満や疑問でなく、社内のある人の理不尽な言動に耐えられなくなったことででした。それがなければつぶれるまでそこにいようとしたかもしれない。
逃げた後もまだ名前を変えてひそかに生きていこう・・なんてやっていたのでしばらくは洗脳もとけていなかったと思います。
逃げると決めた昼頃から夜までの数時間、何だかわからないけれど笑いが止まらくなってしまいずっと変に笑ってた。
周りの人もなんだお前!?とか言ってつられて笑いながら仕事をしてたのを覚えています。
よく、何かあると「あの人が?そんなはずはない・・」なんて聞くけれど、直近の印象なんて何の参考にもならないんじゃないかと思う。




この曲の解説みたいなのを読むと、悲しい鳥たち・・なんですね。
一人きりじゃないらしい。
そこがなんとなく自分にはしっくりこない。
世の中で一番怖いのは孤独の森だと思うし、ずっと一人でおびえて泣いているんだと思っていました。
きっとこの先もそう聞こえてしまうと思います。


香水と音楽

私は香水というものから最も縁遠いところにいる人間です。
おわり。
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おわりだと思っていましたが、先日香水というものについていろいろ教えてもらった。
作家の思想というかメッセージみたいなものが乗っていて受け手はそれを感じているらしいこと・・
国による個性のようなもの・・
細かな要素の組み合わせで全体ができていること・・
使う人も
いくつかの香りを組み合わせるとか
香りの時間的な変化を楽しむとか
変化を考慮して何か狙って・・時間差でつけるだっけ?
作法みたいなものもあったりするんだっけ?
もっとちゃんといろいろ教えてもらえた・・忘れちゃったんだけど。
そのときには香水って音楽みたいだな!奥が深いな。
と思い感動しました。
不得意な話なので詳細は忘れてしまったのですが・・
そんなことは一生知らないはずだった。
一時でもそんな話をして楽しませてくれた人ありがとう。



香水かお菓子みたいなラヴェルの亡き王女のためのパヴァーヌ
昔、よせばいいのに楽譜を買ってきて弾こうとした・・
その時驚いたのは・・

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ここにグロテスクな何かが隠されてるんですよね。

蒸留したかのような純粋で美しい音楽に見えますが・・・実は灰汁成分みたいなものを持ってるんですよね。

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オケ版も拾ってた。

最終部分、
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ピアノ版はffで、過去をたたえるように・・・もしかすると少し威張って見せているのかな?・・・という感じで終わるのに


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オケ版は自分の内側にしまい込むようにppへ収束していく・・

学生のころに書いたピアノ曲をその後オーケストレーションしたということだけど、この終結の変化はラヴェルの心を覗く入り口みたいですよね。

ラヴェルはオーケストレーションで楽器を原色(1本だけ裸で置くみたいなことでしょう)で使っちゃいけない。
いくつかの楽器を細心の注意を払って重ね、目的の音色を作る・・
みたいなことを言ってて気がします。
香水ってなんかそうやって作るんでしょ?

切なく美しいこの曲は、(私にとっては)いつまでも繰り返し聞いているような曲じゃないと思う。
曲集に入っていたりしても飛ばして次の曲に行ってしまう。
人生の中で何度か聞きたくなる時が来る・・という曲だと思う。
香水の人のおかげで久しぶりにこの曲を聴きました。
ありがとう。

ピアノは結局ちゃんと弾けるようになりませんでした。
そんなのばっかりだ。
弾けるわけないのに持っている楽譜が結構ある。
でも無駄なわけじゃない、楽譜を目で追いながら曲を聴いてみると今まで見えなかった世界が見えてくるという事が本当によくある。
それはまた珠玉の時間だから・・

香水は周りの人間に向けて発信するものなのかと思っていたんだけど、まず自分が楽しむというのもあるみたいだ。

香水の匂いに包まれるといつもと違う自分になれたりするのかな?
普段何とも思っていなかったものがよくみえるとか・・
普段は言えないあの人にいまなら言える・・とか
頭の中から離れない許せないあの事がどうでもよくなる・・・とか

飯食ってんのにみんな花の味になっちゃったりとかしないんだろうか・・

多分私は一生そういう世界には縁がないと思う。
自分はそんなことを口に出すのも想像するのもいけないんだという気がしてる。
考えてみるとちょっと悔しい。
だれがなんで決めたんだそんなの。

こんなこと書いてたら夢の中でこの曲を弾いてた・・
そばに誰かいたけどあれ誰だ。
弾ける訳ねーんだろみたいな結構否定的な奴だった・・俺かもな・・

外に出るとサンマを焼いているにおいが・・
さんま食いたいな。

初見

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今年は朝顔に声掛けしてやろう・・なんて思っていたのに
毎日調子が悪くてそれをしなかった・・
いつもならもう蔓が結構高い位置へ伸びていて・・というころなのかな
今年はまだ全然だ。
悪いことしちゃったな・・
肥料と水をあげてみたけど、今頃おせーよとやさぐれているかもしれない。

セミの声が聞こえて・・夏だな・・・
何で悲しい気分になるんだろう?・・アホか俺は・・


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ラヴェルのプレリュードというこの曲は音大のピアノ科か何かで、初見のテストをするための曲として書かれたそうです。
わざと読みにくくなるよう書いてあるのかな?
余計なことだけど(1913)まで曲名なのかもしれない。


なんか音小さいけど・・

そんな内容なのに、聴いてみると引き込まれるような魅力を持っているところがさすがラヴェルですよね。

雨・・・冷たい雨かな・・部屋の中にいて、一人。
頭の中に浮かぶその人と会う約束もないし・・考えたってしょうがないのに・・
みたいな。

私は病的な人見知りで初対面の人と打ち解けるまで通常の人の何十倍も時間がかかります。
特に必要がなければずっと打ち解けることもない。
仕事なんかは、共通のあるべき話題が明確になっているので初対面だろうが何だろうが食い込むように話してものにしようとかやりますけどね。

子供の頃、いつものように外へ出てみるとみんなが楽しそうに話してる・・・
でも自分にはその内容が全く聞き取れない・・なに話してるんだろう?・・
という事があった。
自分がいないときにみんなで示し合わせて話を合わせているんじゃないかと思った。
意を決して割り込んでみるとそこでピタッと会話が止まり・・・
それは今でも続いている。、
なんとなくあれからずっと一人でいる気がする。
自分の中で自分と会話してきただけだ。

私の母親は私を生む前から精神を病んでおり、世間を敵ととらえてうちの中に自分を隔離した。
うちから出してもらえず、迎えに来てくれた近所の子供に窓越しに叫んでいた記憶があります。
家が昼間から雨戸やカーテンを閉め切り真っ暗なのを子供心にもおかしいと感じていました。
記憶に残っているのよりさらに前に焼き付けられた何かがいまだに私を支配していることに最近気づいた。

まぁいいか嫁さんと知り合えたし、仕事は適当に何とかなっているし。

いや、言いたいのはそんなことじゃなくて、
この曲は午後のある一瞬、何かを感じた・・ただそれだけの曲です・・
雨、まだ降っているのか・・去年の今頃はあの人と・・明日は晴れるだろうか?
とか・・

ただ、そこにいるのはいつも自分だけ。一人きり。
もしかすると、すぐそばに人がいるのかもしれない。でも心は一人きり。

このYouTubeなんでこんなに音量小さいんだろう?
うちだけ?
でもこれが気に入ったから・・

しかし暑いなんて思って適当なカッコでいると夜になればいつの間にか寒かったりして・・
風邪ひいちゃうな。
風邪はもともと曳いてるのか・・・

なんかこんなような曲にも聞こえない?
違うか・・

泣きごとみたいだけど今日は良いこともあった。
俺だってやるよ。
がんばろう。