由比

由比に広重美術館というのがあるのを見つけていってみようと思った。
つくとその前の芝生で遠足の小学生だろうか小さな子供たちが弁当を広げているのが目に入り、なんとなく美術館はいいやという気になる。
車を駐車場に止め、適当に歩いてみるか。
この道はかつての東海道だという事で間違いないと思う。
すぐに

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案内板のついた古い建物。
本来は、こういうのがずっと連続していたんだと思う。
でも時代の流れか

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そういうのは取り壊されて、ハムかロールケーキを切って途中を抜き取ったみたいな感じに・・・
どの家も間口は狭いが奥行きを大きくとってあり、ほんとに厚切りハムみたいだ。
京都で聞いた昔は税金を間口で・・みたいなのと同じ理由なのかな。

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いい雰囲気と言いたくなるちょっと手前くらいの半端な感じが続く。
青空が見えたりすればまた違うんだろうな。
この先に江戸時代からあるものと思われる古い建物の並んだ奇跡のような場所があったのに車を止める場所が見つけられず通り過ぎてしまった記憶があった・・そこまであるこう・・

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こんなおもちゃ屋さん、昔いろんなところにありましたよね。
まだファミコンなんかなくて。
記憶の底くらいに、誰かにこんなお店でミニカーを買ってもらった覚えがあります。
あるとき道に落としたミニカーの前に本物の車がやってきた。車の主はそれを認めて私に拾う時間をくれたのだけれど、私は万が一のことがあってはいけないと拾いに行かずどうぞ進んでくださいみたいな態度を取ったのを覚えている。
壊れてドアがいつも半開きになたミニカーを見ながらあの時これを拾いに行ければ弱い自分をかえられたんじゃないかなんて考えていたのを覚えてる。4歳くらいだったか・・あれから40年、私は変わってない。
そのおもちゃ屋さんだった建物はまだ残っていて、4枚サッシの並んだ広い入り口がお店だったことを教えてくれている。

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手前から東海道線、その外に国道1号線、その外に東名高速道路。元々もうすぐそこまで海だったのが時代とともに外側へ埋め立てられ、海は遠ざかっていったようだ。

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こんな桜えび通りみたいなのがあったり・・はするもののいまいち盛り上がらないなぁ。
桜エビの料理が売りらしいお店があり、私は入りたいのだけど嫁さんが露骨にいやそうな顔をする。
わたしの嫌いなものにもずいぶん合わせてもらっているんだろうし、そこは尊重しないと・・
考えてみれば自分も桜エビはあんまり好きじゃないのだった・・

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県道を超える陸橋に上がると、海が見えた。
向こうの山はさった峠でいいと思う。
家康の隠居場の東の擁壁に当たる。
このあたりも今は埋め立てられて海が遠く見えるけれど、海と急峻な山に挟まれたかなり厳しい地形だったようだ。


https://www.youtube.com/watch?v=qDzUIV6gqjw

ショスタコーヴィッチの前奏曲とフーガ第8番
このプレリュードもショスタコ世界ですよね。こういうのいろんな曲でよく聞く。
一人になってしまった・・しかし任務を全うするのだ・・
続くフーガはせかせかしたプレリュードとは対照的に・・
対位法的な興奮はあんまり感じられなくて一人、どこへ行くのか・・

途中
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ここは江戸時代の名主の家だそうで。
無料で見学できるようだったので入ってみる。

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なぜか自分はあんまり萌えず。
蕎麦屋みたいだなとか・・
とても愛想のいい案内役の人が出てきて嫁が捕まった・・・じゃない外庭で水琴窟がどうのと盛り上がっている。
私はこの日人間力全面停止だったので逃げる。

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この電話と古い冷蔵庫にちょっと萌えたけど自分は外へ逃げてた。

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記憶にある古い建物が並ぶあの光景はまだはるか遠く見えない。
多分私は勘違いしている。多分もっとずっと向こうの方だ・・
この時点で歩き始めてもう小一時間。
やめた。ここで引き返そう。
向かいには
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この小さなたてものは博物館だそうだけど有料の文字を乗り越えるモチベーションは得られなかった。
なんか今日ダメっぽいな俺。

ふと見ると
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石造りの時計塔兼掲示板みたいなものに
昭和5年12月の文字。
制作年を示すんだろう其文字からは誇りのようなものが感じられる。
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今はこんな時計が入っているけれど、完成時はもっと番う感じだったんだろう。
着られてしまっているけれど街灯も兼ねていたんでしょうね。
この装飾と・・
これを作った人たちの誇りみたいなものと、
それを大事にしてきた人たち、残そうとしている人の気持ちみたいなものを感じ
少し暖かいような気分になる。

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ぽっと現れるこの手の家も江戸時代からのものだったりするんだろう。
色々面白い建屋が現れるんだけれど、なにしろ人の住んでいる家なので勝手に写真を撮っていいものかわからない。
まずいですよね。

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漁港は静かだった。

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かき揚げ屋みたいなのがあるのだけれど、やってなかった。
飯はどこかほかのところへ行って食おう。

車で走り出すけれど海沿いを走る国道にそれらしき店は・・あったと思った蕎麦屋はめちゃめちゃに壊れていて・・
あとでネットを調べると高波に襲われている映像が出てきた。
その先工事渋滞でイライラし始め・・
普通なら絶対に入ろうと思わないようなお店を発見して思わず車を停める。
こういうとこ嫌がる嫁も腹が減りすぎたのか素直にここでいいという。
Googleマップには大抵のお店がのっているのだけれど、ここはレビューはおろか店自体が表示されない。
海鮮系のメニューもあったけれど色々考えやめとこう。
定食を頼んで待つ間トイレへ・・そこでみたかなり悲惨な状況からいろいろ考えたけれど
出てきた食事はちゃんとしてた。あたりまえか。
それより窓際に置いてあった
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このSL。
C型動輪に巨大なボイラーが乗って調和したこの美しい姿はC62じゃないでしょうか?
よく見ると紙製のひものようなものでできているように見える。

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しかしそれはなんとなく雰囲気で作ったというようないい加減なものではなく、
ある程度の知識を持った人が、実際の図面をもとに正確にスケールダウンしようとしたらしいことが伝わってくる。
そういうところから熱意と、対象への愛情みたいなものが伝わってくるのね。
感動は、どこにあるかわからない。
期待した場所にはなくて、明後日みたいなところに突然あったりする。
誰だか知らないけれどありがとう。

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古い集落と明治のトンネル

先週だっけ?3連休、天気が悪いという話だったのにすごく晴れてる。
どこかへ出かけなくちゃと思いはするもののあんまり盛り上がらない。
またどこへ行っても混んでるんだろう。
地図を見ているとバイパスの超大トンネルの隣に明治トンネル、昭和トンネルの文字。なんだここ昔から難所だったんだな。
近くには古い集落がどうのという表示。あまり見ない地名だな。レビューは一軒しかない。
人が全然いないのに良いところな予感。
よしここ行ってみよう。
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気分低迷中だったので低価格なうなぎ屋さんでうな丼を。
今日はサービスデーで大盛が無料ですがと言われ大盛って言っちゃって後悔する。
いいよたまのうな丼くらい。
1号線のバイパスをしばらく走って、見慣れたトンネルの手前を曲がり細い旧道をしばらく走って・・
駐車場とかトイレとか、そういうの全然何にもないので意識しなければ通り過ぎちゃうかもしれない。
そんなところ。ここなら怒られないかなという路肩に車を止めて。
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あーなんかいいですなー
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ちょうど勾配の延長にある太陽がまぶしくて何にも写らない。
観光客を意識して石畳になっていたり、各家には屋号を記したでっかい札があったり・・
でもよくある思いっきり観光地です的な感じではない。
各家みんな普通にリアル生活中な民家だ思う。
中には観光客をよく思っていない人もいると思う。そんな視線も感じながら。
とはいえよく見れば普通に建っちゃった昭和な家も各部を焦げ茶色に塗装したりして極力溶け込むような配慮があったり・・
途中秀吉が小田原攻めの前後に立ち寄って・・みたいな立札のある家があったり。
ここは間違いなく歴史のある家々なんでしょうね。
坂を登りきると
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こういうところにありがちな蕎麦屋。
蕎麦屋としては終了している時間だけどカフェタイム設定してますみたいな貼り紙。
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もうお蕎麦ないんですけど・・に笑顔ではい大丈夫ですとか言いながら
入るとこんな感じ。
スピーカーがあって・・この時は何にも流れていなかった。
時々ジャズかなんかを流して・・とかなんとかでしょう。
私には縁遠い世界。

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窓の外もいい感じ。

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嫁さんのコーヒーはなんだか本格的な味がしたそうだ。
そば饅頭とかいうのは一つもらったけど謎の芋みたいな味だった。

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そして私は酒粕チーズケーキと梅ジュース。
ケーキはどの辺が酒かすかわからなかったけれど梅ジュースは美味しかった。
先日の別なお店で出てきたアイスコーヒーはでっかいグラスになみなみと・・と見せかけて中身はかなりの割合で氷じゃんかというものだった。よくあるけどね。
この梅ジュースは正味重量がかなり多くて飲みごたえもあった。

お店の人はちょっとつっけんどんな感じで愛想がないとは言わないけれど、愛想がいいとも言えない感じ。
別に嫌な気分にもならないけれど、何か話しかけてみようかな的な気分は消滅。
でもまた小さないい時間でした。



https://www.youtube.com/watch?time_continue=490&v=HtIdTGA4yYs
ショスタコーヴィッチの24の前奏曲とフーガもバッハのやショパンの前奏曲集と同じようにハ長調、イ短調に始まって5度づつ進んでいって戻るみたいな並び。ほぼ曲順と作曲順が一致するとかどこかで読んだ。
曲順を追って聴き進めていくとどんどん個性的になっていくというかショスタコの自由な世界が炸裂していくような気もする。
この14番は変ホ短調。
武士の世界みたいじゃない?このプレリュード。何時でも死ぬ覚悟はできているみたいな。
でも続くフーガは荷馬車に揺られ進んでいく‥みたいないいフーガですね。
主題の絡み感もわかりやすいし。


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日が暮れると落ち着いいた街並みがよく見える。
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なんだかいい感じですよね。
古い集落の先は宇津ノ谷峠。
もう20年近く前、この峠を歩いて超えたことがあった。
その時の印象は「つかれた」。そんなにものすごい山を越えるわけではないので絶景が見えるわけでもなくしかし歩きにくく・・みたいな散々な印象だった。
東海道というとなんとなく箱根と大井川だけ超えとけばあとは平地みたいなでたらめな印象があるけれどそんなわけなくてこういう小さいけど無視できない峠をいくつも登ったり降りたりしていたんですね。
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振り向いてもいい感じ。
こんな難所なので明治に入るとすぐ地元の有志かお金持ちか知らないけれどトンネルを掘って有料トンネルとして事業化したようだ。
明治9年の開通というからかなり早いと思う。まだ東海道本線も全通していなくて、大阪と東京のあたりでちょろっとできてたくらいでしょう・・その後火災で枠組みが崩壊したとかいうのを経て明治30年代くらいのトンネルが今も現存するという。
なんだそれ、そんなのあるの知らなかった。見に行かなくちゃ。
本来の東海道から外れ、明治の道をちょっと歩いて登れば
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こんな公園。
トイレと・・
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なんか立体模型が。
補助金を活用したようなことが明記してある。
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写真じゃわかりづらいけれどこういうの直感的ですごく面白いよ。
駿府というか静岡は徳川家康の隠居所だもんね。
西の擁壁に当たるこの山、峠と時代と技術の進歩がどの位置にどんなトンネルを掘らせてきたか・・みたいなの。
こういう時、今じゃスマホでもその場の立体的な地形が簡単にみられるでしょみたいなことをすかさず言いたがる人がいるけれど一生友達になれないと思う。
元々誰とも友達になれないけどね俺は。
こんな雨ざらししじゃすぐにダメになっちゃわないのかな?屋根掛けてやればいいのに。
ちょっと進めば
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もっとおどろおどろしいものを連想していたんだけれど。
意外ときれいに整備されて・・
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なによりあのオレンジの光が温かい。
まだ日は出ているんだけど山の陰になってこのあたりは暗い。
その深い緑との対比もいいよね。
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照明自体は最近整備されたもので演出的なオレンジなんだろうけど・・
いいねえ。
こんなところがあるなんて知らなかった。
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しかしこの煉瓦ってのも暖かいものを感じますよね。
演出で作った最近のじゃないいほんとに古いものはやっぱりなんか違うよね。
レンガも明治初期にどこから入ったか、何人の技師に教わったかとかでいろんな流派というか技法があるみたいで、
現代ではそれを読んで鑑賞して楽しむ人もいます。
私はもと鉄道マニアな関係でなんとなくそんな話があるなと思う程度・・
これも見る人が見ればああ〇〇積みだよ・・とかいうんでしょう。
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割れちゃってるけどいいのかな?
そこそこ積んであって厚い壁を構成しているんでしょうね。
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向こうが言えてくるこのあたりはかなりの風が吹き込んできていて涼しかった。
面白いのはトンネルを出た瞬間に風感じなくなるのね。
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重厚なポータルには銘板が・・なんだか読めないけど。
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手前は少しだけ掘割。
明治時代、どんな人や車がここを通ったんだろう?
現在線のバイパスを走る車の轟音が聞こえる。

今はいろいろ言ったって車が買えて休みの日には遊んでたりできるんだもんね。
幸せだわ。

学生のカップルみたいなのがここに車を止めてトンネルを往復してきたみたいだ。
女の子のあの可愛い笑い声、ほんとは芝居なんでしょ?なんて思っちゃう私は嫌な年寄りだな。
いいね若いって。

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戻って振り向くと
やっぱりなんか武士の世界みたいな。

ここ良いところでした。
三連休なのにあんまり人もいなかった。
このまま有名にならずにいてほしい。
それは余計か。

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パンケーキと犬とススキ

朝起きるのが遅く、犬とお散歩などをしていたら朝飯が昼近くになってしまった。
もうお昼は省略して3時ごろ嫁さんが見つけたパンケーキ屋に行こうという話になる。
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行ってみると住宅地の中に先程覚えた店名の看板が見えてくる・・全然それらしくない雰囲気だけどいいのか?ここで・・
知らないけどなんとなく元車屋さんかなにかだったところを改装してるんじゃないかな。
入り口に見えるあそこにはテーブルでふさがれて入れないのが見える。
元ガレージみたいなところには外席があって女性が二人。
で入口は?
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←入口・・
昔ちょっとだけ住んだボロアパートの押入れというか古いタンスみたいな・・
これでいいの?開けたら工具の並んだ棚とかだったらどうしよう?
と思いながらこの木の戸を開けると店内だった。
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厨房付近だけ天上を吊って後は屋根を見せ、壁も張らず床は打ちっぱなしの・・
うまく処理してあってなかなか面白い・・よく見る感じといえばそうだけど。
天井板には断熱材みたいなのが吹き付けてあるけど・・でも夏暑くないのかな?大きなお世話か。
厨房には若い店員さんがいっぱい・・そっくりなの別な店で見た・・あのときは・・と思ったけれど席へ来てくれた人はみんな気持ちのいい接客で気分よくいられた。そんなことばっかり書いてるけどほんとにそこが一番大事だから私には。
BGMはモダンジャス。この手のおしゃれ店はモダンジャズ率が高いですよね。
なんかしっくりくるし、そういう感じだなぁとも思う。
逆に自分の大好きな曲をかけられたら気が散って困ると思う。

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ブレンドコーヒー。砂糖とミルク入れちゃう私なので味を語るのは無理だけどいいろんな店でなんか違うのはわかる。
で特に何か言いたくなるようなこともなく普通においしいコーヒーでした。

これにしようと決めたところで嫁さんも同じのにするというので
急遽それが何かわからないまま変わった名前の奴を頼んでみた。
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出て来たのはこんななみなみと注がれた熱いオレンジのソースというかジュースみたいなのにパンケーキが漬かってるもの。
なんかすごいな・・パンケーキのおかゆみたいな・・
上には冷たいアイス。
ばくっと食べたらジュースが染み渡ったパンケーキは予想を超えて熱くびっくりしたりして。



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嫁さんのブルーベリーとホイップクリーム。
3枚あると二人で両方食えていいね。
ブルーベリージャムみたいなのがたっぷりついてきたけれど、このケーキ中心部にも大量のブルーベリージャムが挟まってるみたいだ。嫁さんはこんなにたくさんいらないよねーとか言ってたけど、私はせっかくだから大量に載せて・・

おいしかったよ。
もし次食べる機会があったら私は湿ってないやつのがいいかなぁ・・


https://www.youtube.com/watch?time_continue=516&v=y1_o_wouW68

ショスタコーヴィッチの前奏曲とフーガ第7番はバッハみたいな前奏曲で始まって・・
その後の花のようなフーガがいいですね。
こんなフーガもあるんだなというか・・

暑かったのでずーっと犬と車で出かけられなかった。
ちょっと曇ったかからいってみようよと
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近くの丘の上。
暑くない代わりに富士山は雲の中。

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畑に入っちゃダメだよ。
北海道に行きたいけどいけない・・
これ見て北海道みたいだなぁ‥と。
実際行ったことあるといろいろ違うじゃんかとか思っちゃうけれど、そういう余計なことをいちいち考えなくていいんでしょうね。
小さく喜こんどきゃきゃいいの。


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すすきの花?なんか開いちゃって黄色いものが・・
お米の花に似てる?
いいねぇ・・色気づいてるわけでしょう。

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ここにも思い出があるんだけど、思い出しすぎるとまた暗い人生失敗指向に結び付きそうだからもう考えない。

ちょっとしたいい時間。
これが大事。

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夕日

大井川の河口からまたかなり走って、御前崎のそのまた先。
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ずっとここに来たかったんだけどなかなかたどり着けなかった。
砂の丘。
その向こうには波の轟音が。
砂漠みたいな砂の上を歩いて丘を越えると
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空気も光も違う別世界があった。
よくネタでそんなことを言うけれどほんとにそんな感じ。
あの遠くに見える白いものは原発。

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結構な波が次々押し寄せて

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反対側には風力発電の風車が・・


https://www.youtube.com/watch?v=Iw6PzoKiomk
ショスタコーヴィッチも24の前奏曲とフーガを残しました。
バッハのを意識していることは明白ですね。
演奏しているタチアナ・ニコラーエワはチャイコフスキーコンクールで審査委員長をやっているのを昔テレビで見た。ソ連ピアノ界の重鎮だったんでしょうか。
この作品はまだ若い彼女のために書かれたんだったと思う。
そんなエピソードを知って、CDを買って来たのはもう15年くらい前か・・ちょっと聞きかじってそのまま放置していた。
今、急に聴いてみたくなり聴き始めたところ。
どれもいいじゃないか・・ショスタコ節を感じさせながらどこかバッハも感じて・・
この4番ホ短調が心に残る・・ちょうど写真のこの世界とも融合するようで・・
続くフーガは2重フーガなのかな。
あのテレビ番組を見たのもつい最近のような気がしていたんだけれど・・彼女が亡くなってもう25年も経っていたことを知り驚いた。
私はこの25年に何をしてきたと言えるんだろう?
・・とこれは1週間前に書いたのでこう書いてあるけれど、
過去を振り返ってみても何にも帰ってこないんですよね。

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なんかいいでしょう?

前来たときもそうだったけど、今日もカップルが一組いい感じになっていた。
そりゃそうだろう。



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不思議な色に染まる波を眺めながら


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日が沈んで行くのを眺める。
突然、
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今までと全然違うスケールの波が来たりする。
命だってもってちゃうんでしょ?
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夕日は何も言わずに見ているだけ。
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波の花が風に吹かれて・・
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ああ日が沈む。
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波に溶ける太陽。
半熟卵かよ
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大きな波にさらわれて・・そのまま二度と見えなくなった。
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最後のこの光景は素晴らしかった。

暑くもなく寒くもなく不思議な色の空気に包まれた時間だった。
臨死体験みたいだけどちゃんと生きてる。

最近ブログの更新を一日おきにしていたらネタもたまってきた。
それより誰とも話をしない私はブログが話し相手みたいになっているらしく、毎日毎時何かうだうだ書いていたいらしいことがよくわかった。Twitterはどうも苦手というか自分にはよくわからない。
また毎日更新に戻そうかとも思うけれどもうしばらく気持ちがバタバタしているので・・
書いたそばからあれだけど、バタバタしているような気がしているだけで冷静に整理すればそんなに大したものは抱えてないのかも。
嫌なことを考えないようにしようとしたら考えることがなくなっちゃて空白だらけになっちゃうから何か見つけないとね。

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クリームソーダ

この日は用事があったけれど無事終わった。
当たり前だこなせば終わるのである。
それなのに無駄に大きな困難が立ちはだかっているかのような気分になっていた。
相変わらずである。

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電線が写らないような位置にちょっと動いてとればいいんだろうけど、まぁいいやみたいな・・

犬の散歩まで時間があるし、付き合ってくれた嫁に「カフェでも行く?」
いくというから地図を見てるといかにも昭和な名前の喫茶店が・・
何故か嫁さんの反応が良くいってみたいらしい。
通りからそれて入り組んだ住宅地みたいなところへ入っていく。
この辺りに住んでなければ来ない様なところ。
近くの通りは40年前から何度も通っているんだけど・・

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長屋みたいなアパートの一階が店舗になっていて・・
昔よくありましたけど最近あんまり見なくなりましたね。
そもそもこういう喫茶店がまだ営業していることが驚きだ。
タバコな可能性を提示しても行きたいという嫁に押されてドアを開ける。
開けた瞬間に目に入る昭和・・
近所の仲間が集まっているんだなとすぐわかる70前後くらいの一団がテーブル一つを埋めている。
多分いつもの光景の中にイレギュラーなのが入ってきたみたいな状況だと思う。
見慣れないのが来た訳だけど排他的な空気も感じることなく席へ着く・・
とりあえずよかった。

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あー、この感じ昔見た気がする。
幼いころ連れて行ってもらった喫茶店もこんな遮光的レースのカーテンがあった気がする。
トイレへ行くとまた思いだす・・この感じは学生の頃住んだあのアパートだ・・・
そのアパートは音楽をヘッドホンで聴いていても隣が壁を蹴っ飛ばして来るようなところだったので1年で引っ越した。


https://www.youtube.com/watch?v=PRq4ztEAjak
ショスタコーヴィッチというと暗く墓石が歩いてるような交響曲のイメージが私の中に強く存在する訳ですが、一方ジャズが好きだったとかサッカーが大好きだったとかそんな話も印象的。
このタヒチ・トロットもよく彼の解説に出てくる。
映画音楽をオーケストレーションして・・なんだっけ
二人でお茶をでしたっけ。
アマチュアオケがアンコールでやっていたのを聴いたことがあります。
正直にいうと私はあまり好きじゃない。
そういうこと言っちゃいけないけど。
まあでも逃げたいほど嫌いなわけでもない。
聞こえると逃げ出したくなるほど嫌いな音楽もありますよ。
メニューを見るとケーキセットなんかない・・
サンドイッチ・・腹いっぱいだし・・
この際子供の頃を思い出して
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クリームソーダ。
綺麗だねー
かつて驚きのごちそうというかお楽しみだったのを思い出します。
もう氷しか入ってないのにストローをチューチュー吸って怒られたような記憶が。
飲んでみると甘さをあまり感じない硬派な感じの味・・・
・・・あれ、最後の方でやたらに甘くなった。
シロップと炭酸水がちゃんと混ざっていなかっただけか・・
まあいいじゃないそういうのもこう手作りっぽくて。
正直普段だったらこの内容にこの価格はあり得ないんだけど、今日は特別。
体験料というか懐かしい料みたいなものということで。
ゆっくり飲んで、甘いアイスも食べて・・

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古いステレオとオープンリールがあったのでこそっと写真に撮ったりして。
会計しようと立ち上がると
「写真撮ってって!」
え!?
お店のおばさんが・・
驚いたけどどうも好意的な話らしいし・・
何かスイッチを入れているのでオーディオを聴かせてくれるのかと思っていると違った。

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額に入った富士山の写真が輝きだした・・
「あの人が撮ったの」
さっきの仲良し集団の中から
「他の写真も見てってくれ、俺は写真家だ・・」という声が。
店中に写真の額があるからだれかそういう人がいるんだなぁと思っていた。
急に楽しいような展開になって盛り上がりたい反面逃げだしたい感じも半分・・
また来てね。というおばさんの声に気持ちが温かくなったりして。
でも半分逃げるように店を出た。
気楽に集まれる場と仲間・・とかいいですよね。
俺には多分一生無理だけど。
一瞬でも人に相手にしてもらえるのはうれしいことです。
ありがとう。


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おわかれ

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梅の花が舞って道路を飾っていました。
お別れのしるしですね。

しばらく前ですが、ある方のブログを毎日読んでいました。
コメントを送るでもなくひそかに。
頑張ってた。
ある日突然その方から短い拍手コメントをいただいた。
何か返信したかったけれどブログを探してみつけられない。
あれ?まぁ、また・・
その後ふと気が付けばあれから何日もたっている。
本気で探したけれどブログがない。
どうも、ブログは削除されてしまったようだった。多分あのコメントと同時くらいなのか。
そうではないと願いたいけれど、その方はもうこの世にいないのかもしれないと思った。
あのメッセージはその後も含めてのものだったのかもと。
そう思ったらとても寂しくなって来た。
私の勘違いだといいと思う。
ここにこう書いたらどこかで読んでもらえるかな?

作曲家も人間だから人生を歩みます。
若いころの作品でも死を扱ったりするんだけれど、自分のリアルな死を意識して書かれたらしい曲には別格のすごみがあったりします。

ショスタコーヴィッチの最後の交響曲第15番は自分自身をテーマにしていると思うんですが、そのラストがきわめて印象深く感動的です。

本当はここだけ聞いても意味がないんですけどね。
これを初めて聴いたのは中学生くらいだったのかな・・N響アワーにまだ若かったなかにし礼が出てた頃だから・・・
よくわからないなりに聴いてきて、この神秘的なラストシーンには衝撃を受けました。
わかるわからないを超えて、これは作者が何かを伝えようとしているんだと思った。
これを感動というんだろうなとも思った。
今でもそれは変わりません。

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弦楽器のAとEにのって打楽器のアンサンブルがガチャガチャ行っていますが、これは作者自身を表していると思う。
具体的に何か言うとかではないと思う。いろんなものがそぎ落とされて魂本体が露出していくというか・・
この元ネタは交響曲第4番にありますがそこにこだわりすぎると肝心なものを見失うと思う。
長いお別れの言葉、口数が減って行きふっと途切れる弦の伸ばしが浮き彫りになるところでゾクっとする・・永遠を見るというか・・
そしてこの曲で鍵の役目をはたしてきたチェレスタとグロッケンがCis(C♯)を鳴らしてイ長調和音となり消えていく・・
どこかとてつもなく遠いところで静かに微笑み、ありがとうと言っていると思う。
同時にこれはベートベンから続いてきた特別な音楽としての交響曲、その最終和音でもあると感じます。
それらすべての結論としてこの場面があるんじゃないか。
この肯定感が何よりの救いというか感動させられるところなのかなぁ・・
その後もいろんな人が交響曲を書いてますよみたいな余計なことは今言わなくていいんです。

こんな消えていく系の最終音は全音符にフェルマータが乗っているイメージが強いんだけれど、これは音符を伸ばしきったところで止めてくださいみたいに書いてありますね。
弦にはmorendoと書いてあって鐘と一緒に減衰しろということなんでしょうけど、でもこの最終の和音は永遠に溶け込んで行くんじゃなくてきちんと発せられる一つのメッセージ的な音なんだよと作者が言ってるわけなんでしょうかね。
その後の休符の部分も音楽が続いているわけで、ここで拍手をしたりしたら・・というかこの曲想でそんなことをする人は何も聞いていないのと同じなんだけど、でもそういう人がいるんだよね。
でまたこういう最後の休符なところで指揮者がしっかり拍を振ってるのも見たことがあるけどあれもなんか萎えた。
なに文句ばっかり書いてるんだという感じだけど今心の調子が悪いからどうしてもこうなっちゃてごめんなさい。

作者にはこれを書いた後もしばらく時間はあったようです。
周りは新作が当然生まれるだろうと期待したようだけど、誰も16番を耳にすることはできなかった。
この15番を遺言と決めていたからじゃないだろうか。

最後が近づいたとき、なにか言い残したいと思える人がいたら幸せですよね。
身近にいなければブログだっていいと思う。

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アリナミンと平和

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おみくじ引きに行ったりして・・

何か明るく元気なネタでも書いてみたいと思ったんですよ。
そしたら浮かんだのは栄養ドリンクで・・
30年弱くらい前でしたっけ、アリナミンVドリンクの宣伝でこれ流れましたよね。

曲はショスタコーヴィッチの交響曲第7番「レニングラード」で、非常に重く暗い内容も含んでいるはずなんです・・
でも流れてたものはふざけたような合唱が入ってて、またそれがうまくマッチングしてもともとそういう曲みたいでしたよね。
・・と思って探したらあった・・・ちょっと思い出補正かかりすぎだったかなぁ・・



ここだけ聞くと能天気で馬鹿みたいな音楽に聞こえなくもないですが、小太鼓のリズムに乗って延々繰り返される同じ主題は、ドイツに包囲されながらもけなげに耐えるレニングラード市民の姿なんじゃないかと思うんです。
この先暗転して厳しい音楽になりますが、ここまでずっと長調で来ているところが実は悲しいというか大変というか・・・
始めはのどかな感じで始まりますが、次第に暗い影が見え、後半になると砲撃を受けてもなお前向きに進み続ける・・みたいな。
非常に悲惨で悲しい音楽なんじゃないかと思うんですよね。
あんな宣伝に使っていいのかという気もしますが、世の中やったもん勝ちなんでしょう。

美しい田園風景のような音楽が消えると
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素朴な行進曲が始まり、繰り返される・・

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素朴な歌は続くが、暗い影がかぶってくる。

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このグランカッサは砲撃されて着弾したところでしょう?
弦やホルンは砲弾のカザキリ音のようにも聞こえる。
それでも人々はひるむことなく進み続ける
ここ、とても暗く悲しい場面だと思う。
次の変奏では着弾の頻度は上がり、塗りつぶすように上下する小野の塊は一面の穂脳のように見えなくもない。


ここ、ラヴェルのボレロのパクリだろと批判されたようですね。
バルトークがオーケストラのための協奏曲という曲の中でこれを批判していることが有名です。
変奏曲みたいだけどテーマ自体はずっと同じものが繰り返されていて変奏曲でもないですよね。
何されてもめげずに延々繰り返す・・というのが味噌なわけでそこに文句言ってちゃいけない気も・・
偉大な市民をたたえているんだろう。

あのCMの頃ってバブル真っただ中だったんじゃなかったっけ?
みんな無茶しても楽しかったん頃なんでしょう?
なんか適当で浮かれてる感じがするもんな。

いい時期の後には悪い時期が来る。
人間、不満、不安がたまって不安定になると、他人を攻撃して自分を安定させようとしだしますね。
個人レベルだと私も人のことを言えない。
周囲にもいっぱいいる。
注目すべき点はみな自分は正しく、主張すれば受け入れてもらえるのが当然だと思っている・・もしくは思わずにいられない点だろう。
世界的にも国ごとそんなこと言いだしそうな雰囲気もある。
とても危険だと思います。
私にはそんなでっかい話はどうにもできないのでせめて自分の心を平和にしたい。

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引用

カテゴリをショスタコにするかラフマニノフにするかわからない・・両方てないんですね。

ラフマニノフの晩年の作品でシンフォニックダンスという曲があります。
オーバーチェアなんて言ってると序曲でいいだろと思うけど、交響的舞踊・・・じゃさすがに動きも止まっちゃいそうだ。
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これラフマニノフと、指揮者のユージン・オーマンディでしょう?多分初演のための練習中じゃないかな?
歴史的な瞬間を目撃した・・みたいなのでしょ。
この曲を知ったのはもうおっさんになってからでした。
私にこの曲を教えてくれたのは学生のオーケストラで何の期待もなくたまたま行ってみたコンサートでした。
厳しいことをいえば演奏を人に聞かせるというよりは自分たちの思いでのため・・と言う内容だったと思うけど、曲の印象を強く私に残してくれたんだからい彼らには感謝したいありがとう・・

元々寡黙だったらしいラフマニノフは祖国のロシアに帰れなくなりアメリカに住んでからは心を閉ざしてしまった・・
作曲もあまりしなくなったみたいだ。
そのラフマニノフの人生の最後くらいに突然湧いたものがこの曲なんでしょう。
作曲者とホロヴィッツで弾いたらしい2台のピアノ版も聞いたけど、この曲に関してはオケ版の方が圧倒的に好きです。

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始まってってすぐのティンパニ・・・


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2台のピアノ版で
これは・・・
ピアノで作曲していた段階からティンパニのイメージがあったんだと思う。
音拾ってるだけでしょう・・
オケ曲をピアノで表現するときするとき、同じにやったらダメなんだよ世界みたいなのもあるんですよね。
ラフマニノフだったらもっと違う形でやれたと思うのに・・

偉そうでごめんなさい。




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弱音で予告のように始まるこの曲・・微かな心音というか・・・生きてるよ・・みたいな、
突然軍隊的というか衝撃的にffで強奏されるこの部分、またしても最初の休符を感じないまま聴いてしまい1拍ずれて覚えてしまった・・未だにここはああなってるんだから・・とかいって意識しながら聴いてます。


この部分がそっくりそのまま
ショスタコーヴィッチの交響曲第15番の第4楽章に引用されています。
作曲者がこの曲も好きだったんだよってなことを言っているのかな?
いやもっと、音楽家としての自分の人生はラフマニノフに大きく影響を受けたんだ・・くらいの大きなことを言ってるのかもしれない。
1219.png




ショスタコーヴィッチがまたこの曲の中にある引用について謎めいた証言を残していったらしく、その後のコアな聴き手や研究者を振り回し続けているみたいですね。
もうそういうところが彼の作風そのものですよね。
このシンフォニックダンス冒頭の引用も、偶然似てるだけという考えの人もいると思う。
一方、たまたま似ているだけのものまで引用だと言っちゃって・・というのもずっ続いていくんだと思う。
もし、作曲者が全部の引用をすべて詳細に解説したとしたら、そんなのはもう作曲家じゃないと思う。
言葉じゃ言えない音楽を通して伝わる何か・・を残そうとするのが作曲家なんだから。



そういえば大っ嫌いだから引用するというのもありますね。
バルトークがショスタコの7番を聴いて激怒し、自作のオケコンに引用した挙句笑い飛ばしているのが有名です。
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バルトーク、オーケストラのための協奏曲  いっぱい出てきて馬鹿にした笑い・・


また7番のその主題が15番のこの楽章で展開部のパッサカリア主題として引用されている・・
と話がどんどんつながっていっちゃって終わりませんね。

あれショスタコの話になっちゃった。

その7番もそうだけど思うのは、世界が戦争状態になっているようなときでも重要な曲ができると敵国間でも演奏されてお互い聴いてたみたいなんですよね。
なんかそれスゲーなというかそこ感動するとこなのかな・・




最初に戻ってラフマニノフ自身も、自分の最後の大作となるこの曲の中に若いころからの自作の引用を沢山ちりばめているらしいです。

作曲家は作品の中に秘密の暗号を隠していつか誰かに気づかれることを楽しみにしていたと思う。
聞き手はいつも探りながら聴いていていいと思うし、探してあげなくちゃ・・

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ジャズ?

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ショスタコーヴィッチという人には彼の音楽の印象から勝手に絶対に笑わない人みたいな暗いイメージを持ってしまっていました。
鉛色の無人の荒野みたいな心・・・とか

この写真の無邪気な男は間違いなくショスタコーヴィッチですね。
若いなー
温かい心を持った人間が一人いたはず・・
共産圏の変なイメージ・・親が本音を話したら子供が密告してみたいな・・のが強すぎてあれですが、
ちゃんと暖かい楽しい生活があったのか。
サッカーが大好きだったんでしたっけ・・
子豚ちゃんがかわいいよなー

彼の最後の交響曲、第15番には過去の様々な曲があるときは露骨に、またある時は密かに、織り込まれています。
彼自身が大好きだったんだと告白しているんだと思います。
この世へのお別れに曲の中へ自分を残そうとしているんだと思うんです。
よくわかりませんが、どうも音楽が無調でなんか言ってるときは自分について語っているんじゃないかなぁ・・

重苦しい第2楽章の後半に無調地帯が出てきますが、
ビブラフォンが歌うシーンがあります。


この楽器は誕生がとても新しいので、基本的にクラシックにはあんまり出てこないというイメージですね・・
ヴォーン・ウィリアムズの南極交響曲に出てきた気がする・・もう25年くらい前に聞いたきりけど・・
1970年のソ連にも普通にあったんだ・・

学校の音楽室にありました・・触ると先生が狂ったように怒ってんの・・
だったらそんなとこに出しとくなよ見たいな・・
選ばれた一部の優れた生徒にだけさわらせるから、馬鹿はあっち行ってろ・・
とは思ってなかったんでしょうが、
小学生のころからそんなことを感じていたらしい思い出・・


ジャズではよく使うんでしょう?
アニメのルパン三世のオープニングテーマはヴァージョンが何種類がありましたが、一番かっこいいと思うのはビブラフォンが歌ったりするJAZZバージョンみたいなのです。

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チェレスタが何か言ってるなと思っているとどんどん下がっていってビヴラフォンにつながる・・
チェロがフラジオで重なってきて・・コントラバスがソロでからんでくる・・
不思議で印象深い場面です。
別な楽譜では注記があって、「電気的な効果なしで」とあった思う。
あの回転してビブラートをかける(周波数じゃなくて音量変化ならトレモロじゃないの?)のはいらないと・・
そりゃそうですねこんな場面で・・


ショスタコが何か自分語りをしているんでしょう・・
そういえばこの人はJAZZが大好きだったらしいですね。
JAZZもいろいろですが、ビブラフォンが出てくるようなのも聴けたのかな?

ここでこの楽器が出てくる意味がその辺りにあったりしたら面白いけどな・・

ジャズとひとくくりにするけど、いろいろなんですよね?
オーディオ店に行くと良くかかっているのはモダンジャズ?
ショスタコのジャズ組曲のジャズはああいうのじゃないですね。
ラヴェルやストラヴィンスキーに出てくるジャズも・・


いつ頃だったか、クラシック音楽しか聴けない自分はおかしいなんて考えてむりやりジャズを聴こうとしたことがありました。でも結局よくわからなかった。
先日テレビに斉藤由貴が映ってるのを見て思い出したけど、思春期に入ってクラシックを知るまでの短い間は流行りの歌が聴こうとしてたよな。
ラジオで何とかベスト10みたいな番組を録音していた記憶があります。
おニャン子クラブとか言ってよろこんでた記憶もあります。
別にああいうのもそのまま聞いとけばよかったのに、あれどこいっちゃたんだろう?


いまも、初対面的なとっかかりの会話で「どんな音楽を聴きますか?」と聞かれる事があります。
クラシックなんて答えると話が途切れちゃってめんどくさい空気になる。
これからは斉藤由貴ですとか答えてみようかな。
ひまわりという曲があったのだけ覚えてる。

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生きた証を

ショスタコービッチの息子が親父について書いた本を以前買ったんですが、ちょっと読みかけてそれきりになっちゃって・・
この人幸せだったかな?
この人の場合は社会主義国家から抑圧されて生きたわけですよね。
自分の芸実的信念なんか打ち題してたらシベリア送りんなって命もなくなっちゃうわけでしょう?
芸術家にとって表現を制限されるとか書きたくもない茶番みたいなものを要求され称賛されるというのはものすごく辛く苦しいことなんじゃないかなぁ・・
とはいえ、そこに命を懸けて挑むみたいな方向にはいかず、狭く厳しい枠の中でもうまくやって人生を燃やしきったという印象もありますねこの人。
枠の中で永遠にに咲き続ける花を咲かせた。
大っぴらに口に出すわけにいかないいろんなことを沢山の暗号として作品の中に封じ込めて・・

第9のジンクスなんて言うお話もあるわけですが、ショスタコーヴィチの交響曲は第15番にまで到達しました。
第14番はマーラーの「大地の歌」の影響を強く受けているみたいですが、無調で難解。まだ私はちゃんと聴けていません。
でも次の第15番は無調的なものを含み暗い世界を見せながらも、ちゃんと調性があって解りやすい旋律も聞き取れるし、はっとする場も多く用意されています。
高校生のころ、訳の分かんないような私の耳にも引っかかってくれました。

この曲の完成後、作者の死まではまだ時間があたんだっけ?
周りの人は第16番、第17番も当然あると考えていたのかもしれませんが、作者はどう考えていたんでしょうか。
この曲は交響曲としては最後のものだと思っていたんじゃないかなぁ・・
自分の作品を聴いてくれるこれから先に生きる人たちへ向けたお別れのメッセージなんじゃないかと思ってみたり。

2028.png
ショスタコーヴィッチの交響曲第15番のテーマは自分じゃないかと思います。
もともと作曲家の作品というのは全部自分表現なんですけどね。
自分の姿を残そうとしたというか・・
自作多作いろんな音楽が引用されていることが有名です。

色々あるらしいですが、ものすごくわかりやすいところで・・

第1楽章はおもちゃ屋だっけ・・作者の子供時代を回想しているんでしょう。
でしょうじゃなくて作者がそう言ったんでしたっけ?
そこに
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ウイリアムテル序曲が露骨に出てきます。

子供の頃、これで音楽に目覚めたのかなぁ・・
心に焼き付いているものだったんでしょう。

初めて聞いたときはびっくりしました。
長々続くんじゃなくて、すぐに元の音楽がかぶってくるんですよね。



2062.png
第4楽章の冒頭

ワーグナーの神々の黄昏から「運命の動機」が引用されて・・・


2064.png
「神々の黄昏」でジークフリートが死ぬところ・・・


ずっと、死を予告するような場面で鳴っていたこの動機・・
ここで作者の死を予言してるんでしょうか?
でもなんかそれだとあまりに単純ですかね。
ワーグナーが好きだったのは好きだったんでしょう。

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始まってからの弦楽器の歌にも織り込まれています。


2073.png
2楽章冒頭のコラールもこれを予告していたわけですよね?




芸術家みたいにその作品によって自分を永遠に残せる人はすごいですね。
私も設計をやっていますので自分の考えたものが世の中に存在したりはしますが、そんなもん別に私じゃなくてもいいんだろうし、時期が来たら廃棄されちゃったりして・・

普通の人が自分の生きた証をこの世に残すというとやっぱり子供ということですか・・
そこ勘違いしすぎると昨日のフランクの親父みたいになっちゃうんでしょうかね・・

大げさみたいですけど、ブログって一般人にもそのあたりを少しかなえさせてくれるものじゃないかと思うんですよね。
永久に残るなんて言うのはないけれど、少人数でもどこかの誰かに自分の考えたことを読んでもらえたと思うと、なんだかうれしいですよね?
私はうれしいんだよなー

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