視点

うちからさほど遠くないところに隠れ家的なレストランを発見・・していたんだけど、
行ってみると長期休業中。
再開予定が延期されたりしていていろんなことを勝手に想像したりしていた。
悪い想像ってはかどるんだよね。
私みたいなのはとくに人が自分を勝手にいろいろ言っているのに気づいて・・・
まぁそういうのも遠い昔の話となった。
とある日曜日、飯でもいくかーなんてふと調べてみると、再開してる!
急遽行ってみた。
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普通は気付かないような場所にあってそんなに知られていない・・
かと思ったけれど行ってみたらやっぱり混んでた。
いまスマホでみんな判るもんね。自分もそうやって見つけたわけだ。
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こういうところに来ると窓側の席がいいなぁ窓側すわりたいなぁ・・なんて思うんだけど、
案内されたのはこの席。
この日は空気や光線の状態がよかったらしく、窓の外には驚きの
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こんな景色・・
写真だと伝わりにくいかもしれないけれど、鮮やかってこういうのかぁ!みたいなの。
よく考えるとこの連続窓みたいなのから見える巨大な景色は窓のすぐそばにかぶりつくよりちょっと距離を置いた席から眺めた方が楽しめるような気がしてきた。
そう考えるとこの席一番いい席なんじゃないの?
そう思えば最高じゃないか。
なんでも考えようですよね。
小さい視点でだけ見て考えていると損というか間抜けだと最近思う。
思うだけでうまくはやれないけれど。
いままでネガティブにとらえているいろんなことも、実は大正解なのかもしれない。
何が正解なのかを決めるのは考えてみると誰でもない、自分がどう思うかだけなんだよなあ。
何で何でも悪く考えるようになっちゃったんだろう・・・
・・・こういうのも、考えようでいいように思えるんじゃないかなぁ・・まだできないけれど。


https://www.youtube.com/watch?v=j0qEH09suZs
ショパンのワルツ作品42
グランドワルツという名前があるようですが・・名前なんかどうでもいいなんて言ったら怒られるんでしょうかねピアノな人に。

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基本は4分の3拍子なんでしょうけど8分の6拍子が同時に進行して・・なにより主旋律は4拍子で聴こえるでしょ・・
どこにピントを合わせるかでいろいろ違って聴こえるだけでなく、もっと引いて全体を聴けばそういう音楽が聞こえてくる。
どこを聴かなきゃいけない・・なんてのはない。
すきなようにきけばいいんですよね聴き手は。
弾く方は色々とあるのかもしれない。知らないけど。

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季節のサラダ・・・イチゴのドレッシングでサラダなんか食ったのは初めてだ。
なんか花が乗ってたり・・
イチゴのドレッシングはほんとにイチゴの味だった。
おっさんは驚いた。

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牛筋焼きカレー・・
以前だったら量が足りないとふてくされるところだけど、小食化運動に取り組んでいるので大丈夫。
最近、満腹感は量じゃなくて気分だと感じるようになってきた。

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デザート。
豊臣秀吉みたいな器だよね。
ここにもお花。
自分とこで色々育てているんでしょうね。

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海まで見える。
食べ終わる頃には少し日の確度が変わるのか自分の目が慣れたのか驚きの鮮やかさは少し弱まったような・・
それでもびっくり景色。
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のそのそゆっくりしてたらみんな帰っちゃって、一番最後。
さあ帰ろうか。

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外へ出てみればこの景色。
この時期太陽の光と新緑と青空はすごすぎる。
どんなところでもみんな絶景に見える。
生きててよかったよね。

霧のレストランで

こんなこと言ったら怒られちゃうのかもしれないけれど、天気が悪いといつも霧がかかっていそうな山裾にできたニュータウンがあります。
峠を超えて家へ帰る途中、その入り口にレストランの看板が・・
あれこんなとこに?
何度も通っていたのにレストランがあったなんて気づいていなかった。
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早速いってみるとその日は絵に描いたように霧の中。
普通の民家の向こうにそのお店はあった。
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おしゃれ系古民家イタリアンみたいに変に気取っている感じではなくて・・
一歩間違うと家庭的定食屋に見えてしまうような景色が目に入りつつ、イタリアンレストランなんだよ感をなんとかキープして・・
まあいいかそんなの。
これくらいが落ちつけていいよ。
窓際の席に座ってはみたけれど窓の外は白い世界。
これはこれで・・

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入り口の向こうにも果てしない白い世界。

いくつかのセットメニューの中から
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クレソンのスープとポークカツレツのボローニャ風・・
ライスってのはなくてパン一択。
固めのフランスパンみたいなの。
おいしかったですよ。

最初は無音だったけど、知り合いらしい先客が帰るとBGMにショパンのワルツ集がかかり始めた。
誰の演奏かは知らないけれど結構好きな感じ。


https://www.youtube.com/watch?v=Dmzx7Psjm0M
作品64の3
すまして気取ってるだけなのかと思うと・・
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形式的一定のパターンを繰り返していく舞曲的な音楽ではなくてかなり長いスパンで何か一つのことを歌っていく無言歌みたいなワルツだ。中間部も形式的にまたく別な音楽が始まるのではなくて主部のソプラノが言い残した言葉を受け継いでおっさんが歌いだす。
なかなかなんだか語っているいい曲だと思いますよこれ。
ある有名サイトには目新しいもののない曲なんて書いてあった。
誰がどう思うかは人それぞれだもんね。


食後には飲み物も出てきていい気分。
よくある独立したシェフ一人と奥さんのご夫婦でやってるというやつでしょう。
厨房が見えてシェフがあれ?とか言いながら料理しているのが見える。
前にも別なお店でこんなことがあったんだけど、奥さんをしかりつけるような乱暴な言葉遣いも近いから全部丸聞こえなんだよね。
関係ない他人のそういうので自分がいたたまれない気持ちになってしまうことがある。
ああいうのって夫婦だから聞いて感じるより実際はずっとたいしたことないというか言われたほうもそんなにダメージくらってなかったりするんだよね。

他人が怒ったり悩んだりしているような話を聞き必要以上に肩入れしてしまい暴走して気が付くとお前一人でなにやってんの?みたいな状況がよくある。
場合によっては都合よく利用できる人間として利用されちゃって気が付けばあれ?
ようは馬鹿なんだろうけど。
ブログを読んで感じたことからコメントを書くはいいけれど、その後の展開を読んでると私か感じたような話じゃなかったりするんだよね。
安易にコメントなんかしないほうがいいのかなと最近は思ったり。
人が苦手。世間が苦手。世界が苦手。

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あ晴れてきた!
このあと日の光が差して気持ちのいい時間だった。
いいや、他人とうまくやれなくても
人生が無駄に終わっていくような気がしても、
今いい気分だったらそれでいいじゃない。
旨いものを食えばいい気分になれるし、いい曲を聴けば幸せになれる。

ゆっくりさせてもらいいい気持ちでお店を出る。
車で走り出しふり返ると、
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やっぱりあの一帯は霧に包まれたままだ・・・
あのお店の窓だけ霧のない晴れた世界につながっているのかもしれない。
実はすごいお店なのかもしれない。

あかり

ブログにyoutubeを貼っているわけですが、複数方から真っ暗で聴けないというお話をいただいていて・・
よくあるように私的には特に思い当たるところもなく、調べても同じ状況の人はいましたがこれという対策も見つからず・・
自宅や会社やその辺の電気屋さんのパソコンではみられた・・
なんで真っ暗なんだろう?

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意外にもかなり美しく輝く100円の明かり。
しばらく使っていると点灯時間も伸びてくるという情報もいただいているのですが、今の所1時間くらいで消えてしまいます。
でもいいやそれでも私が見た時に光っててくりゃそれでいいんだから。


※埋め込みyoutube が真っ黒だった方、これで再生されるようになりましたでしょうか?

ルービンシュタインの弾くショパンのノクターン集を買ってきて聴いたのももう30年くらい前か。
ルービンシュタインが聴きたかったわけじゃなくてたまたまテレビでその名を知っていたから選んでみたというだけだった。
なんとなくほこりをかぶって古臭いみたいなイメージだったような気も・・
ショパンのノクターンは夜想曲というより語って聞かせてくれる日記みたいな気がする。
玩具のキーボードで片手だけ弾いて見たりして。

私は歌の歌えない子供でした。
歌おうと思っても声が出ない。
授業中はずっと口パク。何故声が出ないのかわからない。
小学校に入ってすぐ、自己紹介を兼ねて何か一芸をやれみたいな場で自分ひとりでかい声で歌った記憶がある・・1人で歌いたかった・・なんであのままいけなかったんだろう?別にそこで笑われてトラウマになった記憶もないんだけれど。
あれが最後、それはそのままずっと続いていまだに歌も歌えない。
なんでこんなになっちゃってんのか。
いまはもう楽器をやっても音も出ない。
音楽は実は私からはものすごく遠いところにあると思っていたりする。
Youtubeなんかでも演奏者が写るものは直視できなかったりする。
また変な感じになってきた。

体が弱るとこんなことを考えだす。
でもまたうまいものを食いに行きたいと思うようになり、さっきから頭の中で蕎麦や刺身の映像が流れているので大丈夫でしょう。
・・・というのを朝書いたんですが、昼間車で森の中を走り、青い空と鮮やかな新緑を目にしてきた。
ヒノキを扱う製材所の横を通るとあの香りに包まれ・・肌にの光を肌に感じたり・・
800年くらい前に彫られた仏像を目の前にすればこんな私でも何か感じる・・
そうすると気持ちが上がるんですね。今ちょっとこの記事自分でも恥ずかしい。
でもこのままにしておきます。
夜になればまた下がってこのような内容の私に戻るんだから。

私は幼いころから体力と運動能力、そのほかの面で周囲に対して自分が著しくしく劣っている自覚がありました。視覚的に動作や状況を認知して処理、理解する能力が欠落していると思う。
普通の人が見様見真似ですぐできるようになるしぐさというものが何日たっても理解できない。
紐を結ぶとか道具を持つといったことができない。
自分を非常にみっともなく恥ずかしいと考えて隠そうとした。
・・・それは、実は今も同じ。
自覚はなかったけれどちょっと今でいうアスペルガー的なところもあったかもしれない。
周りの大人が首をかしげるのを見て自分は悪い意味でおかしいんだと自覚していた。
その視線を浴びるのが嫌なので人がいれば逃げていた。。
発達障害という言葉を聞いて自分もそれに該当するのではないかと思い調べたけれど違うと思う。
私が何であるかは問題じゃないのだけれど、まともではないのだという意識が常に抜けない。
それを克服するのではなくてかくして生きる方法を追求してきた結果、今の自分は何もしないし何もできない人間なのではないかと思っている。


音楽を聴くというのは自分で何か動いたりすることは一切必要ない訳で、
何かしているとは言えないかもしれません。
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それでも私の真っ暗闇を照らしてくれる、こんな小さな明かりだと思う。

記念日

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いつの間にか見かけなくなってしまった外観から店内から昔風の喫茶店。
メニューの冒頭には料理も店内も芸術品なんですみたいなことが書いてある。
ここは嫁さんと初めて会い話をしたお店。
とっておきの店だった。
私は忘れちゃうんだけど嫁さんは日付を覚えていて、記念日というやつだ。

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テーブルの配置変わったよな・・
あの辺りに座ったような。
飲み物結構残してるのをみてあれ口に合わなかったのかな?なんて思ったりして・・
後で聞けばその後のトイレを考慮してただけらしい。
あれから16年だっていうから驚いちゃた。
さあ飯でも食おうか・・

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チキンステーキ。
うめぼし?
いいね喫茶店のデミグラスソース。
ほんとは量的に足りないんだけど・・

ショパンのこのワルツ、

いつも変ニ長調は天国の調だとか言っていますけど、この曲は地上にある気がしますね。
それも家でお茶でもしてるような・・

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聴いてるといつも二つの声部が歌っていて二人でしゃべって歌っているみたいですね。


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結局ケーキセット頼んじゃって・・
いいよね記念日ですもん。
チーズケーキ。
ちょっと小さいけどこれくらいでちょうどいいんだよね最近は。
ここはカフェじゃなくて喫茶店。最近よく見る泡で絵が描いてあってみたいなのはない。
こちらもそんなの欲してないからいいの。

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中間部はデュエット。
フラット6つの変ト長調には甘いクッキーを甘いチョコレートでベターっとコーティングみたいなイメージがあります。
でもここはそんなにくどくないね。

ほんとは別な曲について書いてたんですが、言いたいことがエスカレートして騒がしい感じになっちゃったんでやり直し。
記念日な話なんだから。

お店の人が驚異的なぶっきらぼうだったりするけれどもうそれ自体ネタみたいでいやな気もしない。
以前来たときは別な席のお客さんとは楽しく話してるのを見聞きして落ち込んだりしたけれどこちらも歳くってそんなもんどうでもよくなった。
こういう喫茶店もなくなってきましたよね。
しかし一見おしゃれだけど冷たいというか何だか居心地の悪いカフェも多い。
出来れば長くやってもらいたいなぁ。

子供のころから一人でいることが当たり前だったけれど思春期に恋愛感情というか恋愛欲求みたいなものに目覚めたりもした。
腐る前にあれがあって本当に良かった。
人が嫌いとか言っている私に嫁さんがいるのはほとんど奇跡であると思う。
ずっと1人でいいなんて思っていたら今頃さみしかったろうなぁ。
またここにこれた。

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外に出れば大きな木。
実だか何だかわからないけど雨みたいにバラバラ振ってた。
あの時もそこから見下ろしてたのかな。
この先、また何年かたってもそこから見ててくれるかな?

闇に塗りつぶされないように

犬と夕方の散歩
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名前もわからないけれど花の咲いた樹に夕日が当たって・・
いい夕方だねえ・・・
こういう光って本当にあっという間に終わっちゃうんだよね。
見れたら幸せ。
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日が沈み切ると富士山が桃色に・・
綺麗だねぇ・・・寒いけど。
またあした・・

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あぁ
私の住む世界はいいところですよ。

この記事何度も書き直しました。
今もまだ迷ってる。
思いきって書くと私の身内に精神に異常をもった人がいます。
鬱病とかではない、壁から首が生えてるとか裁判所の命令で病院に毒を注射されたと言い出す類の。

私の人生で最初の記憶は障子やカーテンを閉め切った部屋に閉じ込められ、なぜ出してもらえないのかわからないというところから始まります。近所のお兄ちゃんが外で呼んでる声が聞こえる。
最近だと仕事中に携帯が鳴り、出てみればとある役所。
大変な事になっているからすぐ来いと呼び出される。
私の予定や都合がそこで考慮されることはない。

こういう人へ「よく考えてみて、そんなわけないでしょう」という否定形の言葉を返すと激昂し事態を悪化させるだけなので絶対にやってはいけない。とにかくいういったん受け入れたふりをする。
痴呆症とは違い常軌を逸した話も非常に細かく論理構成されて記憶されているので対応はかなり難しい。
例えば裁判所の命令で調査員が家の中に入ってくると訴えだしたときには「弁護士に依頼して命令の撤回を要請した」と答えてその場を収める。
すると数日後に経過報告や費用支払いの書類があるはずだから見せてほしいと始まる。
安易に拒否すればまたどこへ行きなにをするかわからないため次の対応を続ける・・
親戚からかかってくる様子見のような電話はこちらへ迷惑が及ばないようにしろという意味だ。
普段は一見正常な人でいる。
そこが救いであると同時に問題で本人に病識がないため医者へ連れていくことが難しく、多分医者の前では常人のふりをするため診断書ももらえないだろう。
かつて親戚が強制的に受診させた際にはもらった薬を自分でみな捨ててしまった。
それはそうだろう本人は自分が正常だと信じ切っているのだから。
地域包括支援センターが専門家を呼んで時間を割いてくれた・・が医師の診断がない以上なにもできない。あなたにがんばってもらうしかないですねという結論で終わる。予想どおりではあるけれど絶望的な疎外感を感じたりもした。
幸い最近は落ち着いていてくれているけれど、常に再発の恐怖に縛られている。
少しでも不安を感じるとスイッチが入るため何か言ってくればすぐ対応する。
すぐ対応できるように遠出はできない。。
今も私は電話の着信音が恐い。


幼いころから野球もしないマンガも読まないファミコンもしない・・何もわからないし知らないまま思春期に入り・・高校時代の記憶が人に説明できないような内容なのは自分も同じような異常に陥っていたからなのかもしれない。
自分では病気などではなく見たもの聞いたものはすべて真実だと信じてきた。しかしそれも全く同じ症状だと最近気づいた。。
その後下戸であることを知り、何もわからないこととそのほかのコンプレックスを重ねて人のいる場へ出ず、いつも一人でいた。
ツイッター始めようと思ってもまず私にはリアル友人知人が一人もいないので何も始まらない。
そこで興味のあることで何か検索してみる。
出てきた生き生きと楽しい人たちを見ると反射的に拒否反応が出て画面を閉じてしまう・・
そんなことやってるからいつまでも何も進まない。

でも、嫁さんと知り合えたことや、これでダメならもう手がないという場で狂人がすっと引いた時の事も忘れられない。
私は闇に捨てられたわけではないのだと思っている。
見守られていて、生きていいから生きているんだと思っている。
私は、自分は何もできないし何もしてはいけないのだと思い込んでいるところがある。
この内容もブログに書いてはいけないと思い込んでいるのだけれど、家から出てはいけないという言いつけをいまだに守ろうとしているという事なのかもしれない。
これで何かが解決するわけもないけれど、これを公開できないようでは何も進めない気もする。

今、何だかわからない希望が少しあります。
明るい光を遠くに見る気はしている。
ここからスタートしますから。

読んでくれる皆様、本当にありがとうございます。



ショパンの嬰ハ短調のノクターン。
あの美しい変ニ長調のとペアなんですね。
一見、嬰ハ短調の暗闇を進む辛い状況のようで実は違うと思う。
進んでいくのは悲しみを携えたものではない。
実は明るく強い意志を持ち、まえへ進もうとしている。
暗く見えるのは厳しさを緩めないからだ。
最後に救いが見えてくる。

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別な日。
犬と楽しく散歩してきれいな光を見て・・・
私は実際幸せですよ。
周りの電球みたいに光ってるのに合わせなくてもいいはず。

国境

散歩の途中で見るこの川は昔の国境。
今でも境川という名前で呼ばれています。
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でもこの広い川は暴れ川を直線化し固定するために作られた人口の水路みたいなんですね。
昭和21年の航空写真ではすでに直線化が行われているので昭和の初期位に作ったんだろうか?

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元々あった川は多分こちら・・・
今でも地図上の市界線がこの小さな川の上に置かれているのでそれとわかります。

昔はもっとだらっと広がった川と両側に沼地のような田んぼという景色だったんじゃないかな。
国境を挟んでそれぞれ農民か何かが顔を合わせることもあったと思うけれど、
やっぱり口聞いちゃいけないとかあったのかな?
別なところでは同じ川沿いの村同士で水争いというのはしょっちゅうあったような話を昔読んだ。
取れなければ村ごと飢え死にだもん、命がけというか実際死者が出るような喧嘩だったと思う。



ショパンの前奏曲ニ短調は祖国ポーランドがロシアの支配に対して反乱を起こしたがワルシャワ陥落だっけ。なんかそんな知らせを聞き怒りの中で作曲されたんだったと思う。
初めて聴いたのはほんとに何にもわかんない中学生の頃でした。
チープなラジカセで聴いたからかもしれないけど左手はもっと混とんとしながら激しく打ち付けるのを感じ、訳が分からないなりに押さえきれない強い感情のようなものを感じました。
今となってはあれが誰の演奏だったのかもわからない。
若いというか子供だもん、

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単純にこういうのにしびれました。
ここはやりきれない怒りがさく裂して・・みたいなものを感じましたよあの頃にも。
おっさんになるとちょっと引いた感じで聴くようにはなったかなぁ・・


一見平和にみえる世の中でも人が人をというのはあると思う。
直接的な殺人とかそういうことじゃなくて。

昔読んだこの地域に伝わる昔話みたいなものにこんなのがありました。
不思議な力を持つ若者がいてみんなで慕っていた。
あるとき若者に対し批判的な声が上がると
村中の人間が若者を穴に落として囲い、石を投げ入れ殺してしまった。

最近、世の中解りやすい標的を見つけると寄ってたかって石を投げ入れてるような・・誰もそんなつもりないんだろうけど。
批判は当然必要だと思いますが、それとは違うものを感じるような。
さらにそれは周囲の動向や雰囲気に流されるような特性があり、悪意のある第三者によって簡単にコントロールできてしまいそうな気もするんです。
結構怖いことだと思う。


ショパンというと少女漫画みたいなバラの花で埋め尽くされてるようなイメージもあって
私なんかそういうの最も遠いしとても苦手なはず・・
なのになぜかショパンの音楽は結構好きですよ。
ショパンはおっさんだと思う。

光を見た

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この景色、ある種の人間にはたまらないと思うんですけどね。近くのローカル私鉄駅。
工場からの貨物輸送で成り立っていた私鉄ですが貨物の取り扱い廃止になってしまいました。
よく知らないけれど経営的にはかなり厳しい状況にあると思う。
思うじゃなくて周辺自治体の支援で成り立ってる状況じゃなかったかな。
バスでもさばけるお客さんを乗せるためにこれだけの設備を維持するというのはどう考えても非現実的だと思う。
私はこういうの好きだから何とか生きてなんて思うけれど、客観的にはそうはいかないというところでしょうね。
駅舎からホームまでの踏切がありますが・・・何気なく見てたら

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これ発見したんですよ。
ホームセンターで売ってるソーラーライトみたいなの。

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踏切の四方にたっている。
これ、鉄道会社の人がさしたのかなぁ・・
厳しいながらに暗いところお客さんの足元を案内しようという
その気持ちに打たれた。
このちいさな光は尊い光だ。
これ見たらうれしくなっちゃって。


ショパンのスケルツォ第3番でも・・
厳しい曲ですけどね・・・
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3/4拍子を宣言したそばから音符を4つ置いちゃうから・・・
弾く人はちゃんと論理的にここでも三拍子を感じてるもんなんですか?
私は変拍子というか拍子なんかないみたいに感じてしまいそのまま。
弾くわけじゃないし先生や先輩に怒られるわけでもないからどうでもいいんですけどね。
その後の主題は厳しさを絵にかいたような音楽ですね。

でもそれが一段落すると
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優しく温かいコラールとそれを照らすこの
キラキラキラ~
なんだこれなんか光ってるでしょう。
誰が置いたかわかんないあのライトから出てるのはこんな光でしょうね。


ショパンは日本で言うと文化7年に生まれて嘉永2年に亡くなった人ですが
列車で旅をしたことがあります。
鉄道自体にはまったく興味を示さなかったみたい・・・
彼の音楽を聴いてるとそうだろうなという気もしますね。
日本はまだ江戸時代だ。
乗り物と言えば籠でござるみたいな頃でしょう。
ものすごい格差感だけど、これじゃまずいと気づいてそこからこの国を短期間で近代国家に押し上げようとした人たちはやっぱりすごいよね。


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構内には仕事を失った機関車たちが疎開しています。
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この501と書いてある機関車は1928年製
ナンバーが名鉄のフォントなところから一時名鉄にいた事がわかります。
数年前見に行ったときは貨車の入れ替えで元気に走り回っていました。
これはここで朽ちさせちゃいけないと思うんだけどなぁ・・
塗装が浮いてだいぶ傷んでた。
彼らにも光を当ててあげてほしいなぁ。
ぶっちゃけお金だからね。厳しいんだろうなぁ。

日曜日にこれらが2両程度の客車を引いたらお客さん来るかな?
みんな乗んないで外から写真撮っちゃうもんね。
厳しいかなぁ・・・
寂しいけどなぁ。

別れない曲

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日の出のころが一番気温が下がるから・・
夕日だと思うと物悲しい気分になるけれど、朝日だと思えば希望が湧いてきたり・・・
よし頑張ろう。

と書くとこれ朝日みたい?でも夕日かもしれませんよね。
予備知識入ると引っ張られてそれが正しいと思っちゃいますよね的なことが言いたい。
音楽もそう、ちらついている話に引っ張られすぎるのはどうかと思うことがあります。
みんながみんなコピーみたいに同じような感想や考えを並べている曲がある。
模範解答があって、それをなぞらなきゃいけないことになってる。

それとはまた別な曲ですが、ショパンの「別れの曲」というのが超絶有名ですよね。
中学生のころにやたらに聴きました。
本当になん十年かぶりにふと聴きたくなりました。
実際には曲集聴いてると出てくるので聴いてはいたんだろうけどまあいいじゃん。



有名な話ですが「別れの曲」という愛称はずっと後の人が映画と合わせて流したとか何とかでショパンがつけたものではありません。聴けば確かにそんなイメージもあるので特に文句もありませんけどね。
でも作者自体は特に標題的なことは言ってなくて練習曲作品10の3でしかない。
この曲はテクニック的な練習曲でもあるんだろうけど、楽譜からどんなものを読み取って解釈し表現するかみたいな事の練習曲でもあるんでしょう。
ショパンが弟子にこの曲を教えているとき「わが祖国よ!」と叫んだというエピソードが有名です。
あの人ポーランドを離れて帰らなかったから・・でもそれはその時ショパンの中でそういう気持ちが爆発したというだけで、この曲を説明するすべてでは決してないと思う。
もし、君はどう考えるのか?と聞かれた弟子が「祖国を思い・・」なんていったらショパンはすごく怒るんじゃないかと思う。
それは私が言ったことで君の考えではない!
実際どうだったかは知らないし、そんな程度の人は弟子になんかなんないのかもね。

今世の中全般的になにか感じる内容まで模範解答があって外れると不合格みたいに思ってるとこがないでしょうか。
私はひねくれすぎてそう見ちゃうのかもしれないですけどね。
また模範解答通りに感じられる私はすごいし正しい!みたいなのが叫んで回ってたりとかするわけだ。HMVのレビューとか・・


名前からどうしても別れの曲だと思って聴いてしまうけれど、
この曲は別に「別れの曲」なんかじゃないので聴いた人が勝手に感じればいいと思う。
崩れ落ち荒れ狂う中間部を含めて・・確かにどう考えても順風満帆おめでたい!みたいな世界じゃないわけですが、
わかれた恋人を思ってみたいなのは今感じられない。
この微笑みつつ思い出す物悲しいものはなんだろう・・
今の私には、
ちょうどこれを聴きまくっていた13歳くらいの私、あの日から今日までの失われて二度と戻らない日々だなぁ・・
誰でもそうらしいですけど、この人生うまくいったとは少しも思えない。
考えたって仕方ないんだけどもう少しやれたんじゃないかと思ってみたり・・
実は奇跡が起こってやりなおすチャンスを得ました・・けど同じ事なぞっちゃってんのね。
神様も苦笑。
あなんだこれ、まぁいいじゃないそういうの音楽に託したって・・
楽しい思い出が全くないわけじゃないけどそれを思い出しても同じような楽しい気持ちにはもうなれないなぁ。

手持ちの音源の中にこの曲は結構いろいろあって、どのピアニストもこの曲に対しての考えを持っていてそれぞれ全然違う歌を聴かせてくれた。
歌いこむはいいけどいちいち旋律が止まって進まないようなのはあんまり好みじゃない。
別れじゃなくて、飲んでかっこつけてる感じの演奏もあった。
それはそれでへーと思う。今日は乗らないけどこれがしみる日もあるだろう。
普通は荒れ狂う中間部もあれないでそのまま沈んで行っちゃうようなちょっと怖い演奏もあった。
いろいろ面白い。今の私にしっくりくるのはどれかというのはあるけれど、どれが正解なんて言わなくていいんでしょう。
音楽、芸術はそれ単体に意味や価値があるのではなくて、それを見たり聴いたりした人間の頭の中にくる反応というか出来上がる世界みたいなものに価値があると思う。
その反応は人それぞれだし、好みもそれぞれ。
模範回答なんか気にしなくていいから自分の中に自分の世界を喜んでればいいんでしょう?

ピアノなんか弾けない私の頭の中にもこの曲こうなってほしいという私演奏が存在します。
ピアノが弾けないことが悲しいのはこういう時だ・・一生聴けないんだからそれは。

で写真はサロマ湖に沈む夕日です。
誰一人いなくて、凍った湖の上に立ちながら・・
落ちたら死ぬな。春まで見つからないんだろうなと思ってた。
死にたくないと思った。
楽器もできないし、出会ったそばから別れの曲みたいな人生だけど全然死にたくない。





ある猫の思い出

祖母の家はそう簡単にいくことのできない様な遠隔地にありました。
祖母が亡くなってだいぶたつ。
最後に行ったのはいつだったか・・だいぶ前だし、もう行くこともないだでしょう。
そんな物理的にも心理的にも超絶遠くな場所なのにストリートビューで普通に見えてしまうという・・
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もう本当にかなり前のこと、この家に寝泊まりしたことがありました。
2か月くらい。
このうちにはお婆さん猫が住んでいた・・でも今日はその猫じゃなくて、
飼い猫ではないけれど小さな猫が2匹、餌をもらえるからかこの家にまとわりついていました。
白いちっちゃいのともう少し大きいシャムネコ。名前もなかった。
人になれていなくて誰にもなついていなかった。
それでも毎日顔を合わせているうちにシャムネコの方から心を開いてくれた。
誰かに甘えてみたかったんだろう、堰を切ったように甘えてくれて・・嬉しかった。
毎日ニャーニャー言いながらやってきてしばらく遊んでまたどこかへ行く・・・

ある日いつものように遊んでいるとハエが私にたかってきた。
田舎で近くに牛舎があるためハエだらけだった。
うわっという嫌な気持ちでハエをよけた瞬間、べったりくっついていたシャムネコがすっと私から離れた。
え?お前じゃないよ。おいで・・
来ない。
どうしたの?と頭をなでようとするとスッとよけて目をそらす・・
あっ・・違うよ誤解だよ。
嫌だったのはハエだってば・・
あれっ・・なんで逃げるの・・
その日、その猫は私に心を許さなかった。
次の日、猫は姿を現さなかった。毎日来ていたのに。
次の日も・・・
それっきり、あのシャムネコには会えなかった。
あの後どうしたんだろう?
俺のことなんかわすれちゃったかなぁ?
いまはもう星になっているんだろう。
急にそのことを思い出したのは何か教えてくれようとしたんじゃないかと考えてみたりして・・


ショパンの子犬のワルツというのが有名ですが、

猫のワルツと呼ばれている曲もあります。
なんか元気いいでしょう。
後半、急ブレーキをかけてるようなところがあって面白い。
私にとっての猫のイメージはこれじゃないけどね。

別れのワルツ

30年くらい前には、通り沿いにそこそこの駐車場を持ち家族が何組も入れるような和風レストランみたいなものが何軒もあった。
刺身、天ぷら、とんかつ、ハンバーグ・・・何とか御前・・みたいなの。
定食屋よりは大きくちょっと小さな子供連れの家族でも行けるし法事の後にもよれるみたいな。
すかいらーくが一軒あった気はするけどファミレス的なものはほとんどなかった。
90年代くらいからか大規模チェーン店が進出し、若い家族の好みの変化かデフレのせいか何か知らないけれどこのあたりではもう和風レストランは風前の灯火。

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近所にその最後の生き残りみたいなお店が1件あって、向かいにチェーン店が建っても踏ん張って頑張っていた。
夜は高いが昼間ランチと称して捨て身の勝負をかけて。
味も量も素晴らしく嫁さんとよく通い、先日もそこへ行こうと・・・
・・・・・あれ?・・・・あれ??・・・なんだこれ?
おい!なんだよこれ!
それはやってないとか閉店とかいうレベルじゃなく、
宴会場も店本体も看板も植木も駐車場のアスファルトも何もかも根こそぎはがされて土だけが平らになった更地だった。
え?先週この道は走ったけど気が付かなかったよ!?
先月食いに行ったばっかりじゃん。
閉店の案内なんか何もなかったよな?
いきなり現れた予想外な展開に混乱する。
建物立て直して出直すのかな?
・・・いや、あの更地感は土地を第三者に明け渡すようにしか見えないよ。
お客結構入ってたのに、なんで・・・・
・・・・・あっ
そういえば先月行ったとき、昔からアロワナが何匹も泳いでいたでっかい水槽が空になってたんだった。とても大事にしてそうだったのに・・
あれ?っと思ったけど・・
やっぱりたたむつもりだったのかな?
もうあの蜆の味噌汁食えないのかなぁ?
チェーン店のおいしいとは違うおいしいがあったのに。
また、寂しくなってきた。

すぐ近くにも同種のお店があってとてもよかったしお客も入っていたんだけど突然消えた。
ほんとか知らないけれど地上げにあったとか・・
2軒あったものが1軒になってしまうのと、1軒しかなかったものが0になってしまうのは感じるものが全然違う。
寂しいけれど仕方がない。
あるわけないと思っていたところにも別れは平気で訪れる。


ショパンのワルツ第9番Op. 69 No. 1。
別れのワルツと呼ばれているんでしょう?
実際作曲されたのは別れの場面じゃなく恋のさなかだったようだ。
だから別れのワルツという名前はおかしいだろという人もいるんだそうです。
求婚して相手もいったん受け入れた・・のに色々あって結ばれなかった。
身分とか結核とかドラマみたいだな。
ラブレターみたいなこの曲は封印され出版も公の場で演奏することもなかったという。
きっと一生忘れられず、いつも頭のどこかにあったと思う。
別れのワルツだよなぁこれは・・・
今まで解説も読み飛ばして適当にいい曲だななんて思っていたけど・・それでいいんだろうけど
いらんことを知ったらなんだか泣けてきた。

ショパンはおっさんだ。少女漫画みたいに捉えるのはおかしいだろ・・なんて思っていたけど、やっぱりこの人おっさんじゃないのか・・
いや、おっさんにだって色々あると思うよ。