別れない曲

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日の出のころが一番気温が下がるから・・
夕日だと思うと物悲しい気分になるけれど、朝日だと思えば希望が湧いてきたり・・・
よし頑張ろう。

と書くとこれ朝日みたい?でも夕日かもしれませんよね。
予備知識入ると引っ張られてそれが正しいと思っちゃいますよね的なことが言いたい。
音楽もそう、ちらついている話に引っ張られすぎるのはどうかと思うことがあります。
みんながみんなコピーみたいに同じような感想や考えを並べている曲がある。
模範解答があって、それをなぞらなきゃいけないことになってる。

それとはまた別な曲ですが、ショパンの「別れの曲」というのが超絶有名ですよね。
中学生のころにやたらに聴きました。
本当になん十年かぶりにふと聴きたくなりました。
実際には曲集聴いてると出てくるので聴いてはいたんだろうけどまあいいじゃん。



有名な話ですが「別れの曲」という愛称はずっと後の人が映画と合わせて流したとか何とかでショパンがつけたものではありません。聴けば確かにそんなイメージもあるので特に文句もありませんけどね。
でも作者自体は特に標題的なことは言ってなくて練習曲作品10の3でしかない。
この曲はテクニック的な練習曲でもあるんだろうけど、楽譜からどんなものを読み取って解釈し表現するかみたいな事の練習曲でもあるんでしょう。
ショパンが弟子にこの曲を教えているとき「わが祖国よ!」と叫んだというエピソードが有名です。
あの人ポーランドを離れて帰らなかったから・・でもそれはその時ショパンの中でそういう気持ちが爆発したというだけで、この曲を説明するすべてでは決してないと思う。
もし、君はどう考えるのか?と聞かれた弟子が「祖国を思い・・」なんていったらショパンはすごく怒るんじゃないかと思う。
それは私が言ったことで君の考えではない!
実際どうだったかは知らないし、そんな程度の人は弟子になんかなんないのかもね。

今世の中全般的になにか感じる内容まで模範解答があって外れると不合格みたいに思ってるとこがないでしょうか。
私はひねくれすぎてそう見ちゃうのかもしれないですけどね。
また模範解答通りに感じられる私はすごいし正しい!みたいなのが叫んで回ってたりとかするわけだ。HMVのレビューとか・・


名前からどうしても別れの曲だと思って聴いてしまうけれど、
この曲は別に「別れの曲」なんかじゃないので聴いた人が勝手に感じればいいと思う。
崩れ落ち荒れ狂う中間部を含めて・・確かにどう考えても順風満帆おめでたい!みたいな世界じゃないわけですが、
わかれた恋人を思ってみたいなのは今感じられない。
この微笑みつつ思い出す物悲しいものはなんだろう・・
今の私には、
ちょうどこれを聴きまくっていた13歳くらいの私、あの日から今日までの失われて二度と戻らない日々だなぁ・・
誰でもそうらしいですけど、この人生うまくいったとは少しも思えない。
考えたって仕方ないんだけどもう少しやれたんじゃないかと思ってみたり・・
実は奇跡が起こってやりなおすチャンスを得ました・・けど同じ事なぞっちゃってんのね。
神様も苦笑。
あなんだこれ、まぁいいじゃないそういうの音楽に託したって・・
楽しい思い出が全くないわけじゃないけどそれを思い出しても同じような楽しい気持ちにはもうなれないなぁ。

手持ちの音源の中にこの曲は結構いろいろあって、どのピアニストもこの曲に対しての考えを持っていてそれぞれ全然違う歌を聴かせてくれた。
歌いこむはいいけどいちいち旋律が止まって進まないようなのはあんまり好みじゃない。
別れじゃなくて、飲んでかっこつけてる感じの演奏もあった。
それはそれでへーと思う。今日は乗らないけどこれがしみる日もあるだろう。
普通は荒れ狂う中間部もあれないでそのまま沈んで行っちゃうようなちょっと怖い演奏もあった。
いろいろ面白い。今の私にしっくりくるのはどれかというのはあるけれど、どれが正解なんて言わなくていいんでしょう。
音楽、芸術はそれ単体に意味や価値があるのではなくて、それを見たり聴いたりした人間の頭の中にくる反応というか出来上がる世界みたいなものに価値があると思う。
その反応は人それぞれだし、好みもそれぞれ。
模範回答なんか気にしなくていいから自分の中に自分の世界を喜んでればいいんでしょう?

ピアノなんか弾けない私の頭の中にもこの曲こうなってほしいという私演奏が存在します。
ピアノが弾けないことが悲しいのはこういう時だ・・一生聴けないんだからそれは。

で写真はサロマ湖に沈む夕日です。
誰一人いなくて、凍った湖の上に立ちながら・・
落ちたら死ぬな。春まで見つからないんだろうなと思ってた。
死にたくないと思った。
楽器もできないし、出会ったそばから別れの曲みたいな人生だけど全然死にたくない。





ある猫の思い出

祖母の家はそう簡単にいくことのできない様な遠隔地にありました。
祖母が亡くなってだいぶたつ。
最後に行ったのはいつだったか・・だいぶ前だし、もう行くこともないだでしょう。
そんな物理的にも心理的にも超絶遠くな場所なのにストリートビューで普通に見えてしまうという・・
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もう本当にかなり前のこと、この家に寝泊まりしたことがありました。
2か月くらい。
このうちにはお婆さん猫が住んでいた・・でも今日はその猫じゃなくて、
飼い猫ではないけれど小さな猫が2匹、餌をもらえるからかこの家にまとわりついていました。
白いちっちゃいのともう少し大きいシャムネコ。名前もなかった。
人になれていなくて誰にもなついていなかった。
それでも毎日顔を合わせているうちにシャムネコの方から心を開いてくれた。
誰かに甘えてみたかったんだろう、堰を切ったように甘えてくれて・・嬉しかった。
毎日ニャーニャー言いながらやってきてしばらく遊んでまたどこかへ行く・・・

ある日いつものように遊んでいるとハエが私にたかってきた。
田舎で近くに牛舎があるためハエだらけだった。
うわっという嫌な気持ちでハエをよけた瞬間、べったりくっついていたシャムネコがすっと私から離れた。
え?お前じゃないよ。おいで・・
来ない。
どうしたの?と頭をなでようとするとスッとよけて目をそらす・・
あっ・・違うよ誤解だよ。
嫌だったのはハエだってば・・
あれっ・・なんで逃げるの・・
その日、その猫は私に心を許さなかった。
次の日、猫は姿を現さなかった。毎日来ていたのに。
次の日も・・・
それっきり、あのシャムネコには会えなかった。
あの後どうしたんだろう?
俺のことなんかわすれちゃったかなぁ?
いまはもう星になっているんだろう。
急にそのことを思い出したのは何か教えてくれようとしたんじゃないかと考えてみたりして・・


ショパンの子犬のワルツというのが有名ですが、

猫のワルツと呼ばれている曲もあります。
なんか元気いいでしょう。
後半、急ブレーキをかけてるようなところがあって面白い。
私にとっての猫のイメージはこれじゃないけどね。

別れのワルツ

30年くらい前には、通り沿いにそこそこの駐車場を持ち家族が何組も入れるような和風レストランみたいなものが何軒もあった。
刺身、天ぷら、とんかつ、ハンバーグ・・・何とか御前・・みたいなの。
定食屋よりは大きくちょっと小さな子供連れの家族でも行けるし法事の後にもよれるみたいな。
すかいらーくが一軒あった気はするけどファミレス的なものはほとんどなかった。
90年代くらいからか大規模チェーン店が進出し、若い家族の好みの変化かデフレのせいか何か知らないけれどこのあたりではもう和風レストランは風前の灯火。

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近所にその最後の生き残りみたいなお店が1件あって、向かいにチェーン店が建っても踏ん張って頑張っていた。
夜は高いが昼間ランチと称して捨て身の勝負をかけて。
味も量も素晴らしく嫁さんとよく通い、先日もそこへ行こうと・・・
・・・・・あれ?・・・・あれ??・・・なんだこれ?
おい!なんだよこれ!
それはやってないとか閉店とかいうレベルじゃなく、
宴会場も店本体も看板も植木も駐車場のアスファルトも何もかも根こそぎはがされて土だけが平らになった更地だった。
え?先週この道は走ったけど気が付かなかったよ!?
先月食いに行ったばっかりじゃん。
閉店の案内なんか何もなかったよな?
いきなり現れた予想外な展開に混乱する。
建物立て直して出直すのかな?
・・・いや、あの更地感は土地を第三者に明け渡すようにしか見えないよ。
お客結構入ってたのに、なんで・・・・
・・・・・あっ
そういえば先月行ったとき、昔からアロワナが何匹も泳いでいたでっかい水槽が空になってたんだった。とても大事にしてそうだったのに・・
あれ?っと思ったけど・・
やっぱりたたむつもりだったのかな?
もうあの蜆の味噌汁食えないのかなぁ?
チェーン店のおいしいとは違うおいしいがあったのに。
また、寂しくなってきた。

すぐ近くにも同種のお店があってとてもよかったしお客も入っていたんだけど突然消えた。
ほんとか知らないけれど地上げにあったとか・・
2軒あったものが1軒になってしまうのと、1軒しかなかったものが0になってしまうのは感じるものが全然違う。
寂しいけれど仕方がない。
あるわけないと思っていたところにも別れは平気で訪れる。


ショパンのワルツ第9番Op. 69 No. 1。
別れのワルツと呼ばれているんでしょう?
実際作曲されたのは別れの場面じゃなく恋のさなかだったようだ。
だから別れのワルツという名前はおかしいだろという人もいるんだそうです。
求婚して相手もいったん受け入れた・・のに色々あって結ばれなかった。
身分とか結核とかドラマみたいだな。
ラブレターみたいなこの曲は封印され出版も公の場で演奏することもなかったという。
きっと一生忘れられず、いつも頭のどこかにあったと思う。
別れのワルツだよなぁこれは・・・
今まで解説も読み飛ばして適当にいい曲だななんて思っていたけど・・それでいいんだろうけど
いらんことを知ったらなんだか泣けてきた。

ショパンはおっさんだ。少女漫画みたいに捉えるのはおかしいだろ・・なんて思っていたけど、やっぱりこの人おっさんじゃないのか・・
いや、おっさんにだって色々あると思うよ。

こたつ

うちの中が外より寒い。
凍えてきたので炬燵を出しました。
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えー?

いいよ。あったかいね。
赤いひもが壁に刺さって、カチッって音がするまでは入っても冷たいことを知ってる。
ちょっと、まだカチッっていってないよー!
カチはこちらですよー!
ねーねー
カチしてないよー



ショパンのこのノクターン。ト短調の主部は一人で飲んでます・・みたいな音楽ですが、

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中間のコラールはとても暖かい。
暖炉の火、誰かの存在感・・あった高くて安心感に包まれた安定の音楽・・こたつじゃないけど。

昔この曲弾けないながらに弾いてみました。
他人から見れば弾けたうちに入らないし音楽やってる人は嫌な顔するかもしれないけどいいの。
なんでもいいけどこの自筆譜、中間部が中断して主部に帰った最初の小節が2度書いてあって後半が消してある。
左手がオクターブになってるほうが生きてるけど・・何これ何でこうなってるんだろ?
ト短調に転調してからも調号はそのまま・・

こんなこと他人様に言う話じゃないのかもしれませんが私、音名に色のイメージがつくことがあります。でも絶対音感はないのでインチキだ。
楽譜を見たり自分で鍵盤の上で弾いてみたりして何の音か知っているものだけ音楽に色のイメージがつく。
E♭の音にはオレンジの、A♭の音には朱色のイメージがあります。
Gは緑、Dには青
だからショパンのこのト短調のノクターン、主部はかなり冷たいメージがあるのですが、コラールみたいな中間部に入ると暖炉のような暖かい色が目に浮かびます。

ついでに言うとFが焦げ茶色、Cは白、B♭は金色。
Aは真っ赤でH(B♮)はクリーム色、Eは黄色
Dは短長だと深い青だけど長調なら明るく水色に近くなる。
Cは白鍵、B♭はブラスから来ていると思われまたちょっとインチキ臭い。

和音にすると
調  混ざってこう見えることも
調 まざって
変ホ調
変イ調なんだこれ・・頭の中じゃもうちょっといい感じになってるんだけど・・
絶対音感はないので、音だけ聞いて何色ですか?なんて言われても答えられない。
その点でもうインチキである。
こんなの何の役にも立たない。
こんな話を人前ですると、はぁ?みたいな反応が来ると思う。
馬鹿じゃね見たいな。
でもいいじゃない。誰かに合わせるために物を感じるわけじゃない。
子供の頃はこんな訳の分かんないイメージで頭の中がいっぱいだった。



酒飲んでカッコつけてるみたいな音楽は私から遠いような気がちょっとするけれど、
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空へ上がって星になりそうな最後も好き。

どうでもいいけど最後まで調号が変ホ長調の時のまま。
これを書くとき、誰がいて何を考えていてどんな風に進めたんだろう?
色々と想像してると楽しい。

ショパンの曲はみんなそうなのかもしれないけれど、出版譜に内容の異なる版があることに気付いた。
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こちらは自筆譜に近いと思う。

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こちらはより濃厚な表現がつけられている。

すごく単純に考えるとオリジナルに近いほうが正しいように思えるけど、そんな単純な話じゃないんだろう。
後者は本人による加筆なのかな?第三者の解釈が入っているのかな?

こたつに入ると出られない問題が発生した。
犬も出てこない。
散歩ですよ。

自転車と思い出とショパン

自転車でへらへら出かけると気持ちがいいです。
また行ってきた。
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こんな畦道をいく・・・
こういうの子供のころたくさんあったんだよなぁ・・
みんな区画整理に飲み込まれてなくなってしまった。

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ここ、40年前はこんな擁壁がなくて白い花の咲いてるようなのどかな河原だった気が・・
幼稚園には2年しか行きませんでした。理由は知らない。
それでね、女の子と二人きりで幼稚園を抜け出してここへきて喋ってた記憶があるんですよ・・
当たり前だけど戻ってから怒られた。
その子の顔も名前も何を話したのかも思い出せない。
まだ恋愛感情なんて知らなかったんじゃないかなぁ・・なんでそんなことになったんだろう。
何しろあの日あの時が、俺の人生のピークなんじゃないのか・・・
あの子は覚えているかな?
覚えてないかもなぁ・・

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これまだあった。
このアースのおっさんとおねえさんが誰なのかはいまだに知らない。

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多分今は空き家だからのせてもいいかな?
40年前ここはお店でした。
トウモロコシか何かをもらったような記憶が・・・
買ったんじゃなくてもらっただったと思う。
今じゃ信じられないけどこの細い道に路線バスが走ってたんだよなぁ・・
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坂のてっぺんで信号が青になるのを待つ・・
子供の頃を思い出した。

で何の関係もなく
年末にシューマンがショパンという名の作品を書いてるとか書いたんですが、あれがこれに似てるかなとふと思って・・
アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
もともとオケ伴奏付きの大ポロネーズ(バランス悪すぎでオケ版苦手)だったのにアンダンテ~という前奏曲みたいなものをつけて独奏曲とした。
その前奏曲がショパンという曲に似てるかな・・・
実際作曲された時期は同じくらいだけど出版はシューマンがショパンを書いた後。
シューマンがこれを聴いて書いたかは知らない。
書いたはいいけど何度か聞いてると別に似てない気もしてきた・・


初めて聴いたのはこれでした。




全盛期からすればテクニック的に枯れてしまっているのかもしれないこの人の演奏も好きですよ。

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この手前にある音楽は前座というか刺身のつまみたいなもので後ろのポロネーズが本体だと感じている人も多いんでしょう。
私はずっとこの前奏が好きでこれだけ聞いてた。
ポロネーズはなぜか全然聴かなかった。なんか聞いちゃいけないような気がしてた。
でも最近やっといいなぁと思うようになりました。
もう忘れちゃったけどかかってた鍵みたいなのがさびてどっか行っちゃったんでしょうかね。
若い売り出し中のピアニストが私はこんなにすごい腕を持ってますよ!!とアピールするために書いた曲でしょう?
ベートーベンもやっていますが有り余るエネルギーが強烈な不協和音にぶつかってくところなんか若さの象徴みたいですよね。
そこが逆に受け入れがたかったのかなぁ?

高校に通うとき、電車を降りて歩き出すといつも遠くの小学校でこのポロネーズを流しているのが聞こえた。
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運動の時間か何かでしょう・・2重トリルのあたりが耳に残っていて、その時見た景色や空気感とともに出てきます。
コーダのあたりも耳に焼き付いてるなぁ・・
あの時あそこで走り回っていた子たちは親となってその子が走り回っていたりするんじゃないかな。
何にもないへき地みたいなところに立った新設校で駅の周りは本当に何もない谷底の湿地帯みたいなところだった。
その後バブル期に宅地開発されコンビニができたりして浮世の感だった・・・けど最近また衰退の一途をたどり始めているようだ・・
長い時間がたったなぁ・・
長い時間かけて好きになっていく音楽がここにもありました。

なんか何の内容もないけれど、この正月、この歳になってはじめてこの曲をちゃんと聞いていいなと思ったというお話でした。

思い出

学生時代に住んだ街へ行ってみた写真が出てきました。
誰かに会うとかいう発想もなければ知り合いもそもそもいない。
ただ歩いてみたかっただけ。

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この小さなレコード屋さんには結構いきました。
奥にはアナログ盤も置いてあるこのお店には数量は少なくても輸入CD(25年前の田舎じゃ手に入りにくかった)がぽっと置いてあり行くのが楽しみでした。
店員と顔見知りになり・・とかいうのはもちろんない。

今もここあるんだろうか?
こういうとその瞬間ねじ伏せるように「そんなのストリードビューで見ればわかるだろ!!」みたいに言う人いますよね。
いたっていいけどね。

あれから10年以上たってるのか・・・と思いながら街を歩いて回ったのが昨日のことのようだけど、それからもう10年たってることに笑いそうだ。
次の10年はどんだけ早く過ぎ去るんだろう?

ショパンの12の練習曲×2とかいうのが有名ですが
それとは別な3つの新練習曲という曲集があります。
高校生の頃ショパンのいろんな曲集を買って聴いたけれど、ノクターンやワルツ集みたいに数のないちいさな曲を集めたアルバムがあった。
その中にこれはたまたま入っていて、何ということなく何となく毎晩聞いた。

第1番ヘ短調。
左手が8、右手が6みたいな話なんだろうけど、知らないけど解釈というか発想力も練習しろとかじゃないのかなぁ・・
あの頃、、なんかこう、暗くさえない曲だなくらいにしか思っていなかったのをおもい出します。
それが今聴いてみると、


いいんだよね・・・
テクニック的な練習曲だとかいう事はどうでもよくて・・
最初のモノローグ的な序奏はマーラーの10番冒頭みたいな世界だ・・
動き出した八分音符に乗っか手歌いだす三連符の旋律は

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半音階的にうねってスクリャービンみたいだ・・
スクリャービンなんてそんなに聴か煮けれど・・
ただ悲しいとか暗いというのとは違う、積極的な推進力をもってうねる竜みたいな旋律だ。
時々少し笑みを浮かべているようにも聞こえる。

こんな曲に何言ってんだ?なんて言う人もいるでしょうね。
いたっていいですよ。

なんとも思わなかった曲をああ良いなと感じるようになるんだから歳をとることにもいい面があるよね。

あのころ、2軒の定食屋にほとんど毎日通っていました。
人見知りオーラみたいの出してたんだろう、親しくなって話をするという事も全くなかった。
4年目、もうアパートも引き払おうかという日に行くとおかみさんから
「今日が最後じゃないでしょ?まだ一度来るでしょ?」
と聞かれた。
何かを予感した俺は「はい」と答えてそのまま行かなかった。
普通の人から見れば馬鹿だろう。
この街に心残りがあるとすればその件だ。
10年前に行ったとき、店の前にタクシーがいっぱい止まって繁盛してるのを見て・・
やっぱり入れなかった。
20年たってやっとお礼を言いに行きたいなと思った今は、
事情をかかえてもういけない。

どの料理にもちょっと洋食のノウハウが入ってたと思うあの味をもう一度味わいたい。

カレー屋さん

うちの近くにインド人?みたいな人たちが何人かでやっているカレー屋さんがあります。
インドの国旗とかが飾ってあるからインド人なのかもしれないけど、海外の映画で日本も香港もごっちゃになっちゃってるみたいに私もネパールとかスリランカの人とインドの人を見分けられてないだけの可能性とか・・
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以前いった別なインド人系カレー屋さんは本格的というか味が異国情緒あり過ぎで私にはちょっと難しすぎた。
でもこのお店のカレーは私でもおいしいと思える・・日本人向けに調整してあるのかもしれません。
でっかいナンもおいしい。いやこのナンがおいしい。
食いきれないくらい出てくるのに「ナンはお替り自由です」って・・
値段も安価だし・・
色々いい感じだけれど、なんでこんなお店がこんな田舎にあるんだろう?
近隣の別なところでも類似の店を見つけたので、でっかい組織みたいなのが人を雇って連れてくるとかそういうのなのかな?
なんかラーメン屋でそういうの最近ありますよね同じようなのがそこら中に・・
今までいろんなお店が入ってはお客がつかずにつぶれていったおの場所で、着実に常連をつけて頑張っている。
そういう私もまた行ってきた・・

クラシック音楽でインドといえばメシアンのトゥーランガリラ交響曲とかですか・・
私あれ・・CDも何枚か買ったし聞けないこともないんだけど・・
冒頭の騒がしいのからちょっと苦手・・好きなところもあるんだけど・・
オンドマルトノも苦手・・
いつか好きに・・なるかなぁ・・

でショパン。
ショパンとインドなんか全然関係なさそうだ。
このマズルカ作品7-1
すごく有名なんですよね?
中学か高校の頃にとりあえず買ったショパン名曲集みたいなのにも入っていました。

いきなり元気よく飛び出していく!・・みたいな開始・・
明るいいい曲だなぁ・・と突然でてくるこれ

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なんでここだけ怪しくオリエンタル?
と思いながら聴いていたのを思い出しました。
別にこれインドじゃないんだろうけど。
でもなんか呪文みたいですよね・・

最初のトリルが魔法をかけるみたいで面白いと思うんだけど、いろんな楽譜を見ていたら

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トリルじゃない楽譜があった・
というよりそっちのが多いんだけど

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そうだったの?

プーランクやラヴェルの曲にガムラン音楽の影響がみられるものがあります。あれはインドネシアか・・
マーラーの「大地の歌」は中国風の音楽をうまく生かしてる・・
19世紀後半になると日本人もヨーロッパへ行ってことだとかなんとか見せたらしいけど、日本の影響・・みたいなのってあるっけ?
ブラームスが日本人のことの演奏を聞いたらしいとかあったような・・
でも触発されてみたいな曲はないですよね?
日本の音楽はあちら人には受けが悪いのかな?
ノヴェンバー・ステップスは正直私には全然理解できません。


接客担当の人は日本語も上手だ。きっと頭もいいんだろう。
厨房にいる何人かの人たちも帰り際にいい感じで挨拶をしてくれる。
出稼ぎなのかな?
色々話を聞いてみたいけれどいまいちとっつきにくい。
そうだ俺は人見知りだったんだった。

カレー屋さんとインド人について調べてみたらカーストの話とかが出てきて悲しくなってきた。
嘆きたいこともあるけれど私なんか幸せなんだな。

学校

地図を見ていたら廃校喫茶というのが目にとまった.。
3時間半とかかけていくべき内容なのか・・・
と一瞬思ったけれど行ってきました。

途中、
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私の住んでいるところから見る富士山とはまた違う表情。

道中、紅葉はもう終わっているんだけれど枯れた葉を持つ木々の赤い景色がずっと目に入り続ける・・
家の周りは杉檜だらけなので赤い山はなかなか目に入らないから・・
枯葉が風に舞ってきらきら光っているのも見た・・
あんなの初めて見た・・きれいだった・・
あんなのを見ることが心の糧になるなぁ・・
予想よりもさらに分け入った山奥に廃校喫茶はあった。

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14時半くらいでもう山陰に入るんですね・・
ちいさな校舎。
玄関を上がり廊下を経て教室が一室・・

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この黒板オリジナルかな?
先に注文というので先日覚えたソイラテを・・
照明を薄暗く演出してあって、大きな窓からの明かりが印象的・・
窓付近の柱のデザイン・・古い建物だけど、建てた人はおしゃれというかこう、いいもの作ろうとしたんだろうなぁ‥とか・・
ソイラテは予想以上に癖があった・・これが本当なのかな・・
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薪ストーブがいい感じ・・
と言いたいけれど離れたこの席は寒かった・・あの前に座ると暖かいけれどいくつもない席では先客がいい感じに・・
あっ帰るみたいだあそこに移動しようか・・
っとそこへおしゃれな感じの人がスーッと来て店のお姉さんとおしゃれな感じで話し出す。
おしゃれな格好で漫画かなんか読んでおしゃれな景色になっちゃって・・
自分もその向かいへ座って、話しかけてみたりすれば素敵な時間になるとかなんとかなんでしょ?
でも人見知りな我々夫婦は隅の寒い席で・・・
なんだか人生を象徴してるみたいだった。
まぁいいよ。変わろうと思ったら生まれるところからだわ。それもう俺じゃないじゃんか。
店員さんと話しもしなかったれど、嫁が発見した貼り紙だと今月でこのお店は終わってしまうそうだ。

小さな教室が一つだけの学校。
全校生徒数人・・みたいだと、初恋とかどんな感じになるわけ?
俺の言うセリフじゃないけど・・

小さな子供の頃、親戚だとか親の仲人のおじさんから「学校楽しいか?」と聞かれて
そんな訳ねーだろと思いつつ子供ながらにここは「うん」と答えるところだな・・みたいな。
とはいえ登校拒否児になることもなく・・ちがうなサボる勇気もないというかサボることすら思いつかないような無知だった。
中学なんかはむしろ楽しかったような記憶もある・・
高校は暗黒世界だったけどあれは場が学校だっただけで原因は学校じゃないから・・
こんな木造の小さな学校で育ったらまた違う人生があったのかな?



ショパンのこのワルツが結構好き。

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始めのこの感じは何か一人で語っているみたいだけれど、


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このあたりからはすぐそばに誰かいると思う。
気心の知れた友達?
楽しく話して、歌って?

あんまりなかったなこういうの。
昨年引きずられていった同窓会で(そこそこでかい学校で人数が多かったから)9年間一度も口を聞いたことがなかった人から名前をよんでもらった時は驚いたし嬉しかった・・
別な女性にほとんど口もきかなかったよね・・といったらいや、話してたよ!・・
記憶が少しねじ曲がっちゃってんのかな?
廃校カフェって他にもありそうだな・・
探してみようか・・



蕎麦とピアノと作曲

以前から気になっていた蕎麦屋さんに行きました。
山の上の別荘地にちょっと入って・・いまグーグルマップとかで出ちゃうから知る人ぞ知るお店ってもうないですよね。
だから私もいけるんだけど。
入り口には新そばの文字。
休日だし混んでんだろうなーやだなーなんて思いながら行ってみたら誰もいない・・
雰囲気のある店内を独り占めにできて喜ぶ・・
すぐお客さん来ましたけどね・・
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天ぷらなんかつけるから太るんだろうけど・・
歯ごたえものど越しもすごくて・・
窓から見える景色も一枚の絵みたいなお蕎麦屋さんでした。
どうでもいいけど蕎麦茶ってうまいよな。
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お店から出るともう冬の景色。
ありがとう、ご馳走様でした。

いつのどれだったかわからないけれど記憶にあるあの香りと味・・
最近それを求めていろいろなお店に行くんだけどたどり着けてません。
お店じゃなくて個人が打ったものをいただいた時のものかもしれません。
時期なのかとも思ったけど違うのかなぁ・・・
さらにこんなことを書くと馬鹿だと思われるかもしれないけど、数年前に一度だけあの香りに遭遇できたんです。
それがなぜかコンビニで売ってた蕎麦・・・
すげー!最近じゃコンビニの蕎麦もこんななのか!?と喜んだんだけど・・
次に同じものを買ってみると普通のまずい蕎麦に戻ってた・・
あれは何だったんだろう・・
蕎麦のことなんかよくわかんないから・・

まあいいや・・・いろんな蕎麦屋に行ってみるというのも楽しみだもんね。

蕎麦屋さんではクラシックじゃないピアノの曲がずっとかかっていました。
聴きながら俺もまた作曲しようかな・・・なんて考えたりして。
お店を出るときには自分の旋律が頭の中に流れて・・
すぐ弾いてみて固定しないと忘れちゃうんだけど。

帰りにはショパンのこれが頭の中でしばらく流れていました。



これ遺作なんだそうです。
若い時に書いたけれど出版しなかった理由は感傷的過ぎるから・・だそうで・・

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このワルツの特徴というか、感じるところはこの半音階進行ですよね。
人間、甘えたり嘆いたりするときに出す声は半音階進行ですもんね。

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最初の旋律も伸ばしの音が半音動いて落ち着く・・みたいな。

書いたの19歳だそうでまだ希望に燃えていた頃でしょうか・・
そんなころにこういうものが出てきたり、もう死ぬしかないのも見えちゃった頃に舟歌を書いたり・・
音楽ってすごいね。
じゃあこれらは作者の精神から乖離して独立したものかというと全然そんなこともないと思うんですよね。


私の若い時に書いた感傷的過ぎる曲
良かったら聞いてね。
自分の音楽を人に好意的に聴いてもらえると、うれしんですよびっくりするくらい・・・
それだけで生きてる理由になるくらい。


うちの奥さんは蕎麦屋に行こうというと嫌がる。
サービスエリアとかのやつのがおいしいとか言い出して・・
駅そばとか、まああれはあれで奥が深い世界があると思うけれど・・
行かないっていうから一人で行ったのに、あそこへ行ってきたとよ言ったら自分も行くという・・

よかった

なんとなく行こうと思っていた山奥の駅がBSのローカル線途中下車みたいな番組ででてた。
駅のそばにあるお店のお母さんに助けられる的な話となっていて・・

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最近よく秘境駅とかいうけれど車で行けるようなところは秘境駅ではないと思う。
ここも。
でもなんか、これ日本ですか?みたいな感じでしょう?

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行ったらあのお母さんがいた。
テレビで見るああいうのは事前に打合せしてあったりするのかと思っていたけど、
お母さんの話だと何も知らないところにほんとに突然来てその後もそれっきりだったみたい。
「BS映らないから見てないの」というお母さんは彼らのその後を本気で心配していた。
テレビはもうどうでもよくて、話好きのお母さんをはじめ地元の人も来たりして色々話ができて楽しかった。
人と話すなんて普通のことだけど、コミュニケーション障害みたいな私はいちいち心が大騒ぎですよ。


ここへ来るまで頭の中でショパンの舟歌が流れていました。
流れるというか頭の中で自分が歌うというか弾くというか・・
そういうのあんまり萌えすぎると んっ!とか声が出ちゃって恥ずかしい。
山中で舟歌というのもあれだけど、元々これも舟歌は舞台というか設定であって舟歌を描きたい曲じゃないでしょう。


最初から最後までおいしいところだらけというか。


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むかしこの2重トリルに萌えました・・
なんかこう、虹色の水みたいなものがあふれ出てくるようなイメージで・・

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中間部のこの辺りも萌えた・・今でも萌える。
聴いて想像するのと実際の譜面の景色が違う気がする・・
そう聞こえるように弾くのって難しいんじゃないのかなぁ・・

この音楽はベネツィアのゴンドラ遊びなんかじゃなくてのってる川は人生でその喜びを歌ってるように感じたりもします。
後半のffのあたりとか・・

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この辺り、喜びの歌みたい・・
いったん中断した旋律を最後にトリルが締めるところがあって、この曲トリルも主役というか・・なんかそんなようなことを昔考えていたのを思い出しました。

ベートーベンの交響曲第9番、シューベルトの交響曲第9番、ブルックナーの交響曲第9番、マーラーの交響曲第9番・・
他の曲でもいいと思うんですけど、作曲家の最晩年には何か特別な深みを感じる曲があったりするんですよね。
ショパンの舟歌もなんかそんな気がします。

ショパンはドイツの作曲家みたいに音楽を通して人生とか宇宙の真理を表現する・・などということは考えないというか、そういうの大嫌いだったんじゃないかと思います。しらないけど。
でもなんかこう、でてきちゃうものみたいなのがあると思うんだよね。

彼自身、肉体とかリアルな生活の面では結構つらい人生だったかもしれないですねぇ・・
有名人の伝記というのは詳細で怪しいものがあると思うけれど、死に際しての彼の言葉の一つ一つが何だかもういじけたたましいみたいでかわいそうだ。
でもこんな音楽を発想して残せたんだもん芸術家としてというか人類史上有数の勝ち組でしょう。