ポジティブがあった。

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渋谷超絶工事中。
銀座線の駅は移動するみたいだけど営業しながら橋げたや橋脚を入れ替えていくんだからすごいよね。
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工事中仮に組まれた階段を上る。
この日私は体調が悪かったうえ、この何時間か前に色々あり精神的にも下降していた。
階段上ってたら若干のめまいがしたりして・・
だったら帰ればいいんだろうけど行きたいところがあった。

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表参道駅を降りて階段を上ると、場違いなおしゃれ地帯?
高級ブランドみたいな店とおしゃれ人間みたいなのがたくさん歩いている歩道。
おしゃれサングラスみたいなのがすれ違いざまに舌打ちしていく。
居心地わりーな
でも行きたいところがあった。

通りから一つ曲がって・・スマホがなけりゃ見落とすような路地へ入れば・・あっあった。
門を入ると
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あー!いたぁー
なにしてんの?そこで・・

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あっははは
いらっしゃーい

いきなりの肯定感・・・
舌打ちしたりしなそうだ。
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玄関を入って切符を買う。
写真撮影は自由にしていいという。
靴はビニール袋に入れて持ち歩いてください。
スリッパに履き替えて右に曲がると
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わっ
ネタじゃなく本当にびっくりした。
岡本太郎さんの家ですねここは。
太陽の塔を見て、なに感化されてんだというところですが、
いいじゃない見たいものがあるって。



https://www.youtube.com/watch?v=zDVfbFjOFDQ
この曲はバッハの前奏曲とフーガ変ホ長調BWV552
「聖アン」という愛称付きです。

バッハのオルガンには賛美歌をもとにしたコラール前奏曲というのと全く独立した器楽曲としても自由曲というのがあります。
その自由曲のかなり多くが前奏曲とフーガだと思う。

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その中でもこの曲はちょっとと他とは違うスケール感と内容、外観を持っています。
フーガは3つの主題を持った3重フーガで前奏曲も序曲みたいな音楽・・なんというかシンフォニックな感じ。
特別な曲なんですね。
この曲はバッハ自身が出版しようとした曲集の最初と最後をこの前奏曲とフーガで挟む形になっているんですね。
昔弾けもしないのに買った楽譜もそのようになっていました。
そのことからこの曲には神への捧げものを収める大理石の巨大な建物みたいなイメージがなんとなくあります。

どんなに音楽が好きだと思っても演奏という行為にかかわれない自分がなんだかとてもむなしく悲しいものに思えるときがあります。
そのことがなんにもできない自分を象徴しているように思えたりして・・
でも音楽を聴く楽しみがあるから生きていられるんだからいいか。
今はネットで何でも見られるけれど、昔は田舎の楽器屋くんだりにはおいていないような楽譜を見つけた回るのが楽しみでした。
でもコレクターがやりたかったんじゃなくて見たい知りたいという方が主だったみたいでタダで画面に出てくるようになるとその楽しみは消えてしまいました。
聴いてどう感じるかという方はまだまだ全然飽きない。
それも飽きたら私は終わりだと思う。



美術なんか全然分かんないけど、彼がやりたかったのは美術なんて言う枠じゃないんでしょうね。
彼の作品にはパワフルなものも感じるけれど何より
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ものすごい肯定的でやさしいものを感じます。
未完成な絵の端の方にいた
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優しく笑うこの訳の分かんないの・・大好きだなぁ・・

若いころ?の作品で
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悲しい動物
というのもあったけど。

岡本太郎氏は大変エネルギッシュな人だったようで、いちいちぐずぐずいうような人間は大嫌いだったんじゃないかと思う。
だから直接会ってみたいなんて思わないけれど、いくつかの作品には惹かれるものがある。
いいからお前もヴァーっと生きてみろ!
みたいな。

場違い

昨日は体調も思わしくなく、外は雨。
いい歳をした大人が何をするでもなく一日寝そべって、いじけた思考で腐っていた。
夕方くらいからここに具体的な自己批判を書いて何か具体的にまえに進もうとしているような気になってみたりして。

今は月曜の朝。
一晩たつと気持ちも変わる。
自分で書いたものを読んでみるとひどいので慌てて消してみたりして。
そんなに卑屈にならなくてもいいだろう。
人は弱気になったら終わり。
他人からはばかにされるだけ、自分は病気になり、いらん不運を呼び寄せる。
若いころからこのパターンは何度もあるんだけれど、40歳を過ぎたあたりからこの人生は無駄なまま終わってしまうとかもう時間がなく取り返しがつかないというような強迫観念が被るようになってきた。
そもそも一見正しそうなその強迫観念も本当に必要なものなのかどうか。

何の関係もなく、結構前にたまたま寄ってみたカフェ。
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ここも新しい民家の1階をお店にしている感じ。
犬同伴可だそうでドックランがあったり、店内は犬にまつわる小物が飾ってあったり・・
奥からは複数の犬の声。
他にお客さんはいなくて私たちだけ。

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オーナーさん犬が大好きなんでしょうね。
ソイラテじゃなくて何だっけ・・まぁそれ系の豆乳を使ったラテ。
いいねかわいくて。もったいなくて飲めないよ。
ケーキも飲み物もおいしいし、清潔感もあっていい感じなんだけど何か落ち着かない。
お店はいいんですよ。多分私の気持ちの問題。
ここへうちの犬を連れてきたらどうなるかなぁ・・
うちの一家は犬ともどもおしゃれ空間より野原でパンでも食ってるほうが性に合ってる気がするなぁ

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え?


※埋め込みyoutube が真っ黒だった方、これで再生されるようになりましたでしょうか?

なんでこの曲なのか別に理由もないけれど・・・
中学生のころ初めて買ったCDはバッハのオルガン名曲集で、その最後にこの曲が入っていました。
バッハの曲にはBWVという作品番号が付けられ整理されています。
他はみんな500番、600番台なのになぜこの曲だけ作品番号がBWV147なんだろう?なんて思った。
めちゃくちゃ有名なバッハのこの曲はでカンタータという合唱をオケが伴奏するみたいな音楽なんですね。
オルガン名曲集に愛すべきこの曲をあえて入れたのはそんなにコアなリスナーじゃない誰かにも楽しンでほしいというプロデューサーの狙いじゃないかと思う。
その狙いは見事に私に命中して何だかわからない中学生を楽しませてくれました。
これとは全然別な人の別な演奏だけど気に入って何度も何度も聴きました。

協会のオルガニストという職業は芸術家といういう前に宗教的行事の進行を背負う実務的職業だったりするらしいですね。
誰かの編曲を使わなくても
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スコアを見ながら即興でオルガンを弾いちゃうなんて朝飯前だったりするんでしょうね。
関係ない私がどうこう言うのも筋違いなんだろうけど。


好きな音楽は?と聴かれて真顔でこれだと答えたりすると、お前ふざけんなよみたいな反応が返ってくると思う。
私からするとそんな世の中のほうがふざけているのではないかと言いたいところだけれど多勢に無勢というか間抜けは黙っとけみたいなところなんでしょう。
だからそんなことは絶対に言わないけど今でも私はこういうのが好き。
私が何が好きなのかは私の勝手で大きなお世話だけれど、思えばありがたいのはあのころ周りの同級生たちはそんな私を邪険に扱わず良くしてくれたこと。
あの時は幸せだったんだな。
最近、かつての同級生たちが飲み会みたいなのに何度も何度も誘いをくれたけれど理由をつけて断り続けた。
なんでというのを書いても仕方ないけれど。

なぜか昨日は一日中居酒屋巡り系のブログを見ていた。
いいなと思いながら。
飲み歩くとかしてみたかった。

バッハの書いたこの美しく優しいオブリガートみたいなのは私が誰だろうがなんだろうがそんなことは関係なくいつでも優しく鳴って聞かせてくれる。


昨日は居酒屋のブログを見ていたら刺激を受けてうまいもんが食いたくなった。
気分も腐ってるしこの際どこかいくかぁ・・でも嫁さんの調子が悪く行けないみたいだ。
私一人じゃ盛り上がらない。
飯なんか何時だって食いに行けるんだからいいか。

嫌な音を聞かせてた雨も止んだ。
晴れてくれば気持ちのいいいい世界が広がってるんだと思う。
私幸せなんですけどね。
幸せですって自分で書いて読んだりしないとわからないときがあるから・・

やしろと杉

体調の悪さか薬の副作用かすごい睡魔が襲ってくる。
雪山で寝るな!寝たら終わりだぞ!というシーンがありますがあれみたいだ。
気力も低下しているのがわかる。
何か考えてもつまらないし、むなしく無駄なような気がする。
こういう時にはアイディアが湧かないだけじゃなく、この先もいいことがないような気分になりますね。
でも大丈夫。治して元気になればいいですね。

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連休初日の富士山。
道中人がたくさん。
コンビニやペンションの看板が規格化された茶色で背の低いものに統一されてた。
世界遺産になったんだからというやつだろう。
このあたりはうちから見える富士山の裏側という感じ。
最近、富士山の写真とかいうのがあふれている。
それは構わないというか知ったことじゃないけどお世辞を言わなくちゃならないこともある。
うんざりしていて俺は富士山が嫌いなのかと思っていたけど
違うみたいだ。
自分が見ていいと思った富士山は好き。


峠のトンネルを超えるとちょっとした展望台というか。
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そりゃそうですよね。
頭にくるようなことがいろいろあったんだろう。
そういう傍若無人な方が結局楽しそうな人生を送ってるのを見たりするけれど
・・まあそれはそれ。

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遠くまで山々が見えて・・
ここもよくこんなところに道路を作ってそして管理し続けてられるよなと言うようなところ。
この峠を降りて少し走り、また分け入っていくといい峡谷がありました。
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気分がいいところへ明るい日差しがあると、こんなどこにでもありそうな景色でも
ものすごくいいものに見えて思わず写真撮っちゃうんですよね。
写真ったってスマホですけどね。

帰りは違う峠路を登ることにしてトロトロ走る。
新緑と藤の花がずーっと続いてすばらしい。
ふと
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目に留まった光景。
いったん通しすぎたんだけど気になって戻ってきてみたりして。
日本昔話みたいないい景色ですよね。

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小さな社とそれを守る大きな杉の樹。
松も瀕死の状態だけど何とかしようと・・
この杉の木は何百年も前からこの神様を守ってきたのかな?
なんかいいコンビみたいに見えますね。


バッハのコラール前奏曲 おお、罪のない神の仔羊 BWV656

変奏曲になっていて3つの部分から成り立っていたり、3拍子だったり、イ長調で調号が♯3つだったりというのは偶然じゃなくて神を象徴する3を意識的に使っているわけだ・・
バッハってそういうことする人なんですよね。
聴き手が気付く必要はなくて神に向けてやっているんでしょう。

この曲昔から知っていてボーっと聴いていたんだけど第2変奏の
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この高く上がっていく音型が
とても大切な大事なもの・・
というふうに聴こえたりして。

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これから夜が始まる。







豊かさ

昼に鰻を食べた日、夜は妻と食事に。
ほんとは連続で外食というのもきついんだけど、鰻を食ったことは内緒なので何食わぬ顔で。
あ何食わぬ顔ってこれのことか。
妻希望のお店は行ったら定休日だった。
つぎに浮かんだ店が偶然一致したのでそこへ。
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鯵のカルパッチョ・・あかいつぶなんだったんだろう?
鯵は刺身かたたきだろとか思ってるおっさんにもおいしかったよ。
能書き言わずに美味しいねって笑えばおいしく楽しくなるんだよねこういうの。
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変わった名前のパスタ。
ダシの効いたクリームトマトソースにエビとオリーブの実が絡んでた。
その変な名前で検索するとこのお店が出てくるのでオリジナルな名前なのかな。
いつもだったらこれじゃ量的に足りないのでピザとか頼んじゃうんだけど、これで良しとするんだ今日は・・とがんばる。
ゆっくり食べて・・終わちゃったぁ・・じゃない、腕組みをしてしばらく我慢していると・・
案外いつの間にか満腹感てくるんですね。
ほんとはこの後コーヒーが出てきて砂糖入れちゃったりしてダメじゃんか。


バッハの無伴奏パルティータ第3番ホ長調 BWV1006
パルティータってなんか食べ物の名前みたいですよね。

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バッハの自筆清書譜。
昔の楽譜だから調号の♯がいっぱい書いてある。
この人の自筆譜ってこれ自体がアートみたいでしょう?
ベートーベンのなんかきったなくて笑っちゃう奴があるけど。
バッハの場合はそれ自体が演奏にも使われる実用楽譜だから誰にでも読めなくちゃならないんだけど、それにしてもそれ以上のものがあってすごいよね。
複数の弦を弾き分けることが書いてあってこうなってるんだろうけど視覚的にも模様的に面白い。

重音やいろんなテクニックで一本の楽器なのに多数の声部が同時進行しているように聴かせる・・と言う超絶技巧の走りみたいな側面も面白いですが、単一の声部のみでこんなに豊かな音楽を聴くかせられるんだ・・と言うところがいいよねぇ。
豊かさは分厚くたくさんあることじゃない。ちょっと奇麗ごとみたいだけど。
一見シンプルに見えるこの中にも、構造やいろんな技法等理知的な側面がたくさん見えてくるはず・・正直まだ聞きこんでないから書けないわけなんですけどね。
これから発見の楽しみがあると思えばまた少し楽しくなってくる。
あの人何が楽しくて生きてるの?なんて何度も言われてきたけど小さく楽しいですよ。

バブルも末期になると「本当の豊かさとは何か」みたいなコピーが流行ってた。
学校を出るころにはバブルもはじけていてもう本当の豊かさどころじゃなかったと思う。
好景気の恩恵にはあずかれなかったけれど、笑顔が苦手みたいな私はあんな明るく浮かれた世の中じゃ生き辛くて仕方がなかったと思う。だからよかったというのもまた違うけど。
私にも笑顔でいると知らない人まで集まってきて人生はこんなに素晴らしいものなのか!みたいな時期が実はありました。短かかったし今じゃ夢だったのかとも思うけど。
だからそういう風に生きたほうが豊かな人生が送れるらしいことは知ってる。
知ってるのにそうできなくて30年。
今、豊かさとは何かを考えると自分にないものばかりが浮かんでくるんですね。
それは豊かじゃないとか書きそうな場面だけどいいんじゃないのそれはそれで。
最近になって急に笑顔で輝く人に近づいたら吸い取られるように自分が疲弊してるのに気づいた。
模範解答的豊かさが豊かじゃなくてもいいでしょう。
手がかりも根拠もないけれど、なんでか知らないけどまだこの先に何かできるんじゃないかというほのかな希望があるんだよね。
だからまだ大丈夫。

この曲を聴こうとCDを買ったのももう25年くらい前なのかぁ。
聴けば引き込まれるんだけど、どうしてもオケものなんかを聴いてしまいなかなか手が伸びなかった。
しかしオーディオでもあれなんですよ巨大編成の中から細かく異なる動きを聞き取る・・みたいなのも難しいけれど、
空間に楽器一本というののリアル再生も難しく奥が深い。
歳をとって食事の内容も変わってくるように愛聴する音楽も変わっていくかな?
変わるんじゃなくていままで聴かなかったものがプラスされてく感じのがいいな。
このお店は初めて来たけどなかなか良かった。
嫁さんが気に入ったみたいだから。
またこよう。

雨上がりの店

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峠道にあるお店へランチにいきました。
すぐそばを何度も走っているけど隠れたような位置にあって今まで全然気づかなかった。
雨は上がったけれどまだ暗い。

順番にちっちゃなスープ、ちっちゃなパンとかでてくるから、よくあるメインも小さなさらにちょこっとのって終わりみたいなのを予感し覚悟してると
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こんなのが出てきました。
ハンガリアン・・なんだっけ忘れちゃったけど豚のトマト煮料理。
BSの旅番組を見てるとどこか外国のレストランでこんなのを食ってる。
ちょっとそんなとこに行けたような気分。
いろんなものをゆっくり味わったら、足りないようにみえたこの量でも満足できた。


バッハのヴァイオリンソナタ第3番のAdagioなんだけど、YouTube見てたらこの演奏がありました。
この2人の奏者は多分30年くらい前に来日してこの曲をやっていったと思うんです。
まだできて間もなかったと思うサントリーホールでの公演がTVで流れたのでビデオに録り、中学生の私は毎日見て聴いた。
ヴァイオリンを自分でも弾きたくなって通販で売ってたのを買ったりもしたけど弾けるどころか音も出なかった。
あの時刷り込まれた演奏は今でも頭の中で鳴ります。
このYoutubeは1994年とか書てあるのでそれからさらに後の記録のようだ。
でも、はっきり言てしまうとこの演奏は記憶にあるのとは違いあまり好みじゃない。
サントリーホールでの演奏はもっとピアノはペダルを深く踏んでガンガン鳴らし、ゆったりとしたテンポで深く歌うロマンチックな演奏だった気がします。古楽なんか関係ねーよみたいな。
YouTubeのこれはその古楽の流れにちょっと乗っかろうとしちゃってる気もする。
演奏会場の大きさや、客がいるか、その時の気分などいろいろあるでしょう。
当たり前だけど同じ人間が同じ曲を演奏しても同じ演奏は2度と生まれないのは自然なことで、それでいいんだけど。

今日会うあの人は、記憶にあるあの人じゃない。
明日はまた別人なのかもしれない。

毎日のように聴いたはずだけど、ちゃんと雨の日にこの曲を聴いていたシーンが脳裏に出てくるものなんですね。
そしてその時思っていた女の子に告白して振られるというよりちょっと悲惨な感じになった。
一昨年その人と再会する機会があった・・けどよくある笑って振り返るにはならなかった。
よっぽどなんだな・・・じゃなくてこの曲いいでしょう?
この2人のこの曲の演奏をもう一度聞きたいとずっとずっと思ってきた。
内容はともかくずっと会いたかった人に再会できたみたいです。こっちのほうが嬉しく感慨深い。
ここに写っている彼らは私の探した彼らだけど、実際はもうずっと歳を取ってしまったんだろうなぁ。
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曲尾。続く・・みたいな。こういうのなんとか終止とかっていうんでしょう?名前なんかどうでもいいんですよね。
少しだけ明かりが見える・・雨上がりの空みたいでしょう?


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帰り際、シェフが出てきて挨拶してくれるんだけどお互い噛み合わない・・ちょっと微妙な空気。
今思えば、慣れないところお客をいい気持で送ろうと何とか話をしようとしてくれてたのかもしれない。
駐車場からゆっくり出てきて狭い道をそろそろ走ってるんだけど、ミラーの中から消えるまでシェフは深々と頭を下げてた・・
俺は威張りたいとかじゃないから頭を下げられるとか普段は気にしないんだけど、でもお客を大事にしたいんだみたいな気持ちは強烈に伝わってきました。
書かないけれど食べている途中で気になることがあって、もう次はなくていいかななんて思ってた。
でも、また行くよ。その気になることも埋まって消えた。
折角しようとしてくれた会話はできなかったけれど、おいしかったと思ってまた行けばそれで十分通じるもんでしょう?

つけナポリタンと音楽

ちょっと離れた町の商店街にいきました。
日本中どこでもみるような灰色のシャッター街。
駅から伸びたそれはなかなかの規模を持っていてきっとかつては人でにぎわったんだと思う。
行こうと思ったお店はclauseの札・・あれれまただ。
その3件くらい隣に10年以上前に入ったことのある古い喫茶店があったのでそこでいいか。
あの頃は古い喫茶店でしかなかったけれど
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ご当地グルメみたいなのでしょう、つけナポリタン。
昔給食でこんなのあったよな・・
その発祥の店とか言ってるけど前来たときそんなのあったかな?
まあなんだか楽しそうだからいいじゃない。

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カフェじゃない。
喫茶店。

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味は多分この見た目から想像されるそれがそのまま。
これはまじめに美味さを求めてどうこう言うよりも、ネタとして楽しめるかどうかだよね。
つけ麺みたいに煮卵とか鶏肉とかお楽しみみたいな具がたくさん入ってた。
チーズもたくさん・・途中からレモンをかけて・・
ただ食い物だととらえるとちょっと値段が高い正直。
でもお楽しみ体験だと思えば面白かった。
いろんな掲示物やレビューを見るとこのネタでこのあたりの飲食店はそこそこ人を呼んでいるみたいだ。
いいんじゃない。
ナポリタンと言えば

音楽の解説などを読んでいるとナポリ6度なんていうのが出てくることがあります。
ハ短調の音楽に変ニ長調主和音みたいなのが見えたらそれっぽい・・
和音について言っているわけですが、解説を読むとどうでもいいようなことをグダグダ書いてあります。
それ単体に注目してもほとんど意味はなくて、あるわけないような和音が出てくるまでの過程とそれによって何が起こったのか、それでどうなるのかという動きがとても重要。
安定していた世界を急に棚上げされたというか、妙に興奮した緊張状態のように聴こえることが多いんじゃないか・・


ヴァルヒャの演奏。ちょっと速いというかすたすた行きすぎ?・・

バッハの超絶有名傑作曲
パッサカリアとフーガハ短調BWV582のおしまいの方にナポリ6度が出てきます。

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重く充実した曲を聴いてきてその結末の前に訪れるこの中断は痺れますよね。
寡黙に仕事を続けてきたものが感極まって思いつめたように叫ぶ・・祈りのような・・
その後は、納得したようなポジティブな境地になって明るく広い光の中に終わっていく。
純粋な器楽による音楽にとんでもないドラマが発生しているわけですよ。
最後にAdagioなんて書いてあるところがまた泣けるけど、これ作者が書いたのか写譜した人が書いたのか・・
写譜した兄貴が書いたにしてもそういう演奏をバッハがやってるのを聞いたんでしょうね。
そう思いながら聴くとペダルも両足使っていつものバッハより音数も多いこの終結は泣けてくるよねえ。

調べたらつけナポリタンはなんだかテレビ番組の企画みたいなので生まれたみたいです。
何だろうとやったもん勝ち、多分やっている人たちは頑張ってるんだろう。
私が初めてCDを買ったのもここではないけれどこんな商店街の小さな楽器屋でした。
まだ生きていた商店街の末期くらいだったと思う。
みんなが車を持ったところに無料の巨大駐車場を持ったショッピングモールができたらそっちへ行くよねそりゃ。
あんなに存在感のあったCDだってもう若い人は見たことがなかったりするんじゃないのか。
時代の流れから外れたものはどんどん消えていく。

聴き手のためのクラシック音楽というのはなくなってしまうんじゃないかと思う事があります。
クラシックは楽器奏者のテクニック披露の道具として残って行く気がする。
どうなろうが知ったことじゃないけど私は音楽の中身そのものが大好きなので寂しい気もする。
もっと言えば情けない。
でもシャッター街と同じ、大きな流れでそうなっていくのはだれも止められない。

まあいいか。
私は私でおいしいもの食っていい音楽を聴きましょう。
それがいい。





おなじのばっかり

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以前書いたスパゲッティ屋さんにまた行きました。
考えてみると食べるのはいつもこれ。
メニューにはおいしそうなものがたくさん並んでいるのに。
それはきっと損してるんでしょうね。
音楽も。
クラシック音楽は作品と演奏家は分離独立したなカヴァーみたいなもので、作品の個性の上に演奏家の個性が乗っかったものをいろいろ聴き比べる楽しみがあります。
コアなクラシックリスナーの家に行くと同じ曲のCDとかレコードがなん十種類もあって、どの盤がどうだとか言っているわけ。そんなとこ行かないけど。
いろんな演奏を聴き比べると同じ曲でも全く異なる世界が発見できて感動することも多い。
いろんな演奏を聴かないとその曲の姿は見えてこないんだともいえるかもしれない。
一つの録音にあんまり固執していないでできるだけいろいろ聴いてみた方がいいと思う。
そう思っていろいろ聴いてみたりもするんだけど私は刷り込まれ気に入った演奏に戻ってそればっかり聞いちゃう傾向が異常に強いんです。
それはちょっと困ったことで、同業者に対しては恥ずかしいことだと思ったりもしています。

コンサートへ行ったときは頭に焼き付いた演奏とは全く関係なく目の前に現れる音楽をそのまま素直に受け入れられるんだけど。
でなきゃ困るのでよかった。

でこの曲はバッハのオルガン協奏曲ト長調BWV592 明るくかわいらしいいい曲でしょう。

18歳で亡くなってしまったという若い天才の書いたヴァイオリン協奏曲をバッハがオルガン用に編曲したもの。
中学生のころラジオで録音して気に入り何度も何度も聞きました。
聴きすぎて細かい装飾音だとか歌いまわし迄刷り込まれてしまい今でも頭で鳴ります。
小さなラジカセのアンテナの前に手をかざすとザーというノイズが入るんだけどわざとそんなことをやって入ってしまったノイズまで頭の中に焼き付いて・・いまでもその部分に差し掛かるとザーッと鳴る。

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ネットにあったこの楽譜・・・2種類の手鍵盤を弾き分けることが文字で指定されています。これはバッハが書いたものだと思う。
しかしこのプルトリラーみたいなものはバッハが書いたものではなくてこの楽譜の校訂の時に誰かの解釈を加筆したんだと思う。
いろんな録音を聴いているとここで何もしない人結構多くいるし、これがない楽譜も存在すると思います。バッハくらいだとそういうのはよくあるので驚くことはない。
さらにバロック音楽は演奏者が即興で入れる装飾音が職人芸的な意味を持っていて楽譜の音符だけを音にすればいいというものではないし、楽譜にない音が聞えるとけしからんという話でもない。
いろんな装飾を伴った演奏が存在していいし、聴き手は聴き手でそのあたりに自分なりの好みを持っていていいと思う。
いろんな演奏を聴いてそのあたりの個性を楽しめばいいはずなんだし実際そうしているんだけれど、この曲中学生の頃にさんざん聴いたあのラジオの録音が頭に強く刷り込まれてしまいここでトリルしない演奏にものすごい抵抗を感じてしまう。
ここはどうしてもトリルしてほしい・・
正直この動画の演奏もアーティキュレーションが自分の思うものと違い一部違うなぁなんて思いながら聴いてたりして・・。
楽譜にあるスタッカートも編者によるものじゃないかと思うんだけど、あれで覚えちゃって。
テンポの揺れ、タメもここはこうでしょみたいなのが・・
自分にとってこれだ!と思える動画は見つけられなかった。
本当はそんなのおかしいのかもしれない。
こういう変なこだわりに縛られていると音楽を聴く人としては少し損なんじゃないかと自分でも思う。


私の好みでは装飾やりすぎだと思うことの多いトン・コープマンの演奏。
2楽章は即興が旋律の美しさを壊してしまっている気がして全然受け入れられない・・まぁ何度か聞くと慣れては来るんだけど・・
でも全体に生き生きしている感じはいいんだよなぁ・・

話がずれるけれど同じ曲をバッハ自身がチェンバロ用に編曲したらしいBWV592a

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単純に移植しただけではなくて楽器の特性に合わせて旋律そのほかを色々変えてあるのが興味深い。
その変え方もかなり思い切ってるんだよなぁ・・
左手に出てくる6連符は私の苦手なトン・コープマンをちょっと思い出したりして。
そしてこの楽譜には装飾記号みたいなものは全く見当たらない。
自筆譜が残っているのか写譜が残っているのか知らないけれど、元資料にも何にも書いてないんだろう。
でも実際演奏するときは色々と装飾を加えて弾いていたんだろうと思う。


バッハが弾いてるところを聞いてみたかったなぁ・・
バッハ自身の演奏が私のにがてなコープマンみたいなのだったらどうしよう・・
どうもしないけど。


狭い世界だけを見てすべてを知ったようなことを言っているのをみると稚拙でみっともないと感じる・・とはいえ多くの人と話し、見分を広げ・・みたいなのは私の最も逃げたい世界。
とりあえずかわったスパゲティ食ってみるか。
納豆おろしスパゲティーとかあったなぁ・・今度食ってみようかなぁ。

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お店の窓の外はこんな感じ。
ちょっとだけ富士山。

富士山とバッハ

この記事は数日前に書いたのですが、昨日噴火による被害が発生してしまいました。
亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

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朝、家を出るのがいつもより10分ほど遅かったので桃色富士山は見られなかった。
でも雪が積もってアイスクリームみたいになった富士山だけが光っていました。

御岳山や今回の噴火は、誰もそう思わない山がたった今噴火してもおかしくないという事を示しているのだと思います。ということは富士山だって・・
今から35年くらい前、富士山大噴火みたいな本が出て世間が騒いだことがありました。小学生だったけど周期的にもう噴火していいはずの時期をとっくに過ぎていると知り結構怖かった。
前回の噴火は連鎖的に起こる超巨大地震の数日後に始まったようなことを読んだ気がします。
東南海地震とかああいうのでしょう?
そこに噴火も来ちゃったりしたらどうなっちゃうのかな・・


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中央には宝永火口。
次の噴火もあそこからというわけではないみたいだけど、明後日みたいなとんでもないところから火を噴くんだよと教えてくれているわけでしょう?

この宝永火口や宝永山を作った宝永の噴火は1707年。
この時は溶岩流は流れずに爆発的な噴火による噴煙と大量の降灰が特徴的だったという。
近所の古い家の方から焼けた石で家屋敷はみんなやけたという話が伝わっているみたいだ。

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これは近くにある溶岩。
落ち葉がのっかっちゃってわかりにくいですが、粘性の高いものが流れたときにできるような波紋がそのまま残って固まっています。
これこの辺りに飛んできた後もまだ固まっていなくてぶにょーみたいな感じだったと思う。
この辺りの用水路が噴火の前の1600年代から整備されているらしいことを別な話で知った。この用水路は多分宝永噴火の前からあったかもしれません。
でもこのでっかい溶岩が宝永噴火のときに飛んできた焼けた石なのか、もっと何千年も前の噴火のときのものが出てきて転がっているのかは私にはわからない。どうも話的には後者っぽい気もする。

宝永噴火の1707年、ドイツではJ・S・バッハが22歳。
小フーガト短調BWV578を作曲したのがこの年位・・・ちがうんじゃない?みたいな説もあるようだけど。



この曲が愛される理由は美しい主題と非常にフーガが透けて見えるようにわかりやすいことにあるのかなと思います。
でもバッハは遊びもやっていて4つの声部が出そろった後、最初の主題は第3声部に現れます・・
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と思たらねじれて第1声部が歌いだすんですよね。
あっそうなの?とかいってペダルが絡んでくるのも面白い。

むかし、何度も何度も聞いたんですよねこれ。
自分で弾いても見ました。
人として心も体も成長するために表へ出て色々やらなくちゃいけない時期だったはずだけど、家に引き籠っていたような記憶がないでもない。
音楽なんて選ばれた優等生みたいなのが弾いたり聞いたりするものだと思い込んでいたんだけど、自分も聞きたいと思えば聞けるし、弾きたいと思えば弾ける(気がしただけだけど)ということに驚いてひとりで喜んでいた。


若いバッハについて読むと、あちこちでもめたとか投獄されたとか血の気の多いことになっていて興味深い。
決闘したというのもあったと思う。
そんな人がこんな曲を作曲していることがまた面白い。
富士山も普段はあんなに優美な姿でいるのに暴れだすと血の気の多いことになるわけだ・・私が生きている間は静かで美しいままでいてほしいけど・・



3730.png
右手の建物は写真館です。
二回の壁一面が窓になっているところはスタジオなんでしょうか・・
何だかいいですよね。
正面の丸窓もいいなぁ・・
こういう、日本的な三角屋根の建物に正面だけ四角いビル的なものが付いた建物、子供の頃はよく見た気がするんですがだいぶなくなりましたよね。


バッハの前奏曲とフーガハ長調BWV545という曲があって好きなんですが、その初稿と思われるBWV545aという楽譜も見ることができます。
それを見ると前奏曲はもともと
3731.png
ここから始まることになっていたんですね。へー
今というか決定稿はその前に3小節の顔が付け足されています。

3732.png
これは決定稿。
わずか3小節ですがこの顔はかなりインパクトがあってこの曲の顔になってますね。
写真館の正面ファザードみたい。
その後歌いだす音楽はもともとあったものとほぼ同じでしょうか。
でもこれにとって同じ音楽でも印象と意味が大きく変わります。
元々顔だったものが今度は、実働的な手足のような印象になっている。

前奏曲の終結部もこれに対応して
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ここで終わっていたのが
3小節の終結部を追加され、

3736.png
こうなった。

計6小節追加されただけですが、元のものに比べずいぶん立派でしっかしとした建物みたいな印象になっていますよね。

続くフーガも明るくわかりやすく、なんだかいい曲ですね。

楽器ちゃんと弾けない私が言うのはおかしいですが、
ハ長調って一番弾きにくいですよね?
黒鍵がある程度あったほうが弾きやすい・・
変ニ長調が一番手の形にあってる気がする・・
お前が言うなって怒られちゃいますよね・・

クリスマス

今日はクリスマスイブですね。
犬にもなんかごちそうあげなくちゃ。

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初めて買って来たCDはバッハのオルガン音楽集でしたが
コラール前奏曲「甘き喜びのうちに」BWV608という曲が入っていました。
これはオルゲルビュヒラインという曲集の1曲で教会のミサかなんかで使う実用音楽集です。
教会歴とかいうのに基づいて運用されるんでしょう?
で確かこの曲はクリスマス用だったような。


弾いてるとこがよく見えるのはこれだけど、ちょっとあれかなぁ・・
聴くなら

こっちかな。
この人変な即興がいつも耳につくんだけどけれはいいですよね。

バッハがそう思ったかは知らないけれど、3連符が鐘の音のように聴こえなくもない。
コラール+鐘の音がカノンになっている4声の音楽ですね。

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バッハの自筆譜
コラールの下側声部にはバッハによるペダルの指示・・
当たり前なんだろうけど、ペダルって一番低い音なわけじゃないんだ・・
ここ音色も重要で、鐘の音にこの旋律が埋もれちゃってよくわからない演奏がいっぱいあるんですよね。
ちゃんと何やってんだかしっかり聞かせてほしいなぁ・・
ペダルを持たないオルガンでやらなきゃならないオルガニストは自分で手鍵盤だけで弾けるようにアレンジして弾く能力も必要だみたいな世界があるんでしょう?
知らないけど。

出版譜いろいろ
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三段譜に実音で書いてある・・
ペダルにしては高く見える?

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ペダルをオクターブ下げて記譜してある。
4’て書いてあるのはオクターブ高い音が出るパイプというかストップでという意味でしょう?
弾きやすい実用的楽譜という事?

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拍子やリズムを変えた楽譜もあった・こうすると弾きやすそうだし聴きやすいけどこれなに?
昔聴きまくって耳に焼き付いてる演奏はこの楽譜です・・

あの頃、その買ったCDを毎日毎晩繰り返し聴いたんですね。
トラック8に入っていたこの曲だけちょっと何だかよくわからなかった。
今その30年後ですが、今やっとああこれもいい曲だなと思えているんですよ。
いきててよかった。