雨の合間に

地震に合われた方々、お見舞い申し上げます。





雨やんでる・・
いまのうちだ散歩に行こうよ!
と犬と外に出てみれば・・
あっ
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また鹿が下りてきてる。
多分何度も来てるんだろう。
こちらをうかがいつつも余裕だ。
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それ旨いの?
雑草といえどもよく日が当たり耕された畑跡に生えたものの方が山の中の何かより柔らかくてうまいのかもしれない。
でなきゃわざわざこんなとこまで来ないよね?

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犬は駄々をこね中・・
本格的な散歩に行けなくて面白くないのと、これから私たちが飯を食いに出かけることを知っているからだ・・
ただでさえ面白くないのに私が鹿に夢中になっているのでもうどうにもやってられないというところ・・
かえるよー
・・・・・・・・・・

そして・・
地図上で近くの住宅地の奥に洋食屋があるのを発見した。
こんなのいつからあったんだろ?
いってみると民家のような作りのお店。
駐車場に車はない。まあ、時間も時間からか・・
嫁さんと写真を撮ったりしてふざけながら・・意外と中から見てるんだよとOPENの札がかかったドアを開け中へ入ると
ほぼ同時に白髪のシェフがいらっしゃいませと言いながら厨房から飛び出してくる・・
あ・・みてた?・・・・・?・・・
シェフはこちらを見るでも無く声をかけるでもなく誰もいない店内へ歩いていく・・
席へ案内してくれてるのかな?
なにしてんのかな?
と思っていると
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ぶっきらぼうに窓にかかったOPENの札をひっくり返し無言で戻っていった。
あれじゃまるで「もう終わるつもりだったのに人が入ってきちまったよ・・」みたいだ。
もちろんそんなつもりじゃないんでしょう。そんなつもりだったとしてもそれはそんな札だしとくからなのであって私が気にする必要はない。
いちいち気にしてしまうのは私に劣等感があるからだろうな思う。
自分に自信があり満たされた気持ちがあればこんなもの気にもならないし、色々あっても笑いながら対応できるのではないかと想像したりする。そういう人はそれがまたいいことを呼び、笑顔が定着したような人になるんだよね。
豊かな人生とはそういうものなんじゃないかと思ったりもする。
こんな私にもほんの一瞬そんなことを体験させてもらったことがありました。
あれは何だったんだろうとずっと思っているけれど、神様が何も知らないんじゃその後やりようがないからとあるべき姿を教える意味で設定してくれた期間だったんだろうと今書きながら思った。
しかしそれは今の今まで全く生かされていない訳で、自分の人生を貧祖だと感じているこれか・・これがずっと横たわるうっとおしいものの正体か・・
毎回、いちいち大げさでしょ?

ぱっとしないスープの後
出てきた皿を食べながら・・最近お客さんのところの社員食堂でも凝った料理だしたりしてるんだよなぁ・・なんて考える。
社員食堂みたいだとまではいわないまでも、最近いろんなところで食べてるから価格/内容みたいなものは頭に浮かぶ。
最初の印象が悪いからもう文句ばっかりで・・
フルーツを切っただけのデザートが出てきて
コーヒーも。
嫁さんに言わせるとコーヒーがうまかったそうだ。
じゃいいか。

いろんなお店のレビューなんか見てるといい店なはずなのにぼろくそに書いてあったりしますよね、
逆もある。
相性とか、人によって感じ方はいろいろだし、タイミングみたいなものもあるのかもしれない。
今日私があんまり盛り上がらないこのお店も大好きだという人がもしかするといるのかもしれない。
レビュー全然なかったけど・・新しいからかもしれないし・・

その後もシェフは接客向いてない感を色々だしていた。
逆に勉強になってありがたい。
私が今までさんざん人に嫌われてきた理由の日一つを教えてもらっているようにも思える。
また、がんばろう。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=1047&v=kUfPtKoU4PE
メンデルスゾーンの交響曲は3番の「イタリア」と4番の「スコットランド」がクラシック入門曲みたいな超有名曲です。
超人気化は知らないけれど第5番は「宗教改革」という名前を持っていて結構好き。
4番もそうだけど重い第1楽章の後にいきなり妙に明るいスケルツォが来るところが多少ひっかっかる。
ボンボンだから音楽に深みがないなんて批判していた人たちはこういうところも気に入んなかったんじゃないかと思う事が・・
そしてまた3楽章は
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暗く沈みこんだ歌となります。
ピアノのために書いた音楽をそのままオーケストレーションしたなと感じたりする。
別に雨の音楽じゃないけれど、なんとなくこの日のイメージ。

買い物をして家へ帰って
さあ今度はちゃんとお散歩に行こ。
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ちょっとご機嫌。

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鴨も何羽かいると強いのが弱いのをいじめてるのをよく見かける。
どこもかしこもそういうもんなんだろう。
めげずに強く生き抜かなくちゃね。
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え?なにが?


神様仏様

大事に至らず今またふだんの生活にもどれているのですが、
先週日曜日、家族の異変で救急車を呼んだ。
平日であれば救急車でなく自分が近くの病院へ担ぎ込んだと思う。この時もそのつもりだった。
しかし目の前の状況と当番医までの距離を考えて救急車を呼ぶという判断をした。
結果論的には救急車を呼ばなくても済んだのではないかとも考えるけれど、判断を誤って一生治らない後遺症を負った人のことを思い出したりもする。

あれからずっと、
私が弱気になっているから悪いことが襲ってくるんだ、強い気持ちを持たないと・・
みたいなことを考えていました。
しかしそんなことで頭がいっぱいなのも実は弱気というか負を招きそうなとげだらけの心というか。
大したことにならなかったのと、今後どうすればいいのかもわかったんだからよかったしありがたい・・と言う気持ちが最初に出てくるような人になりたい。
心の中が不満だらけだからネガティブな発想しか出てこないのである。
不満の原因はきっと我儘だろう。

それとは全く無関係に
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築地本願寺へ行ってみた。
ここへ行きたかったわけではないけれど近くまで行ってこんなのが目に入れば行かないわけにはいかないでしょう。
もう一つ、見てみたいものもあったから。
しかしすごい意匠だな。どこか外国みたいだ。
私はどちらかというとターミナル駅の駅舎に見える。
本願寺という名称と全然クロスしないけどな私の中では・・
階段を上がって中へはいれば
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お寺・・線香のにおい・・祭壇があって間違いなく見慣れたお寺の風景・・
しかし巨大な鉄筋コンクリートの空間にコンサートホールみたいな椅子・・
外人さんがいっぱい・・
違和感いっぱいである。
コンクリート製のお寺というのはよく見かけるけれどここは1937年竣工だそうだ。
なんか戦後のコンクリート寺とはまた別な意味でのコンクリート建築なんじゃないかという印象を受ける。
建物全体が作品である的な。
意外に自由な雰囲気で「撮影禁止」みたいな表示も見当たらない。
不思議で印象的な世界だな。
・・・・・あれ、ないじゃん。
ここにあると聞いていたあるものが見当たらない。
なんだないのかよ・・
まあいいやとトイレに行って戻ってくると。
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あっ
これコンソールでしょ?
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そりゃ除いてみますよ・・
足鍵盤。
2オクターブ半くらいあるのか。
間違いなくこれはエレクトーンなんかじゃありません。
電子式のパイプオルガン?こんなとこにそんなものでごまかしたらかえって恥ずかしいでしょう?
どこにあるんだ・・と上をみるとあっ
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あった・・
そう、ここはお寺なのになぜかそこそこの規模を持った
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オルガンを持っているんです。
これを見てみたかった。
パイプオルガンというのはキリスト教の教会でミサその途中楽譜の読めない人にも賛美歌を訴えるよう旋律を先導して聴かせる・・とかそういうのが元々の仕事なはずで・・
なんでお寺にオルガン?

一般的にオルガン音楽というとバッハの名前ばかり出てくる。
あたりまえだけれどたくさんの作曲家がたくさんのオルガン音楽を残しています。
ただ妙に専門特化しすぎな感があって、いわゆるクラシック音楽の世界と別個の枠があるような印象もありますね。
「オルガンの世界で有名な」作曲家は一般には無名だったり。
普通にクラシックの有名なロマン派の作曲家も実は結構オルガン作品を残しています。
ブラームス、ドボルザーク、シベリウス・・・でも彼らのよく知られたオーケストラやピアノ作品に比べるとその知名度は著しく低く知る人ぞ知る的な印象が・・・
聴いてみるとそのわけもわかるような・・まで言ったら怒られるか。
そんな中で成功しているのがメンデルスゾーンだと思います。

https://www.youtube.com/watch?v=faw9A0Q0rfg

このオルガンソナタ第二番ハ短調は名曲だと思う。
ちょっと優等生的なところを感じなくもない。でも彼らしさを生かしつつオルガンの魅力を最大限に引き出していると思う。

よくある2楽章構成でさらにそれぞれの楽章が前後半からなり、全体的には4つの部分を感じる・・みたいなやつでしょう。
後半急に明るく元気になっちゃうところがちょっと浅いような気もするしメンデルスゾーンだなぁという気もする。
交響曲第5番もとてもいい曲で好きだけどだけど各楽章の変化が唐突すぎまとまっていない気がしなくもない。

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2段鍵盤でソロとコーラスみたいな第1楽章第2部。
最後にコーラスとソロの対話みたいなのがありますが、泣かせますよね。
なんか嘆きつつこれが自分の定めなのだとかうたっていそう・・ちょっと演歌っぽい。

実はこの曲についてごちゃごちゃと書いたのはかなり前。
こんなの書いてもだれも読まないだろうとずっと塩漬けになっていました。
ごちゃごちゃいっぱい書いてあったのは皆消してしまったけれど築地本願寺のおかげでやっと公開。

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興味のない時にはきれいに並べてあるあのパイプがパイプオルガンだと思っていた。
あのパイプも鳴るんだろうけどあれはケースみたいなものでそのうらに複数のオルガンが並べられて・・
どうでもいいですかねそんなの。
サントリーホールのオルガンは近くに行くと中がちょっとのぞけます。
いくつかのホールでオルガンを聴きましたがホールの整った音響空間での整った音というか・・
天井が高く石でできた協会の果てしなく続きそうな長いエコー・・みたいなところでオルガンを聴いてみたい。
ここはどうなんだろう?
毎月最終金曜日にランチタイムコンサートをやっているようだ。
この日はその日じゃなかった。

オルガンを持っているホールや教会等はよく無料か500円のランチタイムコンサートというのをやっています。
折角あるんだもん、聴かせなかったらもったいないもんね。
やると行政から補助金が出るとかあるのかもな・・
ここは人がすごいだろうな。多分私は無理。
これまでいろいろ行ってみたけれど、
タダだからか周囲の客の素行が悪すぎて鑑賞どころじゃなかったことがあるのはある程度仕方ないんだろう。
奏者が演奏で何も感じさせないのにマイクを持たら饒舌になっちゃって学生のサークルか・・みたいなのは萎えた。
冷やかし客ばかりなのにマニアックな選曲で場が盛り下がってるのも見た。
意気込みはわかるけれど、実態に合わせるというのも必要じゃないかと思う。
反対にちゃんと楽しめてお腹いっぱいになったこともあった。その時は所沢ミューズ(だっけ?)。
あれはランチタイムじゃないからか。
やっぱりちゃんと聴きたい人とちゃんと聴かせたい人が集まった場じゃないと私はダメかも。
機会があればいろいろ行くといいと思う。

別な理由で私は頭のおかしいのがまだ治っていないため目の前で人間が演奏するコンサートにはしばらく行きたくない。
短い人生なのに損していると思うけれど仕方がない。

最近ある出来事でちいさく衝撃を受け、それは神様が私にあることを教えているんだと思った。
そうだったのかぁ・・と思っても
その先自分は何を考えてどうべきなのかまでは教えてくれない。
何かをアシストしてくれるなんてこともない。あるわけがない。
私は特定の宗教に傾倒したりはしていないけれど、時々そんなことを思う。
しかし考えるのもやるのもみんな自分、自分しかいない。
誰もいない。
何でもいいや、私は楽しくて幸せですよ。

蕎麦屋

なんとなく気になっていた蕎麦屋に行ってみた。
この周囲には最近はやりなのかよく見るような高尚な感じの蕎麦屋がたくさんある。
でもここは昔からやってますみたいな感じの素朴なお店・・・
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鴨せいろだっけかな大盛。
この鴨のきいたつけ汁おいしかった。
後で蕎麦湯入れてもすごくおいしかった。
蕎麦はあっさりした感じか。
よかった。
夫婦でやってるんだと思うけれど、少なくともなれないお客には無口で素朴な感じで・・
総ヒノキ造りみたいなすごいつくりの蕎麦屋だとつい期待してしまうけど出てきたのは味も香りもあんまりというのも結構ありますよね。
私は蕎麦を語れるような人間じゃないけど多分昔食ったそばの味が頭に焼き付いていて澄んだ蕎麦より黒くて癖のあるようなのが好きなのかも。
ちょっとよくわからない。
人気の名店みたいなのじゃないほうがいいのかな。
色々食い歩いてこれというのを見つけたい。

昔からの蕎麦屋といえばこの曲。

https://www.youtube.com/watch?v=ZwW4oruwyJU
昔ヨード卵光という卵のCMで東八郎のバックに流れてた。
ちょっと小ばかにした感じで。
ちょうどそのころ中学生だった私はこの曲のCDを買いました。
5枚目に買ったCDだったのを覚えています。
スターンの独奏とオーマンディー指揮フィラデルフィア管。
CBSソニーのクラシックベスト100みたいな企画ものの一枚だった。
スターンもメータも知るわけなくて、持っていたCDプレーヤーがSONY製だったからCBSソニーにシンパシーを感じてみたいなふざけた理由で買ったと思う。
記憶違いでなければ田舎の西武デパートの5階、CDは鍵のかかったガラスケースの中にありコンパニオンみたいな格好のお姉さんに出してもらったような気がする。
まだ百貨店があったし、CDをそんな感じでに売っていても違和感のない時代だった。
昔は小遣いをためたて何とか買ったCDだったから100枚目くらいまではどのお店でどんな気持ちで買ったかを思い出せた気がします。
今はもう全然わからない。

オーマンディーとフィラデルフィア管弦楽団はゴージャスサウンドとか言って大人気だったようだ。
それには仕掛けもあってオーケストレーションをいろいろいじっていたりもするみたいだ。
この曲でも例えば最終和音ではトランペットが和音のミに相当する音を吹いているのが聴こえる気がする。
作曲家の手によるそういうオーケストレーションが出てくるのはこの曲の100年後くらいだ。
オーマンディーくらいなら、怪しからんとかじゃなくてもうそれも歴史の一つくらいな話なんだと思う。

自筆譜があったのでなんとなく眺めていると現在の聞きなれたものといろいろ違う。
実際演奏してみた結果で色々と推敲を重ねたんだろう。

第1楽章提示部の終わり近く、うなるトゥッティからソロがだけが突進して叫ぶ部分

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今は第1主題を高く叫びあげるのに対し
もともとは
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なんかよくわかんないのを叫んだあと下がってきてうなる感じだった・・
何度か直してる。
鳴りもよくなったし、主題を叫ぶことで論理性みたいなものも高まったのかなと思う。



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作者により固定されたカデンツァが展開部に置かれていることで有名なわけですが

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アルペジオは略記で書いてあって・・
最初はもっと小規模な物を考えていたみたいだ。


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第1楽章の終わりもソロがトレモロで第1主題を連呼して盛り上がっていくわけですが、
最初は第1主題じゃなかった・・・
遂行によって論理的な展開というか芸術性が高まっていったのを見ている気がする。

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楽章終結部、有名なファゴットが残って次の楽章へ繋ぐアイディア・・・
いったんは主音で豪快に終わるように書いていたのを消して、後から書き加えたものだったんだ・・

メンデルスゾーンにもモーツァルトみたいなサーと書いていきなりできちゃう天才みたいなイメージがあるけれど
なかなかそんなことはなくて推敲を重ねて完成度を高めようという事をやってたんだなこの人も。

そんなことより昔散々聴いた録音を久しぶりに聴いてみると、おもちゃみたいなヘッドフォンで聴いていた時には聞こえなかった音やニュアンスが聴こえて驚いた。
知らなかったものを新たに知ったというよりあの頃そこにあったはずの世界へ今戻っていけた気がして感慨深かった。


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蕎麦屋のそばから。
みんな定年になると蕎麦屋で夢をかなえるんでしょうか?
森の中の誰にも気づかれないようなところでひそかにやってる蕎麦屋というのが結構あるみたいだ。
グーグルマップでそういうの簡単に見つかるようになって私はありがたいけれど、中には大事な秘密がバレちゃって面白くない人もいるのかな?
嫁さんが行きたがらないのでひとりで行ける隙があったら行ってみようか。

波の音とポエム

犬と車で出かけたはいいけれどどんより曇り・・帰ろうかとも思ったけれど犬が収まらない。
じゃあ海でも行こうか・・
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風が強く波も激しい。
岩で波が砕けてたりしてちょっとした景色に・・こういうのは天気悪いくらいが絵になっていよね。
ずっと向こうまで歩いていきたいけど立ち入り禁止。
この光景どこかで見たような・・・

メンデルスゾーンの序曲フィンガルの洞窟という曲
クラシック音楽入門みたいなのがあると出てくるような曲です。
この作曲家は音の風景画家と言われているわけですがこれなんかそのままですね。
リストが交響曲とは違うシンフォニックポエムというジャンルというか形式を作りました。
メンデルスゾーンのこれは序曲という事になってますね。オペラが始まるわけじゃなく独立しているんだけど序曲。
ブラームスも交響詩とか言わずに独立した序曲を2つ書いた。
ソナタ形式にしっかりのっとっていて自由な感じの交響詩よりは固くしまっているような気もするか・・別にソナタ形式でかたい交響詩もあっていいしあるんだけど。

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ヴァイオリンの霧が立ち込める中に厚い雲から透ける木管の光が重なってゆく・・
よく見ると3小節目のコントラバスが歯抜けになっているでしょう・・
普通ならつぎと同じDの音書きそうじゃないですか?
こういうところに天才の技があったりして・・
しかしこの数小節を聴いただけで目の前にこの世界があって自分はそこにいるもんね・・

この曲を初めて聴いたのはクラシックを聴き始めたばがりでまだ何にもわからなかったころでした。
冒頭の音楽を聴いて霧の中に波が打ち付けている様子が頭に浮かんだことを覚えています。
感動したというか音楽ってすごいと驚いたような記憶があります。
スカッと青空では全然なくて白霧に包まれた海・・
潮の香り、波の音・・
冒頭のあたりはいったその場で浮かんだ楽想を姉へ向けた手紙に走り書きしてるんですね。
とれたて新鮮。
その場の空気をその場で真空パックみたいな音楽だ。
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でも思うにこれは標本写真のように景色や空気を客観的にとらえたものではなくて、この景色、空気を見て触れて聞いた人間の心に映ったものが音楽になっているんですね。
一度吸い込まれて体を回り吐き出された息というか・・そう考えると汚いですねじゃない、200年前に存在した人間をそこに感じるわけだ。
そしてそれを読んだ誰かの心に映ったものが音として表現され
聴いた人間の心にまた何かが写る・・
心が介在してるところが面白いし素晴らしいのかなと思ったり。

ブログを読んでいてもあったこともない作者を感じることがありますよね。
写真でも撮った人の心がのってたりします。
本の評論から本だけじゃなくて読み手の世界を感じる。
ラーメン食ってきたみたいなのでも人を感じたりしますもんね。

さらに思うのはブログや音楽を通して私が感じた強い人間像と、実際のその作者は一致しなくてもいいんですよね。
私の思うメンデルスゾーンと本当のメンデルスゾーンが一致するかは知らないしどうでもいい。
でも私の中にメンデルスゾーンという人間が強く意識される・・
ブログの人も。
人間を感じたいのかなぁ・・
また、世の中人間を表現しようとしているのかなぁ・・

以前若い人がSNSの話をしているのが聞こえて、あいつのはいつもポエムだよなと馬鹿にする感じで笑っていました。
ポエムだとおかしく見えるんでしょうね。
ポエムという言葉はいいものでもあるからこの場合、陳腐な自分語りみたいな意味なんでしょう。
具体的な例を挙げて笑っていたから聞いたんだけど私には少しもおかしいと思えなかった。
俺もそうなっちゃうよ思った
私、仕事用の会話や親しくない人との会話は普通にしてるつもりです。
いきなりポエムじゃしまずいことくらいわかるよ。
でも子供のころから妄想の中で自分と会話しながら過ごしてきましたので頭の中は悪い意味でポエム。
このブログも他人から見るとうざい自己陶酔かなと思う事があります。今これとか。
ちょっと人と親しくなると話が合わない感じがしてくる。
相手は離れていき、自分も逃げる。
相手には私がアホなポエムに見えるからかなと思ったこともあります。
そして一人に戻る。
悪いのはポエムじゃなくてなじめない相手へ向かって子供のころから続く疎外感への代償としての敵意みたいなものが出ちゃってるんだろうね。
なに?このひと?
ってことでしょうね。

相手を直接感じず、好きなだけ気持ちの悪い自分語りをしていられるところが私にとってのブログのいいところなんでしょうね。
自分語りという言葉も嫌いですけどね、ある人がまたある人を馬鹿にする意味で使ってた。
でも私はその馬鹿にしているのを聞いて好意を持っていたその人が遠ざかって行くのを感じた。
もういいいか。

フィンガルの洞窟も四国八十八箇所みたいなところなんだと昔ききました。
私は多分死ぬまでフィンガルの洞窟なんて行くこともないと思う。
この音楽を聴いとけばそれでいいか。
あとは江の島の裏側の洞窟でも見とけばいいや。


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たのしいねー
あなたの笑顔で私はいつも救われます。
またどっかいこうね。

あれ?

公共施設は周囲に桜を植えることになってるんでしょうね。仕事で使うことのある施設も大きく育った複数の桜が見事です。
元々一般人が来るようなところでもないし土日は休みで誰もいないから10年ほど前から桜の時期になると嫁さんと弁当を買って見に行ったりして。
そのすぐ隣の施設は丘の上みたいなところにあるため、階段状になった擁壁の中段に座ると目の前を桜の花が埋め尽くしま・・・・
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あれ・・・・・
最近大きくなった桜の枝を大規模に切り落としたらしく超絶ボリュームダウンして花もまばら・・
植木屋さんの仕事を見てるとえっそんなに?ってくらい思い切り枝を切ってますよね。
分かってる人がやるから大丈夫なんだろうし、そのまま切らないと弱って枯れたりするみたいですね。
俺もいらんとこ切っちゃいたいけどなぁ・・みんななくなっちゃうか。
まあいいか。暖かい日差しのもとパンでも食えば楽しいし。
と食べ始めると日が陰る・・
いいさ、まってりゃそのうちまた出てくるよ・・
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あれ・・・
光は永遠に閉ざされたのだ・・・みたいな雲があっという間に辺りを覆っていく・・
さっきまであんなに強い日差しが輝いてたのに、俺がさあなんつってパンかじり始めたらさっと曇りやがった。
この絶妙なタイミングは何なんだろ?どっかで見て制御してんでしょう?
子供の頃は本気でそう思ったことがあった。
まあいいじゃない犬と嫁さんがいれば。


この薄暗い天気で台無しな感じに明るすぎて自分に不似合いな気がするこの曲をぶつけてやる。
音楽に目覚めてすぐのころラジオで流れたのを録音して聴いきました。
夏休みだったかな・・朝まだ涼しい時間だった。こんなのを聴いて何かこれからいいことがあるような気がした。
あの当時からこの明るさが自分にしっくりこない感もあったけど、まだ何も知らずそれなりに明るくたのしい毎日ではあった。
気になる女の子がこの曲を習っているらしいことを聞いた覚えもありますがもっと別なことを気にすればよかった。

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両手に交互に出てくる装飾音符がなんかこう小さな花がいっぱい咲いているみたいですよね。
中学か高校の頃に楽譜を見て何だか難しそうと思った記憶があります。
弾けるわけでもないし関係ないけどね。
この関係ない感じがお前は黙ってろと言われてるみたいで結構悲しいんだけどね。
しょうがないよねそんなこと言ったって。

メンデルスゾーンの家はユダヤ人の銀行家だっけ?大富豪って奴でしょう。
金のありあまったような家に天才として生まれ好きなだけ芸術に触れさせてもらい自身の才能も生かし放題生かして、お姫様みたいな嫁を貰って・・
この人ユダヤ人差別もあったけれど、苦労を知らないから作品に深みがないみたいな僻み的評価で長年闇に葬られていたようです。
そういう考えは陳腐だと思うんですが、時々僻み人にちょっと同情してみたくなる。
私は金持ちじゃないし才能のかけらもなかったけれど、嫁さんだけはよかった。
そうかじゃあいいな。
これいい曲ですよね。

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本当はもう一つこんなはずじゃないことがあるけどそれは内緒。

奥の施設はいかにもバブル期の設計という印象で、でっかいホテルみたいなエントランスは照明も落とされ空調も効かず今となっては非効率の象徴みたいにみえます。
いま言いたいのはそこじゃなくて、そのバブル城の周囲を飾っているこの桜、奥の施設ができたバブル末期に植えられたものでしょう。
30歳くらいか、写真じゃ小さく見えますが今では幹も太く大木というような風格を持っています。
数年前までは頼りない若木だったこの桜を支えた木組みが残っていました。
でっかい横綱が三輪車を押しているような異様な光景が印象的だった。
こんなでっかい樹だけど私が音楽を知ったころ、世界が見え始めそうで見えてなかった頃には支えが必要なほど細くて小さな木だったのか。
この樹はこんなに大きく立派に育った。で俺は何してたんだ・・・まぁいいか一生懸命生きてきましたよ。

枝を落とした桜、来年はどんな風に咲くのかな。
勢いが出てすごいことになっちゃったりして。
また来年みにこよう。

いちょう

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お堂の銀杏の樹

世間に出れば自慢に威圧に人を見下す目・・・トゲだらけだ。
まぁ、そこを負けずに進んで行かなくちゃいけないんだろうけれど。
堂々たるこの木はいちいち威圧する必要もないし、トゲで刺してきたりもしません。
何も言ってくれない代わりに出て行けとも言わない。
たくさんの葉を通して落ちてくる日の光はとても奇麗でやわらかい。
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見上げるとずっと上のほうまで多層に重なった葉っぱの世界が見えて
ずっと眺めていたくなります。
構えてどこかに出かけていかなくてもこんなにいい時間がその辺にあるんだねー。

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犬はこの時期なぜかあそこから入ってきません・・
お堂の仏さまに遠慮しているからではなくて
銀杏がくさいから?・・・臭いところ好きなはずなのに・・

この感じ、メンデルスゾーンの前奏曲とフーガOp.37の第2番ト長調は牧歌的な前奏曲か・・・

この演奏はいいと思うけど後半のフーガがないのが残念。
欲を言えばもっと歌いこんでほしいと勝手に思ったり・・

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悲しみも苦しみもないし、威張ったり馬鹿にしたりもしない。
ただ心地よい若草色の世界があるだけ。

続くフーガ主題もわかりやすく親しみやすい。
何だか元気になっちゃって歩き出していくみたいだ。
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バッハのオルガン曲なんかは如何にも終わりだなという感じで終わるんですよね。。
聴いてるこっちも納得してああおわったなぁ・・みたいな。
このフーガの終わりの部分、そのまま流れて終わっていく感じがメンデルスゾーンだなと思います。
交響曲第5番の最後にもこんな感じがあります・・
この辺が恵まれた立場の幸せな人・・みたいなイメージとちょっと結びついちゃうんだけど。
いちいち確固つけなくてもいいよそんなところ・・見たいなひとだったのか・・

あちらではオルガンは協会に必ずある身近な楽器で、オルガニストはどの町でも必要な職業だったんでしょう・・
逆に言うと取り合えず音楽で飯を食ってこうと思ったらピアノの教師とオルガニストとかだったのかな・・
有名なロマン派の作曲家も結構学校でオルガン科にいきオルガンの曲を書いてるんですね。
えーこの人にもあるの?というのが結構ある。
でも(私にとって)普通に聴いて楽しめる曲を書いてくれた作曲家は少ない。
バッハを発見して世の中に復活させたメンデルスゾーンですが、自身もオルガンでバッハの作品をいろいろ演奏したみたいです。
メンデルスゾーンのオルガン曲にも親しみやすくいい曲がいくつかあると思う。


フーガ付き。
個人的な好みはもうちょっとじっくり歌ってほしいなぁ・・

この木、何歳なのかな?
誰が植えたんだろう・・
向こうの石碑にはなんとか嘉左ヱ門とか時代劇みたいな名前がいくつか彫ってあります。
ずっとここにいたいけど犬が待ちくたびれているしこの先にもいいことがあるかもしれない。

何人かの方に私の曲を聴いていただけて、コメントとか拍手とかをいただけました。
それがどれほど私にとって素晴らしいことであるかというと・・
大袈裟に聞こえると思いますが生きていてよかったと思うんです。
人間は飯だけ食ってれば生きられるというものではないと思うんですよね。
どうもありがとうございました。

あさがお


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もう11月になろうという頃に間違えて芽を出してしまったあさがお
本葉を出して頑張っていたけど霜も降りて、いじけてしまっているようにも見える。


昔、寒くなる頃に目が出た朝顔の芽がかわいそうに思えて、鉢に入れて部屋の中で育てたことがあります。
昼間だけ窓際の日の当たるところにおいてあげて・・・
弱々しいながらもなんとか弦を伸ばし、12月に入ったころにいくつかの花を咲かせてくれました。
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厳しい状況の中、健気に花を咲かせてくれたときはうれしかった。
5つ目くらいのつぼみはもう開く力もなく、静かに色をなくしていった。

みんなと同じような一生を送ることができないとき、その一生を間違えだと考えるのはあんまりだ。
霜に震えている朝顔を助けてあげたい気もするけれど、もうそれはしない。
奇跡が起きて花を咲かせてくれたらと思うけれどそれはないだろう。
なんで助けてくれないの?と思っているかな?
うるせー黙って見てろみたいな心意気で頑張ってるのかな?
俺も誰にも助けてもらえないとわかって絶望したことがあるよ。
その時はつぶれる寸前でその原因が静まってくれた。
今も再びその時が訪れることに怯えてしばられてるんだよ。
ここに生まれた訳をどれほど考えても何もわからないし何も変わらない。
いまここで、何ができるかだけ。
お互いできるだけ頑張ろう。

メンデルスゾーンの無言歌集、Op.67-5は「羊替えの訴え」という曲。
多分タイトルは作者によるものじゃないと思う。
如何にもという気もするけれど、羊飼いってそんなに絶望的な境遇ににいた人たちなのか・・


でも聴くと確かに羊飼いの訴えだ・・・
中間部で一瞬希望のようなものが見えかかるけどすぐに悲しいつぶやきに代わってしまう。
後半の嘆きは音量だけじゃなく音数も増えて重く悲痛な叫びとなる。

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雨だれが聞こえている気もする。
何を嘆き、祈っているんだろう?

メンデルスゾーンは裕福なユダヤ人の銀行家の家に生まれ、早熟な才能を発揮させるための環境にも恵まれ・・みたいな絵にかいたような恵まれた立場を生きたように見える。
大好きな曲もいくつかありますが、どこか他人ごと的な優等生感を感じなくもない。
でも、ユダヤ人迫害の動きというのは当時からあったみたいだ。
作品からそれを一切感じさせないのは彼なりの意地だったなんてことはないのかな?
味わった苦渋がそのまま音楽として残ている曲がひそかにあったりはしないのかな?
ブログとはいえちょっと感傷的過ぎかな?

夢だったのか?


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これは昔通った中学校への階段。この時点で結構登ってきていて息切れなしには登れません。
あのころはこんなにきつくなかったと思う。思い出して浮かんでくる光景は昨日のようです。
中学校はなんとなく楽しかった。

高校1年生の後半くらいから卒業まで私の記憶は、どこまで書いていいのか・・
強迫性障害を発症して、みたいなのから始まるんですが真っ暗闇です。
自分に何が起きているかわからず、誰にも相談できなかった。
なんとか学校へは通い続け、進学で誰も知る人のいない遠隔地へ移住したことをきっかけに最悪な状況からは脱することができました。

あの時、自然に今の自分は仮の自分で本当の自分じゃないという意識が出来上がっていたと思う。
そのせいか自分の人生はそこで中断していて、空洞のままだというような意識がどこかにずっとある。
最近、あることでその空洞を少しだけうめられたような気がしました。
見たかったその先は少しもいいものではなかったし結局途切れてしまった。
でも考えてみればいかにも自分らしいし、これが本当だなと妙に納得している。
あの時何があったのか、ほんの少しだけ知ることができた気もする。
本当は少しだけいいこともあった。

メンデルスゾーンの「夏の世の夢」という音楽があります。
結構行進曲が超絶有名で最初の部分を聴いたことのない人はいないかもしれません。



この音楽、序曲は作者が17歳の時に完成しています。
姉と弾いて楽しむために書いたものをオーケストレーションしたとか・・
天才っていうんでしょうこういうの。
その後に続く劇音楽みたいなのは40歳になって書いたものなんですね。
17歳の続きを40になって・・それでちゃんとつながっちゃうんだからまた天才ですね。

序曲の第1主題は弱音で動きまわるヴァイオリンは飛び回る妖精の姿だ・・
すごく速い動きが連続しているところに
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ポンと月明りが入る。
楽譜の景色が妖精と上空の月明りに照らされた雲・・みたいに見えたりして・・
クリアな光を得るため、オーボエは休んでいるところが・・
音楽的にもここでいったん連続したいたパターンに変化が入ることが何だかものすごく印象的で効果的です。
それが、曲の最後の方でまた出てきた・・
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と思うと月明りが固定したまま妖精はもう出てこない・・
ここはいつも急に時間を止められたようなすごい感覚になります・・
こういうの他にもあるといえばあるけど、
へーと思って聴いたのは私が17歳くらいの頃だった。
あのころ、音楽だけが支えで楽しみでした。聴くだけですけどね。
40過ぎた今も同じ。

変なこと書いてもいけないんでもう笑って終わります。

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こんな感じの気分で。

なかがいいね

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ぼんたんの葉にセミの抜け殻が
仲が良いのー

セミがあんなに鳴いてるのは嫁さん探しのアピールなんでしょう?
一世一代の熱唱なんだろうな。

より美しく鳴いた方が・・とかじゃなくて音量勝負らしい。でかい声で鳴いて目立ったもん勝ち。
うるせーと思うけど、勝負かかってんだね。
ツクツクボウシなんか、あんなテンポ変化や変拍子みたいなのを含む音楽を歌ってるんだから演奏で評価してもらえたりしないのかな?

フルトベングラーみたいな劇的な加速を見せるセミ。
トスカニーニみたいなザッハリヒなセミ。
マーラーみたいに勝手に編曲しだすセミ・・

うるせーけど、みんながんばれ

セミは土の中に7年でしたっけ・・
昔は振り返ると遠かった7年って。
今は7年前なんて振り返っても昨日か一昨日みたいだ。

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鶴のダンス。
標茶かな・・帰りの空港にむかって走っていた時。
道端でやってた。
一緒に踊っているんだからもういい仲なんでしょう?
彼らはどちらかが死ぬまでずっと一緒にいるんだよね。

たぬきもそうらしいと知って先日感動した。
たぬきも嫁さん探しで歌うとか踊るとかするのか?
もう一度会いたいなたぬき。



メンデルスゾーンの無言歌に”デュエット”という名の曲があって
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聴くと本当に男女が出てきてテュエットしています。
ずっと掛け合いするんだけど最後は二人一緒に・・
これ弾けたらいいだろうなぁ・・


細かい音の伴奏に乗って二人分歌うんだけど、ベースが結構動いてるのがずっと聞えてるところが何だか好き。

超セレブなメンデルスゾーンは絵にかいたようなセレブ結婚みたいな感じだったんじゃないかと勝手に想像してる。
でも彼にも歌手かなんかとの浮気疑惑みたいなのがあるみたいだな。

この曲中学生の夏休みにラジオで覚えてずっと聴いたので、私にとっては夏の思い出。
弾けるわけじゃないから思いでってのもおかしいか。
聴いてたのはバレンボイムのこの演奏だった。

夜になったら鈴虫が鳴き始めた。
もう秋が見えてるんですね。

悲しい歌

病院へ行って変な病気じゃないらしいことを確認して、薬をもらって・・
音楽を聴こうと思ったけど体がもたない。
ブルックナーの3番を3楽章でやめる・・
体調落ちると気持ちも落ちますが、今日は小さないいことが2つあった。
人生は捨てたもんじゃないはずだと言い聞かせて・・寝る。

皆色々あるらしくて、いろんな人のブログを読んでると心をやられちゃったようなことを書いているのに出くわします。
書いていいよね。リアルでそんなことを言うのはいろいろまずいだろうから、せめてブログくらい。お互い様だし。
実際は何も解決しないし、書けば賛同してもらえるというわけじゃないけど、
誰かに聞いてほしんだよね。
猫がしっぽを立ててるのも作曲家が作曲するのも、ブログ書くのもみんな根っこは同じでしょう。


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まだ嫌なことも知らなかった中学生時代に聴いていた曲です。
メンデルスゾーンの無言歌集第5巻からベネチアの舟歌第3。
ベネチアの舟歌という題名は作者によるものです。
舟歌って船頭が歌うんでしょうか・・左手は船の浮かぶ様子なんでしょう。


歌詞の聞こえないこの歌も尋常でない内容を持っているはずだと思うんです。

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冒頭に鳴らされる2組の鐘のような音は高低2組あることから男女かなとも思います。
音楽自体はppだって言ってるところにffで鳴らされるんだからたいへんだこれは・・
主人公の魂を表しているのは間違いないでしょう・・

ppで歌われる歌は美しく悲しい、とても悲しい・・
鐘の音を挟んでオクタープ高く歌われるときにはもはや氷のような魂が悲しみで壊れてしまいそうです・・

その後、祈りのような歌が歌われ、クライマックスに達すると

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すべてを打ち砕いてしまうかのような鐘の音・・
何かとてつもなく恐ろしいことが起こったんでしょう。
裏切りかなとも思いますがその後を考えると違いますね・・
こういう展開はよくあるといえばあります。

この曲のすごいところはここでしょう、祈りの歌が浄化されたかのようにきこえると・・

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夢のような美しい光の向こうで2人の鐘が明るく寄り添うように鳴っているのが聞こえます。
天国で二人は結ばれることができました。みたいな・・

何があったのかは知らないけれど
一見明るく終わっていくこの音楽は実はとてつもなく悲しい出来事を歌っているのではないかと思うんです。


昔話ならそのほうが劇的でいいけど、
リアル自分はとりあえずこの世の今が幸せなほうがいいよね。