さだめ

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今この部分を書いているのは今日。
それはあたりまえか。
勤務先のある人間が会社を辞めると言い出したらしく、その上司や周囲の話を聞いているとどうもその人間の言動は軽い。
やがて出てくる言葉として
「あいつは子供がいないから・・」
まあわかる、そしてそれは俺も同じ。
仕事を辞めたいとは思わないけれど、この人生ここで終わってもみたいなのがよぎった。
しかし死ぬは怖いし、嫌だ。
絶対に死にたくない。
長生きがしたいというより死ぬことが怖い。
怖いのつぎはもったいないか?
もったいないのなら有意義に使えばいいのだけれど、そこがどうもどうすればいいかわからない。
何を言っているのかもわからない。


1週間くらい前のこと・・・
車で家に帰ってきて、駐車場へとバックギアに入れる・・・・・!?・・
なんかやたらにジージー言ってるのが聞こえて外を見ると

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鳥が咥えた蝉を地面に叩きつけ半殺しにしているところだった。
蝉は断末魔の叫び。
バンバン叩きつけられるからそれに合わせて鳴き声も時々止まる。
かまわずバンバンやる鳥。
だんだん小さくなっていく蝉の声。
写真を撮ろうとするとなぜかスマホが勝手に再起動を始める。
なんだこれしかし・・いつもここぞというところで変な動きをするスマホ・・関係ないかこれは。
多分飼い主が悪いんだろう。

そんなことを言っている間に蝉の声は止まっていた。
あぁ・・逝ってしまったのか・・・
っと地面に投げつけるとは羽根をむしられた蝉の本体は弱くジーっとかいってまだ悲鳴を上げながら転がってゆく・・
それをまた咥えて地面に
だんだん怖くなってきた。
あれが俺だったら・・・
自分が鳥だったらと言う想像は来ない。
無残に引き裂かれる方だ。

本当に無音になったとき、寂しさと恐怖と不安みたいなものが襲って来た。
鳥にとっては普通の食事。
何見てんだよてめーというというところでしょう。
蝉としては人生の総決算を目前に・・


https://www.youtube.com/watch?time_continue=1010&v=WjvHIGdj2DA

メンデルスゾーンの交響曲第3番はスコットランドという愛称がついていてクラシック入門みたいなのがあれば必ず載ってるような曲です。
むかしだと東京タワーと上野動物園みたいな曲か・・ちがうか・・
存在は知っていたし盤も持っていたけどなぜか私が聴くようになったのは40歳過ぎてからだった。
まあそれは今どうでもいいか。

ユダヤ人銀行家のせがれで超絶セレブであったメンデルスゾーンはスコットランドに見物旅行に行ってこの曲の着想を得たという。
次の年にはイタリアへも旅行にいってそこで着想を得たイタリア交響曲というのも有名。
その同じころ今日この子に食べさせるものをどうやって得ればいいのか・・・みたいな人もいたんじゃないかと思う。

しかしそれはそういうものだろう。
名門金持ちのところへ天才として生まれちゃったんだからしょうがない。
そうじゃないところへ凡人として生まれてきちゃったのも仕方ない。
蝉に生まれちゃったのも仕方がない。
俺が俺なのも仕方ない。
赤坂で降りてサントリーホールへ行こうと歩いていると高級マンションみたいなのがありみていると小さな子供が出てくる・・
制服を着たボーイみたいな人が子供のために黒い車のドアを開ける・・
何だあれメンデルスゾーンか・・・もいいか。
そのサントリーホールへもずっと行っていない。
前回そういうのを拒絶してからまた近づきたいと思うまで25年かかった。
これから25年かかるともう生きてるかわからない。
まいいか。

第1楽章の重く切なく悲しい雰囲気の音楽の後、唐突に馬鹿みたいに明るく元気なスケルツォが続いちゃうあたりに苦労なしのボンボン感を感じないでもない・・
こういう所に注目して彼の音楽を批判する向きは当時からあったようだ。
かなり僻みも入っていたのかなと思う。

3楽章も悪く聴くとでっかい工場なんかで昼休み終了時に流れる陳腐なBGMに似てる気もする。
ただちゃんと聴けば作者がやりたかったのはそんな浅い音楽じゃないことはわかる。
この曲はいい曲だと思うし好きだ。
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これを書いたのはその本人かと思うと、この紙は時空を超えて人と人をつなぐタイムトンネルのような・・いや、つながってないか。
几帳面な人だったかもなと思ってみたり。



眠ろうとすると、いろいろとネガティブな記憶がよみがえってしょうもないことを考え続けてしまう。
なかなか寝付けなかったけれどやっと夢と現実のはざまみたいなところへ落ちたころ、
あの蝉が出てきてジージー言ってた。
生きてられるんだからいいだろ
といってた気がする。

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あさ

あさ、仕事へ出かけようとすると玄関まで犬が出てきてくれた。
久しぶりだな。
昔は毎朝見送りに出てきてくれたし、帰れば必ず玄関で待っててくれたんだけど。
最近は・・まあたまには出てきてくれるか。
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出てはきたけどしっぽを振って見送ってくれるわけでもないのね・・・
でも出てきてくれてありがと。

自転車に乗って出かけると
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最初の10分くらいは風もさわやか、朝日も綺麗でとてもいい気分。
朝日の当たった田んぼの稲なんかも生き生きしているように見える。
まとっていた雲を振り払って、富士山もさあこれから・・
その後朝日に焼かれて蒸されていく。


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写真見ていてこれを思い出した。
北海道の北の方。オロロンラインとかいうんだけれどいいところ・・
霧で辺り一面真っ白でこんな遠くまできて湿気た真っ白ってなんだよと腐っていたらすーっと霧が晴れて・・
天国みたいと言えば大げさだけどこの時のことは忘れられない。
もう一度あの体験をと飛行機の早割りみたいなのを取って・・しかしそれは出発前夜にキャンセルされそれっきり。
発狂した親族にターゲットにされたら、楽しみな気持ちや素振りを一切見せてはいけない。火に油を注ぐような結果が待っている。
発狂というのはよく使われる感情が異常に高ぶるという意味ではなく、裁判所の命令で医者に毒を注射されたとか言いながら役所に押し掛けるとか、タクシーの運転手がスパイだと言い出すとかそういうのだ。
一番の問題は自分がまともだと信じている点で、医者の前ではまともになるので診断がつかず誰にも助けてもらえない。
その後の恐怖と絶望は直面した当事者にしかわからないと思う。
落ち着いて以降もこちらの精神が金縛りにあったような状況となり常に再発におびえることとなる。
そして、自分は楽しんではいけない・・に変わっていく。
今思えば、それは子供のころから繰り返されていた。
直接それを受けていたのは父親であったけれど、父親の理解不能な言動も自覚のないままその反動を私へぶつけてきていたんだろう。
最近、私自身もあの血をもひいているのだと考えることがある。

それはいいとして長期に出張するはいいけれど、呼んでもいないという不安がまたあのスイッチを入れてしまうのではないかという不安に私はさらされている。
実際、行ってみれば何事もなく終わるのかもしれない。
また、その話が出ていて海外行きは避けられないと思う。
スイッチが入っても誰も助けてはくれない。
まあこのブログで愚痴ることができるか。
もし本当にそうなったとき、そんなことでもあるとないとでは大違いなのである。


こんなの読まされる方は不愉快でしょう。
打ち込むべきことがないとこんなことを考え、ネタがないとこんなことを書いてしまう。
これじゃいけないと思う。
思うがやめられない。

うちの朝顔が伸びててきたので棒を立ててみたんだけど・・・
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おまえのおせっかいなんかうけねーよと地べたを前進中。
親の心子知らず・・・タネをまいたときは親だったかもしれないけれど、もうその曾孫くらいか。
自分で勝手に流れてきて勝手に芽を出し根をはったんだ意地があるんだね。
そうかがんばれがんばれ。
でも水やってんのうちの嫁さんなんだから・・え?うるせぇ?



メンデルスゾーンの無言歌集第5巻の頭の曲。
5月のそよ風という名がついているらしいですが、作者でなく多分楽譜の出版編集者みたいな人によるもの。
別に5月に聴かなくちゃなんないわけじゃない。
31年前の夏休み、あさラジオで流れているのを録音して繰り返し聞きました。
明るい陽射しとひんやりした空気でとても気持ちの良い朝だったと記憶しています。
新しい、音楽を聴く楽しみを見つけて嬉しかったと思う。
今思えば、13歳の夏休みってそんな老人みたいなことを言ってるのはおかしかったのかもしれないなと思う。
皆のいるところへ行きと言う発想はみじんもなかった。
具体的にどうすればいいのか何もわからなかった。
今もわからない。
これを聴いている間はあの時の穏やかで明るい気持ちを思い出します。
何度も何度もあそこへ戻りたいと考えたことがあった。
もう戻っても全く同じ道をたどることがよくわかりそれも気が済んだ。

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今日は椅子の上ですか・・
そこはあれでしょ・・おやつちょうだいとかかまってよとかアピールする場所じゃない?
まだ朝だよ・・・

犬が笑う・・と聞いて考える内容は人によって大きく異なると思います。
そこから始まっていろいろ書いてみたのだけれど行きつく先は何時もの人が苦手、嫌いみたいな内容であった。

あほなことを書いた後、テレビを見ると大雨によって西日本で大変な事になっているのを知った。
生きていられるということは幸せかもしれない。
まじかに迫る死からもう逃れられない絶望にとらわれた人を見た時は
生きていられることが幸せなんだと本気で実感した。
あの人から何かを教わったとすればそれだろう。
しかしすぐにそこを忘れる。
そこは忘れちゃいけないのかもしれない。

あの朝顔、先ほど見たところ水平に伸びていったつるは勢いをなくし先端は枯れかかっていた。
途中から分岐する芽が出ているのでそれは棒に巻き付くことを選ぶんじゃないかと思いみている。
また明後日のほうまで延びていこうとするなら大したもんだけど馬鹿だ。
棒に巻き付いたからって恩を売ったりはしないから・・

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あー今日も出てきてくれたの?
そっぽ向いてあくびしてるけど・・
ありがと。



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雨の合間に

地震に合われた方々、お見舞い申し上げます。





雨やんでる・・
いまのうちだ散歩に行こうよ!
と犬と外に出てみれば・・
あっ
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また鹿が下りてきてる。
多分何度も来てるんだろう。
こちらをうかがいつつも余裕だ。
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それ旨いの?
雑草といえどもよく日が当たり耕された畑跡に生えたものの方が山の中の何かより柔らかくてうまいのかもしれない。
でなきゃわざわざこんなとこまで来ないよね?

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犬は駄々をこね中・・
本格的な散歩に行けなくて面白くないのと、これから私たちが飯を食いに出かけることを知っているからだ・・
ただでさえ面白くないのに私が鹿に夢中になっているのでもうどうにもやってられないというところ・・
かえるよー
・・・・・・・・・・

そして・・
地図上で近くの住宅地の奥に洋食屋があるのを発見した。
こんなのいつからあったんだろ?
いってみると民家のような作りのお店。
駐車場に車はない。まあ、時間も時間からか・・
嫁さんと写真を撮ったりしてふざけながら・・意外と中から見てるんだよとOPENの札がかかったドアを開け中へ入ると
ほぼ同時に白髪のシェフがいらっしゃいませと言いながら厨房から飛び出してくる・・
あ・・みてた?・・・・・?・・・
シェフはこちらを見るでも無く声をかけるでもなく誰もいない店内へ歩いていく・・
席へ案内してくれてるのかな?
なにしてんのかな?
と思っていると
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ぶっきらぼうに窓にかかったOPENの札をひっくり返し無言で戻っていった。
あれじゃまるで「もう終わるつもりだったのに人が入ってきちまったよ・・」みたいだ。
もちろんそんなつもりじゃないんでしょう。そんなつもりだったとしてもそれはそんな札だしとくからなのであって私が気にする必要はない。
いちいち気にしてしまうのは私に劣等感があるからだろうな思う。
自分に自信があり満たされた気持ちがあればこんなもの気にもならないし、色々あっても笑いながら対応できるのではないかと想像したりする。そういう人はそれがまたいいことを呼び、笑顔が定着したような人になるんだよね。
豊かな人生とはそういうものなんじゃないかと思ったりもする。
こんな私にもほんの一瞬そんなことを体験させてもらったことがありました。
あれは何だったんだろうとずっと思っているけれど、神様が何も知らないんじゃその後やりようがないからとあるべき姿を教える意味で設定してくれた期間だったんだろうと今書きながら思った。
しかしそれは今の今まで全く生かされていない訳で、自分の人生を貧祖だと感じているこれか・・これがずっと横たわるうっとおしいものの正体か・・
毎回、いちいち大げさでしょ?

ぱっとしないスープの後
出てきた皿を食べながら・・最近お客さんのところの社員食堂でも凝った料理だしたりしてるんだよなぁ・・なんて考える。
社員食堂みたいだとまではいわないまでも、最近いろんなところで食べてるから価格/内容みたいなものは頭に浮かぶ。
最初の印象が悪いからもう文句ばっかりで・・
フルーツを切っただけのデザートが出てきて
コーヒーも。
嫁さんに言わせるとコーヒーがうまかったそうだ。
じゃいいか。

いろんなお店のレビューなんか見てるといい店なはずなのにぼろくそに書いてあったりしますよね、
逆もある。
相性とか、人によって感じ方はいろいろだし、タイミングみたいなものもあるのかもしれない。
今日私があんまり盛り上がらないこのお店も大好きだという人がもしかするといるのかもしれない。
レビュー全然なかったけど・・新しいからかもしれないし・・

その後もシェフは接客向いてない感を色々だしていた。
逆に勉強になってありがたい。
私が今までさんざん人に嫌われてきた理由の日一つを教えてもらっているようにも思える。
また、がんばろう。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=1047&v=kUfPtKoU4PE
メンデルスゾーンの交響曲は3番の「イタリア」と4番の「スコットランド」がクラシック入門曲みたいな超有名曲です。
超人気化は知らないけれど第5番は「宗教改革」という名前を持っていて結構好き。
4番もそうだけど重い第1楽章の後にいきなり妙に明るいスケルツォが来るところが多少ひっかっかる。
ボンボンだから音楽に深みがないなんて批判していた人たちはこういうところも気に入んなかったんじゃないかと思う事が・・
そしてまた3楽章は
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暗く沈みこんだ歌となります。
ピアノのために書いた音楽をそのままオーケストレーションしたなと感じたりする。
別に雨の音楽じゃないけれど、なんとなくこの日のイメージ。

買い物をして家へ帰って
さあ今度はちゃんとお散歩に行こ。
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ちょっとご機嫌。

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鴨も何羽かいると強いのが弱いのをいじめてるのをよく見かける。
どこもかしこもそういうもんなんだろう。
めげずに強く生き抜かなくちゃね。
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え?なにが?


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神様仏様

大事に至らず今またふだんの生活にもどれているのですが、
先週日曜日、家族の異変で救急車を呼んだ。
平日であれば救急車でなく自分が近くの病院へ担ぎ込んだと思う。この時もそのつもりだった。
しかし目の前の状況と当番医までの距離を考えて救急車を呼ぶという判断をした。
結果論的には救急車を呼ばなくても済んだのではないかとも考えるけれど、判断を誤って一生治らない後遺症を負った人のことを思い出したりもする。

あれからずっと、
私が弱気になっているから悪いことが襲ってくるんだ、強い気持ちを持たないと・・
みたいなことを考えていました。
しかしそんなことで頭がいっぱいなのも実は弱気というか負を招きそうなとげだらけの心というか。
大したことにならなかったのと、今後どうすればいいのかもわかったんだからよかったしありがたい・・と言う気持ちが最初に出てくるような人になりたい。
心の中が不満だらけだからネガティブな発想しか出てこないのである。
不満の原因はきっと我儘だろう。

それとは全く無関係に
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築地本願寺へ行ってみた。
ここへ行きたかったわけではないけれど近くまで行ってこんなのが目に入れば行かないわけにはいかないでしょう。
もう一つ、見てみたいものもあったから。
しかしすごい意匠だな。どこか外国みたいだ。
私はどちらかというとターミナル駅の駅舎に見える。
本願寺という名称と全然クロスしないけどな私の中では・・
階段を上がって中へはいれば
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お寺・・線香のにおい・・祭壇があって間違いなく見慣れたお寺の風景・・
しかし巨大な鉄筋コンクリートの空間にコンサートホールみたいな椅子・・
外人さんがいっぱい・・
違和感いっぱいである。
コンクリート製のお寺というのはよく見かけるけれどここは1937年竣工だそうだ。
なんか戦後のコンクリート寺とはまた別な意味でのコンクリート建築なんじゃないかという印象を受ける。
建物全体が作品である的な。
意外に自由な雰囲気で「撮影禁止」みたいな表示も見当たらない。
不思議で印象的な世界だな。
・・・・・あれ、ないじゃん。
ここにあると聞いていたあるものが見当たらない。
なんだないのかよ・・
まあいいやとトイレに行って戻ってくると。
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あっ
これコンソールでしょ?
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そりゃ除いてみますよ・・
足鍵盤。
2オクターブ半くらいあるのか。
間違いなくこれはエレクトーンなんかじゃありません。
電子式のパイプオルガン?こんなとこにそんなものでごまかしたらかえって恥ずかしいでしょう?
どこにあるんだ・・と上をみるとあっ
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あった・・
そう、ここはお寺なのになぜかそこそこの規模を持った
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オルガンを持っているんです。
これを見てみたかった。
パイプオルガンというのはキリスト教の教会でミサその途中楽譜の読めない人にも賛美歌を訴えるよう旋律を先導して聴かせる・・とかそういうのが元々の仕事なはずで・・
なんでお寺にオルガン?

一般的にオルガン音楽というとバッハの名前ばかり出てくる。
あたりまえだけれどたくさんの作曲家がたくさんのオルガン音楽を残しています。
ただ妙に専門特化しすぎな感があって、いわゆるクラシック音楽の世界と別個の枠があるような印象もありますね。
「オルガンの世界で有名な」作曲家は一般には無名だったり。
普通にクラシックの有名なロマン派の作曲家も実は結構オルガン作品を残しています。
ブラームス、ドボルザーク、シベリウス・・・でも彼らのよく知られたオーケストラやピアノ作品に比べるとその知名度は著しく低く知る人ぞ知る的な印象が・・・
聴いてみるとそのわけもわかるような・・まで言ったら怒られるか。
そんな中で成功しているのがメンデルスゾーンだと思います。

https://www.youtube.com/watch?v=faw9A0Q0rfg

このオルガンソナタ第二番ハ短調は名曲だと思う。
ちょっと優等生的なところを感じなくもない。でも彼らしさを生かしつつオルガンの魅力を最大限に引き出していると思う。

よくある2楽章構成でさらにそれぞれの楽章が前後半からなり、全体的には4つの部分を感じる・・みたいなやつでしょう。
後半急に明るく元気になっちゃうところがちょっと浅いような気もするしメンデルスゾーンだなぁという気もする。
交響曲第5番もとてもいい曲で好きだけどだけど各楽章の変化が唐突すぎまとまっていない気がしなくもない。

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2段鍵盤でソロとコーラスみたいな第1楽章第2部。
最後にコーラスとソロの対話みたいなのがありますが、泣かせますよね。
なんか嘆きつつこれが自分の定めなのだとかうたっていそう・・ちょっと演歌っぽい。

実はこの曲についてごちゃごちゃと書いたのはかなり前。
こんなの書いてもだれも読まないだろうとずっと塩漬けになっていました。
ごちゃごちゃいっぱい書いてあったのは皆消してしまったけれど築地本願寺のおかげでやっと公開。

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興味のない時にはきれいに並べてあるあのパイプがパイプオルガンだと思っていた。
あのパイプも鳴るんだろうけどあれはケースみたいなものでそのうらに複数のオルガンが並べられて・・
どうでもいいですかねそんなの。
サントリーホールのオルガンは近くに行くと中がちょっとのぞけます。
いくつかのホールでオルガンを聴きましたがホールの整った音響空間での整った音というか・・
天井が高く石でできた協会の果てしなく続きそうな長いエコー・・みたいなところでオルガンを聴いてみたい。
ここはどうなんだろう?
毎月最終金曜日にランチタイムコンサートをやっているようだ。
この日はその日じゃなかった。

オルガンを持っているホールや教会等はよく無料か500円のランチタイムコンサートというのをやっています。
折角あるんだもん、聴かせなかったらもったいないもんね。
やると行政から補助金が出るとかあるのかもな・・
ここは人がすごいだろうな。多分私は無理。
これまでいろいろ行ってみたけれど、
タダだからか周囲の客の素行が悪すぎて鑑賞どころじゃなかったことがあるのはある程度仕方ないんだろう。
奏者が演奏で何も感じさせないのにマイクを持たら饒舌になっちゃって学生のサークルか・・みたいなのは萎えた。
冷やかし客ばかりなのにマニアックな選曲で場が盛り下がってるのも見た。
意気込みはわかるけれど、実態に合わせるというのも必要じゃないかと思う。
反対にちゃんと楽しめてお腹いっぱいになったこともあった。その時は所沢ミューズ(だっけ?)。
あれはランチタイムじゃないからか。
やっぱりちゃんと聴きたい人とちゃんと聴かせたい人が集まった場じゃないと私はダメかも。
機会があればいろいろ行くといいと思う。

別な理由で私は頭のおかしいのがまだ治っていないため目の前で人間が演奏するコンサートにはしばらく行きたくない。
短い人生なのに損していると思うけれど仕方がない。

最近ある出来事でちいさく衝撃を受け、それは神様が私にあることを教えているんだと思った。
そうだったのかぁ・・と思っても
その先自分は何を考えてどうべきなのかまでは教えてくれない。
何かをアシストしてくれるなんてこともない。あるわけがない。
私は特定の宗教に傾倒したりはしていないけれど、時々そんなことを思う。
しかし考えるのもやるのもみんな自分、自分しかいない。
誰もいない。
何でもいいや、私は楽しくて幸せですよ。

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蕎麦屋

なんとなく気になっていた蕎麦屋に行ってみた。
この周囲には最近はやりなのかよく見るような高尚な感じの蕎麦屋がたくさんある。
でもここは昔からやってますみたいな感じの素朴なお店・・・
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鴨せいろだっけかな大盛。
この鴨のきいたつけ汁おいしかった。
後で蕎麦湯入れてもすごくおいしかった。
蕎麦はあっさりした感じか。
よかった。
夫婦でやってるんだと思うけれど、少なくともなれないお客には無口で素朴な感じで・・
総ヒノキ造りみたいなすごいつくりの蕎麦屋だとつい期待してしまうけど出てきたのは味も香りもあんまりというのも結構ありますよね。
私は蕎麦を語れるような人間じゃないけど多分昔食ったそばの味が頭に焼き付いていて澄んだ蕎麦より黒くて癖のあるようなのが好きなのかも。
ちょっとよくわからない。
人気の名店みたいなのじゃないほうがいいのかな。
色々食い歩いてこれというのを見つけたい。

昔からの蕎麦屋といえばこの曲。

https://www.youtube.com/watch?v=ZwW4oruwyJU
昔ヨード卵光という卵のCMで東八郎のバックに流れてた。
ちょっと小ばかにした感じで。
ちょうどそのころ中学生だった私はこの曲のCDを買いました。
5枚目に買ったCDだったのを覚えています。
スターンの独奏とオーマンディー指揮フィラデルフィア管。
CBSソニーのクラシックベスト100みたいな企画ものの一枚だった。
スターンもメータも知るわけなくて、持っていたCDプレーヤーがSONY製だったからCBSソニーにシンパシーを感じてみたいなふざけた理由で買ったと思う。
記憶違いでなければ田舎の西武デパートの5階、CDは鍵のかかったガラスケースの中にありコンパニオンみたいな格好のお姉さんに出してもらったような気がする。
まだ百貨店があったし、CDをそんな感じでに売っていても違和感のない時代だった。
昔は小遣いをためたて何とか買ったCDだったから100枚目くらいまではどのお店でどんな気持ちで買ったかを思い出せた気がします。
今はもう全然わからない。

オーマンディーとフィラデルフィア管弦楽団はゴージャスサウンドとか言って大人気だったようだ。
それには仕掛けもあってオーケストレーションをいろいろいじっていたりもするみたいだ。
この曲でも例えば最終和音ではトランペットが和音のミに相当する音を吹いているのが聴こえる気がする。
作曲家の手によるそういうオーケストレーションが出てくるのはこの曲の100年後くらいだ。
オーマンディーくらいなら、怪しからんとかじゃなくてもうそれも歴史の一つくらいな話なんだと思う。

自筆譜があったのでなんとなく眺めていると現在の聞きなれたものといろいろ違う。
実際演奏してみた結果で色々と推敲を重ねたんだろう。

第1楽章提示部の終わり近く、うなるトゥッティからソロがだけが突進して叫ぶ部分

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今は第1主題を高く叫びあげるのに対し
もともとは
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なんかよくわかんないのを叫んだあと下がってきてうなる感じだった・・
何度か直してる。
鳴りもよくなったし、主題を叫ぶことで論理性みたいなものも高まったのかなと思う。



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作者により固定されたカデンツァが展開部に置かれていることで有名なわけですが

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アルペジオは略記で書いてあって・・
最初はもっと小規模な物を考えていたみたいだ。


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第1楽章の終わりもソロがトレモロで第1主題を連呼して盛り上がっていくわけですが、
最初は第1主題じゃなかった・・・
遂行によって論理的な展開というか芸術性が高まっていったのを見ている気がする。

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楽章終結部、有名なファゴットが残って次の楽章へ繋ぐアイディア・・・
いったんは主音で豪快に終わるように書いていたのを消して、後から書き加えたものだったんだ・・

メンデルスゾーンにもモーツァルトみたいなサーと書いていきなりできちゃう天才みたいなイメージがあるけれど
なかなかそんなことはなくて推敲を重ねて完成度を高めようという事をやってたんだなこの人も。

そんなことより昔散々聴いた録音を久しぶりに聴いてみると、おもちゃみたいなヘッドフォンで聴いていた時には聞こえなかった音やニュアンスが聴こえて驚いた。
知らなかったものを新たに知ったというよりあの頃そこにあったはずの世界へ今戻っていけた気がして感慨深かった。


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蕎麦屋のそばから。
みんな定年になると蕎麦屋で夢をかなえるんでしょうか?
森の中の誰にも気づかれないようなところでひそかにやってる蕎麦屋というのが結構あるみたいだ。
グーグルマップでそういうの簡単に見つかるようになって私はありがたいけれど、中には大事な秘密がバレちゃって面白くない人もいるのかな?
嫁さんが行きたがらないのでひとりで行ける隙があったら行ってみようか。

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波の音とポエム

犬と車で出かけたはいいけれどどんより曇り・・帰ろうかとも思ったけれど犬が収まらない。
じゃあ海でも行こうか・・
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風が強く波も激しい。
岩で波が砕けてたりしてちょっとした景色に・・こういうのは天気悪いくらいが絵になっていよね。
ずっと向こうまで歩いていきたいけど立ち入り禁止。
この光景どこかで見たような・・・

メンデルスゾーンの序曲フィンガルの洞窟という曲
クラシック音楽入門みたいなのがあると出てくるような曲です。
この作曲家は音の風景画家と言われているわけですがこれなんかそのままですね。
リストが交響曲とは違うシンフォニックポエムというジャンルというか形式を作りました。
メンデルスゾーンのこれは序曲という事になってますね。オペラが始まるわけじゃなく独立しているんだけど序曲。
ブラームスも交響詩とか言わずに独立した序曲を2つ書いた。
ソナタ形式にしっかりのっとっていて自由な感じの交響詩よりは固くしまっているような気もするか・・別にソナタ形式でかたい交響詩もあっていいしあるんだけど。

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ヴァイオリンの霧が立ち込める中に厚い雲から透ける木管の光が重なってゆく・・
よく見ると3小節目のコントラバスが歯抜けになっているでしょう・・
普通ならつぎと同じDの音書きそうじゃないですか?
こういうところに天才の技があったりして・・
しかしこの数小節を聴いただけで目の前にこの世界があって自分はそこにいるもんね・・

この曲を初めて聴いたのはクラシックを聴き始めたばがりでまだ何にもわからなかったころでした。
冒頭の音楽を聴いて霧の中に波が打ち付けている様子が頭に浮かんだことを覚えています。
感動したというか音楽ってすごいと驚いたような記憶があります。
スカッと青空では全然なくて白霧に包まれた海・・
潮の香り、波の音・・
冒頭のあたりはいったその場で浮かんだ楽想を姉へ向けた手紙に走り書きしてるんですね。
とれたて新鮮。
その場の空気をその場で真空パックみたいな音楽だ。
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でも思うにこれは標本写真のように景色や空気を客観的にとらえたものではなくて、この景色、空気を見て触れて聞いた人間の心に映ったものが音楽になっているんですね。
一度吸い込まれて体を回り吐き出された息というか・・そう考えると汚いですねじゃない、200年前に存在した人間をそこに感じるわけだ。
そしてそれを読んだ誰かの心に映ったものが音として表現され
聴いた人間の心にまた何かが写る・・
心が介在してるところが面白いし素晴らしいのかなと思ったり。

ブログを読んでいてもあったこともない作者を感じることがありますよね。
写真でも撮った人の心がのってたりします。
本の評論から本だけじゃなくて読み手の世界を感じる。
ラーメン食ってきたみたいなのでも人を感じたりしますもんね。

さらに思うのはブログや音楽を通して私が感じた強い人間像と、実際のその作者は一致しなくてもいいんですよね。
私の思うメンデルスゾーンと本当のメンデルスゾーンが一致するかは知らないしどうでもいい。
でも私の中にメンデルスゾーンという人間が強く意識される・・
ブログの人も。
人間を感じたいのかなぁ・・
また、世の中人間を表現しようとしているのかなぁ・・

以前若い人がSNSの話をしているのが聞こえて、あいつのはいつもポエムだよなと馬鹿にする感じで笑っていました。
ポエムだとおかしく見えるんでしょうね。
ポエムという言葉はいいものでもあるからこの場合、陳腐な自分語りみたいな意味なんでしょう。
具体的な例を挙げて笑っていたから聞いたんだけど私には少しもおかしいと思えなかった。
俺もそうなっちゃうよ思った
私、仕事用の会話や親しくない人との会話は普通にしてるつもりです。
いきなりポエムじゃしまずいことくらいわかるよ。
でも子供のころから妄想の中で自分と会話しながら過ごしてきましたので頭の中は悪い意味でポエム。
このブログも他人から見るとうざい自己陶酔かなと思う事があります。今これとか。
ちょっと人と親しくなると話が合わない感じがしてくる。
相手は離れていき、自分も逃げる。
相手には私がアホなポエムに見えるからかなと思ったこともあります。
そして一人に戻る。
悪いのはポエムじゃなくてなじめない相手へ向かって子供のころから続く疎外感への代償としての敵意みたいなものが出ちゃってるんだろうね。
なに?このひと?
ってことでしょうね。

相手を直接感じず、好きなだけ気持ちの悪い自分語りをしていられるところが私にとってのブログのいいところなんでしょうね。
自分語りという言葉も嫌いですけどね、ある人がまたある人を馬鹿にする意味で使ってた。
でも私はその馬鹿にしているのを聞いて好意を持っていたその人が遠ざかって行くのを感じた。
もういいいか。

フィンガルの洞窟も四国八十八箇所みたいなところなんだと昔ききました。
私は多分死ぬまでフィンガルの洞窟なんて行くこともないと思う。
この音楽を聴いとけばそれでいいか。
あとは江の島の裏側の洞窟でも見とけばいいや。


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たのしいねー
あなたの笑顔で私はいつも救われます。
またどっかいこうね。

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あれ?

公共施設は周囲に桜を植えることになってるんでしょうね。仕事で使うことのある施設も大きく育った複数の桜が見事です。
元々一般人が来るようなところでもないし土日は休みで誰もいないから10年ほど前から桜の時期になると嫁さんと弁当を買って見に行ったりして。
そのすぐ隣の施設は丘の上みたいなところにあるため、階段状になった擁壁の中段に座ると目の前を桜の花が埋め尽くしま・・・・
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あれ・・・・・
最近大きくなった桜の枝を大規模に切り落としたらしく超絶ボリュームダウンして花もまばら・・
植木屋さんの仕事を見てるとえっそんなに?ってくらい思い切り枝を切ってますよね。
分かってる人がやるから大丈夫なんだろうし、そのまま切らないと弱って枯れたりするみたいですね。
俺もいらんとこ切っちゃいたいけどなぁ・・みんななくなっちゃうか。
まあいいか。暖かい日差しのもとパンでも食えば楽しいし。
と食べ始めると日が陰る・・
いいさ、まってりゃそのうちまた出てくるよ・・
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あれ・・・
光は永遠に閉ざされたのだ・・・みたいな雲があっという間に辺りを覆っていく・・
さっきまであんなに強い日差しが輝いてたのに、俺がさあなんつってパンかじり始めたらさっと曇りやがった。
この絶妙なタイミングは何なんだろ?どっかで見て制御してんでしょう?
子供の頃は本気でそう思ったことがあった。
まあいいじゃない犬と嫁さんがいれば。


この薄暗い天気で台無しな感じに明るすぎて自分に不似合いな気がするこの曲をぶつけてやる。
音楽に目覚めてすぐのころラジオで流れたのを録音して聴いきました。
夏休みだったかな・・朝まだ涼しい時間だった。こんなのを聴いて何かこれからいいことがあるような気がした。
あの当時からこの明るさが自分にしっくりこない感もあったけど、まだ何も知らずそれなりに明るくたのしい毎日ではあった。
気になる女の子がこの曲を習っているらしいことを聞いた覚えもありますがもっと別なことを気にすればよかった。

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両手に交互に出てくる装飾音符がなんかこう小さな花がいっぱい咲いているみたいですよね。
中学か高校の頃に楽譜を見て何だか難しそうと思った記憶があります。
弾けるわけでもないし関係ないけどね。
この関係ない感じがお前は黙ってろと言われてるみたいで結構悲しいんだけどね。
しょうがないよねそんなこと言ったって。

メンデルスゾーンの家はユダヤ人の銀行家だっけ?大富豪って奴でしょう。
金のありあまったような家に天才として生まれ好きなだけ芸術に触れさせてもらい自身の才能も生かし放題生かして、お姫様みたいな嫁を貰って・・
この人ユダヤ人差別もあったけれど、苦労を知らないから作品に深みがないみたいな僻み的評価で長年闇に葬られていたようです。
そういう考えは陳腐だと思うんですが、時々僻み人にちょっと同情してみたくなる。
私は金持ちじゃないし才能のかけらもなかったけれど、嫁さんだけはよかった。
そうかじゃあいいな。
これいい曲ですよね。

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本当はもう一つこんなはずじゃないことがあるけどそれは内緒。

奥の施設はいかにもバブル期の設計という印象で、でっかいホテルみたいなエントランスは照明も落とされ空調も効かず今となっては非効率の象徴みたいにみえます。
いま言いたいのはそこじゃなくて、そのバブル城の周囲を飾っているこの桜、奥の施設ができたバブル末期に植えられたものでしょう。
30歳くらいか、写真じゃ小さく見えますが今では幹も太く大木というような風格を持っています。
数年前までは頼りない若木だったこの桜を支えた木組みが残っていました。
でっかい横綱が三輪車を押しているような異様な光景が印象的だった。
こんなでっかい樹だけど私が音楽を知ったころ、世界が見え始めそうで見えてなかった頃には支えが必要なほど細くて小さな木だったのか。
この樹はこんなに大きく立派に育った。で俺は何してたんだ・・・まぁいいか一生懸命生きてきましたよ。

枝を落とした桜、来年はどんな風に咲くのかな。
勢いが出てすごいことになっちゃったりして。
また来年みにこよう。

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いちょう

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お堂の銀杏の樹

世間に出れば自慢に威圧に人を見下す目・・・トゲだらけだ。
まぁ、そこを負けずに進んで行かなくちゃいけないんだろうけれど。
堂々たるこの木はいちいち威圧する必要もないし、トゲで刺してきたりもしません。
何も言ってくれない代わりに出て行けとも言わない。
たくさんの葉を通して落ちてくる日の光はとても奇麗でやわらかい。
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見上げるとずっと上のほうまで多層に重なった葉っぱの世界が見えて
ずっと眺めていたくなります。
構えてどこかに出かけていかなくてもこんなにいい時間がその辺にあるんだねー。

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犬はこの時期なぜかあそこから入ってきません・・
お堂の仏さまに遠慮しているからではなくて
銀杏がくさいから?・・・臭いところ好きなはずなのに・・

この感じ、メンデルスゾーンの前奏曲とフーガOp.37の第2番ト長調は牧歌的な前奏曲か・・・

この演奏はいいと思うけど後半のフーガがないのが残念。
欲を言えばもっと歌いこんでほしいと勝手に思ったり・・

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悲しみも苦しみもないし、威張ったり馬鹿にしたりもしない。
ただ心地よい若草色の世界があるだけ。

続くフーガ主題もわかりやすく親しみやすい。
何だか元気になっちゃって歩き出していくみたいだ。
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バッハのオルガン曲なんかは如何にも終わりだなという感じで終わるんですよね。。
聴いてるこっちも納得してああおわったなぁ・・みたいな。
このフーガの終わりの部分、そのまま流れて終わっていく感じがメンデルスゾーンだなと思います。
交響曲第5番の最後にもこんな感じがあります・・
この辺が恵まれた立場の幸せな人・・みたいなイメージとちょっと結びついちゃうんだけど。
いちいち確固つけなくてもいいよそんなところ・・見たいなひとだったのか・・

あちらではオルガンは協会に必ずある身近な楽器で、オルガニストはどの町でも必要な職業だったんでしょう・・
逆に言うと取り合えず音楽で飯を食ってこうと思ったらピアノの教師とオルガニストとかだったのかな・・
有名なロマン派の作曲家も結構学校でオルガン科にいきオルガンの曲を書いてるんですね。
えーこの人にもあるの?というのが結構ある。
でも(私にとって)普通に聴いて楽しめる曲を書いてくれた作曲家は少ない。
バッハを発見して世の中に復活させたメンデルスゾーンですが、自身もオルガンでバッハの作品をいろいろ演奏したみたいです。
メンデルスゾーンのオルガン曲にも親しみやすくいい曲がいくつかあると思う。


フーガ付き。
個人的な好みはもうちょっとじっくり歌ってほしいなぁ・・

この木、何歳なのかな?
誰が植えたんだろう・・
向こうの石碑にはなんとか嘉左ヱ門とか時代劇みたいな名前がいくつか彫ってあります。
ずっとここにいたいけど犬が待ちくたびれているしこの先にもいいことがあるかもしれない。

何人かの方に私の曲を聴いていただけて、コメントとか拍手とかをいただけました。
それがどれほど私にとって素晴らしいことであるかというと・・
大袈裟に聞こえると思いますが生きていてよかったと思うんです。
人間は飯だけ食ってれば生きられるというものではないと思うんですよね。
どうもありがとうございました。

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あさがお


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もう11月になろうという頃に間違えて芽を出してしまったあさがお
本葉を出して頑張っていたけど霜も降りて、いじけてしまっているようにも見える。


昔、寒くなる頃に目が出た朝顔の芽がかわいそうに思えて、鉢に入れて部屋の中で育てたことがあります。
昼間だけ窓際の日の当たるところにおいてあげて・・・
弱々しいながらもなんとか弦を伸ばし、12月に入ったころにいくつかの花を咲かせてくれました。
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厳しい状況の中、健気に花を咲かせてくれたときはうれしかった。
5つ目くらいのつぼみはもう開く力もなく、静かに色をなくしていった。

みんなと同じような一生を送ることができないとき、その一生を間違えだと考えるのはあんまりだ。
霜に震えている朝顔を助けてあげたい気もするけれど、もうそれはしない。
奇跡が起きて花を咲かせてくれたらと思うけれどそれはないだろう。
なんで助けてくれないの?と思っているかな?
うるせー黙って見てろみたいな心意気で頑張ってるのかな?
俺も誰にも助けてもらえないとわかって絶望したことがあるよ。
その時はつぶれる寸前でその原因が静まってくれた。
今も再びその時が訪れることに怯えてしばられてるんだよ。
ここに生まれた訳をどれほど考えても何もわからないし何も変わらない。
いまここで、何ができるかだけ。
お互いできるだけ頑張ろう。

メンデルスゾーンの無言歌集、Op.67-5は「羊替えの訴え」という曲。
多分タイトルは作者によるものじゃないと思う。
如何にもという気もするけれど、羊飼いってそんなに絶望的な境遇ににいた人たちなのか・・


でも聴くと確かに羊飼いの訴えだ・・・
中間部で一瞬希望のようなものが見えかかるけどすぐに悲しいつぶやきに代わってしまう。
後半の嘆きは音量だけじゃなく音数も増えて重く悲痛な叫びとなる。

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雨だれが聞こえている気もする。
何を嘆き、祈っているんだろう?

メンデルスゾーンは裕福なユダヤ人の銀行家の家に生まれ、早熟な才能を発揮させるための環境にも恵まれ・・みたいな絵にかいたような恵まれた立場を生きたように見える。
大好きな曲もいくつかありますが、どこか他人ごと的な優等生感を感じなくもない。
でも、ユダヤ人迫害の動きというのは当時からあったみたいだ。
作品からそれを一切感じさせないのは彼なりの意地だったなんてことはないのかな?
味わった苦渋がそのまま音楽として残ている曲がひそかにあったりはしないのかな?
ブログとはいえちょっと感傷的過ぎかな?

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夢だったのか?


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これは昔通った中学校への階段。この時点で結構登ってきていて息切れなしには登れません。
あのころはこんなにきつくなかったと思う。思い出して浮かんでくる光景は昨日のようです。
中学校はなんとなく楽しかった。

高校1年生の後半くらいから卒業まで私の記憶は、どこまで書いていいのか・・
強迫性障害を発症して、みたいなのから始まるんですが真っ暗闇です。
自分に何が起きているかわからず、誰にも相談できなかった。
なんとか学校へは通い続け、進学で誰も知る人のいない遠隔地へ移住したことをきっかけに最悪な状況からは脱することができました。

あの時、自然に今の自分は仮の自分で本当の自分じゃないという意識が出来上がっていたと思う。
そのせいか自分の人生はそこで中断していて、空洞のままだというような意識がどこかにずっとある。
最近、あることでその空洞を少しだけうめられたような気がしました。
見たかったその先は少しもいいものではなかったし結局途切れてしまった。
でも考えてみればいかにも自分らしいし、これが本当だなと妙に納得している。
あの時何があったのか、ほんの少しだけ知ることができた気もする。
本当は少しだけいいこともあった。

メンデルスゾーンの「夏の世の夢」という音楽があります。
結構行進曲が超絶有名で最初の部分を聴いたことのない人はいないかもしれません。



この音楽、序曲は作者が17歳の時に完成しています。
姉と弾いて楽しむために書いたものをオーケストレーションしたとか・・
天才っていうんでしょうこういうの。
その後に続く劇音楽みたいなのは40歳になって書いたものなんですね。
17歳の続きを40になって・・それでちゃんとつながっちゃうんだからまた天才ですね。

序曲の第1主題は弱音で動きまわるヴァイオリンは飛び回る妖精の姿だ・・
すごく速い動きが連続しているところに
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ポンと月明りが入る。
楽譜の景色が妖精と上空の月明りに照らされた雲・・みたいに見えたりして・・
クリアな光を得るため、オーボエは休んでいるところが・・
音楽的にもここでいったん連続したいたパターンに変化が入ることが何だかものすごく印象的で効果的です。
それが、曲の最後の方でまた出てきた・・
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と思うと月明りが固定したまま妖精はもう出てこない・・
ここはいつも急に時間を止められたようなすごい感覚になります・・
こういうの他にもあるといえばあるけど、
へーと思って聴いたのは私が17歳くらいの頃だった。
あのころ、音楽だけが支えで楽しみでした。聴くだけですけどね。
40過ぎた今も同じ。

変なこと書いてもいけないんでもう笑って終わります。

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こんな感じの気分で。

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