幻の店

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表示に導かれこんな山門みたいなのをく車でくぐると農家の庭。
ちょうど出てゆく先客をよけるためいったん突き当りに突っ込むと門で曲がり切れない車がバックしてくる・・止まる気配ないこりゃああれだ・・クラクション鳴らしまくっても止まらずいろんなことが頭に浮かびかけ・・というところでこの時まだ誰だかわかってない人が大声を出してくれたのが効いたのか惨事に至らず。
家からそう遠くなくしょっちゅう通る道沿いだけどまさか店があるとは思ってなかった。
地図上に表示を見つけた時は誰かのいたずらか間違えだと思ってた。
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さっきのおばさんが消えていったここはどう見てもお店には見えないけど。
背後はトラクターの入った納屋。
奥は普通に母屋。
なにこれ、ただの農家じゃない。
嫁さんはあの勝手口みたいなところから入るんじゃないかというけど・・いやちがうだろ・・
おかしいなと思って門から外に出てみると
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ああった。
入口
よかった。
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氷って書いたのが下がってるこれは古井戸。
よくあるネタで作ったのじゃなく多分むかしからの本物。
入口の戸を開け中へ入ればさっきのお母さんが迎えてくれた。
ああなんかいいとこじゃない。
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グッピーいっぱいの水槽を眺められる席へ。
グッピーには悲しい思い出が・・は置いといて、メニューが結構いろいろあって迷う。
ここはブルーベリーを作ってる農家のカフェだから、全面ブルーベリー。
色々乗ったケーキセットが超絶お得感。料金をプラスするとコーヒーが生ブルーベリージュースにとあるので折角だから頼んでみると
今だけだからね!
気にしたこともなかったけどブルーベリー今が収穫できる時期の一番最後らしい。
コーヒーは一年中飲めるけどこれは今だけだから・・・
なんだそれ期待が高まるじゃない。
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やってきました。
グッピー見ながら・・
盛りだくさんで他所だったら倍くらいの値付けをしてそうな内容なのに安価で笑う。
お砂糖入れてませんからという生ジュースをさっそく
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アルミのストローも斬新だけど。
あー、甘い。
甘いの前に素直。
ちょっと渋味を感じ素朴に野山の実の味がする。
でもよくある自然食品系の何だこりゃ味じゃなくて飲みやすくちゃんとおいしい。
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アイスの周りに転がってるブルーベリー本体もとても甘くておいしかった。
よくケーキの上に乗っかって出てきますよねこれ。
だけどああいうのいつも馬鹿みたいにすっぱくてなんだこれりゃな印象があったから驚く。
お母さん曰くああいうのは完熟する前にとっちゃうからなんだそうで。
ブルーベリー入りのチーズケーキはもちろんおいしいけどシフォンケーキもうまく焼けてた。
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ここも納屋を改装系。元々の梁が埋まってる。
窓の外にブルーベリーの木が見えるかななんてやってるとお母さんが色々話してくれた。
田圃をやめてブルーベリーの木を植えたのはもう20年くらい前
田植え機なんかがいなくなったので空いたところをカフェにしたのはもう9年前だそうだ。
知っている人は知っていて結構お客さんもあるみたいだ。
全然知らなかったよというと
営業日が日曜を除いた週三日だけだから・・
なかなか見えないってことか沈める寺みたいだな

https://www.youtube.com/watch?v=v9zCoKHqXr8
ドビュッシーの沈める寺。
呪われて海底に沈めらた大聖堂が霧の中姿をあらわす。
中からは巨大なオルガンと修道士たちの歌う讃美歌が・・
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オルガンが聞こえてくるところ。
左手Cの伸ばしは石造りの大伽藍にあって64フィート管みたいな超絶ペダルを持つオルガンを連想させ・・凡人的にはオクターブで豊かに響かせればと思っちゃうけど単音であることにすごい意味があるんでしょうねこれ。
ドビュッシー自身はオルガンのクラスにも入ったけどすぐ嫌気がさして逃げたかなんかだそうだ。
作風からしてそうかもなぁ・・と。
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再び霧の中、ドロドロと海の底へ沈んでゆく・・

このお店は呪われて沈んてる訳じゃなく営業日が週三日なだけ。
帰りがけ、畑も見て行って・・
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もうほとんど残ってないから・・を何度も何度も
鈴なりになってんのを見せたくてしょうがない気持ちが伝わってきて微笑ましいというか
残った実を目の前で一つ一つ摘んで
はい、なんてくれたりして。
持って帰って食べたそれも甘くておいしかった。
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すぐそこに川が見える。
300年くらい前に開削された人工用水路だ。
この川には幼いころからのいくつかの思い出があるけどどれについて書いてもまた自分はこんな子供時代でという自虐ねたに続けてしまうと思う。
自分のなかに不満があるからですね。
それはいいけど今こんなに話をしてもらっておいしいものを食べて
自虐とは違うひと時。

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日の光も大事だけど月の光

嫁さんお気に入りの多彩多皿系カフェでランチだったけど隣に陣取った一団が騒がしく・・
今日も雨かなんて思いながら入ったお店、皿から長雨の影響を感じられたような気もしたけどおいしかったとお礼を言って店を出てみれば、
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日差しと青空。
なんだ、飯食ってる間に梅雨が明けたのか?

路面が焼けてる間犬は外に出られないからお散歩は日が暮れてからに・・
楽器の練習をして飯を食って
さあ行こうと外へ出ると
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月がきれいだった。
ずっと雨だったから、青空も久しぶりだけど月もかなり久しぶり。
なんだか気分が急に上等になる。
涼しくて空気も気持ちがいい・・ちょっと湿気てるけど。
犬もはりきって歩く‥多分病気は治った。
なんかこういいね。
ちょうど・・

https://www.youtube.com/watch?v=TS1SMcvtfDE
農家なカフェで聴いたドビュッシーの月の光が気になっていたところ・・
これも中学の音楽の授業で聴かせるんだっけか?
そこはどうでもいいとして教材として配られたものの中に楽譜があったから弾こうとしましたよ。
最初は古いエレクトーンから始まって、ピアノに憧れバイトをしたけどあの頃電子ピアノなんか高くて買えなかった。
カシオのキーボードは当時から安価だったけどまだタッチセンスとかペダルとかがないためちょっと高かったけどシンセサイザーを買った。世の中はバンドブームとか言ってた頃だ。
64鍵盤じゃ全然音域が足りないけどそこは編曲というかそんなにちゃんと弾けないんだからいいの。

見る人が見ればそんなの弾けたとは言わないとか音楽を馬鹿にするなと怒り出すようなものだったかもしれないけれど、私の中では弾いてた。毎日毎日やってるから一日1音符くらいしか進まなくても少しづつ前進してはいくのね。
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だけどある程度まで進むとひっかると最初に戻り・・の繰り返しで満足するようになっちゃって先へは進まなくなった。
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大学に入るとバイトして電子ピアノを買った。
誰に聞かせるわけでもない、自分がやっててうれしかっただけで。
聴くのも含めてアパートで下の階があるとまずいと思い1階に住んだけどヘッドホンしても打鍵の衝撃が床から隣へ伝わっちゃうのね。弾き出すと隣がガラス瓶なんかを床へ叩きつけてたりして、今思えば殺されはしないにしろなんかされちゃってもおかしくなかったのにそうならなかったのは幸いだったというか。
その電子ピアノは今もあるところで静かに眠っているはず。
泣く泣くわかれた何年か後にそこへ行き弾いた覚えがちょっとある。すごく人懐っこい猫がいて、そんなのいいから僕と遊ぼうよーと絡まってきたり鍵盤の上を歩いたり・・
もうそこへ行くこともないだろう。
もう一度会いたいけどな。
今うちにあるやつはその後買ったもの。
今朝も嫁さんがなんか弾いてた。
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涼しくて気持ちいいね。

なんか音楽が好きでやってた人みたいな体で書いているけれどこんなものは他人にとってはごみのように扱われるものなのであり表へ出してはいけないとやってる頃から思っていた。
楽器を買っても習いに行こうという発想がなく、自分にとってそれは遠い所にあるとはなから思い込んでいた。
何だろうこれは?と思ってたそれは空しいという気持ちだったのね。
で、
だから今ちゃんとした先生について楽器をならって音楽をやろうとした人になってから死のうと思ってるわけ。
だからいいのダメな人とかもう考えなくて。
そう、いいの。

https://www.youtube.com/watch?v=Yri2JNhyG4k
作者自演というのがあった。
録音じゃなくピアノロールだろう。
ピアノロールにどのくらいの再現性があるのか知らないけれど、
作者がどんな演奏をしていたか考えていたのかはよく分かり非常に興味深い。
作者の演奏や考えが唯一無二のベストでは全然ないのではあるけど、
この曲に対して勝手に持ってるイメージは捨てたほうがいいのかもしれない。
この人もはじめピアニストで食ってこうというところから始まったんじゃなかったっけ?
だけど残った作品はそれとは独立した別世界だから。
命が足りず実現しなかったけど書こうと思っていたらしいこの人のピアノ協奏曲をどうしても聞いてみたい。
今日これを見つけて聞けたのも、月がきれいだったおかげ。
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3人で月の下散歩をする。
いいじゃないこれで。
そんなに駄目じゃないと思う。

で終わるつもりだったけど山沿いを歩いたら茂みの中で何かの足音が・・
わかるんだろう犬はすごい速さで逃げてく。
昨日すぐそこで鹿が鳴いてたけどこの重い足音は鹿じゃない。イノシ・・
冗談じゃなく危ないよ。そこまで降りてくるってホントだったんだな。
サツマイモ作るようになったから・・
さらに続けると
いま見てきたらはっきりと足跡があった。
全く知らなかったけど鹿とイノシシの足跡ってかなり似てるのね。
ピースサインみたいに開いてる感じはやっぱり猪?
真っ暗闇で見えなかったけれど鉢合わせみたいになってた可能性が・・
散歩以外でも通らないわけにいかない道でちょっと困ったね。

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バーベキューじゃない人と艶のある髪

連休中、混んでない場所として思いついたいつもの焼き肉屋に行った。
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安価なチェーン店でいつ来ても何か一品忘れたり皿がなかったりドリンクバーの機械から味の基が出ないで炭酸水だけ出てきたりと散々だけど、でも席がパーテーションみたいなので区切られてて騒々しくないのでよく来る。
いつも写真を撮るんだけどブログになり切れず没になって消えてく。
焼肉と言えば
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もう10年以上前の北海道美瑛に行き
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すり鉢みたいな地形に線路がそのまま突っ込んでいくここが面白く眺めてたらやってきた列車には
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バーベキューカーというのが連結されてた。
列車が通過すると焼き肉のにおいが残るってのはあんまりないから笑う。
この時も楽しそうなあそこは自分の居場所じゃないとかいう余計な考えが少しよぎってたりして。
なんか富良野から旭川ってあっという間についちゃいそうな気がするけど・・ゆっくり食えるのかな?
ゆっくり食うとかじゃなくても楽しいだろうな。
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ここはあの踏切から近いんじゃなかったかな。列車からもこの景色見えるかも。
あの真ん中の道をずっと上っていくと・・
やたらに走り回って皆覚えたものも
もうわすれちゃった。
調べると焼肉列車はテーブルの上に家庭で使う感じの電気式ホットプレートを置いてみたいなのだったのね。
日本の鉄道はいくつかの事故を経て火災に対する安全基準をものすごく厳しくとってるんだったと思う。ガスとか炭火って訳にはいかないんでしょうけど、そんなとこ追求するんじゃなく家族とか仲のいい人とそんなもんに乗ったよってな話がいいわけでしょうね。
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この樹、名前もついてたりして有名だったんだけど観光客が畑をを荒らすことに耐えかねた地主が怒って切っちゃったんですよね確か。
親父さんか祖父が植えた大切な樹とかじゃなかったっけ・・怒りに任せてとかじゃなくかなり悲しかったんじゃないかと思う。
樹は何を思っていただろうか。
他人事みたいに書いてるけど俺もその悪の観光客の一人なんでしょうね。
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この後稚内へ行き次は帯広とめちゃくちゃな工程だったけど素晴らしい景色に包まれ最高だった。
誰とも会わず話さず呑まず人のいるところには近寄らずただいろんな景色を眺めて回ってるだけなのは誰かにとっては旅行なんかではなく、人間ですらないように見えるかもしれない。
他人がどう思おうがそんなの知らねーけど。
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休みになると周囲の家々からバーベキューの匂いや声が聴こえてきたりする。
幸せ家族とか、楽しい若い時、友達、仲間・・
・・とまたいつものように私はそれができないダメ人間ですみたいなことを書こうとしちゃう自分に、それもいいけどマンネリ化して詰まんないですからなんか違う書きようを探してくださいと言ってみる。
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そういえば俺は食堂車ってのに乗ったことがあったっけか?と考えてみると多分一回だけか。
大学に入って最初の帰省で乗った寝台特急で食堂車へ行ってみたのはちょうど八幡製鉄所が車窓に見えたじゃなかったか。
もう食堂車というのも末期でメニューはかなり限定されお客もいなくなあんまりきれいでもなくわくわく感もなく・・頼んだカレーは結構高価なのに器から味から学食より・・というもの。
だけど多分悪いのは食堂車の方じゃない。
あの頃病的な卑屈の塊が服を着て歩いているような状態だったから、子供のころからあこがれた列車に乗っても何を見ても何に触っても全く面白くなくすべてが・・
そんな人になっちまってたんだろう。

https://www.youtube.com/watch?v=8liF-5JYnSg
これも山の農家の納屋カフェで流れてた曲。
その後は帰省もしなくなる。
海からかなり遠いところに住んでいたけれど、自転車で海まで行きポータブルプレーヤーで音楽を聴いたりしてた。
ものすごい炎天下で優雅とかとは違う、ちょっと頭のおかしい人だ。
理由は書けないけど、自分が日の光に当たらなくちゃならないからみたいなことを考えて・・ただ一人で。
イヤホンでオーケストラ音楽なんか聞けないのでピアノのCDをもっていった。
その時中にこの曲もあったのを覚えている。

亜麻色の髪の乙女という曲名は詩人の詩が発端になっているらしいけれど、日本語訳で台無しになってるものも多いらしい中で亜麻色って言葉はそれ自体が作品って感じでなんかいいですかね。
うちの嫁さんはむかしから髪を染めたりしなかったけど、真っ黒とも違う。
昔、艶のあるその髪を見ながら、今のこれはほんとに俺の俺なのか?
と思ったことがあった。
何を思い出しても自分はダメ人間ですみたいになってしまう・・とさっきまで思ってたけど、そんなに駄目じゃないんじゃないかと自分で自分に言ってみる。

バーベキューカーはもう廃車されちゃったようだ。
私は列車に乗れば流れゆく景色がごちそうで釘づけになっちゃうから目の前に焼き肉があっても全然食い終わらないうちに終点についちゃうだろうなぁ・・
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日没の瞬間からしばらく続くちょっと明かりの残った時間も何だかいいんですよね。
今日、こじらせば長引き他のことまで引きずり低迷させることになりかねなかった不安要素を2つ解消できた。
あちがう、もうひとつ大きななことがあった。
嫌な事が立て続けに襲ってきて碌な・・という印象があるけど実際逆だ。
今日も生きてるし、多分明日も生きてく。
いいこともあるかもしれない。

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霧の中でみつける

突然隣近所系問題が勃発。
楽器の音がうるさい的苦情ではなかったけれど予想を超えた展開からいろいろと思うところがあり・・
なんて書いてたけど一晩たてばもうどうでもいいやそんなもん。
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これはその前の週。
行きそびれていた店に行こうと思い場所が場所なので事前に電話をすると、霧がすごいですから気を付けてきてくださいね・・
一時間くらいかかる道中、遠く行く先が雲の中なのが見えていた。
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15ってのもなかなか見ないよな。
前回車を止めた店の前の空き地には車。
それじゃと裏へ回るとちょうど通りかかった人が
ここだよ。
ありがとうなんていってみるとすごい笑顔が返ってきて・・・
人間失敗的に生きてると、そういうスーパーインパクトなごちそうみたいのね。
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なんか、いいでしょうこの感じ。
昔夜中に見た映画の中にあったような・・ポルノ映画みたいなのだった気がするけどどきっと監督はいつか自分の撮りたい映画をという野望があるんだろう凝った手法や絵が挟まってって・・ほんとにどうでもいいような映画だったのにいくつかのシーンがいまだ目に焼き付いてるのはなんでか?あれももう30年以上前か。
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お店へはいると、どうぞと案内され・・
この前もここだったけど今日もここでいい?
え?覚えててくれたの?
あそこからでしょう?
わー、うれしいなそういうの。
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先客はちょうどもう終わりというところ
小さい声で、あーしあわせ・・・
どっかでも聞いたそのセリフ。
人にそう言わせる料理ってすごいよね。
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あのメインぽいのは新玉ねぎのステーキ。チーズとハムが乗ってピザっぽいのかな。
あとは九条ネギを間引くときに出た・・なんだっけいろいろ聞いたけど忘れちゃった。
なんかすごいでしょいっぱいあって。
ちゃんこ鍋もあって
しあわせ。

だけど、食ってると血の巡りがよくなっちゃって暑くなってくる。
霧で窓を閉め切っているのでなかなか暑い。
もともとあったらしいクーラーは撤去されてる。
あ、暑い。
今度から扇子買って持ち歩こうかな。
すいません扇風機ないですかー?
とか言えなかった。
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蒸し暑い音楽と言えばメシアンのトゥーランガリラ交響曲じゃないかと思うけどあんまり聴いくなくて・・
行ったことがないけどヨーロッパには蒸し暑いなんてないのかな。霧はしょっちゅう出るらしく霧が立ち込めてる音楽はたくさんあると思う。という流れでここにマーラーの1番を貼ったら負けだろう。
マーラーは例えばブラームスから指揮者としては絶賛されていたのに、前衛的すぎる作品は音楽に未来はないとか言って酷評された。
そのマーラーの2番を聴いたドビュッシーがこんな古臭いもん聴く価値があるかと席をけって出ていったという話が有名。
だけどほかのいろんな伝説と同じく、真偽の点においてかなり怪しいと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=H4VPDbNsSzY
霧で始まるドビュッシーのこれ他を、指揮者としてニューヨークでやってたマーラーがたしか取り上げてたと思う。
自分が若いころに古参に無視された経験から、理解できてもできなくても未来を感じれば新人の新作を積極的に取り上げようとしていたようだ・・けど、自分の作風のはるか先を行くこの新しい作品はそういう事じゃなくて作品そのものの価値を見抜いてとかだったんかないかなぁ・・
マーラーも9番10番で新しい所へ踏み出そうとはしてた。
もう少し生きて交響曲第15番くらいまで書いてくれたらどんな世界があったかなぁ・・
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食べ終わると営業終了時刻を過ぎており、黒板にあった冷やしぜんざいを頼もうにも気が引けて。
ちょっと話をしながら玄関を出ると外まで送ってくれる。
つばめがすごいでしょう?
ほんとだ。
前回同様たくさん話しかけてくださったお店の人。
なんでか自分の喋り回路にあんまり電源が回らなくて尻つぼみな感じにばっかりなっちゃったけど
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またいつか来ましょう。
次は扇子持ってこないと。

楽器今日も吹いて。
なんて言うかこう絶望の沼みたいなところから出られそうになってくるとわくわくしてくるのと同時に襲ってくるのは
なんでもっと早くやらなかったんだろう?
やってれば今頃・・
というやつ。
自分の腐った思考パターン的に、もしうまくいけばこれが出てくきて暴れるだろうことは予期してた。
なんでって自分が一番よくわかってるだろ。
それにまだそんな調子に乗るとこじゃないんだよ多難はこれから・・でもこれからがあるって幸せだよね。
いいからがんばろうよ。

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超絶観光地とプラレール

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先日見た近くの踏切。
奥は古い商店街でその先に大きな神社、横切る私鉄には小さな駅。
70代以上の人だとかつてこの駅前に路面電車がいたことを知っていて語ったりする。ネット上にも写真が沢山出てきたり。
でもそのもっとずっと前、明治時代くらいには路面電車がこの道を直進し鉄道と直交していたらしいことを知っている人はあんまりいないかもしれない。そういう自分だって何かでちょっと読んだというだけで写真も見たことない。
見てみたかったなその景色。
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ありそうでないからこれ。
プラレールみたいだよね。
幼いころ、外をほっつき歩いていたら偶然同じ幼稚園の子数人と出会い、こんなところで会うなんてとお互い新大陸発見みたいに驚き喜んだ。
そのあとなぜがうちに来てみんなでプラレールで遊んだ・・40年以上前のたった一度の思い出がまだ忘れられない。
軌道が鉄道の踏切を渡るという場面は各地にあったんではないかと思うけど今残ってるのはここだけかな?
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松山の・・なんだっけ昔見た。
ここも踏切の横には小さな駅があっていかにも都市部の地方私鉄という景色。
地元のあそこに似てるなぁなんて思いながら眺めた。
普通は松山に行ったと言えば松山城とか道後温泉とか坊ちゃんのなんとかとか・・これを見に行った訳じゃないけどこれしか見なかった。
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ガタガタいう渡り音も面白いけれど、架線にも興味がありますよね。
こういうのがあると両者の電圧を合わせるのはよく言われることで、昔京阪は京都市電と交差するからずっと600Vだったとか・・
合わせるというと接続しているようなイメージもあるけれど、絶縁区分みたいなのを合わせているんであって回路的にはつながっちゃったらまずいんじゃないかと思う。
で実際どうなってるの?とか
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あの真ん中の十字のスペーサーみたいなのはFRPかなんかで回路を絶縁しているように見える。
レール架線間の電圧をDC600Vにそろえてとか言っても実際負荷や電源の状況で変動し600Vピッタリであるわけがなく、上下線間にも別路線間にも電位差があるはずで電気的に接続すればこの四角い閉回路みたいになってる部分はあっという間に真っ赤になって焼け落ちると思う。一瞬青白く光って辺りにはパチンコ玉みたいな銅の塊が転がる・・とかかも。
短絡回路のインピーダンスが低いので許容値に対してけた違いな電流が流れるけど電位差自体は小さいから変電所の遮断器を動作させるための継電器が拾う電流はそれを作動させる値にならず、保護を考えることは結構難しいと思う。
こういうのは別にダイヤモンドクロスに限らずあらゆる場所にあり、電車のパンタグラフがちょうど異回路間を短絡する位置に停車してしまうと架線も集電版も焼け落ち・・それがどうしたってなもんだろうけど。
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渡ってゆくとき集電装置がバチバチスパークするのはいったん回路が切れることを示していると思う。
前の晩も寒いのにずっと見てた。
途中うどんとかなんとか食った写真も挟まってるけど、正直失敗したという記憶なので載せない。
だけど写真があると、お茶がポットから出てこなくて文句言ったら解放のレバー押してないだけで普通に出てきてたとか、どうでもいい記憶が妙に鮮やかに蘇ってくるのね。


https://www.youtube.com/watch?v=pHR0VyEKOqs

これは交代する三度という曲で、交差じゃなくて交代だけど実際声部がというより手が交差するのが面白く・・そこはどうでもいいか。
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楽譜の景色がアラベスクという感じだけど。
動き回る音同士がぶつかり合って偶然生まれるハーモニーがまた・・いまじゃ当たり前だけどこんなの出せばふざけてんのかと言われそうな時代にこれを堂々と発表する原動力としてやっぱりサティがいたのかなとか・・

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瀬戸大橋の巨大なのに綿密な構造に見とれる。
音楽もいろいろだけど、多くの曲にあんな感じのイメージがあるのね。
細かいものがそれぞれ意味を持って組み合わさり全体を作ってゆく・・全体を見てもいいけど細部に注目しても・・

この時正月休みだったと思う。
小学生くらいの女の子に「そろそろおばあちゃんちいく?」と問いかけてた若いお父さん。
今はもう孫がいたりするんだろうか?
長い時間もあっという間に過ぎてっちゃうのね。
プラレールももう記憶の彼方に消えかけ思い出せることもあんまりないな。
20年後くらいに今度は子供のためにまた再会し、さらにその20年後に今度は孫のために・・という人もいるんでしょうね。
昔はデパートの最上階にでっかいおもちゃ屋があってプラレールが走り回ってたような気が。
最初の写真のあそこにもそんなデパートがあった。
ああいうのもう見ないな。
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渡った瀬戸大橋を遠くに眺めるともう旅も終わりの予感。
このときなんだかものすごく虚しかった。
別に虚しくなる必要はなかったはずだけど。

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他人なんかいいから

海沿いというか山の上を走る旧道沿いにある店。
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ここへは久しぶりに来た。
結局また行くんだったらすねていかない時間は自分が損してるだけ。
でっかく子供お断りみたいなマークと雰囲気を大切にする店だからという張り紙。
子供はいないので特に何か感じたりもしない。
あなたは気持ち悪いから入んないでくださいとか思ってんだろみたいな被害妄想はちょっと浮かぶ。
入るけど。
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いつも混んでいる印象があったんだけれど入ると誰もいなかった。
空いてたことが一度もなかった席に座ってみる。
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天気悪くてもまた絵になるのね・・やっぱりちょっと残念。
雨の海にひきつけられたこともあるけどなんか今一つ盛り上がらない・・
窓の外にはテラス席。
今日はちょっと寒々しいかな。
以前あそこへ座った時隣には互いに敬語で距離を探りながら話す若い男女がいた。
多分同じ職場の人間で初めて二人きりで会い、伊豆方面にドライブでもという感じ。
一時間ほどでいこーよー!みたいな話となりまたどこかへ向かっていった。
いいねー。
そういう人のための特別な場所としても存在している店だと思うここ。
50くらいに見えるおっさんと30代な女性が入ってきて店員さんの雨ですけど・・を無視し外席へ出ていった。
夫婦には見えないけどただの仲じゃないのは明白だ。
みたいな人にもちょうどいいんだろう店。
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なんか、もりあがらないな。
調子に乗っていろんなお店に行き色々見ちゃったからかな、
先日別なところで聞いたケーキなんか工場で作ったやつを出してるだけだよ・・も思い出す。
ケーキのメニューがメーカーの資料をそのまま使っちゃってるようにみえたからかな?
割高な価格は雰囲気料込みだから・・
花が乗ってたりするなぁ花代だなとか思いながら。


https://www.youtube.com/watch?v=P1TJsb99epM
夕暮れという感じにもならないだろうな。
またドアがガチャガチャと音を立て、若い時サーファーで今はゴルフで焼けてますみたいなイケメン中年と40になっても最小限のおしゃれで十分いける自信がありますみたいな女性が入ってきた。
女性は嬉しそうに外へ出ていくと私の視界をふさぐ真ん前の席に座ろうとする。
そこへあのかっこいいおっさんが手でさりげなくこっちへ行こう、あそこ人がいるから・・と誘導した。
あー、
あれですよね。いろいろうまくいって豊かに生きてきた人はその余裕が自然に周りへの配慮にむかうのね。
そしてそれがまたいいことを呼んで余裕を作り・・という良いスパイラルで後光みたいなのを巻き付けて生きてるんだろう。
素敵な笑顔や優しさみたいなものが意識しなくてもあふれ出ちゃってる人っていうのがいるんだよね。
なんかこう、バームクーヘンとか和ろうそくみたいに美しいものが積み重なって年輪になって。
ああいう風に生きてみたかったけど・・
正があれば負がある。
うまくいかない苛立ちを隠せず周囲にぶちまければ、結果としてさらにうまくいかない負の念を呼ぶダメ人間的スパイラル。
そんなことに気付いたあの頃から、よいスパイラルは回らずもう30年。
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そんなくだらないことを考えていると、
目の前では嫁さんが花を手にもって写真撮ったり・・
なんか楽しそうだ。
そんなに自分をダメだと思わなくていいんだってずっと自分に言い聞かせてるんだけ駄目だね。
Twitterを病的に拒否してしまうのは他人を見るとうらやましいと思ったり自分を否定したりとか言うのが加速的に進行してハウリングみたいになっちゃうから・・
他人を羨んだりひがんだりするのは、自分に価値がないと思っているからだろう。
最近小さな目標が浮かんできた。
傍目にどう思われようと、こういうのが大事かも。
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日暮れは早いようでまだまだ先か。
あのランプが光るのはまだずっと後みたいだ。
もういいから帰ろう。

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分かんない人と遺伝子

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行く先も思いつかないので海を見に行った。
整備された海辺の公園には善良な市民が・・なんて言ったら怒られますね。人がいっぱい。
みんな笑顔で幸せそう。素敵な午後という感じ。
でもものすごい風。
塔みたいなものがあればとりあえず登りますよそりゃ。
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ものすごい風に巻き上げられた潮が吹きつける。
塩で俺の腐ってるところが清められないかなぁとかまたくだらないことを考えてた。
そういえば先日乗った新幹線の車内電光表示板に流れたニュースで、
ゲノムを編集した赤ちゃんを誕生させる計画をロシアの科学アカデミーが発表・・中国に続いて2例目・・・
とかいうのが目に留まった。
元々いいイメージのない話であるけれど登場する国名がなんだか気になる。
当初は難病を未然に防ぐことに限定してとかルールを作るんだろうけれど、ニュースや歴史を見てみれば人間に倫理感みたいなものを期待することは虚しい間違いなのではないかと思ったりする。
しかしあれですよね事前に修正できるんならどうしようもない俺の欠陥も事前に変えといてほしかっ・・・
いえ、このどうしようもない人間の自我が俺なのであって修正されてちゃんとしちゃったらもうそれ俺じゃないよね。

遺伝子とは関係なく後天的なものかもしれなけれど私は自分の体の位置関係みたいなものがどうなっているのか把握することができないので手鏡で自分の口を見ながら楽器の再練習中。
思っているのと全然違う・・・いや、そもそも思っているてなんなのかももうよくわからない。
自分でいうのもおかしいけれどよくそれで車を運転したり飯を食えたりしてるよな・・
別に私はしょっちゅう事故を起こしたり、よだれを垂らしながら飯を食っているわけじゃない。
必要なことのうちいくつかには人の何倍の時間をかけてできるようになったものもある。
楽器だっていつかは出来るようになると信じている。
その前に殴られたり罵られたり晒されたりするとかされるのが嫌で逃げるから何にもできないままなのね。
粘ってやってみれば何か一つくらいできるんじゃないのか?
このまま死んでもむなしいし。
しかしまたリードと歯の位置関係を鏡で見ていると悍ましいような歯並びの悪さである。
どこを切り取ってもろくでもないな俺は。
こういうのも遺伝子が支配しているんだろうか?
普通は2本の前歯でマウスピースを押さえるんだろうけど私の前歯は2本がずれているのでちゃんと噛めていないんじゃないか・・マウスピースにつく歯の跡が片方しかないけどこれでいいのか?
・・・と、うまくいかないことを歯のせいにしようと思うのは多分間違い。
そんなことばかり考えるからいつまでも訳も分からないんだろう。
普通はこうだとかいうのとは関係ないところで地道に超絶ゆっくり進むしかないんだと思う。
今のこの状態は間違っていてあるべき姿ではない、あるべき姿になるには・・とか考えちゃうから変なことをしだすのであって・・
あ、これを地道に繰り返すんだなと・・昨日ある地味でチープな状態ながらそう思った。

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でっかい波に洗われてるようなところに立ってる人がいた。
大丈夫なんて思ってるとふっととんでもないのが来たりするもんでしょ?波って。


https://www.youtube.com/watch?v=RNcvnOwxFrA
西風の見たもの、という曲。
なんかがものすごい勢いで押し寄せてきて笑う。
笑わなくていいのか。
これ結構有名なんだと思うけれど、何も知らずに見たり聞いたりするとめちゃくちゃやってるように見えたり聞えてしまうかもしれません。
何でも状況、枠組み、理由、そのほかいろんな手掛かりがあってはじめてこういうもんだと理解できると思う。
解らないものはわからない。
ドビュッシーの音楽は印象派とか言ってふんわりメルヘンみたいな誤解があると思うけれど、この人の音楽は自分からこれこういう事だろ?というのをもって聴きに行かないと何だかわからないようなのがかなり多いと思う。
例えばラヴェルの音楽は何も知らなくても場や状況を説明しつつ魅力的なものが向こうから押し寄せつつみこんでくる。
どちらが優れているかじゃなくて、全然違う方向のものがいろいろあるという事だと思う。
これを聴いているとストラヴィンスキーはドビュッシーから大きな影響を受けたと言われるけど、とんでもないものが突然登場したような印象の春の祭典もこういうところにベースがあったのねとか思ったりして・・
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真ん中の稜線がギザギザになったあたりは鋸山といい、鎖場や薄皮一枚みたいな岩の上を歩くようなところ。
毎年死者が出ていたりしていしたと思うけど今は進入禁止みたいだ。
昔一度行ってみたけれど怖くて渡れなかった。
怖いという事は死にたくないという事であるし、自分を死から守るための仕組みでもあると思う。
臆病って駄目みたいだけど俺みたいな鈍い人間には保護機能として必要なんだろう。
じゃあいいか。
天気がいいと何でも綺麗に見えていいよね。

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人生までは洗い流せません。

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天気いいと何でも綺麗に見えるね。
このあたりで鮎釣りしている人を見るのは何月ごろだったっけ?
そこそこ走って峠を2つ越えて、
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海でも見ようよ。
青いねーいいねー
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釣りしてる人がいる。
学生の頃、刺身を食いたいけれど金もないし、外へ出ない人間なので釣りでも始めてみようかと思ったことがあった。
竿を買い海まで行ったような記憶もあるけど釣った記憶がない。
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小さな港のそばに
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露天風呂?
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行ってみるとこんな風呂がいきなり・・
手を入れてみるとかなり熱い。
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脱衣室もある。というか脱衣場の建物が周囲への目隠しを兼ねているのかも。
その分海はみえなくなってしまい窮屈というか魅力半減というか・・
こんなとこで入る人いるのかな?
ああ、海から来て水着でか・・砂浜ないけど・・
これが例えば下北半島の先の方とか、オホーツク海に面した・・とかだったら入っちゃうかな・・
あとで調べたらやっぱり水着着用とかどっかに書いてあるそうだ。

この日のお昼に
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高菜と明太マヨネーズだったかな。
マヨネーズ無敵。
このお店で感じたことを素直に書いてもいい事なさそうだからやめる。
音楽で言うとこんな感じ。

https://www.youtube.com/watch?v=qj-aeqCZlvs
全然知らなくても好意的な興味を持って聴こうとすれば冒頭からあ?これパロディかな?とか思い引き付けられる人もいるでしょう。
ハ長調で始まる練習曲集最初のこの曲は、聴き手に対しての作品としても書かれていてこれも作者の狙いというかネタなわけでしょう。くそ真面目に凝り固まった音楽世界や評論家、もしかすると教育者やメソッドへの当てつけというか嫌味でもあるのかもしれません。
でも知らないと勝手弾きでウオーミングアップでもしているのか、ふざけているのか?くらいにしか聞こえない人もいるかもしれない。
怒る人もいるかもしれない。
一方弾き手はそんなことには関係なく真剣で必死だ。

ああそうだったのかぁ・・と思えたのは食い終わってお店を出る時だった。
そこで笑顔になって見せたところで、知らぬが故の気分のまま過ぎてしまった時間が書き換えられるわけじゃない。
そんな感じ。

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穴が開いてら。
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釣り人がなんかくれるの待ってるのかな?
くれない人に用はありません・・
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あそこをくぐると違う自分になったりしませんか。
いちいちいらんことを感じないでずっと笑ってられる人に。
なるわけないですか。

お店の話じゃなくて、
色々と嫌なことばかりだ。
周りが嫌に見えるのはお前が嫌な奴だからだろ。
そうですか。
心のぬめりみたいなのを洗い流してくれる海か温泉に行きたい。
ないよそんなもん。
弱気になったりしてるとどんどんそういうの呼んじゃうからね。
しっかりしないと。
しっかりしないとなんて思うからしっかりしてない自分を断罪してとかまたはじまるんだから、
どうでもいいよみんなほっとけ。

でもさ、
今、薄っぺらくてほっとくと粉々になっちゃいそうな薄膜みたいないいことを積み重ねてるから。
あんまり薄いんで何枚も重ねてるのに全然形になってこないけれど、でもずっと続けていれば色くらいは見えてくるかもしれないし・・
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きれいだね。
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誰もあんたのことなんか気にしてないから。
魚くれる人以外は興味ないの。
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遊んでくれるのかと思ったけどいまいち壁を乗り越えられなかった。
なんかくれないなら遊んであげません。
そうですか。

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縛りと温泉はいいけど噴火は怖い

地域としての修善寺はしょっちゅう通過するのにお寺としての修禅寺に行ったことがなかった。
迂回する県道へ回らず細い道をまっすぐ突っ込んでいくと人がいっぱいいるのが目に入ってくる。
なんかわかんないけどこの辺がその修善寺なんだろう。
典型的な温泉街の光景と待ってました的な駐車場。
この手のところは通り過ぎてちょっと行くとすごく安い駐車場があったりするもんでしょう・・あーあったと止めたそこはがら空き。
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狭いT字路で観光バスが曲がり切れずハマってた。
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新緑に橋の赤が映えますね。
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竹林なんて近所にもいくらでもあるけど、
気分が乗るとなんでもとてもいいものに見えるのね。
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モミジがいっぱいだから紅葉の頃はいいでしょうね。
何年か前に大水が出たんじゃなかったかな。
観光地だから景観に配慮して自然な形に仕上げてあるけれど、実は流量なんかを考慮した設計通りに整備されてる感じがしますね。いいねすごいね。

何軒かの甘味屋さん・・・遠くから来たならそういうとこへ行くのも楽しみですけどね。
近すぎるからかなんとなく盛り上がれず・・
こういう時素直に喜べる方が得ですよね。
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あれか。
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人がいっぱい。
一見日本人に見えても外人だったりする。
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よく見かける手を清める・・なんていうんだっけこれは、
さすがというか温泉だった。
あの出てるところから直接もらうと結構熱い。
飲めますよともあった。
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お参りして。
古いお寺へ行くと神社と寺の境目があいまいな感じの別世界感を見ることがある。
弘法大師が開いたみたいな話からなんかものすごいものを勝手に想像しちゃたけど、そういうわけでもなく普通にお寺って感じのお寺だった。
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肩に乗ってるのがうちの犬みたいでわらった。

浴衣で楽しそうに歩く若い青年を、地元のおじさんらしき人が呼び止めて浴衣の着こなしが違うと直してあげていた。
oh・・とか英語の彼は中国人の学生とかかな?
中国へ行ったとき、温泉はないのか?と聞いたらそもそも風呂へ入る文化がありませんとか言ってた。
なんで日本人は温泉が好きなんだろう?
なんでかは知らないけど、そこら中にあるもんとりあえず入っちゃうよね。
猿だって入っちゃうし。
最近温泉も入ってないなぁ行きたいな。
そういえば最近地震で驚いたけどまた箱根が噴火とか言ってら・・
震源地は芦ノ湖の西側ってうちのすぐそばじゃないか。
噴火は困るけど温泉出ないかなぁ。
住めなくなると困るからやっぱり出なくていいや。
温泉もどっか行くのとセットで楽しみというか、毎日自分の家に沸いてたらありがたみもなくなっちゃうかなぁ・・


https://www.youtube.com/watch?v=a7pnFTF6WJk
ドビュッシーも法則規則でがんじがらめに縛る西洋音楽のルールにうんざりしそこから脱しようとした。
この人から西洋音楽の崩壊が始まったみたいに言われることも多い。
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神や人間が自然より上にあるととらえるキリスト教的発想が根底にある気がするそれらを壊すというか避けようとすると、神も人間も自然の一部と感じ自然を素直に感じ捕えようとする東洋人の音楽感に似たものが出てくるところが面白い気もする。
全音音階とかそういう話は今どうでもよくて。
ボンジュールとかウィとか言ってるフランスのおっさんの頭の中であんな響きが鳴っていたのかと思うとまた面白いけどなぁ・・

宿に泊まって温泉に入って飲んで・・・とかできればほんとはいいでしょうね。
まあいいや茶でも飲みに行こう。
行こうと思ってた喫茶店はもう閉まってたので代替的なお店へ・・
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おしぼりですと言って持ってきたこれ。
笑うか何かするところだったのかもしれないけど無言でおわっちゃった。
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自家焙煎の珈琲的が自慢のお店なんだろう。
じゃ紅茶なんか頼んじゃいけないかなとも思ったけど、いけないってなんだよ。
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最近は紅茶にシフトしてます。
なんかフルーツ系のフレーバーティー。
ちっちゃなケーキが2個出てくるこれもおしぼりと同じコンセプトか。
美味しかったよ。
オーナーと奥さんかな、そこそこの年齢に見えるけど話の内容から多分俺より年下。
俺も歳食ったんだなぁ。
顔見知りらしいお客さんと楽しそうだ。
いろんな人生があるね。
俺の人生だって人生だけどね。

ここがじゃないけど、気が付けば最近ブログを書くために無理にカフェを探して行くようになっちゃっているのかも。
それはそれで楽しみだという事でもいいんだろうけど、なんで自分に縛られてるんだと思ったり。
季節も変わるし、自分も何か変えられるかな。

Tag:ドビュッシー  Trackback:0 comment:2 

戻ったことともう戻らないこと

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今年もまたチューリップが咲き始めて。
小さな花には見覚えがあり、また会えたねなんて思ったり。

脱線転覆し炎上に至っていた楽器のレッスン、今回やっとなんとかレール上に戻れたかもしれないと感じて帰ってこれた。
まだ一部の車輪がレールから落ちていてガタガタなのでまた転げ落ちるかもしれないし、まあそれが私だろう。
とはいえ、微速ながら前に向けて進んでいるのかもしれないとも思えば少し明るい気持ちになってくる。
傍からどう見えるかは関係ない。
ありがとうこの世界。
ありがとう私。

散歩の途中。
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息が上がりすぎちゃってぜーぜー言ってるから近道して帰ろうよと言ってみると、何いってんのいつも通りいきますよ!と頑張ってみせたりして。
わかったからいったん帰ってお花見行こうよ。

今までは、嫁さんに犬とどっか行く?っと話しかけた瞬間に状況を察知し
いっきますよー!はいいきますよ!まだですか?
と暴れまわったもんだけれどこの日はそれが全然ないのが気になった。

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少し高いところにあるからか、花はまだ先始め。
犬はやっぱり去年と違う。
暑さのせいでもない。

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あんなに走り回りたくて仕方がなかったのに、

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ちょっとしんどそうだ。
誰でも老いてはいくんだよね。


https://www.youtube.com/watch?v=yYurA2HsIx8
ずっと当たり前にあると思った世界は
無くなってしまったらもう戻らないのね。
いっしょにでかけた散歩が楽しすぎて山中を何時間も歩いてしまい、帰ったら嫁さんに怒られた・・・
もうあれはできないのか。
そう思うと寂しいような気がしてくるけれどまだよろよろで歩けなくなっちゃったわけでもないんだから。

いろんな雑多な記憶が昨日のことのように出てくるけどもうそこへ戻ることはない。
行けば戻る気がして記憶の場所に行ってみたこともあったけど今思えばいかれてるな。
古い商店街で公衆電話のボタンをガチャガチャと一心不乱に乱打している中年女性を見かけた。
あたりを小一時間散策して戻ってきてもまだやっている。
頭のいっちゃった人かと思ったけれどふと気が付いた。
あれ昔の女子高生がポケベルにメッセージ送ってるシーンでしょ?
あの人も30年前の忘れられない世界をとりもどしたい人なんでしょ?

もう戻りたいやり直したいみたいなのは消えた。
やり直すなら生まれる前まで戻らないと。でもそれ俺じゃない。
それはいいんだけれど未来から見た今は戻りたい過去なのかもしれず、
今ここにいられることを最大限に生かしたいような気はする。
気がしているんだけれどイマイチそれができている気もしないし、どうすべきかもわからない。
分かったころには手遅れというのがいつもの形ではあるけれど、
少しでも差を縮められるように。

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毎年、桜もチューリップも花が落ちるのを見て妙に寂しい気持ちになったりする。
でもまた来年があるんだからいいじゃないかなんて思ったりもする。
人は終わったら終わり・・
ちがうか樹だって寿命を意識し悔いの無いよう必死で生きてんのかもしれない。

これを書いている今、窓の外で鳥がいろいろ歌ってるんですよね。
それだけでも生きてた甲斐はあると思うけどね。


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