富士山とうどんと

日曜日。
湿った気分で気が付けばもう午前中が終わりそう・・
急に音楽が聴きたくなり、ある曲の第1楽章だけ聴いて・・
足りなくて続きを聴きたいのを抑えて・・
どっかでかけよう。

車で40分くらいか細い峠道を登る・・・ああいい天気になって来たなぁ・・・
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ちょっとした公園というか広場。
なんかいいでしょう?

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超富士山。
手前は御殿場。左は愛鷹山。
明るい陽射し。澄んだ空気。
すごく気持ちがいい。
嫁さんに話しかけようと振り返ると
ついさっきまでバイクのおっさん一人だったここには山好きなお爺さんその友達、と娘と孫たち的な軍団が押し寄せていた。
こどもがキャーキャーって・・そりゃそうだろう、元気で何より。

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この鐘、嫁さんと知り合ったばっかりのときにここへきて鳴らしたんだったかな・・こんな立派なのじゃ無かったような・・
鐘なんかなくて景色に向かって叫びましょうじゃなかったっけ?
この鐘、数年前銅や鋼材の価格が高騰したときに盗まれちゃったような話を聞いた。
見つからなくて再製作されて物じゃないかなこれ。


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軍団が去るとバイクなおじさんが増えていてた。
子育ても仕事も一段落して、自分の青春に戻ってるとかなんでしょう。
いいな。


https://www.youtube.com/watch?v=Ll4zXP_0Hy4
山の景色の話の後に海の音楽を持ってきたらあほみたいでしょう。
だから貼ってやる。
多分これが私にとってのドビュッシーのオケ音楽入門だったと思う。
ブラームスやマーラーばっかり聞いてたところにこれが来たからしばらくはよくわからなかった。スコアを買ってきて眺めてみてもなじめねーなーとか思って。
そういうのは時間と繰り返しが勝手に解決してくれるみたいだ。
もうどのあたりがなじめなかったのか、思い出せない。
それよりこのCDを買ったとき店から出てふとみるとたまたまいた女の人が俺を見てものすごい勢いで顔を背けた。そういうの何十年たっても忘れないのね。
その後腐った気持ちで原付に乗って遠くへ走ったところそこで素敵な光景を見つけ・・・そんな思いで。
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このあたり昔CMで流れていたような。

そのまま登って峠越え。
峠には鎌倉時代かなんかの関所跡。
この日はなにかイベントをやっているらしく人がたくさん・・旗が立って、駐車場整理がでていて・・・
でも私は通過。
今度誰もいない様な日にこよう。
峠の向こう側は景色を見る感じでもなくすごい勾配で一気に駆け降りる感じ・・確か途中にうどんやが・・
あそこへ行ったのももう15年くらい前・・若い嫁さんと。
それらしきものがあって止まってみると・・・あれ?野菜の販売?ここじゃないじゃん・・
この先はもう民家も見えてくる・・こんなとこじゃなかったはずだけど・・・
戻って少し迷い、旧道みたいなところにはいった先に
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あった・・・路駐しまくり。
なんだ停めるとこねーじゃんかと進むとその先で通行止めかなんかになっているらしく前の車がバックしてくる・・
あーなんだよこれ・・よくよく冷静になって脇道へ入ってみれば・・あ広い駐車場があるじゃんか。
バスの転換所や蕎麦屋・・・ああ思い出した・・昔来たなここ。
ここきっと日帰り登山の拠点みたいな場所なんだろうな。
トイレへ寄って・・嫁を待ってる間にも家族ずれがうどん屋に向かって・・・
もう2時も過ぎてんのに混んでやがるな座れんのかな?
うどん屋に入ってみると案内が追い付いていない・・・
たまたま空いた目の前のテーブル・・後ろからも人が来てる・・焦る気持ちで「声でここいーい?」
殺気立っている自分に気付き嫌になる。俺ほんとに人がにがてなんだ・・
でもまあ、座れば落ち着いて。
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あのガラスの向こうで職人さんがうどんを打ってる。
紙粘土みたいなのをはかりにのせ・・綿棒で伸ばして包丁みたいなのでどんどん切って・・
切ったその場で鍋になげいれ・・

15年前人に教えてもらってここへ来たときは・・こんなに混んでたかな?
テレビになんども出たみたいな張り紙・・いまSNSでもあれするもんね。
メニューとか貼り紙を見るとカレーうどんが自慢というかおすすめみたいだ。
でも私は山を越えて打ちたてのおいしいうどんを食った的な気持ちになりたい・・なんでここでインド化すんの・・とか思って

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とろろうどん。
炭水化物減らさなくちゃいけなくて大盛禁止キャンペーン中なのに大盛っていっちゃった。
つるつるもちもちなうどん。
うどんてあれですね、すごく力強いのに余計な主張はしない人みたいな感じだから周りがどう演出してくれるか勝負みたいな・・
出汁は醤油とかあんまり感じないかつおだしだったと思う。
とろろと合わせ、派手に主張しないなんだろう地味とは違う静かなおいしさ・・みたいなものを食った。
回りくどいか、おいしかった。

来る途中、この手前に古民家カフェ的なものを見かけていて・・
歩いて行ってみる。
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玄関に手をかけ・・かけて止める。
なんか違う。
ここじゃない予感がした。

バス停の名にもなっている
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地蔵堂があったのでお参りする。
おまえ、行きたいところがあったんじゃないのか?
というメッセージが来て・・
こんなこと書くとあほかと思われるかな?お祈りしていたら行きたいところがあったことを思い出した。
あっそうだった・・いってみよう。

でも結局、そこへは行かなかった。
色々あるけど私が生きてられるのは嫁さんのおかげ。

また来週も頑張ろうとかいう気持ちになれたよ。
日に当たるとか、いい景色を見るとか、うまいもの食う、笑う・・
ふさぎ込むと忘れがちだけどこういうのが大事ですよね。
休みって大事。

お地蔵さんがあのカフェに案内してくれたのかな・・なんて思ってみたりして。


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人面魚

家に帰ったら
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門の隅にこんな花が咲いてた。
一日くらいでなくなっちゃう花。
可愛い花。
私のために咲いてくれたわけじゃないけれど、
世の中捨てたもんじゃないですね。


そして何の繋がりもなく、そこそこ離れている街の昔からありそうな喫茶店に言った話。
カフェじゃない喫茶店。
純喫茶ってこういうの?

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そうそう、このテーブル。
豆テーブル。

ここは嫁さんと知り合った頃に何度か通った。
人面魚がここにもいるみたいな話がローカルな新聞にのってたと彼女が言いだして・・
あのころカフェなんてのはあったっけ?
入ると床が傾斜というか階段を降りるみたいな・・そういえば昔の喫茶店でよく見ますよね。
別世界へみたいな演出なのかな。
タバコのにおい・・・
そりゃそうだ喫茶店だもんね。
普段はそんなとこ絶対に行かないけど、今日はそれ承知でだから。
前の人の食器があるけど、 窓際がいいなぁ・・
片づけてくれて・・


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この席、昔も座ったかもな。
窓の外には池。
人面魚は・・・
見つけられなかった。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=1547&v=L47SRue0gt8
ドビュッシーの映像 第2集
金色の魚

金粉で描かれた錦鯉を見て
ということらしいですけど。

ラヴェルの音楽は、欲したものには誰にでもわかるように書いてくれてある。
ドビュッシーは、聴き手の側も最大限の努力をしないとそこにある何かは得られない・・
みたいな気がする。

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こういうところ見てると・・そんなにやたらと古い建物というわけでもないのかな・・
BGMは洋楽のバラードみたいなの。
なんていうんだろうこういうの・・熱唱系な・・


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そしてチョコレートパフェ。
いい歳したおっさんがチョコレートパフェ。
バナナの香りとともに登場。
ありがちなコーンフレークみたいなのを大量に入れて嵩増ししてあったりもしない。
量もちょうどいいよおっさんには。

昔何度かここへ来たとき、なにかしら会話をしたんだろうけどその内容はもう思い出せない。
会話というような会話はしていないかもしれない。
適当なことを言って笑って・・
この時も何を話したか思い出せない。
でもそれでいいというかそこが良かったと思う。
妻は時々そこに不満を見せるけれど。


この人とうまくやりたいと思ったら、あんまり深く話さない方がいいと思う。
失敗例からも強くそう思う。
ものすごく寂しいことではあるけれど、やっぱりそう思う。
この辺は人によりさまざまで異論もあるだろう。
私がそんななだけ。

人麺魚どこ行っちゃったのかな。

お客さんは結構入ってた。
後ろで若い営業がでっかい声で電話してる。
そういうのどうかと思うけど今どきはもうそれが当たり前なのかな?

Googleマップのレビューでも見ようと思ったら
このお店自体存在しないことになってて笑った。
いいよ、あんなの見てくるような人は来ない地元の知ってる人だけが来るお店。
ランチタイムのサービスドリンクは廃止されました・・みたいな貼りが目に入る。
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いろいろあるんだろうけど末永く続いてほしい。
俺が願わなくたって続くんだろうけど。

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親子、仲間

少し前に古民家とかじゃなくて普通のセキスイハイムみたいなのを改装したごはん屋にまた行きました。
母子二人で超絶おもてなしみたいなの。
お任せランチは肉か魚を選ぶことになっている。前回肉を選んだので今度は魚をと。
駐車場はいっぱい・・あ、一台停められる。
並んだ車の車種と装備から中にいるであろうお客が予想され・・
玄関の戸に手をかけると大声が。
ここまで来てやめるというのもないだろう入ろう。
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カウンター席へどうぞ。
カウンターには誰もいなかった。
2組くらいいるらしいグループが大音響で発音中。
バブル経験世代、地味は敵だみたいな奥さん6人の会みたいなの・・
あんな派手な車のってんのか・・・
大きなお世話か。
一生接点もな‥まいいや。
昼間のこういうお店に行くと女性の会みたいなのによく遭遇します。
友達がいるっていいよね。

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紫陽花と・・なんだあのぐるぐる。
音楽はモダンジャス。
おしゃれ系店はどこ行ってもジャズがかかってますね。
なんとなくそれっぽいしいい感じですね。
BGMは聴くためにあるんじゃなくて周りの会話がストレートに見えないようにするレースのカーテンみたいなものだと先日気づいた。


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お任せランチの魚。
相変わらず丁寧に作られたちっちゃいものがいろいろ・・
がつがつ食って腹いっぱいになるとかそういう世界じゃない。
私も大人だしこういう世界を楽しめなくちゃ・・と背伸びする。
ゆっくり食べて、満腹にはならないけれど満足する。

マダムの会はもう孫がいるのかもしれないし全然別なところの話かもしれないけれど、
赤ちゃんとか幼児の育て方みたいな話をしている。
昔と違うんだから今風に育てさせてやんないとその後子供が生きづらいよみたいな話・・


https://www.youtube.com/watch?v=q2v1VWVp9Ao

ドビュッシーは不倫してずいぶん友達をなくしたという話があります。
たくさん失えるほど友達いたのね。
じゃあいいじゃない。
今はその話じゃないか、40過ぎて子供ができてたいそう喜んだんだっけ。
子供の領分という曲は大変有名ですが子供向けの曲というコンセプトのパロディーなのであって大人のための曲ですね。

聞きたくない話ほど聞こえる物だと思う。
でもお店も公共の場というか世間だから誰が何を話していようが自由だし、そんなの当たり前だ。
何の文句もありません。
そうなりたかったわけじゃない子なし夫婦の私たちにもいろいろあります。
心配したけれどこの時は大丈夫らしかった。

狭い民家だからかでっかい声が壁天上に反響して大音響化して丁寧に作られた料理を丁寧に味わう・・みたいな私の勝手な欲求はつぶれていた。
けどまあそれはそういうものだよね。
それは私のわがまま。
お店はすこしも悪くなく、うるせーおばさんも悪くない。
色々僻みとかゆがみが入っちゃっててごめんね。

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遅れて梅のシロップも出てきた。
甘さ控えめで梅感を強く出した感じ。
おいしかった。
味噌とか納豆とかいろんなものが自家製らしい。
その手間を考えると結構高めの価格も納得できるかな。

初めて来たときは感動したすごいもてなしのあいさつ・・・
お母さん、この前と全く同じ定型文を繰り返されると・・分かっちゃいるけど
手作りだと思ってたものが型物の量産品だったみたいな。
何か大事なものが崩れていくような。
多分お母さんは悪くなくてこちらの期待が変なんでしょう。
はい。とか答えてたけどそれもおかしいと思って私2度目ですよ2度目・・というとはぁ?みたいな反応・・
出てきた娘さんにこの方2度目なんだって・・
ああそうですね!
娘さんのその一言でちょっと救われる。
お母さんいい人なのは伝わってきたし・・
前回来たときは娘さんの接客経験不足みたいなのをお母さんがフォローして色々教えてあげている感じが読み取れていた。
親子で補い合いいながら進んでいくっていいですね。

いいね、親子って。
色々大変だろうけど。

すっごい笑顔で山でとれたという
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これをくれた。
なんだっけこれ?
ありがとう。

別に少しも嫌な思いもしていないし気に入らないこともなかったけれど、もしかするともう来ないかなと思っていた。
でも娘さんの何の裏もないような笑顔を見て、そういうこと言っちゃいけないかなと思った。
書いちゃってるけど。
いろんな人がいろんなことを考えさせたり、教えてくれる。
ありがとう。


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法隆寺

太陽の塔が見たくて大阪へ始めは見たら帰ろうかと思ってた。・・だけどそれじゃあんまりだ。
といって俺がUSJとか行くのもおかしいだろう。
それじゃ法隆寺でも行くか・・日本人なら法隆寺だろ・・とか1人で盛り上がる。
地図を見るとなんか遠いというは妙なとこにあるように見える。
あれ法隆寺ってこんなとこにあるんだっけ・・
なんとなく山の向こうに奈良があり、そのあたりに何でも建っているというようないい加減なイメージがあった。
調べると大阪駅から快速一本で行けることが判明・・
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大和路快速というのが私鉄の特急並みに駅を通過して走っていく。
子供のころ本で見たあの赤帯の列車の後継なんだなこれ。
関西の鉄道車両のもう一つの特徴は転換クロスシートだ。普通列車なのにちょっといい感じの椅子なのは各社間の競争が・・
もういいかそういうのは。

ホームでこんな写真を撮ったりしていたので・・
バス停に行ってみるとバスは1分前に発車したところだった。
次は20分後・・
歩いても20分くらいだろう、いいや歩こう。
しかし私が乗り遅れたのはどうでもいいとして、足腰が達者でない方がトイレに行ってバス乗り場へ到達するまでの時間があったかなぁ・・

遠くへ来たんだわざと裏路地みたいなところを歩いてみよう。
表通りなんかどこでも見かけるような景色でつまらないし。
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じゃあ裏には珍しいものがあるのかってないけどさ・・・
パイパス反対・・
特に関西だなぁ・・みたいな何かも見つからない。
人とであって楽しい会話になるわけもない。
でもいいの・・遠くの知らない街を歩くってちょっと不思議な感じがする。
通りに出て突き当りを左に曲がれば・・それらしき並木が見えてくる。
法隆寺って、何でもない普通の田舎にぽっ・・と突然あるイメージがあります。
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20年くらい前、初めて買った車でここへ来た。
ブラック企業で名ばかりの休日に逃げた時だったか?
仕事で大阪に派遣された時は自分の車で行った記憶もある・・その道中だったのか・・
もう思い出せない。
初めて買った車も欲しくてじゃなくて買わされたようなものだった。
元をたどればある金融業者が借金のかたに取り上げたものを現金化するために・・

この並木通りを走って・・つきあたって・・
法隆寺ってもっと非現実的な別世界に建っているイメージがあったから車で門の前までこれたことに違和感を感じた覚えがある。
しかし中へは入らずにどこかへ行ってしまった記憶が。
いじけたような話ばかりだ。

その前は中学校の修学旅行できました。
この並木道が記憶にないのはあの奥の観光バス用駐車場から歩いたからかな。
あの頃は毎日楽しかった。いじけていなかった。
今書いていて思ったけれどここに行こうと思ったのはそのせいかな。


https://www.youtube.com/watch?v=jFKfuanIfdU
ドビュッシーの前奏曲集 第1巻から
雪の上の足跡
全然雪じゃなくて寺だ・・
誰もいないときに玉砂利の上を歩くとものすごい音がして自分でびっくりする・・

本当はバッハの無伴奏チェロ組曲とか貼って・・
でもいい音楽を流しましょうというブログじゃないので。

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なんか門は修理中で見られないみたいだ・・
金剛力士像とかあるんじゃなかったっけ・・
確か30年前の修学旅行時も工事で見られなかったんじゃ・・ここじゃなかったっけかな・・
まあいいや・・・
また来る理由ができたと思えば。

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あの奥の鐘が柿を食ってると鳴る奴でしょうか・・
法隆寺なんかみんな来たことがあるんだから私が今更ごちゃごちゃ書いても仕方ないでしょう。
こんなところだから団体がひっきりなしに来て大声が響いたりもしていた。
でも偶然なのか静かなひと時をもらう事も出来・・
大講堂に入ると椅子があったのでしばらく座って仏像や高い天井を眺めてみた・・裏の大戸が空いていて風が通るので気持ちがいい。休憩所じゃねーぞ・・・
なにか画期的な思いがよぎったり・・は全然しなかった。
四天王像でしたっけ?後ろに火が燃えて怖い顔で見栄を切っている・・その足元には鬼。
鬼が踏んづけられている・・・
あー!とかいってひっくり返っている鬼がなんだかちょっとかわいいのね・・
俺の鬼も踏んづけてくれないかな。
自分でやらなくちゃいけないのかな?
鬼と和解してうまくやるってのはないのかな?
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この回廊は30年前の記憶と一致する。
懐かしい。このはしらギリシャの神殿と同じ形なんだっけ・・
テレビ局が釘打ったりして怒られてなかったっけ・・
1300年目のモラルハザード。
俺も人のこといえないけど。

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五重塔と金堂・・
なんとなくお坊さんの解説を聞きながら見上げた覚えが・・てっぺんのあれは水を表していて火災除け・・ってこれだったっけ?
あれから30年か・・
その五重塔で私の目に留まったのは
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この方。
支えてる人。
人じゃないか・・・1300年間屋根を支えてくださって・・

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こちらの方は腕の出所がおかしい?違うか顔の位置がおかしいのか・・
肩で支えることに特化していらっしゃる。
まさにプロ。。
写真を撮ろうとすると妙に光って後光が差したみたいに・・
えっ!見えない力か・・なんて思ったけど多分レンズが汚れているだけだ。
こんなあほな参拝者でごめんなさい。

お寺といっても、よく知っている寺とは全然違う。
1300年前とか、聖徳太子とか国宝だらけとかそういう異次元的インパクトなものが
平気でその辺にぽっとあって、
きたいひとはいつでもいらっしゃーいみたいな優しさというか・・何かそんなものを感じた。

修学旅行生や団体がたくさん入ってきたのを見て逃げるように外へ出た。
昔、俺もあの中の1人だったんだよなとか思いながら。
帰りはバスでと思いながらボーっと並木道を歩けば・・
またバスは私の目の前を発車してゆく・・・
あー俺らしいね・・
お前は歩きなさいって仏さまが言ってるんだなと思った。


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ありがとう

トラックの荷台から何かおろしてると思ったら
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軌道自転車だった。
どこいくんだろう?


自転車通勤用の自転車は量販店で買わず駅前の昔からの自転車屋で買いました。
空気とか油とか見てあげるから時々よりなよなんて言ってくれて。
いつもならはいとか言って二度と行かないんだけど、最近やっと図渦初しくてもいいんじゃないかと思えるようになってきた。
とはいえ帰り道にそこへよるには上り坂を延々登らなければならず、当初は体力的に駅前まで行くことができなかった。
しかし体が慣れてきたらしく、坂を上っても苦にならなくなってきた。
ちょっと楽しい。
自転車屋さんに行くと顔を覚えていてくれて笑顔でちょっと待ってねーとか言ってタイヤの空気圧を見てくれる。
ついでにチェーンに油もさしてもらって・・
で走るとなんか違う・・
タイヤもそうだけどなんかこうスムーズにすっと動く感が・・油さすと違うんだね。
すっと動くとまた楽しくなったり頑張ろうと思ったり・・
心にも注油。


ドビュッシーの人形へのセレナードという曲
調子よく自転車で走ってるみたい・・そんな曲じゃないんだろうけど。
子供の領分という曲集だけど大人向け。


ホロヴィッツの演奏が個性的で驚いた・・
ホロヴィッツから見ればドビュッシーは子供の頃には生きていた最近の作曲家なのかな。

これ書いたの結構前なのでまたそろそろ行ってもいい時期ではあります。
自転車買ったといったってそんなにものすごい値段のものじゃない。
毎月と言わず時々寄ってくれれば見てあげるよ・・
遠慮なくそうさせてもらいたいけど、いつまでそうさせてもらっていいのかなぁ?
ありがとう。

コメントいただけると嬉しいと書いたら、コメントたくさんいただけて。
嬉しかった。ありがとう。
拍手押してもらえたのも嬉しいです。
何にもしなくても読みに来ていただけて嬉しいです。
もっと言ってえば見来てくれなくてもブログ書いて読ませてくれる人もありがとう。
ブログを読んでるとみんな色々抱えてるんだなと教えてもらえる。
他人と比較して自分はましだからいいみたいな考えは意味がないと思う。
とはいえ誰とも付き合わない私に何か大事なことを教えてくれる。
大袈裟みたいですけど、心の回転部分に油を刺したみたいです。
ありがとう。

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うめ

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近所の何に使われるでもない土地にある梅。
いつの間にかこんなに大きくなって。
しばし見とれる。
観光梅園みたいなところに行った日もあったけど、これで満足。

ドビュッシーの牧神の午後への前奏曲という大変有名な曲。

ドビュッシーも作風を大きく変化させていった人だと思います。
後期の前奏曲集とかは変態世界みたいでずっと拒絶してきました。
面白いかもすごいかもと思いだしたのがやっと最近。
初期の傑作で、このモネの絵みたいな柔らかくわかりやすい感じがドビュッシーだと思っている人も多いでしょう。
こっちはみんな好きでしょう?

後半に出てくるこの部分
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木管が大きく歌って非常に優美でいい世界・・
3/4拍子の音楽なんだろうけれど、この旋律は拍をまたがってわざと拍子感をぼかすように歌われてる気がする。
正直に言うと私はこの旋律がなんとなくおおきな4拍子的に感じられたりもします。
ゆったりとしたテンポでふくよかに歌われるのでそれの不明確な感じにそのまま乗ってしまう。

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続くいて弦楽器がユニゾンで歌いだす・・ハープも出てきて・・
薄く青い空の下、桃色の花吹雪の中を・・夢のようである・・が
ここで木管が3連符のうち2個を一組・・みたいなパターンをやりだすのでまたさらに拍子感が混乱する。
今どこにいて何がどうなってるのかわからない感覚に陥る。
何もわからないのだけど異様な心地よさに包まれている。
この曲を聞いてもう20年どころじゃないけれどいまだにここはあれぇ~?なんて思いながら聴く。

これは私の頭の悪さをあざ笑おうという音楽・・ではないはず。
よく見ればここも調性は変ニ長調だ・・どの作曲家も天国や夢のような世界を音楽に表そうとすると変ニ長調にたどり着くものらしい。
この多重拍子感みたいな世界は地上のごたごたから完全に離れた夢の世界なのである。


余計なものが見えて余計なことを考えて無駄にとげとげざらざらしていることが多いけれど、
そんなもの一切から離れてこの桃色の花と青い空みたいな世界に佇んでいたい。
考え方や感じ方ひとつでできる気もする。
なかなか難しいけど。

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どこへ

また整体に行きました。
矯正の時力を抜く・・が最近の私の課題。
最初は何も意識しなくてもできていたことが、なぜかどんどんできなくなってゆく。
力を抜くというだけなのに。
楽器でもなんでもそう・・ダメになってゆく・・あ最初からか。
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いつもは寝たふりをして話もしないんだけど・・
探るような問いかけに答えると、話していいと思ったんだろう先生は込み入った話を始めた。
本音は別なところにあるけど適当に話を合わせる。
普段誰にも言わないけれど私にとっても重要な話なのでその場は少し心が動く。
最近またそこが心の中で騒ぎ出していたりもして。
とはいえ商売を挟んで接しているだけの赤の他人、本当に心を開いたりはしない。

この人ならと思う人が現れて誰にも言えない話をしたこともあった。
話してる間は救われるような気がしたりして・・
でもみんな空の雲と同じ・・いつまでもそこにあってはくれない。
形を変え、影を作り、遠ざかって消えていく。


ドビュッシーの子供の領分という大変有名な曲集のこの曲、


一人静かにたたずんで・・
この心のざわめきは何なのかもわからないし、どうすればいいのかもわからないし・・・
急に思いつめたように盛り上がったその先のこの掛け合い、今の私には

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どうすればいいかわからないよ。
そのままでいいよ。
ほんとに?
ほんとかどうかもどうでもいいんだよ。

と言っているように聴こえる。
勝手に私がそう感じるだけで、そんな曲じゃないと思います。
小さな羊飼いと言うタイトル。
訳の分かんねー曲だなんてずっと思っていたのに、今すごくいいんですよね。
なんかやけにモダンだよね。クラシック音楽の枠も出ちゃってるんじゃないかと思ったりして。
元々そんな枠は周りの関係ない人が勝手に当てはめようとしているだけでなんの意味もないことなのかもね。
ドビュッシーがこれを書いたのは43歳だそうです。
今の私も43歳・・その先を書くといろいろバレちゃうから内緒。
最近頭をよぎっていること、急に整体師が話し出したこと、急にこの曲を聴きたくなったこと、
関係ないようでみんなつながっていてどこかから何かを教えてきているんじゃないかと思ったりして。

この曲もそうだと思うんですが、この後に書くことになる前奏曲集という作品は音楽の歴史上で大きな変化点に存在するものだと思うんですよね。
いくつかの曲はベートーベンやブラームスになれた耳でそのまま聞くと気の狂った変態音楽のように聞こえてしまいます。
実際その切り替えができなくて長らく理解できなかった。
やっと最近、あの辺りの曲を聞こうと思えるようになってきました。
私にとってクラシック音楽は何十年もかけてゆっくり聴いていくものでもあります。
とりあえず生きている意味が一つここにあった。

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あかり

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最近はどこにでもあるけれど、うちの近所に派手なイルミネーションで有名なところがあります。
この時期になると周囲は大渋滞・・そのために周辺の道路が改良されなかったところに橋がかかり道が通ったり・・すごい話だ。
最近、近寄りもし
ないけれど正直あんなだ派手に光っているのより15年ほど前初めてあれをやりだした年のちょっと控えめで幻想的な明かりが一番よかったと思う。

ドビュッシーの「雲」を聴いていると薄暗い中にも少しの月明りが・・みたいな世界が続いていると感じます。
寒くて震えるわけじゃないけれど、暖かいとか気持ちいいなーとかいう感じではない。
間違っても楽しくてウキウキしてる感じではないです。
だからって悲しくもない・・
いちいち感情も高ぶってなくていいでしょ見たいな世界・・
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でも後半でトリオというかこんなのが出てきます。
フルートとハープがユニゾンで歌うこの旋律は何だか暖かい。
私の感じるところではちょっと楽しげな気もする。


ここで勝手に連想するものは小さな子供が手を引かれて、露店かなんかの電灯が明るく光る下を歩いている・・
ちょっと明るく楽しい・・ここだけ人の気持ちが入ってるような気がします。
1899年ごろだと日本だって京都で市電が走ったり、そこら中に電力会社が興て電灯線が引かれてたりしていたわけなので
パリのセーヌ川沿いなんて電灯ですごいことになっちゃってたんじゃないかなぁ・・

次に弦楽器のソロが3人くらいでユニゾンで歌ところもやけに実態感があるんだよね。
手をつないだ親子と露店かなんかのにおいや音・・

子供のころのそういう記憶を探してもいいものは見つからない。
数年前までは露店の明かり、楽しそうな声に居期間を感じ近寄るのが苦痛だった。

ずっと昔、
控えめで幻想的なイルミネーションの前で若かった嫁さんと並んで間抜けな顔で立っている私の写真がある。
楽しいことなんか何もなかったように記憶が書き換えられてしまっているのだけど、
私にだっていいことはあった。
記憶や気分を自動制御にしておくと暴走する欠陥があるみたいだ。
時々写真を見て補正しよう。

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汽笛

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先日、SLの汽笛が山間にこだまするのを聴きました。
かなり遠くへ行ってしまったってからももまだ聞こえる。
なんであんなに物悲しく歌うんだろう?
忘れられない響きだ・・
かなり時間がたって、はるか先に行っちゃってっからも聞こえるところがまたね・・・
もう手の届かないところにいってしまったのかぁ‥みたいな感傷的な世界というか・・
いちいち大げさでバカみたいか。

SLではないけれど、蒸気船の汽笛が音楽になっている曲があります。



ドビュッシーの「夜想曲」の第1曲目は「雲」という曲です。
セーヌ川の上に浮かぶ雲とか言ってるんだけど、絶えず蒸気船の汽笛が聞こえる・・
初めて聴いたときは正直このコーラングレの旋律を聴いて、なんだこれ?なんて思った。
あれから何年たったんだ、今これがいいんだよね・・・
弦楽器の極端な分割にも萌える・・

自筆譜がありました。
マーラーやベートーベン、ブラームスの書きなぐったみたいな自筆譜の印象が強く残っているところで
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この筆跡というか楽譜の風景が衝撃的でした。
細やかで丁寧で・・
ドビュッシーってこういう人だったのか・・
なんかおしゃれだよね筆跡が・・


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空欄になっているところは数字が書いてあって前出の同じ番号を充てろという略記ですね。
一番上で鳴っているコーラングレが汽笛。
2度繰り返すけど終わり方がちょっと番うのか・・ぼーっと聴いてると気付かないよね。

素人な感覚だと汽笛をオーケストレーションしようとしたらホルンとかトロンボーンにやらせそうですよね。
これはリアルに模倣したいんじゃなくて聴いたときに得られた気持ちというか感覚が描かれているんでしょう?
そういうの印象派っていうのか・・
本人は絵画とおなじに印象派なんてくくられるのを嫌がったんじゃなかったっけ?

3524.png
最初のページ。
なんだかデザイン的にかっこいい・・
フランス人てこういう感じなのか?

この音楽はベートーヴェンやブラームス、マーラーを聴く時のようにしかめっ面で強い意志を感じて裏を読んで意味を探って・・・
というふうには聴かないんですね。そんなもん探ったってしょうがない。
だからと言って何も感じないでボーっと聴くのとも違う・・
ちゃんと何かを強くは感じるんだよ・・

わたしは周りの状況、聞こえてくる会話、人の仕草などを過剰に読み取って、勝手に変になっていることが多いみたいなんですね。
そんなのちょっとおかしいだろということでもいいと思う。
どうでもいいような場で針の筵みたいになってたりするんですよ。
そうならないように自分を強制したいなんて思て、もう本来の趣旨から外れ訓練のつもりであるところへ出かけていました。
毎回罰ゲームみたいになっちゃってんだけど、このままずっとやってやろうと思って。
その日も頑張ろうなんて思って出かけたんだけど・・いくつかの要素が重なってのってきたら簡単に沈んじゃった。
まぁいろいろ解ったし、今後どうするかでしょ。
なんか情けないことを書いてるなぁ・・続きはWEBで・・あこれWEBか。

関係ないなこんな話は。

ラヴェルが2台のピアノ用に編曲したているみたいで演奏がありました。

この演奏は結構好き。

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沈める家

近所でお茶の花が咲いていました。
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主がいなくなってしまったので葛をはじめ雑草が伸び放題。
お茶の木はほとんど覆われてしまっている。来年また花を見られるんだろうか・・・
思うに、特に草刈りなどをしなくても、主がいてその辺を歩いたり、ここは俺のものだと強く思うだけで野生の草木は多少遠慮してたりするものなんじゃないか・・だから主がいなくなるとやりたい放題感がすごい。
逆にかわいがられていた樹木は、力を落としているように見える。

マーラーの「大地の歌」という曲の最後に自分が死んでも(とは言わないがそういう事だ)、春が来れば花は咲き、緑はあたりを覆いつくすだろう永遠に・・
みたいな詩があるんです・・
何という救いの・・・なんて思っていたけど、花でさえも強く図々しいほうが勝って、弱いものは死に絶えていくんだよね。

すぐそばにある主の家は、数年前から手入れもしないので周囲の樹木が伸び放題となりジャングル化していました。数か月前から人の出入りがなくなったので通路などは草に埋め尽くされインカ帝国の遺跡みたいになってきた。
「沈める家」である。

ドビュッシーの「沈める寺」手持ちの盤を久しぶりにちゃんと音楽部屋で聴いてみました。
パスカル・ロジェのものとミケランジェリのもの。
アニメーション的というか、映像が浮かんでくるような演奏という事ではロジェのほうがいいなと思った。
海水を滝のように落としながらあらわになってくる大聖堂の巨大さ・・・とか
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この霧の中再び消えていく大聖堂・・・のあたりは引き込まれる。
ただ、ちょっといらん知識も入ってしまいこの人のは録音で成形されてるという思いがよぎる・・

ミケランジェリのはもっと劇的な感じがする。
最初の方で、あっ!これは大聖堂から聴こえる鐘の音なのか!なんて感動するところがあるんだけど、その鐘の音は多分耳から聴こえるんじゃなくて心の中に入ってきて鳴っちゃうようなスピリチャルな鐘の音だと思う。
視覚的、絵画的に景色を眺め感じるんじゃなくて、心で音楽を聞けよ!みたいな感じ・・

他の変態的な曲を圧倒的に生き生きと変態感を感じさせてくれるのはミケランジェリだ。
ドビュッシーが前奏曲の中に花開かせたこの辺体感が始めは全く受け入れられなかった。
その時聞きやすい弾き方でとりあえず耳になじませてくれたのがロジェだった。。
変態的な魅力に気付き始めると、ロジェでは物足りないと思うようにもなった・・
いろんなタイプの演奏があってくれてありがたい。
もっといろいろ聞くと楽しいんだろうな。

Youtubeにアルトゥール・ルービンシュタインの演奏もあった。

このひと、ショパンのイメージがあるけど、全然そんなことなくていろいろ弾いて聴かせてくれる人だったみたいだ。
この演奏もいいね。

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大聖堂があらわになると、超巨大オルガンと修道士の合唱が燦然と鳴り響きます。
ここは荘厳なオルガンを表現するためにffで突き進所だと思っていたのですが、
ルービンシュタインはここにニュアンスを作て優しく歌っていた・・驚いた。
こういうこの曲もあるんだなぁ。

この部分に現れる低いCはオルガンのペダル・・・・ふつうはオクターブで書きそうなものをあえて低い音一つで書いてあるのが味噌なんじゃないだろうか。
ピアノの教を聴いていると時々左手が楽譜にないオクターブ下の音を弾いてるのが聞こえることがあったりします・・
ここで楽譜にないオクターブ上も弾いたりする人はいるかな?

休み中に本を読もうなんて思っているのにちっとも進まない。
何をしていたのかも思い出せない。
少しだけ音楽は聞いた。
何だか調子が悪い。
休んでゆっくり考えよう。
何を考えるのかから考えよう。


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