ぶどう

3連休の中日、晴れたので出かけた。
甲府盆地の東のほうには
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こんなブドウがりができるブドウ園がいっぱい。
大規模施設じゃなくて昔から続く個人の農家一軒一軒がそれぞれやっている感じ。
面白いのは見た目はみんな変わらないのに車がいっぱい停まっていて人もたくさんいるところと閑古鳥が鳴いているところがはっきり分かれていること・・
あれなんだろう?SNSをうまく使ったもん勝ち?
いってみようか・・と思ったけれどそんなにたくさんブドウなんか食えないし・・本当は別な理由で・・
目指したカフェは予約でいっぱいですみたいな手書きの案内が出てて撃沈。
調べると見つかったぶどうの丘レストランとかいうところへ行ってみるとそこは行政が作ったような大規模観光施設だった。
ありがちな駐車場枠の奪い合い意地の張り合いみたいなのに遭遇する。
3連休だもん、施設の中も人だらけ。
名前を呼ぶ放送が聞こえ・・多分レストランの呼び出しですごく待たされるんだろう。
いけね、俺人が大嫌いだったんだ。
ダメだここよそう。
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ぶどうの丘から・・・フルーツ盆地。
桃の木とブドウの畑と・・延々そんな感じ。


https://www.youtube.com/watch?v=ViFXyB_wRvo

アルメニアがどんなところか知らないけれど、オアシスにブドウの樹があってその下で民族衣装の女性が踊るという映像が頭に浮かんだ・・それシルクロードか。
30年くらい前にNHKが立体映像のデモをやっていてそんな映像が・・関係ないな。
しかし立体音響は100年前の偶然の発見から始まってかなり古く実用化されているけれど立体映像は難しそうですね。。。専用眼鏡が必要とかじゃね・・

結局
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少し前に行って印象の良かった酒蔵なカフェにいった。
時間のせいか意外と駐車場に車が少なくてちょっと盛り上がる。
小さな子のギャーギャーいう声が聞こえたけれどちょうど帰る所だった。
2階へ上がると目の前壁で真っ暗なつまらない席に案内され・・いつもならはいとか言っちゃうところだけれど空いていた窓際の席を希望してみると嫌な顔もされずそこに案内してもらえた。
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良かった。せっかくだもん、なんかいい時間にしたいからさぁ。
窓の外には雲切仁左衛門みたいな景色。
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隣は土壁。
冷房が効いていて快適。

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メニューはそんなに色々ないので前回と同じこれ。
みんなおいしい。漬物もうまかった。

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前回水ゼリーは本当に水のゼリーだという事がわかったので今日はお酒のアイス。
ドライバーもOKと書いてあったから俺でも大丈夫だろう。
おいしかったけれど下戸の私には酒の味というのがわからない。
嫁さんに言わせると粉系のインスタント甘酒の味だとか言っていたけど。。。
おいしかったよ。

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横にはおしゃれおっさんと普通のおさんの二人組。
おしゃれおっさんが一人でおしゃれにしゃべり倒していた。
後ろは東京から来た幸せ家族みたいなの。
食べ終わる頃にみんな一斉に帰っちゃって急に静かな空間となる。

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つばめの巣・・電気屋なので碍子と単線に綿かなんか巻いたような電線を見ると萌える。
湿気も少なく石造りの建物の多いヨーロッパなんかは漏電ブレーカーってのはあんまり必要とされなかったみたいで探すとないんですよね。いって確認したわけじゃないけれど。

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食べ終わってブドウ狩り園地帯にまた行ってみるけれど結局は入れず。
観光農園みたいなところはきっとこの連休に実のなりがピークになるように設定しているんですよね。
普通の収穫用ブドウ畑みたいなところにはもう実はなかった。
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ときどきこんな実の残っているのを見かけたけれど。

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これももう残ったやつはどんどん落っこちちゃってるようで・・なんか訳ありなんだろうなぁ・・

ブドウがたくさんなっている風景は私には新鮮で興味を引かれ心に残った・・はずなのに心が満たされる感じにはあんまりなれなかった。
なんでかな?
なんででもいいや。
私は私の楽しいことを探すから。


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後悔

月と夜のユリ
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何も言いませんが花も何か感じて考えてる気がします。
なんでか知らないけれど今年はいつもよりユリがたくさん咲いてくれた。
にぎやかで少しうれしい。
そしてあっという間に花を落とすんですね。

腸の付近が痛くて仕方なかった件は落ち着いてきた。
再度医者へと思ったりもしたけれどこのまま終わっていくと思う。
あほかと言われそうですが一瞬大腸がん勃発か?とか頭をよぎる。
癌で亡くなった父がいよいよ避けられないものが見えてきた頃、なぜあの時医者へ行かなかったのか・・と何度も悔やんでいたのを思い出した。
実際にはそのはるか前から医者にはその後の展開が見えていたと思う。その悔やんでいる段階で病院へ行ったとしても結果的には同じような状況を迎えていたような気もする。
それよりあれを思い出すのは、自分は繰り返すなという事だろうと思う。

私もかつて肝臓を悪くして入院したことがあり、よくわからないけれど一時は何かの数値が医者も驚く値だったようだ。
振り返れば予兆はかなり前から色々な形で出ていたのだけれど、自分で風邪だと決めつけていた。
普段通っていた医者も私の話を受けて風邪薬みたいなのを出していたんじゃなかったかと思う。
体が食べ物を全く受け付けないのも風邪で胃がやられたのだろうと思っていた。湿疹や激痛は風邪じゃ説明できないのに。
熱で仕事も手につかなくなったので中座して別な病院へ駆け込んでみたところ
紹介状を書くからすぐあの病院へ行きなさい。
は?なんていったら君は命をというものをどう考えているんだと叱責された。
入院先で同室となった人から肝臓がんで急逝した同僚の机から胃薬が大量に出てきたという話を聞き、他人事じゃないと思った。
あのまま放っといたらどうなっていたんだろう?
後悔してもしきれない・・となる所だったのだろうか。

昔、なんとなく読んでいたブログがあり内容から見て年齢は私とかなり近い人だったと思う。
更新も途絶えてしばらく見ることもなかったそのブログを久々に見てみると更新されて・・いたのだけれど末期がんで手の打ちようがないことを告白する内容だった。
ネットだからそれ自体ネタ・・みたいな可能性もあるけれど、それならそのほうがいいと思う。
体の異変はいろいろとあったようだけれど癌とは気づかず放置していたようだ。
非情に冷静に無駄のない形で書かれたそれは、もう心の整理が済んだ後であることをうかがわせた。

普段自分が死ぬわけないと思っているけれど、考えてみればそれは何の根拠もないことだ。
しかし私はまだ死にたくない。
情けない人生でも死にたくない。

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あさ、通勤途上に何気なく見た富士山。
え?
なに怒ってんだよそんなに・・
これからこの世がひっくり返りそうなこの光景が衝撃的で朝から大回りをして通り過ぎたこの場所へ戻って写真を撮った。
わざわざ戻ったのは、撮らなかった後悔みたいなのが残るとがうざいと思ったから。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=430&v=_JlGS1m1PL4

関係ないけど数日前から私の頭の中でこの曲のこの辺が勝手に鳴り響いていた。
鳴ってたのはこの録音じゃないけどまあいいや。
なんかこの辺ぽい・・・
ハチャトリアンの名はクラシックを嫌いな人でも知っているでしょうか?ガイーヌは知らなくても剣の舞は知っているでしょう?
小学生の時音楽発表会みたいなのでどこかのクラスの子がやったのを覚えてる。
メロディオンとかじゃないか?
ピッコロのパートがグロッケンにアレンジされていていかにもできますみたいな女の子が合やっていたのが今でも耳に残っている。が
しかしなぜか私は続ぎの舞が聞こえると何だか馬鹿にされてるような気がして・・
それ以外の曲はみんな好き。
この人変な曲もあるけれどわかりやすい曲も多くていいですよね。


誰でもそうだろうけれど、仕事をしていれば意見のぶつかり合いとなる場面が訪れる。
相手が上長である場合もある。
よくそういうのを得意げに武勇伝として語りたがる人がいますが言いたいのはそんなことじゃない。
仮に自分の主張が通り、それは正しいことだと信じていたとしても、その後必ず機械的な自己批判が開始される。
もっとうまい言い方はなかったのか、相手の主張を受け入れられなかったのか・・そもそも私は主張すべきじゃなかったのじゃないのか・・
幼い頃から虐げられていると感じコンプレックスとなっているためだろう、相手が反発していると感じると自分も高圧的になるところがあると思う。
上長へそんなことを繰り返していれば、いつか私の立場は非常に厳しいものとなる日が来るだろう。
その兆候もすでに読み取れる。
実は今これを書いている今日もそんなことがあり心中は波立ったままだ。
しかしこれ、いらないんじゃないだろうか?
仮に今日何も言わなかったとしても、そのことが別な自己批判を引き起こすだろう。
押し付けた不満は形を変え圧力を増して後日取り返しがつかないことを引き起こすかもしれない。
この自己批判や後悔は、実際の出来事とあまり関係ない気もする。
無駄に後悔する癖があるかもしれない。
まぁ、いいや。
明日は休みだ。
どっか行ってうまいもんでも食おう。
もっと涼しくなったら犬も一緒に行こう。


私は何にもできないしやらない人間なのに、後悔だらけだ。
いろんなことを昨日のように思い出し、そこへ行ってやり直したいと願い続けたりしていた。
今はもう、そうは思わない。
何度戻ってみたところで同じ。
私が私である以上、その後またおんなじコースを同じようにたどってここへ来る事を実感的に確信している。

アマチュア吹奏楽団にはいって結局何にもできないままみっともなく逃げ出して終わった事を何度か書いていてほかにないのかという感じだけれど、私は30年近く前にも同じことをしている。
もし、あそこで投げ出さずやれる楽器を続けていたなら・・なんていうのを何度も考えてきた。
それはグダグダ言ってないでやってみればいいだけの話じゃないか・・と言うお告げが来たのでそれもそうだと思いやってみた。
やってみると、忘れていた何故駄目だったのか、何が嫌だったのかを実感的に思い出しただけでなく、付随する色々なことがいいことも悪いこともあの頃と同じように起こり、同じ経過をたどっていったのに自分で驚いた。
ある夜、もうだめだこれで終わるんだなという時に思った。
これは見たくて仕方なかった、あるはずだったあの続きを見せてもらったというこのなんだなと。
もしあそこで投げ出していなかったら・・・もうしばらく先で結局投げ出していたんだろうと思う。
ただその間少しくらいいいこともあっただろう。
しかしそれも自分の都合のいいシナリオ通りにはいかずみっともなく中断して結局トラウマになっていたと思う。
嫌な結果ではあるが非常に説得力があり妙に納得できた。
みっともない形で終わりはしたけれど、もう一度やってみようと思ったことは全く後悔はしていない。
さらにもう一度・・くらいな気もあるけれど、今度は何か違うやり方じゃないといけないだろうとは思う。
音楽じゃなくてもいいので、死ぬ時に俺はこれをやったというのを見つけたいなぁ。
なにも探さないと後悔すると思う。

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