生き延びたい

人間世界に出ればいろいろと襲ってくるものがあるのは当たり前で仕方のないところだけど、身を守ろうと一時的に心が武装したような状態になってる自分がここに書いてあったものをくだらないことを言うなと消してしまい。
いいけど。
適当に逃げとくかとも思ったけどそうせず、なんとか乗り切れたどころかお釣りが来たし。

通常時なら河原へ降りてゆける階段。
轟音としぶきに濡れたこの時、吸い込まれるような異様な雰囲気があった
大丈夫そんなわけないと思っててもつるっと滑ったりするんだろうね。水の中からから手がいっぱい出てきたり

出勤途上の信号待ちで前の車の運転手が激しく動いているのが目に入った。
ああ、ノリノリで踊ってるのね。結構なおっさんに見えるけど楽しそう。きっと人前でもやるんでしょいいね。
私は訳があってそういうのなかったしこの先もそれはないと思う。
だけど何故か、ピアノはやらせてもらえるのかもしれない感じがあってそれが大変ありがたい。
おっさんミラーの中の視線に気付いたのかちょっと縮小
昨日雨が降ってたから周囲を気にして落し気味の電子ピアノのボリュームを上げてみた
いきなり驚くというか、音量下げてるから強めに打鍵する癖がついちゃてるかもなぁと
そうだ、レッスン前にまたグランドピアノ時間貸しに行こうか。2時間くらい借りて練習して
レッスンでいきなりあれ?みたいなのなくなったりするかな?

3曲練習をしていて、やっぱり練習繰り返してるとできなかったことができるようになったりわからなかったことがわかるようになったり
でもまだたまに変なことをするし、レッスンに行って始めた瞬間自分でもなんだこれ?とか何か言われてパニック崩壊とかあるかもしれない。
けどちゃんと視奏しようとしてるしなんか落ち度や後ろめたさがあるわけでもないんだからいいじゃない。
なんとなく、次の曲をちょっとだけ触ってみるさいしょの

たったこれだけ。
左手ビオラみたいにハ音記号で書くような音域だけど景色的にはピアノ曲によくあるあの感じ。散々聴いて耳でもよく知っていて
だけど実際弾いてみてびっくり
またこの左右交差?交差というか重ね奏法というかこれでずっといくの?
難しいじゃない・・でも、音入れ替えたりしないで楽譜通り弾けたら楽しいだろうなこれも

すぐ近所の飯屋で出来るかできないかは都度聞いてくれみたいな鯵フライを頼んで、スーパーの総菜とは全然違うふっくら柔らかかった。というか一度食べたことあったな。
支払い時にでてきた普段は顔を見せない大将が長岡鉄男にそっくりだった。誰にも通じないだろうけど。
もうあと2年もやれればという声が聞こえてきたこのお店、手書きの大雑把なメニューを見ていると対象ほんとは腕のある人なんじゃないかと思う。
いいけど、毎日いたるところ罠だらけどいうか、
ほんの30分前に笑顔で挨拶をした人が人生ひっくり返ってくのを見たこともあるし、もっと全然書けないようなこともあるし、
うまくやって長く生き延びないと
何年も物欲を抑えていると

日曜日、買ったものが届いて

箱の蓋をテープで止めるとかなんにもなくあけ放題なことにちょっと驚いたけど、欠品も大きな不具合もなかった

木に見えるけれど竹の集成材のこれ、単体だとなんか間抜けな景色に見えなくもないけれど

グランドピアノの譜面台ってあんな位置にあるんだけど、私の先生のところのは訳があってさらに30mmくらい高いところにあったりする。
ほんとは、楽譜の位置なんてどこにあろうが関係なく最初のころに自分でそう思ったはず。
でもぎりぎりでやってる時にあれいつもと違うなんて一瞬思うとパニック崩壊とかそういうの嫌なので

楽器を買い替える話もあるんだけどそれはおいといて
ちょっと高さを下げてもう少し奥に・・これで先生のところよりは低く普通のグランドくらいかな?
弾いてみると意外というか当たり前というか、首の角度が変わるので姿勢が変わり何かが変わる。
座る位置をもっと後ろにしたいと思ったり。

後ろ、落っこちそうに見えるけど重心がかなり前にあるので大丈夫。
弾いてて気分が変わる・・何かわからない何かも変わる
なんか物を買ってわくわくしたのはかなり久しぶり
考えてみるとそんなことでいいのかとも思うね
ハンス・フォン・ビューローからじゃなかったかと思うけれどクラシックの世界ソリストは暗譜でやるものだということになっていて、でもこの難曲は見てもいいでしょう的な‥のと関係なく、
この人が楽譜をあんなところに置いて自分で譜めくりしながらやってるのはパフォーマンスというか自己主張なんじゃないかなと思う
見てて嫌でもなくむしろ面白い
雨の日、濡れるのが嫌なので立体駐車場のあるショッピングモールに行き

しゃぶ葉で昼を食べた。
空いてたし自分で取ってくる食材の上でぺちゃくちゃしゃべる人種もいなくて。
肉は食べ放題じゃなく一人3皿しかないやつだけど

いくらも食べずにこんなものを持ってき始める嫁さんの分も回ってくるので十分
私はタケノコやキノコを食べすぎると入院が見えてくる人だけど葉っぱや豆腐だとなんか安心感があっていいね。
いいだろうと食べすぎあとで苦しかった。

あれどっちに並ぶんだっけ
巨大ショッピングモールなのでいろんな店にいろんな面白いものがあり
昔ならなんか買って帰ったところだけど
なにも買わずに帰った。
心枯れてるというよりへたをするとそれ自体心の病なんじゃないかと思わなくもないけど
そんなこと言わずに。
嵩上げしたい

本栖湖だったか周囲は観光客がたくさん。やる気のない写真。
しばらく移動して、どの店も人でいっぱいっぽいのに

誰もいなかったこのお店は1989年くらいで時間が止まってる気がする。
店名から始まってクレープ押しオルゴール調のBGM・・このテーブルもそうかな?清里とかペンションとかいってた頃。
ここは清里じゃないし自分はまだどこにも行けずそれらを遠く眺めてるところだったから思い出も何もないけど、あの頃はしゃいだ人は今頃どうしてるのかなとか考えながらキャラメルパフェでも
無理になんか書かなくてもいいか
先日レッスンで鍵盤を見なくてもこの音と思えばそこを抑えられるようになりたいというようなことを言ったら即答で
一日10時間練習してください
その言葉にいろんな意味があることもわかるけど・・の後すぐに、3~4年くらいやれば・・
長いなと思う反面振り返れば4年なんてあっという間ですよね。
もう7年くらい前になるのか一度ピアノ習いに行こうかというのが頭に浮かびかけたことがあって、でも合奏に入りたいと思って別なことをしだしてダメで今だけど。あの時始めてれば今頃・・だけどあの時いきなりピアノに行ってたら今と同じ気持ちでやれてたかな?

視奏ったって目に入ってこないよと思ってたこのあたりを見ながら弾こうとするようになっていてうれしいはうれしい
けど、指が鍵盤の位置を把握してないから変な音が鳴ったりする。
時々鍵盤にも目を落せばいいだけだけど楽譜に目を戻すと場所見失ってたり。
始めは100%だった見失い率が徐々に下がってきたりもするんだけど
2日目、
弾き始めるといきなり左手小指が痛い。
曲のどの部分で小指やっちゃったかがわかったのでそうならない指使いを考える。
痛いからあんまりやらないようにと思いながら結構やっちゃった。

貧乏くさい仮譜面台も何とかしないとね。
この後あの発泡スチロールを空き箱に変えもう少し高さを上げてみたけど景色の貧乏くささは変わらない。
卓上譜面台で検索するとそれらしく綺麗な物がいろいろ出てきていいかなと思う。
けど本とかタブレットを置いて見下ろすようにできていて、レッスンに合わせ見上げる感じにしたいと思うとちょっと高さが足りない。
下に箱でも置いてと思ったけどそれだと今と大して変わらねーなとか
楽器買い替え計画もあるけどもう少し先でいいんじゃないかと思ったり
流れに逆らわずなるようになっていけばそれでいいかなと
明日歯医者で検診だけど大雨か
セロトニンでたかな
自転車で遠くの蕎麦屋にでも行き帰りに坂を延々登って疲れ切っちゃいたいと思っていた。
けど嫁さんをがコンビニ飯を外で食べたいというので

セブンイレブンの蕎麦だけど年に1回とかやけに蕎麦のいい香りがするのにあたることがある気がしていて、この日はそれに当たったような気が

曇っちゃって全然写真映えしないけどいい風が吹き抜けてpastoraleって感じ
晴れてたら暑くて飯どころじゃないだろう実はいいことなんじゃないか

帰ってから自転車で走りだして、裏道に入ったらまた焼き芋屋さんに遭遇
海風なのか毎回下りなのにものすごい向かい風が吹いてて楽でもなく、じゃあ帰りは追い風かというとそうでもない

結構走って
すぐそばでイベントかバンドが大音量でなんかやってたり、ホールから終演後客がどんどん出てくる感じの中に楽器ケースを持った人間が目に入り・・でなんか思い出したりもしない
ただ走ってるだけっていいな

もっと下って
昔ここを木造の路面電車が走っていたらしいんだけど見たことや乗った事のある人は80歳を超える人でしょうか
今自転車で路肩を走ったらすぐ惹かれて死んじゃうなというところが結構あるわけだけど、そういうときは自転車を降り歩道を歩きましょうとかいう事なんでしょう
原理主義的に決まりなんだからあそこを走って死ぬのが正しいんですなんて言い出したら頭のおかしな人だけど、楽譜見ないといけないんです!とか書いてるとそういう風に見えてるのかなと思ってみたり。いいけど
このあたりでカフェか喫茶店に入ろうかと思っていたけどなんかその気にならずここから坂を延々登り

ヨーグルト&アサイーでも。
腹の病人だからヨーグルトくらいの発想だったけど疲れてるところに酸味がちょうどよく予想をはるかに超えておいしかった。
グラスでおつくりしていいですか?を聞かれる聞かれないはメニューで決まるのかな?
混んでるけど一人客主体の席があって意外に居心地がよく、また店員さんが素晴らしく救われたような気持になる。
ここから延々登って裏道を選んでゆくので信号で止まることもなく2時間弱くらいだったのか、セロトニン出たかな?
帰ったら嫁さんも明るく

おはぎ。
タリーズ行ったとかは黙ってりゃいいんだから。
朝方、メンタル不調対策で一人遠くへ出かけようかと考えたりもしていた
けどそんなことしなくてよかった。
ピアノ、満たされた幸せという曲をゆっくり練習
そう言えばレッスンの終わりくらいに速く弾くなんていくらでもできるんだからゆっくり確実にみたいなことを言ってたな
たくさんやってくるはいいけど練習法間違ってますよーということで
でもそこ教えてもらうためにレッスンに行ってるんだし、やっとそう言われてることに気付けるようになったとかポジティブなことを思っとけばいいでしょ
旋律をレガートに浮き立たせ・・なんて思ってると変なことをしだすので
旋律を歌うように・・

手が痛いのはこのあたりを弾いた時に変なことをするかららしいことはよくわかった
納得してる場合じゃなくてなんとかしないと

あんなところにアクセントが書いてあったんだなーなんていまごろ
最初は必至で見えてないのは仕方がないしいいんだろうけど、楽譜見ないで覚える式だとああいうの落としたままで終わっちゃうんですよね。
だから偽物って言われるわけで
なんとかしようとか言って焦らずに毎日ゆっくり練習していれば・・みたいなことを少し考えられたし
ずっと一曲だけだと持たないのでちょっと触ったほかの曲で見れなかった楽譜を見ながら弾こうとし始めてたり
だからいいじゃないと自分に言って
なんか救いがないとね。
けど嫁さんをがコンビニ飯を外で食べたいというので

セブンイレブンの蕎麦だけど年に1回とかやけに蕎麦のいい香りがするのにあたることがある気がしていて、この日はそれに当たったような気が

曇っちゃって全然写真映えしないけどいい風が吹き抜けてpastoraleって感じ
晴れてたら暑くて飯どころじゃないだろう実はいいことなんじゃないか

帰ってから自転車で走りだして、裏道に入ったらまた焼き芋屋さんに遭遇
海風なのか毎回下りなのにものすごい向かい風が吹いてて楽でもなく、じゃあ帰りは追い風かというとそうでもない

結構走って
すぐそばでイベントかバンドが大音量でなんかやってたり、ホールから終演後客がどんどん出てくる感じの中に楽器ケースを持った人間が目に入り・・でなんか思い出したりもしない
ただ走ってるだけっていいな

もっと下って
昔ここを木造の路面電車が走っていたらしいんだけど見たことや乗った事のある人は80歳を超える人でしょうか
今自転車で路肩を走ったらすぐ惹かれて死んじゃうなというところが結構あるわけだけど、そういうときは自転車を降り歩道を歩きましょうとかいう事なんでしょう
原理主義的に決まりなんだからあそこを走って死ぬのが正しいんですなんて言い出したら頭のおかしな人だけど、楽譜見ないといけないんです!とか書いてるとそういう風に見えてるのかなと思ってみたり。いいけど
このあたりでカフェか喫茶店に入ろうかと思っていたけどなんかその気にならずここから坂を延々登り

ヨーグルト&アサイーでも。
腹の病人だからヨーグルトくらいの発想だったけど疲れてるところに酸味がちょうどよく予想をはるかに超えておいしかった。
グラスでおつくりしていいですか?を聞かれる聞かれないはメニューで決まるのかな?
混んでるけど一人客主体の席があって意外に居心地がよく、また店員さんが素晴らしく救われたような気持になる。
ここから延々登って裏道を選んでゆくので信号で止まることもなく2時間弱くらいだったのか、セロトニン出たかな?
帰ったら嫁さんも明るく

おはぎ。
タリーズ行ったとかは黙ってりゃいいんだから。
朝方、メンタル不調対策で一人遠くへ出かけようかと考えたりもしていた
けどそんなことしなくてよかった。
ピアノ、満たされた幸せという曲をゆっくり練習
そう言えばレッスンの終わりくらいに速く弾くなんていくらでもできるんだからゆっくり確実にみたいなことを言ってたな
たくさんやってくるはいいけど練習法間違ってますよーということで
でもそこ教えてもらうためにレッスンに行ってるんだし、やっとそう言われてることに気付けるようになったとかポジティブなことを思っとけばいいでしょ
旋律をレガートに浮き立たせ・・なんて思ってると変なことをしだすので
旋律を歌うように・・

手が痛いのはこのあたりを弾いた時に変なことをするかららしいことはよくわかった
納得してる場合じゃなくてなんとかしないと

あんなところにアクセントが書いてあったんだなーなんていまごろ
最初は必至で見えてないのは仕方がないしいいんだろうけど、楽譜見ないで覚える式だとああいうの落としたままで終わっちゃうんですよね。
だから偽物って言われるわけで
なんとかしようとか言って焦らずに毎日ゆっくり練習していれば・・みたいなことを少し考えられたし
ずっと一曲だけだと持たないのでちょっと触ったほかの曲で見れなかった楽譜を見ながら弾こうとし始めてたり
だからいいじゃないと自分に言って
なんか救いがないとね。
読んでくれてありがとう
今日曜の朝。
どうも表裏同時進行してるらしいメンタルの悪い方が出ちゃってる感じで、そうだ昼前にまた自転車で出かけてどっかでなんか食べて・・日に当たって疲れ切れば・・
実際には嫁さんもなんか不安定っぽいので自分だけ出かけるわけにはいかないけれど、そんなことを考えてみるだけで少し色が変わる。変わったついでにここに書いてみる。
何か音楽をちゃんと聴こうかなと思い始める。
ピアノもやるけど手痛めかけてるのでおかしなことを馬鹿みたいにやりすぎないように

これは先日、いつもは混んでいて入れない喫茶店に時間的に入れて
弁当のランチをたのんでみたら

ご飯別盛でメバルの七味焼きというのが美味しそう
ねぎ塩レモンの唐揚げもちゃんとたくさん

若いころは肉ばっかり食べてたけど最近は魚が美味しいとうれしい。
同じように昔はマーラーとか濃厚巨大長大ものを好んで聴いた。別に今も嫌いじゃないけどこの日聴いたのはベートーヴェンの3番。
そのうちもうオケはいいから室内楽をと言い出す日が来るだろうか。
来ないままの気もする。
それより、私は多分どんな楽器でもいいから自分もアマチュアオーケストラでなんかやりたかったんだと思う。できないならその手前の団体かもっと手前の集まりくらいでもいいから…最後は自分一人でもいいからと思っていたけれど、何年かかけていろいろやっていた結果自分にそれはないんだなと心底思い知った。
ので、もうオーケストラ音楽なんか見るのも聴くのも考えるのも思い浮かべるのも嫌になるはず
だと思ったけれどまだほとんど常時頭の中で流れているし、時々聴きたくなるのはありがたいことだと思う。
目に入る方はちょっとやばくてもしかするともう一生コンサートの類には行けないかもしれない。
ほんとはワーグナーなんか聴いてると一瞬それが出たりする。
というようなことを考えながら先ほどワルキューレの最終場面とブル8のフィナーレを聴いて今日曜の昼前。
嫁さんはコンビニ弁当でいいから外に出て食べたいらしいので自転車で飯計画は無くなった。
帰ってきてからちょっと走ろうか
自転車通勤が頭に浮かんだけど来週全部雨でダメだな

飲み物がついてくるのはわかってたけどこれもですとか言ってデザートも出てきた。
なんか出すの忘れてたっぽい
このとき妙に気分が上がりこの後これまで生きて来て買ったことのない柄の服を買ったりした。
端から見ればなんだそんなのというようなのだろうけど
嫁さんが見たいというので電気屋へ行くと昔あったAIBOの進化系みたいなペットロボットが展示されていて価格が50万円くらい
よくできていて私を見ると駆け寄り、ずっと視線で追いかけまた走ってきたり・・・はいいのだけどもんちを思い出してしまい苦しくなりかけたので立ち去って
帰ってピアノ、手を痛めかけてるのでゆるく
広がった音域の中で旋律をレガートに浮き立たせながらあと打ちを弱く・・指で弾かずに腕を使って・・回すように
話としては分かるのだけどいまいち感覚的によくわからないというか
そう言えば、

このノクターンを始める前に先生から左手は腕を使って弾かないと弾けませんみたいなことを言われ、それがちゃんとできていると言われて終わったことを思い出した。
で弾いてみると、あんなに弾けてたはずなのに忘れちゃって弾けない
楽譜を立ててみるけど視奏じゃなく見てるふりをしてただけだから読んで弾きだしたりもしない。
これですよ覚える式の実態は
弾けてたんじゃなくて形を真似て弾けてるつもりになってただけ
やってるときからここにその自覚を書いてもいたけど、先日のレッスンのおしまいに先生からもはっきりそう言われた。
ものすごいことを言われているわけだけど、それしかできないと思う相手には絶対に言わないことだと思うしショックは受けず逆にすっきりした。
だけど、それ聞いちゃった以上はもうそこに留まる訳に行かないわけで
先生の言ういいですねはその時の自分の姿勢に対するいいですねでしかないのかと思うとそれも怖い
その分もう自分も出来たふりを完成させるんじゃなく出来た?と思えるまでゆっくりやろうかと思います
一生懸命やってみても3年か4年くらいは中途半端なままかもなぁもっとかなぁ
でもいいよ絶対無理宣告とかじゃないんだから
事件が起こるとすぐに犯人を掘り下げるような話が目に入り始める。
人付き合いが出来ずどこにも属さず・・
そんなことばかり書いてきたのがこのブログですが・・の先は書かない。
ひとつ前の話とか書いてる自分はいいけどこれ誰が読むんだろうと思わないでもなく。
でも誰かに読んでもらえたらなと願っていて
読んでくれた方、どうもありがとうございました。
あれ、なんかよくあるブログ終わる人のあいさつみたいだけど終わんないですよ
他にはけ口が見つけられてないから
どうも表裏同時進行してるらしいメンタルの悪い方が出ちゃってる感じで、そうだ昼前にまた自転車で出かけてどっかでなんか食べて・・日に当たって疲れ切れば・・
実際には嫁さんもなんか不安定っぽいので自分だけ出かけるわけにはいかないけれど、そんなことを考えてみるだけで少し色が変わる。変わったついでにここに書いてみる。
何か音楽をちゃんと聴こうかなと思い始める。
ピアノもやるけど手痛めかけてるのでおかしなことを馬鹿みたいにやりすぎないように

これは先日、いつもは混んでいて入れない喫茶店に時間的に入れて
弁当のランチをたのんでみたら

ご飯別盛でメバルの七味焼きというのが美味しそう
ねぎ塩レモンの唐揚げもちゃんとたくさん

若いころは肉ばっかり食べてたけど最近は魚が美味しいとうれしい。
同じように昔はマーラーとか濃厚巨大長大ものを好んで聴いた。別に今も嫌いじゃないけどこの日聴いたのはベートーヴェンの3番。
そのうちもうオケはいいから室内楽をと言い出す日が来るだろうか。
来ないままの気もする。
それより、私は多分どんな楽器でもいいから自分もアマチュアオーケストラでなんかやりたかったんだと思う。できないならその手前の団体かもっと手前の集まりくらいでもいいから…最後は自分一人でもいいからと思っていたけれど、何年かかけていろいろやっていた結果自分にそれはないんだなと心底思い知った。
ので、もうオーケストラ音楽なんか見るのも聴くのも考えるのも思い浮かべるのも嫌になるはず
だと思ったけれどまだほとんど常時頭の中で流れているし、時々聴きたくなるのはありがたいことだと思う。
目に入る方はちょっとやばくてもしかするともう一生コンサートの類には行けないかもしれない。
ほんとはワーグナーなんか聴いてると一瞬それが出たりする。
というようなことを考えながら先ほどワルキューレの最終場面とブル8のフィナーレを聴いて今日曜の昼前。
嫁さんはコンビニ弁当でいいから外に出て食べたいらしいので自転車で飯計画は無くなった。
帰ってきてからちょっと走ろうか
自転車通勤が頭に浮かんだけど来週全部雨でダメだな

飲み物がついてくるのはわかってたけどこれもですとか言ってデザートも出てきた。
なんか出すの忘れてたっぽい
このとき妙に気分が上がりこの後これまで生きて来て買ったことのない柄の服を買ったりした。
端から見ればなんだそんなのというようなのだろうけど
嫁さんが見たいというので電気屋へ行くと昔あったAIBOの進化系みたいなペットロボットが展示されていて価格が50万円くらい
よくできていて私を見ると駆け寄り、ずっと視線で追いかけまた走ってきたり・・・はいいのだけどもんちを思い出してしまい苦しくなりかけたので立ち去って
帰ってピアノ、手を痛めかけてるのでゆるく
広がった音域の中で旋律をレガートに浮き立たせながらあと打ちを弱く・・指で弾かずに腕を使って・・回すように
話としては分かるのだけどいまいち感覚的によくわからないというか
そう言えば、

このノクターンを始める前に先生から左手は腕を使って弾かないと弾けませんみたいなことを言われ、それがちゃんとできていると言われて終わったことを思い出した。
で弾いてみると、あんなに弾けてたはずなのに忘れちゃって弾けない
楽譜を立ててみるけど視奏じゃなく見てるふりをしてただけだから読んで弾きだしたりもしない。
これですよ覚える式の実態は
弾けてたんじゃなくて形を真似て弾けてるつもりになってただけ
やってるときからここにその自覚を書いてもいたけど、先日のレッスンのおしまいに先生からもはっきりそう言われた。
ものすごいことを言われているわけだけど、それしかできないと思う相手には絶対に言わないことだと思うしショックは受けず逆にすっきりした。
だけど、それ聞いちゃった以上はもうそこに留まる訳に行かないわけで
先生の言ういいですねはその時の自分の姿勢に対するいいですねでしかないのかと思うとそれも怖い
その分もう自分も出来たふりを完成させるんじゃなく出来た?と思えるまでゆっくりやろうかと思います
一生懸命やってみても3年か4年くらいは中途半端なままかもなぁもっとかなぁ
でもいいよ絶対無理宣告とかじゃないんだから
事件が起こるとすぐに犯人を掘り下げるような話が目に入り始める。
人付き合いが出来ずどこにも属さず・・
そんなことばかり書いてきたのがこのブログですが・・の先は書かない。
ひとつ前の話とか書いてる自分はいいけどこれ誰が読むんだろうと思わないでもなく。
でも誰かに読んでもらえたらなと願っていて
読んでくれた方、どうもありがとうございました。
あれ、なんかよくあるブログ終わる人のあいさつみたいだけど終わんないですよ
他にはけ口が見つけられてないから
痛めたけど答えた

タリーズコーヒーでキヤラメルラテのちっちゃい方
居心地も店員さんの対応もよく、変なおしゃれカフェよりいいな
雨も悪くないなと思う
どれが正しいかということではなく、どれを好むかやどう行きたいかは人それぞれなのだけど
大人になってピアノを習いに行くという世界があって、その中にクラシックをやりたいという世界があって、その中には大きくわけて二つあると思う。
一つはこうと決まったルールをひとつづつ取得し守りつつお世辞無しの第三者にもそれと認めさせるような演奏を目指していく世界。
もう一つは自分がうれしければそれでいいんですという世界。
プロと言われる人が前者なのは当たり前だけどプロになろうという人だけが前者の道を踏むわけでは全然ないし、本気でやりたい人のためにアマチュアの世界にもコンクールとか試験とかそんなものがたくさんあるらしく・・私には月面くらいに遠いけど目指したい路線としては長年前者に憧れてきたし、後者では嫌だと思ってる。
当事者にしかわからない感じの大人になってから始める人間特有の壁があると思うんだけど、その壁はなかなか超えられないし超えなくてもいいやと思えばそのほうが圧倒的に楽。
ほんとは越えてからのが楽でその分いろんなことが出来てくのもなんとなくわかってるんだけど。
ちょうどおんなじ境遇の方と話が出来てそれがとてもありがたかったり。
多分先生にも伝わっていて、前回10年やっても時間の無駄に終わったという人がいたと言われたのは罵られたとかいうたぐいの話ではなくあなたは前者でいけそうなのにいま後者のまま固まっちゃうかどうかの瀬戸際だよと言ってもらえたんだと思った。
よし分かったと思ってできてないにしても対応する練習を2週間重ねたつもりでレッスン当日
仕事中右手首が痛く、昨日のいやこの数日の練習で痛めたんだなと思う。
手が痛くなるという事はやってることのどこかに間違いがあるわけで。それよりレッスンで痛くて弾けなくなっちゃったらどうしようみたいなことを考えてた。
帰宅しエアーサロンパスがどっかにあったな・・あああったと手首に・・あっでねーじゃねーか
あ出た
時間いっぱい練習というかウォーミングアップをして、雨だからいつもより5分早くと思って支度を始めたけど先生の家に着いたのは時間1分前だった。
先生今日は2曲だけ・・2曲だけ集中的にやってきました
正直なんて言われるかなとずっと思っていたけど
いいですね!みたいな好意的な反応が返ってきたのでああよかったと思った。
ではじめるこれ、

あれついさっき家で弾いてきたようにいかない
鍵盤重い?
深呼吸したりマスク外していいですか?とか腕まくりしてみるとかいろんなことをしながら落ち着かせようと・・
右手が走ってずれてることを指摘され、今この鍵盤で弾けないのも指が痛いのもみんな重なり早く弾けるなんて思ったこの感じ間違ってるんだなと悟る。
ここで負けても仕方がないので行けるテンポを見つけて落ち着いて・・指摘が入るたびに動揺してpなはずなのにfになっちゃうけどそれも負けないで・・
この時点ではやり直してくるつもりだったけど後でこれはもういいからという事になって
で

こっちが本命というか楽譜を見ながら・・・
旋律をレガートで浮き立たせながら内声のあと打ちは押さえて・・そうやっちゃうとそれはアクセント・・そっちは押さえて・・
指だけで弾こうとしてるもっと手と腕を使って・・・まわすように?・・まわす
ペダルもっと遅らせないと同時に踏んじゃうと濁っちゃうから・・
キャパいっぱいだからいろいろ言われ考えるともう楽譜も見失うしやることも一個も出来なかったり
rit.は書いてあるところから・・ここでテンポ戻して・・こういうの、楽譜を見ながら弾ければなんでもない事なのはまがいなりにも管楽器をやった経験で知ってる。
でも見れてないのね今。
フレージングやアクセントやその他いろいろ・・楽譜見ながら弾けなきゃいけないのよ最初は
先生の言う通りなんだよ
で、私から話始める
前回先生の言葉に衝撃を受け、でも言ってもらえたんだなと思ったこと
まだ全然できてないけどやろうとしてること
先生笑いながら考えてみると私も失礼なこと言っちゃったのねなんて言ってたけどそうじゃないですよ。
何にも言わなくてもやってるのを見れば通じてるかなとも思う。
がけっぷちに立って一歩間違えば全部終わるところだったけど終わんないよみたいなことを言ったら
わかったじゃあ言っていいのね
楽器は買うの?と聞かれて買うつもりだけど今四柱推命的に落ちてるところだからなんてふざけたことを言ったらそっからまた話が展開
私はまだ希望をもって続けられると思います。
次のレッスンまではとにかく今やってるこの1曲でいろんなことが出来るようになるのを目指す。
でいいみたいだから。
一生懸命やってみようと思う
手が痛いんだけど今。
これなめてると一生治らなくて弾けないみたいな怖いことになるのも知ってる。
ちゃんとしないと
そのためにもレッスンに行ってみてもらいながら
読んでくれた人ありがとう。
沢山のティッシュに教えられる

最近八つ橋を買うのも何度目か、あれもこれも食べたよなと思いながら売り場を見てるとバナナとかチョコの八つ橋もあった。けど私の中でちょっと追いつけず
苺餡のこれはそんな古典派のおっさんにも美味しいし嫁さんも喜ぶしいいとこにはまっててよかった。
ピアノ、集中的に練習していた曲でこうという指の感覚みたいなのをつかんだら急に速いテンポで外しもせずニュアンスやペダルまで考えて最後まで到達することがたまに・・でもそのうちまたせっかく抜けた力が入るようになって外すだけじゃなくでっかく汚い音で雑になったり。
何にも考えてない時が一番うまくいくんだけどどうすれば常時何にも考えないでいられるんだろう?なんだそれ
もう一曲

楽譜を見ながら弾くようになってたこれも繰り返していたらなんとなく調子が出てきて、でももっとうまくやってやろうなんて思うのかそういうときはふと鍵盤を見て楽譜に視線を戻すと見えてたはずの楽譜が目に入らず居場所を見失う。
ほんとに無になったら弾けないけど無の境地というか、自分の我みたいなのは一定のやるべきことができるようになった先でいくらでも自由に扱えるようになるから・・
けどじゃあ何も考えないようになんて考えだしたらもう力入ってる

次のレッスンまでには間に合わないしやらないつもりだったこれを鍵盤を絶対見ないで・・意外に行けるのでこれもやろうか。
私のようなピアノ素人にありがちな誤解としてfは鍵盤を強く叩くという間違いがあると思う。
あるのは強さじゃなくて加速度らしいけど加速度なんて考えたらコントロールできないので手は軽くでもあんな音と思いながら
それはいいけどこれを練習してから最初の鬼ごっこという曲を弾くとなんか手を痛める感じがあって練習の順番をよく考えないとやばいと思う。
レッスン前にいろいろ書くと撃沈してあんなこと書かなきゃよかったというパターンがあることを思いながら
京都残り

晴明神社に入れなかったので次に行こうと思う。歩けなくもなさそうだけど時間的にバス停に
次のバスがどこにいるかわかるのか。なんでもデジタルな時代久しぶりに見るこのアナログ感が素敵

混んでみんな立ってる感じだったけどふと座れて

おりて
鳥居をくぐり長い参道を歩いて

あっ・・門閉まってるのが見えた瞬間そんなのあたりまえだよなと自分で思った
ちょっと考えればわかるこのことに気付かずここまで来たのは馬鹿とか落胆とかそういうことじゃなくて、
ここでこの時間にこうなるという事は

少し歩いてここへるしかなく

これに乗るという事は

またここへ行けと言われているんだなと思った。
のと、
運転手がホームを確認するための大きな鏡があって
私昔の後遺症で鏡に対して変な話があるんだど映った自分を見た時どこからかお前もうそれいいんだよと
なに言ってるか通じないと思うけど

そして、ここに導かれたという事は・・なんだけどそれは自分がそう思っていればいいことで
お賽銭がないのに気づいてコンビニへ行き、両替というのも気が引けるので歯ブラシでも買って

またお礼とお願いをする。
3度目だな。
ありがたい

前回来たときは夜桜だった。
このとき遠くの神社にお願いに行ったらできるだけ近くでなんか食べるといいからと行きたかったすぐそばの蕎麦屋は閉まってたけど

開いてたので。
お客は誰もいなくて静か。
待ってる間スマホを見るとある方から・・偶然であるにしても今いるこの場所と結びついてる人だったので驚くというより今日いろいろあったことはみんな意味があって何かを教えてくれているんだと、勝手に静かにそう思った。
ちょうど1週間前に天ぷらを食べ珈琲を飲んだら腹が炎症を起こしたとここに書いたばかりなのにまた同じことをしてるわけですけどね。
せっかくなのにただざるそばっていうのも味気ないから
店主はマスクなしでものすごく咳き込んでたけど大丈夫かな?そう言えばこの日あちこちで咳き込んでる人を見かけ・・
京都駅まで戻るにもいろんなルートがあってどれにしようかと思いながら

またこれに乗って

最後に乗るこの電車は満員。
立ってる目の前の席には若い外国人が座ってた。
京都なので外人を見てもなんとも思わないけれど、しばらくすると様子がおかしい
外人さん突然鼻血が出ちゃったみたいで
それで周りに立ってた女子高生とか向かいのおじさんとかがみんな無言でティッシュを差し出して
みんな、優しいな
あんまりみんなが渡すもんだからもういいだいじょうぶ!みたいなことになっちゃって
人間が・・とか言い出して始まったこの旅は
そんなことを言っちゃいけないと思って終わった。
いちいち自分が悪いのかなと思わなくていい
えっ!?っというようなところに納屋を改装したカフェが出来ていたので驚きついでに入ってみた。
古民家改装空間にいかにもな店主と客とそれらしい会話。でも思うところがあり、まだ注文したものに手を付けてないようなので店主に断りを入れ出て来てしまった。
それだけのことだけど、憮然とした店主の表情とその後行った別な店がとでもよかったことなど頭に浮かべながら

漠然と今後の自分というものを考えてる。
ピアノ、毎回弾きはじめはぐしゃぐしゃでしばらく繰り返しているとなんとかなってくるのもそろそろいい加減にしないと
最初から行けるようにするにはどうしたらいいのか
指の曲がり具合と鍵盤への入り具合、力の・・
スタッカートを意識しすぎて手の甲が変に動かしてたかもしれない
翌日、ぐしゃぐしゃではなく何となく弾ける感じで始められた。

テンポもかなり速く弾けるようになったというかテンポって慣れてくると上がってくるんじゃなくて弾き方なのかな
またレッスンで撃沈というのもあり得るけど、ここにやりたいことと小さな希望があることがいまはありがたい。
京都つづき

出町柳駅で降りて

毎回書いてるけど東京と大阪でエスカレータに並ぶ位置が逆なのが面白い件、京都では両方見かけたけどよそから来る人が多すぎて定まらないという事ですか?
今検索すればすぐに何か知ったような気になれるけどそういう事じゃねーだろうと思う私はもう年寄り
駅を出るとすぐそこに前回入ってとてもよかった名曲喫茶があってまた行こうかなと思ったりもしてた。
次来るときはこれを持ってきてくださいともらった割引券を財布に仕舞ったはずだと前日探すけれど見つからなかった。せっかく行くんだからほかのところにも行ってみなさいよという事かなと
それより

暑すぎるせいか空は雲ちゃってもうどの写真も映えないじゃない
歩くには都合がよかったのでいいけれど

前回来たときは何も知らなかったけど、鴨川デルタと教えていただいてからいろんなところでその文字を見るようになった。
この日もいろんな人が憩っていて
2つの橋を渡り終えて振り向くと

あー、あれ大文字焼き?
子供の頃に見た・・のは箱根か
いつごろからなのか近所の山でも大文字焼きをやってたりするけどやっぱり本物はあれだよななどと考えているともうすぐそこにみえていた

出町妙音堂は弁天様なので芸事、音楽上達の
前回来た時気付いていなくて、ここもどうしても来たかった。
しっかりお願いさせていただき

もうひとつ気になることがあって

京都で一番きついおみくじ
お金を入れるところが見つからないので呼び鈴を押してみると中から人が出て来て・・
こんなことを言ったら怒られると思うけど一番きついというのはおみくじの内容じゃなくて出て来てくださった方じゃないかと思いかけたけどでもちゃんとしていただいて
出てきた棒の番号で紙をもらう式。
衝撃的なその内容は弁天様からの直接のメッセージとして私の中に深く焼き付いた。
すぐそこに商店街があって

なんかあの店有名らしいけど今買ってもな
いい喫茶店でもあればと思ったけどやっぱりここからしばらく歩くことにする

あの緑は京都御所京都御苑でしょう?向かいは有名大学

歩いてたら急に車が方向転換しだして無茶すんなーなんて思ってたら
なんかおかしい

なんだあれ

あー

何も知らなかったけど外国人観光客とかは大喜びで
私はお祭りとか歓声とかをあんまり見ちゃうとメンタル下降が始まるので足早に通りすぎようかと
でっかい交差点止めちゃって信号に関係なく歩行者は今のうち渡ってくださいもうすぐ渡れなくなりますとかやっててなんかすごかった。
ここからまだしばらく歩いて

西陣?
路地みたいなところに入ると

あった
なんとなく行こうと思っていたこのお店
入ってみると誰もいなかった
誰もいないのを喜んだらお店に怒られるかもしれないけど
お店独り占めみたいなのが好きな私は

京都の街中でそれが出来たら最高の贅沢だと思うので
レモンケーキ一択と
本格珈琲は腹壊す恐れな私はアイスカフェオレ
砂糖は出てこない。
しばらくしたら

ミルクが濃いようでしたらと言いながら珈琲と氷を持ってきてくれた。
しばらくゆっくりして
なんかよかった。
5時のチャイムみたいなのを聴いたような気がするところでお礼を言って店を出る

すぐそばのこんな路地を歩いてわずか2分程度だったかな
行こうと思ってた神社が見えたところで
ほんとに漫画みたいにトンという音とともに門の戸が閉まるのが見えた
押してみると開かない
あっ・・こういう神社って、5時でしまっちゃうんだね
行こうと思ってたのは

安倍晴明を祭った神社で陰陽師だから厄除けとかそういうとこらしいけど
でもこのとき、お前はもうそういうのいいから違う事を考えろと言われた気がしてすぐ次に行くところが頭に浮かんだ
なんか、導かれてるというか
古民家改装空間にいかにもな店主と客とそれらしい会話。でも思うところがあり、まだ注文したものに手を付けてないようなので店主に断りを入れ出て来てしまった。
それだけのことだけど、憮然とした店主の表情とその後行った別な店がとでもよかったことなど頭に浮かべながら

漠然と今後の自分というものを考えてる。
ピアノ、毎回弾きはじめはぐしゃぐしゃでしばらく繰り返しているとなんとかなってくるのもそろそろいい加減にしないと
最初から行けるようにするにはどうしたらいいのか
指の曲がり具合と鍵盤への入り具合、力の・・
スタッカートを意識しすぎて手の甲が変に動かしてたかもしれない
翌日、ぐしゃぐしゃではなく何となく弾ける感じで始められた。

テンポもかなり速く弾けるようになったというかテンポって慣れてくると上がってくるんじゃなくて弾き方なのかな
またレッスンで撃沈というのもあり得るけど、ここにやりたいことと小さな希望があることがいまはありがたい。
京都つづき

出町柳駅で降りて

毎回書いてるけど東京と大阪でエスカレータに並ぶ位置が逆なのが面白い件、京都では両方見かけたけどよそから来る人が多すぎて定まらないという事ですか?
今検索すればすぐに何か知ったような気になれるけどそういう事じゃねーだろうと思う私はもう年寄り
駅を出るとすぐそこに前回入ってとてもよかった名曲喫茶があってまた行こうかなと思ったりもしてた。
次来るときはこれを持ってきてくださいともらった割引券を財布に仕舞ったはずだと前日探すけれど見つからなかった。せっかく行くんだからほかのところにも行ってみなさいよという事かなと
それより

暑すぎるせいか空は雲ちゃってもうどの写真も映えないじゃない
歩くには都合がよかったのでいいけれど

前回来たときは何も知らなかったけど、鴨川デルタと教えていただいてからいろんなところでその文字を見るようになった。
この日もいろんな人が憩っていて
2つの橋を渡り終えて振り向くと

あー、あれ大文字焼き?
子供の頃に見た・・のは箱根か
いつごろからなのか近所の山でも大文字焼きをやってたりするけどやっぱり本物はあれだよななどと考えているともうすぐそこにみえていた

出町妙音堂は弁天様なので芸事、音楽上達の
前回来た時気付いていなくて、ここもどうしても来たかった。
しっかりお願いさせていただき

もうひとつ気になることがあって

京都で一番きついおみくじ
お金を入れるところが見つからないので呼び鈴を押してみると中から人が出て来て・・
こんなことを言ったら怒られると思うけど一番きついというのはおみくじの内容じゃなくて出て来てくださった方じゃないかと思いかけたけどでもちゃんとしていただいて
出てきた棒の番号で紙をもらう式。
衝撃的なその内容は弁天様からの直接のメッセージとして私の中に深く焼き付いた。
すぐそこに商店街があって

なんかあの店有名らしいけど今買ってもな
いい喫茶店でもあればと思ったけどやっぱりここからしばらく歩くことにする

あの緑は京都御所京都御苑でしょう?向かいは有名大学

歩いてたら急に車が方向転換しだして無茶すんなーなんて思ってたら
なんかおかしい

なんだあれ

あー

何も知らなかったけど外国人観光客とかは大喜びで
私はお祭りとか歓声とかをあんまり見ちゃうとメンタル下降が始まるので足早に通りすぎようかと
でっかい交差点止めちゃって信号に関係なく歩行者は今のうち渡ってくださいもうすぐ渡れなくなりますとかやっててなんかすごかった。
ここからまだしばらく歩いて

西陣?
路地みたいなところに入ると

あった
なんとなく行こうと思っていたこのお店
入ってみると誰もいなかった
誰もいないのを喜んだらお店に怒られるかもしれないけど
お店独り占めみたいなのが好きな私は

京都の街中でそれが出来たら最高の贅沢だと思うので
レモンケーキ一択と
本格珈琲は腹壊す恐れな私はアイスカフェオレ
砂糖は出てこない。
しばらくしたら

ミルクが濃いようでしたらと言いながら珈琲と氷を持ってきてくれた。
しばらくゆっくりして
なんかよかった。
5時のチャイムみたいなのを聴いたような気がするところでお礼を言って店を出る

すぐそばのこんな路地を歩いてわずか2分程度だったかな
行こうと思ってた神社が見えたところで
ほんとに漫画みたいにトンという音とともに門の戸が閉まるのが見えた
押してみると開かない
あっ・・こういう神社って、5時でしまっちゃうんだね
行こうと思ってたのは

安倍晴明を祭った神社で陰陽師だから厄除けとかそういうとこらしいけど
でもこのとき、お前はもうそういうのいいから違う事を考えろと言われた気がしてすぐ次に行くところが頭に浮かんだ
なんか、導かれてるというか
まだ死んでない

また思うところがあって出かけたところ、行く前から始まっていたいろいろな出来事の積み重ねのすべてに意味があり啓示を受けたのだというような と書けば他人からどう思われるのかは置いといて
啓示云々は自分の中で大切にすればいいと思うけれど、あったことをそのままだらだらここに書いておいても罰は当たらないと思うので
ピアノ練習している人のブログだから先に書いとくと
出かけて練習しなかった翌日弾いてみたらまたかなり悪くなっていて。あーあと思う。
でもずっと繰り返しているとふと力が抜けて急にいろいろうまく行きだし・・つづけているとまた元に戻っていったり
コントロールできないのはできてないという事なんだろうけど、でも少しずつ進んでいると思えるところに希望があるので。
もう一曲弾きながら楽譜を目で読もうとしてもどうしても頭に入ってこなかった曲で、視奏ができるようになりかけてる。
希望をもらった

朝一の新幹線は周囲を団体旅行が押さえていて、いきなり揉め気味になってるすぐ前の客と添乗員双方の言い分にイラつくところから始まった。それらが降りたと思ったら今度は・・
40になったころ、人を見るたびに間違っているとか許せないとか思ってしまうのは自分が自分のことを間違った失敗だと思っているからだと気づいた。
それをどうしたらそれを治せるか考えやってみたつもりで結局できなかったというのが私の40代。多分、俺には無理なのかもなというようなことを考えていると米原。全区間こだまなのでなかなか遠い。

接続のローカル私鉄は時間当たり1本で接続が悪くここで結構なまち。1日二往復半くらいない路線に乗ったりもしたから驚きはしないけれど、日帰り遠出って前半に詰めて飛ばしてなんぼなところがあって
2両編成の電車はいちばん前の扉だけが開き運賃箱にお金を入れながら・・なのだけど、
終着駅であれ?ドアが開かない!?みたいな人を見かける。
偉そうに書いてるけどそういう自分も帰りに

同じ駅から乗ったおばさんが整理券とお金を入れているのを見てあれ俺整理券とってない、そう言えば途中で乗り換えるともっと遠い別な始発駅とどうやって区別するんだろう?
とかだったので人のことは言えない。
折り返しまで約30分、乗り遅れるとその後が・・
若干速足で駅を出て

以前電車待ちで入ったあのカフェよかったなと思いながら角を曲がり
まだ開いてない土産物屋をみながら歩き
鳥居をくぐって

前をあるく人は避けて行ったけど、せっかくだからあの石橋は渡ろう。

のぼるはいいけど降りるとき滑るのでまじめに危ない。
あの門をくぐると

あーっ!ちがう!
と思う。
見える世界が違う。他とは違う特別な
謎の肯定感のような
そう思った瞬間に撮った写真だけど謎の何かは写らないし言葉を並べても通じないよね。
多賀大社の神様は伊勢神宮を始めいろんな神様のお母さんだから命の神様
腹の手術をするかしないかというところにあった昨年私はここへお願いに来た。
それ自体は死ぬような病気じゃないけど仕事がらみでちょうどまずいところにあったりして
手術は受けずに済み、そのお礼と、この先のお願いに。
今日はまず何よりもやらなければと思っていたことが出来た
神社の中にある寿命蕎麦とか門前町にある鰻屋とかもいいけれどせっかくだからこの先もう少しと思いながら乗ってきた電車で戻る

彦根で乗り換え。
ホームの先に駅員さんがお皿を持って待ってた。
とりあえず多賀大社前からですと言ってみるとと金額を言われ終わり。
よかったなと思ったら今度は

新快速がたくさん走ってくると思って調べてもなかったけど、乗り継ぐ路線の本数の少なさに驚く
じゃあ普通列車ならと言えばそれもまだしばらく来ない
また時間ロスしたななんて思いながら車窓に萌えることもなくいつのまにか寝てしまい
ふと起きて目に入った外の景色が一瞬夢のようにきれいに見えたあたりから今を楽しめばいいじゃないかと思い始める
けどもう住宅密集地というかそんなに長閑な車窓でもなくなり

琵琶湖?
1時間くらい乗って

相変わらずでっかいね京都駅
いちばん端の出口から出て、あかるくにぎやか地帯とは違う方へ歩き始める
ちょっと道間違えたりしながら

こんなところを歩いて
一人で入れるすっぽんとか調べたりもしたんだけど、地図を見ていたらなぜかはわからないけどお好み焼き屋さんがたくさんある一帯があることに気付いた
まんぼ焼きというものがあって京都にしかないらしいことも知った
その前になんでこのあたりの地図を見ていたかというのもあるんだけど

角を曲がり開発から取り残されたような一角を・・・あ
あった
私が行きたいと思ったお店は

ここで
屋大変だけど

だけど中に人が溢れてる気配と人の声
外には旅行鞄
あー、やめようかなと思いかけるけどなに負けてんだよと中をのぞいて・・
たくさんいる中の一人が声をかけてくれて奥へ向かいお客さん一人だけど大丈夫?
あーあけるから待っててという声が聞こえしばらく待つ
なかなか理解できなかったけれど何人かいるように見えたお店の人は実は一人でいろいろやっている人はみんな常連さんなのかも
よくわからないままどっと人が出て行って
外で立ってるとどうぞと言われるより前になんにする?と聞かれた様な
ホソってなんですか?
ほそはね、ホルモン
あっ、教えてもらえた大丈夫だ

とりあえず椅子があるから座る
鉄板の上で焼かれはじめたあれは多分私の
鉄板の前のお客さんは韓国から来た人らしくもう帰るんだって

急に私一人になる。
事前に読んだ通りお店のお母さんはすごい勢いでいろいろ話してくれる。
けど若干圧倒され気味で受け身で精いっぱいな感じだったかなでも全然嫌ではなく
写真撮っていいですか?ときいたらどうぞと言われ撮りまくる。
どうぞと言われ・・鉄板の上から食べればいいんですか?
どっちでもいいけど鉄板の方が美味しいんちゃうんかな

実は私こういうの初めてなので。
適当に切っときましょうね どうぞー
ソースの説明をしてくれて

おにいちゃんソースぬってなーたりんかったらあとからでもー
生地は薄くて、焼きそばつつみ焼みたいな感じ?
おいしいよそれは。
ずっと鉄板の上にあったら焦げちゃうんじゃないかと思ったけどそうじゃないのね
と言ってると次のお客さんが来て

私のに隣接して焼かれ始める
麺に味付けしてから乗せるところが広島と違うみたいよとか

そばよりもうどんのがまったりします
私はどちらかというとうどんのが・・とか
話しているうちにだんだんできて来て目の前に美味しそうなものが並ぶ。
お兄ちゃんお茶飲んでってなとか言ってくれるけど目の前にこれが並んだという事は
先ほどわかってなかったけどあの韓国から来た子たちがここを空けてくれたように自分をここを空けなくちゃという事なのは理解できた
お礼を言って

良かったここ来れて。
誰にも通じないけど、すぐそばに京阪が地下に潜る地点がありちょっと行ってみる。
うまくまとまらないので適当に並べると
京阪の地下化切替工事について雑誌で読み興味を持ったのはちょうど世の中が見え始めいろいろなことに興味を持ち始めた第二の自我の目覚めみたいな中学の頃。
ここに来たのも、人間嫌いとか言いながら人と話をするお店に来たのもすぐそばにある三十三間堂に行きたいと思ったから。
観光地というのを避けている私なのになぜか急に行きたいと思った三十三間堂へ行ったのも中学の修学旅行でだった
この後修学旅行生を見ていて・・
高校に入ると私は・・みんなみんな好意的に読んでくれるじゃないからあんまり書いちゃいけないとも思う。
先に書いた40代に入って自分を治そうと思ったころちょうどその中学の同窓会を画策している人間に呼ばれたことがありあれもいろんな転機のきっかけとなったのを思い出す。
担任を迎えに行く役をもらったので久しぶりに…やや必死で話していると先生がその修学旅行での写真を渡してくれた。のだけどそれは私に見せようとしたのではなくみんなに回してみてほしいという事だったのに何年も経った今頃気づく。
誰にも見せることのないままその写真は今も私の手元にあり、これをどうすべきかという事が頭の中に浮かび始める
そこからほんとにすぐ近く

こんなところを入っていくとあの

三十三間堂の裏門?
そんなこと言ったら怒られるか南大門。
下水道工事中

撮影禁止だから写真がないけどそれはそうだよお寺だもん。
中で千手観音や二十八部衆像をゆっくり一体一体眺めているあいだ、ものすごい量のらいろんな人がいていろんなことを考えた。
どちらかというと悪いことも考え苛立ち始めていると難陀龍王様と目が合った。
おまえほんとにしょうがないやつだなと言われてるような・・でも、単純にあきれ見下すんじゃなく、どこかに優しさがあるような
この日このあともいろいろあって、じゃあお前はこうしなさい、こう思っているけどこうだからといくつか言われた気がしてる。
中学生と引率の先生みたいなのがたくさん通過していくのを見てると自分もかつてここにきてああだったのかなと思う
そこからまた気持ちが軟化してきたり
かなり時間をかけた後、

京阪に乗ろうと思ったらとある間違いで電車を2本くらいのがした。
時間にして15分くらいだけど、でもそれでこの後の展開が大きく変わったと思う。
それによってまた感じ考えたことがあり・・しつこいか
そう言えばつい先日も京阪に乗り、あの時は逆に偶然一本早く乗れたおがげで・・
長すぎるのでいったん終わり
先ほどネット上で熊に出会ったら絶対に走らないで‼というような文言を見た。
私昔北海道でヒグマと遭遇したことがあります。
すぐ先の茂みの中から威嚇の唸り声が聞こえ、姿は見えないけれどその大きさはよくわかった。
ゆっくり後ずさりして・・正しい知識をどれだけ持っても出来るとは限らない。いざとなると恐怖が先行し走っちゃったよ。あ、これ間違ってると思いながら。
あの時あそこで死んでいたら私の人生は本当に失敗だったと思う。
けど、まだ死んでないんだから
出てこない

これでどこかわかる人がいたりしたらすごいけど
人間苦手な私は休日だといろいろあるのだけどこの先平日休みを取ることができなくなるらしい。
行くなら今だと思ったのでこれが公開される日また出かけているかも
後半プラプラ歩きたいなと思っていてなんとなくの行き先にどんな飯屋があるかを調べていたらあっ、ここ行きたいという店が見つかる。
けどレビューを読んでたら店の人や常連さんと楽しい会話という文字が目に入り、そこで急にブレーキがかかる自分に昔聴いた人生損してますねの声を聞く。
しばらくするといやむしろ行けよという自分もいるにはいるのね
で、どうなるかな実際。
2日分あるピアノ練習の1目に書いていたこと
昨日できた感じより圧倒的にダメなのであれ?何が変わっちゃったのかなと思いながらしばらくやって
姿勢とかテンポとかいろいろ考えたけどどうも力がはいりすぎだなことには気づいた

最初のsfpを出さなきゃなんて変にたたきつけたり、よしやってやるぞ今日こそなんて思ってるからいけないのかなとも思う
それでじゃあ力を抜くってのがまた難しく、なんとなく軽く弾いてみたりわざと弾けないような速いテンポで弾いてみたりもうどうでもいいやと思いながら弾いてみたり
たまに、あれ俺出来るようになるかもなとわずかな希望を持たせてくれつつ、まだ全然だめだけど
ピアノはまだ小さな希望を忘れなくていいでしょう?
2日目
sfpを強くすることばっかり考えてたけどそうじゃなくてpを思い切り落とせばいいだけじゃないか
これで多分うまく行く
もしかすると次のレッスンで俺はやってきたぞくらいの勢いで弾けるところまで持っていけるかも
だけど次の曲は多分全然だめだと思う。
その先の2曲は手を付けてもないし多分着けない
それでレッスン行っていいのという声が聞こえるけれど
うるせーよ
やれること確実にやっていくだけ
全く何のつながりもないけど
連休中混んでる店を避けるべくどこにでもよく見かける中国人夫婦がやってる中華の店に行って

麻婆豆腐セットというのを頼んでみた
土鍋みたいなのに入って出てきた麻婆豆腐は山椒が効いてなんか本格的・・だけどものすごく辛い
辛いのはいいんだけど私辛いと腹炎症な人だったとまた食べ始めてから思う
ありがたいことに炎症は起こらなかったし、会計時いつもは厨房にいる亭主が出てきてものすごく愛想よく対応してくれて気持ちがよかった
のだけど、かなりたってからメニューにコーヒー一杯サービスと書いてあったことを思い出す。
コーヒー出てこなかったし珈琲ありますよとも言われなかったなぁ
でもあの笑顔はよしコーヒーちょろまかしたぜとかそういう事じゃなかったとは思う
私珈琲飲んでも炎症する人だし
でもコーヒー出てこなかったなぁー
真っ暗だった
蚊が出てきて。
もういてもおかしくないので今裏の川に蛍がいないか見てきたけど真っ暗。
沢山のホタルが楽しげに舞ってたけど田んぼが辞めてからだんだん減って去年は1匹
なんで家の裏に蛍?というところに感動があったのでよそに見に行くとかはあまり

用事をこなした後あそこにと決めたたカフェに行って
お気に入りの席は埋まってたけど

オレンジのバターケーキと
ハーブティー ジンジャーとレモングラスと・・なんだっけ
美味しかったしこれくらいだと罪悪感がなくていいかな。
注文を聴きに来てくれた人になんだかわからないハーブティーの名前をわざとあほみたいな棒読みで頼んでみたら同じように笑いながらえーっとみたいな感じで
親子でやってたような気がするけど人を雇ったみたいで、新しい人だからかなと一瞬思ったけど
そうじゃなくて合わせてくれたのかもね。
いったら自分しかいないこともあったけど、もう人がたくさん来るようになってきたみたいでそれはないのかもな
ピアノは

これをそれなりの速度で視覚に頼らず弾く練習を延々繰り返して
鍵盤を全く見ないんじゃなくて時々はちらっと見るように言われていて、そうしてみればかなり楽になるんだけど
でも私は一回下見ちゃうと楽譜の該当箇所に視線が戻らないのね。
結局これも覚える法だし楽譜は読んでないけどまあとにかく練習中。鍵盤ガン見の時はやっぱり覚えているようで覚えてなかったんだなと思いながら
繰り返しているとあっ俺できてきたかな!?と思う時が来るんだけどでも間を置くと元の間違えだらけな人に戻る
間を置かなくても間違えだらけに落ちて行ったりもする。
時々合間に5曲目の十分な幸せを鍵盤見ないで弾く・・なんとなく楽譜を目で追う努力をしながら
でもこっちはちゃんとできるようにとか考えない
あくまで3曲目を完全にできるように

庭のすだちが花をつけたと思っていたけど、雨の間にみんな終わっちゃった。
花はまた来年咲いて見せてくれるけどね
もういてもおかしくないので今裏の川に蛍がいないか見てきたけど真っ暗。
沢山のホタルが楽しげに舞ってたけど田んぼが辞めてからだんだん減って去年は1匹
なんで家の裏に蛍?というところに感動があったのでよそに見に行くとかはあまり

用事をこなした後あそこにと決めたたカフェに行って
お気に入りの席は埋まってたけど

オレンジのバターケーキと
ハーブティー ジンジャーとレモングラスと・・なんだっけ
美味しかったしこれくらいだと罪悪感がなくていいかな。
注文を聴きに来てくれた人になんだかわからないハーブティーの名前をわざとあほみたいな棒読みで頼んでみたら同じように笑いながらえーっとみたいな感じで
親子でやってたような気がするけど人を雇ったみたいで、新しい人だからかなと一瞬思ったけど
そうじゃなくて合わせてくれたのかもね。
いったら自分しかいないこともあったけど、もう人がたくさん来るようになってきたみたいでそれはないのかもな
ピアノは

これをそれなりの速度で視覚に頼らず弾く練習を延々繰り返して
鍵盤を全く見ないんじゃなくて時々はちらっと見るように言われていて、そうしてみればかなり楽になるんだけど
でも私は一回下見ちゃうと楽譜の該当箇所に視線が戻らないのね。
結局これも覚える法だし楽譜は読んでないけどまあとにかく練習中。鍵盤ガン見の時はやっぱり覚えているようで覚えてなかったんだなと思いながら
繰り返しているとあっ俺できてきたかな!?と思う時が来るんだけどでも間を置くと元の間違えだらけな人に戻る
間を置かなくても間違えだらけに落ちて行ったりもする。
時々合間に5曲目の十分な幸せを鍵盤見ないで弾く・・なんとなく楽譜を目で追う努力をしながら
でもこっちはちゃんとできるようにとか考えない
あくまで3曲目を完全にできるように

庭のすだちが花をつけたと思っていたけど、雨の間にみんな終わっちゃった。
花はまた来年咲いて見せてくれるけどね
すごく痛かった
雨の中車で走り始める。
ちょこちょこいろんな出来事があり、そのうちの一つを思い出しかけたところで縁石にタイヤをこする。
家から出てすぐの超低速でゴムのところだからいいけど、くだらないことをいつまでも考えてるなと言われた気がした。
負けたような気持でいると、人からも運からもなめられる。
だけど勝ち誇ったら勘違い馬鹿。
ピアノのレッスン翌日はまだへこんでたけど個人的な用事に備え一人外で昼食

景気づけに寿司でも
足りないと嫌だと10貫のにしたけどちょっと多かった。8貫の近海握りのがよかったかなとか
目の前で握ってるのが見えて面白いと言えば面白い
隣のおっさんはランチの寿司の他でっかい生ガキを食ってたけど飲むでもなく一人だとあっという間に終わっちゃうね
この後用事をこなし、自分の人生全部がダメなわけじゃないんだというようなことを考える。
ピアノ、あれだけ言われてなんとかしないわけに行かない
次のレッスンまでにやることをまじめに考えれば4曲を視奏であるべきテンポで完ぺきに弾けるようにするということなんだろうけど、無理なことをやろうとするから半端になっちゃうので1曲だけ集中的にやろうと思う。
ふとグランドピアノの譜面台は家と全然違う高い位置にあるなと

その辺にあった発泡スチロールで。
見た目貧祖で実際もっと手前の高い位置にあるような気もするけどいいよそんなの。
それで楽譜見ながら弾いてみようと思うけれど手元を見ないとはずす事より楽譜を見ても目から頭に入ってこない。楽譜や音符の読み方がわからないのではないんだけど。
バイエルの楽譜があったので50番台くらいを弾いてみるとちゃんと3小節くらい先を読んだりしながら視奏するんだよね。
この感じだよなーなんて弾き進めていくと妙に引っかかる曲に当たる。
これ覚える式でごまかしたのかもなと思いながら何度かやってると読みながら弾くようになっては来る。でももうその頃にはもう指が覚え見ないで弾きましょうよと言い出してる。多分その指の感覚に頼った瞬間から楽譜は目に入らなくなると思う。
頭がいつでもどんな楽譜が来たってこなせるよと思えるレベルなら素直に読むけれど、それをちょっとでも超えたと思うと頭が読むことをシャットダウンしてしまうらしい。
視奏は実態的な技術と一緒に上げてこないといけないんだと思う。
ピアノって、弾けてないのに無理やり形で覚えて弾けたことにもできる楽器だから。私はそれ。
まだバイエル中盤くらいの人なんだろうほんとは
そんなこと言っても仕方がない、いろいろやってみてるけど今は読んで弾くというより覚えたものを鍵盤を見ず顔をあげて弾く練習になっちゃってるというかそれしかできず。
でもこれ極めれば楽譜を見てるふりはできるから。
音符を読みはしないけど今楽譜のどこをやってるかとその周辺の記号くらいは読むようになるのは前のショパンで経験してて
もうそれでいいからいったん目指そう。
嫁さんがすき家の鰻が食べたいというので買って帰った。

どうも寿司を食べてから腹に違和感があり、食べていいかなぁと思っていたけどせっかくの鰻だし
その後久しぶりの激痛
先週痛めた腹に生ものがよくなかったんだろうか
熱はないのと痛みの場所や質から入院直結系ではないなと思いつつ痛みの強さに久しぶりに危機感を感じた。
今は落ち着き激痛はないけれどまだ怪しい。
朝食は飲み物だけで、昼もどっか食べに行くわけにいかないなと思っている今やっぱりちょっとメンタル下がって変なことを考えてる。
このまま一日無駄にしたくないので音楽でも聴こうとラフマニノフのシンフォニックダンスを聴いた。
そのつながりでショスタコの15番も
つながりとは何かを書こうかと思ったけどだれも読みはしないからそんなの・・・みたいなのにも負けちゃいけない。
ベートーヴェンも聴いたけど途中から意識が音楽の外に行っちゃってるのがわかって辞めた。
今日は閉じてる。
でも、いつかいい事もあるだろう。
ちょこちょこいろんな出来事があり、そのうちの一つを思い出しかけたところで縁石にタイヤをこする。
家から出てすぐの超低速でゴムのところだからいいけど、くだらないことをいつまでも考えてるなと言われた気がした。
負けたような気持でいると、人からも運からもなめられる。
だけど勝ち誇ったら勘違い馬鹿。
ピアノのレッスン翌日はまだへこんでたけど個人的な用事に備え一人外で昼食

景気づけに寿司でも
足りないと嫌だと10貫のにしたけどちょっと多かった。8貫の近海握りのがよかったかなとか
目の前で握ってるのが見えて面白いと言えば面白い
隣のおっさんはランチの寿司の他でっかい生ガキを食ってたけど飲むでもなく一人だとあっという間に終わっちゃうね
この後用事をこなし、自分の人生全部がダメなわけじゃないんだというようなことを考える。
ピアノ、あれだけ言われてなんとかしないわけに行かない
次のレッスンまでにやることをまじめに考えれば4曲を視奏であるべきテンポで完ぺきに弾けるようにするということなんだろうけど、無理なことをやろうとするから半端になっちゃうので1曲だけ集中的にやろうと思う。
ふとグランドピアノの譜面台は家と全然違う高い位置にあるなと

その辺にあった発泡スチロールで。
見た目貧祖で実際もっと手前の高い位置にあるような気もするけどいいよそんなの。
それで楽譜見ながら弾いてみようと思うけれど手元を見ないとはずす事より楽譜を見ても目から頭に入ってこない。楽譜や音符の読み方がわからないのではないんだけど。
バイエルの楽譜があったので50番台くらいを弾いてみるとちゃんと3小節くらい先を読んだりしながら視奏するんだよね。
この感じだよなーなんて弾き進めていくと妙に引っかかる曲に当たる。
これ覚える式でごまかしたのかもなと思いながら何度かやってると読みながら弾くようになっては来る。でももうその頃にはもう指が覚え見ないで弾きましょうよと言い出してる。多分その指の感覚に頼った瞬間から楽譜は目に入らなくなると思う。
頭がいつでもどんな楽譜が来たってこなせるよと思えるレベルなら素直に読むけれど、それをちょっとでも超えたと思うと頭が読むことをシャットダウンしてしまうらしい。
視奏は実態的な技術と一緒に上げてこないといけないんだと思う。
ピアノって、弾けてないのに無理やり形で覚えて弾けたことにもできる楽器だから。私はそれ。
まだバイエル中盤くらいの人なんだろうほんとは
そんなこと言っても仕方がない、いろいろやってみてるけど今は読んで弾くというより覚えたものを鍵盤を見ず顔をあげて弾く練習になっちゃってるというかそれしかできず。
でもこれ極めれば楽譜を見てるふりはできるから。
音符を読みはしないけど今楽譜のどこをやってるかとその周辺の記号くらいは読むようになるのは前のショパンで経験してて
もうそれでいいからいったん目指そう。
嫁さんがすき家の鰻が食べたいというので買って帰った。

どうも寿司を食べてから腹に違和感があり、食べていいかなぁと思っていたけどせっかくの鰻だし
その後久しぶりの激痛
先週痛めた腹に生ものがよくなかったんだろうか
熱はないのと痛みの場所や質から入院直結系ではないなと思いつつ痛みの強さに久しぶりに危機感を感じた。
今は落ち着き激痛はないけれどまだ怪しい。
朝食は飲み物だけで、昼もどっか食べに行くわけにいかないなと思っている今やっぱりちょっとメンタル下がって変なことを考えてる。
このまま一日無駄にしたくないので音楽でも聴こうとラフマニノフのシンフォニックダンスを聴いた。
そのつながりでショスタコの15番も
つながりとは何かを書こうかと思ったけどだれも読みはしないからそんなの・・・みたいなのにも負けちゃいけない。
ベートーヴェンも聴いたけど途中から意識が音楽の外に行っちゃってるのがわかって辞めた。
今日は閉じてる。
でも、いつかいい事もあるだろう。
突き付けられる

少し前に喫茶店でフレンチトースト
雪のような砂糖とメイプルシロップ
今ピアノのレッスンから帰ってきたところ
ずーっと前から自分は楽譜を見ながら弾かずに鍵盤上の指の配置を視覚的に覚えて弾いてしまう癖がとれないという事、それでは先がないと自分で思って見ながら弾く練習をしようとして何度も挫折してることをここに書いてきた。
最近また曲を覚えようというのが先行して覚えて鍵盤ガン見式が当たり前になってしまったまま行ったレッスン
7曲やったうちの5曲くらいで途中崩壊、記憶式なので出来るはずなのにどうしてなんて思えば余計にこわれてく・・楽譜を見ましょう!の声が飛んでも見て弾くことが出来ずそのまま・・
ほんとはものすごく厳しいはずなのに怒ったりもしないで見てくれた先生、終わったところで静かに以前習っていたというある大人の話を引き合いに出す
ちょうどunagiさんと全く同じものすごく練習してくる人がいて、楽譜を見てくださいと言うんだけど
10年くらい通ったのかな、時間の無駄に終わっちゃって・・
その後続いた話で時間の無駄というのは楽譜を見るように言ったけど見るようにならなかったという意味ではないのは分かった。
先生とその人がやった10年間のすべてにかかってる。
同じというのと時間の無駄というのを何度か強調していて、全部無駄というこれ以上ない否定形がその人だけじゃなく私にも向けられてることをこの時点で理解できてたと思う
もちろん、このまま変えられないならという条件付きだけど
同じような人が過去に何人かいたらしい。
途中から見るようになった人もいたし、できるようになりますよ!と何度も言ってくれるのを聴きながら私はこのまま話を聞くのか帰るタイミングなのかを迷うという明後日みたいなことをやってた。
なんかペラペラしゃべってた記憶があるけど先生からはどう見えてたか
笑顔で玄関を送り出され車に乗り込むあたりであれは、
あれは昭和の時代なら楽譜を床にたたきつけながらお前に教えても無駄だやめてとっとと帰れ!!といわれてる場面だったことに気付く。
あれだけはっきり言われちゃうとこの先視奏が出来ないままノコノコ通うわけにいかない
血の気が引いていく。
よく聞く、あれがあったから今の私がありますみたいな場面なのもわかる。
言われていることが正しいと思うし、それくらい言われないと自分は直そうとしないし、このタイミングで打ち込んでもらったことはありがたいんだと思う。
明日からまたやろう新しい曲をやるというのはやらなくていいことになったし

冷静に考えると、同じようなことをここに何度か書いてるな
一晩たつと先生にどう言われたかよりそう言わせる自分のまずさにへこみだす
もう少し時間が経つと自分で何とかするしかないだろうと考え始める
ここはチャンスととらえてとか
強がりだけど
昔壊された自尊心と短時間別人格

子供の頃、あの空中で途切れる新幹線の高架を眺めるたびに考えたことがあったはずなのにもう思い出せないことにちょっと驚いた。

昔の後遺症か自分は間違っているとか笑われているような気がしていることがあり、最近まだ出ていたのでここにも湿ったようなことを書いてあった
時々、人を押しのけて俺に言わせろみたいな人が自分のなかに出てくることがあって主に仕事なんかでそっちの人に助けられここまでこれた。
仕事中に久しぶりに出てきた勝気な人が今

負けたようなことを言うなっていうから
この数行書きなおして
でもいつまでもこの自分でいられるわけじゃなくて
ブログ2日かけて書いてると内容が確定しないね

でかいこと言うんなら今のうちだな
ピアノもいつか人の入ったホールで弾いてやるとか
この先は昨日書いたもの
ピアノ、2日分あるので初めの日
子供の情景は不完全で止まりかけたりしながらも7曲目のおしまいまで繋がった。
だけどいけて来たと思ってた1曲目2曲目がまた壊れて来ちゃったりしてそこら中部分練習をしたり、3曲目なんかはテンポあげると頭がついてかないらしく崩壊するし
不完全な7曲を抱えていっぱいいっぱい
先生は弾けてますよ。練習してますよ!とポジティブな声をかけてくれるんだけどどうしてもどこかに自分は実はインチキでほんとのピアノのをやってる人じゃないんじゃないかみたいなのがちょっとあったりする。
どうすればそこ埋まるのか、視奏ができるようになればいいのか
先生を信頼してないとかそういうことじゃなくて
次のレッスンまでにここまでやらなくちゃと思うと必死で覚える式になっちゃうかなと思うけれど、じゃあ制限なしでゆっくりやれば視奏の練習をするかと言えばどうか怪しい。

ピアニストの演奏を聴いてるとみんな普通に一発で押さえちゃってるこのフェルマータのところ、そんなわけない人はアルペジオでやるしかないわけだけど、もしかするとわざと普通にアルペジオをにすると変な感じになっちゃうように書いてあるんじゃないかと思う。
それでどうするかを考えてほしいと、作者が思っていたかは知らないけどそういうのを自分で考えたりやってみることが楽しかったり大事だったりすると思う。
まだレッスン行って半年だけどショパンのどこかで先生がアルペジオの歌い方をこう・・と示してくれた時、
ああ俺は先生に弟子入りしてるんだなと思った。
ここはどうなるかな
次の日
昨日ほどひどくなく、通し練習を何度か繰り返した後部分練習をした。
そんなに自分を悪く言わないであげてください。
あと、せめてピアノを練習している間は嫌なことを思い出して考えるのもやめられるように
あのフェルマータのところ、私の楽譜にはppが書いてあって、指がどうこうよりもクレッシェンドした先でppというのを生かせるかの方が大事じゃないと思った。
右手だけならなんとか届かなくもないけど
左の上のHは無理で抜いてみるとなんかちがうかな

おいしい珈琲とまた行きたいと思う店が見つかったのに
もしかすると私は珈琲を飲んではいけない体みたいで
なんかみつけるといつもそういうのがでくるな
本音を聴いてもらえたと勘違いして
今連休最終日で外は大雨
鶯って雨でも鳴くんですね
ピアノを弾いてみたら出来たてところをやたらに間違えたり真っ白になって何にも出てこなかったり。
連休最終日におかしくなるのはまあわかるけど、もうすぐレッスンなのに大丈夫か

もう遠い昔のようだけど、連休の初めにも雨っぽい日があったような
ココアとは別にショコラショーというのがあったから頼んでみたら
ここに板チョコ一枚分が入ってます。あまいですよーといいながら
インスタントじゃなくて実際鍋で・・とか説明してくれるけど

あそこで牛乳を何度かに分け少しずつ入れながら時間をかけてゆっくり何かを溶かしてるのが見えてた。
それをというところにぜいたく感があっていいなーと思うけれど
やばいカロリーがとか
連休中は一日中ピアノを弾いてやるなんて思っていたけど、なかなかそうはならないですね。でもやって
子供の情景4曲目におねだりという曲があってベールの向こうみたいな

満たされないまま終わるというか中断するというか、最後に乗っかるGが
あっ!?っと目を輝かせる直前のようにも聴こえると

突然走り出しちゃう次の曲の名は幸せいっぱい
なんかしらないけど、もらえたのね。
私はこの曲、褒めてもらえることが出来たのがうれしくって部屋の中を爆走していた子犬のモモさんを思い出して

だから、とても大事にすごい速さで弾きたいんだけどまだそれだと間違えだらけなのでゆっくり歩くくらい

連休直前京都大阪へ行った日、ずっと頭の中にもーさんがいて、一緒に歩いてくれたのかなと思ったり
幸せいっぱいのおしまい付近に

音域的に重なる左右の手が鍵盤上で交差というか重なる部分があってこんなのそこら中にあるよというのも知ってはいるけれど、
ピアノ習い始めた人としてはあー俺にも来たのかこういうのがなんて思ったり
ここは素直にやるというかそれしかないけれど

トロイメライで何度も出てくるあの伸ばしの交差は音を入れ替えて普通に弾けばものすごく簡単だし理屈的には出てくる音は同じ
でもそれは違うだろうという原理主義者なはずの私なのにしばらく楽な置き換えて単純に弾く式で弾いてた。
それを急にちゃんとしようとしたら左のAがHになっちゃったりして
子供の情景はどの曲もそうだけど一音外すと死んでお詫びするしかないようなことになる
この交差する重音もそうだけど、左手の伸ばしは冒頭ポンとおく低音のFも受け持ち延ばしのバス書き分けてあるのが

弦楽合奏でピッチカートとアルコが重ねているように見えたりどうもこの曲ピアノの上で一人アンサンブルをしているというような
ピアノ練習してたら窓の外すぐそばで鶯が鳴いてくれたんだけど、どこで鳴いてるのかななんて窓に顔を近づけたらどっかいっちゃった
このさき全然関係ない心情告白みたいなことを書いてあったのだけど、今ある出来事でそんなの消そうと思った。

どこかからお前いいかげんにしろと言われたのかなと

板チョコ一枚な甘い飲み物のほか
ケーキも頼んじゃってこの日
全然どうでもいいけど、この時値段は同じココアとショコラーショーどう違うのかななんて思ってた。
味や深みやぜいたく間やいろいろ違うのかもしれないけど今適当に調べると油分の有無らしいけど
ショコラショーのカロリーはココアの倍?
美味しかったからいいよ
鶯って雨でも鳴くんですね
ピアノを弾いてみたら出来たてところをやたらに間違えたり真っ白になって何にも出てこなかったり。
連休最終日におかしくなるのはまあわかるけど、もうすぐレッスンなのに大丈夫か

もう遠い昔のようだけど、連休の初めにも雨っぽい日があったような
ココアとは別にショコラショーというのがあったから頼んでみたら
ここに板チョコ一枚分が入ってます。あまいですよーといいながら
インスタントじゃなくて実際鍋で・・とか説明してくれるけど

あそこで牛乳を何度かに分け少しずつ入れながら時間をかけてゆっくり何かを溶かしてるのが見えてた。
それをというところにぜいたく感があっていいなーと思うけれど
やばいカロリーがとか
連休中は一日中ピアノを弾いてやるなんて思っていたけど、なかなかそうはならないですね。でもやって
子供の情景4曲目におねだりという曲があってベールの向こうみたいな

満たされないまま終わるというか中断するというか、最後に乗っかるGが
あっ!?っと目を輝かせる直前のようにも聴こえると

突然走り出しちゃう次の曲の名は幸せいっぱい
なんかしらないけど、もらえたのね。
私はこの曲、褒めてもらえることが出来たのがうれしくって部屋の中を爆走していた子犬のモモさんを思い出して

だから、とても大事にすごい速さで弾きたいんだけどまだそれだと間違えだらけなのでゆっくり歩くくらい

連休直前京都大阪へ行った日、ずっと頭の中にもーさんがいて、一緒に歩いてくれたのかなと思ったり
幸せいっぱいのおしまい付近に

音域的に重なる左右の手が鍵盤上で交差というか重なる部分があってこんなのそこら中にあるよというのも知ってはいるけれど、
ピアノ習い始めた人としてはあー俺にも来たのかこういうのがなんて思ったり
ここは素直にやるというかそれしかないけれど

トロイメライで何度も出てくるあの伸ばしの交差は音を入れ替えて普通に弾けばものすごく簡単だし理屈的には出てくる音は同じ
でもそれは違うだろうという原理主義者なはずの私なのにしばらく楽な置き換えて単純に弾く式で弾いてた。
それを急にちゃんとしようとしたら左のAがHになっちゃったりして
子供の情景はどの曲もそうだけど一音外すと死んでお詫びするしかないようなことになる
この交差する重音もそうだけど、左手の伸ばしは冒頭ポンとおく低音のFも受け持ち延ばしのバス書き分けてあるのが

弦楽合奏でピッチカートとアルコが重ねているように見えたりどうもこの曲ピアノの上で一人アンサンブルをしているというような
ピアノ練習してたら窓の外すぐそばで鶯が鳴いてくれたんだけど、どこで鳴いてるのかななんて窓に顔を近づけたらどっかいっちゃった
このさき全然関係ない心情告白みたいなことを書いてあったのだけど、今ある出来事でそんなの消そうと思った。

どこかからお前いいかげんにしろと言われたのかなと

板チョコ一枚な甘い飲み物のほか
ケーキも頼んじゃってこの日
全然どうでもいいけど、この時値段は同じココアとショコラーショーどう違うのかななんて思ってた。
味や深みやぜいたく間やいろいろ違うのかもしれないけど今適当に調べると油分の有無らしいけど
ショコラショーのカロリーはココアの倍?
美味しかったからいいよ