シュトーレンと決まり事と思い込み

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冷やして冷蔵庫から出したてですみたいな富士山。
ブログはだいたい1週間遅れなのでこの時まだ年末だけど。
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海に行ってみると浜も台風で流されてきた漂着物で埋まってた。
そのほとんどは竹。もしかすると網目のように根を張る竹で堤防を守ろうという昔からの知恵的な話があったりするのかな?
この後近くのシフォンケーキがおいしいカフェへ行ってみると駐車場は満車。
あ、人が出てきて空いた。と思うと都会ナンバーの車から出てきた若い人がこっちが先だと店内へ入ってゆく。
なんとなく店へ入ってもいい思いをしないような気がしてそのまま家へ帰った。

・・・いやそれじゃ記事になんないじゃん。
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先日ドイツのシュトーレンというのを初めて知ったような気がしたけれど、10年ちかく前の正月旅行の写真をみてたらそこで食べてた。
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別な写真の黒板によるとこれは
クロプセ(ドイツのミートボール)ライ麦パン付き
だそうです。
クリームシチューみたいだけどもっと素直に牛乳っぽかったような記憶。
素朴でおいしいけれど当時の自分には少し足りなかったかな。
ブラームスもこんなの食ってたんだろうなぁと思う。
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食事に続いて写っているのはシュトーレンだ。
このころ貧乏性で食事に続いてケーキ頼んだりしなかったと思うけど、旅行気分なことよりメインが足りなかったのかも。
わー素朴で家庭料理っぽいなとか思ったような記憶がある。
あの赤いゼリーみたいな物体は先日食ったやつにもでっかく入ってた。
わかんないけどあれは絶対入れるという決まり事なのかな?
クラシック音楽もただ何となく書かれているんじゃなくルールというか決まりごとがたくさんあって、作曲家はそこを踏んで曲を作るのね。
そして聴き手もそこを踏んで聴いてゆく・・ルールがあるからそれをあえて無視したり壊すことに価値や驚きが出てくるわけで。
お菓子の世界にもきっとそういうのがあるんでしょうね。

https://www.youtube.com/watch?v=c7oZFVs_Ixw
ブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」、初めて聴いた盤はちゃんとしたのがYoutubeになかった。
この人は冒頭のトリルをロマン派音楽の定型通り下の音から始めているけど、私が最初に聴いた演奏はトリルを上から始めてる。個人的な趣味とか何んとなくとか言う事じゃなくてヘンデルのトリルはとか学術的根拠みたいなのに基づいてそうしてるんでしょうね。
変奏曲というのは制限された小さな枠の中で作曲家としての技術とアイディアをどれだけ多彩に提示できるかという事が露骨に試される音楽なんだけれど、若いブラームスはそこに作曲家として答えるだけじゃなくヴィルトゥオーソピアニストとしての超絶テクニックも見せつけてくれる。
この曲は弾いてるところをまじかでガン見するか楽譜を見ながら聴くととても楽しく大きな満足感をくれると思う。
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一見シンプルなようだけどペダルなしでpのレガートでこれってすごく難しいんじゃないの?
すかさずそんなの中学生でも弾けますよとか刺すように吐く人がここを読むかわからないけど、いりませんそういうの。
ほんとに面白いのは指が回るかみたいなのじゃなくてどんな仕掛けが仕込まれていてそれをどう聞かせてくれるのか。
同じ素材からうまれてる多彩な音楽の持ってる可能性をどれだけ広げて聴かせてくれるか・・まわりくどいか、どれだけはっとさせてくれるか・・とか。
本当は自分で弾けたら一番いいんだろうけど、残念ながら月へ行くより遠い。
続くフーガを初めて聴いたときにはバッハみたいなフーガを期待していたのでフーガがあんまり展開してかないことに不満を持ったりして・・書けないんじゃなくてこの曲でやりたいのはそこじゃないんでしょうね。聴いてるだけだと何の苦労もないけどあれだけの変奏を弾いてきた後にこの音だらけのフーガを弾くためには体力勝負みたいなとこもあるんでしょう?
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弾けないし弾く気もない人にはなんてことないように見えちゃうけど、結構疲れてるところでこれってじつはすごく大変なんじゃないの?それでこの先もっとでっかいのが来るわけだ・・
ブラームスはテクニックひけらかし音楽を軽視し・・という事になっていてその通りだとも思うけれど、リストとは違う形で若いブラームスも攻めてますよねこれ。
初演したのはクララ・シューマンらしいけどああいう人は初見でいきなりすごい演奏をしちゃったりするんでしょうね。
当時世界最高のピアニストの1人でもあったらしい彼女はお母さんでもあったわけで、家族のために飯作ったりしたのかな?やっぱり家政婦みたいな人がいたのかな。
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確か奥さんが日本人で旦那さんがドイツの人じゃなかったかな。
ストーブに薪をくべに来たときに一言こんにちは
それだけ。
Wi-Fi使えますみたいな表示にふーんなんて思ったり。
自分もスマホを使うようにはなったけれど、いろんなものに目も耳も塞いでしまう世捨て人感はあの頃よりさらに進んじゃったかもしれない。
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滞在中何度かここへ行ったのでお店の人が嫁さんに話しかけてくれたんだけど、小さく慌てた嫁さんがありがとうございましたと返してしまい会話終了。
お店の外にはライブカメラが据えてあって仕事中いつも見てた。
お店と手前の駐車場が写ってるだけなんだけど、ああ雪降ったなとか客が来たな、帰ったなとか・
そんな話をしてみたかったけど、なんとなく場が終わっちゃってて自分も店を出ちゃった。
調べるとカフェはもうやめちゃったみたいだ。
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戸の前にはお話の中に出てきそうなでっかい犬が寝そべって、優しい表情を見せてくれた。
毎日ライブカメラを見ていたから、お店の人のコメントであの犬がこの数日後に亡くなってしまったことも知ってた。
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北海道も簡単にはいけなくなってしまったけど、ドイツ家庭料理のお店とか行ってみたいなぁ・・
近くにあったんだけど、入りづらいなんて思っている間に閉店しちゃった。
ほんとは入りずらいんじゃなくて昔の呪縛を引きずって車から降りたりできない地帯ってのがあったんだけど。
あほみたいな頭だと損ね。
何でイタリアンばっかりあるんだろう?
ドイツ料理じゃ地味でお客呼べないのかな?
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最近、人間拒否症みたいなものがまた悪化していることに気付いた。
インスタ映えの見本みたいなイメージの美瑛にはもう近づけないかな?
頭がおかしいと損ね。
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人生は一度きりだし、狭い範囲に閉じこもっていないでいろんなところに行くべきだと思う。
ほんとは行きたい。
行けばいいだけなのにいけないとか言ってるこの頭は損ね・・
・・・だから、こうなんでも否定形で考える頭と神経だから何をやってもまともにできないんでしょうね。もう意と無関係に神経自体ができないと思っちゃってんだよきっと。
まあ、そんなに自分を悪く言わないで、
ここでだけでも考え方を変えてみましょうか・
あのとき美瑛に行けて、素敵なお店にも行けてよかった。
いい思い出を持てて、私は幸せ。

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クリスマスとありがとう。

クリスマスイブは飯でも。
絶対に混んでることがないあのお店がいいな。
嫁さん曰く大きな窓から客席に人影が見えたらしいけれど
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やっぱり誰もいなかった。
窓際に座ってたのはお店の人?
入ると目の前にはクリスマスツリーがきれいに光ってた。
古いけれどちゃんと動くらしいエアコンが全開で部屋は暖かい。
接客は丁寧でどの料理を頼んでもちゃんと出てくる。
間引いた料理からお皿の上に原価低減の文字が透けてみたいなこともない。
どこにも怪しいところはないんだけど、いつも人がいない。
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席に着いたらいつもは閉め切ってるカーテンをサーっと引いて開けてくれた。
!・・ちょっと感動的だ。
なんか気の利いたこと言う場面なのかな?
小さくおーとかいって見せるジェスチャアで精一杯です。
超絶夜景とかじゃないけれど、なかなかきれいだよ。
どうでもいいけどガラスに気付かず鳥が激突した後がその形のまま残ってた。
失敗もないだろう今日はこれにしてみようかなんて適当に頼んだ料理は
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なんかジュー!とか言いながら出てきた。
美味しかったよ。
BGMはいつものショパンだけど今日は音量控えめ。
綺麗な夜景と暖かい食事と静か世界・・他に誰もいないし多分来ないだろう。
貸し切りというか・・
ルートヴィヒ2世 みたいじゃない。
なんて言うと舌打ちしたり馬鹿にしたような顔をされるとこの頭は警戒信号を出してくる。
大丈夫誰にもそんなこと言わないから。
人を避けて生きてきてしまった理由はそれというわけじゃないけど、こんなになちゃってもいられるところでできるように生きて
結構幸せだよ。
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ありがとう。
嫁さんはやっぱり次行きたいみたいだ。
また今年もあのお店。
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あーあったあったクリスマスパフェ。
値上がっちゃってるし。
値段はともかく、パフェは食えないなぁとか思ってしまうのはいよいよ歳のせいでしょうね。
嫁さんは食いたかったようだけど。
本日のケーキについてお店の人が説明してくれる。
このシュトーレンというのはドイツでクリスマスに食べるお菓子で・・
あ、何だか知らないけどそれにしよう。
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あなんだこれパンじゃねーか・・
なんて言わない。
そのまま食べた一口目は確かに素朴というか無骨なドイツって感じ。
バニラアイスを乗せて食ってみましょうか・・あ、おいしいじゃないこれ。
ブラームスも子供の頃にこんなのを食ったりしただろうか?

https://www.youtube.com/watch?v=wuHvpXmRym4
第九じゃなくて。
宗教も人間の優劣も劣等感もなにもかも超越し生きている事の意味を教えてくれる・・いやそんなどっかの解説で読んだようなことを並べなくていいの。
歌詞がどれほど重要かというのは承知しながらあえて言うと、
音楽のすごいところは言葉なしで言葉以上のものを伝えてくれるところだと思う。
もっと言えば作者や演奏者の意図した何かが全く伝わっていなくても、聞いた自分の中に何かが生まれればそれでいいし素晴らしいじゃない。
音楽を聴きにこれたというだけでもこの世に出てきた意味はあったと思う。
もともと好きな音楽について何か書くつもりで始めたブログだけど、どっかいってなんか食って来たブログみたいになっちゃってますね。
変なもんにしか見えないかもしれない嘆きにも拍手ボタンを押してくれた人ありがとう。
音楽に興味のない方にも読んでもらえてることはとてもうれしいことで、心の支えとなっています。
読んでくださった方々、どうもありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
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来年が皆様にとって良い年でありますように。

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赤い世界と誰もいない世界

近くの公園の紅葉がきれいだと嫁さんが言うから犬と3人で見に行った。
時期も時期だし前の日強い風が吹いたので皆落ちちゃったんじゃないかと思ったけれど、
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わーきれいじゃない。
もう冬なのになんで今頃こんな近所にこんなきれいがあるんだろう?
なんででもいいしいいねー。
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犬は初めて階段を下りた時出来たよーっと嬉しそうだった。
今でもなんだかうれしそう。
階段を降りると誰もいない。
以前はゲートボール場として整備されてたけれどもうそれも跡形もない。
見なくなったよねゲートボール。
よく知らないけど最近は喧嘩になりにくいようなのが流行りなんだと聞いたような。
見上げると、
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小さいあーき♪と幼稚園で歌ったことがふっと頭に浮かぶ。
光景よりその時の空気みたいなものを思い出した。
小学校に入ってすぐ自己紹介を兼ねて班で芸をしろと言う場があった。
地域的に班内に同じ幼稚園や保育園の出身者が固まるのでみんな幼稚園の延長的に仲良く歌って見せる中、別地区出身で仲間の見当たらない私はあえて班から独立して一人で歌う!とバカでかい声で独演を強行した。
その後の自分を考えると奇跡のようなあの記憶。
協調性がなかったとかそういう話じゃなくて。
私の中にいたあの私はどこへいっちゃったのか?

先日あるところで偽りの笑顔を作っているとき、気が付くと頭の中にブラームスの4番の2楽章が流れていた。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=783&v=yDSJ5nYkUnM&feature=emb_logo
誰もいない。
しかしそこには豊かな自然があり、
ゆったりと流れる風が包み込んでくれる。
これでいい。
この広い世界に自分はただ一人。
古い教会旋法で象徴的にならされるホルンの響きには揺るがない誇りのような物が感じられる。
何より大事なのはそこかも。ただ嘆いているのと違うと思う。

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最後にもう一度打ち鳴らされるそれは、延々続く麦畑か深い森の木の葉かうねるような自然が肯定的に包み込んで明るい光のなかへ消えてゆく。

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翌日ある出来事で、お前が間違えだ直すべきだと思っているそれはお前自身が選んでそうなったものだろう?
とどこかから言われているのではないかと感じるような出来事があった。
そうか。
じゃいいのか?
いいなら、虚しいとか悲しいとか嫌だとか感じなくてもいいんじゃないのか?
蚊に刺されると痒いとか手を切って血が噴き出せば痛いとか、何も感じなければ野放しになってその末死んじまうかもしれない。
身を守るために必要な苦痛があるけれどあれと同じかな?
赤チンでも塗っとこうか。
赤チンも消えましたね。
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ザクザクいうのが面白いね。
滝を囲むこの公園。
台風で川が氾濫したらしく、その爪痕がまだそのままになっていた。
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人が苦手な飼い主に似たのか、犬も犬が苦手・・

状況次第では逃げることが必要なこともあるとか、誰もいないなんて言ってみたって誰にも通じないのもわかる。
俺は俺だから。
がんばろう。 

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河の流れの・・ってほんとだよね。

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山に登った。
車でだけど。
ちょっと寒い。
そんなに高くはないんだろうけれど、なんとなく別世界に来たような気になる。
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でっかいダムが見える。
その奥にはどこまでも続く山々と森。
川って山と森の出力ですよね。
川は谷間をながれその後、
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反対側に見下ろす扇状地を作り海へ流れ出てゆく。
ダムとは別な方向からくる流れがもう一本あり、よい意味というより悪い意味でいろいろあった思春期の頃毎日その川を眺めていた。
いまでも、遠くに見えるあの川は全く知らない他人というわけでもない気がする。

この日風邪のひき始めで体が休みを欲していたのか目覚めたらいつになく遅い時間だった。
体内時計も風邪でボケているのか、冬になりかけた日差しの角度に混乱しているのか時差ボケみたいな感覚に陥る。
まだ昼前なのにもう夕方だと思っていたり・・
冬のような日差しの中朝顔は必死に花を咲かせていたり。
いま人生上のどこにいるのかわからない。
年齢的には中年であるけれど精神的には全く未発達な幼児期のようで、もうすぐ終わる手前に来ているような気がしたりもする。
子育てをしていないからか?
仕事・・人生上の大きな工程というか・・今色々思うところがあるけれど仕事についてはここに書かないことにしてる。
今人生のどこかなんて、わからない方がいいとも思うけれど。
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小さな祠には昭和十二年修理の文字。
戦前、80年くらい前かぁ・・
ものすごく遠い昔のようで、
自分が生きてきた年月が45年だと思うと・・何だか混乱するな。
俺はあと何年生きられるのかな?
知らない方がいいけれど。
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多分作者の死によって永久に中断されたブログを見ることが結構あります。
色々考えさせられるし、不意に続きが書いてあったりしないかと忘れたころに見に行ってみるものもある。
昨日偶然見かけたものにもまた考えさせられることがあった。
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人生って軌跡というか結果なんですよね。
自分で自分をどう思うかという事は大事で必要なことなんだろうけど、間違った方向へ傾けば足を引っ張る邪魔でしかないかもしれない。
本人だけが大事に抱え温めた自分像なんて傍目には何の意味もないだけでなくむしろ・・
大事なのはやってきた結果や言ってきたこととその結果に対しての周囲の反応なのかもしれませんね。
今この時間何を考えなにをしていたかが大事でそれだけなんだろうなぁ。
しかしそう考えると他人は全く関係ないとかいって誰とも付き合えない私は最低じゃない。
急にこれじゃいけないと思ってもどうしていいのかよくわからない。
今ここでこんなことを考えるのにはきっと意味があるんだと思う。
残りの時間をより良いものにしようと思ったら何かをしなくちゃならないのは常に今なんだろうけど。

シューマンは訪ねてきた若者の才能に驚き感激し、次の世界を切り開く天才としてブラームスを世界へ紹介したことが有名。
ブラームスはその大恩人の嫁さんといい感じになりかけちゃって苦しみ、結局一生をそこにささげたことも有名。
この件いつも作曲家側から語られるけれど、若いころのポートレートを見ると少女漫画みたいな美少年だもん、奥さんも色々大変だったでしょうね。
彼は40歳、交響曲第1番のあたりから作風というか姿勢や考え方を大きく変えていると思う。
若い苦悩と情熱から生まれかけた交響曲第1番は20年以上かけその40過ぎに発表されたことも超絶有名。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=895&v=Swyq-TcEcOI
ピアノ四重奏の第3番はOp.60だけど着手は1番よりも前のすごく若いころで、交響曲と同じく自分のあるべき姿を悟ってから完成出版されたもののようだ。
初めて聴いたのは高校に入ったばかりの頃、室内楽だけど交響的な作品だなとか思っていたのは覚えている。
その盤はいまだ私の中で現役愛聴盤だけれどYoutubeには見つけられなかった。
部活の先輩がお前にCDを買ってやると言ってくれたのはいいけれどそのお金は拾った財布から出たものだった。
知っていながら買ってもらった私も犯罪加担という・・そういう思い出でもある。
思い出とか言ってちゃいけないですよね。しかしあのころかわいがってくれる先輩というのがいたんだよな。
今と同じ、誰でも簡単にできるようになる楽器を吹くということがほぼ一年かけてできるようにならず逃げようとしたときに引き留めようとしてくれたのもその人だった。
あの時逃げていなければ・・が20年くらい頭の中にあったのでまた同じような場へ出ていったのだけど同じ軌跡をたどってまた逃げた。
そしてどうすれば逃げずに済むのかを考えやつていることが今。傍目には・・はいいか。
若さが書かせ、いろいろなことを知り考えるようになったから仕上げたこの曲は人生をかけて作られたと言えなくもないか。
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ピアノがいきなりベートーヴェンの運命主題で始めるフィナーレはこの後もこれみよがしに運命のモチーフが鳴っていていかにもあの若いブラームスという感じ・・でもこの楽章は後年新たに書き下ろしたものだそうだ。
破棄された当初のフィナーレがどんなだったか知らないけれど、きっとそこもやたらに運命にしばられてるとさけんでたんじゃないかな。
今、初めて聴いたあの頃と何か違うものを感じるか・・大きく変わるものはないな。
交響曲の3番4番なんかは年取ってきたら来るものがかなりあるけど。
この曲作者はいろいろ解ってできるようになったから仕上げたけれど、つらぬいている言いたいことは若いときに感じたものをそのまま大事に生かしたんじゃないかなぁ。
なんでもいいけどこの曲が好きだ。
間違って出てきちゃったのかもしれないこの世にあって、好きなものがあるという事は幸せなことだと思う。
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なぞの後ろめたさと自分は間違っている直さなくてはならないという意識みたいなのが周りを埋め尽くしているのだけれど、じゃあ何をどうすればいいのかわからない。
解らなくもないけれどリア・・
まあいいや、何が正しいの前につぶされないようまく生きてくこともまず大事だし。

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ブログが話し相手な人

また、水泡になるような湿疹が勢いづいてきた。
なにかのアレルギーなのかもしれないけど何だろう?
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自分アレルギー?
この自分が嫌で接触すると出てくるという不可避的な。
こういうことを言って私大変アピールみたいなのが大っ嫌いなのに自分は平気で書いちゃうんだから。
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子供じゃないんだから馬鹿なこと言ってないで医者へ行くか。
今週はレッスンがあるから楽器練習したいなじゃなくて。
子供じゃないといいつつ、実際ある面で子供にも至っていないというこ・・もういいから。
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車を置きちょっとした山道を登ってみると海が見えてくる。
麓に比べてはるかに涼しく空気も気持ちがいい。
でも、なんとなく気になっていることがあった。
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上の方に見える男女の人影。
先ほど嫌な感じで追い越しをかけていったオープンカーの二人だろう。
どこに誰がいようと勝手だし相手も私のことなんか知りもしない。
なのになぜか私を嫌がっているはずだとかなんとか思ってしまう病気が治らない。何が病気だというところでしょう。
多分一生治らない。
こんな私でもこんなところでならこんにちわー位はいえるはず・・
なのに降りて来た彼らと無言ですれ違う。
私が彼らに感じたのと同じことを、多分彼らも私に感じているだろう。
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ああいうところにある民宿に泊まって魚かなんか食ったらうまいのかなぁ?
人間拒否症には民宿は恐怖の館だけどな。
北海道の端の方とか、昔のユースホステルみたいなので人と交流とか言うのが楽しいんでしょう?
そういうのが絶対嫌でビジネスホテルにばっかり泊まってた。

誰もいない静かな世界を手に入れたのかと思ったところ
下の方ででっかい声の会話が聞こえ始める。
先程の二人が後から来た全然知らない人と盛り上がっているようだ。
楽しそうだね・・
いちいち疎外感と自己嫌悪を感じるのが嫌なら自分もあそこへ行けばいいだろう。
そんなもんじゃないことお前が一番よく知ってるだろと自分から返ってくる。
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昔真冬に宗谷岬へ行ったとき、同じバスでやってきた何組かの物好きが帰りのバスを待つ間自然にあつまって親し気に楽しく会話を始めた。旅の素敵な1ページみたいだ。
その輪に入れず一人寒風にさらされほっつき歩いているみっともない馬鹿がいた。
あの集団がこちらを意識しているのもわかる。
他人が何を感じていようが関係ないのに、自分をあざ笑う声を聞くような気がする。
思えば昔からいつでも必ずこのパターンだな俺は・・とその時も思っていた。
寂しいと思うなら、自分もその輪に入ればいいだけだ。
だけだじゃねーよばーか。
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牧場なんだと思うけれど牛の姿は見えない。
どこかすぐそこで鳴き声が聞こえるけれど。
目の前の笹の葉の間からは雉の声だろうか・・・
可愛いねなんて思っているけれど実際お前近寄るんじゃねーよと威嚇しているのかもしれない。
下の会話はまだ続いているけれどそろそろ締めどころを探り始めているようにも聞こえる。

アマチュア吹奏楽団みたいなのに入ったとき、楽器をやりたいという事のほかにもしかすると人と知り合ってこの孤独人間から脱出できるかもしれないという下心みたいなものがあった。
殆ど同じ時期に同窓会をという機運が盛り上がってスマホ時代の今はあっという間に大きなネットワークができたりもしていた。
呼んでくれる人があって、こんな自分を変えるチャンスだと思い出て行ったりもした。
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結果的には、ブログが唯一の話し相手みたいになっちゃった自分が今ここにいるだけ。
ここに依存している感があり、ちょっとまずいなとも思ってる。
コメントのやり取りもうまくできず、同種の趣味を持つ人とみたいなのもできない。
ただ延々一人でなんか言ってるだけ
ブログが流行ったのってもう20年くらい前になるんじゃないか。
終わりかけたころにやってきて、一人延々と・・
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長年自分のいる場所じゃないと思ったブログを書いてみようと思ったのは
吹奏楽団で知り合った人とのちょっとしたやり取りがきっかけだった。
何も残らなかったけれどこれが残ったともいえるか。
今話し相手がここしかないから、これ消えないでずっと残ってほしい。
何でこんなになっちゃったのかはよく分かったけれど、
なんでこんなになっちゃったんだろうと毎日つぶやいている。
ちょっと下ったところには
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子牛という程じゃないけれどまだ大人じゃないと思う。
牛の中学生くらいかな。


https://www.youtube.com/watch?v=MK3AHJNYE4A
中学生の頃にラジオでこれを聴きブラームスにもオルガン作品があるのかと驚いた。
そんな驚けるほどブラームスを聞いてもいなかったと思うけどいいじゃない。
孤独の中に死んでいったブラームスは、その最後の頃にオルガンのための音楽を何曲か残した。
CD買ったはいいけど渋すぎていまいち来るものを感じられず聴いてなかった。
今ちょっと聞いてみると何だかちょっと聴いてみたい気もしてくる。
歳食ったんだなぁ。
テープに録ったこんなのを毎夜聴いてる中学生という時点でもう人生間違ってたような気がする。
でもそこでそれに気づいたとしてももうどうにもできなかったと思う。
ここまで来ちゃった。
ここまで来れたともいえるか。

まあいいじゃない。
昨日初めてシャインマスカットを採って食った。
ブログが唯一の話し相手とか変態みたいだけど今まで写真なんか撮っても見せる相手もいなかったのを思えば・・
フェイスブックとかインスタとか20年くらいたつとやってみたくなるんだろうか?
もうそんなもんあるかわかんないし自分がいるかもわからない。

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そんなわけないから思い出したこと

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隣というか近くの街は最近観光地化していて素敵な食い物屋なんかもたくさんあると思う。
思うのに、いまだ強い抵抗を感じて行けないことがある。

あれは高校一年の夏休みだったのか、学校の中庭みたいなところに座っていた。
吹奏楽部に入ったはいいけれどいまと全く同じように何か月たってもアンブシャがつかめずまともに音を鳴らすこともできていない。
周囲からの圧力のようなものを感じ耐えかね逃げようとしていた。良くしてくれた先輩に引き留められたのを振り切ったような記憶もかすかに出てくる。
ふとみると目に前の地面が100円玉くらいの大きさで強く明るく照らされている。
足を差し出しその光を自分に重ねれば、神様の力をもらえ・・
いつもならそうするのにこの時そうしなかった。
そんなわけないだろ
いつまでも子供じゃないんだから・・
すぐにいややっぱりと思ったけれどもう光は消えていて二度と戻らなかった。
疑うならだめだという無言の声を聞いたような気もした。
周囲から変な視線を感じるようになりやがて街中から嗚咽を浴びる日々へ突入していったのはその直後からだったので、この出来事が原因なのではないのかと思ったこともあった。
そんなわけないだろあほかというところでしょう。
誰かが鏡か何かで私をからかった?
あの日空は曇りだった気がする。

先日、楽器の先生からエキストラで呼ばれたという演奏会のチケットをいただいた。
団体名を聴けば会場がどこかはすぐにわかる。
そこは私にとって長年近寄ってはいけないしい思い出してもいけない所であった。
当たり前だけれど30年もたてば私を知っている人間がそこにいる訳もないし、いたとしても何か直接的な不具合が起こるなどという事はない。
そんなことあるわけがない。
こんなの傍目には馬鹿の一言でしょう。
先生の「こっちは行きたくなければ無理にはいいですよ」からだいたいどんな状況なのか察はついた。
だけど嫌だから行きませんでしたなんて答えはないだろう。
行ってきた。
昔自分も立ったことのあるステージを見下ろす。
お前もソロをやれと言われてやった記憶はあるのだけれどもう暗黒時代に突入していた私にとってそれは拷問かさらし首みたいな状況であったと思う。ずっと封印してあった記憶はもう干からびていて断片がぽろぽろ零れ落ちる程度でしかないし、それを思い出したくて行った訳ではないのでどうでもいいというか・・
そして、恐れ怯えている不具合が起きることは全くなかった。
そんなの当たり前なはずなんだけど。
といってこれで私はまた新しい一歩を踏み出すことが・・みたいな話があるわけでもない。
思いがけず遭遇した全く別な要素で心を揺さぶられたけれどそれらは今関係ないから。

あの頃何聴いてたかなぁと思って・・

https://www.youtube.com/watch?time_continue=851&v=_M9I-3cRVaI
ブラームスの1番のCDを買ってきた中学の頃はまだ昭和で、街には小さなレコード屋がたくさんありどんな小さな店にもクラシックの棚があった。私には知り始めた世の中が明るく見えていたのを覚えている。
この曲の解説を読むと必ず20代の頃に着手されたが完成と初演は20年以上たった40を過ぎてからというようなことが書いてある。
筆が進まなかったんじゃなく、ベートーベンが築いた特別なジャンルととらえた交響曲を世に出すに値する自分になるのを待ったんでしょうね。
若い作曲家が自分に課した宿題を解決したというか・・ドイツの作曲家として世に出てきた以上こういうの書かなきゃいけないでしょというものへの回答というか・・
素晴らしい音楽だけど、この人が本当の自分を出してくるのはこの後だと思う。
私自身はこの曲を心から好きだと思うようになるのに20年かかった。でも今振り返れば20年なんてあっという間だよな。
30年もあっという間だった。

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帰り道に寄ったお店
わっ、タバコ・・
カフェじゃなくて喫茶店だもんね。
リラックスしてタバコを吸うオーナーが見える。
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常連さんとか親し気に話すオーナーの声。
うちのケーキは工場で作ったものを出して・・
なんか素敵なお店で、私たちが心を込めて作ったお店ですとか書いてあるからケーキも手作りなのかと勝手に思ってた。
そんなわけないのか。

ここは嫁さんと初めて会った日に来たお店。
自分の中でとっておきの店だったのだけれど、考えてみればここしか知らなかった。
ここを教えてくれたのは高校の時の知り合い。
私の高校後半2年間は悪夢の記憶でしかない。
ドロドロの悪夢に沈んでいく際みな私に向かい俺に近づくな!と罵声を浴びせ威嚇したのに、私を馬鹿にし愚弄しながらも彼は最後まで笑いながら相手にしてくれた。
卒業後にも数回会い、免許を取ったが車に乗せる相手もいないので私を呼んだくらいの話だったと思う。
その後電話の向こうで大学を中退し不本意な生活を送っていると聞き、次の機会もあるだろうくらいに思って終わったのが最後。
あれから四半世紀か。
今更だけどありがとう。
何かを伝えることももうできない。
きっと、うまくやってどこかで元気でいるんだろう。

あれから光の輪は一度も見たことがない。
あたりまえか。
ある時、お前自分でやるんだよという声を聞いた。
そんなわけないだろというところでしょう。
私は聴いてそうかと思えたからいいのだけど。

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鰻といない人と音楽

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ここは吉野家とかみたいなカウンターで回転率重視みたいな造りだけれど、でもちゃんと鰻を炭火で焼いてくれるというお店。
出来た時にはちゃんとした鰻が衝撃の低価格で食べられる画期的なお店だった。
すぐに鰻の価格が高騰してピンチっぽい気がしたけれど、みんなに受け入れらえて値上げしても繁盛してるみたいだ。
専門店なんか行けない私にも鰻を食べさせてくれる貴重な店。
土用を挟んでメニュー限定期間だったみたいだ。
ちょっと割高になっちゃってたのかもしれないけど美味しかったからいいか。

しかし暑い。
どんなに暑くてもここだけはというところに行ってみた。
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小さな子供とその親御さんがたくさん。
そうかもう夏休みか・・
小さの子供の歓声と、わたしよりずっと若いお父さんお母さんの笑顔・・
ここにいたくな・・
音楽は人が人に向けて作るものだけれど、こんなわかんないようなのにも届く。


https://www.youtube.com/watch?v=JPEpeHvI_IM
この音楽、興味のない人には暑苦しいだけでしょうね。
でも、私にとってはとても大事なもの。

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この曲4声の合唱の他にオケも言葉をもって歌っているようなところがあり、この最後のコントラバスはSelig sindという言葉を持って歌っていると思う。
・・いや重ねてるバスの歌詞は違うでしょとか、真顔で楽器に歌詞があるわけないだろとかそういうのいいから。
これを聴いたのも高校へ入ったくらいからだったか。
この部分なんか毎回泣きそうになりながら何度も聴いた。

旋律的に動くティンパニ、テューバやパープを伴うオーケストレーション、劇的な音楽・・若いロマン派のブラームスであの髭爺では全然ない。
苦しみを抱えて生きる人のために書かれ、幸せで始まり幸せであると結ぶこの曲をブラームスが書いたのは最初の交響曲よりまだ前。あえて敷いたいい意味での石頭路線を突き進み始める前の超絶イケメンな頃だ。
禁断の恋を一生貫いたことで有名なブラームス、他の人とという模索もあったようだけど駄目だった。
自分には妻も子もなく孤独に逝くことが定まった運命なのだと悟った日があったと思う。
そしてそれを静かに受け入れたことが、交響曲第3番のなかに告白されていると私は思っている。

この滝、上流からの流れもあるけれど大量の水がここで湧いているんですね。
そのまま飲んじゃっていいようなきれいな水だと思う。
ちょっとおかしいくらいに冷たく、足を入れていられなかったと思う。
よく知らないけれど、昔はこういうところまで鰻が登ってきたりしたんでしょう?
太平洋の真ん中で生まれてこんなところまでくるっていったい何やってんだろ?
急速に数を減らしているらしい鰻、地球上から鰻の稚魚が消えてしまう日も突然来たりして。
かなり困難ながら少しずつ問題を解決しつつ完全養殖へ向けた研究や思考が進んでいるそうだ。
その前に自分が劣化して鰻を食うと胸やけをして食えねーみたいになっちゃうような気もする。

前に行ってよかったあのお店でジェラートでも。
混んでいるかと思ったらそうでもなかった。
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でも食べ終わる頃には次々とお客さんが来てたから、たまたまだったんだね。
小さな子供を連れた・・
静かなおいしい時間をありがとう。
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看板犬は奥の方でなんかもぞもぞしていたけれど、私たちを見つけるとしっぽを振って出てきてくれた。
毛をそってあるのかな?暑いもんね。
御歳なのか、事情があるのか、足腰が悪いように見受けられ・・
でも一生懸命なでてぇ・・
また、癒してもらったね。
ありがとう。
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今日も生きててよかった。

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開運月と解体的出直し

ずっと仕事後は練習場に通っていたので平日は犬と散歩に行くことがなかった。
練習場である必要があるほどの練習をしていないことに気付いて家で音出しをした日、その分犬と散歩に行くことができた。
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なんだこれ・・きれいだなぁ・・
向こうに知らないおばさんが一人。
食後の散歩か・・妙な動きで視界に食い込んでくる。
突然でっかい声で、
あ、でたでたでた!
なにが?
幽霊?
危ない人かと気づかないふりをしようとするけど明らかに私たちに向かって何か言ってる。
指さす方を見ると、山の上の木々の間から黄金色の光が・・・
月の出か。
おばさんと並んで木々の上に出るであろう明るく丸い月を待っていると・・
なんだ雲の中へ隠れちゃったじゃねーか。
俺にありがちな展開だな。
あちがう、
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雲の上へ月が顔を出した。
ものすごい速さでポコッと出てくるのね。
今日は開運月というんだって。
あの光を全身で浴びると幸福になれるそうだ。
両手を広げて光を浴びようとするおばさん。
自分も光を浴びていることを意識して・・・
どこの誰だか知らないおばさんと他愛のない会話が続く。
幸せになっちゃうねなんて言ってみるとあなたたち幸せそうだからもっと幸せに・・
犬と散歩していると知らない間に人に覚えられるらしく、叔母さんは私たち夫婦と犬のことをよく知っているんだという。
おばさんが誰なのか知る必要もない。しばらくの間、気楽で楽しい会話をさせてもらった。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=1823&v=nWPDSCANItc
非常に優れたピアニストでもあったブラームスのピアノ協奏曲第2番。
コンチェルトなのに交響曲みたいなスケルツォを持ったこの曲、次に来る第3楽章は独奏チェロとの2重協奏曲になっていてその辺にありふれたピアノコンチェルトとは違うものを作りたかった作者の強い意図とあふれる創作意欲みたいな・・
この楽章も月の光に照らされた素敵なノクターン。
ヴァイオリンとファゴットのユニゾンには明るく柔らかい月の光がとその静かな影を見るような・・
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あらゆる部分が好きだけれど、クラリネットとピアノが重ねるクリアな世界・・昔からここが・・
私はここで地味に下にいる第2クラリネットとピアノが重ねる音に注目しながら聴く癖があります。この動画の演奏はあんまりうまくいってないけど。

この日実は最悪な気分だった。
でもふと気が付くと心が軽い。
あーこれが月の光にもらったものか。
いや、多分人と話をしたからだろう。
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この2週間ほどストレス源を抱え低迷していたのだけど、楽器もめちゃくちゃだった。
私は人の言葉の受け止め方がおかしいらしく、アドバイス的なものはさっぱり理解できないのに、一時的に感情的になった先生の言葉から勝手にお前はやめろというメッセージを読み取りつぶれていた。
練習をしたつもりでかえってどうにも何にも得られていないことを実感的に把握し、ほとんど開き直ったような状態でレッスンに行った。
笑顔でのあいさつの後、素直に楽譜を読んで曲をという状態ではなく何もわからないし何もできないことを打ち明けると、それに応じた丁寧な指導をしてもらえた。
自分では全く気づいていなかったけれど、今まで私がそれを拒むような何かを出し続けていたのかもしれない。
これに限らず何時でもなんでもそうだったのかもしれないな。
スタートにすら立っていないことが明らかになる代わりに、スタートの位置が見えたような気がする。
終わり際、よかったら一緒にやりましょうと一枚のデュエットの楽譜を先生が渡してくれた。
何でも悲観的に捻じ曲げて解釈するいかれた私の頭も、さすがにこれをネガティブには捉えなかった。

またがんばろう。
開運月の光を浴びたからな。



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静かにしてくれと思ってたら誰にも相手にされてなかったけれど蛍

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遠くの街で。
小さな町なのになぜかカフェや喫茶店がたくさんあるようだ。観光地だからかな?
面白そうな店があるらしいのに安直にレビューの数が一番多いところに入る。
今思うとなにか負けてた気がする。
なんだ負けてるって・・
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この時なんでか無感動で、
最近こういうとこ行きすぎてちょっと麻痺しちゃってんのかななんて思ってた。
お香のようないい香りがするなぁ
と思ったら
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香り付きな蚊取り線香だった。
もう夏か。

棚田見に行こいうよ。
車で近づこうとすると、田植え祭のため一般車進入禁止みたいな看板が。
この日がじゃなくて、この週末に向けて準備は整ったというところかな。
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禁止とあるから少し離れた駐車場から歩いて・・
このあたりもみかんの花が炸裂していて、いい香りに包まれる。
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あ、みえてきた。
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もう植えてあるのか・・
いいね小さく丸い田んぼ。
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下の方にはまだ田植え前の・・田植祭はここでやるんですかね。
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だれもいない。
誰もいないと安心って、俺は泥棒か。
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気づかなくていいようなことにばかり神経がさえて
嫌なことばかり気づく。
よせばいいのに考え、嫌な気持ちになる。
何も感じないようになりたい。
何も考えないようになりたい。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=917&v=2bH1-HRi29c
この曲も、高い丘の上からの夕陽を眺めて・・
海じゃなくて湖だし、田んぼじゃなくてぶどう畑だったろうけど。
このころブラームスは人生中の一番良い時期だったんじゃないかと聴いてても思う。
他人にそんなことを言われたら本人はすごい嫌味を返しそうな気もするけど。
この人も微妙な心を持った人で、いろいろ読んでるとどうも初対面の人間には意図しないのに攻撃的な態度をとってしまうことがよくあったようだ。
チャイコフスキーだったか、ものすごく嫌な奴だとか書いてた。
そうしたかったんじゃないのになっちゃったんでしょ?
なんであいつはいつも人を傷つけるんだ?なんて言われてることに誰よりも気づいてる。本人もそんな自分に内心傷ついていてたりするんだよねきっと。
他人の心の内を覗いたようなことを言うのは一番やっちゃいけないことだと思うし実際は全然違うんだろうけど、100年前の人だしいいの今はそういう事にしとけば。

最近また音楽をちゃんと聴いていないな。
楽器の練習をしているので音楽と無縁という事はないんだけれど。
心がマヒしてるのか・・
ほんとに何も感じないようになっちゃったらダメだよね。
くだらないことを考えるのは、いいことを感じないからだ。
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蛙の声や鳥の声。
いろんな声が聞こえるのに、静かだと感じる。
今日はびっくり夕景にはならないのかも。
なんなくたっていいよね。

あのね、家の裏はどうでもいいような休耕田と住宅地なんだけど
でも蛍がいるんですね。さっき見てみたら2匹ほどが光って見せてくれた。
うちのすぐ裏にいるのに、ずーっと気付いていなかった。
いると思わないといるものも見えないんでしょうね。

昔、自分は人として扱われず汚泥のようなものなのかと感じていたことがあった。言葉で書けば一行だけど、その記憶は今も私を縛っていると思う
すがる思いでもらってきたお守りを蛍のいるあの川に投げ捨てたことを思い出した。
助けてくれないじゃないかと。
神様にたてついていいわけはないのはわかっていてもその時もうどうしようもなかった。
でも死のうとか思わなかったんだから相当助けてもらえていたのかもしれない。
あれから私の意識はどこかで途切れることもなく連続しているけれど、何か変われたんだろうか?

今、蛍を見てうれしいと思えた。
綺麗だと思うし、またみたいとも思う。
だから多分私は大丈夫。
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いいでしょう?
あの2つの岩、よく見るとしめ縄が渡っているのね。
あそこにも神様。

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もう戻らないちいさな旅

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終わりかけた藤棚の下でボーっと過ごす。
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風が気持ちいいねー
こんな時間が実は大切らしいことはなんとなくわかるよ。
いつか思い出す日があるかもしれない。
嫁さんはちょっと体調が悪いらしいので、この後飯を食いがてら自転車で出かけることにした。
地元の商店街は衰退どころか事実上消えてなくなってしまって。
そんな中でも営業していた老舗の食堂。
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そこら中大渋滞で動かないような休日なのにここはがら空き。
それは時間のせいで、もう少し前の時間には常連さんが来ていたのかもしれないね。
好意の結構というかかなり好きだけど、一人のときじゃないと来れないから。
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なんの変哲もないようだけどおいしく炊けたご飯、しっかりとした味の味噌汁。もうそれだけでここに来てよかったなぁと思う。
こういうの今なくなっちゃったよね。
ごちそうさまでした。

自転車で走り出す。
道端のどうでもいいようなところに思い出を見つけててみたりして。
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40年前この景色を毎日見ていた。幼稚園児というやつだ。
向こう見える道はどこから来てどうやったら行けるんだろう?なんて思ってた。
すぐそこにあるのに、初めてあそこへ行ったのは今年。
自分はなんで変なんだろう?とも思ったけれど40年後の今年突然説明をもらえた。良い内容ではないけれどやっと自分に会えた気がしてる。
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コンクリートの直線的な三面張りばかりになってしまったけど、子供の頃はこんな100年前の石垣と適当に流れる用水路みたいなのがそこら中にあった。何をするでもなくそんなところをよくほっつき歩いた・・ひとりで。
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こんなのただの踏切でしかないけどこの時そこそこの景色に見えたの。
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こんなとこで寝てた。
日が当たって気持ちいいんでしょうね。
度胸もあるんでしょうかね。
ちょっとだけ目を開けて・・え?なに?
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この看板もまだ健在。
私的にはあのリアカーが気になる。
夕方になると馬の代わりの耕運機の手綱を引く夫婦がのったリアカーが毎日目の前を通過していったような記憶が。
そこらじゅうで見かけた記憶があるのに、いつの間にか幻みたいになっちゃったなぁ。
そういえばどこにでもあった木造の納屋とかトタン葺きも見なくなった。
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これも見る人が見れば面白いんでしょう?
勝手に写真撮ったけど怒られるのかなこれ?

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毎日見上げていた樹。
周りが写らないように撮ってるから何だかわかんないけれど成長してシベリアかよみたいな高さになってた。
この木近づくと匂いがあるんですよね。別にいい香りじゃないけれど。
香りの記憶ってのもまた何年たっても鮮明に残ってるもんなんだね。
樹は俺のこと覚えてるかな?
あの頃と同じく一人で眺める。
何も聞こえてこないし、何も起こらない。
いいよそれで。
通報されてもこまるし帰ろうか。

この日ものすごく晴れていたんだけど、

https://www.youtube.com/watch?v=Pp0gvonWc5M
ブラームスの歌曲「雨の歌」作品59-3
その旋律がヴァイオリンソナタに引用されていることからこの曲は作者にとって特別なものなのがわかる。
そこそこ長く歌われる詩の内容は
雨よ降れ・・
私の幼いころの記憶をもっと呼び覚ましてくれ・・
という感じのもの。
これだけなら雨音に昔の記憶を呼び覚まされというメルヘンチックな話として聴いてもいいのかなと思わなくもない。
でも後半なんか意味深いようなこと言ってるよね?

非常に印象深く重要だと思うのは次に置かれた小さな

https://www.youtube.com/watch?v=Vju3fso-1TY
「余韻」作品59-4という曲。
前奏無しでいきなり歌いだされる旋律は雨の歌と同じもの。
もう雨は上がり、日の光が見えている。
短い言葉で、自分の心は泣いているのだと告白する。

ここにある心は、単純に子供のころを懐かしんでいるのではない。
もう戻ることはできない、上書きすることのできない人生の結果としての今、受け入れざるを得ない今を歌っているんだと思う。
ピアノが明るく曲を閉じてゆくことが、逆に泣けてくる。

作曲者は生涯妻を持たず当然家族ももてなかった。
それが自分の人生だと悟った日があったはずだけれど、いつのことだったかは知らない。
その原因だったのかもしれない人が、この雨の歌を大変気に入っていたという話も有名。
思えばすごい皮肉だよなぁ・・
お前なにを一人で訳の分かんないこと言ってんの?と思う人もいるかもしれません。
有名な曲だから検索すればいろんな人がいろんなことを言ってるのを見る。
音楽は、いや音楽だけではなく何かを感じるという事は自分の人生経験によって作られたフィルタを通してみるという事だと思う。
何が正解で何が間違いという事はない。
人はみんなちがうんだから。
人と分かり合えればうれしいことくらい私も知っているけれど、それとは別問題ですよねこれは。


7022.png
帰ったらこの人は寝床で寝てた。
近所のライバルというかお互い猛烈にほえあった犬は実はこの冬に亡くなってしまったらしいことを聞いた。
感のいい犬だけど多分それは知らないんだろう。出てこないかなぁ・・っと今日も見上げている。
いつか死ぬんだけど、それまで楽しく生きたいね。



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結構さみしいけど結構楽しいよ。
クラシック音楽が好きです。

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