雨降れ

はっきりしない天気の休日
雨、やんだ?
犬の散歩に出かけるべく外へ出る。
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あれ、少し日がさしてる?
あ、少し青い?
これから晴れてくるのかな?

今日は家でうだうだしようと・・違う、音楽を聴きこうと思ってた。
晴れるんならどっか行こうかな・

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晴れ間、どんどんくっきりしてきた・・
でも青空が見えるのはあそこだけ。
全体的にはどんより曇り。
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彼岸花も曇り。
まんじゅしゃげだっけ?
幼稚園、私は開園と同時に入ったためか人数の少ない中途半端なクラスだったような記憶が。
担任?の先生は若い本当の先生じゃなくて、おばあちゃんだった。
今はあれが誰だったかどんな事情があったかも知っているけれど。
その人があの花を彼岸花とは呼ばず違う名で呼んでいた。
何も知らない私にはそれがそのまま刷り込まれ、自分だけずっとあの花を彼岸花とは違う名で呼んでいたんだよなぁ。
いたのに、もうその名を思い出すことができない。
そんなとこ標準化しなくていいのに。
もう一度思い出したい。
曼殊沙華じゃなかった気がする。

散歩の後昼食用の総菜を買いにスーパーへ。
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カフェとか言ってるけど、こんなんでいいんじゃないのかな食うだけなら・・
これと変わんないようなのが出てくることも多いし・・
家がカフェですってので・・
でもなんか嫁さんに却下された。
まあそりゃそうだよね、どこか全然違う場所の素敵な空間・・みたいなのがいいわけなんだから。

天気、晴れるのかな?
雨でいてほしい。
雨なら家で音楽聴いててもいいんでしょう?
出かけたくて、晴れを願う日もあるけれど、
晴れるのが怖い日もある。
晴れると自分のみたくないところを暴かれるような気がする。



https://www.youtube.com/watch?time_continue=1097&v=HVpz5KEwDxQ

この曲はブラームスのヴァイオリンソナタ第1番。
このころ彼は仕事っも私生活も体調もすべて絶好調だったんじゃないだろうか?
第3楽章は自身の歌曲と結びついていて、そこからこの曲は雨の歌と呼ばれる・・
と良く解説にあるけれどそんなの読むまでもなく
この音楽は絶えず雨だれの音が聴こえていますよね。
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このあたりが好き・・いや全部好き。
f の前にpocoって書いてあるのがブラームスだなという感じでしょう。
これ見よがしに派手に歌わないで・・ひかえめに・・ 
この人女性にも好きだじゃなくてあなたを好きになっていいのでしょうか?・・・みたいな人だった。
控えめな指示があっても、聴き手には熱いものがちゃんと伝わってくるのが音楽ですよね。
ただ雨の中泣いているんじゃなくて何か熱く語るし、同じことの繰り返しではなくなんかこう・・なんか言ってる。
2楽章の音楽が出てきて明るい方へ導いていこうとする・・
最後にはもう雨も止んでやんで明るい世界が向こうに見える。
なんか、かなわぬ恋かなんかで相当苦しかったにせよ、まだ将来に希望も持てたころじゃないかなぁ。


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晴れてきたな・・
でも決めた今日はもう出かけない。
音楽聴いたら車洗おうか。

次の日出かけたら見たくないものを見て聞いた。
しばらく心を縛るだろう。
だから雨が降ればいいのに。
違うかこんなこと書くからか。

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ちいさないいこと

近所のおばさんがくれた。
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なんか南国の花みたいだ。
これはオクラの花なんだそうだ。
オクラって地味なイメージだけどこんな花が咲くのね。

この数日前にも嫁さんがもらった。
食べられるから食べなさいということだったらしく、逃げようと思ったけど嫁にいいから食べなさいと言われ食べた。
よく噛むとオクラの味がする・・らしいんだけど正直自分にはよくわからなかった。
でもありがとう。
食えたとかうまかったとかそういう事じゃなくて、
こんなのもらえるなんて、なんか心が少し明るくなる。

素直にうれしいと思えると事はとても重要な事。
すさんでるとこんな出来事も
どういう意味だろう?出て行けという事だろうか?・・・
今は書いててそんな反応は病的だと思う。しかしそういうときが実際によくある。
いま、そうじゃない。
そう思えることが大切ないいこと。

全然別な日。
スーパーへ買い物に行って帰る道、ちょっとだけドライブしたいとか嫁さんがいいだした。
家の窓から景色は市境の向こうで農家とほとんど山・・犬の散歩で歩く以外立ち入る理由もない。時々あるく道から分岐し奥の方へ伸びる道がある。なんとなく気になりつつ入っていったことはなかった。そうだあそこへ入ってみようか。
結構奥まで家があり、今でも牛や馬をつないでいるんじゃないかというような古い農家を見つけて驚く。
並の古民家カフェなんかぶっ飛ぶような・・・こんな近くにこんなところが隠されてたのか。
そこからは山道・・ふもとに住んでいる人が100年前とかから上の畑に上った道じゃないかなぁ・・
しばらく登ると急に視界が開け、
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ちょっとした畑の向こうに丘・・その上には送電線鉄塔。
夕日が空を赤く染め・・
なんかこの景色にはまってしまった。
堆肥臭い空気にも。
家のすぐ近くに、こんなところがあるなんてずっと知らなかった。
これだけだけど、この日もここへきて自分の心がほぐれた気がした。

次の日だったか、近づく台風の影響か空がやけに晴れてびっくりするほど輝く夕日に辺りが照らされたことがあった。
暑いから犬の散歩は夜までお預け・・
夕食後犬と出かけると・・・夜空には見たこともないような明るさと数の星がいっぱい・・・


https://www.youtube.com/watch?time_continue=715&v=in4UO9r_ar0

これはブラームスのピアノ協奏曲第2番。
青春の門(読んだことないけど)みたいだった第1番とは違い、成熟した大人のブラームスの作品。
中学生のころ、そういう知識はあってもまだ実感的にそんなことを感じながら聴くことはできなかった・・・でも
第1楽章の展開部の終わりから再現部の入り・・
海か草原か・・波打つ景色の上に
星が出てくる。
沢山の星、美しい星たち・・
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そこへ現れる冒頭主題・・
ここすごく凝っていて歌いだしたホルンに星のピアノが応答・・と見せかけてそれはフルートに渡し、1小節遅れて本来の豊かな応答上昇和音みたいなのを弾く。
魔法みたいだよこれ。
何にもわかんなぼんくらな私だったけれどここに驚き感動し虜になった・・
こんなすごい音楽があるのか・・・。
私にとってはちいさなでも素晴らしい思い出。

そしてその時聞いていたのはこの盤。
人気がないというか通り一遍な批判的論調によって抹殺されたみたいになっちゃっているこの盤。
ずっと廃盤だったと思う。いまだってたまたま出たボックスに入ってればみたいな感じでしょう?
私は今でも愛聴盤。
今この動画なんとなく動かしたらあの頃の自分の心みたいなものが頭の中になだれ込んできた。
スコアをめくりながら毎晩聞いた。
いま思えばあの年代は部屋にとじ込もってこんなもんに感動してるより外へ出て話して触ってぶつかって・・
でももうわかってるそのころのそれが失敗なんじゃない。もうその時はそれしかできなかった。
正すのならもっとずっと前。
その先は書いたらいけないと思う。

この記事、花をもらったのといい景色を見たという穏やかな気持ちで上向きな記事を書き終えてあった。
そこにまた変なことを大量に加筆して暗い方向にもっていこうとしていた。
これは、いいことじゃない。
書いちゃったネガティブなことはいったん削除。
小さないいことを拾って、明るくいきたい。
少なくともこの記事は、それで閉めたい。

玄関でまた小さな花が咲いてるのもいいこと。
隣で犬がひっくり返って寝てるのもいいこと。

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山の神

これを書いている今、外は嵐。
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ボンタンの実。
でっかいのもあればなかなか育たないのもありますね・・とここからコンプレックス論みたいなのを展開できそうだけど今はそんなこと書きたくない。
それより朝というか昨夜から下腹が痛んでどうしようもない。
俺は病気しねーぞなんて書いたからさっそく運命が襲い掛かってきたのか?
そんなドイツ音楽みたいな展開が私に進行するわけはなく、ただ冷えちゃっただけだろう。
外食ばっかりしていたのでいい加減にしろというメッセージが来ている気もする。
外は嵐な午前中なんてブログを書いたりするのにうってつけの時間なんだけど、今日は気力がわかず・・
時間がどんどん過ぎ始めたのでとりあえずちょっと書き始めてあったこれを続けてみる。


うちのすぐ隣から山が立ち上がっておりその先どんどん高くなってゆく。
恐れ多くも箱根山である。
おそらく戦前くらいまで、毎日朝3時に起きて馬と山を登って柴刈りに行ったそうだ。
峠を越え芦ノ湖まで降りたんだよと昔近所の大おばあちゃんに教えてもらった。
あてもなく職安に通い、世の中は俺の敵だ俺はゴミだとか思っているとき、私を見つけると笑顔で手招きして昔話をしてくれた。
麓付近にはその柴刈りの道が今でも残っている。
ここだけでなく各地区、昔だと各村から山へ向かう道が何本も頂上を目指しているはず。

25年ほど前、山の中腹を水平に貫く基幹林道というものが開通した。
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中央付近に左右に走る目地みたいなのが基幹林道。
なんとなく林業関係の利便性とかを建前としつつその後開通した東電の送電線路の建設とも関係があると勝手に思っている。
どこでもそうだと思うけれど林業は商売として成り立たないためもうずっと放棄された状態で、木も根を張らないからか10年ほど前大雨が降ったらいたる所でえぐるような崩落が起きた。
いまやっているのは税金を投入して間引きを行い日の光を入れて山をまもるとかそういうのだろう。

家のそばから伸びるその道は子供のころから気になって仕方がなかった。どこに行けるんだろう?
子供の足では登り切れずいつも途中までだったけれど、その後何度か道の終端まで歩いて登った。
犬とも登った。こんなちっちゃいけどさすが獣。さっさと余裕で登ってどうだ!って顔するのね。
イノシシの糞や足跡がありうろたえたりした。犬が守ってくれ・・るとは思えないし。
後半は雨水が土を削りすり鉢状のぐちゃぐちゃな谷みたいな状況となっており、車やバイクでは入れない。
それでもそこに轍があったりするのはオフロードバイクとか装甲車みたいに改造した車とかああいう中でもさらに変態な人が突っ込んで遊んだからだろう。
人の楽しみに文句を言う気はないけど、あの手の林道は山の地主で作る道路委員会みたいなの・・実質そのおじさんやお爺さんたちがお金を出して苦労して整備しているらしい話を聞いた。
ほんとに苦労してるように言ってたから、よそから遊びで来て荒らしてるのなんか見たらおっこるだろうなぁ・・・
そこを何とか登りきるとまた道が良くなってしばらく行けば基幹林道に到達。
しかし基幹林道より上部は長らく人が入らないため藪に埋もれてしまい、もう関係者でさえ歩くことはできないという。
私に至っては探してみても道のみの字も見つけられなかった。

基幹林道を水平移動し、別なルートから降りようとすると神社がある。
麓から歩いて登ればここから2時間くらいだろうか・・


https://www.youtube.com/watch?time_continue=639&v=HVpz5KEwDxQ

盆休みなんかどこ行っても混んでるんだしどこか・・っと思ったとき
この山の神神社に行きたいと思った。
でもこんなに糞暑いのに草が盛大に茂った山道を歩いて登るのは嫌だ。
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車で基幹林道を走るとほんの少し歩くだけでそこに到達できる。
ちょっとインチキだ。
林道を走るとでっかいタイヤを付けたジムニーが脇道から出てきた。
地主かなと思っていると同じ形の車が何台も続いて続いて軍団化している。
見れば県外ナンバー
あーまたそれ系の集団が遊んでんのか。
あの道も江戸時代からとかある村の柴刈り場への道だ
一度行ってみたいと思いつつ一度も行ったことがない。
そういえば箱根の関所破りは死罪みたいな話があったと思うけれどこういう道を使えば破りまくりじゃないのかな?
実際そのあたりはどうだったのかな?

車を林道へ停めて
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こんなところを下ってゆく。
ここはコンクリート舗装がずっと施してあってこの手の林道の中ではエリートみたいな道だ。
杉の人工林は手が入っていないので雨が降ると水が表面の土を蹴づりながら流れ、土砂の混じった水がさらに土を削るため道路は深くえぐられた谷みたいになっちゃっていることが多い。
蚊とかアブとかがまとわりつくのがどうにもうっとおしい。
猪も怖いのででっかい声を出したりしてみる。でもそれ熊だよな?
近いというのはちょっと距離があるかなくらいの距離をあるくと、
杉の人工林の中に明らかに周りと違う雰囲気の小高い丘みたいなものが現れる。
立札もたっているけれどハイキングに来た人向けではなくて、山の地主向けの表示かもしれない。
人の歩いた後をなぞっていくと
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本来麓から登ってくるはずの神社に上から来ちゃっているので裏から回る形に・・
昔来たときは丸太を切って階段を作ろうとしているような光景を見たけれど、今はコンクリート製の立派な階段ができていた。
日々、手入れというか誰かにとって大事な場所であり続ける生きた神社なんだ。

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この日、全体的には曇り傾向で森の中には日も差さずちょっとうっそうとした雰囲気でここまでやってきた。
それがお社の前に出た瞬間にパーッと明るくなり、柔らかいけれど力強い光が差してきた。
馬鹿にする人も多いと思うけれど私はこういう瞬間に、神様が見てくださってるのかな?
なんて考えたりする。
帰宅後ネットで検索するとここに来たという人が一人見つかった。
読むとその人もまったくおんなじ内容のことを書いていた。

山の神は、林業関係や山へ柴刈りに入る人を守り、田の季節のは麓へ降りて他の神様もやったりするらしい。
こんな山中にありながら、今も絶えず人の手が入っているように見えるこの神社。
その誰かが誰かは知らないけれど、道路委員会とか言っているような人たちと同じだろう。
軽トラに孫を載せてタケノコ掘ってるような・・
きっとすごい苦労があるんだろうし、関係ない私なんかがプラプラ来てるのを見たら怒るかもしれない。
でも、なんとなくこの神様はお前あっちへいけ!
なんて言わないでいてくれる気がする。

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この参道を降りていくと鳥居がある。
むかし来た時にはケヤキか何か立派な樹がこの場所を囲み、周りの杉林と一線を画しているのに圧倒された。
この日は暑いからここでおしまい。
秋にでも、また来たいなぁ。
猪やばそうだけどな。

今朝、まだ腹が痛むので医者へ行ってきた。
待合室では高校野球。
変態ネタを書いても仕方ないけれど昔は高校生が目に入ることに耐えられなかった。
大丈夫、そういうのは時間がなんとかしてくれるらしい。

色々やり取りして結論的には大したことないんじゃないの?みたいな話だ。
まあ、いいかそれなら。俺は病気しちゃいけないんだから。
今年は庭には植えたわけでもないのにユリがたくさん出てきて花をつけてる。
門のところでもあの小さな花が再び咲いてで見せてくれてる。
山の神がいる遠くの山も青い空の下美しく緑に輝いて・・
こういう、絵にかいたような夏の美しい風景・・
いいなと思うと同時に悲しく、焦るような気持ちが出てくる。
こっちは時間が何とかしてくれるものじゃないらしい。
大丈夫。
なにが大丈夫かわからないけどとりあえずそう唱えてみる。

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棚田

もしかしたら晴れてくれたりして・・なんて思って走ってきたけどやっぱり晴れてなかった。
まあいいや、そんなもんだろう。
小さな交差点を左折、案内板を見て・・
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こんなような道を登ってゆく・・
対向車が来たら嫌だ以前になんか下の方ぶつけそうなコンクリ舗装の農道みたいなのを・・
自宅の前の道に比べれば十分広いくらいなのだけど、車を買ってすぐホイールをぶつけて以来ぶつけ恐怖症が治らず。
グネグネ曲がりつつかなりの勾配もある。だんだん嫌気が・・
平日で、雨傾向なので観光客的な車が皆無なのが救い。
後でわかったけれどもっと広くて快適にたどり着けるルートが別にあった。

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トイレがあったからその前に車を止めて・・
なんかいい感じですよねこういうの。
ここは
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棚田で有名な場所。
打ち捨てられていた田んぼをいろんな人がオーナーとなることで・・というような話のようです。

むかし、でっかいカメラを持った人が全国の棚田を取って回っているんだと鼻息荒くアルバムみたいなのを見せてくれた。
流れ的にほめなきゃいけない場面だったからそうしたと思うけれど私はその人に対してもともといい感情をもっていなかったので何番煎じだよとか思ったような記憶がある。
全く関係ないはずの棚田にまで悪い印象を持ってしまい、最近まで棚田にいいイメージがなかった。
相変わらず私はあほなんだろうけどこういうのがほかにもいくつかある。。
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石垣の古さがいいですよね。
静か・・ではない。
草刈り機の音がずっと・・
雨がザーなんてふってきたりもして・・
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これ晴れたら奇麗だろうなぁ・・青と緑・・
なんてずっと思ってた。
行ったら雨だったみたいなほうが俺らしいか。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=3575&v=9BrDuHfRLfI
ブラームスの2番のAdagioですけれどこの演奏ネット上では「あんなのダメだ」と貶しておけば通なリスナーてことになっちゃってましたが今もそうなんでしょうか。もうそういうのもどうでもいいですね。
私は好きです。
ブラームスの人生で最もよかった頃でしょう。
レマン湖だっけ?違ったかもしれないけどそこはどこだっていい、避暑地でのゆったりとした美しく素晴らしい時間が交響曲になっています。
2楽章は雨が上がるか上がんないかという夕刻みたいな気がするんですよね。
きっとこんな時間があったんだと思う。

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ホルンから始まり木管が・・・
風に流される雲間から日の光が見え隠れし始める・・

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あっ日が差した・・
でも雲が厚すぎてちょっと光ってみせるだけ・・

先程音楽部屋で聴いてきましたがやっぱりブラームスはいいですね。
私にとってはごはんか味噌汁みたいなものだと思う。
どんなにうまいものや珍しいもの、高尚なものを食ってもごはんとみそ汁は外せないし、多分死ぬまでやめられない。
おいしいごはんとみそ汁を口に入れた時のような安心感と安定感がブラームスのシンフォニーに感じられた。

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水車小屋が作ってある。
水車は小屋の中へ動力を供給できるようになっていて実際稼働できるみたいだ。
取れたお米をここで・・とかやるんでしょう・・
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荒れたままの田んぼも・・
今私は面白がって見物したりしてるけど、昔は生きるために必死でここ守ったんでしょうね。
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麓へ降りると雲にちょっとだけ穴が・・
ここ、もう一度来てみたいなぁ・・
よく見かける、曇りがあるから晴れの美しさがわかるんだとかみたいな話は安っぽくて嫌い。
でもこういうの見ると本当にそうだよね。
ただの青空なのにものすごく青く見える。
そして、雨まじりの棚田もなかなかよかったよ。
もう伊豆は近寄りたくない季節に入る。
大騒ぎが終わったころの平日に行けそうだったら行ってみよう。

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勝鬨橋

勝鬨橋にいってみたかった。
築地本願寺からちょっと歩けば見えてくるその橋は
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美しいだけでなく大きいだけでなく、古いだけでもなく・・
この橋の大きな特徴は可動橋であることだ。
もう固定されてしまって50年弱くらいになるかもしれない。
でも可動橋として設計、制作されたそれは今もそのままここにあるんだと思う。
可動橋というのは色々だけど、勝鬨橋の場合は
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大きな船を通すため、真ん中のあたりが起き上がる跳ね上げ橋。
完成は昭和14年くらいだったか・・
この後分かったのだけどこれはただ動くというだけではない。
様々な機構を装備しており、当時東洋一とか言ったらしいけれど世界最先端を行こうとした技術者たちの気概と誇りと実力を感じて感動した。

近づいてみれば
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でかいねやっぱり。
こうみるとリベットだって美しい造詣の一つみたいな話ですよね。
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4つあるお城の塔みたいなのは、操作室、倉庫、控室・・あとなんだっけ・・
この信号機は開閉時赤を点灯すると言いたいんだろうけど保存のために移設された物じゃないかな。
車用の信号機が歩道側にあったって意味ないもんね。
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可動部分にたくさん設置されているあのアーチは都電の架線を吊っていたものだと思う。
渋谷・新宿へ向かう系統がここを走っていたそうだ。
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曇り空でも絵になるんだな。
渡り切って・・
どこかに資料館があるはずだけど見当たらない・・
なんかこう、タワーマンションに住んで素敵な人生を実行中ですみたいな綺麗な人が自転車で通り過ぎてゆく・・
こんなこと書くと変態みたいか。
調べると資料館は戻って反対側だ・・
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あれが築地市場か・・・なんだかわかんないな。
昔はあそこへ線路が敷かれて全国から貨物列車が到着していた・・
子供の頃に見た図鑑にはまだその写真があった。
実物は見られなかったなぁ・・


https://www.youtube.com/watch?v=ltZ_Mv7wpKU

この日の朝はラジオでブラームスのハンガリー舞曲が流れていました。
オーケストラ音楽のイメージがありますがピアノ連弾がオリジナルというか・・オケ版てみんな他人の編曲なんですね。
小学校のころ、なぜかは忘れたけれどブラームスといえばハンガリー舞曲第5番と覚えていました。
あの髭の肖像画と合わせあんまりいいイメージではなかった。
中学生になって彼のピアノ協奏曲第1番を聴き、そのイメージはぶっ飛んだ。
騙された。ブラームスはあんなのじゃない!ブラームスってすごい!とかなんとか感動してときめいた・・
その思いは30年たった今でも同じ。
そんな感じで超有名曲のハンガリー舞曲はずっと聴いてきませんでした。
CDも持ていないと思う。
ピアノ連弾版で聴いたも驚きの初めてくらいかも。
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1番なんか旋律の合いの手でフルートかなんかがひょこひょこ言っている部分、ピアノで聴けばああそうねと思う。
そんなに嫌わないでたまには聞いてもいいのかな・・
エジソンの会社が企画して作った・・はいいけれど劣化によってもうほとんど聴き取ることのできないブラームス自身のピアノ演奏もハンガリー舞曲第1番だったような気がする。
とりあえず出せば売れる見込みがある人気曲だったし、本人もまんざらじゃなかったということでしょう。

橋のたもとにあった勝鬨橋の資料館は
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この架道橋のための電源室をそのまま活かしたものらしかった。
入ると係員みたいな方がいてパンフレットをくれた。
人が一人いて説明のビデオみたいな物を見ていたので自分も座ってみてみるとかなり興味深く面白い。
途中から見たので始めの部分も見ようと待っていても始まらない・・・よくあるエンドレス再生じゃなくて係員の人に見たいと申告する仕組みだそうだ・・で、じゃまあいいやということにしてしまい・・

速度調整もできたらしい稼働の動力源は直流電動機。
今はインバーターと誘導電動機の組み合わせで制御ができるわけでしょうけど、まだそんなもんない時代だから・・
電車だってインバータなんて言い出したのは30年くらい前でしたよね。
その前にサイリスタとかチョッパとか少し言ってってさらにその前はみんな抵抗制御の直流機だったんでしょう?
そこへ直流電力を送るための
整流器ではなくて機械的に連結された誘導電動機と直流発電機。
ブラシとかまじかで見れて面白い。
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当時の配電盤がきれいな形で保存されていました。
今だって動きそうなくらい綺麗ですよね。
一応私も電気屋の端くれなのでそりゃ見ますよ。
端くれ過ぎて恥ずかしいからあんまり書かないけれど。
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過電流継電器・・ここを通る信号回路の接点を動作させて過電流を検知したらどこかの遮断器が落ちるように・・とかでしょう?
いろんなパラメータを可変できるみたいだ。
何だか昨日作ったみたいに綺麗だけど磨いたのかな?
1937年なんて書いてある銘板には感動する。

何しろ一番感じたことは
古い時代のもの=チープでは全くないんだということですね。
それぞれの時代で志と能力を持った人が持てるものをすべてつぎ込み持ってないものまでつかみ取って誰も見たことのない世界を切り開いていった。
その心意気と出来上がった成果に当たる光は、その後技術そのものが陳腐化したとしても一切陰ることない。
ちょっと芸術と似てますよね。同じなんですよね。

古いといえば私の好きなこの音楽のジャンルをクラシック音楽なんて呼びますが・・
一般ににクラシック=古い音楽という認識になちゃってますよね?
確かに事実としてクラシック=昔のもの(が多い)はまちがいではないんだけれど、古いからクラシック音楽なんじゃないんですよ。長々説明してもあれですが、今日作られても再来年作られてもクラシック音楽なんです。
聴いてる私も古い音楽を聞こうとか、古いからいいとかそういうつもりは全然ないんですね。
様式感とかどこがどう革新的なのかというのを感じるために時代感覚をもって聴くことは必要不可欠なんですが、古いとか昔というのはたまたまある結果でしかなくて目的でも魅力でも何でもないんですね。
萌えてるのはそんなところじゃない。
ロマン派に対して一つ前の様式を古典派と呼ぶのはいいと思うけど、ジャンル全体をクラシック音楽と呼んじゃうのは変な誤解につながっている気がして私は違和感を感じます。
お前がどう思うかなんか知らねーよという話でしょうね。
でもそこで書くの止めてたらブログなんかみんななくなっちまう訳だ。

こんな話より友だちがいっぱいいるとかなんかに参加してるとか何かに取り組んで少しずつ前進して・・とかそっちの方がよっぽど重要ですよね。
そういうの何にもないコンプレックスで何書いても恥ずかしくなっちゃうんだけど。


雨が降ってきたのでもう帰ろうか。
お昼過ぎ、築地はもう仕事が終わって後片付けもすんだよみたいな空気。
せっかくだからとまた築地場外へ戻って・・・まだ人がいっぱいだ。
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この辺りはそうでもないようだけど・・
鰹節専門のお店・・調理系道具や・・卵焼きの・・テレビによく出てくるのこの辺りなんですかね。
でもこの時点で私の頭の中のブレーカーが落ちてしまい、足が止まり引き返そうとする。
この人間拒否症も、人がなんか言ったことにいちいち過剰反応するのも、みんなコンプレックスの現れなんでしょう。
死ぬまでに少しでも改善できるよう頑張りましょう。
こんなことばっかり書いているのに嫌にならずに読みに来てくれる皆様本当にありがとうございます。

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ここは市場が移転しても残るんでしたっけ?
また、楽しいと思える日が来るかもしれないし、
そのとき来てみよう。

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曇り

今、もともと飲んでいる薬に合わせて風邪と抗生剤となんだか大量の薬を飲んでいます。
その写真を撮ったのでのせようかと思ったけど、そんなものは人さまにお見せするものじゃない気がしてきたのでやめ。
必要なものをみんな口に入れてみると結構な量だ。かみ砕けばこれで腹がいっぱいになるんじゃないかと思う。
いろんな薬のいろんな副作用が重なっているんだともうけれどずっと口の中がまずい。
自分の話声も若干遠く聞こえて、ちょっとボーっとするとすごく眠くなってくる・・
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なんとなく気分はこんな感じ。
気分も引っ張られてもう何をやっても無駄で意味がないんじゃないかなんて思い始めるたりする。
ブログの記事なんかもう思いつかないし書けないだろうなんて思っていた。
でも今書いてら。
気分てだまされるんですね自分に。
今非常に弱ったような気分でいるのも先に頭が今自分は調子歩く気力も落ちているはずだなんて思っているからそう感じるだけなのかもしれません。
こういうの危ないよな。
しかし口の中がまずい。
何かうまいものを食う想像をしてみても全然乗らない。
飯も食わなければ食わずにいられるような気もする。
嫁さんはのどが痛いとか言い出した。
大変申し訳ない。

パガニーニの主題による・・
といえば私の中でまず浮かぶのはラフマニノフのやつなんですが

ブラームスのも結構いいと思う。
いかにも超絶技巧系というかんじもするけど、しっかりブラームスの音楽でもあると思う。

本家本元

実は普段パガニーニなんて全然聞かないのでこれもずっと昔に聴いたままだった。
久しぶりに聴いてわかったのは先日のルトワルスキのやつは
パガニーニの主題による・・と言うよりはほとんど原曲の編曲といっていい内容だった。
原曲が頭にないまま書いているので一部浅はかなことを書いたかもしれない。
でもいいよそんなの何だって。

健康でうまいもん食って旨いと思えるのが一番ですよね。
後の細かいようなことはどうだっていいんだよ。

稚内方面へ初めて行ったときは天気が悪かった。
そこにはみたこともないような美しい世界があるはずなんだけど雨に濡れたそれは近所のどっかそのへんと変わらない。
飛行機に乗ってはるばるやってきてこれかよなんて思いながらどんなに走り回ったところでうつうつとした風景が延々続くのみ・・
ところがもう帰りの飛行機に間に合うためにはあと5分くらいしかここにいられない・・というところで急に雲がサーッと引いた。
ちょうど一斉に花の咲くころで、そこにあったのはここは天国か!?と思うような神秘的な世界であった。
さわやかな空気と美しく輝く世界の向こうに利尻が浮かぶ・・
あれがいけなかった・・・そこで中毒になってしまいその体験をしようとその後何度も行った。
そして何度行っても毎回いやがらせ的な雨。
季節を変えたり別な場所に行っても雨。
4日連続雨とか・・・
そんな感じで少しでも晴れていそうな方へと移動してみたのが上の写真。
もうだめだこりゃモードに入っているので写った写真もやけくそ的。
温泉に入ってみたところでこんなもんただのお湯じゃねーかとか言って盛り上がらない・・
同じ場所でただ待ってればさわやかな絶景は勝手にやってくるんだけどね。
でもその時曇りなら曇り、目の前に見えるのはどこまでも曇りの風景。
そこにいられる時間は今だけだと思うから焦ったり、目の前の風景が残念なものに見えるんでしょう。
今気分は超絶曇天。
早く晴れてほしい。

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揺さぶられない

これを書いている今、私の中身はハッピーとは違うけれど憂鬱からは解放されて安定しています。
ありがたいですね。あとはこれが持続させられるようにと思うんだけど。
それとは別にリアルに生活するためには他人と接触し影響を受ける場面に直面するわけですが、
私のもともと持っている特性として流しとけばいいような他人からの放射に無駄にゆすられてしまう問題があります。
頼りなく細い樹木が風に揺さぶられてバッサバッサゆすられているように。
無駄に葉が落ちちゃって、ボキなんて折れちゃったりして。
それじゃいけないのでいらない刺激に対しては目と耳をふさぐべき。
ほんとに耳と目をふさいじゃうと社会生活が成り立たないから心の耳と目をふさぐキャンペーン中。
今なんでこれを書いているかというととあることから自分の意識をそらすため。
前にもそういう場面がありこの草稿を書いて塩漬けにしていた。
今またそんな場面を回避すべくこれに文字を打ち続けて・・なにやってんだ。

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樹齢千年くらいのこの樹、ここまでくる間には危機的状況もあったでしょう。
しかし今ではもう多少の風じゃびくともしないんでしょうね。
こんな風になりたいね。


ブラームスの交響曲第4番の第2楽章。
よくフリギア旋法なんて書いてありますが2本のホルン非常による古風な響きではじまります。
いつもはツタの絡んだような石の古城のようなものを思い浮かべる。
でもいまはこの写真の大きな杉の木。
ブラームスはHSPなんかじゃなかったと思うけれど、あの人も別な感じでなんだか抱えてたと思うんですよね。

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木管にまで拡大されて鳴り響いたあとに聴こえるエコーに、ずっと自分を律して生きてきた人の本音とため息を見るような気も・・
その後非常に豊かで牧歌的な光景が続くのですが、やっぱり2番のあの明るい田園とは全然ちがいますよね。
優しい風に当たりながら美しい景色の中に身を置き、いろんなこと回想したり考えているのかもしれない。
でももうワクワクしちゃうねとかはない。
第二主題はいろんな表情を見せるけれど曲げずに押していく自分の信念のようにも聞こえる。
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動じないというのはただ黙って無視してるのは違うんですよね。
強いものを持たなくちゃ・・いけないのか。
この曲初めて聞いたのはテレビだったけど、このシーン今でも目に焼き付いてるんだよな。
お前しっかりやれよってことだったのかな。
30年以上たってやっと今頃気付いたのかなぁ。

ある時、こんな千年級の大杉の一本に呼び止められた気がした。
振り向くと何か・・わからないけど何かを教えてくれた気がしました。
そう思ってまた見に行き、何か感じるかななんて思いながら写真を撮ったりしてももう何も答えてくれない。
そういうスケベ心じゃなんにも答えてくれないんでしょう。


最近音楽部屋で音楽聴く気がしないのとこれが関係あるかはわからない。
たまには聴かなくちゃなんて思ってみたらコントローラー代わりのiPodは充電がなくなってた。
真っ暗で反応のない画面を見てあっ今日は聴かなくてもいいんだとホッとしたのは何なんだ・・
花が咲いてるなら見に行きたいなぁ・・
みたいものあった。干上がってない。
大丈夫。



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生まれ変わり

とある場所。
公開されているわけでもなく・・
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疲れはてた電車・・関西の人には懐かしいでしょう。
もう自分で走ることはありません。
ここに来たものはみな消えていきます。

隣に黒いのが見えますが
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蒸気機関車C11の悲しい姿。
何年か前まではちゃんと現役で走っていました。ネットで現役の写真を見たらちょっと泣けた。
今は生きているほかの仲間のため部品を供給しつつ朽ちて行っています。
自分のボイラーは今現役の別機に差し出したため、これは自分のじゃないそうです。
固定するボルトも数を減らした仮止めだった。
夏は葛が被っちゃってほとんど見えないんだろうなぁ・・
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真っ赤な姿が痛々しい。
でもまじまじと見ると動輪をはじめ動力の伝達機構みたいなのとか大事な部分は腐らずにしっかり残っているんですね。
さすがだと思ったこんな雨ざらしなのに・・
ほとんど走るボイラーなんだという事がよくわかりますよね。

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ぐるぐる回って細かいところの写真を撮ったりして・・
連休だけど辺り一帯に人の気配は全くなく、車両と私だけ。
この写真を撮ったとき、C11が笑ってくれた気がしました。
よくきたね・・
こんなこと書くと馬鹿のポエムみたいでしょう・・
でもねそんなポエム脳だと音楽なんか聞いてもいちいち楽しくていいですよ。
電車も機関車もほとんど鉄でできていますからバーナーと重機でバラバラにされて鉄くずになっちゃうんですね・・
再生されて構造材とかに生まれ変わるんだろうけど・・
それは輪廻転生とは違うよなぁ・・

人は生前の行いを吟味され死後の行く先が決まるみたいな話は各宗教に共通してあるものじゃないかと思うんです。
クラシック音楽はキリスト教と濃く関連している物なので死者への鎮魂歌レクイエムなんていうのを聞いていると最後のラッパとかいう場面が出てきます。
最後の審判でラッパが鳴ると姿を別なものに変えられるんでしたっけ?
音楽的にも劇的な山場なのでいろんな作曲家がこのラッパというのを凝った仕掛けで演出しているわけです。
派手なのはベルリーズとヴェルディーの奴でしょう・・ヴェルディーのなんかテレビが馬鹿みたいに垂れ流すので誰でも聴いたことがあるはず。


ブラームスのドイツ・レクイエムは死者じゃなくて生きていて辛い人への慰めの音楽なのでディエスイレというのはない訳ですが、ちゃんとそれ相当の曲があってラッパが鳴ると姿を変えられます・・、みたいなことを言う部分が出てきます。

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バリトン独唱がそのことを歌うと合唱が復唱し・・ラッパが聞こえると修羅場みたいな音楽へ突入していく・・
非常に劇的な場面です。
ですがハッタリは嫌いみたいなブラームスの音楽なので凝ったトラペットソロというのは出てきません。
来ませんがこのffで響くトランペットのGはあきらかに鳴り響く最後のラッパだ。
単純な伸ばしでしかないっからこそ、心に響いてくるものがある。

もっとTp聴こえてほしい・・


聴こえりゃ満足かというとそんなわけでもないけど・・聞こえないとなぁ・・

私は勝手な思い込みがあるからここで不満な演奏が結構あるんですよね・・
このラッパは合唱の補強で終わってもらっちゃ困る。意味を持ってちゃんと響いてほしい・・

もしかしたら作者本人はここはそんなつもりで書いてないとかいうかもしれない。
でもそんなこともう関係ないんだよ、俺がどう聞くのかが大事なんだから。

私はしょっちゅう首が凝っているので前世で首をはねられたのかと・・でもそういうの興味がない。
記憶が全く継承されない以上、前世とか生まれ変わりとか言われも何の意味もないじゃないか。
仮に前世の記憶なんてものがあったら次の人生は自分を生きられなくて邪魔でしょうないかもな。
死後のことなんか知らないけれど、いきなりなくなってしまうというのは寂しいなぁ・・
ぼんやり残ってだんだんに消えてなくなっていくのかな・・

このC11 312は東北地方で活躍し引退後はドライブインで長く展示されていたんだそうです。
そこから奇跡の本線復活・・・ほんとに奇跡だ。
オーナーは癌で自分の死が近づいた時、この機関車には生きてもらいたいと願った・・
みたいな話が検索すると出てきました。
普通は、そんなに輝かしい経歴を踏めばその後永遠の安泰が保証されるもののような気もする。
なのに、今ここでこんな形に・・
何か人の人生を見ている気もする。
ここでボロボロになっていたのに展示用に復活した者もいるみたいだけど・・
せめて最後の時間、もの好きが見に来て眺めるのをとがめないで許してあげてほしい。

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冬の歌

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犬と散歩していてふと見上げると、お堂の銀杏に赤く光っていました。
この次の瞬間、日が沈んでいつもの暗い景色に・・
私はAの音に赤のイメージがあります。
ちなみにDは深い青。ニ短調と聞くと深い紫のイメージが。
絶対音感はないのでAという音名にそういうイメージがあるというだけ。
インチキと言われればそれまで。


ルーヴィンシュタインが10歳になるまではブラームスは生きている同時代の作曲家だったんだ・・

1番と3番が超絶人気なブラームスのヴァイオリンソナタ。 
正直2番はちゃんと聞いていないのであれなんですが、豊かな歌にあふれた1番とは第3番の間には大きな隔たりを感じます。
3番は脂が落ち、枯れた深い世界。
金目鯛で言うと1番は寿司や刺身、煮つけ。
3番は干物。
ちょっと違う気もする。
交響曲第3番よりも後、交響曲第4番のあの世界。
私はなんとなく交響曲第3番を書いたところで彼は自分の家族というものを諦め、死ぬまで一人という運命を受け入れた気がしています。ブログ始めたころに書いたりして・・。

そのヴァイオリンソナタ第3番ニ短調第1楽章展開部。
低音はずっと同じAに固定されピアノとヴァイオリンがカノンみたいなので絡んでいくんですが・・
赤いイメージじゃないですね。もっと暗いイメージ。

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ソナタ形式の展開部ですしここは自由にいろいろ動きまわり言いたいことを言う場面です。闘ったり、苦悩したり、喜んだり、悩んだりボヤいたり叫んだり歌ったり踊ったり・・
でもここには喜びも苦悩も叫びも躍動もない。
sotto voce sempre ですもんね。一人寡黙な男の姿がある気がする。
あの誇りをもって美しくのびやかに歌う第2主題も歌って見せてはくれません。
ただ暗く沈んでいるんじゃないんですよね、なにか焦っているようにも思える。
ほんの一瞬明るい歌を見せるのかと思うとそのまま沈んでいってしまう。
まだ、本当に孤独に沈んでいるわけではないと思う。
しかし孤独の予感が彼を支配している気がする。  
良くしてくれる人はたくさんいたと思うけれどこの人生涯家族を持ちませんでした。
葉を落とし寒さに耐える銀杏は寂しいように見えます。
でもこれ春になれば若葉が出てくるんですよね。
人生の冬は一方通行でその先がないから。

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同じものが回想されるコーダでは低音がニ短調のDに降りていて少し落ち着いたようにも聞こえる。
いったん受け入れようとしたというか・・
フィナーレまで聴くと、やっぱり受け入れられなかったんだろうなと思う。


この二つの場面で解放弦とその同じ音の隣の弦を行ったり来たりさせる場面が3つ出てきます。ニ短調はちょうどバイオリンという楽器にはまる調なんですね。コンチェルトはニ長調だらけだ。

人の心のうちなんて誰にも分らない。
わからないけれど、死後100年以上たった今も彼の心がここにあると思うんです。

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さむい

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寒いですね。
寒いのでこんなのを書いているときも毛布を掛けて座椅子に座っているのですが、犬が毛布の中に入って膝の上に乗ってきます。
重いし、いびきいびきがうるさいんだけど結構温かい。
お互い相手を暖房器具だと思っている。

何か温かい曲・・
思いついたのはブラームスのヴァイオリン協奏曲
の第2楽章。
ピアノ協奏曲の第2番はチェロが出てきてチェロ協奏曲みたいになっていましたが、こちらはオーボエ協奏曲みたいになっちゃっています。
35年くらい前、テレビで流れていたハムか何かのCM、暖炉の火の手前にハム・・だったような。そこでこのオーボエソロが流れていた・・それが刷り込まれていまだに暖かい=この曲


これCD買ったんだけどあまり聴いていません。名盤らしいですね。
オーボエ結構癖のある音?
どうも私強く興味があるのは曲そのものみたいで、よくある「あそこのあの人の音は***!」みたいなのあまり・・

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オーボエ協奏曲というか、暖かい木管アンサンブル・・
このオーボエのメロディー、主役なはずのソロヴァイオリンは歌わせてもらえないんだもんね。

ブラームスはヨーゼフ・ヨアヒムという天才ヴァイオリニストと若いころに知り合い、ともに演奏旅行をしたんだっけ?
とにかく同志というか親友だったんだろう。
作曲する際、ヨアヒムは数々の助言をしたんだけどブラームスはいい加減うざがった・・みたいな話がある。
定型通りの3楽章構成で、1楽章ではソロのカデンツァが要求されている。
でもブラームスがほかの作品でやっていたことを考えると、彼がやりたかったのはカデンツァなんかない交響曲みたいなコンチェルトだったんじゃないかなぁ・・

このオーボエが主役をみんな持ってちゃってるのはその腹いせ・・では全然ないんだろうけど。

またこういうとヨアヒムが悪い奴みたいだけど、それもまた間違いだろう。
彼のおかげでこの作品の今があるんだとも思う。


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自筆譜。
結構すごいことになってんのね・・

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