生きた証を

ショスタコービッチの息子が親父について書いた本を以前買ったんですが、ちょっと読みかけてそれきりになっちゃって・・
この人幸せだったかな?
この人の場合は社会主義国家から抑圧されて生きたわけですよね。
自分の芸実的信念なんか打ち題してたらシベリア送りんなって命もなくなっちゃうわけでしょう?
芸術家にとって表現を制限されるとか書きたくもない茶番みたいなものを要求され称賛されるというのはものすごく辛く苦しいことなんじゃないかなぁ・・
とはいえ、そこに命を懸けて挑むみたいな方向にはいかず、狭く厳しい枠の中でもうまくやって人生を燃やしきったという印象もありますねこの人。
枠の中で永遠にに咲き続ける花を咲かせた。
大っぴらに口に出すわけにいかないいろんなことを沢山の暗号として作品の中に封じ込めて・・

第9のジンクスなんて言うお話もあるわけですが、ショスタコーヴィチの交響曲は第15番にまで到達しました。
第14番はマーラーの「大地の歌」の影響を強く受けているみたいですが、無調で難解。まだ私はちゃんと聴けていません。
でも次の第15番は無調的なものを含み暗い世界を見せながらも、ちゃんと調性があって解りやすい旋律も聞き取れるし、はっとする場も多く用意されています。
高校生のころ、訳の分かんないような私の耳にも引っかかってくれました。

この曲の完成後、作者の死まではまだ時間があたんだっけ?
周りの人は第16番、第17番も当然あると考えていたのかもしれませんが、作者はどう考えていたんでしょうか。
この曲は交響曲としては最後のものだと思っていたんじゃないかなぁ・・
自分の作品を聴いてくれるこれから先に生きる人たちへ向けたお別れのメッセージなんじゃないかと思ってみたり。

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ショスタコーヴィッチの交響曲第15番のテーマは自分じゃないかと思います。
もともと作曲家の作品というのは全部自分表現なんですけどね。
自分の姿を残そうとしたというか・・
自作多作いろんな音楽が引用されていることが有名です。

色々あるらしいですが、ものすごくわかりやすいところで・・

第1楽章はおもちゃ屋だっけ・・作者の子供時代を回想しているんでしょう。
でしょうじゃなくて作者がそう言ったんでしたっけ?
そこに
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ウイリアムテル序曲が露骨に出てきます。

子供の頃、これで音楽に目覚めたのかなぁ・・
心に焼き付いているものだったんでしょう。

初めて聞いたときはびっくりしました。
長々続くんじゃなくて、すぐに元の音楽がかぶってくるんですよね。



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第4楽章の冒頭

ワーグナーの神々の黄昏から「運命の動機」が引用されて・・・


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「神々の黄昏」でジークフリートが死ぬところ・・・


ずっと、死を予告するような場面で鳴っていたこの動機・・
ここで作者の死を予言してるんでしょうか?
でもなんかそれだとあまりに単純ですかね。
ワーグナーが好きだったのは好きだったんでしょう。

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始まってからの弦楽器の歌にも織り込まれています。


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2楽章冒頭のコラールもこれを予告していたわけですよね?




芸術家みたいにその作品によって自分を永遠に残せる人はすごいですね。
私も設計をやっていますので自分の考えたものが世の中に存在したりはしますが、そんなもん別に私じゃなくてもいいんだろうし、時期が来たら廃棄されちゃったりして・・

普通の人が自分の生きた証をこの世に残すというとやっぱり子供ということですか・・
そこ勘違いしすぎると昨日のフランクの親父みたいになっちゃうんでしょうかね・・

大げさみたいですけど、ブログって一般人にもそのあたりを少しかなえさせてくれるものじゃないかと思うんですよね。
永久に残るなんて言うのはないけれど、少人数でもどこかの誰かに自分の考えたことを読んでもらえたと思うと、なんだかうれしいですよね?
私はうれしいんだよなー

Tag:ショスタコーヴィチ  Trackback:0 comment:0 

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どうも発達性協調運動障害(DCD)じゃないかと思います。
クラシック音楽が好きです。

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