まだ知らない

もうこの木ないそうですね。
観光客のせいみたいだから私もその一員なのか・・畑に入ったりはしなかったけれど・・
みんな若くて葉の生い茂る時期を過ぎるといつか死んでいくんですよね。
ブラームスのピアノソナタ第3番は彼が二十歳の時の作品ですが、合わせたわけじゃないけれど自分も二十歳だったころにこの曲を何度も聴いた覚えがあります。
ブラームスの二十歳と私の二十歳じゃ格が違いすぎか・・
ちょうどこれを聴き終わってテレビをつけるとアナウンサーからタレントになって成功していた逸見政孝氏が記者会見で「私の病名は、癌です」とか言ってた記憶があります。
まだあの頃、本人へのがん告知とか、本人が癌だというとかちょっと珍しい感じだったような気も。
記憶だと60歳くらいの印象があったけど、あの時48歳だそうです。
若いですね。
無念だったろう。
あの頃は自分がいつか死ぬなんて想像することもできなくて、人生なんて永遠に続くような気がしていた。
30代になると人生が有限であると悟り、40代になると最後に向けたストーリを具体的に考えたりするように・・
48歳なんて私にもあっという間にやってくる。
何にも成し遂げていない私は悔しいからせめて長くいきたいけどなぁ・・
うちも癌家系で・・
それでブラームスのこの曲ですが、ベートーベンの運命の動機をやたらに導入して困難や苦悩と戦う人生みたいなものを描こうとしてるんだと思うんですよね・・
散々思わせぶりに運命と戦ってます感を言うんだから、それでどうなったのかという結論のようなものが終楽章で描かれるだろうと聞き手としては期待するわけです・・・
でも聴いてみるとあれ?・・・
このフィナーレなんか物足りないというか構成が甘いというか・・
何かいいそうで言わないまま終わっちゃう感を私は感じるんですよね。
何人かの登場人物を紹介が終わって・・さぁこれから!と思っていると
ハーイ皆さんエンディングでーす楽しかったですねー!・・・
えーっ!?
おいなにやってんだよ!なにもやってねーじゃねーか!
みたいな・・

このテーマもこんなにいい感じでかっこよく出てくるんですけどごにょごにょごにょってごまかすように終わっちゃうんですよ。
で、展開が始まってなにかすごいことにでもなるのかと思ったらプレストになって軽く歌って終わろうとしやがんの・・・
お前何にも闘ってないじゃんか・・・
といってこれは勝利の音楽ですよとかいうわけでもない。
まだ二十歳の青年には人生を描くったって無理だったのかもね。
まだちょっとどうなるかわかんないんでとりあえず材料そろえて置いときます・・みたいだ。
これ狙いでわざとだったらすごいな。
23年後に完成する交響曲第1番への付箋だったとか・・
考えすぎか。
この問題は、その後の彼がいろんな曲で感動的に解決していきます。
ほぼ同じ内容を完璧に音楽化しているのが交響曲第1番かな。
彼にとっての宿題みたいなもんだったのかもな。
この曲や交響曲第1番みたいな理想論じゃないリアルな人生の投影を3番で実現したと思う。
闘うことをやめて自分の人生を受け入れたその後を告白しているような4番・・
ここはまだ何も見えていない若武者の叫びを聴いて暖かく見守っとけばいいんでしょう。
自分が若い時、この楽章が納得できませんでした。
親みたいな歳になってみると、これを微笑ましいと思えるような気もしてきた・・
この曲についての意見を求められたシューマンはどう思ったのかな。
ブラームスが
すいません・・この先はもう少し修業した未来の私にご期待ください・・
とか言ってるようにも聞こえてきた。
かわいいな。
若いっていいなー