寂しい人

2年くらい前から小中学校時代の同級生がSNSでつながり交流しているみたいだ。
みたいだじゃなくて自分もその中に入ればいいだろうという話だけど。
先週、誘いの電話をもらった。
昔、一緒に山に登った彼だった。
ブログに話を書いたら電話が来たので何かの縁かとも思ったけれど、
色々あって誘いには乗らなかった。
今思うと子供のころからもういろいろおかしかったのだけど、それが自分の普通だったので寂しいと思うこともなかった。
二十歳を超えたころに心底寂しいということを感じた。ついでに何が原因でそうなっているのかも突き付けられた。
その後ブラック企業にはまっていたのは、人付き合いが出来ないことを会社に拘束されて時間が取れないという理由でごまかすことができたからだと思う。思うというかそう気付いてもいた。
嫁さんと知り合ってからは寂しいと思うことはなくて毎日楽しかった。
このまま死ぬまで行けばいいと思っていました。
40歳というのは多分人生の鍵みたいな年なんだと思う。その年にまた寂しいということを感じるようになりました。
ふとしたきっかけから急にやってきてまとわりつき、締め付けてくる。
お前このままでいいのか?ということでしょう。
で、最近のことをここにみんな書いちゃうとブログも終わっちゃいそうだからまぁもういいか。
ここにも寂しい人がいる。
ブラームスの交響曲第4番の第1楽章展開部のおしまいの部分。
力強い決意をもって魂を奮い立たせ、強く歩き始め・・・・
たはずなのに・・・
独り言・・つぶやきが・・

つぶやきとため息は途切れて小さくなっていく・・
弦楽器が重音を分奏して・・・なんてよくある事なんだろうけれど、ブラームスの交響曲の楽譜の中では見慣れない風景だと思う。
普段やらないことをあえてやっているという事は、
何か特別なことが言いたい場面なんだろう・・
寂しかったんじゃないかなぁ・・
つらかったんじゃないかなぁ・・
この音楽が好きだなぁ・・・
でも彼の肉体は死んでも・・もしかして魂は消えてしまったとしても
彼の残した音楽が何百年も人の心の中に生き続けるんだから・・
まぁでも、本当に孤独な時はだれが何を言っても気休めにしかならないからなぁ・・
でもそのおかげでこんな素晴らしい音楽が誕生することになったんだから・・