どこへいくのか

昔、死にたくないと強く願いながら死から逃れられなかった人を見ました。
教えられることがあるとしたら、今この時間と生きられるという事をにしろということだと思う。
時々忘れていますが、何より大切なことだと思う。

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マーラーの交響曲「大地の歌」という曲の第6楽章は
演奏時間だけでなく、内容的にもこの曲の革新みたいなところだと思います。
舞台は夕暮れから始まって夜。
ある人物が自然を愛でたり、哲学的なことを考えながら誰かを待っている。
別れを告げるため・・
間奏を挟んだ後半、待ちに待った相手は現れるのだけど、

これからどこへ行くのか?
「ああ友よ、この世では幸せを掴めなかった・・・」

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言葉としてはそこまでしか言わない。
でもここで、運命というか超自然を象徴するようなオーボエとともに銅鑼がppで鳴るんですよね。
この銅鑼を聴いて、あぁこの人これから死にに行くんだな・・・と感じる・・



この言葉を語る旋律は明るい長調なんですね。
この暗い内容を笑顔で答えている・・もう心は決まっているんだろう。

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そう考えるとこの直前、
「友は馬から降りて別れの盃を差し出した・・」
とか言っている後ろでずっとこの銅鑼が鳴っている・・
死にとりつかれた人間の姿が描かれていた。

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そもそもこの曲は銅鑼の音で開始する。
冒頭から逃れることのできない死の定めが予告されているんだろう・・

運命というか定めを象徴するみたいなオーボエのこの動機は基本的に指すような32分音符なのに、
このこの世に幸せはなかった・・のところは少し優しく16音符なんですよね。
あんまりGほちゃごちゃ核と屁理屈野郎みたいだけど、もう死を受け入れたものに対して運命は少し優しいみたいでしょ。


最近この待ち人は第三者なんじゃなくて実は自分自身の心なんじゃないかと思ってみたりもします。
そんなんじゃないかもしれない。
どちらにしろ、本人もこの後自らの死を受けいれていくんだと思う。死という言葉は一言も出ないけれど・・・

作曲者は弟子のワルターに「この曲を演奏したら自殺者が出るのではないか?」というようなことを言ったという。
自殺以前に、作者自身が感染症により突然あるはずだった人生を奪われてしまい、この曲を初演することも聴くこともできないままとなってしまった。

生きていると生きているのが当たり前だと思っていますが、生きられる時間はとてもはかなく微かなものなのかもしれません。
当たり前ではないのかもしれません。
貴重なこの時間とチャンスを無駄にしてはいけないと思う。
思うんだけれどじゃあ何をというのもうまくいかない。
とりあえず私はまだ全然死にたくないですけどね。
なんにも得られてないけど音楽聴ければそれでいいやもう。

Tag:マーラー 大地の歌  Trackback:0 comment:2 

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クラシック音楽が好きです。

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