親父と家族

むかし日フィルがニールセンの交響曲第4番をやるのを聴きに行きました。
プレトークで指揮者の山田和樹氏がニールセンの生家がある町へ行ってみたという話をしていました。
バスを降りると一面の芦原だったとか言って見せてくれた写真がこんなだったと思う。これは全然関係ない場所の写真だけど。
この曲、侵略戦争の予感なども感じながら、自分たちの国、人間、家族・・不滅というタイトルはその辺のことでしょう?
第2楽章というか第2部分は素朴な人の営みみたいな音楽だけど、突然切り裂くような叫びから今度は不安の音楽みたいな第3部分に入る。音を色々変えまくるペダルティンパニとピッチカートのユニゾンみたいな面白い音楽だけど言ってることは冷たい鉛色の不安だ。
そこに現れる

この室内楽的な音楽は家族のだんらんみたいなものを感じますよね。
素朴だけあたたかい・・・
で、ここでルートやクラリネットがやっている16分音符で降りるあの音型・・手前の不安音楽の最後辺りから現れ始めるんだけど・・
この後そこらじゅうで鳴っていて単なる飾りじゃないことは間違いないんですよね。
明確な標題音楽でもないんだからこれは何か?なんてそんなに言わなくてもいいんだろうけど、
なんとなくこれ、親父が家族の名前を呼んでるところみたいなイメージがあるんですよね。
いましたよね、昔
○○子!とかいって奥さんの名前を意味もなく叫んでるおっさん。。
もう鳥の鳴き声みたいなもんでだれも気にしてないの・・
あんな感じ・・・
叫ばなくてもいいんだけど、その辺に子供の姿が見えるとか、頭の中に妻の名前が浮かぶとかそういう感じかな・・

団らんの音楽へ突然突然刺すような不安が木管楽器に出てきてまた不安音楽が戻ってきます。
不安音楽も盛り上がっていくとこ家族団らんのテーマとの不安のテーマが重なり合うようになり、いろいろこの不安のファンファーレみたいなのが金管の掛け合いとっててピークを迎えます。不安最高潮だ・・
その時まわりをみると、

頭の中は家族のことでいっぱいだ!

ティンパニに現れるこの三連符を含む動機は曲の終結付近でもティンパニによって歌われる旋律で、「大丈夫、大丈夫だから」と言っているように私には聞こえます。
大丈夫が出てくると音楽は落ち着き、家族の姿を経て次の第4部に向けて走り出す。
ニールセンという人がどんな人だったのか、ほとんど知りません。
オケの団員もやっていて自作の演奏にも加わっていたらしいのは知ってる・・
家族も大事にする親父だったのかなぁ・・
何が大事って、やっぱり家族なんでしょう?
作者はそんなこと考えてなかったかもしれませんけれど、いいじゃない。
作品も世に出ちゃったら独立して生き始めるというか・・作者の思いというのも大事だけど、
それが正解じゃなくてもいいと思うんですよね。
私がどう感じるかが大事。
この曲を初めて聴いたのは中学生の頃でした。
細かいことなんて一切わからないのに、聴き終えた時にとても感動したことを今でも忘れません。
音楽には理屈を超えた不思議な力があると思っています。
リアルでは絶対に口に出しませんけどこんなこと。