富士山とバッハ

この記事は数日前に書いたのですが、昨日噴火による被害が発生してしまいました。
亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

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朝、家を出るのがいつもより10分ほど遅かったので桃色富士山は見られなかった。
でも雪が積もってアイスクリームみたいになった富士山だけが光っていました。

御岳山や今回の噴火は、誰もそう思わない山がたった今噴火してもおかしくないという事を示しているのだと思います。ということは富士山だって・・
今から35年くらい前、富士山大噴火みたいな本が出て世間が騒いだことがありました。小学生だったけど周期的にもう噴火していいはずの時期をとっくに過ぎていると知り結構怖かった。
前回の噴火は連鎖的に起こる超巨大地震の数日後に始まったようなことを読んだ気がします。
東南海地震とかああいうのでしょう?
そこに噴火も来ちゃったりしたらどうなっちゃうのかな・・


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中央には宝永火口。
次の噴火もあそこからというわけではないみたいだけど、明後日みたいなとんでもないところから火を噴くんだよと教えてくれているわけでしょう?

この宝永火口や宝永山を作った宝永の噴火は1707年。
この時は溶岩流は流れずに爆発的な噴火による噴煙と大量の降灰が特徴的だったという。
近所の古い家の方から焼けた石で家屋敷はみんなやけたという話が伝わっているみたいだ。

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これは近くにある溶岩。
落ち葉がのっかっちゃってわかりにくいですが、粘性の高いものが流れたときにできるような波紋がそのまま残って固まっています。
これこの辺りに飛んできた後もまだ固まっていなくてぶにょーみたいな感じだったと思う。
この辺りの用水路が噴火の前の1600年代から整備されているらしいことを別な話で知った。この用水路は多分宝永噴火の前からあったかもしれません。
でもこのでっかい溶岩が宝永噴火のときに飛んできた焼けた石なのか、もっと何千年も前の噴火のときのものが出てきて転がっているのかは私にはわからない。どうも話的には後者っぽい気もする。

宝永噴火の1707年、ドイツではJ・S・バッハが22歳。
小フーガト短調BWV578を作曲したのがこの年位・・・ちがうんじゃない?みたいな説もあるようだけど。



この曲が愛される理由は美しい主題と非常にフーガが透けて見えるようにわかりやすいことにあるのかなと思います。
でもバッハは遊びもやっていて4つの声部が出そろった後、最初の主題は第3声部に現れます・・
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と思たらねじれて第1声部が歌いだすんですよね。
あっそうなの?とかいってペダルが絡んでくるのも面白い。

むかし、何度も何度も聞いたんですよねこれ。
自分で弾いても見ました。
人として心も体も成長するために表へ出て色々やらなくちゃいけない時期だったはずだけど、家に引き籠っていたような記憶がないでもない。
音楽なんて選ばれた優等生みたいなのが弾いたり聞いたりするものだと思い込んでいたんだけど、自分も聞きたいと思えば聞けるし、弾きたいと思えば弾ける(気がしただけだけど)ということに驚いてひとりで喜んでいた。


若いバッハについて読むと、あちこちでもめたとか投獄されたとか血の気の多いことになっていて興味深い。
決闘したというのもあったと思う。
そんな人がこんな曲を作曲していることがまた面白い。
富士山も普段はあんなに優美な姿でいるのに暴れだすと血の気の多いことになるわけだ・・私が生きている間は静かで美しいままでいてほしいけど・・



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