気持ちといのち

なんとなくいい天気である。
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遠くの山は白く霞んでる・・え?霞んでる?
黄砂のようにえるあの白いもの、よく見ると山の中から煙のように立ち上がっている。
杉の花粉だろあれ・・
車の表面にも恐るべき膜厚で堆積する杉花粉。
ブログには書かないけれど私は身体的欠陥とコンプレックスがあります。
でも花粉症じゃないことは唯一の私のよかったことで誰かに感謝したい。

睡眠時無呼吸症を疑い先月いろいろ測定した結果を聞きに病院へ行きました。
グラフみたいなものをもらったのでのせようかと思ったけど見苦しい気もするのでやめる。
結論的には確かに一晩に数回ほど無呼吸の状態が出ている。ただし回数も少なく軽症なので治療の必要はないとのこと。
最長1分間くらい息をしてないんだって。そりゃ嫁さんも何だこりゃと思うよな。

昔この病院で命を助けてもらった。具体的な治療はもっと大きな病院でだったけれど。
それでここを信頼して通っているんだけど予防も含めて診るというコンセプトだったと思う。
しきりに、ほかに気になることはないか?と聞いてくれる。
ありませんとか言いつつ、精神がずっと憂鬱状態なんですと思ったり。
多分言ってみればかなり真剣な顔で聞いてくれるとは思う。
でも運動したり、趣味のサークルなんか入ってみたらどうですか・・みたいな感じですねきっと。
それやるとおかしくなるんですとか言って困らせても行けないので笑顔で帰る。
ブログに自分が好きですなんて書いてるけどふと、生きていても意味がないんじゃないかという気持ちが差すことがある。ねじ伏せるけれど。
もう癌も冗談じゃすまない年齢に入った。
生きたいという気持ちが低下すると病気というのはあっという間に取りついて自分を滅ぼすと思う。
同い年でそうなった人がもういる。久しぶりに再会したとき、私の名前を読み間違った彼。その後うまくいっていないのを何度か見かけていた。

私がいなくなっても誰も困らないのかもしれないし、私自身何の達成感も満足感えられていないどころか敗北感みたいなのが堆積していく感じだけれどそれだけにまだ死にたくない。
それだとあまりにもみじめな気がする。

マーラーの大地の歌フィナーレの大詰め・・
この楽章実時間も30分程度かかる長大なものですが、美しく月に照らされた夜であると同時に暗黒の夜でもあったこの世界。
色々あった末、小川のせせらぎを聞きながら

私の孤独な魂は安住の場を探している。
心静かにその時をまとう。

そうつぶやくと

光が走ります。
光があたりを埋め尽くすと
優しさに包まれ美しく輝く世界の中で

愛しき大地には花が咲乱れるだろう・・永遠に・・

みたいなことを繰り返し消えていく。
この光は夜明けの光であると同時に、心の闇を照らす光でもあるわけでしょうね。
どこにも死という言葉は出てきませんが
これも人が死を受け入れた瞬間だろう。

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フルートの明るい旋律がいろんな楽器に受け継がれつつ弦楽器の光を導いていく。
ここ単純な伸ばしのようでかなり凝ったことになっています。
分奏したヴァイオリンほかいろんなものが絶妙なタイミングで重なっていく。
音もそうだけど、聴きに行くとステージ上の弦楽器の弓の動きからもそれを感じます。
音楽は芽でも聴くものなんですね。
オーディオに気のふれたようなお金と時間を割くのはそれを耳でも聴きとれるようにするためなんだけどそんなの今はどうでもいいか。

とても素晴らしく感動的なこの場面ですが心の底から共感したりしたらまずいだろう。
作者は弟子にこの曲を演奏すると自殺者が出るのではないか?と言ったという。
それは作り話じゃないと思う。
でも私はまだ死にたくないし、死んだ後に花が咲こうが何があろうがそんなの知らない。
まだ死んでいいとは全然思えない。

この後、昼食を取りにとあるカフェレストランみたいなのに行きました。
観光道路沿いにあり好意的なレビュー多数・・経験的にそういうところは・・
行ってみて外れかななんて思ったんだけど、今これを書きながら思うに
心がネガティブでいっぱいになってるからなんでもそう感じるんだろう。
ウキウキしてればあそこもよかったのかもね。
つぎに行った場所は天気も悪いしいろいろあってまたダメ
その次・・
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ここは天気もいまいちで結構人もたくさんいたのに
なぜか大丈夫だった。
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花のおかげかな?
場所のおかげかな?
天気のいい日にまた来たいと思った。
また行きたいところがあればそれだって生きてる理由になるから。

今朝、うぐいすの声を聴きました。
もう春ですよ。
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「・・・・・・」
また弁当買って花見行こうよ。

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たけのこ

自転車に乗って会社へ着くと桜。
なんとなく写真に撮ったりして。
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幼いころ家の隣で河津桜が毎年花を咲かせていたのずっと桜は濃い桃色の花、3月のはじめというメージでした。
この白っぽい花が桜だと思うようになったのはいつからだろう・・思い出さなくていいかそんなこと。
青い空にこの花、きれいですよね。

最近、いろんなことをまともに捕えると揺さぶられてしまうためできるだけ聞き流したり見ないようにしたりして。本当に気にしなくちゃいけないような内容なんか実はほとんどないんだから。
でもそうすると、あの音楽が聴きたいなとかあれが食いたいなとか週末どこへ行こうとかそういうのまでOFFになっちゃうみたい。
最近あんまり音楽部屋にも入ってないな。
座禅とかやったら何か変わるかな・・こんなこと書いてるうちは多分やらないけど。

小さな会社なので昼食は給食会社の弁当だ。よくあるあの感じ。
今日、その片隅にタケノコを発見。
まさかというかすかな期待に・・・そのタケノコは奇跡のように答えてくれた。
あの歯ごたえは掘ってきて湯がいたのをもらってすぐ食ったときのものだ。
弁当屋の仕入れルートとは別に従業員の誰かが持ってきたものを・・みたいな想像をして・・
干上がりそうな心に水を入れてくれたタケノコありがとう・・


フランクのヴァイオリンソナタ。
第1楽章、モネの絵みたいに始まるけれどものすごく強い意志みたいなものを感じます。
ほんと、ピアノは伴奏なんかじゃないですね。
ピアノとヴァイオリンのための2重ソナタ・・対話というより一体というか・・

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最後は誰に言うでもなく静かに笑いながら「だって私は私だから・・」とか言ってるみたいに聴こえます。そんなことばっかり考えてるからそう聞こえるだけかな。
時々ピアノの左手がオルガンのペダルみたいにゴーンと鳴るのにしびれる。

会議の最後、席を蹴ってみたいなのを横目に自転車で帰宅する。
そういうのよせばいいのに入り込んで気が付けば・・みたいなのももうOFF。
ブログを読んで揺さぶられ、変なコメントを書いちゃって後悔するの・・はまあいいか。
そのまま家に入る気もしないので周囲をふらついてるとまあるい月が輝いていた。
近所のおばさんがいつものように二人でしゃべっている。
あえて近づいてみるとスッと受け入れてくれた。花の名前を聞いたりして適当な会話をしている間は人間になれたような気がした。
夕食にはまさかのタケノコ・・無関心はまずいだろう、これもらったの?と聞けば予想通りの答え。
その先はもう聞かないほうがいい。
こんな柔らかいのを食ったのは久しぶりだなぁ・・ありがとうタケノコ。

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古民家

近所の家、もともと農家かな敷地の中に納屋と新旧二軒の家がという・・その古いほうの家は驚きのガラス戸なし、縁側を挟んで障子と木製雨戸のみという江戸時代みたいな家でした。
夜は雨戸が閉まり昼間は縁側と障子になっていたりして人が生活していることが分かった。
なんかすごいなとか思ったりしていたのですが最近解体されてしまいました。
解体前に戸を外されたその姿は黒光りする木の柱や床には凄みが感じられた。
写真撮りたかったけれど人の家なので・・
家主にしてみれば大きなお世話だよな。

前から気にはなっていた古民家カフェへいってみる。
場所的に混んでいて落ち着かないというイメージがありなかなか足が向きませんでした。
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いってみるとこんな庭・・いい感じですね。
手入れが行き届いてるってやつかなこれは。
今にも雨が降り出しそうな天気だったけど、そういう天気も合うよねぇこの景色。
なんかこう早く中へ入らなくちゃなんて気が焦っちゃうんだけど、こういうところに足を止めってゆっくり眺めるくらいな気持ちになりたいね。
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入ればこんないい感じ。
10代の女の子が集まりキャーキャー言ってる。そりゃそうだろうね。若いっていいなぁ。
後ろは就活中という話をしているから学生だろう。いいね若いって。
よくあるBGMは流れていない。
BGMというのは聴かせるために流れているのかと思っていたけれど、関係ない他人の声を遮断してくれるカーテンみたいな役割があるのかもね。

以前は若い人をみると記憶をさかのぼり、そこからやり直したいなんてよく思ったものだ。
でももうわかった。何度戻ってもほとんど同じルートをたどってここへ来るから。
このままじゃいけないというのはあるけれど、これまではこれでいいの。いいのこれで。


記憶をさかのぼるとある点で引っかかってとまったりします。
クラシック音楽に興味を持ってすぐ、ベートーベンの月光ソナタを聴きました。
友だちの親がクラシック全集みたいなのを買って塩漬けにしてたのをテープにダビングしてくれた。
あの頃友だちがいたんだよな。
この曲の第1楽章はピアノが弾けない人にも弾けたと思わせてくれる楽譜なのでみんな触るんじゃないかな。
私もやりましたエレクトーンで・・鍵盤足りないから上げたり下げたり。
他人から見れば騒音を出して遊ぶ馬鹿だっただろうけど、音楽なんか自分に関係ないと思っていた人間にとってそれがどんなにうれしいことだったか・・をいっても仕方ないか。
第3楽章は弾けるわけもないけど劇的でこれまた有名だと思う。
昔はよく近所の家からピアノでこれを弾いてるのが風に乗って聞こえてきました。
第2楽章を聴き終えさぁと思っているとそこで終わった。
誰だったのか知らないけど今はきっと同じくらいの子供がいるんでしょうかね。

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超絶存在感な両楽章に挟まれた第2楽章はかわいらしく印象的な音楽です。
変ニ長調の明るい音楽だけど、どこかこう全開の笑顔じゃないでしょそれみたいな・・
太陽の下明るい笑顔!とかではないよね。
周りは敵だらけ、困難だらけな中でも健気に笑顔を見せてくれる人みたいだ。

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中間部はちょっとかっこつけてダンディに見せようと・・でもかわいいのがバレちゃってるよ。
愛すべき音楽ですねこれ。

あの頃聴いたのはホロヴィッツのこの演奏でした。
かなり個性的というか3楽章なんかちょっと変態的な演奏なんだけど、ひよこが生まれて初めて見たものをお母さんだと思うのと同じようにこの演奏が刷り込まれてこの曲はこういう音楽だと思い込んでしまった。
そこから離れられるのに25年くらいかかったりして。
今これを聴くとやっぱり落ち着く。あの頃の空気と自分の心に触ったような気がする。


本当はこの時気持ちが不安定化してだめだった。
嫁さんの手前早くここを出ようともいえず。
まあでもいいじゃない、そんな日があっても。そんな日しかなくても。
いやな気持も何日かたってこれ書いてる今はもうどうでもよくなっちゃった。

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ケーキは値段がはる分やたらにでかい。
やっぱり若い人がターゲットなのかなこのお店。
深みとかわビさびじゃなくて濃くて分かりやすい味でアピールする系か・・
チャイコフスキーの音楽・・いやちょっと違うな。
若いころは何でもでかいと嬉しかったけどこれを食いながら歳を食ったことを実感する。
この日しばらく胃がもたれていた。
でもまあいいじゃない。これも人生のうちの大事な一日なんでしょう。

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みえなかった

のどかな山間の景色に突然現れる
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この白い巨大物体。
場に不似合いで異様な雰囲気です。これは
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リニア中央新幹線の高架橋なんですね。
談合で話題になっちゃいましたが、時速500kmで品川と名古屋を結ぶんでしょう。
このまっすぐな感じが何だか速いのがぶっ飛んできそうな感じですよね。
この高架橋コンクリート製のドームでおおわれていて、トンネルがずっと延長されたような構造です。降雪対策と、とんでもない速さのものがトンネルを出入りすると気圧の影響とかいろいろあるんでしょうね。
だから走ってきても見えないし、のってる人も車窓なんかなくて真っ暗なんでしょう。
見えたところで速すぎて何だかわからないらしいですね。
水平エレベータみたいなもんで(私は)乗ってもおもしろくないかな・・
子供のころ絵本で見たみらいののりもの・・みたいな世界にはよく透明なチューブの中をソーセージみたいな乗り物が走っていました。
中が真空で空気抵抗がないから速いみたいな論法なのかな?
透明だから車窓が見えるというところが画期的ですよね。
絵本で中身見せなきゃなんないから透明なだけか・・
冗談みたいだと思ってたけど19世紀半ばから実験が行われたりしていたみたいだ。
さらに中東かどこかで実際そういうの建設するんじゃなかったっけ?

超ポピュラー系クラシック音楽のホルストの組曲惑星という曲があります。
七夕付近になるといろんなオケがやってたり・・
終曲は海王星。

昔はよく解説なんかに作曲当時冥王星はまだ発見されていなかったため海王星が終曲だと書いてありました。
でも今また冥王星は惑星から外されちゃいましたね。
この曲、SF的に宇宙を描写した曲じゃないんだったはず。
占星術かなんかなんでしょう言ってるのは。
でもこの曲はやっぱり宇宙の果て闇に沈んでるみたいな音楽です。
歌詞のない女声合唱が出てきてドビュッシーとかのパクリみたいですが、松本零士のアニメの音楽もこんなでしたよね。
あれがこれをパクってんのかな?

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女声合唱、最後の小節に★が書いてありますが、スコアの欄外には「この小節は音が彼方へ消えるまでリピートすること」みたいなことが書いてあります。フェードアウトですね。
無限にリピートしろみたいな指示はサティがやったりしてますが、フェードアウトは・・ハイドンもやってるか・・
まあでも露骨にこういうのやったのはありそうでなかったと思う。
自分の視点は地球へ戻ってゆく・・海王星は彼方に遠ざかっていくわけだ。
この音楽でいいのは5拍子なところですよね。
この不安定でいつまでたっても落ち着かない感じの5拍子が繰り返すコーラスに永遠に続く印象を感じさせるんですよねきっと。

初演時はこの神秘的なシーンを演出すべく女性合唱をホールの外に置き、開けていた扉をだんだん閉めていった・・
と初演者のエイドリアン・ボールトが本の中で言ってた。
私も実演に行きましたが似たようなことをやっていました。
その時は客席の扉じゃなくて舞台の袖。
知らないけどプロとかいう人たちならそんなことしなくても消え入るように歌うとかできるんでしょう?(同じトーンで聴こえないほど小さくなっていくってとても難しいことだと思う)
扉開閉はネタ的な演出ですよね?
こういうはったり演出は一歩間違うと間抜け感が出る恐れもあるけれど、この時は美しい弦楽器の高音にやられてうかつにも感動してしまった。
後日オケのブログかなにかで、袖で歌っている人たちの姿を見ることができました。
そこそこの人数がいて、指揮はどうすんだっけモニターを見るんだっけ窓からみえるんだっけ?
音が永遠の闇の向こうに消えた後、幸いにもこの時は馬鹿みたいにすぐ拍手するような変なお客もいなくてよかった。
遠く遠く離れて消えていったのみんなで感じた後ゆっくり拍手が始まるんだけれど、
拍手を受けに出てくるかな?と思った合唱は出てこなかったので結局その姿は見えないままでした。
素人の年に一度の発表会みたいなのならともかく、あの内容でゾロゾロ出てきて並ぶのも変といえば変かな。
バンダとかオペラのピットとか自分の出番が終わると演奏中でも帰っちゃったりするもんらしいですね。

私子供のころ鉄道マニアだったんですが、新幹線にはあまり萌えませんでした。
なんかこう高規格過ぎて・・ちゃんとしすぎというか・・
リニアモーターカーはカテゴリ的に鉄道になるんだろうけど私は萌えないかも。
ただ仕事的にちょっと興味あるかな。

開業前から東海道新幹線の運行管理にかかわった人の本を読みました。
新幹線て在来線が大きく速くなったみたいに考えがちだけど全然違うんですよね。
いろんな要素を一体として考えられた一つのシステムなんでしょうねあれは。
隣の国が大事故を起こしたのを見たときそのあたりの考えを間違っていることも大きな原因の一つだと思った。

開業以来長らく人身事故がゼロであった新幹線なわけですが、実際には開業当初高速で走行中に破損した部品が床を破り車内を貫通・・・人が乗っていれば血の海だ・・偶然団体客が指定をキャンセルして1両丸ごと空き席だった・・みたいな事故が頻発していたという。
安全神話というのはマスコミが作り上げた虚像だとその人は言い切っていた。
現場ではいろんな人が絶えず必死になって安全を確保していると思う。
リニア新幹線もそうなんだと思う。
すごいよね。
私は景色が見たい人だから多分乗んないけどね。
どこかへろへろローカル線に乗りに行きたい。

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豊かさ

昼に鰻を食べた日、夜は妻と食事に。
ほんとは連続で外食というのもきついんだけど、鰻を食ったことは内緒なので何食わぬ顔で。
あ何食わぬ顔ってこれのことか。
妻希望のお店は行ったら定休日だった。
つぎに浮かんだ店が偶然一致したのでそこへ。
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鯵のカルパッチョ・・あかいつぶなんだったんだろう?
鯵は刺身かたたきだろとか思ってるおっさんにもおいしかったよ。
能書き言わずに美味しいねって笑えばおいしく楽しくなるんだよねこういうの。
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変わった名前のパスタ。
ダシの効いたクリームトマトソースにエビとオリーブの実が絡んでた。
その変な名前で検索するとこのお店が出てくるのでオリジナルな名前なのかな。
いつもだったらこれじゃ量的に足りないのでピザとか頼んじゃうんだけど、これで良しとするんだ今日は・・とがんばる。
ゆっくり食べて・・終わちゃったぁ・・じゃない、腕組みをしてしばらく我慢していると・・
案外いつの間にか満腹感てくるんですね。
ほんとはこの後コーヒーが出てきて砂糖入れちゃったりしてダメじゃんか。


バッハの無伴奏パルティータ第3番ホ長調 BWV1006
パルティータってなんか食べ物の名前みたいですよね。

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バッハの自筆清書譜。
昔の楽譜だから調号の♯がいっぱい書いてある。
この人の自筆譜ってこれ自体がアートみたいでしょう?
ベートーベンのなんかきったなくて笑っちゃう奴があるけど。
バッハの場合はそれ自体が演奏にも使われる実用楽譜だから誰にでも読めなくちゃならないんだけど、それにしてもそれ以上のものがあってすごいよね。
複数の弦を弾き分けることが書いてあってこうなってるんだろうけど視覚的にも模様的に面白い。

重音やいろんなテクニックで一本の楽器なのに多数の声部が同時進行しているように聴かせる・・と言う超絶技巧の走りみたいな側面も面白いですが、単一の声部のみでこんなに豊かな音楽を聴くかせられるんだ・・と言うところがいいよねぇ。
豊かさは分厚くたくさんあることじゃない。ちょっと奇麗ごとみたいだけど。
一見シンプルに見えるこの中にも、構造やいろんな技法等理知的な側面がたくさん見えてくるはず・・正直まだ聞きこんでないから書けないわけなんですけどね。
これから発見の楽しみがあると思えばまた少し楽しくなってくる。
あの人何が楽しくて生きてるの?なんて何度も言われてきたけど小さく楽しいですよ。

バブルも末期になると「本当の豊かさとは何か」みたいなコピーが流行ってた。
学校を出るころにはバブルもはじけていてもう本当の豊かさどころじゃなかったと思う。
好景気の恩恵にはあずかれなかったけれど、笑顔が苦手みたいな私はあんな明るく浮かれた世の中じゃ生き辛くて仕方がなかったと思う。だからよかったというのもまた違うけど。
私にも笑顔でいると知らない人まで集まってきて人生はこんなに素晴らしいものなのか!みたいな時期が実はありました。短かかったし今じゃ夢だったのかとも思うけど。
だからそういう風に生きたほうが豊かな人生が送れるらしいことは知ってる。
知ってるのにそうできなくて30年。
今、豊かさとは何かを考えると自分にないものばかりが浮かんでくるんですね。
それは豊かじゃないとか書きそうな場面だけどいいんじゃないのそれはそれで。
最近になって急に笑顔で輝く人に近づいたら吸い取られるように自分が疲弊してるのに気づいた。
模範解答的豊かさが豊かじゃなくてもいいでしょう。
手がかりも根拠もないけれど、なんでか知らないけどまだこの先に何かできるんじゃないかというほのかな希望があるんだよね。
だからまだ大丈夫。

この曲を聴こうとCDを買ったのももう25年くらい前なのかぁ。
聴けば引き込まれるんだけど、どうしてもオケものなんかを聴いてしまいなかなか手が伸びなかった。
しかしオーディオでもあれなんですよ巨大編成の中から細かく異なる動きを聞き取る・・みたいなのも難しいけれど、
空間に楽器一本というののリアル再生も難しく奥が深い。
歳をとって食事の内容も変わってくるように愛聴する音楽も変わっていくかな?
変わるんじゃなくていままで聴かなかったものがプラスされてく感じのがいいな。
このお店は初めて来たけどなかなか良かった。
嫁さんが気に入ったみたいだから。
またこよう。

Tag:バッハ  Trackback:0 comment:4 

うちのボンタンの樹、風の当たるあたりを中心に葉を落としてしまい一見瀕死の状態です。
でも知ってる、春になればまた力強く若葉や花の芽を出してくれるはず・・
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あっ・・毎年これを見つけるとすごくうれしくなります。
頑張って生きてんだなぁ・・と思って。
これは葉の芽かな?どこかに花の芽も出ているはず。
頑張れがんばれ俺も頑張るから・・何を頑張るのかわからないんだけど。

天気がいいのでスーパーでパンを買って嫁さんと犬と丘に登って
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こんなところで食ったりして。
下手なカフェなんかよりよっぽど豊かな時間。
なんだけど嫁さんは花粉症でぐしゃぐしゃに・・
あまり長居しないで帰る。
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桜じゃないです。
名前もわからないけれど奇麗な花。一生懸命咲いてるんだから見てやんなくちゃ。
今年の冬は寒かったけれど、富士山に雪がアイスクリームみたいにべたーっと乗る日はほとんどなかった。
今やっとそんな感じ。
でももう気温が上がってくっきりはっきりとは見えないんですね。

春ですね。
ヨーロッパは地中海性気候でしたっけ?クラシック音楽には春を歌った曲がたくさんあって日本とは違う形でしょうが四季があり春を待ち望み喜んでいる姿が感じ取れます。
でもここでベートーベンのスプリングソナタとかメンデルスゾーンの春の歌とかに言及したら負けだと思った。
負けってなんだよ。

チャイコフスキーの弦楽セレナーデの3楽章の冒頭が目ざめの時みたいだなと思って・・
この楽章主部、悲愴交響曲のワルツと似ていますよね。あちらは5拍子だけど。
たまたま似ただけかな?何か意味があって引用してるのかな?

ブログを見ていたら春が嫌いと公言している方がいて印象に残りました。
人それぞれ色々ですよね。みんなが春が好きなわけじゃなくていいと思う。
メンデルスゾーンの春の歌みたいな楽し気な春は私に関係ない気がする。
これから新しいことが始まりそうでワクワクします・・なんてない。
でも、褐色の景色に色がついてきたり小さな花が一生懸命咲いていたりするのを見ると嬉しくなりますよ。
 
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家のすぐ前には蛙のおっさん。
おねえさんだったらどうしよう。
まだ土がついているような感じで冬の長い眠りから出てきたばかりというところ。
何だか寝ぼけたような顔で逃げるでもなく。
頑張れがんばれ・・これから何するのか知らないけど・・

かなり忙しかった時期もあるんだけれど最近しばらく仕事で妙に余裕があったんですね。
今日、久しぶりに複数の要素が重なって大変なんだけど充実してもいました。
ずっと続いている訳の分からない憂鬱感がすっと消えるのね。
それは忙しさでまぎれるとか忘れるとかいうのとは違う。
逆に言うと俺は自分の存在に意味がない気がして憂鬱なんだろうね。
仕事に自分を求めるとか違うと思うから、どこか出てってなんかすればいいんだろうけど。
出てってみたらこけちゃってもういい加減リセットしたはずなのに次へ行く気もしなくて。
これじゃ悩める若い子のポエムみたいだな。
春ですからね。

ボンタンとかかぼすとか、この時期に産声って感じで新芽が出てきて感動するんですよね。
でもその後すごい勢いで枝葉を延ばすんだよね。この世に出てきた以上やってやるわぁ・・みたいな。
ボンタンが若葉でワシワシ輝きだす頃、私は今と違う私になっていられるかな?
かな?じゃないよね
絶対なってやる!とかじゃなくちゃないんでしょ。
大丈夫。

Tag:チャイコフスキー  Trackback:0 comment:2 

名前

昼飯を好きに食べられるチャンスがやってきたので
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鰻を食ってやった。
昔からあるような鰻屋さんは高くて行けなくなってしまいましたが、ここは低価格路線で勝負している店。数年前からの価格高騰以前は確か600円台でうな丼が食えていた気がします。    
安くてもちゃんと炭火で焼いていたりして牛丼チェーンが時々やるようなのとは一線を画している。
鰻の値段が急上昇してしまった時、コンセプト的に継続難しいかなと思いましたが値上げをしてもお客さんちゃんとついてきたみたいだ。 
中国製なんだろうけどとりあえずおいしい。俺にそんな高尚なのはいらないし。
いつもなら大盛にするところだけど医者に怒られるので普通にすると行く前から固く決心して挑む。
その分切り干し大根がついてきた。
その医者のいる病院で、肝臓だったか食べるとリスクのある食材リストみたいなポスターの筆頭に鰻があったことは今は忘れたことにして・・・

そして私の名前はunagi・・・はどうでもいいか。
私の父親は遠隔地の出身で苗字はこのあたりではほぼ100%全く違う別な読み方をされます。
子供のころからいちいち正さずその名に返事をすることに慣れている。
そういえば10月頃になってもまだ間違った読みで呼ぶ担任の先生がいた。
私が目立たなく覚えにくいにしてもさすがにひどいと思ったけれど、文句を言うこともできず無視をして怒られた。

子供の頃、親に自分の名前の由来を聞いたところその答えは「お寺さんでもらった」だった。
今ならその寺っていうのが何なのかも察しがつくけれどそれはいいとして、
子供なりに親の思いみたいなものを聞きたかったのに何回聞いても「もらってきた・・・」
親のせいだなんていう気はありませんが今でも自分の名前にリアリティがない。
便宜上書いたり答えたりはするけどそれが自分だという意識がかなり希薄で他人事みたいだ。

私の自己肯定力が異常に足りないのは名前のせいだなんて思わないけれど、名前にリアリティがないなんて言ってるのは自己肯定力が足りないあかしだとは思う。
ブログを始めるときブログ名を考えると馬鹿のたわ事とか犬の糞みたいな否定形の名前ばかりが出てくることに気付いた。
これはまずいと思いせめてブログ名だけでも自分を肯定しましょうと思いつけたのがそれでいいの。

unagiの由来は25年くらい前のパソコン通信にまで遡るんですが20年くらい前のインターネット黎明期にもunagiの名前で出ていました。
楽しかったのはいいけれどリアル私よりもネット上のunagiさんの方が勝ってしまった。
私はunagiに嫉妬し始める・・結構危ないと思う。
幸いその時はある出来事でunagiがいなくなりました。
今また私の中にunagiさんが独立し始めてる・・好意的なコメントをいただくとほめられたのは私じゃなくてunagiさんだと思いながら傍から眺める感じ・・
だから最近変な事ばっかり書いてるのかなぁ・・もう若くないのに気持ち悪いなぁ・・・




ラヴェルのハイドンの名によるメヌエット
音楽雑誌がハイドンの没後100周年号の企画として複数の作曲家に作曲の依頼したというもの。
HAYDNのアルファベットを音名に置き換えて・・。
バッハとかショスタコーヴィッチがやったのと違いちょっとこじつけ的なルールに基づいているので聞いても特に何も感じない。
それよりいい曲だねとか思ってればいいんだよこんなの。

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あえて設定した制約に縛られて創作・・と言うところが面白い訳ですけどね。
恥ずかしいけれど構わず書くと私の感じている拍子は楽譜とずれている。

雑誌社の呼びかけに何人かが答えているけれどサンサーンスはルールが理解できないからと言ってやらなかったとWikipediaにあった。
超絶インテリなサンサーンスにあんなものが理解できないはずはない。
プライドも高いおっさんだから他の作曲家と比べられるのが嫌だったのかなと思ってみたり。
それより驚くのはサンサーンスがラヴェルと同時代人だという事実。わかってはいるんだけど・・彼の作風は時代と50年ずれて聞こえる。

昔読んだマニュエル・ロザンタールの本にこんな話がありました。
ラヴェルは弟子の作品が演奏されるイベントを見に行ったが警備員に止められた・・
おっさんここから先は招待者だけだよ・・みたいなのかな?
なにを言ってるんだ!俺はモーリス・ラヴェルだぞ!!とか言って叫んでいたけど
ダメだと言って入れてもらえなかったらしい。
世界をぶっ飛ばすようなスーパー名前も、そこに価値を感じない人の前では何の意味もないんだよね。


名前にはリアリティが感じられないけれど、私の中にリアルな私がいるのも間違いない。
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同じ日、別な場所。
ペンキ塗りたて?とか思いながらドアの取っ手じゃないところを手で押してベチャ・・・
これが私。
まさに私。
どこ行ってもうまくいかず逃げちゃってる糞みたいなやつも私。
愛おしい私。

Tag:ラヴェル  Trackback:0 comment:8 

どっかいっちゃった

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理論物理学者のスティーヴン・ホーキングという人が最近亡くなりました。
病気で体の自由を奪われ車いすに乗って人工音声で話をする・・ブラックホールは何なのかとか・
理系な人ならみんな知っているでしょう。
彼は死後の世界なんかないとか言いきって問題になったらしい。そりゃ宇宙を数式で解いていきゃそうなるだろう。
で実際どうだったんだろう?いまどこにいるのかな?

この人30年くらい前にブームみたいになって私もその時テレビで知りました。
理論物理学者的な話よりも、体の自由を奪われていく病気であると知りながら学生時代に出会った女性と結婚して子供も早く作って幸せそうな家族・・と言う話の方が印象に残りました。
寝ている子供を前に合成音声でGood nightとか言って。
ところが何年か前にこの人についてのテレビを見たら離婚してた。
奥さんだった人が悲愴な顔であの人は有名になってしまいもう私たちのものではないのです。
みたいなことを言ってた。
本当は別な事情があったりするのかもしれないけどそんなのはどうでもよくて、話としてはよくわかる気がする。


これはストラヴィンスキーの管楽器のための交響曲という曲。
ドビュッシーの追悼のために書かれた・・か書かれたものをベースにした曲だったと思う。
聴き慣れないとかなりとっつきにくいと思います。
初めて聴いたのは中学生くらいでしたが、難解な変態音楽だと思った。
いいかもなと思ったのはつい最近。
ふと思ったんですが岡本太郎の作品を思い浮かべるとわかりやすく聞けるような気がします。
かれが縄文土器かなんかに衝撃を受けてインスピレーションを得ている映像を見たことがありますが、なんかあのイメージ・・
原始の生命力みたいなのが花咲いている・・というのとレクイエムなコラール。

クラシック音楽の邦題のつけ方にはルールみたいなものがあります。
Symphonies of Wind instrumentsですが吹奏楽のための・・とは訳さない。
こういうことを言っちゃいけないのだけど私は吹奏楽団に入ろうとしたにもかかわらず、吹奏楽の曲を聞くのが苦手。
いろんな人が読んでくださるからあえて苦手という言葉を当てているけれど実際はもっと拒否感が強い。
でもほとんど同じ編成でありながら「管楽器のための」という事になっていれば聴ける。
インチキみたいだけど、そういうもんでしょう人間なんて。



地元の昔から知っているある飲食店に行こうかと思ったら最近は平日でも開店前からすごい行列らしい。テレビで紹介されてからみたいだけれど、ちょっと行く気になれない。
クラシックに出会う直前にある作曲家の音楽に強く惹かれていました。
その人はその後チャンスをどんどんつかんで誰でも知っている大人気作曲家になった。
同時に自分の中では自分の聴くべき音楽ではないような気がしてきて、今ではちょっと耳にすると嫌な気持ちが走る。
自分のものと思ってたのが大人気になっていくとなんかこう自分の世界からは遠ざかって行ってしまったような寂しさが・・
クラシック音楽がこの先みんなに大人気となるとは考えいにくい。
でもだからいいのかもしれない私にとっては。

Tag:ストラヴィンスキー  Trackback:0 comment:0 

地上絵

近所の田んぼ
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航空写真を見ていると田んぼに
>-<
みたいな模様がたくさん見えます。
なんだこれ祈りをささげる地上絵か?
ここ犬と散歩でよく通るんですが地上から見ていると気付きません。
でもそういうつもりでよーく見ると何か見えてくる気もする。
航空写真を見ると日本中のいろんな田んぼにこんな模様があるのを見つけた。
どうもトラクターが畔に合わせてぐるぐる回るとこういう形状の跡がつくらしいんですよね。

この地上絵から連想したのがブルックナーの交響曲第5番のAdagio。
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3連符のピッチカートが音楽を主導する。
その上に乗るのは普通の4拍子の旋律。
私はミミズの賛歌みたいない音楽が大好きなんです。
楽譜的には1小節を2つに振るみたいな指示が書いてあるんだと思う。
ただ実際二つ振りじゃ間が持たないのでかなりテンポの速い軽い感じの音楽になってしまうんだろう。
この曲の性質から指揮者は3連符をふり、一小節に拍が6つある6拍子の音楽に木管が4の音楽をはめ込む・・・
みたいな演奏が多いと思う。


このヨッフムSKDは6つに振っていると思う。

ラジオなんかこの曲を聴いているとあっこれ2つで振ってるな・・と感じたことが何度かあります。
同じ楽譜を演奏していて、数学的というか論理的には同じ音楽が聞こえるはずなのに、やっぱり違うんですよね。


この人4つで振ってる。
でもこの4を見ながら3連符を聞いてると何だか茶番みたいな気がしてくる。
俺がどう思うかは関係ないんだろうけど。
木管の歌も後半で八分音符や16分音符みたいな細かなかな音が出てくるところがみんな違って聴こえる。
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ブルックナー特有の複数のパートが絡み合って別な何かが聞こえる・・みたいなのが出てくるともう大変。ただでさえ6拍子と4拍子が緊張を作っているところにその4拍子内でまた複雑な世界ができちゃって・・・
ちょっとしたカオスになって聞こえる。
ここも怪しい演奏だとえ?みたいな
それはそれでいいんだと思う。
春の祭典じゃないんだから、この曲に求められるのはそこじゃないはず。
でもそんなことばっかり追及するのが音楽だっていう人もいたりして・・いいけど。


誰だか知らないけどこれは2つで振ってるような気が・・・何だこのオーケストレーション
これは悪名高きシャルクの改訂版というやつですね。
管楽器は4/4、弦楽器には4/6拍子が振られたハイブリットスコアだ。
テンポすごく速くなっちゃててもはやAdagioじゃなくなっちゃってるんだけど、でもオリジナルの楽譜が言ってるのは実はこういう事ですよね?

何が言いたいかというと別に何にも言いたくなくて、どれが正しいなんて言わずに色々聴いてると楽しいなというのといくら書いたところで死ぬまで演奏者側には回れないアホの僻みですよ。
つまんねえな。
しかしこの音楽は面白いしいいですね。
田舎の素朴音楽の代表者みたいな顔してこんなのをふっとやっちゃうんだから。

この曲、

面白いのは2楽章であんなに面白かった3連符のピッチカートのがスケルツォで

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ほとんどそのままものすごい速さで出てくるところですよね。
こっちは思い切り3拍子。

Adagioとテンポが違いすぎてこの同じ素材が全然違う側面を見せてるぜ的な面白さに、下手をすると気づかないままの人もいると思う。
そう思うとあの2つ振りの速いテンポの演奏が案外ベストに近かったりするんじゃないかと思ったりして。

田んぼもあれですよね、子供の頃は稲刈りが終わると竹で組んだ物干しみたいなのに稲わらを干してた。
農家の綾にはそのための竹を収納する部分があった。
今はコンバインだからやらないんでしたっけ?
稲わらを干してるのも、農家の納屋も見なくなった。

Tag:ブルックナー  Trackback:0 comment:2 

頭のおかしい30年

小田急の複々線化工事最後の区間が完成していました。
なにわざわざ見に行ってんだという・・
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高校生の頃、小田急に乗って東京へCDを買いに行った覚えがあります。
クラシックも色々聴きだすと田舎のレコード屋じゃ追いつかなかった。
タワレコなんてまだなくて、秋葉原の石丸電気3号館だったと思う。
帰りの電車から線路際の空き地に輸送力増強!という複々線化用地の看板と小田急考え直せみたいな反対の旗を見て完成時の様子を想像し、完成したら見に行こうなんて思った。
あれから30年・・・30年かかったんだねえ・・
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見に行こうと思っていたから見に行った。
30年なんていえば人の一生分の仕事みたいですよね。
ずっと携わた人は感慨深いんじゃないかな。
この路線で通勤していた人の中には若い頃に工事が始まって完成前に定年になっちゃったりした人もいるわけでしょう?
これを見ながら自分も人生の大きな時間が終わってしまったのを感じたりして。

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翌日うちの近所のとんかつ屋に行きました。
ほんとにすぐそばにあって毎日見るのに一度しか行ったことがなかった。
その一度も30年前。
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あの頃、私は強迫性障害を発症し一日に何度も頭をシャンプーで洗ったりしました。髪の油が抜けて死体みたいな恰好で歩いていたと思う。その先は書いてもあれなので端折って・・
世の中のすべての人間は私をさげすみ攻撃する敵だと感じる悪夢のような日々の中で音楽を聴くことだけが救いでした。
そのせいか私の中で音楽は人間というか演奏者からも切り離された奇跡の神秘世界のような位置づけになってしまっているかもしれません。
ずっとそれが当たり前だったので何とも思いませんでした。
本当は音楽とは人間が作る事に意味がある人間のものなんだと思う。

人生がそこで中断してしまっているという意識を正そうと思い、あの頃投げ出した吹奏楽を思って一昨年演奏団体みたいなところへと入ってみました。
私は運動神経みたいなところにも異常があって普通の人が見様見真似でできることを3年かかって覚えたりするところがあります。
高校の時と同じ、まともな音が出るようになるまで3年くらい1人でやってから人のいる場に出るべきなんだと思う。

楽器演奏って実はものすごくスポーツ的なんですね。運動神経とか瞬発力とかそういうの。
私の頭にあるメルヘン世界じゃないの。
芸術性だの心なんて言うのはその先におまけのようにあるか、そもそもそんなものは無いのかもしれない。
そうなのかもしれないけれど、笑顔でそういわれた時には私自身を全否定された気がした。
その同じ人がプロと知り合いだという話を繰り返したため、そのプロというのにも嫌悪感を懐くようになりその人たちがステージ上にいるコンサートというものにも行けなくなってしまった。

どこかのブログで何とか障害みたいな記事を読んでいたら芸術への過度な賛美、傾倒、妄想・・みたいな話が出てきた。
全体的には他人と理解しあうとか協調とかすることができず傲慢で我儘などうしようもない人という事だったと思う。
俺あれなのかな?

ごちゃごちゃ言ってないでまた楽器を練習すればいいんだと思うけど、まだ触る気がしない。
この間練習を再開する夢を見て辞めたほうがいいみたいな話になってた。夢の中で楽器はさびていた。

あのころ、これも聞いた覚えがあります。

マ・メール・ロワの終曲だけれど歌う弦楽器を引きずるように止めてまた動かすこの演奏に強く惹かれた。

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魔法じゃないのかと思ったけれど、楽譜を見てもこんな普通の景色があるだけだった。

あれから30年たった今、その同じ演奏を聴いて泣きそうだ。
この曲はもともと子供がピアノで連弾するために書かれたものだったと思うけれど、持っている内容は子供向けをはるかに超えてしまっていると思う。

時々この人生は失敗かと思ったりもするけれど、私は私としてここまで生きてきましたよ。
この曲の最後はお前良かったねと言ってくれているように聴こえます。
演奏者はそんなこと考えていないし、私のことなんか大嫌いかもしれない。作者もそうかも。
でも音になって出てきたものはもう誰にも関係ない。私の中に入れば私のものだから。
そこは誰にも邪魔されない。

何も知らず無邪気に行こうよという妻に嫌がる理由もないので行ってみると、あの時座った席はそのままそこにあった。
当たり前だけどそこに俺は座ってないし何も起こらなかった。
あれから30年か。
ランチだからちっちゃいとんかつだけど、意外に良かったよ。

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結構さみしいけど結構楽しいよ。
クラシック音楽が好きです。

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