牧草地で
昔、北海道の日本離れした景色と空気が忘れられず何度もいきました。
写真を見るともう10年くらいたってて・・10年なんてあっという間だな。

北海道というと一つの場所みたいですが東北地方とか西日本とかいうのと等価のでかさなんだから、ひとくくりに考えるのもどうかと思う事があります。
北海道に住んでますという人と話しても話が合わなかったりしますね。
私が特に好きなのは道北・・稚内とかある北の方です。
見えているのはサロベツ原野。奥に見えるのは利尻富士。
写真には写らないけれど、驚くべきさわやかな空気となんかよくわからない匂い・・音・・
いまは訳があっていけません。
家から一時間ほどのところにみようと思えば北海道に見えなくもない所がある。
梅雨の合間、少し日が出たように見えたので・・

実際、北海道の馬鹿でっかさとまっすぐさは全然違う・・第一空気のさらさら感が・・
まあいいんだよそんなこと。
近くのコンビニで買った弁当を食ったりして・・

静が・・ではない。
名前わかんないけどよくいる小さな鳥・・羽をバタバタさせながらピーチくぱーちくずっと大騒ぎしてる・・
遠くではカッコウも鳴いていて・・
いいなぁ・・・

北海道だとでっかいトラクターが牧草を刈っていたりラップサイレージと言ってビニールで包んでロールキャベツみたいにしたり・・
珍しいからと撮った写真をあとで見るとトラクターの運転席からこちらを鬼の形相でにらみつける人・・降りて走ってきたこともあった・・もちろん逃げた。
汗を流し土をかぶって一生懸命働いているところをいい気になって見物なんかしてはいけないんでしょう。
この場所でも苦虫を噛み潰したような顔が見えながら走ってきた車がわざと減速して横を通り過ぎて行った。
多分この先の農家の人でしょう。
お前の来るとこじゃねーんだよといっているのかもしれない。
白線も引いてあるような公道だからいいかと思ったけど来ちゃいけないのか・・ごめんなさいね。
北海道に行った気分に・・なんかならないけれど、少しだけ心が休まった気はした。
ないものねだりはやめて手の届くものでいいとするというのはどうでしょうか・・
そんなのは逃げてるだけだ!
できないことほど挑戦をすべき・・
みたいなのが正しいというのはわかりますけどね。
基準値に満たない自分は不適合品だと判定して死んじまってたら本末転倒じゃないか。
しかしそう思って20年くらい無駄にしたという気持ち・・そもそもその無駄だにしたというのが
あるはずだったものという仮想の理想を勝手に設定しているのであってどうなんだというところから・・
とかこんなことを考えている時間が無駄なのであってもう何も考えたくない。
何も考えたくないなんて思うから脳は余計に考えようとするわけだからじゃああえて考えてみようとすれば
くだらね。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=532&v=9Psr7qr5Lx8
今時ワルターのモーツァルトなんか聴いてると笑われるのかもしれませんけれど。
ジュピターの2楽章の終わりに

木管の歌を弦がちょっと肩代わりというかリレーするところがあるんだけど、
何も言わなくても通じる親友というか仲間がすぐそばにいるんだよ。
みたいな暖かいものを感じます。
そういうのと無縁で生きてきた私は40を過ぎてよせばいいのに自分もなんて思ってしまった。
でもまぁ、子供でも普通にできるらしいそれが私には難しくて遠い世界のように見える。
嫁さんがいてくれるから嫁を大事にしてずっと生きていけばいいと思う。
分かってはいるけど最初からそれじゃ寂しいんじゃないかという思いがいちいち出てきやがるんだよな。
こんなの消えちまえばいいのに。
晴れてれば富士山が見えるんだよなーなんて考えていると

あっ富士山だ・・
数分後には

また雲の中に・・
自分が利尻を見に行って雲に隠れていたりするととても残念な気持ちになったのと同じように、遠くから来た人は富士山が雲に隠れちゃったらとても残念なんでしょうかね。
私は見慣れすぎててとくに・・むしろ気にしたらちょっとだけ顔を見せてくれたような気がして何だかうれしかったりして。
ほしくてしょうがないものも、手に入ってみれば何がありがたいんだかわかんなくなったりする。
手に入らないととても貴重で尊いもののような気がするけど、あったときは嫌で避けようとしていた。
失ってしまったことを嘆いているけど手放さないような努力はしていなかった・・
実は自分の一時的な気分や都合に騙されて・・なんだ
どうでもいいか。
北海道中毒みたいになっていたので急にいけなくなってしまったときは禁断症状みたいなのが出て3年間くらい苦しかった。
ちょっとアホみたいだけど。
今あるこのうだうだも3年もたてば気がすんで忘れちまうんだろうな。
忘れちゃっうことが正しいかどうかは別として。
同じ日の夜。
家の近くでなんかイベントをやってんだと妻が騒ぎ出した。
私はちょうどそういうのに行きたくない盛りなので聞こえないふりをしていた・・
犬の散歩をしていると嫁さんがどうしても行こうという・・

すぐそばまで行って犬がいるからここで待ってるよと言うと嫁さんは一人で見に行った。
そんなもん犬がいたっていけばいいと思う。
私はああいうところに行けない変態だから。
ごめんね。
嫁さんにはずいぶん我慢をさせているのかもしれない。
まあそれはお互い様だけどね。
犬としてははどうなのかな?

ZZZ・・・
写真を見るともう10年くらいたってて・・10年なんてあっという間だな。

北海道というと一つの場所みたいですが東北地方とか西日本とかいうのと等価のでかさなんだから、ひとくくりに考えるのもどうかと思う事があります。
北海道に住んでますという人と話しても話が合わなかったりしますね。
私が特に好きなのは道北・・稚内とかある北の方です。
見えているのはサロベツ原野。奥に見えるのは利尻富士。
写真には写らないけれど、驚くべきさわやかな空気となんかよくわからない匂い・・音・・
いまは訳があっていけません。
家から一時間ほどのところにみようと思えば北海道に見えなくもない所がある。
梅雨の合間、少し日が出たように見えたので・・

実際、北海道の馬鹿でっかさとまっすぐさは全然違う・・第一空気のさらさら感が・・
まあいいんだよそんなこと。
近くのコンビニで買った弁当を食ったりして・・

静が・・ではない。
名前わかんないけどよくいる小さな鳥・・羽をバタバタさせながらピーチくぱーちくずっと大騒ぎしてる・・
遠くではカッコウも鳴いていて・・
いいなぁ・・・

北海道だとでっかいトラクターが牧草を刈っていたりラップサイレージと言ってビニールで包んでロールキャベツみたいにしたり・・
珍しいからと撮った写真をあとで見るとトラクターの運転席からこちらを鬼の形相でにらみつける人・・降りて走ってきたこともあった・・もちろん逃げた。
汗を流し土をかぶって一生懸命働いているところをいい気になって見物なんかしてはいけないんでしょう。
この場所でも苦虫を噛み潰したような顔が見えながら走ってきた車がわざと減速して横を通り過ぎて行った。
多分この先の農家の人でしょう。
お前の来るとこじゃねーんだよといっているのかもしれない。
白線も引いてあるような公道だからいいかと思ったけど来ちゃいけないのか・・ごめんなさいね。
北海道に行った気分に・・なんかならないけれど、少しだけ心が休まった気はした。
ないものねだりはやめて手の届くものでいいとするというのはどうでしょうか・・
そんなのは逃げてるだけだ!
できないことほど挑戦をすべき・・
みたいなのが正しいというのはわかりますけどね。
基準値に満たない自分は不適合品だと判定して死んじまってたら本末転倒じゃないか。
しかしそう思って20年くらい無駄にしたという気持ち・・そもそもその無駄だにしたというのが
あるはずだったものという仮想の理想を勝手に設定しているのであってどうなんだというところから・・
とかこんなことを考えている時間が無駄なのであってもう何も考えたくない。
何も考えたくないなんて思うから脳は余計に考えようとするわけだからじゃああえて考えてみようとすれば
くだらね。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=532&v=9Psr7qr5Lx8
今時ワルターのモーツァルトなんか聴いてると笑われるのかもしれませんけれど。
ジュピターの2楽章の終わりに

木管の歌を弦がちょっと肩代わりというかリレーするところがあるんだけど、
何も言わなくても通じる親友というか仲間がすぐそばにいるんだよ。
みたいな暖かいものを感じます。
そういうのと無縁で生きてきた私は40を過ぎてよせばいいのに自分もなんて思ってしまった。
でもまぁ、子供でも普通にできるらしいそれが私には難しくて遠い世界のように見える。
嫁さんがいてくれるから嫁を大事にしてずっと生きていけばいいと思う。
分かってはいるけど最初からそれじゃ寂しいんじゃないかという思いがいちいち出てきやがるんだよな。
こんなの消えちまえばいいのに。
晴れてれば富士山が見えるんだよなーなんて考えていると

あっ富士山だ・・
数分後には

また雲の中に・・
自分が利尻を見に行って雲に隠れていたりするととても残念な気持ちになったのと同じように、遠くから来た人は富士山が雲に隠れちゃったらとても残念なんでしょうかね。
私は見慣れすぎててとくに・・むしろ気にしたらちょっとだけ顔を見せてくれたような気がして何だかうれしかったりして。
ほしくてしょうがないものも、手に入ってみれば何がありがたいんだかわかんなくなったりする。
手に入らないととても貴重で尊いもののような気がするけど、あったときは嫌で避けようとしていた。
失ってしまったことを嘆いているけど手放さないような努力はしていなかった・・
実は自分の一時的な気分や都合に騙されて・・なんだ
どうでもいいか。
北海道中毒みたいになっていたので急にいけなくなってしまったときは禁断症状みたいなのが出て3年間くらい苦しかった。
ちょっとアホみたいだけど。
今あるこのうだうだも3年もたてば気がすんで忘れちまうんだろうな。
忘れちゃっうことが正しいかどうかは別として。
同じ日の夜。
家の近くでなんかイベントをやってんだと妻が騒ぎ出した。
私はちょうどそういうのに行きたくない盛りなので聞こえないふりをしていた・・
犬の散歩をしていると嫁さんがどうしても行こうという・・

すぐそばまで行って犬がいるからここで待ってるよと言うと嫁さんは一人で見に行った。
そんなもん犬がいたっていけばいいと思う。
私はああいうところに行けない変態だから。
ごめんね。
嫁さんにはずいぶん我慢をさせているのかもしれない。
まあそれはお互い様だけどね。
犬としてははどうなのかな?

ZZZ・・・