海
飯を食って海岸沿いの道を走っていたら海と空の美しい光景が目に入った。
適当に曲がってみると海水浴場の駐車場?
平日なので車はまばら。
麦わら帽子のおじさんがいて・・降りると駐車場代を取りに来るんじゃないかと
まあいいよ行ってみよう。

あれは何ですかね、海開きを前に海の神様に・・とかかな?
麦わら帽子のおじさんも近寄ってこない。
空がきれいだなぁ・・
人はあまんまりいない。
女性がひとり訳ありっぽく座り込んでる。
ベニシアさんみたいな外人のおばちゃんが裸足で波打ち際を歩いたり
女の子が半魚人みたいな格好で海へ入って行ったり・・
テレビで浜に人があふれているようなのが映る。
ここじゃないかもしれないけど似たようなもんでしょう。
楽しい場になるんでしょうね。
私は無理だけれど。

あーいいですね。
写真には写らないけれど相変わらずのひどい下水臭さ・・
そういうの書かなくていいんだろうけど。
昔、短い期間下水道メンテナンスという仕事をしたことがあります。
就職氷河期と呼ばれたころ、入れそうなところに逃げ込んだところ驚きの予想外な展開となったのであった。
使用中の下水道の中に入り、時には浴びる。
映画でよくそんなシーンがありますが強制換気もしない下水溝に入れば臭いとか目が開けられないどころの騒ぎじゃなく命の危険もあると思う。
匂いがしみつくのでコンビニに入ると周りの人が露骨によけたりお釣りを投げつけられたりする。
でもそれは何とも思わなかった。
それよりずっと前、
何もないつもりなのに電車や街の中でもっとひどい目や声を向けられた毎日があった。
友人だと思っていた人間に怒りに満ちた表情で近寄るなと吐き捨てられる。
一度もあったことのない人間が私を知っており指をさして嗚咽を上げる。
何が起こっているのかがわからず誰にも相談できなかった。
いまでもわからない。
親と同じ精神病の妄想世界であったのだと思いたいけれど、具体的なやり取りの記憶が複数あるのでちがうと思う。
鏡に映る自分の像が理解できなかったり、一日に何度もシャンプーをするとか異常なことをやっていたのはまちがいない。
私も何かしら、いかれていたのかもしれない。
30年近くたった今でも私は人が怖いし人の笑い声や笑顔が受け入れられない。
多分死ぬまで逃れられないと思う。
https://www.youtube.com/watch?v=sGw9VxxqZM8
もう20年くらい前になるのか自分が作った曲を・・今聴くとちょっと恥ずかしい。
これを考えていた時、海と風が頭にあったと思う。
でも海と風を描こうと思ったのとは違う。
あの頃、今の汚れた自分は仮の姿で本当の自分は別な安全なところに隠れているんだという意識があった。
いつか会うその彼のためにと思いながら何かを買っていたことがある。
ネット上に自分の曲を上げて聴いてもらい好意的な感想をもらうのがうれしかったのだけど、
しだいにみんながほめてくれるunagiさんは自分ではないもう一人の自分だと思うようになり嫉妬をしたり。
自分が2つに分離したのは世間から汚物みたいに見られたあの頃だ。
死にたいと思わなかったのはそのおかげだと思う。
いつか本当の自分に戻ることができるかもしれないという希望があった。
何があっても耐えなければならないのだという気はあったのを記憶している。
今、私は私一人しかいない。
私を普通の人間として認知してくれる人の存在を実感したところで私が私の存在を認知できたんだろう気が付けばもう一人の自分はいなかった。
現実逃避する必要がなくなると何も浮かんでこないようになり作曲もしなくなった。
しかしこんなのを書けば読まされる人はたいがい不愉快に思うかもしれない。
ふだんなら、そういうのはやめようと思うのだけど。
海があんなに下水くせーからいけないんだろ。

海とか空っていいですよね。
何がとか言うんじゃなくて。
どこか、きれいで静かな海に入ってみたい。
いろいろ洗い落とせるんじゃないか。
最後に海に入ったのはもう20年以上前だ。
とてもきれいな海で、盆を過ぎ誰もいなかった代わりに
体中をクラゲに刺されて大変なことになった。
適当に曲がってみると海水浴場の駐車場?
平日なので車はまばら。
麦わら帽子のおじさんがいて・・降りると駐車場代を取りに来るんじゃないかと
まあいいよ行ってみよう。

あれは何ですかね、海開きを前に海の神様に・・とかかな?
麦わら帽子のおじさんも近寄ってこない。
空がきれいだなぁ・・
人はあまんまりいない。
女性がひとり訳ありっぽく座り込んでる。
ベニシアさんみたいな外人のおばちゃんが裸足で波打ち際を歩いたり
女の子が半魚人みたいな格好で海へ入って行ったり・・
テレビで浜に人があふれているようなのが映る。
ここじゃないかもしれないけど似たようなもんでしょう。
楽しい場になるんでしょうね。
私は無理だけれど。

あーいいですね。
写真には写らないけれど相変わらずのひどい下水臭さ・・
そういうの書かなくていいんだろうけど。
昔、短い期間下水道メンテナンスという仕事をしたことがあります。
就職氷河期と呼ばれたころ、入れそうなところに逃げ込んだところ驚きの予想外な展開となったのであった。
使用中の下水道の中に入り、時には浴びる。
映画でよくそんなシーンがありますが強制換気もしない下水溝に入れば臭いとか目が開けられないどころの騒ぎじゃなく命の危険もあると思う。
匂いがしみつくのでコンビニに入ると周りの人が露骨によけたりお釣りを投げつけられたりする。
でもそれは何とも思わなかった。
それよりずっと前、
何もないつもりなのに電車や街の中でもっとひどい目や声を向けられた毎日があった。
友人だと思っていた人間に怒りに満ちた表情で近寄るなと吐き捨てられる。
一度もあったことのない人間が私を知っており指をさして嗚咽を上げる。
何が起こっているのかがわからず誰にも相談できなかった。
いまでもわからない。
親と同じ精神病の妄想世界であったのだと思いたいけれど、具体的なやり取りの記憶が複数あるのでちがうと思う。
鏡に映る自分の像が理解できなかったり、一日に何度もシャンプーをするとか異常なことをやっていたのはまちがいない。
私も何かしら、いかれていたのかもしれない。
30年近くたった今でも私は人が怖いし人の笑い声や笑顔が受け入れられない。
多分死ぬまで逃れられないと思う。
https://www.youtube.com/watch?v=sGw9VxxqZM8
もう20年くらい前になるのか自分が作った曲を・・今聴くとちょっと恥ずかしい。
これを考えていた時、海と風が頭にあったと思う。
でも海と風を描こうと思ったのとは違う。
あの頃、今の汚れた自分は仮の姿で本当の自分は別な安全なところに隠れているんだという意識があった。
いつか会うその彼のためにと思いながら何かを買っていたことがある。
ネット上に自分の曲を上げて聴いてもらい好意的な感想をもらうのがうれしかったのだけど、
しだいにみんながほめてくれるunagiさんは自分ではないもう一人の自分だと思うようになり嫉妬をしたり。
自分が2つに分離したのは世間から汚物みたいに見られたあの頃だ。
死にたいと思わなかったのはそのおかげだと思う。
いつか本当の自分に戻ることができるかもしれないという希望があった。
何があっても耐えなければならないのだという気はあったのを記憶している。
今、私は私一人しかいない。
私を普通の人間として認知してくれる人の存在を実感したところで私が私の存在を認知できたんだろう気が付けばもう一人の自分はいなかった。
現実逃避する必要がなくなると何も浮かんでこないようになり作曲もしなくなった。
しかしこんなのを書けば読まされる人はたいがい不愉快に思うかもしれない。
ふだんなら、そういうのはやめようと思うのだけど。
海があんなに下水くせーからいけないんだろ。

海とか空っていいですよね。
何がとか言うんじゃなくて。
どこか、きれいで静かな海に入ってみたい。
いろいろ洗い落とせるんじゃないか。
最後に海に入ったのはもう20年以上前だ。
とてもきれいな海で、盆を過ぎ誰もいなかった代わりに
体中をクラゲに刺されて大変なことになった。